弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告は,原告に対し,1100万円及びこれに対する平成24年7月6日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,原告が,被告の職員である警察官から拳銃の発砲を受けたことにつ
き,当該発砲行為は,警察官職務執行法等に違反する違法な職務執行であり,
これにより原告に精神的損害が生じたと主張し,国家賠償法1条1項に基づく
損害賠償請求として,慰謝料等1100万円及びこれに対する違法な職務執行
日である平成24年7月6日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求めた事案である。
2前提となる事実(証拠等の記載のない事実は,当事者間に争いがないか,争
うことを明らかにしない事実である。)
(1)当事者等
ア原告は,昭和58年○月○日生まれの男性である。
イ被告は,地方自治法1条の3第2項に規定される普通地方公共団体で
ある。
(2)原告車の追跡の開始
ア被告の広島県警察A警察署地域課機動警ら係に属する公務員であるB
巡査部長(以下「B巡査部長」という。)及びC巡査長(以下「C巡査
長」という。)は,平成24年7月6日,無線呼称D4号のパトロール
カー(以下「本件パトカー」という。)に乗車し,その職務の一環とし
て,警ら活動にあたっていた。
イ同日午後2時46分ころ,B巡査部長らは,広島県警察本部から,
「E警察署管内,E区Fの犯罪情報覚せい剤容疑の車両が逃走車両
番号は広島○○○み××××ワゴンR,白色人着は半袖黒色Tシャ
ツ隣接署であるA警察署であっても,付近の検索を願いたい。」との
指令を受領したことから,付近の検索を開始した。
ウB巡査部長らは,同日午後3時ころ,山陽自動車道Gインター西交差
点付近にて上記のナンバーのワゴン車(以下「原告車」という。)を発
見した。
エB巡査部長らは,赤色灯を点灯させ,サイレンを鳴らして,車線マイ
クによる拡声器にて原告車に停止を呼びかけたが,原告車は停止せず,
時速約50キロメートルにて逃走を続け,午後3時4分ころ,広島市E
区Fa丁目b番c号所在のH方西側駐車場(以下「本件駐車場」とい
う。)に進入して停車したので,本件パトカーもその後方近くに停車し
た。
本件駐車場の出入口は,一箇所である。
(3)C巡査長による発砲
ア原告車は,その後,後退で切り返しをして本件駐車場から出ようとし
た。原告車が後退を終え,本件駐車場の入口に向けて前進を始めたとこ
ろ,C巡査長は,原告車の右側方から拳銃を一発発射した(以下「第1
発砲」という。)。それでも原告車は停止せず前進を続けたところ,C
巡査長は,今度は原告車の後部から,二発目を発射した(以下「第2発
砲」といい,第1発砲と第2発砲を併せて「本件発砲」という。)。
第1発砲の弾丸により,原告車の右後部ドアガラスが破損し,助手席
後部座席に設置されていたチャイルドシートの左右側面にも貫通跡が生
じた。弾丸は左後部ドアの内部に残留した。
第2発砲の弾丸は,原告車の車両後部ガラスを損壊させ,さらに,前
記チャイルドシートの座席背面に貫通跡を生じさせ,助手席のヘッドレ
スト内に残留した(乙15)。
イ原告車は,そのまま本件駐車場を出て逃走した。
3争点及び争点に対する当事者の主張
(1)本件発砲行為が違法なものであったか否か
(原告の主張)
ア警察官職務執行法(以下「警職法」という。)7条本文は,「警察官は,
犯人の逮捕若しくは逃走の防止,自己若しくは他人に対する防護又は公
務執行に対する抵抗の抑止のため必要であると認める相当な理由のある
場合においては,その事態に応じ合理的に必要と判断される限度におい
て,武器を使用することができる。」と定め,武器使用の必要性があり,
かつ,武器使用が相当である場合は武器の使用を許容しているが,これ
を逸脱する場合は,警察官の武器使用は違法となる。
イ本件の第1発砲では,C巡査長は,原告車の右後部座席の窓に向けて弾
丸を撃ち込んだ。その当時,原告車は,それほど高速で移動していたわ
けではないが,動いている自動車への発砲は,拳銃の操作を誤り,発砲
のタイミングや発砲の方向を誤れば,思わぬ結果が生じることもあるか
ら,そのような危険性のある発砲自体,相当性を欠いていたというべき
である。
また,C巡査長が発砲した時点では,すでに原告車の運転席はC巡査
長の前を通り過ぎており,この時点で発砲しても,警職法7条の「犯人
の逮捕若しくは逃走の防止,自己若しくは他人に対する防護又は公務執
行に対する抵抗の抑止」にとって,もはや何の役にも立たない状況にな
っているから,発砲の必要性の要件自体が存在しなかった。
したがって,第1発砲は違法である。
ウ第2発砲では,C巡査長は,原告車の後方から発砲したが,この時点で
の発砲は,第1発砲と比較して,一層,警職法7条の「犯人の逮捕若し
くは逃走の防止,自己若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する
抵抗の抑止」にとって役に立たない状況になっているから,やはり発砲
の必要性の要件は存在しなかった。
また,第2発砲の弾丸は,原告車の車両後部ガラスを壊して車内に突
入し,原告の頭部から至近距離の助手席ヘッドレストに食い込んで止ま
っており,ひとつ間違えば,弾丸は原告の頭部に命中していた可能性が
高い。第2発砲により生じた原告の生命身体への危険は非常に高度で,
発砲の相当性の限度を超えていたことは明らかである。
したがって,第2発砲も違法である。
エC巡査長は,本件発砲により,原告に精神的損害を与えており,これは,
警職法7条ただし書の「人に危害を与え」た場合に該当する。
そして,本件は,刑法36条(正当防衛),37条(緊急避難)並び
に警職法7条ただし書1号及び2号のいずれにも該当しないから,違法
である。
(被告の主張)
ア本件の事実経過
原告が本件発砲前に覚せい剤様のものを見せるなどしたこと
a原告は,平成24年7月6日午後2時10分ころ,原告車に一人乗
って,広島市E区Fのガソリンスタンドに給油に寄った際,給油をし
た店員に,「麻取に追われている。」などといい,さらに,「携帯た
くさんお持ちなんですね。」との店員の問いに,「秘密よ。」といっ
て,一台の携帯電話のカバーを取り,その中の透明ビニール袋2,3
個を見せた。そこには,覚せい剤様の透明な結晶粒が10粒ほど入っ
ていた。
b原告は,原告車を発進させて,Gインターの方向へ向かった。店員
は,同日午後2時30分頃,110番通報した。
B巡査部長とC巡査長が原告車を追跡したこと
B巡査部長とC巡査長は,B巡査部長が運転し,C巡査長が側乗して,
本件パトカーに乗車中,前記2(2)イないしエのとおり,検索活動中に
発見した原告車を追跡し,本件駐車場に進入して停車した原告車に続い
て,その後方近くに停車した。
本件発砲の経緯
a原告車は,別紙①の位置に西向きに停車し,本件パトカーは別紙
「警ら用無線自動車」の位置に,南向きに停車した。B巡査部長とC
巡査長の服装は,いずれも,一見して警察官と分かるものであった。
bB巡査部長は,運転席から降りて職務質問をする目的で原告車の
運転席側に行き,別紙甲の位置で原告と対峙し,C巡査長も助手席か
ら降りた。
原告車はエンジンがかかったままで,原告が運転席におり,運転
席側の窓ガラスは半開きであった。
B巡査部長は,原告に,「何しよんや。止まれや。」などと話し
かけたが,原告がハンドルに手をかけて左手でギアを掴んで上下に動
かすので,B巡査部長は,逃げられないように原告車内に右手を伸ば
してエンジンキーを抜き取ろうとしたところ,原告が,突然,原告車
を後退させた。B巡査部長は,原告車右前輪で左足背部をひかれ,負
傷した(経過観察1週間を要する左足背打撲傷)。
原告は,そのまま原告車を後退させ続けて,別紙④の位置に移動
したが,その途中,別紙③の位置で,原告車の右前部角付近を本件パ
トカーの右前部角付近に接触させ,本件パトカーに修理費約9万50
88円を要する損傷を与えた。
cC巡査長は,上記状況に遭遇し,原告の逃走を防止して原告を公務
執行妨害罪等で逮捕するには,拳銃を使用して逃走を断念させるしか
ないと判断し,別紙アの位置あたりで,4.5メートルくらい先の別
紙④の位置で後退から前進に移行した原告車に向けて,両手で拳銃を
前方に構え,「止まれ。」と何度も叫んだ。それにもかかわらず,原
告車はそれを無視してC巡査長にぶつけるように勢いよくまっすぐ前
進してきた。
C巡査長は,危険を感じ,近づいてくる原告車に向かって左に身
をかわして原告車を避けた。そして,別紙イの位置付近で,逃走を断
念させる目的で,原告車の運転席側の後部座席の方を狙って拳銃を一
発発射した。
この発砲により,原告車の後部座席のドアガラスが割れた。しか
し,原告は,原告車を止めることなく,そのまま前進して本件駐車場
の出入口の方に向かって逃走を続けた。C巡査長は,一発目と同じ目
的で,別紙ウの位置付近から,2.8メートルくらい先の原告車の助
手席の方を狙って拳銃を再度一発発射した。これにより,原告車の車
両後部ガラスが割れた。
それでも,原告は,原告車を止めることなく,さらに速度を上げ
て本件駐車場を出て行き,北方へ向けて逃走した。
d原告の上記一連の行為は,車を凶器に用いた暴行であって,B巡査
部長及びC巡査長に対する公務執行妨害罪が成立する。
イ本件発砲は,警職法7条本文の要件を充足し適法であること
警職法7条本文は,犯人の逮捕・逃走の防止・自己若しくは他人に対
する防護・公務執行に対する抵抗の抑止という4つを武器使用目的の類
型として定めた上,いずれかの目的のため必要と認める相当な理由があ
る場合には,事態に応じ合理的に必要と判断される限度において武器を
使用できることを定めている。
同法7条本文が,相当な理由がある場合と定めているのは,個々の警
察官は,具体的な職務執行の場面で,その状況に応じて適正な職務を行
う必要があるが,実際の職務執行はその場の状況に応じてとっさの判断
によらなければならないことが通例であり,同法7条の適用に当たって
も,武器を使用する警察官において,その必要性を認める相当な理由が
あると判断した場合には使用を可能とするとして,当該警察官の合理的
な判断に委ねたものと解される。
そうすると,審理の対象になるのは,拳銃を使用する警察官が,上記
4つの武器使用目的のうちいずれかがあると考え,当該目的のため必要
であると認める相当な理由があると判断し,武器の使用が事態に応じて
合理的に必要であると判断したことの当否である。しかも,国家賠償法
1条1項の解釈からしても,その当否は,警察官の職務執行時を基準に
して,現実に認識し,あるいは当然に認識し得た状況を前提として判断
されることになる。
本件では,
a武器を使用する相当の理由があったこと
C巡査長は,原告の行為について公務執行妨害・傷害・器物損壊
の現行犯が成立すると認識した上,これら容疑で原告を逮捕すること,
原告が原告車で逃走するのを防止すること,さらに原告車を凶器に使
って抵抗するのを抑止することの必要性から,武器を使用する相当の
理由がある場合に該当すると判断したことは明らかである。
b本件発砲が,その事態に応じた合理的必要性の限度内にあったこと
①当時,原告による自動車という凶器を用いた激しい抵抗があり,
原告が本件駐車場から逃走してしまう極めて緊迫した状況があっ
た,
②原告が,警察官の職務質問や原告車の停止の求めに応じることな
く,原告車を後前進させて抵抗すること自体が,現実的かつ具体
的な切迫した危険であると認められ,現に原告は,C巡査長に衝
突するように原告車を前進させ,C巡査長が身をかわしていなか
ったら,同人が重大な受傷を負うことが必至であった,
③第1発砲は原告車の後部座席の方を,第2発砲は原告車の助手席
の方を狙ったもので,結果も狙いどおりで,原告に危害を与える
ことはなかった,
④原告車が逃走すると,原告のこれまでの危険な運転の仕方からし
て,逃走中に人身事故等の事故が発生することが予想された,
こと等を考えれば,C巡査長が,原告車の逃走を断念させ,公務執行
妨害罪・傷害罪・器物損壊罪等の現行犯として逮捕するなどの目的で
拳銃を使用したことは,その場の事態に応じた合理的な必要範囲内の
行為であり,本件発砲は正当にして適法である。
おって,原告の逮捕後判明したことであるが,原告は,当時,無免許
で原告車を運転していたのであり,また,当時覚せい剤を身体に摂取
していて,その影響下にあった。
(2)損害額
(原告の主張)
本件発砲は,いずれも,原告の生命身体に危険を生じさせるものであっ
た。また,本件発砲の発砲音,弾丸が原告車の窓ガラスに衝突してガラスが
割れる音及び弾丸が原告車に突入して車内を飛び,車体にぶつかって生じる
衝撃音はすさまじく,原告は,撃ち殺されるのではないかとの著しい恐怖を
感じた。
そして,原告は,必死の思いで車を運転して逃走し,車を乗り捨てて近
くの山に逃げ込んだが,警察官が自分を追いかけて殺しに来るのではないか,
出ていったら撃ち殺されるのではないかなどの恐怖から,翌日になっても日
が暮れるまで山から出ることができず,その間,雨に打たれ,食事もできず,
疲労困憊した。
原告は,今に至っても,発砲された当時のことをしばしば思い出しては,
当時と同じような恐怖を感じ続けており,生活する上で重大な支障を生じて
いる。
これにより原告が被った精神的損害は1000万円を下らない。
本件と相当因果関係のある弁護士費用は100万円である。
したがって,損害額は,1100万円である。
(被告の主張)
争う。
第3争点に対する判断
1認定事実
前提事実に,後掲各証拠及び弁論の全趣旨を併せると,以下の事実が認めら
れる。
(1)原告車の追跡の開始(乙3,5,10,45,46)
ア被告の職員であり,広島県警察A警察署地域課機動警ら係に属するB
巡査部長及びC巡査長は,平成24年7月6日,本件パトカーに乗車し
て,警ら活動にあたっていた。
B巡査部長が運転席に座り,C巡査長は助手席に側乗していた。
イ同日午後2時46分ころ,B巡査部長らは,広島県警察本部から,
「E警察署管内,E区Fの犯罪情報覚せい剤容疑の車両が逃走車両
番号は広島○○○み××××ワゴンR,白色人着は半袖黒色Tシャ
ツ隣接署であるA警察署であっても,付近の検索を願いたい。」との
指令を受領したことから,付近の検索を開始した。
ウB巡査部長らは,同日午後3時ころ,広島市E区Fd丁目e番地fユ
アーズ△△店先の山陽自動車道Gインター西入口交差点付近にて原告車
を発見した。
エB巡査部長らは,赤色灯を点灯させ,サイレンを鳴らして,車線マイ
クにて原告車に停止を呼びかけたが,原告車は停止しなかった。原告車
は,時速約50キロメートルにて,団地内の狭い道路を走行し,途中に
ある複数の交差点も減速せずに通過するなどして逃走を続けた。B巡査
部長らは,原告車の逃走態様から,覚せい剤事犯の嫌疑が高いと考えて
追跡を続けたところ,原告車は,午後3時5分ころ,広島市E区Fa丁
目b番c号所在のH方西側駐車場(本件駐車場)に進入し,別紙①の位
置付近に,西向きで停車した。
B巡査部長らは,原告車に続いて本件駐車場内に進入し,本件パトカ
ーを,別紙「警ら用無線自動車」の位置に南向きで停止させた。
本件駐車場の出入口は,北側の一箇所のみである。
(2)C巡査長による本件発砲に至るまでの経緯(乙4,5,9,10,14,
15,16,45,46)
アB巡査部長は,本件パトカーを停止させると,原告に対する職務質問を
すべく,原告車の運転席側ドアへ赴いた。このとき,原告車のエンジン
はかかったままで,原告は原告車の運転席に座っていた。運転席の窓ガ
ラスが半開状態であったため,B巡査部長は,原告に対し,「何しよん
や,止まれ。」などと言ったところ,原告は,ハンドルに手をかけたま
ま,シフトレバーを動かすなどした。B巡査部長は,原告が逃走を図ろ
うとしていると判断し,エンジンキーを抜こうと運転席ドアの窓から車
内に手を差し入れたところ,原告車が左後方に後退を始めた。B巡査部
長は,体を左にひねるように原告車を避けようとしたが,B巡査部長の
体が原告車に衝突し,さらに,その左足の甲部が原告車の右前輪により
轢過された。
C巡査長は,B巡査部長に遅れて本件パトカーを降車した。C巡査長
は,B巡査部長は原告車の運転席窓に手を差し入れている様子や,原告
車が後退を開始した様子を,本件パトカーの助手席の脇で目撃した。
イ原告車は,上記の後退の途中,原告車の右前角部を本件パトカーの右前
角部に接触させた。
ウ原告車は,そのまま別紙④の位置まで後退を続けた。一方,C巡査長は,
原告車の逃走を防止すべく,別紙アの位置に移動して原告車の進路を塞
ぎ,停止するよう警告しつつ,原告車に向けて拳銃を構えた。しかし,
原告車は,C巡査長の方へ向けて前進を開始したため,C巡査長は,原
告車が一,二メートルの距離に迫ったところで左方に飛び,原告車を避
けた。そして,C巡査長は,前進を続ける原告車の後部ドアが目の前に
来た時,原告車の右側方七,八十センチメートルの距離から,原告車の
後部座席を狙って,拳銃を1発発射した(第1発砲)。
この弾丸は,原告車の右後部ドアガラスを破損させ,助手席後部座席
に取り付けられていたチャイルドシートの左右側面を貫通した後,左後
方ドア内部に残留した。
エ原告車は,その後も,本件駐車場出入口に向けて前進を継続した。C巡
査長は,別紙ウの位置付近まで移動し,約2メートルの距離から,原告
車の助手席を狙って,拳銃をさらに一発発射した(第2発砲)。
この弾丸は,原告車の車両後部ガラスを損壊させ,さらに,前記チャ
イルドシートの座席背面に貫通跡を生じさせ,助手席のヘッドレスト内
に残留した。
オ原告車は,それでも前進を続け,本件駐車場から走り去った。
(3)事実認定の補足説明
ア以上に対し,原告は,原告に対する公務執行妨害,覚せい剤取締法違反,
道路交通法違反,建造物侵入,窃盗被告事件(以下「本件被告事件」とい
う。)の被告人質問において,大要,①B巡査部長が原告車の運転席に来
たことや運転席ドアガラスから腕を差し入れたということはなく,B巡査
部長の足を原告車で轢いたことはない,②別紙①の位置からいったん後退
した原告車を再発進させたとき,C巡査長は原告車の正面ではなく右前方
に立っており,C巡査長はその位置から第1発砲をしてきたもので,原告
車の進路前方にC巡査長がいる状態で原告車を前進させたこともないなど
と供述している(乙44)。そこで,以下で上記のとおり認定した理由を
述べる。
イ①の点について
証拠(乙10)によれば,原告車の運転席ドアミラーは,原告車が別紙
①の位置にあったときは,通常の角度でついていたにもかかわらず,別紙
④の位置に移動する途中の段階で,外側に向けて不自然に曲がった状態で
ついていたことが認められる。ドアミラーが本件駐車場内でこのように曲
がった原因は,現場の状況からして,B巡査部長の身体との接触によるも
のと考えるのが自然である。この事実は,原告の上記ア①の供述と矛盾す
るとともに,前記(2)アの認定に沿う本件被告事件におけるB巡査部長の
証言(乙45)を裏付けるものといえる。
また,証拠(乙10)によれば,原告車が別紙①の位置にあった際は,
原告車運転席のドアガラスは一部が開いている状態であったにもかかわら
ず,別紙④の位置へ後退途中であった約6秒後には,同ドアガラスは全て
閉じられていたことが認められる。この事実は,B巡査部長が原告車のエ
ンジンキーを抜き取ろうとしたことと整合する一方で,原告は,本件被告
事件において,窓ガラスを閉めた記憶はないと供述するに留まり(乙4
4),ドアガラスを閉じた理由について何ら説明をしていない。
以上からすると,①の点に関する原告の供述は信用できない。
ウ②の点について
この点につき,C巡査長は,本件被告事件において,前記認定事実に沿
う証言をしているところ,前記(2)ウ認定のとおり,本件発砲直前,原告
車は本件駐車場からの逃走を試みていたことからすれば,C巡査長として
は,原告の逃走を阻止すべく,原告車の前方に立つことは,その職務内容
に照らして極めて自然である。また,前記(2)オのとおり,原告車は,最
終的に本件駐車場から走り去ったところ,C巡査長が自発的に原告車に進
路を空けるとは考えがたいことからして,原告がC巡査長に向けて原告車
を進行させた結果,原告車をよけざるを得なかったとするC巡査長の証言
(乙46)も自然なものといえる。
その上,前記(2)ウのとおり,第1発砲による弾丸は,原告車の右後部
ドアガラスを破損させ,助手席後部座席に取り付けられていたチャイルド
シートの左右側面を貫通した後,左後方ドア内部に残留したことが認めら
れる。これによれば,この弾丸の入射角は,原告車の右側方からと推認さ
れ,原告車の前方から発射したとは考えられない。この点も,C巡査長の
上記証言を裏付けている。
以上からすれば,②の点に関する本件被告事件におけるC巡査長の証言
(乙46)は,内容において自然であり客観的事実にも符合するから信用
することができ,これに反する本件被告事件における原告の供述(乙44)
は採用できない。
2争点(1)(本件発砲行為が違法なものであったか否か)について
(1)警職法7条本文は,「警察官は,犯人の逮捕若しくは逃走の防止,自己
若しくは他人に対する防護又は公務執行に対する抵抗の抑止のため必要であ
ると認める相当な理由のある場合においては,その事態に応じ合理的に必要
と判断される限度において,武器を使用することができる。」と規定してい
る。
このように,警職法は,一定の目的のために武器を使用することが必要
と認められる場合には,必要と判断される限度において武器の使用をするこ
とができると定めている。
(2)武器の使用の目的及び武器の使用が必要と認められる相当な理由の有無
前記認定事実のとおり,原告は,本件当日,ガソリンスタンドにて,覚
せい剤事犯に関与していることを強くうかがわせる不審な言動をとり,そ
の後にB巡査部長らから停止を求められても,これに従わず,団地内の道
路を高速度で走行したり,減速することなく複数の交差点を通過するとい
った不特定多数の通行人等の生命身体に対する危険性の高い運転をしてい
たことが認められる。
また,原告は,本件駐車場に進入した後は,職務質問を試みたB巡査部
長が原告車の傍らにいるにもかかわらず,原告車を後退させて同人の左足
を轢過したり,原告車の逃走を阻止するために原告車の進路を塞いで停止
するよう警告したC巡査長の方に向けて前進するといった危険な行為をし
ていたことが認められる(これらは,公務執行妨害罪に該当し得る。)。
さらに,原告が本件駐車場の出入口に向けて前進を開始した時点で,B
巡査部長及びC巡査長は既に本件パトカーから降車していたから,本件パ
トカーで直ちに原告車を追跡することができる状況ではなく,原告の逃走
を防止し,通行人等の生命身体に対する危険を避けるためには,原告車を
停止させる必要性が高いということができる。
以上によれば,本件発砲については,犯人の逮捕又は逃走を防止するた
めのものであるといえる。また,原告車に対して威嚇発砲することとした
C巡査長の判断は,合理的な判断によるものであり,上記目的のために拳
銃を使用することが必要であると認める相当な理由があったということが
できる。
(3)本件発砲が,合理的に必要と判断される限度内であったか否か
アまず,第1発砲についてみるに,前記認定事実(2)ウのとおり,C巡査
長は,原告車の後部ドアが目の前に来た時に,後部座席を狙って,後部
座席の側方七,八十センチメートルの位置から発砲したことが認められ
る。
したがって,C巡査長が第1発砲をした際,原告車の運転席は既にC
巡査長の前を通過していたから,C巡査長が発砲の目標とした後部座席
は,C巡査長からみて,原告がいた運転席とは反対の方向となる上,第
1発砲は,原告車から七,八十センチメートルと至近距離からの発砲で
あったのであるから,C巡査長が年に1回,実射訓練を行うなど拳銃の
実射の経験を有していること(乙46)も考慮すれば,第1発砲による
弾丸が原告に危害を加えるおそれが現実的に生じていたとは考えられな
い。
そして,前記認定事実(2)で判断したとおり,原告は,強固な逃亡の意
思を持って本件駐車場から走り去ろうとしており,原告が原告車を運転
して逃走すると通行人等を巻き込んで重大な事故を起こしかねない状況
にあったことや,上記のとおりの第1発砲の態様からすると,第1発砲
は,その事態に応じ合理的に必要と判断される限度内の武器の使用であ
ったと認められる。
イ次に,第2発砲についてみるに,C巡査長は,前記認定事実(2)エのと
おり,原告車の約2メートル後方から,原告車の助手席を狙って発砲し
たことが認められる。上記アで述べたとおり,原告は強固な逃亡の意思
を持って本件駐車場から走り去ろうとしており,原告が原告車を運転し
て逃走すると通行人等を巻き込んで重大な事故を起こしかねない状況に
あったこと,C巡査長は,近接した位置から助手席を狙って発砲したこ
と,C巡査長の拳銃の訓練歴に照らすと,第2発砲も,その事態に応じ
合理的に必要と判断される限度内の武器の使用であったと認められる。
(4)原告は,本件発砲が,警職法7条ただし書きの「人に危害を与え」た場
合に当たると主張する。しかしながら,同条にいう「危害」とは,人の生
命・身体を侵害することをいい,単に人に恐怖心を与えたに留まる場合は
含まないものと解される。
本件では,本件発砲により原告に何らかの傷害結果が発生したとは認め
られないし,前記(3)の認定・判断によれば,本件発砲は,原告に対して
危害を与えるような方法による武器の使用であるとは認められないから,
本件発砲が警職法7条ただし書きの「人に危害を与え」た場合に当たると
する原告の主張は採用できない。
(5)結論
以上によれば,本件発砲は,いずれも警職法7条所定の要件を満たした
警察官の適法な職務行為と認められるから,これが国家賠償法1条1項所
定の違法な行為であるとする原告の主張は採用できない。
第4結論
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由が
ないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
広島地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官龍見昇
裁判官中尾隆宏
裁判官奥田惠美
(別紙省略)

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛