弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
○ 事実
一 控訴代理人は、「一 原判決を取り消す。二 板橋税務署長が昭和五六年七月
一三日控訴人の昭和五四年分の所得税についてした更正及び無申告加算税賦課決定
を取り消す。三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を
求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
二 当事者双方の主張は、次の1及び2を付加するほかは、原判決事実摘示(判決
書一一丁裏八行目から一二丁裏三行目までを除く。)のとおりであり、証拠の関係
は原審及び当審記録中の証拠目録のとおりであるから、これらの記載を引用する。
1 控訴人の主張
(一) 本件合意解除の成立時期は、昭和五五年三月一四日である。この点に関す
る証人A(原審)及びB (当審)の証言は、十分に信用することができる。
仮に、本件合意解除の時期が法定申告期限(同月一五日)後であると認定されるに
しても、その時期は右期限から一年以内(国税通則法(以下「通則法」という。)
二三条一項柱書き)であり、現に原判決も同年五月一七日までの間であると認定し
ている。このように、原判決の認定に従つても、右期限から一年以内の合意解除で
ある以上、同条二項三号の「やむを得ない理由」に該当するか否かにかかわらず、
同条一項の類推適用により、本件合意解除の効果としての譲渡所得の遡及的消滅
は、これを期限後申告に反映させることが許されてしかるべきである。同条二項三
号は、一年を経過したものであつても、「やむを得ない理由」に該当するのであれ
ば、その翌日から起算して更に二月以内は更正の請求ができるという規定であり、
このことは、文理上明白である。
(二) 本件合意解除は、措置法三五条一項についての無知・無理解に由来するも
のとして本来錯誤無効とされるベき本件譲渡契約を、合意解除という手段によつて
遡及的に白紙に戻したものである。その上で、土地持分の譲渡(本件譲渡契約)を
土地の賃貸借に改め、その線で契約のやり直しをしたものである。税法、特に措置
法の右条項の規定は複雑・難解を極め、昭和二年生まれの一主婦たる控訴人はもち
ろんのこと、通常社会人の理解を超えるものがある。控訴人が同条項を誤解してい
ることに気付いたのは、税理士の指摘によるものであり、その時点において既に合
意解除を決意したものである。
その時期は法定申告期限前のことであり、それを実行に移すのが右期限後にずれ込
み、一か月ばかり遅くなつただけのことである。本件合意解除に伴う原状回復措置
はすべて履行済みであり、本件更正及び本件賦課決定が取り消されなければ、本件
合意解除の効果として譲渡所得そのものを喪失した控訴人は、回復し難い重大な損
害を被ることになる。
右のように、本件合意解除は通則法二三条二項三号の「やむを得ない理由」に該当
するものであるから、同条項の解釈につき後記被控訴人の主張に従うとしても、同
号の類推適用により、控訴人は、譲渡所得の遡及的消滅を期限後申告に反映させる
ことができることになる。
2 被控訴人の主張
(一) 右控訴人の主張(一)に対しては、その主張事実を否認し、その法律的見
解を争う。
控訴人は、法定申告期限前である昭和五五年三月一四日に本件合意解除が成立した
として主張するけれども、問題は、合意解除の意思表示がいつされたかというので
はなく、解除されたところの当初の関係によつて既に生じている経済的成果(利
得)の覆滅であり、これを現実に喪失した時期である。本件合意解除の成立時期が
控訴人主張のとおりであるとしても、合意解除の対象とされた本件土地の持分一万
分の四一二四(本件土地持分のうち、大谷建装から第三者に転売された一万分の二
〇六二を除いた部分)の譲渡についての持分一部移転登記の抹消は同年五月一七日
にされ、また、本件合意解除に基づき控訴人が大谷建装に対し清算金二四一五万九
八一七円を現実に返還したのは、その主張の合意解除の日から一年以上も経過し、
しかも本件更正がされた後である昭和五六年八月一二日のことである。
本件譲渡契約によつて生じていた経済的成果が現実に消滅したのは、右に見たとお
り法定申告期限(昭和五五年三月一五日)経過後のことであり、他方、通則法二三
条一項一号の「当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関
する法律の規定に従つていなかつたこと又は当該計算に誤りがあつたこと」という
のは、法定申告期限後に合意解除があつた場合のように、遡つて当該計算が法律の
規定に従つていなかつたことになることを含むものではない。これが右文言の素直
な読み方であり、立法の経緯からも導かれるところである。このように、本件合意
解除の結果として、控訴人において当初の本件譲渡契約による経済的成果を現実に
喪失したのが法定申告期限経過後である以上、同法二三条一項の更正の請求をする
ことはできず(同項一号の右引用の文言に当てはまらない。)、したがつてまた、
期限後申告の場合に、これを確定申告に反映させることも許されない。もつとも、
同条二項三号の「やむを得ない理由」に該当するのであれば格別であるが、本件合
意解除がこれに該当しないことは、次の(二)のとおりである。
(二) 右控訴人の主張(二)に対しては、その法律的見解を争う。
通則法二三条二項三号(ないし同法施行令六条一項二号)の「やむを得ない理由
(ないし事情)」とは、租税負担に関する無知・無理解という納税者の主観的事情
のみではこれに当たらず、法定の解除事由がある場合、事情の変更により契約内容
に拘束力を認めるのが不当である場合、その他これに類する客観的理由のある場合
をいうものと解すべきである。本件合意解除のような税法の不知に基因する解除が
これに当たらないことは、明らかである。
○ 理由
一 請求原因並びに抗弁1(一)、2及び3(一)(控訴人の昭和五四年分総所得
金額、所得控除額、課税総所得金額に関する部分)の各事実は、当事者間に争いが
ない。
二 控訴人と大谷建装との間に昭和五四年一月二六日本件譲渡契約が締結されたこ
と及びその目的物件が被控訴人主張のとおりそれぞれ引き渡されたことは、当事者
間に争いがない。なお、本件譲渡契約については、補足金付き交換か・二個の売買
かの点で争いがあるけれども、以下の検討においては、その法律的性質いかんが結
論を分けるものとは思えないので、この点の判断は特に示さない。
重要なのは、次の諸点である。すなわち、(1)成立に争いのない乙第一五号証及
び当審証人Bの証言によれば、控訴人は、本件土地上に平家建ての本件建物を所有
して夫のBとともにこれに居住していたが、周囲が高層化してきたので、措置法三
五条の居住用財産の譲渡所得の特別控除の規定があるということから、夫のBと協
議した上、右規定の適用を受けて、Bが社長をしている大谷建装に対し本件建物及
び本件土地持分を譲渡するとともに、同社の費用で本件土地上に建築する本件マン
シヨンの一階及び五階の四個の専有部分の区分所有権を同社から譲渡(分譲)を受
けることとし、このように措置法三五条の適用のあることを当然の前提としてマン
シヨンに建て替えることを目的として締結したのが本件譲渡契約であると認められ
ること、(2)本件譲渡契約においては、右(1)から認められるように本件土地
持分の譲渡と本件マンシヨンの区分所有権の譲渡とが不可分に結合しているのであ
つて、この意味では交換的要素が入つているし、被控訴人自ら主張する(抗弁1
(二)(1)(ロ))ように右のそれぞれの譲渡物件ごとに価額を取り決めた上で
譲渡している(その上で、差額は清算)のであつて、この意味では二個の売買とい
う要素も入つていること、(3)前記争いのない本件譲渡契約の締結及び目的物件
の引渡しの結果、控訴人には、昭和五四年中に、本件土地持分を大谷建装に譲渡し
たことによる四〇七九万五七五五円の収入が発生したものである(原判決書一七丁
表五行目から七行目まで)こと、以上の三点であり、これらを確認しておけば足り
る。
三 そこで、控訴人主張の本件合意解除の成否について判断するに、原判決理由三
2(一)(判決書二〇丁裏六行目から二一丁表二行目まで)所掲の当事者間に争い
のない事実、同(二)冒頭(同所三行目から末行まで)所掲の各証拠、前掲証人B
の証言及び弁論の全趣旨によれば、同(二)の(1)から(6)まで(同丁裏二行
目から二四丁表末行まで)の各事実を認めることができるので、原判決理由中右各
括弧書き部分の記載を引用する。
右争いのない事実及び右認定の事実によれば、控訴人と大谷建装との間の本件譲渡
契約は、控訴人が昭和五五年三月十二、三日ころ同社代表取締役の夫BとともにA
税理士の事務所を訪れた際に同税理士から本件合意解除をすべきことの助言があつ
たので、控訴人もBも、これに従うことにして本件合意解除に及んだものと認める
に十分である。合意解除は、原契約を遡及的に消滅させることに尽き、細目の取決
めは本来必要でないのみならず、前記二において確認した(その(1)の点)よう
に、本件譲渡契約においては当事者双方とも措置法三五条の特別控除の適用を当然
の前提としたものであるが、結局それが誤解であつたというのであるから、本件合
意解除は錯誤無効(最近の最高裁判所第一小法廷平成元年九月一四日判決参照)の
原契約を合意解除したことに帰着し、これらの点からすると、本件合意解除の成立
は、たやすく認定されてしかるべきである。
と同時に、これを虚偽表示であると争つてみても、原契約自体が無効である以上、
そのような争い方は意味がなく、したがつて、通謀虚偽表示に関する被控訴人の主
張は、採用することができない。
このように見てくると、本件合意解除は真の意味での合意解除ではなく、単に原契
約の無効を確認し合つたにすぎないではないかとの疑問も生じてくる。しかしなが
ら、本件合意解除は、原契約たる本件譲渡契約を全体として合意解除したものでは
なく、まず、本件土地持分のうち第三者に移転登記がされた合計一万分の二〇六二
に係る部分が除外されているのであり、このことは、原判決が説示する(判決書二
四丁裏初行から四行目まで)とおりである。そのほか、前記二において確認した
(その(2)の点)ように、本件譲渡契約には二個の売買の結合という側面もある
ところ、前引用の原判決認定の事実関係からすると、本件合意解除においては、右
の二個の売買の結合を切り離し、そのうちの本件土地持分(右の一万分の二〇六二
を除く。)の売買契約に限定してこれを合意解除したものであり、右の一万分の二
〇六二に係る部分のほか、本件マンシヨンの区分所有権の売買は、合意解除するこ
となく、有効に存続させたものと認めるべきである。そうであれば、本件合意解除
は、単に原契約の無効を確認し合つたというにとどまらず、右内容の合意・契約で
あつて、なお合意解除たるを失わないものと認定解釈するのが相当である。
四 本件合意解除については、その具体的な成立時期が争いになつている。しかし
ながら、問題は、その成立時期ではなく、前記二において確認した(その(3)の
点)控訴人における本件土地持分価額四〇七九万五七五五円相当の収入が、本件合
意解除の結果いつ現実に消滅したかである。
まず、右収入のうち前記一万分の二〇六二の持分に係る部分は、その大谷建装への
譲渡が合意解除されていないから、消滅しないで控訴人のもとに残つていることは
いうまでもない。ちなみに、右一万分の二〇六二につき(登記その他において)控
訴人から第三者に直接譲渡したことにしているが、これに関連して、右直接譲渡の
点を控訴人の主張として取り上げるに及ばないことは、原判決の説示する(判決書
二八丁表九行目から同丁裏一二行目まで)とおりであるから、これを引用する。
次に、その余の一万分の四一二四の持分価額相当の収入についてであるが、本件合
意解除の効果として、控訴人は、該金員を大谷建装に返還すべきであるにもかかわ
らず、本件更正及び本件賦課決定がされた昭和五六年七月一三日までに返還したと
いう証拠はなく、かえつて、前掲各証拠によれば、右の時点では返還していないも
のと認められるから、この分の収入も依然として控訴人が保有し続けていたものと
いわなければならない。この点についての控訴人の言い分は、あるいは、大谷建装
においては本件合意解除後いち早く右金員を未収金扱いにし、その旨帳簿上もはつ
きりさせているし(原審証人Aの証言)、回収の相手方たる控訴人はほかでもない
社長の妻であり、資産も十分で、いつでも回収できる(前掲証人Bの証言)から、
大谷建装に返還されたと同然であるというのかもしれない。しかしながら、右は一
種のこじつけであるのみならず、通則法七一条二号の規定の趣旨に照らしても、こ
のような言い分は通らない。
ところで、大谷建装の会計処理について見るに、弁論の全趣旨により真正に成立し
たものと認められる甲第八号証の九及び一一、第一一号証の二、第一二号証の一、
二並びに第一六号証の一、二によると、大谷建装においては、昭和五五年五月一七
日に本件土地持分のうち一万分の四一二四を控訴人に返還したとして、その価額二
七一九万七一七二円を棚卸土地勘定から落とし、その代わりに、控訴人から右金員
の返還を受けることになつたとして、同日付けでこれを未収入金扱いにするととも
に、控訴人から右一万分の四一二四の持分を賃借しその賃料を控訴人に支払わなけ
ればならなくなつたとして、同年七月一日から翌昭和五六年六月三〇日までの賃料
一六三万二〇〇〇円と控訴人からの右未収入金とを右同日対当額で相殺した扱いに
していることが認められる。この点につき、控訴人は、本件合意解除に基づく大谷
建装への金員返還義務が右相殺により一部消滅したと主張するもののごとくである
(原判決書九丁裏四行目から一〇行目までの主張を善解すれば、そのようにな
る。)。しかしながら、右の計算からすると、控訴人から大谷建装に返還すべき金
額は毎年一六三万二〇〇〇円ずつ減少していき、やがて十六、七年後には、控訴人
は、右金員を取り崩すことなく自己に保有したままで、それゆえその運用利益も取
得しながら(別の言い方をすれば、右返還のための借財もせず、それゆえ金利負担
も免れながら)、大谷建装への右金員返還を全部済ませてしまうという全く不合理
な結果を招くことになる。したがつて、控訴人の右主張は、採用の限りでない。
五 右四で検討したように、本件譲渡契約によつて控訴人に生じた四〇七九万五七
五五円の収入は、前示一万分の二〇六二の持分に係る部分も、その余の一万分の四
一二四の持分に係る部分も、共に消滅していないことになる。そして、右収入額か
ら被控訴人の自ら主張する取得費三五一万〇二四四円(控訴人も、これを超える額
を主張するものではないから、結局は争つていない。)及び当事者間に争いのない
譲渡費用四七九万二〇四二円を控除した三二四九万三四六九円が、控訴人の昭和五
四年分の分離短期譲渡所得金額である。
そうすると、控訴人の課税所得金額は、(1)課税総所得金額(前示)一七九万四
〇〇〇円、(2)課税短期譲渡所得金額(右の)三二四九万三、〇〇〇円(一〇〇
〇円未満切捨て。措置法一一八条一項)になる。これによつて、通則法、所得税
法、措置法及び措置法施行令(いずれも、当時のもの)の関係規定を適用して計算
すると、控訴人が更に納付すべき税額及び無申告加算税額は、本件更正及び本件賦
課決定のとおりである。
したがつて、本件更正及び本件賦課決定は、適法である。よつて、これらの取消し
を求める控訴人の請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、行
訴法七条並びに民訴法三八四条、九五条及び八九条に従い、主文のように判決す
る。
(裁判官 賀集 唱 安國種彦 安齋 隆)

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