弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
     被上告人の請求を棄却する。
     訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人桑原収、同小山晴樹、同渡辺実、同堀内幸夫の上告理由第四について
 一 原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
 1 被上告人は、上告人に対し、昭和四一年一月から昭和四六年七月にかけて、
国民金融公庫が行う恩給担保金融に関する法律(以下「恩給担保法」という。)三
条一項に基づき、恩給受給者であるDが上告人に対して上告人からの借入金の担保
に供した同人名義の普通恩給及び増加恩給のうち、第一審判決末尾添付の「担保に
供した恩給一覧表」記載のとおり合計五五万八七九二円を払い渡した(以下「本件
払渡し」という。)。
 2 総理府恩給局長は、昭和五三年九月六日付け取消第三五七号をもって、Dに
対する恩給裁定を取り消した(以下「本件裁定取消し」という。)。
 二 被上告人の本訴請求は、右事実を前提に、上告人が恩給担保法の規定に基づ
く恩袷担保の設定によって取得した恩給給与金の受領権限は、恩給受給者の恩給受
給権にその基礎を置くものであるから、本件裁定取消しによってDが恩給受給権を
遡って喪失したことによって、上告人もDが担保に供した恩給の給与金に対する受
領権限を遡って喪失したものであり、上告人が被上告人から払渡しを受けた恩給給
与金は、これを受領する法律上の原因がなく、上告人の不当利得となると主張して、
本件払渡しに係る前記五五万八七九二円の返還を求めるものであるが、上告人は、
不当利得の成立を争うほか、(一) 本件では恩給裁定から裁定取消しまで二〇年近
く経過しており、その間被上告人においてはDの恩給受給権の存否について審査す
る機会が十分にあったこと、(二) 上告人は被上告人の恩給裁定を信頼して恩給を
担保とする貸付けを行っているものであること、(三) 上告人が被上告人からの払
渡しを受けたことによりDに対する貸付金の弁済が終わったものとして処理してか
らも長期間を経過したため、Dに対する貸付関係の書類等が現存しておらず、貸付
年月日、金額、連帯保証人の住所氏名等の究明が困難になっており、Dやその連帯
保証人からの回収が不可能になっていることなどの事情があり、このような事情の
下では、被上告人が本件裁定取消しの効果を上告人に対して主張することは、恩給
担保貸付けやその処理を行う上告人の利益を害するものであり、信義則に反し、権
利の濫用になると主張した。
 原審は、上告人の右主張に対し、上告人は、政府の全額出資による資本金により、
あるいは無利息ないし低率の利息による政府からの借入金によって、大蔵大臣の認
可、監督、計画、指示の下に、一般の金融機関から資金の融通を受けることが困難
な国民大衆に事業資金等の供給を行うことを目的とし、政府の行政目的の一端を担
う公法人であるから、私益を目的とする私法人とは立場を異にし、かつ、これまで
も上告人に担保に供されている恩給の受給権が消滅したこと等のために過誤払金が
生じたときは、一貫して被上告人は上告人に過誤払金の返還請求をしてきたことが
認められるのであるから、被上告人の本訴請求が信義則に反し、あるいは権利の濫
用に当たるとはいえないと判示して、上告人の右主張を排斥し、被上告人の請求を
認容すべきものとした。
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
 上告人は、政府がその資本金の全額を出資する公法人であり、大蔵大臣の認可、
監督、計画、指示の下に、一般の金融機関から資金の融通を受けることを困難とす
る国民大衆に対して、必要な事業資金等の供給を目的とするものであって、政府の
行政目的の一端を担うものであることは原判決指摘のとおりであり、それゆえ、上
告人が被上告人に対し経済的な利益を主張するにも一般の私人とは立場を異にする
面があることは否定できない。しかしながら、反面、上告人は、政府から独立した
法人として、自立的に経済活動を営むものである上、恩給担保貸付けを行うことが
できる者を上告人及び別に法律をもって定める金融機関(現在は沖縄振興開発金融
公庫のみがこれに当たる。)に限定した恩給法の趣旨にかんがみると、上告人は、
恩給受給者に対しては一定の要件の下に恩給担保貸付けをすることが義務付けられ
ているというべきであるから、上告人が前記のような公法人であるというだけで、
被上告人に対し、自らの経済的利益を前提とする前記のような主張をすることが許
されなくなるものではない。このことは、被上告人が上告人に対してこれまで一貫
して過誤払金の返還請求をしてきたとしても同様である。
 そして、上告人は、右にみたように恩給受給者に対しては恩給を担保に貸付けを
することが法によって義務付けられているものであるところ、恩給裁定の有効性に
ついては上告人自らは審査することができず、これを有効なものと信頼して扱わざ
るを得ないものであるから、被上告人がDに対して不当利得の返還を請求すること
は当然として、本件裁定取消しの効果を右のような利害関係に立つに至った上告人
に及ぼすことは、被上告人のした恩給裁定の有効性を信頼して義務的に恩給担保貸
付けを実行し、かつ、弁済された旨の処理をしている上告人に対して著しい不利益
を与えるものであり、被上告人が本件裁定取消しの効果を上告人との関係で実現で
きないことによる不都合も上告人に右のような不利益を甘受させなければならない
ほどに重大であるとはいえない上、本件で恩給裁定が取り消されたのは、前記一に
みるとおり、上告人への最初の払渡しが行われてから一二年八か月後、最終の払渡
しが行われてからでも七年二か月後であって、被上告人からの払渡しをもって恩給
担保貸付金が弁済された旨の処理をする上告人の立場からすると上告人においては、
もはや弁済の効果が覆されることはないと考えても無理からぬ期間が経過した後で
あるといわなければならない(記録によれば、上告人の貸付関係の書類の保管期間
は完済後五年間であり、そのため、上告人は、本件払渡しをもってDに対する貸付
けは完済されたものとして関係書類を廃棄しており、現在では貸付けの内容及び連
帯保証人等が不明となっていることがうかがわれる。)。したがって、このような
事情の下において、被上告人が上告人に対して、本件裁定取消しの効果を主張し、
本件払渡しに係る金員の返還を求めることは、許されないものと解するのが相当で
ある。この趣旨をいう上告人の前記主張は理由がある。
 四 右と異なる判断の下に、上告人の前記主張を排斥し、被上告人の請求を認容
すべきものとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべき
であり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理由があり、そ
の余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、
前記説示に徴すれば、被上告人の上告人に対する請求は結局理由がないことに帰す
るから、原判決を破棄し、第一審判決を取り消して、被上告人の請求を棄却するこ
ととする。
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    佐   藤   庄 市 郎
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫

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