弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成14年9月20日判決
平成11年(行ウ)第27号納税告知処分取消等請求事件
主文
   1 被告が平成10年3月6日付けでした原告の平成7年3月ないし同年5月、同年10
月ないし同年12月及び平成8年10月の各月分の源泉所得税の各納税告知処
分並びに不納付加算税の各賦課決定処分(ただし、いずれも平成10年7月7日
付け異議決定により一部取り消された後のもの。不納付加算税については、平
成7年4月分及び同年11月分を除く。)をいずれも取り消す。
   2 訴訟費用は被告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
  本件は、特別養護老人ホームの設置経営等の社会福祉事業を行う社会福祉法人であ
る原告の元理事長であったAが原告の本部会計等から取得した金員につき、Aに対する
原告からの給料であると認めて行った各納税告知処分及びそれに伴う不納付加算税各
賦課決定処分(これらの各処分を以下「本件各処分」という。なお、被告は平成10年7月
7日付け異議決定において、前記金員を賞与と認め、一部取消しをした。)について、原
告が、前記金員はAによって横領されたものであって、給与所得には当たらないと主張
して、被告に対して、本件各処分の取消しを求めた事案である。
 一 本件各処分等
   当事者間に争いのない事実、後記第三の一掲記の各証拠及び弁論の全趣旨により
容易に認められる事実は、以下のとおりである。
  1 被告は、平成9年5月14日、原告に対する税務調査を実施し、その結果、Aが原告
の理事長在任中に原告の会計からA個人名義の預金口座に別表の「Aの口座に
入金された金額」欄のとおり、各「支給日」に、それぞれの各「支給額」の金員(以下
「本件金員」という。)を入金したことは、所得税法(以下「法」という。)28条、183
条1項に規定する給料の支払に該当すると判断し、源泉徴収に係る所得税を計算
し、平成10年3月6日、別表の「被告宇治税務署長処分額」欄のとおり、原告に対
し、納税告知処分及びそれに伴う不納付加算税の賦課決定処分(本件各処分)を
した。
  2 原告は、これを不服として、被告に異議を申し立て、被告は、平成10年7月7日、本
件金員の入金を予め支給額、支給期等が定められていない賞与の支払であると認
め、法186条の規定により所得税の額を計算して、別表の「異議決定額」欄のとお
り、原処分の一部を取り消す異議決定をした。
  3 原告は、これを不服として、国税不服審判所長に審査請求をしたが、国税不服審判
所長は、平成11年6月17日付け裁決により、原告の審査請求をいずれも棄却し
た。
 二 争点及び当事者の主張
  (争点)
本件金員の移動により、原告からAに対する法28条1項所定の賞与の支払があったと
いえるのか否か。
  (被告の主張)
  1Aは、原告の理事長として、原告の資産に対する全面的な支配権を有していた上、
本件金員は、原告の事業活動によって得たものであることが明らかであり、Aが原
告の理事ないし理事長として勤務してきたこと以外に本件金員を得る理由がない。
また、Aが、理事長という立場と無関係に原告との間で純然たる第三者として取引
等によって本件金員を取得したという事情も存在しない。更に、実質的にみても、A
の勤務状況や原告を長年にわたり実質的に支配していたと認められること、Aの原
告に対する出資の状況や原告からのAに対する毎月の報酬金額や本件金員の合
計額の多寡及びAが本件金員を取得するにつきいわば原告が容認していたという
べき状況があること等からしても、本件金員の移動は、原告がAに賞与を支払った
ものである。
  2 原告は、横領による経済的利得は賞与の対象とならない旨主張するが、給与所得
に当たるか否かは、租税法の見地から検討されるべきであって、刑法上の横領か
否かとは、別次元の問題であり、仮に役員が取得した経済的利益の取得原因が横
領によるものであっても、それのみをもって当該経済的利益の供与についての給
与所得としての性質は失われない。
  (原告の主張)
  本件金員の移動は、Aが原告から本件金員を横領した行為によるものであり、原告が
Aに賞与を支払ったものとは到底いえない。被告の主張は、主として株式会社につい
ての判断であり、本件原告のような社会福祉法人については妥当しない。
第三 当裁判所の判断
 一 当事者間に争いのない事実、前記第二の一の事実、甲1ないし19、乙1ないし8(枝
番を含む。)及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおり認められる。
  1 原告は、昭和62年10月20日に登記された社会福祉法人であり、所在地におい
て、特別養護老人ホームB、老人短期入所施設、デイサービスセンター、在宅介護
支援センターの施設運営等の在宅福祉事業を行っている。
    Aは、原告設立当初からの理事であり、平成2年4月30日から平成9年2月5日まで
原告の理事長であった。また、Aは、原告の設立母体であった社会福祉法人徳風
会の創立者であり、傘下の学校法人三重徳風学園、同北海道徳風学園、同京都
城南学園の理事を兼任していた。
  2 社会福祉法によれば、社会福祉法人には、役員として理事3人以上及び監事1人以
上を置かなければならないとされ(同法36条1項)、理事は、すべて社会福祉法人
の業務について、社会福祉法人を代表するが、定款でその代表権を制限すること
ができるとされている(同法38条)。また、社会福祉法人の業務は、定款に別段の
定めがないときは、理事の過半数をもって決するとされている(同法39条)。そし
て、社会福祉法人は、その経営する社会福祉事業に支障がない限り、公益を目的
とする事業又はその収益を社会福祉事業若しくは公益事業の経営に充てることを
目的とする事業を行うことができるとされ(同法26条1項)、公益事業又は収益事
業に関する会計は、それぞれ当該社会福祉法人の行う社会福祉事業に関する会
計から区分し、特別の会計として経理しなければならない、とされている(同条2
項)。
  3 原告においては、定款(乙4)により、理事長のみが原告を代表するものとされ(4条
3項)、日常の軽易な業務は理事長が専決し、これを理事会に報告するものとされ
(5条1項)、理事会の議事は、原則として理事総数の過半数で決するとされている
(同条6項)。そして、理事長個人と利益相反する行為となる事項及び双方代理とな
る事項については、理事会において選任する他の理事が理事長の職務を代理す
るとされている(6条2項)。また、基本財産の処分は、理事総数の3分の2以上の
同意を得て、京都府知事の承認を得なければならないとされ(12条)、法人の資産
は、理事会の定める方法により、理事長が管理するものとされていた(13条1項)。
  4 ところが、A及びBの施設長であったCらは、Bの経理について、給食材料費の水増
計上や物品購入費及び修繕工事費の水増し、架空計上、その他の不正の経理処
理及び財産処分行為を行うようになった。
  5 原告は、平成9年1月24日から同月31日まで、京都府及び八幡市の合同の特別行
政監査を受けるなどした結果、前記の不正資金の捻出が発覚し、その総額が2億
円を超えるものであることが判明した。
  6 前記の不正経理問題の発覚に伴い、Aを含む当時の理事10名は、平成9年2月10
日までに全員理事を辞任した。その後、新たに京都府知事により10名の仮理事が
選任され、原告は、新体制の理事会の下に、前記の不正経理により原告が被った
損害額等の調査を行った。
  7 原告は、平成9年9月3日、理事長経験者3名(A、D及びE)及びCに対して、Aらの
委任契約の不履行による損害賠償として、原告から不正に流出した金員2億107
8万1586円分の支払を求める別件訴訟を提起し、京都地裁は、平成13年1月2
2日、Aに対し、1億5132万5101円及びこれに対する遅延損害金の支払を命ず
る第1審判決を言い渡し、Aは、これに対して控訴をしたが、平成14年2月21日、
控訴棄却の判決が言い渡されて、前記第1審判決は確定した。
  8 Aは、次のとおり、本件金員を、自己の個人的用途に使用する目的で、自己の個人
口座に入金させてこれを取得した。
   (1) Aは、平成4年頃、Cに命じて、平成4年4月の時点でAの原告に対する架空貸付
金債権として696万4106円を計上させ、その後、同架空債権は、原告のAに
対する貸付金債権7万6600円と相殺処理されたものとされ、帳簿上は688万
7506円となっていた。Aは、原告の職員に命じて、原告の本部会計の定期預金
3000万円の一部を解約させ、平成7年3月20日、その解約金から688万750
6円をA個人が管理するA名義の別紙口座目録の①の3の口座に入金させた。
   (2) Aは、Cに命じ、平成7年4月27日、3万5000円を原告の本部会計から同目録
①の3の口座に入金させた。
   (3) Aは、各地にAが実質的に設立した社会福祉法人、学校法人等を実質統括する
社会福祉法人徳風会の理事長でもあったが、平成4年頃、徳風会が統括する学
校法人京都城南学園を設立母体として滋賀県近江八幡市内に滋賀龍谷短期大
学を設立する計画を立てた。Aは、Cに命じ、平成7年5月8日に90万円、同月1
8日に100万円、同年10月17日に50万円、同年11月28日に25万円をそれ
ぞれ原告の簿外の別紙口座目録②の2の口座から引き出させた上で同目録①
の3の口座に振り込ませ、前記の短大設立費用に当てた。
   (4) Aは、Cに命じ、平成7年12月21日、53万2875円を原告の本部会計から同目
録①の3の口座に入金させた。
   (5) Aは、Cに命じ、平成8年10月11日に100万円を原告の簿外の口座目録②の2
の口座から引き出させた上でAが管理するA名義の別紙口座目録①の4の口座
に振り込ませ、前記の短大設立費用に当てた。
   (6)当時、原告の本部会計及び施設会計の正規の預金口座としては、別紙口座目録
④ないし⑦の各預金口座等があったが、前記の簿外の口座は、AやCが前記の
とおり不正に経理処理した裏金をプールしていた預金口座であった。この簿外の
口座は、平成元年6月頃以降は、Aが、Cに命じて、正規の原告の預金口座とは
別に、Cに管理させていた。
  9 Aは、前記のような方法等によって、理事長在任期間である平成2年4月30日から
平成9年2月5日までの間に、最終的に、原告の会計から不法に1億5132万510
1円を取得した。
  10 原告の役員報酬規程によれば、役員の報酬は月額2万円とされ、役員のうち、法人
事務を行う者は月額25万円とする旨定められている。
 二 争点に対する判断
  1 被告は、本件金員の移動は、原告という法人がAに本件金員を支払ったものとみる
ことができることを前提とし、その支払は、理事長であるAの職務執行の対価として
された、あるいは、Aが原告の理事長の地位にあったから、少なくとも理事長の地
位との関係でされたなどと主張する。被告は、更に、いわゆる認定賞与、すなわ
ち、課税庁側が、法人の経理処理と異なって法人の簿外資金等から役員への利益
供与を賞与と判断して課税する例を挙げ、その利益の供与は、役員の立場と全く
無関係にされることが明らかであるような例外的な場合でもない限り、原則として、
その役員としての職務執行の対価たる性質を有すると推認できるもので、このこと
は、課税庁においてはむろん、従来の多くの裁判例においても肯認されているとも
主張する。そして、本件金員の移動が仮にAの横領行為に該当する場合でも、課
税の関係では、原告が支払った法28条1項所定の賞与に該当するとの判断を左
右しないとの趣旨とも解される主張もする。
  2 確かに、前記の認定事実(以下「本件事実関係」という。)によれば、本件金員は、い
ずれも、当時原告の代表権を有していたAの意思に基づいて、原告の本部会計か
又は原告が支配していた原告名義の簿外の裏口座である口座目録②の2の口座
からAが支配していた同目録①の3、4の各口座に送金手続がされたものである。
また、Aについては、本件金員の移動により、経済上の利得を得たものというべき
であって、それは、課税庁との間の課税関係において、所得税法上の所得に該当
し、Aの所得として課税対象となるというべきであって(ただし、ここでは、その所得
の種類は問わない。)、本件金員の移動が不法、違法な利得であっても、また、そ
の原因となった法律行為が無効であっても、直ちに、上記の判断を左右するもので
はないというべきである。更に、法人がその役員へ源泉徴収の対象となる法28条
所定の賞与を支払った否かの判断において、賞与の支払という要件をなす具体的
な事実があったといえるかどうかが正に問題であって、法人における賞与の支払の
ための所定の手続が採られたか否か、その手続に瑕疵があったか否かは、必ずし
も決定的な決め手になる事項ではないというべきである。原告も、これらの点に関
する限り、特に強く争わないところである。
  3 しかしながら、本件金員の移動によって、前記のとおり、それがAの所得として、課税
対象となることは明らかであるとしても、そのことから、法が定める現行の源泉徴収
制度の下で、源泉徴収の対象となる法28条1項所定の給与や賞与の支払いがあ
ったといえるかどうかについては、更に、検討が必要であって、本件事実関係の下
では、いわばAによる横領行為の被害者ともいうべき原告に対し、Aの所得につい
ての源泉徴収をして納付する義務があることを前提とする本件各処分は、いかにも
不当な結論であると考えられる。課税庁との間の法律関係においても、本件金員
の移動によって、原告という法人がAに対して法28条1項所定の賞与を支払ったと
まではいえないと考えられる。以下、順次、検討する。
  4 法は、28条1項において、給与所得について、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並
びにこれらの性質を有する給与(以下この条において「給与等」という。)に係る所
得をいう。」と規定するだけで、同項の給与等の具体的な定義規定は置いていな
い。ただ、法人税法35条1項は、「内国法人がその役員に対して支給する賞与の
額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しな
い。」とし、同条4項は、法人の役員賞与について、「役員又は使用人に対する臨時
的な給与(債務の免除による利益その他の経済的な利益を含む。)のうち、他に定
期に給与を受けていない者に対し継続して毎年所定の時期に定額(利益に一定の
割合を乗ずる方法により算定されることとなっているものを除く。)を支給する旨の
定めに基づいて支給されるもの及び退職給与以外のものをいう。」と規定してい
る。これらの各規定の文言からすると、一応、給与所得とは、雇用関係又はこれに
類する関係において、非独立的労働ないし従属的労働の対価として他人から受け
る報酬及び実質的にこれに準ずる給付に係る所得であると解するのが相当であ
り、役員賞与についても、それが利益処分的な性格を有するものとはいっても、あく
までも、それは「給与」であるとされており、その判断に当たっては、「給与支給者と
の関係において何らかの空間的、時間的な拘束を受け、継続的ないし断続的に労
務又は役務の提供があり、その対価として支給されるものであるかどうか」を重視
すべきものと解される(最2小判昭和56年4月24日・判時1001号24頁参照)。
   しかし、給与所得か否かの判断に当たっては、更に、法が、給与所得について、利
子所得及び配当所得とともに、法183条以下において、給与等の支払をする者
(支払者)から源泉徴収によりその税を徴収するものとしており、源泉徴収の対象と
ならない他の所得とは、その徴収手続において極めて異なった扱いをしている点も
考慮されるべきである。すなわち、法183条1項は、支払者は、その支払の際、そ
の給与等を受給者(給与等の受給者)から、天引により徴収し(同項の「支払の際」
「徴収し」とはこのような意味と解される。例外的には法221条、222条参照)、そ
の徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならないと
規定している。これを受けて、国税通則法(以下「通則法」という。)2条5号は、支払
者を納税者とし、その場合の納税義務を、受給者から徴収して納付する義務と定
義している(通則法15条1項)。そして、そのような支払者の特殊な納税義務は、当
該所得の支払の時に成立し(同条2項2号)、その成立と同時に特別な手続を要し
ないで納付すべき税額が確定するものとされる(同条3項2号)。そして、源泉徴収
による所得税は、いかなる場合でも、支払者のみから徴収され、受給者が課税庁
から直接に追及されることはないこととされ(法220条ないし223条)、法や通則法
は、課税庁と受給者(源泉納税義務者)との間の直接の法律関係が生じ得る場合
を想定していない。受給者が確定申告をする場合においてさえも、源泉徴収もれの
税額分を受給者から直接徴納されることはないし、逆に、過大に源泉徴収された税
額の控除もできないとされており、更に、源泉所得税と申告所得税との各租税債務
の間には同一性がないとされているのである(最3小判平成4年2月18日・民集4
6巻2号77頁参照)。したがって、源泉徴収の対象となる所得税を負担するのは受
給者で、源泉徴収は政策的な理由に基づく徴収制度にすぎないものであるとはい
っても、法や通則法は、源泉徴収の対象となる所得については、他の各所得とは
異なる扱いをしているのであって、前記のような源泉徴収手続をするのに相応しい
内容の所得を念頭に置いているものと解され、給与所得となる法28条1項所定の
賞与の意味も、また、法183条1項所定の「支払の際」の意味も、このような観点を
も加味して考えるべきである。
   なお、ある給付が給与所得に該当するか否かの判断に当たって、それが受給者の
所得に該当することは確かであって所得区分の問題である場合には、少なくとも、
受給者について、その判断いかんによって課税逃れになるのか否かの点は考慮す
る必要がないというべきである。被告の主張は、この点において、誤解を招きかね
ない部分がある。
  5 以上の判断に従って争点について更に検討すると、本件事実関係の下では、まず、
本件金員の移動によって、原告が本件金員を「支払った」ことになるのか否かが問
題になる。本件事実関係の下では、Aは、定款により社会福祉法人である原告の
代表権を有していたものであるが、単独では、業務執行の権限はなく、本件金員の
移動は、その権限外のことで、また、Aが、原告に帰属すべき本件金員を、正規の
経理上の手続を経ることなく、原告名義の口座からA個人名義の口座に移動させ
たことは、原告との関係では違法な行為(委任契約上の義務違反又は不法行為上
の義務違反)に当たることは明らかであり、正に、法人の金員の横領行為であった
もので、しかも、原告としては、支払者として、Aからその所得税を天引により徴収
する余地はなかったもので、法が予定しているように原告という法人がAから所得
税を源泉徴収する余地はおよそ考えられない形態の金員の移動であったというべ
きである。原告として、当時、本件金員をAに「支払った」ものということができるか
どうかは、極めて疑問であるといわなければならない。原告は、後に各理事が交代
して、Aらに対し、別件訴訟を提起して、その損害の賠償の支払を求め、その請求
を認容する判決が確定しており、少なくとも別件訴訟においても、裁判所は、法人
である原告が本件金員の移動を是認していたとの判断をしなかったことになる。む
しろ、本件事実関係によれば、本件金員の移動は、法人としての原告の当時の客
観的な意思(それはAの意思とは異なる。)に反していたものというべきで、これを
原告がAに支払ったとみるのは無理であると考えられる。原告の源泉徴収による前
記の納税義務は、法183条1項の支払の際に発生すると解されるところ、本件金
員の移動については、この要件があったとまでは認められないといわざるを得な
い。
   のみならず、本件事実関係の下では、本件金員の移動は、Aらが、自己の個人的
用途に使用する目的で、不正に、原告の資金を移動したものであることが明らかで
あり、その事実経過、金額、その他いかなる観点からみても、それがAがした原告
の理事長としての職務・役務の提供と対価の関係に立つものでないことも明らかで
あるといわなければならない。本件事実関係によれば、本件金員の移動は、専ら、
Aが、その個人的用途に使用する必要に応じて、その都度、個人的用途に必要な
金額分についてされたものであって、法人である原告側の事情は一切無関係であ
ると認められ、このような本件金員が、理事長としてのAの職務、役務の提供と対
価関係にあると解するのは、不合理というべきである。さらに、原告は、会社とは異
なり、社会福祉法人であることからしても、本件金員の移動を原告のAに対する利
益処分と解することも疑問であるといわなければならない。むしろ、本件金員の移
動によるAの利益は、専らA個人の都合に応じた利益とみられるのであって、それ
は、課税関係では、Aの所得であることは明らかであるが、源泉徴収の対象となる
法28条1項所定の給与や賞与であると認めるのは無理であって、それ以外のAの
所得として、A個人から徴収されるべきである。
 6 被告の主張の中で、被告が挙げるいわゆる認定賞与の事例の中には、法人の規
模や実態から法人とその代表者の行為とを一体的にみることのできる事実関係が
あるものもあると考えられ、そのような事例と本件を比較すると、本件各証拠によっ
てAが原告の内部で様々の経理処理について実質的には相当の決定権を有して
いた実態があったと認められるとしても、原告には代表者個人とは別個の社会福
祉法人の実態があって、社会福祉法に従って経理処理がされていたことも明らか
であるというべきであるから、両事例は事実関係が異なるものと考えられる。
第四 結論
  以上のとおり、Aによる本件金員の取得をもって本件各処分の要件があったと認めるこ
とはできず、本件各処分はいずれも違法であり、原告の請求は理由があるというべきで
ある。よって、主文のとおり判決する。
   京都地方裁判所第三民事部
       裁判長裁判官  八 木  良 一
          裁判官  古 谷  恭一郎
          裁判官  谷 田  好 史
         (別紙口座目録及び別表省略)
 

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