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平成28年3月10日判決言渡
平成27年(行ケ)第10015号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成28年1月14日
判決
原告億光電子工業股份有限公司
(エヴァーライトエレクトロニクスカンパニーリミテッド)
訴訟代理人弁護士黒田健二
同吉村誠
被告日亜化学工業株式会社
訴訟代理人弁護士古城春実
同宮原正志
同牧野知彦
同加治梓子
訴訟代理人弁理士鮫島睦
同言上惠一
同山尾憲人
同田村啓
同玄番佐奈恵
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定
める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2013-800114号事件について平成26年9月19日にし
た審決を取り消す。
第2前提となる事実
1特許庁における手続の経緯等(争いがない。)
被告は,平成5年11月6日,発明の名称を「窒化ガリウム系化合物半導体チッ
プの製造方法」とする特許出願(特願平5-300940号)をしたが,平成9年
8月5日に拒絶理由通知を受けたため,同年10月20日,意見書(甲35)を提
出するとともに,同日付け手続補正書(甲34)により,特許請求の範囲及び明細
書についての補正(以下「本件補正」という。また,本件補正前の出願時の願書に
最初に添付した明細書及び図面を併せて「本件当初明細書」という。)を行い,平成
10年5月15日設定登録(特許第2780618号。請求項の数は4)を受けた
(以下「本件特許」という。)。
原告は,平成25年6月28日,特許庁に対し,本件特許を無効にすることを求
めて審判の請求をした。特許庁は,上記請求を,無効2013-800114号事
件として審理した。被告は,この審理の過程で,平成25年9月20日,本件特許
の特許請求の範囲及び明細書についての訂正請求をした(以下「本件訂正」という。)。
特許庁は,審理の結果,平成26年9月19日,「訂正を認めない。本件審判の請
求は,成り立たない。」との審決をし,審決の謄本を,同月29日,原告に送達した。
2特許請求の範囲の記載
本件補正後の本件特許の特許請求の範囲の記載(請求項の数は4。甲27)は,
次のとおりである(以下,それぞれの請求項に記載の発明を,請求項の番号を付し
て「本件発明1」等という。また,本件発明1ないし4を,併せて,「本件発明」と
いうことがある。また,本件補正後の本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細
書」という。)。
「【請求項1】サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエ
ハーから窒化ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において,
前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチッ
プ形状で線状にエッチングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形
成できる平面を形成する工程と,
前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で,第一
の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝を形成する
工程と,
前記第一の割り溝および前記第二の割り溝に沿って,前記ウエハーをチップ状に
分離する工程とを具備することを特徴とする窒化ガリリム系化合物半導体チップの
製造方法。
【請求項2】前記第二の割り溝を形成する前に,前記ウエハーのサファイア基
板側を研磨して,サファイア基板の厚さを200μm以下に調整する工程を具備す
ることを特徴とする請求項1に記載の窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方
法。
【請求項3】前記第二の割り溝を形成する工程において,第一の割り溝の底部
と第二の割り溝の底部との距離を200μm以下に調整することを特徴とする請求
項1に記載の窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法。
【請求項4】前記第二の割り溝をスクライブにより形成することを特徴とする
請求項1または2に記載の窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法。」
(本件補正前の本件特許の請求項1に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおり
である(甲33)。
「【請求項1】サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエ
ハーの窒化ガリウム系化合物半導体面に所望のチップ形状で第一の割り溝を線状に
形成する工程と,
前記第一の割り溝の線と合致する位置で,前記ウエハーのサファイア基板面に新
たに第二の割り溝を線状に形成すると共に,前記第一の割り溝の線幅(W1)より
も,第二の割り溝の線幅(W2)を狭く調整する工程と,
前記第一の割り溝,および前記第二の割り溝に沿って前記ウエハーをチップ状に分
離する工程とを具備することを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体チップの製
造方法。」)
3審決の理由
(1)審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。その要旨は,①本件訂正は,
本件明細書に記載した事項の範囲内の訂正とは認められず,特許法134条の2第
9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないので認めない,②本件補正の
うち,原告が新規事項の追加に該当すると主張する特許請求の範囲の補正は本件当
初明細書に記載した事項の範囲内でする補正であるといえるから,本件特許は,特
許法17条の2第3項に規定する要件を満たし,同法123条1項1号に該当せず,
無効とされるべきものではない,③本件発明は,本件特許の出願前に頒布された刊
行物である特開平5-129658号公報(甲1。以下「甲1文献」という。)に記
載された発明(以下「甲1発明」という。)と同一であるとも,甲1発明及び周知技
術等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとも認められないから,
本件特許は,特許法29条1項3号に該当せず,かつ同法29条2項の規定に違反
してされたものではなく,同法123条1項2号に該当しない,④本件発明は,本
件特許の出願前に頒布された刊行物である実開平5-59861号公報(甲2。以
下「甲2文献」という。)に記載された発明(以下「甲2発明」という。)及び周知
技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められないから,
本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものではなく,同法12
3条1項2号に該当しない,⑤したがって,本件特許を無効とすることはできない,
というものである。
(2)審決が認定した甲1発明の内容,本件発明1と甲1発明との一致点及び相違
点は,次のとおりである。
ア甲1発明の内容
「サファイア基板1上に,AlNから成るバッファ層2,GaN系半導体から成
る高キャリヤ濃度n+
層3,GaN系半導体から成る低キャリヤ濃度n層4a,G
aN系半導体から成るi層5の多層構造のウエーハから窒化ガリウム系化合物半導
体発光素子(発光ダイオード10b)を作製する方法において,
太い刃物(例えば,250μm厚)を用いたダイシングにより,前記i層5から
前記低キャリヤ濃度n層4a,前記高キャリヤ濃度n+
層3,前記バッファ層2,
前記サファイア基板1の上面一部まで格子状に所謂ハーフカットにて切り込みを入
れ,
前記切り込みに,最初にAl層8aを形成し,次にNi層8bを形成して前記切
り込みを埋め,次に前記Ni層8b上にAu層8cをして,前記Al層8aと前記
Ni層8bと前記Au層8cとからなる第2の電極8を形成し,
前記第2の電極8が形成されて埋められた,前記切り込みが入れられていた部分
において,細い刃物(例えば,150μm厚)を用いたダイシングにより,前記サ
ファイア基板1を格子状に切断する,
窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の製造方法。」
イ一致点
「サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化
ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において,
前記ウエハーをチップ状に分離する工程を備えた,
窒化ガリリム系化合物半導体チップの製造方法。」
ウ相違点(以下「相違点1」という。)
「ウエハーをチップ状に分離する工程」について,本件発明1は,「ウエハーの窒
化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエッ
チングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成
する工程と,前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位
置で,第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝
を形成する工程と,前記第一の割り溝および前記第二の割り溝に沿って,前記ウエ
ハーをチップ状に分離する工程」と特定されているのに対して,甲1発明は,該特
定を有しない点。
(3)審決が認定した甲2発明の内容,本件発明1と甲2発明との一致点及び相違
点は,次のとおりである。
ア甲2発明の内容
「サファイア基板1上に,n型層2及びp型層3を積層したウエハーから窒化ガ
リウム系化合物半導体発光素子を作製する方法において,
前記ウエハーのp型層3側から所望のチップ形状で線状にドライエッチングする
と共に,n型層の上部に電極を形成する面を形成し,
前記ウエハーの前記エッチング部の位置で,
前記エッチング部に沿って,ダイシングソーで前記ウエハーをチップ状にカット
する,
窒化ガリウム系化合物半導体発光素子の製造方法。」
イ一致点
「サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化
ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において,
前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から溝を所望のチップ形状で線
状にエッチングにより形成すると共に,該溝の一部に電極が形成できる平面を形成
する工程と,
前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備する窒化ガリリム系化合物半導
体チップの製造方法。」
ウ相違点(以下「相違点2」という。)
本件発明1は,「ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を
所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部
に電極が形成できる平面を形成する工程と,前記ウエハーのサファイア基板側から
第一の割り溝の線と合致する位置で,第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅
(W2)を有する第二の割り溝を形成する工程と,前記第一の割り溝および前記第
二の割り溝に沿って,前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備する」と特
定されるのに対して,甲2発明は,該特定を有しない点。
第3原告主張の取消事由
1取消事由1(本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点の認定,判断の誤り)
審決は,以下のとおり,本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点の認定を誤っ
たことにより,新規性及び容易想到性の判断を誤った。
(1)ア審決は,甲1発明において,「ハーフカット」による「切り込み」は,そ
の後金属で埋められて第2の電極8を形成するのであるから,その形状から「溝」
とはいえても,ウエハーを割るために用いられる「割り溝」ではない,とする。
しかし,甲1発明における「ハーフカット」による「切り込み」は「割り溝」に
当たる。甲1文献の図12(b)によれば,第一の割り溝が形成されていることは明ら
かである。甲1文献の記載(【0001】,【0017】,【0031】ないし【003
5】)によれば,サファイア基板1上に,AlNから成るバッファ層2,GaNから
成る高キャリヤ濃度n+
層3,GaNから成る低キャリヤ濃度n層4a,GaNか
ら成るi層5の多層構造のウエーハから,発光ダイオード10bを製造すること,
ウエーハに対して太い刃物(例えば,250μm厚)を用いたダイシングによりi
層5から低キャリヤ濃度n層4a,高キャリヤ濃度n+
層3,バッファ層2,サファ
イア基板1の上面一部まで格子状に所謂ハーフカットにて切り込みを入れたこと,
その後,ハーフカットの切り込み部分に電極(Al層8a,Ni層8b,Au層8
cからなる電極8)が形成されていること,また,細い刃物(例えば,150μm
厚)を用いたダイシングにより,格子状に第2の電極8が形成されてた切り込みが
入れられている部分において,サファイア基板1を格子状に切断することが記載さ
れている。
このように,甲1発明における「ハーフカット」による「切り込み」が「割り溝」
に当たることは明白であり,審決の上記認定には誤りがある。
イ審決は,甲1発明の「切り込み」を「第一の割り溝」とみたとしても,「切り
込み」には電極が形成済みであり,「第一の割り溝の一部に電極を形成する面」とい
えるものが存在しない,と判断した。
しかし,甲1文献の前記記載によれば,甲1発明には,「第一の割り溝」である
「ハーフカットの切り込み部分」に電極が形成されているのであるから,審決の上
記判断が誤りなのは明白である。また,審決のいう,「第一の割り溝の一部に電極を
形成する面」は,第一の割り溝の一部に電極が形成できれば良いのであるから,第
一の割り溝の全部に電極が形成される場合を含んでいることは明らかである。
ウ審決は,甲1発明において,ダイシングによりサファイア基板1を切断して
ウエハーをチップ状に分離する工程を,スクライブ等で割ることによりウエハーを
チップ状に分離する工程に置き換える積極的な動機は見出せないとする。
しかし,そもそも本件発明1は,「スクライブ等で割る」ことに限定されていない。
したがって,甲1文献の図13(d)の溝が「第二の割り溝」に該当することは明ら
かであり,また,ダイシングによる切断を「スクライブ等で割る」ことに置き換え
るという審決は,その前提が誤っている。
また,審決は,「金属は展延性があるから,甲1発明の,金属からなる「第2の電
極8」は,サファイア基板と一緒に割っても分離し難いものと認められるから,上
記置き換えを行うことは考えにくい。」とする。
しかし,金属に展延性があることから分離し難いのであれば,図13(d)の状態か
らも分離し難いこととなってしまうが,甲1発明においては,図13(d)の状態から,
図11に示されるチップを作製しているのであるから,金属に展延性があることは
何ら関係がない。
結局,甲1発明においては,「第一の割り溝」も「第二の割り溝」も明確に記載さ
れている。
(2)ア本件発明1と甲1発明との同一性
本件発明1と甲1発明とは,
「サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化
ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において,
前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチッ
プ形状で線状に形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形
成する工程と,
前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で,第一
の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝を形成する
工程と,
前記第一の割り溝および前記第二の割り溝に沿って,前記ウエハーをチップ状に
分離する工程とを具備する
ことを特徴とする窒化ガリリム系化合物半導体チップの製造方法。」
という点で,明示的に一致し,本件発明1では,第一の割り溝をエッチングにより
形成するのに対し,甲1発明では,第一の割り溝に相当する切れ込みをダイシング
により形成する点で,一応相違する可能性があるといえる。
しかし,甲1文献においては,ダイシングにより形成する切れ込みについては,
第2の電極8のAl層8aが形成されている。この点,甲1文献の記載(【0023】
ないし【0025】)によれば,他の実施例において,n層4に接続する第2の電極
8のAl層8aを形成するための「凹部21」については,反応性イオンエッチン
グにより形成している。
そうすると,甲1発明において,第2の電極8のAl層8aが形成される「切り
込み」を,ダイシングにより形成するのではなく,反応性イオンエッチングにより
形成することも,甲1文献に記載されているに等しいといえる。
したがって,上記の相違する可能性がある点については,相違点ではなく,実質
的には甲1文献に記載されている事項である。
よって,本件発明1と甲1発明とは同一である。
イ相違点1に関する容易想到性の判断
また,仮に,上記の相違する可能性がある点が相違点であるとしても,甲1文献
においては,他の実施例として,n層4に接続する第2の電極8のAl層8aを形
成するための「凹部21」を,反応性イオンエッチングにより形成している。そう
すると,甲1発明において,第2の電極8のAl層8aが形成される「切り込み」
を,ダイシングにより形成するのではなく,反応性イオンエッチングにより形成す
ることは,当業者にとって極めて容易である。
さらに,仮に,本件発明1の「分離」と,甲1発明における「ダイシング」によ
る「切断」とが相違点であるとしても,本件特許出願当時,半導体素子において,
基板側に細い溝を形成してチップを分離するということは周知技術(甲3ないし5)
であるから,甲1発明において,サファイア基板側に細い溝を形成して,チップを
分離することは極めて容易であるといえる。
ウ以上によれば,本件発明1は,甲1文献に記載された発明と同一又は同発明
に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条
1項3号又は同条2項の規定により特許を受けることができず,無効にされるべき
である。相違点1に関する審決の判断は誤りであり,審決は取り消されるべきであ
る。
2取消事由2(甲2発明の認定の誤り,本件発明1と甲2発明の一致点及び相
違点の認定の誤り,相違点2に関する判断の誤り)
(1)甲2発明の認定の誤り
ア甲2文献の記載(段落【0010】,【0015】ないし【0020】,各図)
によれば,甲2文献には,サファイア基板1上にn型GaN層2及びp型GaN層
3を積層したウエハーから窒化ガリウム系化合物半導体素子を作製すること,ウエ
ハーのp型層3をドライエッチングすることで,p型層3の一部を取り除き,n型
層2を露出させ,n型層の上部に電極を形成する面を形成すること(このエッチン
グについては線状にエッチングしていることが明らかである。)が明示的に記載され
ている。そして,線状にエッチングした箇所と合致する位置でダイシングソーによ
りカットする工程が記載されており,ダイシングソーでカットする際に形成される
溝の幅は,p型層のエッチングの幅よりも細いことは,図9からも明らかである。
ダイシングソーやスクライバーを用いて素子を切断・分割する際には,ダイシン
グやスクライブによりpn接合領域にダメージが及ぶのを避けるために,ダイシン
グブレードやスクライバーよりも広い幅で,エッチングによる溝を設けるのが技術
常識であり(甲3,4,10ないし12,30,36ないし39),そのような溝は
「スクライブライン」と呼ばれている。本件特許出願当時,半導体ウエハーをチッ
プに分割する際にスクライブラインを設けることは技術常識であった(甲3,4,
10ないし12)
さらに,p型層のエッチングの幅よりダイシングソーでカットする際の溝の幅が
太いのであれば,n型層2が露出している箇所がなくなるはずであるが,図1及び
図2において,p型層3の周囲にn型層2が線状に露出している以上,ダイシング
ソーでカットする際に形成される溝の幅が,p型層のエッチングの幅よりも細いこ
とは明らかである。甲2文献の図9における凹部の中心付近で分割されない限り,
図1及び図2に示されるようにp型層3の周囲が線状に露出されることはないから,
凹部の中心付近で分割されると理解するのが自然である。
以上によれば,甲2文献には,本件発明1との対比の観点からは,次の構成から
なる窒化ガリウム系化合物半導体を具備する半導体発光素子の製造方法(甲2発明)
が開示されていることが明らかである。
「サファイア基板1上にn型層2及びp型層3を積層したウエハーから窒化ガリ
ウム系化合物半導体素子を作製する方法において,
前記ウエハーのp型層3側から所望のチップ形状で線状にドライエッチングする
と共に,n型層の上部に電極を形成する面を形成し,
前記ウエハーの前記エッチング部の線と合致する位置で,エッチング部の線幅よ
りも細い線幅で,
前記エッチング部に沿って,ダイシングソーで前記ウエハーをチップ状にカット
する
ことを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体素子の製造方法。」
イ審決は,「図9に示された発光素子の,エッチングにより形成された,p型
層3からn型層2に至る凹部の幅と,ダイシングの幅の大小関係は不明である。」な
どと認定した上で,前記第2,3(3)アのとおり,甲2発明を認定した。
しかし,甲2文献の図9及び段落【0020】のみならず,図1及び図2並びに
段落【0010】の記載並びに当時の技術常識からすれば,図9に示された発光素
子の,エッチングにより形成されたp型層3からn型層2に至る凹部の幅と,ダイ
シング幅の大小関係は明らかであって,凹部の幅よりもダイシング幅が狭いことは
明らかであるし,また,ダイシングの位置が,ウエハーのエッチング部の線と合致
する位置にあることも明らかである。
したがって,甲2発明は,上記アのとおり認定されるべきであり,これと異なる
認定をした審決には誤りがある。
(2)本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点
本件発明1と甲2発明とは,
「サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化
ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において,
前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチッ
プ形状で線状にエッチングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形
成できる平面を形成する工程と,
第一の割り溝の線と合致する位置で,第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線
幅(W2)で,
前記第一の割り溝に沿って,前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備す

ことを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法。」
という点で,明示的に一致し,本件発明1では,第二の割り溝をウエハーのサファ
イア基板側から形成する工程を具備するのに対し,甲2発明では,かかる工程があ
るか不明である点で相違する。
審決の甲2発明の認定に誤りがあることから,本件発明1と甲2発明の一致点及
び相違点の認定にも誤りがあることは明らかである。
(3)本件発明1と甲2発明の相違点2に関する容易想到性の判断
ア本件特許の出願当時,半導体チップの分割方法としては,ダイシング(フル
カット)をして切断するか,ダイシング(ハーフカット)をしてその後チップに割
るか,スクライビングしてチップを割るかのいずれかが一般的であった。
したがって,甲2文献で開示されたGaN系半導体ウエハーを,エッチング部分
で,ダイシング(フルカット)することも,半導体層側又は基板側から,ダイシン
グ(ハーフカット)又はスクライビングすることも,一般的な分割方法に過ぎない。
甲2文献で開示されたウエハーについて,基板側からダイシング(ハーフカット)
又はスクライビングすれば,本件発明1そのものに該当するのである。
したがって,本件発明は,甲2発明から容易に想到できるものである。
また,本件特許出願時において,基板上に半導体を形成したウエハーについて,
ウエハー側から幅広の溝を形成し,基板側から細い幅の切れ込みを形成して,チッ
プをカットすることは,周知慣用技術であった(甲3,4,10ないし12,36)。
そして,窒化ガリウム系化合物半導体発光素子においても,特開平5-1669
23号公報(甲5。以下「甲5文献」という。)の請求項1に「サファイア基板上に
一般式GaXAl1-XN(0≦X≦1)で表されるGaXAl1-XN(0≦X≦1)系化合
物半導体が積層されたウエハーをチップ状に切断する方法において,前記サファイ
ア基板の厚さを100~250μmとし,さらに,前記ウエハーの基板側,もしく
は窒化ガリウム系化合物半導体層側,またはその両側をスクライブして切断するこ
とを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体ウエハーの切断方法。」と記載されてい
るとおり,ウエハーの基板側からスクライブすることは行われていたのである。
そうすると,エッチング部に沿ってウエハーをチップ状にカットする工程を有す
る甲2発明において,ウエハーの半導体層側に形成された溝に一致させるように,
基板側に細い溝を形成してチップを分離するという周知技術(甲1,3,4)を適
用し,サファイア基板側に溝(例えば,甲5文献の請求項1に記載されている基板
側をスクライブすること)を形成して,チップを分離することは極めて容易である
といえる。
以上より,本件発明1は,甲2発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,
特許法123条1項2号の規定により無効にされるべきである。
イ審決は,甲2発明における「ダイシング」を2つの割り溝を用いる分離に置
き換えることには阻害要因があるなどとして,甲2発明から本件発明を想到するこ
とは容易ではないと判断した。
しかし,本件特許の出願当時,研磨により基板を薄くしたうえでスクライブする
ということは,窒化ガリウム系化合物半導体はもとより,半導体素子一般で技術常
識であった。したがって,甲2発明におけるサファイア基板1の厚みが厚いのであ
れば,研磨により基板を薄くするということが当業者には当然の技術事項であるか
ら,甲2文献にサファイア基板1の厚みの記載がないとしても,①「スクライブ溝
を形成して割ることはできない」などということもできないし,また,②「割れた
としても,サファイア基板1の厚さ方向に対して斜めに割れた際に,n型層2及び
p型層3を積層した部分に割れ面が達して該部分を損傷するおそれがある」などと
もいえないことは明らかである。
ウ被告は,甲2発明と甲5文献の記載事項を組み合わせても,スクライブ幅が,
甲2文献に記載されたエッチング溝より狭くなることはないと主張する。その根拠
として,スクライバーによってチップ化する場合,エッチング溝は,電気分離用の
溝でしかなく,電気分離用の溝の幅は数μmもあれば足りるという。
しかし,電気分離用の溝の幅が数μmで良いという根拠がないうえに,本件特許
出願当時,スクライブライン(エッチング部分)は,分割時のダメージが及ばない
ようにある程度の幅を持たせることや,加工上のゆとりを持たせることも当然の技
術常識であった(甲10ないし13)以上,スクライブ幅の方がエッチング溝(ス
クライブライン)幅よりも狭いことは明らかである。
したがって,甲5文献の段落【0011】の記載に接すれば,当業者であれば,
当然,サファイア基板側からスクライブするのである。
本件発明は,甲2発明から容易に想到できるものであることは明らかであり,被
告の上記主張は理由がない。
3取消事由3(本件補正が新規事項の追加に該当しないとした判断の誤り)
(1)本件当初明細書には,「第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエッチン
グにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する
工程」は記載されていなかった。しかも,本件当初明細書の段落【0016】には,
図4について,「p型層3を予めn層の電極が形成できる線幅でエッチングして,第
一の割り溝11を形成し,さらにp型層3の隅部を半弧状に切り欠いた形状として
おり,この切り欠いた部分にn層の電極を形成することができる。」と記載されてい
るように,線状の第一の割り溝とは別に,p型層3の隅部を半弧状に切り欠いた形
状とすることが記載されている。
このように,本件当初明細書(甲33)には,「第一の割り溝を所望のチップ形状
で線状にエッチングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成でき
る平面を形成する工程」は記載されていなかったのであり,しかも,本件当初明細
書の記載から,「第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成す
ると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する工程」が自明で
あったともいえない。
よって,「第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると
共に,第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する工程」にした本件補
正は,新規事項を追加するものに他ならず,特許法17条の2第3項に反する。本
件特許の請求項1に記載されている事項は,本件補正により新たに加えられた新規
事項であるため,本件特許の出願は,特許法17条の2第3項に規定する要件を満
たしていないものであり,特許法123条1項1号の規定により無効である。
(2)ア審決は,本件当初明細書の「【0012】で言及されている図4を見ると」
とし,段落【0012】の記載が図4の説明であることを前提に判断している。
しかし,本件当初明細書の段落【0012】では,図4を具体的には引用して説
明していない。具体的に説明しているのは図1についてである。そのため,本件当
初明細書の段落【0012】を根拠としている審決は不当である。
イ審決は,「第1の割り溝11に対応する線状部分と,電極が形成できる平面
に対応する半弧状部分がつながった形状の開口を有する1つのマスクを用意すれ
ば,」とする。
しかし,本件当初明細書には,「第1の割り溝11に対応する線状部分と,電極
が形成できる平面に対応する半弧状部分がつながった形状の開口を有する1つの
マスクを用意す(る)」ことは一切記載されていない。また,本件特許出願当時,
そのような技術常識があったとはいえないので,上記のような事項が本件当初明細
書の記載から自明であったともいえない(甲14ないし17)
ウ審決は,「第一の割り溝を線状に形成」(当初明細書段落【0012】)」の「線
状」との用語は,「第一の割り溝」の形状が,一定幅で一方向に延びる完全な「線」
(矩形)の形状であることを指すのではなく,概ね線形の「溝」といえる形状であ
って,「線」以外の形状の部分,例えば「半弧状部分」を含む形状であってもよいこ
とを指すと解することもできる。」とする。
しかし,その根拠は一切示されていない。また,本件当初明細書の段落【001
6】,【0017】等の記載からすれば,「第一の割り溝11」の線幅がW1であると
認められ,第一の割り溝11に,その外にある「半弧状部分を含む」などと解する
余地は無い。そして,「第一の割り溝」が,チップ形状を決定する以上,「第一の割
り溝」は,「半弧状部分」を含まない形状であって,線以外の部分を含まないことは
明らかである。
エ以上のとおり,本件補正が新規事項の追加に該当しないとした審決の判断に
は誤りがあるから,取り消されるべきである。
第4被告の主張
1取消事由1(本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点の認定,判断の誤り)
について
(1)本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点について
ア原告は,甲1発明と本件発明1とに相違点があるとしても,第一の割り溝の
形成の仕方が「エッチング」か「ダイシング」かの違いだけである,また,原告は,
「エッチング」と「ダイシング」の違いについても,甲1文献には第一の割り溝に
相当する切り込みを反応性イオンエッチングによって形成することが記載されてい
るから,甲1発明において,第2の電極8のAl層8aが形成される「切り込み」を,
ダイシングにより形成するのではなく,反応性イオンエッチングにより形成するこ
とも,甲1文献に記載されているに等しいと主張する。
しかし,①甲1発明においてダイシングによるハーフカットで形成している溝は,
あくまでも電極形成用であって,ウエハーを割るための溝でないから,本件発明1
の「第一の割り溝を・・形成する」に該当するものではないし,②甲1文献ではダ
イシングで形成した溝の「側面」に露出した半導体層2~5に接するように溝の「全
部」に電極を形成しているから,本件発明1の「第一の割り溝の一部に電極が形成
できる平面を形成する」ものでもない。さらに,③原告が,甲1文献に反応性イオ
ンエッチングによる形成が開示されていると指摘したのは,ダイサーによる「切り
込み」とは目的も深さも全く異なる「凹部」に関するものであり,「切り込み」とは
何の関係もないから,本件発明1の「第一の割り溝を・・エッチングにより形成す
る」ことも実質的に開示されていない。
イ原告は,甲1文献には,「前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝
の線と合致する位置で,第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有
する第二の割り溝を形成する工程と,前記第一の割り溝および第二の割り溝に沿っ
て,前記ウエハーをチップ状に分離する工程」が記載されているから,この点は,
本件発明1と甲1発明との一致点であり,仮に,本件発明1の「分離」とダイシン
グによる「切断」が異なるとしても極めて容易に想到し得る相違点に過ぎない旨主
張する。
しかし,そもそも甲1文献にはサファイア基板側から第二の割り溝を形成するこ
とが一切記載されていないから,上記の全体が相違点であることは明らかである。
したがって,甲1文献には,原告が主張する本件発明1の内容が開示されていな
いことは明らかであり,これに基づく審決の相違点の認定に誤りはない。
ウ原告は,甲1発明の「切り込み」が本件発明1の「第一の割り溝」に当たる
と主張する。しかし,原告は,甲1文献の「切り込み」の全面に展延性のある金属
が形成されているにも関わらず,そのような「切り込み」が割って分離するための
「割り溝」に当たるといえる根拠をまったく説明していないから,その主張には明
らかに理由がない。
(2)相違点1に関する判断について
ア甲1文献には,本件発明1のように,エッチングで電極形成用の平面と同時
に形成した第一の割り溝と,基板裏面に形成した第二の割り溝とに沿ってチップを
分離することは記載も示唆もされていない。
また,特開昭62-105446号公報(以下「甲3文献」という。),特開昭5
3-115191号公報(以下「甲4文献」という。),甲5文献も,ダイサーまた
はスクライバーを使った通常のチップ化技術を開示するにすぎず,甲1発明と本件
発明1との相違点を開示するものではない。
また,甲1発明のダイシングによるチップ分離を,スクライブを用いたチップ分
離(甲3ないし5)に置き換えることには明らかな阻害要因がある。甲1発明のよ
うにダイサーを用いれば,Alなどの金属である電極とサファイア基板の両方を同
時に切断することができるが,同じことをスクライバーで行うのは不可能である(甲
1,段落【0033】,【0034】)。サファイア基板は,無機結晶であるためスク
ライバーでキズをつけた後に「割る」ことができるが,Alなどの金属は展延性が
あるため「割る」ことができない。
したがって,ダイサーとスクライバーの違いを知る当業者にとって,甲1発明に
おける幅150μmのダイシングブレードによる「切断」を,スクライバーによる
チップ分離(甲3ないし5)に置換すると,Al等からなる電極8の切断ができな
いことが明らかであり,そのような置き換えには阻害要因がある。
したがって,本件発明1と甲1発明には審決が認定したとおりの相違点があるか
ら同一のものではなく,その相違点は甲1発明や周知技術(甲3ないし5)に基づ
いて当業者が容易に想到し得たものではないから,審決の判断に誤りはない。
イ原告は,本件発明1がスクライブで割ることに限定されておらず,ダイサー
で第二の割り溝を形成して割る場合も含まれるから,審決の判断は前提を誤ってい
る旨主張する。しかし,審決は,ダイシングによって電極と一緒に「切断」する工
程から,「割る」ことにより分離する工程に置き換える動機がないと認定したのであ
り,「ダイシング」を「スクライブ」に置き換える動機がないなどとは認定していな
い。
また,原告は,甲1文献の図13(d)の状態から図11に示されるチップを作
製しているのであるから,金属に展延性があることは関係ない旨主張する。しかし,
甲1文献の段落【0035】の記載や図11を参照すれば,実際はダイシングによ
って電極8も同時に切断されていることが明らかである。
したがって,甲1文献に接した当業者は,甲1文献の図13(d)に模式的に示
されたウエハーをチップ分離する際には,切り込み部に形成された電極8a~8c
とサファイア基板1の両方をダイサーで切断することが明らかである。
(3)以上によれば,原告の主張する取消事由1は理由がない。
2取消事由2(甲2発明の認定の誤り,本件発明1と甲2発明の一致点及び相
違点の認定の誤り,相違点2に関する判断の誤り)について
(1)甲2発明の認定
ア原告は,甲2文献の図1及び図2において,p型層の周囲にn型層が線状に
露出している以上,ダイシングソーでカットされる際に形成される溝の線幅が,p
型層のエッチングの幅よりも細いことは明らかであると主張する。
しかし,甲2文献の図1及び図2は,甲2発明にかかる素子の構造を示すものに
すぎず,それを越えてチップ化工程について教示するものではない。
したがって,甲2文献の図1及び図2において,p型層の周囲にn型層が線状に
露出しているからといって,ダイシングソーでカットされる際の溝の線幅がp型層
のエッチングの幅よりも狭いとはいえない。
イ原告は,ダイシングソーやスクライバーを用いて素子を切断・分割する際に
は,ダイシングやスクライブによりpn接合領域にダメージが及ぶのを避けるため
に,ダイシングブレードやスクライバーよりも広い幅で,本件発明の「第一の割り
溝」に相当する溝,すなわちエッチングによる溝を設けるのが「技術常識」であり,
そのような溝は「スクライブライン」と呼ばれている(甲30)と主張する。
しかし,原告が主張するような「技術常識」を認めるに足りる証拠はない。ダメ
ージ防止用の「溝」を形成する場合にも,p型層だけを除去する深さではなく,素
子部分全体を除去できる深さとするのが通常であるから,甲2文献の図1及び図2
においてチップ外周部のp型層のみがエッチングで除去されている場合に,それが
ダイシングによるダメージ防止用の「溝」(=スクライブライン)と解する他はない,
などとは到底いえない。
ウ原告は,甲2文献の図9における凹部の中心付近で分割されない限り,図1
及び図2に示されるようにp型層3の周囲が線状に露出されることがないとして,
凹部の中心付近で分割されるものと理解するのが当然である旨主張し,さらに,図
9の状態から「ダイシングソーでカット」するにあたっては,当業者であれば,ダ
イシングソーの幅は,図9で設けられている,エッチングにより除去された凹部よ
りも狭いと理解するのが当然である旨主張する。
しかし,図9は,甲2文献が開示する発明の理解に必要でない細部を省略した概
略的な模式図である。甲2文献の図1,2及び9といった模式図を根拠に,原告が
主張するようなダイシング工程の詳細を読み取ることはできない。このため,審決
は,前記のとおり,本件発明1と甲2発明の相違点を認定したのであり,その認定
に誤りはない。
(2)相違点2に関する容易想到性の判断について
ア周知技術に基づく容易想到性について
原告の提出する文献は,いずれもサファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導
体を積層したウエハーのチップ化に関するものではなく,従来のGaAs系やGa
P系ウエハーのチップ化に関するものか(甲3,4),材料を特定しない一般的な半
導体ウエハーのチップ分離方法に関するものである(甲10ないし12)。このよう
なチップ分離技術を,サファイア基板という特殊な材料を用いた窒化ガリウム系化
合物半導体チップにかかる甲2発明に適用する動機付けがない。
また,原告が提出する文献のいずれにも,基板上に半導体を形成したウエハーに
ついて,ウエハー側から幅広の溝を形成し,基板側から細い幅の切れ込みを形成し
て,チップをカットするという周知技術は示されていない。
甲3文献及び甲4文献は,エッチングによって半導体層側に形成した第一の割り
溝の線幅W1よりも基板裏面に形成した第二の割り溝の線幅W2を細くすることを
教示するものでもない。この点,甲3文献及び甲4文献の図面には,半導体層側か
らのダイサーで形成した割り溝の線幅が,基板側からスクライバーで形成した割り
溝の線幅よりも太いことが示されているが,これはダイサーの刃幅が通常は20~
30μmあり,スクライバーによる割り溝の線幅(一般に5~15μm(乙7))よ
りも太いことによる必然的な結果を図に示したにすぎず,幅を任意に制御できるエ
ッチングによって割り溝を形成する場合に,その幅をどのように設定するかを何ら
教示するものではない。したがって,エッチングによる溝幅をスクライブレーンよ
りも広く設定するには,そのための積極的な動機が必要となるが,そのような動機
はない。
さらに,甲2発明と甲3文献,甲4文献,特開昭61-61436号公報(甲3
6。以下「甲36文献」という。)の組合せを検討したとしても,本件発明1の相違
点2に係る構成は得られない。すなわち,甲3文献及び甲4文献から,スクライバ
ー等が基板裏面から当たる場合に,それよりも広い線幅の割り溝を表面に形成して
おくとの教示が得られない。また,甲36文献については,審判で提出されなかっ
た証拠であるので本件訴訟において新たに組合せ引例として考慮することは許され
ないから,甲36文献に基づく主張には理由がない。なお,甲36文献にはスクラ
イバー等が基板裏面から当たる場合に,それよりも広い線幅の割り溝を表面に形成
しておくことは教示されていない。甲36文献の記載からは,ウエハー表面の第一
の割り溝の幅を,ウエハー裏面の第二の割り溝の幅よりも広くすべきとの教示は得
られない。
イ甲5文献に基づく容易想到性について
甲2文献には,ウエハーをダイシングしたという以外にチップ化の方法が記載さ
れていないところ,仮に,甲2文献に記載された「ダイシング」を甲5文献に記載
された「スクライブ」に変更するとしても,本件発明1との相違点2は導かれない。
すなわち,甲5文献には,スクライブによって割り溝を形成することが開示される
のみであり,半導体層側からエッチングで割り溝を形成することは記載も示唆もさ
れていないから,甲2発明に甲5文献を組み合わせたとしても,半導体層側から「第
一の割り溝を・・エッチングにより形成する」ことは導かれない。
また,甲5文献は,エッチングによって半導体層側に形成した第一の割り溝の線
幅W1よりも基板裏面に形成した第二の割り溝の線幅W2を細くすることを教示す
るものでもない。
したがって,甲2発明と甲5文献に記載された事項の組合せに基づいて,本件発
明1の「第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り
溝」を備えた製造方法を導くためには,エッチングによる溝(第一の割り溝)の線
幅を,基板側に形成されたスクライブレーン(第二の割り溝)の線幅よりも広くす
る積極的な動機が必要となる。しかし,甲2発明においてエッチング溝を形成する
のは電気分離のためであるところ,一般にスクライブレーンの線幅が5~15μm
であるのに対して(乙7),電気分離の目的にはエッチング溝の線幅がせいぜい数μ
mもあれば十分であるから,エッチングの溝幅をスクライブレーンよりも広くする
理由はない(甲2,段落【0010】)。よって,甲2発明と甲5文献に記載された
事項の組合せに基づいて「第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有
する第二の割り溝」との構成を想到することは容易でない。
(3)原告の主張について
原告は,①本件特許の出願当時,研磨により基板を薄くしたうえでスクライブす
るということは,窒化ガリウム化合物半導体はもとより,半導体素子一般で技術常
識であったこと(甲5,7,8),②本件発明1においては,サファイア基板の厚み
を規定していないことを理由に,甲2発明における「ダイシング」を二つの割り溝
を用いる分離に置き換えることについて阻害要因があるとの審決の判断には誤りが
ある旨主張する。
しかし,サファイア基板は結晶の性質上,スクライバーで切断することが不可能
であるというのが当時の当業者の一般的な理解であったから,サファイア基板を用
いた甲2発明において「ダイシング」を2つの割り溝を用いる分離,すなわちスク
ライバーを用いた分離に置き換えることに阻害要因があるとした審決の認定は妥当
である。また,審決は,スクライバーに関する甲5発明と甲2発明の組合せについ
て検討した上で,本件発明1の構成が容易に想到し得たとはいい難いと判断したの
であるから,甲2発明においてダイシングに代えてスクライブをすることに阻害要
因があるとした審決の認定は審決の結論に影響を与えるものではない。
(4)以上によれば,原告の主張する取消事由2は理由がない。
3取消事由3(本件補正が新規事項の追加に該当しないとした判断の誤り)に
ついて
(1)原告は,新規事項追加の有無の判断において審決が本件当初明細書の段落
【0012】を根拠として挙げた点について,段落【0012】は図1を説明する
もので,図4を説明していないから審決は不当である旨主張する。
しかし,審決は,図4を説明するものとして段落【0012】を引用したのでは
なく,段落【0012】及び【0019】を引用したのであり,これらはマスクを
使ったp型層のエッチングにより電極形成平面を形成するという手法を説明するも
のである。
したがって,審決が図4を説明するものとして段落【0012】を引用したとい
う原告の理解は完全に誤っているから,原告の上記主張は失当である。
原告は,審決が「1つのマスクを用意すれば」とした点について,本件当初明細
書には「1つのマスクを用意する」ことは記載されていないなどと主張する。
しかし,審決が「1つのマスクを用意すれば」としたのは,本件当初明細書にそ
のような記載があると認定したものではなく,本件当初明細書の段落【0012】
及び【0019】に記載されているとおり,マスクを使用したp型層のエッチング
によって第一の割り溝と電極形成平面を形成するならば,当業者であれば,図4に
示された線状部と半弧状部の形状からして「1つのマスクを用意」して製造するの
が合理的と考える,ということを説明しているにすぎない。
したがって,「1つのマスクを用意」する旨の審決の認定は妥当である。
原告は,審決が「線状の第一の割溝」が「半弧状部分」を含む形状であってもよ
いと解することができるとした点が誤りである旨主張する。
しかし,半弧状部分を第一の割り溝に含めたとしても,図4に示された第一の割
り溝の大部分は線形状を保っており,その場合に線形状の部分の幅W1を第一の割
り溝の「線幅」と称することは極めて自然である。請求項1に「チップ形状で線状
にエッチング」と記載されている以上,第一の割り溝に半弧状部分が含まれるとし
ても,それ以外の線状部分に着目して,その線状部分に沿ったチップ形状を想定す
るのが自然である。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
なお,審決は,「・・『第一の割溝』が・・『半弧状部分』を含む形状であってもよ
いと解することもできる」と判断した。
しかし,仮に本件当初明細書に記載された「第一の割り溝」が「半弧状部分」を
含まないと解釈しても,「第一の割り溝の一部に・・平面を形成する」との文言は,
必ずしも「第一の割り溝」の内側の一部に平面を形成することを指すとは限らず,
第一の割り溝の外周の一部に連続して平面を形成することを指すとも読めるから,
本件補正で追加した「第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する」と
の文言は新規事項追加とはならない。
(2)以上によれば,本件補正が新規事項の追加に該当しないとした審決の判断に
誤りはなく,原告の主張する取消事由3は理由がない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消され
るべき違法はないと判断する。その理由は次のとおりである。
1本件発明1の内容
本件明細書の記載によれば,本件発明1の内容は次のとおりである。
本件発明1は,窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法に係り,特に,サ
ファイア基板上に一般式InXAlYGa1-X-YN(0≦X<1,0≦Y<1)で表
される窒化ガリウム系化合物半導体が積層された窒化ガリウム系化合物半導体ウエ
ハーをチップ状に切断する方法に関する(【0001】)。
従来,半導体材料が積層されたウエハーから,発光デバイス用のチップに切り出
す装置には一般にダイサー,またはスクライバーが使用されているが(【0003】),
一般に窒化ガリウム系化合物半導体はサファイア基板の上に積層されるため,その
ウエハーは六方晶系というサファイア結晶の性質上へき開性を有しておらず,スク
ライバーで切断することは困難であった。一方,ダイサーで切断する場合において
も,窒化ガリウム系化合物半導体ウエハーは,前記したようにサファイアの上に窒
化ガリウム系化合物半導体を積層したいわゆるヘテロエピタキシャル構造であり格
子定数不整が大きく,また熱膨張率も異なるため,窒化ガリウム系化合物半導体が
サファイア基板から剥がれやすいという問題があった。さらにサファイア,窒化ガ
リウム系化合物半導体両方ともモース硬度がほぼ9と非常に硬い物質であるため,
切断面にクラック,チッピングが発生しやすくなり正確に切断することができなか
った(【0005】)。
本件発明1はこのような事情を鑑みてなされたもので,その目的とするところは,
サファイアを基板とする窒化ガリウム系化合物半導体ウエハーをチップ状に分離す
るに際し,切断面のクラック,チッピングの発生を防止し,歩留良く,所望の形状,
サイズを得るチップの製造方法を提供することにある(【0006】)。
本件発明1は,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエ
ハーから窒化ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法において,前記ウエハ
ーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形状で線状
にエッチングにより形成する(【0008】,【0019】)と共に,第一の割り溝の
一部に電極が形成できる平面を形成する(【0016】)工程と,前記ウエハーのサ
ファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で,第一の割り溝の線幅(W
1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝を形成する工程(【0009】,
【0013】,【0014】,【0021】)と,前記第一の割り溝および前記第二の割
り溝に沿って,前記ウエハーをチップ状に分離する工程(【0022】)とを具備す
ることを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法である。
本件発明1では,第一の割り溝11の線幅W1を,第二の割り溝22の線幅W2
よりも広くしているので,仮に切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合で
も,p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがなく,一枚のウエ
ハーから多数のチップを得ることができる(【0017】)。そのため,小さなチップ
状に切断するのが極めて難しい窒化物半導体ウエハーを,極めて高い歩留で正確に
切断することができ,生産性が向上し(【0027】),上記の目的が達成される。
2取消事由3(本件補正が新規事項の追加に該当しないとした判断の誤り)に
ついて
本件事案の内容に鑑み,まず取消事由3から判断する。
(1)審決が,本件補正は本件当初明細書に記載された事項の範囲内のものであっ
て,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていると判断したのに対し,
原告は,本件補正により,請求項1ないし4に記載された発明に,「前記ウエハーの
窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエ
ッチングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形
成する工程と,」という構成が追加されたところ,本件当初明細書には,上記構成は
記載されていなかったとして,本件特許の請求項1ないし4に記載されている事項
は,本件補正により新たに加えられた新規事項であるため,本件特許は,特許法1
7条の2第3項に規定する要件を満たしていない補正をした特許出願に対してなさ
れたものであり,同法123条1項1号に該当するから無効とすべきである旨主張
する。
原告の上記主張は,上記追加事項を含む本件補正が本件当初明細書に記載した事
項の範囲内においてする補正ではなく,補正の規定の要件を満たさないとの主張で
あると解される。
もっとも,本件特許の出願日は,平成5年11月6日であるから,本件補正につ
いては,平成5年法律第26号附則2条2項によりなお従前の例とされる同法によ
る改正前の特許法(以下「旧法」という。)53条1項の「願書に添付した明細書又
は図面について出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達前にした補正がこれらの要
旨を変更するものであるときは,審査官は,決定をもってその補正を却下しなけれ
ばならない。」との規定が適用される。そして旧法41条は,「出願公告をすべき旨
の決定の謄本の送達前に,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の
範囲内において特許請求の範囲を増加し減少し又は変更する補正は,明細書の要旨
を変更しないものとみなす。」と規定しており,特許請求の範囲の補正が要旨を変更
するものとなるかどうかについては,その補正が「願書に最初に添付した明細書又
は図面に記載した事項の範囲内において」する補正ということができるかによって
判断されることになる。
そこで,まず,本件補正により,本件特許の請求項1及び請求項1を引用する請
求項2ないし4に「前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割
り溝を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に,第一の割り溝
の一部に電極が形成できる平面を形成する工程と,」という記載が追加されたことが,
本件当初明細書に記載した事項の範囲内においてするものと認められるか否かにつ
いて検討する。
(2)本件当初明細書の記載
本件当初明細書(甲33)には,「第一の割り溝」の形成に関して,以下の記載が
ある(図面は,別紙本件当初明細書図面目録参照)。
「【0008】本発明の製造方法において,第一の割り溝を形成するには,最も好
ましくはウエットエッチング,ドライエッチング等のエッチングを用いる。・・・但
し,エッチングを行う前に,窒化物半導体表面に,所望のチップ形状となるように,
所定の形状のマスクを形成することは言うまでもない。・・・」
「【0012】・・・図1はサファイア基板1の上にn型窒化物半導体層2(n型
層)と,p型窒化物半導体層3(p型層)とを積層したウエハーの模式断面図であ
る。それらの窒化物半導体層側には所定のチップ形状になるように,第一の割り溝
11を線状に形成しており・・・。但し,この図では,第一の割り溝はp型層3を
エッチングして,n型層2を露出するように形成しており・・・。・・・」
「【0016】図4は,図1に示すウエハーを窒化物半導体層側からみた平面図で
あり,第一の割り溝11の形状を示していると同時に,チップ形状も示している。
この図では,p型層3を予めn層の電極が形成できる線幅でエッチングして,第一
の割り溝11を形成し,さらにp型層3の隅部を半弧状に切り欠いた形状としてお
り,この切り欠いた部分にn層の電極を形成することができる。」
「【0018】【実施例】[実施例1]厚さ400μm,大きさ2インチφのサファ
イア基板の上に順にn型GaN層を5μmと,p型GaN層とを1μm積層したウ
エハーを用意する。」
「【0019】次にこのp型GaN層の上に,フォトリソグラフィー技術によりS
iO2よりなるマスクをかけた後,エッチングを行い,図4に示す形状で第一の割
り溝を形成する。但し,第一の割り溝の深さはおよそ2μmとし,線幅(W1)8
0μm,350μmピッチとする。この第一の割り溝の線幅,ピッチを図4に示し
ている。」
「【0027】
【発明の効果】・・・また図1に示すように第一の割り溝を形成すれば,第一の割
り溝の表面に電極を形成することもできる。」
(3)上記(2)によれば,本件当初明細書には,第一の割り溝をエッチングにより
形成する際に,所定の形状のマスクを形成すること(段落【0008】,【0018】,
【0019】),図4は図1に示すウエハーを窒化物半導体層側からみた平面図であ
り,図1及び図4では,第一の割り溝は,p型層3をエッチングして,n型層2を
露出するように形成されていること(段落【0012】,【0018】,【0019】),
さらに,図4では,p型層3の隅部は半弧状に切り欠いた形状となっており,この
切り欠いた部分にn層の電極を形成できること(段落【0016】)が記載されてい
る。上記の切り欠いた部分はn層の電極を形成するためのものであるから,n型層
2が露出していることも技術的に明らかであるといえるものの,本件当初明細書に
は,第一の割り溝と切り欠いた部分を同時に形成するのか否かについては,明示的
には記載されていないことが認められる。
しかし,当業者であれば,半導体素子の形成に際して,工程数を削減することは
当然に考慮すべき事項であるところ,第一の割り溝と切り欠いた部分はともにエッ
チングによりp型層3を除去してn型層2を露出させることにより形成されるもの
であるから,同時に形成することが可能であり,本件当初明細書の記載に照らして
も,p型層3表面を基準とした両者の深さを異なるものにする必要性,すなわち,
両者を別工程で形成する必要性があるとは認められない。
そして,本件当初明細書の「図1に示すように第一の割り溝を形成すれば,第一
の割り溝の表面に電極を形成することもできる」(【0027】)との記載も併せ考慮
すれば,本件当初明細書には,p型層3のエッチングにより第一の割り溝を形成す
る際に,p型層3上に形成するマスクの形状を矩形の隅部が半弧状に切り欠いた形
状として,第一の割り溝と切り欠いた部分を同時に形成することも当業者にとって
自明な事項であり記載されているに等しいものと認められる。
なお,本件当初明細書には「図4・・・では,p型層3を予めn層の電極が形成
できる線幅でエッチングして,第一の割り溝11を形成し,さらにp型層3の隅部
を半弧状に切り欠いた形状としており,」(【0016】)との記載があり,「さらに」
という文言から,第一の割り溝を形成した後に切り欠いた部分を形成するという解
釈の余地もないわけではない。しかし,本件当初明細書の前記記載に照らせば,上
記の「さらに」は,経時的な順序を意味するのではないと解されるから,上記「さ
らに」との記載があることは,第一の割り溝と切り欠いた部分を同時に形成するこ
とが自明な事項であるとの認定判断を左右するものではないといえる。
したがって,本件特許の請求項1及び請求項1を引用する請求項2ないし4に「前
記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形
状で線状にエッチングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成で
きる平面を形成する工程と,」という記載を追加する本件補正は,願書に最初に添付
した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものと認められる。
なお,審決は,本件補正が本件当初明細書に記載した事項の範囲内のものである
としたものの,これが旧法53条1項及び同法41条ではなく,現行特許法17条
の2第3項の規定する要件を満たすとの判断をしていると解され,法令の適用を誤
ったものといわざるを得ない。
しかし,同項は,「第一項の規定により明細書,特許請求の範囲又は図面について
補正するときは,・・・願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面・・・
に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定するところ,出願当
初の明細書,特許請求の範囲又は図面のすべての記載を総合することにより,補正
が当業者によって,導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導
入しないものであるときは,当該補正は,明細書等に記載した事項の範囲内におい
てするものということができ,補正事項が明細書等に明示的に記載されている場合
や,その記載から自明である事項である場合には,そのような補正は,特段の事情
のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,明細書等に記
載された範囲内においてするものであるということができると解される。
これに対し,旧法41条における明細書等に記載した事項の範囲内についても,
同記載の範囲及び出願時において当業者が当初明細書の記載からみて自明な事項を
含むものと解されるから,現行特許法17条の2第3項の解釈ともこの点において
実質的に異なるものではないということができる。
そして,本件補正が本件当初明細書に記載した事項の範囲内においてするものと
認められることは前記認定のとおりである。
以上によれば,審決は,法令の適用を誤ったものの,旧法を適用したとしても判
断内容自体には誤りはないから,本件補正が補正の規定の要件を満たすとの結論に
おいても誤りはないといえる。
したがって,審決は,その結論に影響を及ぼす違法があるとまではいえないから,
これを取り消すべきものということはできない。
(4)原告の主張について
ア原告は,審決が本件当初明細書(甲33)の【0012】の記載が図4の説
明であることを前提に判断をしたことに対し,本件当初明細書の段落【0012】
で,具体的に説明しているのは,図1についてであって図4については説明してい
ないから,上記段落【0012】の記載を根拠とする審決は不当である旨主張する。
確かに,本件当初明細書の段落【0012】の記載は,図1に関するものである
と認められる。しかし,一方で,前記のとおり,本件当初明細書の段落【0016】
には,図4が,図1に示すウエハーを窒化物半導体層側からみた平面図であること
が記載されていることから,図1及び図4は,同一のウエハーに対する図面である
と理解することができる。そうすると,上記段落【0012】の記載が図1を対象
にしたものであるとしても,その記載事項は,図4についても妥当するといえる。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ原告は,本件当初明細書には,「第1の割り溝11に対応する線状部分と,電
極が形成できる平面に対応する半弧状部分がつながった形状の開口を有する1つの
マスクを用意す(る)」ことは一切記載されていない,また,上記のマスクを用意す
ることが合理的であることを裏付ける証拠は一切ない旨主張する。
確かに,前記のとおり,本件当初明細書には,第一の割り溝と切り欠いた部分を
同時に形成するのか否かについては明記されていない。
しかし,前記のとおり,本件当初明細書には,p型層3のエッチングにより第一
の割り溝を形成する際に,p型層3上に形成するマスクの形状を矩形の隅部が半弧
状に切り欠いた形状として,第一の割り溝と切り欠いた部分を同時に形成している
ことも記載されているものと認められる。また,審決は,本件当初明細書に「一つ
のマスクを用意す」るとの記載があると認定したものではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
ウ原告は,「線状」との用語は,「第一の割り溝」の形状が,一定幅で一方向に
延びる完全な「線」(矩形)の形状であることを指すのではなく,概ね線形の「溝」
といえる形状であって,「線」以外の形状の部分,例えば「半弧状部分」を含む形状
であってもよいことを指すとの審決の認定について,その根拠は一切示されておら
ず,「第一の割り溝11」の線幅がW1である以上,第一の割り溝11に,その外に
ある「半弧状部分を含む」などと解する余地はない旨主張する。
しかし,審決は,線状に形成された第一の割り溝とn層の電極を形成する半弧状
部分(切り欠いた部分)とを同時にエッチングで形成することが,本件当初明細書
の記載との関係において,新たな技術的事項を導入するものではないとの判断をし
ているのであり,この審決の判断に誤りはない。第一の割り溝が半弧状部分を含む
形状であるか否かについての認定は,上記判断を左右するものではない。
したがって,原告の上記主張はいずれも理由がない。
(5)以上によれば,原告の主張する取消事由3は理由がない。
3取消事由1(本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点の認定,判断の誤り)
について
(1)甲1発明の内容等
ア甲1文献の記載
甲1文献(甲1)には,次のとおりの記載がある(図面は別紙甲1文献図面等目
録参照)。
「【0032】・・・図11に示すように,発光ダイオード10bを,チップの中
央に透明導電膜から成る第1の電極7を形成し,その周辺にn+
層3に接続された
第2の電極8を形成することで製造しても良い。この時,第2の電極8の最下層で
あるAl層を反射膜とすることができるので,発光効率を向上させることができる。
【0033】このような発光ダイオード10bは,図12,図13に示す工程で
製造することができる。図12の(a)に示すように,サファイヤ基板1上に・・・
順次,AlNから成るバッファ層2,高キャリヤ濃度n+
層3,低キャリヤ濃度n
層4a,i層5を製造した。次に,図12の(b)に示すように,図12の(a)
の多層構造のウェーハに対して太い刃物(例えば,250μm厚)を用いたダイシ
ングによりi層5から低キャリヤ濃度n層4a,高キャリヤ濃度n+
層3,バッフ
ァ層2,サファイヤ基板1の上面一部まで格子状に所謂ハーフカットにて切り込み
を入れた。
【0034】次に・・・ITOから成る第1の電極7と,第2の電極8のAl層
8aを,図13の(c)に示すように形成した。さらに・・・取出電極9のNi層
9b,Au層9c及び第2の電極8のNi層8b,Au層8cを形成した。
【0035】次に,図13(d)に示すように,細い刃物(例えば,150μm
厚)を用いたダイシングにより,格子状に第2の電極8が形成されてた切り込みが
入れられている部分において,サファイヤ基板1を格子状に切断した。このように
して,図11に示す構造の発光ダイオード10bを製造することができる。」
イ甲1発明の内容等
甲1文献の上記記載によれば,甲1発明の内容は,前記第2,3(2)アのとおりで
あると認められる。
(2)本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点の認定
審決が認定した本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点は,前記第2,3(2)
イ,ウのとおりである。これに対し,原告は,本件発明1と甲1発明とは,「サファ
イア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体を積層したウエハーから窒化ガリウム系
化合物半導体チップを製造する方法において,前記ウエハーの窒化ガリウム系化合
物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形状で線状に形成すると共に,第一
の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する工程と,前記ウエハーのサファ
イア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で,第一の割り溝の線幅(W1)
よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝を形成する工程と,前記第一の割り
溝および前記第二の割り溝に沿って,前記ウエハーをチップ状に分離する工程とを
具備することを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体チップの製造方法。」という
点で,明示的に一致し(下線部が審決の一致点の認定に付加すべきと原告が主張す
る部分である。),本件発明1では,第一の割り溝をエッチングにより形成するのに
対し,甲1発明では,第一の割り溝に相当する切れ込みをダイシングにより形成す
る点で,一応相違する可能性があるといえる旨主張する。そこで,以下,本件発明
1と甲1発明の一致点及び相違点について検討する。
アまず,本件発明1においては,本件特許の請求項1に,「前記第一の割り溝お
よび前記第二の割り溝に沿って,前記ウエハーをチップ状に分離する」と記載され
ているとおり,ウエハーを「割る」ことによってチップ状に分離しているものと認
められる。
また,本件明細書の「本発明の方法では,第一の割り溝11の線幅W1を,第二
の割り溝22の線幅W2よりも広くしているので,仮に切断線が斜めとなってウエ
ハーが切断された場合でも,p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出る
ことがなく,一枚のウエハーから多数のチップを得ることができる。」(【0017】)
との記載によれば,本件発明1において,ウエハーを割ることによってチップ状に
分離する際には,第二の割り溝が切断面(切断線)の起点として機能し,第一の割
り溝が切断面(切断線)の終端を受ける切りしろとして機能するものと認められる。
イ一方,甲1文献の前記記載によれば,甲1発明においては,チップ状に分離
する手段について,「太い刃物(例えば,250μm厚)を用いたダイシングにより,
前記i層5から前記低キャリヤ濃度n層4a,前記高キャリヤ濃度n+
層3,前記
バッファ層2,前記サファイヤ基板1の上面一部まで格子状に所謂ハーフカットに
て切り込みを入れ,前記切り込みに,最初にAl層8aを形成し,次にNi層8b
を形成して前記切り込みを埋め,次に前記Ni層8b上にAu層8cをして,前記
Al層8aと前記Ni層8bと前記Au層8cとからなる第2の電極8を形成し,
前記第2の電極8が形成されて埋められた,前記切り込みが入れられていた部分に
おいて,細い刃物(例えば,150μm厚)を用いたダイシングにより,前記サフ
ァイヤ基板1を格子状に切断する」とされているところ,甲1文献には,細い刃物
(例えば,150μm厚)を用いたダイシングによって,厚さ方向のいかなる範囲
までが切断されるのかは記載されていないため,甲1発明では,ウエハーを「割る」
ことによって格子状に切断しているのか否かは直ちには明らかではないといえる。
しかも,甲1発明において,細い刃物を用いたダイシングによって,サファイヤ
基板1及び埋め込み形成されたAl層8aとNi層8bとAu層8cとからなる第
2の電極8の全てを切断した場合(フルカットした場合)には,ウエハーを割るこ
とによって格子状に切断しているということはできない。
また,第2の電極8(最下層はAl層)には展延性があるため,当業者であれば,
細い刃物を用いたダイシングによって,サファイヤ基板1及び第2の電極8のうち
の一部分を切断し,残りの部分を外力を加えることによって切断すること(外力を
加えて無理にこれを引き裂くこと)は行わないものと認められる。そもそも,展延
性のある金属を引き裂くことが「割る」ことに該当しないことは当業者にとって明
らかなことであるといえる。
したがって,甲1発明では,ウエハーを割ることによって格子状に切断している
ということはできず,甲1発明における太い刃物や細い刃物を用いたダイシングに
よって形成された切り込みは,割るための溝として機能するものとはいえないから,
いずれも,本件発明1の第一の割り溝や第二の割り溝には相当しない。
なお,原告が主張するように,本件特許の出願当時,半導体素子において,基板
側に細い溝を形成してチップを分離することが仮に周知技術であったしても,この
ことは上記認定を左右しない。
ウ以上のとおり,本件発明1と甲1発明は,ウエハーをチップ状に分離する手
段が全く異なるから,その一部分のみを取り出して,一致点及び相違点の認定をす
ることは誤りである。
したがって,チップ状に分離する手段を一体のものとして捉えた上で,チップ状
に分離する手段が異なることを,本件発明1と甲1発明の相違点として認定し,本
件発明1と甲1発明が同一であるとはいえないとした審決の判断に誤りはない。
(3)相違点1に関する判断
本件発明1と甲1発明との相違点1は,審決が認定したとおり,「「ウエハーをチ
ップ状に分離する工程」について,本件発明1は,「ウエハーの窒化ガリウム系化合
物半導体層側から第一の割り溝を所望のチップ形状で線状にエッチングにより形成
すると共に,第一の割り溝の一部に電極が形成できる平面を形成する工程と,前記
ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合致する位置で,第一の割り
溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二の割り溝を形成する工程と,
前記第一の割り溝および前記第二の割り溝に沿って,前記ウエハーをチップ状に分
離する工程」と特定されているのに対して,甲1発明は,該特定を有しない点。」で
ある。
そこで,上記相違点1の認定に基づいて,チップ状に分離する手段として,甲1
発明において,本件発明1の相違点1に係る構成を採用することの容易想到性につ
いて検討するに,甲1文献には,本件発明1の相違点1に係る構成を採用すること
の示唆や動機付けがあるとは認められない。
むしろ,前記のとおり,Al層8aとNi層8bとAu層8cとからなる第2の
電極8には展延性があり,甲1発明において,細い刃物を用いたダイシングによっ
て,サファイア基板1及び第2の電極8のうちの一部分を切断し,残りの部分を外
力を加えることによって分離することは,外力を加えて無理にこれを引き裂くこと
となるから,当業者であれば,甲1発明において,上記のチップ分離手段は採用し
ないことが明らかであるといえる。甲1発明において,細い刃物を用いたダイシン
グによって,サファイア基板1及び第2の電極8のうちの一部分を切断し,残りの
部分を外力を加えることによって分離することには,阻害要因があると認められる。
そして,このことは,甲1発明における切り込みの形成手段としてダイシング以外
のスクライブ等の手段を用いた場合でも同様に当てはまる。
したがって,甲1発明において,相違点1に係る構成を採用することは,当業者
が容易に想到し得たとは認められない。
以上によれば,本件発明1は,甲1発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものとも認められないとした審決の判断に誤りはない。
(4)原告の主張について
ア原告は,甲1発明における「ハーフカット」による「切り込み」が「割り溝」
に当たり,甲1文献の記載からも,図12(b)において,第一の割り溝が形成されて
いることは明らかである旨主張する。
しかし,甲1発明においては,前記のとおり,第2の電極8には展延性があるた
め,これを外力を加えることによって分離するのは困難であり,ウエハーを割るこ
とによって格子状に切断しているということはできないから,甲1発明における太
い刃物や細い刃物を用いたダイシングによって形成された切り込みは,本件発明1
の第一の割り溝及び第二の割り溝とは異なり,割るための溝として機能するものと
はいえず,いずれも,本件発明1の第一の割り溝や第二の割り溝には相当しない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ原告は,審決が,甲1発明の「切り込み」を「第一の割り溝」とみたとして
も,「切り込み」には電極が形成済みであり,「第一の割り溝の一部に電極を形成す
る面」といえるものが存在しない,と判断したことに対し,甲1発明においては,
「第一の割り溝」である「ハーフカットの切り込み部分」に電極が形成されており,
「第一の割り溝の一部に電極を形成する面」は,第一の割り溝の一部に電極が形成
できれば良いのであるから,第一の割り溝の全部に電極が形成される場合を含んで
いることは明らかである旨主張する。
しかし,甲1発明における太い刃物や細い刃物を用いたダイシングによって形成
された切り込みは,いずれも,本件発明1の第一の割り溝や第二の割り溝には相当
しないことは前記認定のとおりであるから,甲1発明における太い刃物を用いたダ
イシングによって形成された切り込みが本件発明1の「第一の割り溝」に相当する
ことを前提とする原告の上記主張は,その根拠を欠くものであり,採用することが
できない。
ウ原告は,そもそも本件発明1は「スクライブ等で割る」ことに限定されてい
ないから,甲1文献の図13(d)の溝が「第二の割り溝」に該当することは明らかで
あり,また,ダイシングによる切断を「スクライブ等で割る」ことに置き換えると
いう審決は,その前提が誤っている,また,金属に展延性があることから分離し難
いのであれば,図13(d)の状態からも分離し難いこととなってしまうが,甲1発明
においては,図13(d)の状態から,図11に示されるチップを作製しているのであ
るから,金属に展延性があることは何ら関係がないなどと主張する。
しかし,審決は,前記第一の割り溝および前記第二の割り溝に沿って,前記ウエ
ハーをチップ状に分離する工程を相違点1と認定した上で,甲1発明において,「割
る」ことによってウエハーをチップ状に分離する工程を採用することの容易想到性
を判断しているのであって,「スクライブで割る」ではなく,「スクライブ等で割る」
とあるように,スクライブはそのための例示として挙げられているにすぎない。
そして,甲1発明における太い刃物や細い刃物を用いたダイシングによって形成
された切り込みが,いずれも,本件発明1の第一の割り溝や第二の割り溝には相当
しないことは,前記認定のとおりであるから,甲1発明における切り込みが本件発
明1の第一の割り溝や第二の割り溝に当たることを前提とする原告の上記主張は採
用することができない。
エ原告は,甲1文献の記載によれば,甲1発明において,第2の電極8のAl
層8aが形成される「切り込み」を,ダイシングにより形成するのではなく,反応
性イオンエッチングにより形成することも,甲1文献に記載されているに等しいと
いえるから,本件発明1と甲1発明とは同一である,また,仮に,上記の点が相違
点であるとしても,甲1文献の記載によれば,甲1発明において,第2の電極8の
Al層8aが形成される「切り込み」を,ダイシングにより形成するのではなく,
反応性イオンエッチングにより形成することは,当業者にとって極めて容易であり,
さらに,仮に,本件発明1の「分離」と,甲1発明における「ダイシング」による
「切断」とが相違点であるとしても,本件特許の出願当時,半導体素子において,
基板側に細い溝を形成してチップを分離するということは周知技術(甲3ないし5)
であるから,甲1発明において,サファイア基板側に細い溝を形成して,チップを
分離することは極めて容易であるといえる旨主張する。
しかし,甲1発明における太い刃物や細い刃物を用いたダイシングによって形成
された切り込みが,いずれも,本件発明1の第一の割り溝や第二の割り溝には相当
しないことは,前記認定のとおりであるから,本件発明1と甲1発明が同一である
とはいえないし,甲1発明における切り込みの形成手段が,ダイシングであるかエ
ッチングであるかということは,相違点1に関する容易想到性の判断を左右するも
のではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(5)以上によれば,原告の主張する取消事由1は理由がない。
4取消事由2(甲2発明の認定の誤り,本件発明1と甲2発明の一致点及び相
違点の認定の誤り,相違点2に関する判断の誤り)について
(1)甲2発明の認定
ア甲2文献(甲2)には次の記載がある(図面は別紙甲2文献図面等目録参照)。
「【0015】
【実施例】
・・・サファイア基板1上にTMG(トリメチルガリウム)-アンモニアを用い
MOCVD法により,厚さ3μmのn型GaN層2,および厚さ0.5μmのp型
GaN層3を順に積層した。その断面図を図4に示す。
【0016】
次にp型層3の上にプラズマCVD法を用い,保護膜としてSiO2膜を厚さ1
μmで形成した。その断面図を図5に示す。
【0017】
SiO2層を形成した後,さらにフォトリソグラフィーによりポジ型フォトレジ
ストを形成し,露光してパターニングを施した。その断面図を図6に示す。
【0018】
次に,フォトレジストのパターニングが終了したウエハーをフッ酸に浸漬し,S
iO2層をフォトレジストと同様のパターンにエッチングした。ウエハーを水洗し
た後,アセトンで洗浄することによりフォトレジストを剥離した。その断面図を図
7に示す。
【0019】
パターニングの施されたSiO2層が現れたウエハーのp型層3をドライエッチ
ングした。その断面図を図8に示す。
【0020】
残留するSiO2層を,前述のフッ酸溶液に浸漬することによって除去した後,
蒸着およびリフトオフ法により,図9に示すように,p型電極5(線状電極6)と
n型電極4を付け,ペレットチェックをウエハー状態で行った後,ダイシングソー
でカットして本考案の青色発光素子を得た。なお,p型電極5および線状電極6は
フォトレジストをp型層上に形成した後,蒸着によって同時に形成した。」
「【図面の簡単な説明】
【図1】本考案の一実施例の窒化ガリウム系化合物半導体素子の構造を示す平面
図。
【図2】本考案の一実施例の窒化ガリウム系化合物半導体素子の構造を示す概略
断面図。」
イ審決は,甲2発明を前記第2,3(3)アのとおり認定したのに対し,原告は,
甲2発明を「サファイア基板1上にn型層2及びp型層3を積層したウエハーから
窒化ガリウム系化合物半導体素子を作製する方法において,前記ウエハーのp型層
3側から所望のチップ形状で線状にドライエッチングすると共に,n型層の上部に
電極を形成する面を形成し,前記ウエハーの前記エッチング部の線と合致する位置
で,エッチング部の線幅よりも細い線幅で,前記エッチング部に沿って,ダイシン
グソーで前記ウエハーをチップ状にカットすることを特徴とする窒化ガリリム系化
合物半導体素子の製造方法。」と認定すべきであるから,審決の認定には誤りがある
と主張する。
そこで,甲2文献に記載された内容について,以下検討する。
ウ甲2文献の前記記載によれば,甲2文献には,ウエハーをチップ状にカット
する方法について,パターニングの施されたSiO2層をマスクとしてp型層3(p
型GaN層3)をドライエッチングし(【0019】,図8),SiO2層を除去した
後,p型電極5(線状電極6)とn型電極4を付け,ペレットチェックをウエハー
状態で行った後,ダイシングソーでカットする(【0020】,図9)ことが記載さ
れているところ,図9に示される3本の縦の点線が何を意味するのかについて記載
はなく,また,ダイシングソーでどの箇所をカットするのかについても記載はない。
しかし,チップ状にカットされた後の窒化ガリウム系化合物半導体素子の構造を
示す図1及び図2によれば,p型GaN層3は,ドライエッチングによって,左上
隅部の円弧状の切欠部を除き,周囲をn型GaN層2が露出した状態で取り囲むよ
うに矩形状に形成されているものと認められ,p型GaN層3の周囲を取り囲むよ
うにn型GaN層2が露出していることに照らせば,p型GaN層3を除去して格
子状に形成された溝部は,その幅がダイシングソーの刃の厚さよりも広くなるよう
に形成されており,ダイシングは,ダイイングソーの刃を当該溝部の中央付近であ
って刃の両側にn型GaN層が露出する位置に当接させて行われたものと認められ
る。仮に,図9に示される3本の縦の点線の位置で,ダイシングが行われたとすれ
ば,n型GaN層2とp型GaN層3の接合面がダイシングソーの刃によって損傷
を受けることとなって素子の動作に支障をきたすおそれがあり,また,ダイシング
後の素子の構造が,図1及び図2に示されたp型GaN層3の周囲の全てを取り囲
むようにn型GaN層2が露出した構造にもならないから,図9に示される3本の
縦の点線をダイシング位置として解釈することは困難であるといえる。
したがって,甲2発明において,ウエハーをチップ状にカットする点について,
「前記ウエハーの前記エッチング部の線と合致する位置で,エッチング部の線幅よ
りも細い線幅で,前記エッチング部に沿って,ダイシングソーで前記ウエハーをチ
ップ状にカットする」と認定する余地はあり,原告の主張する甲2発明の内容自体
は直ちに誤りであるということはできない。
エしかし,一般的に,引用発明の認定は,これを対象発明と対比させて,特許
発明と引用発明の一致点及び相違点に係る技術的構成を確定させることを目的とし
てされるものであるから,引用発明の認定に当たっては,対象発明の発明特定事項
に相当する事項を過不足のない限度で認定すれば足りる。
そうすると,審決が,本件発明1の発明特定事項に相当する事項を過不足のない
限度で甲2発明を認定したか否かについては,一致点及び相違点に係る技術的構成
を確定することができる否かと関連するものであるといえるから,本件発明1と甲
2発明の一致点及び相違点の認定と併せて検討することとする。
オ原告は,審決の甲2発明の認定には誤りがあり,甲2発明の認定に基づく本
件発明1と甲2発明の一致点及び相違点の認定には誤りがあるとして,前記ウの甲
2発明の内容に基づいて,本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点を次のよう
に認定すべきであると主張する。
「本件発明1と甲2発明とは,「サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体
を積層したウエハーから窒化ガリウム系化合物半導体チップを製造する方法におい
て,前記ウエハーの窒化ガリウム系化合物半導体層側から第一の割り溝を所望のチ
ップ形状で線状にエッチングにより形成すると共に,第一の割り溝の一部に電極が
形成できる平面を形成する工程と,第一の割り溝の線と合致する位置で,第一の割
り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)で,前記第一の割り溝に沿って,前記
ウエハーをチップ状に分離する工程とを具備することを特徴とする窒化ガリウム系
化合物半導体チップの製造方法。」という点で,明示的に一致し(下線部が審決の一
致点の認定に付加すべきと原告が主張する部分である。),本件発明1では,第二の
割り溝をウエハーのサファイア基板側から形成する工程を具備するのに対し,甲2
発明では,かかる工程があるか不明である点で相違する。」
前記認定のとおり,本件発明1においては,ウエハーを「割る」ことによってチ
ップ状に分離していることが認められる。そして,前記割り溝の構成とすることに
より,その分離の際には,第二の割り溝が切断面(切断線)の起点として,第一の
割り溝が切断面(切断線)の終端を受ける切りしろとして,第一の割り溝と第二の
割り溝が対となる一体のものとして機能し,また,第一の割り溝の線幅W1を第二
の割り溝の線幅W2よりも広くすることにより,仮に切断線が斜めとなってウエハ
ーが切断された場合でも,p-n接合界面まで切断面が入らずチップ不良が出るこ
とがなく,一枚のウエハーから多数のチップを得ることができるという技術的な意
義があるものと認められる。
一方,甲2発明においては,ウエハーをチップ状にカットする手段としてダイシ
ングソーが用いられているから,本件発明1とはチップ分離手段が異なる。また,
「前記ウエハーの前記エッチング部の線と合致する位置で,エッチング部の線幅よ
りも細い線幅で,」との構成については,チップ分離手段として,ダイシングソーを
用いることにより,p型層3を除去して形成される溝部の幅がダイシングソーの刃
の厚さの制約を受けることによるものであって,必然性はなく,本件発明1に対応
する技術的な意義があるとはいい難い。
そうすると,本件発明1と甲2発明の技術的意義の相違を看過して,チップ分離
手段が異なる本件発明1と甲2発明との一致点を認定するに当たり,形式的に共通
する部分として,本件発明1の第一の割り溝の線幅W1と第二の割り溝の線幅W2
の大小関係のみを部分的に抽出して甲2発明との一致点とすることは相当であると
はいえない。また,そもそも,甲2発明においては,割ることによってではなく,
ダイシングによってチップ化を行っているから,本件発明1と甲2発明がいずれも
「第一の割り溝」を有することを一致点として認定することも相当ではない。
したがって,本件発明1と甲2発明の相違点の認定に当たっては,本件発明1と
甲2発明におけるチップ分離手段をそれぞれ一体のものとして捉えるべきであり,
上記の違いを相違点として認定した審決に誤りはないといえる。そして,上記のよ
うに,本件発明1と甲2発明の一致点及び相違点の技術的構成を確定することがで
きるのであるから,審決は,甲2発明について,本件発明1の発明特定事項に相当
する事項を過不足のない限度で認定したと認められる。
また,原告の主張するように甲2発明を認定したとしても,その相違点の認定に
際しては,それぞれの発明におけるチップ分離手段を一体のものとして捉え,その
違いを相違点として認定すべきであるといえるから,原告の主張する甲2発明が内
容自体に誤りはないとしても,甲2発明と本件発明1との一致点及び相違点の認定
に影響を及ぼすものではなく,一致点及び相違点の技術的構成を確定することがで
きるのであるから,結局,審決の甲2発明の認定に誤りはないことになる。
(2)相違点2に関する判断
ア審決の本件発明1と甲2発明の相違点の認定に誤りはないから,審決の相違
点2の認定に基づいて,甲2発明のチップ分離手段を本件発明1のチップ分離手段
に置き換えることの容易想到性について検討する。
イ各文献の記載事項
(ア)甲3文献に記載された事項
チップ分離手段に関して,甲3文献(甲3)には,次の記載がある(図面は別紙
甲3文献図面等目録参照)。
「Si,GaAs,GaAsP,GaP,GaAlAs等の半導体結晶基板に・・・
PN接合を形成し,P層及びN層の必要な箇所に電極を形成する。そして,個々の
チップに分割される前に電気的,光学的特性の測定を行ない,良,不良を判定する。」
(1頁右欄6行から11行)
「第3図にPN接合及び電極形成後の半導体結晶基板を示している。1はP層電
極,2はP層,3はN層,4はN層電極である。この半導体結晶基板にハーフダイ
スを行ない,第4図のように基板の厚みの半分近辺の深さまで極細幅の溝5を入れ
る。これにより半導体結晶基板自体が分割されることなく,個々のチップ相当部が
電気的に分離されることになる。以上の過程を経て,基板上の個々のチップ相当部
の電気的,光学的特性を測定し,良品,不良品の判定を行ない不良品に印等をつけ
これらを区別できるようにする。
次に,第5図に示すように,スクライブ法によりダイシングライン(溝5のライ
ン)と一致するように半導体結晶基板の裏面からダイヤモンドツールでスクライブ
ライン6を形成する。この後,ブレークにより半導体結晶基板に割る力を加え,各
チップに分割する。チップに分割したときの様子を第6図に示す。7は上記によっ
て分割されたチップである。」(1頁右欄下4行から2頁左上欄15行)
(イ)甲4文献に記載された事項
チップ分離手段に関して,甲4文献(甲4)には,次の記載がある(図面は別紙
甲4文献図面等目録参照)。
「第1図は第1の工程を示し,GaP結晶からなるウエーハ(1)の表裏両主面
に平行なPN接合面(2)が形成され,その後,表主面に個々の電極(3),(3)
…が,又裏主面に全面電極(4)が夫々形成される。
第2図は第2の工程を示し,ウエーハ(1)の表面よりペレットを区画するダイ
シングがなされ,ダイシング溝(4)により個々のPN接合(2’)が分離形成され
る。この時ダイシング溝(4)の深さはPN接合面(2)の深さ以上,且ウエーハ
の厚み以下であり,又,後述する如く,ペレット幅,即ちダイシング溝間隔Wの1
/3以上あることが好ましい。
次に,図示しないが,第3の工程として,分離された各PN接合(2’)の特性検
査がなされる。」(1頁右欄1行から13行)
「第3図は第4の工程を示し,ウエーハ(1)の裏主面に於て,各ダイシング溝
(4)に対応する箇所にスクライブ線(5)が形成される。
第4図は最終工程を示し,ウエーハ(1)から個々のペレット(6)が分離され
る。斯る分離は,ウエーハ(1)にローラなどにより歪を加えて,スクライブ線(5)
から対応するダイシング溝(4)に亀裂を発生させることによりなされる。この時,
ダイシング溝(4)の深さが既述の如くペレット幅の1/3以上であると上記分離
が容易になされることが実験的に確認された。」(1頁右欄下3行~2頁左上欄8行)
(ウ)甲5文献に記載された事項
チップ分離手段に関して,甲5文献(甲5)には,次の記載がある(図面は別紙
甲5文献図面等目録参照)。
「【0004】・・・GaP,GaAs等のせん亜鉛構造の結晶はへき開性が「1
10」方向にあるため,この性質を利用してスクライバーで,この方向にスクライ
ブラインを入れることによりチップ状に簡単に分離できる。しかしながら,窒化ガ
リウム系化合物半導体はサファイアの上に積層されており,そのサファイアは六方
晶系という結晶の性質上,へき開性を有していないのでスクライバーで切断するこ
とは不可能であった。また窒化ガリウム系化合物半導体を青色発光素子としたダイ
オードは未だ実用化されておらず,工業的にウエハーをチップに分離する手段は開
発されていないのが実状である。
【0005】【発明が解決しようとする課題】窒化ガリウム系化合物半導体ウエハ
ーは,その基板にサファイアという非常に硬い材料が使用されており,またその上
に積層された窒化ガリウム系化合物半導体の結晶もサファイアと同じく非常に硬い
物質であるため,ダイサーで切断すると,その切断面にクラック,チッピングが発
生しやすくなり,綺麗に切断できなかった。」
「【0007】【課題を解決するための手段】本発明者らはその結晶型が六方晶系
でへき開性がないため,ダイサーでしかチップ状に切断できなかった窒化ガリウム
型化合物半導体ウエハーでも,基板の厚さを最適化することにより,スクライバー
で簡単に切断できることを見いだし本発明を成すに至った。
【0008】本発明の切断方法は,一般式GaXAl1-XN(0≦X≦1)で表さ
れる窒化ガリウム系化合物半導体がサファイア基板上に積層されてなる窒化ガリウ
ム系化合物半導体ウエハーをチップに切断する方法において,前記サファイア基板
の厚さを100~250μmとし,さらに,前記ウエハーの基板側,もしくは窒化
ガリウム系化合物半導体層側,またはその両側をスクライブして切断することを特
徴とするものである。・・・」
(エ)甲36文献に記載された事項
チップ分離手段に関して,甲36文献(甲36)には,次の記載がある(図面は
別紙甲36文献図面等目録参照)。
「従来行なわれているダイシングの方法は第2図(a),(b)に示すように,化
合物半導体のウエハー12の裏面に塩化ビニル製シート2を貼り付け,この状態で
化合物半導体ウエーハ12の表面の幅約50μmの切りしろ領域3を厚さ約25μ
mの切削歯を用いて切削し,幅約30μm,深さはウエハー12の厚さの約2/3
の切削溝4を形成する。この後ローラーにより,化合物半導体ウエハー12を分割
している。」(2頁右上欄1行から9行)
「次に,本発明の一実施例をその工程に沿って説明する。
まず,第3図(a)に示すように,通常のリソグラフィー技術である両面目合せ
法により,切りしろ領域3及びこの位置に合わせて化合物半導体ウエハー12の裏
面のスクライブ位置6の両面に後に用いるエッチングマスク7,7’を各々20μ
m,5μm幅でパターニングする。次に,同図(b)に示すように,リン酸系エッ
チング液により,エッチングマスク7,7’により露出する部分を,深さ約10μ
mにエッチングし,ウエハー12の表面の溝8と裏面の溝9が形成した後,エッチ
ングマスク7,7’を除去する。その後,同図(c)に示すように,ウエハー12
の表面に塩化ビニル製シート2を貼り付けた後,ウエハー12の裏面の溝9に合せ
てウエハー12の厚さの約2/3の深さに切削する。次に,同図(d)に示すよう
に,ローラーによりウエハー12を劈開し,劈開線10を入れて,個々の半導体素
子に分割する。」(2頁右上欄下4行~左下欄下6行)
ウ検討
前記認定の本件発明1の技術的特徴によれば,本件発明1において,第二の割り
溝が切断面(切断線)の起点として,第一の割り溝が切断面(切断線)の終端を受
ける切りしろとして,第一の割り溝と第二の割り溝が対となる一体のものとして機
能し,また,第一の割り溝の線幅W1を第二の割り溝の線幅W2よりも広くするこ
とにより,仮に切断線が斜めとなってウエハーが切断された場合でも,p-n接合
界面まで切断面が入らずチップ不良が出ることがなく,一枚のウエハーから多数の
チップを得ることができる点で,上記割り溝に係る構成には技術的意義があるもの
と認められる。そうすると,「前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の
線と合致する位置で,第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有す
る第二の割り溝を形成する工程」との相違点2に係る構成は,本件発明1の効果を
奏するために必須の構成であるということができる。
他方で,前記のとおり,甲2発明においては,ダイシングソーによりウエハーを
チップ状にカットしているところ,「前記ウエハーの前記エッチング部の線と合致す
る位置で,エッチング部の線幅よりも細い線幅で,」との構成については,チップ分
離手段として,ダイシングソーを用いることにより,p型層3を除去して形成され
る溝部の幅がダイシングソーの刃の厚さの制約を受けることによるものであって,
必然性はなく,本件発明1に対応する技術的な意義があると認めることはできない。
したがって,本件発明1と甲2発明との相違点に係る構成が当業者にとって容易
想到であったというためには,少なくとも,「第一の割り溝を・・・エッチングによ
り形成すると共に」,「前記ウエハーのサファイア基板側から第一の割り溝の線と合
致する位置で,第一の割り溝の線幅(W1)よりも細い線幅(W2)を有する第二
の割り溝を形成する工程」が公知文献に開示又は示唆されており,周知技術であっ
たといえなければならない。
甲3文献及び甲4文献の前記記載によれば,従来のSi,GaAs,GaAsP,
GaP,GaAlAs等の半導体基板上に形成された半導体素子を個々のチップに
分離する手段として,ダイシングによって半導体素子形成面に幅広の溝を形成する
とともに,半導体基板裏面の当該幅広の溝に対向する位置にスクライブにより幅狭
のスクライブラインを形成した後,外力を加えて割ることは,本件特許の出願時に
おいて,当業者に周知の技術であったと認められる。
しかし,甲3文献及び甲4文献には,半導体素子側に設ける溝の形成手段として
ダイシングの他にエッチングを用いることや,当該手段としてエッチングを用いた
場合においても,溝幅を,ダイシングを用いた場合と同程度の幅広に形成すること,
そして,その結果として,当該溝幅をウエハー側からダイシングで形成される溝よ
りも幅広に形成することまでは,開示又は示唆されているとはいえず,上記技術が
本件特許の出願時における当業者の周知技術であったということはできない。
また,甲36文献には,半導体素子側にエッチングにより溝8を形成し,ウエハ
ー側に切削歯を用いた切削により溝を形成した上で,劈開によりチップ分離をする
ことで,半導体素子への損傷を回避する技術が記載されているものと認められるが,
溝8とウエハー側に形成された溝の幅の大小関係については,その配慮の有無を含
めて明らかであるとはいえず,甲36文献は,エッチングにより半導体素子側に溝
を形成する際に,その溝幅をウエハー側に設ける溝よりも広く形成することを開示
又は示唆するものとはいえない。
さらに,甲5文献には,サファイア基板上に窒化ガリウム系化合物半導体が積層
されたウエハーを個々のチップに分割する際に,サファイアは,六方晶系という結
晶の性質上,へき開性を有しないのでスクライバーで切断することは不可能であり
(【0004】),また,ダイサーで切断すると,窒化ガリウム系化合物半導体の結晶
もサファイアと同じく非常に硬い物質であるため,切断面にクラック,チッピング
が発生しやすくなり,綺麗に切断できなかった(【0005】)ところ,サファイア
基板の厚さを100~250μmに薄化し,さらに,前記ウエハーの①基板側,も
しくは②窒化ガリウム系化合物半導体層側,または③その両側をスクライブして
(【0008】),圧力を加えて押し割る方法により,窒化ガリウム系化合物半導体ウ
エハーを歩留まり良く切断できること(【0020】)が記載されている。しかし,
いずれの方法においても,切断面(切断線)の起点となるスクライブラインが形成
された面と対向する側の面に,切断面(切断線)の終端を受けて切りしろとなる幅
広の溝を形成することについては,記載も示唆もされていない。
以上によれば,原告の提出する公知文献によっても,半導体素子構造を形成した
ウエハーについて,半導体素子側からエッチングにより幅広の溝を形成した後,ウ
エハー側からダイシング等で幅狭の溝を形成し,外力を加えてチップに分離する際
に,幅狭の溝が切断面(切断線)の起点として機能し,幅広の溝が切断面(切断線)
の終端を受ける切りしろとして機能する技術は,本件特許の出願時における当業者
の周知技術であったとは認められない。
したがって,甲2発明において,ウエハーをチップ状にカットする手段として,
ダイシングに替えて,p型層3からドライエッチングで線状に形成された溝に対向
するウエハー側の位置にダイシング等で溝を形成し,圧力を加えて押し割る方法を
採用するとしても,前記のとおり,甲2発明において,チップ分離手段としてダイ
シングを用いない以上,p型層3からドライエッチングで線状に形成された溝の幅
は,もはやダイシングの刃の厚さの制約を受けないこととなって,溝の幅をダイシ
ングの刃の厚さよりも広く形成する必然性はなくなると考えられるところ,ウエハ
ーのp型層3からドライエッチングで線状に形成された溝の幅を対向するウエハー
裏面側に設けた溝の幅よりも広くすることについて,指針となる周知技術や技術常
識が存在しないことは上記のとおりであるから,甲2発明において,相違点2に係
る構成を採用することは,当業者であっても容易に想到し得たということはできな
い。
(3)原告の主張について
ア原告は,①本件特許の出願当時,半導体チップの分割方法としては,ダイシ
ング(フルカット)をして切断するか,ダイシング(ハーフカット)をしてその後
チップに割るか,スクライビングしてチップを割るかのいずれかが一般的であった
から,甲2文献に開示されたGaN系半導体ウエハーを,エッチング部分でダイシ
ング(フルカット)することも,半導体層側又は基板側から,ダイシング(ハーフ
カット)又はスクライビングすることも,一般的な分割方法にすぎない,甲2文献
で開示されたウエハーについて,基板側からダイシング(ハーフカット)又はスク
ライビングすれば,本件発明1そのものに該当する,②本件特許の出願時において,
基板上に半導体を形成したウエハーについて,ウエハー側から幅広の溝を形成し,
基板側から細い幅の切れ込みを形成して,チップをカットすることは周知慣用技術
であった(甲3,4,10ないし12),そして,窒化ガリウム系化合物半導体発光
素子においても,甲5文献に記載されているとおり,ウエハーの基板側からスクラ
イブすることは行われていた,③エッチング部に沿って,ウエハーをチップ状にカ
ットする工程を有する甲2発明において,ウエハーの半導体層側にウエハーの半導
体素子側に形成された溝に一致させるように,基板側に細い溝を形成してチップを
分離するという周知技術(甲1,3,4)を適用し,サファイア基板に溝を形成し
てチップを形成して,チップを分離することは極めて容易である,などと主張する。
しかし,前記(2)認定のとおり,半導体素子を形成したウエハーについて,半導体
素子側からダイシングにより幅広の溝を形成した後,ウエハー側からスクライブに
より幅狭の溝を形成し,外力を加えてチップに分離する技術は,本件特許の出願時
における当業者の周知技術であったものと認められるものの,半導体素子側に設け
る溝の形成手段としてダイシングの他にエッチングを用いることや,当該手段とし
てエッチングを用いた場合においても,溝幅をダイシングを用いた場合と同程度の
幅広に形成すること,そして,その結果として,当該溝幅をウエハー側からダイシ
ングで形成される溝よりも幅広に形成することまでが,本件特許の出願時における
当業者の周知技術であったということはできない。
また,甲5文献には,切断面(切断線)の起点となるスクライブラインが形成さ
れた面と対向する側の面に,切断面(切断線)の終端を受けて切りしろとなる幅広
の溝を形成することについては,記載も示唆もない。そして,甲2発明において,
ウエハーをチップ状にカットする手段として,ダイシングに替えて,p型層3から
ドライエッチングで線状に形成された溝に対向するウエハー側の位置にダイシング
等で溝を形成し,圧力を加えて押し割る方法を採用したとしても,チップ分離手段
としてダイシングを用いない以上,p型層3からドライエッチングで線状に形成さ
れた溝の幅は,もはやダイシングの刃の厚さの制約を受けないこととなって,溝の
幅をダイシングの刃の厚さよりも広く形成する必然性はなくなると考えられるとこ
ろ,ウエハーのp型層3からドライエッチングで線状に形成された溝の幅を対向す
るウエハー側に設けた溝の幅よりも広くすることについて,指針となる周知技術や
技術常識が存在しないことは前記のとおりであるから,甲2発明において,相違点
に係る構成を採用することは,当業者であっても容易に想到し得たことということ
はできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
イ原告は,スクライバーによってチップ化する場合,電気分離用のエッチング
溝の幅が数μmでよいという根拠はないし,本件特許出願当時,スクライブライン
(エッチング部分)は,分割時のダメージが及ばないようにある程度の幅を持たせ
ることや,加工上のゆとりを持たせることも当然の技術常識であった(甲10ない
し13)以上,スクライブ幅の方がエッチング溝(スクライブライン)幅よりも狭
いことは明らかであると主張する。
しかし,原告が提出する文献(甲10ないし13)には,ダイシング等でチップ
分離を行う際に,あらかじめ,切断部分よりも幅広にスクライブラインを形成する
ことによって素子部分への損傷等を回避する技術が記載されているのにとどまり,
半導体素子側に設ける溝の形成手段としてダイシングの他にエッチングを用いるこ
とや,当該手段としてエッチングを用いた場合においても,溝幅をダイシングを用
いた場合と同程度の幅広に形成すること,そして,その結果として,当該溝幅をウ
エハー側からダイシングで形成される溝よりも幅広に形成することまでは記載され
ていない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(4)以上によれば,本件発明1の相違点2に係る構成は,甲2発明及び周知技術
に基づいて,容易に想到し得たものということはできないから,この点に関する審
決の判断に誤りはない。
5結論
以上のとおり,審決には,これを取り消すべき違法はない。よって,原告の請求
を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官設樂一
裁判官大寄麻代
裁判官岡田慎吾
(別紙)
本件当初明細書図面目録
【図1】
【図4】
(別紙)
甲1文献図面等目録
(別紙)
甲2文献図面等目録
(別紙)
甲3文献図面等目録
(別紙)
甲4文献図面等目録
(別紙)
甲5文献図面等目録
甲36文献図面等目録

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独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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職種 事務職
時給 当社規定による
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応募方法
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