弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
被告が原告に対し昭和四八年一〇月四日付でなした滞納者Aにかかる第二次納税義
務告知処分を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
○ 事実
第一、当事者の求めた裁判
原告は主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告
の負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者の主張
一、請求原因
(一) 本件処分の存在
Aは別表(一)記載の国税を滞納していたところ、被告は、同人について滞納処分
を執行してもなお徴収すべき額に不足が生じ、その不足の原因が右国税の法定納期
限の一年前の日以後である昭和四〇年七月一二日に右Aが原告に対し別紙物件目録
記載の不動産(以下本件土地という)を著しく低額で譲渡したことにあり、したが
つて、国税徴収法三九条により原告に右滞納金額中五七六万六、四〇〇円の限度に
おいてその滞納にかかる国税の第二次納税義務があるものと認め、昭和四八年一〇
月四日原告に対し税額五七六万六、四〇〇円を同年一一月四日までに納付すべき旨
の告知処分(以下本件処分という)をした。
原告はこれを不服として被告に対し審査請求をしたが、被告は昭和四九年一二月一
八日これを棄却する旨の裁決をした。
(二) 本件処分の違法性
しかし、本件処分は次の理由により違法であるからその取消を求める。
1、本件土地の譲渡時期
被告は本件土地の譲渡時期を所有権移転登記のなされた昭和四〇年七月一二日とす
るが、本件土地については次のとおり、昭和三四年九月、遅くとも昭和三五年九月
にAと原告との間で譲渡契約が結ばれ、原告はその所有権を取得したものであり、
ただ所有権移転登記のみが当事者間の特殊な事情のため前記日時まで遅れたもので
ある。
すなわち、本件土地はAが昭和三四年七月一〇日前所有者から買受けたものである
(所有権移転登記は同年九月一六日)が、原告の妻BはAの姪であり、幼い頃から
Aに養育され、親子同様の間柄にあつたため、Aは原告夫婦を自宅に近い本件土地
に居住させるべく、本件土地取得後は速やかに原告に転売する目的でこれを買受け
たのである。そこで、原告は本件土地取得直後の昭和三四年九月頃本件土地上に鉄
筋コンクリート造二階建居宅(建坪延べ三九坪)の建築に着手し、右建物は昭和三
五年九月頃完成した。そして、Aは原告との間で、右建物の建築に着手した昭和三
四年九月頃、しからずも、遅くとも右建物が完成した昭和三五年九月頃までには、
代金は五年間程度の年賦払とし、登記は必要に応じてするとの約旨のもとに本件土
地についての譲渡契約を締結したのである。
したがつて、本件土地の所有権移転時期については、国税徴収法三九条に定める要
件(法定納期限の一年前の日以降)を欠くものである。
2、譲渡対価の相当性
(1) 本件土地の価額
被告は本件処分において、本件土地の譲渡時(昭和四〇年七月一二日)の価額を九
九六万円と評価しているが、右は過大認定である。
(2) 譲渡の対価
被告は本件処分において原告が支払つた代金を三八〇万円と認定しているが、原告
は本件土地代金としてAに対し、昭和三四年にAが前所有者に対して支払うべき手
付金五〇万円、昭和三五、三六年に年賦支払金として各四〇万円、昭和四〇年に、
昭和三七年ないし昭和四〇年の年賦支払金として二〇〇万円、合計三三〇万円を支
払つたほか、昭和三七年から昭和四〇年までの間、当時事業に行き詰り窮状にあつ
たAを援助するため、Aの債権者に対する弁済、Aの寸借名義に応じ、貸金として
約二〇〇万円を支払い、後に右金員は本件土地代金に充当された。したがつて、原
告はAに対し本件土地代金として合計約五三〇万円を支払つており、右金額は被告
が認定する本件土地の価額を前提としてもなお、著しい低額譲渡とはいえず、この
点においても国税徴収法三九条の要件を欠くものである。
3 本件土地譲渡の合理的理由
国税徴収法三九条に規定する第二次納税義務は、滞納者が純粋な経済的動機からは
考えられないような処分行為をしたことによつて国税の徴収を免れる結果を招来し
た場合に、当該処分行為により異常な利益を受けている第三者に対し一定の限度で
滞納者の滞納にかかる国税につき納付義務を負担させる制度であり、その行為によ
り第三者に異常な利益を与えるものであることを要し、無償もしくは著しく低い対
価による譲渡であつても、実質的にみてそれが必要かつ合理的な理由に基づくもの
であると認められるときは、右の処分行為に該当しないというべきである。
これを本件についてみるに、Aは薬種商を経営しており、昭和三五年頃まではその
事業も概ね順調であつたが、昭和三六年頃から経営不振となり、金融機関等に対す
る債務の支払もできず窮地に陥つたのであるが、原告はAの債務につき連帯保証人
となつていたことから、右保証債務の履行のため総額約一〇〇万円を支払い、さら
に、Bにおいては昭和三六年から昭和四〇年にかけて総額約一〇〇万円を寸借名義
でAに貸与するなどして同人を援助して来た。そこで、Aとしては原告及びその妻
Bの右のような多大の援助に報いるため本件土地を原告に譲渡したものであり、右
譲渡は必要かつ合理的な理由に基づくものであるから、Aの原告に対する本件土地
譲渡は国税徴収法三九条に定める処分行為に該当しないというべきである。
4、除斥期間経過による消滅
一般に、租税債権債務関係においては、税務官庁が決定等により租税債権を確定さ
せる権利、すなわち賦課権は、確定した租税債権の履行を請求し、強制的にその実
現を図る権利、すなわち徴収権の前提であり、この関係は第二次納税義務の場合に
おいても同じである。ところで、第二次納税義務告知処分は、これにより第二次納
税義務者とされる者にはじめて納税義務を発生させるものであるから、行政上の確
認処分または形成処分というべきであり、国税通則法三六条に定める納税告知のよ
うな一般私債権と類似した性格の徴収処分とは性格を異にするものである。そし
て、第二次納税義務告知処分の性格を右のように解するときは、これをなしうる期
間は国税通則法によつて制限されるべきものであり、国税徴収法三九条に定める第
二次納税義務の場合は、無償または著しく低額の対価による財産の譲渡があつたこ
とがその要件であるから、本件においては国税通則法二条八号ハ、七〇条四項二号
により、本件土地譲渡の日である昭和四〇年七月一二日から五年間が除斥期間であ
つて、右期間経過後は本件処分をなすことは許されないと考えるべきである。
ところで、税務官庁においては、第二次納税義務について租税の徴収確保を目的と
した特別な制度と解しているが、右のように解することは、国税徴収法三九条に定
める第二次納税義務に関する限り、第二次納税義務告知処分をなしうる期間につい
て前記のような制限を設けない以上、第二次納税義務者に著しい手続上の不利益を
もたらすものであつて、憲法三一条、八四条に違反するといわなければならない。
けだし、憲法三一条は単に刑罰適用における適正手続を定めたのみでなく、租税の
確定、徴収手続においてもこれを保障したものと解すべきところ、国税徴収法三二
条ないし四一条に定める第二次納税義務のうち、三九条の場合は他の場合と異な
り、必ずしも本来の納税義務者と第二次納税義務者との間に特殊な人的関係がある
とはいえないのであるから、第二次納税義務者において本来の納税義務者の滞納の
事実及び現在の資産状況等を把握することは困難であるにもかかわらず、第二次納
税義務を予測し、これに対して自己の権利を主張すべき手続は何ら保障されていな
いからであり、このことは、本件において原告が本件処分を受けた時点においては
本来の納税義務者たるAに対してなされた租税賦課決定に対する不服申立期間はす
でに経過しており、第二次納税義務者たる原告においてはAに対する更正または賦
課決定についての実体的違法も主張できない立場にあることからも明らかである。
したがつて、第二次納税義務を前記のとおり徴収のための特別の制度と解したとし
ても、国税徴収法三九条の場合においては、本来の納税義務者において滞納の事実
があり、一方において第三者に無償または著しく低額の対価による財産の譲渡があ
つた事実が判明したときは、速やかに右第三者に対して第二次納税義務の存在を認
識させるため何らかの措置が講じられるべきであり、かつ、右第二次納税義務告知
処分をなしうる期間も合理的な期間内に制限されなければならないのであるある。
5、時効消滅
仮りに、第二次納税義務告知処分が単なる徴収処分であるとしても、第二次納税義
務は本来の納税義務者からの徴収不能を要件として発生する別個の債務であるか
ら、消滅時効の点においても主たる納税債務とは別個に進行するものと解すべきで
ある。したがつて、本件処分にかかる第二次納税義務は、国税通則法七二条にした
がい、昭和三八、三九年分所得税についてはいずれも昭和四一年五月一三日から、
昭和四〇年分所得税については同年一一月一一日からそれぞれ五年を経過すること
によつて、主たる納税債務につき生じる消滅時効の中断等にはかかわりなく、時効
消滅した。
二、請求原因に対する答弁
(一) 請求原因(一)(本件処分の存在)は認める。
(二) 同(二)、1(本件土地の譲渡時期)のうち、本件土地につき昭和四〇年
七月一二日所有権移転登記がなされたこと、原告が本件土地にその主張のとおりの
建物を建築したことは認めるが、その余は争う。
(三) 同(二)、2(譲渡対価の相当性)のうち、原告がAに対し、昭和三五、
三六年に各四〇万円、昭和四〇年に二〇〇万円、その他一〇〇万円、合計三八〇万
円を支払つたことは認めるが、その余は争う。
(四) 同二、3、(本件土地譲渡の合理的理由)は争う。
一般に、第二次納税義務の制度は、財産が形式的に第三者に帰属している場合であ
つても、実質的には納税者に帰属していると認めても公平を失しないときにおい
て、形式的な権利の帰属を否認して、私法秩序を乱すことを避けつつ、その形式的
に権利が帰属している者に対して補充的に納税義務を負担させることにより、徴税
手続の合理化を図るために認められている制度であるから、国税徴収法三九条に所
定の「処分」に該当しない処分行為が考えられるとすれば、それは相当な対価の出
捐を伴うか、その他租税の徴収にも優先すべき特別の原因に基づくことにより、処
分の対象たる「利益」が実質的にも滞納者に帰属していないと認められるものでな
ければならない。したがつて、右の如き内容を度外視した「必要かつ合理的な理
由」に論及することは無意味であり、不当である。
かりに、「必要かつ合理的な」ことが、右のごとき意味内容のものであるとして
も、本件譲渡において、本件土地の価額九九六万円中、原告主張のAに対する経済
的援助と認められる合計三八〇万円を超える金額については何ら対価の出捐もな
く、その他本件滞納国税の徴収に優先すべき特別の原因もないから、右超過利益の
享受は必要かつ合理的な理由に基づくものではない。
(五) 同二、4(除斥期間経過による消滅)は争う。
第二次納税義務の告知は、形式的には独立の課税処分ではあるが、実質的には第三
者を本来の納税義務者に準ずる者とみて、これに主たる納税義務についての履行責
任を負わせるものである。この意味において、第二次納税義務の告知は主たる課税
処分等により確定した主たる納税義務の徴収手続上の一処分としての性格を有し、
右告知を受けた第二次納税義務者は、あたかも主たる納税義務について徴収処分を
受けた本来の納税義務者と同様の立場に立つものである(最高裁昭和五〇年八月二
七日判決、民集二九巻七号一二二六頁)。そして、国税徴収法三九条に所定の要件
に該当する第三者は、本来ならば滞納者に対する滞納処分によつて差押えを受ける
べきであつた財産を譲り受けた者として、いわば納税負担付財産の譲受人ともいう
べく、かかる第三者の負う第二次納税義務は主たる納税義務と運命を共にするもの
と解すべきである。
したがつて、第二次納税義務の告知処分は、主たる納税義務が存続する限りこれと
別に独立して期間の制限を受けることはない。
なお、第二次納税義務の告知自体に法律上特別の期間の制限がないことは、憲法三
一条、八四条とは全く関係のないことであるから、原告の憲法違反の主張は主張自
体失当である。
(六) 同二、5(時効消滅)は争う。
被告は、本件滞納国税につき、昭和四四年一二月一〇日滞納者Aの財産を差押える
ため同人の住居を捜索して差押に着手したが、差押えるべき財産を発見しえず、さ
らに、昭和四九年四月二五日同人がCに対して有する不動産賃貸借契約に基づく保
証金一五〇万円の返還請求権を差押えた。
よつて、本件滞納国税の徴収権にかかる消滅時効は中断している。
三 被告の主張
(一) 滞納者Aの国税
Aは阿部野税務署長から別表(一)記載のとおり課税処分を受け、これらによるA
の納付すべき税額はいずれも適法に確定し、被告は同税務署長から昭和四一年六月
二七日に昭和三八、三九年分の各国税につき、昭和四二年四月二一日に昭和四〇年
分の国税につき各徴収の引継を受けた。その後、昭和五〇年四月二四日Aの長女D
はAの右国税につき第二次納税義務者としてその限度額である一五〇万円を納付し
たため、同人の滞納にかかる国税は別表(二)記載のとおりとなつた。
(二) 本件土地の低額譲渡
1、譲渡時期
Aは昭和四〇年七月一二日原告に対して本件土地を譲渡した。右日時は本件土地の
所有権移転登記がなされた日であるが、国税徴収法三九条所定の「譲渡」の時期は
不動産について登記のなされた時を基準とすべきである。その理由は、不動産につ
いては滞納処分における差押の関係においても民法一七七条の適用があるものと解
され(最高裁昭和三一年四月二四日判決、民集一〇巻四号四一七頁)、ある者が滞
納者の不動産の所有権を取得しても、その旨の登記がなされなければ、これをもつ
て国税徴収法に基づき同不動産を差押えた国に対抗しえないのであるから、右譲受
人にいまだ第二次納税義務を負わせる必要がないのであるが、右登記がなされれ
ば、右譲受人が右不動産の所有権を確定的に取得することになるから、この時に同
譲受人に第二次納税義務を負わせる必要が生ずるからである。
したがつて、本件土地の譲渡時期についても、所有権移転登記のなされた昭和四〇
年七月一二日とすべきである。
2、本件土地の価額
本件土地の昭和四〇年七月一二日当時の価額は九九六万円であり、右価額の算出方
法は別表(三)A記載のとおりである。
3、譲渡の対価
本件土地譲渡の対価は前記のとおり合計三八〇万円である。
原告は原告及び妻Bが昭和三七年から昭和四〇年までの間にAに対して寸借名義に
応じて支払つた二〇〇万円も本件土地の譲受の対価であると主張する。しかし、右
金員の総額も明確でないうえ、その大部分はBが原告に全く相談することなくB名
義の銀行預金から支払つたものであり、しかも、同人は本件土地の譲渡と同時にA
から本件土地上のガレージ付居宅を譲渡され、Aには四〇万円を支払つたのである
が、この建物の譲渡時の価額は借地権価額を含めて三〇一万六、〇〇〇円である。
したがつて、Bが支払つた前記約二〇〇万円は右建物の対価と認められるべきもの
であつて、本件土地の譲渡の対価ではない。
4、したがつて、本件土地についての前記譲渡の対価は本件土地の価額に比して著
しく低額である。
(三) 徴収不足及びその基因
Aは従前大阪市<地名略>において医薬品小売業を営んでいたが、昭和三七年頃か
ら営業不振となり、昭和三八年から昭和四〇年にかけてその所有不動産を逐次売却
するに至つた(これらの不動産の売却が前記各所得税にかかる所得の発生原因であ
る)。そして、Aは本件土地を譲渡した後にはほとんど無資産となり、昭和四三年
頃から大阪市<地名略>において店舗を借受け、医薬品小売業を営んでいるが、前
記滞納国税を納付するに足る資力がない。
よつて、Aの前記国税については、滞納処分を執行してもなおその徴収すべき税額
に不足すると認められ、右徴収不足は前記本件土地の低額譲渡に基因すると認めら
れる。
(四) 原告の受益限度
原告が前記低額譲渡によつて受けた利益は、次のとおり五七六万六、四〇〇円であ
る。
1、本件土地の価額        九九六万円
2、本件土地の譲渡の対価     三八〇万円
3、不動産取得税           二四万六、〇〇〇円
4、登録免許税            一四万七、六〇〇円
5、原告の受益の額(1―2―3―4)五七六万六、四〇〇円
(五) 以上によれば、原告は国税徴収法三九条により、五七六万六、四〇〇円の
限度においてAの前記滞納にかかる納税の第二次納税義務を負うので、被告は原告
に対し本件処分をなすに至つた。
四、被告の主張に対する原告の反論
(一) 本件土地の価額について
宅地の価額を算定する場合は、取引事例その他によりまず更地価格を算出し、つい
で、該土地上に建物がある場合は建付地減価修正をなし、さらに、その借地権価格
を控除するのが原則である。そして、右建付地減価修正は、土地上に建物が存在す
る場合は、その土地の使用収益方法が建物の存在により種々の制約を受けることを
根拠とするものである。そして、本件土地の昭和四〇年七月一二日現在の更地価
格、建付地減価、借地権価格は次のとおりである。
1、更地価格
被告は本件土地の譲渡時(昭和四〇年七月一二日)の更地価格を一平方米当り三万
五、〇〇〇円と認定しているが、Aが昭和三四年七月に本件土地を購入した時の更
地価格が三・三平方米当り一二万五、〇〇〇円(一平方米当り約一万〇、六〇〇
円)であり、昭和三四年から昭和四〇年に至るまでは土地価格が三倍以上も高騰す
る情勢にはなかつたこと、他方、本件土地のうち、B所有のガレージ付居宅部分の
借地権価格は一平方米当り一万六、一〇〇円であるが、特別の事情のない限り借地
権価格は更地価格の二分の一とみられるから、右土地の更地価格はその二倍、すな
わち一平方米当り三万二、一〇〇円となることに徴するときは、本件土地の昭和四
〇年七月一二日現在の更地価格は一平方米当り三万二、〇〇〇円と考えるのが相当
である。
2、建付地減価
昭和四〇年七月一二日当時本件土地上には原告及びB所有の二棟の建物が存在して
いたのであるから、右更地価格に建付地減価修正をなすべきは明らかであり、その
割合は一割と考えるべきである。
3、借地権価格
原告が本件土地の所有権を取得したのが昭和四〇年七月一三日であるとした場合、
原告が本件土地上に建物建築後右時点までの本件土地についての原告、Aの関係は
使用貸借関係と考えられるが、右使用貸借の内容が原告において建物を所有して本
件土地を使用することにある点を考えるときは、本件土地についての原告の借地権
価格は三割と考えるのが相当であある。
以上によれば、本件土地の昭和四〇年七月一二日現在の価額は別表(三)B欄記載
のとおり七三六万五、一五五円となる。
ところで、被告は本件土地の価額を九九六万円と評価しているが、Aに対する昭和
四〇年分所得税決定処分においては、課税の基礎となつた本件土地譲渡所得金額は
九五〇万四、〇〇〇円とされており、もとよりAは原告から右金額を受取つたわけ
ではないから、右金額は当時税務署において認定した本件土地の客観的評価額とみ
るべきであり、少くとも税務署において右金額に見合う所得税を納付すればよいと
の意思表示をなしたものと考えられるから、被告が本訴において本件土地の価額を
九九六万円であると主張することは禁反言の原則に反するものである。
(二) 譲渡の対価について
原告の妻Bが昭和三七年から昭和四〇年までの間にAに支払つた二〇〇万円がB名
義の預金から支払われていたとしても、同人は当時職業を持たない家庭の主婦であ
つたのであるから、右預金は同人の特有財産ではなく、原告の収入の一部であり、
したがつて、右二〇〇万円は原告の意思どおり本件土地の譲渡代金の一部として支
払われたものと考えるべきである。
(三) 対価が著しく低額であることについて
本件土地譲渡時である昭和四〇年当時施行の所得税法五九条(贈与等の場合の譲渡
所得等の特例)一項二号(政令で定める額による譲渡)、同法施行令一六九条(時
価による譲渡とみなす低額譲渡の範囲)によれば、「譲渡の時における価額の二分
の一に満たない金額」につきみなし譲渡として課税しており、時価の二分の一以上
による譲渡については不問に付していた。ところで、国税徴収法三九条は低額の基
準を定めていないため、その運用については右所得税法及び同法施行令が準用され
て来たのであるから、不動産のごとき値幅のある財産の譲渡については、特別の事
情がない限り、時価のおおむね二分の一に満たない価額をもつて「著しく低い」と
考えるべきである。しかるところ、本件土地譲渡につき原告がAに支払つた対価は
合計約五三〇万円であつて、本件土地の時価である七三六万五、一五五円の二分の
一をはるかに超えるものであるから、国税徴収法三九条に定める「著しく低い額」
には当らない。
五、原告の主張に対する被告の再反論
(一) 建付地減価について
建付地減価は当該土地の最有効利用の程度によつて認められるものであるが、本件
土地のうち、原告所有建物の敷地部分は、原告がこれを譲受けることを予定して自
ら同地上に自用の建物を建築したものであるから、かかる土地を譲受けた原告にと
つてはこれが最有効利用の状態にあり、何ら使用収益方法の制約を受けてはいない
のである。したがつて、右敷地部分については、原告以外の者が譲受ける場合はと
もかく、原告自身が譲受けたからには何ら建付地を理由とする減価を考慮する必要
はない。
(二) 使用貸借減価について
一般に、使用貸借を理由とする減価は、当該土地の譲受人が第三者たる使用借主の
占有を解くための出費を理由として認められるものであるが、本件土地のうちB所
有建物の敷地一〇九・〇八平方メートルを除く残余の部分については譲受人たる原
告が使用借主であつたのであるから、占有を解くための費用は不必要であり、その
譲渡は更地の譲渡と同視しうるものであるから、原告自身の使用貸借を理由とする
減価を考慮すべき余地はない。
(三) 著しく低い額の対価について
国税徴収法三九条所定の対価が「著しく低い額」であるか否かは、単に時価と対価
との割合のみで即断しうるものではなく、時価と対価との差額自体につき租税徴収
の確保という目的から経済的常識に照らして判定されるべきものである。
○ 理由
一、被告が昭和四八年一〇月四日原告に対し本件処分をなしたこと及び原告がこれ
を不服として被告に対し審査請求をしたところ、被告は昭和四九年一二月一八日こ
れを棄却する旨の裁決をしたことは当事者間に争いがない。
二、そこで、以下本件処分の違法性につき判断する。
(一) 滞納者Aの国税
Aが阿倍野税務署長から別表(一)記載のとおり課税処分を受け、これらによるA
の納付すべき税額はいずれも適法に確定したが、同人がこれを滞納していたことは
当事者間に争いがなく、被告が同税務署長からその主張の日に右国税につき各徴収
の引継を受けたこと及び昭和五〇年四月二四日Aの長女DがAの右国税につき第二
次納税義務者としてその限度額である一五〇万円を納付したため、同人の滞納にか
かる国税が別表(二)記載のとおりとなつたことは原告において明らかに争わない
からこれを自白したものとみなされる。
(二) 本件土地の譲渡時期
国税徴収法三九条所定の「譲渡」の時期は、不動産については所有権移転登記がな
された時を基準とすべきである。けだし、不動産については滞納処分における差押
の関係においても民法一七七条の適用があるものと解され(最高裁昭和三一年四月
二四日判決、民集一〇巻四号四一七頁)るため、ある者が滞納者の不動産の所有権
を取得しても、その旨の登記がなされなければ、これをもつて国税徴収法に基づき
同不動産を差押えた国に対抗しえないのであるから、右譲受人にいまだに第二次納
税義務を負わせる必要がないのであるが、右登記がなされれば、右譲受人が右不動
産の所有権を確定的に取得することになるため、この時に譲受人に第二次納税義務
を負わせる必要が生ずるからである。
ところで、本件土地についてAから原告に対し所有権移転登記がなされたのが昭和
四〇年七月一二日であることは当事者間に争いがないから、本件土地の譲渡時期は
右同日と考えるのが相当である。
(三) 本件土地の価額
本件土地の昭和四〇年七月一二日当時の価額につき、被告は別表(三)A欄記載の
等式によりこれを九九六万円であると主張する。ところで、一般に土地の時価と
は、当該土地の現況に応じ、不特定多数の当事者間で自由な取引が行なわれる場合
に通常成立すると認められる価格を指すものと解され、右時価を算定するに当つて
は、取引事例その他によりまず更地価格を算出し、ついで、当該土地上に建物があ
る場合は、その土地の使用収益方法が建物の存在により制約を受ける点を考慮して
建付地減価修正をなし、さらに、その借地権価格を控除するのが相当であると考え
られる。
そこで、以下本件土地の更地価格、建付地減価及び借地権価格につき検討する。
1、更地価格
成立に争いのない乙第五号証、証人Eの証言及びこれによつて真正に成立したもの
と認められる甲第一一号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められ
る乙第一三号証を比較検討すると、本件土地の昭和四〇年七月一二日当時の更地価
格は一平方米当り三万五、〇〇〇円と認めるのが相当である。
2、建付地減価
被告は、本件土地のうち、原告所有建物の敷地部分は、原告がこれを譲受けること
を予定して自ら同地上に自用の建物を建築したものであるから、かかる土地を譲受
けた原告にとつてはこれが最有効利用の状態にあり、何ら使用収益方法の制約を受
けてはいないから、右敷地部分については建付地を理由とする減価は考慮する必要
がない旨主張する。しかし、前記のとおり、土地の時価とはあくまで客観的な価値
を指すのであるから、たまたま、土地上の建物所有者が当該土地を譲受けたことを
理由に建付地を理由とする減価を考慮する必要がないとすることは相当でなく、本
件土地についても同地上に原告及びB所有の二棟の建物が存在する(この事実は当
事者間に争いがない)ことによる建付地減価修正を行なうべきであり、前掲甲第一
一号証、乙第五、第一三号証によれば、その割合は一割が相当と認められる。
3、借地権価格
被告は、本件土地のうちB所有建物の敷地一〇九・〇八平方メートルを除く残余の
部分については譲受人たる原告が借用借主であつたのであるから、占有を解くため
の費用は不必要であり、その譲渡は更地の譲渡と同視しうるものであるから、原告
自身の使用貸借を理由とする減価を考慮すべき余地はない旨主張する。しかし、前
述したと同様、土地の時価とは当該土地につき使用貸借関係が存在する場合は、こ
れを前提とした客観的価値を指すのであるから、たまたま、土地の使用借主が当該
土地を譲受けたことを理由に使用貸借を理由とする減価を考慮する必要がないとす
る被告の主張は失当というべく、本件土地のうち右残余部分についても、原告が使
用貸借による借地権を有していた(この事実は当事者間に争いがない)ことによる
減価修正を行うべきであり、前掲甲第一一号証、乙第五、第一三号証によれば、右
借地権価格は三割と認めるのが相当である。
なお、右各号証及び証人Bの証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨による
と、原告の妻であるBは本件土地のうちその所有建物の敷地一〇九・〇八平方メー
トルについて賃借権を有するものと認めるのが相当であり、かつ右賃貸借による借
地権価格は五割と評価すべきであることが認められる。
以上によれば、本件土地の昭和四〇年七月一二日当時の価額は別表(三)C欄記載
のとおり八〇五万五、六二一円と認められる。
(四) 譲渡の対価
原告がAに対し本件土地譲渡の対価として、昭和三五、三六年に各四〇万円、昭和
四〇年に二〇〇万円、その他一〇〇万円、合計三八〇万円を支払つたことは当事者
間に争いがなく、証人Aの証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる
甲第二号証、証人Bの証言並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三四年
七月一〇日、Aが本件土地を前所有者から買受けた際の手付金五〇万円をAに代つ
て支払つていること、原告は昭和三七年頃から昭和四〇年頃までは南方繊維株式会
社の専務取締役として約二五〇万円の年収を得ており、当時事業に行き詰り窮状に
あつたAを援助するため、妻Bを通じて前記一〇〇万円以外にAの寸借申込に応じ
て合計約一〇〇万円を同人に貸付けていたこと及び本件土地移転登記時において、
原告とAは過去において原告がAに対し立替払もしくは貸付けた右金員合計約一五
〇万円についても、前記当事者間に争いのない三八〇万円と合せてこれを本件土地
代金に充当する旨の合意がなされたことが認められ、右認定を左右するに足りる証
拠はない。(なお、成立に争いのない乙第七、第八号証の各供述記載中右認定に抵
触する部分は原告本人尋問の結果に照し、また同乙第九号証の供述記載中右認定に
副わない部分は証人Aの証言に徴し、いずれも採用しがたい。)これに対し、被告
は、右約一〇〇万円は、BがAから譲受けた本件土地上のガレージ付居宅の対価と
して支払つたものであると主張し、成立に争いのない乙第一二号証、証人Bの証言
によれば、同人が昭和四〇年七月一二日Aから被告主張の家屋を買受けた事実は認
められるけれども、前記一〇〇万円が右家屋の売買代金として支払われたとの事実
を認めるに足りる証拠はない。
したがつて、原告はAに対し本件土地譲渡の対価として合計約五三〇万円を支払つ
たものと認められる。
(五) 対価が著しく低額であることについて
国税徴収法は同法三九条に定める「著しく低い額の対価」につきその基準を定めて
いないけれども、本件土地譲渡時である昭和四〇年当時施行の所得税法五九条(贈
与等の場合の譲渡所得等の特例)一項二号、同法施行令一六九条(時価による譲渡
とみなす低額譲渡の範囲)は、時価の二分の一に満たない金額につきみなし譲渡と
して課税していること及び国税徴収法三九条、所得税法五九条はいずれも租税徴収
の確保を目的として設けられた規定であることに鑑みるときは、国税徴収法三九条
についても、特別の事情のない限り、時価のおおむね二分の一に満たない価額をも
つて「著しく低い額」と解するのが相当である。ところで、前記のとおり、本件土
地の譲渡時の価額は八〇五万五、六二一円であり、右譲渡につき原告がAに支払つ
た対価は合計約五三〇万円であるから、右対価が本件土地の譲渡時の価額の二分の
一をはるかに超えるものであることは明らかである。
したがつて、Aの原告に対する本件土地譲渡は右の点において国税徴収法三九条に
定める要件を欠くものであるから、本件処分は違法といわなければならない。
三、以上の次第であつて、原告主張のその余の点につき判断するまでもなく本件処
分の取消を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につ
き民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 荻田健治郎 辻中栄世 吉野孝義)
別表(省略)

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