弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人今瞭美作成の控訴趣意書,控訴趣
意補充書に,これに対する答弁は,検察官伊藤俊行作成の答弁
書に,それぞれ記載されているとおりであるから,これらを引
用する。
1弁護人の控訴趣意について
論旨は,要するに,被告人は,本件事故発生について被告
人に過失はないから無罪であるのに,被告人に過失があると
認めて有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことの明ら
かな事実の誤認がある,というのである。
そこで,原審記録を調査して検討するに,原判決が「事実
認定の補足説明」1ないし4で説示するところはおおむね正
当であるが「5被告人の過失について」における原判決,
の説示は是認しがたく「罪となるべき事実」記載の被告人,
の過失が認定できないことに帰するから,原判決には判決に
影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというほかな
く,破棄を免れない。以下補足する。
原判決は,被告人には,A車を認めた後,国道に進出する
直前で停止して再度その動静を確認するなど,国道上の車両
の安全を十分に確認する義務があり,これが履行されれば本
件事故は回避しえたものというべきであると説示して,被告
人に過失が認められるとし,その根拠として次の諸点を挙げ
ている。すなわち,
①本件事故が国道上を走行していた車両と路外から国道上に
横断進出しようとした車両の衝突事故であり,基本的に国
道上を走行していた車両が優先する関係にあり,路外から
国道上に進出する車両は,国道上を走行する車両を大きく
妨げない方法で進出すべきものと考えられる
②被告人車が全車長16.2メートルの長大車両であるため,
国道の横断右折を開始した後完了するまでに相当の時間を
要し,一度右折のために国道上に進出すれば,相当時間国
道上を走行する車両の進路をふさぐことになるが,被告人
は予めそのことによるリスクを計算できる状況にあったと
いえる
③本件当時は,国道上の交通量も閑散としており,法定の最
高速度(時速60キロメートル)を相当程度超過する走行
車両のあることも予見できたといえる
④本件事故現場付近は,釧路湿原で,街路灯の設置もなく,
本件事故時は,日の出前で,周囲は暗い状況にあったので
あるから,被告人車のトレーラ部には片側に5つのサイド
マーカーランプ等がついていたとはいえ,国道上の車両の
運転者において通常より自車のトレーラ部の発見が遅れる
ことも予見できたものといわなければならない
⑤Aは,法定の最高速度(時速60キロメートル)を超過す
る時速約80キロメートル程度の速度で走行していたこと
は認められるものの,それ以上に通常の予測を大きく逸脱
した運転をしていたとは認められず,Aの運転が被告人の
過失に影響を及ぼすことはない
しかしながら,上記②,③は首肯でき,①も一般論として
は首肯できるものの,④,⑤についてはそのとおりとはいい
がたい。後記のとおり,本件においては,Aの運転は落ち度
の大きい運転方法であったといえ,そうした問題のある運転
につき被告人に予見義務を負わせるのはいささか酷と考えら
れる。
そこで,Aの運転について検討するに,街路灯がなく,法
定の最高速度時速60キロメートルの直線道路において,時
速約80キロメートルで進行すること自体は直ちに危険性の
大きい運転とまではいえない。ただし,時速約80キロメー
トルでの運転につき落ち度が大きくないといえるためには,
制動等により安全に停止できる範囲内が十分見通せて,しか
もその範囲内に障害物が何もないことが明らかに分かるなど
といった条件が整っている必要がある。ところが,A車は,
これに加えて前照灯をすれ違い用の状態で進行しているので
あり,時速80キロメートルの停止距離が約57メートル
(空走時間1秒の場合)であること,すれ違い用前照灯の照
射範囲が約40メートルであることなどを考慮すると,これ
は進路前方に障害物が現れた場合に衝突を避けられない危険
が相当に大きい運転態様であるといって差し支えない。
本件の場合,検証調書(原審職権1)によれば,Aにとっ
ては,被告人車が右折進出を開始した地点から約360メー
トル手前の地点で,進路前方の真っ暗闇の中に何らかの明か
りが視認可能な状況にあり(d図,写真番号11,被告人)
車が衝突地点に至るまでの間も同様に左方から右方へ移動す
る明かりが視認可能な状況にあると考えられる(c,b,a
図,写真番号8,5,2。そうすると,Aは,その明かり)
の正体が何であるかを確認するために,少なくとも制限速度
である時速60キロメートル以下に速度を落とすか,前照灯
を走行用に切り替えるか,その両方を行うかによって,進路
前方の安全を確認するべきであり,これを被告人の立場から
みると,Aがそうした対応を取ることを期待するなどして右
折進行を開始した被告人の行動は,もはや国道上を走行する
車両の通行を大きく妨げるものとはいえないことになる。そ
ればかりか,これと同様の位置関係のもとであれば,被告人
がそこまで深くは考えず,A車が接近するまでには右折を完
了できるとのみ考えたとしても,こうした被告人の行為を一
概に非難できないというべきである。言い換えれば,Aから
みて進路前方約360メートルの地点に何らかの明かりが見
えてしかるべき状況にあったにもかかわらず,それに気付か
ず,時速約80キロメートルのまま,かつ,すれ違い用前照
灯のままで進行してくるなどという危険な運転をしてくるこ
とまでを,被告人が予測しなければならないというのは酷で
あって,被告人の予見義務がそこまでは要求されないという
べきである。
以上によれば,被告人が,右方約360メートル以上離れ
た地点から近づいてくるA車に気付きながら,これと衝突す
ることはないものと考えて,自車の右折進行を開始すること
が業務上過失傷害罪における過失があるとの評価を受ける行
為とはいいがたく,被告人に過失があると認めて有罪とした
原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認
がある。
論旨は理由がある。
2破棄自判
よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破
棄し,同法400条ただし書により当裁判所において更に判
決することとする。
本件公訴事実(訂正後)は「被告人は,平成19年1月,
23日午前5時ころ,業務として大型貨物自動車を運転し,
北海道釧路市a線b番地先道路を同所路外の敷地から進出し
てc方面に向かい横断右折するに当たり,進出手前で一時停
止し,自車を発進させた時点で右方道路から進行してくるA
(当時76歳)運転の普通貨物自動車(軽四)を右前方約3
69.9メートルの地点に認めたのであるから,同車の動静
を注視し,その安全を確認しながら右折横断すべき業務上の
注意義務があるのにこれを怠り,同車が接近するまでに自車
は右折を完了できるものと軽信し,前記A運転車両の動静を
注視せず,その安全確認不十分のまま漫然時速約5キロメー
トルで横断右折進行した過失により,自車右後側部を前記A
運転車両右前部に衝突させ,よって,同人に加療約278日
間を要する右大腿骨々幹部開放骨折等の傷害を負わせたもの
である」というものである。
そして,上記のとおり,本件において,被告人が右前方約
360メートル地点に近づいてくるA車に気付きつつ自車の
右折進行を開始するに当たり,被告人には,A車が時速約8
0キロメートルのまま,かつ,すれ違い用前照灯のままで進
行してくることまでを予見する義務はないというべきである
から,被告人には,本件事故につき過失があるとは認められ
ず,被告人に業務上過失傷害罪は成立しない。したがって,
本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,
刑訴法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
平成20年7月24日
札幌高等裁判所刑事部
裁判長裁判官矢村宏
裁判官井口実
裁判官水野将徳

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