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判決言渡日平成19年5月29日
平成18年(ネ)第10068号損害賠償請求控訴事件,同第10073号附帯控
訴事件(原審・東京地裁平成17年(ワ)第10073号)
口頭弁論終結日平成19年4月24日
判決
控訴人・附帯被控訴人ディーエスエムニュートリ
(1審原告)ショナルプロダクツアー
ゲー
控訴人・附帯被控訴人DSMニュートリションジャ
(1審原告)パン株式会社
両名訴訟代理人弁護士細谷義徳
同原田芳衣
両名補佐人弁理士津國肇
同齋藤房幸
同小國泰弘
被控訴人・附帯控訴人昭和電工株式会社
(1審被告)
訴訟代理人弁護士吉澤敬夫
同牧野知彦
主文
1本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。
2控訴費用は控訴人らの,附帯控訴費用は附帯控訴人の,各負担とす
る。
事実及び理由
第1控訴の趣旨(控訴人両名)
1原判決を次のとおり変更する。
2被控訴人は,控訴人ディーエスエムニュートリショナルプロダクツア
ーゲー(以下「1審原告DSM」という。)に対し,5億7678万5776
円及びこれに対する平成17年5月31日(訴状送達の日の翌日)から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被控訴人は,控訴人DSMニュートリションジャパン株式会社(以下「1審
原告DSMジャパン」という。)に対し,5000万円及びこれに対する平成
17年5月31日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
4訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
5仮執行宣言
第2附帯控訴の趣旨(附帯控訴人)
1原判決中,附帯控訴人敗訴部分を取り消す。
2附帯被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審とも附帯被控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
(注:本判決においては,特に断らない限り,原判決の略語をそのまま用いる
こととする。)
1被控訴人(以下「1審被告」という。)は,下記内容の特許権を有していた
ところ,1審原告(旧商号:ロシュビタミンアーゲー)又はその前主(エ
フ・ホフマン−ラロシュアーゲー)から特許無効審判請求がなされ,いず
れについても特許庁において無効審決がなされ,1審被告がこれを不服として
審決取消訴訟を提起するも請求棄却判決がなされ,最高裁判所においてこれが
確定するところとなった。

①本件特許1
特許番号特許第2139541号
発明の名称養魚飼料用添加物
出願日昭和61年1月30日
登録日平成10年12月18日
無効審判請求日平成12年8月31日
審決日平成14年4月8日
請求棄却判決日平成15年6月25日
(東京高裁)
上告不受理決定日平成16年1月20日
(最高裁)
②本件特許2
特許番号特許第2800116号
発明の名称水産養殖用固型飼料の製造方法
出願日昭和61年6月5日
登録日平成10年7月10日
無効審判請求日平成14年8月27日
審決日平成15年6月12日
請求棄却判決日平成16年7月29日
(東京高裁)
上告不受理決定日平成16年12月9日
(最高裁)
③本件特許3
特許番号特許第2943785号
発明の名称養魚粉末飼料用添加物及び養魚用飼料(後に「養魚用ペレッ
ト飼料」に訂正)
出願日昭和61年1月30日
登録日平成11年6月25日
無効審判請求日平成14年8月27日
審決日平成16年2月19日
請求棄却判決日平成16年12月27日
(東京高裁)
上告不受理決定日平成17年4月26日
(最高裁)
2本件は,養魚用飼料添加物等に関する本件各特許を有する1審被告が,下記
のとおり,①1審原告らの取引先に対しその取り扱う飼料製品の中に本件各特
許の技術的範囲に入るものが含まれるなどと記載した警告文書等を送付した行
為,及び,②1審被告が1審原告らの取引先である日本農産に対し,平成14
年9月6日ころ,同社が原告製品を使用して行っている養魚用飼料の製造・販
売が本件特許権2及び3の侵害に当たるとして,原告製品を使用した製品の製
造・販売差止めの仮処分(本件仮処分)を申し立て,これに関して平成14年
9月9日に行った広報活動(報道機関に対し,日本農産が生産販売している養
魚用飼料に,従来は被告製品のみを使っていたが最近海外の類似品を使ってい
ることが判明し,是正を要請したが応じないために上記差止めの仮処分を申し
立てた旨発表し,その内容は,その後,新聞・インターネット・雑誌に掲載さ
れた〔本件掲載行為〕。)について,その後,本件各特許の無効が確定したこ
とから,1審被告のこれらの行為は,不正競争防止法2条1項14号の虚偽の
事実の告知・流布に該当し,あるいは不法行為を構成するとして,同法5条2
項及び民法709条に基づき,1審被告に対し,1審原告DSMは5億767
8万5776円,1審原告DSMジャパンは5000万円,及びこれらに対す
る遅延損害金の各支払を求めた事案である。

①平成14年5月16日に日本農産等16社へ送付した文書の内容(本件文
書1)
「…弊社では,アスコルビン酸−2−リン酸エステル塩の飼料添加物用途
等に関して,下記の特許を保有しております。尚,ご承知のことと存じま
すが,下記の特許2に関しましては,先日,無効審判において審決が出さ
れましたが,弊社と致しましては,審決が妥当でないと考えており,本
日,東京高等裁判所に審決取消を求めて出訴致しましたのでお知らせ致し
ます。従いまして,当該特許権は現時点で有効に存続しておりますことを
申し添えます。
1.特許第2137557号:「甲殻類養殖飼料用添加物」
2.特許第2139541号:「養魚用飼料添加物」
3.特許第2547400号:「動物用薬剤」
4.特許第2800116号:「水産養殖用固型飼料の製造方法」
5.特許第2874633号:「抗コレステロール薬剤」
6.特許第2943785号:「養魚粉末飼料用添加物及び養魚用飼
料」
7.特許第2943786号:「甲殻類養殖粉末飼料用添加物及び甲殻
類養殖用飼料」」
②平成14年6月27日から同年8月29日にかけて,日本農産・林兼産業
・日本配合飼料・日本水産・中部飼料・日清飼料・丸紅飼料に対し送付した
警告文書の内容(本件文書2の1∼4)
a「…弊社が今年6月初旬に九州市場より入手しました貴社飼料製品「みさ
き2.5P」を分析しましたところ,貴社飼料製品中に弊社製品「ホスピ
タンC」とは異なる他社製品のアスコルビン酸−2−リン酸エステル塩が
含まれていることが判明しました。弊社は…飼料あるいは飼料用添加物,
その製造法等に係る特許を下記の通り保有しており,貴社の飼料製品は弊
社保有特許の技術的範囲に入るものと思料されます。…
早急に貴社内で是正いただきたく,また今後かかることが無いようご注
意をしていただきますようお願い申し上げます。」(本件文書2の1)
b「…弊社が市場より入手しました貴社飼料製品「マリン7号」等を分析し
ましたところ,貴社飼料製品中に弊社製品「ホスピタンC」とは異なる他
社製品のアスコルビン酸−2−リン酸エステル塩が含まれていることが判
明しました。弊社は…飼料あるいは飼料用添加物,その製造法等に係る特
許を下記の通り保有しており,貴社の飼料製品は弊社保有特許の技術的範
囲に入るものと思料されます。つきましては,早急に貴社内で是正いただ
きたく,また今後かかることが無いようご注意をしていただきますようお
願い申し上げます。…なお,蛇足ではございますが,他社製品を一部使用
された顧客様よりは従前に戻し,ご使用下さる確約を頂いておりま
す。」(本件文書2の2)
c「…弊社は,…飼料あるいは飼料用添加物,その製造法等に係る特許を下
記の通り保有しています。最近,弊社が市場より入手しました飼料製品を
分析しましたところ,一部の飼料製品中に弊社製品「ホスピタンC」とは
異なる他社製品のアスコルビン酸−2−リン酸エステル塩が含まれている
ことが判明しました。弊社は,上記の飼料製品は弊社保有特許の技術的範
囲に入るものと思料され,該社に十分な説明を求め,従前に戻し弊社製
品「ホスピタンC」を使用するとの連絡を受けております。貴社におかれ
ましても十分ご検討,ご留意の程お願い申し上げます。」(本件文書2の
3)
d「…弊社は8月14日付書面にて既に御連絡申し上げましたように飼料あ
るいは飼料用添加物,その製造法等に係る特許を保有しています。弊社製
品「ホスピタンC」とは異なる他社製品のアスコルビン酸−2−リン酸エ
ステル塩のご使用は弊社保有特許の技術的範囲に入るものと思料されま
す。貴社におかれましても十分ご検討,ご調査下さいますよう宜しくお願
い申し上げます。尚,従来,間断無く御注文いただいておりました「ホス
ピタンC」の貴社からの御注文が本年7月初旬より途絶えております事を
ご参考まで申し添えます。」(本件文書2の4)
③平成15年6月27日ころ伊藤忠飼料及び日本農産等に送付した文書の内
容(本件文書3の1∼4)
a「…弊社では,既に御案内の通りアスコルビン酸−2−リン酸エステル塩
の飼料添加物用途等に関して,下記の特許を保有しております。
尚,…下記の特許2に関しましては,一昨日6月25日東京高等裁判所
において特許無効審決を指示する判決が出されましたが,弊社と致しまし
ては判決を不服とし,最高裁判所に上告する予定です。また特許4に関し
ましても,特許庁において特許無効審決が出されましたが,審決が妥当で
ないと考え,東京高等裁判所に審決取消を求めて出訴する予定ですのでお
知らせ致します。従いまして,当該特許権は現時点で有効に存続しており
ますことを申し添えます。」(本件文書3の1)
b「…弊社では,既に御案内の通りアスコルビン酸−2−リン酸エステル塩
の飼料添加物用途等に関して,下記の特許を保有しております。
尚,…日本特許第2139541号「養魚用飼料添加物」に関しまして
は,東京高等裁判所の判決を不服とし最高裁判所に上告しましたが,残念
ながら1月21日上告不受理の決定が下されました。一方,下記の特許3
に関しましては,現在,東京高等裁判所において特許無効審判の審決取消
訴訟の審理中であります。また,下記の特許5に関しましては3月1日に
特許庁より無効審決の通知を受領しましたが,本件に関しましても弊社と
致しましては審決が妥当でないと考え,今後,東京高等裁判所に審決取消
を求めて出訴する予定ですのでお知らせ致します。」(本件文書3の2)
c「…弊社では,既に御案内の通りアスコルビン酸−2−リン酸エステル塩
の飼料添加物用途等に関して,下記の特許を保有しております。
日本特許第2800116号「水産養殖用固型飼料の製造方法」に関し
ましては,特許無効審決を不服とし東京高等裁判所に上告していました
が,残念ながら7月29日に審決取り消し請求棄却の判決が下されまし
た。弊社では本判決を不服とし今後最高裁判所に上告する予定ですのでご
連絡申し上げます。
尚,本特許の訂正審判を7月16日に特許庁に請求しております。
また,下記の特許5に関しましては,現在,東京高等裁判所において特
許無効審判の審決取消訴訟の審理中でありますこともあわせてご連絡申し
上げます。」(本件文書3の3)
d「…弊社では,ご案内の通りアスコルビン酸−2−リン酸エステル塩の飼
料添加物用途等に関して,下記の特許を保有しております。
日本特許第2943785号「養魚粉末飼料用添加物及び養魚用飼料」
に関しましては,東京高等裁判所の判決を不服とし最高裁判所に上告して
いましたが,残念ながら4月27日に上告不受理の決定通知を受領致しま
した。
なお,下記の特許1と特許3に関しましては,DSMニュートリション
ジャパン㈱殿より特許庁に特許無効審判請求があり,弊社はこれに対して
無効理由がないとの答弁を行っており,今後審理が進む予定であることも
あわせてご連絡申し上げます。」(本件文書3の4)
3平成18年7月6日に言い渡された原判決は,1審原告の本訴請求のうち,
1審被告が本件文書2の1ないし4を送付した行為は不正競争防止法2条1項
14号の不正競争に該当するとして,原告DSMにつき1000万円(信用毀
損による損害700万円及び弁護士費用300万円の合計額),原告DSMジ
ャパンにつき700万円(信用毀損による損害),及びこれらに対する遅延損
害金の限度で認容し,その余を棄却した。
そこで,1審原告らはこれを不服として本件控訴を提起し,これに対し1審
被告は,附帯控訴を提起した。
第4当事者の主張
1当事者双方の主張は,次に付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第
2,第3記載のとおりであるから,これを引用する。
なお,本件における争点1・2・3も,原判決記載のとおりである。
2控訴人らの当審における主張
(1)争点1について
ア本件仮処分申立てにつき
(ア)原判決は,本件仮処分申立て前に1審被告は日本農産に対し本件文書
2の1を送付していることを理由に,本件仮処分申立てを,1審原告ら
との関係で違法な不正競争に該当すると解することはできないとした
が,原判決の判断には,事実誤認及び法適用の誤りがある。
(イ)すなわち,1審被告は,本件仮処分申立て前に,本件文書2の1の送
付により原告製品が特許侵害品である旨の告知を行っているが,これに
よって1審原告の取引相手である日本農産に対し同様の告知を行う必要
性が消滅することはない。虚偽の事実を告知・流布することにより,競
業者の信用を毀損して,市場において有利な地位を確保しようとする場
合,必ずしも1度の通知によって十分な効果を上げられるとは限らず,
むしろ繰り返しこれを行うことで当該虚偽の事実が,告知・流布した相
手方にとって説得力を持つことになる。また,仮処分申立てという裁判
所が関与する法的手続によって虚偽の事実が告知される場合には,告知
を受けた相手方に与える心理的効果が極めて大きなものとなることは明
らかである。
したがって,1審被告が本件仮処分申立て前,日本農産に対して本件
文書2の1を送付していたとしても,これは1審被告が本件仮処分申立
てによって「ロビミックスステイ−C35」(以下「ステイC」とい
う。)の使用が特許権の侵害となるとの虚偽の事実を告知する必要性を
失わせる理由とはならないのであって,この点において,原判決の判断
は経験則に違背している。
(ウ)また,原判決は,本件仮処分申立てに至る経緯に不自然な点はないと
認定したが,日本農産は1審被告から特許侵害警告の通知を受けた当初
より以後ステイCの使用をやめ,1審被告の製造販売するホスピタンC
の購入を再開することを約束していたのであり,あえて本件仮処分申立
てを行うまでもなく,侵害警告の目的は既に達成されていた。それにも
かかわらず,突然に本件仮処分申立てに及んだ1審被告の行為は極めて
不自然であって,仮処分の威嚇的効果によって1審原告らとの競争にお
いて優位な地位を確保しようとの目的で手続を利用したことは明らかで
ある。
イ本件掲載行為につき
(ア)原判決は,本件掲載行為について,1審被告が日本農産を相手方とし
て本件掲載行為の内容の仮処分の申立てをしたことは事実であるから,
これを虚偽の事実とみることはできず,本件掲載行為が不正競争に該当
しないと判断したが,誤りである。
(イ)プレスリリース(甲4)において,1審被告は,「…養魚用飼料ある
いは飼料添加物,並びにその製造法等に係わる特許権を保有しておりま
す」として,1審被告が本件仮処分申立てとは直接関係のない本件特許
1を含む本件各特許を保有している事実まで告知するとともに,日本農
産の飼料製品について「当社が保有する特許権に抵触すると考えられ
る」とした上,「今後とも特許権侵害案件に対し,断固たる措置を行う
所存であります」と結んでいる。そして,甲3の1ないし3(日経産業
新聞2002年9月10日13頁,日経テレコン21ホームページ〔化
学工業日報2002年9月10日4頁〕,「ニュースで追う特許権2
003年版」ダイヤモンド社)の各報道内容においては,1審被告の販
売するホスピタンC以外のアスコルビン酸の2−リン酸エステル塩であ
る飼料添加物を使用したことが,本件各特許の侵害行為となった旨記載
されている。本件各特許権を根拠として1審被告が日本国内における養
魚用飼料添加物であるアスコルビン酸−2−リン酸エステル塩の市場を
ほぼ独占する状況の中,平成14年4月に1審原告らが飼料安全法(飼
料の安全の確保及び品質の改善に関する法律)による指定を受け,安価
なステイCの販売を開始した下で本件掲載行為が行われたものであっ
て,本件掲載行為に先立ち本件文書2の1ないし4の各送付が行われて
いた事実も合わせ考慮すれば,本件掲載行為の内容を読んだ飼料製造業
者にとって,日本農産がステイCを使用したこと,及び,これが1審被
告の特許権を侵害する行為であるため本件仮処分申立てがなされたもの
であると理解するというべきである。
そして,本件各特許はいずれも当初より無効であり,ステイCを使用
した日本農産の行為は特許権侵害行為とはならないのであるから,本件
掲載行為は虚偽の事実を告知したものであるというべきである。
(2)争点2について
ア本件文書1,本件文書3の1ないし4の各送付行為につき
原判決は,本件文書1及び本件文書3の1ないし4は,事実をそのまま
伝えている文書である以上,違法な文書と解することができないとして,
各送付行為についての不法行為責任の成立を否定したが,誤りである。
単に事実をそのまま伝える行為であっても,それが故意又は過失によ
り,違法に他人の権利を侵害し,損害を与える行為であれば,当該行為に
ついて不法行為責任の成立は妨げられるものではない。
1審被告が,本件特許1を無効とする審決の判断を覆し得る合理的な根
拠を有していなかったこと,また,本件特許1を無効とする審決がなされ
たことにより,本件特許2,3も,第1引用例発明(特開昭52−136
160号公報)とその他の公知技術により,同様に容易想到との判断を受
ける高い蓋然性があったことを知り得たはずで,かかる本件各特許の無効
の明白性にもかかわらず,本件文書1及び本件文書3の1ないし4の送付
をもって,飼料製造業者らに対し,本件各特許が有効であり,あたかもそ
の判断に合理的根拠があるかのように通知した1審被告の行為には,少な
くとも重大な過失が認められるというべきである。上記各送付行為が通知
を受けた飼料製造業者らに対し与えた威嚇的効果は大きく,これによっ
て,1審原告らは日本国内におけるステイCの販売の妨害を受け,信用及
び営業上の利益を違法に侵害され,損害を受けた。
イ本件仮処分申立てにつき
原判決は,本件仮処分申立てに違法性がないとして,同行為についての
不法行為責任の成立を否定した。
しかし,本件仮処分申立てに違法性が認められることは,上記(1)アの
とおりであり,この点についての原判決の判断は誤りである。
ウ本件掲載行為につき
原判決は,本件掲載行為は事実をそのまま伝えているだけであるから,
違法な行為とみることはできないとして,同行為について不法行為責任の
成立を否定した。
しかし,本件掲載行為が虚偽の事実の告知を含むものであることは,上
記(1)イのとおりであり,この点についての原判決の判断は誤りである。
エ1審被告の一連の不法行為につき
(ア)原判決は,本件文書1及び本件文書2の1ないし4の送付,本件仮処
分申立てとそれに関する本件掲載行為,その後の飼料製造業者に対する
本件文書3の1ないし4の送付という一連の行為が,1審原告らに対す
る不法行為を構成するとの1審原告らの主張に対し,これら各行為が個
別に違法な行為とはいえないこと,一連の行為としてみた場合でも,本
件文書2の1ないし4の送付行為を除いて考えれば,特許権者の権利の
行使として,行き過ぎたものとみることはできないことを理由にこれを
排斥した。
(イ)しかし,上記各行為が個別に不正競争ないし不法行為を構成すること
は,既に述べたとおりであり,また,仮に個々の行為が直ちに違法性が
認められない行為であっても,これらが1つの目的に向けて累積すれ
ば,一体として違法な行為となり得ることは当然である。そして,上記
各行為は,いずれも1審被告において,事実上無効の本件各特許をあく
まで有効なものとして行使することを国内飼料製造業者らに示すという
同一の目的に向けられて行われた行為であり,これらは一連の行為とし
て繰り返されることによって信ぴょう性が生じ,より大きな威嚇的,抑
止的効果を生じることになるのである。
原判決は,これら一連の行為が同一の目的に向けられた行為であっ
て,繰り返されること自体に重要な意味があることを看過している点に
誤りがある。
(3)争点3について
ア本件文書2の1ないし4の各送付行為との因果関係につき
ステイCがホスピタンCの7分の1程度の低価格であったこともあっ
て,ステイCが飼料安全法の指定を受けた平成14年4月から1審被告に
よる本件文書2の1ないし4の各送付行為が行われた同年6月までのわず
かな間に,数社の飼料製造業者が同製品の購入を開始し始めていたとこ
ろ,上記各送付行為の行われた後,購入を中止し,あるいは購入量を減少
させている。したがって,本件文書2の1ないし4の各送付行為がステイ
CないしホスピタンCの販売量の増減に何ら因果関係がないとする原判決
の認定は,上記のような購入量の推移にかんがみれば,誤っていることは
明らかである。また,このように本件文書2の1ないし4の各送付行為
が,既にステイCの購入を開始していた飼料製造業者の購入量の減少に与
えた影響に照らせば,いまだ購入を開始していなかった業者に対しても,
購入をちゅうちょさせたことは容易に推認できる。
イその他の不正競争及び不法行為との因果関係につき
上述したとおり,本件仮処分申立て及び本件掲載行為,本件文書1及び
本件文書3の1ないし4の各送付行為も,それぞれ不正競争ないし不法行
為に該当するものであって,これら各行為による逸失利益を認定していな
い点で,原判決には誤りがある。
3被控訴人(附帯控訴人)の当審における主張
(1)争点1について
ア本件仮処分申立てに関する主張に対し
1審原告らは,日本農産に対し本件文書2の1を送付していたとしても
本件仮処分申立てによってステイCの使用が特許権の侵害となるとの虚偽
の事実を告知する必要性を失わせる理由とはならないので,原判決の判断
は経験則に違反していると主張する。
しかし,原判決は,仮処分申立てをする行為は,特段の事情がない限り
違法な行為とはならないところ,本件では特段の事情はないというもので
あり,それ自体なんの誤りもない上,そもそもこのような認定に異論を述
べたところで原判決の結論には全く影響しないから,1審原告らの主張に
は理由がない。
イ本件掲載行為に関する主張に対し
1審原告らは,本件掲載行為が虚偽である旨主張するが,原判決の認定
するとおり,これは事実の記載であるから理由がない。
仮に1審原告らが主張するように,情報の受け手において日本農産が特
許権侵害を行っているものと理解したとしても,本件掲載行為のような事
実を客観的に公表する行為が違法だとすると,仮処分申立ての事実につい
て公表のしようがないということになってしまう。
ウ本件文書2の1ないし4につき
(ア)原判決は,本件各特許が無効となったことから,本件文書2の1ない
し4には虚偽の事実が記載されているとした。
しかし,送付された文書の内容が虚偽かどうかは,その受け手が,陳
述ないし掲載された事実について真実と反するような誤解をするかどう
かによって決すべきである。これを本件についてみれば,1審被告は,
本件文書2の1ないし4の送付前に本件文書1(甲1)を発送している
ことからも明らかなとおり,文書の受送付先は,既に本件各特許権の存
在を熟知しており,被告製品以外の製品を使用した場合には,当該特許
権との関係で問題となること,及び,本件特許1について無効審決がな
されたことを理解していたものである。このように受送付先が,本件文
書2の1ないし4を見れば,そこに記載されている内容は,「本件文書
2記載の各特許権が無効とならなければ,被告製品以外のアスコルビン
酸2リン酸塩の製品を使用すれば本件各特許権との関係で抵触の問題が
発生する」というものであることを当然に理解する。
そうであるとすれば,本件文書2の1ないし4の内容は全くの事実の
記載であって,これを受け取った送付先が,真実と反するような誤解を
することはあり得ないから,何ら虚偽の事実を記載したものとはいえな
い。
(イ)また,原判決は,本件文書2の1ないし4には,合計7件の特許権が
記載されているところ,各特許権ごとに「虚偽の事実か否かを判断すべ
きであるとした。
しかし,本件のように1つの文書中に複数の特許権が記載されている
場合であっても,社会的な事実としてみれば,当該文書の配布行為とい
う1つの行為があるにすぎないのであるから,不正競争防止法2条1項
14号の虚偽性の判断は,当該当該文書の記載内容全体として虚偽性が
認められるか否かが総合的に判断されるべきである。これを本件につい
てみると,1審被告が行った行為は,本件文書2の1ないし4の送付行
為であるから,それぞれの文書に記載された各特許権すべてについて非
侵害であることがいえなければ,文書全体としては虚偽であるといえな
い。
(ウ)原判決は,1審被告が文書を送付したことにつき,本件各特許権が無
効とならないと信じる根拠を有していなかったと認定したが,誤りであ
る。
1審被告は,本件文書2の1,2の2,2の3,2の4の送付当時(
本件文書2の1の送付時期は平成14年6月27日,以下順に,同年8
月9日,同年8月14日,同年8月29日),無効審決が取り消される
べきであるとの相当な根拠を得ていた。すなわち,乙29(弁理士A〔
以下「A弁理士」という。〕作成の平成18年11月15日付け報告
書。以下「乙29報告書」という。)は,本件各特許の無効審判を担当
したA弁理士の報告書であり,乙30(1審被告技術本部・安全性試験
センター長B作成の平成18年11月21日付け報告書。以下「乙30
報告書」という。)は,乙29報告書に記載されているSTNによる検
索についての会社の担当者の報告書である。本件文書2の1は,平成1
4年6月27日に送付されたものであるが,1審被告は,これに先立つ
平成14年5月21日ころから審決(甲7の1)の引用する第1引用例
の「…L−アスコルビン酸の2−ホスフェート及び2−サルフェート誘
導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によって有用な安定なビタ
ミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられ
ることが知られている」(甲7の1・6頁下第2段落)との記載が本件
発明と一致するとの点について,これが事実か否かの調査を開始し,遅
くとも,平成14年6月20日に行われたA弁理士と1審被告社員によ
る会議において,調査結果から判明した事実を基に,「L−アスコルビ
ン酸の2−ホスフェートおよび2−サルフェート誘導体類は動物中でビ
タミン活性を示し,動物によって有用な安定なビタミンC誘導体とさ
れ,このものは例えば魚の餌の補充剤といて用いられることが知られて
いる」ことが事実に反するものであること,及び,それを基にした無効
審決に対する取消事由の論旨を確認している。
また,本件特許1が無効かどうかの判断は,公知文献に事実に反する
記載がなされている場合において,そのような刊行物は引用例の適格性
に欠けると判断するのかという極めて難しい法律的な判断が要求される
のであって,特許庁において本件特許1についての無効の判断がなされ
たからといって,審決取消訴訟において同様な判断がなされるとはいえ
ない。そうであれば,1審被告としては,本件文書2の1の送付前に,
世界で最も信頼性のある科学技術情報検索システムであるSTNを使用
して,「L−アスコルビン酸の2−ホスフェートおよび2−サルフェー
ト誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物によって有用な安定な
ビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤といて用い
られることが知られている」ことが事実に反するとの調査を行い,これ
を基に弁理士との検討を行っているのであるから,本件特許1を無効と
する審決が取り消され本件特許1が無効とならないと考え得る合理的根
拠を有していたというべきであり,本件文書2の2以下についても同様
である。
(エ)本件のような文書の送付行為は,訴訟提起の可能性のある侵害行為に
対する訴訟の前段階としての準備行為であり,かつ,訴訟行為について
は,正当行為か否かが問題とされるのであるから,その準備段階である
文書の送付行為についても,正当行為といえるか否かを判断すべきであ
り,このように解することが,本件のように侵害者自身に対する文書の
送付が,その材料メーカに対する不正競争となるか,という利益考慮的
な要素の強い判断になじむものというべきであり,原判決はその法律構
成において誤っているというべきである。
また,原判決は,その実際の判断において本件の特殊性を考慮してい
ない点で誤りである。すなわち,,本件各特許発明の特許請求の範囲の
記載からすれば,その直接侵害者は文書の送付先の企業であって,1審
原告はその材料メーカーにすぎない上,本件で問題となっているアスコ
ルビン酸2リン酸エステル塩は他用途がある製品であるから,1審原告
に間接侵害の責任を問うことはもとより困難である。そして,原告製品
を製造している1審原告DSMは外国の企業であるから,この者に対
し,日本国特許権である本件各特許権に基づいて警告を行うことは事実
上不可能といってよい。したがって,1審被告の送付行為は,一方にお
いて,侵害者となるべき者に対する権利行使の一環であり,他方におい
て,1審原告らに権利行使することが不可能ないしは著しく困難である
から,1審被告としては,実際の侵害者である飼料製造業者に対し権利
行使をするよりほかに現実的な解決方法はなかったのである。そうであ
れば,1審被告の行為は,特許権者による権利行使の保護の観点及び我
が国憲法が保障する裁判を受ける権利の趣旨に照らし,正当行為とし
て,不正競争とはならないものというべきであり,これを違法性阻却事
由と考えるのであれば,正当行為として違法性を阻却されるというべき
である。
(2)争点2について
ア本件文書1,本件文書3の1ないし4の各送付行為に関する主張に対し
本件文書1,本件文書3の1ないし4に記載されている事項は,全くの
客観的な事実である上,1審被告が有する本件各特許権について無効審決
や上告不受理の決定通知を受領したという,1審被告にとって不利となる
事実である。このような文書を送付したことが不法行為になるはずがない
ことは明らかであり,むしろ,このような事情は,本件において不正競争
はなかったことの証左というべきである。
イ本件仮処分申立てに関する主張に対し
本件仮処分の申立ては,1審被告が有する裁判を受ける権利の範囲内の
行為であって,このような行為に不法行為が成立しないことは明らかであ
る。
ウ本件掲載行為に関する主張に対し
1審原告は,本件掲載行為について不法行為が成立する旨を述べている
が,これは全くの事実の告知であるから,不法行為が成立する余地はな
い。
エ1審被告の一連の不法行為に関する主張に対し
1審原告は,仮に個々の行為が不法行為には該当しないとしても,1審
被告の一連の行為は不法行為に該当すると主張する。
しかし,1審被告の一連の行為をまとめてみるのであれば,上述したと
おり,1審被告は,自らの不利な事実を隠さず正直に取引先に伝えていた
のであるから,本件について,不正行為などなかったことを裏付ける事情
であって,このような一連の行為に不法行為が成立する余地はない。
(3)争点3について
仮に,本件において信用毀損による無形損害及び弁護士費用相当額の損害
が発生するとしても,無形損害として合計1400万円,弁護士費用300
万円もの損害が発生するはずがない。
本件では,そもそも告知行為と損害の発生との間の相当因果関係さえ認め
られない事案というべきであり,また,現実には何らの逸失利益の発生も認
められない事案なのであるから,仮に損害の発生が認められるとしても,告
知行為と相当因果関係の認められる無形損害は多くとも数十万円程度という
べきであり,そうである以上弁護士費用についても同額程度というべきであ
る。
第4当裁判所の判断
1当裁判所も,1審原告らの1審被告に対する本訴各請求は,原判決が認容し
た限度で正当として認容し,その余は棄却すべきものと判断する。その理由
は,次に付加訂正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第4に記載のとお
りであるから,これを引用する。
2争点1(1審被告による本件文書2の1ないし4の各送付行為,本件仮処分
申立て及び本件掲載行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争に
該当するか)に関する当事者の主張に対する判断
(1)1審原告らの主張(1)ア(本件仮処分の申立て)について
ア1審原告らは,1審被告が本件仮処分申立て前,日本農産に対して本件
文書2の1を送付していたとしても,これは1審被告が本件仮処分申立て
によってステイCの使用が特許権の侵害となるとの虚偽の事実を告知する
必要性を失わせる理由とはならないから,原判決が,本件仮処分申立て前
に1審被告は日本農産に対し本件文書2の1を送付していることを理由
に,本件仮処分申立てを,1審原告らとの関係で違法な不正競争に該当す
ると解することはできないとしたことは誤りであると主張し,これに対し
1審被告は,原判決は正当である旨主張する。
しかし,原判決は,本件仮処分申立て前に1審被告が日本農産に対し本
件文書2の1を送付していることのみを理由に,本件仮処分申立てを違法
な不正競争と認めなかったものではない。
法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは,
法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから,裁判を受ける権利は最
大限尊重されなければならず,本件のように損害賠償義務の有無を判断す
るにあたっては,裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎
重な配慮が必要とされるというべきである。そして,特許権者が,競業者
の取引先を相手方として,その行為が特許権を侵害するものであるとし
て,仮処分を申し立てたり,特許権侵害訴訟を提起したりすることは,特
許権の行使であり,裁判を受ける権利の行使であるから,これが不正競争
防止法における不正競争として違法な行為といえるのは,特許権者が,事
実的,法律的根拠を欠くことを知りながら,又は,特許権者として,特許
権侵害訴訟の提起,あるいは,仮処分の申立てをするために通常必要とさ
れている事実調査及び法律的検討をすれば,事実的,法律的根拠を欠くこ
とを容易に知り得たのにあえて訴訟を提起し,あるいは,仮処分を申し立
てたなど,これが裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認
められるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年
1月26日第三小法廷判決・民集42巻1号1頁参照)。
これを本件についてみると,本件仮処分申立てに至る経緯は,原判決5
0頁最終段落ないし52頁第6段落記載のとおりであり,これらの経緯及
び本件仮処分申立ての内容にかんがみれば,本件仮処分申立てが裁判制度
の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠き,違法であるとすることはでき
ない。
イ1審原告らは,日本農産は1審被告から特許侵害警告の通知を受けた当
初より以後ステイCの使用をやめ,1審被告の製造販売するホスピタンC
の購入を再開することを約束していたにもかかわらず,突然に本件仮処分
申立てに及んだ1審被告の行為は極めて不自然であって,仮処分の威嚇的
効果によって1審原告らとの競争において優位な地位を確保しようとの目
的で手続を利用したことは明らかであるとも主張する。
しかし,日本農産は原告製品の使用をやめ1審被告の製造販売するホス
ピタンCの購入を再開することを回答(甲17)したにもかかわらず,原
告製品を使用した養魚用飼料の販売を継続していたことは上記原判決認定
のとおりであり,1審被告は,突然に本件仮処分申立てに及んだというも
のではなく,その経緯に特に不自然な点は認められないから,1審原告ら
の上記主張も採用することができない。
(2)1審原告らの主張(1)イ(本件掲載行為)について
ア1審原告らは,本件掲載行為の内容を読んだ飼料製造業者にとって,日
本農産がステイCを使用したこと,及び,これが1審被告の特許権を侵害
する行為であるため,本件仮処分申立てがなされたものであると理解する
ものと認められるところ,本件各特許はいずれも当初より無効であり,ス
テイCを使用した日本農産の行為は特許権侵害行為とはならないのである
から,本件掲載行為は,虚偽の事実の告知に該当する旨主張し,これに対
し1審被告は,原判決は正当である旨主張する。
イ本件掲載行為とは,①1審被告が,平成14年9月9日,報道機関に対
し,日本農産が生産・販売している養魚用飼料に,従来は被告製品のみを
使っていたが最近海外の類似品を使っていることが判明し,是正を要請し
たが応じないため上記特許侵害行為差止めの仮処分を申し立てた旨発表し
たこと,及び,②1審被告が,同日,同被告ウェブサイト上に,本件特許
2,3を挙げて,「昭和電工株式会社…は,9月6日,東京地方裁判所に
対して,日本農産工業株式会社…を債務者とする特許権侵害行為差止の仮
処分を申請いたしましたのでお知らせいたします。当社は,…安定化ビタ
ミンC…を製造,販売しており,この物質を使用した養魚用飼料あるいは
飼料添加物,並びにその製造法等に係わる特許権を保有しております。日
本農産工業株式会社の飼料製品には,当社が保有する特許権に抵触すると
考えられる製品…が存在するため,同社に対して是正を要請してまいりま
した。しかしながら,…事態の改善に至らず,当事者間の協議では解決困
難との判断に至ったため,司法手続により解決を図ることといたしまし
た。なお,当社は今後とも特許権侵害案件に対し,断固たる措置を行う所
存であります。」との記事(甲4)を掲載したこと,を総称していうもの
である(原判決9頁第2段落)。
確かに,本件特許2,3は,その後いずれも特許庁の審決により無効と
された(特許無効審決は,本件特許2については平成16年12月9日
に〔甲8の3〕,本件特許3については平成17年4月26日に〔甲10
の5〕,それぞれ最高裁の上告不受理決定により確定した。)ものである
から,ステイCを使用した日本農産の行為は結果として特許権侵害とはな
らないものであるが,1審被告が日本農産を相手方として本件仮処分申立
てをしたこと自体は事実であるから,本件掲載行為の内容を読んだ飼料製
造業者が,日本農産がステイCを使用したことを理由に1審被告の特許権
を侵害するとして本件仮処分申立てがなされたものであると理解するとし
ても,上記①に発表された内容及び②に掲載された内容に虚偽の事実があ
ると認めることはできず,これを不正競争防止法2条1項14号の虚偽の
事実の告知ないし流布ということはできない。
(3)1審被告の主張(1)ウ(本件文書2の1ないし4の配布)について
ア1審被告は,本件文書2の送付前に本件文書1(甲1)を発送している
ことから,文書の受送付先は,本件特許1について無効審決がなされてい
ることを理解していたものであり,このように受送付先は,本件文書2の
内容を,「本件文書2記載の各特許権が無効とならなければ,被告製品以
外のアスコルビン酸2リン酸塩の製品を使用すれば本件各特許権との関係
で抵触の問題が発生する」というものであると当然理解し,そうであれ
ば,本件文書2は全くの事実の記載であって,何ら虚偽の事実を記載した
ものとはいえない旨主張する。
しかし,本件文書2の1ないし4(甲2の1ないし7)の内容は,原判
決6頁最終段落ないし8頁第3段落記載のとおりであり,そこには,「他
社製品のアスコルビン酸−2−リン酸エステル塩」すなわち原告製品が含
まれている相手方の飼料製品が,1審被告の有する特許の技術的範囲に属
すること,及び,この状態を是正すべきこと,あるいは,従前に戻して被
告製品を購入すべきことなどが記載されており,いずれも,原告製品を使
用して製造した飼料製品が本件各特許権を侵害するという趣旨の文書であ
ると解される。そして,上記各文書には,「本件文書2記載の各特許権が
無効とならなければ」との記載は一切ないのであるから,これらの文書の
趣旨を1審被告主張の内容のものということはできない。
イまた,1審被告は,本件文書2の1ないし4のように1つの文書中に複
数の特許権が記載されている場合,不正競争防止法2条1項14号の虚偽
性の判断は,当該当該文書の記載内容全体として虚偽性が認められるか否
かが総合的に判断されるべきであり,それぞれの文書に記載された各特許
権すべてについて非侵害であることがいえなければ,文書全体としては虚
偽であるといえない旨主張する。
しかし,不正競争防止法2条1項14号の「虚偽の事実」とは,客観的
な事実に反する事実をいうものと解されるから,本件各特許についてこれ
を無効とする審決がいずれも確定した以上,各飼料製造業者が原告製品を
飼料添加物として使用し製造販売した養魚用飼料が本件各特許権を侵害す
るとの記載を含む本件文書2の1ないし4の記載は,「虚偽の事実」を記
載したものというべきであり,1審被告の上記主張は採用することができ
ない。
ウ1審被告は,乙29報告書及び乙30報告書を引用し,審決(甲7の
1)の引用する第1引用例(特開昭52−136160号公報)の「L−
アスコルビン酸の2−ホスフェート及び2−サルフェート誘導体類は動物
中でビタミン活性を示し,動物によって有用な安定なビタミンC誘導体と
され,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられることが知られて
いる」(甲7の1・6頁下第2段落)との記載が本件発明と一致するとの
点について,これが事実か否かの調査を開始し,遅くとも,平成14年6
月20日に行われたA弁理士と1審被告社員による会議において,調査結
果から判明した事実を基に,「…L−アスコルビン酸の2−ホスフェート
および2−サルフェート誘導体類は動物中でビタミン活性を示し,動物に
よって有用な安定なビタミンC誘導体とされ,このものは例えば魚の餌の
補充剤といて用いられることが知られている」ことが事実に反するもので
あることを確認していたから,1審被告は,本件文書2の1ないし4の送
付当時(本件文書2の1の送付時期は平成14年6月27日〔甲2の1
〕,以下順に,同年8月9日〔甲2の5〕,同年8月14日〔甲2の3
〕,同年8月29日〔甲2の7〕),無効審決が取り消されるべきである
との相当な根拠を得ていたものである旨主張する。
乙29報告書は,本件各特許の無効審判を担当したA弁理士作成の報告
書であり,乙30報告書は,乙29報告書に記載されているSTNによる
検索についての会社の担当者(技術本部・安全性試験センター長)である
B作成の報告書である。しかし,これらの報告書により「L−アスコルビ
ン酸の2−ホスフェート」を魚に与えることを記載した公知文献が第1引
用例の出願当時に第1引用例以外には存在しなかったことが認められると
しても,第1引用例の記載及び当業者(その発明の属する技術の分野にお
ける通常の知識を有する者)の技術常識を参酌すれば,第1引用例におい
て「L−アスコルベート2−ホスフェートマグネシウム塩」が期待どおり
モルモットの体内において「L−アスコルベート」(L−アスコルビン
酸)の形に活性化されることが確認されているのと同じように,「L−ア
スコルベート2−ホスフェートの塩」が,ホスファターゼを有する魚の体
内でも「L−アスコルビン酸」に開裂されて活性を示すことは,当業者に
おいてこれを合理的に理解し得ることであって,第1引用例の「魚の餌の
補充剤」に係る記載が実体を伴った用途として当業者に把握されるものと
いうべきであることは,原判決44頁第2段落ないし46頁第1段落記載
のとおりである。
したがって,乙29報告書及び乙30報告書を根拠に,第1引用例の「
…L−アスコルビン酸の2−ホスフェート及び2−サルフェート誘導体類
は動物中でビタミン活性を示し,動物によって有用な安定なビタミンC誘
導体とされ,このものは例えば魚の餌の補充剤として用いられることが知
られている」(甲7の1・6頁下第2段落)との記載が事実に反するもの
とすることはできないから,1審被告が本件文書2の1ないし4の送付当
時,無効審決が取り消されるべきであるとの相当な根拠を有していたもの
と認めることはできない。
エさらに,1審被告は,実際の侵害者である飼料製造業者に対し権利行使
をするよりほかに現実的な解決方法はなかったのであるから,1審被告の
行為は,特許権者による権利行使の保護の観点及び我が国憲法が保障する
裁判を受ける権利の趣旨に照らし,正当行為として,不正競争とはならな
いとも主張する。
しかし,本件文書2の1ないし4(甲2の1ないし7)の送付行為が不
正競争防止法2条1項14号に該当することは上記アのとおりであり,1
審被告の上記主張も採用することができない。
3争点2(1審被告による本件文書1,本件文書2の1ないし4,本件文書3
の1ないし4の各送付行為,本件仮処分申立て及び本件掲載行為は,不法行為
を構成するか)に関する当事者の主張に対する判断
(1)1審原告らの主張(2)ア(本件文書1,本件文書3の1ないし4の各送付行
為)について
1審原告らは,本件文書1及び本件文書3の1ないし4の送付をもって飼
料製造業者らに対し,本件各特許が有効でありあたかもその判断に合理的根
拠があるかのように通知した1審被告の行為は,不法行為に該当する旨主張
する。
しかし,本件文書1(甲1の1ないし4)の内容は,原判決6頁第1段落
認定のとおりであり,そこには,1審被告が「アスコルビン酸−2−リン酸
エステル塩」の飼料添加物に関する本件各特許を含む7件の特許を有してい
ること,及び,本件特許1を無効とする審決が出されたものの,これについ
て審決取消訴訟を提起したため本件特許1は現時点で有効に存続しているこ
とが記載されているにすぎず,その記載内容は虚偽ではなく事実をそのまま
伝えているものであるから,これを違法なものということはできない。
また,本件文書3の1ないし4(甲5の1∼13)の内容は,原判決9頁
最終段落ないし12頁第2段落認定のとおりであり,そこには,本件各特許
に関する審判及び訴訟の経過等が記載されているにすぎず,その記載内容は
虚偽ではなく事実をそのまま伝えているものであるから,これを違法なもの
ということはできない。
(2)1審原告らの主張(2)イ(本件仮処分申立て)・ウ(本件掲載行為)につい

1審原告らは,本件仮処分申立ては違法性があり,また,本件掲載行為が
虚偽の事実の告知を含むものであるから,これらの行為につき1審被告の不
法行為責任を否定した原判決の判断は誤りであると主張する。
しかし,本件仮処分申立てを違法とすることができないこと,及び,本件
掲載行為に虚偽の事実があると認めることができないことは,上記2(1),
(2)のとおりであるから,1審原告らの上記主張は前提において失当であ
る。
(3)1審原告らの主張(2)エ(1審被告らの一連の不法行為)について
1審原告らは,1審被告の上記各行為が個別に不正競争ないし不法行為を
構成し,また,仮に個々の行為が直ちに違法性が認められない行為であって
もこれらが1つの目的に向けて累積すれば一体として違法な行為となり得る
と主張する。
しかし,1審被告の上記各行為は,本件文書2の1ないし4の各送付行為
を除き違法ということができないことは上述のとおりであり,これらの行為
を一連の行為としてみても,本件文書2の1ないし4の送付行為とは別個に
不法行為を構成するものと認めることはできない。
4争点3(損害の額)に関する当事者の主張に対する判断
(1)1審原告らの主張(3)ア(本件文書2の1ないし4の各送付行為との因果関
係)について
ア1審原告らは,本件文書2の1ないし4の各送付行為がステイCないし
ホスピタンCの販売量の増減に因果関係がないとした原判決の認定は誤り
であると主張する。
イしかし,1審被告が本件文書2の1ないし4を飼料製造業者に送付した
当時(平成14年6月27日∼同年8月29日),飼料製造業者は,海外
で安価なビタミンC誘導体が使用されていたこと,ロシュ社が本件各特許
について無効審判請求をし,本件特許1については既に無効審決(甲7の
1)がなされていたことを認識していたこと,その後,平成15年6月1
2日には本件特許2を無効とする審決がなされ,同年6月25日には,本
件特許1を無効とした審決を維持する東京高等裁判所の判決(甲7の3)
が言い渡されたこと,並びに,平成16年1月20日には,同判決が上告
不受理(甲7の4)となり,本件特許1の無効審決が確定したこと,及
び,平成16年2月19日には,本件特許3を無効とする審決(甲10の
3)がなされたこと,平成16年7月29日には,本件特許2を無効とし
た審決を維持する旨の東京高等裁判所の判決(甲8の2)が言い渡された
こと,平成16年12月9日には,最高裁判所の上告不受理決定(甲8の
3)により本件特許2を無効とした審決及びこれを維持した判決が確定
し,同年12月27日には,本件特許3を無効とした審決を維持する東京
高等裁判所の判決(甲10の4)が言い渡され,平成17年4月26日に
は,最高裁判所の上告不受理決定(甲10の5)により同判決が確定し,
本件特許3が無効となったことは,原判決認定(62頁第2段落∼64頁
第1段落)のとおりである。そして,飼料製造業者は,本件各特許に関す
るこれらの経緯についても把握していたことも推認できる。
これらの事実関係にかんがみれば,国内の飼料製造業者が原告製品の購
入を差し控えた時期があったとしても,それは,1審被告による本件文書
2の1ないし4の各送付行為によるものというよりも,特許庁や裁判所に
より本件各特許が無効とされるか否かについて,その様子を見ていたため
であり,無効審決が確定するまでは有効に存続する本件各特許権の抑止力
によるものと認められるとして1審原告らの逸失利益を認めることができ
ないとした原判決64頁第2段落ないし65頁第3段落の認定は,相当と
いうべきである。
(2)1審原告らの主張(3)イ(その他の不正競争及び不法行為との因果関係)に
ついて
また,1審原告らは,本件仮処分申立て及び本件掲載行為,本件文書1及
び本件文書3の1ないし4の各送付行為も,それぞれ不正競争ないし不法行
為に該当するものであって,これら各行為による逸失利益を認定していない
点で原判決には誤りがあるとも主張するが,本件仮処分申立て及び本件掲載
行為,本件文書1及び本件文書3の1ないし4の各送付行為が不正競争ない
し不法行為に該当しないことは上述したとおりであるから,1審原告らの上
記主張も採用することができない。
(3)1審被告の主張(3)(信用毀損による無形損害及び弁護士費用相当額)につ
いて
1審被告は,本件において信用毀損による無形損害及び弁護士費用相当額
の損害が発生するとしても,告知行為と相当因果関係の認められる無形損害
は多くとも数十万円程度というべきであり,そうである以上弁護士費用につ
いても同額程度というべきであると主張する。
しかし,本件文書1の1ないし4の受送付先,文書の内容,原告製品と被
告製品の市場規模等,その他一切の事情を総合考慮すれば,信用毀損による
損害を1審原告らにつき各700万円,本件の弁護士・弁理士費用相当の損
害を原告DSMにつき300万円とした原判決の認定を不相当とすることは
できない。
5結論
以上のとおり,原判決は結論において相当であって,本件控訴及び附帯控訴
は理由がないので,いずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官岡本岳
裁判官今井弘晃

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◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
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残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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