弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成14年12月26日宣告 
平成14年(ろ)第849号窃盗被告事件
(状況証拠のみによって窃盗の事実が認定されたもの)
        主    文
   被告人を懲役1年2月に処する。
   未決勾留日数中90日をその刑に算入する。
        理    由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成14年6月27日午後零時20分ころから同日午後零時25分こ
ろまでの間に,東京都台東区所在のAホテル1階ラウンジ厨房内において,B所有
又は管理に係る現金約3万9000円及びキャッシュカード1枚ほか3点在中の財
布1個(時価約4万円相当)を窃取したものである。
(事実認定についての補足説明)
1 弁護人は,主として次の2点を指摘して被告人は無罪であると主張し,被告人
も財布を盗んだことはない旨供述しているので検討する。
2 B(被害者)が,本件犯行時間,場所に本件財布を所持していた証拠がないと
指摘する点について
  証人Bは,この点について要旨次のとおり証言する。「本件犯行当日,出勤前
にコンビニでパン等を購入し,正午ころには,歯磨き用品や化粧用品を収める際
に,トートバッグの中に本件財布のあるのを確認した上,そのトートバッグをラウ
ンジ厨房内のテーブルの上に置きました。その財布は,ルイ・ヴィトンで,買った
ばかりのものでした。その後,午後零時20分ころまではラウンジないし厨房から
離れたことはありません。」
  ところで,Bが,本件財布を平成14年6月18日にC商店において約7万円
で購入していることは,同年11月13日付け同人の検察官に対する供述調書添付
の資料により客観的に裏付けられている。また,本件財布が高価なブランド品で買
ったばかりの物であることを考えると,本件犯行当日正午ころに,トートバッグの
中に本件財布のあるのを確認したとの上記証言は十分信用することができる。そし
て,Bが,その後,午後零時20分ころまで,ラウンジないし厨房から離れたこと
がないのであるから,同人が同時刻まで厨房内に本件財布を所持していたことは明
白である。
3 被告人が厨房に立ち入った証拠がなく,被告人以外の者が厨房に立ち入った可
能性があると指摘する点について
 (1) 司法警察員作成の実況見分調書及び平成14年7月19日付け司法警察員作
成の写真撮影報告書によれば,本件犯行場所の厨房は,1階ラウンジの奥に位置
し,そのラウンジには一か所しか入り口がなく,そこを通らなければ奥の厨房に入
ることができない構造になっている。また,ラウンジの入り口から数メートル離れ
た真向かいにフロントが,十数メートル離れた所に地下へ通ずる階段入口が,それ
ぞれ位置している。
 (2) そして,証人Dの証言によれば,同証人は,Bがラウンジを出て地下の方へ
行くのと入れ替わりのような形で,被告人がラウンジに入って行くのをフロントか
ら目撃している。
 (3) また,証人Eの証言によれば,同証人は,地下から1階へ階段をほぼ上がり
きった所で,被告人がラウンジの中にいるのを目撃し,同証人がラウンジの入り口
まで来た時には,被告人が丁度厨房内へ入って行くのを目撃している。それから約
30秒後に,被告人が厨房から出て来て,Bに「飯は」というようなことを言った
ので,7階レストランは休業である旨告げると,被告人はラウンジを出て行ったと
いうのである。
 (4) さらに,証人Bは,この点について要旨次のとおり証言する。「午後零時2
0分ころ,ラウンジに人がいないのを確認し,フロントのDに声をかけた上,地下
の会計室へ行きました。3,4分後に戻って来ましたが,階段の前の方を上がって
いたEが,ラウンジに人がいる旨言いましたので,ラウンジの入口の所で中を見ま
したがだれもいませんでした。すると,突然被告人が厨房から出てきて『飯は』と
言ってきたのです。Eが7階レストランは休業である旨告げると,被告人はラウン
ジを出て行きました。その数分後,厨房に行ったのですが,締めたはずのトートバ
ッグのチャックが開いたままになっていて,中に入れていた財布が無くなっていた
のです。」
(5) ところで,上記3証人の証言内容は,ほぼ一致していて矛盾する点はなく,
D証人は,フロント係として,連泊していた被告人をよく覚えていたし,B証人と
E証人は,被告人と会話まで交わしているのであるから,これらの証人が被告人を
他の者と見間違えることはありえず,上記各証言は十分信用できると言わなければ
ならない。
   これに対し,被告人は,厨房はもちろん,ラウンジにも立ち入ったことはな
いし,BやEと会話を交わしたこともないと供述しているが,上記各証言に照らす
と,被告人の供述は全く信用できない。
 (6) このように,Bが,ラウンジに人がいないのを確認して,地下1階の会計室
に行って戻ってくるまでのわずか3,4分の間に,被告人は,ラウンジ奥の厨房に
立ち入って出て行くのを,連続的に複数の証人に目撃されているのであるから,被
告人が厨房に立ち入ったのは明白である。また,その後,Bが財布の盗難被害に気
付く数分間にも,他の者が厨房に立ち入った様子は全くないのであるから,本件犯
行時間及びその後数分間にも,被告人以外の者が厨房に立ち入った可能性はないと
言わなければならない。
4 以上のとおり,関係各証拠によれば,Bは,ラウンジないし厨房を離れたわず
か3,4分の間に,同人が所持していた財布をラウンジ奥の厨房内で盗まれてお
り,被告人がその時間帯に厨房内に立ち入り,他の者が厨房に立ち入った可能性が
ないのであるから,被告人が判示日時場所において,本件財布を窃取したことを優
に推認することができるのであって,これに対し何ら合理的な疑いを差し挟む余地
はないというべきである。
(法令の適用)
 被告人の判示所為は,刑法235条に該当するので,その所定刑期の範囲内で被
告人を懲役1年2月に処し,同法21条を適用して,未決勾留日数中90日をその
刑に算入することとし,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して
被告人に負担させないこととする。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役2年)
平成14年12月26日
     東京簡易裁判所刑事第1室
 裁判官 磯 和 幸 隆  
 

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