弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 原告の被告法務大臣に対する訴えを却下する。
二 原告の被告国に対する各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
(当事者の求めた裁判)
第一 原告の請求の趣旨
「原告の昭和六一年五月三〇日付再入国許可申請に対し、被告法務大臣が同年六月
二四日付をもつてなした再入国不許可処分(以下『本件処分』という。)を取り消
す。原告と被告国との間において、原告が『日本国に居住する大韓民国国民の法的
地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定』(昭和四〇年条約第二八
号。以下『日韓地位協定』という。)及び『日本国に居住する大韓民国国民の法的
地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別
法』(昭和四〇年法律第一四六号。以下『出入国管理特別法』という。)に基づく
日本国における永住資格(日韓地位協定・出入国管理特別法に基づく永住許可を
『協定永住許可』といい、この許可を受けた在留資格としての永住資格を『協定永
住資格』という。以下同じ。)を有することを確認する。被告国は、原告に対し、
金一〇〇万円及びこれに対する昭和六一年六月二四日から支払済に至るまで年五分
の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び給付
部分につき仮執行の宣言
第二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
一 本案前として「本件各訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との
判決
二 本案につき「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とす
る。」との判決及び給付部分につき仮執行免脱の宣言
(当事者の主張)
第一 請求の原因
一  (原告の地位・経歴)
1 原告は、昭和三四年一二月一日、大阪市<地名略>において、父A・母Bの長
女として出生した。父方から見て在日二世、母方から見て在日三世の韓国人であ
る。
2 原告は、出生以来、日本国に居住しており、昭和四四年一〇月一日、協定永住
許可(許可番号第一二五六九四号)を受けた。
3 原告は、C小学校・D中学校・同高等学校を卒業後、昭和五四年E大学音楽学
部器楽科(ピアノ専攻)に入学、同大学卒業後、同大学大学院修士課程音楽研究科
器楽科(ピアノ専攻)に進み、昭和六〇年卒業した。
4 原告は、右大学院在学中、米国インデイアナ州のF大学大学院のG教授(国際
ピアノ・コンクールの審査員を勤める国際的ピアニスト)の知遇を得、指導を受け
ることになり、昭和六一年五月、同大学大学院音楽研究科(ピアノ専攻)の入学許
可を得た。
二 (本件処分)
原告は、昭和六一年五月三〇日、福岡入国管理局小倉港出張所において、被告法務
大臣に対し、出入国管理特別法第七条、出入国管理及び難民認定法(以下「入管
法」という。)第二六条第一項に基づき、右大学留学を目的として再入国許可申請
をした。
被告法務大臣は、右申請に対し、昭和六一年六月二四日付で本件処分をし、原告に
通知した。
三 (本件処分の違法性)
1 本件処分は、原告が昭和五六年一月九日に外国人登録法(昭和六二年法律第一
〇二号による改正前のもの。以下「外登法」といい、改正後のものを「外登法改正
法」という。)第一四条第一項所定の指紋押捺(以下、単に「指紋押捺」というと
きは、同条所定のものをいう。)を拒否したことを理由とするものと思われる。
しかし、原告は、日本国で生まれ育ち協定永住資格を有する在日韓国人である。原
告の海外渡航の権利は、日本国憲法第二二条及び「市民的及び政治的権利に関する
国際規約」(昭和五四年条約第七号。以下「国際人権規約B規約」という。)第一
二条第四項の「自国に戻る権利」により基本的人権として保障されている(同条約
にいう「自国」には、永住資格を有して定住している外国人にとつての当該定住国
を含む。)。
他方、指紋押捺制度は、それ自体、日本国憲法第一三条、第一四条、国際人権規約
B規約第七条(非人道的な若しくは品位を傷つける取扱いの禁止)、第一七条第一
項(プライバシー権の保障)、第二条第一項及び第二六条(法の前の平等)に違反
するものである。本件処分は、右指紋押捺拒否を理由として、原告の基本的人権で
ある海外渡航の権利を侵害するものであつて、明らかに違憲・違法である。
2 更に、被告法務大臣は、原告の右指紋押捺拒否の後である昭和五六年四月六
日、原告が在日大韓キリスト教アリランコーラスのピアノ伴奏者として随行するた
めの米国渡航に関する再入国許可申請に対して許可を与え、原告は、これに基づき
出国・再入国をした。
従つて、本件処分における被告法務大臣の判断は、全く恣意的といわざるをえな
い。この点でも、本件処分は、
違法の謗りを免れない。
四 (協定永住資格存在確認)
1 (協定永住資格の保有)
原告は、本件処分を受けたけれども、日本国における永住意思を明確に表明したう
えで、昭和六一年八月一四日、海外へ渡航した。従つて、原告は、右渡航後も、日
本国における協定永住資格を保有している。
2 (確認の利益)
しかるに、被告国は、原告が右海外渡航によつて協定永住資格を喪失した旨主張
し、原告の昭和六三年六月二八日の日本国への入国に際して特別在留(在留期間一
八〇日間)の許可をしたのみで、右の主張に沿つた取扱いをしている。
五 (慰藉料)
被告法務大臣は、本件処分をしたうえ、このことに基因して原告の協定永住資格喪
失の取扱いを続けている。本件処分とその後の協定永住資格喪失の取扱いが違法で
あり、このことは、被告法務大臣において当然知り、又は知りうべきことであるか
ら、故意又は少くとも過失がある。被告国は、原告に対し、国家賠償法第一条によ
り、原告の受けた損害を賠償する責任がある。
原告の出国目的は、ピアニストとして自己を完成することにあつた。原告は、自己
の将来の夢を奪われる不安、二度と日本に帰つて来られないのではないか、家族と
も会えないのではないかという不安、何時国外退去を求められるか分らないという
不安など、人生目的や生活基盤そのものを失うかもしれないという多大な心労を味
わつた。原告の精神的苦痛は、誠に甚大であり、到底金銭をもつて償いがたいもの
であるが、強いてこれを金銭に換算すれば、金一〇〇万円を下らない。
六 よつて、原告は、被告法務大臣に対し、本件処分の取消しを求めるとともに、
被告国に対し、原告が日本国における協定永住資格を有することの確認と慰藉料金
一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日(本件処分の日)である昭和六一年六月
二四日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め
る。
第二 被告らの本案前の主張
一 (本件処分の取消しを求める訴え)
原告は、昭和六一年八月一四日、本邦から出国して在留資格を喪失したことによ
り、本件処分の取消しを求める法律上の利益を失うに至つた。従つて、本件処分の
取消しを求める訴えは、不適法である。
1 原告は、出入国管理特別法第一条第二項に基づいて昭和四四年一〇月一日付で
本邦における協定永住許可を受けていた。この協定永住許可を受けた者は、同法第
六条により同条第一項各号に該当する場合でなければ退去を強制されない点ではそ
の地位の安定が図られているが、その出入国及び在留については出入国管理特別法
に特別の規定があるもののほかは入管法によるとされているから(出入国管理特別
法第七条)、協定永住資格も、結局、入管法第四条に定める在留資格の一態様と見
るべきであり、本邦に在留していることが当然の前提である。従つて、協定永住資
格者であつても、再入国許可を受けずに本邦から任意に出国した場合には、その前
提が失われたものとして、当該協定永住許可は当然に失効するというべきである。
2 原告の協定永住許可は、原告が再入国許可を受けずに本邦から出国した昭和六
一年八月一四日の時点で当然に失効したものというべく、これにより、原告は、本
邦における在留資格を喪失したというべきである。
3 そうすると、仮に本件処分が取り消されたとしても、原告には在留資格の存在
を前提とする再入国許可処分を受けうる余地はないから、原告は、在留資格の喪失
により、本件処分の取消しを求める法律上の利益を失うに至つた。
二 (協定永住資格確認を求める訴え)
協定永住資格確認を求める訴えは、確認の利益を欠く。
1 既に本件処分取消訴訟が係属し、その訴えの利益の有無の関係で、原告が現在
協定永住資格を有するか否かが争点となり、審理がされている。それに重ねて確認
の訴えを認めることは、いわば二重起訴禁止の原則に抵触するものというべきであ
る。
2 本件確認の訴えによつて解決すべき紛争の成熟性が認められない。
原告は、昭和六一年八月一四日に本邦から出国し、昭和六三年六月二八日、再び本
邦に入国し、現に在留資格を与えられており、退去強制の不利益を課せられている
わけでもない。しかも、そのような不利益を課せられてから事後的に協定永住資格
の有無の存否を争つたのでは回復しがたい重大な損害を蒙る惧れがあるなど事前の
救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情も認められない。
三 (国家賠償を求める訴え)
行政処分取消訴訟に行政事件訴訟法第一六条に基づき国家賠償請求を関連請求とし
て併合提起するには、行政処分取消訴訟の適法性が要件となると解すべきである。
本件処分の取消しを求める訴えが不適法である以上、関連請求である国家賠償を求
める訴えも、不適法である。
第三 被告らの本案前の主張に対する原告の反論・主張
一 (本件処分取消訴訟の訴えの利益)
1 (協定永住資格の存続)
原告の出入国は、国際人権規約B規約第一二条第四項によつて保障された権利の行
使である。従つて、原告は、出国によつて協定永住資格を失つていない。
本件処分は、例外的にこれを制限するものである。従つて、本件処分が取り消され
れば、原告の永住意思の表明と国家によるその確認の事実だけが残ることとなつ
て、原告の権利行使の適法性が確認され、そのことによつて原告の協定永住資格の
維持も確認されることとなる。被告法務大臣は、本件処分が取り消されると、協定
永住資格回復措置をとるべき法的拘束を受ける。原告にとつて回復すべき法律上の
利益がある。
2 (原告の不利益の重大性)
外国人の在留は、本来、一時的なものであつて、在留目的(活動内容)や在留期間
(三年以下。但し、裁量による更新制度がある。)が限定されており、入国時の申
請に対し個別的事情により裁量的に許可されるものであるが、協定永住資格者の場
合は、目的・期間に制限がなく、歴史的な事情によつて発生した定住という先行事
実に対して確認的に協定永住資格が認められたものであつて、日本国の帰責性によ
り特に厚く保護されているものである。日本国籍を有しないとの点から、外国人の
在留という形式をとるが、その実質は、一時的な滞在者としての在留とは質的に異
なり、社会の構成員としての地位を認められているのである。
ところが、原告は、現在、被告法務大臣の本件処分があることによつて、本件処分
に抗して出国したものとされ、それ故に、その効果として、従前の日本国における
法的地位を喪失したものと取り扱われている。原告の外国人登録は閉鎖されてお
り、日本国と無関係になつた者として、一切の法的諸関係において、従来の法的地
位を抹消されたのである。
また、原告が当初から表明していた帰国については、本件処分に抗して出国した
者、日本国と無関係になつた者として、入国許可すら危うく、入国許可の在留資
格・在留期間及び各種の法的権利は、協定永住資格に基づくものとは、比較になら
ない程劣弱なものとなつている。
このように、原告の受ける不利益は、原告が出生以来日本国において築き上げてき
た人的・社会的・法的諸関係のすべての喪失であつて、一旦出国した一時的滞在者
が新規入国手続をとらずに従前の在留資格のままで再入国することができる便宜さ
とは比較にならない程重大なものである。
これがまさに本件処分取消訴訟の訴えの利益である。
3 (司法救済の閉塞)
原告の求めたものは、何らの不利益な取扱いを受けることなく留学することであつ
た。これに対し、被告法務大臣は、出国すれば協定永住資格の保全を認めないとの
判断を下した。原告には、この不利益を排除し、且つ、留学を実現する有効適切な
手段を与えられていない。救済手段としては行政訴訟の提起しかないが、日本国内
に留まつて訴訟を追行した場合、留学予定大学の入学許可取消等によつて、留学自
体不可能になる。また、そのこと故に、訴えの利益がないとされて、訴訟そのもの
が徒労に終る危険がある。
今また、被告法務大臣の主張を是として原告の緊急避難的出国を理由に訴えの利益
を欠くというのであれば、原告の地位保全に関する司法救済はないに等しい。
二 (協定永住資格確認訴訟)
1 (二重起訴禁止不該当)
本件処分の取消判決は、その拘束力によつて被告法務大臣に原告の協定永住資格喪
失取扱の回復措置を義務づけるものであるが、そうであるからといつて、原告の現
時点での協定永住資格保有を既判力をもつて確定するものではない。本件確認の訴
えは、これらの諸問題を一挙に解決しうることになるのであるから、本件処分取消
判決を前提にしても、本件紛争解決のためには不可欠である。
2 (紛争の成熟性)
協定永住資格は、二国間条約によつて付与されたもので、期間、目的の制約を受け
ない在留資格であり、原告にとつて日本国との権利義務関係・法律関係全般を左右
する法的地位そのものである。原告は、一貫して協定永住資格を現に有しているも
のと主張している。これに対し、被告国は、原告の協定永住資格が昭和六一年八月
一四日の時点で失効したと判断し、原告に対してこの主張に沿つた不利益な取扱い
をしている。即ち、被告国は、昭和六一年八月一四日、原告の出国に際し、原告の
外国人登録を閉鎖した。被告国は、原告が昭和六三年六月二八日に帰国した際、原
告の協定永住資格保有の主張を認めず、入国を拒絶して退去を求め、異議申立手続
に対し、法務大臣の裁決の特例として特別在留許可という極度に限定した在留しか
認めないという取扱いをした。法務大臣の裁決の特例は、正規の入国を許されない
者に対する法務大臣の自由裁量による例外的救済措置であつて、協定永住資格とは
質的に相違するものである。在留期間更新の制度があるものの、その許否は、法務
大臣の自由裁量に委ねられており、いつ更新を拒絶されるか分らない。原告は、勉
学のため再び出国したが、再入国許可自体についても、協定永住資格の場合におけ
る好意的取扱いは保障されなかつた。以上のように、原告は、出入国及び在留に限
つても、協定永住資格保有とは比較にならない不利益な取扱いを経験し、不安定な
法的地位を強いられている。本件の紛争は、最終的な争点である協定永住資格の有
無が争われているので、十分な成熟性を有する。
三 (国家賠償を求める訴訟)
仮に本件処分取消訴訟が不適法として却下される場合であつても、本件国家賠償訴
訟は、独立の訴えとして審理判断すべきである。
1 (関連請求の独立性)
本件国家賠償訴訟は、本来、別個の訴えとして提起しうる実質を有している。この
実質は、たとえ行政事件訴訟法上の関連請求として提起したからといつて失われる
ものではないというべきである。行政事件訴訟法第一六条は、単に併合要件を定め
たに過ぎないのであつて、関連請求の独立性を否定する趣旨を含むものではない。
かえつて、同法第一九条は、訴えの追加的併合と取下げにより訴えの交換的変更と
同様の結果となることを許容しており、関連請求の独立性を認めていると解され
る。
2 (訴訟経済上の要請)
仮に国家賠償訴訟を不適法として却下されれば、原告は、国家賠償訴訟の再訴をす
べき煩と費用を強いられるほか、既に係属していた訴訟関係をも失うことになる。
他面、被告国は、原告の再訴があれば応訴せざるをえないのである。
第四 請求の原因に対する被告らの認否
一 (原告の地位・経歴)
1 請求の原因一1の事実のうち原告が父方から見て在日二世、母方から見て在日
三世であることは知らない。その余の事実は認める。
2 同一2の事実のうち原告が出生以来日本国に居住していることは知らない。そ
の余の事実は認める。
3 同一3、4の各事実は知らない。
二 (本件処分)
同二の事実は認める。
三 (本件処分の違法性)
1 同三1の事実のうち原告が昭和五六年一月九日に指紋押捺を拒否したことは認
める。その余の主張は争う。
2 同三2の事実のうち被告法務大臣が原告の指紋押捺拒否の後である昭和五六年
四月六日原告の米国渡航に関する再入国許可申請に対して許可を与え、原告がこれ
に基づき出国・再入国をしたことは認める。原告の右渡航が在日大韓キリスト教ア
リランコーラスのピアノ伴奏者として随行するためであつたことは知らない。その
余の主張は争う。
四 (協定永住資格存在確認)
1 同四1の事実のうち原告が昭和六一年八月一四日海外へ出国した事実は認め
る。その余の事実は争う。
2 同四2の事実は認める。
五 同五の主張は争う。
第五 本案について被告らの主張(本案前の主張の敷行を含む。)
一 (本件処分に至る経緯)
1 原告は、昭和三四年一二月一日、大阪市<地名略>において、韓国人の父A・
母Bの長女として出生した。当時、Aは、本邦に不法入国し、不正に入手した外国
人登録証明書(韓国人H名義)を使用するなどして居住していた。そのため、原告
は、同月一四日、Iという氏名で出入国管理令(昭和五六年法律第八六号による入
管法改正により、現在は入管法第二二条の二)に規定する在留資格取得の申請をし
た。被告法務大臣は、原告に対し、同令第四条第一項第一六号、特定の在留資格及
びその在留期間を定める省令(昭和二七年外務省令第一四号)第一項第二号(昭和
五七年一月一日からは、入管法施行規則第二条第二号に同旨の規定がある。)に該
当する者としての在留資格を認め、在留期間を三年とした。また、原告は、昭和三
四年一二月一四日、神戸市灘区長に対して外登法第三条に基づく新規登録の申請を
し、同区長は、即日これを認め、I名義の外国人登録証明書を交付した。その後、
原告は、福岡県小倉市(現在の北九州市<地名略>)に転居し、昭和三六年一月三
〇日、同市長に居住地の変更登録申請をした。原告は、氏名をIとしたまま、昭和
三七年一二月及び昭和四〇年一二月の二回にわたり、父母との同居を理由とする入
管法第二一条第二項所定の在留期間更新許可申請(以下、「在留期間更新許可申
請」というときは、同条項所定のものをいう。)をしていずれも許可されるととも
に、外登法第一一条第一項所定の確認申請(以下、「確認申請」というときは、同
条項所定のものをいう。)をして、その都度新たな外国人登録証明書が交付され
た。
ところが、原告の父Aは、昭和四三年九月二四日、下関入国管理事務所(昭和五六
年四月組織改編により広島入国管理局下関出張所となつている。)に出頭し、前記
の不法入国とH名義の外国人登録証明書を不正に入手した事実などを申告した。同
入国管理事務所は、同人につき入管法第二四条第一号該当容疑で退去強制手続を進
めていたが、同人から被告法務大臣に対し入管法第四九条に基づく異議の申出がな
された。被告法務大臣は、審理の結果、同法第五〇条に基づき、特別在留許可を与
えた。これに伴い、外登法上の諸申請がされ、新たにAとしての外国人登録証明書
が交付された。原告についても、昭和四三年一二月、Jとして在留期間更新許可申
請及び確認申請がされ、いずれも認められて、新たな外国人登録証明書が交付され
た。
2 原告は、北九州市<地名略>に居住していたが、昭和四四年六月一七日、いわ
ゆる協定永住許可取得のため、日韓地位協定第一条1の規定に従い、昭和二〇年八
月一五日以前から引き続き本邦に居住しているBの直系卑属であるとして、協定永
住許可申請をした。被告法務大臣は、同年一〇月一日、これを許可した。原告は、
昭和四六年一二月六日、北九州市小倉区長に対し、確認申請をした。間区長は、こ
れを認めて、新たな外国人登録証明書を交付した。更に、原告は、指紋押捺を必要
とする一四歳に達した後の昭和四九年一二月二日及び昭和五二年一二月二日、同市
小倉北区長に対し、確認申請をし、その際、指紋押捺のうえ、新たな外国人登録証
明書の交付を受けた。
なお、原告は、昭和四六年五月一二日親族訪問を目的とする韓国向け再入国許可申
請をし、昭和五五年三月一日春季学生研修を目的とする韓国向け再入国許可申請を
し、被告法務大臣は、いずれもこれを許可した。
3 原告は、昭和五六年一月九日北九州市小倉北区役所に出頭し、七回目の確認申
請をした際、指紋押捺を拒否し、同区役所職員の度重なる説得にも応じなかつた。
そのため、同区長は、昭和五八年五月一四日、右の指紋不押捺につき外登法第一八
条第一項第八号の罰則に該当するなどとして、福岡県警察小倉北警察署長に告発し
た。原告は、同年一一月二六日同法違反により福岡地方裁判所小倉支部に公訴を提
起され、昭和六〇年八月二三日罰金一万円の有罪判決を受け、福岡高等裁判所に控
訴を申し立てたが、昭和六一年一二月二六日控訴棄却の判決を受けた。このような
状況下において、原告は、指紋を押捺することなく、昭和六一年一月四日、小倉北
区長に対し、八回目の確認申請をした。その際、原告は、同区役所職員から再度指
紋押捺を求められたが、前回同様これを拒否し、その後の説得にも応じなかつた。
同区長は、同年五月三〇日、原告に対し、新たな外国人登録証明書を交付したが、
原告は指紋押捺を拒否したままである。
この間、原告は、昭和五六年四月六日、親族訪問を目的とする韓国及び米国向け再
入国許可申請をし、被告法務大臣は、これを許可した。続いて、原告は、昭和六〇
年二月四日、女性コーラス団のピアノ伴奏を目的として、カナダ向け再入国許可申
請をしたが、被告法務大臣は、前記の指紋押捺拒否の事情をも考慮して、同年三月
一三日付でこれを不許可とした。更に、原告は、昭和六一年五月三〇日、福岡入国
管理局小倉港出張所に出頭し、渡航先を米国、旅行目的を米国インデイアナ大学留
学、出発予定を同年七月一〇日、再入国予定を昭和六二年七月等として、再入国許
可申請をした。しかし、被告法務大臣は、原告の外登法違反の状態が依然として継
続し、しかも翻意の意思が認められないことなどから、原告の右の申請を許可する
ことは相当でないと判断し、同年六月二三日これを不許可とし、同月二四日付文書
をもつて、原告にその旨を通知した。これが本件処分である。
4 なお、原告は、昭和六一年八月一四日、再入国許可を受けないまま東京入国管
理局成田支局において入国審査官の出国の確認を受け、成田空港から米国へ向け出
国したが、昭和六三年六月二八日、新たに本邦への上陸を申請し、入管法所定の審
査手続を経たうえ、同法第一二条第一項第三号に基づく被告法務大臣の上陸特別許
可を受け、同法第四条第一項第一六号、同法施行規則第二条第三号に基づく新たな
在留資格と在留期間(一八〇日)を付与されて本邦に在留することになつた。更
に、原告は、同年七月二〇日付をもつて、別途、再入国許可を受け、同年八月五日
出国した。
二 (本件処分の適法性)
1 (外国人の入国・在留・一時的渡航の権利)
外国人に対しその入国を許すか否かは、国家主権の作用として、条約の定めがない
限り、当該国家の自由である。憲法第二二条第一項は、日本国内における居住・移
転の自由を指すものであるから、入国の自由の根拠とはなりえない。同条第二項に
規定する移住の自由には、海外渡航の自由が含まれると解されるが、これは、日本
国民の一時的渡航目的による出国の自由を定めたものであつて、外国人の入国(再
入国)の自由を定めたものではない(出国した日本国民の帰国の自由は、この規定
を俟つまでもなく、国民の絶対的権利として保障されている。)。
そもそも外国人を入国させるか否かは、国家の主権に係る事柄であり、それぞれの
国の広範な裁量に委ねられるべき問題である。外国人に本邦への入国の自由が保障
されているものではない。
2 (国際人権規約B規約第一二条第四項、憲法第九八条違反の有無)
国際人権規約B規約第一二条第四項の「自国」が国籍国を指すことは、文理解釈か
らも、同規約第一二条第二項、第二五条の「自国」との対比からも自明である。ま
た、審議経過を見ても、「自国」を「国籍国」の意味であることを明確に表明した
国はあつたが、逆に、「定住国」を含む趣旨であることを明示的に主張した国はな
かつた。本件処分が憲法第九八条第二項の規定する条約の誠実遵守義務に違背する
ものではない。
3 (再入国許否処分の裁量と違法性の判断基準)
入管法によれば、再入国許可とは、日本国に滞在する外国人がその在留期間の満了
前に再び入国する意図をもつて本邦から出国しようとする際、法務大臣が事前に当
該外国人に対し先の在留条件のまま再入国の許可を与えることをいう(同法第二六
条第一項)が、この再入国の許可は、本邦に在留する外国人に対し、先に決定され
た在留資格及び在留期間のままで再入国することを認めるという処分に過ぎず、そ
の者に新たな在留資格を付与するものではない。再入国を許可するに当つては、当
該外国人が在留資格を有していることが当然の前提でなければならない。このこと
は、本来、外国人は在留資格を有しなければ本邦に上陸することができず(同法第
四条第一項)、通常の入国手続においては、入国審査官が外国人の旅券に上陸許可
の証印をする場合に、当該外国人の在留資格及び在留期間を決定し、旅券にその旨
を明示しなければならないとされているが(同法第九条第三項本文)、当該外国人
が再入国の許可を受けている場合には、在留資格及び在留期間を決定することを要
しないとされていること(同法第九条第三項但書)、再入国の許可の有効期間が一
年以内で且つ在留資格を前提とする在留期間の範囲内に限られること(同法第二六
条第三項、第一項)からも明らかである。
憲法第二二条第一項は日本国内における居住・移転の自由を、第二項は外国に移住
する自由を保障する旨を規定するにとどまり、外国人が我が国に入国することにつ
いては何ら規定していない。国際慣習法上、国家は、外国人を受け入れる義務を負
うものではなく、特別の条約がない限り、領土主権の作用として、外国人を自国内
に受け入れるかどうか、また、受け入れる場合にいかなる条件を付すかを自由に決
定することができる。法務大臣は、再入国許可申請に対する許否を決定するにあた
つては、適正な出入国管理行政の保持という観点に立つて、申請自体の必要性・相
当性のみならず、当該外国人の在留期間の一切の行状、国内の政治・社会情勢、国
際情勢・外交関係など諸般の事情を斟酌したうえ、的確な判断をしなければならな
い。このような判断は、事柄の性質上、出入国管理行政の責任を負う法務大臣の裁
量に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待することができないものと考えら
れる。このような点に鑑みると、入管法第二六条第一項前段等が法務大臣の再入国
拒否につき何ら処分要件等を規定しなかつたとはいえ、許否の判断を法務大臣の広
範な裁量に委ねる趣旨であることは明らかである。
このような再入国許可制度の法的性質に鑑み、その不許可処分が違法となるのは、
法の認める裁量権の範囲を超え、又はその濫用があつた場合に限られる。しかも、
その裁量の範囲が極めて広範であることを併せ考えると、法務大臣の判断が全く事
実の基礎を欠き、又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限
り、裁量権の範囲をこえ又はその濫用があつたものとして違法となるというべきで
ある。
4 (指紋押捺)
ア (指紋押捺制度)
外国人登録令(昭和二二年勅令第二〇七号)によつて、約六〇万人の外国人につい
て新たに登録が実施されたが、当時朝鮮半島から多数の不法入国者が流入していた
こと、登録申請事項にかかる外国人の身分事項等が我が国で十分に把握されておら
ず本人の申立てだけで登録せざるをえなかつたこと、また、外国人登録証による配
給受給のため二重登録・幽霊登録等の不正が続出したほか、他人名義の登録証明書
を入手して写真を貼り替えて名義人になりすますなどの不正も多発して、外国人登
録が在留外国人の実態を正確に把握するものとはいいがたい状況にあつた。そこ
で、昭和二七年の外登法の制定に際し、外国人を誤りなく特定して登録すること、
その後の人物の同一人性(登録の一貫性)確認手段として、指紋押捺制度が採用さ
れ、昭和三〇年四月から実施された。外国人の指紋押捺制度は、その人物を正確に
特定して登録するうえで必要性の極めて高いものであり、指紋は、万人不同・終生
不変という特性を有し、簡便且つ最も確実な手段である。この制度の目的の第一
は、外国人の登録・特定の正確性を維持することにあり、当該外国人を誤りなく特
定し、人物の同一人性を確認するため登録原票に指紋を押捺させるとともに、これ
を市区町村において保管し、全国各地に在留する外国人の指紋原紙を法務省が集中
管理し、更に、携帯が義務づけられている登録証明書に指紋を押捺させ、必要に応
じ人物の確認を的確に行うことができるようにしている。また、目的の第二は、不
正登録等の発見及び防止にある。指紋押捺制度は、現在のところ、外国人登録制度
にとつて不可欠の前提である人物の特定・同一人性の確認を実現するうえで最も客
観的・合理的な方法であり、これに代替する手段はない。
イ (指紋押捺と憲法第一三条、第一四条、国際人権規約B規約第二条第一項、第
二六条違反の有無)
憲法第一三条の中に外国人の指紋を採取されない自由又は権利が含まれるかは疑問
がないわけではないが、仮に含まれるとしても、このような自由又は権利の保障
は、「公共の福祉に反しない」限度でしか保障されていないのである。ところで、
指紋は、通常衣服に覆われていない部位である指先の体表の紋様であつて、人目に
触れうるものであり、指先の形状は人の身体的特徴あるいは精神的特徴とは結びつ
いていないものであるから、指紋を知られることそれ自体によつて、人が私生活の
自由の一内容として秘密にしておきたい個人の私生活の在り方・思想・信条等が知
られるものではなく、指紋押捺自体には、犯罪者扱いされる屈辱感等の精神的苦痛
が伴うことを別にすれば、肉体的弊害もほとんどない。これに対して、国家が指紋
を採取・保有及び使用することは、適正な外国人管理という公益目的を達成するた
めに必要且つ合理的なものであるから、指紋押捺制度の採用・実施は、公共の福祉
による制限として憲法の許容するところといわなければならない。従つて、指紋押
捺制度は、憲法第一三条に違反するものではない。
憲法第一四条、国際人権規約B規約第二条第一項、第二六条の法の前の平等は、絶
対的平等ではなく、合理的理由による差別を許容するものである。現在の国際社会
においては、国家の構成員である国民と非構成員である外国人との間に基本的地位
の違いがあることは否定することができず、我が国に在留する外国人の居住関係及
び身分関係を明確にし、在留外国人の公正な管理に資することを目的とする外国人
登録制度を設け、その登録の正確性を維持するため指紋押捺制度を採用したことに
は合理的な根拠がある。外国人に対して指紋押捺制度を設けているのは、日本国民
の場合日本国民であることが明らかな限りそれ以上に同一人性を確認する必要がな
いのに比べ、外国人であることが明らかであるだけでは足りず、入国又は在留資格
を有する者であることを具体的に確定しなければならないからである。外国人は、
氏名・生年月日その他の身分関係が明確でないことが多く、一般的に見る限り、そ
の在留期間が短く、係累が少ないなど我が国への密着性が薄いので、同一人性の確
認には困難を伴う。指紋押捺制度を設けないとするならば、我が国に在留する資格
のない不法入国者・不法在留者が在留資格のある外国人になりすますことが容易で
ある。この点は、在日韓国人中のいわゆる定住外国人の場合においても、本質的な
差異はない。従つて、在留外国人の適正な管理を目的とする外国人登録制度とその
登録の正確性を維持することを目的とする指紋押捺制度を採用したことには合理的
な根拠があり、これをもつて法の前の平等に違反するということはできず、憲法第
一四条、国際人権規約B規約第二条第一項、第二六条に違反するものではない。
ウ (指紋押捺と国際人権規約B規約第七条、第一七条第一項違反の有無)
指紋押捺制度は、正当な行政目的のもとに必要性及び合理性があるから、国際人権
規約B規約第七条の非人道的な若しくは品位を傷つける取扱いの禁止の規定に違反
するものではない。
また、指紋押捺制度は、「恣意的」なものでもなければ、「不法」なものでもない
から、国際人権規約B規約第一七条第一項のプライバシー権の保障の規定に違反し
ない。
エ(外登法改正法の趣旨)
外登法は、昭和六二年法律第一〇二号によつて改正された。その趣旨は、現在で
は、我が国を取り巻く国際環境が改善され、航空機の大型化による大量高速輸送時
代を迎えて国際交流が一層活発化してきており、国内の経済・社会・雇用・治安な
どの諸環境も安定化しつつあり、これに伴い出入国管理をめぐる内外の情勢も、全
体として見れば徐々に改善の方向に向いつつある。反面、不法入国者、不法在留者
は、依然跡を絶たない。そこで、指紋押捺制度の維持が外国人登録制度の正確性を
担保するため不可欠であるとの考え方を堅持しつつ、政策的考慮からその手続面に
変更を加えることで在留外国人の心理的負担の軽減を図ろうとしたのである。外登
法改正法は、従来の指紋押捺制度が不合理なものであつたことを前提としているの
ではなく、原告の意図的で公然と行う外登法違反の行為を適法化するものでないこ
とはもとより、被告法務大臣のした本件処分を違法化するものでもない。
5 (本件処分の理由と適法性)
本件処分は、原告が昭和五六年一月九日北九州市小倉北区役所において確認申請を
し登録証明書の交付を受ける際、同区役所職員から指紋押捺を求められたのを拒否
し、更に、昭和六一年一月四日同区役所において確認申請を行つた際にも指紋押捺
を拒否したことを主な理由とする。
確かに、被告法務大臣は、昭和五六年四月六日、原告の再入国許可申請に対し、許
可を与えた。これは、当時指紋押捺拒否者の数が極めて少く、指紋押捺拒否が大規
模な運動として展開されていなかつたため、原告が今後指紋押捺の説得に応ずる可
能性が残されていたからである。ところが、昭和五九年から昭和六〇年にかけて指
紋押捺拒否運動が全国的な広がりを見せ、在日外国人団体において、指紋押捺制度
反対意思表明方法として、登録証明書の切替えに際して押捺しない意向を示し、当
局の説得期間中も拒否するいわゆる留保運動を展開したため、指紋押捺を留保する
者が続出し、指紋押捺拒否という行動が一つの社会運動として展開され、外国人の
中に徐々に外登法を軽視する風潮すら生じ、我が国の外国人管理行政上由々しき事
態となつた。一方、原告は、昭和五六年一月一日に父Aを中心とする家族会議にお
いて父らとともに指紋押捺拒否の決心をしたというのであり、同月九日の確認申請
の際に指紋押捺を拒否した。原告は、昭和六〇年二月四日女性コーラス団のピアノ
伴奏者として米国・カナダに向うべく再入国許可申請をし、同年三月一三日被告法
務大臣による不許可処分を受け、更に、同年八月二三日福岡地方裁判所小倉支部に
おいて指紋押捺拒否を理由とする外登法違反により罰金一万円に処する旨の有罪判
決を受けたが、原告の指紋押捺を拒否する態度は一貫して変らなかつた。外登法
は、我が国の国会の審議を経て成立した法律であつて、これを踏みにじる原告の行
動は許されるべきものではない。原告は、指紋押捺を拒否することが外登法違反に
当る行為であることを十分に承知しており、切替えの申請や再入国許可申請の際指
紋を押捺するよう説得されながら拒否していたもので、法律に定められた義務の意
図的な不履行である。原告が外国人として滞在国である我が国の在留外国人に対す
る管理上の規制を受けるのは当然のことであり、原告の右行為は、外国人登録制度
の基本的秩序を乱すものであつて、我が国における外国人の公正な出入国や在留の
管理を危うくするものであり、外国人の滞在国において許される在留活動の範囲を
逸脱するものである。
そこで、被告法務大臣は、昭和六一年六月二四日、前回不許可にした時点にもまし
て、原告が今後指紋押捺の説得に応ずる見込みが明らかにないものと認め、外登法
に対する遵法精神を著しく欠如するものと判断し、その他申請自体の必要性・相当
性・原告の外国人としての在留中の一切の行状・指紋押捺拒否が社会運動化してい
る国内の政治社会情勢・国際情勢・外交関係等諸般の事情を総合判断し、本件処分
をした。
三 (協定永住許可の失効・協定永住資格の喪失)
1 (協定永住資格の沿革及び性格)
日本国との平和条約(昭和二七年条約第五号)が昭和二七年四月二八日に発効した
ことにより、戦前から日本に居住する朝鮮半島出身者とその子孫は、右発効の日に
おいて日本の国籍を喪失することになつた。平和条約発効後の在日韓国人の日本在
留上の法的地位に関しては、「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に
基く外務省関係諸命令の措置に関する法律」(昭和二七年法律第一二六号)、出入
国管理令(昭和二六年政令第三一九号)、特定の在留資格及びその在留期間を定め
る省令(昭和二七年外務省令第一四号)によつて在留資格が与えられ、在留期間が
三年とされていた。これは、これらの者がかつて日本国籍を有し、戦前から本邦に
居住していた者、又はその子孫であるという特殊な事情を考慮したものである。
これらの者のうち大韓民国の国籍を有する者の我が国における法的地位及び待遇を
定めるため、日韓地位協定が結ばれ、出入国管理特別法が制定され、申請期間内に
申請すれば、協定永住資格が与えられることになつた。
出入国管理特別法は、我が国における外国人の出入国の管理に関する一般法である
入管法の特別法として制定されたものであるから、出入国管理特別法に規定がない
ものについては入管法の規定及び法理によることになる。日韓地位協定第五条、出
入国管理特別法第七条も、このことを明らかにしている。
協定永住資格と入管法上の一般の永住資格とを比較すると、ともに在留活動に制限
はなく、且つ、退去強制事由に該当する場合を除き、当該外国人が本邦に在留を希
望する限り、自己の意思に反して国外に退去させられることがないという点では共
通しているが、許可要件及び退去強制事由において差異がある。許可要件について
は、昭和五六年法律第八五号をもつて改正された入管法附則第七項による特例永住
許可を除き、一般永住資格がその外国人の素行が善良であり独立の生計を営むに足
りる資産又は技能を有することのほか、その者の永住が日本国の利益に合すると認
められるときに限つて許可される(入管法第四条第一項第一四号、第二二条第二
項)のに対し、協定永住資格は、日韓地位協定第一条1及び2に規定する要件をも
つて覊束的に許可されている。また、退去強制事由についても、協定永住資格者
は、一般永住資格者を始めとする一般の在留外国人に等しく適用される入管法第二
四条第四号の各事由が当然に退去強制事由になるのではなくて、これをより限定的
に列挙した日韓地位協定第三条所定のいずれか(出入国管理特別法第六条第一項各
号)の一つに該当することが必要とされている。
2 (協定永住許可の失効・協定永住資格の喪失)
このような資格の取得に当つての特例と一旦付与された協定永住資格の存続要件の
問題とは別問題である。協定永住資格も、制度の沿革からすれば、本邦に在留する
ことができるという点において、在留資格の一態様として設けられたものである。
一旦付与された協定永住資格の存続要件は、一般法である入管法によることになる
から、日韓地位協定第四条による種々の特典を除けば、一般在留資格と何ら変ると
ころはないというべきである。言い換えれば、協定永住資格の場合も、一般在留資
格と同様に、その存続は、当該外国人と本邦との場所的結合状態が維持されている
ことを前提としており、この場所的結合関係が失われれば、協定永住許可も失効す
る。
従つて、永住許可を受けた者であつても、入管法所定の再入国許可を受けないで本
邦から任意に出国し、あるいは本邦から退去強制されるなどにより場所的結合関係
が失われれば、永住資格も、当然に喪失することになる。
以上により、原告の協定永住資格は、原告が昭和六一年八月一四日、再入国許可を
受けないまま本邦から出国した時点で当然に喪失した。
第六 本案について被告らの主張に対する原告の反論及び原告の主張の敷行
一 (本件訴訟の歴史的背景)
1 (在日韓国人・朝鮮人の形成)
在日韓国人・朝鮮人は、戦前の日本の植民地政策によつて形成された。明治四三年
の日韓併合以降日本国内の労働力補給のために強制連行等により移住させられ、そ
の数二二〇万人といわれている。戦時中の生活は、辛酸を極め、多数の人命が失わ
れた。昭和二〇年の日本の敗戦に伴い、大多数が帰国したが、戦後処理と朝鮮戦争
に連なる日本国内及び朝鮮半島の社会的混乱等の事情により、帰るに帰れない人々
が日本に定住するところとなつた。その数約六〇万人で、現在の在日韓国人・朝鮮
人のルーツである。
2 (日本国籍の喪失)
在日韓国人・朝鮮人は、戦前、日本国籍者とされていた。昭和二七年、日本国との
平和条約の発効に伴い、本人の意思とは無関係に一方的にその日本国籍はなくなつ
たものとされた。一方で恩給等の戦後補償の対象から外されるなどその生活に特段
の保護は与えられなかつた。他方で「外国人」として取り扱われることにより、外
国人登録・登録証の常時携帯義務・退去強制等その生活を制約し、時には破壊する
ような管理制度の下に置かれることになつた。
3 (指紋押捺制度と再入国不許可)
このような管理制度の一つに指紋押捺の強制があつた。
それは、戦前の管理を連想させ、また、犯罪者同然の扱いであるとして、日常的な
被差別体験に基づく民族的被差別感と直結した。「外国人は、在留期間も短く、係
累も少ないから、同一人の確認が困難であり、指紋によつて特定するほかはな
い。」と法務省の説く一般論は、到底在日韓国人らの納得できるものではなかつ
た。在日韓国人らは、外国人登録をしている在留外国人の大多数を占め、戦前から
日本国に定住し、二世・三世ともなれば生まれてから死ぬまでこの国に住み、家族
に囲まれ、子供を生み育て、そして日本人とともに生活しているからである。こう
して、指紋押捺義務に対する良心的拒否者が生まれ、次第に日本人をも巻き込んだ
指紋押捺制度撤廃運動となつた。これに対し、日本政府は、皮相的な運用改変や法
改正を準備する一方で、外登法に刑事制裁があるにもかかわらず、指紋押捺拒否者
に対し更なる制裁として、また指紋押捺拒否を断念させる手段として、再入国不許
可処分を課した。
4 (指紋押捺制度の非合理性)
ア (日本国の指紋押捺制度)
制度として指紋を採取している他の国々は、自国民からも指紋を採取しているか、
出生地主義のため二世以降は外国人ではなくなる国であるかのいずれかである。昭
和六二年の外登法改正法以前の制度は、外国人からだけ、国家との結び付きの程度
とは関わりなく、何世代にもわたつて同一人から繰り返し指紋を採るという特異な
ものであつた。従つて、諸外国の立法例を参照するのであれば、むしろ、日本国の
制度の異様性を問題にすべきである。また、戦前において、朝鮮人支配の手段とし
て、特高警察が指紋採取を行つていた事実も銘記されねばならない。
イ (指紋押捺制度の成立)
法律上外国人登録制度に指紋押捺制度が導入されたのは、昭和二七年である。その
経緯について、被告らは、その当時の在留外国人に関する不正登録制度等の除去を
根拠としているが、このことは、公式記録と一致しない。即ち、昭和二六年の国会
議事録によれば、朝鮮戦争によつて朝鮮半島からの難民の流入等を危惧した当時の
立法者が非常事態立法の一環として外登法に指紋押捺制度を導入した。指紋押捺制
度の異様性は、ここに端を発している。導入当初は、二年毎に繰り返し指紋を採取
して照合するというものであつた。
ウ (指紋押捺制度の変遷)
指紋押捺制度導入後は、立法当初予測された非常事態には至らず、国内外情勢の安
定に伴い、一年未満の在留者の指紋押捺義務の免除(昭和三三年) ・換値分類の
廃止(昭和四五年)・再交付時の十指指紋の廃止(昭和四六年)・指紋原紙への押
捺省略(昭和四九年)という経過で、指紋押捺制度は、形骸化の一途を辿つた。こ
のうち、換値分類の廃止と指紋原紙への押捺省略が重要である。
先ず、換値分類とは、指紋の特徴を五桁の数字に置き換えて分類するものであつ
て、指紋照合に用いられる技術である。これが昭和四五年に廃止されたということ
は、法務省が外国人登録証の切替時に採取した指紋を厳密に従前の指紋と照合する
ことを放棄したことを意味する。
次に、指紋原紙への押捺義務は、法務省送付用の指紋を採取するためのものであ
る。法務省は、昭和四九年、二回目以降の指紋押捺の場合には指紋原紙への押捺を
省略してよい旨の通達を発している。このことは、法務省が登録証切替時に採取し
た指紋そのものを入手しないことを意味する。従つて、この時点で、切替時毎の指
紋採取は、実質的な意味を失つた。このような運用変更は、昭和六二年の外登法改
正法以後と同様の運用を肯定するものであつた。指紋原紙への押捺は、昭和五七年
に再開の指示が出されたが、実際に指紋原紙の採取ができたのは、その次の大量切
替時であつた昭和六〇年で、法務省は、昭和四六年からの約一五年間、二回目以降
の指紋を入手しなかつた。そして、昭和六二年には、二回目以降の指紋押捺義務を
原則として廃止する外登法改正法に至つた。
エ 以上のように、立法事実及びその後の運用実態からみれば、指紋押捺制度は、
昭和四五年頃から既に定期的な指紋採取と照合による同一人性の確認という機能を
喪失してしまつている。原告の指紋押捺義務違反は、全くの形式犯に過ぎない。
二 (事実経過)
1 (協定永住資格の取得)
原告の母方の祖父母は、戦前、日本国籍者として渡日し、戦後も日本国に定住し
た。原告は、その直系卑属であり、昭和四四年一〇月一日、協定永住資格を取得し
た。原告は、在日三世であり、母や兄妹も協定永住資格を得、父を含めて家族全員
が日本で暮らしている。
2 (指紋押捺拒否)
原告が指紋押捺拒否の決意をしたのは、日本社会に対して自分達の置かれている地
位や現状を問いかけたかつたからであり、また、積極的に訴えかけないと現状を変
えることはできないという思いからであつた。
3 (再入国不許可・出国・帰国)
指紋押捺拒否後の昭和五六年、原告がピアノ伴奏者として米国へ出国する際、再入
国許可が下りた。しかし、全く同じ目的でカナダへ出国する際には、再入国不許可
となつた。日本国政府は、方針を変更したのである。原告は、G教授の了解を得て
大学入学の手続をとり、昭和六一年五月三〇日、留学のため再入国許可申請書を提
出したが、不許可となつた(本件処分)。
米国は、人道的見地から査証の発給を認めた。原告は、出国を決意し、同時に、自
分の故郷が日本であると思つていることを明確にするため、本訴を提起した。出国
手続に際し、入国審査官からこのまま出国すれば協定永住資格を失うことを了解し
て出国するという趣旨の書面に署名するよう求められたが、その根拠を問い、署名
を拒否した。出国に当つて、原告の外国人登録証は取り上げられ、原告の外国人登
録は閉鎖された。
原告は、出国後一年を経過する前に、ニユーヨーク日本大使館及び法務省に対し、
再入国許可延長申請を提出した。再入国許可の期間が原則として一年とされている
ことから、そうした形式的な点を捉らえて協定永住資格喪失の扱いを受ける不安が
あつたからである。理由として「『協定永住許可』身分を保持するため」と記載し
た。
原告は、出国後二年を経過する前に帰国することにした。再入国許可の期間が最長
でも二年とされていることから、二年以上日本を離れていることによつて、もはや
永住の意思がなくなつたと扱われたくなかつたからである。
原告は、帰国に当り、日本行航空機の搭乗手続をしたが、航空会社から再入国許可
がないことを理由に拒否され、日本の査証を取るよう言われたものの、それでは一
般旅行者として日本へ入国することになるから、永住意思の放棄と扱われたくなか
つたので、ソウル行飛行機に搭乗し、途中日本で降りるという方法をとつた。入国
審査官は上陸を認めなかつた。協定永住資格があるから入国することができる筈だ
と主張したが、所定の異議申立手続をとらなければ国外に退去させると告知され
た。原告は、やむをえずその手続をとつたが、その結果、本来入国資格のない者に
対する例外的措置である法務大臣の裁決の特例という特別在留許可(一八〇日間)
ということになつた。
三 (協定永住資格の性質と内容)
1 (協定永住資格の性質)
協定永住資格の根拠である日韓地位協定及び出入国管理特別法は、「許可」という
文言を用いている。これは、不許可もありうるという意味での「許可」ではない。
歴史的経緯を踏まえ、日韓地位協定及び出入国管理特別法に定める者に永住権を付
与するものであるから、不許可の裁量権行使が法的に認められていない。協定永住
許可は、法的には本人の日本国永住の選択の届出に対する確認行為である。
協定永住資格は、属人的な歴史的事実とその法的確認に基づき日韓地位協定等によ
り日本に永住することを基本として、日本国民と同様に納税義務を負う反面、在留
中の活動内容には何ら制限がなく、再入国許可の優遇を受け(日韓地位協定討議の
記録中日本側代表発言f項)、日本の公教育を受ける権利(日韓地位協定合意議事
録第四条関係1)・生活保護の受給資格(同2)などを有し、当初から国民健康保
険の加入資格を認められていた(同3)。
2 (協定永住資格の失効・剥奪)
協定永住資格の失効・剥奪は、大韓民国国籍を喪失した場合の失効(出入国管理特
別法第五条)・極めて重大な罪を犯した場合の退去強制(日韓地位協定第三条、出
入国管理特別法第六条第一項、第二項。これは、入管法第二四条所定の一般の要件
に比べると、大幅に限定されたものである。)に該当する場合以外は、明文上認め
られていない。協定永住資格の取得については、日本国での居住が要件となつてい
るが、その存続についてまで日本国での居住継続が要件であるとする明文の規定は
ない。
四 (「自国」に戻る権利)
1 (海外渡航の自由)
当該国の国籍を持たない者でも永住することによりその国に生活の本拠を持つ者
は、その国の国民と同様、海外渡航の自由が保障されるべきである(憲法第二二
条)。このことを明確にしたのが国際人権規約B規約第一二条第四項である。
2 (国際人権規約B規約第一二条第四項の「自国」の意義)
ア 国際人権規約B規約第一二条第四項正文にいう「自国」なる用語がその者の国
籍国のみを意味するかどうかは一義的でない。米州人権条約・ヨーロツパ人権規
約・難民条約などが「国籍」の語を用いているのに比べると、「自国」なる用語が
多義的であるとか、不正確であるとかいう指摘がされてきた。このような場合、審
議過程等を考慮して、その意味を確定するというのが国際慣習法であり、現在では
条約法に関するウイーン条約(昭和五六年条約第一六号)第三二条によつて明文化
されている。
イ (国際連合での審議過程)
国際人権規約B規約の草案は、国際連合経済社会理事会の下部機関であつた人権委
員会が起草した。現在の第一二条第四項に相当する部分の審議経過は、以下のとお
りである。
第五会期において、レバノン案に対するフランス修正案が可決され、この段階で
「国民」の国籍国に「戻る」権利が基本的人権であることが確認された。
第六会期において、第五会期案をどこまで拡大するかに議論の焦点が移行した。会
期前に各国の意見が文書で提出されたが、米国は、海外で生まれた国籍者の国籍国
への入国の保障を含ましめるため、「戻る」を「入る」に置き換えることを提案し
た。他方、オーストラリアは、永住した外国人の海外旅行の保障を含ましめるた
め、「国民」という限定を外して「自国」に置き換えることを提案した。これらの
提案に対して、レバノンは、米国修正案をオーストラリア修正案に同時に含ましめ
るため、オーストラリア修正案の「戻る」を「入る」に再修正することを望んだ。
また、チリは、オーストラリアの考えに同意しつつ、すべてのカテゴリーを含まし
める用語を「戻る」に置き換えることを希望した。しかし、米国とオーストラリア
の対立は解けず、双方の修正案が裁決にかけられ、オーストラリア修正案は、賛成
六、反対七、棄権一で否決された。
第八会期において、オーストラリアが再度修正案を提案し、権利主体を「市民又は
国民」とし、「永久的住居」の保持も必要であるとした。オーストラリアは、第六
会期での提案意図を維持して、永久的住居の概念が入らなければ「自国に戻る権
利」は受け入れられないとの強い態度を示した。これにより、イギリスなどが妥協
を図るため、世界人権宣言の用語を用いることを提案し、最終的に「自国」(世界
人権宣言の文言)とするオーストラリア再修正案が提出され、これが採択されて人
権委員会案となつた。
人権委員会案における「自国」は、以上のように、妥協の産物として、世界人権宣
言の用語を踏襲したものである。当該国家の国籍者に限定されるか否かという問題
に絞つていえば、賛否両方のいずれの意見にも限定しないまま草案として採択され
たというほかない。
人権委員会で起草された草案は、国際連合総会にかけられたが、実質的審議を担当
したのは、第三委員会であつた。
「自国」に戻る権利が国籍者に限定されるべきか否かに関しては、カナダが草案の
用語が不明確であるとしてより限定的な修正案を提出した。しかし、三日後に同修
正案を撤回してしまつたため、明確な形での結論が出されないまま、国際連合総会
で現行の国際人権規約B規約第一二条第四項が採択されることとなつた。この段階
で、右第一二条第四項は、国籍国と永住国の双方を含むものとして確定した。
ウ (国際人権規約B規約第一二条第四項の国内法化)
国際人権規約B規約第一二条第四項が以上のような内容をもつものであるから、日
本国が審議経過における国籍国に限るとの発言の趣旨を貫徹しようと思えば、その
発言に沿つた留保又は解釈宣言をする必要があつた。実際、イギリス・イタリア・
オーストリアなどの各国は、国内法体系に従つて、右第一二条第四項について留保
をしている。日本国が容易にできるこれらの留保又は解釈宣言をせずに国際人権規
約B規約を批准したことにより、永住外国人の帰国権の保障を受け入れたと見ざる
をえない。
3 (自国に戻る権利の内容)
原告は、日本国籍を有していないが、協定永住資格という最も保護された永住資格
を持ち、日本国に定住しているのであるから、国際人権規約B規約第一二条第四項
の権利主体である。そして、その権利行使の内容は、協定永住資格を保持したまま
出国し、帰国することができるというものである。
4 (自国に戻る権利と協定永住資格の確保)
当該国の国籍を有しない永住権者の場合、自国に戻る権利の保障対象は、当該国に
永久的住居を有するものでなければならない。当該国の国籍を有しない者は自由に
出国することができ、永住意思の放棄もできるとされているから、このような者が
一時的に出国する場合は、それに先立ち、当該国に対して、出国が永住意思を放棄
するものでないことを表明し、その確認を受けておく必要がある。この永住意思存
否の判断要素は、純粋に主観的な意思表明だけでは足りず、家族の居住や就業先の
存在等ある程度客観的に裏付けられているものでなければならない。出国に先立つ
永住意思の表明及びその確認と目される制度は、日本国の場合、再入国許可制度し
かない。従つて、永住権者が再入国許可の申請をすることは、永住意思を表明する
ものと看做されるべきである。
5 (原告の永住意思の表明とその裏付けとなる客観的要素の存在)
原告の場合、事実経過に照らせば、永住意思の表明に欠けるところはなく、またこ
れを裏付ける客観的要素にも事欠かないというべきである。即ち、原告は、適法に
再入国許可申請をし、法務大臣の判断(永住意思表明の確認)が下るまで日本国内
に待機していた。本件処分を受けて、これに対する迅速な行政救済措置が定められ
ていないため、本訴を提起した。原告の出国は、やむをえざる緊急避難行為であ
り、適法な出国手続を経るとともに、担当係官から求められた永住意思喪失を承認
する書面に署名することを拒絶した。再入国許可の期間が一年とされていることか
ら、その経過以前に被告法務大臣に対して永住意思を喪失していない旨を書面をも
つて通告した。再入国許可期間の延長期限が二年間であることから、その経過する
以前に帰国した。このように、原告の永住意思の表明は、現行法制度を尊重して適
切になされており、被告法務大臣もその都度確認することができたものである。
また、原告の永住意思を裏付ける客観的要素としては、父母兄妹がいずれも日本に
永住していること、出国の目的自体が留学であることなどであり、原告の出国が一
時的なものに過ぎないことが明白である。
6 (被告国の協定永住資格喪失の取扱いの違法性)
被告法務大臣は、原告の出国に際して、原告の外国人登録を閉鎖し、本訴において
も原告の協定永住許可が失効したものと主張し、原告の帰国に際しても、協定永住
資格保有の主張を認めず、国外退去を告知し、法務大臣の裁決の特例という形で僅
か一八〇日間の特別在留許可しか与えないという措置をとつた。この措置は、国際
人権規約B規約第一二条第四項に反し違法である。
五 (本件処分の違法性)
1 (現行再入国許可制度の違法性と本件処分の違法性)
原告の一時的出入国について、これを「恣意的に」制約することはできない(国際
人権規約B規約第一二条第四項)。この「恣意的に」という要件は、厳格に解釈し
なければならない。単に「合法的」ということだけでは「恣意的でない」とはいえ
ない。被告らは、入管法第二六条の文理解釈を根拠に、被告法務大臣の自由裁量を
もつて再入国許否処分ができるというが、同法条は、上位規範である国際人権規約
B規約第一二条第四項、憲法第九八条に違反するものである。本件処分は、このよ
うな違憲・違法な法律に基づくものであるから違法である。
2 (本件処分の処分理由と違法性)
ア 本件訴訟の争点は、永住権を有する外国人の留学を目的とした海外渡航権の存
否である。憲法及び国際人権規約B規約によつて認められる永住外国人の法的地位
からすれば、法務大臣は、原告の再入国許可申請に対し、その裁量権につき一定の
制約を受け、具体的には旅券法又は難民条約に準じた要件でしか、これを有しな
い。本件処分は、この要件を充足しない理由でなされたものであるから、違法であ
る。
イ 本件処分理由は、国際人権規約B規約第一二条第四項の要件を充足していない
から違法である。
国際人権規約B規約第一二条第四項にいう「恣意的でないこと」とは、単に合法的
であるということだけでは足りず、その内容の公正さが要求される。日本国の出入
国管理に関する法律中、旅券法第一三条第一項第五号、入管法第六一条の二の六第
一項但書の規定では、いずれも国益や公安を根拠としてしか海外渡航を制限しえな
いことになつている。日本国で「恣意的でない」といいうるためには、右規定と同
様の根拠がなければならない。本件処分の理由は、結局のところ、原告が指紋押捺
を拒否したということに尽きるのであつて、右の要件を充足していない。
原告が従前に指紋押捺に応じたことがあり、被告法務大臣が原告の指紋を保有して
いることは、被告らの認めるところであり、また、原告の外国人登録及びこれに伴
う同一人性の確認については、原告の出国直前の時点においても、担当自治体によ
つて行われており、原告の同一人性確認につき疑念が持たれたことは一度もない。
他方、本件処分の僅か七か月後の昭和六二年一月には、法務省自ら二度目以降の指
紋押捺義務を廃止する外登法改正案を発表し、同年三月右改正案が閣議決定され、
同年九月外登法改正法が成立し、昭和六三年六月一日から施行された。
被告法務大臣は、外登法改正法以後において、一度も指紋を押捺していない永住外
国人に対して再入国許可をしている。
ウ 以上の原告の個別的事情、被告国の制度維持上の事情を総合しても、原告が本
件処分時に日本国の利益又は公安を害すると認めるに足りる合理的な理由は見出し
がたい。また、被告法務大臣は、指紋押捺拒否の社会運動化を本件処分の根拠とし
て挙げている。従つて、被告法務大臣は、指紋押捺拒否者の同一人性確認ができな
いからとか、個々的な「遵法精神」の有無ではなくて、まさに「社会運動」を抑圧
するために再入国許否権限を濫用したと断ぜざるをえない。本件処分は、原告の自
国に戻る権利をまさに恣意的に制約したものであり、国際人権規約B規約第一二条
第四項に違反し、違法である。
(証拠)(省略)
○ 理由
第一 (本案前の主張に対する判断)
一 (本件処分取消しの訴え)
1 請求の原因一1の事実のうち原告が父方から見て在日二世、母方から見て在日
三世であることを除くその余の事実、同一2の事実のうち原告が出生以来日本国に
居住していることを除くその余の事実、同二の事実は、当事者間に争いがない。
協定永住資格を有する者の出入国及び在留に関しては、日韓地位協定第五条(「第
一条の規定に従い日本国で永住することを許可されている大韓民国国民は、出入国
及び居住を含むすべての事項に関し、この協定で特に定める場合を除くほか、すべ
ての外国人に同様に適用される日本国の法令の適用を受けることが確認され
る。」)の規定を受けて定められた出入国管理特別法第七条の規定によつて、同法
に特別の規定があるもののほかは入管法によることとされているので、その特別の
規定の主たるものとして永住許可要件(日韓地位協定第四条による羈束的許可)・
退去強制事由(出入国管理特別法第六条が入管法第二四条各号所定より更に厳しく
制限)・大韓民国の国籍喪失による失効(出入国管理特別法第五条)・種々の特典
(日韓地位協定第四条)があるが、在留活動・退去強制事由に該当する場合を除
き、当該外国人が本邦に在留を希望する限り、自己の意思に反して国外に退去させ
られないという点では、入管法に定める一般の永住資格と差異がない。従つて、出
入国及び在留に関しては、協定永住資格を有する者であつても、入管法に定める一
般の永住資格者の場合と同様に、一般法である入管法の規定によるということにな
る。結局、協定永住資格は、本邦に在留することができる資格という点では、在留
資格の一態様と見るべきであるから、在留資格の存続要件は、一般の永住資格者と
同様に、当該外国人と本邦との場所的結合状態の維持、つまり本邦に在留している
ことが前提になり、その反面、この前提を欠くときは、在留資格を喪失するものと
解される。そして、入管法第二六条第一項所定の再入国許可とは、本邦に在留する
外国人がその在留期間満了前に再び入国する意図をもつて本邦から出国しようとす
る際、法務大臣が事前に当該外国人に対し先の在留条件のまま再入国することを許
可することをいうのであるから、この再入国許可は、本邦に在留する外国人に対
し、先の在留条件(在留資格及び在留期間)のままで再入国することを認めるとい
う処分であり、当該外国人に対し、新たな在留資格を付与するものではない。従つ
て、再入国許可には、当該外国人が在留資格を有していることが前提になる。協定
永住資格を有する者についていえば、その者が在留資格を保持したまま再入国する
意図をもつて出国しようとする場合は、入管法第二六条に定める再入国許可を必要
とし、逆に、再入国許可を受けずに本邦から任意に出国した場合は、在留資格を失
うことになる。
原告が昭和六一年八月一四日再入国許可を受けずに本邦から出国したことは、当事
者間に争いがない。成立に争いのない甲第二号証、原本の存在及びその成立に争い
のない乙第二五号証の一、原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和六一年八月
一四日、再入国許可を受けないまま東京人国管理局成田支局において入国審査官の
出国の確認を受け、同日成田空港から米国へ向け出国したことを認めることができ
る。従つて、原告は、この出国により、本邦における在留資格(協定永住資格)を
喪失したものというべきである。
2 これに対し、原告は、本件処分の違法を主張し、本訴を提起した。
ア 原告の主張には、本邦における永住資格を有する外国人は、国際人権規約B規
約第一二条第四項(「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない。」)の「自
国」は、単に「国籍国」を指すだけでなく、「定住国」をも含むのであるから、永
住意思の表明とこれを裏付ける客観的事実があれば、仮令再入国不許可処分があつ
ても、出国の事実だけでは当該永住資格を失うことはないとの部分があり、成立に
争いのない甲第五、第六号証、同第二八号証には、これに沿う記載があり、証人
K、原告本人は、これに沿う供述をする。また、成立に争いのない甲第一八号証の
二、四、同第一九号証、同第二二号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認
められる同第二一号証、原本の存在及びその成立に争いのない同第二三号証、原告
本人尋問の結果によつて真正に成立したと認められる同第一八号証の一、三、原告
本人尋問の結果によれば、原告は、再入国許可のないまま本邦から出国するにあた
り、成田空港において、入国審査官から、このまま出国すれば協定永住資格を喪失
することを確認する旨の文書に署名することを求められ、これを拒んだこと、米国
へ渡つて一年を経過する直前の昭和六二年六月に、在米公館において再入国許可の
有効期間延長願いを申請したが、係官から再入国が不許可であるから有効期間の延
長はありえない旨告げられたこと、また、再入国許可の有効期間延長許可申請書な
る書面(理由として「『協定永住許可』身分を保持するため」との記載がある。)
を父Aを介して法務大臣宛てに提出したが、法務省から法律上意味のないものとし
て返戻されたこと、更に、昭和六三年五月二四日付で被告法務大臣に宛て、協定永
住資格の存続を理由に入国許可申請書なる書面を提出したこと、同年六月米国から
本邦へ入国するにあたり、再入国許可がないので、我が国の査証を得るように勧め
られたのを断り、ソウル行の飛行機に搭乗し、途中日本で降りる方法をとつたこ
と、同月二八日、本邦への上陸を申請したが、本邦における在留資格喪失のため入
管法第七条第一項第一号所定の上陸条件に適合しないと認定され、国際人権規約B
規約第一二条第四項の「自国に戻る権利」ありとして異議を申し出、結局、入管法
第一二条第一項第三号に基づく被告法務大臣の上陸特別許可を受け、同法第四条第
一項第一六号、同法施行規則第二条第三号に基づく新たな在留資格と在留期間(一
八〇日)を付与されて本邦に在留することになつたことが認められる。原告は、右
認定事実をもつて原告の永住意思の表明であると主張し、原告本人尋問の結果によ
つて認められる原告の父母兄妹が我が国に居住していること、出国目的が留学であ
ることをもつて永住意思を裏付ける客観的事実であると主張する。
しかし、用語の通常の意味に従つて解釈すれば(条約法に関するウイーン条約第三
一条第一項(解釈に関する一般的な規則)「条約は、文脈によりかつその趣旨及び
目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとす
る。」)、国際人権規約B規約第一二条第四項の「自国」は、やはり、「国籍国」
を指すものと解釈するのが自然である。国際人権規約B規約第一二条第二項(「す
べての者は、いずれの国(自国を含む。)からも自由に離れることができる。」)
の「自国」が「国籍国」を指すことが明らかなのと対比すれば、尚更、「自国に戻
る権利」の「自国」も同一に解釈すべきである。そして、我が国が同様の解釈・認
識のもとに右規約を批准したことは、成立に争いのない乙第二号証、同第四乃至第
六号証、証人Lの証言によつて認められる。
もつとも、前顕甲第五、第六号証、同第二八号証、成立に争いのない同第四号証、
同第一〇号証、同第一四、第一五号証、同第二六、第二七号証、証人Kの証言によ
れば、例えば、難民の地位に関する条約(昭和五六年条約第二一号)では、明確に
「国籍国」と表現している如く、国籍国を指す場合にはそのように明確にしている
ものもあること、また、研究者の中には、ヨーロツパ人権条約及び米州人権条約で
は、国際人権規約B規約第一二条第二項に相当する条項では「自国を去る権利」と
いう語句が用いられているのに対し、同規約第一二条第四項に相当する条項では
「自己がその国民である国家へ入国する権利」という語句が用いられているという
例もあり、条約の各条項はそれぞれ成文化されるまでの経過・経緯があるので当該
条項毎に検討のうえ解釈すべきであるとし、条約法に関するウイーン条約第三二条
(解釈の補足的な手段)「前条の規定の適用により得られた意味を確認するため又
は次の場合における意味を決定するため、解釈の補足的な手段、特に条約の準備作
業及び条約の締結の際の事情に依拠することができる。a 前条の規定による解釈
によつては意味があいまい又は不明確である場合」の規定によつて、国際人権規約
B規約の国際連合における審議経過を重視すべきものとし、その経過として、大
略、「第六 本案について被告らの主張に対する原告の反論及び原告の主張の敷
行」四2ア、イの事実経過があつて、「国籍国」に限定しようとする意見の国が明
確に「国籍国」との用語をもつて表現しようとしたのに対し、「定住国」を含ませ
ようとする意見の国は、「永久的住居」を有する国との表現を加えようとした結
果、妥協として世界人権宣言第一三条第二項(「すべて人は、自国その他いずれの
国をも立ち去り、及び自国に帰る権利を有する。」)に使われている「自国」の用
語に落ち着き、結局、国際連合総会で採択された時には、「自国」の用語に定住国
を含ませるものとして右条項が確定したのであるから、そう解釈すべきであるとの
見解を発表している者もあることを認めることができるけれども、仮に原告の主張
するように国際人権規約B規約第一二条第四項の「自国」が「国籍国」のみならず
「定住国」をも含ませるものとして確定したものであるとすれば、右「自国」とい
う用語は、条約法に関するウイーン条約第三一条第四項にいう「特別の意味」を有
するものということになるから、同条項によれば、「当事国がこれに特別の意味を
与えることを意図していたと認められる場合」に該当しない限り、原告の主張する
ような解釈はできないというべきである。右に認定した事実経過を見るに、国際連
合の審議において、当事国が「自国」に「定住国」の意味をも与える意図があつた
とすれば、「定住国」又は「永久的住居」という用語の定義付け、永住資格の要
否、国籍国と定住国とが異なる場合の扱いなどの事項について、当然、審議がなさ
れてしかるべきであろうと思われるが、それにもかかわらず、そのような審議がな
された跡は何も窺えない。この点から考えると、当事国において「自国」に「定住
国」の意味をも与える意図があつたとは到底認められないというべきである。
以上のとおりであるから、国際人権規約B規約第一二条第四項の規定をもつて原告
の協定永住資格存続を肯定することはできない。
イ また、原告は、海外渡航の権利があると主張する。
国民が国家の構成員である以上、国民がその国に在住するという関係は、憲法で保
障する以前の問題であるから、憲法第二二条第二項に規定する外国へ移住する自由
には、日本国民が一時的に海外渡航する自由(海外旅行の自由)を含むと解され
る。この自由には、国民の出国の自由とともに、当然、絶対的権利として帰国の自
由が保障されている。他方、国家は、特別の条約がない限り、外国人の入国を許可
する義務を負うものではなく、国際慣習法上、外国人の入国(本邦から出国した外
国人の本邦への再入国)の許否は、当該国家の自由裁量により決定されるものとさ
れているから、本邦から出国した外国人が本邦へ入国(再入国)することは、「権
利」として保障されているとはいえない。このことは、日本国民にとつては、海外
渡航と祖国への帰国という関係になるが、本邦に在留する外国人にとつては、外国
である日本から海外へ出国し、祖国でなく外国に過ぎない日本への再入国という関
係になるので、この両者を同一に考えることはできない。この両者の差異は本質的
なものである。憲法第二二条第二項の規定が外国人に対して日本国民と同様の保障
を与えていると解する根拠はない。ただ、憲法の同条項は、本邦に在留する外国人
に対して、日本国の主権に服している限り、外国へ移住する自由(日本国から出国
する自由)を保障していると解されるが、それ以上に外国人が本邦へ入国(再入
国)する点については、何ら触れていず、これを専ら立法に委ねていると解され
る。本邦に在留する外国人については、入管法に規定していることは、前示のとお
りである。
3 原告は、出国を理由に訴えの利益を欠くことになれば、原告の地位保全に関す
る司法救済がないに等しいと主張する。
原告の保持していた永住資格が協定永住資格という種々の特例の認められる在留資
格であつたことを勘案すると、確かに、原告に対する司法上の救済手段が結果的に
はいささか手薄なものになつてしまつているとの感は否めないが、このような事情
は、本邦に在留するすべての外国人について共通する事柄であつて、先に説示した
とおり、現行法規上、協定永住資格者といえども、本邦への出入国に関しては他の
外国人と同様の扱いを受けることとされている以上、特に法令上の根拠がない限
り、協定永住資格者だけを特別に扱うことはできないというほかない。
4 してみれば、原告は、本件処分の前提となる在留資格を喪失したのであるか
ら、本件処分を取り消してみても、改めて再入国許可処分を受ける余地はないとい
うほかない。従つて、原告には、本件処分の取消しを求める訴えの利益がなく、本
件処分の取消しを求める訴えは、不適法であるというべきである。
二 (協定永住資格存在確認の訴え)
1 先行して提起された本件処分取消しの訴えは、確かに再入国許否処分の基礎と
なる原告の本邦における在留資格(協定永住資格)の存在がその処分の前提になつ
ていて、訴えの利益の存否の関係で原告が現在協定永住資格を有するか否かが争点
となつている。しかし、その判決の効力の及ぶ範囲は、本件処分の違法性の有無で
あつて、在留資格の有無は、前提問題として判断されるに過ぎず、判決によつて直
接確定するものではないというべきところ、後行の協定永住資格存在確認の訴え
は、原告の当該在留資格の存否そのものが訴訟の目的であるから、先行の訴えと訴
訟物を異にし、偶々先行訴訟の訴訟要件の判断と争点を共通にするだけに過ぎない
と見られる。このように両訴を比較して見ると、後行の協定永住資格存在確認の訴
えが重複起訴に当るということはできない。
2 被告国は、紛争の成熟性の欠如を主張する。その趣旨は、あるいは現在の確認
の利益に置き換えて考えることができるというべきところ、そう考えてみても、原
告が昭和六三年六月二八日本邦への入国にあたり上陸特別許可を得たことは、前記
認定のとおりであり、その後これが現在に至るまで更新等により継続しているもの
と推認される。確かに、現在原告に対して退去強制等の不利益が目前に迫つている
などの事情があると認める証拠はない。しかし、原告の主張する協定永住資格と現
に付与されている上陸特別許可とは在留期間も異なり、その他両者の間に差異があ
ることから考えて、原告の協定永住資格の有無をめぐり、双方に争いが存する以
上、現に紛争解決の必要性があるといつて差し支えないと考えられる。
3 従つて、原告の協定永住資格存在確認の訴えを不適法ということはできず、被
告国の主張は、採用することができない。
三 (損害賠償の訴え)
本件の損害賠償の訴えは、本件処分によつて受けた精神的苦痛の慰藉料を求めるも
ので、抗告訴訟たる本件処分取消しの訴えの関連請求として併合提起されたもので
あるが、右抗告訴訟が不適法であることは既に説示したところであるから、行政事
件訴訟法第一六条の併合要件を充たさないというべきところ、本件の損害賠償の訴
えそれ自体独立の訴えとしての要件を備えていると認められ、専ら抗告訴訟と併合
審判されることを目的としてなされたと認むべき特段の事情も見出せないので、訴
訟経済の見地からも、本件の損害賠償の訴えを不適法ということはできない。
第二 (本案についての判断)
一 (事実関係)
請求の原因一1の事実のうち原告が父方から見て在日二世、母方から見て在日三世
であることを除くその余の事実、同一2の事実のうち原告が出生以来日本国に居住
していることを除くその余の事実、同二の事実、原告が昭和六一年八月一四日海外
へ渡航した事実が当事者間に争いがないことは、前示のとおりである。原告が昭和
五六年一月九日に指紋押捺を拒否した事実、被告法務大臣が原告の指紋押捺拒否後
である同年四月六日に原告の米国渡航に関する再入国許可申請に対して許可を与
え、原告がこれに基づき出国・再入国した事実、請求の原因四2の事実も、また当
事者間に争いがない。そして、請求の原因四2の事実に至る事実経過については、
先に認定したとおりである。
二 (協定永住資格確認の請求)
協定永住資格確認の請求について、原告が既に当該在留資格を喪失したことは、先
に説示したとおりである。
三 (損害賠償請求)
原告は、本件処分の違法と協定永住資格を喪失したとする取扱の違法を主張する
が、協定永住資格喪失については、既に判断したところであるから、本件処分につ
いて検討することになる。ところで、本件処分が原告の指紋押捺拒否をその処分理
由としているので、本件処分の適否の判断に先立ち、先ず指紋押捺について検討す
る。
1 (指紋押捺制度)
ア (指紋押捺制度とその変遷)
原本の存在及びその成立に争いのない甲第二九号証、同第三〇号証の一乃至四、同
第三一号証、乙第七号証の一、二、同第八、第九号証、同第一一号証、同第一三号
証、同第二一、第二二号証、同第二八号証、成立に争いのない同第二九号証、弁論
の全趣旨によつて真正に成立したと認められる同第一〇号証、同第一二号証、同第
一四号証、同第一九、第二〇号証、同第二三、第二四号証、弁論の全趣旨を総合す
ると、次の事実が認められる。
本邦における外国人の出入国及び在留に関する法令は、入管法と外登法を二本柱と
する。外国人登録に関しては、第二次世界大戦前のことはさて措き、戦後、外国人
登録令によつて、約六〇万人の外国人について新たに登録が実施された。当時、朝
鮮半島出身者(法的地位が未定であつたが、同令の適用に関しては、外国人とみな
され、日本国との平和条約が昭和二七年四月二八日に発効したのに伴い、同条約第
二条aにより我が国の国籍を失つた。)が戦前から居住していたうえ、多数の不法
入国者が朝鮮半島から流入していたこと、登録事項にかかる外国人の居住関係・身
分事項等が我が国で十分に把握されておらず本人の申立てだけで登録せざるをえな
かつたこと、また、外国人登録証による配給受給のため二重登録・虚無人登録等の
不正が続出したこと、また、同一人性確認方法として写真等に依存していた結果、
他人名義の登録証明書を入手して写真を貼り替えて名義人になりすますなどの不正
も多発したことなどから、外国人登録証明書切替えの都度登録人口が減少するなど
の事態を招来し、外国人登録によつても在留外国人の実態を正確に把握するものと
はいいがたい状況にあつた。そこで、昭和二七年の外登法の制定に際し、外国人を
誤りなく特定し、その後の人物の同一人性確認手段として、指紋押捺制度が採用さ
れ、昭和三〇年四月から実施された。外国人の指紋押捺制度は、その人物を正確に
特定して登録する必要性の極めて高いものであり、外国人に対して指紋押捺制度を
設けているのは、日本国民の場合日本国民であることが明らかな限りそれ以上に同
一人性を確認する必要がないのに比べ、外国人であることが明らかであるだけでは
足りず、入国又は在留資格を有する者であることを具体的に確定しなければならな
いからである。外国人は、受入国にとつて、氏名・生年月日・本籍地その他の身分
関係が明確でないことが多く、戸籍等を管理しでいない我が国がこれを確認するこ
とはできず、一般的に見る限り、その在留期間が短く、係累が少ないなど我が国へ
の密着性が薄いので、同一人性の確認には困難を伴う。この例として、氏名・生年
月日の訂正という全く別人物に変えるような訂正もあるといわれる。指紋押捺制度
を設けないとするならば、我が国に在留する資格のない不法入国者・不法在留者が
在留資格のある外国人になりすますことが容易である。この点は、在日韓国人中の
いわゆる定住外国人の場合においても、本質的な差異はない。昭和三〇年四月に実
施した後、不正登録が激減した事実から裏付けられる。
指紋は、万人不同・終生不変という特性を有し、簡便且つ最も確実な手段である。
この制度の目的は、外国人の登録、特定の正確性を維持することにあり、この制度
によつて、当該外国人を誤りなく特定し、人物の同一人性を確認するため、登録原
票に指紋を押捺させるとともに、これを市区町村において保管し、全国各地に在留
する外国人の指紋原紙を法務省が集中管理し、更に、携帯が義務づけられている登
録証明書に指紋を押捺させ、必要に応じ人物の確認を的確に行うことができるよう
にした。また、この制度により、多数の二重登録等を発見し、以後その例が少くな
つて、抑止的効果も含めて、不正登録等の防止にも効用を発揮した。
指紋押捺制度は、制定当初、外国人登録証明書の有効期間を交付の日から二年とし
ていたが、昭和三一年(法律第九六号)の改正によつて三年毎に切り替えることに
し、昭和三三年(法律第三号)の改正によつて、在留期間一年未満の者の指紋押捺
義務を免除した。次いで、昭和四五年には、指紋の換値分類を廃止し、翌四六年に
は、外国人登録証明書再交付時の十指指紋押捺を廃止し、左示指一指にした。昭和
四九年、指紋原紙への押捺を省略することができることとし、昭和五五年(法律第
六四号)の改正法によつて、新規登録申請期間の延長、再入国許可を受けた外国人
の登録証明書の国外持出等を定め、翌五六年(法律第九五号)の改正法によつて、
都道府県における写票を廃止し、昭和五七年(法律第七五号)の改正法によつて、
登録義務年齢を一四歳から一六歳に引き上げ、三年毎の確認申請を五年毎に延長し
た。
イ 原告は、これらの改正によつて、同一人性の確認のため指紋押捺の必要性がな
くなつたと主張するが、右認定事実に基づいて考えると、このような外国人登録証
明書の国外持出しや確認申請期間の延長などにより、登録人物の入替りの危険は増
大したといえる。また、指紋押捺制度は、現在のところ、外国人登録制度にとつて
不可欠の前提である人物の特定・同一人性の確認を実現するうえで最も客観的・合
理的な方法であり、これに代替する手段はないということができ、その必要性がな
くなつたとはいえない。
ウ 更に、原告は、外登法改正法を強調する。その趣旨は、この改正によつて指紋
押捺の必要性のなくなつたことをいうと見られる。
前記認定のように、外登法は、制定以来数次にわたり改正されて、制度の緩和・整
備を図るとともに、諸手続の簡素化、合理化を図つてきたといいうる。前顕証拠に
よれば、昭和六二年法律第一〇二号によつて外登法改正法が成立したが、その趣旨
は、現在、我が国を取り巻く国際環境の改善、航空機の大型化による大量高速輸送
時代を迎えて国際交流の活発化とともに、外国人登録者も増え続けている一方、国
内の経済・社会・雇用・治安などの諸環境も安定化しつつあり、これに伴い出入国
管理をめぐる内外の情勢も、全体として見れば徐々に改善の方向に向いつつあるこ
と、反面、不法入国者・不法在留者は、依然跡を絶たず、不法就労外国人は急増し
つつあること、そこで、指紋押捺制度の維持が外国人登録制度の正確性を担保する
ため不可欠であるとの考え方を堅持しつつ、政策的考慮からその手続面に変更を加
え、指紋押捺制度についても、新規登録に際して指紋押捺した者には、以後特定の
場合のほか指紋押捺義務を課さないことにし、在留外国人の心理的負担の軽減を図
ろうとしたのであつて、従来の指紋押捺制度が不合理なものであつたことを前提と
しているのではないことが認められる。この認定事実に照らすと、外登法改正法
は、従来の指紋押捺制度がそれぞれの時点において不合理・不必要なものであつた
ことをいうものでないといわなければならない。
エ 原告は、指紋押捺制度が憲法第一三条に違反すると主張する。
国民のみならず、外国人が正当な理由もなく指紋を採取されるということは、憲法
第一三条に反して許されないと解されるが、指紋は、通常衣服に覆われていない部
位である指先の体表の紋様であつて、人目に触れうるものであり、指先の形状は人
の身体的特徴あるいは精神的特徴とは結びついていないものであるから、指紋を知
られることそれ自体によつて、人が私生活の自由の一内容として秘密にしておきた
い個人の私生活の在り方・思想・信条等が知られるものではない。指紋押捺がこれ
まで犯罪捜査に役立つてきたということから、指紋押捺をもつて犯罪者扱される不
快感・屈辱感等の精神的苦痛が伴うことを否定することはできないとはいいうるも
のの、この点を別にすれば、肉体的弊害もほとんどない。これに対して、国家が指
紋を採取、保有及び使用することは、適正な外国人管理という正当な行政目的を達
成するために必要且つ合理的なものであるということができるので、このような目
的から、指紋押捺制度の採用・実施は、公共の福祉による制限として憲法の許容す
るところといわなければならない。従つて、指紋押捺制度は憲法第一三条に違反す
るものではないというべきである。
オ 原告は、憲法第一四条、国際人権規約B規約第二条第一項、第二六条違反を主
張する。
右の法の前の平等といえども、合理的理由による区別を許容するものである。現在
の国際社会においては、国家の構成員である国民と非構成員である外国人との間に
基本的地位の違いがあることは否定することができず、我が国に在留する外国人の
居住関係及び身分関係を明確にし、在留外国人の公正な管理に資することを目的と
する外国人登録制度を設け、その登録の正確性を維持するため指紋押捺制度を採用
したことには合理的な根拠があることは、先に説示したところである。従つて、在
留外国人の適正な管理を目的とする外国人登録制度とその登録の正確性を維持する
ことを目的とする指紋押捺制度を採用したことには合理的な根拠があり、これをも
つて法の前の平等に違反するということはできず、憲法第一四条、国際人権規約B
規約第二条第一項、第二六条に違反するものではないというべきである。
カ 更に、原告は、指紋押捺が国際人権規約B規約第七条、第一七条第一項違反に
すると主張する。
指紋押捺制度は、正当な行政目的のもとに必要性及び合理性があることは既に説示
したところであるから、国際人権規約B規約第七条の非人道的若しくは品位を傷つ
ける取扱いの禁止の規定に違反するものではない。
また、指紋押捺制度は、採取された指紋の利用方法如何によつては私生活の自由
(プライバシー権)を侵害する危険があることを否定することはできないけれど
も、前顕乙第七号証の二、同第一三号証によつて認められるように、外国人登録そ
のものについては、登録事項の照会には応じることはあつても、採取された指紋は
専ら在留外国人の同一人性確認・身分事項確定のほかには使用されることはないの
で、このように限定されたものである限り、「恣意的」なものでもなければ、「不
法」なものでもないから、国際人権規約B規約第一七条第一項のプライバシー権の
保障の規定に違反しないというべきである。
2 (本件処分の適法性)
ア (再入国許否処分の裁量と違法性判断の基準)
先に説示したように、国家は、国際慣習法上、外国人を受け入れる義務を負うもの
ではなく、特別の条約がない限り、領土主権の作用として、外国人を自国内に受け
入れるかどうか、また、受け入れる場合にいかなる条件を付すかを自由に決定する
ことができる。被告法務大臣は、適正な出入国管理行政の保持という観点に立つ
て、再入国申請の必要性・相当性だけでなく、当該外国人の在留中の一切の行状、
国内の政治・社会情勢、国際情勢・外交関係など諸般の事情を斟酌したうえ、的確
な判断をしなければならない。この被告法務大臣の判断は、事柄の性質上、出入国
管理行政の責任を負う被告法務大臣の裁量に任されるものである。
再入国許否処分の法的性格については、先に説示したとおりであるから、入管法の
規定内容、再入国許否処分の手続構造などから考えると、入管法は、再入国許否処
分について、被告法務大臣に当該外国人の経歴・性向・在留中の状況・海外渡航の
目的・必要性等極めて広い範囲の事情を審査したうえ決定させようとしているもの
というべきである。また、入管法第二六条第一項が法務大臣の再入国許否の判断基
準を特に定めていないのは、許否の判断を被告法務大臣の裁量に委ねているだけで
なく、その裁量の範囲を広範なものにする趣旨からであると考えられる。
しかし、協定永住資格であれ、入管法上の一般永住資格であれ、永住許可を受けて
いる者については、被告国から日本国内に永住することを前提に法的資格としての
在留許可を得ているのであるから、その者にとつて外国である日本に居住している
という理由のみで、濫りにその者の社会的・文化的生活が制約されるべきではな
い。そして、最近の国際交流の飛躍的増大等の社会情勢に鑑みると、前示のように
一般的には日本国民の出入国の自由と外国人の再入国とはその性格に決定的な相違
があるとはいえ、永住許可を受けている者が海外旅行・親族訪問等の目的で本邦を
出国する行為も、憲法上の保障とはいえないものの、個人の社会的・文化的活動の
一環として当然に尊重されるべきであり、合理的理由なくして再入国を不許可にす
ることは許されないというべきであつて、その意味で被告法務大臣の裁量に一定の
制約があることは否めない。
右のとおり、永住資格を有する者については、再入国の不許可は一定の合理的理由
がある場合にのみ許されるが、その事由については明文上の規定はなく、必ずしも
日本国民の出国の制限事由となる旅券法第一三条又はこれに準ずる事由に限られる
ものでないことは、日本国民の出国と外国人の再入国との性格の相違からも明らか
であり、その事由に一定の合理性が認められる限りは再入国の許否は被告法務大臣
の裁量に任されているものといえる。従つて、被告法務大臣の裁量権の逸脱又は濫
用があつたというためには、被告法務大臣の判断の前提となる事実が欠けていた
か、あるいは判断の事由が出国を制約する事由としては社会通念上著しく妥当性を
欠く場合に限られるというべきである。
イ (本件処分の理由)
本件処分の主たる理由は、原告が昭和五六年一月九日北九州市小倉北区役所におい
て確認申請をし、登録証明書の交付を受ける際、同区役所職員から指紋押捺を求め
られたのを拒否し、更に、昭和六一年一月四日同区役所において確認申請を行つた
際にも、指紋押捺を拒否したことにある。
原本の存在及びその成立に争いのない乙第一七、第一八号証、原告本人尋問の結
果、弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和四九年に一回目の、昭和五二年に二回目
の指紋押捺をしたが、昭和五六年一月九日、北九州市小倉北区役所において確認申
請をした際、三回目にあたる指紋押捺を拒否したこと、これにより、外登法違反と
して、昭和五八年五月一四日、同区長の告発を受け、昭和六〇年八月二三日、福岡
地方裁判所小倉支部において、罰金一万円の有罪判決を受け、福岡高等裁判所にお
いて控訴棄却の判決を受けたことが認められる。原本の存在及びその成立に争いの
ない甲第二〇号証、原告本人尋問の結果によれば、昭和六一年一月四日の四回目の
指紋押捺も拒否し、同年五月三〇日同区長発行の外国人登録証明書には、原告が指
紋押捺を拒否したままであるとの記載があることを認めることができる。前顕乙第
一三、第一四号証、同第一八号証、同第二七号証によれば、本邦における在留外国
人の指紋押捺拒否者は、昭和五五年頃から散見され始め、昭和五七年の改正後も、
昭和六〇年の大量切替時には三〇〇〇名を超え、街頭の集会・行進を始め、国会等
への要請運動を含めて、拒否運動を活発に行い、その後拒否者が減つたとはいえ、
現在に至るも若干の拒否者を出したまま推移していることが認められる。
ウ (本件処分の適法性)
本件処分が憲法第二二条第二項、国際人権規約B規約第一二条第四項、憲法第九八
条に違反しないことは、先に説示したとおりである。
エ (本件処分と裁量権濫用の有無)
被告法務大臣の本件処分は、その判断の根拠となつた指紋押捺拒否とこれによる有
罪判決を受けた事実の認定において、その基礎を欠いたものといえない。また、原
告の行為は、刑事罰としては当時罰金一万円を科されたに過ぎないが、外国人の出
入国及び居住の管理の基礎となる外国人登録制度を遵守しないことを公然と表明し
て行つた意図的な外登法違反の行為であるから、もとより出入国管理とは無関係な
事由ではなく、むしろこれと極めて密接な関係があるから、外国人が日本国内に居
住するために当然要求される外国人登録に伴う指紋押捺を適法に行わない限りは出
国を認めないとして再入国を不許可とすることが社会通念上著しく妥当性を欠くも
のとまではいえない。従つて、本件処分が違法であるとは認めることはできない。
被告法務大臣が昭和五五年三月一日原告の春季学生研修を目的とする韓国向け再入
国許可申請に対して許可を与えたことは、被告国の自陳するところである。また、
被告法務大臣が原告の指紋押捺拒否後である昭和五六年四月六日に原告の米国渡航
に関する再入国許可申請に対して許可を与え、原告がこれに基づき出国・再入国し
た事実が当事者間に争いのないことは、前示のとおりである。続いて、原本の存在
及びその成立に争いのない乙第一六号証の一、二、原告本人尋問の結果によれば、
原告が昭和六〇年二月四日女性コーラスのピアノ伴奏を目的として韓国・カナダ・
米国向け再入国許可申請をしたが、被告法務大臣が指紋押捺拒否の事情をも考慮し
て同年三月一三日付でこれを不許可にしたことが認められる。
原告は、これら一連の拒否処分から見て、本件処分が恣意的であると主張する。し
かし、前記認定のとおり、昭和六〇年頃から指紋押捺拒否者の増加・指紋押捺拒否
意向表明者の増加などその拒否運動の高まりがあり、そういつた各許否処分時の諸
事情を考慮すると、それぞれ理由のあることで、本件処分が恣意的なものとはいえ
ず、許否判断の裁量権の範囲内であつたということができる。
更に、原本の存在及びその成立に争いのない甲第三二乃至第三四号証によれば、被
告法務大臣が平成元年三月九日指紋押捺を拒否したまま一度も指紋押捺をしたこと
のない一八歳の在日韓国人に対し大韓民国への留学にあたり再入国許可をしたとの
新聞報道があつたことを窺うことができるが、これは、外登法改正法後のことでも
あり、このことから直ちに本件処分に裁量権の逸脱があつたとはいえない。他に本
件処分に裁量権の逸脱があつたと認めるに足りる特段の事情はない。
3 以上の次第であるから、本件処分の違法を前提とする原告の損害賠償請求は、
理由がない。
第三 よつて、原告の被告法務大臣に対する本件処分取消しの訴えを却下し、被告
国に対する協定永住資格存在確認及び損害賠償の各請求を棄却し、訴訟費用の負担
につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決
する。
(裁判官 富田郁郎 大島隆明 岡田 健)

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