弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

       主   文
本件申立てを却下する。
訴訟費用は申立人らの負担とする。
       事   実
第一 当事者の申立て
一 申立人ら
1 大阪地方裁判所が平成三年一〇月二二日同裁判所昭和六三年(ヨ)第五四八号
製造・販売禁止等仮処分命令申請事件についてなした仮処分命令は、申立人らにお
いて金二億円の保証を立てることを条件としてこれを取り消す。
2 申立費用は被申立人の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 被申立人
主文同旨
第二 当事者の主張
一 申立ての理由
1 仮処分命令の存在
 被申立人は、申立人らが共同して、業として、別紙目録(一)記載の方法を用い
て同目録(二)記載のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子(以下「ヒト組織プラ
スミノーゲン活性化因子」を「t―PA」という。)及び同目録(三)記載の血栓
症治療用製剤(以下「イ号製剤」という。)を製造し、これを販売している行為
(なお、申立人東洋紡績株式会社〔以下「申立人東洋紡」という。〕は、第一製薬
株式会社〔以下「第一製薬」という。〕との間でイ号製剤の販売契約を締結して、
平成三年五月から、同社を発売元として「プラスミナー注」という商品名でイ号製
剤を販売している。)は被申立人の有する特許第一五九九〇八二号特許権(以下
「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を侵害するものである
との理由で、申立人らを被申請人として、大阪地方裁判所に仮処分申請をし(同裁
判所昭和六三年(ヨ)第五四八号)、同裁判所は、平成三年一〇月二二日、次の
(1)ないし(5)の内容の仮処分命令を発した(以下「本件仮処分命令」とい
う。)。
(1) 申立人らは、別紙目録(一)記載の方法を用いて同目録(二)記載のt―
PAを製造し、販売し、販売のために宣伝、広告してはならない。
(2) 申立人らは、イ号製剤を製造し、販売し、販売のために宣伝、広告しては
ならない。
(3) 申立人らは、右(1)記載のt―PA及びイ号製剤の占有を解いて、これ
を被申立人の委任する管轄地方裁判所所属の執行官に引き渡さなければならない。
(4) 右執行官は、
右物件を保管しなければならない。
(5) 右執行官は、右物件を保管していることを公示しなければならない。
 そして、同月二八日、申立人東洋紡において保有するイ号製剤につきその占有を
解いて執行官保管とする執行(右(3)ないし(5))が行われた。
2 特別事情の存在
 本件仮処分命令の被保全権利は金銭的補償によって終局的にその目的を達成でき
るものであり、言い換えれば、本件仮処分命令の取消しによって被申立人の被る損
失は金銭的補償によって十分治癒されるものであるから、この事実だけでも民事保
全法による改正前の民訴法七五九条(以下「旧民訴法七五九条」という。)にい
う、本件仮処分命令を取り消すべき「特別の事情」が存在するというべきである。
 また、本件仮処分命令の取消しによって被申立人の被る損害と本件仮処分命令を
受けたことによって申立人らの被る損害とを比較すると、申立人らは比較対照すべ
くもないほどの異常の損害を被っているばかりか、金銭的評価も不可能な回復し難
い被害にも耐えるべきことを余儀なくされているから、かかる事情もまた本件仮処
分命令を取り消すべき特別の事情である。
(一) 被保全権利の金銭的補償の可能性
(1) 被申立人は、我が国においては、自らt―PA製剤を販売することなく、
本件特許権につき申立外協和醗酵工業株式会社(以下「協和醗酵」という。)及び
同三菱化成株式会社(以下「三菱化成」という。)に実施権を許諾し、両社は、平
成三年五月以来、t―PA原薬(t―PA原体)を被申立人から購入して、それぞ
れt―PA製剤を製造し(協和醗酵の商品名は「アクチバシン注」、三菱化成の商
品名は「グルトパ注」)、これらt―PA製剤を協和醗酵は自ら、三菱化成は申立
外田辺製薬株式会社(以下「田辺製薬」という。)を通じて広く販売している。
 したがって、協和醗酵及び三菱化成から実施料を取得していることと、t―PA
原薬を右両社に販売しこれによる利益を得るということとが、本件特許権にまつわ
る被申立人の我が国における地位であり、実施料及びt―PA原薬販売利益の取得
は金銭そのものにかかることであって、
それ以外にはない。それ故、仮に被申立人が本件特許権の侵害によって損害を受け
ることがあるとしても、それは実施権者らによるt―PA製剤の売上減少に伴う実
施料収入及びt―PA原薬販売利益の減少がありうるかという二点であるが、いず
れにせよ、このような損害は金銭的補償により填補治癒されることは疑いがない。
(2) 被申立人は、申立人らがイ号製剤(t―PA製剤)の製造販売を継続する
ことによって被申立人の被る損害が金銭に換価可能といえないことは従来の裁判例
に徴して明らかであると主張するが、具体的にどのようなことがありうるのか全く
言及するところはないし、前記のとおり、被申立人は我が国においては本件特許権
につき実施権を許諾した者であり、自らはt―PA製剤を製造、販売していないこ
とからすると、被申立人に金銭補償では賄いきれない損害など生じえないことは明
らかである。
(二) 申立人らの被る異常損害
(1) 被申立人は、米国においては昭和六二年(一九八七年)製造販売の承認を
得て以来、t―PA製剤の製造販売を行っており、我が国においては、前記のとお
り、平成三年(一九九一年)五月以来被申立人から実施権の許諾を受けた協和醗酵
及び三菱化成がt―PA製剤の製造販売を行っている。
 そこで、我が国における申立人らのイ号製剤の販売実績(薬価基準)を基礎とし
て、申立人らの販売シェア分を右実施権者が販売することにより被申立人の得る利
益を推定すると、t―PA原薬の販売による年間増収額が一億ないし一億三〇〇〇
万円、実施料取得による年間増収額が九〇〇〇万ないし一億六〇〇〇万円と推定さ
れ、したがって、申立人らのイ号製剤の販売が継続されることによる被申立人の損
害額は、年間合計一億九〇〇〇万ないし二億九〇〇〇万円と推定される。
 なお、被申立人が実施権の許諾に当たり右実施権者から頭金(イニシャル・ペイ
メント)の給付を受けていることが推定されるが、この種契約の常識あるいは慣例
として、通常その実施料率が変更されることはありえても、右頭金が実施権者に返
還されることはありえないから、
この点について被申立人が損害を被るということはありえない。
 また、被申立人の米国での売上げを含むt―PAの全売上実績からみると、我が
国へのt―PA原薬そのものの売上高はさしたる額とは思われない。
(2) 一方、申立人らは、本件仮処分命令によるイ号製剤及びその原薬の製造販
売の差止めにより、年間、その販売からもたらされる利益一億三〇〇〇万円(申立
人らの薬価ベースによる年間販売額一三億円×薬価に対する第一製薬の実勢販売価
格率七五%×申立人らの収益率一三%)、t―PA事業に携わっていた従業員の人
件費二億四〇〇〇万円、右製造のための設備が稼働していないことによるその減価
償却や金利負担など一一億六〇〇〇万円(なお、従業員及び設備投資のうち一部他
に転用しうることがありえても、実際的に転用する機会を短期日に見い出すことは
困難であり、実情として転用されていない。)の合計一五億三〇〇〇万円の損害を
被っているほか、短期日のうちに事業再開が不可能な場合にはt―PA原薬にかか
わる他に転用不可能な原材料及び中間仕掛品在庫の廃棄損五億三〇〇〇万円、本件
仮処分命令の執行により執行官の保管に移されたイ号製剤及び第一製薬が保有して
いる製品在庫のうち現時点で申立人らが負担せざるをえないと考えられる廃棄損五
億五〇〇〇万円の損害を被るのであり(これらは、使用上の有効期間が限られてお
り、早晩廃棄せざるをえない。)、更には、申立人らのイ号製剤の研究開発、臨床
開発などの開発経費は七一億九〇〇〇万円、右製造のための設備投資額は三五億七
〇〇〇万円であり(その際他に転用できないため廃棄せざるをえない設備投資は六
億円相当である。)、結局、本件仮処分命令に伴い申立人らが直接被る年間の損失
額は合計二六億一〇〇〇万円に上り、これに加えて設備投資及び開発経費合計一〇
七億六〇〇〇万円相当がねむり、日を追って無に近づきつつある。
(3) 我が国の保険医療制度下においては、医療機関での使用薬剤は、厚生省の
製造承認を経て健康保険法の規定に基づく薬価基準に収載されていることが前提と
なっており、
その医療品が将来にわたる安定供給を保証しえない状態になれば、薬価基準収載品
目から削除するとの行政措置を受けざるをえないので、いったん将来にわたって安
定供給を保証しえない状態に立ち至った医薬品を医療機関に納入することは実際上
不可能となる。
 申立人らのイ号製剤と被申立人の実施権者のt―PA製剤は、厚生省によって全
く別個な物質としてそれぞれ別に医薬品としての適応性を審査され、異なった物質
名(一般名)のもとに製造承認を与えられ、異なった販売名のもとに薬価基準に収
載され、多くの医療機関に競合的に納入されていた。かかる状況下において、申立
人らのイ号製剤は、特許権侵害の理由により製造販売が差し止められ、安定供給を
保証しえない状況となったので、近い将来薬価基準収載品目からの削除という行政
措置を受けることになり、その後に、たとえ、特許無効審判、控訴等により申立人
らに有利な状況が生じた時点で改めて販売を始めたとしても、主要医療機関におい
ては審査会の議を経て新医薬品の購入が決定、契約され、納入が開始されるという
実情からいって元の販売シェアに復することは不可能である。したがって、本件仮
処分命令により申立人らが被る損害は回復しえない不可逆的なものとなりつつあ
る。
(4) 被申立人は、申立人東洋紡の平成四年三月期の業績(売上高予測)からす
れば、その売上高の点からみてもイ号製剤の売上損失があっても取り立てて影響は
ない旨主張するが、申立人らは、その事業戦略として、医薬品開発事業部門の発展
を企図し、そのため多額の設備投資も行ったわけであるが、本件仮処分命令による
影響が極めて大きく、将来の展望に蓋をされ、やっと緒につきかかったものが足元
を掬われて、医薬品事業部のみならず申立人らの事業全体の進展のため大きな阻害
と損失をもたらしたことは間違いないのであって、単に今期の売上高だけで云々さ
れる問題ではない。
 被申立人は、本件仮処分命令の継続により申立人らは多大の損失を被るとの申立
人らの主張に対し、被申立人は本件発明の特許出願につき出願公告がされると直ち
に申立人東洋紡に警告状を発したから、
この警告に従って開発を断念していれば申立人らの主張する損害は回避しえたはず
であると主張するが、客観的、合理的見解とは到底いえない。右出願公告に対して
は二八件もの特許異議の申立てがあり、これに対応させて特許請求の範囲の記載を
変更し、拒絶査定を受けると更に特許請求の範囲を変更して審判請求をするという
ように、出願公告後二度も特許請求の範囲を補正するなどして権利の内容が定まら
なかったし、一方、英国では本件発明に関する特許は無効であるとの認定が確定す
るに至り、ドイツ特許庁においても同様であったので、同等の技術水準にある我が
国においても特許を付与される可能性は少ないとするのが大方の見解であったので
ある。
 また、被申立人は、申立人らの設備投資に関連して、申立人らのイ号製剤製造設
備はEPO製剤の製造にも用いることが予定されていた旨主張するが、EPO製剤
の製法とイ号製剤の製法とは全く別異なものであって、そもそも原薬の培養装置、
精製方法も全く異なるものであるし、製剤化においてもEPO製剤は液体であるの
に対しイ号製剤は凍結乾燥品であり、両薬剤の製造は全く別個無関係に行われてい
たものである。イ号製剤製造設備の建設は平成元年四月に開始されたが、EPO製
剤の承認申請は平成二年七月のことであることからも、両者が無関係であることが
明らかである。
 更に、被申立人は、第一製薬はイ号製剤「プラスミナー注」の販売から撤退する
ことを言明する書面を各需要先に配付しており、申立人らがイ号製剤の製造を再開
しても第一製薬はイ号製剤を取り扱わないから結局イ号製剤の販売は実際上できな
い旨主張するが、第一製薬によれば、そのような書面は配付したことがないとのこ
とである。第一製薬と申立人東洋紡との間の「プラスミナー注」の販売に関する契
約は解除されたわけではないので、申立人らが血と汗の結晶として完成した「プラ
スミナー注」の製造販売が許容されれば、第一製薬を通して国内販売が直ちに再開
されるし、東南アジアなど海外向けの輸出販売も可能となる。
(三) まとめ
 以上のように、
本件仮処分命令により申立人らのイ号製剤等の製造販売が差し止められなかった場
合に被申立人が被る損害は、相対的に少額であり、かつ、将来本案訴訟で特許侵害
を認める判決が最終的に確定した時点において被申立人が申立人らの販売シェアを
直ちに獲得することができることからすれば、金銭による補償によって償える性質
ものであるから、被申立人が致命傷を受けることはない。
 これに対して、申立人らは、イ号製剤等の製造販売中止による短期的な損失を受
けているばかりでなく、将来本案訴訟で特許権侵害はないとの判決が最終的に確定
することにより再度イ号製剤の販売が可能になったとしても、その時点からでは販
売シェアの回復が不可能であるから、本件仮処分命令がこれ以上の期間存続する
と、申立人らのt―PA事業は復帰不可能な致命的な打撃を受ける。すなわち、申
立人らは、t―PA製剤開発投資を回収する機会を永遠に失うことになり、その損
害額は被申立人の損害額とは比較にならないほど莫大なものとなる。
 したがって、本件仮処分命令はこれを取り消すべき特別の事情があるので、申立
人らは、申立人らが相当の保証を立てることを条件として直ちに本件仮処分命令取
消しの判決を求めるものであるが、右保証金の額は、本件仮処分命令自体の保証金
が一億円であることに鑑みれば、その二倍の二億円を限度とするのが相当と思われ
る。
二 申立ての理由に対する被申立人の認否及び主張
1 仮処分命令の存在について
申立ての理由1の事実(本件仮処分命令の存在及びその執行)は認める。
2 特別事情の存在について
 申立ての理由2冒頭の、本件仮処分命令の被保全権利は金銭的補償によって終局
的にその目的を達成できるものであるとの主張、本件仮処分命令によって申立人ら
は異常の損害を被っており、金銭的評価も不可能な回復し難い被害にも耐えるべき
ことを余儀なくされているとの主張、及び本件仮処分命令を取り消すべき特別の事
情が存在するとの主張はすべて否認する。
(一) 被保全権利の金銭的補償の可能性について
(1) 被申立人が、我が国(日本国)においては、自らt―PA製剤を販売する
ことなく、
本件特許権につき協和醗酵及び三菱化成に実施権を許諾し、両社は、平成三年五月
以来、t―PA原薬(t―PA原体)を被申立人から購入して、それぞれt―PA
製剤を製造し(協和醗酵の商品名は「アクチバシン注」、三菱化成の商品名は「グ
ルトパ注」)、これらt―PA製剤を協和醗酵は自ら、三菱化成は田辺製薬を通じ
て広く販売していることは認めるが、本件において保全の必要性につき対比考慮さ
れるべき被申立人側の事情は、単に、被申立人が本件特許権につき協和醗酵及び三
菱化成に実施権を許諾し、被申立人が米国において製造しているt―PA原薬を右
両社に販売しているということだけではない。
(2) 我が国内において自らは特許権を実施せず、我が国の企業に実施権を許諾
しているにすぎない外国企業についても、特許権侵害差止めの仮処分における保全
の必要性が存すること、また、右仮処分命令を取り消すべき特別の事情が存しない
ことは従来の裁判例によって認められているところである。申立人らがイ号製剤
(t―PA製剤)の製造販売を継続することによって被申立人の被る損害が金銭に
換価可能といえないことは、従来の裁判例に徴して明かである。
 しかも、被申立人は、前記のとおり協和醗酵及び三菱化成に本件特許権の実施許
諾をしているところ、右実施許諾に当たり、本件特許権が第三者によって侵害され
た場合には、被申立人は自らの費用によって法的措置を含めて侵害の排除に必要な
あらゆる努力(best efforts)を尽くすことを約しているのであり、
本件仮処分の申請は、被申立人が右実施権者に対して負担しているかかる債務の履
行でもあるのである。
(二) 申立人らの被る異常損害について
(1) 被申立人が米国においては昭和六二年(一九八七年)以来t―PA製剤の
製造販売を行っており、我が国(日本国)においては、平成三年(一九九一年)五
月以来、被申立人から実施権の許諾を受けた協和醗酵及び三菱化成がt―PA製剤
の製剤販売を行っていることは認める。           
 被申立人は、申立人らの本件特許権侵害行為が継続することによって、
回復不能かつ金銭には換価不能の甚大な損失を被るものである。
(2) 申立人らは、本件仮処分命令が発せられ維持されることによって回復不能
の異常な損失を被る旨主張するが、「季刊 日経会社情報92―Ⅰ新春号」(疎乙
第三号証の一ないし三)の申立人東洋紡の項には、平成四年三月期の業績の総評の
欄に、「回復」として、「非繊維はナイロンフィルムなど中心に伸び続く。期待の
綿織物は回復鈍いが、ポリエステルは衣料向けが好調。ナイロンは特化素材軸に採
算が改善。綿糸の市況回復も寄与し経常利益は増加。」と記載され、「訴訟」とし
て、「『t―PA』製造・販売禁止の判決は、今期業績への影響軽微だが、医薬品
戦略に打撃。」と記載されていて、本件係争において申立人らが本案訴訟の第一審
で敗訴したことは、申立人らが新たに医薬品の分野に進出を試みようとしているそ
の「戦略」には打撃となったものの、「業績」への影響は軽微であることが明記さ
れている。
 また、その「売上構成」の項を見ても、「エステル」、「ナイロン」、「アクリ
ル」等の化学合成繊維やその二次製品の売上げが総売上げの五〇%を占め、これに
「綿・合繊混紡」、「羊毛」を加えると、七五%以上を占めている。したがって、
将来、繊維のみならずナイロンフィルム等の如き非繊維分野の売上げを拡大し、更
に長期戦略として医薬品の分野にも進出しようとしている申立人らの企業戦略が右
第一審判決及び本件仮処分命令によって頓挫を来したということはいえても、申立
人らが回復不能の損害を被ったといえないことは明白である。
 しかも、右疎乙第三号証によれば、申立人東洋紡の平成四年三月期の「売上高予
測」は三五五〇億円と算出されている(これは前年三月期の売上高を超えてい
る。)のに対し、申立人らがイ号製剤を発売した平成三年五月以降の各月の申立人
らのイ号製剤の売上高は健康保険法に基づき厚生省の定める保険薬価(医療機関が
患者に投薬した医薬品の代価を保険機関に請求するときの価額)に換算して約一億
円であり、一年で約一二億円にすぎないから、
三五五〇億円の年間売上高を上げている申立人らが年間わずか約一二億円の売上げ
を失ったからといって、莫大な損害を被ったといえないことは明らかである。
(3) 申立人らは、本件仮処分命令に伴い申立人らが直接被る年間の損失額は合
計二六億一〇〇〇万円に上り、これに加えて設備投資及び開発経費合計一〇七億六
〇〇〇万円相当が無に近づきつつあるなどと主張するが、被申立人は、本件発明の
特許出願につき昭和六二年四月一五日に出願公告がされると直ちに、同月一六日付
をもって申立人東洋紡に警告状を発し、申立人東洋紡が開発の対象としているt―
PAは被申立人の出願公告にかかる発明の技術的範囲に属することを指摘したので
あって、申立人らが主張する右の如き出費は、申立人らが被申立人の右警告を無視
してその後も開発を進め、平成三年五月からはイ号製剤の製造販売を開始するまで
に至ったことに起因するものであって、被申立人の右警告に従って開発を断念して
いれば回避しえたはずのものである。化学関係の特許の仮処分事件においては審理
にかなりの期間を要することは避けえないところであるが、その審理継続の間に、
敗訴の危険を省みず侵害品の開発投資を進めておきながら、仮処分命令が発せられ
た後に至って、これを根拠に被申請人は仮処分命令を受けることによって甚大な損
害を被っているとして仮処分命令を取り消すに足る特別の事情があると主張するこ
とは、全く不当というほかない。
 また、申立人らは、他に転用できないため廃棄せざるをえない設備投資は六億円
相当であると主張するが、申立人らが堅田工場に建設した製造設備は決してイ号製
剤の製造にのみ用いられる設備ではなく、申立人らが今後医薬品の分野に進出する
に当たって製造販売することとなる種々の医薬品の製造のために使用する設備であ
って、現に申立人らがそれを建設するに当たって、当面ですら、イ号製剤の製造の
ほかエリスロポイエチン(EPO)製剤の製造にも用いることが予定されていたも
のである。しかるに、申立人らは、自らのEPOの製法が特許権者たる申立外中外
製薬株式会社のEPOの特許権を侵害することを避けえないので、
訴訟の生起することを回避するため、厚生省に対して行っていたEPOの製造承認
申請を取り下げるとともにその開発を断念した。その結果、現在のところでは、イ
号製剤の製造開発が禁止されると、堅田工場の設備を使用すべき技術はなくなって
しまったのであって、かかる事態を招来したのは、まさに申立人らが展開しようと
していた医薬品戦略が特許に対する配慮を欠いていたことによるのであり、その責
は申立人らの該戦略の企画立案遂行者が負わねばならないものである。
(4) 申立人らの製造するイ号製剤は、平成三年五月以来、申立人東洋紡と第一
製薬との間の契約に基づいてその全量がいったん第一製薬に販売され、第一製薬か
ら医薬品卸問屋、病院等の医療機関等に販売されてきたが(医薬品の販売は、その
性質上特殊であって、取り扱う各医薬品について該博な専門知識を有する販売員を
多数要する製薬企業でなければ事実上不可能であるから、医薬品の製造販売を本業
としない申立人らは第一製薬に全量販売し、第一製薬が市販している。)、同年一
〇月二二日に本件仮処分命令が発せられ、同月三〇日に本案訴訟の判決が言い渡さ
れたことによってそのイ号製剤の供給を続けることが不可能となったので、第一製
薬は、書面(疎乙第七号証の一・二)を各需要先に配付して、同社が申立人らのイ
号製剤たる「プラスミナー注」の販売からの円滑な撤退と該製剤の適応症の拡大治
験の収束とのために各得意先の理解と協力を求めている。したがって、申立人らが
仮に将来イ号製剤の製造を再開するとしても、これに協力すべき一手販売業者のな
い以上、イ号製剤の販売を再開することは実際上不可能である。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
一 仮処分命令の存在について
申立ての理由1の事実(本件仮処分命令の存在及びその執行)は当事者間に争いが
ない。
二 特別事情の存在について
 申立人らは、本件仮処分命令の被保全権利は金銭的補償によって終局的にその目
的を達成できるものであり、言い換えれば、本件仮処分命令の取消しによって被申
立人の被る損失は金銭的補償によって十分治癒されるものであるから、
この事実だけでも旧民訴法七五九条にいう、本件仮処分命令を取り消すべき特別の
事情が存在するというべきであり、また、本件仮処分命令の取消しによって被申立
人の被る損害と本件仮処分命令を受けたことによって申立人らの被る損害とを比較
すると、申立人らは比較対照すべくもないほどの異常の損害を被っているばかり
か、金銭的評価も不可能な回復し難い被害にも耐えるべきことを余儀なくされてい
るから、かかる事情もまた本件仮処分命令を取り消すべき特別の事情であると主張
するので、以下判断することとする。
1 被保全権利の金銭的補償の可能性について
 金銭的補償を受けることにより終局的に仮処分命令の目的を達成することができ
る場合には、旧民訴法七五九条にいう仮処分命令を取り消すべき特別の事情が存在
するということができるが、金銭的補償を受けることにより終局的に仮処分命令の
目的を達成することができる場合とは、仮処分命令の被保全権利の実現をこれと等
価値な金銭的補償に置き換えることができることをいうところ、特許権に対する侵
害においては、特許権は無形のものでありその管理が困難であって容易に侵害され
やすく、しかも、侵害者の行為と特許権者の損害との因果関係の立証を初めとして
特許権者の被った損害の額の立証が一般に困難であるなどその金銭的補償の完全な
実現自体に困難を伴い、また、本来特許権者(あるいはこれから実施権等の許諾を
受けた者)以外は、当該特許権の消滅後にしか当該発明の実施品を販売できずその
市場に参入できないにもかかわらず、特許権存続中に特許権侵害品の市場参入を許
せば将来の市場占有率にも重大な影響を及ぼす可能性が高いなど不法行為を理由と
する事後における損害賠償請求だけでは特許権侵害に対する救済が不十分であり、
侵害行為そのものを現時点で差し止めなければ、特許発明の公開に対する代償とし
ての一定期間における排他的独占権の享受を本質とする特許権を十分に保護するこ
とはできないことから、特に特許権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対
する侵害の停止又は予防の差止請求権を特許権者に認めた特許法一〇〇条の趣旨に
鑑みると、
一般に特許権に基づくその侵害の差止請求権を被保全権利とする仮処分命令につい
ては、特段の事情のない限り、仮処分命令の被保全権利の実現をこれと等価値な金
銭的補償に置き換えることはできず、事後における金銭的補償によっては仮処分命
令の目的を達成することができないというべきである。
 しかして、被申立人が、我が国においては、自らt―PA製剤を販売することな
く、本件特許権につき協和醗酵及び三菱化成に実施権を許諾し、両社は、平成三年
五月以来、t―PA原薬(t―PA原体)を被申立人から購入して、それぞれt―
PA製剤を製造し(協和醗酵の商品名は「アクチバシン注」、三菱化成の商品名は
「グルトパ注」)、これらt―PA製剤を協和醗酵は自ら、三菱化成は田辺製薬を
通じて広く販売していること、申立人らは、同月以来、申立人らにおいて製造した
イ号製剤(t―PA製剤)を第一製薬を通じて(発売元)「プラスミナー注」とい
う商品名で販売していることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない疎乙第一
号証の一ないし三、第二、第四号証、第八号証の一・二、第九、第一〇号証、証人
【A】、同【B】の各証言及び弁論の全趣旨によれば、被申立人は前記のとおり協
和醗酵及び三菱化成に実施権を許諾して両社にt―PA原薬を販売しているが、別
途実施料の支払いを受けるわけではなく、両社に対するt―PA原薬の販売代金の
中に実施料相当額を含ませていること、協和醗酵が右購入したt―PA原薬を製剤
して一般に販売しているt―PA製剤たる「アクチバシン注」及び三菱化成が同様
に製剤して田辺製薬を通じて一般に販売しているt―PA製剤たる「グルトパ注」
と、申立人らが製造してその全量を第一製薬に販売し同社が一手に販売しているイ
号製剤たる「プラスミナー注」とは、急性心筋梗塞(発症後六時間以内)における
冠動脈血栓の溶解剤(静脈注射用)として効能・効果を同じくし(再開通率は、前
者で約七〇ないし七五%、後者で約七〇%。なお、副作用の出現率は前者で一三・
八%、後者で一六・〇%であり、その多くは「出血傾向」である。)、いずれも、
健康保険法の規定による療養に要する費用の額の算定方法(昭和三三年六月厚生省
告示第一七七号)に基づく使用薬剤の購入価格(薬価基準)(平成二年三月厚生省
告示第三〇号)の平成三年五月二四日付一部改正により薬価基準に収載されたが、
その薬価も同額であり(アクチバシン注六〇〇万及びグルトパ注六〇〇万とプラス
ミナー注五〇〇万とは同額の八万二六七〇円、アクチバシン注一二〇〇万及びグト
ルパ注一二〇〇万とプラスミナー注一〇〇〇万とは同額の一六万一八七〇円)、右
のように副作用があるため、現時点では使用する医療機関は事実上相当規模以上の
病院に限られており、市場において完全に競合関係にあること、平成三年七月及び
八月のこれら三社の右各t―PA製剤の月間売上高はそれぞれ一億一〇〇〇万円程
度であり、拮抗していること、医療機関が医薬品を購入する場合、薬価基準収載の
薬価より安く購入するのが通常であり、薬価と購入価格との差額(薬価差)は医療
機関の利益となるので、各製薬会社間の値下げ競争は激しく、その実際の販売価格
(実勢販売価格)が下がると薬価基準収載の薬価が改訂され(薬価の切下げ)、そ
れがまた販売価格の値下げ競争を加速するという相互に影響し合う関係にあるこ
と、本件の場合、競合するt―PA製剤を販売する製薬会社がともに被申立人から
本件特許権の実施許諾を受けている協和醗酵と三菱化成(田辺製薬)の二社だけで
あれば、値下げ競争も節度が保たれ、価格低下も緩やかであるが、イ号製剤を販売
する申立人らが市場に加われば値下げ競争が著しく加速され、大幅な価格低下を招
くおそれが強いこと、被申立人と協和醗酵及び三菱化成との間の昭和五七年(一九
八二年)四月三〇日付契約において、協和醗酵及び三菱化成は、我が国における
「特許権」のいずれかが第三者により侵害されていると判断した場合には、速やか
に被申立人に通知し特許権侵害の証拠を提供するものとされ、被申立人は、自らの
費用で、訴訟及び法的手段を含む適切な対策により侵害を排除するよう最善の努力
を行うものとされており、被申立人は、"
契約上実施権者たる両社に対して第三者による本件特許権の侵害行為を排除すべき
義務を負っていること、また、右契約上、両社の独占的な状況が競争者の出現によ
って著しく損なわれた場合には、両社は被申立人に対しt―PA原薬の供給価格の
低減を求めることができるとされていることが認められる。
 右事実によれば、被申立人は、申立人らの本件特許権侵害行為たるイ号製剤(プ
ラスミナー注)の販売により、その分だけ競合品たる実施権者のt―PA製剤(ア
クチバシン注及びグルトパ注)の売上高が減少し、そのため実施権者に対するt―
PA原薬の販売量が減少してその販売価格に含ませた実施料相当額の減少による損
害を被っているばかりでなく、医療機関に対する販売価格の過度の値下げ競争によ
り実施権者のt―PA製剤についても大幅な価格低下(競争上価格を下げざるを得
ない。)のおそれが強く、本件特許権の価値そのものが損なわれるおそれがあり、
また、被申立人は実施権者との間の契約上、第三者による本件特許権の侵害行為を
排除すべき義務を負っている(なお、両社の独占的な状況が競争者の出現によって
著しく損なわれた場合には、両社からt―PA原薬の供給価格の低減を求められ
る。)というのであるから、冒頭説示の特段の事情があるとはいえず、事後におけ
る金銭的補償によって本件仮処分命令の目的を達成することができるとは到底いえ
ないから、この点に関する申立人らの主張は採用することができない。
2 申立人らの被る異常損害について
 本件仮処分は仮の地位を定める仮処分であり、満足的仮処分として被申立人が本
案訴訟で勝訴したと同様の結果を招来しているものであるから、その意味では申立
人らにそれなりの大きな影響を与えていることは容易に推認することができるが、
このような満足的仮処分が制度として認められている以上は、そのような仮処分に
より通常被るであろう程度の損害が仮処分の被申請人に生じているからといって仮
処分命令を取り消すべき特別の事情が存在するといえないことは明らかである。し
かし、仮処分命令の存続により、
被申請人が通常被るべき損害に比較して過大な損害を被るべき場合には、仮処分命
令を取り消すべき特別の事情が存在するということができるところ、被申請人の被
る損害が通常に比較して過大であるかどうかは、仮処分命令を取り消すことによっ
て申請人の被るべき不利益ないし損害とも比較衡量のうえ、社会通念上過大である
かどうかによって判断するのが相当というべきである。
 そこで、本件についてみるに、申立人らは、本件仮処分命令によるイ号製剤及び
その原薬の製造販売の差止めにより、年間、その販売からもたらされる利益一億三
〇〇〇万円(申立人らの薬価ベースによる年間販売額一三億円×薬価に対する第一
製薬の実勢販売価格率七五%×申立人らの収益率一三%)、t―PA事業に携わっ
ていた従業員の人件費二億四〇〇〇万円、右製造のための設備が稼働していないこ
とによるその減価償却や金利負担など一一億六〇〇〇万円の合計一五億三〇〇〇万
円の損害を被っているほか、短期日のうちに事業再開が不可能な場合にはt―PA
原薬にかかわる他に転用不可能な原材料及び中間仕掛品在庫の廃棄損五億三〇〇〇
万円、本件仮処分命令の執行により執行官の保管に移されたイ号製剤及び第一製薬
が保有している製品在庫のうち現時点で申立人らが負担せざるをえないと考えられ
る廃棄損五億五〇〇〇万円の損害を被るのであり、更には、申立人らのイ号製剤の
研究開発、臨床開発などの開発経費は七一億九〇〇〇万円、右製造のための設備投
資額は三五億七〇〇〇万円であり(その際他に転用できないため廃棄せざるをえな
い設備投資は六億円相当である。)、結局、本件仮処分命令に伴い申立人らが直接
被る年間の損失額は合計二六億一〇〇〇万円に上り、これに加えて設備投資及び開
発経費合計一〇七億六〇〇〇万円相当がねむり、日を追って無に近づきつつあると
主張し、成立に争いのない疎甲第二号証の記載及び証人【B】の証言中にはほぼこ
れにそう部分があり(但し、証人【B】は、イ号製剤の販売からもたらされる年間
利益一億三〇〇〇万円という額の算定に当たっては、その主張の算定式において、
申立人らの年間販売額〔一三億円〕は販売当初の二、三か月の売上実績をもとに推
定したものの、収益率については、年間販売額は一三億円にとどまらずもっと増大
するとの予測〔第一製薬と話し合った年間販売見通しの量〕に基づいて一〇ないし
一五%と推定したものであると供述する。)、もしそのとおりであるとすれば、申
立人らが本件仮処分命令の存続により相当の損害を被っていることは推認するに難
くないところである。
 しかしながら、成立に争いのない疎乙第三号証の一ないし三(日本経済新聞社発
行の「季刊 日経会社情報92―Ⅰ新春号」)によれば、申立人東洋紡について、
平成四年三月期の総評として、「回復」との表題のもとに、「非繊維はナイロンフ
ィルムなど中心に伸び続く。期待の綿織物は回復鈍いが、ポリエステルは衣料向け
が好調。ナイロンは特化素材軸に採算が改善。綿糸の市況回復も寄与し経常利益は
増加。」と記載され、「訴訟」の表題のもとに、本件係争に関して、「『t―P
A』製造・販売禁止の判決は、今期業績への影響軽微だが、医薬品戦略に打撃。」
と記載されていること、また、申立人東洋紡の売上構成は「エステル」、「ナイロ
ン」、「アクリル」等の化学合成繊維やその二次製品の売上げが総売上げの五〇%
を占め、これに「綿・合繊混紡」、「羊毛」を加えると、七六%を占めているこ
と、申立人東洋紡の資本の額は約四三三億円で、その平成四年三月期の売上高は三
五五〇億円、利益は六三億円と予測されていることが認められ、このことと弁論の
全趣旨によれば、本件仮処分命令によって申立人らがイ号製剤等の製造販売を差し
止められていることは、イ号製剤の製造販売により製薬事業に進出しようと企図し
た(このことは証人【B】の証言及び弁論の全趣旨により認められる。)申立人ら
にとって医薬品分野での戦略に関しては大きな打撃になったものの、申立人らの業
績への影響は軽微であると認められ(イ号製剤の年間販売額の予測は前記のとおり
一三億円程度、これにより申立人らの得る利益の予測は一億三〇〇〇万円程度)、
申立人らが致命的損失を被ったということは到底できない。
 のみならず、申立人らは、
前記のとおり、製造のための設備が稼働していないことによるその減価償却や金利
負担など一一億六〇〇〇万円、短期日のうちに事業再開が不可能な場合にはt―P
A原薬にかかわる他に転用不可能な原材料及び中間仕掛品在庫の廃棄損五億三〇〇
〇万円、本件仮処分命令の執行により執行官の保管に移されたイ号製剤及び第一製
薬が保有している製品在庫のうち現時点で申立人らが負担せざるをえないと考えら
れる廃棄損五億五〇〇〇万円の損害を被り、更には、イ号製剤の研究開発、臨床開
発などの開発経費七一億九〇〇〇万円と右製造のための設備投資額三五億七〇〇〇
万円の合計一〇七億六〇〇〇万円相当がねむり、日を追って無に近づきつつあると
主張するのであるが、成立に争いのない疎乙第六号証によれば、被申立人は、昭和
六二年四月一五日に本件発明の特許出願につき出願公告がされると直ちに翌一六日
頃到達の内容証明郵便により、申立人東洋紡に対し、申立人東洋紡が開発の対象と
しているt―PAは被申立人の右出願公告にかかる発明の技術的範囲に属するもの
であるから、被申立人は出願公告による侵害差止請求権、侵害予防請求権に基づき
t―PAの開発続行、生産、使用、拡布等一切の行為を廃止するよう要請(警告)
したことが認められ、また、本件仮処分事件記録及び弁論の全趣旨によれば、被申
立人は、申立人ら(申立人東洋紡及び申立人株式会社東洋紡医薬の被承継人株式会
社東洋紡バイオテック)に対し、同年八月二〇日差止請求訴訟を提起し、続いて、
昭和六三年二月一七日右差止請求訴訟を本案として本件仮処分申請をし、本件仮処
分事件については、同年五月三一日を第一回として平成三年三月六日の第一五回ま
で合計一五回の期日に当事者双方の審尋が行われ、同年一〇月二二日本件仮処分命
令が発せられるに至ったことが認められるところ、申立人らの主張によれば、イ号
製剤製造設備の建設は平成元年四月に開始されたというのであるから、右主張の設
備投資に伴う損害のうち相当部分は、右被申立人による書面による要請(警告)、
本案訴訟の提起があり、続いて本件仮処分申請があって、"
その審尋が開始されて後に発生したものと認められ(第四回審尋期日は平成元年一
月二三日、第五回審尋期日は同年四月一二日)、したがって、たとえ当時本件発明
の出願公告に対し多数の異議申立てがなされこれに対して被申立人が特許請求の範
囲の補正をするなど申立人ら主張の経緯があったとしても、本件発明に特許が付与
されないという保証のないことはいうまでもないことであるから、申立人らは、特
許が付与される可能性は極めて低いとの見通し、判断のもとに、もし本件発明に特
許が付与された場合の危険は覚悟のうえで、イ号製剤製造設備の建設を推進したも
のといわざるをえず、その見通し、判断に反して本件発明に特許が付与された以上
は、右イ号製剤製造設備の建設に伴う損害は申立人らの甘受すべきものであって、
これをもって本件仮処分命令を取り消すべき事情としての異常損害と主張すること
は許されないものというべきである。
 更に、申立人らは、申立人らのイ号製剤は、特許権侵害の理由により製造販売が
差し止められ、安定供給を保証しえない状況となったので、近い将来薬価基準収載
品目からの削除という行政措置を受けることになり、その後に、たとえ、特許無効
審判、控訴等により申立人らに有利な状況が生じた時点で改めて販売を始めたとし
ても、主要医療機関においては審査会の議を経て新医薬品の購入が決定、契約さ
れ、納入が開始されるという実情からいって元の販売シェアに復することは不可能
であるから、本件仮処分命令により申立人らが被る損害は回復しえない不可逆的な
ものとなりつつあると主張するが、本件仮処分取消申立事件は、本件仮処分命令の
被保全権利の存在を前提としてこれを取り消すべき特別の事情の存否を審理判断す
るものであり、本件仮処分命令の被保全権利の存否を審理判断するものではないか
ら、本件仮処分命令の被保全権利の不存在を前提とする右主張は採用することがで
きない。
 これに対し、本件仮処分命令を取り消すことによって被申立人の被る損害が金銭
的補償によって償うことのできないものであることは前記説示から明らかであるか
ら、以上によれば、結局、
本件仮処分命令の被申請人である申立人らにおいて、本件仮処分命令の存続により
通常被るべき損害に比較して社会通念上過大な損害を被るものとは認められず、こ
の点に関する申立人らの主張は採用することができない。
三 結論
 以上のとおり、本件仮処分命令の被保全権利は金銭的補償が可能であるとも、本
件仮処分命令により申立人らは異常の損害を被っているともいえないから、結局、
本件申立ては理由なきものとして却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法
八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 潮久郎 山崎杲 水野武)
(別紙)
 目録(一)
 ヒト正常子宮組織からヒト組織プラスミノーゲン活性化因子のメッセンジャーR
NA(mRNA)を分離し、これを鋳型として調製したcDNAをウシパピローマ
ウィルスDNA由来のベクターに組込んだ発現ベクターによって形質転換された組
換マウスC127細胞を培養することによって主としてグリシンから始まる五三〇
個のアミノ酸から構成され、糖鎖末端部に露出したβ―結合型ガラクトースを殆ど
有さず、α―結合型ガラクトース及び二―六結合型シアル酸の存在する糖鎖を有す
る一本鎖タンパクのヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をマウスC127細胞由
来のタンパクとともに産生させ、次いでこれを精製して右活性化因子を取得するこ
とからなるヒト子宮組織由来のt―PAに反応する抗体に免疫反応を示すヒト組織
プラスミノーゲン活性化因子の製造方法。
(別紙)
 目録(二)
 ヒト正常子宮組織のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の遺伝子を組込んだベ
クターで形質転換されたマウスC127細胞からマウスC127細胞由来のタンパ
クとともに産生され、ヒト子宮組織由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に
反応する抗体に免疫反応を示し、主としてグリシンから始まる五三〇個のアミノ酸
から構成され、糖鎖末端部に露出したβ―結合型ガラクトースを殆ど有さず、α―
結合型ガラクトース及び二―六結合型シアル酸の存在する糖鎖を有し、かつ一本鎖
タンパクとして存在するヒト組織プラスミノーゲン活性化因子。
(別紙)
 目録(三)
 ヒト正常子宮組織のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の遺伝子を組込んだベ
クターで形質転換されたマウスC127細胞からマウスC127細胞由来のタンパ
クとともに産生され、ヒト子宮組織由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に
反応する抗体に免疫反応を示し、主としてグリシンから始まる五三〇個のアミノ酸
から構成され、糖鎖末端部に露出したβ―結合型ガラクトースを殆ど有さず、α―
結合型ガラクトース及び二―六結合型シアル酸の存在する糖鎖を有し、かつ一本鎖
タンパクとして存在するヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を安定剤、溶解補助
剤等の添加剤と混合して成る血栓症治療用製剤。

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛