弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告に対し,4717万1268円及びこれに対する平成26年6月
12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを7分し,その1を原告の負担とし,その余は被告の負担と
する。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,5559万3290円及びこれに対する平成26年6月
12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,歩行中の亡aが車両に衝突されて死亡した交通事故につき,亡aの相
続人である原告が,上記車両の運転者は被告であったと主張して,民法709条
に基づき,損害賠償金5559万3290円及びこれに対する上記事故の日であ
る平成26年6月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の支払を求める事案である。
1前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠(特記なき限り枝番を
含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
⑴交通事故の発生(甲2)
下記のとおりの交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。
ア発生日時平成26年6月12日午後7時20分ころ
イ発生場所岐阜市(住所省略)先路上
本件事故現場付近の道路状況は別紙1交通事故現場見取図のとおりであ
り,東西に延びる片側1車線の道路(以下「東西道路」という。)と南北方向
に延びる道路(以下「南北道路」という。)とが交差する信号機による交通
整理が行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)である。本件交
差点東側には南北方向に横断歩道(以下「本件横断歩道」という。)が設置
されている。
ウ事故態様本件交差点を北方から南方に横断歩行中の亡aに,東西道路を
東方から西方に直進中の加害車両が衝突した(加害車両の運転者が被告であ
るか否かについては争いがある。)。
⑵亡aの死亡(甲3)
亡aは,本件事故により骨盤骨折等の傷害を負い,岐阜県総合医療センター
に救急搬送されたが,平成26年6月13日午前1時40分,上記傷害に基づ
く出血性ショックにより死亡した。
⑶相続等(甲1)
原告は,亡aの夫であるところ,原告以外の亡aの相続人全員との間で,亡
aの相続財産につき原告が全て相続する旨の遺産分割協議を行った。
⑷被告に対する刑事手続等(甲42)
被告は,本件事故につき,過失運転致死及び道路交通法違反により逮捕・勾
留されたが,平成28年2月22日,不起訴処分とされ,原告は,上記処分を
不当として検察審査会へ審査申立てをしたところ,岐阜検察審査会は,平成3
0年1月30日,上記不起訴処分が相当であるとの議決を行った。
2争点
⑴本件事故における加害車両の運転者が被告であるか否か
⑵過失相殺の可否
⑶損害額
3争点に対する当事者の主張
⑴争点⑴(本件事故における加害車両の運転者が被告であるか否か)
(原告の主張)
以下によれば,本件事故において加害車両を運転していたのは被告である。
ア被告車の損傷状況について
本件事故から4日後の平成26年6月16日に行われた被告車の検証
の結果,被告車には,①フロントパネルに車体中心から右へ約22cm,
左へ約35cm,地上高約102cmないし約129cmにわたり凹損が,
②フロントパネルに車体中心から左へ約37cm・地上高約109cmの
地点から,左へ51cm・地上高約122cmの地点にわたり擦過痕が,
③左側ワイパーアームが車体中心から左へ約16cm,地上高約129c
mの位置で屈曲し,フロントガラス枠に接触しており,その左端がフロン
トガラスから約2.5cm浮き上がる損傷がそれぞれ認められた。
上記損傷の状況によれば,相当強度な衝撃が被告車に加わったことは明
らかであるところ,被告が本件事故前後に立ち寄ったガソリンスタンド
(以下「本件スタンド」という。)の防犯カメラの映像上,本件事故前であ
る午後4時の時点では被告車の前部に凹損は存在しておらず,本件事故後
である午後8時15分の時点で凹損が存在していることからすれば,被告
車の上記損傷は本件事故において亡aと衝突した際に生じたものと考え
られる。
この点,被告は,本件車両の前部凹損は本件事故前の平成26年4月下
旬ころ,自動車学校の駐車場において何者かに付けられたものであると主
張するが,その具体的内容は,自動車学校に勤務する知人に会いに行った
ところ,既に退職していたために会えなかった,凹損の発生原因は被告車
の駐車区画に面した崖を近道として利用する人が何らかの原因で滑り落
ちたためと思われるなどという荒唐無稽としか言いようのないものであ
る。また,被告はワイパーの屈曲についても,上記自動車学校からの帰宅
途中,被告車付近で遊んでいた集団が蹴ったサッカーボールが当たった旨
主張するが,被告車のワイパーは途中でフロントガラス枠に接触し,先端
がフロントガラスから浮き上がり,正常に作動しなくなっており,このよ
うな状態で1か月もの間放置することなど考えられない(なお,本件事故
当日の天候は雨であった。)。
イ被告車に付着した血痕等の鑑定結果について
左前輪マッドガード内側の血痕について
被告車左前輪マッドガードの内側からは血痕様のものが採取され,これ
をDNA型鑑定した結果,人血痕であり,亡aの口腔内細胞のDNA型と
STR型15座位全てで一致していたことが明らかとなった。このような
一致は,最も出現頻度の高い型を掛け合わせたとしても,約4兆7000
億人に1人の確率であることから,上記人血痕は亡aの血液であると認め
られる。そして,本件事故以外に被告車に亡aの血液が付着することは考
えられず,上記鑑定結果は被告車が亡aに衝突した動かぬ証拠となる。
ワイパーの組織片について
被告車のワイパーからは組織片が採取され,これをDNA型鑑定した結
果,これが人体組織片であり,複数人に由来するDNAの混合が考えられ,
亡aのものが混入しているとして矛盾するものではないとの結果が示さ
れた。そして,その鑑定結果を詳細にみると,対照資料である亡aの口腔
内細胞に由来するDNA型と同一の型が,STR型15座位中14座位で
検出されており,唯一検出されていない型も亡aの型と相反していないこ
を補充・補強するものである。
亡aの着用していた衣服のタイヤ痕について
本件事故当時に亡aが着用していた衣服を赤外線写真撮影したところ,
左膝外側相当部付近にタイヤ痕と判断できる部分があり,これと被告車の
タイヤ痕を対照したところ,亡aの衣服に認められるタイヤ痕は被告車の
タイヤと同一のタイヤにより印象された可能性があるとの鑑定結果が得
られた。これは後記ウのとおり,亡aが加害車両に下肢を轢過された事実
と整合するものである。
小括
以上の各鑑定結果によれば,被告車が亡aに衝突し,倒れた亡aを轢過
したものといえる。
ウ被告車の損傷状況と亡aの傷害内容との整合性について
司法解剖の結果,亡aの死因は骨盤骨折等の多発損傷であり,その損傷
の態様,程度からは亡aが相当の重量と速度を有する鈍体との衝突等で成
傷されたものであって,損傷の態様や部位等を総合して判断すると,車両
等が亡aの左側やや背面寄りに衝突して路面上に投げ出され,その後さら
に下肢をタイヤで轢過されて成傷されたと推定されるとされた。
本件事故現場付近には,本件横断歩道の西側端線から西に7.6mの地
点を起点として1.3mの長さの擦過痕(別紙2現場痕跡図において「A
擦過痕」と記載があるもの。以下「A擦過痕」という。)が,同端線から西
に10.3mの地点を起点として1.8mの長さの擦過痕(別紙2現場痕
跡図において「B擦過痕」と記載があるもの。以下「B擦過痕」という。)
がそれぞれ存在する。
交通事故工学の専門家であるb(以下「b」という。)は,被告車の損傷
状況,亡aが負った傷害の態様・程度及びA・B両擦過痕の状況等に基づ
き,本件事故につき,時速約30kmで走行中の被告車が,本件横断歩道
上を横断中の亡aの左側やや背面寄りに自車を衝突させた後,制動措置を
講ずることなく下肢を轢過したものと考えられる旨の意見(以下「b意見」
という。)を示している。b意見は,交通事故に関し豊富な鑑定経験を有す
る元警察官であるbが,自らの専門分野について意見を述べたものであっ
て,その内容も合理的なものである上,前記イのとおり,被告車左前輪マ
ッドガードに亡aの血液が付着していたこと,亡aの衣服に被告車のタイ
ヤと同一のタイヤによって印象された可能性のあるタイヤ痕が存在した
ことともよく整合するもので,十分に信用することができる。
エ本件事故前後の被告の行動について
被告は,本件事故直後の平成26年6月12日午後8時15分ころ,本件
スタンドに立ち寄り,降車後,被告車正面に佇立して前部の状況を確認した
後,再び被告車に乗り込みその場を去ったもので,この間1分にも満たない
こと,この約4時間前にも本件スタンドにおいて給油をしていることに照ら
せば,被告の上記行動は極めて不自然であり,亡aと衝突したことを認識し
ていたからこそ,帰宅前にあえて本件スタンドに立ち寄り,衝突箇所を確認
したものといえる。
これに対し,被告は,本件スタンドに立ち寄った理由につき,本件事故前
に本件スタンドで給油した後,スーパーマーケット(以下「本件スーパー」
という。)において買物中,クレジットカードを紛失したことに気づき,探し
に戻ったためであると述べる。しかし,本件事故現場は,本件スーパーから
本件スタンドへ向かう通常の経路を大きく外れた位置にある上,被告は,事
前に本件スタンドに電話確認すらしておらず,給油時にカバンを落としたと
する給油口付近を確認した形跡もなく,クレジットカードを探しに行った者
の行動としては不自然である。
オ被告の主張について
以上に対し,被告は,被告車の先行車両が本件事故現場付近で停車し,右
寄りに進路を変えながら前進したため,これに引き続いて停車・再発進した
ところ,本件事故現場付近を通過する際,路上で傘が動くのが見えたため,
被告車を停車させ,バックミラーを確認すると,後方に倒れている人物が見
えたなどとして,同先行車両が加害車両であるかの如く主張する。しかし,
そもそも,本件事故発生当時,本件事故現場において停車したこと自体,本
件事故に何らかの形で関与していることがうかがわれる上,先行車両の挙動
や被告が停車した経緯に係る被告の供述も変遷しており全く信用できない。
(被告の主張)
否認ないし争う。
被告が本件事故現場を通過したのは,本件事故発生後であって,被告車が亡a
に衝突したとの事実はない。
ア被告車の損傷状況について
平成26年6月12日午後4時ころの時点で,被告車に凹損等の損傷がなか
ったとの事実は否認する。本件スタンドの防犯カメラの画像は不鮮明であり,
損傷の有無は明確に確認できない。
被告は,平成26年4月下旬ころ,被告車を運転して自動車学校に赴き,懇
意にしている同校職員に面会に行った。しかし,同職員は既に退職しており面
会することはできず,2,30分ほどして駐車場に駐車中の被告車に戻ると,
その前部に凹損が生じていた。被告車の駐車区画は崖のすぐ下にあり,自動車
学校への近道として崖を上り下りする人々がいたことから,駐車中に何者かが
崖から滑り落ちて被告車の前部に衝突したものと思われる。また,ワイパーの
屈曲については,上記自動車学校からの帰宅途中,畜産センターに立ち寄り,
被告車を駐車して花を観賞していたところ,付近で遊んでいたグループの1名
が蹴ったサッカーボールが直撃したことにより生じたものであって,いずれも
本件事故とは無関係に生じたものである。
イ被告車に付着した血痕等の鑑定結果について
被告車のワイパーから採取された組織片及び左車輪マッドガードから採取
された血痕のDNA鑑定結果については,いずれも亡aのものが混合している
か,亡aに由来するものとして矛盾はないというものにすぎず,確定的な判断
はされていない。また,亡aの衣服に残されたタイヤ痕についても,被告車の
タイヤによって印象された可能性があるという程度であって確実性は低い。
ウ被告車の損傷状況と亡aの傷害内容との整合性について
亡aの解剖結果によれば,本件事故により,骨盤付近に最も衝撃が加わった
ものと考えられるが,亡aの骨盤の位置と本件車両の前部凹損の位置は食い違
っている。また,被告車の先端部分であり,最初に亡aと衝突することになる
と思われるフロントグリルに破損の痕跡もなく,車体底部に破損も見当たらな
いことから,被告車が人体と衝突し,轢過したとは認められない。
この点,原告はb意見に依拠し,被告車の損傷状況と亡aの損傷等が整合す
ると主張するが,b意見は,衝突時の被告車の速度を時速30~40kmと推
定した理由につき10~20kmの低速度や50~60kmの高速度はいず
れも不合理であると述べるにとどまり,明確な根拠を示すことができていない。
また,A・B擦過痕がいずれも亡aが車両に轢過された際に生じたものである
ことを前提しており,A擦過痕につき亡aが落下した後,路面を転がり停止す
るまでに生じたものである可能性を考慮しておらず,その条件設定に重大な疑
問がある。加えて,亡aの飛翔距離の算出に当たり,車両の制動措置が考慮さ
れていないが,車両の運転者が歩行者と衝突した際一切ブレーキを踏まないと
いうのは明らかに不合理である。以上によれば,b意見は,衝突地点が本件横
断歩道内であるとの結論を導くために無理な推論を重ねたものといわざるを
得ず,信用することはできない。
エ本件事故前後の被告の行動について
被告は,本件事故当日午後4時ころ,本件スタンドにおいて給油した後,本
件スーパーで買い物をしたが,その際,クレジットカードを紛失していること
に気づくとともに,本件スタンドで給油をした際にかばんを落としたことを思
い出した。そこで,本件スタンドにクレジットカードが落ちているかもしれな
いと考え,本件スーパーを出て北上し,本件事故現場東側交差点(甲交差点)
を左折した後,本件事故現場付近を通行した。その後,本件スタンドへ赴き,
店長にクレジットカードの有無を確認したが,落し物はないとの回答であった
ため,自宅に戻った(なお,クレジットカードは後日別のかばんから発見され
た。)。このように,被告は本件事故発生前から本件スタンドに向かうことを予
定していたのであって,被告車の損傷を確認しようとしたなどという原告の主
張はこじつけに過ぎない。
⑵争点⑵(過失相殺の可否)について
(被告の主張)
仮に,被告が本件事故につき損害賠償責任を負うとしても,前記⑴被告の主
張ウにおいて述べたとおり,本件衝突事故の地点を本件横断歩道上であるとす
るb意見は信用できず,亡aが本件横断歩道外を歩行していた際に発生した事
故である可能性も否定できないことから,相応の過失相殺がされるべきである。
(原告の主張)
争う。
前記⑴原告の主張ウで述べた通り,本件事故の衝突地点を本件横断歩道上と
するb意見は十分に信用できる。そうすると,被告は,本件事故現場を進行す
るに際し,本件横断歩道の歩行者の有無及びその動静を注視し,安全を確認し
て進行すべき注意義務があるにもかかわらずこれを怠り,相当速度で進行した
過失により,本件横断歩道を歩行中の亡aに被告車を衝突させたのであって,
被告が制動措置を講じていないことも踏まえると,本件事故は被告の一方的過
失により生じたものである。
⑶争点⑶(損害額)について
(原告の主張)
ア死亡逸失利益1219万4227円
亡aは,本件事故当時専業主婦として家事に従事しており,その死亡逸失
利益は以下のとおりとなる。
死亡当時の亡aの年齢75歳
基礎収入343万1900円(平成26年賃金センサス男女計学歴計
70歳以上平均賃金)
生活費控除率30%
就労可能年数6年(対応するライプニッツ係数5.076)
(計算式)343万1900円×(1-0.3)×5.076=1219万4
227円
イ死亡慰謝料3600万円
亡a本人の慰謝料3000万円
原告固有の慰謝料600万円
前記⑵のとおり,本件事故は被告の一方的過失により生じたものであり,
被告が衝突後も制動措置を講じていないことからすると,行為態様として悪
質である。加えて,被告は本件事故後,自ら救急車を呼ぶこともなく,臨場
した警察官に事故状況を説明することもせず,道路交通法上の救護義務及び
報告義務を怠ったばかりか,本件事故現場を離れた後,真っ先に本件スタン
ドに向かい被告車の損傷状況を確認するなど,本件事故の重大性を全く認識
していない。被告は,刑事手続において否認を続け,本訴においても荒唐無
稽で不合理な供述を繰り返すなど,遺族の被害感情を踏みにじる態度を続け
ている。原告は,本件事故により最愛の妻を失ったもので,特に,本件事故
が原告の面前で起こったものであることからすると,その衝撃や悲嘆は計り
知れない。以上の事情を総合すると,死亡慰謝料については,亡a本人の慰
謝料として3000万円,原告固有の慰謝料として600万円を下回ること
はない。
ウ葬儀費用等239万9063円
医療費(死亡診断書文書料を含む。)5万0480円
葬儀費用112万8848円
納骨式費用41万4945円
一周忌費用(記念誌発行費用を含む。)80万4790円
エ弁護士費用500万円
(被告の主張)
ア死亡逸失利益
基礎収入額につき高額に過ぎる。亡aは家事に従事していた高齢の主婦で
あり,その基礎収入額としては男女別の平均賃金が参照されるべきであると
ころ,平成26年賃金センサス女子学歴計70歳以上の平均賃金は319万
1900円である。
また,生活費控除率についての生活費控除割合は30%から40%までの
間とされており,原告の主張する30%はその最下限であって低率に過ぎる。
イ死亡慰謝料
亡aは原告と共に生活していた主婦であり,一家の支柱に準ずる場合に該
当するものと考えられるが,その場合の死亡慰謝料としては近親者慰謝料も
併せて2400万円から2700万円の範囲内の金額が相当であるところ,
被告が救護義務・報告義務を怠ったことを裏付ける証拠はなく,上記金額の
幅を上回る死亡慰謝料は認められない。
ウ葬儀費用等
一周忌に要した費用は葬祭費に含まれるものではなく,本件事故と相当因
果関係を有する葬祭費としては130万円から170万円の範囲内の金額
が相当である。
エ弁護士費用
争う。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認
められる。
⑴本件事故現場付近の状況等
ア本件事故現場は,片側1車線の東西に延びる道路(東西道路)と中央線の
設けられていない南北に延びる道路(南北道路)が交わる信号機により交通
整理の行われていない十字路交差点であり,その東側には南北に横断歩道
(本件横断歩道)が設けられている(前記前提事実⑴イ)。東西道路はアスフ
ァルト舗装が施された平坦な直線道路であり,最高速度は時速40kmに規
制され,歩車道の区別がある。本件交差点付近における東西道路の幅員は東
行車線(以下,東西道路の東行車線を単に「東行車線」という。)が5.0m,
西行車線(以下,東西道路の西行車線を単に「西行車線」という。)が5.2
mであるところ,本件事故現場東側交差点(甲交差点)に向かって,東行車
線は直進・左折レーン,直進専用レーン及び右折専用レーンに分かれて片側
3車線となり,これに伴い,西行車線の幅員は3.2mに狭まる。他方,南
北道路には中央線が設けられておらず,その幅員は本件交差点北側において
5.1m,南側において5.5mである。なお,本件事故当時の天候は曇り
であり,直前の降雨により本件交差点付近の路面は湿潤状態であった。(甲
22,29)
イ本件交差点南東角には水銀灯が設置されているほか,東西道路北側には看
板等や外灯が設置されており,夜間であっても東西道路を走行する車両が本
件横断歩道の状況を確認することは可能である。平成26年7月3日午後7
時25分から同日午後7時35分までの間に行われた被告立会いの実況見
分(天候は降雨)において,被告は,本件横断歩道東端から東に37.6m
の西行車線上に前照灯を下向きにして停車中の被告車から,本件横断歩道左
右の歩道上に佇立させた仮想被害者を視認することができた。(甲34)
⑵本件事故の状況等(甲32,45,原告本人)
亡aは,本件事故日である平成26年6月12日(以下,本項及び次項にお
いては同日の出来事を指す。),原告と共に散歩に出かけ,午後7時20分ころ
に本件横断歩道付近に差し掛かった。原告と亡aは,本件事故直前,南北道路
の北側道路東端付近を歩行しており,亡aが原告に先行して本件交差点に進入
し,西行道路を西進する車両に衝突された。
⑶本件事故前後の被告の行動等(甲32,45,原告本人,被告本人)
被告は,午後4時ころ,被告車を運転して本件ガソリンスタンドに立ち寄り
給油を行った。その後,被告は,本件事故発生時刻である午後7時20分ころ,
西行道路を西進して本件事故現場付近に差し掛かり,本件事故発生直後,被告
車を本件事故現場西側に停車させて降車し,路上に倒れている亡aの元に向か
った。その後,被告は,本件事故現場を離れ,午後8時15分ころ,本件スタ
ンドに立ち寄り,降車して被告車の前方に立った後,再び被告車に乗り込み,
午後8時17分ころ本件ガソリンスタンドを出た。このとき,被告が降車から
乗車までに要した時間は約54秒であった。
⑷本件事故現場付近の路面痕跡等(甲29)
平成26年6月12日午後7時40分から実施された実況見分において,本
件事故現場付近の路面には別紙2現場痕跡図のとおり,本件横断歩道西端から
西側7.6mの位置を起点として,長さ1.3mにわたりA擦過痕が,本件横
断歩道西端から西側10.3mの位置を起点として長さ1.8mにわたりB擦
過痕が確認された。また,B擦過痕の開始地点から南側1.4mの位置(別紙
現場痕跡図におけるCの位置)にはメガネレンズが遺留されており,本件横断
歩道西端から西側14.5mの位置(別紙2現場痕跡図におけるDの位置)に
は血痕が付着しており,同所には亡aが頭部を北向きにして倒れていた。
⑸被告車の損傷等の状況(甲14)
平成26年6月16日,被告車(車両番号省略・トヨタハイエース)の検証
が実施され,その結果,同車には以下の損傷等が認められた。
アフロントパネルの状況
車体中心から右に約22cm・左に約35cm,地上高約102cmか
ら約129cmにかけて凹損がある。
車体中心から左に37cm・地上高109cmの地点から,車体中心か
ら左に51cm・地上高122cmの地点にかけて擦過痕がある。
イ左側ワイパーの状況
左側ワイパーアームが車体中心から左に約16cm,地上高約129cm
の位置で折れ曲がり,フロントガラス枠に接触しており,左側がフロントガ
ラスから約2.5cm浮き上がっている。
ウナンバープレートの状況
ナンバープレートの下端が車体中心から右に約12cm・左に約4cmに
かけて後方に折れ曲がっている。
エ車体左後部の状況
左前輪マッドガード内側に血痕様のものが付着している。
左後輪中心から前方に約160cm・地上高約58cmから約59cm
から,左後輪中心から前方へ約35cm・地上高約58cmから約59c
mにかけて直線状の擦過痕がある。
オ車体底部の状況
車体底部に破損は見当たらないが,左前輪スタビライザーに長さ約10c
mの払拭痕がある。
⑹DNA鑑定の結果等(甲16~19)
被告車からは,左側ロッカパネルから毛髪様のもの1本,ワイパーから組織
片様のもの若干量,左前輪マッドガード内側から血痕様のもの若干量がそれぞ
れ採取されており,これらにつき岐阜県警察本部刑事部科学捜査研究所におい
て,亡aの口腔内細胞のDNA型との異同識別等に関する鑑定が実施された。
その結果は以下のとおりである。
ア毛髪様のものについて
人頭毛であり,毛根鞘は認めなかった。毛根部についてDNA型検査を実
施したが,微量の為,STR型及びアメロゲニン型検査に至らなかった。
イ組織片様のものについて
人体組織片であって,そのDNA型検査結果は別紙3表1のとおりである。
すなわち,STR型15座位中14座位において亡aと同一の型が含まれて
おり,残る1座位(CSF1PO型)についても,亡aのアリル型(m,n)
のうち片方(m)が検出され,アメロゲニン型は亡aと同じくX型であった。
上記人体組織片については,複数人に由来するDNAの混合が考えられ,亡
aのものが混合しているとして矛盾するものではない。
ウ血痕様のものについて
人血痕であって,そのDNA型検査結果は別紙4表2のとおりである。す
なわち,上記人血痕は亡aのものとSTR型15座位全てにおいて一致して
おり,アメロゲニン型は亡aと同じくX型であった。上記人血痕については,
亡aに由来するものとして矛盾するものではない。
⑺タイヤ痕の鑑定結果(甲21)
本件事故当時,亡aが着用していたズボンにつき,岐阜県警察本部刑事部鑑
識課において,タイヤ痕の有無等につき鑑定が実施され,その結果,亡aのズ
ボンの左膝外側相当部付近にはタイヤ痕の印象が認められ,同タイヤ痕と被告
車のタイヤによって印象されたタイヤ痕とは曲線状のブロック模様の形状・大
きさ,曲線状のブロック模様と2本の直線模様の位置関係,2本の直線模様の
太さなどが似ており,双方にタイヤ模様の類似性が認められるものの,欠損痕・
亀裂痕・摩擦痕などの使用特徴が現れていないことから,亡aのズボンのタイ
ヤ痕は被告車のタイヤと同じタイヤにより印象された可能性があるにとどま
ると判断された。
⑻亡aの解剖結果等(甲26)
亡aについては,平成26年6月14日,岐阜大学大学院医学系研究科医科
学専攻法医学分野解剖室において司法解剖が実施され,その結果,亡aの死因
は骨盤骨折等の多発損傷であり,その損傷の態様・程度等から,相当の重量と
速度を有する鈍体との衝突等で成傷されたものであって,損傷の態様や部位等
を総合して判断するに,車両等が亡aの左側やや背面寄りに衝突して路面上に
投げ出され,その後さらに下肢をタイヤで轢過されて成傷されたものと推定さ
れるとの意見が示された。
⑼b意見について(甲28,43,44)
原告から本件事故に関する工学鑑定を依頼された株式会社日本交通事故調
査機構のbは,被告車の損傷状況,亡aの解剖結果等を踏まえ,①被告車のフ
ロントパネルには創底滑らかな凹損があり,これは塑性物体としての人体が衝
突した痕跡と整合すること,②歩行者が背面やや左寄りから被告車の如きワン
ボックスカーに衝突した場合には,まず,下肢が車両の最も突出した部位であ
るフロントバンパー底辺部(ナンバープレート底辺部)に衝突し(ただし,フ
ロントバンパーの強度は人体下肢の強度よりも強いため,衝突速度によっては
フロントバンパー自体に損傷が生じない場合もある。),その後,慣性の法則に
より後傾姿勢となった歩行者の胴体部及び頭部がそれぞれ車両フロントパネ
ル及びその上方(ワイパーアーム付近)に衝突すること,③衝突速度が高速で
ある場合には,歩行者は遠方に飛翔する一方,車両側には制動効果が働くため,
落下した被害者より手前で停止するが,衝突速度が比較的低速である場合,歩
行者は伏臥姿勢で車両近辺に飛翔落下するため,転倒後,停止前の車両に轢過
される現象が生じる可能性があることから,本件事故につき,被告車が比較的
低速で亡aの左側やや背面寄りに自車前部を衝突させ,その後路面に投げ出さ
れた亡aの下肢を轢過したものであるとの意見を示した。その上で,A擦過痕
及びB擦過痕の印象過程につき,亡aが衝突後,A擦過痕の開始位置に落下し
て停止し,轢過される過程でA・B両擦過痕を残しながら路面を滑走移動して,
最終停止位置(別紙2現場痕跡図におけるDの位置)に至ったと認められ,被
告車がブレーキペダル操作で減速に転じたのは轢過完了後であるとし,人体の
飛翔距離から車両の衝突速度を算出する公式を用いて計算すると,衝突位置を
本件横断歩道西端から0.6m東寄り,被告車の走行速度を時速約30km,
亡aの飛翔距離を8.4mと想定した場合が,被告車の損傷態様・程度,路面
痕跡,亡aの本件事故直前の歩行位置及びその後の自然な横断方法と合理的に
整合すると結論付けた。
2争点⑴(本件事故における加害車両の運転者が被告であるか否か)について
⑴DNA鑑定結果について
前記認定事実⑹ウのとおり,被告車の左前輪マッドガード内側からは人血痕
が検出され,そのDNA型は,亡aのものとSTR型15座位及びアメロゲニ
ン型の全てが一致しているところ,STR型15座位全てが一致する確率は,
各アリルのうち最も出現頻度の高いものを掛け合わせたとしても約4兆70
00億人に1人程度にとどまることからすれば(甲23),上記人血痕は,亡a
の血液に由来するものであると認められる。そして,本件事故以前に被告と亡
aに面識はなく,被告車の左前輪マッドガード内側に亡aの血液が付着する機
会としては,本件事故を除いては考え難いことから,上記人血痕は被告車が亡
aに衝突・轢過した際に付着したものと推認できる。前記認定事実⑹イのとお
り,被告車のワイパーから人体組織片が採取され,そのDNA型につき,ST
R型15座位中14座位において亡aと同型のものが含まれており,アメロゲ
ニン型は亡aと同じくX型であって,亡aのものが混合しているとして矛盾が
ないとの鑑定結果が示されていることは上記推認を補強するものである。
⑵被告車の損傷状況について
ア前記認定事実⑸のとおり,被告車にはフロントパネル部分に凹損が,左側
ワイパーアーム及びナンバープレート底部に折損がそれぞれ生じているほ
か,左前輪スタビライザーに長さ約10cmの払拭痕が存在する。そして,
本件事故当日における本件スタンドの防犯カメラ映像に係る写真撮影報告
書(甲15)によれば,本件事故発生後である平成26年6月12日午後8
時15分ころの時点で被告車のフロントパネルに明確な凹損が認められる
一方,本件事故前である同日午後4時ころの時点では,明確な損傷の存在は
確認できないことからすると,被告車両の損傷はこの間に生じたものである
ことが窺われる。
イ上記被告車の損傷等につき,bは,その報告書(甲28,43,44)及
び証人尋問において,時速30km程度の比較的低速で亡aの左側やや背面
寄りに自車前部を衝突させ,その後路面に投げ出された亡aの下肢を轢過し
た際に生じた損傷とみて整合する旨の意見を述べるところ,同意見は,長年
交通課の警察官として多数の交通事故捜査に携わり,その後も民間の調査会
社において交通事故鑑定業務に従事するbが専門家としてその知見を述べ
たもので,その内容も合理的であって,前記認定事実⑺のとおり,亡aのズ
ボンに被告車のタイヤと同一のタイヤによって印象された可能性があるタ
イヤ痕が印象されていた事実とも整合するもので,信用することができる。
ウ被告は,b意見につき,被告車の速度を時速30kmとしたことに明確な
根拠が示されていない,A擦過痕が車両による轢過によるものではなく,亡
aが路面に落下後,滑動ないし転動して停止するまでの間に形成された可能
性が考慮されていない,ブレーキ操作による制動効果が考慮されていないな
どと指摘する。しかし,bは,被告車の検証調書(甲14)から認められる
被告車の損傷内容・程度も踏まえ,被告車の速度を算定したものであって,
A擦過痕及びB擦過痕がほぼ平行に印象されていることに照らし,両擦過痕
がいずれも轢過の際に生じたものであると判断し,加害車両が亡aに衝突後,
停止することなく轢過に至ったとの事実を踏まえて,ブレーキ操作による制
動措置が講じられていないとの結論に至ったもので,その検討過程に格別不
合理な点も見当たらず,被告の上記指摘は前記判断を左右しない。
エ以上に対し,被告は,被告車の損傷はいずれも本件事故の約1か月前に本
件事故とは無関係に生じたものである旨主張し,陳述書(乙4)及び本人尋
問において,平成26年4月下旬ころ,知人職員と面会する目的で自動車学
校を訪れたが,同職員は既に退職していたため面会することはできず,同校
駐車場に駐車中の被告車に戻ったところフロントパネルに凹損が生じてい
た,同損傷については駐車区画に面する崖を行き来する者が滑り落ちてきた
際に生じたものと考えられる,ワイパーの屈曲については,上記自動車学校
からの帰宅途中,被告車の周囲で遊んでいた集団が蹴ったサッカーボールが
被告車前面上部に当たったことによるものである旨供述する。しかしながら,
面会相手である職員の在籍を確認することもなく自動車学校を訪問するこ
と自体不自然である上,被告車のワイパーは,前記認定事実⑸イのとおり,
中央部が屈曲しフロントガラス部に接触しているほか,左端がフロントガラ
スから約2.5cm浮き上がるなど,ワイパーとしての機能に明らかな支障
が生じているところ,被告が被告車を日常的に使用していたこと(被告本人)
からすれば,被告が上記ワイパーの損傷を1か月以上にわたり放置していた
とは考え難く,本件事故直前の天候は降雨であったことにも照らすと,被告
車の損傷に係る被告の供述は信用することができない。
⑶本件事故前後の被告の行動について
ア前記認定事実⑶のとおり,被告は,本件事故発生時刻ころ,被告車を運転
して本件事故現場付近を通過し,本件事故発生直後,被告車を停車させて,
亡aの元に向かったもので,被告の上記行動自体,本件事故への関与をうか
がわせるものである。そして,被告は,本件事故発生時刻から約55分後,
本件スタンドに立ち寄り,被告車の前方に佇立するという行動に及んでいる
ところ,このとき,降車から乗車までに要した時間は1分未満と極めて短時
間であること,被告が既に同日午後4時に本件スタンドにおいて給油済みで
あることに照らし不自然な行動であるといわざるを得ず,上記のとおり被告
車のフロントパネルに凹損が生じていることに照らすと,被告の上記行動は,
被告車の損傷部位を確認していたものと考えられ,加害車両の運転者の行動
と整合するものである。
イ以上に対し,被告は,本件スタンドに立ち寄った理由について,本件スタ
ンドで給油をした後,本件スーパーにおいて会計中,クレジットカードを紛
失していることに気付き,上記給油時に落としたのではないかと思い当たり,
確認に行ったものであるなどと述べる。しかしながら,前記認定事実⑶のと
おり,被告が本件スタンドにおいて,被告車から降車して前方に回り込み,
再び乗車するまでの時間はわずか54秒間であって,この間に紛失したカー
ドの所在を店員に確認する,心当たりの場所を探すなどの行動に及んだとは
考え難い。また,本件スタンド,本件スーパー及び本件事故現場の位置関係
に照らし,本件スーパーから本件スタンドに向かう経路としては,本件スー
パーの南側に位置する交差点を西進するのが最短であるところ,これと反対
に,本件スーパーの北西側に位置する本件事故現場を経由するというのはい
ささか不自然である。この点,被告は本件スーパー南側の交差点に面する道
路の存在を知らなかった旨述べるが,被告が50年もの間岐阜市に在住し,
車の運転をしてきたこと(被告本人)からすれば不合理であるといわざるを
得ず,結局,本件スタンドへの立ち寄りに関する被告の供述については信用
することができない。
⑷小括
以上のとおり,被告車の左前輪マッドガード内側に亡aの血液が付着してい
ること,被告車に亡aに衝突・轢過した際に生じた損傷と整合する損傷が生じ
ていることに加え,被告が本件事故前後において,本件事故への関与をうかが
わせる行動に及んでいることからすれば,本件事故における加害車両の運転者
が被告であると認めるのが相当である。
⑸被告の主張について
以上に対し,被告は,本件事故現場を通過したのは本件事故発生後であると
主張し,本人尋問において,本件事故前後の状況につき,本件事故現場東側交
差点(甲交差点)を左折したところ,先行車両が本件横断歩道の手前付近を走
行していた,先行車両は本件横断歩道を通過後,本件横断歩道の手前まで後退
し,一時停止したため,被告も先行車両に引き続き一時停止した,その後,先
行車両は再発進し,西行道路中央線寄りを走行していった,このとき,前方の
路上に傘が見えたため,先行車両はこれを避けたのだろうと思った,被告車を
再発進させた後,本件横断歩道を通過してバックミラーに目をやると,後方に
人が倒れているのが見えたため,停車し,倒れている人の元へ駆け寄った,な
お,この間,被告車に傘が当たったことはないなどと供述する。
しかしながら,被告は,平成26年7月3日に行われた実況見分において,
警察官に対し,本件事故現場東側交差点(甲交差点)を左折後,先行車両に追
従して西行道路を西進した,本件横断歩道手前において先行車両が急停車し
た後,進路を右寄りに変えた,被告車が本件横断歩道を通過する際,左前フロ
ントガラスの下に傘が当たり,被告車を停止させた,降車すると左前輪に傘が
挟まっていた,その後,後方に人が倒れているのを発見した旨の指示説明をし
ていたもので(甲22),被告の本人尋問における上記供述とは,本件事故前
の先行車両の走行位置や後退動作の有無,被告車と傘の接触の有無,亡aの発
見経緯等において異なっている。この点,被告は,実況見分において被告車に
傘が当たったと説明したことはない旨述べる(被告本人)が,警察官が被告車
と傘の接触の有無につき架空の指示説明を作出する理由は見当たらない上,
被告の指示説明状況を撮影した写真が実況見分調書に添付されていることに
も照らせば,被告の上記供述は採用できない。また,被告は,令和元年11月
30日付けの陳述書(乙4)においても,先行車両及び被告車の後退の事実に
ついて何ら言及していなかったもので,本件事故前後の状況に関する被告の
供述は,先行車両及び被告の動静に関する重要な部分において変遷しており,
到底信用することができない。よって,被告の上記供述によっても前記⑷の認
定は左右されない。
3争点⑵(過失相殺の可否)について
前記認定事実⑵のとおり,亡aは本件事故直前,南北道路の北側道路東端付近
を歩行していたもので,これにb意見(なお,b意見の信用性については前記2
⑵で述べたとおりである。)を総合すれば,本件事故は,信号機の設置されていな
い横断歩道上又はその直近を歩行中の亡aに,西行道路を時速約30kmの速度
で西進中の被告車が衝突したものであると認められる。そうすると,被告は,西
行道路を直進するに当たり,前方左右を注視し,本件横断歩道等を横断する歩行
者の有無及びその動静に留意し,その安全を確認して進行すべき注意義務を負っ
ていたのにこれを怠り,前方左右の安全を確認することなく漫然進行した過失に
よって,本件事故を発生させたものであるといえる。そして,前記認定事実⑴の
とおり,本件事故現場付近には水銀灯等が設置されており,夜間であっても西行
道路を西進する車両が本件横断歩道の状況を確認することは容易であることに
加え,亡aが衝突後轢過されていること及び本件事故後の被告車の停止位置(被
告立会の実況見分調書(甲22)によると,被告車の停止位置は本件横断歩道西
端付近から約50m西側であって,原告及び本件事故現場の通行人ら各立会の実
況見分調書(甲30~33)によっても,被告車と思われる車両の停止位置は本
件横断歩道の相当西側である。)からすると,有意の制動措置が講じられたとも
認められず,被告の過失の程度は著しいといえる。そうすると,本件事故につき
損害の公平な分担という見地から過失相殺をすることが相当であるとはいえな
い。
4争点⑶(損害額)について
⑴死亡逸失利益1134万0788円
証拠(甲45,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,亡aは本件事故当時,
夫である原告と同居して家事労働に従事していたこと,原告と亡aは既に退職
し,家計は両名の年金により賄われていたことが認められるところ,原告が本
件事故の約半年前である平成26年2月6日に脳梗塞等により入院し,亡aが
一時,原告の入通院の付添等を行っていたことを考慮しても,その家事労働の
内容は,有職配偶者の家事,育児,介護等を伴うものと比較して軽易なもので
あったといえる。このような亡aの本件事故当時の家族構成,生活状況,年齢
を総合考慮し,その基礎収入としては,賃金センサス(平成26年)女性学歴
計70歳以上の平均賃金である319万1900円とし,生活費控除率を3
0%,就労可能年数を6年間(弁論の全趣旨。対応するライプニッツ係数は5.
0757)として算定するのが相当である。
(計算式)319万1900円×(1-0.3)×5.0757=1134万0
788円(小数点以下切捨て)
⑵亡a本人の慰謝料2700万円
上記3のとおり,本件事故は被告の一方的過失により惹起されたものである
ところ,亡aは,夫である原告と共に,趣味の活動や友人らとの交流など,充
実した生活を送っていたにもかかわらず,本件事故により突如としてその生命
を絶たれたもので,その無念は察するに余りある。また,被告の供述によって
も,被告は,本件事故後,目撃者が救急車を手配した際に「よろしくお願いし
ます」などと述べたにとどまるというのであって,救護の措置を十分に尽くし
たとはいえず,かえって,本件事故から1時間も経たずして本件事故現場を離
れ本件スタンドに赴くなど,自らの惹起した事故により重篤な傷害を負った亡
aの容態を案じた様子も窺われない。加えて,その後の刑事手続においても,
捜査機関に対し加害車両を運転していた事実を否認し,本訴に至ってもなお,
亡aに衝突していない旨不合理な供述を繰り返すなど,事故後の態様も悪質で
ある。以上のほか,本件に顕れた一切の事情に照らし,亡aの死亡慰謝料とし
て2700万円を相当と認める。
⑶原告固有の慰謝料300万円
上記⑵で述べた事情に加え,本件事故によりかけがえのない妻を奪われた原
告の悲嘆を考慮して,原告固有の慰謝料として,300万円をもって相当と認
める。
⑷治療費等5万0480円
亡aは,本件事故による傷害の結果,岐阜県総合医療センターに搬送され,
治療費等として5万0480円(死亡診断書作成料2380円を含む。)を要
した(甲4)。
⑸葬儀費用等150万円
証拠(甲5~13)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,亡aの葬儀費用と
して112万8848円,納骨式費用として41万4945円,一周忌費用と
して80万4790円の合計234万8583円をそれぞれ支出したことが
認められるが,葬儀及びその後の追悼行事等の内容・費用については,故人の
社会的地位や遺族の意向等に左右されるものであることに鑑み,うち150万
円を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
⑹弁護士費用428万円
本件事案の難易,審理の経過,認容額その他の事情を考慮すると,本件事故
と相当因果関係のある弁護士費用としては上記金額が相当である。
⑺合計4717万1268円
5結論
以上によれば,原告の請求は,被告に対し,4717万1268円及びこれに
対する本件事故日である平成26年6月12日から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その
余の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
岐阜地方裁判所民事第2部
裁判官木野村瑛美子
(別紙1ないし4省略)

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