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平成24年11月7日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成24年(行ケ)第10222号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年10月3日
判決
原告株式会社アドバンス
同訴訟代理人弁理士森本聡
被告特許庁長官
同指定代理人橋謙司
井出英一郎
水莖弥
守屋友宏
主文
1特許庁が不服2010-9360号事件について平成2
4年5月9日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1の商標登録出願に対する後記2のとおりの手続において,
原告の拒絶査定不服審判請求について,特許庁が同請求は成り立たないとした別紙
審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,後記4のと
おりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1本願商標
(1)原告は,平成19年11月22日,別紙本願商標目録記載の構成からなり,
第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,仮装
用衣服,運動用特殊衣服,運動用特殊靴」を指定商品とする商標(以下「本願商標」
という。)の登録出願(商願2007-117902)をした(甲54)。
(2)原告は,平成19年12月29日付けの手続補正書により,指定商品を第2
5類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,靴類(「靴合わ
せくぎ,靴くぎ,靴の引き手,靴びょう,靴保護金具」を除く。),げた,草履類」
(以下「本件指定商品」という。)と補正した(甲55)。
2特許庁における手続の経緯
(1)原告は,平成22年1月27日付けの拒絶査定を受けたので,同年4月30
日,これに対する不服の審判を請求した。
(2)特許庁は,原告の請求を不服2010-9360号事件として審理し,平成
24年5月9日に「本件審判の請求は,成り立たない。」とする本件審決をし,同
月23日,その謄本は原告に送達された。
3本件審決の理由の要旨
本件審判の理由は,要するに,本願商標は,商標法4条1項7号に該当するから,
登録を受けることができない,というものである。
4取消事由
商標法4条1項7号該当性に係る判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
1甲1記載の商標について
本件審決は,甲1に記載された,「広重」の漢字と「HIROSHIGE」の欧文字からな
る登録商標(以下「甲1商標」という。なお,その指定商品は,第14類「時計,
時計の部品及び付属品」である。)は,平成21年10月21日付けで商標審査便
覧が改訂(以下「本件改訂」という。)される前の登録例であるから,本件改訂後
の商標審査便覧に基づき,本願商標が商標法4条1項7号に該当するとした本件審
決の認定を左右するものではないと判断した。
しかし,甲1商標は,本願商標の出願後に出願されたが,本願商標より前に登録
された,いわゆる後願先登録の商標である。特許庁は,本願商標について,拒絶理
由通知書を発送してから1年半以上も査定を下さず,本件改訂を待ってから,拒絶
査定を下しているのであるから,本件改訂前から改訂後の商標審査便覧に基づいて
実質的な審査を行っていたのは間違いない。したがって,甲1商標についても,実
質的に本件改訂後の商標審査便覧に基づいて審査され,登録となったものとみるの
が妥当であり,甲1商標は,本件改訂後の商標審査便覧の具体的内容の参酌材料と
なり得るものである。
よって,本件審決の上記判断は誤りである。
2商標法4条1項7号該当性について
(1)本件改訂後の商標審査便覧には,概略,「歴史上の人物名からなる商標登録
出願の審査においては,商標の構成自体がそうでなくとも,商標の使用や登録が社
会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も商標法4条
1項7号に該当し得ることに特に留意するものとし,①当該歴史上の人物名の周知,
著名性,②当該歴史上の人物名に対する国民又は地域住民の認識,③当該歴史上の
人物名の利用状況,④当該歴史上の人物名の利用状況と指定商品,役務との関係,
⑤出願の経緯,目的,理由,⑥当該歴史上の人物と出願人との関係を総合的に勘案
して同号に該当するか否かを判断する。」との記載がある。
(2)そこで,以上の観点から,甲1商標と本願商標とを比較する。
ア上記①の事情について
甲1商標中の「広重」の文字は,我が国を代表する浮世絵師である歌川広重を示
している。歌川広重は,東海道五十三次,中山道六十九次等の作品とともに著名な
歴史上の人物として広く知られている。
他方,本願商標中の「北斎」の文字は,江戸後期の著名な浮世絵師である飾北
斎を示している。飾北斎は,富嶽三十六景等の作品とともに著名な歴史上の人物
として広く知られている。
したがって,甲1商標と本願商標は,商標中に含まれる人物が,いずれも歴史上
の周知,著名な人物であるという点で一致している。
イ上記②の事情について
「広重」の名が付され,かつ歌川広重の作品を常設する美術館には,山形県天童
市の広重美術館,岐阜県恵那市の中山道広重美術館,静岡市の東海道広重美術館,
栃木県那須郡那珂川町の那珂川町馬頭広重美術館などがある。また,同町では,商
工会議所の主催により,毎年,「広重」の名前が付された「広重紅葉まつり」が行
われている。
他方,「北斎」の名が付された美術館としては,長野県上高井郡小布施町に「北
斎館」があり,また,東京都墨田区では,「北斎祭り」が開催されている。
甲1商標と本願商標は,商標中に含まれる人物が,その郷土やゆかりの地におい
て,それぞれの作品等を通して,人々の尊敬を集め,郷土の偉人として敬愛の念を
もって親しまれている実情があるという点で一致している。
ウ上記③の事情について
前記イのとおり,甲1商標と本願商標は,それぞれ商標中に含まれる人物の名を
付した美術館が存在し,その名を付した祭りも開催されているという点で一致して
いる。また,「広重」や「北斎」のゆかりの地では,それぞれ関連する史跡や資料
等が遺され,地方公共団体や商工会議所がこれを保存,公開し,当該人物を観光振
興や地域興しに役立てようとする取組がされている点でも一致する。
さらに,前記①ないし③に係る事情は,甲1商標及び本願商標の商標登録出願前
から現在まで継続しているという点でも一致している。
エ上記④の事情について
一般に,歴史上の人物の出身地やゆかりの地においては,その地域の特産品や土
産物に,当該人物の名称等を表示して,観光客などを対象に販売されている事情が
ある。そうすると,甲1商標と本願商標は,各商標中の歴史上の人物のゆかりの地
において,特産品や土産物となり得るものであるという事情,また,当該人物の名
は,各指定商品を取り扱う者によって使用される可能性が高いものであるという事
情においても共通する。
オ上記⑤の事情について
本願商標の出願の経緯,目的,理由についての具体的事情は確認できないが,こ
のことは,甲1商標に係る出願の経緯,目的,理由についての具体的事情が確認で
きないことと一致している。
カ上記⑥の事情について
原告と「北斎」とは無関係であるが,これは甲1商標の商標権者と「広重」が無
関係であるのと同じである。
(3)以上のとおり,甲1商標の「広重」と本願商標の「北斎」とを比較すると,
「広重」や「北斎」を取り巻く周知,著名性の事情,記念館や美術館の存在やイベ
ント開催等の事情,「広重」や「北斎」の利用状況と指定商品との関係等の事情,
出願人の事情等に顕著な差はない。
したがって,「北斎」の名を含む本願商標は,「広重」の名を含む甲1商標と同
様に,本件改訂後の商標審査便覧の下においても,商標法4条1項7号に該当する
ものではないというべきである。
3本願商標の類似範囲(禁止権の範囲)について
本件審決は,原告のみに「北斎」との人物名について商標登録を認めることは,
第三者の公益的施策に伴う各種商品等への商標の使用を制限することとなり,その
公益的な事業活動に支障を来すおそれがあると判断した。
しかし,原告は,審判手続において,本願商標が登録となった際の禁止権の範囲
は,特定の書体からなる「北斎」の漢字文字と図形の配置に変更を加えたものに限
られることを宣言しているから,禁反言の法理に鑑みれば,本願商標が登録された
場合にも,本願商標を構成するそれぞれの部分が独立して自他商品の識別標識とし
ての機能を発揮することはなく,まして,単なる「北斎」の文字等にその商標権の
効力が及ばないことは明らかである。
したがって,本願商標が登録査定を受けた場合にも,特異なケース(本願商標と
完全に同じ商標,あるいは,本願商標を構成する漢字文字と図形の配置に変更を加
えてなる商標など,本願商標と類似する商標を土産物等に付した場合)を除いて,
飾北斎のゆかりの地で販売される土産物に本願商標の効力が及ぶことは絶対にな
い。また,本願商標が登録された場合の禁止権の効力は,単なる「北斎」の文字等
には及ばないから,本願商標の商標登録を認めることが,「北斎」の名称を使用し
た観光振興や地域興しなどの公益的な施策の遂行を阻害するとの懸念,あるいは本
願商標が公正な競業秩序を害し,社会公共の利益に反するおそれがあるとの懸念は
絶対に生じない。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
4原告の使用状況について
(1)原告は,本願商標を被服や履物等に使用して,3年前からその販売をしてい
る。また,かかる商品を海外の博覧会に出品した実績もあり,国内百貨店において
高い評価を受けたこともある。さらに,原告は,米国において本願商標に係る標章
について商標権を取得し,米国百貨店での商品販売も予定している。
(2)加えて,原告は,飾北斎の作品をデザインとして取り入れるとともに,
飾北斎やその作品のイメージを損なうことのないように,謙虚な気持ちを持ってパ
ッケージを含めた商品開発を進めてきており,国内外において本願商標が付された
商品が高い評価を獲得するに至ったのも,そのような飾北斎やその作品に対する
商品開発の姿勢が評価されたものであると自負している。
(3)以上のとおり,原告は,既に相当な費用をかけて本願商標を使用した多数の
商品を販売しているのであり,本願商標の商標登録が拒絶された結果,同じ商標が
付された商品が出回ることは受忍し難い。また,既に本願商標には信用が化体して
いる実情からすれば,需要者の出所混同や公正な競業秩序の維持の観点から,本願
商標を登録することには大いに意義がある。本願商標を登録することは,出所混同
の防止など,むしろ公正な競業秩序に資するものであって,社会公共の利益に反す
る事態を招くことは皆無であり,この点からみても,本願商標は登録されるべきも
のである。
5よって,本件審決は取り消されるべきである。
〔被告の主張〕
1商標法4条1項7号について
商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」
には,その構成自体が非道徳的,卑わい,差別的,きょう激若しくは他人に不快な
印象を与えるような文字又は図形である場合ではなくても,指定商品又は指定役務
について使用することが社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳観念に反する場
合が含まれる。
2歴史上の人物名からなる商標について
周知,著名な歴史上の人物名は,その人物の名声により強い顧客吸引力を有して
おり,これを商標として使用したいとする者も少なくない。特に,その人物の郷土
やゆかりの地では,住民に郷土の偉人として敬愛の情をもって親しまれ,例えば,
その業績を称え記念館が運営されたり,地元のシンボルとして地域興しや観光振興
のために人物名が商標として使用される実情もある。
しかし,当該歴史上の人物とは全く関係を有しない第三者が商標登録をすること
については,郷土やゆかりの地における地域興しなどの地域産業に悪影響を及ぼし
かねないとの懸念が指摘されている。周知,著名な歴史上の人物名からなる商標は,
これを特定の者の商標として,その登録を認めることは,当該人物名を使用した公
益的な事業を阻害するおそれがあるとみるのが相当であるから,当該商標は,社会
公共の利益に反し,社会の一般的道徳観念に反するものといわなければならない。
3本願商標の商標法4条1項7号に該当性について
(1)「北斎」について
ア「北斎」の周知,著名性
飾北斎は,辞典,辞書,テレビや映画などにおいて数多く取り上げられており,
全国的に周知,著名な歴史上の人物である。また,「北斎」は,飾北斎を指称す
るものとして広く一般に知られている。
イ「北斎」に対する国民又は地域住民の認識
飾北斎は,その郷土やゆかりの地において,作品等を通して,人々の尊敬を集
め,郷土の偉人として敬愛の念をもって親しまれている実情にある。
ウ「北斎」の名称の利用状況
東京都墨田区に限らず,飾北斎のゆかりの地が,観光の名所などとなっており,
それらが地方自治体の観光振興及び地域興しのための施策の基盤となっている。ま
た,公共団体や文化団体などがこれらを保存,公開し,同人に関連して観光振興や
地域興しに役立てようとする取組がなされている。
エ「北斎」の名称の利用状況と本願商標の指定商品との関係
一般に,歴史上の人物の出身地やゆかりの地においては,その歴史上の人物の名
称等が表示された特産品や土産物が,観光客などを対象に販売されている実情にあ
る。飾北斎についても,「北斎」の名称等が表示されたTシャツ,手拭いなどの
土産物が,観光客などを対象に販売されている。そして,本件指定商品は,観光地
の特産品や土産物となり得る「Tシャツ,靴下,げた,草履」などの商品を含むも
のである。
オ本件商標の出願の経緯,目的,理由
本願商標に関する出願の経緯,目的,理由についての具体的事情は確認できない。
カ「北斎」と原告との関係
原告は,飾北斎と原告との間に関係があるとはいえないことを認めている。
(2)以上のとおり,飾北斎は,我が国において周知,著名な歴史上の人物であ
る。そして,各地に存在するゆかりの地では,飾北斎の名称が観光振興や地域興
しに活用され,特産品や土産物も販売されているから,「北斎」との名称は,本件
指定商品の取扱者によって使用され,あるいは,今後使用される可能性が極めて高
いものである。そうすると,飾北斎とは関係を有しない者が独占的にその指定商
品に使用することは,「北斎」の文字を使用した,日本各地で行われる観光振興や
地域興しなど公益的な事業を阻害するだけでなく,商標権を巡る争いなど無用の混
乱を招くおそれがあり,公正な競業秩序を害するおそれがあるので,社会公共の利
益に反し,社会の一般的道徳観念に反するものというべきである。
したがって,本願商標は,商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗
を害するおそれがある商標」に該当するものである。
4よって,本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1商標法4条1項7号について
商標法4条1項7号は,商標登録を受けることができない商標として,「公の秩
序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」を規定しているところ,同項には,
出願商標の構成自体がきょう激な文字や卑わいな図形等である場合だけでなく,そ
の指定商品について使用することが社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳
観念に反するような場合も含まれるものである。
2認定事実
後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)本願商標の構成等
ア本願商標は,別紙本願商標目録記載のとおり,「北斎」の漢字を筆文字風に
縦書きにした文字部分と,その左側中央やや下に配置された,上方に黒地上に白色
で山様の形を象り,その下方に黒白の横線様の模様を配した四角形の図形部分(以
下「本件図形」という。)から構成されている。
上記「北斎」の文字は,江戸後期の浮世絵師であり,富嶽三十六景等の作品を有
する飾北斎を認識させる語である(乙2,3)。また,本件図形は,飾北斎が
その作品である「肉筆画帖」において使用した印章(落款)の「富士」と同様の形
状をしており(甲31),上記文字部分と同様に,飾北斎を認識させるものであ
る。
イ本件指定商品は,「衣服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベル
ト,靴類(「靴合わせくぎ,靴くぎ,靴の引き手,靴びょう,靴保護金具」を除く。),
げた,草履類」であり,原告は,平成20年頃から原告が販売する衣服等の商品に
本願商標を使用している(甲17の1~6,甲25)。
(2)飾北斎について
ア飾北斎は,宝暦10年(1760年)に現在の東京都墨田区亀沢で生まれ,
嘉永2年(1849年)に現在の東京都台東区浅草で死亡したとされる江戸時代後
期の浮世絵師であり,代表作の「富嶽三十六景」や「北斎漫画」は,19世紀ヨー
ロッパの印象派の画家に影響を与えたとされる(甲40)。飾北斎は,歴史上の
人物として,辞典類に掲載されているほか,後記のとおり,同人の作品を収蔵した
美術館が各地に設けられ,また,同人に関する国際会議や講演会が開催されたり,
同人にまつわる映画が制作されるなどしている(乙2~9)。
イ飾北斎の出身地である東京都墨田区には,「北斎通り」と名付けられた通
りがあるほか,平成18年以降,毎年「北斎祭り」が催され,平成27年度には「す
みだ北斎美術館」の開館も予定されている(甲40~43,45)。そして,東京
都の「地域の底力再生事業助成」の助成を受けた「北斎通りまちづくりの会」のホ
ームページ「亀沢・北斎ネット」(甲40)には,飾北斎のプロフィールや,上
記「北斎祭り」の概要,上記「北斎通り」の紹介等が掲載されているほか,同ホー
ムページの閲覧者に対し,「飾北斎をキーワードとして,生誕地としての地元亀
沢,そしてまちづくりの会としての諸活動と,墨田区の情報を広く発信することを
通じ,亀沢以外の飾北斎ゆかりの地域との連帯を深め,ネットワークを構築する
ことが可能になります。」との挨拶文が掲載されている(甲40~43)。
また,飾北斎が晩年の多くを過ごしたとされる長野県上高井郡小布施町には,
飾北斎の作品を展示した「北斎館」や「高井鴻山記念館」が開設され,「北斎館」
については,小布施文化観光協会の公式ホームページで紹介されている(甲44,
46,乙5)。
さらに,「北斎漫画」の初刷りが発見された島根県鹿足郡津和野町には,飾北
斎美術館が設けられている(甲48)。
加えて,茨城県潮来市牛堀では,飾北斎が描いた「常州牛堀」にちなんだ水郷
北斎公園が設けられ,同市の公式ホームページには,同公園を撮影した写真が掲載
されている(甲49)。
ウ一般に,歴史上の人物の出身地やゆかりの地においては,その地域の特産物
や土産物に,当該人物の名称等を表示して,観光客等を対象に販売しているという
実情にあるところ,東京都墨田区では,地元企業が飾北斎にちなんだTシャツを
製造,販売している(乙17)。
(3)飾北斎と原告との関連性について
原告は,飾北斎とは無関係であることを自認している。
(4)審判段階における原告の主張
原告は,審判段階において,①本願商標は「北斎」の漢字を特定の書体で縦書き
し,その左側部に朱印の印が押された構成よりなる結合商標であって,それ以上で
もそれ以下でもない,②本願商標に係る標章は,これら縦書き文字と印の二者で構
成されるものであって,単純に「北斎」の名前を独占しようとするような類いのも
のでは全くない,③本願商標の効力が土産物に及ぶのは,本願商標と完全に同じ商
標,あるいは本願商標を構成する二つの部分(漢字文字,本件図形)の配置に変更
を加えてなる商標などのように,本願商標と類似する商標を土産物に付した場合な
どの極めて特異なケースに限られるものである,④これらの原告の主張は,実質的
に,本願商標の効力範囲が,漢字文字の「北斎」のみからなる商標には及ばないこ
とを自覚し,これを宣言するものであるなどと主張している(甲60,63)。
3商標法4条1項7号該当性について
前記2(1)アに認定したところによれば,本願商標は,その構成自体がきょう激な
文字や卑わいな図形等である場合に該当するものとはいえないところ,本件審決は,
本願商標は社会公共の利益に反し,社会の一般的道徳観念に反するものであると判
断しているので,以下においては,本願商標を本件指定商品について使用すること
が社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するものといえるかどう
かについて検討する。
(1)まず,前記2(1)アのとおり,本願商標は,「北斎」との筆書風の漢字と,
飾北斎が用いた落款と同様の形状をした本件図形からなるところ,前記2(4)に認
定した審判段階における原告の主張からすると,本願商標が商標登録された場合に
おいて,原告が本件指定商品について本願商標に基づき主張することができる禁止
権の範囲は,「北斎」との筆書風の漢字と本件図形からなる構成に限定されると考
えられることから,例えば,「北斎」との漢字文字のみからなる商標について,こ
れが本願商標の禁止権の範囲に含まれるなどと主張することは,信義誠実の原則に
反し許されないといわなければならない。
(2)また,前記2(2)のとおり,飾北斎の出身地である東京都墨田区や国内各
地のゆかりの地においては,当該地域のまちづくりや観光振興のシンボルとして,
同人の名を用いた施設の整備や催し物の開催等が行われているところであって,「北
斎」の名称は,それぞれの地域における公益的事業の遂行と密接な関係を有してい
る。したがって,原告が本願商標の商標登録を取得し,本件指定商品について,本
願商標を独占的に使用する結果となることは,上記のような各地域における公益的
事業において,土産物等の販売について支障を生ずる懸念がないとはいえない。
しかしながら,前記(1)のとおり,原告が本件指定商品について本願商標に基づき
主張することができる禁止権の範囲は,「北斎」との筆書風の漢字と本件図形から
なる構成に限定されると考えられることからすれば,当該公益的事業の遂行に生じ
得る支障も限定的なものにとどまるというべきである。
(3)さらに,前記2(2)のとおり,飾北斎は,日本国内外で周知,著名な歴史
上の人物であるところ,周知,著名な歴史上の人物名からなる商標について,特定
の者が登録出願したような場合に,その出願経緯等の事情いかんによっては,何ら
かの不正の目的があるなど社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くものがあ
るため,当該商標の使用が社会公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反
する場合が存在しないわけではない。
しかしながら,原告による本願商標の出願について,上記のような公益的事業の
遂行を阻害する目的など,何らかの不正の目的があるものと認めるに足りる証拠は
ないし,その他,本件全証拠によっても,出願経緯等に社会通念に照らして著しく
社会的相当性を欠くものがあるとも認められない。
(4)以上のとおり,本願商標の商標登録によって公益的事業の遂行に生じ得る影
響は限定的であり,また,本願商標の出願について,原告に不正の目的があるとは
いえず,その他,出願経緯等に社会通念に照らして著しく社会的相当性を欠くもの
があるとも認められない本件においては,原告が飾北斎と何ら関係を有しない者
であったとしても,原告が本件指定商品について本願商標を使用することが,社会
公共の利益に反し,又は社会の一般的道徳観念に反するものとまでいうことはでき
ない。
したがって,本願商標は,商標法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗
を害するおそれがある商標」に該当するものではない。
4結論
以上の次第であるから,原告が主張する取消事由には理由があり,本件審決は取
り消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官土肥章大
裁判官髙部眞規子
裁判官齋藤巌
(別紙)
本願商標目録

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