弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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第3 判断
1 証拠(甲第1ないし第3号証,第5号証の1,2,第9,第10号証,乙第
1号証の1ないし5,第4号証の1,2,第5号証の1ないし7,第8,第9号
証,B証人,原,被告各本人)により次の事実を認める。
(1) 被相続人であるAは,多くの土地を所有し農業のほか会社(株式会社二
三)を設立して不動産賃貸業を営み,被告は同社の顧問税理士として,A,原告,
B(Aの養子でもある。)らの個人の所得税申告をも担当してきたものである。
Aは,所有土地のうち本件農地が資産的に大きな部分を占めており,農協
を通じた説明会で生産緑地と本件制度の関係もおぼろげな知識を有し,平成4年の
生産緑地の予備調査の際,用紙に生産緑地地区の申請をする意思を有する旨の欄に
丸印をつけて提出したことが申請をしたものと誤解していた。しかし,Aは,平成
5年の春ころ病院を退院したとき,本件農地の周辺には生産緑地地区の指定を受け
た旨の標識が設置されているのに,本件農地にはその設置がないことから,正式な
申請をしたことになっていないことに気付いて,Bをして平成5年5月28日(死
亡する約20日前)京都市長に対し申請をさせた。
(2) Aの相続税申告手続は当然のごとく被告に委任することになったが,原
   告とB夫婦(以下,二人を指すときは「原告夫婦」という。)にとっては,
不動産は相続しても現金が十分でないことから,本件制度の適用を申請することは
もちろん,その余の納税額の大半も延納申請をすることを前提に被告に相談し,本
件制度の適用申請については,前記経過で相続開始時には生産緑地地区の指定申請
は行われているが(指定申請書も持参している。),指定は相続開始後である平成
5年12月の見込みであることを説明し,それでも本件制度の適用が受けられるか
否かを相談したところ,被告は,Aの死亡前に申請を行っている場合は,死亡後に
指定がなされても適用があるとの前提で「私が通します。」と応答し,法定申告期
限である平成6年1月18日までに至急生産緑地証明とA,原告の適格者証明を持
参するように指示し
た。
(3) 原告夫婦は,生産緑地証明については指定・告示の直後に京都市長から交
   付を受けて被告に届けたが,適格者証明については京都市山科区農業委員会
(以下「農業委員会」とのみいう。)から拒否された。被相続人Aは農業を営み,
原告も農業相続人として,いずれも租税特別措置法70条の6の実体規定には該当
する適格者でありながら拒絶されたのは,適格者証明が「本件制度の適用を受ける
ための適格者証明」であるのに,本件農地については,Aの相続開始時に生産緑地
地区の指定の申請がなされているだけで指定そのものがなく,原告については本件
制度の適用が受けられないのに,適用を前提とした適格者証明を発行する理由がな
いというのが農業委員会の見解であったからである。
Bは,農業委員会の上記見解が本件制度の適用があるとする被告の見解に
反することから,その後も適格者証明の発行を得べく農業委員会に種々の働きかけ
をしたが,相続税申告期限までにこれを得ることができないため,被告は,適格者
証明は実体要件の証明資料にすぎないことから,後日,これを東山税務署(以下
「税務署」という。)に提出することとして,適格者証明の添付をしないまま申告
手続を行い,税務署からは早急に適格者証明を提出するように促された。
(4) かくて,原告夫婦と農業委員会との間には適格証明の交付を巡る交渉が長
   期間続くことになったが,この間にも,平成6年2月9日ころ,税務署の担
当者から被告に対し適格者証明の提出が促され,農業委員会の委員から税務署の担
当者に対しては「生産緑地証明がないのに,適格者証明を交付しても良いのか」と
の問い合わせがあった。
原告夫婦は,その後も被告から税務署からも提出を指示されているとやん
やの催促があったことから,有力者を頼りに農業委員会に日参し,ようやくにして
適格者証明について会議を開いてもらうところまでこぎ着けたことから,平成6年
11月10日,被告に対し,「農業委員会が明日会議に掛けるが,同委員会は,適
格者証明を出せば,税務署が本当に納税猶予を認める姿勢であるのかに疑問を持っ
ているので,被告の担当者からでもよいから委員会に電話をして受けられる旨を伝
えて欲しい」と電話した。
そして,原告は同月15日に農業委員会から適格者証明を受け,同月21
日京都市長から再度生産緑地証明を受け,Bがこれらを被告の手元に届けた。被告
は,これを非常に喜び「これでうまくいくわ」としてBと握手を交わし,自らこれ
ら書類を税務署に届けた。
(5) 原告は,以上をもって本件制度の適用が受けられたものと考え,被告から
   の連絡もなかったところ,翌平成7年6月27日,被告から突然Bの携帯電
話に「何度も税務署と詰めたが,本件制度の適用が受けられなかったので,すぐに
当該本税3200万円余りを納付するよう」との連絡を受けた。そこで事態に驚い
たBが税務署に赴いて理由を質し,初めて本件制度の適用を受けるには,生産緑地
の指定が相続開始前になされている必要があることを教示され,その後,他の税理
士,弁護士にも相談して税務署の見解を否定することができないことを知った。
(6) 原告は,平成8年3月13日,別の税理士に依頼して修正申告をしたが,
   銀行借入により延滞税を支払ったのは,平成8年3月15日であった。
2 被告は,上記認定事実と異なり,本件のような結果,すなわち,原告が,B
を通じて被告から,相続開始前に生産緑地地区に指定されていない限り,本件制度
の適用を受けられない旨の説明を十分にしてあるのに,原告夫婦がAの相続開始前
に遡及した日付の証明書を取ると頑張った旨主張し,被告本人尋問の結果中には,
「原告夫婦が,すでに平成4年に指定申請しているのにAの相続開始時までに指定
されなかったのは京都市の落ち度であるから,政治家を利用して日時をAの相続開
始前に遡及した生産緑地証明を取ると固執し,同時に申告期限の問題もあるのでと
りあえず特例制度の適用を前提として申告して欲しいと依頼された。申告後にも納
期限を2ヶ月経過すれば,延滞税の税率が倍になるので,生産緑地証明がとれない
なら修正申告をする
よう口を酸っぱくして説得したのに,すぐにでも取れると頑張っていた。」旨を述
べる部分があるが,1の認定をした理由は以下のとおりである。
(1) 第1に,被告本人尋問の結果をそのまま採用すれば,原告夫婦は,被告と
   の間に本件委任契約を締結した平成5年11月から,Bが直接税務署に確認
に出かけて,本件農地が本件制度の適用対象とならない旨の引導を渡された平成7
年6月ころまで約1年半の間にわたり,税理士の忠告を無視して,無理難題を通す
ために,しかも毎日のように延滞税がふくらんでいくのもかまわず,事実と異なる
生産緑地証明の取得に時間を費やしてきたことになる。しかし,原告らが,京都市
長が権限を有する内容虚偽の公文書の取得に奔走してきたなどというような事実を
認めるに足る証拠は,本件全証拠を検討しても発見できない。前掲証拠によれば,
まさしく,この間,原告らが相当の時間を掛け,有力者のコネを頼りに動いたのは
「適格者証明」の取得問題であって「生産緑地証明」の取得でなかったことは歴然
としている。実際に
も,証拠(弁論の全趣旨)によっても,原告らには,京都市長から内容虚偽の証明
を取得するような立場にもないし,そのような政治力もないことが認められるし,
実際にも,京都市長が,行政処分が存在しないのに処分があったことを前提とする
虚偽証明を交付するなどのことは容易に考えられない。そして,原告が,上記1年
半にもわたり,適格者証明の取得に固執したのは,考えてみれば誠に無理からぬ行
動であって,それ自体,原告が強引であるなどという性格把握の資料とはなしえな
い。けだし,当時の原告の立場に立てば,原告もAも実体法的には,適格者の要件
を満たしているのに,農業委員会がただに専門家である税理士と意見を異にすると
の立場だけで本来交付されるべき「適格者証明」の交付を拒み,原告らがそれさえ
交付を受ければ,多
額の相続税の納税猶予制度の適用が受けられる立場になるからである。
(2)第2に,乙第4号証の1,2は被告の事務所で使用していた原告用の記
録,第5号証の1ないし4は被告事務所で使用していた被告と職員の電話連絡帳で
あり,これらは,その内容や体裁からして全体的には,真実,被告の事務所で日常
事務の処理過程でごく自然に記載されたものであることを疑うに足る証拠はないだ
けに,その記載内容が反証として持つ意味は大きいことから,これについて,被告
の陳述書である乙第6号証と被告本人尋問の結果による証拠説明としての内容を加
味検討しても,前記認定を覆すに足るものとはいえない。
① 乙第4号証の2には,被告に代わって相続税の申告書を税務署に提出し
    た事務員Dの筆跡で,申告書提出当日の税務署からの指示事項として「許
可通知まだ,出して欲しい」との指示を受けた旨が記載されている。しかし,前記
認定の一連の流れからすれば,ここにいう「許可通知」が「生産緑地証明書」を指
すものではなく,「適格者証明」を指すと考えるのが合理的である。現に,甲第5
号証の2の平成6年2月9日欄(申告後)には,被告事務所が本件の相続税の申告
(納税猶予)に関して,税務署から必要書類として指示された書類が5項目にわた
り記載されているが,「生産緑地証明」の記載はなく(少なくとも,原告が平成5
年12月に指定・告示された生産緑地証明の交付を同月と平成6年11月25日の
二度にわたり受け,そのころこれを被告に届けたことは,乙第9号証,B証言,原
告本人尋問の結果に
より十分に認めることができる。),かえって,不足書類として記載されているの
は「適格者証明書」である。
 ② 同じく乙第5号証の2の平成6年2月9日欄には,本来の記載欄の枠を
    超えて「農業委員会の委員から税務署の担当者に連絡があった」旨,同じ
く本来の記載欄からはみ出した被告の筆跡で「生産申請のみ,決定ない,だめ無
理,C(原告)にいう」との記載,同じく同日欄には,被告の筆跡で原告らに電話
して事情を聴いた結果として「アンケートに○をつけて出した,生産緑地,12月
官報ダメ,死亡後許可,おじいさんは送ったと申しますが,今年生緑のくいが立っ
てて,まわりも生産緑地だからOKである」旨,乙第5号証の4の平成6年9月8
日欄には税務署の担当者からの電話の内容として「A様,相続税納税猶予の件であ
すTELください,早く説得して。CよりTELする」旨の記載が,同号証の5の
同年9月14日欄には「(C様の件)E部長(被告従業員)にTELしてもらいま
して本日8F(被告の
自宅)に電話入る予定です」旨,同号証の6の同年10月21日欄には税務署担当
者から被告への伝言として「C様,相続の納税についてご本人からTELいただけ
ると先生(被告)から聞いていたが,1ヶ月しても連絡がないので」旨,そして,
同号証の7の同年11月10日欄には,原告らから被告への伝言として「農業委員
会の方の好意で,11月11日の会議にかけていただけるとの事です。ただ,農業
委員会の方は,税務署はその証明を出せば納税猶予を認めるという前向きな姿勢が
あるかをききたいとの事。Cさん(原告)は,F(被告の従業員)でも良いので,
農業委員の人にTELして,そういう事を言ってほしいといわれています」との記
載のある付箋が貼られ,その欄外に「ダメ」と記載されている。
上記のような記載内容からしてみれば,被告の主張,すなわち「本件委
任契約締結当時から,本件農地については本件制度の適用対象ではないと説明して
ある」との主張とは異なるにせよ,被告も平成6年2月9日には相続開始後の生産
緑地地区指定では本件制度の適用外であることを認識し,これを原告に説明してい
たようにも受け取れないではない。しかし,かく解するについては,被告の次の行
動は明らかに矛盾するものである。すなわち,原告が相続税の申告後,約10ヶ月
間を掛けて渋る農業委員会を動かしてやっと取得した「適格者証明書」,原告が改
めて交付を受けた「生産緑地証明書」を届けられ,これを税務署に提出している事
実である。被告の主張によれば,前年の11月から原告には本件制度の適用外であ
ることを説明し,申告
後には,延滞税の賦課のあることまで説明して,税務署から示唆されたように修正
申告を説得してきたのに原告が耳を傾けなかったというのであるが,もしそのよう
な事情があるとすれば,この段になって原告の持参した書面,なかんずく意味のな
い生産緑地証明を唯々諾々と税務署に提出するなどの行動は,およそ税務の専門家
として採り得なかったはずである(被告は,その本人尋問において,この間の事情
を「無意味な書面だが,出してきてくれといわれたので出した」と述べるが容易に
採用できず,また,仮に,原告に修正申告を勧めた経過があるとすれば,それはひ
とえに,申告後,原告が「適格者証明」を取得できることが危ぶまれた結果であっ
たと考えるほかない。)。
3 本件委任契約が,被告主張のような原告が後日生産緑地証明を取得すること
を前提として,いわば条件付きで本件制度の適用を申請するものではなく,無条件
で適用申請をする内容であったことは原告主張のとおりであり,この場合,委任契
約を締結して税務申告を代行する税理士の負担すべき善管注意義務の内容も原告主
張のとおり,さらに,被告がこの注意義務に反して原告に損害を与えたことも原告
主張のとおりであるから,原告主張の①延滞税986万350
  円,②被告に支払った報酬333万7200円の損害について検討する。
  (1) ①について
    証拠(甲第8号証)によれば,原告は,本件制度の適用を受けられないこ
とが確実となったが現金の余裕がないため,そのころから京都共栄銀行に納税資金
の借入を申し入れたものの,平成8年2月2日,京都共栄銀行から融資を受け,納
税猶予を受ける心算であった本税3266万4100円と延滞税986万3500
円を支払ったこと,融資の担保として,原告ら所有物件ほか子供である未成年者ら
所有の物件をも供する必要があり,このため,家庭裁判所における特別代理人選任
手続等を要したため,融資実行,ひいては延滞税の納付が遅れたことが認められ,
延滞税986万3500円の支払いはすべて被告の債務不履行と相当因果関係を肯
定すべき損害というべきである。
  (2) ②について
    原告は,本件委任契約を解除していないから,被告に支払った報酬は同契
約に基づき被告が取得したもので,①の損害を賠償すべきことは別論として,②の
報酬を原告に返還する理由はないというべきである。しかし,原告は,
   本件委任契約の解除による損害賠償を請求するのではなく,被告の債務不履
行により,他の税理士に委任して再度(修正)申告を余儀なくされた損害を主張す
るものと解され,それはすなわち,本件委任契約上の事務処理相当の損害の賠償を
請求するのにほかならない。
    そして,相続税の申告事務は,取得価格を評価し,債務額を確定するなど
の作業に立脚し,これに相続税法等の諸法規を適用してなされるべき事務であると
ころ,証拠(甲第1,第2号証,乙第8号証,被告本人)によれば,被告は,Aの
遺産の評価に当たり,単に路線価や固定資産税評価額を基礎として使用したのでは
なく,現地に赴き,不動産鑑定士としての専門的知識を駆使して評価を行い,その
評価は,後の修正申告にも一部取り入れられている事実が認められるから,当該部
分の事務の履行についてはすべてについて債務不履行があったとまでは断じ難い。
    しかして,本件委任契約の報酬は,このような内訳を明確にして決定され
たものでないことは証拠(甲第6号証)により明らかであるが,報酬額自体は本来
可分の計算が可能であり,しかも損害の性質上その額の立証は極めて困難であるか
ら,相続税申告事務の性質その他諸般の事情を考慮し,民訴法248条を適用し,
100万円をもって損害と認定すべきである。
 4 以上のとおりであってみれば,原告の本訴請求は主文1項の限度で理由があ
るから認容するが,その余の請求を棄却することとする。
京都地方裁判所第4民事部
裁 判 官渡 邉 安 一

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