弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     一、 原判決を取り消す。
     二、 控訴人Aが被控訴人から一万五千円を受け取ると引換に控訴人両
名は被控訴人に対し戸畑市a字bc番地のd、家屋番号e町f番木造瓦葺二階建店
舗一棟建坪一一坪九合五勺外二階し一〇坪五合を明け渡すべ。
     三、 被控訴人その余の請求を棄却する。
     四、 訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人らの連帯負担とする。
     五、 第二項にかぎり被控訴人において控訴人両名に対し三万円の連帯
担保を供するときはかりに執行することができる。
         事    実
 控訴人Bは合式の呼出を受けながら昭和三〇年七月七日午前一〇時の当審最初の
口頭弁論期日に出頭しないので、陳述したものとみなされる控訴状及び同年三月一
二日附「準備書面の追加」と題する書面によると、同控訴人及び控訴人Aは「原判
決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の
負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「原判決を左の通り変更する。控訴人
両名は被控訴人に対し主文第二項記載の家屋を明け渡すべし。控訴人Aは被控訴人
に対し昭和二四年八月一六日以降右明渡にいたるまで月二千円の割合による金員を
支払わなければならない。訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」と
の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求めた。
 事実及び証拠
 被控訴人の部 被控訴人は昭和二三年一二月一九日控訴人Aから同人の所有で同
人及びその内縁の妻である控訴人Bが居住していた主文第二項表示の家屋を被控訴
会社の従業員社宅とする目的をもつて代金一六万五千円で買い受け、うち金一五万
円を支払つて翌二〇日被控訴人名義に所有権移転登記をなした。右売買にあたつて
家屋は残代金一万五千円の支払と同時に遅滞なく明け渡すという趣旨の約束であつ
たのにかかわらず、Aは自己の移居すべき家屋の現居住者に対して、家屋明渡の訴
訟を提起し訴訟進行中であるから暫時猶予されないと申し出で、また残代金の支払
あるまで明渡義務がないと主張するのであるが、被控訴人は右の猶予の申出を承諾
したことはなく、既に売買代金中九割一分余に相当する代金を支払つているし、家
屋を遅滞なく明け渡すという前示契約の趣旨に照らし、Aは同家屋を占有使用する
ことによつて遅くとも昭和二四年一月一日以降は同家屋の賃料相当額月三千円の内
少くとも毎月二千円以上の不当利得をしている。よつて被控訴人はAに対し昭和二
四年一月一日以降同年八月一五日まで月二千円の割合による不当利得金一万五千円
の返還請求権と前示残代金債務とを対当額につき相殺の意思表示をなし、控訴人ら
に対し家屋の明渡を求め、尚Aに対しては同年同月一六日以降明渡すみに至るまで
月二千円の割合による不当利得の返還を求める。控訴人Aが訴外Cから移居すべき
家屋を買い受け、同家屋の居住者Dに対し明渡の訴訟を提起し、同訴訟の第一審の
口頭弁論が終結に間近いことは認めると述べ、原審証人E、当審証人F(第一、二
回)の各証言を援用し、乙第一号証の成立を認めた。
 控訴人らの部 被控訴人の主張事実は売買代金額、家屋明渡の期限、賃料相当額
の点を除いてこれを認める。控訴人らは中華民国から帰還したが従前控訴人Aの所
有した家屋が戦時中強制疎開により撤去解体されていて、居住する家屋がなかつた
ので訴外Gから直ちに明渡を受ける約束の下に本件家屋を坪当二二万四千五〇〇円
で買い取つたが、当時同家屋にはE夫婦外その子女四名の六名の家族とH、Iらが
居住し、殊にEの妻Jは同家屋で助産婦業を営んでいて、他に移転すれは多年経営
の上開拓した得意先を失う不利益等があるといつて容易く明渡に応じないため、や
むなく控訴人らは本件家屋の階上に引き越し同一家屋に前記の者らと同居したけれ
ども、その後E夫婦には次々に子供が生れて八名の家族となり、広くもない本件家
屋に三世帯の多数の者が同居するに堪えきれないで、被控訴人Aは公認宅地建物取
引業者Kに依頼して、損失を顧みずに、同家屋を僅か一六万円の安値で被控訴人に
売り渡し、内金一四万五千円を受領したのであるが、右のような事情からして、本
件家屋を簡単に明け渡すことの到底不可能なことは被控訴人において知悉した上で
の売買である。それ故にこそ被控訴人は残代金一万五千円を家屋明渡の保証金と称
して一方的に支払を留保し結局同金員は家屋の明渡と引換に支払うことと定めたの
である。その際被控訴人は、一万五千円に対する金利は当時巷間一般に行われた月
一割として月千五〇〇円で、これを本件家屋の家賃と考えて見ても相当であると説
明し、相当長期にわたり家屋の明渡を受け得ないことを認容したのであつて、被控
訴人主張のような明渡期限の約束はなかつたのである。しかし、元来控訴人らは右
のように同居に堪えないで、他に移居する必要から売却したのであるから、移転先
を探して移居するとともに被控訴人に本件家屋を売り渡した責任上も、明け渡さな
ければならないので、移転を準備するため、昭和二四年一月二八日Cからその所有
の戸畑市g町h町目i番地所在家屋を明け渡しを受ける約で買い受けたが、同家屋
もこれを賃借居住中のDが賃借権を主張して明渡請求に応しないため、同人に対し
ての移転に必要な家屋を買い与える外はないと考え、同人居住の右家屋の近くに四
室ある住宅を控訴人Aにおいて買い取りDの所有として登記をなし、これを無償譲
渡することを条件として訴外Kを介し明渡方を交渉したけれども、Dは頑としてこ
の好意ある申出にも応ぜず遂に交渉は決裂したので、控訴人Aは昭和二七年一〇月
二〇日Dを被告とし福岡地方裁判所小倉支部に家屋明渡の訴訟を提起し(同庁昭和
二七年(ワ)第五四七号)漸く昭和三〇年三月二二日口頭弁論は終結されたが、判
決言渡のないまま今日に至つている。従つて控訴人らはDから右家屋の明渡を受け
てこれに移転する以外に居住の場所がないので本訴請求は不当であると述べ、控訴
人Aにおいて、被控訴人はDが前示家屋を明け渡して控訴人がこれに移転するまで
本件家屋の明渡を猶予したのであるからいまだこれを明け渡す義務がない。被控訴
人は既に本件家屋の所有権移転登記を受けているが、売買代金は特別の事情のない
かぎり当然右移転登記と同時に支払うべきであるのに、控訴人の事前の承諾もなく
一方的に一万五千円を控除留保して支払わないので、控訴人は家屋を明け渡す義務
がないし、本件家屋の所有権はいま尚控訴人にあるし、賃料相当の不当利得を返還
すべき義務もない。かりに支払う義務があるとしても本件家屋の賃料は月一九三円
六〇銭であるから、これを基準としたる金員を支払えば十分である。なお被控訴人
は本件家屋の売買代金全額を支払うべき義務を履行しないので右売買契約を解除す
る。従つて被控訴人は控訴人から一五万円を受け取ると引換に控訴人に対し本件家
屋の所有権移転登記をなすべきであると述べ、乙第一号証を提出し、当審証人Kの
証言を援用した。
         理    由
 被控訴人の請求原因事実は売買代金額、家屋明渡の期限、賃料相当額の点を除い
て総べて当事者間に争がない。当審証人Kの証言及び同Fの証言(第二回)並びに
当事者弁論の全趣旨を合せ考えると、控訴人Aは自己の住居とする目的で訴外Gか
ら同人所有の本件家屋を二二万四千余円で買い受けたのであるが、当時同家屋には
E夫婦及びその家族並びにH外一名の二世帯が賃借居住し、殊にEの妻Jは本件家
屋で助産婦業を営んでいたため、他に移転すれば得意先を失うなどの不利益を被る
ところから容易に家屋の明渡を肯んじないので、右E、Hらに対する賃貸人たる控
訴人Aはやむなく本件家屋の二階の明渡を求めて同二階に移居して来て結局広くも
ない家屋に三世帯の多数の者が同居することとなつたのであるが、控訴人らは遂に
右のような同居の不便や煩らわしさに堪えないで、他に住宅を求めることを決意
し、控訴人Aは訴外Kの仲介により本件家屋を被控訴人に売り渡すこととし、被控
訴人は、自己の従業員社宅とする目的をもつて同家屋に前示の者らが賃借居住する
ことを了知の上昭和二三年一二月一九日代金一六万円で買い受け翌二〇日所有権取
得の登記をなし、代金中一四万五千円を同控訴人に支払い、残金一万五千円は家屋
全部の明渡と引換に支払うことと定め、(これによつて本件家屋の所有権は被控訴
人に移転したものと解すべきで、同家屋の所有権が今なお控訴人Aにありとする同
控訴人の主張は採り難い)なお家屋明渡の期限は暦日による月日こそは定めなかつ
たとはいえ、控訴人Aが可及的早く適当な移転先を探して移居した上で本件家屋を
明け渡しこれと同時に、E、Hらの前示居住者らを本件家屋から立ち退かせて明け
渡すこととし、この時を明渡期限と定めて、該明渡と引換に被控訴人から控訴人に
対し残代金を支払うことを約し、一方控訴人ら夫婦は本件家屋を売却するに至つた
前記の動機及び事情や買主たる被控訴人に成るべく早く本件家屋を明渡すべき義務
かあることからして、移転を準備するため移転先として昭和二四年一月二八日控訴
人ら主張の家屋を訴外Cから買い受け同家屋を賃借居住していたDに対し四室ある
家屋を買い与えてまでも右Cから買い受けた家屋の明渡を求めて同家屋に移居しょ
うとしたばかりでなく、昭和二六年頃には立退料二万円を支払つてE夫婦を本件家
屋から立ち退かせていることが認められる。以上の認定に反する原審証人Eの証言
及び当審証人Fの証言(第一、二回)は信用しない。
 以上の認定事実によると本件家屋売買当時は勿論その以後においても一般に家屋
が払底して極度の住宅難にあることは当裁判所に顕著な事実であるけれど、売買契
約後既に満六年以上を経、まさに満七年になんなんとする現在においては、既に明
渡の期限は到来しているものと解すべきであり、控訴人Aは残代金一万五千円の支
払を受けると引換に本件家屋を被控訴人に明け渡す義務があるのは当然であつて、
同控訴人の内縁の妻で同控訴人と同居する控訴人Bは、内縁の妻たる身分を離れて
は同人単独で本件家屋を占有使用するなんらの権限もないのだから、内縁の夫Aに
明渡義務がある以上内縁の妻たるBもまたAと共に本件家屋を明け度すべきものと
解しなければならない。
 控訴人Aの売買契約解除の抗弁については、同控訴人が被控訴人に対し残代金の
支払を請求して拒絶されたことは前記Kの証言により認められるけれども、同控訴
人が自己のなすべき反対給付たる本件家屋の明渡を準備の上提供して残代金の支払
を催告したことは認められないので、解除の意思表示はその前提を欠き解除の効果
を生じないことが明らかである。同控訴人の明渡を猶予する合意が成立した旨の抗
弁事実も認むべきなんらの証拠がなく、前記Fの証言(第二回)によると右のごと
き合意の存しないことが認められるので右抗弁は採用し難い。
 つぎに被控訴人の不当利得返還請求及び同請求権に基く相殺の主張について考え
るに、不動産の売買においては特別の事情のないかぎり売主の有する売買代金債権
と同時履行の関係に立つものは買主の有する不動産所有権移転登記請求権であつ
て、不動産(引渡)明渡請求権ではないと解するのが相当であり、ただ売主のみが
居住する自己所有家屋を買主の住居に使用するために売却した場合にあつては、通
常売買代金の支払と家屋の明渡とを引換になすことが多いのであろうが、本件のよ
うに自己の徒業員社宅に供する目的で売主が賃借人らと同居して居住する家屋をそ
のことを了知しなから買い受けた場合にあつては、売買家屋の明渡と売買代金の支
払もまた常に同時に履行さるべきものと推定されるものとは限らず、殊に本件にお
いては先に認定したことから明らかなように既に売買の目的たる家屋は被控訴人に
所有権移転登記を了し同時に代金一六万円中一四万五千円の支払を終り、しかも売
買家屋の明渡と引換に残代金を支払うことを特約したものであるから、自然右の家
屋の明渡と代金の支払とを同時に為すべきものとする推定は履えされ、家屋の明渡
と同時履行の関係に立つのは、売買代金自体ではなく、売買残代金であることが特
約されたものというべきである。(このことは前記F、Kの各証言によつても明認
される。)されは被控訴人が残代金を支払わないかぎり控訴人Aは同時履行を抗弁
として本件家屋の明渡を拒絶して引き続き同家屋を占有使用することができるので
あつて、その占有使用をもつて不当利得とする被控訴人の主張は失当であるから、
売買契約所定の明渡期限(残代金支払期限)の日時を確定するまでもなく、不当利
得返還の請求及不当利得返還請求権に基く事実摘示の相殺の主張は排斥を免れな
い。(このことは被控訴人にとつて衡平を欠くうらみかあるけれとも、前示特約の
存する以上やむを得ないことである。もつとも被控訴人が残代金一万五干円の幾何
かを支払つたときは支払額の残代金額に対する比率に応じて本件家屋の賃料相当額
に対応する金額を不当利得として控訴人Aに請求しうることは、売買代金と家屋明
渡とが同時履行の関係にある場合、その代金中の相当額が支払われたるときにおい
ては、支払額に対応して不当利得返還請求権の成立することと等しく固よりその所
であるが、そのことは、いまだ残代金中些少の支払もない本件においては問題とな
らないところである。)
 よつて、被控訴人の請求は主文第二項の限度において認容しその余を失当として
棄却すべく、仮執行の宣言については、控訴人ら主張のDに対する家屋明渡の訴訟
がいまなお第一審裁判所に係属中であることの当事者間に争のなき事実から推し
て、控訴人らが折角移転先として買い求めた家屋にいま直ちに移転することの不可
能な状態にあることも推認されるのであるけれども、(Fの証言中右訴訟は控訴人
A勝訴の確定判決があつていつでもD居住の家屋に移居しうる旨の部分は措信し難
い。)既に売買契約の日から満七<要旨>年に達せんとする日時を経過していること
ではあるし、また残代金の支払という反対給付と引換に家屋の明渡を命ずる
場合においても仮執行の宣言をなしうることは、民事訴訟法第一九六条の規定に照
らし目明のことであるから、被控訴人において、控訴人両名に対し三万円の連帯担
保(すなわち各控訴人に対してそれぞれ一万五千円ではない)を供するときは仮り
に執行することができる旨宣言することとする。(訴訟費用の負担を命ずる部分に
ついては必要がないものと認めて仮執行の宣言をしない。)
 されば、原判決は結局不当であつて控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六
条第九六条第九二条第九三条第一九六条を適用し主文の通り判決する。
 (裁判長判事 桑原国朝 判事 二階信一 判事 秦亘)

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