弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第
一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄
却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次のとお
り、附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、
原判決四枚目―記録一六丁―裏一〇行目「但し、」とある次に「第三、」を加え
る)。
 一 控訴人は、次のように述べた。
 仮りに、控訴人がAから原判決添付目録(一)記載の土地(以下、本件土地とい
う)を転借するにつき賃貸人側の承諾を得た旨の主張が認められないとしても、控
訴人は、前記Aから昭和二七年一〇月中に当時Aが被控訴人から賃借していた土地
七、六〇三・三平方メートルの一部である本件土地を普通建物所有の目的で期限の
定めなく賃借すなわち被控訴人からは転借し、同年一二月頃までに原判決添付目録
(二)記載の建物(以下、本件建物という)を建築所有するにいたつたものである
が以後転借地代をAに支払い、Aは、これを被控訴人の代理人であるBに対し控訴
人の転借地代と明示して交付し、昭和四〇年九月に至つた。また、控訴人は、本件
建物の建築にあたり、Bに建物の設計図を作製させ、所管官庁に対する建築届を依
頼したから、Bは控訴人が本件土地上に本件建物を建築所有することを当初から熟
知していた。このように、控訴人は、昭和二七年一〇月中に、本件土地につき転借
権があると信じて、そのときから平穏かつ公然に本件土地の占有を始め、善意無過
失であるから、昭和三七年一〇月の経過とともに、本件土地につき、普通建物所有
の目的をもつてする転借権を時効により取得した。
 二 被控訴代理人は、次のように述べた。
 1 一の控訴人主張事実中取得時効期間経過の事実は、全部これを否認する。
 転借権は、土地所有者との関係において民法一六三条にいわゆる「所有権以外ノ
財産権」として取得時効の対象となり得るものではない。そうでないとしても、土
地所有者の承諾のないかぎり無断転借人が時効によつて取得すべき転借権は土地所
有者の承諾のない転借権に止まると解すべきであり、土地所有者である被控訴人が
転貸につき承諾を与えていない以上、控訴人は、時効取得した転借権をもつて、被
控訴人に対抗することができない。そうでないとしても、転借権を時効取得するた
めには、他人の土地の継続的用益が賃借の意思に基づくものであることを要すると
解すべきであるところ、控訴人は本件土地使用につき所有者である被控訴人に対し
対価の支払いも供託もしたことがなく、本件建物につき控訴人を所有者とする所有
権保存登記手続がなされたのは昭和四〇年一二月七日であるから、取得時効の要件
たり得る占有は、右登記の日からようやく開始されたものである。
 2 仮りに、控訴人主張の取得時効期間が昭和四〇年一二月七日から起算すべき
でないとしても、控訴人は当初から借地人Aのほかに事実の土地所有者があること
を知りながら、Aに託しAの名において賃料の支払いを続けたうえ昭和四〇年一二
月七日に至り本件建物の保存登記手続を了した経緯に徴し、占有の始めにおいてそ
の占有が正権原に基かないことにつき悪意であつたものであり、また、控訴人は、
土地所有者である被控訴人が本件土地と近距離に居住していることを知りながら、
被控訴人方に赴き転貸借許諾の有無を確認しようとせず、賃料支払に際しAから交
付された受領証の文言が「御預り」となつているのを看過したのであるから無過失
ではない。したがつて、時効期間は二〇年と解すべきところ、被控訴人は控訴人に
対し昭和四〇年一〇月六日到達の書面を以て本件建物収去本件土地明渡の請求を
し、右請求から六か月以内である昭和四一年一月一〇日本訴を提起したから、これ
により時効は中断し控訴人主張の取得時効は完成していない。
 三 証拠(省略)
         理    由
 一 本件土地が被控訴人の所有であることおよび控訴人が本件土地上に本件建物
を所有して本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。
 二 そこで、控訴人主張の抗弁につき順次判断する。
 1 転貸借につき代理承諾または黙示の承諾の有無
 被控訴人がAに対し昭和二〇年本件土地を含む土地すくなくとも四九二・五六平
方メートル(一四九坪)を建物所有の目的で賃貸したことは当事者間に争いがな
く、成立に争いのない甲第一号証、原審およひ当審における証人C、原審(第一
回)および当審(各一部)における証人B、原審および当審における被控訴本人と
控訴本人の各供述によれば、Dは被控訴人の母亡Eと懇意であつて同人から被控訴
人の所有土地の買主または賃借人の世話を依頼されていたので、昭和二〇年八月頃
Aを被控訴人に紹介し、その結果、被控訴人とAとの間に、本件土地を含む四九
二・五六平方メートル(一四九坪)の賃貸借契約が締結され次でAは昭和二七年八
月頃控訴人に対し本件土地を普通建物所有の目的で賃貸したことが認められる。原
審(第一回)および当審における証人Bの供述中右認定に反する部分は採用せず、
ほかにこれを動かすだけの証拠はない。
 控訴人は、本件土地を含む被控訴人所有土地の管理人であつたBの承諾のもとに
本件土地をAから賃借したと主張する。しかし、原審における控訴人本人の供述中
Bは控訴人がAから本件土地を借りていることを承諾していたという部分および当
審における控訴人本人の供述中昭和二七年頃Bの承諾を得たと聞いたという部分は
具体的事実に基づかない陳述ないしは根拠の薄い伝聞に属し採用し難く、ほかにこ
れを認めるだけの証拠はない。もつとも、原審証人Bの第一回供述によつて成立を
認める乙第七号証、原審(第一回、一部)および当審における証人B、当審証人
C、原審および当審における控訴人本人の供述によれば、Dの子であるBは、当時
大宮市役所前で建築工務店を営んでおり、Aを通じ控訴人から依頼を受けて本件土
地上に建築する本件建物の建築確認申請書および風致地区内の建築許可申請書を控
訴人のために作成して昭和二七年一〇月一四日頃提出し、その頃本件土地も見てい
たので、本件土地の上に控訴人が本件建物を建築し所有することを知つてはいた
が、Aに対して別に異議を述べなかつたことが認められる。そこでBに被控訴人に
代り本件土地の転貸を承諾する権限が与えられていたか否かを検討する。原審およ
び当審における証人Cの供述によつて成立を認める乙第二六号証、原審および当審
における控訴人本人の供述中Bが本件土地を含む被控訴人所有土地の管理人であつ
たという部分は原審証人Bの第一回供述に照らしていずれも採用し難く、成立に争
いのない乙第三〇号証、前顕甲第一号証によれは、本件土地附近の被控訴人所有土
地に関する被控訴人と借地権者Aとの間の借地に関する契約にBが昭和三一年五月
二〇日立会人となつていることは認められるが、当審証人Bの供述によれば、右契
約証書になされた被控訴人名下の押印は被控訴人自らしたものであつて立会人であ
るBが地主の代理人として契約締結に関係したものてないことが認められるから、
右書証は控訴人の右主張を認める証拠とするに足りない。他にBが本件土地とかそ
の附近の被控訴人所有土地について被控訴人を代理して賃貸したり転貸を承諾する
権限を与えられていたとの事実を認めるべき証拠はない。なお、原審証人F、原審
(第一回)および当審証人B、当審証人Cの各供述によれば、Bの父Dは被控訴人
から本件土地に隣接するその所有地を賃借しており、前認定のようにAがDの紹介
で本件土地を含む一四九坪を被控訴人から借りたいきさつから、Aの被控訴人に支
払うべき地代は、当初はD、昭和二四年に同人の死亡した後はBが自己の借地の地
代とともに被控訴人に支払つていたこと、本件土地の地代値上げも被控訴人から直
接Aになされたことが認められるから、被控訴人がAに対する本件土地地代の取
立、値上交渉についての権限をDないしBに与えていたことを認めうるにとどまり
この程度を超え本件土地を賃貸したり転貸を承諾する権限は与えられていなかつた
ことか認められる。よつて、被控訴人の代理人としての権限のあるBから転貸の承
諾を得たという控訴人の主張は採用することができない。
 次に、右転貸につき被控訴人が黙示の承諾をしたか否かについて判断する。当審
における被控訴人本人の供述によれば、被控訴人は昭和二七年頃本件土地上に二軒
の建物があり、うち一軒にはGという表札が掲げられてあるのを見たことが認めら
れる。しかし、当審証人Bの供述中右家屋が控訴人の所有であることを控訴人が知
つていたのではないかという部分は同証人の推測にすぎず、ほかに、被控訴人が当
時からこれを知つていたことを認めるだけの証拠はない。かえつて、当審における
証人C、被控訴人本人の供述によれば、本件建物はAが請け負つて建築したもので
あるが、被控訴人は当初Aが本件土地を賃借した際本件土地の地上に貸家を建てる
計画であると言つており、Aは大宮市宮町に居住し、建築請負業を営んでおり、し
かも、前叙二軒が同じ構造であつたところから、Aの建築した貸家であると思つて
いたことを認めることができ、成立に争いのない甲第三号証の一、二、乙第二四号
証、原審証人F(第一回)、当審における被控訴人の供述によれば、被控訴人が控
訴人の本件土地転借をはじめて知つたのは昭和四〇年九月頃であることが認められ
る。もつとも、原審および当審における証人C、同B(但し、原審は第一、二回)
の各供述によれば、控訴人は賃料をAに持参して支払い、Aはこれを自己の賃料と
区別してBに持参して支払つていたことが認められる。しかし、右Bの各供述(各
一部)、原審および当審における被控訴人の供述によれば、Bは右賃料を被控訴人
方に持参する際に控訴人の分とAの分とを区別して届けていたのではなく、Bが控
訴人から賃借していた土地の賃料とともにひとまとめにして持参していたことが認
められる(右Bの各供述中右認定に反する部分は採用しない)から、控訴人が本件
土地の賃料をAに支払い、被控訴人がBを介してこれを受領していたからといつ
て、被控訴人が右転貸借を暗黙のうちに承諾していたということはできない。
 なお、原審および当審における控訴人本人の供述ならびにこれによって成立を認
める乙第四号証によれば、控訴人の父Hは昭和二七年一〇月頃Aに対し地主に持参
すべき礼金一、〇〇〇円を交付した事実が認められないではない。しかし、右一、
〇〇〇円がAを介して被控訴人に右の趣旨で交付された事実を認めるべき証拠はな
いから、礼金受領により被控訴人が前記転貸を暗黙のうちに承諾したということも
できない。
 2 転借権時効取得の成否
 他人の土地の用益がその他人の承諾のない転貸借に基づくものである場合におい
ても、土地の継続的な用益という外形的事実が存在し、かつその用益が賃借の意思
に基づくことが客観的に表現されているときは、転借権は土地所有者との関係にお
いて民法一六三条にいわゆる「所有権以外ノ財産権」として取得時効の対象となり
得ると解すべきであり、この場合承諾がなくても無断転借人が時効によつて取得す
べき転借権はこれをもつて土地所有者に対抗し得るものであると解するのが相当で
ある(最高裁昭和四一年(オ)第九九一号、同四四年七月八日判決民集二三巻八号
一三七四頁参照)。
 前顕乙第七号証、原審における控訴人の供述によつて成立を認める乙第一号証、
原審およひ当審における証人C(原審は一部)、証人B(原審は第一回)、当審に
おける控訴人本人の供述および前記1の認定事実によれば、控訴人は、Aに注文
し、同人を請負人として昭和二七年九月以降本件土地に本件建物を建築させ、同年
一〇月頃竣工したのでこれを所有しその後しばらくの間本件建物に居住していたこ
とが認められる。そして、原審証人Cの供述とこれによつて成立を認める乙第六、
九号証とによれば、控訴人は、昭和二七年一〇月以前から引き続きAに対して本件
土地の地代を支払つていたことが認められるから、右の事実を前示本件建物建築所
有の事実と総合すれば、控訴人の本件土地継続的利用が賃借の意思に基づくことは
昭和二七年一〇月末日以降客観的に表現されていると解する余地がないのではな
い。
 <要旨第一>しかし、地主との関係において成立する転借権の時効取得は用益者と
地主との関係にほかならないから貸借の意思に基づく用益が地主との関
係において客観的に表現されることを要するものといわなければならない。
 ところで、地主との関係において客観的に表現されるというのはとのような場合
を指すかを一般的に論ずることは困難であるが、取得される権利が転借権という債
権関係であることに鑑み、転借権が時効により取得されてもやむをえないとされる
ような関係が客観的に表現される場合であることを要すると解すべきである。かく
解することによつて地主側に時効中断の余地を残し不測の間に時効が完成するとい
う不利益を防止し時効制度による当事者の衡平が期待されると考えられるからであ
る。
 この見地に基づいて本件を見るに、控訴人の所有にかかる本件建物は前に認定し
たとおり借地人であるAが建築に当つたものであつて、その所有する隣接建物と同
じ構造でありAの所有する貸家の外観を備え同人のほかの控訴人の所有であること
を推測しうる特段の外見は右家屋に控訴人が居住していたこと以外に存在せず(本
件建物について控訴人名義の保存登記のなされたのが昭和四〇年一二日であること
は前記のとおりである)、また、前認定のとおり控訴人から支払われた地代はAか
ら別段の説明なく一括して地主に交付されたので、地主において控訴人の出金であ
ることを了知しえない状態において授受されていたのである。そのほかに転借人と
地主との間に転貸借関係の存在を推測させるような客観的事情の認められない本件
において、転借権の取得時効の進行を肯定することは地主に不測の不利益を強いる
ものというべきであつて、転貸借の用益関係が客観的に表現されたと認めるに足り
ないところである。
 <要旨第二>そればかりでなく昭和二七年一〇月末日当時控訴人は、本件土地を占
有する権原のないことを知らなかつたことにつき過失があるものと認定
される。すなわち、原審および当審における証人Cおよび控訴人本人の供述に前認
定事実を総合すれば、控訴人は、当初から本件土地が転貸人A以外の者の所有に属
することを知りながら、右Aに尋ねれば容易に知り得た本件土地の所有者およびそ
の住所をしらべず、昭和二七年末頃たまたま本件土地の所有者が被控訴人であるこ
とを知つたのちも本件土地から僅か約八〇メートルしか隔つていない所に居住して
いる被控訴人につき転借承諾の有無を確かめることをせず、もとより、書面による
承諾を求めることもなかつたことが認められるから、控訴人は自らが本件土地を占
有する権原を有しないことを知らなかつたことにつき過失がないとはいえない。し
てみれば、時効期間は昭和四七年一〇月末日が経過する前には完了せず、控訴人が
取得時効の完成により本件土地の転借権を取得したという控訴人の主張は、その余
の点につき判断を加えるまでもなく、採用することができない。
 三 よつて、被控訴人の本訴請求は正当であり、これを認容した原判決は相当で
あつて、本件控訴は、理由がないから、民訴法三八四条一項に従いこれを棄却する
こととし、控訴費用の負担につき同法八九条、九五条を適用して、主文のとおり判
決する。
 (裁判長裁判官 西川美数 裁判官 園部秀信 裁判官 森綱郎)

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