弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。
     被上告人は上告人に対し、松山市a町b番地宅地三四坪二合三勺(実測
一一一・一四〇四平方メートル位)を、その地上に存する家屋番号同所第c番のd、
居宅木造セメント瓦葺二階建、下一八坪三合一勺、上七坪二合九勺の建物を収去し
て明け渡せ。
     訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人篠原三郎の上告理由について。
 建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法と略称する。)一条は、建物の所有を目
的とする土地の賃借権により賃借人がその土地の上に登記した建物を所有するとき
は、土地の賃貸借につき登記がなくとも、これを以つて第三者に対抗することがで
きる旨を規定している。このように、賃借人が地上に登記した建物を所有すること
を以つて土地賃借権の登記に代わる対抗事由としている所以のものは、当該土地の
取引をなす者は、地上建物の登記名義により、その名義者が地上に建物を所有し得
る土地賃借権を有することを推知し得るが故である。
 従つて、地上建物を所有する賃借権者は、自己の名義で登記した建物を有するこ
とにより、始めて右賃借権を第三者に対抗し得るものと解すべく、地上建物を所有
する賃借権者が、自らの意思に基づき、他人名義で建物の保存登記をしたような場
合には、当該賃借権者はその賃借権を第三者に対抗することはできないものといわ
なければならない。けだし、他人名義の建物の登記によつては、自己の建物の所有
権さえ第三者に対抗できないものであり、自己の建物の所有権を対抗し得る登記あ
ることを前提として、これを以つて賃借権の登記に代えんとする建物保護法一条の
法意に照し、かかる場合は、同法の保護を受けるに値しないからである。
 原判決の確定した事実関係によれば、被上告人は、自らの意思により、長男Dに
無断でその名義を以つて建物の保存登記をしたものであるというのであつて、たと
え右Dが被上告人と氏を同じくする未成年の長男であつて、自己と共同で右建物を
利用する関係にあり、また、その登記をした動機が原判示の如きものであつたとし
ても、これを以つて被上告人名義の保存登記とはいい得ないこと明らかであるから、
被上告人が登記ある建物を有するものとして、右建物保護法により土地賃借権を第
三者に対抗することは許されないものである。
 元来登記制度は、物権変動の公示方法であり、またこれにより取引上の第三者の
利益を保護せんとするものである。すなわち、取引上の第三者は登記簿の記載によ
りその権利者を推知するのが原則であるから、本件の如くD名義の登記簿の記載に
よつては、到底被上告人が建物所有者であることを推知するに由ないのであつて、
かかる場合まで、被上告人名義の登記と同視して建物保護法による土地賃借権の対
抗力を認めることは、取引上の第三者の利益を害するものとして、是認することは
できない。また、登記が対抗力をもつためには、その登記が少くとも現在の実質上
の権利状態と符号するものでなければならないのであり、実質上の権利者でない他
人名義の登記は、実質上の権利と符合しないものであるから、無効の登記であつて
対抗力を生じない。そして本件事実関係においては、Dを名義人とする登記と真実
の権利者である被上告人の登記とは、同一性を認められないのであるから、更正登
記によりその瑕疵を治癒せしめることも許されないのである。叙上の理由によれば、
本件において、被上告人は、D名義の建物の保存登記を以つて、建物保護法により
自己の賃借権を上告人に対抗することはできないものといわねばならない。
 なお原判決引用の判例(昭和一五年七月一一日大審院判決)は、相続人が地上建
物について相続登記をしなくても、建物保護法一条の立法の精神から対抗力を与え
られる旨判示しているのであるが、被相続人名義の登記が初めから無効の登記でな
かつた事案であり、しかも家督相続人の相続登記未了の場合であつて、本件の如き
初めから無効な登記の場合と事情を異にし、これを類推適用することは許されない。
 然らば、本件上告は理由があり、原判決には建物保護法一条の解釈を誤つた違法
があり、右違法は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、原判決は破棄を、第
一審判決は取消しを免れない。
 原判決の確定した事実によれば、本件土地が上告人の所有であり、被上告人がそ
の地上に本件建物を所有し、本件土地を占有しているというのであり、被上告人の
主張する本件土地の賃借権は上告人に対抗することができないことは前説示のとお
りであるから、被上告人は上告人に対し、本件土地を地上の本件建物を収去して明
け渡すべき義務あるものといわねばならない。
 よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁
判官横田喜三郎、同入江俊郎、同山田作之助、同長部謹吾、同柏原語六、同田中二
郎の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
 裁判官入江俊郎の反対意見は、次のとおりである。
 私は、原判決の確定した事実関係の下においては、被上告人の長男D名義で保存
登記のなされている本件家屋は、被上告人が本件土地につき有する賃借権に対する
建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法と略称する。) 一条の適用については、
同条一項に言う「登記シタル建物」に該当するものと解することができるのであり、
被上告人は右登記をもつて前記土地賃借権を上告人に対抗し得るものであつて、結
局、原判決は結論において正当であり、本件上告は、理由なきものとして、これを
棄却すべきものと考える。
 その理由は、左記のとおりである。
 一 建物保護法は、建物を建築し、これを生活の拠点とする地上権者または土地
賃借権者およびその家族に対し、その建物において、それらの者の営む社会生活を
確保し、それらの者の居住権を保護することを目的とする一種の社会立法的性質を
有するものであるところ、同法が、当該土地の上に存する建物の登記をもつて地上
権または土地賃借権の対抗要件としているのは、それらの権利自体の登記による公
示に準ずるものとして、それらの権利の存在を右建物の登記という外形的表象によ
つて認識せしめることにより、取引関係における第三者に不測の損害を及ぼすこと
のないようにしようとする趣旨に外ならない。従つて、同法の規定を解釈するに当
つては、同法が社会立法的性質を有するものであることを考慮しつつ、一方建物を
生活の拠点とする者の居住権の保護に必要な建物敷地の地上権または土地賃借権確
保の要請と、他方公示制度による右敷地の取引関係に立つ第三者の利益保護の要請
とを比較考量してその均衡の度合いを勘案し、事案の実体に即して具体的衡平が実
現できるよう配慮しなければならないと思うのである。
 ところで、地上建物を所有する地上権者または土地賃借権者が、自己名義で登記
をした建物を自ら所有する場合に建物保護法一条の適用あることは論のないところ
であるが、さればといつて、多数意見のように、同法条の適用のあるのは常に必ず
右のような場合でなければならず、自己の意思に基づき他人名義で建物の登記をし
た場合には常にその適用なしと断じ去ることは、未だ同法の前記法意に副うものと
は考えられない。すなわち、多数意見は原則論としてはこれを是認し得ないわけで
はないが、同法がその保護を眼目とする居住権は、公示制度による取引関係におけ
る第三者保護と両立し得る限りにおいて、できるだけこれを尊重することが望まし
く、その限度において前記原則には若干の例外を認める余地があり、そのような考
え方に立つてこそはじめて、建物保護法の法意に副う解釈が可能となると考える。
 二 原判決の確定した事実関係によれば、次のことが認められる。すなわち、被
上告人は、本件家屋の保存登記の当時、胃を害して手術をすることになつており、
或いは長く生きられないかもしれないと思つていたので、右家屋を長男Dの名前に
しておけば後々面倒がないと考え、同人には無断で、その所有名義に登記したもの
であり、そして、その頃被上告人と長男D(当時一五・六才)とは家族として共同
生活をしていた。被上告人は本件建物を終始所有し、一度もDに所有権を移転して
いないのであるが、被上告人は自己所有の本件家屋を、前記のような事情の下に、
ただ登記名義だけをD所有とすることとしたのであり、その登記申請手続は被上告
人の意思に出でたものである。なお、上告人は、本件土地を昭和三元年一一月二四
日交換により取得し、同月二七日その旨の登記を経由したが、被上告人は昭和二一
年以来本件土地上に本件家屋を建築所有しており、昭和三一年一一月一四日被上告
人と氏を同じくする未成年の長男D名義で保存登記を経由したのである。
 そこで、本件D名義の保存登記の効力につき考えてみるに、右登記は、本件土地
の賃借人であり且つ本件建物の所有者である被上告人が、自己のため同建物の保存
登記をする趣旨の下に、その意思に基づいて登記申請手続を進め、ただ後々面倒が
ないよう長男D名義として登記したというのである。しからば、右登記申請手続の
書類をもつて、上告人の言うようにこれを虚偽または偽造の文書とは言えないこと
は、原判決判示のとおりであり、また、右登記は、実質的には、D名義を借りた被
上告人本人の登記にほかならないのであつて、多数意見の言うとおり、本件登記が
不動産登記法上は形式上不備な点があり、自己の建物の所有権はこれを第三者に対
抗し得ないものであり、また、同法による被上告人名義への更正登記が認められな
いものであるとしても、その一事をもつて、多数意見の言うように、実質上の権利
と符合しないものであるから無効であると断ずることは妥当ではなく、建物保護法
の法意に照らし、これに同法一条の対抗力を認めることが相当と認められ、これと
趣旨を同じくする原判示は結局正当である。
 次に、Dは、被上告人と氏を同じくし、上告人が本件土地の所有権を交換によつ
て取得しその登記を経由した当時、被上告人の家族として被上告人と共に本件建物
においてその敷地を利用し、社会生活を営んでいたというのであるから、上告人は、
本件土地の所有権を取得するに当り、登記名義人Dかまたはその家族がその建物の
敷地に借地権を有することは、本件D名義の登記によつて、たやすく推知し得た筈
である。しからば、被上告人の本件土地の賃借権は、右登記あることにより、被上
告人が自己名義の登記ある家屋を所有する場合と同様に公示されており、第三者の
利益保護の観点からみて、被上告人名義の建物登記ある場合に比し、必ずしも劣る
ものとは考えられない。
 本件における事実関係が以上のごときものであるとすれば、多数意見が、登記制
度は物権変動の公示方法であり、取引上の第三者は登記簿の記載によりその権利者
を推知するのが原則であるから、本件のごとくD名義の登記簿の記載によつては、
到底被上告人が建物所有者であることを推知するに由ないから、かかる登記に建物
保護法による対抗力を認めることは取引上の第三者の利益を害するものであるとい
うのは、本件登記のなされた具体的事実関係の理解において欠くるところがあるば
かりでなく、建物保護法の法意を正しく理解した上の判断とは言えないのである。
この点に関する原判決の
結論は結局正当であり、上告理由第一点は理由がない。
 三 次に、上告理由第二点前段引用の原判決の判示は、決して所論のように、何
人の名義に登記されていてもよいという趣旨ではなく、本件の具体的事実に即して
特殊例外的に対抗力を認めようとするものであることは判文上明瞭であり、所論は
原判決を正解せざるものであつて採るを得ない。
 更に、同後段は、大審院の判例を引用した原判決を非難する。しかし大審院は、
古く民法一七七条の解釈として、相続人も相続登記をしなければ所有権の取得を第
三者に対抗できない旨の判例を示しており(明治四元年一二月一五日大審院連合部
判決、民録一四輯一三〇一頁)、右判例は、学説上には反対説もあるが、大審院に
よつて長く支持されて来たものであるところ、一方大審院は、建物保護法一条の対
抗力に関する限り、相続人は地上建物について相続登記をしなくとも対抗できる旨
の判例を示し(昭和一四年(オ)第七八九号、同一五年七月一一日、民一判決)、
このように解することが建物保護法の法意に副う所以であるとしているのである。
原判決は、この後の判例を引用していること論旨のいうとおりであるが、右大審院
の判例は、本件の場合と具体的事案を異にする点はあるにしても、本件建物の登記
に建物保護法一条の対抗力を認めた基本的な考え方において、原判決と共通のもの
を含むこと明らかであるから、これを引用した原判決は正当と認められる。
 なお、所論は、原判決が所論引用の昭和一元年一一月一七日判決の大審院判例に
違反するというが、同判例は、原判決も判示するように、原則を示したものであつ
て、絶対に例外を認めない趣旨のものとは考えられず、この点に関する所論も理由
がない。
 四 なお、上述一ないし三の私の見解は、昭和四〇年三月一七日当裁判所大法廷
判決(昭和三六年(オ)第一一〇四号)の多数意見の趣旨とは、何ら矛盾または抵
触するものではないことを附言する。
 裁判官横田喜三郎、同柏原語六は、裁判官入江俊郎の右反対意見に同調する。
 裁判官山田作之助は、入江俊郎裁判官の反対意見と趣旨において同意見であり、
これに同調するけれども、なお、次のとおり補足する。
 一、建物保護ニ関スル法律(以下建物保護法と略称する。)は、借地権者がその
借地権に基づき地上に有する建物につき適法なる登記がなされている場合には、そ
の敷地が第三者に譲渡されても、新地主に対しその借地権を以つて対抗し得るもの
としているのである。
 二、翻つて、本件を見るに、原判決は、本件土地の上に被上告人が所有する本件
建物について保存登記をなした際、被上告人が胃の手術を受け、或いは長くは生き
られないかもしれないと思つて、当時十五、六才で被上告人の家族の一員として同
居していた長男Dの名義で保存登記をしたものであると認定しているのである。従
つて、D名義の登記をしたのは、Dに近く所有権を譲渡しようとして登記しておい
たものか、或いは将来相続によりDが所有権を取得する場合を慮つて予め登記した
ものであるか、その何れであるかは問わず、右D名義でなされた登記を目して真実
に合致せざる無効な登記とすることは出来ない。
 かりに、本件建物もDの所有に属するとすれば、本件D名義の保存登記は実体関
係に符合して有効であることは何人もこれを争わないところであろうが、このよう
な場合にも、その後に本件土地の所有権を取得した上告人に対する関係では多数意
見の論者は、借地権者と建物所有者とが異るというだけの理由で、右借地権に建物
保護法による対抗力が与えられないとするものであろうか。恐らくは、然らずと答
えられるのではないかと思う。
 昭和四〇年六月一八日当裁判所第二小法廷が言い渡した判決(民集一九巻四号九
七六頁)によれば、宅地の賃借人が借地上に同居の家族をして建物を建築させた場
合、そのことが敷地の転貸に該当するとしても、賃貸人の承諾がないことを理由と
する地主の解除権を否定しているのである。
 その論拠とするところは、このような借地人の行為は、賃貸人に対する信頼関係
を破壊するに足りない特段の事情があるからというのである。この見解の根底には、
借地権を含む居住権は賃借人のみならずこれと共同生活を営む家族全員のためにも
あるという社会通念が存在するからに外ならない。されば、このような場合に、前
記設例のように、地主が交替したからといつて、俄かに建物保護法による保護が排
除されると解することもできないというべきである。
 そこで、前記設例の場合と本件の場合とを比較すると、本件建物の所有権が被上
告人自身にあつたか、またはその同居の長男にあつたか、というただ一点の差があ
るにすぎない。このような所有権の帰属については、吾人の一般社会生活の実体に
即して考えれば、当事者においてすら明瞭に意識されていないことも決して稀とは
いえないであろう。このような僅少な差によつて、両者の場合に法律上全く取扱い
を異にするような見解が果して世人を納得せしめるに足りるであろうか。
 これによつてこれをみれば、本件被上告人が自己の相続人である未成年者D名義
にて本件建物についてした建物保存登記は、何人に対する関係においてもこの建物
についての保存登記として適法有効の登記として取扱わるべきであり、建物保護法
にいわゆる建物についての登記ある場合に該当するものと解せざるを得ない。
 三、以上要するに、多数意見は、本件登記を以つて、父たる被上告人がその所有
建物につき長男D名義でしたる真実に合しない無効違法の登記なりとして、その結
果右登記には何らの効果もなく、いわば登記なきに等しとするものであつて、吾人
の通常の社会生活関係に於ける法律事象についてあまりにも概念的に解釈するもの
で、到底賛同することが出来ない。裁判官田中二郎の反対意見は、次のとおりであ
る。
 私は、多数意見とは反対に、本件上告は棄却すべきものと考える。その理由は、
次のとおりである。
 一 建物保護法は、建物の所有を目的とする土地の借地権者(地上権者および賃
借権者を含む。)が土地の上にその者の名義で登記した建物を有するときは、当該
借地権(地上権および賃借権を含む。)の登記がなくても、その借地権を第三者に
対抗することができるものとすることによつて、当該借地権ないし借地権者を保護
しようとするものである。すなわち、当該借地権が地上権の場合でも、手続の煩瑣
なために未登記のものが多く、殊にそれが賃借権の場合には、賃貸人はその登記に
協力すべき義務を負うものでなく、賃借人は賃貸人に対し登記に協力すべきことを
訴求し得べきものでないために、登記のないのが通例で、従つて、当該借地権をも
つて当該土地の第三取得者に対抗することができない場合の多いのに対処して、同
法は、借地権自体について登記がなくても、当該土地の上に登記した建物を有する
ことによつて、その借地権の対抗力を認め、もつて、借地権者を保護し、ひいて、
建物の所有者およびこれと一体的に家族的共同生活を営んでいる家族の居住権を保
護することを目的とするものである。建物保護法は、この意味において、借地権を
保護し、もつて借地上の建物の居住権を保護することを企図した一種の社会政策的
立法であるから、同法を解釈適用するに当つては、このような立法の趣旨目的を尊
重し、必ずしもその字句に捉われることなく、その目的にそつた解釈をなすべきで
ある。
 もつとも、建物保護法は、無制限かつ無条件に借地権および居住権を保護しよう
というのではなく、借地権者が自らその土地の上に登記した建物を有することを第
三者に対抗するための要件としている。これは、同法が、一方において、居住権を
含む借地権の保護を企図しつつ、他方において、建物の登記という外形的表象の存
在を要件とすることによつて、土地の取引の安全を保護し、土地の第三取得者に不
測の損害を生ぜしめないことを期し、この二つの対立する利益の調整を図ることを
趣旨としているからである。そこで、居住権を含む借地権の保護の要請と土地の取
引の安全、土地の第三取得者の保護の要請とを如何に調製すべきかが問題解決の鍵
になるものといわなければならない。
 このような見地に立つて考えると、建物保護法の明文は、一応、原則として、借
地権者がその土地の上に自己名義で登記した建物を有することを第三者に対抗する
ための要件としているが、同法の立法の趣旨目的に照らして考えれば、同法にいう
建物の登記は、土地の第三取得者に不測の損害を生ぜしめる虞れのないかぎり、形
式上、常に借地権者自身の名義のものでなければならないということを、文字どお
りにしかく厳格に解さなければならない理由はない。
 一般的にいえば、一面において、居住権を含む借地権の保護の要請に応じ、これ
を保護するだけの合理的根拠があり、しかも、他面において、土地の取引の安全を
害することなく、新たに土地所有権を取得しようとする者が容易に当該土地の上に
登記した建物が存在することを推知することができ、従つて、土地の新たな取得者
に不測の損害を生ぜしめる虞れがないような場合には、借地権者に同法の保護を与
えることが同法の立法趣旨にそうゆえんである。このような見地から、私は、その
建物の登記の瑕疵が更正登記の許される程度のものであればもちろん(昭和四〇月
三月一七日最高裁大法廷判決民集一九巻二号四五三頁参照)、更正登記の許されな
い場合であつても、例えば建物の登記が借地権者自身の名義でなく、現実にそこで
共同生活を営んでいる家族の名義になつているようなときは、登記した建物がある
場合に該当するものとして、その対抗力を認めるべきであると考える。
 このような考え方をするときは、土地を新たに取得しようとする者は、土地の上
に建物があるかどうかを実地検分し、さらに建物に登記があるかどうかを調査する
だけでなく、土地の上の建物の登記名義人と借地権者との身分関係についても調査
する労を免れず、そのかぎりにおいて、土地の取引にいくらかの障害を生ずること
にはなるが、それが不当な障害とまではいえず、借地権保護の立法趣旨を達成させ
るために、この程度の負担を課しても、決して酷とはいいがたく、従つて、土地の
新たな取得者に不測の損害を生ぜしめるものとはいえないと思う。
 二 ところで、本件についてみると、原判決の確定した事実によれば、被上告人
は、昭和二元年以来、本件土地の上に本件家屋を建築所有しており、昭和三一年一
一月一四日、被上告人と同居し、氏を同じくする未成年者長男D(当時一五、六才)
名義で保存登記を経由しているというのである。(長男D名義で保存登記をしたの
は、その当時、被上告人は、胃を害して手術をすることになつており、或いは長く
は生きられないかもしれないと思つていたので、右家屋を長男Dの名義にしておけ
ば後々面倒がないと考え、同人には無断で、その所有名義に登記したというのであ
る。)そして、原判決は、D名義の保存登記は、実質的には、被上告人名義の登記
があるのと同じであるとみるべきで、D名義の保存登記は、実体関係と符合するも
のであり、被上告人は、当該借地権をもつて上告人に対抗できる旨判示しているの
である。
 (1) 上告理由第一点は、要するに、本件建物のD名義の所有権保存登記を被
上告人名義の登記と同じであるとみ、D名義の登記は実体上の権利関係と実質的に
符合するとした原判決を非難し、右の登記は虚偽の登記又は偽造文書による登記で
あるから無効であると主張する。
 しかし、叙上の具体的事情のもとに、被上告人が自らの意思に基づき長男D名義
の登記をしたのを虚偽の登記又は偽造文書による登記とまでいう論旨は、現実にそ
わない主張であり、D名義の登記は被上告人名義の登記と同じであるとする原判決
の判断は、いささか詭弁の感を免れないにしても、結論において、われわれの常識
に合する妥当な判断というべきである。けだし、本件登記の当時、もはや、長くは
生きられないかもしれないと思つていた被上告人が後々の面倒を避けるために、便
宜、長男D名義を用いたというのであつて、それは、家屋の所有権自体も長男Dに
贈与する意思であつたかもしれず(D名義の登記をすれば、税法上は財産の贈与が
あつたものとして贈与税の課税を免れない。それは贈与があつたものと推定される
からである。)、また、いずれは長男Dに贈与する趣旨のもとに、さしあたり登記
名義だけをD名義にしておく趣旨であつたかもしれないが、そのいずれにしろ、そ
の意図するところは、当該家屋について登記をしておかなければ、土地の第三取得
者に対抗できなくなることを慮り、被上告人を含む家族の共同生活の場を確保しよ
うというにある。その際、被上告人は、自己とその家族の一員として共同生活をし
ている長男Dとは、ともに一つのいわゆる家団を構成するメンバーであつて、自己
の名義にするのも、長男D名義にするのも、ただ便宜の措置と考えてD名義の登記
をしたものにほかならず、このような措置は、われわれの日常生活においては、往
々見る現象であつて、直ちに登記名義と実体関係とがそごするとまではいえず、こ
のような登記を虚偽の登記とか偽造文書による登記として無効であるという論旨は、
われわれの常識に反し、必ずしも世人を納得させるものではない。原判決の認定判
断は、その表現において、いささか妥当を欠くきらいはあつても、結局において、
正当として支持すべきものと考える。
 (2) 上告理由第二点は、要するに、本件家屋について、借地権者でない長男
D名義の登記をもつて被上告人が建物保護法一条による保護を受け得べきいわれは
ないというにある。
 建物保護法によつて借地権を対抗し得るためには、原則として、その土地の上に
借地権者の名義で登記した建物を有することを要することは所論のとおりであるが、
右の要件は、建物保護法の立法趣旨からいつて、文字どおりに厳格に解すべきでは
なく、特殊例外的に、第三取得者に不測の損害を生ぜしめる虞れのないかぎり、形
式上登記名義人が異なつていても、土地上に登記した建物がある場合に該当するも
のとして、同法の保護を与えるべき場合がある。原判決の引用する大審院判決(昭
和一四年(オ)七八九号昭和一五年七月一一日判決、新聞四六〇四号)が、相続人
は、地上建物について相続登記を経なくても、被相続人名義人の登記のままで、そ
の敷地について借地権を第三取得者に対抗することができる旨を判示しているのは、
その一例である。この事件は、本件とは多少事案を異にするといえるけれども、形
式的には、建物所有者と登記名義人とが異なつているにかかわらず、その対抗力を
認めた点において、本件原判決と共通のものがある。すなわち、建物保護法一条の
対抗力に関するかぎり、一般の場合と異なり、必ずしも形式的な登記名義の厳格な
一致を要求することなく、同法の立法趣旨にそう具体的に妥当な結論を導き出そう
としたものにほかならない。
 ところで、本件家屋の登記は、長男D名義になつており、形式的にみるかぎり、
借地権者たる被上告人名義にはなつていないから、建物保護法一条の要件を完全に
そなえているとはいえない。しかし、被上告人と長男Dとは、本件家屋において、
一体的に家族的共同生活を営んでいる、いわゆる家団の構成メンバーにほかならず、
建物保護法の趣旨は、このような一体的な家団構成メンバーの居住権を含む借地権
を保護するにあるとみるべきであるから、建物保護法一条の定める対抗要件に関す
るかぎり、形式上は家団の構成メンバーの一員である長男D名義の登記になつてい
ても、被上告人名義の登記があるのと同様に、その対抗力を認めるのが、立法の趣
旨に合する解釈というべきである。これを他の一面である土地の取引の保護とか第
三取得者の保護という観点からいつても、本件土地の上に被上告人によつて代表さ
れる家団の構成メンバーの一員である長男D名義で登記した建物の存在することは、
格別の労を用いることなく、容易に推知することができるのであるから、これに対
抗力を認めたからといつて、土地の取引の安全を乱すことはなく、当該土地の第三
取得者に不測の損害を生ぜしめるものとはいえない。
 私は、同じ氏を称する家団の構成メンバーであれば、その登記名義が、仮りに父
名義であれ、妻名義であれ、子供の名義であれ、建物保護法一条にいう有効な登記
として、その対抗力を認めるを妨げないと考えるのであるが、少なくとも、本件の
具体的事情のもとに、長男D名義の登記の対抗力を肯定した原判決の判断は、正当
として維持されるべきであり、本件上告は理由がなく、棄却すべきものと考える。
 裁判官長部謹吾は、裁判官入江俊郎および裁判官田中二郎の各反対意見に同調す
る。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    下   村   三   郎

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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