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平成20年8月28日判決言渡
平成20年(ネ)第10019号特許権侵害差止等請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所平成18年(ワ)第7746号)
口頭弁論終結日平成20年6月24日
判決
控訴人AGCセラミックス株式会社
訴訟代理人弁護士小池豊
同櫻井彰人
補佐人弁理士小野誠
同金山賢教
同椎名佳代
被控訴人黒崎播磨株式会社
訴訟代理人弁護士飯田秀郷
同栗宇一樹
同早稲本和徳
同鈴木英之
同和氣満美子
同隈部泰正
同大友良浩
同戸谷由布子
同辻本恵太
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,原判決別紙物件目録1及び同2記載の符号で示される不定形
耐火物用粉体組成物(ただし,同目録1記載の「1KNG−A80(旧符
号PNG−A80)」並びに同目録2記載の「7KNG−TP5410R
70」及び「22KNG−AM110」を除く。)を製造し,譲渡し,又
は譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
3被控訴人は,前項の組成物を廃棄せよ。
4被控訴人は,控訴人に対し,金2億7806万円及び内金1億0775万
円に対する平成15年1月1日から,内金1億7031万円に対する平成1
8年3月1日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
5訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
6仮執行宣言
第2事案の概要等
1事案の要旨
(1)控訴人(1審原告。以下「原告」という。)は,「不定形耐火物の吹付
け施工方法」に関する特許第3531702号の特許に係る特許権(以
下「本件A特許権」といい,同特許権に係る特許公報(甲2)掲載の明細
書及び図面を併せて「本件A明細書」という。また,本件A明細書の特許
請求の範囲の請求項1記載の発明を「本件A発明」といい,同発明につい
ての特許を「本件A特許」という。)及び特許第3137625号の特許
に係る特許権(以下「本件B特許権」といい,同特許権に係る特許決定公
報(甲5)掲載の特許訂正明細書と同特許権に係る特許公報(甲4)掲載
の図面を併せて「本件B明細書」という。また,本件B明細書の特許請求
の範囲の請求項1記載の発明を「本件B発明」といい,同発明についての
特許を「本件B特許」という。)を有する。
原告は,被控訴人(1審被告。以下「被告」という。)に対し,被告の
製造,販売する原判決別紙物件目録1記載の不定形耐火物用粉体組成物(
以下「被告製品1」と総称し,個別の製品を示すときは同目録中の製品番
号を末尾に付記して「被告製品1−1」などと表記する。)及び同目録2
記載の不定形耐火物用粉体組成物(以下「被告製品2」とし,個別の製品
を示すときは同目録中の製品番号を末尾に付記して「被告製品2−1」な
どと表記する。また,被告製品1と被告製品2とを併せて「被告製品」と
いう。)を使用して実施する不定形耐火物の吹付け施工方法が本件A発明
及び本件B発明(以下,両発明を併せて「本件各発明」という。)の技術
的範囲に属すると主張して,①被告製品の製造,販売行為は,本件A特許
権及び本件B特許権(以下,両特許権を併せて「本件各特許権」とい
う。)につき,特許法101条5号の間接侵害に当たるとして,特許法1
00条に基づく,被告製品の製造,譲渡等の差止め等,②平成16年3月
12日から平成18年2月28日までにされた被告製品の製造,販売行為
は,本件A特許権について,平成15年1月1日から平成16年3月11
日までにされた被告製品の製造,販売行為は,本件B特許権について,そ
れぞれ平成18年法律第55号による改正前の特許法101条4号(以
下「旧特許法101条4号」という。)の間接侵害に当たるとして,民法
709条,特許法102条3項に基づく,損害賠償(1億7031万円及
びこれに対する不法行為の後である平成18年3月1日から民法所定の年
5分の割合による遅延損害金),③平成12年12月8日から平成14年
12月31日までにされた被告製品の販売行為について,同行為は,被告
製品を購入した者が,被告製品を使用して吹付け施工方法を実施するこ
と(実際に被告製品を購入した者が被告製品を使用して行っている吹付け
施工方法を,以下「被告方法」という。)の教唆行為に当たり,被告は,
これにより,法律上の原因なく,実施料相当額の利益を受けたとして,民
法703条又は704条に基づき,不当利得返還(1億0775万円及び
これに対する平成15年1月1日から民法所定の年5分の割合による遅延
損害金)を求めた。
原判決は,本件各発明は,平成3年に工業製品技術協会から発行され
た「吹付工法の最新の進歩」との題名の書籍(乙40,以下「乙40文
献」という。)に開示された発明及び特開平6−287075号公報(乙
7,以下「乙7文献」という。)に開示された発明に基づいて,当業者が
容易に想到することができたものであるとして,本件A特許及び本件B特
許(以下,両特許を併せて「本件各特許」という。)はいずれも,特許法
29条2項違反の無効理由が存在し,特許無効審判により無効にされるべ
きものと認められるから,同法104条の3第1項により,原告は本件各
特許権に基づく権利行使をすることができないと判示して,原告の請求を
いずれも棄却した。
原告は,これを不服として,本件控訴を提起した。
原告は,当審において,原判決別紙物件目録1記載の「1KNG−A
80(旧符号PNG−A80)」(被告製品1−1)並びに同目録2記載
の「7KNG−TP5410R70」(被告製品2−7)及び「22
KNG−AM110」(被告製品2−22)に係る差止め及び廃棄請求を
取り下げ,被告はこれに同意した。
(2)被告は,原審に本件訴訟が係属した後,本件各特許を無効にすることを
求めて,特許庁に無効審判を請求した(無効2006−80246号,同
80251号)。これに対し,特許庁は,平成19年8月3日,本件各発
明は,乙40文献に開示された発明及び乙7文献に開示された発明に基づ
いて,当業者が容易に想到することができたとして,本件各特許をいずれ
も無効とする審決(乙68及び69,以下,これらの審決をそれぞれ「第
1次無効審決A」,「第1次無効審決B」という。)をした。
原告は,第1次無効審決A及びBを不服として,その取消しを求める審
決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成19年(行ケ)第10309号,同
第10310号)を提起した上,同年11月14日,本件各特許について
特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判を請求し(甲39,4
0),これに対し,知的財産高等裁判所(第2部)は,同月30日,特許
法181条2項に基づき,事件を審判官に差し戻すため,第1次無効審決
A及びBを取り消す旨の決定(甲41,42)をした。
原告は,再開された本件各特許に係る無効審判の手続において,同年1
2月20日,本件各特許について訂正請求をし(これに伴い,上記各訂正
審判請求は,特許法134条の3第4項により,取り下げられたものとみ
なされた。),さらに,平成20年3月28日,改めて,本件各特許につ
いて特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正請求(甲43,44)をし
た(これに伴い,平成19年12月20日の各訂正請求は,特許法134
条の2第4項により,取り下げられたものとみなされた。)。特許庁は,
平成20年5月22日,同年3月28日の上記各訂正請求に基づく訂正を
認めた上で,訂正後の各発明は,乙40文献に開示された発明及び乙7文
献に開示された発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたと
判断して本件各特許をいずれも無効とする審決(乙90及び91,以下,
これらの審決をそれぞれ「第2次無効審決A」,「第2次無効審決B」と
いう。)をした。
2争いのない事実及び争点
次のとおり訂正付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1
及び2(以上,原判決3頁9行目ないし6頁26行目)に記載のとおりであ
るから,これを引用する。なお,原判決の略語表示は,改めて定義したもの
を除き,当審においてもそのまま用いる。
(1)原判決3頁9行目の「等(争いのない事実以外は,証拠等を末尾に記載
する。)」を削る。
(2)原判決3頁11行目から19行目を次のとおり改める。
「原告は,下記アのとおり,本件特許権Aを有しており,また,下記イの
とおり,本件特許権Bを有している(なお,本件特許権Bは,原告が訴外
旭硝子株式会社から分社化したことに伴い,平成15年1月17日,同社
から移転されたものである(甲3,16参照)。)。」
(3)原判決6頁13行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「(3)平成20年3月28日の訂正請求
ア本件A特許権についての平成20年3月28日付け訂正請求書(
甲43)に添付された全文訂正明細書(以下「訂正A明細書」とい
う。)における特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりであ
る(下線部分は訂正箇所を示す。)。
「耐火性骨材,アルミナ及び/又はヒュームドシリカからなる平
均粒径10μm以下の耐火性超微粉を含む耐火性粉末,アルミナ
セメント,並びに少量の分散剤を含む不定形耐火物用粉体組成物
に,前記粉体組成物100重量部に対して8∼10重量部の水を
加えて混練されてなり,かつ上端内径50mm,下端内径100
mm,高さ150mmで上下端が開口した円錐台形状のコーン型
に混練直後の坏土を流し込んで充たしコーン型を上方に抜き取っ
て60秒間静置したときの広がり直径が180mm以上となる自
己流動性を有する坏土を,圧送ポンプと圧送配管によって施工現
場に圧送し,圧縮空気と急結剤を前記坏土中に注入し,圧縮空気
と急結剤注入後の坏土を先端に吹付ノズルを接続したノズル配管
中を通過させ,かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所に吹付け
ることを特徴とする不定形耐火物の吹付け施工方法。」(以下,
この発明を「訂正A発明」という。)
イ本件B特許権についての平成20年5月22日付け訂正請求書(
甲44)に添付された全文訂正明細書(以下「訂正B明細書」とい
う。)における特許請求の範囲の請求項1の記載は次のとおりであ
る(下線部分は訂正箇所を示す。なお,上記明細書1頁14行目
に「乾燥基準」とあるのは,「乾量基準」の誤記と認める(甲4
5,乙91)。)。
「耐火性骨材,平均粒径30μm以下のアルミナセメント,平均
粒径30μm以下の耐火性粉末(アルミナセメントを除く)及び
少量の分散剤を含む不定形耐火物用粉体組成物100重量部に対
して,水を8∼10重量部加えて混練されてなり,かつ,上端内
径50mm,下端内径100mm,高さ150mmで上下端が開
口した円錐台形のコーン型に混練直後の坏土を流し込んで充た
し,該コーン型を上方に抜き取って60秒間静置したときの広が
り直径が200mm以上である自己流動性を有する坏土を,圧送
ポンプと圧送配管によって施工現場に圧送し,圧縮空気と急結剤
を前記坏土に注入し,かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所に
吹付けることを特徴とし,前記急結剤の注入量が,前記粉体組成
物100重量部に対して,乾量基準の重量で0.05∼3重量部
である不定形耐火物の吹付け施工方法。」(以下,この発明を「
訂正B発明」という。)」
(4)原判決6頁14行目の「(3)」を「(4)」と改める。
3争点に対する当事者の主張
次のとおり訂正付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2の
3(原判決別紙「施工方法説明書(A)」,同「施工方法説明書(B)」,
同「被告製品の構成説明書(A)」,同「被告製品の構成説明書(B)」,
同「乙49実験結果(被告製品1)」及び同「乙49実験結果(被告製品
2)」を含む。以上,原判決7頁1行目ないし34頁3行目及び64頁ない
し69頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決の訂正(当審における補足的主張を含む。)
ア原判決8頁9行目の「最も」を削る。
イ原判決12頁11行目の「9」を「1−9」と改める。
ウ原判決14頁7行目の「9,11」を「1−9,1−11」と改め
る。
エ原判決16頁25行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「なお,平成14年4月1日に原告が旭硝子株式会社から分社化したこ
とに伴い,原告は,本件特許権Bを譲り受け,また,譲渡の日以前にお
ける不当利得返還請求債権も譲り受けた。上記の債権移転については,
旭硝子株式会社から被告に通知済みである(甲16)。」
オ原判決17頁14行目の「水」を「10%強ないし14%の水」と改
め,同頁17行目から18行目の「で吹付け水分10ないし14%の水
を添加する方法」を削る。
カ原判決19頁9行目の「記載された」を「開示された」と改める。
キ原判決19頁13行目の「本件A発明においては,」の後に「坏土
が,」を加え,同頁17行目の「坏土である」を削り,「記載された」
を「開示された」と改める。
ク原判決22頁4行目の「本件A特許及び本件B特許」を「本件A発明
及び本件B発明」と改める。
ケ原判決23頁18行目の「できるから,本件A発明は」を「できたか
ら,本件A特許は」と改める。
コ原判決24頁19行目の「文献で開示」を「文献に開示」と改める。
サ原判決24頁23行目の「本件B発明においては,」の後に「坏土
が,」を加え,25頁1行目の「坏土である」を削り,「文献で開示」
を「文献に開示」と改める。
シ原判決26頁12行目の「できるから,本件B発明は」を「できたか
ら,本件B特許は」と改める。
ス原判決27頁18行目の「本件A発明は,」の後に「本件A明細書に
示されるとおり,」を加える。
セ原判決28頁8行目の「(」の後に「本件A明細書に「急結剤の注入
口は,圧縮空気の注入口の下流又は圧縮空気の注入口と同位置にするの
が好ましい。急結剤を注入後の坏土は急速に硬化を起こした状態で,好
ましくはノズル配管を通って,吹付けノズルに送られ吹付けノズルから
吹付け施工される。」(4欄50行ないし5欄4行)と記載され,」を
加える。
ソ原判決28頁14行目の「場所」を「箇所」と改める。
タ原判決29頁6行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「すなわち,本件B発明は,本件B明細書に示されるとおり,従来の吹
付け施工方法である乾式又は半乾式の施工方法において,「吹付けノズ
ルで不定形耐火物が必要とする水分又は不足している水分及び急結剤を
注入して吹付けノズルから吹付け施工」したことによる問題点(【00
03】),「足りない水分と急結剤の水溶液を吹付けノズルで注入する
方法を提案している」ことによる問題点(【0005】),「吹付けノ
ズルの直前で搬送されてきた湿った坏土に残りの水分を注入する場合,
吹付け施工する坏土中の水分の分布が不均一になるのを避けられない。
特に流動性を向上させるとともに不定形耐火物を緻密化するため耐火性
超微粉を混合してある不定形耐火物を施工する場合には,不定形耐火物
用粉体組成物に混合しておく水分の絶対量が少なく,吹付け施工は一層
困難であった」という問題点(【0006】)があったことから,湿式
吹付け施工方法においても圧縮空気及び急結剤を注入する位置を検討
し,構成要件B−d及びB−eの構成を採用したのである。すなわち,
本件B発明では,圧縮空気と急結剤を坏土に注入した後,かかる坏土を
吹付けノズルから施工箇所に吹き付けるのであり(本件B明細書に「急
結剤の注入口は,圧縮空気の注入口の下流又は圧縮空気の注入口と同位
置にするのが好ましい。急結剤を注入後の坏土は急速に硬化を起こした
状態で,好ましくはノズル配管を通って,吹付けノズルに送られ吹付け
ノズルから吹付け施工される。」(【0011】)と記載され,図1及
び図2にも圧縮空気及び急結剤の注入位置が上流に示されている。),
当該構成を採用することにより,吹き付けるまでの間に乱流の影響を受
け,急結剤が坏土中によりよく分散されるとの作用効果を得るのであ
る。
そして,特許請求の範囲には,「圧縮空気と急結剤を前記坏土に注入
し」(構成要件B−d),「かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所に
吹付ける」(構成要件B−e)と記載されているのであるから,上記解
釈は,特許請求の範囲に記載された文言どおりのものである。すなわ
ち,上記の「かかる坏土」とは,圧縮空気と急結剤が注入された坏土で
あり,また,「自己流動性を有する坏土を,・・・圧送し,・・・注入
し,・・・吹き付ける」との記載からして,「圧送」,「注入」,「吹
付け」の各工程がこの順に行われることが時系列で記載されたものであ
るから,「かかる坏土を吹付けノズルから施工場所に吹付ける」とは,
圧縮空気と急結剤が注入された坏土を,ノズルに送り,ノズルから吹き
付けることを意味するのである。
また,このことは,ノズルに送る前に,圧縮空気と急結剤を坏土に注
入することが必要であるとの注入時期の問題ということもできる。」
チ原判決30頁21行目の「できない」の後に「(甲34及び乙38の
記載や甲48の実験結果も,自己流動性を有し,ポンプ圧送が可能な流
し込み施工方法に使用される流し込み材料であっても,必ずしも湿式吹
付け施工方法に使用するのに適するとは限らないことを示してい
る。)」を加える。
ツ原判決31頁21行目から23行目の「ショットキャスト法は一般的
な湿式吹付け方法ではなく,先絞りノズルを使用した湿式吹付け方法で
ある。」を「ショットキャスト法は,その開発経緯等に照らし,一般的
な湿式吹付け施工方法ではなく,「材料に水を添加して混練し,泥漿状
の材料を圧送ポンプと圧送配管によって吹付け施工現場に圧送し,圧送
配管の先端に設けられた先絞りノズルの先端で圧縮空気と共に急結剤を
添加し,吹付けを行うという湿式吹付け施工方法」であって,先絞りノ
ズルを使用することから,ノズル詰まりを防ぐために,高水分領域での
吹付け及び急結剤の添加位置が検討されているものであることは,当業
者が十分に理解しているところであった(甲6,32,37,乙1,
2,38)。」と改める。
テ原判決33頁9行目の「本件B特許」及び「本件A特許」の後にそれ
ぞれ「権」を加え,同頁10行目及び11行目の「主張」をいずれも「
請求」と改める。
ト原判決33頁16行目の「の主張」を削る。
ナ原判決33頁23行目から24行目の「の主張」を削る。
(2)当審における原告の新たな主張
ア訂正A発明及び訂正B発明において無効理由が解消していること
仮に本件A発明及び本件B発明が,乙40文献に開示された発明及び
乙7文献に開示された発明との関係で,進歩性を欠くものであるとして
も,以下のとおり,訂正A発明及び訂正B発明においては,当該無効理
由は解消しているというべきである。
(ア)訂正A発明の進歩性
以下のとおり,訂正A発明は,乙40文献に開示された発明及び乙
7文献に開示された発明に基づいて,当業者が容易に発明することが
できたものではない。
a訂正A発明と乙40文献に開示された発明との相違点
訂正A発明と乙40文献に開示された発明とは,本件A発明と乙
40文献に開示された発明との相違点1,2(原判決46頁9行目
ないし21行目(ただし,後記第3,1のとおり訂正付加したも
の。))に加え,少なくとも下記の2点において相違する。
(a)添加する水の量
訂正A発明においては,不定形耐火物用粉体組成物に加える水
が「前記粉体組成物100重量部に対して8∼10重量部の水」
であるのに対し,以下のとおり,乙40文献に開示された発明に
おいては,吹付け水分が10%を超える量である点で,両発明は
相違する。
すなわち,乙40文献の図1ないし4は,1回の吹付け量が5
0kgのデータであり,その吹付け水分は約10%以上と解され
ること(乙38,39),ショットキャスト法における実用的な
吹付け水分量は,12重量%に硬化促進剤(急結剤)の水分を加
えた量ないし約15重量%であること(甲37,乙1,2)か
ら,乙40文献に開示された発明における吹付け水分は,10%
を超える量,具体的には12%ないし15%程度というべきであ
る。
(b)急結剤等の注入部位
訂正A発明においては,「圧縮空気と急結剤注入後の坏土を先
端に吹付けノズルを接続したノズル配管中を通過させ」るもので
あり,圧縮空気と急結剤の注入部位が,吹付けノズルの手前であ
るのに対し,下記のとおり,乙40文献に開示された発明におい
ては,圧縮空気と急結剤の添加部位が,輸送管の先端に設けられ
た先絞りノズルの先端である点で,両発明は相違する。
すなわち,乙40文献の表1には,ショットキャスト法の圧縮
空気と急結剤の添加部位がノズルであることが概略図として示さ
れているにとどまるところ,前記(原判決31頁21行目から2
3行目(ただし,前記(1)のとおり訂正付加したもの。))のとお
り,乙40文献のショットキャスト法は,その開発経緯等に照ら
し,一般的な湿式吹付け施工方法ではなく,「材料に水を添加し
て混練し,泥漿状の材料を圧送ポンプと圧送配管によって吹付け
施工現場に圧送し,圧送配管の先端に設けられた先絞りノズルの
先端で圧縮空気と共に急結剤を添加し,吹付けを行うという湿式
吹付け施工方法」であるから,圧縮空気と急結剤の添加部位は,
輸送管の先端に設けられた先絞りノズルの先端であるというべき
である。
b訂正A発明の相違点に係る構成の非容易想到性
前記(原判決26頁16行目から33頁5行目(ただし,前記(1)
のとおり訂正付加したもの。))のとおり,乙40文献に開示され
た発明(ショットキャスト法)に乙7文献に開示された発明(不定
形耐火物用組成物)を適用することは困難であるし,仮に適用した
としても,以下のとおり,前記aの各相違点に係る訂正A発明の構
成に想到することはできない。
(a)添加する水の量について
乙40文献には,ショットキャスト法は「ポンプ圧送するため
高水分領域でしか吹付けできない欠点」があった旨記載されてい
るところ,前記aのとおり,ショットキャスト法における「高水
分領域」とは,吹付け水分が10%を超える量,具体的には12
%ないし15%程度であり,本件A特許権の優先権主張日以前
は,このように吹付け水分を多くしなければならなかったことか
ら,品質の劣る不定形耐火物を得ることができたにとどまり,高
密度・高強度の施工体(気孔率が小さく嵩比重が大きい施工体)
を得ることはできなかった。
訂正A発明に至るまで,吹付け施工方法において吹付け水分の
減少化を図り,その品質を流し込み法(キャスタブル)と同等と
する試みは,ショットキャスト法以外の吹付け施工方法(スラリ
ー法及び半乾式法)においてはされてはいたものの,ショットキ
ャスト法では,吹付け水分量が10重量%以下の低水分化は実用
化されていなかった(甲46,乙38,39)。訂正A発明は,
このような技術水準の下で,初めて10重量%以下の吹付け水分
量での湿式吹付け施工方法を可能にしたところに技術的意義があ
る。
そして,乙40文献は,ショットキャスト法における吹付け水
分量の調整について教示するものではなく,乙7文献は,自己流
動性がありポンプ圧送が可能な不定形耐火物用組成物が記載され
てはいるものの,その添加水分量は外掛けで6重量%を必須の要
件とすること(請求項1)からすれば,乙40文献に開示された
発明(ショットキャスト法)に乙7文献に開示された発明(不定
形耐火物用組成物)を適用したとしても,吹付け水分量を8∼1
0重量%とすることは困難である。
この点について,被告は,乙2,6,16,23,26,41
の1,45,47,72に言及して,添加する水量を訂正A発明
の「前記粉体組成物100重量部に対して8∼10重量部の水」
とすることは,当業者が必要に応じ適宜なし得ることであると主
張する。確かに,訂正A発明より低い水分領域で湿式吹付け施工
方法を実施することは可能であるが(訂正A明細書【0015
】),訂正A発明の上記範囲は,訂正A明細書記載の実施例1,
2,1’,2’,7,7’,7”に合わせたものであって,当業
者が適宜選択する範囲とはいえない。また,被告が言及する上記
文献のうち,①乙2,6は,ショットキャスト法の基本発明に係
る文献であり,ショットキャスト法において吹付け水分を10重
量%以下で施工できることは開示されていないこと,②乙41の
1には,各頁の右隅に「Copyright1995」と記載
されているのみで,発行年月日が明確に記載されていないから,
本件特許権Aに対する公知文献とはいえないこと,③乙26
は,「耐火骨材に,粒子径20μ以下の超微粒粉末に加えて分散
機能を有する解膠剤を添加し混合することにより前記超微粒粉末
の分散効果を発揮させ,添加水分10%以下での吹付を可能にし
た」(2頁右上欄7行∼11行)と記載されているが,実施例に
おいて具体的に記載されているのは,第1表又は第4表に記載の
組成を有する吹付耐火材料を,第1図で示されている乾式吹付け
施工方法により吹付け施工したもののみであり(2頁左下欄1行
∼8行),湿式吹付け施工方法でも吹付け水分が10%以下で施
工が可能であるかは何ら具体的に示されていないこと,④その余
の文献(乙16,23,45,47,72)は,いずれも流し込
み施工用の低セメントキャスタブルに関するものにすぎないこ
と,⑤さらに,乙7文献及び乙25では,嵩比重が大きい(気孔
率が小さい)不定形耐火物を得ながら,流動性を有する組成物を
検討し,諸特性のバランスを取った上で,水添加量が6重量%と
されており,特に,乙25には,「一般に,流し込み耐火物に加
える水を多くすれば流し込み耐火物の流動性はよくなるが,・・
・骨材がセグリゲーション(偏在化)して不均質化しやすい」と
記載されていること(甲48の実験結果は,この記載に沿うもの
である。)からすれば,被告の主張は失当である。
(b)急結剤等の注入部位について
乙40文献に開示された発明(ショットキャスト法)に乙7文
献に開示された発明を適用したとしても,ノズルの手前で急結剤
を注入するという手段を採用することはできない(ショットキャ
スト法に関する基本発明を開示する乙2にも,「仮に予め該吹付
材に硬化促進剤も添加しておくと,前述のごとく混練中に凝結が
はじまり,ホースあるいはノズル中で閉塞するので使用できな
い。」(2頁右下欄13行∼15行)との記載がある。)から,
上記相違点に係る訂正A発明の構成に到達することはできない。
訂正A発明では,訂正A明細書に記載されているとおり,急結
剤と圧縮空気を注入した坏土は急速に硬化を起こした状態で,好
ましくはノズル配管を通って,吹付けノズルに送られ吹付けノズ
ルから吹付け施工されるものであり(【0011】),圧縮空気
と急結剤を坏土が吹付けノズルに供給される前に,好適にはノズ
ル配管に供給される前に注入することにより,施工面上に吹付け
られた坏土の特性に有利に作用し(【0010】),このこと
は,実施例において,壁面の付着性と施工後の坏土のダレが良好
であることからも看て取れる。加えて,訂正A発明においては,
坏土がノズル配管に供給される前に急結剤と空気を注入すること
から,急結剤を注入後の坏土は,ノズル配管を通過中に乱流の撹
拌を受け,坏土中によく分散され,その結果,坏土に注入する急
結剤の所要量を低減できる(【0011】)という有利な作用効
果も奏される。訂正A発明では,高フロー値の坏土を使用するた
め,坏土の自己流動性を瞬間的に消滅し,吹付けに適した粘性を
得ることが必要であったところ(甲7),急結剤をノズル配管の
手前で坏土に注入することによって,意外にも,ホース又はノズ
ルの目詰まりなしに,吹付け前の流動性を低下させることがで
き,結果として,「先絞りノズル」などの特殊なノズルを使用し
なくても,円滑な吹付け施工が可能になったのである。
この点について,被告は,訂正A明細書において日本プライプ
リコ社製のQガンが用いられていることや,乙73ないし78に
言及しつつ,建築用コンクリートの湿式吹付け施工方法におい
て,Y字管を使用して圧縮空気注入口と急結剤の注入口として乱
流を発生させ急結剤の坏土中への撹拌と均一分散を生じさせなが
ら,先端に吹付けノズルを接続したノズル配管中を圧縮空気と急
結剤注入後の泥漿状のコンクリートが通過することは広く知られ
ており,訂正A発明の不定形耐火物の湿式吹付け施工方法は,建
築用コンクリートの湿式吹付け施工方法を転用したものであると
して,実質的な相違点でないと主張する。しかし,前記a(b)の
とおり,乙40文献に開示された発明(ショットキャスト法によ
る吹付け施工方法)は,輸送管の先端に設けられた硬化促進剤を
添加するための添加管が内設された先絞りノズルを使用するもの
であって,急結剤,水及びエアはこの先絞りノズルの先端で供給
されるのであり,急結剤等の注入部位が訂正A発明と相違するこ
とは明らかである。また,Qガンには土木・建築用,耐火物用等
その使用目的に応じて各種の仕様があるところ,訂正A明細書は
耐火物用のQガンを使用したものであるから,訂正A明細書にお
いてQガンを使用していることをもって,訂正A発明に係る湿式
吹付け施工方法が建築用コンクリートの湿式吹付け施工方法を基
礎に置く技術であると断定することはできない。そして,被告の
言及する文献は,「モルタル吹付装置」(乙73),「コンクリ
ート吹付装置」(乙74),コンクリートの「湿式吹付工法」(
乙75),「吹き付けコンクリートの施工方法」(乙76),「
セメント混練物の湿式吹付け工法」(乙77),「湿式コンクリ
ート吹付け方法」(乙78)に関するものにすぎず,不定形耐火
物の湿式吹付け施工方法に関するものではない。コンクリートと
不定形耐火物とは技術分野を異にし,その用途も相違するから,
これらの文献に開示された技術を不定形耐火物の湿式吹付け施工
方法の技術に単純に転用し得るものではない。したがって,被告
の主張は失当である。
(c)作用効果の顕著性
訂正A発明は,前記相違点に係る構成を有することにより,①
低水分領域(10重量%以下)において初めて湿式吹付け施工方
法を可能とし,②坏土に注入する急結剤の所要量を低減する(訂
正A明細書【0011】)とともに,③従来の先細ノズルを用い
るショットキャスト法における問題点(ノズルが重く,長時間施
工が困難であること,ノズルが詰まりやすいこと,接続できる配
管の径が細く,生産効率が悪く,輸送距離も長くできないことな
ど)を解消することができるという,顕著な作用効果を奏するも
のであり,この点に照らしても,訂正A発明の進歩性は肯定され
るべきである。
(イ)訂正B発明の進歩性
以下のとおり,訂正B発明は,乙40文献に開示された発明及び乙
7文献に開示された発明に基づいて,当業者が容易に発明することが
できたものではない。
a訂正B発明と乙40文献に開示された発明とは,本件B発明と乙
40文献に開示された発明との相違点1,3(原判決55頁21行
目ないし26行目,56頁6行目ないし12行目(ただし,後記第
3,1のとおり訂正付加したもの。))に加え,少なくとも下記の
3点において相違する。
(a)添加する水の量
訂正B発明においては,「前記粉体組成物100重量部に対し
て,水を8∼10重量部加える」のに対し,前記(ア)a(a)のと
おり,乙40文献に開示された発明においては,吹付け水分が1
0%を超える量である点で,両発明は相違する。
(b)急結剤等の注入部位
訂正B発明においては,前記(原判決29頁5行目から6行
目(ただし,前記(1)のとおり訂正付加したもの。))のとおり,
圧縮空気と急結剤の注入部位が,吹付けノズルの手前であるのに
対し,前記(ア)a(b)のとおり,乙40文献に開示された発明に
おいては,圧縮空気と急結剤の添加部位が,輸送管の先端に設け
られた先絞りノズルの先端である点で,両発明は相違する。
(c)急結剤の注入量
訂正B発明においては,「前記急結剤の注入量が,前記粉体組
成物100重量部に対して,乾量基準の重量で0.05∼3重量
部である」のに対し,乙40文献に開示された発明においては,
急結剤の注入量に関する記載がない点で,両発明は相違する。
b訂正B発明の相違点に係る構成の非容易想到性
前記(ア)bのとおり,乙40文献に開示された発明(ショットキ
ャスト法)に乙7文献に開示された発明(不定形耐火物用組成物)
を適用することは困難であるし,仮に適用したとしても,以下のと
おり,前記aの各相違点に係る訂正B発明の構成に想到することは
できない。
(a)添加する水の量について
訂正A発明について前記(ア)b(a)で主張したと同様に,訂正
B発明は,初めて10重量%以下の吹付け水分量での湿式吹付け
施工方法を可能にしたところに意義があり,また,乙40文献に
開示された発明(ショットキャスト法)に乙7文献に開示された
発明(不定形耐火物用組成物)を適用したとしても,吹付け水分
量を8∼10重量%とすることは困難である。
(b)急結剤等の注入部位について
訂正A発明について前記(ア)b(b)で主張したと同様に,乙4
0文献に開示された発明(ショットキャスト法)に乙7文献に開
示された発明を適用したとしても,ノズルの手前で急結剤を注入
するという手段を採用することはできないから,上記相違点に係
る訂正B発明の構成に到達することはできない。
(c)急結剤の注入量について
訂正B発明において,「前記粉体組成物100重量部に対し
て,乾量基準の重量で0.05∼3重量部である」としたのは,
訂正B明細書に記載されているとおり,下限に満たない場合は「
急結速度が不足して吹付け施工された坏土が流れ落ちる」おそれ
があり,上限を超えた場合は「急速に硬化して吹付け施工が難し
くなったり,耐熱性や耐食性などの耐火物としての性能が低下す
る」おそれがあるからであり(【0022】),その効果は,実
施例の例3及び4に具体的に示されている。
この点について,被告は,乙2,6(乙6は乙2の特許公報で
ある。)に言及して,不定形耐火物の湿式吹付け施工方法におい
て,急結剤の注入量を,粉体組成物100重量部に対して,乾量
基準で0.05∼3重量部とすることは公知であると主張する。
しかし,①乙2に記載されているのは,アルミナセメントを多く
含む不定形耐火物であり,乙40文献に記載されたローセメント
耐火物とは硬化のメカニズムが異なるものであること,②乙2に
おける急結剤の添加量の上限は,ノズル詰まりの抑制という観点
から決定されているものであって,先絞りノズルを用いるという
ショットキャスト法に特有の課題の解決を目的とするものである
から,乙2に記載の急結剤を,そのまま乙40文献に開示された
発明に適用して同様の効果を奏することができるとは予測し得な
いものであり,上記数値限定は当業者にとって自明なものではな
いから,被告の主張は失当である。
(d)作用効果の顕著性
訂正A発明について前記(ア)b(c)で主張したのと同様に,訂
正B発明は,前記相違点に係る構成を有することにより,顕著な
作用効果を奏するものであり,この点に照らしても,訂正B発明
の進歩性は肯定されるべきである。
イ被告方法が訂正A発明及び訂正B発明の技術的範囲に属すること
訂正A発明に対応する被告方法の構成は,別紙「施工方法説明書(A
’)」(下線部分は原判決別紙「施工方法説明書(A)」と異なる箇所
を示し,訂正A発明において付加された構成に対応する。)のとおりで
あり,同方法は,訂正A発明の構成要件をすべて充足し,その技術的範
囲に含まれる。また,訂正B発明に対応する被告方法の構成は,別紙「
施工方法説明書(B’)」(下線部分は原判決別紙「施工方法説明書(
B)」と異なる箇所を示し,訂正B発明において付加された構成に対応
する。)のとおりであり,同方法は,訂正B発明の構成要件をすべて充
充足し,その技術的範囲に含まれる。
(3)当審における原告の新たな主張に対する被告の反論
ア訂正A発明及び訂正B発明において無効理由が解消しているとの主張
に対し
以下のとおり,訂正A発明及び訂正B発明においても,進歩性欠如の
無効理由は解消していない。
(ア)訂正A発明の進歩性について
以下のとおり,訂正A発明は,乙40文献に開示された発明及び乙
7文献に開示された発明に基づいて,当業者が容易に発明することが
できたものである。
a訂正A発明と乙40文献に開示された発明との一致点・相違点
訂正A発明と乙40文献に開示された発明とは,「不定形耐火物
用粉体組成物に水を加えて混練されてなる坏土を,圧送ポンプと圧
送配管によって施工現場に圧送し,圧縮空気と急結剤を前記坏土中
に注入し,かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所に吹き付ける不
定形耐火物の吹付け施工方法」である点で一致し,本件A発明と乙
40文献に開示された発明との相違点(原判決19頁5行目から1
8行目(ただし,前記(1)のとおり訂正付加したもの。))に加え,
下記2点において相違する。
(a)「粉体組成物100重量部に対して8∼10重量部の水を加
え」る点
訂正A発明においては,添加する水分量が「粉体組成物100
重量部に対して8∼10重量部」であるのに対し,乙40文献に
開示された発明においては,10%強ないし14%である点で,
両発明は相違する。
(b)「圧縮空気と急結剤注入後の坏土を先端に吹付ノズルを接続
したノズル配管中を通過させ」る点
訂正A発明においては,「圧縮空気と急結剤注入後の坏土を先
端に吹付ノズルを接続したノズル配管中を通過させ」るのに対
し,乙40文献に開示された発明においては,先端に吹付けノズ
ルを接続したノズル配管中を圧縮空気と急結剤注入後の坏土が通
過するか否かが明らかでない点で,両発明は相違する。
b訂正A発明の相違点に係る構成の容易想到性
(a)「粉体組成物100重量部に対して8∼10重量部の水を加
え」る点について
乙40文献に開示された発明においては,「吹付前にミキサー
で十分混練しているため,吹付水分に関係なく高接着率が得ら
れ」るものであって,他の吹付けシステムにおける同水分割合の
施工体よりは付着率が大きいものが得られるものであるものの,
ポンプ圧送するために高水分領域(水が10∼14%の範囲)に
せざるを得ないものであり,その水分範囲では高品質(見掛気孔
率が低く,曲げ強度が大きい)の施工体が得られないとされてい
る。一方,乙7文献には,6重量%(外掛け)という低水分でポ
ンプ圧送することができる坏土が記載されている。
訂正A発明の水分量は,乙7文献記載のそれよりも多量であ
る「8∼10重量部」であるが,この数値範囲は,訂正A明細書
の記載(【0025】,【0020】,【0024】,【001
8】,【0015】)に示された水分量をなるべく少なくしよう
とする技術思想に反するものであって,最適な水分量に限定しよ
うとするものとはいえない。
そして,①低セメントキャスタブル用アルミナセメントに関す
る文献である乙16に,実施例として,水8.5重量部を配合し
た低セメントキャスタブルが記載されていること,②低セメン
ト,セルフフローキャスタブルに関する文献である乙23に,添
加水分量8.0%で,自己流動性を有する低セメントキャスタブ
ルが記載されていること,③不定形耐火物の湿式吹付け施工方法
に関する文献である乙2,6に,低セメントキャスタブルを不定
形耐火物とすること,また,従来の湿式吹付け施工方法に用いら
れるキャスタブルの水分量が30重量%以上であるのに対し,1
0∼20重量%で十分であることが記載されていること,④乙2
6には,バインダーとしてのフラックス成分であるアルミナセメ
ントを最小限に低減することにより従来技術の問題点を解決する
とともに,低セメントキャスタブルを不定形耐火物とし,その組
成として粉末耐火骨材に,粒子径20μ以下のアルミナ,シリ
カ,ジルコニア等を適宜組み合わせた超微粒子粉末を用い,分散
機能を有する解膠剤を添加混合して,超微粒粉末の分散効果を発
揮させ,添加水分10%以下での吹付けを可能にしたことが記載
されていること,⑤低セメントキャスタブルの湿式吹付け施工方
法に関する乙41の1には,圧送添加水量が8.0%の低セメン
トキャスタブルが記載されていること,⑥乙45には,セルフフ
ローキャスタブルとなるための粒度構成が示され,その範囲にお
いて水分値が8.2∼9.8%にわたる材料でその自己流動性
が,JISコーンによるもので200mmを超えるものが多数示
されるとともに,セルフフローキャスタブルのポンプ圧送には配
管の太いものを使用するか,又は,圧力の高い圧送ポンプを使用
する必要があると報告され,さらに,セルフフローキャスタブル
の水分値を少し増やすことによって粘性抵抗値を大幅に低減し,
フロー値を上げる効果が生じることが示されていること,⑦乙4
7には,アルミナ含有量40%のアルミナ質低セメントキャスタ
ブルである「EZCAST2700−XR」,「EZCA
ST2200−FSXR」について,自己流動性の達成に必
要な混練水量(質量%)が7.0∼8.0%であり,220°
F(約105℃)で乾燥後の気孔率が12∼14%あるいは11
∼13%であることが記載されていること,⑧アルミナセメント
を1∼5%とする低セメントキャスタブルに関する乙72に,1
5%以下の水分量でも施工可能であり,通常施工可能な水量は1
0%以下で十分であり,多くの場合3∼9%であると記載されて
いることからすれば,不定形耐火物用粉体組成物その他の状況に
対応して添加する水量を,6重量%を超え,これに近接した範囲
の8∼10重量%とすることは,当業者が必要に応じ適宜なし得
たことである。
また,これにより得られる施工体は,低水分の坏土から得られ
るものであるから,見掛気孔率が低く,曲げ強度が高いものであ
ることは,当業者が予測するところであって,その効果も格別も
のとはいえない。
(b)「圧縮空気と急結剤注入後の坏土を先端に吹付ノズルを接続
したノズル配管中を通過させ」る点について
以下のとおり,この点は実質的な相違点ではない。
日本プライブリコ社製のQガンを用いている訂正A明細書の記
載にも示されるように,訂正A発明の湿式吹付け施工方法は,建
築用コンクリートの湿式吹付け施工方法を基礎に置く技術であ
る。
そして,建築用コンクリートの湿式吹付け施工方法において,
先端に吹付けノズルを接続したノズル配管中を圧縮空気と急結剤
注入後の混漿状のコンクリートが通過することは,乙73ないし
78に示されるとおり,本件A特許権の優先日前の周知慣用技術
であった。すなわち,建築用コンクリートの湿式吹付け施工方法
において,Y字管を使用して圧縮空気注入口と急結剤の注入口と
して乱流を発生させ急結剤の坏土中への撹拌と均一分散を生じさ
せながら,先端に吹付けノズルを接続したノズル配管中を圧縮空
気と急結剤注入後の混漿状のコンクリートが通過することが広く
知られていたことにかんがみると,訂正A発明の不定形耐火物の
湿式吹付け施工方法が建築用コンクリートの湿式吹付け施工方法
を転用したものであることは明らかである
なお,不定形耐火物の湿式吹き付け施工方法においては,所要
量の急結剤が圧縮空気とともに坏土に加えられてノズル先端から
吹き付けられるように,ノズルの手前で両者が混入すればよいの
であって,ノズル配管中を圧縮空気と急結剤注入後の混漿状の坏
土が通過することは,両者の注入の結果にすぎないし,また,乙
40文献に開示された発明も,圧縮空気と急結剤を前記坏土中に
注入し,かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所に吹き付け,壁
面でのダレ落ちを防止できている。
(c)その余の点について
訂正A発明と乙40文献に開示された発明とのその余の相違点
は,本件A発明と乙40文献に開示された発明との相違点と同じ
であり,かかる相違点に係る訂正A発明の構成が容易想到である
ことは,前記(原判決19頁4行目から23頁16行目(ただ
し,前記(1)のとおり訂正付加したもの。))のとおりである。
(d)小括
以上より,乙40文献に開示された発明に乙7文献に開示され
た発明を適用し,相違点に係る訂正A発明の構成に想到すること
は,当業者には容易であったというべきである。
(イ)訂正B発明の進歩性について
以下のとおり,訂正B発明は,乙40文献に開示された発明及び乙
7文献に開示された発明に基づいて,当業者が容易に発明することが
できたものである。
a訂正B発明と乙40文献に開示された発明との一致点・相違点
訂正B発明と乙40文献に開示された発明とは,「不定形耐火物
用粉体組成物に水を加えて混練されてなる坏土を,圧送ポンプと圧
送配管によって施工現場に圧送し,圧縮空気と急結剤を前記坏土に
注入し,かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所に吹き付ける不定
形耐火物の吹付け施工方法」である点で一致し,本件B発明と乙4
0文献に開示された発明との相違点(原判決24頁15行目から2
5頁2行目(ただし,前記(1)のとおり訂正付加したもの。))に加
え,下記の2点において相違する。
(a)「不定形耐火物用粉体組成物100重量部に対して,水8∼
10重量部を加え」る点
訂正B発明においては,「不定形耐火物用粉体組成物100重
量部に対して,水8∼10重量部を加え」るのに対し,乙40文
献に開示された発明においては,10%強ないし14%である点
で,両発明は相違する。
(b)急結剤の注入量が「粉体組成物100重量部に対して,乾量
基準の重量で0.05∼3重量部である」点
訂正B発明においては,急結剤の注入量が「粉体組成物100
重量部に対して,乾量基準の重量で0.05∼3重量部である」
のに対し,乙40文献に開示された発明においては,その割合が
必ずしも明確でない点で,両発明は相違する。
b訂正B発明の相違点に係る構成の容易想到性
(a)「不定形耐火物用粉体組成物100重量部に対して,水8∼
10重量部を加え」る点について
この点は,訂正A発明と乙40文献に開示された発明との前記(
ア)a(a)の相違点と同じであり,前記(ア)b(a)で主張したと同
様の理由により,不定形耐火物用粉体組成物その他の状況に対応
して添加する水量を,6重量%を超え,これに近接した範囲の8
∼10重量%とすることは,当業者が必要に応じ適宜なし得たこ
とであり,また,その効果も格別ものとはいえない。
(b)急結剤の注入量が「粉体組成物100重量部に対して,乾量
基準の重量で0.05∼3重量部である」点について
急結剤は,低セメントキャスタブルである乾式又は半湿式吹付
け用キャスタブルや,コンクリートの湿式吹付けの際にも,壁面
での付着性の向上やダレを防止する目的で,普通に使用されてい
たものであり,急結剤を注入するのは,アルミナセメントと超微
粉とを凝集し,分散剤のイオン封鎖能を解除するためのものであ
るから,その注入量は,アルミナセメントや超微粉の量及び分散
剤の添加量に関係するものであって,超微分やアルミナセメント
の使用量が自ずと決まってくる低セメントキャスタブルにおいて
は,急結剤の使用量も自ずと定まるものである。
そして,不定形耐火物の湿式吹付け施工方法において,急結剤
の混入量を,粉体組成物100重量部に対して,乾量基準で0.
05∼3重量部とすることは,公知である(乙2,6)。
したがって,急結剤の注入量を「粉体組成物100重量部に対
して,乾量基準の重量で0.05∼3重量部」とすることは,当
業者が必要に応じ適宜なし得たことであり,また,その効果も格
別ものとはいえない。
(c)その余の点について
訂正B発明と乙40文献に開示された発明とのその余の相違点
は,本件B発明と乙40文献に開示された発明との相違点と同じ
であり,かかる相違点に係る訂正B発明の構成が容易想到である
ことは,前記(原判決24頁14行目から26頁10行目(ただ
し,前記(1)のとおり訂正付加したもの。))のとおりである。
(d)小括
以上より,乙40文献に開示された発明に乙7文献に開示され
た発明を適用し,相違点に係る訂正B発明の構成に想到すること
は,当業者には容易であったというべきである。
イ被告方法が訂正A発明及び訂正B発明の技術的範囲に属するとの主張
に対し
否認し又は争う。
争点(1)ないし(4)について主張したこと(原判決7頁8行目,11頁
25行目ないし15頁16行目,同頁26行目ないし16頁5行目,1
7頁3行目(ただし,前記(1)のとおり訂正付加したもの。))に加え,
被告製品1−9,2−1,2−3は,添加水分量が8重量部を下回るか
ら,同製品を使用した施工方法は,訂正A発明及び訂正B発明の構成要
件を充足せず,また,被告製品1−4,1−5,1−10は,施工要領
書の下限の水分量が8重量部を下回るから,同製品は訂正A発明及び訂
正B発明による課題の解決に不可欠なものではなく,同製品の製造,販
売は,本件A特許権及び本件B特許権の間接侵害とはならない。
第3当裁判所の判断
当裁判所も,本件各発明は進歩性を欠くものであり,本件各特許には特許
法29条2項に違反する無効理由(同法123条1項2号)があるので,同
法104条の3第1項の規定により,原告は,被告に対し,本件各特許権を
行使することができない(原判決摘示の争点(5))と判断する。その理由は,
次のとおり訂正付加するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第3の1(
原判決34頁6行目ないし59頁26行目)に記載のとおりであるから,こ
れを引用する。
1原判決の訂正(当審における補足的主張に対する判断を含む。)
(1)原判決34頁17行目の「リバンドロス」の後に「が」を加える。
(2)原判決46頁6行目の「前記坏土」の後に「中」を加える。
(3)原判決46頁16行目の「おいて」を「おける坏土」と改め,同頁20
行目の「坏土である」を削る。
(4)原判決47頁8行目の「というべきである」の後に「(本件A明細書
も,「急結剤の注入口は,圧縮空気の注入口の下流又は圧縮空気の注入口
と同位置にするのが好ましい。急結剤を注入後の坏土は急速に硬化を起こ
した状態で,好ましくはノズル配管を通って,吹付けノズルに送られ吹付
けノズルから吹付け施工される。その場合,急結剤を注入後の坏土は,ノ
ズル配管を通過中に乱流の撹拌を受け,坏土中によりよく分散され,その
結果坏土に注入する急結剤の所要量を減少できる。」(【0011】)と
の記載があり,圧縮空気及び急結剤を注入後の坏土が,ノズル配管を通っ
て,吹付けノズルに送られる態様を好ましいとしているにすぎない。)」
を加える。
(5)原判決49頁19行目の「乙7発明」を「乙7発明A」と改める。
(6)原判決49頁21行目の「乙7発明」を「乙7発明A」と改める。
(7)原判決51頁11行目から12行目の「乙7発明」を「乙7発明A」と
改める。
(8)原判決51頁13行目の「乙7発明」を「乙7発明A」と改める。
(9)原判決51頁15行目の「乙7発明」を「乙7発明A」と改める。
(10)原判決51頁19行目の「乙7発明」を「乙7発明A」と改める。
(11)原判決52頁20行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「なお,原告は,一般に,ショットキャスト法では先細りノズルを使用す
ることから,ノズル詰まりを防ぐために高水分領域での吹付け及び急結剤
の添加位置が検討されていた旨主張する。しかし,本件A特許権の優先日
当時,建築用コンクリートの湿式吹付け施工方法に関するものではある
が,先端に直管形状の吹付けノズルを接続したノズル配管中を圧縮空気と
急結剤注入後の混漿状のコンクリートが通過する技術は周知であったこと
が認められること(乙73ないし78,弁論の全趣旨)に照らせば,吹付
けノズルとして,先細りノズルを採用するか,直管形状のノズルを採用す
るかは,急結剤の添加位置に応じて,当業者が適宜選択し得たものという
べきであるから,原告の上記主張は,上記判断を左右するものとはいえな
い。」
(12)原判決52頁23行目の「乙7発明」を「乙7発明A」と改める。
(13)原判決53頁18行目の「乙7発明」を「乙7発明A」と改める。
(14)原判決53頁26行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「なお,原告は,甲34及び乙38における一般的な記載や甲48の実験
結果(同実験は,乙7文献に記載された組成物を用いたものではない。な
お,乙7文献は,原告の前身ともいうべき旭硝子株式会社の出願に係る公
開特許公報であり,同文献に記載された組成物を用いた実験を行うこと
が,原告にとって著しく困難であるとは考え難い。)を指摘するが,いず
れも上記判断を左右するものとは認められない。」
(15)原判決54頁22行目の「乙7発明」を「乙7発明A」と改める。
(16)原判決56頁2行目及び4行目の「不定形耐火物用」の後にそれぞ
れ「粉体」を加える。
(17)原判決56頁7行目の「おいて」を「おける坏土」と改め,同頁11
行目の「坏土である」を削り,「おいては,の坏土の」を「における坏土
は,その」と改める。
(18)原判決56頁18行目から19行目の「が,上記(2)イ(イ)で判示した
理由と同じ理由により,原告の同主張は理由がない」を削り,同頁19行
目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「しかし,原告の同主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本件B
発明における「圧送ポンプと圧送配管によって施工現場に圧送し,圧縮空
気と急結剤を前記坏土に注入し,かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所
に吹付ける」(構成要件B−d,B−e)との文言を,圧縮空気及び急結
剤が坏土に注入される場所及び時期について,坏土が圧送されてノズルに
達する前の配管部分に限定して,坏土がノズルに達した段階で,ノズルに
おいて当該坏土に注入される場合を含まないものと解することはできない
というべきである(本件B明細書も,「急結剤の注入口は,圧縮空気の注
入口の下流又は圧縮空気の注入口と同位置にするのが好ましい。急結剤を
注入後の坏土は急速に硬化を起こした状態で,好ましくは,ノズル配管を
通って,吹付けノズルに送られ吹付けノズルから吹付け施工される。その
場合,急結剤を注入後の坏土は,ノズル配管を通過中に乱流の撹拌を受
け,坏土中によりよりよく分散され,その結果坏土に注入する急結剤の所
要量を減少できる。」(【0011】)との記載があり,圧縮空気及び急
結剤を注入後の坏土が,ノズル配管を通って,吹付けノズルに送られる態
様を好ましいとしているにすぎない。)。
したがって,原告の上記主張は,その前提とする本件B発明の構成要件
B−d,B−eの解釈に誤りがあり,失当である。」
(19)原判決58頁13行目から14行目の「「乙7発明4」という。」
を「「乙7発明4」といい,乙7発明3と乙7発明4を併せて「乙7発明
B」という。」と改める。
(20)原判決58頁17行目の「乙7発明3及び乙7発明4」を「乙7発明
B」と改める。
(21)原判決58頁21行目の末尾に行を改めて次のとおり加える。
「前記(1)ア(原判決34頁9行目ないし37頁12行目)のとおり,乙4
0文献の図1ないし3には,ショットキャスト法において,10ないし1
4パーセント程度の水分を添加したことが記載されている。そして,弁論
の全趣旨によれば,乙40文献における上記吹付け水分の量的範囲は,本
件B発明における不定形耐火物用粉体組成物に加える水の量の範囲(7重
量部以上15重量部以下)と重複するものと認められるから,相違点2は
実質的な相違点とはいえない。」
(22)原判決59頁10行目の「【段落0018】」を「段落【0018
】」と改める。
(23)原判決59頁14行目の「定型耐火物」を「不定形耐火物」と改め
る。
(24)原判決59頁18行目の「とは認められず,」の後に「この点から
も,」を加える。
(25)原判決59頁20行目の「乙7発明」を「乙7発明B」と改める。
2当審における原告の新たな主張に対する判断
(1)訂正A発明の進歩性
ア訂正A発明と乙40発明との一致点及び相違点
乙40発明の内容は,前記(原判決45頁2行目ないし8行目)のと
おりであり,これと訂正A発明を対比すると,両発明の一致点及び相違
点は,以下のとおりであることが認められる。
(ア)一致点
不定形耐火物用粉体組成物に水を加えて混練されてなる坏土を,圧
送ポンプと圧送配管によって施工現場に圧送し,圧縮空気と急結剤を
前記坏土中に注入し,かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所に吹き
付ける不定形耐火物の吹付け施工方法である点。
(イ)相違点
a相違点1
訂正A発明の不定形耐火物用粉体組成物は,耐火性骨材,アルミ
ナ及び/又はヒュームドシリカからなる平均粒径10μm以下の耐
火性超微粉を含む耐火性粉末,アルミナセメント並びに少量の分散
剤を含むものであるのに対し,乙40発明の不定形耐火物用粉体組
成物は,上記の特定がされていない点
b相違点2
訂正A発明においては,不定形耐火物用粉体組成物100重量部
に対して8∼10重量部の水を加えて混練して坏土を作るのに対
し,乙40発明においては,不定形耐火物用粉体組成物に加える水
の割合を特定していない点
c相違点3
訂正A発明においては,上端内径50mm,下端内径100m
m,高さ150mmで上下端が開口した円錐台形状のコーン型に,
混練直後の坏土を流し込んで充たし,コーン型を上方に抜き取って
60秒間静置したときのフロー値が180mm以上となる自己流動
性を有する坏土であるのに対し,乙40発明における坏土は,その
自己流動性の値が明らかでない点
d相違点4
訂正A発明においては,「圧縮空気と急結剤注入後の坏土を先端
に吹付ノズルを接続したノズル配管中を通過させ」るのに対し,乙
40文献に開示された発明においては,先端に吹付けノズルを接続
したノズル配管中を圧縮空気と急結剤注入後の坏土が通過するか否
かが明らかでない点
イ相違点の検討
(ア)相違点1及び3について
上記相違点1及び3は,本件A発明と乙40発明との相違点1及び
2と同じであるから,前記(原判決44頁3行目ないし54頁24行
目(ただし,前記1のとおり訂正付加したもの。))のとおり,乙4
0発明に乙7発明Aを組み合わせて,上記相違点1及び3に係る訂正
A発明の構成に想到することは,当業者には容易であったというべき
である。
(イ)相違点2について
乙40文献の前記記載(原判決34頁9行目ないし37頁12行
目(ただし,前記1のとおり訂正付加したもの。))によれば,同文
献の図1ないし3には,ショットキャスト法において,10ないし1
4パーセント程度の水分を添加したことが記載されていることが認め
られる。
一方,乙7文献の前記記載(原判決37頁13行目ないし44頁2
行目)によれば,乙7発明Aは,6重量%(外掛け)という低い水の
割合でポンプ圧送をすることができる不定形耐火物用粉体組成物の坏
土に関するものであって,この値は,訂正A発明の不定形耐火物用粉
体組成物100重量部に対して8∼10重量部の水より少ないことが
認められるが,不定形耐火物用粉体組成物の詳細な成分,組成によ
り,好適な流動範囲に調整するなどの目的で,添加する水の割合を増
加することは当然あり得るところであり(例えば,乙7文献には,「
耐火性骨材には種々の嵩比重を有するものがあり,嵩比重の小さい耐
火性骨材を使用する場合はその分耐火性骨材の占める嵩が大きくなっ
て自己流動性を付与するのに必要な添加水分の量が相対的に増
す。」(【0030】)との記載がある。),また,用いる施工装置
その他の施工状況によっても添加する水の割合を増加することも当然
あり得るところである(例えば,被告製品の施工要領書にも水分量
は,幅のある値(下限から上限まで)が示されている。)から,乙7
発明Aの混練時における水の割合を,6重量%を超える量である不定
形耐火物用粉体組成物100重量部に対して8∼10重量部程度とす
ることは,当業者が必要に応じ適宜なし得る設計事項にすぎないとい
える。
そして,前記(ア)のとおり,乙40発明に乙7発明Aを組み合わせ
て,上記相違点1及び3に係る訂正A発明の構成に想到することは,
当業者には容易であったところ,乙40発明に乙7発明Aを組み合わ
せるに当たり,坏土に加える水の量を,不定形耐火物用粉体組成物1
00重量部に対して8∼10重量部程度とし,相違点2に係る訂正A
発明の構成とすることも,容易であったというべきである。
ところで,訂正A発明は,混練時に添加する水の割合を不定形耐火
物用粉体組成物100重量部に対して8∼10重量部と規定している
が,訂正A明細書(甲43)によれば,同明細書の発明の詳細な説明
の欄における,不定形耐火物用粉体組成物に加えるべき水の量の上記
の数値の説明については,「粉体組成物100重量部に対して加える
水の量は,粉体組成物に配合される主要原料である骨材の比重や気孔
率によって変化するが,自己流動性を付与するために必要な坏土中の
水分量には自ら下限があり,粉体組成物100重量部に対して4重量
部以上(比重が大きく気孔率が小さい電融アルミナ等の骨材の場合に
は4.5重量部で自己流動性を付与できる)の水分を加える。」(【
0024】),「ポンプ圧送する坏土中の水分,すなわち粉体組成物
に加える水分は,施工された不定形耐火物の気孔率を小さくして耐火
物としての良好な特性を確保できるように,粉体組成物100重量部
に対して15重量部以下である。さらには12重量部以下とするのが
好ましい。坏土中の水分が少なければ,坏土中に含まれる耐火性骨材
が沈降して坏土が不均質化するのを抑制でき,気孔率が小さく均質な
組織の不定形耐火物の施工体が得られる。」(【0025】)と記載
されるのみであり,同明細書には,上記数値の技術的意義や,上記数
値の裏付けとなる実験についての記載がないことが認められる。かえ
って,訂正A明細書の【0015】には,「特に低水量(実施例と同
じ基準で好ましくは5∼7%)で施工されるので不定形耐火物で発生
する粉塵量を低下させうる。」との記載があることが認められ,訂正
A明細書は,5ないし7%の水分量が好ましいとしている。
したがって,訂正A発明の相違点2に係る構成に特段の技術的意義
があるとは認められず,この点からも,同構成は,当業者が必要に応
じ適宜なし得る設計事項というべきである。
(ウ)相違点4について
湿式吹付け施工方法においては,吹付け材を垂直面等の施工箇所に
吹き付けることから,吹付け材とするに際しては,施工箇所における
付着性を向上させ,坏土が流れ落ちること(ダレ)を防止する程度に
施工箇所における流動性を低下させる必要があることが普通であっ
て,急結剤はそのような,坏土の流動性を急速に低下させ,施工箇所
において,付着性を向上させ坏土が流れ落ちること(ダレ)を防止し
たりするために使用する薬剤であり(弁論の全趣旨),このような急
結剤が吹付け施工方法において本件A特許権の優先日前に慣用されて
いるものであることは,乙40文献にも示されるとおりである。そし
て,急結剤の上記所期の機能を発揮せしめるには,急結剤を坏土によ
り良好に分散させる必要があることも自明である。
そして,前記のとおり,本件A特許権の優先日当時,建築用コンク
リートの湿式吹付け施工方法に関し,先端に直管形状の吹付けノズル
を接続したノズル配管中を圧縮空気と急結剤注入後の混漿状のコンク
リートが通過する技術は周知であり(乙73ないし78,弁論の全趣
旨),湿式吹付け施工方法において湿式吹付け材が圧送される配管の
途中に急結剤を圧縮空気を注入して,圧縮空気と急結剤を注入後の湿
式吹付け材を,ノズルにつながる配管(ノズル配管)中を通過させ
て,急結剤を配管において湿式吹付け材中に良好に分散させること
も,慣用されている技術にすぎないことが認められる(乙31,3
2,74,77,弁論の全趣旨)。なお,吹付け材へ急結剤を添加す
る技術的意義は,上記のとおり,吹付け材の流動性を急速に低下さ
せ,施工箇所において,付着性を向上させ吹付け材が流れ落ちるこ
と(ダレ)を防止したりすることにあるから,コンクリートやモルタ
ルや不定形耐火物など吹付け材が異なることによって,上記技術的意
義に相違が生ずることはない。
そうすると,坏土に急結剤を良好に分散させる必要があることが自
明な乙40発明において,急結剤及び圧縮空気を注入するに当たり,
湿式吹付け材中に急結剤を良好に分散させるために,圧縮空気と急結
剤を注入後の坏土を「ノズル配管中を通過させ」るようにすること
は,当業者が必要に応じ適宜なし得る程度の設計事項であると認めら
れる。
ところで,訂正A明細書には,訂正A発明において,圧縮空気と急
結剤を注入した坏土をノズル配管中を通過させることの技術的意義な
いし作用効果について,「ノズル配管の先に吹付けノズルが接続され
ていることによって吹付けノズルに接続する配管は一本で済み,吹付
けノズルの上下左右への移動操作は容易である。」(【0010
】),「急結剤の注入口は,圧縮空気の注入口の下流又は圧縮空気の
注入口と同位置とするのが好ましい。急結剤を注入後の坏土は急速に
硬化を起こした状態で,好ましくはノズル配管を通って,吹付けノズ
ルに送られ吹付けノズルから吹付け施工される。その場合,急結剤を
注入後の坏土は,ノズル配管を通過中に乱流の撹拌を受け,坏土中に
よりよく分散され,その結果坏土に注入する急結剤の所要量を減少で
きる。ノズル配管の長さは,好ましくは100mm以上,特には20
0mm以上とすることで乱流の撹拌の効果が得られる。」(【001
1】)との記載があるが,このうち,「吹付けノズルに接続する配管
は一本で済み,吹付けノズルの上下左右への移動操作は容易である」
という効果は,ノズル配管以外の配管をノズルに設けないことによる
効果であり,「圧縮空気と急結剤を注入後の坏土を吹付ノズルを接続
したノズル配管中を通過させ」ることは,ノズル配管以外の配管をノ
ズルに設けないことに直ちにはならないから,上記効果は,訂正A発
明の相違点4に係る構成の効果ということはできない。また,配管を
通過中に乱流の撹拌を受け,吹付け組成物中に急結剤が分散されるこ
とは,上記の慣用技術を採用することによって予測される効果であ
り,さらに,急結剤の所要量を減少できる,という効果も分散が良好
となった結果奏されるものであり,予測されることであり,格別なも
のとは認められない。
ウ小括
原告は,訂正A発明の進歩性について縷々主張するが,いずれも理由が
ない。
以上によれば,訂正A発明は,乙40発明及び乙7発明Aに基づいて
当業者が容易に発明することができたものというべきであるから,訂正
A発明において無効理由が解消しているということはできない。
(2)訂正B発明の進歩性
ア訂正B発明と乙40発明との一致点及び相違点
乙40発明の内容は,前記(原判決45頁2行目ないし8行目)のと
おりであり,これと訂正B発明を対比すると,両発明の一致点及び相違
点は,以下のとおりであることが認められる。
(ア)一致点
不定形耐火物用粉体組成物に水を加えて混練されてなる坏土を,圧
送ポンプと圧送配管によって施工現場に圧送し,圧縮空気と急結剤を
前記坏土に注入し,かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所に吹き付
けることを特徴とする不定形耐火物の吹付け施工方法である点
(イ)相違点
a相違点1
訂正B発明の不定形耐火物用粉体組成物は,耐火性骨材,平均粒
径30μm以下のアルミナセメント,平均粒径30μm以下の耐火
性粉末(アルミナセメントを除く)及び少量の分散剤を含むもので
あるのに対し,乙40発明の不定形耐火物用粉体組成物は,上記の
特定がされていない点
b相違点2
訂正B発明は,不定形耐火物用粉体組成物100重量部に対して
8∼10重量部の水を加えて混練して坏土を作るのに対し,乙40
発明においては,不定形耐火物用粉体組成物に加える水の割合を特
定していない点
c相違点3
訂正B発明においては,上端内径50mm,下端内径100m
m,高さ150mmで上下端が開口した円錐台形状のコーン型に,
混練直後の坏土を流し込んで充たし,コーン型を上方に抜き取って
60秒間静置したときのフロー値が200mm以上となる自己流動
性を有する坏土であるのに対し,乙40発明においては,坏土の自
己流動性の値が明らかでない点
相違点4
訂正B発明においては,急結剤の注入量が「粉体組成物100重
量部に対して,乾量基準の重量で0.05∼3重量部である」のに
対し,乙40文献に開示された発明においては,その割合が必ずし
も明確でない点
(ウ)これに対し,原告は,訂正B発明と乙40発明とは,急結剤等の
注入部位においても相違すると主張する。
しかし,訂正B発明は,本件B発明と同様に,「圧縮空気と急結剤
を前記坏土に注入し,かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所に吹付
ける」と規定しているにとどまるから,前記(原判決56頁13行目
ないし19行目(ただし,前記1のとおり訂正付加したもの。))と
同様の理由により,原告の上記主張は理由がない。
イ相違点の検討
(ア)相違点1及び3について
上記相違点1及び3は,本件B発明と乙40発明との相違点1及び
3と同じであるから,前記(原判決44頁3行目ないし54頁24行
目(ただし,前記1のとおり訂正付加したもの。))のとおり,乙4
0発明に乙7発明Bを組み合わせて,上記相違点1及び3に係る訂正
B発明の構成に想到することは,当業者には容易であったというべき
である。
(イ)相違点2について
相違点2は,訂正A発明と乙40発明との相違点2と同じであり,
前記(1)イ(イ)と同様の理由により,乙40発明に乙7発明B(乙7発
明Bは,乙7発明Aと同様に,6重量%(外掛け)という低い水の割
合でポンプ圧送をすることができる不定形耐火物用粉体組成物の坏土
に関するものであるが,混練時における水の割合を,6重量%を超え
る量である不定形耐火物用粉体組成物100重量部に対して8∼10
重量部程度とすることは,当業者が必要に応じ適宜なし得る設計事項
にすぎないといえる。)を組み合わせるに当たり,坏土に加える水の
量を,不定形耐火物用粉体組成物100重量部に対して8∼10重量
部程度とし,相違点2に係る訂正B発明の構成とすることも,容易で
あったというべきである。
なお,訂正B発明が,混練時に添加する水の割合を不定形耐火物用
粉体組成物100重量部に対して8∼10重量部と規定している点に
ついての訂正B明細書(甲44)の記載は,本件B明細書の記載と同
様のものであるから,本件B発明の構成要件B−bと同様に,訂正B
発明の相違点2に係る構成に特段の技術的意義があるとは認められ
ず,この点からも,同構成は,当業者が必要に応じ適宜なし得る設計
事項というべきである。
(ウ)相違点4について
前記のとおり,湿式吹付け施工方法においては,吹付け材を垂直面
等の施工箇所に吹き付けることから,吹付け材とするに際しては,施
工箇所における付着性を向上させ,坏土が流れ落ちること(ダレ)を
防止する程度に施工箇所における流動性を低下させる必要があること
が普通であって,急結剤はそのような,坏土の流動性を急速に低下さ
せ,施工箇所において,付着性を向上させ坏土が流れ落ちること(ダ
レ)を防止したりするために使用する薬剤であり,このような急結剤
が吹付け施工方法において本件B特許権の優先日前に慣用されている
ものであることは,乙40文献にも示されるとおりである。
そして,急結剤の上記機能が種類及び量などに依存することや,吹
付け材の組成などに対応して適切な種類の急結剤を選択した上で,所
期の機能を発揮せしめるべくその量を調整することも,本件B特許権
の優先日前において湿式吹付け施工方法において慣用されている技術
であって,不定形耐火物の湿式吹付け施工方法において,急結剤の混
入量を,粉体組成物100重量部に対して,乾量基準で0.05∼3
重量部とすることも知られていたところである(乙2,6)。
したがって,急結剤の注入量を「粉体組成物100重量部に対し
て,乾量基準の重量で0.05∼3重量部」とすることは,当業者が
必要に応じ適宜なし得たこと認められる。
なお,原告は,①乙2に記載された耐火物と,乙40文献に記載さ
れた耐火物とは硬化のメカニズムが異なる,②乙2における急結剤の
添加量の上限は,ノズル詰まりの抑制という観点から決定されている
ものであって,先絞りノズルを用いるというショットキャスト法に特
有の課題の解決を目的とするものである,などと主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。すなわち,
乙2に記載された耐火物の急結のメカニズムが,乙40発明における
それとは異なるとしても,急結剤が坏土など吹付け材の流動性を急速
に低下させ,吹付け箇所において,吹付け材が流れ落ちることを防止
したり付着性を上げたりするという機能や,多すぎると作業性や施工
体に不都合が生じるという作用効果に変わりはないから,乙40発明
に乙7発明Bを組み合わせるにあたり,適切な急結剤を選択し,施工
装置や条件等も考慮して,急結剤の上記機能を適切に発揮する適切な
注入量の割合を検討することは,当業者の通常の創作力の範囲内とい
うべきであるし,急結剤の量が多すぎれば,施工性が低下し施工体の
品質が低下し,究極にはノズルなどに詰まりが発生するのであって,
この現象は先絞りノズルを使用した場合に限るものではないことは明
らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。
また,相違点4に係る訂正B発明の構成の技術的意義ないし作用効
果について,訂正B明細書(甲44)には,「水と分散剤を除く粉体
組成物100重量部に対して,乾量基準の重量で0.05∼3重量部
とするのが好ましい。0.05重量部より少ないと,性能のよい急結
剤であっても急結速度が不足して吹付け施工された坏土が流れ落ちる
ことになり,3重量部を超えて多く注入すると急速に硬化して吹付け
施工が難しくなったり,耐熱性や耐食性などの耐火物としての性能が
低下することになる。」(【0022】)との記載があり,また,同
明細書の【表1】(【0038】)には,急結剤の注入量の割合が
0.05重量部より少ない0.03重量部の例3では「壁面への付着
性」が「不良」,「施工後の坏土のダレ」が「有」,3重量部を超え
て多い5重量部の例4では「壁面への付着性」が「不良」であること
が記載されているが,急結剤の種類や使用する施工装置や条件の詳細
が規定されていない訂正B発明において「急結剤の注入量が,前記粉
体組成物100重量部に対して,乾量基準の重量で0・05∼3重量
部」という特定の数値範囲とした点において,その作用効果の程度が
当業者の予測を超える顕著なものであるとも認められない。
ウ小括
原告は,訂正B発明の進歩性について縷々主張するが,いずれも理由
がない。
以上によれば,訂正B発明は,乙40発明及び乙7発明Bに基づいて
当業者が容易に発明することができたものというべきであるから,訂正
B発明において無効理由が解消しているということはできない。
3付言−−−事実審の最終口頭弁論終結後の訂正審判請求について
原告は,当審の口頭弁論終結後である平成20年7月1日,第2次無効審
決A及びB(原告がこれらの審決の謄本の送達を受けたのは,当審の口頭弁
論の終結前である同年6月3日である。)を不服として,その取消しを求め
る審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成20年(行ケ)第10244号,
同第10245号)を提起し,同年7月17日,本件各特許について特許請
求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判を請求し(ただし,原告は,同年8
月21日,同訂正審判請求をいずれも取り下げた。),さらに,同年8月2
0日,本件各特許について特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判を
請求した(当裁判所に顕著な事実)。なお,本件について口頭弁論再開申請
がされてはいない。
そこで,本件について口頭弁論の再開の要否を含む審理のあり方につい
て,以下のとおり,当裁判所の見解を述べる。
(1)本件各特許の手続の経緯
本件各特許についての手続の経緯は,前記第2,1,(1)及び上記のとお
りである。すなわち,
ア被告は,原審において本件各特許について無効主張をするとともに,
特許庁に無効審判を請求し,特許庁は,平成19年8月3日,本件各特
許をそれぞれ無効とする第1次無効審決A及びBをした。
イ原告は,第1次無効審決A及びBを不服として,その取消しを求める
審決取消訴訟を提起した上,同年11月14日,本件各特許について特
許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正審判を請求し,特許法181条
2項に基づく取消決定を受けて再開された本件各特許に係る無効審判の
手続において,同年12月20日,訂正請求をした。
ウ原判決は,平成19年12月26日,被告の無効主張を採用して,特
許法104条の3の規定により,原告の請求をいずれも棄却した。
エ原告は,平成20年1月18日に本件控訴を提起した後,本件各特許
に係る無効審判の手続において,同年3月28日,改めて,本件各特許
について特許請求の範囲の減縮等を目的とする訂正請求をし,これに伴
い,平成19年12月20日の各訂正請求は,特許法134条の2第4
項により,取り下げられたものとみなされた。
オ特許庁は,平成20年5月22日,同年3月28日の上記各訂正請求
に基づく訂正を認めた上で,訂正後の各発明についての特許を無効とす
る第2次無効審決A及びBをし,原告は,これらの審決の謄本の送達を
同年6月3日に受けた。
(2)当裁判所の見解
アまず,上記各訂正審判請求の内容を検討すると,平成20年7月17
日の各訂正審判請求は,本件各特許の無効理由を解消するものとは認め
られず(原告も,同訂正審判請求を取り下げている。),上記平成20
年8月20日の各訂正審判請求は,これが認められる蓋然性は極めて低
いものと判断できる。
また,上記各訂正審判請求に係る訂正後の特許請求の範囲の請求項1
を前提として,被告製品が,同請求項1に記載された各発明の使用に用
いる物であってその発明による課題の解決に不可欠なものであるかを検
討すると,本件記録に照らして,被告方法が上記各発明の技術的範囲に
含まれることを認めるに足りる証拠は見当たらない。そして,技術的範
囲に含まれるか否かの点について,原告に主張立証を補充する機会を与
えるとするならば,原告と被告との間の本件各特許権の侵害に係る紛争
の解決を著しく遅延させることとなると解すべきである。
イ仮に,上記平成20年8月20日の各訂正審判請求が認められ,訂正
審決が確定するという事情が生じることを想定した場合には,当審のし
た判断を覆す主張をする余地が生じ,また,たとえ判決が確定した後に
おいても,民訴法338条1項8号所定の再審事由に当たる余地が生じ
得ることになる。
しかし,仮にそのような事情が生じたとしても,原告が,そのような
事後的事情変更を理由として,当審のした判断を覆す主張をすること
は,特許法104条の3の規定の趣旨に照らして許されないというべき
である。その理由は,特許法104条の3第1項の規定が,特許権侵害
訴訟において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと
認められることを特許権の行使を妨げる事由と定め,無効主張をするの
に特許無効審判手続による無効審決の確定を待つことを要しないものと
しているのは,特許権の侵害に係る紛争をできる限り特許権侵害訴訟の
手続内で解決すること,しかも迅速に解決することを図ったものと解さ
れ,また,同条2項の規定が,同条1項の規定による攻撃防御方法が審
理を不当に遅延させることを目的として提出されたものと認められると
きは,裁判所はこれを却下することができるとしているのは,無効主張
について審理,判断することによって訴訟遅延が生ずることを防ぐため
であると解され,このような同条2項の規定の趣旨に照らすと,無効主
張のみならず,無効主張を否定し,又は覆す主張(以下「対抗主張」と
いう。)も却下の対象となり,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正
を理由とする無効主張に対する対抗主張も,審理を不当に遅延させるこ
とを目的として提出されたものと認められれば,却下されることになる
というべきであるからである(最高裁判所平成18年(受)第1772
号事件・平成20年4月24日第1小法廷判決)。
そして,本件においては,第1次無効審決A及びB,原判決,第2次
無効審決A及びBにおいて採用された被告の無効主張は,いずれも乙4
0文献に開示された発明及び乙7文献に開示された発明との関係での進
歩性の欠如であったことに照らすならば,原告は,被告の当該無効主張
を排斥し又は覆すための対抗主張として,単に平成20年3月28日の
訂正請求に基づく訂正A発明及び訂正B発明における無効理由の解消等
を主張するばかりでなく,当審の口頭弁論終結前に,第2次無効審決A
及びBの取消訴訟を提起し,本件各特許について特許請求の範囲の減縮
等を目的とする訂正審判請求をするなどして,これに基づく対抗主張を
行うことが可能であったというべきである。したがって,仮に,上記の
ような事情変更を想定したとしても,そのことを理由とした対抗主張
を,適法な主張として審理をすることは,原告と被告との間の本件各特
許権の侵害に係る紛争の解決を著しく遅延させることとなると解すべき
である。
ウ以上のア及イのいずれの観点からも,原告が上記各訂正審判請求に係
る対抗主張を当審の口頭弁論終結前に提出しなかったことが正当化され
る根拠はなく,本件について口頭弁論を再開する必要はないものと認め
られる。
4結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求
はいずれも理由がなく,原告の本件控訴は理由がないからこれを棄却するこ
ととし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官齊木教朗
裁判官嶋末和秀
(別紙)
施工方法説明書(A’)
下記構成の説明1に示される不定形耐火物用粉体組成物に前記粉体組成物1
00重量部に対して8∼10重量部の水を加えて混練されてなり,かつ,下
記構成の説明2に示される自己流動性を有する坏土を,圧送ポンプと圧送配
管によって施工現場に圧送し,圧縮空気と急結剤を前記坏土中に注入し,圧
縮空気と急結剤注入後の坏土を先端に吹付ノズルを接続したノズル配管中を
通過させ,かかる坏土を吹付けノズルから施工箇所に吹き付けることを特徴
とする不定形耐火物の吹付け施工方法。
・構成の説明
1次の組成を有する不定形耐火物用粉体組成物である。
(1)耐火性骨材
(2)ヒュームドシリカ又はアルミナ超微粉(平均粒径10μm以下)
(3)アルミナセメント
(4)分散剤(少量)
2上端内径50mm,下端内径100mm,高さ150mmで上下端が開
口した円錐台形状のコーン型に,混練直後の坏土を流し込んで充たし,コ
ーン型を上方に抜き取って60秒間静置したときの広がり直径が180m
m以上となる坏土。
(別紙)
施工方法説明書(B’)
下記構成の説明1に示される不定形耐火物用粉体組成物100重量部に水を
8∼10重量部加えて混練されてなり,かつ,下記構成の説明2に示される
自己流動性を有する坏土を,圧送ポンプと圧送配管によって施工現場に圧送
し,圧縮空気と急結剤を前記坏土中に注入し,かかる坏土を吹付けノズルか
ら施工箇所に吹き付けることを特徴とし,前記急結剤の注入量が,前記粉体
組成物100重量部に対して,乾量基準の重量で0.05∼3重量部である
不定形耐火物の吹付け施工方法。
・構成の説明
1次の組成を有する不定形耐火物用粉体組成物である。
(1)耐火性骨材
(2)アルミナセメント(平均粒径30μm以下)
(3)ヒュームドシリカ又はアルミナ超微粉(平均粒径30μm以下)
(4)分散剤(少量)
2上端内径50mm,下端内径100mm,高さ150mmで上下端が開
口した円錐台形状のコーン型に,混練直後の坏土を流し込んで充たし,コ
ーン型を上方に抜き取って60秒間静置したときの広がり直径が200m
m以上となる坏土。

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