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平成13年(ワ)第13678号特許権移転登録請求事件
口頭弁論終結日 平成14年4月17日
            判      決
   原      告     X
訴訟代理人弁護士安 江 邦 治
訴訟復代理人弁護士杉 本 進 介
補佐人弁理士  羽 切 正 治
        被      告     有限会社プティ,ボア
       (特許出願書類上の名称)  有限会社プティ・ボア
訴訟代理人弁護士栄 枝 明 典
同        中 西 紀 子
訴訟復代理人弁護士米 村 俊 彦
補佐人弁理士  松 浦 恵 治
  主      文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
  事実及び理由
第1 請求
 被告は,原告に対し,別紙特許権目録記載の特許権(以下「本件特許権」とい
い,その発明を「本件特許発明」という。)の移転登録手続をせよ。
第2 事案の概要
 本件は,原告が,本件特許権の特許権者として設定登録されている被告に対
し,本件特許発明の発明者は原告であり,被告は冒認出願をして本件特許権を得た
ものであるとして,本件特許権の移転登録手続を求めた事案である。
1 争いのない事実等
(1) 訴外Yは,平成10年1月24日,原告に対し,乳癌等で乳房を切除した
女性が補整用に用いるブラジャーの製作を依頼した(以下「本件依頼」とい
う。)。
(2) 原告は,左右の乳房を別個に保護,補整する左右分離型のブラジャーを左
右一対として組み合わせたブラジャーの試作品を縫製し,同年3月中旬ころ,これ
をYに送付した(以下,原告がYに送付したブラジャーの試作品を「本件試作品」と
いう。)。
(3) 本件特許権の出願経過は,次のとおりである。
ア 被告は,平成10年4月22日,別紙出願目録記載1の特許出願をした
(以下「当初出願」といい,その特許請求の範囲記載の発明を「当初出願発明」と
いう。)。
イ 被告は,平成11年1月27日,当初出願に基づき,国内優先権主張を
伴う別紙出願目録記載2の特許出願をした(以下「国内優先権出願」という。)。
当初出願は,特許法42条1項により平成11年7月22日に取り下げたものとみ
なされた。
ウ 特許庁審査官は,平成11年10月5日,国内優先権出願につき,拒絶
理由通知書を発した(甲5)。これに対して,被告は,平成11年12月6日,国
内優先権出願につき,手続補正書を提出し,国内優先権出願の特許請求の範囲を本
件特許権の特許請求の範囲のとおりに補正するなどした(甲5)。特許庁審査官
は,平成12年2月22日,国内優先権出願につき,特許査定をした。平成12年
3月24日,被告を特許権者として本件特許権の設定の登録がされた。
(4) 原告は,平成11年9月20日,当初出願発明の発明者は原告であるとし
て,被告,訴外K及びYに対し,当初出願発明につき特許を受ける権利の確認を求め
る訴訟を東京地方裁判所に提起した(東京地方裁判所平成11年(ワ)第20878
号)。同裁判所は,平成13年1月31日,当初出願に係る発明者が原告であるこ
とを認定したが,国内優先権出願に係る特許の設定登録がされたことによって,原
告の特許を受ける権利は消滅したとして,特許を受ける権利の確認の利益がないと
判示して,当該訴えを却下する旨の判決を言い渡し,同判決は確定した。
2 争点と当事者の主張
(1) 本件特許発明は,原告により発明されたか。
(原告の主張)
ア 原告は,服飾デザイナーの職にある。原告は,平成10年1月24日,Y
から,乳癌で乳房を切除した女性のため,健常側の乳房用のカップ部分のみを外す
ことができるブラジャーの発明に関して協力を依頼された。原告は,本件依頼を受
けた後,いろいろと工夫を重ねたが,同年2月20日ころ,左右別々に着脱できる
型のブラジャーを着想し,試行錯誤を繰り返して,同年3月中旬ころ,発明を完成
し,本件試作品を縫製した上で,Yに送付した。被告は,原告が発明し縫製した本件
試作品どおりに図面及び明細書を作成し,当初出願手続を行った。
 原告は,本件依頼を受けた後の同年2月12日,Yから,図面をファック
スにより受け取ったことがある。しかし,同図面には,健常側の「カップ部及び肩
紐部」のみを「本体バンド部分」から取り外すことができる構成が示され,本件発
明とは相違する。もとより,原告は,被告Yから,単に縫製のみを依頼されたのでは
ない。
 当初出願発明は,本件試作品に示された発明と同一である。
イ なお,本件特許発明は補正を経たものである。当初出願発明と本件特許
発明の各特許請求の範囲記載の請求項1を分説して対比すると,別紙対比表のとお
りであるが,両者は,次のとおり,実質的に同一である。
(ア) 構成要件(1)は,当初出願発明において「左右で独立する一対のセパ
レート部が組み合わされて成るブラジャー」としているのを,本件特許発明におい
ては,当初出願発明の「セパレート部」を「ブラジャー」と置き換えただけであ
り,その構成は,両発明において実質的に同一である。
(イ) 構成要件(2)は,当初出願発明においては,(ⅰ)及び(ⅱ)のように,
「右側のセパレート部(10)」と「左側のセパレート部(20)」とに分けて各構成を記
載しているのに対し,本件特許発明では,当初出願発明の「セパレート部」を「ブ
ラジャー」と置き換えた上で,左右の「ブラジャー」を一緒にして「前記各々のブ
ラジャー(10,20)」として,その構成を述べている点に相違はあるが,その内容にお
いて,両発明に実質的相違はない。
 すなわち,当初出願発明の各セパレート部(10,20)及び本件特許発明の
左右のブラジャーは,共にその構成において全く同一の①及び③の構成を有する。
また,当初出願発明において,②は,「該カップ部(11,21)を胸位置で脱着可能に支
持するバンド部(12,22)」となっているのに対し,本件特許発明の②は,「該カップ
部(11,21)の下部に接続し,胸のまわりに一周して装着するバンド部(12,22)」とな
っており,両者には文言的に若干の相違がある。しかし,当初出願発明におけるバ
ンド部(12,22)はいずれも,「カップ部(11,21)の下部に接続」され,また,バンド
部(12,22)は「胸のまわりに一周して装着」されるようになっている。
 さらに,本件特許発明のバンド部(12,22)は「胸位置で脱着可能」と
なっているのであるから,結局のところ,②の構成において,当初出願発明と本件
特許発明は何ら異なるところがない。
ウ したがって,本件特許発明は,原告によって発明された。
(被告の反論)
ア 本件特許発明の発明者は,K及びYである。
 Kは,平成9年夏ころ,乳ガン手術後の苦しみを解消するため,自ら使用
していた2枚の下着をはさみで切り取る方法により,検乙1のブラジャーを製作し
た。検乙1は,本件特許発明に係るブラジャーの原型品である。その後,K及び
Yは,上記ブラジャーを製品化するため試行錯誤を重ねて改良を加え,平成9年冬こ
ろ,本件特許発明を完成させた。
 Yは,原告に対し,平成10年1月24日,本件特許発明の内容を詳細に
説明した上,特許出願手続と商品化のための見本を縫製してほしいと依頼し,原告
は,これを承諾した。本件依頼は,このような趣旨でされたものである。
 したがって,本件試作品は,原告がYからの本件依頼に基づき縫製した見
本にすぎないから,原告が本件試作品を製作したことをもって本件特許発明の発明
者であるということはできない。
イ 仮に,原告が本件試作品を製作したことが当初出願発明を完成させる行
為であると認められるならば,当初出願発明は,K及びYと原告とが共同で発明した
ものである。
 Yは,本件依頼をした後,原告に対し,平成10年2月12日,ファクシ
ミリにより図面(甲1)を送信したが,この図面にはカシュクール風のブラジャー
が記載されている。このカシュクール風のブラジャーと当初出願発明はデザイン等
の違いがあるので,仮にこれが別の発明と評価されるとしても,両者は重要な部分
が同一である。
 そうすると,原告は,Yから発明の重要な部分の開示を受けて当初出願発
明を完成したことになるから,当初出願発明は原告とK及びYとが共同で発明したも
のである。したがって,本件特許発明もまた,原告とK及びYとが共同で発明したも
のということになる。
(2) 原告は被告に対して,本件特許発明の発明者が原告であることを理由とし
て,本件特許権についての移転登録手続請求権を有するか。
(原告の主張)
ア 特許を受ける権利の共有者として自ら特許出願をしていた権利者の出願
人名義を,譲渡証書を偽造するなどして自己に変更し,特許権の持分の設定登録を
受けた冒認者に対し,権利者が当該特許権の持分の移転登録手続を請求した事件に
おいて,最高裁平成13年6月12日第三小法廷判決(以下「平成13年最高裁判
決」という。甲9)は,権利者からの移転登録手続請求を認容した。
 本件事案は,以下のとおり,平成13年最高裁判決が前提とした事実経
緯と同じであり,同判決の射程に入るものであるから,同判決の法理に基づき,原
告は,本件特許権の移転登録手続請求権を有するというべきである。
 すなわち,
(ア) 前記のとおり,本件特許発明の発明者である原告は,本件特許発明
につき特許を受けるべき真の権利者であり,被告は,特許を受ける権利を有しない
無権利者である。
(イ) 原告は,被告の冒認出願を理由に,本件特許について特許無効の審
判を請求することはできるが,特許無効の審決を得て本件特許発明につき改めて特
許出願をしたとしても,平成11年5月ころの新聞記事により本件特許発明は既に
公知となっているから原告の特許出願は拒絶され,原告が特許権者となることはで
きない。また,原告は,特許を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為
に基づく損害賠償を請求する余地はあるが,これによって本件特許発明につき特許
権の設定の登録を受けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい
難い。
(ウ) 原告は,被告による国内優先権出願の事実を知ることができなかっ
たため,被告,K及びYに対し,原告が当初出願発明につき特許を受ける権利を有す
ることの確認訴訟を提起したが,同訴訟の係属中に本件特許権の設定登録がされた
ため,訴えは却下された。そのため原告は,やむなく本件特許権の移転登録手続を
求めて本訴を提起したのであるから,本件訴訟は上記特許を受ける権利の確認訴訟
の延長線上にあり,かつ同訴訟と一体をなすものである。
(エ) 本件においては,本件特許発明が新規性,進歩性等の要件を備えて
いることは当事者間に争いがなく,専ら権利の帰属についてのみ争いがあるにすぎ
ないところ,特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有してい
なくても判断し得る事項であるから,裁判所においてその帰属に関する判断をした
としても,行政庁の第一次的判断権を損なうことはない。
(オ) 本件特許権の成立及び維持に要する費用の負担については,原告が
必要額を被告の求めに応じて被告に償還すれば足りる。
(カ) 本件は,当初から被告が単独で冒認出願をしたものであるのに対
し,平成13年最高裁判決の事案は,無権利者が譲渡証書を偽造するなどして正当
権利者である共同出願人の出願人名義を自己に変更し,特許権の持分の設定登録を
受けたというものであり,この点において,本件事案と平成13年最高裁判決の事
案は異なる。しかし,原告は,本件特許発明の開発行為に着手する時点で既にYとの
間で本件特許発明につき共同出願をすることを約束しており,Yはこの約束に違反し
て,原告に無断で被告を出願人とする当初出願及び国内優先権出願をしたのであ
る。いわば,原告は,本件特許発明につき特許を受ける権利の持分2分の1を有し
ていたところ,Yが原告に無断で原告の上記持分を被告に譲渡し,被告を単独出願人
としたのである。したがって,本件は,その実体を見る限り,平成13年最高裁判
決の事案と何ら異なるところはない。
イ 以上から明らかなとおり,本件は,冒認出願により特許権を取得した被
告の行為によって,真の権利者である原告が,無効審判請求及び不法行為に基づく
損害賠償請求によっては自らの利益を十分に回復し得ない事案であり,平成13年
最高裁判決が想定し言及した事案に該当するものというべきである。
(被告の反論)
ア 特許法は,冒認出願に対する真の権利者の救済のために,新規性や先願
主義の例外規定(特許法30条2項,39条6項)を設けて一定の保護を図ってい
るが,冒認出願自体は拒絶理由及び無効理由とし,真の権利者に対し,冒認出願に
つき設定登録がされた特許権の返還請求権を認める規定を置いていない。すなわ
ち,特許法は,真の発明者といえども,冒認出願に対して対応が遅れた場合には保
護すべきでないと考えているのである。特許権は,特許庁の審査を経て特許査定及
び設定の登録という行政処分により発生する権利であり,特許を受ける権利よりも
はるかに強力で価値の高い権利であり,特許を受ける権利とは性質の異なる権利で
ある。さらに,冒認出願は,拒絶理由及び無効理由とされているから,出願人が真
の権利者であるかどうかにつき特許庁が第一次的に判断をするというのが特許法の
建前である。したがって,裁判所が特許庁の無効審判手続によることなしに真の権
利者から冒認者に対する特許権の移転登録手続請求を認めるとすれば,それは,裁
判所が,冒認者に対してされた行政処分を無効にし,真の権利者のために同一内容
の特許権の設定処分をし,特許庁にその旨の登録を命ずることを肯定するのと同一
の結果になる。
 以上のような理由から,冒認出願につき特許権が設定登録された後は,
真の権利者から冒認者に対する当該特許権の移転登録手続請求は認められないとす
るのが通説判例である。
イ 平成13年最高裁判決は,上記の通説判例を前提とした上で,限られた
事例について例外的な扱いを認めたものであると解すべきである。本件は,以下の
とおり,そのような例外的場合には当たらず,同判決の射程外である。
(ア) 平成13年最高裁判決は,真の権利者が出願をし,その後に偽造文
書等により出願人名義が移転された事案を前提としているが,本件事案で,原告は
自ら出願をしていない。
(イ) 平成13年最高裁判決は,発明の進歩性,新規性といった技術的な
事項に争いがないだけでなく,誰が発明者かという点についても争いがなく,誰が
発明者であるかという争いのない事実を前提にした上で,権利の譲渡があったかな
かったかという譲渡行為の有無,譲渡行為の有効・無効等私法的な権利変動による
権利の帰属のみが争点とされた事案に関するものである。このような特許権の帰属
自体は技術に関する専門的知識経験を有していなくとも判断し得る事項であるか
ら,そもそも特許庁の第一次的判断権を尊重する必要のない事案であった。
 これに対して,本件事案では,私人間の権利変動ではなく,真の発明
者が誰かという正に特許庁の専門分野に属する事項が争点となっている事案であ
る。
(ウ) 平成13年最高裁判決は,特許を受ける権利と特許権の各発明の内
容に同一性のあることが明らかな事案であった。しかし,本件では,当初出願から
本件特許権の設定登録に至るまでの間に,国内優先権出願や補正が行われており,
当初出願発明と本件特許発明は,以下のとおり,同一性がない。
 当初出願発明と本件特許発明とは,以下の顕著な相違点がある。
① 本件特許発明の請求項3の「バンド部が,胸側で他方の乳房側に偏
位した位置で分離可能」という構成は,当初出願発明の構成と相違する。
② 本件特許発明の請求項4の「左右のブラジャーの一方もしくは両方
が,カップ部,バンド部及び肩紐が連続した一体形に形成されている」という構成
は,当初出願発明の構成と相違する。
③ 本件特許発明の請求項6の「左右のブラジャーの両方のカップ部
に,補整用パッドあるいは補充パッドを収納するためのポケット部が設けられてい
る」という構成は,当初出願発明の構成と相違する。
(エ) 平成13年最高裁判決の事案では,何の関係も責任もない特許権の
共有者が存在し,同人の持分までが無効になってしまうという不当な結論を回避す
る必要があったが,本件ではそのような第三者はいない。
 したがって,本件は,平成13年最高裁判決の射程外であるから,原告の
本件特許権の移転登録手続請求は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 本件特許発明は,原告により発明されたか。
(1) 結論及び事実認定の概要
 以下のとおりの理由により,本件発明をしたのは原告であると認定するこ
とができる。すなわち,
ア 原告は,平成10年3月ころ,Yに本件試作品を送付したが,本件試作品
に示された発明と当初出願発明(及び補正を経た後の本件特許発明)とは同一であ
る。したがって,特段の事情のない限り,原告が本件発明をしたものと認定でき
る。
イ 被告は,原告が本件試作品に示された発明をするに先立って,①平成1
0年1月24日に,Yは原告に対して,本件試作品に示された発明に係る技術内容を
説明,開示したこと,また,②平成10年2月12日に,Yは原告に対し,図面をフ
ァックスにより送信したなど主張する。しかし,①の点については,Yが原告に対
し,口頭で,発明に関する技術内容を説明,開示した事実を認めることもできない
こと,及び,②の点については,上記ファックスにより送信された図面に示された
技術は,本件試作品に示された発明と多くの重要な点で相違することから,Yが本件
特許発明を発明したと解することはできない。
 以下,この認定過程を詳細に述べる。
(2) 本件試作品に示された発明と本件特許発明との同一性
ア 争いのない事実等及び証拠(甲2ないし5,7の13ないし15,乙
3,6,9,13,32)によれば,以下のとおりの事実が認められ,これを覆す
に足りる証拠はない。
(ア) ①原告は,服飾デザイナーの職にあるが,平成10年1月24日,
知り合いのYから,乳癌で乳房を切除した女性のため,健常側の乳房用のカップ部分
のみを外すことができるブラジャーの発明に関する協力を依頼された,②原告は,
この依頼を受けた後,左右の乳房を各々保護,補整することができ,左右独立した
一対のブラジャーが組み合わされた本件試作品を縫製した上で,同年3月中旬こ
ろ,Yに送付した,③Yは,原告から送付を受けた本件試作品を特許事務所に持参し
て,弁理士に特許出願を依頼した,④依頼を受けた弁理士は,本件試作品をもとに
図面及び特許明細書を作成した,⑤同年4月22日,当初出願発明について,K及び
Yを発明者,Yが代表者である被告を特許出願人として当初出願がされた,⑥平成1
1年1月27日,K及びYを発明者,被告を特許出願人として国内優先権出願がさ
れ,明細書の補正後,平成12年3月24日,被告を特許権者として本件特許権の
設定の登録がされた。
(イ) 本件特許発明は,以下のとおりである。
a 本件特許権の特許公報に掲載された明細書(以下「本件明細書」と
いう。)の「特許請求の範囲」欄には,
 請求項1は,「左右の乳房を別個に保護,補整する左右分離型のブ
ラジャーを左右一対として組み合わせたブラジャーであって,前記各々のブラジャ
ーは,乳房を保護,補整するカップ部と,該カップ部の下部に接続し,胸のまわり
に一周して装着するバンド部と,カップ部の上部に一端側が取り付けられ肩部を通
過した背中側で他端側が前記バンド部に取り付けられた肩紐とを備え,前記左右の
ブラジャーのバンド部がブラジャーの装着時に胸側で重なることを特徴とするブラ
ジャー。」と記載され,また,請求項2以下は,請求項1を引用する形式で,請求
項1にバンド部が胸側で分離可能に設けられると共にバンド部の分離端を脱着する
フック部が設けられる等の限定を加えたものが記載されている。
b また,「発明の詳細な説明」欄には,「発明が解決しようとする課
題」として,乳房が欠除した人のために提供されている補整用ブラジャーについ
て,「装着操作等の取扱いが容易であるとともに,部屋着などでつくろいでいる際
も見栄えがよく,違和感なく,使用者の不安をなくす使いやすいブラジャーを提供
することを目的としている」という記載,「発明の効果」として,「左右のブラジ
ャーが別々に脱着可能となることから,左右どちらかのブラジャーを適宜脱着する
といった使い方が可能となる。とくに,乳房を切除した人などの場合には,手術し
た側のみに着用して健常側のブラジャーを外しておくといった使い方が可能にな
り,外観を心配することなく使用でき,健常側についてはブラジャーを着用してい
ることによる窮屈さから解放されるといった有効な使用が可能になる」という記載
がされている。さらに,上記特許公報の図面には,実施形態を示すものとして,図
1ないし9が記載されている。
(ウ) 他方,本件試作品は,左右の乳房を別個に保護,補整する左右分離
型のブラジャーを左右一対として組み合わせたブラジャーであって,各々のブラジ
ャーは,①乳房を保護,補整するカップ部と,②カップ部の下部に接続し,胸まわ
りに一周して装着するバンド部と,③カップ部の上部に一端側が取り付けられ,肩
部を通過した背中側で他端側がバンド部に取り付けられた肩紐とを備えており,左
右のブラジャーのバンド部がブラジャーの装着時に胸側で重なるものである。ま
た,本件試作品は,「装着操作等の取扱いが容易であるとともに,部屋着などでく
つろいでいる際も見栄えがよく,違和感なく,使用者の不安をなくす使いやすいブ
ラジャーを提供する」との課題を解決するため,上記構成を備えることにより「左
右のブラジャーが別々に脱着可能となることから,左右どちらかのブラジャーを適
宜脱着するといった使い方が可能となる。とくに,乳房を切除した人などの場合に
は,手術した側のみに着用して健常側のブラジャーを外しておくといった使い方が
可能になり,外観を心配することなく使用でき,健常側についてはブラジャーを着
用していることによる窮屈さから解放されるといった有効な使用が可能になる」と
の効果を奏することが明らかである。
イ 以上認定した事実によれば,本件特許発明の内容は,本件試作品の形
状,構造で示された技術思想に依拠するものであり,「本件試作品に示された発
明」と「本件特許発明」とは,後記の点を除きその構成が一致し,作用効果も同一
であるから,実質的に同一であると認めることができる(一部構成が一致しない点
も,この判断を左右するものでないことは後記のとおりである。)。
 これに対して,被告は,本件試作品に示された発明は,本件特許発明の
うち,①請求項3の「バンド部が,胸側で他方の乳房側に偏位した位置で分離可
能」という構成,②請求項4の「左右のブラジャーの一方もしくは両方が,カップ
部,バンド部及び肩紐が連続した一体形に形成されている」という構成,③請求項
6の「左右のブラジャーの両方のカップ部に,補整用パッドあるいは補充パッドを
収納するためのポケット部が設けられている」という構成をそれぞれ欠くので,両
発明は同一性を欠く旨主張する。
 しかし,被告の主張は以下のとおり理由がない。すなわち,①について
は,本件試作品は,一方(健常な乳房側)のバンド部は,他方(切除した乳房側)
のカップ部の下方位置で分離可能となっている点が示されており,「バンド部が,
胸側で他方の乳房側に偏位した位置で分離可能」という構成を欠いているとはいえ
ない(甲2,4)。また,②及び③については,ブラジャーを一体形成すること及
びブラジャーのカップ部にパッド用のポケットを設けることは周知技術であると認
められるから,被告の指摘に係る上記②及び③の相違点は,単なる慣用手段の転換
又は付加にすぎない(甲5)。
 したがって,本件試作品に示された発明と本件特許発明とは,実質的に
同一であると評価できる。以上のとおりであるから,被告の上記主張は採用できな
い。
ウ 前記イで認定したとおり,本件試作品に示された発明と本件特許発明と
は実質的に同一であると認められるから,特段の事情のない限り,原告が本件特許
発明をしたものと認定することができる。すなわち,原告が本件試作品を完成させ
る前に,Y又はKが原告に対して,本件試作品に示された発明に関連する重要な事項
を開示,示唆したという事実が認められない限り,原告が本件特許発明をしたとの
前記認定を覆すことはできないというべきである。
 そこで,以下,この点に関する被告の主張につき判断する。
(3) Y又はKが原告に開示,示唆した内容等について
ア 書面による開示の有無,内容
(ア) 被告は,Yが原告に送信したファックス図面(甲1)に示されたカシ
ュクール風のブラジャーは当初出願発明と重要な部分が同一であるから,原告は,Y
から発明の重要な部分の開示を受けて当初出願発明を完成したことになると主張す
る。
 証拠(甲1,乙13)及び弁論の全趣旨によれば,Yは,本件依頼後の
平成10年2月12日,原告に対し,図面(甲1)をファックスにより送信したこ
と,同図面には,健常側の「カップ部及び肩紐部」を本体バンド部分から取り外す
ことができるブラジャー(甲1の1ないし4。以下これを「はらり型」とい
う。),カシュクール風の構造によって左右の乳房を別々に覆うことができ,健常
側の「カップ部及び肩紐部」を本体バンド部分から取り外すことができるブラジャ
ー(甲1の5ないし8。以下これを「カシュクール型」という。)及び腹部の手術
跡を隠すことのできるシャツ(甲1の9ないし11)が示されていることが認めら
れる。
 なお,被告は,ファックス図面で示されたカシュクール型のブラジャ
ーは左右分離型の一対のブラジャーであり,バンド部をひも状又はリボン状にした
ものであるとも主張する。しかし,甲1の5ないし8に描かれた図面において,カ
シュクール型のブラジャーが左右分離型の一対のものであるとの点が示されていな
いことは明らかであり,この点の被告の主張は採用できない。
(イ) そこで,本件特許発明とファックス図面に示された発明とを対比す
る。
 前記のとおり,本件特許発明は,左右分離型の一対(2個)のブラジ
ャーであり,左右任意のブラジャーを適宜脱着するという使い方が可能であるのに
対し,ファックス図面に示された発明は,「はらり型」,「カシュクール型」のい
ずれも,健常側の「カップ部及び肩紐部」を本体バンド部分から取り外すことがで
きるけれども,健常側の「カップ部及び肩紐部」のみを装着する構造を採用してい
ないので,左右任意のブラジャーを適宜脱着するという使い方ができない点におい
て,本件特許発明と相違する。そうすると,両者はともに,切除側は常時装着した
ままで,健常側は必要なときのみ装着が可能であるブラジャーを提供するという目
的において共通するが,その目的達成手段が異なり,技術思想を異にする別個の発
明であるといえる。また,両者の実質的な相違点に鑑みると,ファックス図面に示
された技術が,本件特許発明の重要な一部を形成していると考えることもできな
い。
 なお,被告は,甲1のファックス図面に原告が書き込みをしたものが
乙39の図面であるところ,乙39の1の図面には,バンド部に縦の傍線が記入さ
れていることから,バンド部が二重になっているとの構成,及び健常側のバンド部
が切除側の乳房の真下の位置で留めるようになっているとの構成が示されおり,し
たがって,Yは,上記各構成について原告に話していたと推認するのが相当である旨
主張する。しかし,本件全証拠によるも,原告が,乙39の図面に書き込みをする
に当たり,Yの話に基づいたことを認めることはできず,この点の被告の主張は失当
である。
 したがって,Yが原告に対し,ファックス図面を送信した事実があった
からといって,原告が本件特許発明をしたとの認定を左右することにはならない。
イ 口頭による開示の有無,内容
 被告は,Yが原告に対し,平成10年1月24日,本件依頼に当たり,本
件特許発明の内容を詳細に説明した上,見本を縫製してほしいと依頼した旨主張
し,証拠(甲7の15,乙13)中には,Yは原告に対し,Kが乳癌のために乳房を
切除した後,片側だけ着用できるブラジャーを考案した経緯等を説明し,その構造
等を説明した上で特許出願手続と商品化のための見本の縫製を依頼したとする部分
が存する。
 しかし,証拠(甲4,7の13及び15,乙13)によれば,①原告は
下着縫製の専門家ではないので,Yが原告に対し,縫製作業のみを依頼するのは不自
然であること,②上記陳述書(乙13)においても,本件依頼の内容はせいぜい,
「(ブラジャーを)クロスにした方が安定していいと思う,ただ,ちょっときつい
かなとも思うんだけど,と話しました。」,「見た目が普通のブラジャーに見える
ものにしたいの,それには,二枚重なっているということが分からないようにした
いと話しました。」にすぎず,その説明内容は,本件特許発明の要旨を具体的に開
示したものとは到底いえないこと,③本件依頼の際に,Yは原告に対し,説明のため
の図面等を使用していないのみならず,ホテルで3,4時間かけて食事をする中で
行っていること,④前記のとおり,Yから原告に対してファックス送信した図面は,
健常側の「カップ部及び肩紐部」のみを「本体バンド部分」から取り外すブラジャ
ーが示されているのに対し,原告は,この図面と明らかに異なる本件試作品を完成
させていること等が認められることを総合すると,Yが原告に対し,口頭であって
も,本件特許発明の要旨どおりの具体的内容を開示したと認めることは到底できな
い。
ウ 以上のとおり,原告が本件試作品を完成させる前に,Yが原告に対して,
本件試作品に示された発明に関連する重要な内容を開示,示唆したという事実を認
めることはできないので,結局,原告が本件特許発明をしたとの前記認定を覆すこ
とはできない。
  (4) Y及びKが独自に発明したとの主張について
 被告は,Kが平成9年夏ころに検乙1(乙4はこれを写真撮影したもの。)
のブラジャーを製作し,K及びYがこれに改良を加えて同年冬ころに本件特許発明を
完成させた旨主張する。
 しかし,この主張に沿う事実を認めることはできない。
 すなわち,①確かに,N及びWの各陳述書(乙7,8)には,Yが,平成9
年11月終わりころ,ブラジャーを分割して別個に着脱し得るようにするという着
想を得ていた旨の記載があり,また,K及びYの各本人尋問調書(甲7の14,1
5)並びに各陳述書(乙3,13)には,前記被告の主張に沿う部分があり,さら
に,被告の従業員であったTの陳述書(乙9)には,Tがこのころに多数のブラジ
ャーの図面(乙2)を作成した旨の記載があるが,いずれについても,K及びYが,
どのような技術的手段によって上記解決課題を実現したかについての具体的な説明
はされていないこと,②また,Yが平成10年2月上旬に綿貫特許商標事務所に持参
したとするメモ(乙29)には「乳房手術をした人用ブラジャー(セパレートブ
ラ)」,「ブラジャーをふたつのパートに分け片方のみの着脱が可能となる」との
記載があるが,この記載は前記はらり型及びカシュクール型のブラジャーにも当て
はまる内容である上,乙29には「左右独立した一対のブラジャーを重ねる」とい
う本件特許発明の特徴を示唆する記載は一切ないことからすると,乙29の記載は
本件特許発明を示すものとはいえないこと,③検乙1も乙4もともに,被告の主張
を裏付ける客観性に乏しいこと(検乙1のブラジャーが平成9年夏ころから存在し
たことを裏付ける的確な証拠はない。),④Y及びKが平成9年冬ころに本件特許発
明を完成していたのであれば,本件依頼の後の平成10年2月に,Yが原告にファッ
クス送信した図面(甲1)に記載された技術内容と本件特許発明とが大きく相違す
るのは不自然であること,⑤Tの図面(乙2)が平成9年冬ころに描かれたのであ
れば,同じくTの描いたファックス図面(甲1)に左右分離型の一対のブラジャー
が描かれていないのは不自然であること等の事実に照らすならば,K及びYが被告の
主張する時期に既に本件特許発明を完成させていたと認めることは到底できない。
(5) 小括
 以上のとおり,原告が製作し,Yに送付した本件試作品に示された発明は,
本件特許発明と実質的に同一であり,これに基づいて当初出願が行われ,さらに当
初出願に基づいて国内優先権出願がされ,補正を経て本件特許権の設定登録がされ
たことは明らかである。他方,K及びYが本件依頼に先立って本件特許発明を完成し
ていたことを認めることはできないのみならず,本件依頼に際して,K及びYが原告
に対して,本件特許発明の技術的構成を具体的に開示ないし示唆したことを認める
こともできない。
 したがって,本件特許発明の発明者は原告である。
2 原告は移転登録手続請求権を有するか。
(1) 以上のとおりであるから,被告は,いわゆる冒認出願(発明者又は発明者
から特許を受ける権利を承継した者(以下「発明者等」という。)以外の者による
出願)により本件特許権の設定登録を受けたことになる。
 そこで,冒認出願に対する発明者等の保護に関する特許法の諸規定及び特
許権の設定登録の効果について検討する。
 まず,特許法は,発明者が特許を受ける権利を有するものとし(特許法2
9条1項柱書き。以下「法」という。),冒認出願に対しては拒絶査定をすべきも
のとしている(法49条6号)。また,冒認出願は先願とはされず(法29条の2
括弧書き,法39条6項),新規性喪失の例外規定(法30条2号)を設けて,冒
認出願がされても発明者等が特許出願をして特許権者となり得る余地を残し,発明
者等の特許を受ける地位を一定の範囲で保護している。冒認出願者に対して特許権
の設定登録がされた場合,その冒認出願は無効とされている(法123条1項6
号)が,特許法上,発明者等が冒認者に対して特許権の返還請求権を有する旨の規
定は置かれていない。さらに,特許権は,特許出願人(登録後は登録名義人とな
る。)を権利者として発生するものであり(法66条1項),たとえ,発明者等で
あったとしても,自己の名義で特許権の設定登録がされなければ,特許権を取得す
ることはない。
 このような特許法の構造に鑑みると,特許法は,冒認出願をして特許権の
設定登録を受けた場合に,当然には,発明者等から冒認出願者に対する特許権の移
転登録手続を求める権利を認めているわけではないと解するのが相当である。
 そうすると,原告が本件特許発明の真の発明者であり,被告が冒認者であ
るとしても,そのことから直ちに,原告の被告に対する本件特許権の移転登録手続
請求を認めることはできない。
(2) この点について,原告は,本件が平成13年最高裁判決と同様の事案であ
るから,同判決の法理に基づき原告の請求は認められるべきであると主張する。し
かし,本件は,以下のとおり,移転登録請求を認めた平成13年最高裁判決とは事
案が異なり,同様に判断することはできない。
ア 平成13年最高裁判決の事実経緯について
 同判決の事案は,以下のとおりである。すなわち,特許を受ける権利の
共有者(真の権利者)である上告人が他の共有者と共同で特許出願をした。ところ
が,被上告人が,上告人から権利の持分の譲渡を受けた旨の偽造した証書を添付し
て,出願人を上告人から被上告人に変更する旨の出願人変更届を特許庁長官に提出
したため,被上告人及び他の共有者に対して特許権の設定の登録がされたというも
のである。
 同最高裁判決は,以下のとおり,「本件の事実関係の下においては」,
真の権利者は,無権利者に対し,無権利者の特許権の持分について移転登録手続を
請求することができる旨判示した。
 すなわち,「上記・・・の事実関係によれば,本件発明につき特許を受
けるべき真の権利者は上告人及び上告補助参加人であり,被上告人は特許を受ける
権利を有しない無権利者であって,上告人は,被上告人の行為によって,財産的利
益である特許を受ける権利の持分を失ったのに対し,被上告人は,法律上の原因な
しに,本件特許権の持分を得ているということができる。また,上記・・・の事実
関係の下においては,本件特許権は,上告人がした本件特許出願について特許法所
定の手続を経て設定の登録がされたものであって,上告人の有していた特許を受け
る権利と連続性を有し,それが変形したものであると評価することができる。
 他方,上告人は,本件特許権につき特許無効の審判を請求することはで
きるものの,特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとして
も,本件特許出願につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶さ
れ,本件発明について上告人が特許権者となることはできない結果になるのであっ
て,それが不当であることは明らかである(しかも,本件特許権につき特許無効の
審決がされることによって,真の権利者であることにつき争いのない上告補助参加
人までもが権利を失うことになるとすると,本件において特許無効の審判手続を経
るべきものとするのは,一層適当でないと考えられる。)。また,上告人は,特許
を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠償を請求する余
地があるとはいえ,これによって本件発明につき特許権の設定の登録を受けていれ
ば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難い。その上,上告人は,被
上告人に対し本件訴訟を提起して,本件発明につき特許を受ける権利の持分を有す
ることの確認を求めていたのであるから,この訴訟の係属中に特許権の設定の登録
がされたことをもって,この確認請求を不適法とし,さらに,本件特許権の移転登
録手続請求への訴えの変更も認めないとすることは,上告人の保護に欠けるのみな
らず,訴訟経済にも反するというべきである。
 これらの不都合を是正するためには,特許無効の審判手続を経るべきも
のとして本件特許出願から生じた本件特許権自体を消滅させるのではなく,被上告
人の有する本件特許権の共有者としての地位を上告人に承継させて,上告人を本件
特許権の共有者であるとして取り扱えば足りるのであって,そのための方法として
は,被上告人から上告人へ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが,最も簡明か
つ直接的であるということができる。
 もっとも,特許法は,特許権が特許庁における設定の登録によって発生
するものとし,また,特許出願人が発明者又は特許を受ける権利の承継者でないこ
とが特許出願について拒絶をすべき理由及び特許を無効とすべき理由になると規定
した上で,これを特許庁の審査官又は審判官が第1次的に判断するものとしてい
る。しかし,本件においては,本件発明が新規性,進歩性等の要件を備えているこ
とは当事者間で争われておらず,専ら権利の帰属が争点となっているところ,特許
権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経験を有していなくても判断し得
る事項であるから,本件のような事案において行政庁の第1次的判断権の尊重を理
由に前記と異なる判断をすることは,かえって適当とはいえない。また,本件特許
権の成立及び維持に関しては,特許料を負担するなど,被上告人の寄与による部分
もあると思われるが,これに関しては上告人が被上告人に対して被上告人のした負
担に相当する金銭を償還すべきものとすれば足りるのであって,この点が上告人の
被上告人に対する本件請求の妨げになるものではない。
 以上に述べた点を考慮すると,本件の事実関係の下においては,上告人
は被上告人に対して本件特許権の被上告人の持分につき移転登録手続を請求するこ
とができると解するのが相当である。」と判示した。
イ 本件の事実経緯について
 これに対して,本件の事実経緯は以下のとおりである。
 すなわち,前記のとおり,原告は,本件特許発明につき,発明者であ
り,また特許を受ける権利を有する者ではあるが,自らは特許出願をせず,被告の
みが,当初出願及び国内優先権出願をした。また,原告は,本件特許発明に係る当
初出願がされた平成10年4月22日から約1か月半後の同年6月9日,Yから当初
出願の出願書類を渡され,被告が本件特許発明の発明者をY及びKとして当初出願を
した事実を知り,自らが当初出願の出願人となっていなかったことに対して強く不
満を持ったが,そのことを直接Yに告げることもなく,平成11年2月に至り始めて
Yに対し原告を当初出願の出願人に加えるように求めた。その後,同年5月に発行さ
れた新聞に本件特許発明の実施品であるブラジャーに関する記事が掲載されたが,
それまで本件特許発明の新規性を失わせる出来事はなかった(甲4,7の2及び1
3)。さらに,原告は,特許庁に対し,平成13年5月14日,本件特許権につい
て無効審判請求(無効2001-35204)をし,同審判事件は現在特許庁に係
属中である(甲8)。
ウ 検討
 そこで,平成13年最高裁判決の事案と本件事案とを比較検討すると,
以下の点において異なり,原告に本件特許権の移転登録手続請求権を認めるのは相
当でない。
(ア) 第1に,平成13年最高裁判決事案では,上告人は,自ら他の共有
者と共同で特許出願をしていたのに対して,本件事案では,原告は,自ら特許出願
をすることはなく,被告のみが,当初出願及び国内優先権出願をした点において相
違する。
 平成13年最高裁判決は,「本件特許権は,上告人がした本件特許出
願について特許法所定の手続を経て設定の登録がされたものであって,上告人の有
していた特許を受ける権利と連続性を有し,それが変形したものであると評価する
ことができる。」と判示し,真の権利者が特許出願をしたことを前提として特許を
受ける権利と特許権との間に連続性があると評価すべきであるとしている。すなわ
ち,特許法は,特許権が特許出願に対する特許査定(又は審決)を経て設定登録さ
れることにより発生するものと定めており,このような特許法の特許権の付与手続
の構造に照らすと,平成13年最高裁判決の事案において,自ら特許出願をした真
の権利者である上告人に対して特許権の持分の移転登録手続請求を認めて権利者の
救済を図ったしても,真の権利者が既に行った特許出願に対して特許がされたとみ
る余地があるから,特許法の登録制度の構造における整合を欠くことにはならいな
い。
 これに対し,原告に本件特許権の移転登録手続請求を認めることは,
自ら特許出願手続を行っていない者に対して特許権を付与することを認めることと
なり,特許法の制度の枠を越えて救済を図ることになって,上記の登録制度の構造
に照らして許されないというべきである。
(イ) 第2に,平成13年最高裁判決は,上告人が特許出願をした後に,
被上告人が,上告人から権利の持分の譲渡を受けた旨の偽造した証書を添付して,
出願人を上告人から被上告人に変更する旨の出願人変更届を特許庁長官に提出した
という事案に関するものであり,同事件においては,発明が新規性,進歩性等の要
件を備えていることは当事者間で争われておらず,専ら権利の帰属が争点とされて
いた。このような事案においては,特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門
的知識経験を有していなくても判断し得る事項ということができる。
 これに対して,本件は,私人間の権利変動ではなく,真の発明者が誰
かという正に特許庁の専門分野に属する事項が争点とされている事案であって,平
成13年最高裁判決とその争点の性質が大きく異なる。
(ウ) 第3に,平成13年最高裁判決は,「上告人は,本件特許権につき
特許無効の審判を請求することはできるものの,特許無効の審決を経て本件発明に
つき改めて特許出願をしたとしても,本件特許出願につき既に出願公開がされてい
ることを理由に特許出願が拒絶され,本件発明について上告人が特許権者となるこ
とはできない結果になるのであって,それが不当であることは明らかである」と判
示し,移転登録手続請求を認める以外には,上告人に生じた不都合を是正する他の
救済方法が存在しなかったことを理由の一つに挙げている。
 これに対して,上記のとおり,原告は,本件特許発明について冒認出
願がされたことを知った後,遅くとも平成11年4月までの間に自ら本件特許発明
について特許出願をしていれば,被告のした当初出願又は国内優先権出願を排除す
ることができ,本件特許発明について,自ら特許権を取得することができたものと
いえる。そうすると,原告には自ら本件特許発明について特許権を取得する機会が
あったといえる。したがって,本件においては,真の権利者であるにもかかわら
ず,特許権を取得する方法がないという不合理な結果が生じたということはできな
いから,例外的に特許権の移転登録請求を認めて真の権利者の救済を図る必要性
は,極めて低いというべきである。
ウ 上記イに述べたところを総合すれば,本件は平成13年最高裁判決とは
事案を異にするということができるから,原告の上記主張は採用できない。
6 結論
 以上の次第で,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし,
主文のとおり判決する。
   東京地方裁判所民事第29部
         裁判長裁判官    飯  村  敏  明
            裁判官 榎  戸  道  也
            裁判官 佐  野     信
(別紙)
        特許権目録
特許番号 特許第3049032号
発明の名称    ブラジャー
出願番号     特願平11-017817
発明者      Y,K
特許出願人    有限会社プティ・ボア
特許請求の範囲
【請求項1】左右の乳房を別個に保護,補整する左右分離型のブラジャーを
左右一対として組み合わせたブラジャーであって,前記各々のブラジャーは,乳房
を保護,補整するカップ部と,該カップ部の下部に接続し,胸のまわりに一周して
装着するバンド部と,カップ部の上部に一端側が取り付けられ肩部を通過した背中
側で他端側が前記バンド部に取り付けられた肩紐とを備え,前記左右のブラジャー
のバンド部がブラジャーの装着時に胸側で重なることを特徴とするブラジャー。
【請求項2】左右のブラジャーの一方もしくは両方のバンド部が,胸側で分
離可能に設けられると共に,バンド部の分離端を脱着するフック部が設けられてい
ることを特徴とする請求項1記載のブラジャー。
【請求項3】バンド部が,胸側で他方の乳房側に偏位した位置で分離可能に
設けられていることを特徴とする請求項2記載のブラジャー。
【請求項4】左右のブラジャーの一方もしくは両方が,カップ部,バンド部
及び肩紐が連続した一体形に形成されていることを特徴とする請求項1記載のブラ
ジャー。
【請求項5】左右のブラジャーの一方もしくは両方のカップ部に,補充パッ
ドが装着されていることを特徴とする請求項1,2,3または4記載のブラジャ
ー。
【請求項6】左右のブラジャーの両方のカップ部に,補整用パッドあるいは
補充パッドを収納するためのポケット部が設けられていることを特徴とする請求項
1,2,3,4または5記載のブラジャー。
        出願目録
1 発明の名称    ブラジャー
出願番号     特願平10-112421
発明者      Y,K
特許出願人    有限会社プティ・ボア
特許請求の範囲
【請求項1】左右の乳房を各々保護,補整すべく左右で独立する一対のセパ
レート部が組み合わされて成るブラジャーであって,右側のセパレート部は,右側
の乳房を保護,補整するカップ部と,該カップ部を胸位置で脱着可能に支持するバ
ンド部と,前記カップ部に一端側で接続し右肩側を通過して他端側で前記バンド部
の左側位置に接続する肩紐とを有し,左側のセパレート部は,左側の乳房を保護,
補整するカップ部と,該カップ部を胸位置で脱着可能に支持するバンド部と,前記
カップ部に一端側で接続し左肩側を通過して他端側で前記バンド部の右側位置に接
続する肩紐とを有することを特徴とするブラジャー。
【請求項2】前記左右のセパレート部に形成される一方のカップ部のみに,
乳房の膨らみを補整する補充用のパッドが取り付けられていることを特徴とする請
求項1記載のブラジャー。
【請求項3】前記補充用のパッドが取り付けられた一方のセパレート部に重
ねて着用される他方のセパレート部に,前記一方のセパレート部に設けられたカッ
プ部の下方位置でバンド部を脱着するフック部が設けられていることを特徴とする
請求項1または2記載のブラジャー。
【請求項4】前記右側のセパレート部と左側のセパレート部を組み合わせて
着用した際に,前記右側のセパレート部の前記バンド部の前面部と,前記左側のセ
パレート部の前記バンド部の前面部とが交差して重なるように設けられていること
を特徴とする請求項1記載のブラジャー。
【請求項5】前記右側のセパレート部と左側のセパレート部を組み合わせて
着用した際に,前記右側のセパレート部のバンド部と前記左側のセパレート部のバ
ンド部を背中位置で係止する面ファスナーが設けられていることを特徴とする請求
項1記載のブラジャー。
2 発明の名称    ブラジャー
出願番号     特願平11-017817
発明者      Y,K
特許出願人    有限会社プティ・ボア
特許請求の範囲
【請求項1】左右の乳房を別個に保護,補整する左右分離形のブラジャーで
あって,一方の乳房を保護,補整するカップ部と,該カップ部の下部に接続し,胸
のまわりに一周して装着するバンド部と,カップ部の上部に一端側が取り付けられ
肩部を通過した背中側で他端側が前記バンド部に取り付けられた肩紐とを備えたこ
とを特徴とするブラジャー。
【請求項2】カップ部に,補整用パッドあるいは補充用パッドを収納するポ
ケット部が設けられていることを特徴とする請求項1記載のブラジャー。
【請求項3】カップ部に,補充用パッドが装着されていることを特徴とする
請求項1または2記載のブラジャー。
【請求項4】カップ部,バンド部及び肩紐が連続した一体形に形成されてい
ることを特徴とする請求項1,2または3記載のブラジャー。
【請求項5】バンド部が,胸側で分離可能に設けられると共に,バンド部の
分離端を脱着するフック部が設けられていることを特徴とする請求項1,2または
3記載のブラジャー。
【請求項6】バンド部が,胸側で他方の乳房側に偏位した位置で分離可能に
設けられていることを特徴とする請求項5記載のブラジャー。
【請求項7】肩紐の他端側が,他方側に偏位してバンド部に取り付けられて
いることを特徴とする請求項1,2,3,4,5または6記載のブラジャー。
【請求項8】請求項1,2,3,4,5,6または7記載のブラジャーを左
右一対で組み合わせて用いるブラジャーであって,左右のブラジャーの前記バンド
部が胸側で重なるように形成されていることを特徴とするブラジャー。
(別紙)
対比表

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