弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人平沼高明、同野村弘、同堀井敬一、同木ノ元直樹、同加藤愼の上告理
由について
 本件は、措置入院中の精神分裂病患者が作業療法の一環として実施された院外散
歩中に無断離院をし、離院中に金員を強取する目的で通行人を殺害したことにつき、
被害者の遺族が精神病院であるD病院を設置、管理する上告人に対して国家賠償法
一条一項に基づいて損害賠償を請求した事案であるところ、所論の点に関する原審
の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯することができる。そして、
右認定の事実によれば、(一) 甲は、昭和五一年ころから破瓜・緊張混合型の精神
分裂病が進行し始め、社会的適応機能が著しく低下し、銃砲刀剣類所持等取締法違
反、窃盗、公務執行妨害等の犯罪を繰り返して服役するに至り、昭和五八年一二月
二九日、服役終了と同時に、岩手県知事によって、他害のおそれがあるとして、精
神衛生法に基づき、D病院への入院の措置がとられた、(二) 甲には、入院後開放
的な作業療法実施中に病院内の自動車を盗んで無断離院をし、離院中に窃盗をした
り叔父に対して暴行を加えたりした前歴があり、その後も無断離院を口にするなど
していたため、D病院では同人に開放的な作業療法は実施していなかった、(三) 
甲は、病院内でも親族への恨みや加害の意思を公言してはばからなかっただけでな
く、ささいなことから被害者意識を抱き、立腹しては他の患者の顔を殴るなどの問
題行動を頻繁に起こしており、しかも第三者に対する加害行為につき心理的抵抗が
少ない傾向にあった、(四) 担当医師は、無断離院などにより向精神薬の投与が中
止されると甲の病状は悪化する可能性が大きいことを認識していた、(五) しかし、
D病院の院長は、甲が前回無断離院した後も無断離院のおそれのある患者に院外散
歩を含む作業療法を実施するについて特別の看護態勢を定めておらず、また、担当
医師も、無断離院に関する要注意患者である甲を院外散歩に参加させるに当たり、
引率する看護士らに対して何ら特別の指示を与えず、引率した看護士らも院外散歩
中甲に対して格別な注意を払わなかった、(六) 本件殺人事件当時、甲は、精神分
裂病の影響で、自己の行為の是非善悪を弁識し、これに従って行動する能力が著し
く低下していた、というのである。
 右のような事実関係の下においては、患者の治療、社会復帰が精神医療の第一義
的目標であり、他害のおそれという漠然とした不安だけで患者の治療を拒否し、患
者を社会復帰から遠ざけてはならないことなど所論指摘の点を考慮してもなお、D
病院の院長、担当医師、看護士らには院外散歩中に甲が無断離院をして他人に危害
を及ぼすことを防止すべき注意義務を尽くさなかった過失の存することは到底否定
し難いといわざるを得ず、また、右過失と本件殺人事件との間には相当因果関係が
あるというべきである。したがって、右と同旨の見解に立って本件につき上告人に
損害賠償の義務があるとした原審の判断は、正当として是認することができる。原
判決に所論の違法は認められない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、
事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、
採用することができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    大   野   正   男
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信

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