弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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      主         文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
1 被告日進市長が,別紙土地目録1記載の土地につき,被告藤和不動産株式会社
及び同エフ・ティー都市開発株式会社に対し,真正な登記名義の回復を原因とする
所有権移転登記手続請求をしないことが違法であることを確認する。
2 被告藤和不動産株式会社及び同エフ・ティー都市開発株式会社は,日進市に対
し,別紙土地目録1記載の土地につき,真正な登記名義の回復を原因とする所有権
移転登記手続をせよ。
3 被告藤和不動産株式会社及び同エフ・ティー都市開発株式会社は,日進市に対
し,別紙土地目録1記載の土地を明け渡せ。
第2 事案の概要
 本件は,愛知県日進市(以下「日進市」という。)の住民である原告が,被告日
進市長(以下「被告市長」という。)が日進市を代表して株式会社プラスワン(以
下「プラスワン」という。)との間で締結した後記内容の土地交換契約(以下「本
件契約」という。)は,地方自治法(以下「法」という。)237条2項及びこれ
を受けた「日進市財産の交換,譲与,無償貸付等に関する条例(以下「本件条例」
という。)」2条1項の要件を満たさず,又は公序良俗に反するものであって無効
であると主張し,プラスワンから上記土地の所有権移転登記と引渡しを受けた被告
藤和不動産株式会社(以下「被告藤和」という。)及び被告エフ・ティー都市開発
株式会社(以下「被告エフ・ティー」という。)に対し,法242条の2第1項4
号後段に基づき,上
記土地につき,日進市への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続
及び明渡しを求めるとともに,被告市長に対し,同項3号に基づき,上記登記手続
の請求を怠っていることが違法であることの確認を求めた住民訴訟である。
1 争いのない事実等
・ 当事者等
ア 原告は,日進市の住民である。
イ 被告市長は,日進市の事務を統轄し,これを代表する地位にあり,後記のとお
り,プラスワンとの間で本件契約を締結した者である(甲3の3)。
ウ 被告藤和及び同エフ・ティー(以下,併せて「被告藤和ら」という。)は,プ
ラスワンから別紙閉鎖土地目録1,2記載の各土地(以下,両者を併せて「本件交
付地」という。ただし,厳密には,当時,同目録1記載の土地の地番は3125番
であった。)を買い受け,所有権移転登記及び引渡しを受けた者であるが,同土地
を含む周辺土地上に分譲マンション藤和シティホームズ赤池(仮称)の建設を計画
している。
・ 本件契約に至る事実経過
ア 別紙図面1①部分の土地(下記クの合筆がされる以前の日進市赤池一丁目80
5番1の公衆用道路)及び同801番地の1及び同番地2の宅地(別紙図面1②及
び③部分)は,もと一体として国有無番地の里道(いわゆる赤道)であった(以
下,それぞれ「里道①」,「里道②」,「里道③」といい,併せて「本件里道」と
いう。)。
イ 日進市の赤池駅周辺で不動産開発事業(マンション建設)に当たっていたプラ
スワンは,平成12年1月31日,被告市長に対し,当時市道であった本件交付地
がマンション建設予定地を東西に分断する位置にあったことから,それを取得すべ
く市有財産の払下げ要望書(予備申請)を提出した(甲15)ところ,被告市長
は,同年2月23日,現時点では事業計画等が明らかでないとして,消極の回答を
した。その際,被告市長は,払下げ要望書の受理には近隣住民の同意を要するこ
と,本件交付地の払下げを本件里道の払下げと一体に扱うことなどの意向を示した
(甲16)。
  しかし,当時,不動産開発の事業主体たることを予定していた名鉄不動産株式
会社は,同年3月ころから,本件交付地を建設予定地に取り込んだ分譲マンション
(当初の予定は,地上15階,戸数72戸。以下,その後に変更されたものを含め
て「本件マンション」という。)建設計画を近隣住民らに示し,その理解と協力を
求めた(甲1,17)。
 ウ 被告市長は,同年6月2日,プラスワンに対し,本件交付地の払下げについ
て同意を取得すべき利害関係区域(約150世帯)を示した(甲18)。
   これに対し,プラスワンは,同月16日,日進市に対し,本件交付地につい
て,払下げではなく市道の付け替え(交換)を行うプランを提案した(甲13)。
     そこで,日進市は,同年7月3日,部単位会議等での協議を経た上,プ
ラスワンによる上記提案を了承し,同月18日,被告市長とプラスワンとの間で,
市道の払下げから市道の付け替えに計画を変更すること及び市道の付け替えにつき
同意を取得すべき区域を縮小することについて合意が成立した(甲38,41,4
3)。
   エ プラスワンは,同月24日,日進市に対し,本件里道払下げ・市道付け
替え願書を提出した(甲13)。
     これに対し,被告市長は,同年8月4日,市道の付け替えは,本件里道
の用途廃止及び国有財産の売買契約の成立が前提であること,本件交付地に代えて
市道とする土地は,本件マンション建設予定地の東側及び南側を走る市道赤池8号
線(以下「赤池8号線」という。)の一部となってその幅員を2メートル以上増加
させること,同予定地の西側を走る市道(以下「西側道路」という。)の幅員が4
メートル以上となるよう道路予定地を寄付すること,付け替えについて赤池区長の
同意が必要であることなどの回答をした。同時に,同意を取得すべき利害関係区域
を,ウで示された区域より縮小し,13世帯とした(甲19)。
   オ プラスワン外1社は,同年9月21日,被告市長に対し,赤池区長の同
意を取得するのが困難であること,近隣住民との交渉が順調でないことなどについ
て記載した書面を提出し,日進市の見解を示すよう求めた(甲21)。
     他方,赤池区長も,同月25日,日進市が業者に対し,市道及び本件里
道払下げについて,区長の同意を要求した結果,苦しい立場に置かれているとし
て,これを批判する内容の上申書を提出した(甲20)。
     そこで,被告市長は,同年10月13日,プラスワン外1社に対し,本
件里道の用途廃止については赤池区長の同意を不要とすること,日進市の取得する
土地は,本件マンション建設予定地周辺の円滑な交通を確保すべく,車道拡幅のた
めに用いる予定であることなどの回答を示した(甲22)。
 カ 本件里道の国有財産払下げに必要な用途廃止の手続をとることを要請する要
望書が,同月23日,プラスワンと,里道②,③の東西に土地を所有するA,B,
Cらの名義で被告市長あてに提出された(乙イ3,4)が,プラスワン以外の者
は,実際には同書面に捺印したことはなかった(甲24)。
   これを受けて,被告市長は,同月30日,愛知県知事に対し,本件里道につ
いて,周辺の道路整備が進み,公共の用に供されなくなったことを理由に,国有財
産の用途廃止を申請した(甲2の1,2,乙イ5,6)ところ,上記申請は,東海
財務局,愛知県,日進市の各職員による現地調査を経て,承認され(甲13),平
成13年2月16日,里道①についてプラスワン,同月28日,里道②について
B・C,里道③についてAをそれぞれ所有者とする表示登記がなされ,次いで同年
3月2日,里道②,③についてその旨の所有権保存登記がなされた(乙イ7ないし
12)。
 キ 他方,プラスワンは,同年2月16日,被告市長に対し,本件交付地は行き
止まり状態で使用者がほとんどないとして,本件里道の払下げがなされることを条
件に,里道①との一体利用を目的に,市有財産の付け替え(土地交換)申請をした
(甲3の1)ところ,被告市長は,同月23日,上記申請を承認した(甲3の
2)。
  そして,日進市は,本件交付地について行政財産としての用途を廃止した
上,同月26日,プラスワンとの間で,本件交付地と別紙土地目録2,3記載の各
土地(以下,併せて「本件取得地」という。)とを交換する旨の本件契約を締結し
(甲3の3,4),同年3月2日,これに基づき,本件交付地につきプラスワンへ
の所有権移転登記手続をした(甲9の1及び2)。
ク その後,プラスワンは,同年3月2日,被告藤和らに対し,本件交付地及び里
道①を売却した(甲9の1ないし3)。
   なお,本件交付地は,同月16日,里道①と合筆されて日進市赤池一丁目8
05番1の公衆用道路となった(甲9の1ないし3)。
 ケ これに対し,原告は,同年5月21日,近隣住民ら十数名の署名簿を添付し
た要望書を被告市長に提出し,本件交付地等の買戻しなどを求めた(甲27,3
8,43)。
 コ 同年5月31日に開催された本件マンション建設に関する近隣説明会の際,
住民から「歩道にするのではないんですか。近隣住民のためを思うなら歩道にする
べきでしょう。これでは地域住民の利益にならないのでは。」との質疑が出された
のに対し,被告藤和側は,本件取得地について,「日進市の指導でアスファルト舗
装の車道にします。」,「歩道にするか,車道にするかは市の指導によります。5
月11日に維持管理課のDから車道にするよう指導をされました。」と回答した
(甲28)。
     その後,同年6月12日に開催された本件マンション建設に関する近隣
説明会の際,被告藤和側は,「平成13年6月6日に日進市役所維持管理課より,
拡幅部分の形状を車道ではなく歩道として整備するようにという訂正の指示があり
ました。市役所の指示に従い歩道として整備いたします。」と回答した(甲2
9)。
  ・ 本件契約に関連する法令等
 日進市は,同市が行う土地の交換等について,法237条2項の規定に基づき,
本件契約を制定しているところ,その2条は,以下のとおりである(甲4)。
1項 普通財産は,土地又は土地の定着物若しくは堅固な建物に限り,次の各号に
該当するときは,これを本市以外の者が所有する同一種類の財産と交換することが
できる。ただし,価額の差額が,その高価なものの価額の6分の1を超えるとき
は,この限りでない。
・ 本市において,公用又は公共用に供するため他人の所有する財産を必要とする
とき。
・ 国又は他の地方公共団体その他公共団体において,公用又は公共用に供するた
め,本市の普通財産を必要とするとき。
   2項 前項の規定により交換する場合においてその価額が等しくないとき
は,その差額を金銭で補足しなければならない。
  ・ 住民監査請求
 原告を含めた日進市の住民4名は,平成13年6月26日,日進市監査委員に対
し,里道②及び③の用途廃止申請の取消し及び本件契約の解除又は損害賠償を求め
る住民監査請求をした(甲5)が,同監査委員は,同年8月10日,同請求を棄却
するとの決定をした(甲6)。
 2 本件の争点及び争点についての当事者の主張
 本件契約は,本件条例等に違反し,無効というべきか否か。
・ 原告の主張
 ア 本件交付地の必要性
   本件交付地は,昭和52年1月12日から始まった日進赤池南部特定土地区
画整理事業に際し,近隣住民の生活道路として整備され,日進市に道路として寄付
されたものであって,隣接する本件里道と一体化し,近隣住民の通学,通勤,買物
等に必須の生活道路として使用されていた(以下,本件交付地と本件里道を併せて
「本件道路」という。)。本件交付地の北方を東西に走る県道名古屋豊田線(以下
「名古屋豊田線」という。)と東側及び南側を走る赤池8号線を南北に結ぶ道とし
ては,西側道路が存するが,これは,車1台が通ると歩行者や自転車が通行する余
裕がほとんどなくなる細く危険な道であるため,大多数の人が本件道路を利用して
いたし,通学路が本件道路以外の道に指定されている小学生ですら,下校時には,
歩道橋を通って遠回
りするより近道となる本件道路を利用することが多い状況であった。したがって,
本件契約に対しては,原告以外にも多数の近隣住民から反対の声が上がっている。
   この点につき,被告らは,本件交付地は「行き止まり」の土地であり,必要
性が乏しい旨主張するが,これは,被告市長が,本件里道の用途廃止申請をしたこ
とによるものであって,本件交付地は元から行き止まりの土地だったものではな
い。本件道路は,上記のとおり,近隣住民の生活道路として利用されていたばかり
か,用途廃止以降も実際には生活道路として通行されていた。
 イ 本件取得地の不必要性
     被告らは,本件取得地は,赤池8号線の歩道を拡幅し,歩道を設置する
ために取得した旨主張するが,被告市長自身も認めるとおり,拡幅された部分はわ
ずか110メートルに過きず,その他の部分についての用地取得の目途も立ってい
ないばかりか,そもそも赤池8号線を一律に拡幅する計画が存在していたわけでも
ない。
     利用状況についても,本件取得地付近は,名古屋豊田線や赤池8号線の
南方を東西に走る市道平池名古屋線が渋滞した場合の逃げ道となっているため,車
両通行量も,朝7時から8時にかけては比較的多いものの,それ以外の時間帯は多
いものではないし,赤池駅で乗降する通勤者らも,赤池8号線の南に位置する遊歩
道(市道赤地特1号線)が,赤池駅のすぐ南から西方向に延び,車両が侵入できな
い構造になっており,便利で安全なため,専らこれを利用している。
     被告らは,駐車場の増加等,周辺の環境が変化したとして,本件取得地
の必要性を主張するが,そうした事実は存在しない。
     以上のとおり,本件取得地を歩道として整備する必要性は極めて乏し
い。   ウ 本件契約の目的,意図
   本件契約に至る以下の事実経過に鑑みれば,被告市長がプラスワンらに対し
て本件交付地を取得させ,分断されていた本件マンション建設予定地を一体として
利用できるよう便宜を図ったことは明白であり,本件契約が公共目的の必要性から
行われたものでないことは明らかである。
  ・ 被告市長は,当初,本件交付地の払下げを本件里道の払下げと一体として
扱うとの見解を示していたにもかかわらず,市道の付け替え願書がプラスワンから
出されるや,「市有道路の付替えは,里道の用途廃止及び国有財産の売買契約の成
立が前提」として,本件里道の用途廃止を先行させる見解を示した。すなわち,被
告市長は,プラスワンと画策し,本件里道を用途廃止することによって本件交付地
を形式上「行き止まり」にし,本件交付地の必要性を低下させたものである。
  ・ 被告市長は,当初,市道の付け替えについて赤池区長の同意が必要と表明
していたにもかかわらず,プラスワンらから,その同意を取得するのが困難である
との報告を受けるや,本件里道の用途廃止につき,同区長の同意を不要とすべく,
愛知県に対してそのための「説明書(甲2の2,23)」まで提出した。
  ・ 被告市長は,当初,プラスワンに対し,市道払下げにつき,かなり広範な
区域の住民の同意を得るよう指示していたにもかかわらず,プラスワンらから,
「同意を取得すべき利害関係区域が広範であり100パーセント同意を取得するこ
とは不可能である」,「不服申立てなど法的な手段を執らざるを得なくなる」との
申入れを受けるや,同意を取得すべき利害関係区域を当初の約150世帯から13
世帯へと大幅に狭め,同時に,同意取得の対象者も,反対の意思を強く表明してい
た4名を外すため,「区域内居住者」から「土地所有者」に限定した。
・ 被告市長は,当初,本件取得地の用途を車道とし,被告藤和に対しても車
道として赤池8号線を拡張するよう指示していたにもかかわらず,本件契約後3か
月以上経過した段階になって,拡幅部分を車道ではなく歩道として整備するように
指示を変更した。また,取得すべき土地の位置の選定は,2転3転の末,現在の場
所に決定したもので,当初から定まっていたものではない。これは,本件取得地
が,当初から同地を歩道として整備する目的で取得されたものではなく,本件条例
の要件に合致する土地及びその使用目的を模索した結果,交換の対象となったこと
を示している。歩道として整備するための取得というのは,後になって考えられた
理由にすぎない。
 エ 以上のとおり,本件契約は,取得すべき公共上の必要性が乏しい本件取得地
と,近隣住民の生活道路として使用されるなど高度の公益性を有する本件交付地と
を交換するものであるから,本件条例の定める「公共用に供するため他人の所有す
る財産を必要とするとき。」との要件を満たすものではない上,本件契約が締結さ
れた経緯に鑑みれば,被告市長がプラスワンらに対して本件交付地を取得させ,本
件マンションの建設に便宜を図ったことは明白である。
   したがって,本件契約は,本件条例及び法237条2項ないし公序良俗につ
いて定めた民法90条に違反し,無効である。
・ 被告らの主張
  原告主張のうち,本件契約に至る事実経過については争わないが,本件契約
が,本件条例の定める交換の要件を欠き,被告藤和らの本件マンション建設に便宜
を図る目的でなされたとの部分は争う。
  以下のとおり,本件取得地を取得する必要性は高い一方,本件交付地は,事実
上行き止まりの土地で,公共のために役立つ余地もほとんどないし,隣接する本件
里道と一体となって近隣住民の必須の生活道路として使用されてきた事実もなく,
その公共的な価値は高いものとはいえない。したがって,本件契約は,本件条例が
定める「公共用に供するため他人の所有する財産を必要とするとき。」の要件を満
たすものである。
 ア 本件取得地の必要性
   本件取得地付近は,名古屋市営地下鉄鶴舞線と名鉄豊田線の接続駅である赤
池駅の直近の地にあり,住宅や通勤客目当ての駐車場も多く,歩行者や車両の通行
が増加しているところ,本件取得地が東側及び南側で接している赤池8号線の幅員
は6メートルであって十分な広さではなく,また,歩道は設けられていなかった。
そこで,歩行者の安全の確保と道路交通の円滑化を図るため,これを2メートル拡
幅し歩道として整備すべく,本件取得地を取得したものである。これにより赤池8
号線は,110メートルの区間にわたって2メートル幅の歩道を有する幅員8メー
トルの道路とすることが可能となった。確かに,赤池8号線全体を一律に8メート
ルに拡幅する計画は存しないが,生活道路の場合,主要路線とは異なり,拡幅の必
要性が高くても一挙
に全面的な拡幅を行うことは困難であるため,用地取得の機会が生じたときに時期
を逃さず取得し,随時道路整備を実現していくことが必要であるから,取得の必要
性が否定されるべきではない。
 イ 本件交付地は,登記簿上の地目こそ公衆用道路であり,その西側の里道①と
併せて自動車も通行可能な幅員4メートルの本件道路を形成してはいたが,事実上
行き止まりの土地であり,道路法上の認定を受けた「道路」でもなかった。そし
て,極端に細長い形状の土地であったため,公共のために役立つ余地はほとんど存
しなかった。
   西側の里道①が,本件交付地が行き止まった先へも里道②,③として伸び,
北側を走る名古屋豊田線まで通じていたといっても,その幅員はわずか1メートル
にすぎず,自動車が通行できるような道ではなかったし,その形態も,両側の家屋
に挟まれ,それらからはみ出してきた屋根の軒下になっている状態で,一般的な道
路と認識できるような客観的な形状にはなく,道路認定もされていなかった。よっ
て,歩行者の通行は物理的に可能ではあるが,一般公衆が随意に利用するような道
ではなかった。また,屋根がはみ出している部分を是正する具体的な計画も,里道
②,③の幅員が本件交付地と同じ幅に拡幅される見込みも存しなかった。
   原告は,本件道路が,近隣住民の生活道路として使用されてきた旨主張する
が,どこへ行く際にどのようにして通行していたか,その必要性がどの程度であっ
たのかについては全く明らかにされていない。本件道路と赤池駅などとの位置関係
に鑑みても,あえて本件道路を近道として活用することは考え難いし,本件道路が
日進市の小学生の通学路に指定されていた事実もない。本件交付地の日常的な利用
者としては,本件交付地に隣接するアパート「E」の入居者が想定されるに過ぎな
いところ,これらの者に対しては,既に隣家との交渉により西側道路への通路が確
保されている。
     以上のとおり,本件交付地が南北に抜ける重要な生活道路であった事実
はないし,本件契約に伴い,本件道路が使用できなくなることにより近隣居住者が
被る不都合も既に解消されているから,本件交付地が有する公共的な価値は高いも
のとはいえない。
第3 当裁判所の判断
 1 法237条2項は,普通地方公共団体の財産について,「条例又は議会の議
決による場合でなければ,これを交換し,出資の目的とし,若しくは支払手段とし
て使用し,又は適正な対価なくしてこれを譲渡し,若しくは貸し付けてはならな
い。」旨規定しているところ,これを受けて日進市は本件条例を制定し,交換が許
される要件として,公用又は公共用に供するためであること,対象財産の価額の差
が一定の範囲内であること,価額の差は金銭をもって補うことなどを定めている
(第2の1・)。その趣旨は,法によって厳格な規制を受けている公金と同様,
「財産」についてもこれらの行為が無制限に許された場合には,普通地方公共団体
の健全な財政運営が阻害されたり,特定の者の利益が図られて行政の公正さが損な
われたりするおそれがある
ことから,これらの事態を防止しようとするものであると解される。かかる趣旨に
鑑みれば,本件条例2条の要件を欠く交換契約の締結は,同条例違反にとどまらず
法237条2項にも違反する行為であり,かつ,その要件欠缺が何人の目にも明ら
かであって,当該契約の効力を否定しなければ普通地方公共団体の財務運営に重大
な支障をもたらすと考えられる場合には,当該契約は私法上も無効になると解すべ
きである。ところで,本件条例2条が定める「公共用に供するため他人の所有する
財産を必要とするとき。」の要件は,交換により財産を取得することによって得ら
れる公共的な利益と,財産が交換に供されることに伴い失われるそれとを比較衡量
し,前者が後者に優越すると認められる場合に充足すると解すべきであるが,この
存否についての判断
は,その性質上,必然的に政策的,専門技術的判断を伴うものであるから,執行機
関である被告市長の判断が社会通念上明らかに不相当であって,裁量権の逸脱又は
濫用にわたると認められない限り,違法,無効をもたらすものではないと解するの
が相当である。
 2 以上の見地に立って,本件契約を締結するに際し,被告市長に裁量権の逸脱
または濫用が存したか否かにつき判断する。
  ・ 本件取得地について
   ア 前記争いのない事実等(第2の1・)によれば,被告市長は,本件契約
の締結の際,本件取得地を,東側及び南側で隣接する赤池8号線拡幅のための用地
として取得したことが認められるところ,証拠(甲14,15,32,33,3
5,43,乙イ15,乙ロ4)及び弁論の全趣旨を総合すると,本件取得地は,名
古屋市営地下鉄鶴舞線と名鉄豊田線の接続駅である赤池駅から西北西約150メー
トルの距離に位置していること,本件取得地の周辺には,赤池駅寄りを中心にいく
つかの駐車場が存在し,ここへ出入りする車両の相当数は,本件取得地付近を通過
すること,被告藤和の社員が,平成14年3月1日(金曜日)の午前7時から同9
時にかけて本件取得地付近の赤池8号線の交通量を調査したところ,自動車228
台,歩行者48人,自
転車(バイクを含む。)7台であったこと,原告が,平成13年11月29日(木
曜日)の午前7時から同8時まで,同様の調査(ただし,自動車を対象としな
い。)を行ったところ,歩行者23人,自転車1台であったこと,従前,赤池8号
線には歩道は設けられておらず,その幅員は約6メートルであったこと,本件取得
地によって赤池8号線を拡幅した結果,約110メートルの区間にわたり幅員約8
メートルの道路とすることが可能となったこと,以上の事実が認められる。
     上記認定事実によれば,本件取得地付近は,交通の拠点である赤池駅に
近接した位置に存し,近隣居住者や通勤客が利用するための駐車場もいくつか存し
ていたことから,本件取得地付近の赤池8号線における車両及び歩行者の交通量は
少なくなかったにもかかわらず,その道路事情は,幅員等の点から決して良好とは
いい難いものであったと判断することができる。
     そうすると,こうした状況下で本件取得地を用いて赤池8号線を拡幅す
ることについては,たとえそれが約110メートルの区間に過ぎないとしても,円
滑な交通を実現し,同線の利用者及び本件マンションの居住者を含む近隣住民の安
全な通行を確保するとの観点からは,それなりのメリットが存するというべきであ
り,相応の公共上の利益の存在を肯認するのが相当である。
イ この点につき,原告は,赤池駅を利用する通勤者らは,専ら本件取得地
の南方に位置する遊歩道を利用している上,本件取得地以外に赤池8号線の拡幅用
地の取得の目途が立っておらず,赤池8号線を一律に約8メートルに拡幅する計画
も存しないとして本件取得地の公共上の必要性は乏しいと主張するが(本件契約成
立時点で,このような目途や計画が存しなかったことについては被告らも争わな
い。),道路(の拡幅のための)用地の取得は,それが道路としての機能を全くあ
るいはほとんど有しないなどの特段の事情が存する場合を除き,それ自体,一定の
公共性を有すると考えられる上,アで認定,判断したとおり,赤池8号線の一部分
が拡幅されるにすぎないにしても,同路線が少なからざる交通量を有する以上,か
かる道路の拡幅は,より
円滑かつ安全な交通の実現に寄与するものであるし,名古屋市に近接する日進市の
将来像を勘案すれば,上記時点で赤池8号線全体の更なる整備計画等が存しなかっ
たことは,上記公共上の必要性を否定する根拠となるものではない。
  ・ 本件交付地について
    前記争いのない事実等及び証拠(甲8,32,33,35,40,乙イ2
の1,7,9,11,13,15,16)によると,以下の事実が認められる(な
お,本件マンション建設予定地周辺の道路等の概況は,別紙図面2のとおりであ
る。)。
   ア 本件交付地は,幅約3メートル,長さ約54メートルの南北に長い形状
の公衆用道路で,その西側に平行して接する里道①と一体化して幅員約4メートル
の道を形成しており,その南端は東西に走る赤池8号線に接続し,北端は日進市赤
池一丁目927番地宅地に突き当たっていた。もっとも,里道①は,里道②及び③
に接続して更に北へ伸び,名古屋豊田線まで通じていたため,歩行者は,名古屋豊
田線と赤池8号線を往来することが可能であった。
     なお,本件道路以外に赤池8号線と名古屋豊田線を南北に結ぶ道として
は,本件道路の西方約30メートルの距離に西側道路が存し,また,本件道路の北
端付近から赤池駅に向かう道としては,名古屋豊田線から市道赤池浅田1号線を経
由していくルートや,西側道路又は市道赤池7号線から,赤池8号線,市道赤池9
号線を経由して遊歩道へ抜けるルート等がそれぞれ存している。
   イ 里道②及び③は,幅約1メートル,長さ約87メートルの細長い形状
で,両側に建てられたアパートや民家等の家屋やブロック塀等に挟まれており,両
側の家屋からはみ出した屋根の軒下になっていた部分も多かったことから,その大
部分は日中でも薄暗く,歩行者がすれ違うのも容易ではなかった。また,路面の舗
装や街路灯の設置もされていなかった。
   ウ 本件交付地の近隣には,原告のほか,本件マンション建設予定地内に存
在していた家屋,「有限会社F商店」,「A」宅,「B」,「G,H」宅,「I,
J」宅,アパート「E」,「K」等の関係者らが居住していたものの,本件マンシ
ョン建設予定地に存在していた家屋は既に転居を終え,原告宅,「有限会社F商
店」,「A」宅の居住者及び「K」の関係者については北側の名古屋豊田線への出
入りが,「B」,「G,H」宅及び「I,J」宅の居住者については西側道路への
出入りがそれぞれ可能であり,本件交付地を利用せざるを得なかったのは,日進市
赤池○丁目△△△番地×の宅地上に建築されたアパート「E」の居住者3世帯のみ
であったところ,同居住者については,同宅地の南側部分を通って西側道路に至る
ことが予定され,現に
そのための通路が確保されている。
    以上の認定事実によれば,本件道路を恒常的に利用していた者は限られた
範囲の者であり,それ以外の者が頻繁に通行していた事実は認め難い上,そもそ
も,公共上の利益の存否は,本件契約成立時を基準として判断すべきものであると
ころ,この時点においては,前記争いのない事実等(第2の1・カ)のとおり,本
件里道は用途廃止され,隣接地の所有者らのために払い下げられているから,本件
交付地自体は行き止まりの状態に陥り,道路としての機能を大幅に低下させていた
といわざるを得ない。そして,この時点においてもなお本件交付地を利用する価値
ないし必要があった者については,前記のとおり代替手段が確保されていたことを
も考慮すると,本件交付地が高度の公共性を有する「重要な生活道路」であったと
認めることはできない

  ・ この点につき,原告は,本件契約に関する事実経過に鑑みれば,被告市長
は,プラスワンらに対して本件マンション建設の便宜を図る意図の下,本件里道の
用途廃止手続を行って,本件交付地を行き止まりの状態にし,その公共性を低下さ
せたものである旨主張するところ,前記争いのない事実等に証拠(甲13,16,
18,19,20,21,23,38,39)及び弁論の全趣旨を総合すると,①
被告市長は,当初,本件交付地の払下げを本件里道の払下げと一体として扱うとの
見解を示していたが,プラスワンらから市道の付け替え計画を示されると,これを
本件里道の用途廃止を先行させる見解に転換したこと,②被告市長は,当初,市道
の付け替えについて赤池区長の同意を必要としていたが,プラスワンらから,その
同意を取得するのが
困難であると報告を受けるや,同区長の同意を不要とし,「説明書」を作成,提出
して対応したこと,③被告市長は,当初,プラスワンに対し,市道払下げについて
広範な区域の住民の同意を得るよう指示していたが,プラスワンらから,同意の取
得が困難である旨伝えられるや,同意を取得すべき利害関係区域を当初の約150
世帯から13世帯へと大幅に狭め,同時に,同意取得の対象者も「区域内居住者」
から「土地所有者」に限定したこと,以上の事実が認められ,これらに鑑みれば,
被告市長が,本件マンション建設計画を進めるプラスワンらに対し,協力的な立場
を取っていたことは明らかであり,本件里道の用途廃止手続もその一環としてなさ
れたと推測することができる。
    しかしながら,国有財産であった本件里道の用途廃止そのものは,国の事
務として行われたものであり(国,愛知県及び日進市の担当職員らの現地調査を経
ていることは,前記のとおりである。),その申請手続を行った被告市長に本件マ
ンション建設容認ないし推進の意図があったとしても,その効力に影響を与えるも
のではないから,本件契約の公共性を判断するに際しては,本件里道が用途廃止さ
れていることを前提とせざるを得ない。そして,上記のとおり,被告市長がプラス
ワンらに対して協力的な立場を取ったこと自体は,日進市の赤池駅周辺における都
市開発に関わる政策上の判断に基づくものであって,その適否を,財務会計上の違
法性の有無を判断の対象とする住民訴訟において問題とすることはできない。
  ・ そうすると,本件契約により本件取得地を取得することにより相応の公共
的な利益が得られる一方で,本件交付地が交換に供されることにより失われる公共
的な利益はさほど大きいものではないと判断できるから,本件契約を締結したこと
につき,被告市長に裁量権の逸脱又は濫用があったとはいえず,したがって,本件
契約は,本件条例及び法237条2項又は民法90条に違反するものではなく,ま
して無効を来すものとはいえない。
3 以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴
訟費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文の
とおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第9部
裁判長裁判官      加  藤  幸  雄
裁判官小 嶋 宏 幸
   裁判官橋本都月は,転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官      加  藤  幸  雄
                       (別紙省略)

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