弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告Y社は,原告X1に対し,3195万2537円及びこれに対する平成
19年6月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告X1のその余の請求をいずれも棄却する。
3原告X2らの請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用の負担は,以下のとおりとする。
原告X1に生じた費用の2分の1と被告Y社に生じた費用の2分の1は,
被告Y社の負担とする。
原告X2らに生じた費用の2分の1と被告Y社に生じた費用の2分の1は,
原告X2らの負担とする。
原告らに生じたその余の費用と被告国に生じた費用は,原告らの負担とす
る。
5この判決は,1項及び4項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1章当事者の求めた裁判
第1節請求の趣旨
第1原告X1
1被告らは各自,原告X1に対し,4181万0082円及びこれに対する平
成19年6月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2訴訟費用は被告らの負担とする。
3仮執行宣言
第2原告X2ら
1被告らは連帯して,原告X2に対し,1880万4117円及びこれに対す
る平成19年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは連帯して,原告X3及び原告X4に対し,各940万2058円及
びこれに対する平成19年9月5日から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
3訴訟費用は被告らの負担とする。
4仮執行宣言
第2節請求の趣旨に対する答弁
第1被告Y社
1原告らの被告Y社に対する請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
第2被告国
1原告らの被告国に対する請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用のうち,原告らと被告国との間に生じた部分は原告らの負担とする。
3仮執行の宣言は相当でないが,仮に仮執行宣言を付する場合は,
担保を条件とする仮執行免脱宣言
その執行開始時期を判決が被告国に送達された後14日経過したときとす
ること
第2章事案の概要
第1節事案の要旨
本件は,被告Y社の兵庫県尼崎市浜所在の工場(以下「旧神崎工場」という。)
周辺に居住していた亡A及び亡Bが,旧神崎工場から飛散した石綿粉じんにばく
露したことにより,中皮腫に罹患し死亡するに至ったとして,亡Aの相続人であ
る原告X1及び亡Bの相続人である原告X2らが,それぞれ,被告Y社に対し,
大気汚染防止法25条1項又は民法709条(石綿粉じんの飛散防止措置等を講
じなかった過失を理由とする)に基づき,また,被告国に対し,国家賠償法1条
1項(旧神崎工場における石綿粉じんの飛散防止に関する立法及び省令制定権限
等の行使を怠ったことを理由とする)に基づき,連帯して,原告X1につき41
81万0082円,原告X2につき1880万4117円,原告X3及び原告X
4につき各940万2058円の各損害賠償金並びにこれに対する原告X1につ
き訴状送達日の翌日(平成19年6月12日)から,原告X2らにつき亡Bの死
亡日(同年9月5日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による各遅延損
害金の支払を求める事案である。
以下,略称は別紙1「略称一覧表」(省略)の例によるものとし,省庁名,官職
名等はいずれも当時のものである。
第2節前提事実(証拠により認定した事実は,末尾に証拠を掲記する。)
第1当事者等
1原告X1関係
亡Aは,大正4年2月24日,兵庫県姫路市内で出生した(甲D2-1・
2〔枝番を含む。〕)。
亡Aは,昭和8年9月ころから,兵庫県尼崎市に居住し,昭和19年ころ
から昭和43年11月ころまでの間,同市常光寺(以下「常光寺の自宅」と
いう。)に居住し,同月,兵庫県宝塚市に転居した(甲D2-3・11・1
2,甲D3,弁論の全趣旨)。
亡Aは,昭和4年4月,兵庫県姫路市内のH鉄工所に就職し,昭和8年9
月に同鉄工所を退職し,同月,兵庫県尼崎市内のI火力発電株式会社(以下
「I火力」という。)に入社し,昭和14年4月,同社を退職した。その後,
亡Aは,同年8月17日,J株式会社(以下「J社」という。)に入社し,
同日から昭和50年3月20日まで,J社の尼崎工場(兵庫県尼崎市東長洲
通所在。以下「J社尼崎工場」という。)において工員として勤務し,同日,
J社を定年退職した(甲D2-4・11,甲D3)。
亡Aは,平成7年春ころから咳き込むようになり,そのころ,胸膜中皮腫
を発症し,同年7月12日,宝塚市立病院に入院し,平成8年1月8日,胸
膜悪性中皮腫により死亡した(甲D1,3,原告X1本人)。
原告X1は,亡Aの長男であり,平成19年3月19日,いずれも亡Aの
法定相続人であるD1,D2,D3及びD4との間で,亡Aの遺産のうち,
亡Aが被告Y社の加害行為により死亡したことにより取得した被告Y社に対
する請求権一切及び亡Aが被告国の違法行為により死亡したことにより取得
した被告国に対する請求権一切を,原告X1が単独で相続するとの遺産分割
合意をし,本件訴訟に係る亡Aの被告らに対する請求権を承継した(甲D2
-1・2〔枝番を含む。〕・9)。
2原告X2ら関係
亡Bは,大正10年9月10日,京都府相良郡で出生した(甲F3)。
亡Bは,昭和30年ころから昭和35年10月ころまで,大阪市西成区南
津守(以下「西成区の自宅」という。)に居住し,同月5日から昭和47年
4月まで,同市西淀川区竹島(以下「西淀川区の自宅」という。)に居住し
た。その後,亡Bは,同月から平成7年6月まで,兵庫県尼崎市次屋(以下
「次屋の自宅」という。)に居住し,同月,同市小中島に転居した(甲F7,
8,18)。
亡Bは,平成18年6月初めころから咳き込むようになり,そのころ,胸
膜中皮腫を発症し,同年7月3日から21日まで,及び同年8月7日から同
年10月24日まで,兵庫県立塚口病院に入院し,胸腔癒着術を受けた(甲
F15,18,原告X2本人)。
亡Bは,平成19年3月1日,独立行政法人環境再生保全機構(以下「環
境再生機構」という。)により中皮腫と認定され,石綿健康被害医療手帳の
交付を受けた(甲F2)。
亡Bは,同年9月5日,胸膜中皮腫により死亡した(甲F1-1・2)。
原告X2は,亡Bの夫であり,原告X3は,原告X2と亡Bの長女であり,
原告X4は,原告X2と亡Bの次女である。原告X2らは亡Bの法定相続人
である(甲F3ないし6)。
3被告Y社
被告Y社は,昭和5年12月22日に設立され,鋳鉄管,各種パイプの製造
販売等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
被告Y社は,旧神崎工場において,昭和29年から昭和31年までの間は白
石綿(クリソタイル)を用いて,昭和32年から昭和50年までの間は白石綿
及び青石綿(クロシドライト)を用いて,石綿セメント管(以下「石綿管」と
いう。)を製造していた(乙A9,乙B1の1)。また,被告Y社は,昭和46
年から平成7年までの間,旧神崎工場で,白石綿を用いて外壁材や屋根材など
の石綿を含有する住宅用建材(以下「石綿含有建材」という。)を製造していた
(乙A9,乙B1の1)。
第2石綿について(省略)
第3被告Y社による石綿使用(省略)
第4石綿関連疾患(省略)
第5石綿粉じんばく露防止に関する法規及び通達等(省略)
第3節争点
第1亡A及び亡Bが,被告Y社から飛散した石綿粉じんにばく露したことにより,
中皮腫に罹患したといえるか否か(争点1)
第2被告Y社の47年改正大防法に基づく無過失責任の有無(争点2)
147年改正大防法25条1項に基づく損害賠償責任の有無
2消滅時効の成否
第3石綿関連疾患に関する医学的知見(争点3)
第4被告Y社の民法上の不法行為責任(民法709条)の有無(争点4)
1被告Y社の過失の有無
2被告Y社の過失と亡A及び亡Bが中皮腫に罹患したこととの因果関係の有無
第5被告国の国賠法1条1項に基づく責任の有無(争点5)
1違法性
立法不作為の違法性
規制権限不行使の違法性
ア規制権限不行使の違法性の判断枠組み
イ労働関係法における規制権限不行使
ウ環境関係法における規制権限不行使
エ毒劇法における規制権限不行使
2被告Y社を介した損害発生の予見可能性
3被告国の違法と亡A及び亡Bが中皮腫に罹患したこととの因果関係の有無
第6損害(争点6)
1原告X1関係
2原告X2ら関係
第4節当事者の主張
(省略)
第3章当裁判所の判断
第1節争点1(亡A及び亡Bが,被告Y社から飛散した石綿粉じんにばく露した
ことにより,中皮腫に罹患したといえるか否か)について
第1亡A及び亡Bが中皮腫に罹患した要因について
1亡Aは,平成7年春ころから咳き込むようになり,そのころ,中皮腫を発症
し,同年7月12日,宝塚市立病院に入院し,平成8年1月8日,胸膜悪性中
皮腫により死亡した(前提事実)。
また,亡Bは,平成18年6月初めころから咳き込むようになり,そのころ,
中皮腫を発症し,同年7月3日から同月21日まで,及び同年8月7日から同
年10月24日まで,兵庫県立塚口病院に入院し,胸腔癒着術を受けたが,平
成19年9月5日,胸膜中皮腫により死亡した。
そこで,まず,亡A及び亡Bが中皮腫に罹患した要因を検討する。
2証拠(甲A1,31,乙B1-47-3,丙A3,5ないし7)によれば,
中皮腫の発生要因としては,石綿,トロトラスト(放射性造影剤),SV40ウ
イルスへの感染,放射線等が指摘されているが,中皮腫例の80ないし90%
以上に石綿へのばく露歴が認められていること,SV40ウイルスのみで中皮
腫が発症する可能性が低いとの検証結果が出されていること,石綿以外の原因
による中皮腫発症の報告数が少ないことから,中皮腫は,そのほとんどが石綿
を原因とするものであり,中皮腫の診断の確からしさが担保されれば,当該中
皮腫は石綿を原因とするものと考えて差し支えがないとされている。また,上
記証拠によると,喫煙は中皮腫の危険度には何ら影響を及ぼさないとされてお
り,石綿繊維それ自体が中皮腫の発生要因であると考えられていることが認め
られる。
3さらに,前記証拠によれば,石綿の種類別の中皮腫発症リスクは,青石綿(ク
ロシドライト)が最も大きく,白石綿(クリソタイル)の発症リスクは,青石
綿や茶石綿(アモサイト)に比べてかなり小さいとされており,白石綿の発症
リスクを1とすると,茶石綿が100倍,青石綿が500倍ともいわれている。
ただし,肺内に沈着した白石綿は徐々に胸膜移動し,肺内から検出されなくな
るとも考えられており,青石綿と他の種類の石綿との間の発症リスクの正確な
差は明らかではないとされているほか,石綿のサイズ別では,耐久性のある,
長くて(長さ5㎛以上),細い(直径1㎛未満)繊維が中皮腫を誘発する率が高
いとされていることが認められる。
4なお,証拠(甲A1,丙A5ないし7)によれば,中皮腫の潜伏期間は,ば
く露量が多いほど短くなるとされており,中皮腫の平均潜伏期間は,一般に肺
がんより長く,多くは30ないし50年後に発症し,発症までに最低10年は
かかるとされており,平成11年度から平成13年度までの3年間に石綿によ
る中皮腫として労災認定された93例の調査結果によれば,石綿ばく露開始時
から中皮腫発症の症状確認日までの潜伏期間は,平均38.0年,中央値は3
9.5年(最小値11.5年)であったことが認められる。
5上記2ないし4の認定事実に加えて,亡A及び亡Bに石綿以外の中皮腫発生
要因が窺えないことからすると,亡A及び亡Bが胸膜中皮腫に罹患した要因(原
因)は,石綿粉じんへのばく露である可能性が極めて高いこと,また,石綿の
なかでも青石綿あるいは茶石綿へのばく露がその要因である可能性が最も高く,
白石綿へのばく露が要因である可能性はさほど高くないことが認められる。ま
た,上記4の中皮腫の潜伏期間に照らすと,亡A及び亡Bが中皮腫に罹患した
要因となった石綿ばく露の時期は,発症のかなり以前であることが推認される。
第2旧神崎工場からの石綿粉じん飛散の有無について
前記第1のとおり,亡A及び亡Bが中皮腫に罹患した要因は石綿粉じんへのば
く露であると認められるところ,原告らは,その原因が旧神崎工場から飛散した
石綿粉じんによるものであると主張するので,まず,旧神崎工場から石綿粉じん
が飛散していたのか否かについて検討する。
1から8(省略)
9検討
以上の認定事実に基づいて検討する。
旧神崎工場では,昭和29年に白石綿の使用を開始し,昭和32年に青石
綿の使用を開始して,昭和34年まで,それぞれ年間2500から3000
トン前後,合計5000から6000トン以上を使用しており,昭和35年
から昭和48年までは青石綿だけで約3300から7600トン,白石綿だ
けでも4000から7000トン(ただし,昭和37年を除く。),合計9
000から1万4000トン(ただし,昭和37年を除く。)と使用量が著
しく増大し,昭和49年及び昭和50年も青石綿と白石綿の合計で年間50
00トン超と,高い水準を維持していたということができる(前記2)。
次に,石綿製品(石綿管及び石綿含有建材)の製造工程にあっては,①石
綿原料の旧神崎工場への搬入工程において,トラックからの積み卸しの際や
石綿倉庫での積み上げの際に,麻袋の破損部分から石綿の原料が漏れ出てい
たこと(前記3),②解繊工程から加工工程等において,機械化が進む途
上においては,充分な密閉化はされておらず,作業場内に相応の石綿粉じん
が発生していたと推認できること(前記3から),③実際,旧神崎工場
では,昭和50年までに,尼崎労基署等から,たびたび,集じん機の設置方
法や性能が不十分である旨の指摘を受け,改善指導に基づいて集じんダクト
等の改善を行っており,昭和50年以降も,局排装置の設置方法や性能に問
題があることが指摘され,尼崎労基署からの指導を受けて発じん部の密閉化
や局排装置の改善を継続的に実施していること(前記3,),④そして,
昭和46年及び昭和50年の作業環境濃度は,とりわけオプナー工場で4.
0f/㎤程度と高い値であり,その他の工程でも1.0f/㎤以上の場所が
あったこと(前記4),⑤旧神崎工場では,昭和29年配属者から昭和45
年配属者及び昭和53年配属者の合計156名が石綿疾病に罹患して保険給
付を受けており,うち65名が中皮腫に罹患していること(前記8)が認め
られる。
そして,旧神崎工場の排気や換気の状況についてみると,①種々の集じん
機(バックフィルターやマルチクロン集じん機のほか局排装置等)が設置さ
れてきたものの,前記のとおり極めて大量の石綿を取り扱う作業場内におい
て発生した石綿粉じんが,建屋の開放部から建屋外に飛散していたこと(前
記3),また,②集じん機の本来の機能の限界(100%集じんできるもの
ではない。)や保守管理の不徹底によって集じんされなかった一定量の石綿
粉じんが大気中に排出拡散されていたこと(前記3)が推認され,このこと
は,周辺住民の目撃状況からもある程度裏付けられている(前記5)。
被告Y社は,作業環境における石綿粉じんの発生,飛散を低減化する対策
を講じてきたこと,旧神崎工場の元従業員について同工場に1965(昭和
40)年以降に配属された者の発症者は実質的にゼロであること,作業環境
濃度(昭和46年及び昭和50年以降)及び敷地境界濃度(昭和57年以降)
も低い値であり,それ以前の作業環境濃度も低い値であったと推認すること
ができること等の事情から,仮に,旧神崎工場の工場建屋内で発生した石綿
粉じんが工場建屋外,さらには工場敷地外へ飛散したことがあったとしても,
遅くとも1964(昭和39)年末ころ,実際にはそれよりも相当以前から,
周辺住民の健康に重大な影響を及ぼさない程度であったことは明らかである
旨主張する。
しかし,上記及びで認定・説示した旧神崎工場内の作業環境の状況,
あるいは,旧神崎工場の排気や換気の状況等に鑑みると,被告Y社は,同工
場建屋内で発生した石綿粉じんの工場建屋外への飛散,さらには工場敷地外
への飛散を充分に防ぐことができていなかったというべきである。
また,石綿粉じんによる疾患についての潜伏期間が長期であることに照ら
すと,1965(昭和40)年以降に配置された旧神崎工場の元従業員につ
いて今後被害申告がないとはいえないところである。
さらに,敷地境界濃度については,昭和57年以降の測定値しかなく,そ
の数値自体は,住宅地域や商業地域の一般大気中の石綿粉じん濃度とほとん
ど異ならない程度のものであるが(前記6,7),昭和50年11月に旧神
崎工場における青石綿の使用が中止され,昭和57年以降の白石綿の使用量
も大幅に減少した(同年以降は3000から1000トン)反面,昭和51
年以降,石綿粉じん対策が強化され(①解繊工程において,昭和51年に石
綿の自動搬入装置及び自動開袋装置の設置,②原料処理工程において,昭和
56年までに固定化集じんダクトの取り付けや各ミキサーへの密閉フードの
取り付け等,③加工工程等において,昭和51年から昭和56年にかけて,
集じん機の増設・改良,集じんダクトの取り付け・改良,昭和55年に合抉
り工程への全密閉方式の導入等),作業環境濃度も概ね改善傾向にあった(昭
和57年を境に,それ以後の作業環境濃度のほとんどが0.1f/㎤未満で
ある。)といった事情を考慮すると,昭和57年以降の敷地境界濃度の数値
をもって,昭和29年から昭和50年ころまでの敷地境界濃度を推し測るこ
とは合理的ではない。そして,昭和50年(あるいは昭和56年)以前は,
同年以降と比較しても旧神崎工場から相当の量の石綿粉じんが同工場の敷地
外に飛散していたことが推認できる。
以上の各事情からすると,昭和29年から昭和50年ころまで(あるいは
昭和56年ころまで)の旧神崎工場内における石綿飛散対策では,建屋内や
敷地内で発生した石綿粉じんの飛散を充分に防ぐことはできておらず,石綿
粉じんが同工場の敷地外に飛散していたことが認められる。
なお,原告らは,被告Y社が文書提出命令に反して,本件提出義務文書を
提出しなかったことから,民訴法224条1項により,「本件提出義務文書
に記載された昭和46年11月1日から昭和49年12月末日までの旧神崎
工場の作業環境における気中石綿濃度の測定結果が,少なくとも旧特化則の
2㎎/㎥を超過する高濃度である」という原告らの主張を真実と認めること
ができると主張する。しかしながら,本件の他の証拠関係から認められる前
記3及び4の事実によれば,昭和46年時点での気中石綿濃度は,比較的高
い値の出る解繊工程で0.29㎎/㎥であり,昭和50年時点での気中石綿
濃度は,解繊工程で4.02f/㎤(約0.24㎎/㎥)であったところ,
昭和46年から昭和50年にかけて,各作業場において集じん機や集じんダ
クトの改造等の飛散対策が行われていること,昭和47年以降,白石綿の使
用量は増加したが,青石綿の使用量が減少しているため,全体の石綿使用量
は減少していることが認められる。これらの事実に鑑みると,昭和46年か
ら昭和50年までの間の気中石綿濃度が上記濃度を大幅に超過していたとは
考え難く,昭和47年から昭和49年にかけての作業環境における気中石綿
濃度が2㎎/㎥を超過していたという原告らの上記立証事実を真実と認める
ことはできない。
第3旧神崎工場周辺に発生した中皮腫の疫学的検討(車谷・熊谷論文)について
2006年論文は,平成17(2005)年6月29日の夕刊報道及び被告Y
社の記者会見によって,旧神崎工場の従業員及び同工場の周辺住民にアスベスト
関連疾患が発生していることが明らかになった後,旧神崎工場周辺の住民に発生
した中皮腫の原因が同工場で使用されたアスベスト(石綿)によるものか否かを,
疫学的に検討したものである。2008年論文は,2006年論文の調査対象者
に平成19(2007)年4月末までに面接調査をした人々を加えて,2006
年論文とほぼ同様の方法,分析をしている。
1,2(省略)
3車谷・熊谷論文の証拠としての評価について
前提
車谷・熊谷論文は,前記のとおり,旧神崎工場から1500m内に1年以
上居住した住民を対象に,中皮腫死亡の距離別SMRを検討するとともに,
気象条件を絡めた拡散シミュレーションによりアスベスト粉じんの相対濃度
を推定して量反応関係を観察し,もって旧神崎工場周辺の住民に発生した中
皮腫の原因が同工場から排出飛散したアスベスト粉じんによるものか否かを
疫学的に検討したものである。したがって,その判定のためには,距離別S
MRの結果と相対濃度別SMRの結果とを併せて評価する必要がある。
距離別SMRの結果について
ア観察死亡数について
被告Y社は,情報バイアス(いわゆるY社ショック後の思い込みの危
険),インセンティブバイアス(調査対象者が被告Y社に見舞金・救済
金を申請した人たちであることによる危険),想起バイアス(相当過去
に遡る事柄の記憶に関する危険),面接者バイアス(面接者による誘導
の危険)といったバイアスがある旨主張する。
確かに,車谷・熊谷論文には,被告Y社が主張するバイアスが存在す
る可能性は否定できない。また,同論文では,対象者の職場や従前の居
住地等における他のアスベスト粉じん発生源が考慮されていないので,
観察死亡数の中に,旧神崎工場以外の発生源からの粉じんばく露により
中皮腫を発症した死亡者が含まれている可能性がある。さらに,同論文
では,複数の居住地がある場合に,近い方をばく露地点として特定して
いるため,遠方の住所に居住していた期間のほうがはるかに長い場合で
も近い方がばく露地点とされてしまう点に不合理な面がある。
加えて,車谷・熊谷論文の観察死亡数は,2006年論文では,旧神
崎工場から1500m以内に居住する57名,2008年論文では同範
囲の73名であり,これを同心円区分地域又は相対濃度区分地域ごとに
分けた各地域の観察死亡数は,0ないし14人と少数であるため,観察
死亡数が1名変動するだけでSMR値が変動する可能性が高い。
他方,車谷・熊谷論文は,本件疫学調査の時点までに,自ら問い合わ
せ窓口に問い合わせた患者又は遺族の中皮腫患者のみを対象としており,
対象期間内に尼崎市内に居住歴のある中皮腫患者全てを調査対象として
いるわけではないため,中皮腫発症リスクが過小評価されている可能性
がある。
また,同論文では,尼崎市内に勤務先と居住地の両方がある場合には,
旧神崎工場に近い方がばく露地点と特定され,かつ,勤務先がばく露地
点と特定された対象者は,SMR分析の対象から除外されているため,
旧神崎工場から遠方のSMR値が過小評価されている可能性がある。
以上のとおり,車谷・熊谷論文には,不確定要因が過大評価の方向に
も過小評価の方向にも存在しているため,その評価はこれらの事情を考
慮して慎重に行う必要がある。
他方,車谷・熊谷論文は,調査対象者の死因を,死亡診断書やカルテ
等の医療情報等の客観的なデータに基づいて中皮腫と判断していること
(死因が特定できない者を調査対象から除外),調査対象者のばく露地
点となる居住地を,住民票等の公的記録及び中皮腫患者又は死亡者の遺
族からの聞き取り調査等によって,地図上で特定していること(なお,
住民登録された地点や時期と実際の居住地,居住期間が異なる可能性や,
遺族の記憶が不正確である可能性はあるものの,2008年論文による
と,同心円区分地域ごとリスク期間〔昭和32年から昭和50年まで〕
の平均在住期間は145か月と比較的長期間であるから,住民登録と実
際の居住地等との齟齬や記憶違い等の可能性は低いといえる。),調査
対象者の職業ばく露又は家庭内ばく露の可能性の有無を,社会保険庁か
らの被保険者記録照会回答票の会社名等及び面接による聞き取り調査等
に基づいて判断していることが認められ,このような手法ないし方法を
みると,同論文の観察死亡数については,さほど客観性を損なう要素は
ないというべきである。したがって,被告Y社が指摘する上記の種々の
バイアスや過大評価の要因が介在するおそれを完全に排除できないにし
ても,リスク期間中(昭和32年から昭和50年)に旧神崎工場から半
径1500m以内に1年以上居住していて中皮腫に発症し,平成7年以
降に診断書上中皮腫により死亡した人の数(観察死亡数)を57名ない
し73名としてSMRによる分析をすることにも,相応の合理性がある
というべきである。
イ期待死亡数について
リスク保有集団(Populationatrisk)の推定については,環境省の
「アスベストの健康影響に関する検討会」が指摘するとおり,SMRの
検討にあたって最も大きな問題である(乙B1-69)。
もっとも,距離別SMRの観察死亡数が0ないし14人と相対的にか
なり少ないこと(甲B1-25,乙B1-30)からすると,リスク保
有人口の変動があっても,さほどSMRの値に影響しないと考えられる。
また,SMRの値について控えめな評価をすることによって補うことも
あり得るところである。
したがって,リスク保有人口が正確に把握されていないからといって,
SMR分析の結果の信頼性が全くなくなるとはいえない。
被告Y社は,期待死亡数の算出に当たっては,全国の中皮腫死亡率で
はなく,高度工業地域における中皮腫死亡者数を用いるべきであると主
張するが,本件全証拠によっても,他の大気汚染物質が中皮腫の罹患率
を上げていることを窺わせる事情は認められず,高度工業地域における
中皮腫死亡率が全国の中皮腫死亡率よりも高いことも認められない。
したがって,車谷論文が全国の中皮腫死亡率を用いたことによって,
SMR値が過大評価されて分析結果の信用性が著しく低下するとまでは
いえない。
ウ検討
上記の諸点に留意した上で,車谷・熊谷論文の距離別SMR分析の結果
を検討する。
男性については,旧神崎工場から0から300mの同心円区分地域の
SMRは,2006年論文では11.7又は17.8,2008年論文
では13.9と,他の地域と比べて突出して高い値であり,95%信頼
区間の下限値も2を超えている。これに対し,300から600mの同
心円区分地域のSMR及び95%信頼区間の下限値も1を超えてはいる
が,0から300mのそれに比較すると大きく低下している。さらに,
600mを超えると95%信頼区間の下限値はほとんど1を下回る(た
だし,2006年論文の平成12年から平成17年の死亡者のうち60
0から900mの同心円区分地域の居住者を除く。)。
女性については,旧神崎工場から0ないし300mのSMRは突出し
ており(2006年論文で54.1又は23.1,2008年論文で4
1.4),95%信頼区間の下限値もかなり高く,また,1500mま
でについても,SMRは95%信頼区間の下限値を含めて1より大きい
(ただし,2006年論文における平成7年から平成11年までの死亡
者のうち600m以上離れた居住者については,95%信頼区間の下限
は1を下回る。)。
ところで,前記のとおり,2008年論文は,2006年論文の調査
対象者にその後の新たな調査対象者を加えて,2006年論文とほぼ同
様の手法を用いて分析を行ったものであり,2006年論文の調査を含
めて全体を総括するものであるといえるから,以下,観察死亡数の多い
2008年論文を基準に検討を加える。
上記のとおり,男女とも,少なくとも旧神崎工場から0ないし30
0mの地域については,全国の中皮腫発症リスクと比較して,中皮腫発
症リスクが高いと評価することができる(なお,男性のSMR値が同区
間の女性のそれと比べて低いが,これは男性の期待死亡数の算出に用い
られた全国の中皮腫死亡数に職業ばく露による死亡者が含まれているた
めであると推測される。)。
これ以外の場合については,男性は,旧神崎工場から600mを超え
ると95%信頼区間の下限値はほとんど1を下回るから,全国の中皮腫
発症リスクと比較してそのリスクが高いと評価することはできない。ま
た,男性の300から600mの同心円区分地域のSMRについては,
その値だけをみると,全国の中皮腫発症リスクと比較してそのリスクが
高いといい得るが,前記の過大評価の可能性を考慮すると,リスクが高
いと断定することはできない。
一方,女性については,300から600mまでについても,その値
だけをみると,ほとんどのSMRが95%信頼区間の下限値を含めて1
より大きいから,全国の中皮腫発症リスクと比較して中皮腫発症リスク
が高いと評価し得るが,600から1500mまでについては,前記の
過大評価の可能性のほか,旧神崎工場からの距離が大きくなってもSM
Rが減少せず,かえって上昇している点に疑問が残ることを考慮すると,
同区間の女性の中皮腫発症リスクが旧神崎工場を原因として高くなって
いると断定することはできない(なお,前記のとおり,男性のSMR値
は期待死亡数が女性に比べて多いために低くなっていると推測されるか
ら,男性のSMR値と女性のそれとを比較して中皮腫発症リスクの高低
を判断することはできない。)。
相対濃度別SMRの結果について
ア大気拡散シミュレーションによる相対濃度について
車谷・熊谷論文は,公害研究対策センターの窒素酸化物検討委員会が
作成した窒素酸化物総量規制マニュアルに準じて,旧神崎工場からのア
スベストの拡散シミュレーションを行っており,調査対象エリアの設定
方法や気象データの各拡散パラメータへの当てはめ自体に,特段不適切
な点は認められない。また,気象データは,旧神崎工場近隣の公的機関
における測定値を利用しており,気象データの収集も適切に行われてい
ると認められる。
したがって,車谷・熊谷論文の大気拡散シミュレーションによる相対
濃度の分析結果は,参考に値するものというべきである。
ただし,拡散シミュレーションにおいては,気象データ,排出データ
等のほかに対象物質の特性(乾性沈着,湿性沈着,再飛散)に関する知
見も必要であり,また,対象物質の環境濃度データによる検証を行う必
要がある(乙B1-69・70)ところ,車谷・熊谷論文では,重力沈
降,乾性沈着・湿性沈着及びレインアウト・ウォッシュアウトを考慮し
ていないし,対象物質の環境濃度データによる検証も行っていない。そ
して,実際には,対象物質の沈降・沈着や地表付近の建造物等の障害物
への衝突等によりアスベスト繊維が拡散途中で落下するなどして,シミ
ュレーションの結果よりも拡散範囲が狭まり,これにより,とりわけ低
濃度地域の相対濃度区分地域が変更される可能性があると考えられる。
したがって,低濃度地域の相対濃度の分析結果については,上記の点
に留意して評価する必要がある。
イ相関関係グラフについて
車谷・熊谷論文は,相対濃度と相対濃度別SMRに正の相関関係が認め
られると評価する。しかしながら,被告Y社が指摘するとおり,同論文の
相対濃度と相対濃度別SMRの相関関係グラフでは,低濃度地域側の4地
域の平均相対濃度は比較的近接しているのに対し,高濃度地域側の平均相
対濃度はかなり間隔が空いており,グラフとしての精度が高いとはいえな
い。また,高濃度地域から中濃度地域までは,濃度レベルの低下に伴って
顕著にSMRが減少するのに対し,低濃度地域は濃度レベルの低下とSM
Rの減少が正の相関を示しているとはいえず,逆にSMRが高くなってい
る部分もあり,全ての相対濃度区分に対応して正の相関関係があるとは評
価し難い。
さらに,距離別SMRの場合と同様,過大評価の危険性があり,また,
相対濃度区分地域ごとの観察死亡数が少数であるため,観察死亡数が1名
変動するだけでSMR値が変動する可能性が高く,それに伴い,相関関係
グラフにも影響が及ぶといわざるを得ない。
ウ検討
上記ア及びイのとおり,大気拡散シミュレーションによる相対濃度別
SMRの結果は,参考に値するものであるが,自ずと限界があり,とく
に,低濃度地域の相対濃度及び同地域区分のSMRについては,現実の
拡散による濃度を正確に反映しているとはいえず,また,全ての相対濃
度区分に対応して相対濃度と相対濃度別SMRに正の相関関係がある
(量反応関係がある)ともいい難いというべきである。
なお,旧神崎工場周辺は建物の多い地域であるから,以下では,より
現実の拡散状況を反映していると考えられるBriggsの都市域用に基づ
く相対濃度別SMRの結果について検討する。
以上の点に留意しつつ,相対的濃度別SMRの結果についてみると,
男女とも相対濃度50-199ないし200(Briggsの都市域用)の高
濃度域にあっては,相対濃度別SMRが23.0(男性)及び40.5
ないし47.7(女性)と極めて高い値であり,95%信頼区間の下限
値も1をはるかに超えており(統計学的にみて有意である。),この範
囲では,中皮腫による死亡と相対濃度との間に関連性を肯定することが
でき,旧神崎工場に由来する石綿粉じんによる中皮腫発症のリスクが高
いと評価することができる。
これに対し,他の相対濃度区分(Briggsの都市域用)では,男性の場
合は,相対濃度20を下回ると95%信頼区間の下限値が1を下回る(統
計学的にみて有意であるとはいえない。)ので,中皮腫による死亡と相
対濃度との間に関連性を肯定することはできない。また,相対濃度20
-49については95%信頼区間の値が1をある程度超えているが,上
記の留意点を考慮すると,中皮腫による死亡と相対濃度との間に関連
性があると断定することはできない。
女性の場合は,相対濃度5を下回ると95%信頼区間の下限値が1を
下回るので,中皮腫による死亡と相対濃度との間に関連性を肯定するこ
とはできない。また,相対濃度5-50については95%信頼区間の下
限値が1を超えるが,上記の留意点を考慮すると,中皮腫による死亡
と相対濃度との間に関連性があると断定することはできない。
繊維数濃度について
2006年論文は,相対濃度別の地域集団(女性)の過剰死亡数から,先
行の疫学研究から得られているアスベスト繊維数濃度と中皮腫死亡率の関係
式(日本産業衛生学会許容濃度委員会が用いた算出式)を用いるなどして,
旧神崎工場周辺地域におけるアスベスト繊維数濃度を推定しているが,繊維
数濃度は相対濃度に依拠しているため,前記で検討したように,特に,低
濃度地域の繊維数濃度については,信頼性が低いというべきである。
まとめ
旧神崎工場の半径1500m以内という限られた範囲において,1年以上
居住し,診断書上中皮腫に罹患し,かつ職業性ばく露が否定される可能性の
高い者が77名(2006年論文)ないし90名(2008年論文)存在す
るというのは,常識的にみて多いというべきところ(2006年論文では,
1500m以内のリスク期間の観察死亡数57人について,期待死亡数を1
5.6人として,SMRは3.7であるとする。),前記ないしで車谷・
熊谷論文を検討したところによると,リスク期間に旧神崎工場から300m
以内に1年以上居住したか,又は相対濃度50-199(Briggsの都市域用)
の範囲に居住した者については,旧神崎工場から飛散した石綿粉じんによっ
て中皮腫を発症するリスクが高いと評価することができる。したがって,こ
の条件を満たして中皮腫に罹患した場合,そのことは,当該中皮腫の要因で
ある石綿粉じんの発生源が旧神崎工場であると推認させるひとつの重要な事
情となるということができる。
他方,上記の範囲以外において中皮腫に罹患した場合には,その要因であ
る石綿粉じんの発生源が旧神崎工場であると推認する事情となると断定する
ことはできず,とくに,男性で居住地が旧神崎工場から600mを超えるか,
相対濃度20(Briggsの都市域用)を下回る場合,女性で相対濃度5(Briggs
の都市域用)を下回る場合には,上記のように推認する事情とはならないと
評価せざるを得ない。
4亡A及び亡Bへの当てはめについて(乙B1-32)
前記3の検討で得られた結果を,亡A及び亡Bに当てはめると,以下のとお
りとなる。
亡A
ア亡Aの就業場所(J社尼崎工場)
亡A(平成8年1月8日死亡)の勤務先は,J社尼崎工場(別紙4周辺
図(省略)〔以下「別紙周辺図」という。〕の「J社尼崎工場」と指し示
された場所)であり,就業場所は,同工場敷地内の北側に位置する第2工
場(以下「J社第2工場」という。)内の北東角(別紙9「J社(株)尼
崎工場の見取り図」(省略)〔以下「別紙J社工場見取図」という。〕の
「ロッド」と書かれた場所)であり,同心円の中心(旧神崎工場の敷地中
央地点。以下同じ。)から南南東約200mの地点であった(甲B1-1
4・38,甲D2-3,乙B1-32)。以下に上記就業場所におけるS
MR分析の結果を記載する(SMR値の後に記載された括弧内の数字は,
95%信頼区間のSMR値である。)。ただし,車谷・熊谷論文における
SMRは,居住者を対象としたものであるから,亡Aについて週5日から
6日,一日8時間程度の在勤時間であったことを前提として,該当する同
論文のSMR値を3分の1程度に減じて評価すべきである。
距離別SMR
a2006年論文
男性0-300m(平成7年から平成11年までの死亡者)
SMR11.7(2.1-42.7)
b2008年論文
男性0-300m(平成7年から平成18年までの死亡者)
SMR13.9(5.6-28.7)
相対濃度別SMR
a2006年論文(Briggsの都市域用)
男性50-199SMR23.0(11.4-44.3)
b2006年論文(Pasquill-Gifford)
男性100-499SMR18.5(10.7-30.9)
c2008年論文(Briggsの都市域用)
男性50-200SMR23.0(11.0-42.3)
イ常光寺の自宅
距離別SMR
亡Aが昭和19年ころから昭和43年11月ころまで居住した常光寺
の自宅は,同心円の中心から南約500ないし600mの地点(別紙周
辺図の「亡A居住地」と指し示された地点)にあった(乙B1-32,
原告X1本人)。
a2006年論文
男性300-600m(平成7年から平成11年までの死亡者)
SMR4.1(1.1-12.1)
b2008年論文
男性300-600m(平成7年から平成18年までの死亡者)
SMR5.6(2.9-9.8)
相対濃度別SMR
a2006年論文(Briggsの都市域用)
男性20-49SMR5.7(2.7-11.7)
b2006年論文(Pasquill-Gifford)
男性50-99SMR2.7(1.1-6.4)
c2008年論文(Briggsの都市域用)
男性20-50SMR5.8(2.5-11.5)
亡B
ア西淀川区の自宅
距離別SMR
亡B(平成19年9月5日死亡)が昭和35年10月5日から昭和4
7年4月まで居住した西淀川区の自宅は,同心円の中心から東南東12
00ないし1500mの地点(別紙周辺図の「亡B居住地(1960年
10月~1972年4月)」と指し示された地点)にあった(甲F18,
乙B1-32)。
a2006年論文
女性900-1500m
(平成12年から平成17年までの死亡者)
SMR7.2(3.6-13.9)
b2008年論文
女性1200-1500m
(平成7年から平成18年までの死亡者)
SMR8.9(4.3-16.4)
相対濃度別SMR
a2006年論文(Briggsの都市域用)
女性2-4.9SMR1.9(0.6-4.8)
b2006年論文(Pasquill-Gifford)
女性5-9.9SMR1.4(0.4-4.2)
c2008年論文(Briggsの都市域用)
女性1-1.9SMRは算出されていない
(なお,2-4.9のSMRは2.3〔0.8-5.4〕)
イ次屋の自宅
距離別SMR
亡Bが昭和47年4月から平成7年6月まで居住した次屋の自宅は,
同心円の中心から北東約1100ないし1200mの地点(別紙周辺図
の「亡B居住地(1972年4月~1995年6月)」と指し示された
地点)にあった(甲F18,乙B1-32)。
a2006年論文
女性900-1500m
(平成12年から平成17年までの死亡者)
SMR7.2(3.6-13.9)
b2008年論文
女性900-1200m
(平成7年から平成18年までの死亡者)
SMR8.3(3.6-16.4)
相対濃度別SMR
a2006年論文(Briggsの都市域用)
女性2-4.9SMR1.9(0.6-4.8)
b2006年論文(Pasquill-Gifford)
女性5-9.9SMR1.4(0.4-4.2)
c2008年論文(Briggsの都市域用)
女性2-4.9SMR2.3(0.8-5.4)
検討
以上の当てはめの結果を,前記3の内容と照らし合わせると,亡Aの勤
務地については,全国の中皮腫発症リスクと比較して中皮腫発症リスクが高
いと評価することのできる範囲(距離別SMR)であり,かつ中皮腫による
死亡と相対濃度との間の関連性を肯定することのできる範囲(相対濃度別S
MR)のいずれにも含まれているということができる。このことは,上記範
囲に含まれるのが居住地ではなく勤務地であることを考慮しても,亡Aが中
皮腫に罹患した要因である石綿粉じんの発生源が旧神崎工場であると推認
させるひとつの重要な事情であるということができる。
他方,亡Bについては,距離別SMRからは,いずれの自宅も,その値だ
けをみれば全国の中皮腫発症リスクと比較して中皮腫発症リスクが高いと
評価し得る範囲に含まれるものの,旧神崎工場と関連性があるとは断定する
ことはできず,また,相対濃度別SMRでは,いずれも95%の信頼区間の
下限値が1を下回るため,中皮腫による死亡と相対濃度との間の関連性を肯
定できる範囲には含まれていない。したがって,車谷・熊谷論文の結果から
は,亡Bが中皮腫に罹患した要因である石綿粉じんの発生源が旧神崎工場で
あると推認することはできない。
第4尼崎市内の他の工場等からの石綿粉じんの排出状況について
1から3(省略)
4検討
上記の尼崎市の調査によると,尼崎市内において敷地内で石綿(青石綿及び
白石綿等)を使用していた事業所が旧神崎工場を含め少なくとも39事業所あ
ること(前記1),本庁地区北部から小田地区にかけては,多数の事業場が集中
しており,上記39事業所以外の工場等でも,石綿原料,石綿含有材料又は石
綿含有製品を使用していた可能性があること(前記2),車両のブレーキライニ
ング等から石綿粉じんが飛散した可能性もあること(前記3)という事情に照
らすと,亡A及び亡Bが,旧神崎工場より同人らの居住地等に近い工場又はそ
の他の生活場所の近隣の工場等から飛散した石綿粉じんにばく露した可能性も
否定はできない。
しかし,他方で,前記1のとおり,年間平均5000トン以上の石綿を使用
していたことが判明している事業所は,旧神崎工場とKスレートの2箇所のみ
であり,その他の事業所の石綿年間平均使用量はいずれも100トン未満であ
るから,旧神崎工場とKスレートは,他の事業所の50倍以上の多量の石綿を
使用していたことが認められる。しかも,青石綿に限ると(Kスレートは白石
綿の扱いのみである。),いずれの事業所も,旧神崎工場の使用量(前記前提事
実第3のとおり,昭和32年以降は年間2700から3500トン,昭和35
年以降は5000から6000トン前後,昭和43年以降は最大で7669ト
ンである。)に比して極めて少ない量である(使用量が不明の事業所もあるが,
それほどの量とは考え難い。)。また,1トン以上の石綿を使用していた旧神崎
工場以外の事業所(ただし,J社尼崎工場を除く。)は,いずれも亡A及び亡B
の居住地等から旧神崎工場よりも遠い場所にある。
以上の事情を勘案すると,亡A及び亡Bの勤務地又は居住地の周辺にける旧
神崎工場以外の工場等が,同人らが中皮腫に罹患した原因となった石綿粉じん
の発生源であった可能性も否定はできないが,他方,これらの発生源による同
人らのばく露状況を示す具体的な事情は明らかではなく,旧神崎工場がその発
生源であることを否定することもできないというべきである。
第5亡A及び亡Bの職業ばく露又は家庭内ばく露等の有無について
1亡Aについて
J社尼崎工場における石綿ばく露の可能性
アからオ(省略)
カ検討
亡Aは,前記アのとおり,鋳鉄品や鍛造品を削る作業に従事しており,
その際に旋盤等の工作機械を使用していたことが推認されるところ,古
い旋盤のブレーキバンドの摩擦材には石綿が使用されていることが多く,
ブレーキの使用により石綿粉じんが飛散した可能性はある。また,前記
ウのとおり,J社尼崎工場では,昭和30年ころから昭和63年まで,
アスベストクロス等を,船舶用エンジンの組立工程で排気管に断熱材と
して取り付けたり,溶接や鋳造の工程で断熱材として使用したりしてい
たこと,また,白石綿を含有するアスベストクロス等の切断作業を行っ
ていたこと,その切断作業を昭和44年から昭和59年までの間は,U
機材が,亡Aの職場と同一建屋内の約60mの距離にある作業場で行っ
ていたことが認められる。そして,前記アのとおり,亡Aは,昭和14
年8月から昭和50年3月までの間,J社尼崎工場に勤務していた。し
たがって,亡Aが,昭和30年ころから昭和50年ころまでの20年間,
切断作業等により飛散した石綿粉じんにばく露した可能性がないとはい
えない。
しかしながら,前記アのとおり,亡Aは,コネクティングロッド(連
接棒)を削る等の機械加工作業に従事し,直接アスベストクロス等を取
り扱う作業には従事していなかった上,亡Aの作業場所であるロッド工
程とアスベストクロス等を使用していたラギング工程及び溶接工程との
間には,他の複数の作業場が置かれ,鋳造工程は別棟の離れた工場内に
おいて行われていた。また,前記エのとおり,J社尼崎工場と同じ時
期に工場内で同様にアスベストクロス等を使用していた長浜工場及び塚
口工場においては,平成17年11月時点で,石綿関連疾患の労災認定
等の決定がされていないのであり,また,前記エのとおり,アスベス
トクロス等を直接取り扱っていたU機材の労働者についても石綿関連疾
患の発症は報告されていないのである。これらの事情に照らすと,J社
尼崎工場においてコネクティングロッド(連接棒)を削る等の機械加工
作業に従事し,切断作業等に関わってはいなかった亡Aが,切断作業等
よる石綿粉じんの飛散による健康影響を受けていたとは考えにくいとこ
ろである。
なお,前記オのとおり,平成17年のJ社調査により,同敷地内の1
0か所のサンプルのうち,敷地北側の2か所で青石綿が検出され,尼崎
市による再度のサンプル調査でも,同じ2か所で青石綿が検出されたこ
とが認められる(J社青石綿)。
この点につき,一般に,発電所,変電所,その他電気設備では,配管
などの保温材,耐火目的の建材,変電設備の防音材,地中線用のセメン
ト管,機器類や配電盤などの天井や内壁の吹付材等に石綿製品が使用さ
れている場合があること(乙B1-29-7),吹付け石綿のある建物
等では,吹き付けた壁をこすったり,破損したり,あるいは自然劣化に
より,石綿繊維が空気中に飛散する場合があること(乙B1-29-7・
11),J社調査によって青石綿が検出された箇所は,亡Aが勤務して
いたロッド工程の近辺でもあることからすると,J社調査によって検出
された石綿,特に青石綿が,J社の施設ないし建屋に含有していた石綿
に由来するものであって,前記を裏付ける証拠であるとみる余地があ
る。また,尼崎市の調査(平成9年7月31日現在)によると,平成7
年1月17日の阪神淡路大震災により,J社尼崎工場のある小田地区で
は,全壊の家屋が535棟,半壊の家屋が4608棟,一部損壊の家屋
が5350棟であり(乙B1-29-16),J社青石綿は,阪神淡路
大震災の時に,これらの家屋から空気中に飛散した石綿繊維である可能
性もある。しかしながら,他方で,石綿繊維は一般に安定性及び環境蓄
積性があり,通常の環境条件下では半永久的に分解・変質せず,地表に
沈降したものも容易に再発じんするため,その滞留時間は極めて長いと
指摘されていること(丙C13,14)に鑑みると,平成17年の調査
で検出された石綿繊維であっても,かつて旧神崎工場から飛散してきた
ものである可能性もまた否定することはできない。したがって,J社青
石綿は,前記の認定を左右しない。
I火力における石綿ばく露の可能性
アからエ(省略)
オ検討
前記アによると,亡Aは,昭和8年から昭和14年までの約6年間,I
火力の火力発電所の建設作業における各種機械修理等に従事していたこと
が認められるところ,I火力では,ボイラーや発電設備の保温材として石
綿が使用されており,火力発電所でのプラント設備の建設や補修作業の溶
接時の石綿粉じんばく露による中皮腫発症が知られていることに鑑みると,
亡AがI火力での作業に従事中に石綿粉じんばく露により中皮腫に罹患し
たことは,可能性としてはありうる。しかし,亡AがI火力への勤務中に,
具体的にどのような材料等を使用して,どのような内容の作業を行ってい
たのかは証拠上明らかではなく,実際にI火力において石綿粉じんばく露
があったとまで認定することはできない。
H鉄工所における石綿ばく露の可能性
ア亡Aは,昭和4年4月ころから,姫路市内のH鉄工所に入所し,昭和8
年9月ころまで,同所に見習いとして勤務した(甲D2-11)。
イ一般に鉄工所では,耐火,断熱,保温等の目的で,建屋の吹付,製造機
器等に石綿が使用され,鉄工所の作業員は石綿を含有する耐火服等を着用
していた(乙B1-29-7)。
ウ以上の事実に鑑みると,亡Aが,H鉄工所での勤務中に石綿粉じんにば
く露した可能性は抽象的にはある。しかし,亡AのH鉄工所での具体的な
作業内容は証拠上明らかではなく,亡AがH鉄工所で石綿粉じんにばく露
した具体的な可能性があったとまでは認められない。
2亡Bについて
,(省略)
上記,によると,亡Bは,①大阪陸軍造兵廠に勤労動員として勤務し
(昭和18年ころから昭和19年ころまで),旋盤を使用して,ねじゲージ
等の兵器部品の研磨下加工作業に従事していた際に,旋盤や部品から飛散し
た石綿粉じんに,②西成区の自宅に居住していたころに,約500m離れた
位置にあるMスレートから発生飛散した石綿粉じんに,③西淀川区の自宅に
居住していたころに,約300m離れた位置にあるL鉄工所等から発生飛散
した石綿粉じんに,④G鉄工所(大阪市西淀川区)での旋盤加工に従事した
際に,旋盤や部品等から飛散した石綿粉じんに,⑤G機械工作所(尼崎市次
屋)での事務作業の際,あるいは鉄骨造スレート葺の建物(吹付石綿施工の
可能性あり)の2階で居住していた際に,これらの作業又は建物から飛散し
た石綿粉じんに,⑥原告X2の作業着等の衣類を洗濯する際に,衣類に付着
した石綿粉じんに,それぞればく露した可能性があるということができる。
しかし,いずれも可能性があるというに止まり,ばく露の事実を示す具体
的な事情までは認められない。
第6結論
1亡A
前記第1のとおり,中皮腫発症の要因のほとんどが石綿であり,中でも青
石綿(クロシドライト)が最も発症リスクが高いとされており,亡Aが胸膜
中皮腫に罹患した要因も石綿(とくに青石綿又は茶石綿)粉じんへのばく露
である可能性が最も高い。そして,前記第2のとおり,旧神崎工場では,昭
和32年から昭和50年までの間,年間最大7000トン以上の青石綿を使
用しており,この間,旧神崎工場内における石綿飛散対策では,建屋内や敷
地内で発生した石綿粉じんの飛散を充分に防ぐことはできず,石綿粉じんが
同工場の敷地外に飛散していたのである。
また,前記第4のとおり,旧神崎工場以外の尼崎市内にある工場の石綿使
用量は,Kスレートを除いて,いずれも年間平均100トン未満に過ぎず,
旧神崎工場での青石綿の使用量は,他の工場のそれをはるかに凌ぐものであ
った上,Kスレートを含めたいずれの工場も,旧神崎工場よりも亡Aの勤務
地又は居住地から遠方にあることから,亡Aの勤務地及び居住地の周辺にお
いて,旧神崎工場が亡Aの中皮腫罹患の原因である石綿粉じんの発生源であ
ることを否定することはできない。
そして,前記第3のとおり,亡Aは,昭和29年から昭和50年3月まで,
旧神崎工場から南南東約200mの場所にあるJ社尼崎工場内の作業場に勤
務しており,同作業場のあった場所は,車谷・熊谷論文において,全国の中
皮腫発症リスクと比較して中皮腫の発症リスクが高いと評価することのでき
る範囲(距離別SMR)であり,かつ,中皮腫による死亡と相対濃度との間
に関連性を肯定することのできる範囲(相対濃度別SMR)に含まれている
ということができ,このことは,上記範囲に含まれるのが居住地ではなく勤
務地であることを考慮しても,亡Aが中皮腫に罹患した原因となった石綿粉
じんの発生源が旧神崎工場であると推認させる,ひとつの重要な事情である
ということができる。
他方,前記第5のとおり,亡Aは,J社尼崎工場,I火力及びH鉄工所に
勤務中に石綿粉じんにばく露した可能性がないとはいえない。しかしながら,
前記第5のとおり,J社尼崎工場と同じ時期に工場内で同様にアスベストク
ロス等を使用していた長浜工場及び塚口工場において,平成17年11月時
点で,石綿関連疾患の労災認定等の決定がされておらず,アスベストクロス
等を直接取り扱っていたU機材の労働者についても石綿関連疾患の発症は報
告されていないといった事情に照らすと,J社尼崎工場においてコネクティ
ングロッド(連接棒)を削る等の機械加工作業に従事し,切断作業等に関わ
ってはいなかった亡Aが,切断作業等による石綿粉じんの飛散による健康影
響を受けていたとは考えにくいところであるし,他の勤務先において,亡A
が石綿粉じんにばく露していたことは証拠上明らかではない。
以上のからまでの事情に鑑みれば,亡Aが中皮腫に罹患した原因が,
旧神崎工場以外の石綿粉じんばく露であった可能性は低く,昭和32年から
昭和50年3月までの間に,旧神崎工場から飛散した石綿(青石綿等)粉じ
んにばく露したことによるものであると認められる。
2亡B
亡Bが胸膜中皮腫に罹患した要因としては石綿(青石綿又は茶石綿)粉じ
んによる可能性が最も高いこと(前記第1),大量の石綿を取り扱う旧神崎
工場から昭和32年から昭和50年ころまでの間,同工場の建屋内や敷地内
で発生した石綿粉じんが同工場の敷地外に飛散していたこと(前記第2)等
は,前記2において亡Aについて検討したところと同じである。
しかしながら,前記第3の4のとおり,亡Bの西淀川区の自宅は,旧神
崎工場からほぼ東約1400m離れた地点にあり,また次屋の自宅は,同工
場から北東約1100ないし1200m離れた地点にあり,距離別SMRか
らは,その値だけからみると,いずれの自宅も全国の中皮腫発症リスクと比
較して中皮腫発症リスクが高いと評価し得る範囲に含まれるものの,旧神崎
工場と関連性があると断定することはできず,また,相対濃度別SMRでは,
いずれも95%の信頼区間の下限値が1を下回るため,中皮腫による死亡と
相対濃度との間の関連性を肯定できる範囲には含まれていない。したがって,
車谷・熊谷論文の結果からは,亡Bが中皮腫に罹患した要因である石綿粉じ
んの発生源が旧神崎工場であると推認することはできない。
原告らは,亡Bは,次屋の自宅に居住していた昭和47年から平成7年6
月までの間,ほぼ毎日,午後1時半ころから午後3時半ころまで,旧神崎工
場の北約300mの距離にあった潮江デパートまで買物に出かけて滞在して
いた旨主張し,原告X3はこれと同旨の供述をする。しかし,その頻度や滞
在時間自体は必ずしも明らかではなく,また,車谷・熊谷論文において設定
したデザインとは条件が大きく異なるため,同論文のSMRに当てはめるこ
とも適切であるとはいえない。結局,上記のような生活環境にあったことを
もって亡Bが石綿粉じんにばく露し,それが中皮腫に罹患した原因であった
とするには,やはり根拠が薄弱であるといわざるを得ない。
以上のとおり,亡Bについては,車谷・熊谷論文の結果や次屋に居住して
いたころの生活環境を根拠として,旧神崎工場に由来する石綿粉じんにより
中皮腫に罹患したと推認することは困難である。
もっとも,亡Bが中皮腫に罹患した原因は石綿粉じんへのばく露であると
認めうるから,旧神崎工場から排出飛散した石綿粉じんがその原因であった
可能性を否定することまではできない。
しかしながら,可能性という点では,亡Bには,前記第4のとおり,尼崎
市の他の工場等から飛散した石綿粉じんにばく露した可能性や,前記第5の
2のとおり,西成区の自宅に居住していたころに約500m離れた位置に
あるMスレートから発生飛散した石綿粉じんにばく露した可能性などもまた,
同様に否定できないということになる。
したがって,亡Bが中皮腫に罹患した原因が旧神崎工場から飛散した石綿
(青石綿等)粉じんにばく露したことによるものと特定することはできず,
そのような関係を是認しうる高度の蓋然性があると認めることはできない。
第2節争点2(被告Y社の47年改正大防法に基づく無過失責任の有無)につい

第147年改正大防法25条1項に基づく損害賠償責任の有無
147年改正大防法25条1項該当性
47年改正大防法(昭和47年10月1日施行)25条1項は,「工場又
は事業場における事業活動に伴う健康被害物質(ばい煙,特定物質又は粉じ
んで,生活環境のみに係る被害を生ずるおそれがある物質として政令で定め
るもの以外のものをいう。)の大気中への排出(飛散を含む。)により,人
の生命又は身体を害したときは,当該排出に係る事業者は,これによって生
じた損害を賠償する責めに任ずる。」と定めている。また,同法2条4項は,
「この法律において,『粉じん』とは,物の破砕,選別その他の機械的処理
又はたい積に伴い発生し,又は飛散する物質をいう。」と定めている。そし
て,現在,同法25条1項の生活環境のみに係る被害を生じるおそれがある
物質を定める政令(以下「適用除外政令」という。)は制定されていない。
旧神崎工場における工程は,前記第1節第2のとおりであり,同工場にお
いて発生し,飛散した石綿粉じんは,同法2条4項の粉じんに該当すると認
められる。
前記第1節に認定・説示のとおり,被告Y社は,旧神崎工場において,昭
和29年から昭和31年まで白石綿を用いて,昭和32年から昭和50年ま
で白石綿及び青石綿を用いて,石綿セメント管を製造し,また,昭和46年
から平成7年まで白石綿を用いて石綿含有建材を製造しており,それらの製
造工程における石綿の解繊処理,原料処理及び加工等の処理に伴って石綿粉
じんを発生させ,少なくとも昭和29年から昭和50年ころまでの間,これ
らの粉じんを旧神崎工場周辺地域の大気中に排出していた。そして,前記第
1節のとおり,亡Aは,昭和32年から昭和50年3月20日までの間,旧
神崎工場から飛散した石綿粉じんにばく露し,これにより中皮腫に罹患して
死亡したと認められる。
したがって,被告Y社は,旧神崎工場における事業活動に伴う「粉じん」
である石綿粉じんの大気中への排出・飛散により,亡Aの生命を害したと認
められ,上記排出に係る事業者として,47年改正大防法25条1項に基づ
く責任を負うというべきである。
アこれに対し,被告Y社は,47年改正大防法25条1項が適用されるの
は,石綿粉じんがいおう酸化物と共存することによって呼吸器系疾患等の
健康被害を発症する場合に限られ,石綿粉じんそのものに起因する健康被
害については適用されないと主張する。
イしかしながら,以下のとおり,47年改正大防法において規制対象とさ
れる「粉じん」の範囲,同法25条1項の規定の在り方及び立法過程等の
各事情に鑑みると,同法25条1項の無過失責任が,石綿粉じんそのもの
に起因する健康被害には適用されないと解釈することはできない。
大防法の規制対象となる「粉じん」の範囲について(甲B1-68,
乙B1-98)
45年改正大防法の制定以前には,ばい煙として規制される物質とし
ては,①燃焼過程から生ずるいおう酸化物及び②物の燃焼または熱源と
しての電気の使用に伴い発生するばいじん(従来の「すすその他の粉じ
ん」)が定められていたが,大気汚染の広域化,多様化及び深刻化に対
処すべく,45年改正大防法により,その定義を拡大する(③機械的処
理を除く処理に伴い発生する有害物質を加える。同法2条1項)ととも
に,燃焼過程以外から発生する粉じんについては,工場等における機械
的処理に伴い発生する粉じんまたは鉱石等の原料置場等から飛散する粉
じんに対しても規制措置を講ずることとした(定義は前記のとおり。
同法2条4項)。つまり,同改正法により,粉じんは,ばいじん等とは
別に定められ,この定義は,47年改正大防法に引き継がれた。
以上の事情に照らすと,45年改正大防法及びこれを引き継いだ47
年改正大防法における「粉じん」に対する規制は,当該粉じんがいおう
酸化物と共存することによって健康被害を生ずる場合に限られず,原則
として,前記の定義に該当する全ての粉じんについて適用されると解
するのが相当である。
47年改正大防法25条1項の規定の在り方
前記のとおり,同法25条1項は,その文言上,無過失責任の対象
となる健康被害物質を,「ばい煙,特定物質又は粉じん」と規定し,そ
の除外事由を「生活環境のみに係る被害を生ずるおそれがある物質とし
て政令で定めるもの」と規定している。このように,同法25条1項は,
同法の規制対象物質である「ばい煙,特定物質又は粉じん」を原則とし
て全て無過失責任の対象としたうえで,このうち適用除外政令によって
定めたものを無過失責任の対象とならない物質と規定し,その他に除外
事由を設けていない。
このような同法25条1項の規定の在り方からすると,適用除外政令
の定めにより除外されない限り,同法の規制対象となる「ばい煙,特定
物質又は粉じん」の全てが,同項の対象物質となると解される。
無過失責任の対象物質に関する立法経過(甲B1-68)
a厚生省(現厚生労働省)に設置された公害審議会は,昭和41年8
月,中間報告において,公害に関する事業者の無過失責任の規定の制
定について言及した。
また,昭和45年7月31日に内閣に設置された公害対策本部は,
関係各省庁とともに,事業者の公害に係る無過失損害賠償責任に関す
る検討を行い,昭和46年4月下旬,「大気汚染防止法及び水質汚濁
防止法の一部を改正する法律案要綱」(以下「公害対策本部案」とい
う。)を作成したが,国会における審議時間がないということから国
会提出が見送られた。なお,公害対策本部案における無過失責任の対
象物質には,粉じんは含まれておらず,また,いおう酸化物等複合汚
染を常態とする物質も,事故時以外は除かれていた。
b一方,昭和46年7月1日に設置された環境庁は,無過失責任問題
研究会を設置して検討を進め,昭和47年3月2日,「大気汚染防止
法及び水質汚濁防止法の一部を改正する法律案要綱(案)」(以下「環
境庁案」という。)を発表した。環境庁案における対象物質は,「人
の健康に係る被害を生ずるおそれがある物質として大気汚染防止法に
より規制の対象とされている物質とすること」とされ,「有害な物質
とは,ばい煙(いおう酸化物,ばいじん及び有害物質),特定物質及
び粉じんである。」とされた。
環境庁案に対しては,産業界から,「対象物質については,その及
ぼすべき健康被害との間の因果関係が科学的,定量的に究明されたも
のに限るべきである。したがって,硫黄酸化物,窒素酸化物,粉塵等
は当面除外すべきである。」との要望書が提出され,中央公害対策審
議会においても,同様の意見が出された。他方,一部の学者グループ
からは,適用対象となる公害現象を大気汚染及び水質汚濁のみに限定
すべきでないとの意見が出された。
その後,環境庁案は,因果関係の推定規定が削除された上で,国会
に提出され,衆議院及び参議院の各本会議において審議された。その
中で,対象物質を大気汚染防止法等の規制対象物質に限定するのは妥
当でない等の意見が出されたが,無過失責任が民法の過失責任の例外
であることから対象物質を明確にする必要がある等の理由で,規制対
象物質の拡大は見送られた。そして,環境庁案は,対象物質について
は修正されずに,衆参各本会議において可決され,47年改正大防法
として成立した。なお,衆参各本会議では,「公害の原因となる物質
として化学的に未解決な問題を残しているものについても,速やかに
大気汚染防止法等による政令指定を行うように検討をすすめること」
との附帯決議がされた。
c以上のとおり,「粉じん」は,公害対策本部案においては無過失責
任規定の対象物質から除外されていたが,環境庁案で対象物質に加え
られたこと,環境庁案の検討中に対象物質から「粉じん」を除外すべ
きであるとの意見が出されたものの,「粉じん」自体が除外されるこ
となく,また,適用除外政令により定められる除外事由以外の制限が
加えられることなく,47年改正大防法における対象物質として規定
されたこと,国会での審議の過程で,無過失責任の責任範囲の明確化
が重視されていたこと等の立法過程に照らすと,同法25条1項の対
象となる粉じんが,いおう酸化物と共存することによって健康被害を
生じる場合に限られると解することはできない。
公害補償法との関係
被告Y社は,47年改正大防法に基づく事業者の無過失責任をふまえ
て,被害者の損害賠償を保障する趣旨で同法附則3に基づき昭和48年
に制定された公害補償法(同年10月5日公布)及び昭和49年の公害
補償施行令(同年8月20日制定)において,その補償対象とされる疾
病に粉じんそのものによる被害が含まれていない(乙B1-100ない
し102)ことを,粉じんそのものによる疾病について47年改正大防
法の無過失責任の規定が適用されないことの根拠のひとつに挙げる。し
かしながら,公害補償法は,本来的には原因者と被害者との間の損害賠
償として処理されるものについて,被害者の早期救済の観点から,行政
上の制度として迅速かつ画一的に処理するため,補償対象となる申請者
の居住地域及び発症した疾病を限定し,当該申請者が実際に当該地域に
おける大気汚染により当該疾病を発症したか否かを問わず補償給付を行
うというものである。すなわち,公害補償法は,47年改正大防法25
条1項に基づく事業者の一般的な民事責任を前提としているものの,同
項に基づく無過失責任の全てを網羅するものではない。したがって,あ
る疾病又は地域が公害補償法における補償対象地域又は疾病に指定され
ていないことをもって,当該疾病又は地域が47年改正大防法25条1
項に基づく無過失責任の対象にならないと解することはできない。
ウよって,被告Y社の前記主張は,採用することができない。
2亡Aが中皮腫に罹患した原因となった石綿粉じんの排出飛散時期
前記1のとおり,被告Y社は,旧神崎工場において,昭和29年から平成
7年までの間,白石綿を,昭和32年から昭和50年までの間,青石綿を用
いて,石綿管及び石綿含有建材を製造し,少なくとも昭和29年から昭和5
0年までの間,継続的に同工場の周辺地域に石綿粉じんを排出していたこと,
そして,亡Aは,昭和29年から昭和50年3月の退職時まで,旧神崎工場
から飛散した石綿粉じんにばく露していたことが認められる。
被告Y社は,亡Aの中皮腫の原因は,47年改正大防法の施行日である昭
和47年10月1日以前に飛散した石綿粉じんであるから,同法附則(昭和
47年6月22日法律第84号)2項により,被告Y社は同法25条1項の
無過失責任を負わないと主張する。
しかしながら,継続的に石綿粉じんにばく露されていた場合に,中皮腫の
発症が特定の時期の石綿粉じんへのばく露であるとするには,明確な証拠を
もって認定すべきである。そこで検討すると,前記第2章第2節第4におけ
る中皮腫の最低潜伏期間に関する知見(ばく露量によるが,多くはばく露か
ら30年から40年以上後に発病し,最低でも10年かかるとされる。)に
照らせば,平成7(1995)年に胸膜中皮腫を発症した亡Aがその原因と
なった石綿粉じんにばく露した時期は,計算上もっとも遅い時期を想定する
と昭和60(1985)年ころであった可能性があるわけであるから,昭和
47年10月1日以降昭和50年3月の退職時までの石綿粉じんばく露が亡
Aの中皮腫の原因でないとはいえないことになる。また,上記のとおり,被
告Y社は,少なくとも昭和29年から昭和50年までの間,旧神崎工場から
周辺地域に石綿粉じんを排出していたことが認められるところ,本件の証拠
関係からは,昭和47年以降に旧神崎工場における石綿粉じんの飛散防止対
策が飛躍的に進展したと認めるに足りる証拠もない(第1節第2参照)から,
昭和47年10月1日以降の旧神崎工場の周辺地域の石綿濃度が,中皮腫発
症リスクのない程度にまで減少していたともいえない。
以上の事情に鑑みると,亡Aの中皮腫の原因が,昭和47年10月1日以
前に排出された石綿粉じんにあったと認めることはできず,他にこれを認め
る足りる証拠はない。
したがって,被告Y社の上記主張は認められない。
第2消滅時効の成否
1被告Y社は,原告X1が被告Y社に対して民法709条に基づく損害賠償請
求の訴えを提起した平成19年5月8日時点で,47年改正大防法25条1項
に基づく損害賠償請求に係る損害及び賠償義務者を知ったといえるところ,原
告X1が同法25条1項に基づく損害賠償請求権を行使するとの準備書面を提
出したのは,上記訴訟提起日から3年以上が経過した後の平成23年5月9日
であったから,原告X1の被告Y社に対する同項に基づく損害賠償請求権は,
同法25条の4による時効によって消滅したと主張する。
2しかしながら,原告X1の被告Y社に対する民法709条に基づく請求は,
被告Y社の旧神崎工場から飛散した石綿粉じんへのばく露により亡Aが中皮腫
に罹患して死亡したことについて,その賠償を求めるものであるところ,原告
X1が追加的に主張した47年改正大防法25条1項に基づく請求は,民法7
09条に基づく請求と訴訟物は異なるものの,上記不法行為と同一の行為に基
づいて発生した同一の損害の賠償を求めるものであり,その基本的な請求原因
事実を同じくし,かつ,経済的に同一の給付を目的とする関係にあるというこ
とができる。したがって,上記の民法709条に基づく損害賠償を求める訴え
の提起により,本件訴訟の係属中は,同請求と同額の範囲内で,47年改正大
防法25条1項に基づく損害賠償を求める権利行使の意思が継続的に表示され
ているものというべきであり,同項に基づく同額の損害賠償請求権につき催告
が継続していたものと解するのが相当である。そして,原告X1が,平成23
年5月11日の第21回口頭弁論期日において,上記47年改正大防法25条
1項に基づく損害賠償請求を追加したことにより,同請求権の消滅時効につき
中断の効力が確定的に生じたものというべきである(最高裁平成6年第85
7号同10年12月17日第一小法廷判決・集民190号889頁参照)。
3したがって,原告X1の被告Y社に対する47年改正大防法25条1項に基
づく損害賠償請求権が時効により消滅するとの被告Y社の主張は理由がない。
第3小括
以上の次第で,被告Y社は,亡Aの相続人である原告X1に対し,47年改正
大防法25条1項に基づき,亡Aの中皮腫による死亡に係る損害の賠償義務を負
うと認められる。
第3節争点3(石綿関連疾患に関する医学的知見)及び争点5(被告国の国賠法
1条1項に基づく責任の有無)について
以下に,石綿関連疾患に関する医学的知見の集積状況を概観した上で,被告国
の国賠法1条1項に基づく責任の有無について判断する。なお,亡Aは,昭和5
0年3月にJ社を退職しているので,同人がその時期まで石綿粉じんにばく露し
たことについて,被告国の国賠法1条1項に基づく責任の有無を検討することと
なる。
第1石綿関連疾患に関する医学的知見の集積状況及び成立時期
1石綿肺に関する医学的知見の集積状況及び成立時期
認定事実(省略)
判断
上記の認定事実によると,国内における本格的な全国的調査によって石
綿粉じんによる石綿肺の発症が確認され,また,剖検による病理組織学的な
確認等石綿に関する多角的な研究が行われたのは,昭和31年度及び昭和3
2年度の労働省の労働試験衛生研究によるものと認めるのが相当である。し
たがって,遅くとも,昭和32年度の研究報告がされた後である昭和34年
ころには,国内において,石綿粉じんばく露により石綿肺が発症するとの医
学的知見が成立したと認めるのが相当である。
2石綿のがん原性等に関する医学的知見の集積状況及び成立時期
認定事実(省略)
判断
ア石綿のがん原性に関する医学的知見の成立時期について
肺がんについて
前記の認定事実によると,海外においては,1935(昭和10)
年にリンチ・スミス報告及びグロイン報告等によって石綿肺に合併した
肺がん患者が報告された後,1939(昭和14)年から1952(昭
和27)年にかけて,ヴェドラーやミアウエザーによって,石綿肺患者
の肺がん合併率が通常より高いことが報告され,1955(昭和30)
年のドール報告において,石綿工場労働者に対する疫学調査の結果,肺
がんが一定の石綿労働者に特有の職業的危険であることが指摘された。
しかしながら,ドール報告は,世界で初めて,職業的な石綿ばく露と肺
がんとの関連性を疫学的に調査したものであり,その評価は,他の研究
者による以後の検証によらなければならなかった。また,ドール報告は,
肺がんの原因の一つである喫煙習慣等の他の要因の影響を考慮したもの
ではなかった。その後,1964(昭和39)年にセリコフによって石
綿労働者を対象とした肺がん及び中皮腫の疫学調査が行われ,石綿労働
者の肺がん及び胸膜中皮腫による死亡率は全米白人男性の約6,7倍で
あるとの結果が報告された。また,同年に開催されたニューヨーク科学
アカデミー主催の国際会議における報告及び勧告(UICCレポート)
でも,肺がんについては石綿粉じんばく露と関連があると指摘されてい
ることが報告された。その後,1967(昭和42)年のグロスらの動
物実験において,石綿の吸入実験による肺がんの所見が認められ,19
68(昭和43)年から1971(昭和46)年にかけて,セリコフら
やドールの研究によって,喫煙と石綿ばく露が肺がんリスクを相乗的に
高めることが明らかになった。そして,1972(昭和47)年のIA
RCの国際会議において,生産されている全ての種類の石綿が肺がんを
惹起しうるとの証拠が得られていることが明らかにされた。
国内においても,昭和26(1951)年ころから,石綿が肺がんを
引き起こす可能性のある物質として指摘されており,昭和34(195
9)年ころには,グロイン報告やドール報告が紹介された。また,昭和
41(1966)年にも,吉見正二によってリンチ・スミス報告,ドー
ル報告,グロイン報告,ミアウエザーの報告等が紹介され,石綿肺にお
ける肺がん発生率が一般の肺がん発生率の約10倍であることが指摘さ
れた。さらに,昭和42(1967)年には,石西伸が,海外の疫学的
研究と実験的研究を検討した結果,石綿に発がん性があることは疫学的
にも実験動物学的にも疑うことができないと指摘したが,他方で,動物
実験において気道性の石綿粉じんばく露による肺がんの発生は認められ
ていないとも指摘した。その後,昭和43(1968)年ころから,石
綿ばく露者に肺がんが好発することは間違いないと指摘されるようにな
り,昭和46(1971)年には,複数の論文において,「諸外国の研
究報告等を検討した結果,石綿の発がん性については,疫学的にも実験
腫瘍学的にみても,疑う余地はない」と指摘され,とりわけ肺がんにつ
いては,石綿との因果関係があることが明確に指摘された。また,労働
省労働基準局長も,石綿粉じんの多量吸引により肺がんを発症すること
があることが判明したことを前提に,同年1月5日付けで,石綿取扱い
事業場における局排装置の設置等の監督指導を求める通達を発出した。
以上の事実に鑑みると,国内において石綿粉じんばく露により肺がん
が発症するとの医学的知見が成立したのは,動物実験において石綿によ
る肺がん発生が認められ,また,複数の論文において石綿が肺がんの原
因であることが指摘され,労働省労働基準局長が石綿粉じんの発がん性
を前提として通達を発出した昭和46(1971)年ころであると認め
るのが相当である。
これに対し,奈良県立医科大学地域健康医学講座の車谷典男教授は,
1964(昭和39)年のニューヨーク科学アカデミー主催の国際会議
における報告及び勧告(UICCレポート)がアスベストの発がん性(肺
がんと中皮腫)の存在に関する国際的認識の到達点であるとする(甲A
37-1ないし4,甲A38-1ないし3)。しかし,同時点では,海
外でも,未だ動物実験による裏付けのない段階にあり,その後,動物実
験の結果による裏付けが得られ,国内においてもこの動物実験の結果を
も踏まえた複数の論文が発表されているのであるから,このような経過
に照らすと,1964(昭和39)年の段階でアスベストの発がん性の
存在に関する国際的認識が成立したと評価することはできないというべ
きである。
中皮腫について
前記の認定事実によると,海外においては,1960(昭和35)
年に,ワグナー論文によって,石綿,とりわけ青石綿と中皮腫との関連
性が示唆されたが,ワグナー論文は,石綿と中皮腫との関連性を示した
最初の症例研究であり,対象となった事例は33例の調査報告であり,
ワグナー論文自身が,同論文が仮説段階のもので,今後の詳細な調査を
要するものであることを指摘していた。
1963(昭和38)年から1964(昭和39)年にかけて,マン
クーソ,セリコフ及びオーエンにより,石綿労働者の中皮腫による死亡
リスクが高いことが報告され,同年のUICCレポート等でも,中皮腫
が石綿粉じんばく露と関連があると指摘された。
その後,ニューハウスらが,1965(昭和40)年,ロンドン病院
における中皮腫患者に対する疫学調査を実施し,中皮腫のリスクが石綿
の職業的又は家庭内ばく露によるものであることに疑いを挟む余地はあ
まりないと指摘した。また,同年から1967(昭和42)年にかけて,
セリコフやリーベンによる疫学調査の結果,石綿労働者の中皮腫発症率
が一般の労働者と比較して高く,また,中皮腫患者の多くに何らかの石
綿ばく露歴があることが報告された。さらに,1969(昭和44)年
にワグナー及びベリー(Berry)により,1972(昭和47)年には
Stanton及びWrenchにより,それぞれ動物実験において石綿による中皮
腫の発症が確認された。そして,IARCは,同年,アンソフィライト
以外の全ての石綿が中皮腫を引き起こすという証拠が得られていること
を明確に示した。
また,国内においても,昭和35(1960)年ころには,国内の研
究者によってワグナー論文が読まれ(甲A7),前記の認定事実のと
おり,昭和42年には,石西伸により,昭和43(1968)年には倉
恒により,昭和45年には河合及び松下や金沢により,昭和46(19
71)年には溝口により,中皮腫に関する海外の疫学的研究や動物実験
の結果が報告された。そして,昭和47(1972)年までには,複数
の論文や労働省等の委託研究報告において,石綿によって中皮腫が発症
することが指摘された。
以上の事実に鑑みると,国内において石綿粉じんばく露により中皮腫
が発症するとの医学的知見が成立したのは,国内外における複数の文献
において,疫学的調査や動物実験の結果に基づき,石綿が中皮腫の原因
であることが指摘され,IARCが石綿により中皮腫が発症することを
明示した昭和47(1972)年ころであったと認めるのが相当である。
イ近隣ばく露(石綿粉じんばく露)による中皮腫発症に関する医学的知見
の集積状況について
前記のとおり,石綿粉じんばく露により肺がんや中皮腫を発症すると
いう医学的知見は,1971(昭和46)年ないし1972(昭和47)
年には概ね成立していたと認められるのであるが,それ以前から,ワグ
ナー論文(1960〔昭和35〕年)を初め,石綿鉱山や石綿工場の周
辺住民に中皮腫が発生しているという症例報告がされていた。
しかし,1964(昭和39)年に開催されたニューヨーク科学アカ
デミーの国際会議における報告及び勧告(UICCレポート)は,石綿
工場の近隣住民の発がんリスクについては,今後調査すべきであると提
言し,また,ニューハウス論文(1965〔昭和40〕年)も,石綿鉱
山や石綿が多量に使用されている他の地域の近隣に住む住民で中皮腫発
症リスクが高まるかどうかは,さらにエビデンスが必要だと指摘してお
り,リーベンらの報告(1967〔昭和42〕年)も,石綿と中皮腫発
症の最小の線量効果関係や潜伏期間は未だ明らかではないとしていた。
さらに,IARCは,1972(昭和47)年の国際会議の成果として,
クロシドライト鉱山や数種類の石綿繊維の混合物を使用する工場の近隣
では,中皮腫と大気汚染の関連性を示すデータが得られているが,その
データはかなり古いものであると報告し,1973(昭和48)年に作
成したモノグラフ第2巻において,石綿採掘場の近隣や石綿工場直近の
周囲でも石綿粉じんへのばく露が起こっており,周辺住民で中皮腫の発
症が確認されていると指摘したが,それらの場所の石綿濃度が具体的に
どの程度かには言及しておらず,一般大気中の石綿ばく露でがんのリス
クが増加するとの証拠はないとも指摘した。
国内においても,昭和45(1970)年から昭和47(1972)
年にかけて,複数の論文において,石綿工場の周辺住民に中皮腫が発生
していることや,一般都市住民の肺から石綿小体が検出されたことが報
告され,石綿粉じんによる健康被害が,労働者だけの問題ではなく,広
く公衆衛生の問題として捉えるべきであると指摘されるようになったが,
同時に,公衆衛生学上の問題解決のためには,今後,より広範で精細な
疫学的,実験腫瘍学的研究が進められることが必要であると指摘されて
いた。そして,昭和50(1975)年までには,国内において石綿工
場の周辺住民が中皮腫に罹患したとの報告があったと認めるに足りる証
拠はない。
1976(昭和51)年以降,海外では,1977(昭和52)年の
IARCモノグラフが,中皮腫は石綿工場の近隣居住者に発症している
が,現在のところ人間にとって発がんリスクが増加しないばく露レベル
(閾値)があるのかどうかは判断できないと指摘した。また,1986
(昭和61)年のWHOクライテリアは,近隣ばく露について,石綿鉱
山や石綿工場の近隣住民の間で中皮腫の発症リスクが高くなる可能性が
あることが指摘されているが,石綿繊維に関する量反応関係を解明する
上で必要な疫学的データ及び信頼の置けるばく露データが不足している
ため,今後,そのようなデータの収集を行うことを勧告した。
国内では,「昭和54年度環境庁委託業務結果報告書大気中発がん
物質のレビュー石綿」(昭和55〔1980〕年3月発行)が,中皮
腫については石綿ばく露量が少なくても発生した症例があること,都市
大気環境中に出現しうる少量の石綿繊維と発がん性との関連を評価する
にあたって,動物実験における量反応関係への実験的接近が課題である
こと,疫学的研究において,中皮腫に関して明瞭な量反応関係が認めら
れたとの報告はなく,近隣ばく露に関しては,とくに日本においては環
境測定の面からもまた影響調査の面からも資料がほとんど皆無であり,
早急な調査開始が必要であることを指摘した。
加えて,1975(昭和50)年時点での諸外国における石綿の大気
中への排出に関する規制は,米国において,肉眼で確認できる程度の排
出が規制されるようになったにとどまり,ミクロン単位での石綿繊維の
排出規制は行われておらず,また,多くの国において青石綿又は石綿の
使用禁止措置は採られていなかった。
以上の事実からすると,石綿粉じんばく露により肺がんや中皮腫を発
症するという医学的知見が概ね成立した昭和46(1971)年ないし
昭和47(1972)年には,未だ,疫学的データやばく露データ(測
定技術を含む。)が不足しており,石綿工場又は石綿取扱い事業場(以
下「石綿工場等」という。)の周辺住民の中皮腫発症リスクが高いとの
医学的知見は成立していなかったというべきである。
また,少なくとも,亡AがJ社を退職した昭和50(1975)年3
月の時点において,海外及び国内とも,石綿工場等での石綿粉じんへの
職業ばく露について,その濃度の規制を行う段階にあったのであり,石
綿工場等以上に多様な条件(気象や地形等)を考慮する必要があり,か
つ,一般的には石綿工場等内の職業ばく露よりもさらに低濃度であると
想定される石綿工場等近隣での石綿粉じんばく露(石綿粉じんは発生源
からの距離〔または距離の二乗〕に比例してその濃度が低下するとされ
ている〔丙C13〕。)については,測定データの収集(測定方法の確
立も含め)や疫学的データの収集(健康影響調査)を始めつつあった段
階であったというべきである。したがって,昭和50年の時点において
も,石綿工場等の周辺住民の中皮腫発症リスクが高いとの医学的知見(大
気中ないし石綿工場等の近隣における石綿粉じんばく露によって中皮腫
が発症する,あるいは石綿ばく露による発がん性に閾値がないとの知見)
は成立していなかったのである。
ウ原告らは,被告国の予見可能性に関連して,ワグナー論文が発表され
た1960(昭和35)年までに,また,遅くとも,ニューヨーク科学
アカデミーの年誌(年表)が刊行された1965(昭和40)年の時点
において,少量の石綿粉じんばく露によっても被害が発生し,労働現場
にとどまらず近隣住民や労働者の家族にまで被害が広がっていたこと,
及び潜伏期間が40年と長期であることが,知見として明らかになって
いた旨主張する。
しかし,ワグナー論文は,クロシドライトと中皮腫との関連性を示唆
する最初の症例研究として貴重なものではあるものの,ワグナー自身が,
上記論文が仮説段階のもので,今後の詳細な調査を要するものであると
指摘するように,少量の石綿粉じんばく露によっても中皮腫等の健康被
害が発生するといった知見が成立するには,検証と追試を重ねなければ
ならなかったというべきであり,上記論文の発表時期に近隣ばく露によ
る中皮腫発症リスクに関する医学的知見が成立していたとはいえない。
また,なるほど,前記のとおり,セリコフやニューハウスらの症例報
告及び疫学調査が相次ぎ,1966(昭和41)年の第9回国際がん会
議でも近隣住民にも数例の中皮腫がみられたとの報告がされているが,
他方で,最小の線量効果関係や潜伏期間は未だ明らかではないとの報告
(リーベンの1967〔昭和42〕年の報告)があり,また,IARC
のモノグラフでも,一般集団が大気中や飲料水等に存在する過去のレベ
ルの石綿へのばく露でがんのリスクが増加するとの証拠はない(197
3〔昭和48年〕)とか,人間にとっての閾値はあるのかどうかは判断
できない(昭和52〔1977〕年)と指摘されていたのであり,原告
らが主張する1965(昭和40)年に,近隣ばく露による中皮腫発症
リスクに関する医学的知見が成立していたとはいえない。
したがって,原告らの前記主張は理由がない。
第2立法不作為の違法性について
1国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の
国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたと
きに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものである。
したがって,国会議員の立法行為又は立法不作為が,同項の適用上違法となる
かどうかは,国会議員の立法過程における行動が個別の国民に対して負う職務
上の法的義務に違背したかどうかの問題であって,当該立法の内容又は立法不
作為の違憲性の問題とは区別されるべきであり,仮に当該立法の内容又は立法
不作為が憲法の規定に違反するものであるとしても,そのゆえに国会議員の立
法行為又は立法不作為が直ちに違法の評価を受けるものではない。しかしなが
ら,立法の内容又は立法不作為が国民に憲法上保障されている権利を違法に侵
害するものであることが明白な場合や,国民に憲法上保障されている権利行使
の機会を確保するために所要の立法措置を執ることが必要不可欠であり,それ
が明白であるにもかかわらず,国会が正当な理由なく長期にわたってこれを怠
る場合などには,例外的に,国会議員の立法行為又は立法不作為は,国賠法1
条1項の規定の適用上,違法の評価を受けるものというべきである(最高裁平
成13年(行ツ)第82号ほか同17年9月14日大法廷判決・民集59巻7
号2087頁)。
2原告らは,被告国が,遅くとも昭和35年には,全国の石綿取扱事業場の周
辺住民の生命,健康に広範かつ甚大な被害が生じ,憲法25条で保障された健
康で文化的な最低限度の生活を営む権利が侵害されることが明白であり,その
危険を除去すべき緊急性があったことを認識し得たのであるから,同年には,
国民が石綿にばく露する状況を排除し,石綿による健康被害を防止するための
立法を行うべき義務を負っていたと主張する。
3しかしながら,前記第1節に認定・説示のとおり,亡Aの中皮腫の原因は,
昭和50年までに旧神崎工場から約200mの地点で旧神崎工場から飛散した
石綿にばく露したことによるものであるところ,前記第1の2イのとおり,
昭和50年の時点においても,石綿工場等の周辺住民の中皮腫発症リスクが高
いとの医学的知見(大気中ないし石綿工場等の近隣における石綿粉じんばく露
によって中皮腫が発症する,あるいは石綿ばく露による発がん性に閾値がない
との知見)は成立していなかったのである。
4したがって,昭和50年時点で,被告国(国会議員)にとって,旧神崎工場
の周辺住民が旧神崎工場から飛散した石綿によって肺がん又は中皮腫を発症す
るおそれがあることが明白であったとはいえず,被告国(国会議員)が,昭和
50年までに,国民が石綿にばく露する状況を排除し,石綿による健康被害を
防止するための立法を行わなかったことが,亡Aとの関係で,国賠法1条1項
の適用上違法であるということはできない。
第3規制権限不行使の違法性について
1規制権限不行使の違法性の判断枠組みについて
国又は公共団体の公務員による規制権限の不行使は,その権限を定めた法
令の趣旨,目的や,その権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,
その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められると
きは,その不行使により被害を受けた者との関係において,国賠法1条1項
の適用上違法となるものと解するのが相当である(最高裁昭和61年第1
152号平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169
頁,最高裁平成元年第1260号同7年6月23日第二小法廷判決・民集
49巻6号1600頁参照)。
なお,原告らは,①被告国の予見可能性の対象は,安全性に疑念を抱かせ
る程度の抽象的な危惧で足りる,②石綿肺,肺がん及び中皮腫は,いずれも
石綿粉じんによって引き起こされる健康被害であり,個々の疾病ごとの個別
具体的な知見の確立は必要ではなく,労働者の生命健康を害するか近隣住民
の生命健康を害するかは,人の生命健康を害するという点において一致して
いるから,職業ばく露と近隣ばく露の違いは予見可能性に影響を与えない,
③被告国の権限行使義務違反の前提となる専門的知見は当時の最新の専門的
知見が重要視されるべきであり,海外知見等の調査研究を通じて収集できる
のであれば国内での被害発生状況等に対する認識の遅れは被告国の予見可能
性を否定するものにはならないと主張する。
しかしながら,健康被害を防ぐために公務員に与えられた規制権限を行使
するには,規制の必要性と具体的な規制方法の双方についての認識可能性を
必要とするというべきであり,その前提となる情報が単に症例の集積段階,
あるいは,仮説の段階では,その規制の必要性を認識し,かつ,具体的な規
制を講ずることは困難であり,生命侵害や健康被害の原因や内容について,
医学的に知見として成立して初めて,その医学的知見に応じて,規制の必要
性を認識し,かつ,具体的な規制を講ずることが可能となるというべきであ
る。石綿粉じんのばく露による健康被害についていえば,昭和46年ないし
昭和47年当時の医学的知見(石綿粉じんばく露により肺がん又は中皮腫が
発症するとの知見)は,作業環境における職業ばく露の検討,研究を経て成
立したものであり,同知見からは,職業ばく露(高濃度ばく露)を防止する
ための規制の必要性と具体的規制方法についての認識を導くことができたと
しても,作業環境以上に多様な条件(気象や地形等)を考慮する必要があり,
かつ,一般的には職業ばく露よりもさらに低濃度であると想定される石綿工
場等の近隣での石綿粉じんばく露について,そのばく露防止のための規制を
講ずる必要性と具体的な規制方法についての認識を導くことはできないとい
わざるを得ない。そして,近隣ばく露を含む大気中の石綿粉じんばく露によ
って健康被害(中皮腫)が生ずるとの医学的知見(あるいはいかなる低濃度
でも安全とする最少の閾値はないとの知見)が成立した場合には,そもそも,
高濃度ばく露のおそれのある作業環境においては石綿粉じんの発生自体を防
ぐ,ひいては使用流通を禁止するといった規制の必要性を認識し,そのよう
な規制措置を講ずべき段階に至るのである。
以上のとおりであり,原告らの上記①から③の主張は採用することができ
ない。
2労働関係法における規制権限不行使について
旧労基法及び安衛法(以下「旧労基法等」という。)
ア原告らの主張
原告らは,被告国の公務員が以下の各規制権限を行使しなかったことが,
亡A及び亡Bとの関係で,国賠法1条1項の適用上違法となると主張する。
労働大臣が,①昭和35年時点で,旧労基法48条に基づく省令制定
権限(石綿を有害物に指定)又は同法45条に基づく省令制定権限(使
用者が講じるべき措置に関する具体的な基準〔除じん装置付きの局排装
置の設置,石綿製品加工時の原則湿潤化及び作業着の厳格管理の義務付
け〕の策定)を行使しなかったこと,②昭和40年時点で,旧労基法4
5条に基づく省令制定権限(フード外側の濃度が2㎎/㎥未満となる除
じん装置付きの局排装置の設置義務付け)を行使しなかったこと,③昭
和47年時点で,安衛法27条1項に基づく省令制定権限(使用者が講
じるべき措置に関する具体的な基準〔青石綿の管理濃度を0.2f/㎤
とすること,石綿製品加工時の原則湿潤化,作業着の厳格管理,石綿粉
じん測定結果の報告及び改善措置の義務付け〕の策定)を行使しなかっ
たこと
内閣総理大臣及び国務大臣が,昭和47年以降,安衛法55条に基づ
き,青石綿を使用等禁止有害物に指定する政令を制定しなかったこと
尼崎労働基準監督署長及び尼崎労働基準監督官(以下,まとめて「尼
崎労基署長等」という。)が,①昭和35年時点で,旧安衛則172な
いし174条に基づき,旧神崎工場内外における石綿粉じん飛散の実情
を臨検し,改善措置を命じなかったこと,②昭和46年ころから昭和5
0年ころまでの間,安衛法に基づき,旧神崎工場における旧特化則及び
特化則で定められた濃度測定実施の有無,測定結果,局排装置の性能等
を検査し,飛散防止対策の遵守を命じなかったこと
イ旧労基法等の保護対象について
原告らは,旧労基法等の規制権限は工場周辺住民の生命身体を保護する
ことをも目的としていると主張し,被告国は,工場近隣住民は労基法等の
保護対象ではないと主張するので,以下,この点について検討する。
旧労基法の目的(1条,13条),適用対象(9条,10条)及び旧
労基法42ないし44条の各規定(労働者の健康,風紀及び生命の保持
に必要な措置に係る基準の策定を政令に委任)の趣旨,並びに安衛法の
目的(1条)や規制内容(3条)等の各規定の趣旨に鑑みると,旧労基
法等は,いずれも主として労働者の労働環境を整備し,労働者の生命,
身体に対する危害を防止し,その健康を保持することを第一次的な目的
としていると解される。
他方で,旧労基法等が周辺住民の犠牲の下で労働者の安全衛生を保持
することを許容しているとは考え難く,旧安衛則174条(処理をする
以前の排気や排液の工場外への放出を禁止),旧特化則4ないし8条(一
定の除じん装置を有する局排装置の設置を義務付け)や,安衛法27条
2項(同条1項に基づく労働省令の制定に当たっては,公害その他一般
公衆の災害で,労働災害と密接に関連する者の防止に関する法令の趣旨
に反しないように配慮しなければならない)等の各規定の趣旨に鑑みれ
ば,労働者の安全衛生を保護するための措置によって工場周辺に居住す
る住民の生命,身体に対する危害が生じる場合には,周辺住民との関係
で,国賠法1条1項の適用上違法と評価される余地があるといえる(甲
C7,8)。
しかしながら,旧労基法等の規定の趣旨を上記のように解すること
ができるとしても,本件の場合,労働者の安全衛生を保護するために旧
労基法等の規制権限を行使した(措置を講じた)ことによって旧神崎工
場周辺に居住する住民の生命,身体に対する危害が生じた場合であると
はいえないから,被告国の公務員の旧労基法等に基づく上記アの各規制
権限に関し,亡Aとの関係で国賠法1条1項の適用上違法であると評価
する余地はない。
ウ予見可能性等について
前記第1のとおり,1972(昭和47)年にIARCによって石綿の
がん原性が指摘され,昭和46年又は昭和47年には国内において石綿の
がん原性に関する知見が成立したことが認められるものの,その後である
昭和50年の時点においても,石綿工場等の周辺住民の中皮腫発症リスク
が高いとの医学的知見(大気中ないし石綿工場等の近隣における石綿粉じ
んばく露によって中皮腫が発症する,あるいは石綿ばく露による発がん性
に閾値がないとの知見)は成立していなかったのである。したがって,昭
和50年以前に,労働大臣,内閣総理大臣,国務大臣又は尼崎労基署長等
が,石綿工場等から排出される石綿粉じんによって工場周辺住民が中皮腫
を発症することを予見できたとはいえない。
また,前記第1のとおり,各国(スウェーデン,欧州共同体等)におい
て青石綿の流通使用を禁止するようになったのは主に昭和50年以降であ
ったことに鑑みると,労働大臣が,旧労基法が改正される昭和47年まで
に,又は内閣総理大臣又は国務大臣が,昭和47年から昭和50年までに,
国内において直ちに青石綿の使用を全面的に禁止しなければ労働者及び工
場周辺住民の生命又は身体が害されると認識し得たとは認められない(上
記ア①,イ)。
さらに,石綿工場等の周辺住民の中皮腫発症リスクが高いとの医学的知
見が成立していなかった以上,仮に労働大臣が昭和50年までに使用者に
対して測定結果の報告や改善措置を義務づける省令を制定し(上記ア③),
又は尼崎労基署長等が旧神崎工場に対する監督権限を行使した(上記ア)
としても,旧神崎工場周辺の住民が肺がん又は中皮腫に罹患しない程度に
至るまでの飛散防止対策の遵守を命じるなどの周辺住民の低濃度ばく露を
防止する措置をとることができたとは認められない。
そうすると,仮に上記アの各規制権限が工場周辺住民の保護を目的とし
ていたとしても,労働大臣,内閣総理大臣,国務大臣又は尼崎労基署長等
が,昭和35年から昭和50年までの間に,亡Aに対して,上記アの各規
制権限を行使すべき法的義務を負っていたと認めることはできない。した
がって,被告国の上記各公務員が,昭和50年時点までに,旧労基法等に
基づく上記アの各規制権限を行使しなかったことが,亡Aとの関係で,国
賠法1条1項の適用上違法であると評価することはできない。
旧じん肺法
ア原告らは,尼崎労基署長等が,昭和35年時点で,旧じん肺法42条1
項に基づき,粉じん作業を行う事業場である旧神崎工場への立ち入り,関
係者への質問,帳簿書類の検査,粉じんの測定若しくは分析を行う権限を
行使しなかったことが,亡A及び亡Bとの関係で,国賠法1条1項の適用
上違法であると主張する。
イしかしながら,旧じん肺法は,じん肺に関し,適正な予防及び健康管理
その他必要な措置を講ずることにより,労働者の健康の保持その他福祉の
増進に寄与することを目的とし(1条),専ら粉じん作業に従事する労働
者のじん肺を予防するための措置に関して規定している(2条1項2号,
2条2項,4ないし9条,13条,21ないし23条)ことに照らせば,
旧じん肺法は,専ら,粉じん作業を行う労働者の生命,身体への危害を防
止し,その健康を確保することを目的としており,作業場周辺に居住する
住民の生命,身体に対する危害の防止を目的としたものではない。
そして,同法42条1項に基づく労働基準監督官の上記立ち入り等の権
限は,あくまで粉じん作業に従事する労働者の健康危害の防止のために行
使されるべきものである。
ウしたがって,労働基準監督官は事業場周辺の住民の健康危害の防止のた
めに行使すべき法的義務を負わず,尼崎労働基準監督官が旧神崎工場に対
して上記権限を行使しなかったことが,亡Aとの関係で,国賠法1条1項
の適用上違法であると評価することはできない。
3環境関係法における規制権限不行使について
公害対策基本法における規制権限不行使について
ア公害対策基本法9条1項は,政府は,大気の汚染等に係る環境上の条件
について,人の健康を保護し,及び生活環境を保全する上で維持されるこ
とが望ましい基準(環境基準)を定めるものとすると規定しているところ,
原告らは,内閣総理大臣及び国務大臣が,昭和42年時点又は昭和46年
時点で,同条に基づき,石綿に関する環境基準を設定しなかったことが,
亡A及び亡Bとの関係で国賠法1条1項の適用上違法であると主張する。
しかしながら,環境基準は,「人の健康を保護し,及び生活環境を保全
する上で維持することが望ましい基準」であり(同法9条1項),「政府
は,公害の防止に関する施策を総合的かつ有効適切に講ずることにより,
環境基準が確保されるように努めなければならない」と定められている(同
法9条4項)とおり,行政上の目標としての基準であって,これによって
直ちに事業者に対する石綿粉じんの排出を規制する根拠になるものではな
い。したがって,環境基準の法制上の位置づけ等に鑑みると,昭和42年
から昭和50年までの時点で,石綿に関する環境基準を設定しなかったこ
とが排出の規制権限を行使しなかったことになるという関係にはないので
あり,また,環境基準を設定することによって旧神崎工場の周辺住民の石
綿による健康被害を防止することができたとも認められない。
イ原告らは,内閣総理大臣及び国務大臣が,公害対策基本法10条1項(政
府は,公害を防止するため,事業者等の遵守すべき基準を定める等により,
大気の汚染,水質の汚濁又は土壌の汚染の原因となる物質の排出等に関す
る規制の措置を講じなければならないとの規定)に基づき,石綿取扱業者
に対して事業所外への石綿粉じんの排出禁止又は少なくとも敷地境界にお
いて大気中の石綿濃度が10f/lを超えてはならないとの排出規制を行
わなかったことが,亡A及び亡Bとの関係で,国賠法1条1項の適用上違
法であると主張する。
しかしながら,同法10条1項は,政府に対して具体的な排出規制基準
を定める権限を付与するものではなく,具体的な排出基準等の規制は,大
気汚染防止法等の法令の改正や,同法令に基づく政令等によって実施され
るものであるから(丙C4,30),内閣総理大臣及び国務大臣が,同法
10条1項に基づいて,石綿取扱い業者に対して石綿粉じんの排出禁止基
準を設定し,又は敷地境界濃度の規制基準を定める権限を有しているもの
ではない。
したがって,原告らの上記主張は,理由がない。
ウ原告らは,内閣総理大臣及び国務大臣が,石綿粉じんについて,公害対
策基本法13条(政府は,公害の状況を把握し,及び公害の防止のための
規制の措置を適正に実施するために必要な監視,測定,試験及び検査の体
制の整備に努めなければならないとの規定)に基づく権限を行使しなかっ
たことが,亡A及び亡Bとの関係で,国賠法1条1項の適用上違法である
と主張するが,同法13条も,政府に対して具体的な監視等の措置をとる
権限を付与したものではなく,具体的な公害把握や監視の措置は,大気汚
染防止法等の個別の法令によらなければならない。
したがって,原告らの上記主張も,採用の限りでない。
エ公害対策基本法19条1項は,内閣総理大臣は,同項1号又は2号のい
ずれかに該当する地域について,当該地域において実施されるべき公害の
防止に関する施策に係る計画(公害防止計画)の基本方針を示して関係都
道府県知事に対し当該計画の策定を指示するものと規定する。
原告らは,内閣総理大臣及び国務大臣が,同条に基づき,旧神崎工場周
辺地区で健康被害を生じさせないレベルでの石綿粉じん濃度を確保する施
策に係る計画の基本方針を示し,兵庫県知事に対し,同地区を含む兵庫県
内の一般大気中における石綿粉じんについての環境基準の達成を含んだ公
害防止計画の策定を指示しなかったことが,亡A及び亡Bとの関係で,国
賠法1条1項の適用上違法であると主張する。
しかしながら,同法19条に基づく内閣総理大臣の権限は,特定の地域
において実施されるべき公害防止計画の基本方針を示して,関係都道府県
知事に公害防止計画の策定を指示するというものであり(同法19条1項),
事業者による石綿粉じんの排出規制は,内閣総理大臣が指示した基本方針
あるいは関係都道府県知事が作成した公害防止計画とは別に,個別の具体
的な法令を制定し,あるいは改正すること等によって行われるものである
から,内閣総理大臣の公害防止計画の基本方針自体によって事業者による
石綿粉じんの排出規制が具体的に定まるものではない。したがって,内閣
総理大臣が公害防止計画の基本方針を示すことによって,個別の国民が石
綿粉じん濃度の確保による利益を受けることになるわけではない。
以上の次第で,内閣総理大臣が,昭和50年までに,同法19条に基づ
き,石綿に関して原告らが主張するような公害防止計画の基本方針を示さ
なかったことが,亡Aとの関係で,国賠法1条1項の適用上違法であると
はいえない。
大気汚染防止法における省令制定権限不行使等について
ア旧大防法に基づく行政指導及び情報提供の不作為について
原告らは,昭和43年に旧大防法が制定された時点で,厚生大臣は,大
気中に飛散した石綿粉じんによる生命・健康被害から国民の健康を保護し,
あわせて生活環境を保全するため,旧大防法に基づき,石綿製品製造工場
など石綿粉じんを飛散させる可能性のある事業者に対し,製造工程におい
て石綿粉じんの飛散防止のための措置や設備の設置を促す行政指導を行い,
また石綿粉じんの危険性や危険な地域・施設などについて事業主や周辺住
民に対して情報提供することによって,石綿粉じんによる公害及びそれに
よる健康被害の発生を防止する義務を負っていたと主張する。
しかしながら,前記第1のとおり,昭和43年の時点では,すでに石綿
粉じんばく露により石綿肺が発症するとの医学的知見が成立していたとは
いえ,それは,石綿を取り扱う鉱山や工場の労働者等の職業ばく露(多量
の粉じんばく露)を対象としたものであり,石綿工場等の周辺住民のがん
発症リスクが高いとの医学的知見(大気中ないし石綿工場等の近隣におけ
る石綿粉じんばく露によってがんが発症する,あるいは石綿ばく露による
発がん性に閾値がないとの知見)は成立してはいなかったのであるから,
厚生大臣が,同時点で,石綿工場等の周辺住民が肺がんや中皮腫に罹患す
る危険性が存在することを認識し得たとは認められない。したがって,厚
生大臣が,上記の認識のもとに,石綿工場等の周辺住民が肺がんや中皮腫
に罹患する危険を避けるための行政指導や情報提供をしなかったことが,
旧神崎工場の近隣にある勤務地(J社)に勤務し中皮腫に罹患した亡Aと
の関係において,国賠法1条1項の適用上違法であるということはできな
い。
イ45年改正大防法に基づく政令・省令制定権限不行使について
45年改正大防法は,新たに「粉じん」を規制対象物質に追加し(同
法2条4項),同法18条の規制の対象となる粉じん発生施設を政令で
定めるものとした(同法2条5項)ところ,原告らは,内閣が,昭和4
5年の同法施行後直ちに,又は遅くとも昭和46年の旧特化則施行後速
やかに,政令により石綿製品製造工場若しくは石綿の解繊機,混合機,
加工機など石綿粉じんを発生させる施設(石綿工場等)を粉じん発生施
設と定めるべきであったと主張する。
亡Aとの関係で,同人がJ社を退職した昭和50年3月までのばく露
期間についてみると,前記第1のとおり,海外における症例報告等にお
いて石綿工場等の周辺住民に中皮腫を発症している例が報告されていた
ものの,昭和50年の時点においても,石綿工場等の周辺住民の中皮腫
発症リスクが高いとの医学的知見(大気中ないし石綿工場等の近隣にお
ける石綿粉じんばく露によって中皮腫が発症する,あるいは石綿ばく露
による発がん性に閾値がないとの知見)が成立していたとは認められず,
また,国内において,石綿工場等から飛散した石綿粉じんによって周辺
住民が肺がんや中皮腫を発症したとの報告があったと認めるに足りる証
拠はないのであり,これらの事実に鑑みると,昭和50年3月までに,
内閣において,政令により石綿工場等を粉じん発生施設と定めて45年
改正大防法の規制対象としなければ,工場周辺住民に中皮腫発症のおそ
れがあると認識し得たとは認められない。
したがって,内閣が,昭和45年から昭和50年までの間に,石綿工
場等を45年改正大防法上の粉じん発生施設と定める政令を制定しなか
ったことが,亡Aとの関係で,国賠法1条1項の適用上違法であるとい
うことはできない。
そして,環境庁が設置された昭和47年以降,環境庁において,「ア
スベストの生体影響に関する研究報告」(丙C5。海外文献の収集),
「人肺の病理組織学的研究」(丙C6)といった調査を委託し,また,
昭和50年度からは,一般大気環境中の石綿測定法の検討を開始してい
るのであり(丙C7),45年改正大防法に基づく規制権限について,
他にこれを怠ったと認めるに足りる証拠はない。
4毒劇法における規制権限不行使等について
原告らは,石綿は毒劇法上の「劇物」に該当し,内閣が,昭和35年以降,
政令で石綿を「劇物」と定めて,石綿粉じんによる健康被害を抑止するために,
毒劇法上の規制措置を講じることを怠った旨主張する。
しかしながら,毒劇法の制定の経緯及び毒劇法の規定内容からすると,毒劇
法は,急激な毒性作用を有する化学物質の適正な管理による保健衛生の確保及
び同作用に起因する健康被害の防止等を目的とした法律と解すべきであり,毒
劇法にいう「毒物及び劇物」は,急性毒性を発現する物質を予定しているとい
うべきである。そして,石綿は,急性毒性を発現する物質とは認められないか
ら,石綿を「劇物」と定めて毒劇法の規制の対象とすることはできない。
したがって,毒劇法上,内閣に政令によって石綿を毒劇法上の「劇物」と定
める義務があったと認めることはできず,原告らの上記主張は理由がない。
5被告Y社を介した損害発生の予見可能性について
原告らは,被告国が,昭和35年当時に,被告Y社を介して旧神崎工場周辺
住民等に健康影響を及ぼすことを予見できた旨主張するが,すでに検討したと
おり,そのような予見可能性があったとは認められない。
第5小括
以上の次第で,原告X1の被告国に対する国賠法1条1項に基づく請求はいず
れも理由がない(なお,亡Bについては,中皮腫発症の原因が旧神崎工場から排
出飛散した石綿粉じんによると認めることはできないので,原告X2らの被告国
に対する請求は理由がない。)。
第4節争点6(損害)について
被告Y社の原告X1に対する損害賠償額は,以下のとおりと認められる。
第1治療費・入院雑費30万9110円
(省略)
第2逸失利益734万2427円
(省略)
第3葬儀費用150万円
(省略)
第4慰謝料亡A2200万円
原告X1280万円
(省略)
第5損益相殺
(省略)
したがって,原告X1固有の慰謝料は填補済みであると認められる。また,葬
儀費用は,上記150万円から19万9000円が控除され,残額は130万1
000円となる。
第6弁護士費用300万円
(省略)
第7小括
以上の次第で,亡Aの被告Y社に対する損害賠償請求権の額は,合計3195
万2537円と認められる。そして,原告X1は,亡Aの被告Y社に対する上記
請求権を承継した(前提事実)。
第4章結論
以上のとおり,原告X1の請求は,被告Y社に対し,大気汚染防止法25条1
項に基づき損害賠償金3195万2537円及びこれに対する訴状送達の日の翌
日である平成19年6月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,被告Y社に対するその
余の請求及び被告国に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし,
原告X2らの被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし,
主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第5民事部
裁判長裁判官小西義博
裁判官川原田貴弘
裁判官内藤智子

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