弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決及び第一審判決を破棄する。
     本件を熊本地方裁判所に差戻す。
         理    由
 弁護人天野幸太の上告趣意について。
 論旨は原判決が憲法三八条三項に違反すると主張するけれども、犯罪事実を認定
するにあたつては、補強証拠は事実の全部に亘つて存することを必要とせず、自白
の真実性を保障するに足るものである以上、犯罪事実の一部分については自白のみ
で認めて差支えないこと、当裁判所の判例(昭和二三年(れ)第七七号、同二四年
五月一八日大法廷判決)の示すとおりであるから、右の論旨は理由がない。論旨は
また原判決が憲法三一条に違反すると主張するけれども、その実質は単なる訴訟手
続違背を主張するに過ぎないから、この論旨もまた理由がない。
 しかし職権をもつて調査すると、原判決が維持した第一審判決は、被告人は本件
「農業協同組合の参事として同組合の運営事務一切を掌つていたものであるが同組
合会計主任Aと共謀の上同組合の為に業務上保管中の金員から擅に」B及びCに対
し各判示の日時に判示金額を貸付け、「以て業務上横領したものである」と判示し
ている。原判決も、被告人は「農業協同組合法並びに判示組合の定款の定めるとこ
ろに準拠することなく、且つ正規の貸出手続によらないで、その業務上保管に係る
組合公金を擅ままに仮払金名義で支出して、」判示両名に対し、「判示のごとく融
通したことを認めるに充分であるから、右Bは判示組合の組合員であること及びC
に対しては同人の申出により被告人等において短期間の融通で、回収は確実である
ごとく信ぜしめられて貸付けた事情にあることが窺い得られること所論のとおりで
あるとはいえ、なお組合の公金を不法に領得したものということができることは言
を俟たないところ」である、と判示している。
 ところで業務上横領の罪が成立するためには、殊にa村農業協同組合員であるB
に対する貸付行為については、その貸付行為が法令並に定款上認められる範囲外で
あり、且つ被告人の権限外であることが証拠によつて認定されなければならない。
 しかるに当時の組合長であつたDは第一審公判の証人として、農業協同組合の参
事の権限を問われて、「組合及び組合長を代理して全権限を委任されています」と
答え、またBが組合員である旨の証言をしている。このように広い権限を有し、従
て、貸付けの権限を有していた被告人が借り出しの資格あるBに対し、制度上認め
られている仮払金名義により、貸出してもなお業務上横領の罪が成立するというが
ためには、仮払金の制度とは如何なるものであつたか?組合の定款の如何なる規定
に背いたか?等を審理して具体的に明確にしなければならない。原判決並びに第一
審判決のように、漫然と、「判示組合の定款の定めるところに準拠することなく」
「正規の貸出手続によらないで」又は「擅ままに」貸出した、というだけでは、業
務上横領の犯罪事実の判示として具体的に明確でなく、審理不尽、理由不備の違法
あることを免れない。しかしてこの違法は判決に影響を及ぼすべき法令の違反であ
つて、原判決並びに第一審判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認めら
れる。
 よつて刑訴四一一条一号、四一三条本文に則り、原判決及び第一審各判決を破棄
し、本件を第一審裁判所に差戻すこととし、裁判官全員一致の意見で主文のとおり
判決する。
 検察官 馬場義続出席
  昭和三一年四月一〇日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    河   村   又   介
            裁判官    島           保
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎
            裁判官    垂   水   克   己

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