弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     一、 第二七一〇号事件控訴人日本国有鉄道の本件控訴を棄却する。
     二、 第二七四九号事件の控訴及び附帯控訴にもとづき原判決を次のと
おり変更する。
     1 第二七四九号事件被控訴人(附帯被控訴人)、第二七一〇号事件控
訴人(附帯被控訴人)日本国有鉄道(以下控訴人国鉄という)は、第二七四九号事
件控訴人(附帯被控訴人)、第二七一〇号事件被控訴人(附帯被控訴人)相鉄運輸
株式会社(以下控訴人相鉄という)に対し、金三七万七一七六円及びこれに対する
昭和二七年七月二二日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。
     2 控訴人相鉄及び第二七四九号事件控訴人(附帯被控訴人)第二七一
〇号事件被控訴人(附帯被控訴人)A1は控訴人国鉄に対し、各自金九三万二四四
三円及びこれに対する昭和三一年二月一〇日から支払ずみまで年五分の金員を支払
うべし。
     3 第二七四九号事件被控訴人(附帯控訴人)、第二七一〇号事件被控
訴人(附帯控訴人)A2(以下附帯控訴人という)に対し、控訴人相鉄、同A1は
各自金五万七、〇〇〇円、控訴人国鉄は金三九万九、〇〇〇円及び各これに対する
昭和三一年一月二二日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。
     4 控訴人相鉄、同国鉄及び附帯控訴人のその余の請求をいずれも棄却
する。
     三、 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を控訴人
相鉄、同A1の、その二を附帯控訴人の、その余を控訴人国鉄の各負担とする。
     四、 この判決は、附帯控訴人の勝訴部分に限り仮に執行することがで
きる。
         事    実
 控訴人相鉄及び同A1代理人は、第二七四九号事件について「原判決中控訴人相
鉄及び同A1に関する部分を次のとおり変更する。控訴人国鉄及び附帯控訴人の控
訴人相鉄及び同A1に対する請求をいずれも棄却する。(第一審でした請求を減縮
し)控訴人国鉄は控訴人相鉄に対し金六六万四、〇六〇円及びこれに対する昭和二
七年七月二二日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二
審とも控訴人国鉄及び附帯控訴人の負担とする。」との判決を求め、第二七一〇号
事件及び附帯控訴について控訴及び附帯控訴各棄却の判決を求めた。
 控訴人国鉄指定代理人は第二七一〇号事件について「原判決中控訴人国鉄に関す
る部分を次のとおり変更する。控訴人相鉄及び附帯控訴人の控訴人国鉄に対する請
求をいずれも棄却する。控訴人相鉄及び同A1は控訴人国鉄に対し、各自金一〇三
三万四、四七八円及び内金一〇二七万八、二六三円に対する昭和三一年二月一〇日
から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。訴訟費用は第一、二審とも控訴人相
鉄、同A1及び附帯控訴人の負担とする。」との判決を求め、第二七四九号事件及
び附帯控訴について控訴及び附帯控訴各棄却の判決を求めた。
 附帯控訴人代理人は第二七四九号事件及び第二七一〇号事件について控訴棄却の
判決を求め、附帯控訴として「原判決中附帯控訴人に関する部分を次のとおり変更
する。控訴人相鉄、同A1及び同国鉄は附帯控訴人に対し各自金五七万円及びこれ
に対する昭和三一年一月二一日から支払ずみまで年五分の金員を支払うべし。訴訟
費用は第一、二審とも控訴人相鉄、同A1及び同国鉄の負担とする。」との判決及
び仮執行の宣言を求めた。
 当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加訂正するほかは原
判決事実摘示と同一であるからこれを引用する(但し原判決七枚目表四行目「証人
B1」の次に「同B2」と付加し、同六枚目表一〇行目の「同号証の五一の(一)
及び(二)の各(イ)及び(ロ)」とあるのを「同号証の五一の(一)の(イ)及
び(ロ)、同号証の五一の(二)の(イ)(ロ)(ハ)」と同六三枚目裏一行目か
ら二行目にかけての合計額を「六六万四、〇六〇円」と、同六六枚目表一〇行目の
「一〇四二〇円」とあるのを「四二〇円」と、同六六枚目裏八行目から同六七枚目
表二行目までの合計額を「二万六、五〇六円」と、同六七枚目表一一行目から裏一
行目にかけて「一六、〇六〇円」とあるのを「一万一、九七〇円」と、同六八枚目
裏一一行目から同六九枚目表一行目にかけて「三九、九五〇円」とあるのを「一七
一〇円」と、同表五行目から六行目にかけての合計額を「六六万四、〇六〇円」
と、同七九枚目表下段二行目の「一〇三一五、五八四円」とあるのを「一〇三三万
四、四七八円」とそれぞれ訂正し、同六四枚目表上段七行目から同六六枚目表五行
目及び同六七枚目裏二行目から同六八枚目裏九行目までをそれぞれ削除する)。
 控訴人相鉄及び同A1代理人は「原判決五八枚目表七行目の『与えられ』の次に
『右B1は計算上その運転していた下り電車が右踏切の北方約一〇〇〇メートルに
接近したときに発煙筒による信号を発見し得る状態にあつたことになる』と、同五
八枚目裏八行目に『もしその地点で右B1が急停車の制動措置を講ずれば、当時右
電車の制動距離が約二八八メートルであつたところがら、右電車は本件踏切(以下
C1踏切という)にいたる手前で停車し、本件事故を未然に防止し得たことになる
にもかかわらず、D1が発煙筒を用いなかつたため本件事故が生じたのであり、も
しこの時右D1が発煙筒を用いたならば、いかなる事情が踏切上に発生していて
も、B1運転の電車は約二八八メートルで停車し得るのであるから、本件事故はい
つさい生じなかつたのであつて、ここに控訴人国鉄の全面的過失がある』と、同五
八枚目裏一一行目『進行し』の次に『右B1が前方注視義務を怠つていなければ、
D1の振つた合図灯を少くともC1踏切の手前三八〇メートルの地点で発見できた
はずであるにもかかわらず』とそれぞれ付加する。」と述べ、
 控訴人国鉄指定代理人は「原判決五八枚目表下段二行目に『C1踏切東口警手詰
所に発煙筒が配置され、また京浜東北線下り電車の接近を知らせる信号として、下
り電車がC1踏切手前約二〇〇〇メートルの位置に接近した時、これを踏切警手に
知らせるためブザーが鳴る装置があつたことは認めるが、接近ブザーの鳴動は電車
が特定の地点に接近したことを踏切警手に知らせて、踏切上の車馬等の整理、遮断
機の降下時期をあらかじめ察知せしめんがための合図であつて、その時点をもつて
直ちに踏切遮断あるいは電車の停止手配をとる時点とするものではない。すなわち
C1踏切における慣行としては、下り電車がC2踏切ないしC3踏切付近に到達す
るまでに、C1踏切上になお故障の存する時、電車の停止手配を講ずべき責務を有
していたのであるから、D1に過失はない。』と、同六一枚目表一行目の『施設を
完備しており』の次に『C1踏切に対しては混雑緩和と歩行者の安全のため、踏切
の南側に歩行者用の幅員二、七メートルの地下道を設置し』と、同六一枚目裏下段
六行目に『仮にC1踏切の幅員が狭小であつたとしても、控訴人国鉄は踏切道の保
守、整備の管理を担当するものであつて、踏切道拡幅についての責任はない。』と
それぞれ付加する。」と述べた。
         理    由
 第一、 当事者間に争ない事実
 控訴人相鉄の運転手である控訴人A1は、昭和二七年七月二一日午後七時四五分
ころ控訴人相鉄所有の普通貨物自動車東京第○―○△×□○号(GMC型幅二、二
四メートル、長さ六、八五メートル。以下A1車という)を操縦し、東京都大田区
ab丁目c番地国鉄E1駅西口駅前広場から線路の西側に沿う道路(以下西口道路
という)を北進し、同駅構内北部を東西に横断するC1踏切間近にいたつたとこ
ろ、踏切門扉が閉鎖されていたので、西口道路の終端近くの左側に一旦停車したこ
と、国鉄E1駅の踏切警手でC1踏切に勤務するD2が午後七時五〇分ころ右門扉
を開放したので、控訴人A1はC1踏切に直結する道路(以下C4街道という)上
で待機していた二台のオート三輪車及び通行人に後続して進行を開始し右折したこ
と、ところが西口道路は幅員七メートル、C4街道は幅員一〇メートルで、C1踏
切の西口に接する地点において交差し、C1踏切と西口道路との交差角度は約七三
度の鋭角をなし、またこのC4街道を扼するC1踏切は西寄りにある京浜東北上下
電車線路を含め合計六本の線路を横断していて、その全長が三五・八メートルある
のに幅員は五・三メートルに過ぎずC4街道の幅員の二分の一に近い狭さであり、
しかも列車・電車の通過密度はきわめて高く、自然門扉閉鎖中の時間が長いのに踏
切を通過する車馬通行人の数がおびただしく、閉鎖中の門扉が開放されると待機す
る多数の車馬通行人が踏切の東西両日から同時に乗入れ、そのため踏切道は少なか
らず混雑する状況にあつたこと、そこでA1車が進行を開始した直後、訴外F1運
転の普通貨物自動車(トヨタ型四トン積幅二・二メートル、長さ六・四五メート
ル。以下F1車という)が後続するF2ことF3運転の附帯控訴人所有にかかる普
通貨物自動車神奈川第△―×□○△号(ニツサン型四トン積幅二・二メートル、長
さ六・四メートル。以下F3車という)とともに踏切道中央線付近を踏切西口に向
い進行中であつたため、A1車はさきに踏切に乗入れたオート三輪車に後続して踏
切に乗入れた直後F1車とすれ違いに困難を来たし、両車とも京浜東北上り電車線
路上において停滞したこと、その後右停滞が解消した後、京浜東北下り電車線路上
において、踏切道中央寄りを進行して来たF3車とすれ違いしようとした際、F3
が急に左にハンドルを切つた関係上、F3車の後尾がA1車の進行を阻止する位置
になり、両車の周辺には通行人が群がつていたから、両車とも後退することができ
ずに停滞したこと、一方国鉄E1駅C1踏切の踏切警手であつたD1は、右のよう
に三台の自動車が京浜東北電車線路上においてすれ違い困難に陥り、同所に停滞し
線路上に故障が存する状況にあるのを認めるや、折から国鉄E2駅を発した下り□
○△×□E3行き国鉄電車が、その時C1踏切の北方約一二三一メートルの距離に
あるC2踏切付近を時速約七〇キロメートルで接近しつつあることを知り、右電車
に危急を告げるべく所携の合図灯を赤色に変え、これを円形に振りながら下り電車
の進行して来る方向に向い約一〇〇メートル疾走したこと、ところが右下り電車の
運転手B1は、C1踏切の百五、六〇メートル手前に接近してはじめて危険を感じ
非常制動の措置を講じたが、右電車を間に合うように停止させることができない
で、A1車及びF3車に衝突させ、本件事故が発生するにいたつたこと、以上の事
実は当事者間に争いがない。
 第二、 本件事故原因と各当事者の過失
 一、 控訴人A1の過失
 控訴人国鉄及び附帯控訴人はまず、本件事故は控訴人A1の過失によるものと主
張するので、以下順次判断する。
 (一) 控訴人A1に踏切直前の一時停止義務違反があつたか否かについて。
 旧道路交通取締法は第一五条(現行道路交通法第三三条)において、自動車が踏
切を通過しようとする時は、踏切の直前で停車すべき旨規定するが、右は踏切通過
の安全確認をすることのできる場所で一時停止することを要する趣旨と解するとこ
ろ、成立に争いのない甲第二号証、第四号証、第五号証の一ないし三、原審におけ
る控訴人A1本人尋問の結果、検証の結果及び前記当事者間に争いない事実による
と、控訴人A1は西口道路の終端近くC1踏切から五、六メートル離れたところに
停止し、運転席の右脇に大人二人がいたけれども、身を乗出せばそこから線路上を
踏切に接近する列車、電車の有無や、踏切道を反対方向から来る自動車等の動向を
確認することのできる位置にあつたことが認められ、右証拠中右認定と異なる部分
及び控訴人国鉄と控訴人相鉄、同A1との間においては成立に争いなく、控訴人国
鉄と附帯控訴人との間においては公文書であるから真正に成立したものと認める乙
第一一号証の一、四及び五の記載は採用できないので、控訴人A1は踏切直前の一
時停止義務を怠つたものということはできない。
 (二) 控訴人A1の交差点における通行方法に過失があつたか否かについて。
 すでに述べたとおりC1踏切と西口道路の交差角度は約七三度の鋭角をなし、ま
た踏切道の幅員はわずかに五、三メートルに過ぎなかつたから、控訴人A1は西口
道路から踏切道を西口から東口に向い右折して乗入れるに当つては、あらかじめそ
の前からできる限り道路の中央に寄り、交差点の中心の直近の外側を徐行して廻る
べき注意義務があるところ、成立に争いのない甲第五号証の一、三、第六号証の
一、二、第一二号証の一、二、第三一号証の一、二、控訴人国鉄と控訴人相鉄、同
A1との間においては成立に争いなく、控訴人国鉄と附帯控訴人との間においては
公文書であるから真正に成立したものと認める乙第七号証の一ないし四、原審にお
ける控訴人A1本人尋問の結果及び検証の結果によると、控訴人A1は前示のよう
に一旦停止のあとは漫然A1車を西口道路から右折させながら踏切道入口を斜めに
横断するようにして踏切西口に乗入れたため、A1車の左前車輪が踏切道の北側端
に接触しそうになつてそのままでは進入できなかつた、そこで控訴人A1は一旦約
一メートル後退して右にハンドルを切り、A1車の方向を踏切道に並行に直し、そ
のため同踏切道東口入口から対向して来たF1車とはともかく踏切内で一応すれ違
うことができたことが認められ、右証拠中右認定と異なる部分は採用しない。して
みると、控訴人A1は一応交差点における通行方法を誤つた過失があつたけれど
も、同人の右過失自体は右時点においては一応解消したものというに妨げないが、
これに続く後記の事情と一体をなし、その遠因をなしている点にかんがみると、本
件事故との間に全く因果関係がないものということはできない。
 (三) 控訴人A1に踏切道通過について安全確認義務違反の過失があつたか否
かについて。
 この点は前項の事実と関連するが、前記甲第五号証の一ないし三、第六号証の
一、二、第一二号証の一、二、第三一号証の一、二、乙第七号証の一ないし四、第
一一号証の一及び三ないし五、成立に争いのない甲第一五号証の一、二及び原審に
おける控訴人A1本人尋問の結果によると、控訴人A1は右の如く一旦車を後退さ
せてその位置を踏切道と並行にすることができたけれども、その時すでに東口入口
から進行して来たF1車はA1車の近くまで接近し、しかも西口入口付近は車馬通
行人かおびただしく少なからず混雑していたところ、控訴人A1はこのような情況
にいたるべきことを顧慮せず、安易に踏切道への乗入れを敢行し、大型車であるF
1車等の対向車とも容易にすれ違うことができるものと軽信し、漫然前記のような
角度から斜めに踏切道人口へA1車を乗入れたため、そのままでは進行できず、自
車を踏切道と並行させる措置をとつている間に接近したF1車と踏切道内の京浜東
北上り電車線路上においてすれ違いに渋滞を来たすにいたり、その後A1車はF1
車と辛うじてすれ違うことができたが、たまたまF1車の直後に追随するF3はF
1車にさえぎられてA1車の存在に気付かず、F1車がA1車とすれ違うため停車
した際、早急に踏切道を通過しようとあせり、F1車を追越そうとしてその右側に
出た瞬間、F3は前方にA1車を発見し、これとの衝突を避けるため急きょハンド
ルを左に切つたため、F3車はせまい踏切道上で斜行状態となり、京浜東北下り電
車線路上においてその後尾がA1車の進行を妨げる位置になつて、A1車はF3車
とすれ違うことができず停滞し、そこにB1の運転する国鉄電車が進行して来て本
件事故となつたことが認められる。
 ところで第一項記載のように西口道路と鋭角に交わるC4街道とその交差点に続
きその道路幅員よりはるかに狭い本件のような踏切道において、しかも列車、電車
の通過密度が高く、自然その門扉開放時には待ちかねた車馬通行人等により踏切道
上にひときわ混雑状態が生ずるような場合、A1車のような大型車を西口道路から
右踏切道に乗入れるときは、その進入の方法いかんによつては車馬通行人の通行を
いつそう圧迫するほか、F1車等の対向車とのすれ違いに難渋を来たし、踏切内に
おいて混乱を惹起することは容易に推測できるところであるから、このような場合
A1車としては、踏切道への乗入れのためにはその事前に踏切道と並行するように
車を位置づけ、当初から踏切道の左側を直進してとくに対向車の進路を妨げること
のないよう配慮し、事宜によつては進入そのものを一旦断念し、対向車に進路を譲
り、自らは停車あるいは必要に応ぐて後退の措置をとり、事故の発生を未然に妨止
すべき注意義務があるものというべきである。しかるに右認定事実によると、控訴
人A1はこれらの注意義務を怠り、対向車とのすれ違いが容易にできるものと軽信
して、A1車を踏切道に前記角度から乗入れ、その結果前記事態を招く発端となつ
たのであつて、その点に過失があつたものと認めるのが相当である。
 (四) 右に関連し控訴人相鉄及び同A1は、仮に以上の点について控訴人A1
に過失があつたとしても、すでにF1車とのすれ違いの際の停滞は解消したのであ
つて、その後F3車の後部がA1車の進行を阻止する状態になつて停滞が生じ本件
事故となつたのであるから、控訴人A1の右当初の過失は本件事故との間に因果関
係はないという。
 しかしさきにも一言したとおり、F3車はF1車に後続していたところ、F1車
がA1車とすれ違うため停車したので、踏切を早急に通過しようとしてF1車の右
側に出た瞬間、A1車が対向して来たためハンドルを左に切つてF3車が斜めにな
り、そのままでは通過できなくなつてA1車との停滞を生じたというのであるか
ら、控訴人A1に前記過失がなく、従つてF1車とのすれ違い困難の状態が生じな
かつたとしたら、F1車に後続するF3車もこれに追尾したままで容易に踏切を通
過することができて、本件事故をみるにいたらなかつたものと思われるので、F3
車の過失の存在及び控訴人A1の過失の軽重はともかくとして、これと本件事故と
の間に相当因果関係なしとすることはできない。
 二、 控訴人国鉄側の過失
 (一) 控訴人相鉄らは、控訴人国鉄の電車運転手B1が前方注視義務を怠らな
かつたならば、D1の振つた合図灯を少くともC1踏切の手前約三八〇メートルの
地点で発見できたはずであつて、そこで直ちに急制動の措置をとれば本件事故を防
止でぎたのであるから、右B1にもこの点の過失があると主張する。
 前記争いのない事実に、前記甲第二号証、成立に争いのない甲第一〇号証、控訴
人国鉄と控訴人相鉄、同A1との間においては成立に争いなく、控訴人国鉄と附帯
控訴人との間においては弁論の全趣旨により成立を認める乙第一五号証の二による
と、本件事故当時と同一の状況下において、同種の電車を時速七〇キロメートルで
運転中、本件C1踏切北方一四・四メートル二番線と三番線間に位置するE1駅南
行(下り)場内信号機付近で、本件踏切警手D1が行つたと同様進行して来る電車
に向い円形に振る赤色合図灯を右電車の運転手が発見できる位置は、右信号機付近
から約三〇〇メートルの地点であること、しかもD1は前記のとおり電車が進行し
て来るのを知り、右電車に向いE2駅よりの下り電車の線路上をC1踏切より約一
〇〇メートル走りながら合図灯を振つたこと、右電車がB1が当時運転していた電
車と同様八両編成で、各車両とも定員の約二倍の乗客を乗せ、時速七〇キロメート
ルで進行していたとすると、右電車の制動距離は約二八八メートルであることが認
められるので(右認定と異なる合図灯発見距離に関する乙第一〇号証の三はその実
験の施行や結果に偶然の要素が多くて採用しがたい)、右認定事実を前提として考
えると、B1はC1踏切の手前、早ければ四〇〇メートル遅くとも三〇〇メートル
の地点で、D1の振る赤色合図灯を発見できたはずであり、この地点はD1が走り
はじめてから約一〇〇メートルを行く時間とその間に電車の接近する距離とを考え
ても十分可能であつて、それと同時にB1が急停車のため制動措置を講じたとすれ
ば、当然本件事故の発生を防止できた関係にあるものといえる。しかるにB1はD
1の振る合図灯に気付かず、C1踏切の手前百五、六〇メートルに接近しはじめて
踏切上に障害のあるのを認め、急制動の措置をとつたが間にあわないで、本件事故
となつたことは前記のとおりである。電車の運転手は業務上絶えず前方を注視する
義務があるから、それが踏切その他線路の前方に事故のあることを知らせる危急の
合図灯を当然発見すべき地点で発見しえなかつたことはそれ自体過失とすべきであ
ることはいうまでもないから、本件事故の発生については、この点での前方注視を
怠つた右B1の過失がその原因の一つとなつたものというべきである。
 (二) さらに控訴人相鉄らは、踏切警手D1が電車の接近を知らせるブザーが
鳴るのを聞いて発煙筒を用い、B1に対して事故発生の危険性を連絡したならば、
本件事故を防止できたのであるから、この点D1にも過失があると主張する。踏切
の警手は職務上踏切を看視し、列車、電車通過の際は特に周到な注意を払つて踏切
道上人車の交通を遮断し、列車、電車通過の安全を確保する一方、通行人の生命身
体に危害を及ぼすことのないよう予防すべき義務があるところ、成立に争いのない
甲第八号証の一、二、第九号証の一、二、第一三号証の一、二、控訴人国鉄と控訴
人相鉄、同A1との間においては成立に争いなく、控訴人国鉄と附帯控訴人との間
においては公文書であるから真正に成立したものと認める乙第九号証の一、二、第
一二号証の一、二、第一四号証の一、二によると、控訴人国鉄は踏切警手に対し
て、踏切上で非常事故発生の危険がある場合には、当該踏切に接近する列車、電車
に危険を知らせる手段として、極力発煙筒を使用するよう令達していたことが明ら
かである。しかして、C1踏切東口警手詰所に発煙筒が配置され、また京浜東北線
下り電車の接近を知らせる信号として、下り電車がC1踏切手前約二〇〇〇メート
ルの位置に接近した時、これを踏切警手に知らせるためブザーが鳴る装置があつた
ことは当事者間に争いがなく、前記甲第一三号証の一、二、乙第九号証の一、二及
び成立に争いのない甲第一四号証によると、当時の発煙筒は点火後発火するまでに
二〇秒から二七秒を必要とし、D1が下り電車接近のブザーの鳴るのを聞いた時の
同人の位置である踏切の中央付近から東口警手詰所まで行つて、発煙筒を取出すま
でには三〇秒を要することが認められるので、D1が下り電車接近のブザーの鳴る
のを聞いて直ちに発煙筒による発火措置を講じたとすれば、時速七〇キロメートル
(秒速約一九メートル)で接近しつつあつた右電車がC1踏切より北方約一〇〇〇
メートルに接近するまでに、発煙灯を噴出させて停止信号を示し、B1をして急停
車の措置を講じさせることが可能であつたことになり、従つて右B1は発煙筒によ
る停止信号を発見し、この地点で急停車の措置を講ずることになつて、右電車の制
動距離は約二八八メートルであつたこと前記のとおりであるところから、右電車は
C1踏切にいたる手前で停車しえて、本件事故の発生を未然に防止できたものとい
うべきである。しかるに前記争いのない事実によると、D1はC1踏切の中央付近
で見張警手として勤務中、自動車が京浜東北電車線路上においてすれ違いに困難を
来たし同所に停滞しているのを現認し、しかも下り電車の接近を知らせるブザーの
鳴るのを聞いて電車の接近を知つていたにかかわらず、右踏切上の渋滞が電車通過
前に解消しがたいものであることの判断を誤り、直ちに前記の措置に出ることを怠
り、右電車がC1踏切より北方約一二三一メートル離れたC2踏切付近に接近して
はじめて所携の合図灯を赤色に変え、これを円形に振りながら下り電車の進行方向
に向い疾走しただけで、発煙筒を使用しなかつたのであるから、D1が下り電車の
接近を知らせるブザーの鳴るのを聞くと同時に右踏切道の故障の容易に解消しがた
いことに気付き、直ちに発煙筒による停止信号を講じなかつたことが、本件事故の
一原因となつたことは否定しえない。
 右に関連し控訴人国鉄は、C1踏切の慣行としては下り電車がC2踏切ないしC
3踏切に到達するまでにC1踏切上になお故障の存する時、電車の停止手配を講ず
ればよいのであつて、接近ブザーの鳴動の時点をもつて電車の停止手配を講ずべき
時点とするものてはないという。しかしD1が本件事故当時立つていたC1踏切中
央付近から東口警手詰所まで行つて発煙筒を取出し点火するまで三〇秒、そして点
火した発煙筒が発煙するまで二〇秒ないし二七秒の時間を必要とし、しかも時速七
〇キロメートルで進行する電車の制動距離は約二八八メートルであること前記のと
おりであるから、発煙筒による信号措置によつて右電車を停止させるためには、計
算上C1踏切から少くとも一二三八メートル前方において右措置を講じなければな
らないが、C1踏切とC2踏切との間の距離は一二三一メートルであること前述の
とおりであり、また成立に争いのない甲第一号証の一によると、C1踏切とC3踏
切との間の距離は七〇四メートルであることがうかがわれるので(右認定と異なる
成立に争いのない甲第一四号証は採用しない)、控訴人国鉄の主張するとおり電車
がC2踏切ないしC3踏切に到達するまでに停車の手配を講じたのでは、とうてい
事故の発生を防止することは困難である。従つてかような慣例があるとしても、踏
切上の障碍が容易に解消しない場合にまで漫然これに従えばよいとするものではな
いというべきである。
 (三) なお控訴人相鉄らは、控訴人国鉄はC1踏切の設置、保存について瑕疵
があるという。およそ踏切は線路上列車の運行とこれを横切る道路上車馬の通行と
を安全に調節するための土地の工作物であるから、右主張のように、C1踏切の設
置、保存について瑕疵があるとするならば、それは当然控訴人国鉄の過失として、
考慮しなければならないから、これについて考察する。前記当事者間に争いない事
実に成立に争いのない乙第一八、第一九号証、第二〇号証の一、二及び原審証人B
2の証言をあわせると、C1踏切の幅員は五・三メートルで、これと接続するC4
街道の幅員より狭く(このことは当事者間に争いない)、幅員にそのような差異を
生じた原因が東京都の区画整理事業によつてC4街道が拡幅されたのに踏切はもと
のままであつたことにあるところ、右踏切の拡張工事は控訴人国鉄と東京都との間
に結ばれた協定に基づいて、東京都知事の請願によつて控訴人国鉄が施業し、その
費用は東京都が負担することになつているが、しかし右踏切道はもともと控訴人国
鉄が所有し管理するものであるから、道路の幅員が拡張されたにかかわらず踏切の
幅員がこれに伴わずに狭く、その拡張の必要が生じたならば、控訴人国鉄は踏切道
の管理者としての立場上、当然東京都と交渉し幅員拡張工事の促進を図るべきであ
つて、これを改善してC1踏切を拡張することすなわち右踏切の設置、保存につい
ては、控訴人国鉄にもその責任があつたものといっわなければならない。控訴人国
鉄はC1踏切の混雑緩和と通行人の安全のため、右踏切の南側に通行人用の地下道
を設置しているというが、前記甲第二号証、第一四号証及び原審証人B2の証言に
よると、右地下道はC1踏切の西口入口から右側約一〇メートルのところにあつ
て、主として踏切の西口入口から東口入口に通過する通行人により利用されていた
から、C1踏切の混雑がそれによつて歩行者に関する限り若干緩和されたことはあ
つたとしても、右踏切を通過する車馬の量はきわめて大であるのに踏切の幅員が道
路に比していちじるしく狭小であつたから、右地下道の設置によつても右踏切を通
過する車馬の混雑を緩和し得たとはとうていいいえない。その後本件踏切は道路と
同様に拡幅されたが、もし本件事故当時かような拡幅がなされていたとすれば、当
初のA1車の参入による渋滞、F3車の追越失敗後の斜行による停滞は避け得られ
たのではないかと推認される。してみると控訴人国鉄においては土地の工作物であ
る本件踏切道の設置保存に瑕疵なしとは断言できず、これもまた本件事故への一寄
与をなすものとされることを免れるものではない。
 三、 F3の過失
 ひるがえつて前記争いのない事実に前顕各証拠をあわせれば、当時附帯控訴人の
被用者であるF3運転のF3車はF1車に追尾して東口から本件C1踏切に入り、
F1車の直後を西進していたところ、F1車がA1車とのすれ違いのため徐行停止
等をしているのに、同車にさえぎられて前方が見えないためその事情が理解でき
ず、対向のA1車の存在に気付かず、ただF1車を追越そうとあせつて急にその右
側に出た瞬間その前方にA1車を発見し、あわててそれとの衝突を避けようと急き
よハンドルを左に切つたため本件踏切上に斜めに車体を横たえ、その後尾がA1車
の進路を阻んだ結果、A1車は進行ができず、ここに本件踏切上に停滞を生じたこ
とが明らかである。従つてこの時点で考える限りF3車が踏切道上でその余地のな
いのに無謀な追越しを試みさえしなかつたならば、前記A1車の進入によつて一旦
生じた渋滞も解消されたあとであるから、爾後そのまま人車の流動進行によつて踏
切上の障碍は一掃されたはずであり、その意味でF3車の過失は本件事故原因への
直接的な寄与をなすものというべきである。
 第三、 各当事者の過失相互の関係
 以上の認定によれば、もし当時本件C1踏切がC4街道と同程度に拡幅されてい
たならば、控訴人A1は前記のような踏切への進入に失敗しなかつたであろうし、
また現実に控訴人A1が交通量多くしかも幅員の狭い本件踏切に進入するに際し
て、前記のような危険回避の義務を尽していたとしたならばF1車とすれ違いに渋
滞を生ずることなく、F3もまたあせつて無理追越を試みることはなかつたであろ
う。また踏切上にF3車とA1車とによる右の停滞が生じたとしても、B1が前方
注視義務を怠らず、またD1において発煙筒による信号措置を講じていたとするな
らば最後の段階で当然事故の発生を防止し得たものといいうるのであるから、ひつ
きょう本件においては控訴人A1、F3、B1それにD1ら控訴人国鉄の各過失が
それぞれ単独でもその結果を惹起しえたものであり、これを逆からいえばこれらの
過失のいずれの一でもなかつたならば、この結果は発生しなかつたであろうという
関係に立つものということができる。このようにこれらの過失は本件事故に対する
関係では相競合して発生したものであるが、しかしこれを客観的にみれば互いに相
関連し前後相共同して一の結果に結実したものと解するのが相当である。従つて本
件事故は前示各人の共同不法行為によつて起つたものというべきである。
 第四、 各当事者の使用者責任
 控訴人A1が控訴人相鉄の被用者であり、本件行為が同控訴人の被用者としての
業務執行についてなされたものであること及びB1ならびにD1がいずれも控訴人
国鉄の被用者であつて、本件行為が右両名の被用者としての業務執行中になされた
ものであることは当事者間に争いがないので、控訴人相鉄は同A1の使用者とし
て、控訴人国鉄はB1及びD1の使用者また前記土地の工作物の設置保存のかしに
ついての責任者として、控訴人A1とともに各自被害者の被つた全損害を賠償すべ
き義務がある(F3もまた附帯控訴人の被用者で、本件はその義務執行中になされ
たものであることは弁論の全趣旨から明らかであるが、その責任はここではしばら
く措く)。
 なお控訴人相鉄は同A1の使用者として、同人に対する選任監督について相当の
注意を払い、また控訴人国鉄はB1及びD1の使用者として、同人らに対する選任
監督について相当の注意を払つたと主張するが、当裁判所は右主張はいずれも理由
がないものと判断するものであつて、その理由は次のとおり付加するほかは、原判
決理由中の当該部分のそれと同一であるからこれを引用する(原判決一八枚目表一
〇行目から裏一一行目及び同一九枚目表八行目から同二〇枚目表九行目。但し同一
九枚目表一一行目の「同第八号証」とあるのは「甲第八号証」の誤りであるからそ
のように訂正する)。
 原審証人B1の証言によると、B1は昭和一六年四月一日国鉄に就職し、その後
部内で行われる選抜及び登用試験に合格して昭和一八年八月一六日から電車運転士
となつて国鉄の業務に従事していることならびに控訴人国鉄は常時局報、公報をも
つて、運転従業員に対し列車、電車の運転に必要な諸注意を与え、乗務前常に運転
助役から運転や事故防止についての諸注意をしていることが認められるけれども、
しかし前記認定事実からすると、B1は電車運転手としての必要な注意を十分わき
まえていたとはいえないので、前記監督は徹底を缺き、とうてい相当の注意をした
ものとは解しえないから、控訴人国鉄の主張は理由がない。
 第五、 各当事者の本件事故に対する過失の割合
 本件事故は、控訴人相鉄の被用者控訴人A1のほか、控訴人国鉄の被用者B1ら
の過失、踏切自体におけるかし、及びF3の過失が関連共同して発生したものであ
ること前記のとおりであるところ、A1車の所有者でありかつ控訴人A1の使用者
である控訴人相鉄と、電車施設等の所有者でありかつB1らの使用者である控訴人
国鉄、並びにF3の使用者である附帯控訴人は相互にそれぞれ本件事故の被害者で
あると同時に、共同不法行為者として加害者の立場に立ち、使用者責任を負うべき
賠償義務者でもあるところから、控訴人相鉄及び同国鉄及び附帯控訴人が被害者と
して被つた損害額を定めるについても、また賠償義務者としての負担部分を定める
についても、当然各当事者の本件事故にしめる過失の割合を確定する必要があるか
ら、ここでこれら各共同不法行為者のそれぞれの過失の割合について検討する。
 本件事故については積極消極いずれの意味においても各人の過失が相競合してい
ることは前記のとおりであるが、右事実によればその全体を通じてその重要な原因
をなすのはF3がもともと踏切道においては先行車を追越してはならないにかかわ
らずとくに右のような狭い本件踏切道上で先行のF1車を追越そうとあせり、しか
も前方注視義務を怠つたために対向して来るA1車の存在に気付かず、追越の可能
性をたしかめることなくF1車の右側に出た瞬間前方にA1車を発見し、それとの
衝突を避けようとして急きよハンドルを左に切つて自己の車体で斜に踏切道をふさ
ぎ、とくにその後尾でA1車の進行をはばみ、その結果踏切上に停滞を生じたこと
にあり、その意味でこのF3の過失はきわめて重大である。もとよりF3の右行為
は、控訴人A1が安全確認義務を尽してF3車の先行車F1車に停止等を生ぜしめ
なかつたならばまず起きなかつたことというべきであるから、控訴人A1の過失も
看過できない。しかし列車の運行と車馬の通行との交錯する接点たる踏切道を管理
する控訴人国鉄としては、遮断機をあげて一旦車馬を踏切内に入れてその通行を許
した以上、車馬の通行が終るまでは、その安全を確保すべき当然の職責があるので
あつて、その点B1の前方注視を怠つた過失及び発煙筒による信号措置を講じなか
つたD1の過失は、本件事故を決定的ならしめたものとして前二者のそれに比しさ
らに、さらに重大である。しかのみならず、控訴人国鉄には前記のように不当に狭
い踏切に安住してその改善を怠つた点で土地の工作物の設置保存の瑕疵あることも
また加味しなければならない。以上の事実を前提として右過失の割合を考えれば以
上三者の共同不法行為の全体のうち、控訴人A1の過失を一とすると、F3の過失
は二、B1及びD1の過失とC1踏切の設置、保存の瑕疵を含め控訴人国鉄の過失
は七の割合と認めるのが相当である。
 すると、本件事故によつて発生したすべての損害について、不法行為者として負
担すべき責任の割合は、控訴人相鉄及び同A1が各自一〇分の一、控訴人国鉄が一
〇分の七(附帯控訴人一〇分の二)となる。
 第六、 各当事者の損害賠償請求権及び損害賠償義務
 一、 控訴人らは、本件事故により自己に生じた直接の損害を本件事故によつて
被つた損害として相互に他の共同不法行為者に請求するほか、当事者以外の本件事
故の被害者に対し支出した治療費、慰藉料等に関し、控訴人相鉄はこれを控訴人国
鉄の一方的責任によるものとしてこれに対しその賠償を求め、他方控訴人国鉄は控
訴人A1の一方的過失によるものであるから本来自己に義務なくして控訴人相鉄及
びA1の義務に属するところを行つたものとして事務管理による費用償還請求とし
て控訴人相鉄らに請求している。
 <要旨第一・第二>よつてまずこの間の関係をどう解すべきかについて按ずるに、
まず数人の共同不法行為者が、右不法行為者以外の被害者のこう
むつた損害に対する賠償義務は、共同不法行為者全員において連帯して負担するこ
とは明らかであるから、共同不法行為者中の一当事者が自ら出捐して他の被害者の
損害を賠償したときは、共同不法行為者間の求償として、その全体に対する各人の
過失の割合に相応する負担部分について他の当事者に求償しうるものと解するのが
相当である。この場合自ら出捐した当事者はその出捐を自己がこうむつた損害とし
て他の共同不法行為者に損害賠償請求をしたり、他の当事者のための事務管理によ
る費用償還請求したりすべきものではない。しかし共同不法行為者の被害者に対す
る損害賠償義務における連帯は、通常の連帯債務とはやや異なり、一部でも出捐し
て弁済があれば直ちに共同の免責があつたものとして各自の負担部分に応じて求償
しうべきものとするのは相当でなく、自己の負担部分を超える弁済がなされて、は
じめて共同の免責をえたものとして求償しうるものと解するのが相当である。次に
共同不法行為者の一当事者が自ら右共同不法行為によつてこうむつた損害について
他の当事者に損害賠償の請求をするについても、これに準じて考えるのが相当であ
る。すなわち、右損害については一方において自己もまた寄与しているのであるか
ら当然過失相殺の関係を生ずるとともに、他方において請求を受ける当事者が複数
のときは、被害者として請求する当事者に対し本来連帯してその損害の賠償義務を
負うべき筋合であり、その結果賠償をした義務者の一員は他の義務者に対し、その
各人の過失の割合に相応する負担部分について求償しうることとなるので、これを
統一的に理解すれば、共同不法行為者の一員は自らこうむつた損害については、他
の不法行為者の各自に対し、自己の右負担部分を超える分について、かつ他の各自
の負担部分に応じてのみ、損害賠償請求しうるものと解するのである。けだし、こ
れによつて共同不法行為者相互の内部関係においてその責任を分配し、負担の公平
を期し、究極の肩算を簡明ならしめるゆえんであるからである。
 以上の点を考慮にいれながら、以下各自のこうむつた損害額について検討する。
 二、 控訴人相鉄の損害について
 成立に争いのない丙第二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める
甲第一七号証、第二五号証の一、二、第二六号証の一ないし五、第二九号証の一な
いし七によると、A1車は大破し、修理によつても使用できない状態にあり、しか
も当時におけるA1車の価額は金五三万五、〇〇〇円相当であつたこと、控訴人相
鉄は昭和二七年七月二五日A1車の引取のため雑費として金四二〇円を支出し、ま
た本件事件の事後処理のためタクシー代等として、昭和二七年七月二三日金三二〇
円、同月三一日金一六〇円、同年八月二三日金二〇〇円、同年九月一九日金一八〇
円、同月三〇日金二〇〇円、同日金三八四円、同年一二月五日金一八〇円、昭和二
八年一月一六日金七〇円合計金一六九四円を支出したこと、そして同二九年一月一
七日本件事故に伴い食費として金一七一〇円を支出したことが認められるので、控
訴人相鉄は本件事故のためその合計金五三万八、八二四円相当の損害を自ら被つた
ものということができる。
 さらに前記甲第二六号証の一ないし五、第二九号証の一ないし七、弁論の全趣旨
により真正に成立したものと認める乙第三号証それに原審における控訴人A1本人
尋問の結果によると、控訴人相鉄はA1車に塔乗して受難したG団主宰者Hの死亡
に伴い、昭和二七年七月二六日香典として金一万円、同月二八日通夜のための出向
費用として金二一三六円、同日告別式タクシー代として金七〇〇円、花環代として
金五〇〇〇円、同年九月六日仏前香料として金二二五〇円、同月二八日仏前供物代
として金七〇〇円、墓参タクシー代として金六〇〇円、昭和二八年七月二〇日慰霊
祭参加費として金五〇〇円、同月二一日一周忌供物代として金三〇〇〇円、仏前香
料として金一〇〇〇円、一周忌の旅費として金六二〇円、合計二万六、五〇六円を
支出し、同じくA1車に同乗していたため負傷したI、Jのため、昭和二七年七月
二五日見舞品代として金二〇〇〇円、同月三一日見舞品代として金五、九六〇円、
同年八月一日見舞品代として金六五〇円、同月四日手土産品代として金一八六〇
円、同年一〇月一六日見舞品代として金一二〇〇円、昭和二八年一月一六日見舞品
代として金三〇〇円、合計金一万一、九七〇円を支出したことが認められるから、
その合計金三万八、四七六円は控訴人相鉄が本件事故に関連し支出したものであつ
て、これは本件事故と因果関係がある。
 控訴人相鉄が右支出を本件事故により被つた損害として控訴人国鉄に対し賠償請
求していることはすでに述べたところであるが、右請求は本件事故が共同不法行為
とされる場合においては、右支出額を共同不法行為者に対する求償として請求する
趣旨と解し得るから、その趣旨で検討するに、さきにのべた理由によれば控訴人相
鉄の被害者に対して支出した金額は金三万八、四七六円で、同控訴人の負担部分に
満たないこと後述の計算上明らかであるから、同控訴人は共同不法行為者としての
控訴人国鉄に対し、右支出を理由に求償することは許されない。
 そのほか控訴人相鉄は、本件事故のためH主宰のG団の要求により余儀なく金八
万六七六〇円を支出し、同額の損害を被つた旨主張するが、本件全証拠によつても
右事実を証し得ないのでこれにもとずく請求は失当である。また同控訴人相鉄は本
件事故のため自ら前記金五三万八八二四円の損害を被つたものとしてこれを他の共
同不法行為者の一員である控訴人国鉄に対し賠償請求することができるものという
べきところ、控訴人A1にも運転上の過失があつて、本件事故に対する同控訴人の
過失の割合は一〇分の一をもつて相当とし、その外に附帯控訴人の過失が一〇分の
二、控訴人国鉄のそれは一〇分の七となるので、これに相当する負担部分を斟酌す
ると、控訴人相鉄の自らこうむつた損害のうち控訴人国鉄に対して請求し得べき金
額は金三七万七一七六円(円未満切捨)となる(控訴人相鉄は前示負担部分の限度
で附帯控訴人にも請求しうべき筋合であるが、本訴においては右請求はしていな
い)。
 三、 控訴人国鉄のこうむつた損害額について
 (一) 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第二号証の一ないし
五によると、控訴人国鉄は本件事故により、自らこうむつたものとして破損電車の
修理費として金三八三万七、四二七円(内訳材料等の物件費金三二一万七六二七
円、人件費金六一万九八〇〇円)、電力関係の復旧費として金三〇万三二四四円
(内訳電車線応急処理費金三万三八四〇円、右人件費金二万四〇〇〇円、右本復旧
費金一六万一〇〇〇円、右支給材料費金二万〇四二九円、右工事撤去品金八八二〇
円、電灯電力本復旧費金四万八〇一八円、右人件費金五六三〇円、右工事撤去品金
五〇七円)、 信号通信関係復旧費として金七万五一九九円(内訳応急工事人件費
金一万一八三〇円、災害復旧工事費金六万三三六九円)、保線関係復旧費として金
一一万三〇六四円(内訳応急復旧費金七万円、右人件費金四万三〇六四円)を支出
したことが認められ、その余の支出の点はこれを認めるに足りる証拠がない。する
と控訴人国鉄は本件事故により、電車施設等を破損し合計四三二万七九三四円相当
の損害を自らこうむつたことになつて、控訴人相鉄、同A1に対しこれを賠償請求
できることはいうをまたないが、控訴人国鉄の側にも過失があつて、その過失の割
合は一〇分の七で、外に附帯控訴人の責に帰すべき分が一〇分の二であるこ之前記
のとおりであるから、これによる負担部分を斟酌すると控訴人国鉄が控訴人相鉄、
同A1に請求できる金額は各自金四三万二七九三円(円未満切捨)であるというべ
きである(控訴人国鉄は前記負担部分に応じて附帯控訴人にも損害賠償請求しうべ
き筋合であるが、これをしないこと前同様である)。
 (二) 次に控訴人国鉄が不法行為当事者以外の本件事故の被害者に支払つた治
療費、慰藉料等の額について案ずるに、当裁判所も原判決とこの点に関する事実の
認定を回じくするものであり、その理由は次のように付加するほかは原判決理由中
の当該部分のそれと同一であるからこれを引用する(原判決三一枚目表一行目から
同四二枚目表一行目及び同四三枚目表一〇行目から同四四枚目表七行目。但し同三
一枚目表九行目の「九三万七一九〇円」とあるのを「九八万二一九〇円」、 同裏
一行目の「五〇〇〇円」とあるのを「五万円」、同三三枚目裏二行目の「第二号
証」とあるのを「第一号証」、同裏六行目の「四五万四九五〇円」とあるのを「四
九万九九五〇円」、同裏一〇行目の「五〇」とあるのを「五一」、同裏一一行目の
「五〇〇〇円」とあるのを「五万円」、同三四枚目表一行目の「六一」とあるのを
「六二」、同三五枚目表一〇行目の「一万五三〇〇円」とあるのを「一万三三〇〇
円」、同行目の「五〇〇〇円」とあるのを「三〇〇〇円」、同三八枚目裏四行目の
「二〇万三六〇〇円」とあるのを「二〇万四六〇〇円」、同裏五行目の「二〇〇〇
円」とあるのを「三〇〇〇円」、同三九枚目表五行目の「四万九二八〇円」とある
のを「五万〇二八〇円」、同表六行目の「二〇〇〇円」とあるのを「三〇〇〇
円」、同表八行目の「(二)とあるのを(二)」、同四〇枚目裏七行目の「一万一
一〇〇円」とあるのを「一万一一一〇円」、同裏九行目の「一一〇〇円」とあるの
を「一一一〇円」、同四一枚目裏三行目の合計額を「五一〇万三二〇三円」、同四
四枚目表四行目の合計額を「二三万九五九〇円」と訂正し、同三三枚目裏二行目に
「同第一号証の一の六〇の(一)及び(二)」を付加し、同四三枚目裏四行目の5
の項を全部削除する)。
 本訴請求中原判決九四枚目裏三行目の金三万一一二九円の損害、同九六枚目表八
行目の金九六〇円の立替の点については、いずれもこれを認めるに足りる証拠な
く、また同九六枚目表一一行目の金五万円のKに対する報労金の支出は、これが本
件事故とどのような関係にあるのかその点不明であるから、右請求部分はいずれも
理由がない。
 以上認定したところによると、控訴人国鉄は当事者以外の本件事故の被害者に対
し合計金五三四万二七九三円を支出し同額の損害をこうむつたことになるので、同
控訴人は右金額に控訴人相鉄が被害者に対し支払つた前記金三万八四七六円を加算
した合計額五三八万一二六九円に対し、共同不法行為者として連帯して支払の責に
任ずべく、そのうち自己の負担部分を超える分については他の当事者に求償しうべ
きところ、控訴人相鉄、同A1に対してはその負担部分(一〇分の一)に相当する
金五三万八一二六円(円未満切捨)から同相鉄がすでに支払つた右金三万八四七六
円を控除した金四九万九六五〇円を控訴人相鉄、同A1各自に対し求償できること
になる(控訴人国鉄は前同様一〇分の二の負担部分の限度で附帯控訴人にも求償し
うる筋合であるが、これをしていないこと前同様である)。
 なお控訴人国鉄は右請求を当初事務管理による費用償還請求とし、後に共同不法
行為者に対する求償を予備的請求として追加するが、右両請求は終始請求を同一に
し、これを右のいずれと解するかは法律的評価の相違に過ぎないので、右両請求が
別異の請求であることを前提とする控訴人相鉄らの訴の変更に対する異議及び消滅
時効の抗弁等は、いずれも理由がない。
 四、 附帯控訴人の請求について
 成立に争いのない丙第一号証及び原審における附帯控訴人本人尋問の結果によれ
ば、附帯控訴人はその所有するF3車を本件事故により大破し、これは修理しても
とうてい使用できない状態であり、しかも当時におけるF3車の価額は金五七万円
相当であつたことを認めうるから、附帯控訴人は本件事故のため同額の損害をこう
むつたことになる。ところがF3車の運転手F3にも運転上の過失があつて、本件
事故に対する同人の過失の割合は一〇分の二であるから、これに相応する負担部分
を斟酌すると、前記理由により附帯控訴人の控訴人らに対する請求額は控訴人国鉄
に対して金三九万九〇〇〇円、控訴人相鉄、同A1に対しては各自金五万七、〇〇
〇円をもつて相当とする。
 第七、 結論
 しからば控訴人相鉄の控訴人国鉄に対する本訴請求は、損害賠償金三七万七一七
六円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和二七年七月二二日から支払ずみま
で、年五分の遅延損害金を求める限度において正当として認容しその余を失当とし
て棄却し、控訴人国鉄の控訴人相鉄、同A1に対する本訴請求は、各自損害賠償金
四三万二七九三円及びこれに対する本件事故後である昭和三一年二月一〇日から支
払ずみまで年五分の遅延損害金、ならびに求償金四九万九六五〇円及びこれに対す
る事故後ないし現に支払の後で訴状送達後である右同日から支払ずみまで年五分の
法定利息の支払を求める限度において正当として認容しその余を失当として棄却
し、附帯控訴人の控訴人らに対する本訴請求は控訴人国鉄に対し金三九万九〇〇〇
円、控訴人相鉄同A1に対し各自金五万七、〇〇〇円及びこれに対する本件事故後
である昭和三一年一月二二日から支払ずみまで年五分の遅延損害金を求める限度に
おいて正当として認容しその余を失当として棄却する。
 よつて控訴人国鉄の本件控訴を棄却し、控訴人相鉄、同A1の本件控訴及び附帯
控訴にもとづき、原判決を右の趣旨に従つて変更することとし、訴訟費用の負担に
ついて民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第九九条、第九三条第一項を、
仮執行の宣言について同法第一九六条第一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決
する。
 (裁判長裁判官 浅沼武 裁判官 岡本元夫 裁判官 田畑常彦)

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