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判決言渡平成21年6月30日
平成20年(行ケ)第10421号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年6月23日
判決
原告スガツネ工業株式会社
訴訟代理人弁理士菊池新一
同菊池徹
被告株式会社ストロベリーコーポレーション
訴訟代理人弁護士森田政明
訴訟代理人弁理士森正澄
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007−800124号事件について平成20年10月14
日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1原告は,平成11年5月31日にした原出願からの分割出願としてなした出
願に基づき平成15年9月12日に登録を受けた発明名称「折り畳み式機器の
開閉保持用ヒンジ装置の係嵌組成体」の特許第3471743号(請求項の数
1)の特許権者であるところ,被告が平成19年7月3日付けで上記特許につ
いて無効審判請求をした。
特許庁は,上記請求を無効2007−800124号事件として審理し,そ
の中で原告が平成20年8月8日付けで訂正請求をしたところ,特許庁は,平
成20年10月14日付けで上記訂正を認めた上,訂正後の上記請求項1に係
る発明(以下「本件発明」という。)についての特許を無効とする旨の審決を
したことから,本件は,上記審決に不服の原告がその取消しを求めた事案であ
る。
2争点は,上記訂正後の本件発明が,上記特許出願前に公然実施された発明
(さいたま地方法務局所属公証人A作成平成19年第0102号の事実実験公
正証書[甲5]に係るもの)との関係で進歩性を有するか(特許法29条2
項)である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁等における手続の経緯
ア特許登録
原告は,平成11年5月31日になした原出願(特願平11−1517
08号)からの分割出願として,平成12年11月16日,名称を「折り
畳み式機器の開閉保持用ヒンジ装置の係嵌組成体」とする発明について特
許出願(特願2000−350147号)をし,平成15年9月12日特
許第3471743号として登録を受けた(請求項の数1。特許公報は甲
34。以下「本件特許」という。)。
イ前件無効審判請求(無効2005−80081号)
これに対し,被告は,平成17年3月16日付けで本件特許の請求項1
につき無効審判請求をし,同請求は特許庁において無効2005−800
81号事件として審理され,その後,平成17年8月31日の無効審決,
これに対する原告の審決取消訴訟の提起(平成17年(行ケ)第1073
1号),知的財産高等裁判所による平成17年12月5日付けの特許法1
81条2項に基づく差戻決定,平成18年2月6日の原告による訂正請求
(甲35),平成19年1月25日の訂正認容及び無効不成立審決,これ
に対する被告の審決取消訴訟の提起(平成19年(行ケ)第10089
号),知的財産高等裁判所による平成20年3月6日の請求棄却判決を経
て,上記無効不成立審決は確定した。
ウ本件無効審判請求(無効2007−800124号)
上記経過を踏まえて,被告は,平成19年7月3日付けで,再び本件特
許の請求項1について無効審判請求(以下「本件無効審判請求」とい
う。)をしたので,特許庁は,同請求を無効2007−800124号事
件として審理した上,平成20年5月9日,本件特許の請求項1に係る発
明についての特許を無効とする旨の審決をした。
原告は,上記審決に対して,知的財産高等裁判所に審決取消訴訟を提起
し(平成20年(行ケ)第10211号),平成20年7月14日付けで
本件特許について訂正審判請求(訂正2008−390079号)をした
ところ,同裁判所は,平成20年7月25日,特許法181条2項により
上記審決を取り消す旨の決定(差戻決定)をした。
そこで,特許庁において本件無効審判請求が再び審理されることとな
り,その中で,原告は,本件特許について訂正請求(以下「本件訂正」と
いう。)をしたところ,特許庁は,平成20年10月14日,本件訂正を
認めた上,本件特許の請求項1に係る発明についての本件特許を無効とす
る旨の審決をし,その謄本は平成20年10月24日原告に送達された。
(2)発明の内容
上記訂正後の本件特許は,上記のとおり請求項1から成るが,その内容
は,次のとおりである(下線は訂正部分)。
「第1ヒンジ筒を有する第1部材と第2ヒンジ筒を有する第2部材とを開
閉自在に連結するための係嵌組成体であって,同一軸線上で隣接する第1ヒ
ンジ筒と第2ヒンジ筒とにわたり装着されるものであること,および,係嵌
組成体の構成要素として第1ディスクと第2ディスクとコイルスプリングと
軸杆とを備えていてそのうちの第1ディスクが筒状本体と摺動ディスクとか
らなること,および,筒状本体と摺動ディスクとコイルスプリングとの相対
関係において,摺動ディスクやコイルスプリングを嵌め込むためのもので第
1ヒンジ筒に内嵌して第1ヒンジ筒に対して回り止め装着される筒状本体が
その側端縁から軸線方向沿いに切り欠き形成された径方向に相対する2つの
スライド用切込み溝を周壁に有すること,かつ,筒状本体の内部に嵌り込む
ディスク本体とスライド用切込み溝の内部に嵌まり込んで筒状本体の軸線方
向沿いにスライドするように前記ディスク本体の周面から径方向に延びる部
分とを有する摺動ディスクが筒状本体の内径や切込み溝形状に対応した周面
形状を有し,前記摺動ディスクは,前記ディスク本体の端面と前記ディスク
本体の周面から径方向に延びる部分の端面とが前記スライド用切込み溝を有
する部分で筒状本体を横断した際に得られる前記筒状本体の内部の横断面と
スライド用切込み溝の横断面とにそれぞれ相応した連続する面形状の第1突
き合わせ端面を有すること,かつ,コイルスプリングが筒状本体内に嵌め込
むことのできる外径を有していて筒状本体内で摺動ディスクに押し当てられ
るものであること,および,片面を第1突き合わせ端面とする摺動ディスク
と片面を第2突き合わせ端面とする第2ディスクとの相対関係において,第
2突き合わせ端面には複数の係嵌凹所が周方向に間隔をおいて形成されてい
るとともに第1突き合わせ端面で摺動ディスクのスライド用切込み溝内に嵌
り込むようにディスク本体の周面から径方向に延びる部分には該各係嵌凹所
と係合離脱自在に対応する複数の係嵌凸部が形成され,前記係嵌凸部は前記
係嵌凹所との係嵌状態では前記筒状本体の開口部から突出すること,およ
び,第2ヒンジ筒に内嵌して第2ヒンジ筒に対して回り止め装着され第1デ
ィスクに相対している第2ディスクで第2突き合わせ端面の反対端面には,
第2ヒンジ筒に装着されて抜け止め状態になる抜け止め弾性爪が設けられて
いること,および,軸杆と第1ディスク・第2ディスク・コイルスプリング
との相対関係において,第1ディスク軸心部・第2ディスク軸心部・コイル
スプリング軸心部のそれぞれを軸杆が貫通するものであること,および,上
記各構成要素の組み立てについて,コイルスプリングが筒状本体内に嵌め込
まれていること,かつ,第1突き合わせ端面を外面にした摺動ディスクの前
記第1突き合わせ端面が係嵌凸部と係嵌凹所との係嵌状態で前記筒状本体外
にある第2ディスクの第2突き合わせ端面に突き合わさるように前記摺動デ
ィスクのディスク本体と前記ディスク本体の周面から径方向に延びる部分と
がコイルスプリングに抗して筒状本体の内部とスライド用切込み溝の内部と
にそれぞれ嵌め込まれていること,かつ,第1突き合わせ端面と第2突き合
わせ端面とが対面して摺動ディスクと第2ディスクとが互いに突き合わされ
ていること,かつ,この集合した各構成要素の軸心部を軸杆が貫通している
とともに軸杆の両端部が筒状本体や第2ディスクに対して抜け止め固定され
ていること,および,この組み立て構造において,摺動ディスクの一部であ
ってスライド用切込み溝内に嵌り込んだ部分がそこから露呈されているこ
と,かつ,摺動ディスクと,筒状本体に存在するスライド用切込み溝の奥端
縁12eとが,これらの間に係嵌凸部と同等長以上の離間貫通空所Sを介在
させていること,かつ,コイルスプリングが摺動ディスクを第2ディスク側
へ押しつけていること,かつ,摺動ディスクと第2ディスクとが相対回転し
たときに係合状態にある係嵌凸部・係嵌凹所がそれぞれ他の係嵌凹所・係嵌
凸部に切り替わることを特徴とする折り畳み式機器の開閉保持用ヒンジ装置
の係嵌組成体。」
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件
発明は,甲5(さいたま地方法務局所属公証人A作成平成19年第010
2号「折畳み式携帯電話用ヒンジ装置の構造等に関する事実実験公正証
書」)記載の本件特許出願前に公然実施された発明(以下「公然実施発
明」という。)に基づいて容易に発明することができた,というものであ
る。
イなお,審決が認定する公然実施発明の内容,本件発明と公然実施発明と
の一致点及び相違点は,次のとおりである。
(ア)公然実施発明の内容
「第1筒状部を有するキー側筐体と第2筒状部を有するディスプレー
側筐体とを開閉自在に連結するためのヒンジ装置であって,同一軸線上
で隣接する第1筒状部と第2筒状部とにわたり装着されるものであるこ
と,および,ヒンジ装置の構成要素として筒状ケースとボールハウジン
グと外周部異形固定カムとばねと軸とを備えていること,および,筒状
ケースとボールハウジングとばねとの相対関係において,ボールハウジ
ングやばねを嵌め込むためのもので第1筒状部に内嵌して第1筒状部に
対して回り止め装着される筒状ケースがその内側にボールハウジングの
外周部の2本の凹線と嵌合するように軸線方向に平行に向かい合うよう
な状態で形成されている凸条部を有すること,かつ,筒状ケースの内部
に嵌り込むボールハウジングの軸部分と凸条部の外部に嵌まり込んで筒
状ケースの軸線方向沿いにスライドするようにした前記ボールハウジン
グの外周部の2本の凹線とを有するボールハウジングが筒状ケースの内
径や凸条部形状に対応した周面形状を有し,前記ボールハウジングは,
連続する面形状の第1突き合わせ端面を有すること,かつ,ばねが筒状
ケース内に嵌め込むことのできる外径を有していて筒状ケース内でボー
ルハウジングに押し当てられるものであること,および,片面を第1突
き合わせ端面とするボールハウジングと片面を第2突き合わせ端面とす
る外周部異形固定カムとの相対関係において,第2突き合わせ端面には
複数の窪みが周方向に間隔をおいて穿たれているとともに第1突き合わ
せ端面には該各窪みと係合離脱自在に対応する複数のボールが組み込ま
れ,前記ボールは前記窪みとの係嵌状態では前記筒状ケースの開口部か
ら突出すること,および,第2筒状部に内嵌してボールハウジングに相
対している外周部異形固定カムで第2突き合わせ端面の反対端面には,
第2筒状部に装着されて止め輪にて抜け止め状態になる軸の先端部が突
出していること,および,軸と筒状ケース・ボールハウジング・外周部
異形固定カム・ばねとの相対関係において,筒状ケース軸心部・ボール
ハウジング軸心部・外周部異形固定カム軸心部・ばね軸心部のそれぞれ
を軸が貫通するものであること,および,上記各構成要素の組み立てに
ついて,ばねが筒状ケース内に嵌め込まれていること,かつ,第1突き
合わせ端面を外面にしたボールハウジングの前記第1突き合わせ端面が
ボールと窪みとの係嵌状態で前記筒状ケース外にある外周部異形固定カ
ムの第2突き合わせ端面に突き合わさるように前記ボールハウジングの
軸部分と前記2本の凹線とがばねに抗して筒状ケースの内部と凸条部の
外部とにそれぞれ嵌め込まれていること,かつ,第1突き合わせ端面と
第2突き合わせ端面とが対面してボールハウジングと外周部異形固定カ
ムとが互いに突き合わされていること,かつ,この集合した各構成要素
の軸心部を軸が貫通しているとともに軸の両端部が筒状ケースや外周部
異形固定カムに対して抜け止め固定されていること,および,この組み
立て構造において,ボールハウジングと,筒状ケースに存在する筒状ケ
ース内底部とが,これらの間にボールと同等長以上の離間空所を介在さ
せていること,かつ,ばねがボールハウジングを外周部異形固定カム側
へ押しつけていること,かつ,ボールハウジングと外周部異形固定カム
とが相対回転したときに係合状態にあるボール・窪みがそれぞれ他の窪
み・ボールに切り替わる折畳み式携帯電話のヒンジ装置。」
(イ)一致点
「第1ヒンジ筒を有する第1部材と第2ヒンジ筒を有する第2部材と
を開閉自在に連結するための係嵌組成体であって,同一軸線上で隣接す
る第1ヒンジ筒と第2ヒンジ筒とにわたり装着されるものであること,
および,係嵌組成体の構成要素として第1ディスクと第2ディスクとコ
イルスプリングと軸杆とを備えていてそのうちの第1ディスクが筒状本
体と摺動ディスクとからなること,および,筒状本体と摺動ディスクと
コイルスプリングとの相対関係において,摺動ディスクやコイルスプリ
ングを嵌め込むためのもので第1ヒンジ筒に内嵌して第1ヒンジ筒に対
して回り止め装着される筒状本体が摺動ディスクの筒状本体に対する回
動阻止兼スライド機構を有すること,かつ,筒状本体の内部に嵌り込む
ディスク本体と回動阻止兼スライド機構の所定部位に嵌まり込んで筒状
本体の軸線方向沿いにスライドするようにした部分とを有する摺動ディ
スクが筒状本体の内径や回動阻止兼スライド機構の形状に対応した周面
形状を有すること,かつ,コイルスプリングが筒状本体内に嵌め込むこ
とのできる外径を有していて筒状本体内で摺動ディスクに押し当てられ
るものであること,および,片面を第1突き合わせ端面とする摺動ディ
スクと片面を第2突き合わせ端面とする第2ディスクとの相対関係にお
いて,第2突き合わせ端面には複数の係嵌凹所が周方向に間隔をおいて
形成されているとともに第1突き合わせ端面には各係嵌凹所と係合離脱
自在に対応する複数の係嵌凸状部が形成され,前記係嵌凸状部は前記係
嵌凹所との係嵌状態では前記筒状本体の開口部から突出すること,およ
び,第2ヒンジ筒に内嵌して第2ヒンジ筒に対して回り止め装着され第
1ディスクに相対している第2ディスクで第2突き合わせ端面の反対端
面には,第2ヒンジ筒に装着されて抜け止め状態になる抜け止め手段が
あること,および,軸杆と第1ディスク・第2ディスク・コイルスプリ
ングとの相対関係において,第1ディスク軸心部・第2ディスク軸心部
・コイルスプリング軸心部のそれぞれを軸杆が貫通するものであるこ
と,および,上記各構成要素の組み立てについて,コイルスプリングが
筒状本体内に嵌め込まれていること,かつ,第1突き合わせ端面を外面
にした摺動ディスクの前記第1突き合わせ端面が係嵌凸状部と係嵌凹所
との係嵌状態で前記筒状本体外にある第2ディスクの第2突き合わせ端
面に突き合わさるように前記摺動ディスクのディスク本体と前記回動阻
止兼スライド機構に嵌まり込む部分とがコイルスプリングに抗して筒状
本体の内部と回動阻止兼スライド機構の所定部位とにそれぞれ嵌め込ま
れていること,かつ,第1突き合わせ端面と第2突き合わせ端面とが対
面して摺動ディスクと第2ディスクとが互いに突き合わされているこ
と,かつ,この集合した各構成要素の軸心部を軸杆が貫通しているとと
もに軸杆の両端部が筒状本体や第2ディスクに対して抜け止め固定され
ていること,および,この組み立て構造において,摺動ディスクと,筒
状本体に存在する所定部位とが,これらの間に係嵌凸状部と同等長以上
の離間空所を介在させていること,かつ,コイルスプリングが摺動ディ
スクを第2ディスク側へ押しつけていること,かつ,摺動ディスクと第
2ディスクとが相対回転したときに係合状態にある係嵌凸状部・係嵌凹
所がそれぞれ他の係嵌凹所・係嵌凸状部に切り替わる折り畳み式機器の
開閉保持用ヒンジ装置の係嵌組成体。」
(ウ)相違点1(回動阻止兼スライド機構の構成に基づく相違)
・筒状本体が有する回動阻止兼スライド機構が,本件発明では「(筒状
本体の周壁に有する)側端縁から軸線方向沿いに切り欠き形成された径
方向に相対する2つのスライド用切込み溝」であるのに対し,公然実施
発明では「ボールハウジングの外周部の2本の凹線と嵌合するように軸
線方向に平行に向かい合うような状態で形成されている凸条部」である
点。
・回動阻止兼スライド機構の所定部位が,本件発明では「スライド用切
込み溝の内部」であるのに対し,公然実施発明では「凸条部の外部」で
ある点。
・回動阻止兼スライド機構に嵌まり込んで筒状本体の軸線方向沿いにス
ライドするようにした部分が,本件発明では「ディスク本体の周面から
径方向に延びる部分」であるのに対し,公然実施発明では「ボールハウ
ジングの外周部の2本の凹線」である点。
・摺動ディスクの周面形状が対応する形状のうちの回動阻止兼スライド
機構の形状が,本件発明では「切込み溝形状」であるのに対し,公然実
施発明では「凸条部形状」である点。
・第1突き合わせ端面が,本件発明では「ディスク本体の端面と前記デ
ィスク本体の周面から径方向に延びる部分の端面とがスライド用切込み
溝を有する部分で筒状本体を横断した際に得られる前記筒状本体の内部
の横断面とスライド用切込み溝の横断面とにそれぞれ相応した」構成を
有するのに対し,公然実施発明ではかかる構成を有しない点。
・本件発明では「摺動ディスクの一部であってスライド用切込み溝内に
嵌り込んだ部分がそこから露呈されている」構成であるのに対し,公然
実施発明ではかかる構成を有しない点。
・筒状本体に存在する所定部位が,本件発明では「スライド用切込み溝
の奥端縁12e」であるのに対し,公然実施発明では「筒状ケース内底
部」である点。
・離間空所について,本件発明では離間「貫通」空所であると特定され
るのに対し,公然実施発明ではかかる特定がなされていない点。
(エ)相違点2(係嵌凸状部の構成及び形成場所に基づく相違)
・係嵌凸状部が,本件発明では「係嵌凸部」であるのに対し,公然実施
発明では「ボール」である点。
・第1突き合わせ端面において複数の係嵌凸状部の形成される場所が,
本件発明では「摺動ディスクのスライド用切込み溝内に嵌り込むように
ディスク本体の周面から径方向に延びる部分」であると限定されている
のに対し,公然実施発明ではかかる限定がなされていない点。
(オ)相違点3(抜け止め手段の構成に基づく相違)
・第2突き合わせ端面の反対端面にある抜け止め手段が,本件発明では
反対端面に「設けられている」,「抜け止め弾性爪」であるのに対し,
公然実施発明では反対端面に「突出している」,「止め輪にて抜け止め
状態になる軸の先端部」である点。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下のとおり誤りがあるから,違法なものとし
て取り消されるべきである。
ア取消事由1(本件発明の要旨と一致点認定の誤り)
(ア)公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」が本件発明の「ディ
スク本体」に相当するとの認定の誤り
a審決は,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」を本件発明
の摺動ディスクの「ディスク本体」に相当すると認定している(21
頁27行∼28行)。しかし,本件発明の「ディスク本体」に相当す
るのは,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」ではなく,
「ボールハウジングの台座部分」であり,「ボールハウジングの軸部
分」は,この「台座部分」を筒状ケース内に軸線方向に摺動自在に保
持しかつ筒状ケースの凸状部に係合する凹線を有して「台座部分」を
回動不能に保持するものである。したがって,公然実施発明の「ボー
ルハウジングの軸部分」は,「回動阻止兼スライド機構」(審決21
頁37行)の一部にすぎず,本件発明の「ディスク本体」ではない。
b一般に,「本体」とは,「物の,付属物をのぞいた主要な部分」
(「広辞苑」[1995年11月10日第4版第5刷株式会社岩波書
店発行]2384頁[甲27])を意味する。したがって,「摺動デ
ィスク」の「ディスク本体」とは,いわゆるディスク機能を有する重
要な部分を意味する。また,本件発明において,摺動ディスクの「デ
ィスク本体」の端面と「ディスク本体の周面から径方向に延びる部
分」の端面とは,所定の横断面に相応する「連続する面形状の第1突
き合わせ端面」を形成していることが構成要素となっており,この構
成要素から,「ディスク本体」は,この第1突き合わせ端面を有する
部分を称するものであることが明らかである。これらの理由から,公
然実施発明において,「ディスク本体」に相当するのは,「ボールハ
ウジング」中,「外周部異形固定カム」の「突き合わせ端面」に対向
する「突き合わせ端面」を有する「台座部分」である。
c審決は,本件発明の摺動ディスクが「ディスク本体」と「このディ
スク本体の周面から径方向に延びる部分」から成っているという本件
発明の構成要素を公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」と
「筒状ケースの凸条部」との組合せに無理に対応させるために,公然
実施発明の「ボールハウジングの軸部分」が本件発明の「ディスク本
体」に相当するとの認定をしているものであり,この認定は誤りであ
る。
(イ)「筒状本体」と「摺動ディスク」の配置関係と「回動阻止兼スライ
ド機構」についての一致点認定の誤り
a審決は,本件発明の構成要件中,18頁及び19頁の対応表左欄項
目4,5及び11に記載の構成要件4,5及び11における「筒状本
体」と「摺動ディスク」との位置関係を誤って認定している。項目4
の構成要件4には,「…摺動ディスク…を嵌め込むため…筒状本体が
…」(構成要件4)と記載され,項目5の構成要件5には,「筒状本
体の内部に嵌り込むディスク本体とスライド用切込み溝の内部に嵌り
込んで筒状本体の軸線方向にスライドするように前記ディスク本体の
周面から径方向に延びる部分とを有する摺動ディスクが筒状本体の内
径や切り込み溝形状に対応した周面形状を有し,…」と記載され,ま
た項目11の構成要件11には,「第1突き合わせ端面を外面にした
摺動ディスク…がコイルスプリングに抗して筒状本体の内部とスライ
ド用切込み溝の内部とに嵌め込まれていること…」と記載されてい
る。これらの構成要件4,5,11を総合すると,本件発明の摺動デ
ィスクは全体的に筒状本体内に入り込むことができる形状を有し,筒
状本体の外部,すなわち,筒状本体の内径を越えて筒状本体の外端面
(切込み溝を除く部分の端面)に対向するような部分を有しないこと
が明らかである。これに対し,公然実施発明の「ボールハウジングの
台座部分」は,筒状ケースの外径とほぼ同じ外径を有し,筒状ケース
(筒状本体)の内部に嵌り込むことができないことは明らかであり,
本件発明の摺動ディスクと筒状本体の配置関係とは全く異なる配置関
係を有している。
b審決は,本件発明の「筒状本体」と「摺動ディスク」との上記配置
関係を誤って認定しており,そのため,本件発明と公然実施発明との
対比において,「筒状本体の内部に嵌り込むディスク本体と回動阻止
兼スライド機構の所定部位に嵌り込んで筒状本体の軸線方向沿いにス
ライドするようにした部分とを有する摺動ディスクが筒状本体の内径
や回動阻止兼スライド機構の形状に対応した周面形状を有すること」
(23頁下4行∼下1行)を一致点と誤って認定している。
(ウ)「筒状本体」の「切込み溝」と「この切欠き溝に嵌り込んだ部分」
との関係についての一致点認定の誤り
本件発明は,「筒状本体がその側縁端から軸線方向沿いに切欠き形成
された径方向に相対する2つのスライド用切込み溝を周壁に有する」こ
とを構成要件としているが,審決は,これを単なる回動阻止兼スライド
機構の一手段として捉えて,公然実施発明の「ボールハウジング」の
「軸部分」と対応させて一致点と認定している。
しかし,「切欠き形成された…切込み溝を周壁に有する」とは,「周
壁」自体が切欠かれて厚み方向に貫通した状態で形成されていることを
意味し,公然実施発明のような「周壁の内面を切欠いて凹状に形成され
たもの」とは異なる。「厚み方向に貫通していること」は,本件発明の
「摺動ディスクの一部であってスライド用切込み溝内に嵌り込んだ部分
がそこから露呈されていること」という構成から明らかである。
また,本件発明の摺動ディスク案内手段(切欠き溝に嵌り込んだ部
分)は,「摺動ディスク」の「ディスク本体」の周面から径方向に延び
ており,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」のように台座部
分(ディスク本体)から軸線方向の後方に延びているものとは,本質的
に異なる。公然実施発明の案内手段である「軸部分」は,固定カムの突
き合わせ端面に対向する突き合わせ端面の機能を有することができない
ので,この部分に第2ディスクの係嵌凹所に対応する係嵌凸部を設ける
ことができないが,本件発明の案内手段である「切込み溝に嵌り込んだ
部分」の端面とディスク本体の端面とは所定形状の連続した面形状を有
していて,第2ディスクの第2突き合わせ端面に対向する「突き合わせ
端面」として機能することができ,この部分に「係嵌凸部」を設けるこ
とができる。
審決は,「切欠き溝」や「それに嵌り込んだ部分」を単なる回動阻止
兼スライド機構として認識している点で大きな誤りを有する。
(エ)「摺動ディスクの周面形状」についての一致点認定の誤り
本件発明の「…摺動ディスクが筒状本体の内径や切込み溝形状に対応
した周面形状を有し,…」という構成要件5(審決18頁対応表項目5
の左欄)は,本件発明の「…前記摺動ディスクのディスク本体と前記デ
ィスク本体の周面から径方向に延びる部分とがコイルスプリングに抗し
て筒状本体の内部とスライド用切込み溝の内部とにそれぞれ嵌り込まれ
ていること…」という構成要件11(審決20頁対応表項目11の左
欄)の裏返しの要件であり,この構成要件11と照合して理解すべきで
ある。
上記の「摺動ディスクが筒状本体の内径や切込み溝形状に対応した周
面形状を有し」とは,摺動ディスクの「ディスク本体」が「筒状本体の
内径に対応する周面形状部分」であり,「切込み溝に嵌り込んだ部分」
が「切込み溝形状に対応する周面形状部分」であり,摺動ディスクがこ
れらの周面形状部分の組合せであることが明らかであり,摺動ディスク
は,最低限これらの周面形状部分を有していなければならない。
審決は,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」が筒状ケース
の内部と凸条部(切欠き溝ではない)とに嵌り込んでいることを前提に
この軸部分のみの周面形状を捉えて,本件発明の摺動ディスクの周面形
状と対比し,一致点の認定をしているが,ディスク本体に相応する台座
部分を無視し,本件発明の「切込み溝に嵌り込んだ部分」に相応する軸
部分(本件発明の切込み溝に嵌り込んだ部分に相応する案内部分)のみ
の周面形状と対比することに誤りがある。
したがって,審決は,「摺動ディスクの周面形状」について誤った判
断をしている。
イ取消事由2(概念の共通性認定と一致点認定の誤り)
以下のとおり,審決は,公然実施発明と本件発明についての概念の共通
性の認定に誤りがあり,これらに基づく一致点の認定も誤っている。
(ア)審決18頁対応表の項目4について
審決は,18頁対応表の項目4(構成要件4)に対応して,公然実施
発明と本件発明とは,「…『筒状本体が摺動ディスクの筒状本体に対す
る回動阻止兼スライド機構を有すること』という概念で共通する。」
(21頁25行∼26行)と認定している。
しかし,本件発明の構成要件4は,回動阻止兼スライド機構に要旨を
有するのではなく,摺動ディスクのディスク本体(切込み溝に嵌り込ん
だ部分を除く本体部分)が筒状本体の内部に嵌り込み,かつディスク本
体の端面と溝嵌り込み部分の端面とが連続して第2ディスクの第2突き
合わせ端面に対応する第1突き合わせ端面を形成しているという配置関
係に要旨を有するのであり,公然実施発明は,筒状ケース内に入り込む
ことができない外径を有してこの筒状ケースの外部にある台座部分とこ
れを筒状ケース内で軸線方向に案内する軸部分とが軸線方向に配列され
ていて,本件発明の平面的な配置関係とは異なる配置を有するものであ
る。
公然実施発明では,案内用の軸部分は,本体部分の台座部分の後方に
あり,軸部分が突き合わせ端面の機能を有することができないし,本体
用の「台座部分」と案内用の「軸部分」との両方が筒状ケース内に入り
込んでいる構成を有していない。したがって,審決18頁対応表の項目
4の記載中,「…ボールハウジング…を嵌め込むための…筒状ケースが
その内側にボールハウジングの外周部の2本の凹線と嵌合するように軸
線方向に平行に向かい合うような状態で形成されている凸条部を有する
…」は,本件発明の「…摺動ディスク…を嵌め込むための…筒状本体が
2その側端縁から軸線方向沿いに切り欠き形成された径方向に相対する
つのスライド用切込み溝を周壁に有する…」に対応しない。
さらに,本件発明の構成要件4の「切欠き溝」は,構成要件5及び1
1と対比して解るように,摺動ディスクの(径方向の)案内部分を案内
する厚み方向に貫通するものであり,公然実施発明の軸部分の凹線に対
応する凸条部と対応するものではない。
以上のとおり,審決は,審決18頁対応表の項目4に基づく共通概念
の認定を誤っている。
(イ)審決18頁対応表の項目5について
審決は,18頁対応表の項目5(構成要件5)に対応して,公然実施
発明と本件発明とは,「…『筒状本体の内部に嵌り込むディスク本体と
回動阻止兼スライド機構の所定部位に嵌り込んで筒状本体の軸線方向沿
いにスライドするようにした部分とを有する摺動ディスクが筒状本体の
内径や回動阻止兼スライド機構の形状に対応した周面形状を有すること
』という概念で共通する。」(21頁36行∼22頁1行)と認定して
いる。
本件発明の「ディスク本体」は,回動阻止兼スライド機構の案内部分
(切込み溝に嵌り込んだ部分)を除く部分である。公然実施発明の筒状
ケース内に入り込んでいるのは,ボールハウジングの台座部分(本体部
分)の後面から延びる軸部分(案内部分)であり,その周面は,台座部
分を案内するのに必要な周面形状を有するにすぎず,案内部分のみの周
面形状を摺動ディスク(本体と案内部分との両方)全体の周面形状と対
比する技術的意味は全くない。
公然実施発明では,筒状ケース内にある案内用の軸部分は,筒状ケー
スの外部にあってその内部に入り込むことができない本体部分である台
座部分の後方にあり,軸部分は,第2ディスクの第2突き合わせ端面に
対応する突き合わせ端面の機能(第2突き合わせ端面に対向して係嵌凸
部を設けることができる機能)を有していない。
したがって,審決18頁対応表の項目5の構成(周面形状)におい
て,公然実施発明と本件発明とは,共通する概念を有していない。
なお,被告は,審決18頁対応表の項目5について,項目5における
「第1ディスクの摺動ディスクが筒状本体に内嵌するディスク本体と筒
状本体のスライド用切込み溝に露呈状態で内嵌するようにディスク本体
の周面から径方向に延びる部分とを有していること」は,本件の原出願
の明細書及び図面(乙30)に記載された従来技術に他ならないと主張
するが,被告が原出願の図9(乙30)を勝手に変形して主張している
ものであり,本件発明は,「筒状本体」を有しない上記従来技術から導
かれるものではない。本件発明の「摺動ディスク」に相当するが「筒状
ケース」に内嵌しないで「筒状ケース」の外部にある公然実施発明の
「台座部分」は,上記図9(B)と同じ構造でよいことが分かる。
(ウ)審決19頁対応表の項目8について
審決は,19頁対応表の項目8(構成要件8)に対応して,公然実施
発明と本件発明とは,「…『第2突き合わせ端面の反対端面には,第2
ヒンジ筒に装着されて抜け止め状態となる抜け止め手段があること』と
いう概念で共通する。」(22頁29行∼31行)と認定している。
しかし,公然実施発明の抜け止め手段は,第2突き合わせ端面の反対
端面ではなく,筒状ケースとボールハウジングと外周部異形固定カムと
コイルスプリングとを貫通する軸の突出端部に設けられている。この公
然実施発明の抜け止め手段は,Eリングであり,これは,予め軸に取り
付けることはできない。
公然実施発明と本件発明とは,抜け止め手段を有する点では,共通す
るが,公然実施発明は「第2突き合わせ端面の反対側」には設けられて
いないので,取付け位置が異なり,共通の概念を有しない。
(エ)審決20頁対応表の項目11について
審決は,20頁対応表の項目11(構成要件11)に対応して,公然
実施発明と本件発明とは,「…『摺動ディスクのディスク本体と回動阻
止兼スライド機構に嵌り込む部分とがコイルスプリングに抗して筒状本
体の内部と回動阻止兼スライド機構の所定部位とにそれぞれ嵌め込まれ
ていること』という概念で共通する。」(23頁3行∼6行)と認定し
ている。
この認定は,既に述べたように,公然実施発明の「ボールハウジン
グ」の「軸部分」を「ディスク本体」と誤認した結果であり,公然実施
発明では,「ディスク本体」に相応する「ボールハウジング」の「台座
部分」が筒状ケース(筒状本体)の外径に相応する外径を有して筒状ケ
ース内に嵌り込むことができない。
したがって,審決20頁対応表の項目11の構成(ボールハウジング
と摺動ディスクの嵌め込み状態)に関し,公然実施発明と本件発明と
は,共通する概念を有していない。
(オ)審決20頁対応表の項目15について
審決は,20頁対応表の項目15(構成要件15)に対応して,公然
実施発明と本件発明とは,「…『摺動ディスクと,筒状本体に存在する
所定部位とが,これらの間に係嵌凸部と同等長以上の離間空所を介在さ
せること』という概念で共通する。」(23頁12行∼14行)と認定
している。
この離間空所は,係嵌凸部と係嵌凹所との切り替え時に発生する摺動
ディスクの軸線方向の変位のストローク長に相応するものであり,本件
発明の構成要件15は,このストローク長に相応する部分が筒状本体の
外部ではなく,筒状本体の内部にあることを特徴としている。これに対
し,公然実施発明は,摺動ディスクのディスク本体に相応する台座部分
が筒状ケースの外部にあるため,この台座部分のストローク吸収部分が
筒状ケースの外部にあり,本件発明の「離間空所」とは配置が全く異な
る。
したがって,審決20頁対応表の項目15の構成(離間空所の配置)
おいて,公然実施発明と本件発明とは,共通する概念を有していない。
なお,審決は,公然実施発明において,ボールハウジングの台座部分
のストローク吸収部分の隙間(離間空所)の筒状ケース側の壁を「筒状
ケースに存在する内底部」と述べているが,この壁は,「筒状ケース」
の開口側端面であり,「筒状ケース(内)に存在するもの,すなわち筒
状ケース内にあるもの」ではなく,本件発明の「筒状本体に存在する…
切り込み溝の奥端縁12e」に対応するものではない。
ウ取消事由3(相違点の認定と判断の誤り)
審決は,相違点1(回動阻止兼スライド機構の構成に基づく相違)と相
違点2(係嵌凸状部の構成及び形成場所に基づく相違)と相違点3(抜け
止め手段の構成に基づく相違)とを認定している。以下,それぞれの相違
点毎に認定判断の誤りを述べる。
(ア)相違点1につき
相違点1は,本件発明の「摺動ディスク」と「筒状本体」との回動阻
止兼スライド機構と公然実施発明の「ボールハウジング」(本件発明の
「摺動ディスク」に相当)と「筒状ケース」(本件発明の「筒状本体」
に相当)との回動阻止兼スライド機構との相違点として把握するのでは
なく,本件発明の「摺動ディスク」と「筒状本体」との配置関係と公然
実施発明の「ボールハウジング」と「筒状ケース」との配置関係との相
違として把握すべきである。
本件発明の本質的部分は,摺動ディスク(ディスク本体とその周面か
ら径方向に延びる部分)が筒状本体の内部(ディスク本体が入る部分)
とその切込み溝(径方向に延びる部分が入る部分)とに嵌り込んで全体
的に筒状本体内にあり,かつこの摺動ディスクの筒状本体内への配置
は,この摺動ディスクの第1突き合わせ端面(ディスク本体と径方向に
延びる部分の第2ディスク側の端面)が筒状本体外にある第2ディスク
の第2突き合わせ端面)に突き合わさるように行われることである。
これに対して,公然実施発明は,ボールハウジングの台座部分(本件
発明の「ディスク本体」に相当)は,「筒状ケース」の外径とほぼ同じ
外形を有し,「筒状ケース」の内部に入り込むことができないで「筒状
ケース」の外部にあり,この「台座部分」を「筒状ケース」に対して回
動阻止兼スライド機能を維持して「筒状ケース」に保持するために,
「台座部分」の後面から延びる中空の「軸部分」を有し,この「軸部
分」を「筒状ケース」内に回動阻止兼スライド機構を介して保持してい
るのである。
このような前提の下で,相違点1の判断の誤りを以下に述べる。
a審決は,(a)「2つの部材間の回動阻止兼スライド機構として,一
方の部材に溝を設け,他方の部材にその溝に嵌り込む部分を設け,か
かる『溝』と『溝に嵌り込む部分』との嵌合によって回動阻止兼スラ
イド機構としての機能を実現するものは,甲10号証第2図に突状部
6を有する係止盤5と長溝7を有する筒状本体2Aとの関係として開
示されるように周知の技術である。」(26頁12行∼16行),(
b)「…公然実施発明における筒状ケース(筒状本体)とボールハウ
ジング(摺動ディスク)との間の回動阻止兼スライド機構としての機
能を実現するために,凸状部と凹線とを用いるのに代えて,「溝」と
「溝に嵌り込む部分」とを用いることは当業者が適宜設計しうる程度
のことである。」(26頁17行∼20行),(c)「その際,『溝に
嵌り込む部分』が『溝』の内部に嵌り込むのは自明であるし,『溝に
嵌り込む部分』を,ボールハウジング(『摺動ディスク』に相当)の
どこに形成するかや,溝から露呈させるか否かについては,いずれも
当業者が適宜設定すればよい程度のことであると認められる。」(2
6頁21行∼24行),(d)「…公然実施発明の回動阻止兼スライド
機構として『溝(「スライド用切込み溝」に相当)』を採用した場
合,『溝』と『溝に嵌り込む部分(「ディスク本体の周面から径方向
に延びる部分」に相当)』に対応(『相応』に相当)した第1突き合
わせ端面の形状とすることは当業者にとって格別の困難性を伴うこと
なく実施できたことである。』(26頁31行∼36行)と判断して
いる。
以下,上記(a)∼(d)の誤りをそれぞれ述べる。
(a)甲10(実願昭46−113031号(実開昭48−6595
3号)のマイクロフィルム考案の名称「蝶番」,出願人B,公開
日昭和48年8月21日)において,「係止盤5」(物体)の上面
に設けられた「突状部6」と筒状部2Aの「長溝7」とで物体を筒
状部に回動阻止兼スライド機能を維持して保持すること,すなわ
ち,一般的に,被案内物体と筒状部との間で物体を回動阻止兼スラ
イド機能を維持しつつ案内するための「溝」と「この溝に嵌り込む
部分」との組合せが周知であることは認めるが,これを公然実施発
明に転用することができるか否か疑わしい。
(b)審決は,公然実施発明の「筒状ケース」の「凸条部」と「ボー
ルハウジングの軸部分」の「凹線」とに代えて,甲10のように,
「溝」と「溝に嵌り込む部分」を用いることは,当業者が適宜設定
し得る」と判断するが,審決が指摘するように,「ボールハウジン
グの軸部分」に「溝に嵌り込む部分」を設け,この「溝に嵌り込む
部分」が嵌り込む「溝」を「筒状ケース」に設けると,別紙参考図
1に示すようになり,「溝に嵌り込む部分」と「溝」とを位置変え
しても,本件発明の本質的な構成要素である「筒状本体に嵌り込む
ディスク本体」と「筒状本体のスライド用切込み溝に嵌り込むよう
にディスク本体の周面から径方向に延びる部分」とを達成すること
ができない。
(c)審決は,「『溝に嵌り込む部分』をボールハウジング(摺動デ
ィスクに相当)のどこに形成するかや,溝から露呈させるか否かに
ついては,当業者が適宜設計すればよい」と判断するが,ボールハ
ウジングの軸部分以外,すなわち筒状ケース外にあるボールハウジ
ング部分(台座部分)に「周面から径方向に延びる部分」を設けて
も「溝に嵌り込む部分」とはならないし,「溝から露呈する」とい
うよりは,溝内に入らないので,上記審決の判断は,不合理な判断
である。
(d)審決は,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」が本件
発明の「ディスク本体」に相当すると認定しているので,筒状ケー
スに「溝」を設け,ボールハウジングの軸部分に「溝に嵌り込む部
分」を設けても,この溝に嵌り込む部分は,「外周部異形固定カム
(第2ディスクに相当)」に対面して突き合わせられる「台座部
分」の後方にあってこの「溝に嵌り込む部分」が「ディスク本体
(審決は軸部分を指称している)」とともに,第1突き合わせ端面
となることができない。
b審決は,審決書20頁対応表の項目15の本件発明の構成要件15
に関し,「…公然実施発明の回動阻止兼スライド機構として『溝』を
採用した場合,離間空所は『溝』と『溝に嵌り込む部分』との間で考
慮されるべきものになるから,筒状本体に存在する所定部位が『スラ
イド用切込み溝の奥端縁』になり,また,離間空所を『離間貫通空所
』と称することができることは,当業者に明らかな事項というべきで
ある。」(26頁下1行∼27頁4行)と判断している。
移動物体とこの移動物体を保持する保持物体との間に移動物体のス
トロークに相応する離間空所を必要とすることは当然のことである
が,本件発明は,この離間空所が筒状本体の内部である「スライド用
切欠き溝」内にあることを要件としており,この要件は,離間(貫
通)空所Sが「摺動ディスク」と「スライド用切欠き溝の奥端縁12
e」との間に介在することから明らかである。
c上記のように,審決は,相違点1において,公然実施発明の「ボー
ルハウジングの軸部分」を本件発明の「ディスク本体」に相当すると
認定していること,及び,筒状本体と摺動ディスクとの関係を単に回
動阻止兼スライド機構の相違にすぎないと認定して両者の配置関係で
ある本件発明の要旨を看過しているために,本件発明の「筒状本体と
摺動ディスクとの関係」を,公然実施発明の「筒状ケースとボールハ
ウジング全体との関係」ではなく,「筒状ケースとボールハウジング
の軸部分」との関係と対比して判断していることに誤りがある。
(イ)相違点2につき
a審決は,相違点2において,公然実施発明の「ボール状の係嵌凸状
部」が本件発明の「係嵌凸部」と相違すると認定している(25頁下
2行∼下1行)が,この点は,相違点ではなく,一致点である。本件
発明の「係嵌凸部」は,公然実施発明のような「ボール状係嵌凸状
部」を包含するものである。
b審決は,係嵌凸部の位置の相違に関し,「甲10号証第2図に開示
されるように,ヒンジの開閉保持を実現するために係合離脱する構成
としての突条部6を,前記[相違点1について]で検討した回動阻止
兼スライド機構における「溝に嵌り込む部分」に設けること,すなわ
ち,「溝に嵌り込む部分」に係嵌凸状部を設けることは周知の技術で
ある。」(27頁9行∼13行)と判断している。
甲10の「溝」と「それに嵌まり込む部分」で回動阻止しながら軸
線方向に摺動する機構としては周知技術であるとしても,溝に嵌り込
んだ部分に係嵌凸部を設けて相手方部材の凹部に係嵌させる技術は周
知ではない。特許・実用新案審査基準第Ⅱ部第2章新規性・進歩性」
(甲28)によると,「…『周知技術』とは,その技術の分野におい
て一般的に知られている技術であって,例えば,これに関し,相当多
数の公知文献が存在し,又は業界に知れわたり,あるいは,例示する
必要がない程よく知られている技術をいい,…」(3頁14行∼16
行)とされている。甲10は,その第2図に「係嵌凸部」を「溝に嵌
り込んだ部分」に設けることを開示しているが,この係嵌凸部の形成
位置は,甲10以外の文献には見当たらないので,周知技術ではな
い。
また,審決は,「…係嵌凸状部を第1突き合わせ端面のどこに形成
するかは,当業者が適宜設計し得る程度のことであるものと認められ
るから,公然実施発明に前記周知の技術を適用し,係嵌凸状部の形成
される場所を『溝に嵌り込む部分』,すなわち『ディスク本体の周面
から径方向に延びる部分』として具体化することは当業者が容易にな
し得たものである。」(27頁14行∼18行)と判断している。審
決は,公然実施発明において「ディスク本体」に相当するものを「ボ
ールハウジングの軸部分」と認定しているので,「筒状ケース」の
「凸条部」を「溝」に代え,「ボールハウジングの軸部分」の「凹
線」を「溝に嵌り込む部分」として,この「溝に嵌り込む部分」に
「係嵌凸部」を設けることは適宜設計し得ると判断していることにな
るが,ボールハウジングの軸部分は,「台座部分」の後面(「外周部
異形固定カム」に面する側と反対側の面)から延びており,この軸部
分の「溝に嵌り込む部分」に「係嵌凸部」を設けても「外周部異形固
定カム」の第2突き合わせ端面に対面する第1突き合わせ端面から遠
く離れており,係嵌凸部が外周部異形固定カムの「窪み」に係嵌する
ことはできない(別紙参考図1の「溝に嵌り込む部分」参照)。
なお,審決は,何も触れていないが,公然実施発明の「ボールハウ
ジングと筒状ケース」を甲10の第2図の実施例の「突条部6付き係
止盤5と筒状部2A」に置換したとしても,「係嵌凸部」に相当する
ものは,突条部6のうち筒状部2Bの凹陥部8に係入する部分(別紙
参考図2の突条部6で色分けして示したように,筒状部2Aの長溝7
に嵌り残る部分より前方の部分)であり,この係入部分が設けられて
いる位置は,「筒状部2Aの長溝7に嵌り込む部分」ではあるが,
「係止盤(ディスク本体に相当)5の周面から径方向に延びる部分」
ではない。更に正確に述べると,本件発明において,「係嵌凸部」が
設けられる位置である「ディスク本体の周面から径方向に延びる部
分」は,「ディスク本体の端面に連続する面形状を有する」ので,
「係嵌凸部」は,ディスク本体の端面と同じ平面上の延長部分の端面
であることが明らかであり,これは,甲10の第2図の実施例の「係
嵌凸部」に相応する部分が「係止盤5」の上面に取り付けられた突条
部6の一部であるのとは形成位置において全く異なる。
被告は,甲10の第3図の実施例について主張するが,同図におい
て「係止盤5’」は,長溝7の底よりも内側に入り込んでおり,「突
部6’」は,この「係止盤5’」の上面にL字形に対をなして取り付
けられている(下記図参照)から,甲10の第3図の実施例は,上記
第2図の実施例と変わるものではない。
また,被告は,乙24(欧州特許公開公報,公開番号044555
9A1,発明の名称「自動ロック式ドアヒンジ」,出願人KERMI
GmbH,公開日1991年[平成3年]9月11日)についても主張
しているが,乙24は,本件発明の「摺動ディスク」に相当するもの
がなく,本件発明とは全く構造が異なるものである。被告が「摺動デ
ィスク(1)」と称しているものは,強いて当てはめれば,本件発明
の「筒状本体」に相当するものであり,被告が「係嵌凸部(12)」
と称しているものは,「係嵌凹所(23)」と称しているものには係
嵌しない。「係嵌凹所(23)」と称するものに係嵌するのは,符号
12で示されたものを除く符号13で示された円筒状部分の下端面の
カム面である。
c上記の理由から,審決は,相違点2の認定判断に誤りがある。
(ウ)相違点3につき
審決は,抜け止め手段(抜け止め弾性爪,止め輪)と第2ディスク
(外周部異形固定カム)の第2突き合わせ端面の反対端面との関係につ
いて,本件発明の抜け止め手段は,この反対端面に取り付けられている
が,公然実施発明の抜け止め手段は,反対端面から突出していること
を,相違点3としている(26頁5行∼9行)が,この相違点3におい
て抜け止め手段の取り付け位置の相違,すなわち,本件発明の抜け止め
手段と反対端面との取付け状態が公然実施発明の抜け止め手段と軸の先
端部との取付け状態と相違することに言及していない点で誤っている。
本件発明において「抜け止め手段」は,第2ディスクの第2突き合わ
せ端面の反対端面に予め設けられた抜け止め弾性爪であり,公然実施発
明において「抜け止め手段」は,ユニット(係嵌組成体)を第1,2筒
状部に装着した後,軸の先端に手作業で取り付けられる「止め輪」であ
り,公然実施発明では,係嵌組成体又はユニット自体には,抜け止め手
段を有しない。
したがって,相違点3において,本件発明は,第2ディスクの反対端
面に設けられた抜け止め弾性爪を有するのに対して,公然実施発明は,
このような抜け止め手段を有しないとすべきであり,審決は,相違点3
の認定判断を誤っている。
エ取消事由4(本件発明の顕著な効果の看過)
審決は,本件発明と公然実施発明及び本件発明と前記甲10に記載され
た発明との本質的な相違を看過しているので,これを以下に述べる。
(ア)既に述べたとおり,本件発明の「ディスク本体」に相当するのは,
公然実施発明では「ボールハウジングの軸部分」ではなく,「ボールハ
ウジングの台座部分」であり,甲10では「係止盤5」である。また,
本件発明の「筒状本体」に相当するのは,公然実施発明では「筒状ケー
ス」である。甲10の「筒状部2A」は,本件発明の「第1ヒンジ筒」
に相当し,審決は,回動阻止兼スライド機構として「摺動ディスクのデ
ィスク本体」と「筒状本体」との関係を「係止盤5」と「筒状部2A」
との関係で対比しているので,公然実施発明の「筒状ケース」と「ボー
ルハウジング」とを甲10の「筒状部2A」と「係止盤5」に置換した
場合を想定して対比するものとする。
このような前提で見ると,「ディスク本体(又はそれに相当するも
の)」と「筒状本体(又はそれに相当するもの)」との本質的な相違
は,①本件発明の係嵌凸部付き摺動ディスクとその回動阻止兼スライド
機構と,②公然実施発明のボール付きボールハウジングとその回動阻止
兼スライド機構と,③甲10の突条部6付き係止盤5とその回動阻止兼
スライド機構との配置関係にあり,これを,別紙参考図3の(a)∼
(c)を参照して,以下に述べる。
aディスク本体(又はそれに相応する部分)の位置に関し,(a)と
(c)のディスク本体は,筒状本体(又は筒状部)内に配置されてい
るが,(b)のディスク本体は,筒状本体(筒状ケース)外に配置さ
れている。
b回動阻止兼スライド機構の案内保持部分(別紙参考図3で薄いグレ
ーで識別した部分)の位置に関し,(a)の回動阻止兼スライド機構
の案内保持部分(スライド用切り込み溝に嵌まり込む部分)は,ディ
スク本体の周面に対してこの周面から外径方向に配置され,(b)の
回動阻止兼スライド機構の案内保持部分(筒状ケースの内周の突条部
に係入する凹線を有するボールハウジングの軸部分)は,ディスク本
体(ボールハウジングの台座部分)の後方に配置され,(c)の回動
阻止兼スライド機構の案内保持部分(突条部のうち係止盤が最前方に
変位しても溝に嵌り残る部分)は,ディスク本体の前面に配置されて
いる。
c係嵌凸部(又はそれに相応する部分)の取付け位置に関し,(a)
の係嵌凸部は,周面から径方向に延びる部分に取り付けられ,(b)
の相応するボールは,筒状ケース外にあるボールハウジングの台座部
分の外周部分及び内周部分に取り付けられ,(c)の相応する凸部
は,係止盤5の端面に直接ではなく,係止盤5の上面に取り付けられ
た突条部6の「嵌め残り部分」の上面に取り付けられている。
そうすると,公然実施発明に甲10を適用しても本件発明に至ること
ができないことは明らかである。審決は,本件発明の本質的部分を単に
「回動阻止兼スライド機構」の構造にあると判断して本件発明の本質的
特徴を看過してなされたものである。
(イ)審決は,本件発明の「コイルスプリング」の外径や配置に関し,①
「コイルスプリングが筒状本体内に嵌め込むことができる外径を有して
いて…」(19頁の対応表項目6及び23頁下1行∼24頁1行)と②
「…コイルスプリングが筒状本体内に嵌め込まれていること…」(19
頁対応表項目10及び24頁14行)を本件発明と公然実施発明との一
致点と認定しているが,公然実施発明において,「ばね(本件発明の
「コイルスプリング」に相当)」は,「筒状本体」内ではなく,「ボー
ルハウジングの軸部分の中空部」内に嵌め込まれており,本件発明と公
然実施発明とは,「コイルスプリング(ばね)」の配置でも相違してい
る。このような相違点を看過してなされた点でも審決には誤りがある。
(ウ)公然実施発明との上記(ア)(イ)の構造上の相違に基づいて,本件発
明は,以下のとおり,公然実施発明では達成することができない極めて
顕著な効果を有する。
a本件発明は,係嵌組成体(ヒンジユニット)の長さを同じとする
と,筒状本体12A(筒状ケース)の長さは,公然実施発明よりも長
くなって,ヒンジ軸機能を向上することができ(別紙参考図4の図1
と図2との対比参照),逆に,筒状本体12A(筒状ケース)の長さ
を同じとすると,係嵌組成体(ヒンジユニット)の長さは,公然実施
発明よりも小さくなって小型化することができる。
b別紙参考図4の図1及び図2の長さL1及び内径Dの対比から解る
ように,本件発明は,公然実施発明に比べてバネ収容空間を長さ方向
及び径方向に大きくしてコイルスプリングの適正なバネ定数を得,こ
れによって係嵌凸部と係嵌凹所との係嵌状態の保持力を維持し,又は
係嵌の切り替えを円滑に行うことができる。
(エ)また,公然実施発明の「筒状ケースとボールハウジングとの組み合
わせ」を甲10の「筒状部2Aと突条部6付き係止盤5との組み合わせ
に」に差し替えても,上記(ア)の構造上の相違に基づいて,本件発明
は,以下のとおり,この差し替え技術でも達成することができない極め
て顕著な効果を有する。
a別紙参考図4の図1及び図3のバネ収容空間SSの長さの対比から
解るように,本件発明は,甲10に比べてバネ収容空間を長さ方向に
大きくしてコイルスプリングの適正なバネ定数(より小さなバネ定
数)を得,これによって係嵌凸部と係嵌凹所との係嵌状態の保持力を
維持し,又は係嵌の切り替えを円滑に行うことができる。
b別紙参考図4の図4に示す本件発明の摺動ディスク12Bの第1突
き合わせ端面と第2ディスクの第2突き合わせ端面の間隔と図5に示
す甲10の係止盤5の第1突き合わせ端面と第2ディスクの第2突き
合わせ端面との間隔dとの対比から解るように,本件発明のこれらの
突き合わせ端面の間隔は,甲10の対応する突き合わせ端面の間隔d
よりも著しく小さくすることができ,したがって,本件発明は,摺動
ディスクの傾きが甲10の係止盤5の傾きに比べて操作上支障がない
程度に小さくすることができる。
(オ)本件発明の上記の効果は,携帯電話機の如き小型の折り畳み機器の
ヒンジに重要な効果であり,審決の「…本件発明のすべての発明特定事
項から奏される効果も,公然実施発明及び周知の技術から当業者であれ
ば予測し得る程度のものである。」(28頁1行∼2行)との判断は,
本件発明の極めて重大な効果を無視したことに基づくものであり,適正
な判断ではない。
(カ)審決は,「…甲10号証については,『溝』と『溝に嵌り込む部分
』とで回動阻止兼スライド機構の機能を実現できることが周知の技術で
あることを示すための証拠であり,当審において,甲10号証の全ての
構成を公然実施発明に適用しようとするものではない。」(28頁10
行∼13行)と記載しているが,既に述べたように,本件発明の要旨
は,「回動阻止兼スライド機構」の構造にあるのではなく,第1ディス
クの「筒状本体」と「摺動ディスク(ディスク本体とその周面から径方
向に延びる部分)」との配置関係にある。審決の上記記載は,本件発明
の摺動ディスクと筒状本体との配置が甲10の回動阻止兼スライド機構
の「溝に嵌り込む部分」の配置と異なることを認めるが,このような配
置は,発明として認められないと判断しているように推察される。
しかし,特に携帯電話機のように小型の折り畳み機器においては,係
嵌組成体のコイルスプリングのバネ定数や摺動ディスクの傾きや係嵌組
成体の軸線長さは,機器を適度の力で円滑に開閉操作するのに極めて重
要な要因であり,本件発明の「摺動ディスク」と「筒状本体」との配置
(構成要件4,5,11)は,この効果を達成するのに重要な要件であ
る。ヒンジの寸法,部品相互の関係及びばねの特性が小型折り畳み機器
のヒンジには極めて重要であることは,被告自身が種々の文献で認めて
いるところである(甲30[「戦略経営者」2005年6月号(平成1
7年6月1日株式会社TKC発行)62頁∼63頁],甲31[「電子
ジャーナル別冊2007携帯電話ガイドブック」2006年11月株
式会社電子ジャーナル発行368頁∼369頁],甲32[「電子ジャ
ーナル別冊2008携帯電話ガイドブック」2007年11月株式会
社電子ジャーナル発行407頁∼408頁]参照)。
オ取消事由5(「無効理由その1」についての認定判断の誤り)
審決は,「無効理由その1について」も理由があると判断しており,そ
の理由は「無効理由その2について」と同じである(28頁下9行∼下3
行)。上記ア∼エで述べた「無効理由その2」についての認定判断の誤り
は,「無効理由その1」についても当てはまる。
なお,被告は,本件発明は,乙1(公証人A作成の平成19年第010
4号「折畳み式携帯電話用ヒンジ装置の構造等に関する事実実験公正証
書」,審決の甲1)記載の本件特許出願前に公然実施された発明(以下
「乙1発明」という。)及び周知技術から容易想到であると主張する
が,本件発明と乙1発明には多数の相違点があり,これは,両者が本質的
に機能を異にしていることに起因しており,乙1発明から容易に想到する
ことができたものではない。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
(1)審決の補足
ア審決の18頁対応表の項目4について
審決の18頁対応表の項目4は,「筒状本体12Aと摺動ディスク12
Bとコイルスプリング14との相対関係において,摺動ディスクやコイル
スプリングを嵌め込むためのもので第1ヒンジ筒10に内嵌して第1ヒン
ジ筒10に対して回り止め装着される筒状本体12Aがその側端縁から軸
線方向沿いに切り欠き形成された径方向に相対する2つのスライド用切込
み溝12dを周壁に有すること,かつ,」である。このうち,「筒状本体
がその側端縁から軸線方向沿いに切り欠き形成された径方向に相対する2
つのスライド用切込み溝を周壁に有すること,」は,乙8(第10391
31号意匠公報,意匠に係る物品「ヒンジユニット」,意匠権者株式会
社ストロベリーコーポレーション[被告],平成11年5月24日発
行),乙9(第1039132号意匠公報,意匠に係る物品「ヒンジユニ
ット」,意匠権者株式会社ストロベリーコーポレーション[被告],平
成11年5月24日発行),乙11(大韓民国公開特許公報特1998
−042991号,発明の名称「ヒンジ装置」,出願人PhenixKorea株式
会社,公開日1998年[平成10年]8月17日),乙25(特開平
9−130462号公報,発明の名称「携帯用電話機のカバー開閉機
構」,出願人三星電子株式会社,公開日平成9年5月16日)から適宜
採り得る設計事項である。
イ審決の18頁対応表の項目5について
(ア)審決の18頁対応表の項目5は,「筒状本体の内部に嵌り込むディ
スク本体とスライド用切込み溝の内部に嵌まり込んで筒状本体の軸線方
向沿いにスライドするように前記ディスク本体の周面から径方向に延び
る部分とを有する摺動ディスクが筒状本体の内径や切込み溝形状に対応
した周面形状を有し,前記摺動ディスクは,前記ディスク本体の端面と
前記ディスク本体の周面から径方向に延びる部分の端面とが前記スライ
ド用切込み溝を有する部分で筒状本体を横断した際に得られる前記筒状
本体の内部の横断面とスライド用切込み溝の横断面とにそれぞれ相応し
た連続する面形状の第1突き合わせ端面を有すること,かつ,」であ
る。
(イ)このうち,「第1ディスクの摺動ディスクが筒状本体に内嵌するデ
ィスク本体と筒状本体のスライド用切込み溝に露呈状態で内嵌するよう
にディスク本体の周面から径方向に延びる部分とを有していること」
は,審決も認定しているとおり,甲10に記載されている周知技術であ
る。
甲10には,第3図の説明として,まず,「係止盤5´」の記述があ
り,ここには,「そして此の係止盤5´は前記同様筒状部2Aに対して
回動のみ阻止されており,そして上面には上方の筒状部2Bの凹陥部8
に係入する突部6が設けられている,…」(6枚目[4頁]5行∼8
行)と記載されている。この記載から明らかなように,「係止盤5´」
そのものが回動のみ阻止されている構造があり,更に,「そして」以下
に示されるように,回動阻止される「係止盤5´」の構造を前提にし
て,その上面に「突部6」が設けられることを示している。したがっ
て,次図のように,「係止盤5´」は,リング状部材の外周対向部位に
長溝7に嵌合する矩形状突部(「ディスク本体の周面から径方向に延び
る部分」)であり,また,突部6が,「係止盤5´」の径方向に突出し
ている前記矩形状突部(本件発明の「ディスク本体の周面から径方向に
延びて筒状本体のスライド用切込み溝に露呈状態となるよう内嵌する部
分」に相当)に設けられている。
本件発明の図3と,甲10の第3図から導かれる斜視図態様の図を横
にしたものとは,同一であることが一見して明らかである。
(ウ)さらに,上記の点は,乙24(欧州特許公開公報,公開番号044
5559A1)にも記載されている。
乙24の第1図を横にしたものにおいて,係嵌凹所(23)を備えた
第2ディスク(2b)は軸(2a)と一体であり,これに摺動ディスク
(1)が軸方向に摺動する。この摺動ディスク(1)は,ディスク本体
の端面(13)と前記ディスク本体の周面から径方向に延びる部分の端
面(隆起15の端面)とが平面的に連続している突き合わせ端面を有
し,摺動ディスク(1)のディスク本体と前記ディスク本体の周面から
径方向に延びる部分とは,係嵌凸部(12)と係嵌凹所(23)との係
嵌状態で摺動ディスクの突き合わせ端面(前記端面13とは反対側の
面)が第2ディスク(2b)の突き合わせ端面に突き合わさるように筒
状本体(4)内に配置されている。したがって,本件発明の図3と,乙
24の第1図を横にしたものとは同一であることが明らかである。
(エ)また,上記項目5における「第1ディスクの摺動ディスクが筒状本
体に内嵌するディスク本体と筒状本体のスライド用切込み溝に露呈状態
で内嵌するようにディスク本体の周面から径方向に延びる部分とを有し
ていること」は,次のとおり,本件の原出願の明細書及び図面(乙3
0)に記載された従来技術に他ならない。
a本件の原出願の明細書及び図面(乙30)に記載された発明は,特
開平7‐11831号公報(発明の名称「折り畳み式機器のヒンジ構
造」,出願人日本電気株式会社,公開日平成7年1月13日,乙3
1)に記載されているヒンジ装置に係る発明(以下「従来例」とい
う。)の組み立て作業性を大幅に向上させることを目的としてなされ
たものである。
従来例のものは,原出願の明細書(乙30)の【0005】に記載
されているように,「さらに,当該従来例では上記固定ディスク4の
固定突き合せ端面4bと,可動ディスク5の可動突き合せ端面5bの
何れか一方,図示例では固定突き合せ端面4bに,図9(A)(C)およ
び図10により理解される通り,係嵌凹所6が複数個(3個),所定
の周角度位置N1,N2,N3(カバー2の開成角度α゜によって決
定される位置)にあって設けられており,他方すなわち図示例では図
9(B)(D)と図10に開示の如く,上記の係嵌凹所6に対して図10
ではコイルスプリング7に基づく弾力により係合することになる複数
個(2個)の係嵌凸部8が,所定の周角度位置P1,P2にあって可
動突き合せ端面5bから突出されている。」ものであり,図9は,次
のとおりである。
また,原出願の明細書(乙30)には,従来例のものは,係嵌凸部
8を設けた可動ディスク5に対し,係嵌凹所6を設けた固定ディスク
4がコイルスプリング7に押圧されて,係嵌凹所6に係嵌凸部8が係
合することで,固定突き合せ端面4bが可動突き合せ端面5bに対し
て圧接すること(【0006】),カバー2が開動すると,係嵌凸部
8の先端部が,固定突き合せ端面4b上を摺動して円周方向へ回動す
ること(【0007】),以上のように構成することで,カバーが不
本意に回動するという以前のヒンジ装置の欠点を大幅に改善すること
ができること(【0009】)が記載している。
しかし,従来例には,原出願の明細書(乙30)の【0010】に
記載されているような組み付け作業に関する欠陥があるため,原出願
の請求項1では,①第1ディスクは筒状本体と摺動ディスクとで構成
し,②第2ディスクには抜け止め弾性爪を設けて,③組成済みの係嵌
組成体を構成しておき,これにより,原出願の明細書の【0013】
に記載されているように,「…当該係嵌組成体を前記の第1ヒンジ筒
から第2ヒンジ筒に係嵌することで,前記した第2ディスクの抜け止
め弾性爪が第2ヒンジ筒に係嵌可能であることを特徴とする折り畳み
式機器の開閉保持用ヒンジ装置を提供しようとしている。」ものであ
る。
b原出願に係る発明は,原出願の明細書の【0016】に記載されて
いるように,「…さらに,これまた従来例と同じく第1ディスク12
の第1突き合わせ端面12aと,第2ディスク13の第2突き合わせ
端面13aの何れか一方に,係嵌凹所13bを所定の周角度位置にあ
って複数個だけ設け,他方には上記係嵌凹所13bに対して,コイル
スプリング14による弾力により係合する複数の係嵌凹部12bが設
けられ,第1,第2部材A,Bの閉時と開時にあって,上記係嵌凸部
12bの係嵌凹所13bへの係嵌を,他の係嵌凹所13bへ切り替え
るようにしたヒンジ装置に係るものである。」とされている。
そして,これに続いて,原出願の明細書の【0017】には,「本
発明では上記の如きヒンジ装置にあって,上記した第1ディスク12
は筒状本体12Aと,その側端縁12cに欠設したスライド用溝12
dに内嵌して,軸線方向へスライド自在に嵌装した摺動ディスク12
Bとからなり,当該摺動ディスク12Bには図示の如く前記の係嵌凸
部12bか,図示されていない係嵌凹所13bを設けると共に,前記
第2ディスク13には抜け止め弾性爪13cを設けるようにする。」
と記載されている。すなわち,原出願に係る発明は,第1ディスク1
2を筒状本体12Aと摺動ディスク12Bとから構成し,従来例の
「第1ディスク12」を,筒状本体にスライド自在に嵌装するため,
次の図のように,左側の図の「第1ディスク12」をその破線の箇所
で切欠き,中央の図,更には右側に示す図の「摺動ディスク」とする
ものである。
c原出願に係る発明は,上記bの図と上記aの図9に示される従来例
の「第1及び第2ディスク並びにこれらに形成される係嵌凸部及び係
嵌凹所」とを対比してみれば明らかなように,第1ディスクが,従来
の第1ディスクの基本形を承継した摺動ディスクと,筒状本体とに二
分される構造であることの他は,何ら従来例と異なるものではない。
したがって,摺動ディスクは,筒状本体に嵌装され得る形状である
こと以外,従来例と異なるものではない。
d本件訂正において,「摺動ディスク」を「ディスク本体」と「その
周面から径方向に延びる部分」の二つに分ける点は,原出願の明細書
及び図面における「摺動ディスク」の構成概念と矛盾するものであっ
る。なぜなら,まず第1に,原出願の明細書には,「摺動ディスク」
の記載はあっても,「ディスク本体」なる構成概念は記載されていな
い。このような新規名称を付加し,本来一つの構成概念とされていた
「摺動ディスク」を,「ディスク本体」と「ディスク本体の周面から
径方向に延びる部分」とに二分することは,原出願の明細書及び図面
における「摺動ディスク」の構成概念を変更するものである。第2
に,「摺動ディスク」の実体は,上記のとおり,「第2ディスク1
3」に対応する原出願の明細書の「第1ディスク」を前提にして,こ
れを筒状本体に嵌装され得る形状としたこと以外,従来例と異なるも
のではないから,「摺動ディスク」とは,本来,「ディスク本体」と
「ディスク本体の周面から径方向に延びる部分」とが一体不可分のも
のを意味するものであって,これとは異なる意味内容を付与すること
はできない。
また,この「ディスク本体」とか「ディスク本体の周面から径方向
に延びる部分」という概念自体は,原出願の明細書及び本件訂正後の
明細書には一言半句も記載されていないばかりか,摺動ディスクとし
て機能する部材を別々の部位や機能に分別することの技術的意義も全
く記載されていない。技術的意義の不明確な「ディスク本体」と「デ
ィスク本体の周面から径方向に延びる部分」とをなぜ分別するのか
は,全く不分明である。
したがって,本件訂正は,新規事項の追加であって,本来的には訂
正要件違反である。
本件訂正が,新規事項の追加でないとされているのは,本件訂正に
係る構成が,周知技術であることの証左である。
(オ)さらに,上記項目5における「前記摺動ディスクは,…前記スライ
ド用切込み溝を有する部分で筒状本体を横断した際に得られる前記筒状
本体の内部の横断面とスライド用切込み溝の横断面とにそれぞれ相応し
た連続する面形状の第1突き合わせ端面を有すること」は,次のとお
り,周知技術である。
a本件発明において,「摺動ディスクの端面」は,本件特許(甲3
4)の図1∼図5で一貫してその方向が定められている「端面(符号
12aが付されている面)」である。また,本件発明において,「横
断面」は,本件特許の図2に示されるように,軸線方向でかつ水平面
に沿う断面であって,横断平面図又は横断底面図のように,断面を取
って上からあるいは下から見た図を意味する。そして,本件訂正(甲
33)に係る「横断面」は,少なくとも図2に示されるような断面の
取り方(横断平面図)が含まれ,しかも特許請求の範囲にはこれを排
除する記載もないから,この「横断面」と「摺動ディスクの端面(軸
線に対し直交する面)」とでは,面の位相が90°異なり,双方の面
は相応することがない。加えて,上記の「横断面」は,スライド用切
込み溝を有する部分で筒状本体を横断した際に得られる横断面である
から,スライド用切込み溝を有しない部分で筒状本体を横断した際に
得られる横断面(ディスク本体の横断面)が存在しないことは明らか
である。
bこのように,本件訂正は,摺動ディスクの端面が,横断面にそれぞ
れ相応した連続する面形状の第1突き合わせ端面を有するとされる
点,及び,上記の「横断面」が,スライド用切込み溝を有する部分で
筒状本体を横断した際に得られる横断面とされている点について,全
く不分明である。このような本件訂正は,新規事項の追加であって訂
正要件違反である。
cそれにもかかわらず,本件訂正が訂正要件違反とされないのは,甲
10等の周知技術を加味して本件発明を解釈した結果,上記構成が甲
10で開示されたものと同一の周知技術であるからに他ならない。
ウ本件訂正によって加えられた本件発明の要部とされるものは,専ら図面
の記載に基づくところ,その図面たるや,次のとおり,図の寸法や内容に
瑕疵があったり,図面間で不一致であったりして,請求項に取り込む技術
構成の基礎とすることはできないものである。それにもかかわらず,本件
訂正が適法とされるのは,本件発明の要部が周知技術であるからに他なら
ない。
(ア)本件特許(甲34)の図2において,第1ヒンジ筒10のガイドリ
ブ10b,10b間の間隔tは,第2ディスク13の径Tよりも小さい
(t<T)ので,第1ヒンジ筒10に係嵌組成体Cを挿通させようとす
ると,第2ディスク13は,第1ヒンジ筒10の内周に突設されている
ガイドリブ10bに阻害されて,この第2ディスク13を第1ヒンジ筒
10に挿通させることができない。このように本件発明の目的や課題解
決にとって重要かつ不可欠な要素である「第2ディスク」の抜け止めと
回転止めの手段に関わる技術事項である,「第2ディスク」の「ヒンジ
筒」への挿入と装着に関する図面が他の図面と整合しない。
(イ)摺動ディスク12Bの係嵌凸部12bが,本件特許の図3では平面
視(上から下方を見たもの)において半円状であるのに対し,本件特許
の図5では頂部を面取りした台形状を呈している。この係嵌凸部12b
の形状の不明瞭性は,係嵌凸部12bが設けられる部位の不明確性にも
連なる。
(ウ)本件特許の図3における筒状本体12Aの後端部(引き出し線「1
2A」の矢印の部位)の形状と,本件特許の図1(A)における同部位の
形状とに不一致がある。
(エ)閉止キャップ17を,本件特許の図3の上方へ向く矢印方向に移動
させて,その内側係止板部17bをワッシャ16に挿入しただけでは,
閉止キャップ17は抜けてしまう。そこで,閉止キャップ17を回して
行う「開動操作」により「抜け止め状態にて係嵌被装する」のである
が,ワッシャ16と閉止キャップ17の内側係止板部17bとの係合構
造だけでは,閉止キャップ17を回しても外れてしまう。回しても外れ
ないようにするための部材が必要となるが,これが記載されておらず不
分明である。
(2)取消事由1に対し
ア公然実施発明の「ボールハウジング」は,「軸部分」と「台座部分」が
一体に形成され,筒状の軸部分の先端部に,台座部分がフランジ状に形成
されているのであって,「ボールハウジングの軸部分」を本件発明の「デ
ィスク本体」に相当するとの審決の認定に誤りはない。
そもそも,前記(1)イ(エ)のとおり,「摺動ディスク」を「ディスク本
体」と「その周面から径方向に延びる部分」の二つに分ける訂正は,本
来,新規事項の追加であって訂正要件違反となるべきところであるが,こ
れが審決で容認されたのは,公然実施発明や甲10に見るように,これら
が周知技術に他ならないからである。
イ公然実施発明において,「ボールハウジングの軸部分」は,その端面の
径方向外側に,フランジ状の台座部分が一体に設けられていて,これらか
らボールハウジングの端面が構成されている。このように,「ボールハウ
ジングの軸部分」の端面と,「ボールハウジングの台座部分」の端面
(「ディスク本体の周面から径方向に延びる部分」)の端面とは,「連続
する面形状の第1突き合わせ端面」を形成している。
したがって,公然実施発明において,「ディスク本体」たる「ボールハ
ウジングの軸部分」は,第1突き合わせ端面を有する部分を備えており,
審決の認定に誤りはない。
ウそして,公然実施発明のヒンジ装置は,筒状ケースの内部に嵌り込む
「ボールハウジングの軸部分」と回動阻止兼スライド機構の所定部位に嵌
まり込んで筒状ケースの軸線方向沿いにスライドするようにした「ボール
ハウジングの台座部分」とを有する「ボールハウジング」が,筒状ケース
の内径や回動阻止兼スライド機構の形状に対応した周面形状を有するので
あるから,審決の一致点の認定中「筒状本体の内部に嵌り込むディスク本
体と回動阻止兼スライド機構の所定部位に嵌まり込んで筒状本体の軸線方
向沿いにスライドするようにした部分とを有する摺動ディスクが筒状本体
の内径や回動阻止兼スライド機構の形状に対応した周面形状を有するこ
と」の部分に誤りはない。
(3)取消事由2に対し
公然実施発明においては,第2ディスク(固定カム)の中央から「軸の突
起部分」が突出しており,この「軸の突起部分」には,「Eリング」が嵌合
する円周溝が形成されている。
公然実施発明のヒンジ装置は,携帯電話機のヒンジ筒に挿入されると,
「軸の突起部分」がヒンジ筒内の孔付き内壁を貫通し,この内壁が第2ディ
スク(固定カム)に当接する一方で,内壁の反対側の「軸の突起部分」の円
周溝には「Eリング」が嵌合される。そうすると,第2ディスク(固定カ
ム)と「Eリング」で内壁を挟むようにして固定し,「Eリング」によって
抜け止めがなされる。このように,公然実施発明のヒンジ装置は,本件発明
と同様に,抜け止め手段が「第2突き合わせ端面の反対側」に設けられてい
ている。
したがって,公然実施発明と本件発明とは,抜け止め手段を有する点で共
通するとともに,「第2突き合わせ端面の反対側」に設けられている点にお
いて取付け位置は同じである。この点に関する審決の認定には,誤りはな
い。
(4)取消事由3に対し
審決の認定に誤りはなく,前記(1)で述べたところに照らしても,原告の
主張は失当である。
原告は,甲10の技術は周知ではない旨主張する。しかし,甲10は,溝
(長溝7)に嵌り込んだ部分に係嵌凸部(突部6´)を設けて相手方部材の
凹部(凹陥部8)に係嵌させる技術を示すものであり,しかも,甲10は,
本件特許の出願日(原出願,平成11年5月31日)から26年も前の昭和
48年8月21日に公開されたものであるから,上記技術が周知技術である
ことは明白である。
(5)取消事由4に対し
ア原告は,本件発明の効果に関し,「コイルスプリングのバネ定数や摺動
ディスクの傾きや係嵌組成体の軸線長さ」について主張している。
しかし,公然実施発明の「ボールハウジング」は「ディスク本体の周面
から径方向に延びる部分」を備えるので,本件発明と公然実施発明とは効
果上の相違がなく,しかも公然実施発明の「ボールハウジング」を甲10
の「突条部付き係止盤」に差し替えれば,本件発明の「ディスク本体の周
面から径方向に延びる部分」を得ることができる。したがって,これらに
より,本件発明の効果を達成できることは明らかである。
イまた,本件発明は,本件訂正後の明細書(甲33)の【0001】に記
載されているとおり,携帯電話機用のヒンジ装置に限定されず,パーソナ
ルコンピュータ,ワードプロセッサ等にも適用できるものであって,比較
的大型のヒンジ装置にも適用されるものであるから,係嵌組成体の長さの
大小,バネやバネ定数の大小を問わないものである。したがって,小型化
のみを本件発明の目的として,その目的に沿う構成のみを本件発明の本質
的部分とすることはできない。
(6)取消事由5に対し
本件発明は,以下のとおり,乙1発明(審決書甲第1号証,A「平成19
年第0104号事実実験公正証書」)及び周知技術から容易想到である。
ア乙1発明の黒色ヒンジ装置(部品目録AY−15「R」)は,ディス
プレー側筐体の開閉角度を保持するとともに,本件携帯電話が見開いた状
態で背面から圧力が掛かり,通常使用される見開き角度を超える状態にな
っても折畳み箇所が損傷されないようにするためにカム機構を用いて工夫
したヒンジ装置である。
乙1発明の黒色ヒンジ装置は,「本件携帯電話のディスプレー側筐体が
開閉されると,それに伴って連動する『第1カム』が,キー側筐体に固定
された『第2カム』に対して相対的に回動し,見開き状態において『第1
カム』の凸部が『第2カム』の凸部に係合すると,そこでディスプレー筐
体の通常使用される角度での見開き状態張は一旦停止するが,通常使用さ
れる角度での見開き状態を超えて,更にディスプレー側筐体を開かせよう
とすると,『第2カム』の凸部に係合していた『第1カム』の凸部が,『
第2カム』の凸部を乗り越えようとし,その際『第1カム』は,『筒状ケ
ース』側に押し込まれて『筒状ケース』側に移動し,乗り越えると,今度
は逆に元に戻るように反対方向に移動することになる。このような『第1
カム』の板ばね状態による撓みと復元過程に連動して『筒状ケース』の凹
状切り溝部内に挿入された『第1カム』の二つの脚部が,それぞれ『第1
カム』の軸線方向(押し込まれ方向)に凹状切り溝との隙間で往復運動す
る。こうして,本件携帯電話が通常使用される見開き角度を超える開かれ
方をされた場合においても,筐体の開閉姿勢を保持させ,ディスプレー側
筐体及びキー側筐体の筒状部の損傷破損を生じさせないヒンジ機能を担っ
ている。」(乙1,23頁∼25頁,31頁,32頁)
乙1発明の黒色ヒンジ装置は,次のとおりである。
イまた,乙1発明の銀色ヒンジ装置(部品目録AY−15「L」)は,
次のとおりである。
ウ本件発明の特徴は,①携帯電話のような折り畳み式機器のヒンジ部分
に,順次連装の係嵌凸部と係嵌凹部を夫々備えた二つのカム部材とその一
つのカム部材を筒状本体に内嵌して,筒状本体に介装したコイルスプリン
グ等の弾性部材で二つのカム部材を押接し合う係嵌状態に形成すると共
に,これらの各構成部材にはその中央に軸杆を挿通して抜け止め状態で一
体に固装して一体化させること,②筒状本体に切り込み溝を設け二つのカ
ム部材の係嵌状態が解かれた際の一方のカム部材の逃げ部を形成するこ
と,③第2ディスクに抜け止め弾性爪を設けておくことで,係嵌組成体の
抜け止め状態を確保することにある。
乙1発明の黒色ヒンジ装置と銀色ヒンジ装置の双方は,本件発明の特徴
部分である上記①,②を有し,③も抜け止め弾性爪に転用容易なリング止
め技術を採用している。
エ本件発明と乙1発明における黒色ヒンジ装置との一致点
上記一致点は次のとおりである。
「第1ヒンジ筒を有する第1部材と第2ヒンジ筒を有する第2部材とを
開閉自在に連結するための係嵌組成体であって,同一軸線上で隣接する第
1ヒンジ筒と第2ヒンジ筒とにわたり装着されるものであること,およ
び,係嵌組成体の構成要素として第1ディスクと第2ディスクと軸杵とを
備えていてそのうちの第1ディスクが筒状本体と皿ばね様の弾性力を備え
た摺動ディスクとからなること,および,筒状本体と摺動ディスクとの相
対関係において,摺動ディスクを嵌め込むためのもので第1ヒンジ筒に内
嵌して第1ヒンジ筒に対して回り止め装着される筒状本体が摺動ディスク
の筒状本体に対する回動阻止兼スライド機構(筒状本体の周壁に有する側
端縁から軸線方向沿いに切り欠き形成された径方向に相対する2つのスラ
イド用切込み溝)を有すること,かつ,筒状本体の内部に嵌り込むディス
ク本体と回動阻止兼スライド機構の所定部位に嵌まり込んで筒状本体の軸
線方向沿いにスライドするようにした部分とを有する摺動ディスクが筒状
本体の内径や回動阻止兼スライド機構の形状に対応した周面形状を有する
こと,かつ,筒状本体内で摺動ディスクに押し当てられるものであるこ
と,および,片面を第1突き合わせ端面とする摺動ディスクと片面を第2
突き合わせ端面とする第2ディスクとの相対関係において,第2突き合わ
せ端面には複数の係嵌凹所が周方向に間隔をおいて形成されているととも
に第1突き合わせ端面には各係嵌凹所と係合離脱自在に対応する複数の係
嵌凸状部が形成され,前記係嵌凸状部は前記係嵌凹所との係嵌状態では前
記筒状本体の開口部から突出すること,および,第2ヒンジ筒に内嵌して
第2ヒンジ筒に対して回り止め装着され第1ディスクに相対している第2
ディスクで第2突き合わせ端面の反対端面には,第2ヒンジ筒に装着され
て抜け止め状態になる抜け止め手段があること,および,軸杵と第1ディ
スク・第2ディスクとの相対関係において,第1ディスク軸心部・第2デ
ィスク軸心部のそれぞれを軸杵が貫通するものであること,および,上記
各構成要素の組み立てについて,第1突き合わせ端面を外面にした摺動デ
ィスクの前記第1突き合わせ端面が係嵌凸状部と係嵌凹所との係嵌状態で
前記筒状本体外にある第2ディスクの第2突き合わせ端面に突き合わさる
ように前記摺動ディスクのディスク本体と前記回動阻止兼スライド機構に
嵌まり込む部分とが弾性力に抗して筒状本体の内部と回動阻止兼スライド
機構の所定部位とにそれぞれ嵌め込まれていること,かつ,第1突き合わ
せ端面と第2突き合わせ端面とが対面して摺動ディスクと第2ディスクと
が互いに突き合わされていること,かつ,この集合した各構成要素の軸心
部を軸杵が貫通しているとともに軸杵の両端部が筒状本体や第2ディスク
に対して抜け止め固定されていること,および,この組み立て構造におい
て,摺動ディスクと,筒状本体に存在する所定部位とが,これらの間に係
嵌凸状部と同等長以上の離間空所を介在させていること,かつ,摺動ディ
スクを第2ディスク側へ押しつけていること,かつ,摺動ディスクと第2
ディスクとが相対回転したときに係合状態にある係嵌凸状部・係嵌凹所が
それぞれ他の係嵌凹所・係嵌凸状部に切り替わる折り畳み式機器の開閉保
持用ヒンジ装置の係嵌組成体。」
オ本件発明と乙1発明における黒色ヒンジ装置との相違点
本件発明と乙1発明における黒色ヒンジ装置には,次の相違点がある。
<相違点1(回動阻止兼スライド機構の構成に基づく相違)>
第1突き合わせ端面が,本件発明では「ディスク本体の端面と前記ディ
スク本体の周面から径方向に延びる部分の端面とがスライド用切込み溝を
有する部分で筒状本体を横断した際に得られる前記筒状本体の内部の横断
面とスライド用切込み溝の横断面とにそれぞれ相応した」構成を有するの
に対し,乙1発明における黒色ヒンジ装置では摺動ディスクが筒状本体の
端部に位置しているので,このような構成が明瞭でない点。
<相違点2(コイルスプリングの有無に基づく相違)>
乙1発明における黒色ヒンジ装置にはコイルスプリングが用いられてい
ない点。
<相違点3(抜け止め手段の構成に基づく相違)>
第2突き合わせ端面の反対端面にある抜け止め手段が,本件発明では反
対端面に「設けられている」,「抜け止め弾性爪」であるのに対し,乙1
発明における黒色ヒンジ装置では反対端面に「突出している」,「止め輪
にて抜け止め状態になる軸の先端部」である点。
カ相違点についての判断
(ア)相違点1につき
2つの部材間の回動阻止兼スライド機構として,一方の部材に溝を設
け,他方の部材にその溝に嵌り込む部分を設け,このような「溝」と
「溝に嵌り込む部分」との嵌合によって回動阻止兼スライド機構として
の機能を実現するものは,甲10第2図及び第3図に突条部6を有する
係止盤5と長溝7を有する筒状部2Aとの関係として開示されるように
周知の技術である。この場合,摺動ディスクをどのような周面形状とす
るかなどは極めて単純な設計事項にすぎない。しかも,こうした筒状本
体の内径や切り込み溝形状に対応した周面形状とする凸カムを形成する
ことは,従来のヒンジ機構においても,周知の形態であったことは明白
である。
(イ)相違点2につき
乙1発明における黒色ヒンジ装置の「第1カム」は,皿ばね様の弾性
力を備えた摺動ディスクであってコイルスプリングの機能を備えてお
り,また,銀色ヒンジ装置には摺動ディスクを弾性付勢するコイルスプ
リングが用いられているので,黒色ヒンジ装置にコイルスプリングを採
用することは極めて容易である。
(ウ)相違点3につき
二つの部材を結合し抜け止め状態にする技術として弾性爪を用いるこ
とは,甲17(実開平2−87109号公報,考案の名称「枢支ピン構
造」,出願人小島プレス工業株式会社,公開日平成2年7月10日)
第2図の「枢支ピン7」や甲20(特開平5−44713号公報,発明
の名称「リンクプレート係止構造」,出願人日本電装株式会社,公開
日平成5年2月23日)図1の「係合片7」にみられるように,周知
の技術である。
そして,ある構成を同様の機能を実現する他の周知の構成に置き換え
て具体化することは当業者の設計的事項に属する程度のことであるか
ら,抜け止め手段として,止め輪及び軸の先端部に代え,周知の弾性爪
を採用することは当業者にとって容易である。抜け止め手段として弾性
爪を採用する際に,反対端面に弾性爪を「設け」るように具体化するこ
とは当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。
キ以上のとおり,本件発明は,乙1発明における黒色ヒンジ装置及び上記
周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであ
る。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)
(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2本件発明の意義について
(1)本件訂正後の特許請求の範囲は,前記第3,1(2)のとおりである。ま
た,本件訂正後の本件明細書(甲33)の【発明の詳細な説明】には,次の
記載がある。
ア発明の属する技術分野
「本発明は折り畳み式計算機,パーソナルコンピュータ,携帯電話機,
ワードプロセッサーなどの折り畳み機器にあって,その機器本体に開閉自
在なるよう枢着されたカバーを,閉成時と任意の開成角度とにあって夫々
の状態を保持でき,しかも適度の力で当該保持状態を解除することによ
り,カバーの開閉操作を円滑に行い得るようにした折り畳み式機器のカバ
ーに係る広角度開閉保持可能なヒンジ装置に用い得る係嵌組成体に関す
る。」(【0001】)
イ従来の技術
「前掲携帯電話機などにあって,その機器本体を閉成しているカバーが
不本意に開成したり,開成時のカバーが使用中に閉成してしまったりする
ことを防止するのに,係止爪やマグネットなどを用いる旧来のロック手段
によるときは,デザイン,実装上の制約,コスト高や操作性などの諸点で
満足すべき結果が得られていない。そこで当該欠陥を解消するため,既に
特開平7−11831号公報に記載の提案がなされている。」(【000
2】)
「上記提案のものは,図7ないし図10によって以下説示するような構
成を有している。すなわち図7と図8により理解される通り,機器本体1
とカバー2とが,ヒンジ3によって任意の開成角度α゜だけ開閉自在に枢
着され,当該ヒンジ3は機器本体1に固設の本体ヒンジ筒1aと,カバー
2に固設のカバーヒンジ筒2aとを具備し,図8の如く本体ヒンジ筒1a
の本体当接端面1bとカバーヒンジ筒2aのカバー当接端面2bとは,カ
バー2の開閉に際し摺接自在となっている。」(【0003】)
「そして,本体ヒンジ筒1aには,回転止め状態にして軸線方向へはス
ライド自在なるよう固定ディスク4が内嵌され,このために本体ヒンジ筒
1aの内周面に設けたガイドリブ1cに,固定ディスク4のガイド溝4a
が係合されている。一方カバーヒンジ筒2aには,これまた回転止め状態
で可動ディスク5が内嵌され,このために図示例ではカバーヒンジ筒2a
の奥行内面における溝2cに,可動ディスク5の端面に形成したリブ5a
が係合されている。」(【0004】)
「さらに,当該従来例では上記固定ディスク4の固定突き合せ端面4b
と,可動ディスク5の可動突き合せ端面5bの何れか一方,図示例では固
定突き合せ端面4bに,図9(A)(C)および図10により理解される
通り,係嵌凹所6が複数個(3個),所定の周角度位置N1,N2,N3
(カバー2の開成角度α゜によって決定される位置)にあって設けられて
おり,他方すなわち図示例では図9(B)(D)と図10に開示の如く,
上記の係嵌凹所6に対して図10ではコイルスプリング7に基づく弾力に
より係合することになる複数個(2個)の係嵌凸部8が,所定の周角度位
置P1,P2にあって可動突き合せ端面5bから突出されている。」(【
0005】)
「ここで上記のコイルスプリング7は図10に示されている通り,固定
ディスク4の固定突き合せ端面4bとは反対側にあって,外向きに開口さ
れた収納空洞4cに収納されていると共に,本体ヒンジ筒1aの外側から
挿入した螺杆9を,コイルスプリング7から固定ディスク4そして可動デ
ィスク5を貫通して,その螺部先端9aをカバーヒンジ筒2aの底部2d
に刻設した螺止孔2eに螺着させるようにしている。ここで図中9bは螺
杆9の頭部を示している。このため,コイルスプリング7は,その弾力に
より固定ディスク4を可動ディスク5側へ弾圧して,これにより係嵌凹所
6に係嵌凸部8が係合することで,固定突き合せ端面4bが可動突き合せ
端面5bに対して圧接することになる。」(【0006】)
「従って,図10から理解されるように,カバー2を開動させること
で,カバーヒンジ筒2aと共に可動ディスク5が回動すると,その可動突
き合せ端面5bから突設されている係嵌凸部8が,図9(E)に示す如く
係嵌凹所6から円周方向へ脱出し,この際,コイルスプリング7の弾力に
抗して固定ディスク4が,図10の左側へ移動することとなり,係嵌凸部
8の先端部が,固定突き合せ端面4b上を摺動して円周方向へ回動するこ
とになる。」(【0007】)
「このため,図9にあって可動ディスク5の前記周角度位置P1,P2
における係嵌凸部8が,カバー2の閉止状態では,固定ディスクの周角度
位置N1,N2における係嵌凹所6に係嵌されているが,当該カバー2を
開成角度α゜だけ開成した際には,上記一対の係嵌凸部8が,夫々周角度
位置N3,N1の周角度位置における係嵌凹所6に,その係嵌を切り替え
得ることになる。」(【0008】)
「以上の如く構成することで,当該従来例によるときは,係止爪やマグ
ネットによるロックに比し,カバー2が機器本体1に対し閉時および開時
にあって,不本意に回動してしまうことがないようにすることができ,ま
たカバー2を必要に応じ簡易に開閉操作でき前掲旧来例の欠陥を大幅に改
善することができる。」(【0009】)
ウ発明が解決しようとする課題
「このように上記従来のヒンジ装置によるときは,望ましい効果を発揮
し得ることになるが,前掲図8等によって理解される通り,これを組み付
けるためにはカバー2のカバーヒンジ筒2aに可動ディスク5を係合し
て,夫々の溝2cとリブ5aとを係嵌し,一方機器本体1の本体ヒンジ筒
1aには固定ディスク4を嵌合して,夫々のガイドリブ1cとガイド溝4
aとを係嵌する。さらにコイルスプリング7を固定ディスク4に嵌装した
後,螺杆9をコイルスプリング7に挿通して当該螺杆9の螺部9aを,カ
バーヒンジ筒2aの底部2dに刻設した螺止孔2eに螺着することで,当
該螺杆9の頭部9bによってコイルスプリング7の押縮による弾発力によ
り固定ディスク4を押圧し,これによりその固定突き合わせ端面4bを,
可動ディスク5の可動突き合わせ端面5bに圧接するといった組み付け作
業を行わねばならない。」(【0010】)
「本発明は上記の如き欠陥を解消し得る係嵌組成体を提供しようとする
もので,順次連装の第2ディスクと,第1ディスクの一部材である摺動デ
ィスクと筒状本体との間に介装したコイルスプリングを同一軸線上に列装
配設し,これらの構成部材には軸杆を挿通して抜け止め状態で一体に固装
してしまうことで,コイルスプリングの弾力によって摺動ディスクを第2
ディスクに弾接させ,摺動ディスクと第1ディスクの筒状本体におけるス
ライド用切込み溝の奥端縁との間に離間貫通空所を形成する。かくして前
記折り畳み式機器の開閉保持用ヒンジ装置における第2部材(カバー)の
開閉動に際し,筒状本体の側端縁から軸線方向へ欠設された上記スライド
用切込み溝には,第1ディスクの摺動ディスクが露呈状態で軸線方向へ,
上記の離間貫通空所内にて移動可能となるように一体化するのである。こ
のようにすることで,本発明によるときは当該係嵌組成体を簡易な操作で
第1,第2ヒンジ筒に嵌合しさえすれば,それだけで第1,第2ヒンジ筒
に対して係嵌状態を確保することができ,かくして第1,第2部材の開閉
自在なる枢着状態が確保され,折り畳み式機器の開閉保持用ヒンジにつ
き,その組立てのための作業を飛躍的に迅速かつ容易に実施し得るように
し,かつ第2ディスクに抜け止め弾性爪を設けておくことで,係嵌組成体
の抜け止め状態を確保しようとするのが,その目的である。」(【001
1】)
エ発明の効果
「本発明に係る係嵌組成体は以上のようにして構成されていることか
ら,多数の構成部品を夫々一個宛折り畳み機器に組み込んで行く作業を要
せず,しかも係嵌組成体の組み付けも各種部品に軸杆を挿通して抜け止め
状態に固定するだけの作業により簡易にして迅速に構成することができ
る。しかも第1ディスクは,筒状本体と,この筒状本体に嵌り込むディス
ク本体と筒状本体のスライド用切込み溝に内嵌するようにディスク本体の
周面から径方向に延びる部分とを有して筒状本体内でスライド用切込み溝
に沿ってスライド自在とした摺動ディスクとにより構成し,かつ離間貫通
空所を設定するようにしたから,この種折り畳み機器の開閉保持用ヒンジ
装置としての必要かつ充分な機能性を満足させることが可能となる。」
(【0023】)
(2)本件特許の図面のうち【図3】(本発明に係る係嵌組立体を示した分解
斜視図)は,次のとおりである。
(3)上記(1)(2)によれば,①従来例では,「カバー2を開動させることで,
カバーヒンジ筒2aと共に可動ディスク5が回動すると,その可動突き合せ
端面5bから突設されている係嵌凸部8が,係嵌凹所6から円周方向へ脱出
し,この際,コイルスプリング7の弾力に抗して固定ディスク4が移動する
こととなり,係嵌凸部8の先端部が,固定突き合せ端面4b上を摺動して円
周方向へ回動することになる。このため,可動ディスク5の周角度位置P
1,P2における係嵌凸部8が,カバー2の閉止状態では,固定ディスクの
周角度位置N1,N2における係嵌凹所6に係嵌されているが,当該カバー
2を開成角度α゜だけ開成した際には,上記一対の係嵌凸部8が,夫々周角
度位置N3,N1の周角度位置における係嵌凹所6に,その係嵌を切り替え
得ることになる。」という構成を採ることにより,「カバー2が機器本体1
に対し閉時および開時にあって,不本意に回動してしまうことがないように
することができ,またカバー2を必要に応じ簡易に開閉操作できる。」とい
う望ましい効果を得られるものであった,②しかし,この従来例は,組立て
のための作業に手間がかかることから,本件発明は,多数の構成部品を一個
ずつ折り畳み機器に組み込んで行く作業を要せず,しかも係嵌組成体の組付
けも各種部品に軸杆を挿通して抜け止め状態に固定するだけの作業によって
行うことができるようにしたことから,組立てのための作業を迅速かつ容易
に実施し得るようにしたものであり,また,本件発明は,「筒状本体と,こ
の筒状本体に嵌り込むディスク本体と筒状本体のスライド用切込み溝に内嵌
するようにディスク本体の周面から径方向に延びる部分とを有して筒状本体
内でスライド用切込み溝に沿ってスライド自在とした摺動ディスクとにより
構成し,かつ離間貫通空所を設定するようにしたこと」により,この種折り
畳み機器の開閉保持用ヒンジ装置としての必要かつ充分な機能性を満足させ
ることができるものである,と認められる。
3公然実施発明の意義
(1)甲5(さいたま地方法務局所属公証人A作成の平成19年第0102号
「折り畳み式携帯電話用ヒンジ装置の構造等に関する事実実験公正証書」)
によれば,公然実施発明は,本件特許出願前である1998年(平成10
年)5月に日本電気株式会社が製造した「デジタル・ムーバN206SH
YPER」という携帯電話の折り畳み部分のヒンジ装置に係る発明であっ
て,審決が認定するとおり,下記の内容を有するものであると認められる
(下記の下線部は,原告が認定を争っている部分)。

「第1筒状部を有するキー側筐体と第2筒状部を有するディスプレー側筐
体とを開閉自在に連結するためのヒンジ装置であって,同一軸線上で隣接す
る第1筒状部と第2筒状部とにわたり装着されるものであること,および,
ヒンジ装置の構成要素として筒状ケースとボールハウジングと外周部異形固
定カムとばねと軸とを備えていること,および,筒状ケースとボールハウジ
ングとばねとの相対関係において,ボールハウジングやばねを嵌め込むため
のもので第1筒状部に内嵌して第1筒状部に対して回り止め装着される筒状
ケースがその内側にボールハウジングの外周部の2本の凹線と嵌合するよう
に軸線方向に平行に向かい合うような状態で形成されている凸条部を有する
こと,かつ,筒状ケースの内部に嵌り込むボールハウジングの軸部分と凸条
部の外部に嵌まり込んで筒状ケースの軸線方向沿いにスライドするようにし
た前記ボールハウジングの外周部の2本の凹線とを有するボールハウジング
が筒状ケースの内径や凸条部形状に対応した周面形状を有し,前記ボールハ
ウジングは,連続する面形状の第1突き合わせ端面を有すること,かつ,ば
ねが筒状ケース内に嵌め込むことのできる外径を有していて筒状ケース内で
ボールハウジングに押し当てられるものであること,および,片面を第1突
き合わせ端面とするボールハウジングと片面を第2突き合わせ端面とする外
周部異形固定カムとの相対関係において,第2突き合わせ端面には複数の窪
みが周方向に間隔をおいて穿たれているとともに第1突き合わせ端面には該
各窪みと係合離脱自在に対応する複数のボールが組み込まれ,前記ボールは
前記窪みとの係嵌状態では前記筒状ケースの開口部から突出すること,およ
び,第2筒状部に内嵌してボールハウジングに相対している外周部異形固定
カムで第2突き合わせ端面の反対端面には,第2筒状部に装着されて止め輪
にて抜け止め状態になる軸の先端部が突出していること,および,軸と筒状
ケース・ボールハウジング・外周部異形固定カム・ばねとの相対関係におい
て,筒状ケース軸心部・ボールハウジング軸心部・外周部異形固定カム軸心
部・ばね軸心部のそれぞれを軸が貫通するものであること,および,上記各
構成要素の組み立てについて,ばねが筒状ケース内に嵌め込まれているこ
と,かつ,第1突き合わせ端面を外面にしたボールハウジングの前記第1突
き合わせ端面がボールと窪みとの係嵌状態で前記筒状ケース外にある外周部
異形固定カムの第2突き合わせ端面に突き合わさるように前記ボールハウジ
ングの軸部分と前記2本の凹線とがばねに抗して筒状ケースの内部と凸条部
の外部とにそれぞれ嵌め込まれていること,かつ,第1突き合わせ端面と第
2突き合わせ端面とが対面してボールハウジングと外周部異形固定カムとが
互いに突き合わされていること,かつ,この集合した各構成要素の軸心部を
軸が貫通しているとともに軸の両端部が筒状ケースや外周部異形固定カムに
対して抜け止め固定されていること,および,この組み立て構造において,
ボールハウジングと,筒状ケースに存在する筒状ケース内底部とが,これら
の間にボールと同等長以上の離間空所を介在させていること,かつ,ばねが
ボールハウジングを外周部異形固定カム側へ押しつけていること,かつ,ボ
ールハウジングと外周部異形固定カムとが相対回転したときに係合状態にあ
るボール・窪みがそれぞれ他の窪み・ボールに切り替わる折畳み式携帯電話
のヒンジ装置。」
(2)原告は,上記(1)の認定のうち,上記下線部について争うが,次のとお
り,いずれも審決の認定どおりの認定をすることができる。
ア「ボールハウジングやばねを嵌め込むためのもので」,「ばねが筒状ケ
ース内に嵌め込むことのできる外径を有していて」及び「ばねが筒状ケー
ス内に嵌め込まれていること」の各部分につき
甲5によれば,公然実施発明においては,筒状ケースの中の「ボールハ
ウジングの軸部分の中空部」にばねが入っていると認められる。したがっ
て,公然実施発明においては,「ばね」が「ボールハウジングの軸部分」
を介して「筒状ケース内に嵌め込まれている」ということができるから,
公然実施発明は,上記各部分を有するものと認められる。
なお,本件訂正後の特許請求の範囲には,「ばねが筒状ケース内に嵌め
込まれている」態様について,「直接」あるいは「他のものを介していな
い」といった限定はないから,公然実施発明のような態様のものも,本件
発明において「ばねが筒状ケース内に嵌め込まれている」ということがで
きる。
イ「第1突き合わせ端面を外面にしたボールハウジング」の部分につき
甲5によれば,公然実施発明においては,ボールハウジングの台座部分
は,第1突き合わせ端面を外面にしているものと認められるから,上記部
分を有するものといえる。
ウ「筒状ケースに存在する筒状ケース内底部」の部分につき
甲5によれば,公然実施発明においては,筒状ケース内に筒状ケース内
底部が存在し,この内底部とボールハウジングの軸部分との間にボールと
同等長以上の離間空所が存するものと認められるから,上記部分を有する
ものといえる。
4取消事由1(本件発明の要旨と一致点認定の誤り)について
(1)「公然実施発明の『ボールハウジングの軸部分』が本件発明の『ディス
ク本体』に相当するとの認定の誤り」につき
審決は,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」を本件発明の摺動
ディスクの「ディスク本体」に相当すると認定している(21頁27行∼2
8行)。
本件発明においては,摺動ディスクの「ディスク本体」の端面と「ディス
ク本体の周面から径方向に延びる部分」の端面とは「連続する面形状の第1
突き合わせ端面」を形成しているところ,公然実施発明において「第1突き
合わせ端面」を形成しているのは,「ボールハウジングの台座部分」である
から,審決の上記認定は相当でない。
しかし,甲5によれば,公然実施発明においては,「ボールハウジングの
軸部分」と「ボールハウジングの台座部分」は一体として形成されており,
その一体として形成された「ボールハウジング」が,「台座部分」において
は,「第1突き合わせ端面」を形成するとともに,「軸部分」では,筒状ケ
ースの内部に嵌り込んで,その外周部の2本の凹線が筒状ケースの凸条部の
外部に嵌まり込んで筒状ケースの軸線方向沿いにスライドするようになって
おり,筒状ケースの内径や凸条部形状に対応した周面形状を有するのである
から,それらは一体として,本件発明の「ディスク本体」と「このディスク
本体の周面から径方向に延びる部分」から成っている摺動ディスクに相当す
るということができる。
そして,審決の上記認定が相当でないことから,後記(2)及び5(4)のとお
り審決の一致点の認定には誤りがあるが,この点は,後記6(1)のとおり,
審決の結論に影響するものではない。
(2)「『筒状本体』と『摺動ディスク』の配置関係と『回動阻止兼スライド
機構』についての一致点認定の誤り」につき
上記(1)認定のとおり,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」と
「ボールハウジングの台座部分」は,一体として,本件発明の「ディスク本
体」と「このディスク本体の周面から径方向に延びる部分」から成っている
摺動ディスクに相当するということができる。そして,上記(1)で認定した
ところからすると,審決が「筒状本体の内部に嵌り込むディスク本体と回動
阻止兼スライド機構の所定部位に嵌り込んで筒状本体の軸線方向沿いにスラ
イドするようにした部分とを有する摺動ディスクが筒状本体の内径や回動阻
止兼スライド機構の形状に対応した周面形状を有すること」(23頁下4行
∼下1行)を一致点と認定している点は,「筒状本体の内部に嵌り込むとと
もに回動阻止兼スライド機構の所定部位に嵌り込んで筒状本体の軸線方向沿
いにスライドするようにした部分を有する摺動ディスクが筒状本体の内径や
回動阻止兼スライド機構の形状に対応した周面形状を有すること」を一致点
と認定し,「本件発明は『筒状本体の内部に嵌り込むディスク本体』を有す
るが,公然実施発明には『筒状本体の内部に嵌り込むディスク本体』として
特定される部分がない点。」を相違点として認定すべきであったということ
ができる。しかし,この点は,後記6(1)のとおり,審決の結論に影響する
ものではない。
そして,原告が主張するとおり,本件発明の摺動ディスクは,全体的に筒
状本体内に入り込むことができる形状を有するのに対し,公然実施発明のボ
ールハウジングは,台座部分が筒状本体内に入り込まないが,審決は,本件
発明と公然実施発明の相違点1として,「回動阻止兼スライド機構に嵌まり
込んで筒状本体の軸線方向沿いにスライドするようにした部分が,本件発明
では『ディスク本体の周面から径方向に延びる部分』であるのに対し,公然
実施発明では『ボールハウジングの外周部の2本の凹線』である点。」,
「摺動ディスクの周面形状が対応する形状のうちの回動阻止兼スライド機構
の形状が,本件発明では『切込み溝形状』であるのに対し,公然実施発明で
は『凸条部形状』である点。」,「第1突き合わせ端面が,本件発明では『
ディスク本体の端面と前記ディスク本体の周面から径方向に延びる部分の端
面とがスライド用切込み溝を有する部分で筒状本体を横断した際に得られる
前記筒状本体の内部の横断面とスライド用切込み溝の横断面とにそれぞれ相
応した』構成を有するのに対し,公然実施発明ではかかる構成を有しない
点。」の各点を認定しているのであり,これらに加えて,上記「本件発明は
『筒状本体の内部に嵌り込むディスク本体』を有するが,公然実施発明には
『筒状本体の内部に嵌り込むディスク本体』として特定される部分がない
点。」を相違点として認定すれば,本件発明の摺動ディスクは全体的に筒状
本体内に入り込むことができる形状を有するのに対し,公然実施発明のボー
ルハウジングは台座部分が筒状本体内に入り込まない点は,相違点として認
定されるということができる。
(3)「『筒状本体』の『切込み溝』と『この切欠き溝に嵌り込んだ部分』と
の関係についての一致点認定の誤り」につき
本件発明は,「筒状本体がその側縁端から軸線方向沿いに切欠き形成され
た径方向に相対する2つのスライド用切込み溝を周壁に有する」ことを構成
要件としているところ,公然実施発明の「周壁の内面を切欠いて凹状に形成
されたもの」とは,その形状は異なるものの,回動阻止兼スライド機構とし
て共通していることは明らかであるから,審決がそれらを対応させて一致点
と認定したことに誤りがあるということはできない。
また,本件発明の摺動ディスク案内手段は,「摺動ディスク」の「ディス
ク本体」の周面から径方向に延びており,公然実施発明の「ボールハウジン
グの軸部分」とは,その形状は異なるものの,回動阻止兼スライド機構とし
て共通していることは明らかであるから,審決がそれらを対応させて一致点
と認定したことに誤りがあるということはできない。
公然実施発明の案内手段である「軸部分」は,固定カムの突き合わせ端面
に対向する突き合わせ端面の機能を有することができないが,上記(1)認定
のとおり,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」と「ボールハウジ
ングの台座部分」は,一体として,本件発明の「ディスク本体」と「このデ
ィスク本体の周面から径方向に延びる部分」から成っている摺動ディスクに
相当するということができるのであって,このように考えると,公然実施発
明の「ボールハウジング」と本件発明の「摺動ディスク」は,「案内手段」
と「固定カムの突き合わせ端面に対向する突き合わせ端面」を有する点で共
通しており,それらに本質的な違いがあるということはできない。
審決は,本件発明と公然実施発明の相違点1として,「筒状本体が有する
回動阻止兼スライド機構が,本件発明では『(筒状本体の周壁に有する)側
端縁から軸線方向沿いに切り欠き形成された径方向に相対する2つのスライ
ド用切込み溝』であるのに対し,公然実施発明では『ボールハウジングの外
周部の2本の凹線と嵌合するように軸線方向に平行に向かい合うような状態
で形成されている凸条部』である点。」,「回動阻止兼スライド機構の所定
部位が,本件発明では『スライド用切込み溝の内部』であるのに対し,公然
実施発明では『凸条部の外部』である点。」,「回動阻止兼スライド機構に
嵌まり込んで筒状本体の軸線方向沿いにスライドするようにした部分が,本
件発明では『ディスク本体の周面から径方向に延びる部分』であるのに対
し,公然実施発明では『ボールハウジングの外周部の2本の凹線』である
点。」,「摺動ディスクの周面形状が対応する形状のうちの回動阻止兼スラ
イド機構の形状が,本件発明では『切込み溝形状』であるのに対し,公然実
施発明では『凸条部形状』である点。」,「本件発明では『摺動ディスクの
一部であってスライド用切込み溝内に嵌り込んだ部分がそこから露呈されて
いる』構成であるのに対し,公然実施発明ではかかる構成を有しない点。」
の各点を認定しているのであり,「『筒状本体』の『切込み溝』と『この切
欠き溝に嵌り込んだ部分』との関係」についての相違点は認定されていると
いうことができる。
(4)「『摺動ディスクの周面形状』についての一致点認定の誤り」につき
上記(1)認定のとおり,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」と
「ボールハウジングの台座部分」は,一体として,本件発明の「ディスク本
体」と「このディスク本体の周面から径方向に延びる部分」から成っている
摺動ディスクに相当するということができるところ,この「ボールハウジン
グ」は,「軸部分」において,筒状本体の内径や回動阻止兼スライド機構の
形状に対応した周面形状を有するから,審決の「摺動ディスクが筒状本体の
内径や回動阻止兼スライド機構の形状に対応した周面形状を有すること」と
の一致点の認定(23頁下2行∼下1行)に誤りがあるということはできな
い。
そして,審決は,本件発明と公然実施発明の相違点1として,「回動阻止
兼スライド機構に嵌まり込んで筒状本体の軸線方向沿いにスライドするよう
にした部分が,本件発明では『ディスク本体の周面から径方向に延びる部分
』であるのに対し,公然実施発明では『ボールハウジングの外周部の2本の
凹線』である点。」,「第1突き合わせ端面が,本件発明では『ディスク本
体の端面と前記ディスク本体の周面から径方向に延びる部分の端面とがスラ
イド用切込み溝を有する部分で筒状本体を横断した際に得られる前記筒状本
体の内部の横断面とスライド用切込み溝の横断面とにそれぞれ相応した』構
成を有するのに対し,公然実施発明ではかかる構成を有しない点。」の各点
を認定しているのであるから,「摺動ディスクの周面形状」についての相違
点は認定されているということができる。
5取消事由2(概念の共通性認定と一致点認定の誤り)について
(1)審決18頁対応表の項目4につき
審決は,18頁対応表の項目4(構成要件4)に対応して,公然実施発明
と本件発明とは,「…『筒状本体が摺動ディスクの筒状本体に対する回動阻
止兼スライド機構を有すること』という概念で共通する。」(21頁25行
∼26行)と認定している。
上記4(1)認定のとおり,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」
と「ボールハウジングの台座部分」は,一体として,本件発明の「ディスク
本体」と「このディスク本体の周面から径方向に延びる部分」から成ってい
る摺動ディスクに相当するということができるところ,公然実施発明の「ボ
ールハウジング」は,「軸部分」において,筒状本体に対する回動阻止兼ス
ライド機構を有することは明らかである。
本件発明の構成要件4(審決18頁対応表の項目4の左欄)は,「筒状本
体と摺動ディスクとコイルスプリングとの相対関係において,摺動ディスク
やコイルスプリングを嵌め込むためのもので第1ヒンジ筒に内嵌して第1ヒ
ンジ筒に対して回り止め装着される筒状本体がその側端縁から軸線方向沿い
に切り欠き形成された径方向に相対する2つのスライド用切込み溝を周壁に
有すること,かつ,」というものであって,筒状本体は,「摺動ディスクを
嵌め込むためのもので」あること,及び「その側端縁から軸線方向沿いに切
り欠き形成された径方向に相対する2つのスライド用切込み溝を周壁に有す
ること」が規定されているのみであるから,摺動ディスク回動阻止兼スライ
ド機構について規定しているものであり,上記構成要件4につき,原告が主
張するように,「摺動ディスクのディスク本体(切込み溝に嵌り込んだ部分
を除く本体部分)が筒状本体の内部に嵌り込み,かつディスク本体の端面と
溝嵌り込み部分の端面とが連続して第2ディスクの第2突き合わせ端面に対
応する第1突き合わせ端面を形成している」という配置関係に要旨を有する
とは認められない。
そうすると,公然実施発明と本件発明とは,「筒状本体が摺動ディスクの
筒状本体に対する回動阻止兼スライド機構を有すること」という概念で共通
するのであって,審決の上記認定に誤りがあるということはできない。ま
た,本件発明の構成要件4の「切欠き溝」は,公然実施発明の軸部分の凹線
に対応する凸条部と対応するものであって,審決18頁対応表の項目4の記
載中,「…ボールハウジング…を嵌め込むための…筒状ケースがその内側に
ボールハウジングの外周部の2本の凹線と嵌合するように軸線方向に平行に
向かい合うような状態で形成されている凸条部を有する…」は,本件発明の
「…摺動ディスク…を嵌め込むための…筒状本体がその側端縁から軸線方向
沿いに切り欠き形成された径方向に相対する2つのスライド用切込み溝を周
壁に有する…」に対応するということができる。
(2)審決18頁対応表の項目5につき
審決は,18頁対応表の項目5(構成要件5)に対応して,公然実施発明
と本件発明とは,「…『筒状本体の内部に嵌り込むディスク本体と回動阻止
兼スライド機構の所定部位に嵌り込んで筒状本体の軸線方向沿いにスライド
するようにした部分とを有する摺動ディスクが筒状本体の内径や回動阻止兼
スライド機構の形状に対応した周面形状を有』する態様という概念で共通す
る。」(21頁36行∼22頁1行)と認定している。
この点については,前記4(2)のとおりである。
(3)審決19頁対応表の項目8につき
審決は,19頁対応表の項目8(構成要件8)に対応して,公然実施発明
と本件発明とは,「…『第2突き合わせ端面の反対端面には,第2ヒンジ筒
に装着されて抜け止め状態となる抜け止め手段があること』という概念で共
通する。」(22頁29行∼31行)と認定している。
甲5によれば,公然実施発明においては,第2突き合わせ端面の反対端面
から,軸が突出しており,その軸は,第2ヒンジ筒に装着されて,Eリング
によって抜け止めされることが認められる。この抜け止め手段は,「第2突
き合わせ端面の反対端面」に設けられているということはできないので,審
決の上記認定は,正確ではない。しかし,公然実施発明において,「第2突
き合わせ端面の反対側」に抜け止め手段があるということはできるので,こ
の点の一致点は,「第2突き合わせ端面の反対端面には,第2ヒンジ筒に装
着されて抜け止め状態になる抜け止め手段があること」(審決24頁9行∼
10行)ではなく,「第2突き合わせ端面の反対側には,第2ヒンジ筒に装
着されて抜け止め状態になる抜け止め手段があること」と認定すべきである
しかし,この点は,後記6(3)のとおり,審決の結論に影響するものではな
い。
もっとも,審決は,相違点3として,「第2突き合わせ端面の反対端面に
ある抜け止め手段が,本件発明では反対端面に『設けられている』…のに対
し,公然実施発明では反対端面に『突出している』…である点。」を認定し
ており,上記の抜け止め手段が設けられている場所の違いは相違点としては
認定されている。
(4)審決20頁対応表の項目11につき
審決は,対応表の項目11(構成要件11)に対応して,公然実施発明と
本件発明とは,「…『摺動ディスクのディスク本体と回動阻止兼スライド機
構に嵌り込む部分とがコイルスプリングに抗して筒状本体の内部と回動阻止
兼スライド機構の所定部位とにそれぞれ嵌め込まれていること』という概念
で共通する。」(23頁3行∼6行)と認定している。
前記4(1)のとおり,公然実施発明の「ボールハウジングの軸部分」を本
件発明の摺動ディスクの「ディスク本体」に相当すると認定することはでき
ないから,上記認定は,この限度では相当でない。
そして,前記4(1)で認定したところからすると,審決が「前記摺動ディ
スクのディスク本体と前記回動阻止兼スライド機構に嵌り込む部分とがコイ
ルスプリングに抗して筒状本体の内部と回動阻止兼スライド機構の所定部位
とにそれぞれ嵌め込まれていること」(24頁17行∼20行)を一致点と
認定している点は,「前記回動阻止兼スライド機構に嵌り込む部分とがコイ
ルスプリングに抗して筒状本体の内部と回動阻止兼スライド機構の所定部位
とにそれぞれ嵌め込まれていること」を一致点と認定し,「本件発明は『コ
イルスプリングに抗して筒状本体の内部に嵌り込むディスク本体』を有する
が,公然実施発明には『コイルスプリングに抗して筒状本体の内部に嵌り込
むディスク本体』として特定される部分がない点。」を相違点として認定す
べきであったということができる。しかし,この点は,後記6(1)のとお
り,審決の結論に影響するものではない。
(5)審決20頁対応表の項目15につき
審決は,対応表の項目15(構成要件15)に対応して,公然実施発明と
本件発明とは,「…『摺動ディスクと,筒状本体に存在する所定部位とが,
これらの間に係嵌凸部と同等長以上の離間空所を介在させること』という概
念で共通する。」(23頁12行∼14行)と認定している。
公然実施発明においては,ボールハウジングと筒状ケースに存在する筒状
ケース内底部(これが存することは,前記3(2)ウのとおり)との間にボー
ルと同等長以上の離間空所が存するのに対し,本件発明では,摺動ディスク
と,筒状本体に存在するスライド用切込み溝の奥端縁12eとの間に係嵌凸
部と同等長以上の離間貫通空所が存するのであるが,摺動ディスクと筒状本
体に存在する所定部位との間に,係嵌凸部と係嵌凹所との切り替え時に発生
する摺動ディスクの軸線方向の変位のストローク長に相応する離間空所が存
することに変わりはないから,審決の上記認定に誤りがあるということはで
きない。
そして,審決は,相違点1として,「筒状本体に存在する所定部位が,本
件発明では『スライド用切込み溝の奥端縁12e』であるのに対し,公然実
施発明では『筒状ケース内底部』である点。」,「離間空所について,本件
発明では離間『貫通』空所であると特定されるのに対し,公然実施発明では
かかる特定がなされていない点。」を認定しているから,本件発明と公然実
施発明との離間空所に関する相違点は認定されているということができる。
6取消事由3(相違点の認定と判断の誤り)について
(1)相違点1につき
ア甲10(実願昭46−113031号(実開昭48−65953号)の
マイクロフィルム考案の名称「蝶番」,出願人B,公開日昭和48年8
月21日)には,「此の係止盤5は第2図に示す様にその上面に上方に突
出した突条部6を有し,そして此の突条部6の両側部分は前記筒状部2A
の開口縁部に形成した一対の長溝7に係入されており,此れにより係止盤
の回動が阻止されている。又前記突状部2Aの端面に相対する他方の係止
片の筒状部2Bの開端面には前記突条部6の先端が係入する比較的浅い一
対の凹陥部8が形成されている。此の両者の係合は設定された力の範囲内
で筒状部2A,2Bの相関的な回動を阻止しそして設定以上の回動力が加
えられると前記両者の係合がはずれその回動制限が解除される様な形状及
び寸法に形成されている。従って前記突条部の先端は丸味をもたす事が要
求され又此れに係合する凹陥部8は浅い円弧に形成する事が好ましい。」
(2頁9行∼3頁5行)と記載されており,また,第2図として,次の図
面が記載されている。
イ甲10記載の上記発明は,「蝶番」に関するもので,公然実施発明と同
一の技術分野に属するものであるから,公然実施発明に甲10記載の上記
発明を組み合わせることは,当業者(その発明の属する技術の分野におけ
る通常の知識を有する者)が容易に想起することができるというべきであ
る。
そして,公然実施発明の「軸部分」と「台座部分」とから成っている
「ボールハウジング」は,第1突き合わせ端面と筒状本体の回動阻止兼ス
ライド機構に対応した形状を有するから,上記甲10第2図記載の係止盤
5に相当するものであり,公然実施発明の筒状本体は,回動阻止兼スライ
ド機構を有する筒状体であるから,上記甲10第2図記載の一対の長溝7
を有する筒状部2Aに相当するものである。したがって,公然実施発明に
甲10記載の上記発明を組み合わせた結果,当業者が想起するものは,公
然実施発明の「軸部分」と「台座部分」とから成っている「ボールハウジ
ング」全体と筒状本体を,上記甲10第2図記載の係止盤5と一対の長溝
7を有する筒状部2Aに置き換えるというものであると解される。原告が
主張する別紙参考図1のようなものを想起するとは解されない。
ウもっとも,上記の「公然実施発明の『軸部分』と『台座部分』とから成
っている『ボールハウジング』全体と筒状本体を,甲10第2図記載の係
止盤5と一対の長溝7を有する筒状部2Aに置き換えたもの」は,そのよ
うな置換えをしただけの状態では,別紙参考図2のようなものとなる。
しかし,この図で灰色に着色されている「嵌り残る部分」を,本件発明
のような,ディスク本体とディスク本体の周面から径方向に延びる部分と
して形成しても,第1突き合わせ端面と第2突き合わせ端面との突き合わ
せや係嵌凸部と係嵌凹部との係嵌,回動阻止兼スライド機構の作用に変わ
りないことは明らかである上,円筒状又は多角形状のものとその周囲に設
けられた溝とを係合,摺動させる場合に,円筒状又は多角形状のものの周
面から径方向に延びる部分を形成して溝と係合,摺動させることは,以下
の(ア)∼(ウ)によれば周知の技術であると認められるから,上記「嵌り残
る部分」を,本件発明のような,ディスク本体とディスク本体の周面から
径方向に延びる部分として形成することは,当業者が適宜設定することが
できる程度の事項であって,当業者は容易に想到することができるものと
認められる。なお,以下の乙11,24,25は,審決がその認定に用い
ていないとしても,周知技術を認定するためのものであるから,本件にお
いて認定に供することができるというべきである。
(ア)乙11(大韓民国公開特許公報特1998−042991号,発
明の名称「ヒンジ装置」,出願人PhenixKorea株式会社,公開日19
98年[平成10年]8月17日)には,第2部材28の八角形の板か
らなるボディ58の対向する両側面60から突起62が突出し,その突
起62がハウジング24の側壁に長手方向に延びている溝40に案内さ
れて摺動することが記載されている。なお,乙11には,上記ボディ5
8は,ハウジング内の回転移動が制限され,回転軸方向への直線移動だ
け許容される構造であれば,いかなる形状を有してもよい旨記載されて
いる(訳文9頁5行∼7行)。
(イ)乙24(欧州特許公開公報,公開番号0445559A1,発明の
名称「自動ロック式ドアヒンジ」,出願人KERMIGmbH,公開日199
1年[平成3年]9月11日)には,周面に隆起15を備えた,円筒状
の広幅リング13がヒンジ上部4の内壁42にミゾ41として形成され
た凹みにはまりこんで摺動することが記載されている。
(ウ)乙25(特開平9−130462号公報,発明の名称「携帯用電話
機のカバー開閉機構」,出願人三星電子株式会社,公開日平成9年5
月16日)には,周面にカムヒンジ突起52を備えた,円筒状のカムヒ
ンジ50がヒンジハウジング30に形成された案内溝31に案内されて
摺動することが記載されている。
エ以上のとおり,別紙参考図2記載の装置に,本件発明のような,ディス
ク本体とディスク本体の周面から径方向に延びる部分として形成したもの
は,審決が認定する相違点1に係る本件発明の構成(前記第3,1(3)
イ)並びに前記4(2)認定の相違点(「本件発明は『筒状本体の内部に嵌
り込むディスク本体』を有するが,公然実施発明には『筒状本体の内部に
嵌り込むディスク本体』として特定される部分がない点。」),前記5
(4)認定の相違点(「本件発明は『コイルスプリングに抗して筒状本体の
内部に嵌り込むディスク本体』を有するが,公然実施発明には『コイルス
プリングに抗して筒状本体の内部に嵌り込むディスク本体』として特定さ
れる部分がない点。」)を全て備えているということができる。
したがって,これらの相違点は,いずれも公然実施発明及び甲10記載
の発明に基づき容易に想到することができるというべきであって,審決の
相違点1についての判断に誤りがあるということはできない。この点に関
する原告の主張はいずれも採用することができない。
なお,本判決において認定した上記2点の相違点に関する審決の認定の
誤りは,これらの相違点が,以上のとおりいずれも公然実施発明及び甲1
0記載の発明に基づき容易に想到することができるものである以上,本件
の結論に影響を及ぼすものではない。
(2)相違点2につき
ア審決は,相違点2において,公然実施発明の「ボール状の係嵌凸状部」
が本件発明の「係嵌凸部」と相違すると認定している(25頁下2行∼下
1行)が,本件発明の「係嵌凸部」は,公然実施発明のような「ボール状
係嵌凸状部」を包含すると解されるから,この点は相違点であるというこ
とはできない。
イまた前記(1)認定のとおり,当業者は,公然実施発明及び甲10記載の
発明に基づき,別紙参考図2記載の装置に,本件発明のような,ディスク
本体とディスク本体の周面から径方向に延びる部分として形成したものを
容易に想到することができるところ,この装置では,「摺動ディスクのス
ライド用切込み溝内に嵌り込むようにディスク本体の周面から径方向に延
びる部分」に係嵌凸部が設けられている。
もっとも,この装置では,係嵌凸部が複数設けられているとはいえない
が,公然実施発明においては,係嵌凸部が複数設けられており,係嵌凸部
を複数設けることは,当業者が適宜設定することができる程度の事項であ
ると認められる。
そうすると,審決が認定する相違点2に係る本件発明の構成(複数の係
嵌凸部が「摺動ディスクのスライド用切込み溝内に嵌り込むようにディス
ク本体の周面から径方向に延びる部分」に設けられていること)につき,
当業者は容易に想到することができるものと認められ,この点に関する審
決の認定に誤りがあるということはできない。
なお,原告は,甲10の第2図は「係嵌凸部」を「溝に嵌り込んだ部
分」に設けることを開示しているが,この係嵌凸部の形成位置は甲10以
外の文献には見当たらないので,周知技術ではないと主張する。しかし,
乙32(本件無効審判請求書)によれば,甲10は,本件無効審判請求の
当初から無効理由を基礎付ける文献として主張されていたものであるか
ら,周知技術でないとしても,それを引用例として用いることができる。
したがって,原告の上記主張は,本件の結論を左右するものではない。
また,原告は,公然実施発明において,ボールハウジングの軸部分は,
「台座部分」の後面(「外周部異形固定カム」に面する側と反対側の面)
から延びており,この軸部分の「溝に嵌り込む部分」に「係嵌凸部」を設
けても「外周部異形固定カム」の第2突き合わせ端面に対面する第1突き
合わせ端面から遠く離れており,係嵌凸部が外周部異形固定カムの「窪
み」に係嵌することはできない(別紙参考図1の「溝に嵌り込む部分」参
照)と主張するが,当業者がそのようなものを想起することがないこと
は,前記(1)イ認定のとおりである。
(3)相違点3につき
ア甲17(実開平2−87109号公報,考案の名称「枢支ピン構造」,
出願人小島プレス工業株式会社,公開日平成2年7月10日)には,リ
ンク杆3(本体)の枢支ピン7に設けられた弾性を有する抜止め片8をア
ーム6(他部材)の取付孔に押し込んで結合することが,図とともに記載
されており,甲20(特開平5−44713号公報,発明の名称「リンク
プレート係止構造」,出願人日本電装株式会社,公開日平成5年2月2
3日)には,リンクプレートから延出された係合片7の弾性を有する係合
爪8をケース1に設けられたボス部2に挿入して抜け止めを行うことが,
図とともに記載されている。
したがって,抜け止めのために抜け止め弾性爪を用いることは,本件特
許出願前から周知の技術であったと認められ,これを第2ディスクの第2
突き合わせ端面の反対端面に設け,第2ヒンジ筒に装着されて抜け止め状
態となるようにすることは,格別創意を要するものではなく,当業者の通
常の創作能力の範囲内であると認められるから,当業者が容易に想到する
ことができるものと認められる。この点に関する審決の認定に誤りがある
ということはできない。
イまた前記5(3)のとおり,本件発明と公然実施発明の一致点として,
「第2突き合わせ端面の反対側には,第2ヒンジ筒に装着されて抜け止め
状態になる抜け止め手段があること」と認定すべきであるといえるが,こ
の点は,前記5(3)のとおり,相違点としては認定されており,しかも,
上記のとおり,この点は,当業者が容易に想到することができるものであ
るから,この一致点認定の誤りは,本件の結論に影響するものではない。
7取消事由4(本件発明の顕著な効果の看過)について
(1)原告は,公然実施発明に甲10を適用しても本件発明に至ることができ
ないことは明らかであると主張するが,公然実施発明に甲10を適用するこ
とによって容易に本件発明に至ることは,既に認定判断したとおりである。
(2)原告は,公然実施発明において,「ばね(本件発明の「コイルスプリン
グ」に相当)」は,「筒状本体」内ではなく,「ボールハウジングの軸部分
の中空部」内に嵌め込まれており,本件発明と公然実施発明とは,「コイル
スプリング(ばね)」の配置でも相違している,と主張する。
しかし,前記3(2)アのとおり,公然実施発明においても,「ばねが筒状
ケース内に嵌め込まれている」ということができるのであって,本件発明と
公然実施発明とは,「コイルスプリング(ばね)」の配置において相違して
いるということはできない。
(3)原告は,①本件発明は,係嵌組成体(ヒンジユニット)の長さを同じと
すると,筒状本体12A(筒状ケース)の長さは,公然実施発明よりも長く
なって,ヒンジ軸機能を向上することができ,逆に,筒状本体12A(筒状
ケース)の長さを同じとすると,係嵌組成体(ヒンジユニット)の長さは,
公然実施発明よりも小さくなって小型化することができる,②公然実施発明
に比べてバネ収容空間を長さ方向及び径方向に大きくしてコイルスプリング
の適正なバネ定数を得,これによって係嵌凸部と係嵌凹所との係嵌状態の保
持力を維持し,又は係嵌の切り替えを円滑に行うことができる,という顕著
な効果を有すると主張する。
しかし,上記(1)のとおり,公然実施発明に甲10を適用することによっ
て容易に本件発明に至るのであり,その場合に,原告が主張する上記①の効
果があるとしても,その効果は,当業者が予測することができる範囲内のも
のであって,格別のものということはできない。
また,上記(2)のとおり,本件発明と公然実施発明とは,「コイルスプリ
ング(ばね)」の配置において相違しているということはできない(本件発
明においてもばねをケースに入れた上で筒状本体に入れるといった態様のも
のは排除されていない)ことからすると,本件発明が必然的に上記②のよう
な効果を有すると認めることはできない。また,仮に,原告が主張する上記
②の効果があるとしても,その効果は,当業者が予測することができる範囲
内のものであって,格別のものということはできない。
(4)原告は,公然実施発明の「筒状ケースとボールハウジングとの組み合わ
せ」を甲10の「筒状部2Aと突条部6付き係止盤5との組み合わせ」に差
し替えても,本件発明は,この差し替え技術でも達成することができない顕
著な効果を有すると主張するが,上記(1)のとおり,公然実施発明に甲10
を適用することによって容易に本件発明に至るのであり,原告が主張する別
紙参考図2(別紙参考図4の図3)のようなものをことさら想定して本件発
明と対比する理由はないから,原告の主張は前提において失当であり,採用
することはできない。
(5)原告は,特に携帯電話機のように小型の折り畳み機器においては,係嵌
組成体のコイルスプリングのバネ定数や摺動ディスクの傾きや係嵌組成体の
軸線長さは,機器を適度の力で円滑に開閉操作するのに極めて重要な要因で
あり,本件発明の「摺動ディスク」と「筒状本体」との配置(構成要件4,
5,11)は,この効果を達成するのに重要な要件であるとも主張するが,
上記のとおり,原告が主張する本件発明の効果は,本件発明の効果とは認め
られないものがある上,認められるものも格別のものとはいえないのであっ
て,審決の「…本件発明のすべての発明特定事項から奏される効果も,公然
実施発明及び周知の技術から当業者であれば予測し得る程度のものであ
る。」(28頁1行∼2行)との判断に誤りがあるということはできない。
8取消事由5(「無効理由その1」についての認定判断の誤り)について
以上のとおり,審決の「無効理由その2について」の認定判断に,結論に影
響する誤りがあるとは認められないから,「無効理由その1について」の認定
判断に,結論に影響する誤りがあるとも認められない。
9結論
以上の次第で,原告主張の取消事由は全て理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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