弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

被告Aは,被告車両を運転し,前方及び右方の安全を十分に確認しないまま本件T
字路交差点を右折して本件交通事故を発生させたものであり,また,本件交通事故
当時,被告車両を自己の運行の用に供していたものであるから,民法709条又は
自賠法3条に基づき,Fが本件交通事故により被った損害を賠償すべき責任を負
う。
 3 Fの受傷内容及び治療経過(原告らと被告同仁会間で争いのない事実,甲4
の1,甲5の1ないし3,丙1,3ないし5,弁論の全趣旨)
  (1) Fは,本件交通事故後,救急車で医療法人清仁会洛西シミズ病院(以下「
   洛西シミズ病院」という。)に搬送され,さらに,その日のうちに被告同仁
会が経営する京都九条病院(以下「被告病院」という。)に転送され,本件交通事
故発生日である2月12日から,後記本件転落事故が発生した4月9日までの間
(57日間),同病院に入院して治療を受けた。なお,Fに対する治療について
は,同病院脳神経外科G医師(以下「G医師」という。)が主治医として担当する
こととなった。
  (2) Fは,被告病院に搬入された直後の頭部CT検査の結果,頭蓋骨骨折,外
   傷性クモ膜下出血,左急性硬膜下血腫,右急性硬膜外血腫及び右頭頂葉に径
1センチメートルの脳挫傷が認められ(なお,その後に実施された検査結果におい
て,両側前頭葉底部及び脳梁部にも脳挫傷が認められた。),全身打撲によるショ
ック状態にあり,意識レベルはⅡ-10(ジャパン・コーマ・スケールによる。以
下同じ。刺激すると覚醒するが,刺激を止めると眠り込む状態。普通の呼びかけで
容易に開眼する。)で不穏状態にあり,また,左下肢には単麻痺が認められた。そ
して,搬入後1時間及び3時間のCT検査の結果において脳挫傷や血腫の拡大の所
見がなく,また,神経学的所見にも変化がなかったことから,G医師は,Fに対
し,保存的治療を行う方針を決め,所要の治療を行ったところ,Fの容態が安定し
てきたことから,Fは,2月15日,集中治療室から一般病棟である被告病院病棟
4階の701号室(6人部屋,以下「本件病室」という。)へと転床された。
  (3) Fの意識レベルは2月20日ころから徐々に改善し,Fは,4月に入ると
   家族と談笑するまでになったが,高次脳機能障害のため,記銘力障害や時間
や場所などに関する見当識障害が残っており,3月31日ころにおける意識レベル
はⅠ-2(刺激しないでも覚醒している状態。見当識障害がある。)であった。
    一方,左下肢の単麻痺も徐々に改善し,3月3日から左下肢のリハビリテ
ーションが開始され,同月18日ころには左下肢を挙上することができるようにな
り,同月23日ころには左下肢に自発的な動きが見られるようになり,そのころ,
歩行器を押しながらの歩行訓練も始められた。
  (4) ところで,Fは被告病院に入院した当初から不穏状態が強く,体幹や上下
   肢に抑制帯を装着されても自分で外してしまうことが多く,また,しばし
ば,夜間にベッドから降りたり病室内や廊下を徘徊する状況も見られた。
  (5) G医師は,以上のようなFの不穏状態に対処するため,Fに対し,睡眠
   前に鎮静効果のある抗精神薬ベゲタミンBを内服させ,それでも安静になら
ないときには抗精神薬セレネースを筋肉内注射により投与するよう看護婦に指示を
していた。
 4 転落事故の発生(以下「本件転落事故」という。争いがない事実,甲6,丙
2の1ないし4,丙8,10)
  (1) Fは,4月9日午後8時30分ころ,ベゲタミンBを服用し,本件病室の
   自己のベッドに臥床したが,準夜勤務の看護婦が同日午後9時ころに本件病
室を訪れたところ,Fがベッド柵を乗り越え,ベッド伝いに廊下に出ようとしてい
たことから,同看護婦はFをベッドに連れ戻した上,その両上肢に抑制帯を装着し
た。ところが,同看護婦が同日午後10時ころに再び本件病室を訪れた際,Fはベ
ッドを抜け出しており,捜索の結果,同日午後10時15分ころ,本件病院病棟4
階バルコニー(以下「本件バルコニー」という。)から地上に転落してうめき声を
上げているFの姿が発見され,Fは,直ちに救急室に搬入されて救急処置を受け,
さらに,集中治療室に搬入されて集中治療を受けたが,肋骨骨折,肺損傷の傷害を
負っていたため,翌10日午前0時10分,外傷性血気胸により死亡した。
  (2) ところで,本件バルコニーは本件病室の外側にあったが,本件病室と本件
   バルコニーを隔てる外壁(本件病室の出入口から見て正面奥の壁)には左右
に2か所の腰高窓(床面から窓枠の下端までの壁(以下「窓下壁」という。)の高
さが90センチメートルで,2枚のガラス戸がはめ込まれ,床面から高さ150セ
ンチメートルのところに鍵が設置されていた。)が設置されていたが,本件病室か
ら本件バルコニーに出入りするための扉は設置されていなかった。そして,本件病
室には出入口の左右に各3床(計6床)のベッドが頭部を左右の壁側として置かれ
ていたところ,Fのベッドは,出入口から見て右奥,上記腰高窓のうち右側のもの
(以下「本件腰高窓」という。)から100センチメートルの距離に置かれてい
た。また,本件バルコニーは,張り出した幅が120センチメートルで,手すりの
部分を含めて高さ117センチメートルの落下防止のための防護壁が設置されてい
た。
  (3) 以上の状況から,本件転落事故は,Fがベッドを抜け出し,自ら窓下壁を
   乗り越えて本件腰高窓から本件バルコニーへ出て,さらに,自ら本件バルコ
ニーの防護壁を乗り越えて地上に転落したために発生したものと推測された。
 5 相続関係(原告らと被告A間で争いのない事実,甲1の1ないし3)
   原告B(以下「原告B」という。)はFの妻であり,同C,同D及び同Eは
Fの子である。したがって,Fの遺産について,原告Bの法定相続分は2分の1,
その余の原告らの法定相続分はそれぞれ6分の1である。
 6 損害の填補(原告らと被告A間で争いのない事実,甲15の1,2)
   F及び原告らは,Fが本件交通事故により被った損害の賠償として,次のと
おり,合計3234万5510円の支払いを受けた。
  ア 被告A加入の損害保険会社からの支払分
   (ア) 死亡による損害についての自賠責保険金    2900万円
   (イ) 被告病院における治療費        139万5510円
   (ウ) その他の仮払金                 95万円
  イ 被告Aからの支払分              100万円
第4 争点
 1 本件転落事故発生についての被告同仁会の責任の有無
 2 本件交通事故とFの死亡との間の相当因果関係の存否
 3 本件交通事故についての過失相殺の適否
 4 損害額
 5 損益相殺
第5 争点に関する当事者の主張
 1 争点1(本件転落事故発生についての被告同仁会の責任の有無)について
  (1) 原告らの主張
   ア 一般に,医師は,その業務の性質上,患者に対し,危険防止のために必
要とされる最善の注意をして治療に当たるべき義務を負い,これに付随して,患者
が入院している場合には,当該患者が不慮の事故により,その生命を失ったり,身
体を毀損したりすることがないように対処すべき注意義務を負う。
   イ Fは,両眼がほぼ全盲の視力障害者で,しかも,本件交通事故による脳
挫傷等のため知的障害を起こしていた。そして,本件転落事故当時には,左下肢の
運動麻痺が改善し,ベッド柵を乗り越えたり,立位になって徘徊することができる
状態にあり,かつ,夜間の不穏状態は悪化していたのであるから,G医師及び被告
病院は,Fが自らの行動を理解せず,あるいは発作的に,病棟から飛び降りる,あ
るいは転落する可能性のあることを予見することができた。
   ウ したがって,G医師及び被告病院は,Fが本件腰高窓から本件バルコニ
ーへ出て,そこから地上に転落することを防止するため,①Fが容易に
    本件腰高窓の方へ向かうことができないよう,Fのベッドの位置を窓際か
ら離れたところへ配置する,②本件腰高窓の施錠を厳重にしたり,厳重な
    施錠の付いている病室に転床させる,③本件腰高窓のすぐそばに棚等を置
    くなどの工夫をすることにより,Fの手が容易に本件腰高窓に届かないよ
うにする,④Fの不穏状態は,特に夜間において激しく,また,本件転落
    事故の直前である4月8日及び同月9日における不穏状態は更にひどくな
っていたのであるから,Fに対する監視を一層強めるため,Fを安全な病室又はそ
れに代わるべき場所に移すか,夜勤看護婦に巡視を強化させたりするなどの措置を
講じたり,家族等の協力を得ながらFを24時間看視する看護態勢をとる,などの
配慮をするべきであったのに,これを怠り,本件転落事故を発生させたものある。
     また,後記のとおり,被告同仁会は,本件転落事故当時,Fに対するセ
レネースの投与頻度が減少していた旨主張するが,Fの運動麻痺が改善し,自分で
立位になることができるようになった3月10日以降も,Fの不穏状態は治まらず
に徘徊が続いており,特に夜間は激しい不穏状態にあったのであるから,セレネー
スの投与頻度を減少させるべきではなかった。仮に,Fの不穏行動が頭部外傷治療
の回復期に一過性に見られる通過症候群であって,不穏状態は次第に沈静化するも
のという理由からセレネースの投与頻度を減じていたのだとしても,Fが回復する
までの間は,せん妄,幻覚妄想状態等の症状が現れ,Fが異常行動に出ることを予
見することができたのであるから,Fの精神状態を鎮静させるための処置を継続す
るべきであった。それにもかかわらず,本件転落事故のあった4月9日には,午後
8時30分ころにベゲタミンBを投与しただけであり,また,看護婦が午後9時こ
ろに徘徊していたFを発見した際にも,Fの両上肢を抑制帯を使用して固定しただ
けで,Fに対してセレネースを投与しなかった。
   エ 以上のとおりであるから,被告同仁会は,G医師の使用者として民法7
15条に基づき,また,管理責任を負う者として同法415条に基づき,本件転落
事故によりFに生じた損害を賠償する責任を負う。
  (2) 被告Aの主張
   ア Fは,特に夜間において,しばしば不穏状態になっていたものであり,
少なくとも4月6日の時点において,主治医であるG医師は,Fが徘徊などの異常
行動をとることを認識していたものである。また,Fは,本件転落事故当時,左下
肢の麻痺が改善途中にあり,近い場所であれば自力で歩行して徘徊する運動能力が
あったものであって,そのことをG医師を初めとする被告病院関係者も認識してい
た。
   イ すなわち,Fは,本件転落事故当時,「目が離せない状態」にあり,か
つ,これを被告病院の担当者も認識していたところ,G医師及び被告病院は,Fが
本件腰高窓から出入りする可能性を考慮して,ベッドを窓際でない位置に置くべき
であったにもかかわらず,これを怠り,また,窓下壁及び本件バルコニーの防護壁
の高さ(それぞれ,90センチメートル,117センチメートル)を乗り越える可
能性について検討するべきであったのに,これを怠り,さらに,看護記録の記載に
照らすと,Fの動静に対する看視態勢も不十分であったと考えられるから,G医師
及び被告病院のFに対する安全確保措置及び看視態勢は不十分であったといわざる
を得ない。
  (3) 被告同仁会の主張
    本件転落事故は,Fの突発的行動によるもので,被告同仁会には責任がな
い。
   ア G医師及び被告病院には,本件転落事故について,予見可能性がなかっ
た。
    (ア) Fの不穏状態は,ベゲタミンBの定期的投与により,本件転落事故
当時,発生頻度が減少し,程度も軽度のものとなっており,不穏時に投与していた
セレネースの投与頻度もそれ以前に比して明らかに減少していた。
    (イ) また,Fの意識状態は4月3日以降安定していたが,本件転落事故

     時の意識レベルはあいかわらず低い状態であり,Fには自発的,積極的
な発語がほとんどみられず,また,自分の意思で病室の窓から外へ飛び降りるよう
な積極的行為に出る意思は全く窺われなかった。
    (ウ) Fは,本件転落事故当時,左下肢の麻痺障害が完全に回復していた

     けではなく,片足での伝い歩き,介助及び歩行器によるやっとの歩行し
かできない状態にあった。しかも,上記のとおり,意識レベルが低く,ほぼ全盲の
視覚障害者であったから,平らな廊下での少しの段差でも一人では乗り越えられな
い状態であった。
    (エ) 以上のような本件転落事故当時のFの不穏状態の状況,意識レベル
及び運動能力にかんがみれば,G医師及び被告病院としては,Fが夜間に室内や廊
下を徘徊することを予見することはできたとしても,床面から高さ150センチメ
ートルにある施錠を外し,本件腰高窓を開け,同じく床面から90センチメートル
の高さの窓下壁を自力で乗り越えて,本件腰高窓から本件バルコニーに降り立ち,
さらに,本件バルコニーの防護壁を自力で乗り越えて地上に飛び降りることを予見
することはできなかった。
   イ 被告病院は,Fに対する患者管理義務を尽くしていた。
    (ア) Fの不穏状態は頭部外傷治療の回復期に一過性に見られる通過症候
群と呼ばれる範疇のものと考えられたところ,G医師は,3月下旬以降も,夜間の
不穏状態に対処するため,睡眠前に鎮静効果のあるベゲタミンBを投与し,さら
に,不穏時にはセレネースの投与も行い,両上肢や体幹部の抑制も行うなど,Fの
精神的肉体的状態を認識理解した上,必要かつ十分な危険防止のための治療を行っ
ていた。
    (イ) また,被告病院は,Fに危険が及ばないよう,背中に本人と判別で

     るゼッケンをつけ,「Fには必ず声をかける。病室はナースステーショ
ンに近い部屋とする。看護婦は,昼間,夜間を問わず頻回に巡視する。不穏状態の
ときは,Fをナースステーションに移動させて寝かせて監視する。廊下の階段側の
ドアは閉めておく。抑制帯を必要に応じて必要箇所に使用する。不穏時には鎮静剤
を投与する。車椅子を使用させ,使用時には立ち上がらないように指導して安静を
確保する。」などの看護方針を立て,格別の配慮,注意を払い,夜間の巡視なども
増やしていた。
    (ウ) 被告病院の看護婦は,本件転落事故発生の1時間前に訪床し,Fが

     ッド周囲を伝って歩いているところを発見し,危険が及ぶのを避けるた
め,両上肢をベッドの柵にひもでくくって抑制したのであり,被告病院の患者管理
は十分であった。
    (エ) なお,被告病院は精神病院ではなく,一般病院である。また,F
は,精神病患者ではなく,頭部外傷により脳挫傷型の一時的な精神障害にあった者
である。このような患者は,一般病院に多数入院しているのであり,その障害の程
度によるとしても,そのような患者を一人部屋に収容して出入口を施錠するとか,
体幹部を太い縄などでしばり上げて身動きできない状態にするなどの特別な行動抑
制をすることはできないし,また,一般病院としての看護基準や人員配置の関係で
も,Fについてのみ特別に看視人員を配置できるものでもない。それでも,被告病
院は,Fについて,巡視などで格別な配慮,対応を行ってきたが,その間隙をぬっ
て本件転落事故が発生したものである。
 2 争点2(本件交通事故とFの死亡との間の相当因果関係の存否)について
  (1) 原告らの主張
    Fの死亡と本件交通事故の間には相当因果関係がある。
  (2) 被告Aの主張
 ア Fは,本件交通事故発生から2か月も経過した後,入院中の病院の病棟
から転落して死亡したというのであって,このように,本件転落事故から相当長期
間を経過した後の不可解な原因によるFの死亡と本件交通事故との間には相当因果
関係は認められない。
   イ 仮に,Fの死亡と本件交通事故の間に相当因果関係が認められ,被告A
がFの死亡に伴う損害について賠償責任を負担するとしても,被告Aの行為とG医
師の行為の間には客観的関連共同関係がなく,両者は共同不法行為の関係にないか
ら,被告Aの負うべき損害賠償の範囲は,被告同仁会との間で決せられる負担割合
の範囲に限定されるべきである。
 3 争点3(本件交通事故についての過失相殺の適否)について
  (1) 被告Aの主張
    被告Aは,本件T字路交差点中央付近で,右折のため停止していたが,対
向車両が停止して道を譲ってくれたため,本件T字路交差点を右折したところ,本
件交通事故が発生したものである。そして,Fは,上記対向車両が停止したのであ
るから,それに応じて被告車両が本件T字路交差点を右折してくるであろうという
ことを予見することができたのであり,したがって,被告車両の動向に十分注意し
て本件T字路交差点を横断すべきであったにもかかわらず,これを怠り,被告車両
の動向を十分確認することなく,その直前を横断したものであって,さらに,本件
交通事故が夜間に発生したこと等に考え併せると,Fが視力障害者であることを考
慮しても,Fが本件交通事故により被った損害については,2割の過失相殺がなさ
れるべきである。
  (2) 原告らの主張
  Fには,被告Aが主張するような注意義務がそもそも存在しないし,Fが
被告車両の直前を横断したとの事実もない。Fには,本件交通事故について,歩行
者としての不注意は存在しなかった。
 4 争点4(損害額)について
  (1) 原告らの主張 
  ア 治療費               145万0026円
    (ア) 洛西シミズ病院における治療費     5万4516円
   (イ) 被告病院における治療費      139万5510円
  イ 付添看護費              23万6920円
     原告らは,3月5日から4月9日までFの付添をしたが,同期間のう
ち,3月10日のみ,家政婦に付添看護を依頼し,9420円を支払った。
     (計算式)
      6500円×35日+9420円=23万6920円
   ウ 入院雑費                8万5500円
     (計算式)
      1500円×57日=8万5500円
   エ 付添交通費              26万6030円
   オ 休業損害               80万3718円
     (計算式)
      42万3010円(本件交通事故前3か月のFの平均賃金)÷30日
×57日=80万3718円
   カ 傷害慰謝料                 150万円
   キ 死亡慰謝料                3000万円
   ク 死亡による逸失利益
    (ア) 給与分             3698万6133円
     (計算式)
     42万3010円×12か月×(1-0.3)×10.409(53
歳の新ホフマン係数)=3698万6133円
なお,Fの収入はいわゆるあんまやさんでの雇用によって得られたも
のである。
   (イ) 障害年金分           2283万3963円
     (計算式)
     139万4100円×1×16.379(26年に該当する新ホフマ
ン係数)=2283万3963円
      なお,Fが受給していた障害年金に生活保障としての性質はないか
ら,生活費控除率は0とする。また,平成10年簡易生命表によれば,53歳男性
の平均余命は26.84歳である。
   ケ 葬儀費用              142万8605円
    (ア) 葬儀費              137万8605円
    (イ) 検案書料                   5万円
   コ 車両修理代              12万8908円
     Fは,本件転落事故の際,被告病院駐車場内に駐車中であった車両のボ
ンネット上に落下した後,地面に落ちた。その際,同車両が損傷したが,その修理
代は12万8908円であった。
   サ 弁護士費用                 600万円
   シ 以上の損害のうち,被告ら双方に対して請求するものは,上記キからサ
まで(本件転落事故により生じた損害)であり,その合計は9737万7609円
である。そして,これから前記基本的事実6ア(ア)記載の既払額2900万円を控
除すると,その残額は6837万7609円であって,このうち,原告Bはその2
分の1である3418万8804円,その余の原告らはそれぞれその6分の1であ
る1139万6268円及びこれらに対する本件転落事故の発生日である平成11
年4月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を連帯して
支払うよう求める。
   ス これに対し,以上の損害のうち,被告Aに対してのみ請求するものは,
上記アからカまで(本件交通事故から転落事故までに生じた損害)であり,その合
計は434万2194円である。そして,これから前記基本的事実6ア(イ)(ウ),
イ各記載の既払額合計334万5510円を控除すると,その
    残額は99万6684円であって,このうち,原告Bはその2分の1であ
る49万8342円,その余の原告らはそれぞれその6分の1である16万611
4円及びこれらに対する本件交通事故の発生日である平成11年2月12日から支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。
  (2) 被告Aの主張
    原告らの主張のうち,被告病院における治療費は認め,その余は不知ない
し争う。同被告が特に強く争う点は次のとおりである。
   ア 休業損害について
     Fの平成9年分納税証明書によると,同年の所得金額は,年額183万
4000円(月額約15万2833円)であって,休業損害を算出するに当たり,
基礎収入として42万3010円を採用することは妥当でない。
   イ 傷害慰謝料及び死亡慰謝料について
     原告らの主張は高額に失する。
   ウ 後遺障害逸失利益について
    (ア) 給与分の主張については,基礎収入及び生活費控除率を30パーセ
ントとする点を争う。
    (イ) 障害年金分については,障害年金の逸失利益性を認める点及び生活

     控除率を0とする点を争う。
  (3) 被告同仁会の主張
    原告らの主張は不知ないし争う。
 5 争点5(損益相殺)について
  (1) 被告Aの主張
   ア 原告Bは,Fの死亡を原因として,平成11年5月から本件訴訟の口頭
弁論終結時までの32か月間,月額10万7475円,合計343万9200円の
遺族年金(遺族厚生年金及び遺族基礎年金)を受領したから,この受領額全額が損
益相殺として過失相殺後の損害額から控除されるべきである。
   イ 仮に,遺族年金の受給額の全額が損益相殺の対象とならないとしても,
原告Bが平成11年5月から受給を一時停止させている障害基礎年金の受給額(月
額8万3775円)と遺族年金の受給額との差額(月額2万3700円)につい
て,平成11年5月から本件訴訟の口頭弁論終結時までの32か月分の合計75万
8400円が損益相殺の対象とされるべきである。
  (2) 原告らの主張
    原告Bは,自らも障害基礎年金1級の受給者であって,その場合,遺族年
金と自らの障害基礎年金の受給調整をしなければならず,その結果,原告Bは,自
らの障害基礎年金の受給を一旦停止させ,原告Eが18歳になるまでは遺族年金を
受給することにしたにすぎないから,原告Bの遺族年金を損益相殺の対象とすべき
でない。
第6 争点に対する判断
 1 争点1(本件転落事故発生についての被告同仁会の責任の有無)について
  (1) 前記基本的事実,証拠(甲17,18,丙1,3,8,10,証人G,証
人H,原告B本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の各事実が認められる。
   ア Fは,被告病院に入院した当初,左下肢が全く動かない完全麻痺の状態
であったが,3月3日にリハビリテーションが開始され,また,原告BもFの左下
肢のマッサージをしていたため(同原告は,かつて,病院に勤務して,脳障害や脳
卒中の患者のリハビリテーションを担当していた時期があった。),少しずつ左足
を動かすことができるようになり,同月中下旬ころからは,左足を引きずりながら
も,一人で,ベッドの柵,手すり,壁などを伝って病室内や病棟の廊下を歩くこと
ができるようになったが,左下肢の運動麻痺はいまだ強く残っており,G医師や原
告らが観察する限りでは,転倒しても自分で立ち上がることができない状況であっ
た。
   イ また,Fには,本件交通事故により負うに至った右頭頂葉の脳挫傷等に
よる高次脳機能障害のため,見当識障害(時,場所,周囲の状況を正しく理解する
能力が障害された状態)が残存しており,自分の病室が分からなくなって病棟の廊
下を歩き回ったり,別の病室に入ろうとしたりする状態であったことから,同月下
旬ころから,Fのパジャマの背中に,氏名,病院名,病棟名などが書かれたゼッケ
ンが付されるようになった。
   ウ さらに,Fには,3月以降,夜間,不穏状態となったり,ベッドを抜け
出して周囲を徘徊したりする行動がしばしば見られるようになったため,G医師
は,同月2日,Fの夜間の不穏状態に対する対処策として,就寝前に抗精神薬ベゲ
タミンBを服用させ,それでも安静にならないときに抗精神薬セレネースを筋肉内
注射により投与するよう看護婦に指示した。また,看護婦間の協議の結果,必要箇
所に抑制帯を装着すること,頻回に巡視すること,必要に応じてFをナースステー
ションに移動させて看視すること,階段部分の防火扉を閉めて,Fが徘徊中に階段
から転落することを防止すること等の方針が決定され,かつ,実行された。
     なお,看護記録によると,3月1日から4月8日までのFの夜間の不穏
状態の具体的状況は,概ね,次のとおりである。
    ① 3月1日
      午後10時ころ,抑制帯をはずし,四つんばいになって隣のベッドま
で移動していた。
      午後11時ころ,再び抑制帯をはずし,騒いでいた。
    ② 同月2日
      午後3時30分ころ,抑制帯をはずし,ベッドからずり落ちていた。
    ③ 同月3日
      午前0時45分ころ,抑制帯を装着していたが,ベッドの柵で音をが
んがんと立てていた。セレネースが投与された。
    ④ 同月5日
      午後9時ころ,ベッドから降りてズックを片方はいていた。バルンの
接続部がはずれ,尿汚染があった。
      午後11時30分ころ,ベッドの柵をはずして下へ落とし,体動も激
しかった。セレネースが投与された。
    ⑤ 同月7日
      午後10時ころ,抑制帯をはずし,隣のベッドのところまで歩いてき
ていた。
    ⑥ 同月8日
      午後8時ころ,便の汚染があり,「トイレはどこ。」と騒いだり,バ
ルンパックを引きちぎり,抑制帯を全部はずして起きあがっていた。
    ⑦ 同月9日
      午後10時ころ,床を這っていた。セレネースが投与された。
      午後11時30分ころ,同室者のベッド脇に倒れているところを発見
され,再び,セレネースが投与された。
    ⑧ 同月10日
      午後8時ころ,ベッド脇で立位になっていた。
    ⑨ 同月11日
      午前0時ころ,抑制帯をはずし,床に転倒していた。
      午前0時50分ころ,起きあがろうとするなどの体動があった。セレ
ネースが投与された。
    ⑩ 同月12日
      午後8時ころ,床に落ちていた。
      午後10時ころ,セレネースが投与されたが,あまり効果がみられな
かった(この際のFの不穏状態の具体的状況については,看護記録に記載がな
い。)。
    ⑪ 同月13日
      午後10時ころ,抑制帯をはずし,ベッドから転落しようとしてい
た。セレネースが投与された。
    ⑫ 同月16日
      午後10時30分ころ,抑制帯をはずし,ベッド脇にもたれていた。
    ⑬ 同月18日
      午後10時ころ,抑制帯をはずし,ベッドから床に降りていた。
      午後10時45分ころ,抑制帯をはずし,ベッド上で座位をとってい
た。
    ⑭ 同月20日
      午後10時ころ,抑制着を脱ぎ,おむつをはずしていた。セレネース
が投与された。
    ⑮ 同月21日
      午前1時30分ころ,立位になり,ベッドの柵をはずし,ベッドの周
囲をうろうろしていた。看護婦は,Fのベッドをナースステーションに移動させる
とともに,セレネースを投与した。
      午後8時ころ,ベッドから降りていた。
      午後10時ころ,セレネースが投与された(この際のFの不穏状態の
具体的状況については,看護記録に記載がない。)。
      午後11時30分ころ,看護婦にベッド上に臥床させられたが,すぐ
に起きあがり,ごそごそしていた。
    ⑯ 同月22日
      午後10時30分ころ,ベッドの柵をはずし,座位をとっていた。
    ⑰ 同月24日
      午前1時15分ころ,抑制帯をはずして床上に座位になっていた。ベ
ッドの柵をはずしたり,体動が多かった。セレネースが投与された。
    ⑱ 同月28日
      午後8時45分ころ,ゴトッと強い音がしたため,看護婦が本件病室
に行ったところ,Fは,抑制帯をはずし,ベッド柵がそのままの状態で,ベッドか
ら降りて膝を付いており,「痛かったな,ふう。」と言っていた。
    ⑲ 同月31日
      午前0時45分ころ,ベッドから降りて車椅子に乗っていた。セレネ
ースが投与された。
    ⑳ 4月1日
      午前0時ころ,抑制帯を再三はずして同室の患者に迷惑をかけた。
      午前0時55分ころ,体動が激しくなってきたため,車椅子に乗せら
れ,セレネースが投与された。
    <21> 4月8日
      午後11時30分ころ,4階病棟の廊下で寝そべっていた。看護婦が
Fに問い質したところ,Fは「ここ,ベッドちゃうの。」と言っていた。セレネー
スが投与された。
   エ 原告らは,Fが深夜の不穏状態により,何らかの怪我を負うことを心配
し,3月初めころ,被告病院に対し,24時間態勢の付添人を付けさせてほしいと
か,夜間の原告らの付添を許可してほしいと数回にわたり要望したが,被告病院
は,同病院は基準看護を取得している病院であり,また,Fの病状に照らして家族
の付添は必要ではないとして,これに応じなかった。
   オ 本件転落事故発生当日である4月9日,準夜勤務の看護婦が午後9時こ
ろに本件病室を巡視した際,Fがベッド柵を乗り越え,ベッド伝いに廊下に出よう
としていたため,同看護婦はFをベッドに連れ戻した上,その両上肢に抑制帯を装
着したが,セレネースは投与しなかった。ところが,同看護婦が午後10時ころに
再び本件病室を訪れた時には,Fは本件病室を抜け出しており,さらに,午後10
時15分ころ,被告病院の玄関脇でうめき声を上げているFの姿が発見された。そ
して,Fの受傷状況(肋骨骨折,肺損傷)に加え,本件バルコニーにFのパジャマ
のズボンとおむつが脱ぎ捨てられていたことから,Fは本件バルコニーから地上へ
転落したものと推測された。
  (2) そこで,上記認定に基づき,検討する。
   ア 上記認定によると,Fは,3月以降,就寝前に抗精神薬ベゲタミンBを
服用していたにもかかわらず,しばしば夜間に不穏状態となり,殊に,一人で伝い
歩きをすることができるようになった同月中下旬以降,病室内や病棟の廊下を徘徊
する状況がみられたこと,しかも,Fには,高次脳機能障害に起因する見当識障害
があり,自分がいる場所や周囲の状況を正しく理解する能力を著しく欠いていたこ
とが認められ,加えてFに視力障害があったことを考え併せると,Fについて,深
夜,自分がいる場所や周囲の状況を理解しないまま,病棟内を徘徊し,その結果,
何らかの事故を生じさせ,あるいは,これに巻き込まれて,自らの身体を毀損する
高度の危険性が存したことは明らかである。
     また,Fに対するセレネースの投与回数をみると,3月2日から同月2
1日までの20日間においては10回であったのに対し,同月22日から4月9日
までの19日間においては4回であったことが認められるから,Fに対するセレネ
ースの投与頻度,ひいては,Fがセレネースの投与を必要とするほどの激しい不穏
状態に陥る状況は次第に減少していたということができるが,他方,Fが,本件転
落事故発生前日の4月8日の深夜,本件病室から病棟廊下に出て徘徊し,廊下に寝
そべっているところを発見され,セレネースの投与を受けたこと,本件転落事故発
生の約1時間前にも,ベッドの柵を乗り越えて,ベッド伝いに廊下に出ようとして
いたことにかんがみると,本件転落事故発生当時,Fが深夜に病棟内を徘徊する可
能性はいまだ小さいものではなかったことは明らかであり,かえって,Fの左下肢
の運動麻痺が次第に改善し,その行動範囲が徐々に拡大していた状況を考慮する
と,上記のような身体毀損の危険性は,以前より,むしろ高まっていたとみること
もできる。
   イ しかしながら,本件病室及び本件バルコニーの状況及び構造は前記基本
的事実4(2)記載のとおりであって,本件病室から本件バルコニーへ出入り
    するための扉は設置されておらず,しかも,本件バルコニーには,高さ1
17センチメートルの落下防止のための防護壁が設置されていたというのであるか
ら,Fが,深夜に病棟内を徘徊している最中,偶然に本件バルコニーに出てしま
い,さらに,その意に反して地上へ転落して本件転落事故が発生したとは,にわか
に考え難い。
     それゆえ,本件転落事故の発生状況については,前記基本的事実4(3)記
    載のとおり,Fがベッドを抜け出し,自ら窓下壁を乗り越えて本件腰高窓
から本件バルコニーへ出て,さらに,自ら本件バルコニーの防護壁を乗り越えて地
上に転落したために発生したものと推測せざるを得ないのであるが,前記(1)ウ記載
のFの不穏状態の具体的状況をみても,Fが本件腰高窓
    に手を触れていたり,本件バルコニーへ出ようとする挙動を示したという
事実は認められず,また,前掲各証拠に照らしても,Fが,昼間,そのような行動
を示したとの事情も窺われない。
   ウ そして,もし,本件転落事故の発生状況に係る上記推測が真実に合致し
ているのだとすれば,結果的には,本件転落事故発生当時,Fには,自力で高さ9
0センチメートルの窓下壁を乗り越え,さらに,自力で高さ117センチメートル
の本件バルコニーの防護壁を乗り越えるという行動を実行し得るだけの運動能力が
あったといわざるを得ないのであるが,少なくともG医師や原告らの観察する限り
において,その当時,Fは転倒しても自分で立ち上がることができない状態であっ
たというのであって,G医師を初めとする被告病院関係者にとって,Fが上記のよ
うな運動能力を有していることを認識することができなかったのもやむを得なかっ
たものというべきである。
   エ 要するに,本件転落事故発生当時,Fが深夜に徘徊して何らかの事故を
生じさせ,あるいは,これに巻き込まれて,自らの身体を毀損する危険性は決して
小さいものではなかったとはいえ,本件病室及び本件バルコニーの状況及び構造に
照らすと,Fが,深夜に病棟内を徘徊している最中,偶然に本件バルコニーに出
て,その意に反して地上へ転落して本件転落事故が発生したものとはにわかに考え
難く,本件転落事故は,Fがベッドを抜け出し,自ら窓下壁を乗り越えて本件腰高
窓から本件バルコニーへ出て,さらに,自ら本件バルコニーの防護壁を乗り越えて
地上に転落したために発生したものと推測されるところ,本件転落事故発生以前
に,Fが不穏状態の下で本件腰高窓に手を触れていたり,本件バルコニーへ出よう
とする挙動を示したという事実が認められなかった上,そもそも,G医師を初めと
する被告病院関係者にとって,本件転落事故当時,Fが,自力で高さ90センチメ
ートルの窓下壁を乗り越え,さらに,自力で高さ117センチメートルの本件バル
コニーの防護壁を乗り越えるという行動を実行し得るだけの運動能力を有している
ことを認識することすら極めて困難であったというのであって,これらの
事情を総合勘案すると,本件転落事故については,同医師及び被告病院にとって,
その発生を予見することが極めて困難であったというべきである。
   オ 加えて,被告病院のFに対する管理の状況をみると,上記認定による
と,G医師が,Fの夜間の不穏状態に対する対処策として,就寝前にベゲタミンB
を服用させ,それでも安静にならないときにセレネースを投与するよう看護婦に指
示していたこと,また,看護婦間の協議の結果,必要箇所に抑制帯を装着するこ
と,頻回に巡視すること,必要に応じてFをナースステーションに移動させて看視
すること,階段部分の防火扉を閉めて,Fが徘徊中に階段から転落することを防止
すること等の方針が決定され,かつ,実行されたこと,本件転落事故発生の約1時
間にも看護婦が巡視をしたことが認められ,これらの事情に照らすと,被告病院は
Fに対する管理を適切に行っていたものと認められる。
     なお,原告らは,被告病院は,原告らの協力を得るなどしてFを24時
間看視する看護態勢をとるべきであったと主張し,また,本件転落事故発生の約1
時間前に看護婦がFに対してセレネースを投与しなかった点を問題とするところ,
確かに,原告らが夜間にFの付添をしていたり,看護婦が本件転落事故の発生直前
にFに対してセレネースを投与していたならば,本件転落事故を防ぐことができた
可能性はなかったとはいえないが,他方,被告病院が原告らの夜間の付添の要望に
応じなかった理由は前記(1)エ記載
    のとおりであるところ,当時のFの病状や被告病院の看護態勢に照らし,
被告病院が原告らの上記要望に応じなかったことが不適切であったと断ずべき事情
は全証拠を精査しても見当たらないし,また,Fにセレネースを投与すべきか否か
の点は,被告病院の裁量において判断すべき事柄であるところ,その判断に裁量権
の逸脱があったと認めるべき事情も見当たらないから,原告らの上記主張は当裁判
所の上記認定を左右するに足りるものではない。
   カ したがって,本件転落事故の発生について,G医師の過失及び被告病院
の管理責任違反はいずれも認められないから,被告同仁会は本件転落事故によりF
に生じた損害を賠償すべき責任を負わないというべきである。
 2 争点2(本件交通事故とFの死亡との間の相当因果関係の存否)について
   本件転落事故の発生状況については,前記のとおり,Fがベッドを抜け出
し,自ら窓下壁を乗り越えて本件腰高窓から本件バルコニーへ出て,さらに,自ら
本件バルコニーの防護壁を乗り越えて地上に転落したために発生したものと推測せ
ざるを得ない。
   そこで,Fが上記の行動に出た原因について検討すると,前記1(1)イ記載の
  とおり,本件転落事故当時,Fに右頭頂葉の脳挫傷等による高次脳機能障害が
存し,Fの精神能力は相当に低い状態にあったと考えられる上,Fが自ら死を選ん
だことを窺わせるに足りる事情も見当たらないから,Fが真意に基づいて自殺した
ものとみることは到底不可能であり,結局,Fは,高次脳機能障害に起因する見当
識障害のため,自分のいる場所や周囲の状況を認識しないまま,上記の行動に出た
ものと認めるほかない。
   そして,同記載のとおり,Fの高次脳機能障害は本件交通事故により負うに
至った右頭頂葉の脳挫傷によるものであったというのであるから,結局,本件交通
事故に遭わなければ,Fが本件バルコニーから転落して死亡することはなかったと
いわざるを得ないのであって,Fの死亡の結果と本件交通事故との間に相当因果関
係が存在することは否定できないというべきである。
   なお,被告Aは,仮に,Fの死亡と本件交通事故との間に相当因果関係が認
められるとしても,被告Aの負うべき損害賠償の範囲は被告同仁会との間で決せら
れる負担割合の範囲に限定されるべきである旨主張するが,前記のとおり,被告同
仁会は本件転落事故によりFに生じた損害を賠償すべき責任を負わないと解される
から,被告Aの上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。
 3 争点3(本件交通事故についての過失相殺の適否)について
  (1) 証拠(甲3の1,2,原告B本人)によると,次の各事実が認められる。
   ア 本件T字路交差点は,東西に走るアスファルト道路(車道部分の幅員
は,交差点西側が5メートル,東側が4.2メートル。以下「本件直進路」とい
う。)に,南北に走るアスファルト道路(車道部分の幅員は5.7メートル。以下
「本件突き当たり路」という。)が南方から突き当たる,信号機により交通整理の
行われていないT字路交差点である。本件直進路の南側には幅員2メートルの路側
帯(以下「本件路側帯」という。)が設けられているが,本件T字路交差点南詰を
東西に横断するための横断歩道は設けられていない。なお,本件交通事故が発生し
た時刻は午後8時50分ころであったが,本件T字路交差点付近は,周辺に照明が
あったため,明るかった。
   イ 被告Aは,被告車両を運転し,本件直進路を西から東進して本件T字路
交差点に至り,同交差点を右折して本件突き当たり路に進入しようとしたが,本件
直進路を東から西進する1台の対向直進車両があったことから,右の方向指示器を
点滅させて本件T字路交差点西詰で被告車両を停止させ,上記の対向直進車両を先
に通過させた。
   ウ その後,更にもう1台の車両(以下「本件停止車両」という。)が本件
直進路を東から西進して本件T字路交差点に差しかかったが,被告車両を先に右折
させるために本件T字路交差点東詰で停止したことから,被告Aは,時速約5キロ
メートルの速度で被告車両を発進させ,本件T字路交差点を右折して,本件突き当
たり路に進入しようとした。
   エ ところが,被告Aは,その際,道を譲ってくれたことに対する感謝の意
を伝えようとして,本件停止車両の運転者の方に注意を向けていたことから,被告
車両の進行方向に対する注意がおろそかとなり,折から本件T字路交差点南詰を東
から西へ歩行横断中のFの姿に気付かずに被告車両を進行させ,その前部をFに衝
突させた(本件交通事故)。
   オ なお,Fは,前記基本的事実1(4)記載のとおり,視力障害者であって,
    ほぼ全盲の状態であり,強い灯りの明るさを認識し得る程度の視力しかな
かった。
  (2) ところで,被告Aは,本件交通事故の際,本件停止車両が停止したので
   あるから,Fは被告車両が本件T字路交差点を右折してくるであろうという
ことを予見することができたとして,Fにおいても,被告車両の動向に注意して本
件T字路交差点を横断すべき注意義務の違反があった旨主張するが,上記オ記載の
とおり,Fの視力は強い灯りの明るさを認識し得る程度のものにすぎなかったこと
にかんがみると,Fは,本件交通事故の際,本件停止車両や被告車両を視認するこ
とができなかったと推認されるから,被告Aの上記主張はその前提を欠くものとい
うべきであり,これを採用することはできない。
  (3) したがって,Fが本件交通事故により被った損害については,過失相殺を
   行わないのが相当である。
 4 争点4(損害額)について
  (1) 治療費について
    本件交通事故によるFの受傷の治療費のうち,被告病院における治療費が
139万5510円であるとの点は当事者間に争いがなく,また,証拠(甲4の
2)によると,洛西シミズ病院における治療費は5万4516円であったことが認
められるから,Fが本件交通事故により被った治療費の損害は合計145万002
6円と認められる。
  (2) 付添看護費及び通院交通費について
   ア 証拠(甲8,17,18,丙8,証人横尾重子,原告B本人)による
と,被告病院は基準看護を取得している病院であったこと,3月以降,Fの不穏状
態が激しくなり,ベッド上で暴れるようになったことから,原告らは,Fがベッド
から落ちて怪我をするのではないかと心配し,被告病院に対して,24時間態勢の
付添人を付けさせてほしい,あるいは,原告らが夜間にFに付き添うことを許可し
てほしいと要望したが,被告病院がこれに応じなかったこと,そのため,原告ら
は,せめてFとの面会が許される昼間(午前11時から午後7時まで)だけでも,
自分たちがFに付き添ってその様子を見守りたいと考え,3月5日から本件転落事
故が発生した4月9日までの間,毎日(ただし,3月10日は家族が付き添えず,
職業付添人に依頼し9420円を支払った。),交替で入院中のFに付き添ったこ
とが認められる(合計35日間)。
   イ そして,前記認定及び上記認定の事実に基づき判断すると,たしかに,
Fは,基準看護により看護されていたが,もともと視力が左右とも0.01程度
で,視野狭窄が著明な視力障害者であったところ,本件交通事故により頭蓋骨骨
折,外傷性クモ膜下出血,左急性硬膜下血腫,右急性硬膜外血腫及び右頭頂葉脳挫
傷等の重傷を負い,見当識障害や左下肢の単麻痺が生じ,食事や排便もままならな
い状態にあったと推認されることに加え,3月以降は不穏状態が激しくなり,ベッ
ド上で暴れるようになったというのであるから,その受傷の部位及び臨床経過にか
んがみ,原告らが,基準看護により満たされないFの細々とした身の回りの世話や
安定した治療生活のため,必要によりFに付き添ったと認められ,その付添看護費
は,通院交通費を含め日額5500円と認めるのが相当であるから,次の算式によ
り,20万1920円を本件交通事故と相当因果関係に立つ付添看護費の損害と認
める。
5500円×35日+9420円=上記金額
  (3) 入院雑費について
    前記基本的事実3(1)記載のとおり,Fは,本件交通事故による受傷のた
め,2月12日から4月9日までの57日間,被告病院に入院して治療を受けたも
のであるから,入院雑費として日額1300円,合計7万4100円を本件交通事
故と相当因果関係に立つ入院雑費の損害と認める。
  (4) 休業損害について
    原告らは,本件交通事故発生から本件転落事故発生までの57日間につ
き,Fに休業損害が発生した旨主張するが,後記のとおり,Fには死亡逸失利益の
発生が認められるのであって,休業損害はその中に吸収されるものと解すべきであ
るから,この点に係る原告らの主張は採用しない。
  (5) 慰謝料について
    Fが死亡時53歳であったこと,妻子である原告ら4人を扶養する家族の
支柱であったこと,その他本件審理に顕れた諸般の事情にかんがみ,2700万円
をもって,相当な死亡慰謝料と認める。
    なお,原告らは,傷害慰謝料として150万円の損害を主張するが,これ
は,上記の死亡慰謝料に吸収されるものと解すべきであるから,上記主張は採用し
ない。
  (6) 死亡逸失利益について
   ア 給与分について
     原告らは,Fは,本件交通事故当時,Iに勤務してマッサージ業務に従
事し,本件交通事故前の平成10年11月から平成12年1月までの3か月間に合
計126万9030円(月額平均42万3010円)の収入を得た旨主張し,これ
を裏付ける書証としてIが作成した休業証明書(甲10)を提出するが,証拠(乙
1)によると,Fの平成9年度の申告所得額は183万4000円(月額平均15
万2833円)であったことが認められ,上記休業証明書の記載はにわかに信用す
ることができない。したがって,Fの給与分の死亡逸失利益を算定するに当たって
は,基礎収入として年収183万4000円を採用するのが相当である(なお,証
拠(甲11の1ないし4,甲24,26)によると,本件交通事故当時,Fは障害
厚生年金を年額139万4100円,原告Bは障害基礎年金を年額100万530
0円受給していたことが認められ,これらの受給額を併せると,F及び原告Bは年
間423万3400円(月額平均35万2783円)の収入を得ていたことにな
る。)。
     そして,生活費控除率を3割とし,また,就労可能年数を67歳までの
14年間とみて(死亡時53歳),ライプニッツ方式により中間利息を控除すると
(係数9.899),Fの給与分の死亡逸失利益は,次の算式により,1270万
8336円と認められる。
     183万4000円×(1-0.3)×9.899=上記金額
   イ 障害年金について
     上記のとおり,Fは,本件交通事故当時,障害厚生年金として年間13
9万4100円を受給していたところ,Fは,本件交通事故により死亡しなけれ
ば,平均余命の26年間,同年金を受給した蓋然性が高いものと認められるから,
生活費控除率を3割とし(なお,原告らはFの障害厚生年金に生活保障としての要
素はないとして,生活費控除を行うべきでない旨主張するが,上記ア記載のとお
り,上記受給は,Fや原告Bの生計維持にとって不可欠の要素をなしていたと認め
られるから,原告らの上記主張は採用しない。),ライプニッツ方式により中間利
息を控除すると(係数14.375),Fの障害年金分の死亡逸失利益は,以下の
算式により,1402万8131円と認められる。
     139万4100円×(1-0.3)×14.375=上記金額
     なお,被告Aは障害厚生年金の逸失利益性を争うが,障害厚生年金は,
原則として,保険料を納付している被保険者が所定の障害等級に該当する障害の状
態になったときに支給されるものであり,保険料が拠出されたことに基づく給付と
しての性格(いわば,給与の後払い,掛け金の払い戻しとしての性格)を有するこ
とにかんがみると,その逸失利益性を認めるのが相当であるから(最高裁判所平成
11年10月22日第2小法廷判決民集53巻7号1211頁参照),被告Aの上
記主張は採用しない。
   ウ したがって,Fの死亡逸失利益は,合計2673万6467円と認めら
れる。
  (7) 葬儀費用について
    経験則に照らし,120万円をもって相当な葬儀費と認め,これに検案書
料5万円(甲13)を加算した125万円を本件交通事故と相当因果関係に立つ損
害と認める。
  (8) 車両修理代について
    証拠(甲14の1ないし3)及び弁論の全趣旨によると,Fは,本件転落
事故の際,地上に駐車中の車両上に落下して同車両を損壊したこと,そのため,原
告Bが,同車両の所有者に対し,修理代として12万8908円を支払ったことが
認められるから,これを本件交通事故と相当因果関係に立つ損害と認める。
  (9) 以上の損害を合計すると,その金額は5684万1430円となる。
 5 争点5(損益相殺)について
   証拠(甲19ないし32,原告B本人)によると,原告Bは,Fの死亡を原
因として,平成11年5月から本件訴訟の口頭弁論終結時である平成13年12月
までの32か月間,遺族年金(遺族厚生年金及び遺族基礎年金,月額10万747
5円)の支給を受けたものであるが,原告Bは自らも障害基礎年金の受給者であっ
たところ,上記遺族年金を受給するため,国民年金法20条に基づき,平成11年
5月から障害基礎年金の支給(月額8万3775円)を停止させたことが認めら
れ,上記認定によれば,原告Bの本訴請求については,平成11年5月から平成1
3年12月までの32か月間について,遺族年金の受給額と受給停止中の障害基礎
年金のそれとの差額月額2万3700円,合計75万8400円を損益相殺的な調
整の対象とするのが相当である。
   そして,この場合,損益相殺的な調整は,遺族年金の生活保障的性格に照ら
し,その受給権を取得した原告Bが相続したFの財産的損害のうちの逸失利益に限
って行うのが相当である(前掲最高裁判所判決参照)。
 6 以上に検討したところをまとめると,次のとおりとなる。
  (1) まず,Fは,本件交通事故により,次の損害を被った。
   ア 治療費      145万0026円
   イ 付添看護費     20万1920円
   ウ 入院雑費       7万4100円
   エ 死亡慰謝料       2700万円
   オ 死亡逸失利益  2673万6476円
   カ 葬儀関係費        125万円
   キ 車両修理代     12万8908円
   ク 合計      5684万1430円
  (2) このうち,原告らは,上記アからウ(合計172万6046円)について
   は本件交通事故の発生日である平成11年2月12日を,上記エからキまで
(合計5511万5384円)については本件転落事故の発生日である同年4月9
日を,それぞれ遅延損害金の起算日と主張しているので(前記第5,4(1)シ及び
ス),以下,これを分けて検討する。
  (3) 172万6046円の損害額について
    原告らは,上記損害額について,損害の填補として,前記基本的事実6ア
(イ)(ウ),イ各記載の既払額合計334万5510円を控除すべきと主張してい
   るから,結局,上記損害額については既に填補済みということになる(さら
に,上記既払額のうち,上記損害額を超える161万9464円は,別に控除する
必要がある。)。
    したがって,原告らの請求のうち,平成11年2月12日を起算日とする
ものは理由がないことになるから,いずれも棄却することとする。
  (4) 5511万5384円の損害額について
   ア まず,上記損害額を原告らの法定相続分に応じて分割すると,原告らの
取得額は,原告Bが2755万7692円(法定相続分2分の1),その余の原告
らが各自918万5897円(法定相続分各6分の1)となる。
   イ そして,上記の原告Bの取得額について,Fの死亡逸失利益の相続部分
(1336万8238円)の限度で,Fの死亡により受給するに至った遺族年金の
受給額と受給停止中の自らの障害基礎年金の受給額の32か月分の差額合計75万
8400円について損益相殺的な調整を行うと,原告Bの取得額は2679万92
92円となる。
   ウ さらに,原告らの取得額から,前記基本的事実ア(ア)記載の自賠責保険
金2900万円及び前記(3)記載の161万9464円,合計3061万94
    64円を控除する必要があるから,同金額を原告らの法定相続分に応じて
割り振ると,原告Bについては1530万9732円,その余の原告らについては
それぞれ510万3244円となるから,原告らの取得額からそれぞれ上記金額を
控除すると,その残額は,原告Bについては1148万9560円,その余の原告
らについては各408万2653円となる。
   エ さらに,上記認容額,本件訴訟の審理経過その他諸般の事情を考慮する
と,原告Bについては110万円,その余の原告らについては各40万円が相当な
弁護士費用と認められるから,これを加算すると,原告Bについては1258万9
560円,その余の原告らについては448万2653円となる。
  (5) したがって,原告らの被告Aに対する請求は,原告Bについては12
   58万9560円,その余の原告らについてはそれぞれ448万2653円
及びこれらに対する本件転落事故の発生日である平成11年4月9日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があ
る。
  (6) これに対し,原告らの被告同仁会に対する請求は,前記1記載のとおり,
   理由がない。
      京都地方裁判所第4民事部
          裁判長裁判官    渡   邉   安   一
             裁判官    佐   藤   英   彦
             裁判官    村   上   志   保 

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛