弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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             主         文
1 被告は,原告X1に対し,金1071万3912円及びこれ
に対する平成9年1月14日から支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
2 被告は,原告X2に対し,金267万8478円及びこれに
対する平成9年1月14日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
3 被告は,原告X3に対し,金267万8478円及びこれに
対する平成9年1月14日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
4 被告は,原告X4に対し,金267万8478円及びこれに
対する平成9年1月14日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
5 被告は,原告X5に対し,金267万8478円及びこれに
対する平成9年1月14日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
6 原告らのその余の請求を棄却する。
7 訴訟費用は,これを3分し,その2を原告らの負担とし,そ
の余は被告の負担とする。 
8 この判決の第1項ないし第5項は仮に執行することができ
る。
              事 実及 び理 由
第1 請求
被告は,原告らに対し,金6070万7144円及びこれに対する平
成9年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
第2 事案の概要等
本件は,被告の経営する病院において慢性腎不全,感染症等の診断で
治療を受けた患者が死亡したことについて,患者の相続人である原告
らが,同病院医師が適切な検査,治療を怠ったために患者が髄膜炎に
よって死亡したと主張して,被告に対し,不法行為ないし債務不履行
に基づき損害賠償を求めた事案である。
1 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)
(1) 原告X1は,亡X(以下,「X」という。)の夫であり,原告X
2,同X3,同X4及び同X5はいずれもXの子であるところ,X
(昭和7年8月7日生)は,平成9年1月14日死亡し,その権利,
義務を原告X1は2分の1の割合で,その余の原告らは,各8分の1
の割合で相続した(甲1ないし3)。
(2) 被告は,徳島県阿波郡a町b字cにおいて,阿波病院(以下,
「被告病院」という。)を開設,経営している医療法人である。
(3) Xは,約30年ほど前にネフローゼ症候群と診断された既往歴が
あり,その後,高血圧,慢性腎不全のため近所の医院で治療を受けて
いたところ,平成8年9月ころ,動悸,不整脈が出現し,同年9月2
4日にJ循環器消化器内科で受診した結果,高度腎機能障害と診断さ
れ,透析施設のある被告病院を紹介された。そこで,Xは,同月25
日,被告病院内科において診察を受けたところ,慢性腎不全と診断さ
れ,その治療のため同日被告病院に入院した(乙1)。
(4) 被告病院入院後のXの症状及び治療経過は次のとおりである(乙
1,2の1,2の2,3,4)。
ア 被告病院のY1医師(以下,「Y1医師」という。)は,平成
8年9月25日の初診時,Xの病状を慢性腎不全と診断するととも
に尿路感染症の合併を疑い,同日から同年10月2日までの間,一
般細菌に広く感受性をもつ抗生物質を継続投与した結果,感染症の
改善がみられたので,同月3日から抗生物質の投与を止めた。その
後,Y1医師は,同月12日からXに対し慢性腎不全の治療のため
人工透析療法を開始し,以降,転院するまでの間,週3回にわたり
透析療法を実施した。
イ 同月14日ころからXの病状が悪化したために,Y1医師は,
尿路感染症の再発等を疑い,同月16日から抗生物質の投与を再開
した。以降も被告病院は,Xに対し,発熱や炎症反応等の症状に改
善がみられると抗生物質の投与を中断して経過を観察し,再び上記
症状が悪化すると抗生物質の投与を再開するという治療を繰り返し
た。
ウ 入院後,Xは頭痛,倦怠感,嘔気等を頻繁に訴えていた上,発
熱も断続的に現れていた。そして,同年12月6日ころからXに見
当識障害があらわれ,意味不明の言動がみられるようになった。こ
のような状況で,Xの看護を務めていた原告X5は,次第に被告病
院の治療方針に不満を抱くようになり,同月8日以降,入院中のX
を治療後帰宅(外泊)させるようになった。その後も,Xは,症状
の改善のみられないまま同月16日をもって被告病院を退院するこ
とになった。
エ Xは,被告病院退院後も透析治療のため被告病院に定期的に通
院したが,このころにはXの体力は著しく低下して歩行も困難な状
態となり,病状は悪化していった。
(5) Xは,平成9年1月初めころから容態が重篤になったため,同月
5日,徳島県立中央病院(以下「中央病院」という。)へ転院するこ
ととなり,直ちに同病院に入院した。その際の診察でXに髄膜刺激症
状(項部硬直,ケルニッヒ徴候)があらわれ,翌6日に実施されたM
RI検査の結果,髄膜炎が最も考えられる症状であると診断された。
そして,Xは,同日の透析中に呼吸が停止し,その後,意識が回復し
ないまま,同月14日,死亡した。なお,死亡直後に実施された解剖
の所見では,主病変として髄膜炎が認められると診断された(乙6な
いし8)。
2 争点
本件の争点は,①Xの直接的な死因は髄膜炎(特に結核性髄膜炎)で
あるか,そうであればその発症時期はいつごろか(死因,発症時
期),②被告病院担当医師において適切な診療を怠った過失があった
か否か(過失),③被告病院担当医師が適切な診療を行っていればX
を救命することができたか否か(因果関係),④損害額である。
(原告らの主張)
(1) 争点①(死因,発症時期)について
Xの主な死因は,髄膜炎であり,そのうち,結核菌に起因する髄膜
炎(結核性髄膜炎)の可能性が高い。そして,結核性髄膜炎は死亡
時までに数ヶ月の症状経過をたどっていたものであり,被告病院に
おいて入院加療中に既に発症していた。
(2) 争点②(過失の有無)について
Xは,被告病院入院中,抗生物質の継続的投与の処置がなされたに
もかかわらず,発熱,頭痛,嘔気等の症状が続いていた上,血液検
査,生化学検査の結果でも炎症反応を示すCRP値(C反応性蛋
白)及びWBC値(白血球数)が反復継続して上下する異常な病状
を繰り返していた。かかる臨床経過に加え,Xのような透析患者の
場合,結核の発症が多いとされていることからすれば,被告病院担
当医師としては,上記のような症状が現れていた平成8年10月1
4日から同年11月8日の間には,Xが結核性髄膜炎に罹患してい
ることを疑い得たというべきである。
また,同月25日には,白血球の数値が正常であるのに炎症反応の
異常な上昇がみられるようになったところ,かかる所見は結核菌感
染症などの場合に特徴的にあらわれるものであるから,遅くとも同
日には,結核菌感染症に罹患していることを疑い得たというべきで
ある。
したがって,被告病院担当医師としては,上記の時点で,結核性髄
膜炎を疑って,髄液検査,血液培養検査,血中エンドトキシン検
査,ツベルクリン反応検査,喀痰検査など適切な諸検査を実施して
原因究明を行う義務があったというべきである。
また,一般的に透析患者は一旦感染症に罹患すると進行が早く重篤
になりやすいことから,起炎菌の同定や感受性検査を待たずして早
期に診断的治療を行う必要があり,上記諸検査と併行して,抗結核
剤(リファンピシン,イソアニド,ストレプトマイシン,エタンブ
トールの4剤併用)を投与する処置を講じる義務があった。
しかるに,被告病院担当医師は,Xの上記症状は尿路感染症,カテ
ーテル熱によるものと軽信して,長期にわたり抗生物質の投与を漫
然と繰り返したにすぎず,結核性髄膜炎に感染した可能性を看過し
て上記諸検査及び診断的治療を怠った過失がある。
(3) 争点③(因果関係の有無)について
前記のとおり,被告病院担当医師が結核性髄膜炎を疑い得た平成8
年10月14日ころからXが死亡するまでに3か月間もあったので
あるから,上記の時点で,速やかに髄液検査等の諸検査を実施した
上,抗結核剤を投与するなど診断的治療を実施していれば,Xを救
命し得たことは明らかである。
(4) 争点④(損害額)について
損害額は下記アないしカの合計金6070万7144円である。
ア 付添看護費(金56万6000円)
髄膜炎発生を疑い得た平成8年10月14日から平成9年1月1
4日までの間の入院日数84日分(1日金6500円)及び通院
日数5日分(1日金4000円)の付添看護費
イ 入院雑費(金12万6000円)
入院日数84日分(1日金1500円)の入院雑費
ウ 逸失利益(金2799万5144円)
(ア) 家事労働分(金1804万3503円)
Xは,死亡時64歳で家事に従事していたものであるから,賃
金センサス平成6年女子労働者全年齢平均賃金を基礎とし,労
働可能年数10年,生活費控除30パーセントで,ホフマン方
式により中間利息を控除して,家事労働分の逸失利益を計算し
た。
(324万4400円×(1-0.3)×7.9449)
(イ) 年金受給分(金995万1641円)
Xは,年額100万8000円の老齢厚生年金を受給していた
ところ,平均余命21.83年,生活費控除30パーセント
で,ホフマン方式により中間利息を控除して年金受給分の逸失
利益を計算した。
(100万8000円×(1-0.3)×14.1038)
エ 慰謝料(金2400万円)
オ 葬祭費(金130万円)
カ 弁護士費用(金672万円)
(被告の主張)
(1) 争点①(死因,発症時期)について
平成9年1月6日の透析中に呼吸停止した原因については,透析施
行中に何らかのトラブル(空気塞栓による呼吸不全等)があった可
能性や多発性脳梗塞や敗血症によるエンドトキシンショックが発生
した可能性もある。そうであるとすれば,Xの死因も空気塞栓,多
発性脳梗塞,敗血性ショックである。さらに,剖検時にXの脳は全
体的に虚血状態,酸素不足状態に陥っており,その原因は髄膜炎よ
りも両側内頸動脈の血栓症である可能性が強い。
また,Xの死因が髄膜炎であったとしても,剖検結果によるも髄膜
炎の起炎菌は同定できなかった上,結核結節も骨盤内リンパ節で発
見されたのみである。脳硬膜における結節は,組織学的には典型的
な結核病変ではない以上,結核性の髄膜炎ということはできない。
仮に,Xの死因が結核性髄膜炎であったとしても,髄膜炎の臨床症
状としてみられる項部硬直,ケルニッヒ徴候等の髄膜刺激症状が現
れたのはXが中央病院に転院した平成9年1月5日以降のことであ
る。結核性髄膜炎は亜急性の発症経過をたどるのであるから,その
発症時期としては,髄膜刺激症状の現れた日の2,3週間前である
平成8年12月中旬ないし下旬頃である。それ以前において現れて
いた臨床症状(発熱,頭痛,嘔気,嘔吐)は,後記のとおり,Xの
他の疾患の症状として発現していたものにすぎない。
(2) 争点②(過失の有無)について
Xは,血液透析患者であり,一般抗生物質が有効な一般細菌感染症
(尿路感染症,カテーテル熱),慢性腎不全,血液透析時の不均衡
症候群を合併していた。被告病院の診療期間中に発現していた臨床
症状(発熱,頭痛,嘔気,嘔吐,白血球値及びCRP値の上昇)
は,これらの随伴症状として発現していたものにすぎず,被告病院
担当医師の投与した抗生剤により感染症の症状に改善が見られたこ
とからすれば,その治療方法は適切であったというべきである。
髄膜炎に特異的な臨床症状として重要な髄膜刺激症状は,前記のと
おり被告病院診療期間中には現れていなかった。また,頭部CT検
査でも髄膜炎を疑わせる所見はなく,胸部エックス線検査によって
も肺結核等の異常は発見されなかった上,動眼神経麻痺症状(眼球
運動障害及び眼瞼下垂)もみられなかった。このような状況の下で
は,発熱,頭痛,嘔気,嘔吐等の非特異的症状から,上記各疾患と
区別して結核性髄膜炎の発症を疑うのは極めて困難であった。さら
に,平成8年12月8日以降,原告X5は,被告病院医師との信頼
関係が崩れたことを理由に,Xを半ば強制的に退院させ,外来通院
のみにさせた。かかる臨床経過,検査所見,入通院の状況等に照ら
せば,被告病院診療期間中に結核菌感染症や髄膜炎が発症していた
としても,これを予見することは不可能であった。 
加えて,髄液検査は,重篤な合併症を引き起こす可能性のある侵襲
的検査であり,髄膜炎を疑うに足る所見のない段階で検診的に安易
に実施されるべきものではない。ツベルクリン反応検査も,現在,
透析患者のケースでは,同検査を実施する診断的価値は低いとされ
ている。したがって,原告ら主張の検査については,そもそも検査
適応がなかったというべきである。また,抗結核剤の投与について
も,結核菌感染症のみを対象とし,副作用も大きいことから,結核
菌を同定した上で投与するのが原則である。原告の主張する経験的
抗結核薬療法は,結核症への罹患を強く疑うべき臨床症状が存在す
る場合に限定されるというべきであるから,前記のとおり一般細菌
に感受性のある抗生物質投与によって症状の改善が図れた状況でさ
らに抗結核剤を投与するのは妥当ではない。
(3) 争点③(因果関係の有無)について
Xの剖検所見によれば,病理組織学的に結核等を疑う病変が確認さ
れた臓器は,髄膜と骨盤リンパ節のみであり,肺や血液等の所臓器
に結核病変は一切存在しなかったのであるから,血液培養検査,血
中エンドトキシン検査,喀痰検査を実施しても結果として無意味で
あった。また,剖検の際に実施された各種検査(特殊染色や免疫組
織化学,髄液を用いたPCR法)でも起炎菌の同定はできなかった
のであるから,生前に髄液検査等を実施していたとしても髄膜炎を
疑わせる所見が出た可能性には疑問がある。
さらに,剖検所見によっても,前記のとおり結核性髄膜炎であると
断定できない以上,結核菌感染症を疑って抗結核剤投与等を実施し
ても,Xを救命できたということはできない。
仮に,結核性髄膜炎であったとしても,その予後は,一般的に不良
であり,Xの年齢,合併症などを考慮すれば,早期の治療を開始し
ていたとしても,良好な予後は期待できず,救命できたかどうかは
不明というほかない。
(4) 争点④(損害額)について
上記のとおり,結核性髄膜炎の予後は不良であることからすれば,
救命し得たとしても,髄膜炎後遺症(中枢神経系障害による知覚障
害,四肢運動麻酔等)が残り,治療後も安静臥床による入院加療を
余儀なくされた可能性が高い。そして,このような症状が従前の重
度の腎不全状態を増悪させるため,長期生存をなし得た蓋然性は低
いといわざるを得ない。したがって,相当因果関係のある損害はX
の延命利益に止まるものであり,逸失利益はもとより通常健常者を
基準とする死亡慰謝料ですら認定することはできない。
第3 当裁判所の判断
1 前記の前提事実と証拠(乙1,2の1,2の2,3,4,6ないし
8,41,43,証人A,同Y1,原告X5)によって認められる本件
診療経過は次のとおりである。
(1) 被告病院のY1医師は,平成8年9月25日にXを診察した際,
J病院内科で実施された検査結果に基づき,慢性腎不全と診断すると
ともに,同検査結果によると,WBC値が13100/ll(正常値1
0000/ll以下。以降,単位は省略する。),CRP値が9.8
(正常値1.0以下)と高く,炎症反応があらわれていた上,38度
の発熱がみられたことから,一般細菌による尿路感染症を疑い,直ち
にXを入院させるとともに,同日から一般細菌に広く効果のある抗生
物質(ユナシン,スルペラゾン等)の継続投与を開始した。その結
果,一時期,Xの発熱及び炎症反応が収まったことから,Y1医師
は,感染症の改善が図れたと判断し,翌10月3日,抗生物質の投与
を止めた(なお,同年9月26日に実施された尿中培養検査でも菌は
ごくわずかであると判明した)。もっとも,Xは,被告病院に入院し
た当初から頭痛を持続して訴え,上記抗生物質や頭痛薬の投与によっ
ても明確な改善はみられなかった上,同年10月初旬以降は,頭痛の
ほか嘔気,倦怠感の症状も持続するようになり,これらの症状は徐々
に増悪していく傾向がみられた。
(2) このような状況で同月12日からXに対し人工透析療法(UKカ
テーテル留置)が実施された。そして,Y1医師は,Xの頭痛等の訴
えを血液透析による不均衡症候群によるものと考え,その治療のため
グリセオールを投与したものの,以後も頭痛の訴えは持続した。そし
て,同月13日ころからXに再び38度台の発熱があらわれ,稽留す
る傾向がみられたほか,そのころ実施した血液検査,生化学検査でも
症状の悪化がうかがわれたことから(同月14日,WBC値1328
0,同月16日,CRP値9.9),Y1医師は,尿路感染症の再発
を疑い,同月16日から抗生物質投与を再開した。また,そのころ,
Y1医師は,Xの頭痛の訴えについて脳腫瘍等の可能性も疑ってCT
検査を実施したが,同検査の所見では特に異常はみられなかった。そ
こで,Y1医師は,同月17日の段階で,いったんは髄膜炎の合併を
疑ったものの,Xの病状は徐々に改善していると判断して,結局,髄
膜炎の検査を実施しなかった。もっとも,実際には,Xの病状は,そ
の後も数日間にわたり38度台の発熱が継続するとともに,頭痛の訴
えも持続していたのであるが,Y1医師は,その間も抗生物質の投与
を継続するのみであった。
(3) その後,Xの病状は,同月23日ころから解熱傾向がみられ,頭
痛の訴えも同月26日ころからしばらくの間みられなくなった。ま
た,同月28に実施した血液検査,生化学検査でも炎症反応の改善
(WBC値9590,CRP値1.0)がみられたことから,Y1医
師は,感染症の改善が図れたと判断して翌29日より抗生物質の投与
を中止した。
(4) ところが,翌11月1日ころから再び頭痛,嘔気,嘔吐が発現す
るようになった上,同月6日から再び38度台の発熱が現れるように
なったことから,Y1医師は,Xの発熱を血液透析導入の際にカテー
テルを留置したことに伴って発生した敗血症(カテーテル熱)による
ものと疑い,同日より抗生物質の投与を再開した(なお,敗血症の起
炎菌を同定するための血液培養検査はなされなかった)。また,翌7
日にはXに対しシャント造設術を実施した。しかし,Xの病状は,そ
れ以降も数日間にわたり39度ないし38度の高熱が持続した上,頭
痛の訴えも収まらず,血液検査でも症状の悪化(11月8日,CRP
値11.7,WBC値14520)がみられたので,抗生物質を多め
に使用した。
(5) その後,同月中旬頃からXの病状にCRP値を除いて一時改善傾
向(解熱,WBC値7690に回復)がみられたことから,被告Y1
医師は,同月18日に抗生物質の投与を止めたが,CRP値は依然異
常な数値を示していた(同月15日,7.0,同月25日,8.
2)。そして,同月22日ころから再び38度台の発熱が持続するよ
うになったことから,Y1医師は,同月25日より抗生物質の投与を
再開したが,その後も約1週間にわたり高熱や頭痛等の訴えが持続
し,CRP値も明確な改善はみられなかった(12月4日,CRP
6.7)。
(6) さらに,同年12月5日から解熱したものの,同月6日ころから
は,Xに見当識障害が出現するようになったため,Y1医師は,敗血
症のほかに脳血管障害の可能性も疑い,眼窩部CT検査を実施したと
ころ,特に異常は発見されなかった。しかし,その後,Xは,不眠を
訴えるようになったほか,見当識障害のため幻覚症状が現れ,意味不
明の言動がみられるようになった。Y1医師は,Xに付き添っていた
原告X5に対しXの精神科受診を勧めた。これに対し,原告X5は,
総合病院への転院を申し出たが,聞き入れてもらえず,結局,Y1医
師の紹介でXを精神科に受診させることになった。Xは,同月10
日,S内科でT医師の診察を受け,同医師により病院への不安,血液
透析等が誘因となった一種のICU症候群(抑うつ状態)と診断され
た。このころから,原告X5は,Y1医師に対し,Xを精神病患者の
扱いをして適切な治療をしてくれないとの不満を抱くようになり,同
月8日以降,Xを治療後自宅へ連れて帰り外泊通院させるようになっ
た。そして,Xは,同月16日には,症状の改善の見られないまま退
院し,以降は外来通院により抗生剤投与と透析等の治療を受けること
になった。
(7) このころには,Xは,体力が著しく低下して歩行も困難な状態と
なり,発熱も収まらず,頭痛のほか嘔吐,嚥下困難等も持続するよう
になり,病状が急激に悪化していった。そして,平成9年1月3日こ
ろにはXに意識レベルの低下があらわれ重篤な状態となったことか
ら,原告X5の申し出により,Xを中央病院に転院させることになっ
た。
(8) Xは,同月5日,被告病院の紹介により,中央病院へ転院し,直
ちに同病院に入院した。その際の診察で髄膜刺激症状(項部硬直,ケ
ルニッヒ徴候)がみられ,同日実施されたCT検査や翌6日に実施さ
れたMRI検査の結果,髄膜炎が最も考えられるとされたが,同日の
透析中に呼吸が停止して重篤な症状となったため,髄膜検査ができな
い状態となった。以後,Xは,意識の覚醒なく深い昏民状態のまま同
月14日に死亡するに至った。
(9) Xの死亡後,その死因の確定診断のため,中央病院医師のA(以
下「A医師」という。)によりXの剖検が実施された。脳における病
理組織学的所見は,次のとおりであった。髄膜は肥厚,混濁し,壊死
物質等が付着しており,主としてリンパ球やマクロファージの浸潤が
見られる。大脳鎌後方や小脳テント付近,下垂体周囲の脳底部で特に
変化が強く,癒着性となっており,比較的長い経過をとっているもの
と考えられる。髄膜の炎症所見は,脳表層や脳質周囲の脳実質部に及
び,脳表の神経細胞の虚血性変化が見られる。小脳皮質は壊死傾向が
強い。明らかな梗塞巣は見られない。そして,主要な死因として髄膜
炎が認められ,その原因となる病原体については,脳硬膜に白色の結
節を多数形成していること,脳底部に炎症が強いこと,リンパ球やマ
クロファージの浸潤が主体であることから,結核菌ないし真菌が考え
られるとされ,とりわけ,骨盤内に結核結節を強く疑わせる病変がみ
られたため結核の可能性が最も考えられると診断されたが,髄液を用
いたPCR法等の諸検査によっても起炎病原体の同定はできなかっ
た。
2 続いて,結核性髄膜炎や透析患者の結核症に関して,医学文献(甲
4,5,8,9,乙9の1ないし3,16,48ないし50)を総合す
ると,次の事実を認めることができる。
(1) 髄膜炎
髄膜炎とは,脳及び脊髄周囲のくも膜と軟膜の炎症をいい,通常軟
膜炎を意味する。中枢神経系の感染症は,原則として,脳以外の部
位にある感染巣からの局所性波及又は血行性波及により生じる。臨
床像は,発熱,頭痛,髄膜刺激徴候(項部硬直,ケルニッヒ徴
候),髄液細胞増加を主徴とする。病原因子に応じて分類される
が,頻度が高く治療上重要な髄膜炎は,細菌性,結核性,真菌性及
びウイルス性の4つである。髄膜炎の診断上,髄液検査による細胞
数増加の確認が決定的意義を持ち,髄液の外観,細胞の種類,タン
パク,糖値,細菌学的検査によって各種髄膜炎診断の手がかりが得
られ,適切な治療を行うことができる。
(2) 結核性髄膜炎
ア 臨床症状
結核性髄膜炎は,亜急性の発症様式を示し,脳底髄膜炎の形をと
りやすく,感染経路は肺結核などからの血行性播種による。発病
は比較的緩徐で,発症初期は,食欲不振,頭痛,嘔気・嘔吐,発
熱,倦怠感などの非特異的症状がみられる。非特異的症状のうち
から,頭痛,嘔吐などの髄膜刺激症や精神症状などに注目するこ
とが早期診断の手がかりとなる。この時期は2ないし3週間続
き,次第に頭痛,嘔吐は増強し,項部硬直やケルニッヒ徴候が明
らかとなり,脳底髄膜炎の進行とともに,水頭症による脳圧亢
進,脳浮腫などにより脳神経麻痺(動眼神経,外転神経など),
意識障害などが現れてくる。
イ 病理所見
髄膜の混濁,肥厚が見られ,その変化は脳底部で強い(脳底髄膜
炎)。
発症は,主として体内他部の結核病巣からの血行性播種(粟状結
核)による。原発巣としては肺結核の頻度が最も高く,リンパ
節,骨,腎なども挙げられるが,原発巣のはっきりしないことも
ある。
ウ 診断方法
結核の既往歴の有無,胸部X線所見,ツベルクリン反応,頭部C
T・MRA所見を参考とし,髄液から結核菌を塗抹か培養検査で
証明して,確定診断する。
このうち,髄液検査が最も重要であり,典型的な髄液所見として
は,外観は水様透明ときにキサントクロミーがあらわれ,髄液圧
は上昇(200~600),リンパ球・単球細胞増加(30~5
00),タンパク質増加(50~500),ADA増加,糖40
ミリグラム以下,クロールの低下が見られる。
確定診断は,髄液中からの結核菌を検出することであるが,結核
菌の塗抹陽性率は低く,培養検査は通常4~8週間を要するう
え,陽性率も高くない。近年,PCR法(核酸増幅同定法)も実
用化されているが,菌量が少ない場合や阻害物質がある場合は,
偽陰性となる可能性がある。したがって,PCR法の結果のみに
診断を委ねるのではなく,全ての臨床情報を的確に判断すべきで
ある。
また,白血球増加(1万~2万),CRP陽性,赤血球沈降速度
(赤沈)亢進,低ナトリウム,カリウム血症,ツベルクリン反応
陽性,胸部X線の異常が約半数で見られる。頭部CT,MRI所
見では,脳低槽の消失,水頭症の存在などが特徴的とされる。
エ 治療方法
結核菌の培養には約4週間かかる上,上記のとおり,病原検索が
陰性に終わることも少なくなく,確定的診断が困難な場合もある
ため,結核性髄膜炎の可能性が考えられるときは,結核菌の証明
をまたずに治療を開始しなければならない。治療方法としては,
抗結核薬を投与する(イソニアジドとリファンピシンを中心に,
エタンブトールやストレプトマイシンを組み合わせる。)。
オ 予後
早期治療が重要であり,脳底髄膜炎が進行する以前(発症から
2,3週間)であれば,抗結核薬のみで後遺症なく完治させるこ
とが期待できる。脳底髄膜炎が進行した症例では,髄膜の肥厚,
癒着は非可逆的となっており,抗結核薬を投与しても予後不良で
あり,約30パーセントの致命率である。生存例の30パーセン
トには,知能低下などの精神症状,脳神経麻痺,片麻痺,対麻痺
などの後遺症がみられる。また,一般に,小児や高齢者,合併症
のある者は,予後不良とされる。
(3) 透析患者と結核症
透析患者は,細胞性免疫能の低下が著明であること,低栄養,貧
血,代謝性アシドーシスなどの状態に陥っていることから,感染症
に対する抵抗力が弱く,結核症についても,一般健常者に比べて極
めて高率の発症頻度がある。また,結核の場合は肺外性のものが多
く,透析患者の不明熱の最終診断は結核が占める割合が多い。
そして,透析患者が感染症にいったん罹患すれば進行は早く,早期
治療が遅れると死の転帰をとりやすい。したがって,透析患者の場
合,治療が後手に回らないために,起炎菌の同定や感受性検査を待
たずして,抗菌剤を積極的に投与する必要がある。透析患者の原因
不明の発熱などで細菌感染症に対する一般抗生剤に抵抗するもので
は,結核の発症を考え,抗結核剤を投与するなど早期に診断的治療
を行う必要がある。
3 争点①(死因,発症時期)について
(1) 前記1(9)で認定したとおり,Xの死亡直後に実施された剖検の
所見によると,Xの髄膜炎の病状は,脳硬膜に多数の白色結節の形成
がみられ,髄膜が肥厚,混濁しており,その病変は脳底部で特に強
く,癒着性となっていた上,髄膜の炎症が脳表層や脳室周囲の脳実質
にも及び,脳表の神経細胞の虚血性変化をきたしていたことが認めら
れ,これらの状況から,髄膜炎が死因となる主病変と診断された。か
かる剖検所見に加え,被告病院入院中Xに頭痛,発熱が持続して現
れ,中央病院転院直後,髄膜炎刺激症状が発現したほか,MRI検査
でも髄膜炎が最も考えられるとされ,その後まもなくして呼吸停止に
陥り死亡に至ったという臨床経過を考え併せれば,Xの直接的な死因
は髄膜炎であったことは明らかである(鑑定の結果)。
これに対し,被告の主張する死因のうち,多発性脳梗塞については,
平成9年1月5日に実施された脳CT所見においてその旨診断されて
いるが,前記認定のとおり,解剖所見では明らかな梗塞巣はみられて
いないことからすれば,上記CT所見は誤りであった可能性が高く,
多発性脳梗塞が死因とはいいがたい(鑑定の結果)。また,両側内頸
動脈血栓についても,剖検の際,両側内頸動脈の切断部分に血栓がみ
られ,器質化のない新鮮な血管もみられた(乙8)が,通常,透析中
は体外循環に必要な抗凝固薬が使用されるため血栓ができにくい状態
にあるとされている上,本件において脳CT検査で血栓化した血管が
発現したのは呼吸が停止した平成9年1月6日より後の同月9日から
であることからすれば,上記血栓は呼吸停止以降に形成されたものと
推認され(鑑定の結果),これが死因になったとは考えがたい。さら
に,敗血症についても,剖検結果によれば,さほど進行した状況には
なかったことがうかがわれ(証人A),これも死因であるとは考えが
たい。他方,鑑定の結果によると,透析療法という体外循環が生体の
循環系に影響を及ぼし,局所的な循環不全を来たした結果,酸素欠乏
状態が生じて呼吸停止に至ったことも可能性としては否定できないと
する。しかしながら,このような見解は,病理学における推論の域を
出ず,これを裏付けるに足りる的確な証拠がない以上,死因と考える
ことはできない。
(2) 次いで,上記髄膜炎をもたらした起炎菌について検討すると,鑑
定人B医師は,剖検の際に実施された各種検査(特殊染色や免疫組織
化学,髄液に対するPCR法)によっても病原体の同定には至らなか
ったことや脳の病巣の結節に結核症に特異的にみられる所見は認めら
れなかったことを根拠に結核性髄膜炎とはいいがたいと判断してい
る。
しかし,前記で認定した医学的知見によると,結核性髄膜炎の場合,
各種検査によっても結核菌の検出が困難な場合も多いとされているこ
とからすれば,結核菌の同定ができなかったことをもって直ちに結核
症でなかったと断じることはできない。この点,上記剖検を実施した
A医師は,骨盤内に結核症に特異的にみられる結節が認められた上,
脳の病巣にも,髄膜の混濁,肥厚がみられ,その病変は脳底部で強い
(脳底髄膜炎)という結核性髄膜炎の特徴的な病理的所見が認められ
たこと,結核結節にみられるリンパ球やマクロファージなどの浸潤が
主体となってあらわれていたことなどを根拠に,起炎菌としては結核
菌の疑いが非常に高いと診断している。A医師の上記診断内容に何ら
不自然な点はない上,同医師の剖検医としての経験や中立的な立場を
考慮すれば,同医師の肉眼的所見による上記診断内容は十分信用しう
るというべきである。かかる診断内容に加え,前記で認定したXの臨
床経過は,結核性髄膜炎で一般的にみられる頭痛,嘔吐,嘔気,発
熱,白血球増加,CRP陽性,脳底槽消失,意識障害等と同様であっ
て,これらと何ら矛盾するところがないことも考え併せれば,直接的
な死因は,結核性の髄膜炎であった可能性が高いというべきである。
(3) 続いて,Xの死因となった髄膜炎の発症時期について検討する
と,剖検の所見では,Xの髄膜炎は比較的長期の経過をたどっている
とされている上,鑑定の結果も,Xが平成8年9月下旬ないし10月
上旬ころから頭痛,嘔吐,嘔気などの症状を訴えていたころから,そ
のころより発症した可能性があるとされている。これらの見解を総合
すれば,Xはおそくとも被告病院入院後の平成8年10月ころには髄
膜炎に罹患していた可能性が高いというべきである。
これに対し,被告は,髄膜刺激症状が現れたのは中央病院に転院した
平成9年1月5日以降であって,結核性髄膜炎が亜急性の発症経過を
たどることからすれば,発症時期としては,その2,3週間前である
平成8年12月中旬ないし下旬頃であると主張する。しかし,平成8
年12月上旬ころXに見当識障害が生じ,幻覚症状が出現していたこ
とからすれば,すでにこの段階で髄膜炎が相当進行していたとうかが
われるところ,原告X5も被告病院受診中の平成8年12月下旬ころ
からXに項部硬直とみられる症状が現れていた旨供述をしているこ
と,被告病院の診療録には髄膜刺激症状の検査に関する記載はないこ
となどの事情も考え併せれば,中央病院転院後はじめて髄膜刺激症状
が発症したのではなく,被告病院受診中から既に上記症状を発症して
いたのに同病院医師がこれを看過していた疑いが高いというべきであ
る。そうすると,髄膜炎の発症時期に関する被告の主張は,その前提
を欠き,採用することはできない。
4 争点②(過失の有無)について
(1) 前記2(髄膜炎に関する医学的知見)に加え,鑑定の結果を総合
すると,結核性髄膜炎の発症は比較的緩除で初期の段階では食欲不
振,頭痛,嘔吐,発熱などの非特異的な症状がみられるにすぎない
が,一方で,発熱患者に対して一般細菌を対象とする抗生物質の投与
がなされているにもかかわらず改善傾向がみられない場合には,当然
に一般細菌感染症以外の原因を疑うべきであり,特に,慢性腎不全に
より透析治療を受けている患者については細胞性免疫機能の低下が強
いため,結核症について一般健常者に比べ高率の発症頻度があるの
で,肺外性結核症に注意すべきであり,透析患者に原因不明の熱がみ
られる場合には,結核症の発症も視野にいれて診察すべきであるとい
える。
(2) これを本件についてみると,前記で認定した診療経過によれば,
Xは,平成8年9月25日に被告病院入院後,一般細菌を対象とする
抗生物質の投与により,一時期,発熱や炎症反応等の症状に改善がみ
られたものの,入院初期から持続していた頭痛の訴えは上記抗生物質
や頭痛薬の投与によっても改善はみられなかった上,同年10月初旬
頃からは,嘔気や倦怠感の訴えも持続するようになり,これらの症状
は次第に増悪していく傾向にあった。そして,同年9月26日に実施
された尿中培養検査では尿路感染の原因とされる菌はわずかとされ,
その他,尿意頻数,腰痛等の尿路感染を示す所見はみられなかった
(鑑定の結果)にもかかわらず,透析治療開始後の同年10月13日
ころから再び38度の発熱が現れ,稽留する傾向がみられたほか,同
月14日に実施した血液検査の結果でも再び炎症反応がみられるよう
になった。かかる状況で,Y1医師は,頭痛等の訴えに対しては,透
析治療による不均衡症候群を疑ってグリセオール等の投与を実施する
とともに,熱や炎症反応の再発に対しては,尿路感染症の再発を疑っ
て,同月16日から一般細菌感染症(尿路感染症,敗血症等)に感受
性を持つ抗生物質の投与を再開したにもかかわらず,その後も数日間
にわたり38度台の高熱や頭痛等の訴えが持続していたのである。
Xのかかる臨床経過に照らせば,上記の間,Xに持続してみられた発
熱,頭痛等の症状や血液検査の炎症反応(白血球増加,CRP陽性)
は,被告の指摘する尿路感染症や敗血症等の一般細菌感染症や透析治
療による不均衡症候群を原因とするものとしては,合理的な説明がで
きない症状であったというべきであり,他方,上記症状は結核性髄膜
炎の典型的な初期症状と合致するものであったということができる。
したがって,被告病院担当医師としては,おそくとも抗生物質を再投
与しても改善傾向がみられなかった同年10月18日ころの段階で,
結核性髄膜炎の罹患を疑うことができたというべきであり,その時点
において,ツベルクリン反応検査,髄液検査等を実施するなどして上
記症状の原因究明に務める義務があったというべきである。
(3) 加えて,前記のとおり,結核性髄膜炎は早期治療が重要とされ,
脳底髄膜炎が進行する以前であれば,抗結核薬のみで後遺症なく完治
させることが期待できるが,脳底髄膜炎が進行すると,髄膜の肥厚,
癒着が非可逆的となるため,抗結核薬を投与しても予後不良とされる
一方,結核菌の培養には時間がかかることから,結核性髄膜炎の可能
性が考えられるときは,結核菌の証明による確定診断を待たずに抗結
核薬を投与すべきとされており,特に,透析患者の原因不明の発熱な
どで細菌感染症に対する一般抗生物質に抵抗する場合には,結核症の
発症を考え,早期に診断的治療を行う必要があるとされている。した
がって,本件においても,被告病院の担当医師としては,上記検査と
併行して診断的治療として抗結核剤を投与すべきであったということ
ができる(鑑定の結果によれば,第1に,比較的副作用も少なく,髄
液への移行が優れているイソニアジド,リファンピシンを併用して投
与し,それにより効果が発揮されない場合に2次的にストレプトマイ
シンを併用すべきであったと認められる)。
(4) しかるに,Y1医師は,前記認定のとおり,平成8年10月17
日の段階でいったんは髄膜炎の合併を疑ったものの,Xの症状は抗生
物質投与等によって改善傾向にあると軽信し,漫然と同様の抗生物質
の投与を継続しただけで,髄膜炎に関する検査や結核症に対する治療
を怠っていたことが認められる。
(5) これに対し,被告は,頭部CT検査では髄膜炎を疑わせる所見は
なく,胸部エックス線検査においても肺結核等の異常は発見されなか
ったのであるから,結核性髄膜炎の発症を疑うのは困難であった旨主
張する。しかし,そもそも,髄膜炎はCT検査で発見されない場合が
多い(甲7,証人Y1)上,透析患者の結核症は肺外性のものが多い
(甲4)ことからすれば,上記各検査で異常が発見されなかったから
といって,前記のXの臨床経過の下では,髄膜炎の疑いをうち消す事
情にはならないというべきである。
また,被告は,髄液検査は重篤な合併症を引き起こす可能性のある侵
襲的検査であり,安易に実施すべきでなく,ツベルクリン反応検査も
診断的価値は低いとされているから,検査適応になかった旨主張す
る。しかし,前記認定のとおり,髄膜炎の診断方法として髄液検査は
最も重要であり,髄液から菌を検出するのが診断の決め手になるとさ
れている上,ツベルクリン検査も結核症の診断上,必要不可欠な検査
であるから,本件のように結核性髄膜炎が十分疑われる状況において
上記各検査を実施すべきであったことは明らかであり(甲10,鑑定
の結果),上記主張は採用できない。
(6) 以上によれば,Y1医師には,医師として適切な診療行為を怠る
過失があったことは明らかである。
5 争点④(因果関係の有無)について
(1) 前記認定によれば,結核性髄膜炎の致死率は30パーセント程度
であり,脳底髄膜炎が進行する以前であれば,完治させることが期待
できるとされているところ,Xの髄膜炎を疑い得た平成8年10月1
8日ころの段階では,未だ髄膜刺激症状等は発症しておらず,重篤な
状態には至っていなかったことからすれば,その時点において,速や
かに髄液検査等の検査を実施をした上で抗結核薬投与等の治療を実施
していれば,高度の蓋然性をもってXの死の結果を回避することがで
きたということができる。
また,仮に,死因となった髄膜炎が結核性以外の病原菌によるもの
(真菌性,ウイルス性等)であったとしても,上記の髄膜炎を疑い得
た時点で髄液検査等の検査を実施した上でその検査結果に応じて適切
な治療を実施していれば,Xの死の結果を回避し得た蓋然性は高いと
いうべきである。
(2) これに対し,被告は,剖検時におけるPCR法等の諸検査によっ
ても起炎菌の同定はできなかったのであるから,生前に髄液検査,血
液培養検査等を実施していたとしても髄膜炎を疑わせる所見が出た可
能性は低い旨主張する。
しかし,被告病院入院中の検査と死亡後の剖検では検査結果を左右す
る諸条件(菌量,阻害物質の程度等)が異なると考えられるから,直
ちに被告の主張するようなことがいえるかどうか疑問というほかな
い。また,正常な髄液の外観は水溶透明であるのに対し(乙9の
1),剖検時における髄液検査では髄液の混濁がみられたこと(証人
A)からすると,生前においても髄液検査を実施していれば,髄液の
外観等から髄膜炎を疑わせる程度の所見は得られた可能性は高く,そ
の検査結果に応じた適切な治療を実施することは可能であったという
べきである。したがって,被告の上記主張は採用できない。
(3) 以上によれば,被告病院担当医師の診療を怠る行為とXの死の結
果との間に相当因果関係があったと認められ,他にこれを覆すに足る
的確な証拠はない。
6 争点④(損害額)について
(1) 付添看護費,入院雑費7万3000円
前記認定事実に加え,弁論の全趣旨によれば,Xは被告病院入通院
後,病状の悪化により,平成9年1月5日に中央病院に転院し,同
月14日に死亡するまでの10日間,同病院に入院していたとこ
ろ,その間,原告X5はXの付添看護を務めていたことが認められ
る。そして,被告病院医師がXの髄膜炎に対し早期に適切な診療行
為をしていれば,Xを中央病院に転院させるような事態は回避しえ
た可能性は高いというべきであるから,中央病院転院後の付添看護
費用,入院雑費は本件医療事故と相当因果関係のある損害というべ
きである。したがって,付添看護費用を1日6000円,入院雑費
を1日1300円とすると,付添看護費及び入院雑費として認めら
れる損害額は7万3000円である。
付添看護費用 6000円×10日=6万円
入院雑費1300円×10日=1万3000円
(2) 逸失利益
ア 家事労働分は認められない。
前記のとおり,結核症髄膜炎の予後は一般的に悪く,ことに,高
齢者や合併症をもつ患者の予後は不良で,意識障害,運動障害な
ど重篤な後遺症を残す可能性が高いとされている。したがって,
64歳で慢性腎不全等の合併症を持つXに対し適切な診療がなさ
れたとしても,重篤な後遺症が残った可能性は高いというべきで
ある。また,Xが重篤な後遺症から免れたとしても,透析治療を
必要とするほど腎機能が悪化していたことからすれば,就労可能
な程度まで回復し得たかどうか疑問といわざるを得ない。そうす
ると,本件医療事故とXの家事労働による逸失利益分の損害との
間には相当因果関係は認められない。
イ 年金受給分 305万4824円
証拠(甲20)によれば,Xは,死亡当時,年額100万800
0円の老齢厚生年金を受給していたことが認められる。そして,
透析療法を受けていたXの余命期間について検討すると,透析患
者の生存率に関する統計資料によれば,7年生存率は約52パー
セント,5年生存率は約60パーセントであるが(鑑定の結
果),前記のとおり結核性髄膜炎の予後が不良であることなども
考え併せれば,Xに対して適切な診療行為がなされたとしても,
5年以上生存し得た蓋然性は高いとはいえない。
そこで,Xの余命期間を5年と推認し,その間の年金受給に係る
逸失利益について,ライプニッツ方式により中間利息を控除した
上,生活費として3割を控除すると,下記計算式のとおり,30
5万4824円となる。
100万8000円×4.3294×(1-0.3)
=305万4824円
(3) 慰謝料(1500万円)
Xの家族構成,年齢,死亡当時の病状,余命及び死亡に至る経緯そ
の他諸事情を総合すれば,死亡によるXの慰謝料としては金150
0万円が相当である。
(4) 葬儀費用(130万円)
葬儀費用としては130万円が本件と相当因果関係のある損害と認
められる。
(5) Xの損害額合計(1942万7824円)
本件によりXが被った損害額の合計は1942万7824円である
ところ,相続により原告X1はその2分の1である971万391
2円につき,その余の原告らはそれぞれ8分の1である242万8
478円につき,損害賠償請求権を承継取得した。
(6) 弁護士費用(200万円)
弁論の全趣旨によれば,原告らは,本件訴訟の提起,遂行を原告ら
訴訟代理人に委任し,相当額の費用,報酬を支払うと認められると
ころ,本件訴訟の内容,審理経過,認容額等を考慮すれば,本件と
相当因果関係のある弁護士費用としては,原告X1について100
万円,その余の原告についてそれぞれ25万円が相当である。
7 結論
以上のとおり,原告らの請求のうち,被告に対する不法行為に基づく
損害賠償請求として,原告X1については1071万3912円,そ
の余の原告らについてはそれぞれ267万8478円及びこれらに対
するX死亡の日である平成9年1月14日から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由がある
からこれを認容し,その余は失当として棄却することとする。
徳島地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官  村  岡  泰  行
裁判官  石  垣  陽  介
裁判官  井  出  弘  隆

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