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平成28年3月8日判決言渡
平成27年(行ケ)第10043号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成28年2月4日
判決
原告キュアバック
ゲーエムベーハー
訴訟代理人弁理士原謙三
同福井清
同藤田けんじろう
同中尾守男
同青野直樹
同鶴田健太郎
同小池隆彌
同黒田敏朗
同長谷川和哉
被告特許庁長官
指定代理人田村明照
同高堀栄二
同井上猛
同金子尚人
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を3
0日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2013-11636号事件について平成26年10月20日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
(1)原告は,発明の名称を「トランスフェクションおよび免疫活性化のため
のRNAの複合化」とする発明について,平成20年9月4日を国際出願日
とする特許出願(特願2010-523324号,優先権主張2007年(平
成19年)9月4日・欧州特許庁(EP)。以下「本願」といい,優先権主
張日を「本願優先日」という。)をした(甲1)。
原告は,平成24年8月28日付けで拒絶理由通知を受けたため,同年1
1月28日付けで,本願の願書に添付した特許請求の範囲について手続補正
(甲5)をしたが,平成25年2月8日付けで拒絶査定を受けた。
そこで,原告は,同年6月19日,拒絶査定不服審判を請求するとともに,
本願の願書に添付した特許請求の範囲について手続補正(以下「本件補正」
という。甲2)をした。
(2)特許庁は,上記請求を不服2013-11636号事件として審理を行
い,平成26年10月20日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決(出訴期間90日附加。以下「本件審決」と
いう。)をし,同年11月4日,その謄本が原告に送達された。
(3)原告は,平成27年3月4日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提
起した。
2特許請求の範囲の記載
(1)本件補正前のもの
本件補正前(ただし,平成24年11月28日付け手続補正による補正後。
以下同じ。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲
5。以下,同請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】
1つ以上のオリゴペプチドと複合化された少なくとも1つのRNA(分子)
を包含する免疫活性化複合化一本鎖RNAであって,
上記RNAと上記オリゴペプチドとが,これらの分子の非共有的な相互作
用によって連結しており
上記1つのRNA(分子)の,上記1つ以上のオリゴペプチドに対する窒
素/リン酸塩比(N/P比)が,0.5~50の範囲内にあって,
上記オリゴペプチドは8~15アミノ酸の長さであり,かつ以下の実験式
(Arg)l;(Lys)m;(His)n;(Orn)o;(Xaa)x(式
I)
によって表され,
上記実験式において,
l+m+n+o+x=8~15であり,かつl,m,n,およびoは,
それぞれ独立して,0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,
12,13,14,および15から選択された任意の数値であり,Arg,
Lys,His,およびOrnの総含有量が,上記オリゴペプチドの全ての
アミノ酸の少なくとも50%に相当するように規定され;
Xaaは,Arg,Lys,His,およびOrn以外の天然アミノ酸ま
たは非天然アミノ酸から選択された任意のアミノ酸であり;さらに
xは,0,1,2,3,4,5,6,7,および8から選択された任意の
数値であり,Xaaの総含有量が,上記オリゴペプチドの全アミノ酸の50
%を超えないように規定された,
腫瘍または癌疾患,循環器病,感染症,(感染性)ウイルス性疾患,自己
免疫疾患,(単)遺伝子疾患,および/またはアレルギーから選択される疾
病の処置および/または予防における治療用複合化RNA。」
(2)本件補正後のもの
本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲
2。以下,同請求項1に係る発明を「本願補正発明」という。下線部は,本
件補正による補正箇所である)。
「【請求項1】
1つ以上のオリゴペプチドと複合化された少なくとも1つのRNA(分子)
を包含する免疫活性化複合化一本鎖RNAであって,
上記RNAと上記オリゴペプチドとが,これらの分子の非共有的な相互作
用によって連結しており
上記1つのRNA(分子)の,上記1つ以上のオリゴペプチドに対する窒
素/リン酸塩比(N/P比)が,0.5~50の範囲内にあって,
上記オリゴペプチドは8~15アミノ酸の長さであり,かつ以下の実験式
(Arg)l;(Lys)m;(His)n;(Orn)o;(Xaa)x(式
I)
によって表され,
上記実験式において,
l+m+n+o+x=8~15であり,かつl,m,n,およびoは,
それぞれ独立して,0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,
12,13,14,および15から選択された任意の数値であり,Arg,
Lys,His,およびOrnの総含有量が,上記オリゴペプチドの全ての
アミノ酸の少なくとも50%に相当するように規定され;
Xaaは,Arg,Lys,His,およびOrn以外の天然アミノ酸ま
たは非天然アミノ酸から選択された任意のアミノ酸であり;さらに
xは,0,1,2,3,4,5,6,7,および8から選択された任意の
数値であり,Xaaの総含有量が,上記オリゴペプチドの全アミノ酸の50
%を超えないように規定され,
上記複合化一本鎖RNAの少なくとも1つのRNA(分子),対,上記1
つ以上のオリゴペプチドのモル比が,1:250以上であり,
腫瘍または癌疾患,循環器病,感染症,(感染性)ウイルス性疾患,自己
免疫疾患,(単)遺伝子疾患,および/またはアレルギーから選択される疾
病の処置および/または予防における治療用複合化RNA。」
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,
①本願補正発明は,本願優先日前に頒布された刊行物である国際公開第20
06/046978号公報(以下「引用例1」という。)に記載された発明
及び本願優先日当時の技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすること
ができたものであり,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立し
て特許を受けることができないものであるから,本件補正は,平成18年法
律第55号による改正前の特許法17条の2第5項において準用する同法
126条5項の規定に違反するので,同法159条1項において読み替えて
準用する同法53条1項の規定により却下すべきものである,②本願発明
は,引用例1に記載された発明及び本願優先日当時の技術常識に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項の
規定により特許を受けることができないものであるから,本願は拒絶される
べきであるというものである。
(2)本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明」とい
う。),本願補正発明と引用発明の一致点及び相違点は,以下のとおりであ
る。
ア引用発明
「Port-3(HIVTat:GRKKRRQRRRPPQ;
SEQIDNO:29)カチオン性ペプチドと緑色蛍光タンパク質を
コードするRNAの非共有結合複合体であって,Portカチオン性ペプ
チドとRNAの複合比は,100:1~1:1の範囲である複合体。」
イ一致点
「1つ以上のオリゴペプチドと複合化された少なくとも1つのRNA
(分子)を包含する複合化一本鎖RNAであって,
上記RNAと上記オリゴペプチドとが,これらの分子の非共有的な相互
作用によって連結しており
上記オリゴペプチドは13アミノ酸の長さであり,かつ以下の実験式
(Arg)l;(Lys)m;(His)n;(Orn)o;(Xaa)x
(式I)によって表され,
上記実験式において,
l+m+n+o+x=13であり,かつlは6,mは2,n,およびo
は0であり,Arg,Lys,His,およびOrnの総含有量が,上記
オリゴペプチドの全てのアミノ酸の少なくとも50%に相当するように規
定され;
Xaaは,Arg,Lys,His,およびOrn以外の天然アミノ酸
または非天然アミノ酸から選択された任意のアミノ酸であり;さらに
xは5であり,Xaaの総含有量が,上記オリゴペプチドの全アミノ酸
の50%を超えないように規定される複合化RNA。」である点。
ウ相違点
(ア)相違点(1)
「複合化一本鎖RNA」が,本願補正発明においては「免疫活性化」と
の性質を有し,「腫瘍または癌疾患,循環器病,感染症,(感染性)ウ
イルス性疾患,自己免疫疾患,(単)遺伝子疾患,および/またはアレ
ルギーから選択される疾病の処置および/または予防における治療用」
に用いるものであることが特定されているのに対し,引用発明において
は,緑色蛍光タンパク質をコードするものである点。
(イ)相違点(2)
複合体の1つのRNA(分子)の,1つ以上のオリゴペプチドに対す
る窒素/リン酸塩比(N/P比)が,本願補正発明においては,0.5
~50の範囲内であるのに対し,引用発明においては,1.14であり,
また,複合体の構成成分の複合比が,本願補正発明においては,「複合
化一本鎖RNAの少なくとも1つのRNA(分子),対,上記1つ以上
のオリゴペプチドのモル比が,1:250以上」であるのに対し,引用
発明においては,100:1~1:1(判決注RNA対オリゴペプチ
ドのモル比という意味では,厳密には1:1~1:100)の範囲であ
る点。
第3当事者の主張
1原告の主張
(1)取消事由1(引用発明の認定の誤り)
本件審決は,引用例1の記載から前記第2の3(2)アの引用発明を認定し
た。
しかしながら,以下のとおり,引用例1の記載から上記の引用発明を認定
することは誤りである。
ア引用例1には,多くの形質転換の方法,治療プロトコル及び一般的な技
術論が記載されているが,これらの記載を裏付ける実験データの記載はな
いから,引用例1の記載は,単に理論上の可能性を示唆するにとどまる。
しかも,引用例1には,イン・ビボ条件における効果の記載もない。
なお,被告の主張するように,核酸とカチオン性ペプチドの複合体を用
いることにより,トランスフェクションをすることは周知であり,GFP
をコードするRNAを対象の細胞に導入することはトランスフェクション
による遺伝子発現を観察するためによく用いられているが,RNAとペプ
チドとの複合体を作製して,その複合体を用いて,対象の細胞を形質転換
するという方法を採用するに当たって,当該RNAをどのようなペプチド
に複合化させても,必ず対象の細胞を形質転換できるわけではない。
したがって,実験的証拠の記載もない引用例1からは,形質転換できる
という効果を奏する複合体が得られることや,仮に複合体が得られたとし
ても,引用例1に記載された性質を示すことは確認できないのであるから,
引用例1には実施可能なものとして完成した発明が記載されているとはい
えない。
イ引用例1には,本件審決で引用発明を認定する基礎となったPort-
3(HIVTat:GRKKRRQRRRPPQ;SEQID
NO:29)カチオン性ペプチド(以下「Port-3カチオン性ペプチ
ド」ということがある。)以外にも多数のペプチドが記載されている上に,
引用例1の実施例1の記載のみを参照しても,Port-3カチオン性ペ
プチド以外に,本願補正発明の構成を有するものではない二つのペプチド
が含まれている。
そうすると,引用例1の記載からPort-3カチオン性ペプチドを選
択することは当業者において容易ではなく,そのような特定は,後知恵に
よってのみ可能なものというべきであるから,引用例1に基づいて引用発
明を認定することはできない。
(2)取消事由2(相違点(1)の容易想到性の判断の誤り)
ア本件審決は,相違点(1)につき,引用発明が細胞性免疫反応を誘導するも
のである一方,本願補正発明が有する性質は「生得の免疫反応を誘引する」
等の限定を付すことなく,単に「免疫活性化」と特定されるものであるか
ら,細胞性免疫反応の誘導をも包含するものであるとの判断を前提に,腫
瘍または癌疾患,感染症治療,(感染性)ウイルス性疾患などの処置,予
防に有用な樹状細胞ワクチンを製造するために,引用発明の緑色蛍光タン
パク質をコードするRNAに代えて,腫瘍細胞や病原体由来のmRNAを
用いて,複合化一本鎖RNAを得ることは当業者が容易に想到することで
あり,このようにして得られた複合化一本鎖RNAは,樹状細胞に細胞性
免疫反応を誘導させる性質,つまり,「免疫活性化」との性質を有するも
のであると判断した。
イしかしながら,本願の特許請求の範囲の請求項1にいう「免疫活性化」
は,免疫反応を活性化する生得(抗原非依存性)の効果を指すために一般
的に広く用いられる語であり,本願発明における「免疫活性化複合化一本
鎖RNA」は,複合化一本鎖RNAがそれ自体で身体に対して非特異的な
免疫活性効果を有するものを意味する。
このことは,本願の明細書(以下,本願の明細書と図面を併せて「本願
明細書」という。)の実施例5及び図7において,ルシフェラーゼをコー
ドするRNAとノナアルギニン((Arg)9)との複合体を,ヒトPB
MCsに触れさせると,TNF-α等のサイトカインの生産及び分泌が生
じているところ,これは,非特異的な免疫応答によるものか,又は,RN
A/ペプチド複合体自体が起因した生得の免疫応答による「免疫活性」の
特徴的な性質であることや,本願明細書の段落【0060】及び実施例5
のとおり,本願補正発明は,RNA/ペプチド複合体自体が,細胞質基質
ではなくエンドソームの内部に存在するTLR受容体と結合することによ
り,特定のサイトカインを分泌することで,生得の免疫反応を引き起こす
ものであることからも明らかである。
ウこれに対し,引用例1には,実施例1に,mRNAがコードするレポー
タータンパク質(緑色蛍光タンパク質)のHeLa細胞への輸送に関する
記載があるにすぎないことからも明らかなように,細胞をトランスフェク
ションするためにカチオン性ペプチドを用いること,及びトランスフェク
トされるmRNAから細胞質基質において翻訳されたタンパク質抗原が抗
原提示細胞上に提示され,これにより免疫反応を引き起こすこと,すなわ
ち従来から知られている抗原特異的な免疫応答が開示されているにとどま
る。
エ以上のとおり,本願補正発明に係る免疫活性化複合化一本鎖RNAと,
引用例1に開示されている複合体とでは,免疫を誘導するための機構が全
く異なるから,当業者が引用例1に基づき本願補正発明の相違点(1)に係る
構成を容易に想到し得たものということはできず,本件審決の判断は誤り
である。
(3)取消事由3(相違点(2)の容易想到性の判断の誤り)
本件審決は,相違点(2)に関し,引用例1の緑色蛍光タンパク質をコードす
るRNAについて,238アミノ酸において1個のアミノ酸につき3個のヌ
クレオチドが対応付けられている配列を開示する甲4を根拠として,「当該
mRNAの残基数が700残基程度であることは本願優先日当時の技術常識
である。」とした上で,カチオン性ペプチドとRNAの複合比が「100:
1」である場合,引用発明のN/P比は1.14(=8×100/700)
となると認定した上で,複合体の効率的な複合体形成や導入のために,「複
合化一本鎖RNAの少なくとも1つのRNA(分子),対,上記1つ以上の
オリゴペプチドのモル比」を最適化し,1:250以上とすることや,複合
体のカチオン性ペプチドの正電荷とRNAの負電荷のバランスに着目して,
複合体の「1つのRNA(分子)の,1つ以上のオリゴペプチドに対する窒
素/リン酸塩比(N/P比)」のようなパラメータを設定,最適化し,これ
を0.5~50の範囲内とすることは当業者が適宜行うことであり,本願明
細書をみても,そのような数値限定をすることの臨界的意義は認められない
旨判断した。
しかしながら,以下のとおり,本件審決の判断は誤りである。
アN/P比について
(ア)N/P比は,ペプチド対RNAのモル比に対応するもので,RNA
のモル量当たりのペプチドの数が掛け合わされた,複合タンパク質の正
の荷電のアミノ酸(N)の数を,負の荷電である当該RNAのモル量当
たりのリン酸(P)部分の数で割ることで定義される数値であり,mR
NAの長さ(リン酸部分の数で示されるヌクレオチドの数)は,RNA
分子によって定義されるN/P比の算出の決め手となることはよく知ら
れている。
この点,引用例1には,緑色蛍光タンパク質をコードするmRNAの
長さについて一切記載がない上に,緑色蛍光タンパク質をコードするm
RNAの長さは,コード領域のヌクレオチドの数に依存するだけでなく,
mRNAの5’非翻訳領域及び3’非翻訳領域の長さにも依存すること
に照らすと,引用発明の緑色蛍光タンパク質をコードするmRNAにつ
いて,甲4を根拠として,引用発明の緑色蛍光タンパク質のmRNAの
塩基数が700塩基程度であることが本願優先日当時の技術常識である
と認定することは誤りである。
そして,引用例1に基づいて導き出せる事項は,せいぜい,引用発明
の緑色蛍光タンパク質をコードするmRNAの長さは,確実に700塩
基より極めて大きいであろうということだけにすぎないから,このよう
な引用例1の開示事項から,本願発明の相違点(2)のN/P比に係る構成
が示唆されることはない。
(イ)本件審決は,本願補正発明のN/P比について臨界的意義が認めら
れない旨判断している。
しかしながら,引用発明では,免疫反応に関して,抗原をコードする
核酸で形質転換された細胞において,コードされた抗原を発現させるこ
とが記載されているのみであるのに対し,本願補正発明は,あらゆる抗
原の発現及び提示を含まない,生得の免疫反応を引き起こすことを課題
として,これを解決するものであり,その効果も開示されている。この
ように,本願補正発明と引用発明とでは,解決しようとする課題が異な
り,得られる効果も異質であるから,引用発明に基づく本願補正発明の
進歩性を判断するに際して,N/P比の値に関する臨界的意義を問題と
する必要はない。
(ウ)被告は,核酸を細胞にトランスフェクションする際,核酸をカチオ
ン性ポリマーとの複合体とすること,及び,そのN/P比については,
本願優先日前にすでに多数の文献(乙5ないし7)に記載されていたほ
か,核酸とカチオン性ペプチドとの複合体のN/P比として,0.5~
50の範囲内の数値である,例えば2~3程度の数値が,トランスフェ
クション効率の点で好ましいことが本願優先日前の周知事項であった
(乙4,8,9)から,引用発明においてトランスフェクション効率を
高めるために,N/P比を最適化し,0.5~50の範囲内の数値とす
ることは,当業者であれば容易になし得ることである旨主張する。
しかしながら,被告が挙げる上記各文献に記載されたヌクレオチドは,
引用発明のものよりも短かったり(乙7),トランスフェクトするヌク
レオチドがRNAでなくDNAであったり(乙4,8,9)するもので,
引用発明の複合体の構成要素とは異なる。そして,トランスフェクショ
ンのしやすさは,N/P比だけでは決定されず,複合体の大きさなど様
々な要素が影響するものであるから,ある複合体についてトランスフェ
クションの効率上好ましいとされるN/P比を,トランスフェクション
の対象が異なる別のものに適用することはできない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
イ複合化一本鎖RNAの少なくとも1つのRNA(分子),対,上記1つ
以上のオリゴペプチドのモル比について,
(ア)引用例1は,ペプチド対RNA複合体の比が100:1~1:1の
範囲にある,つまり,RNA分子1個当たり,最大でもペプチドは10
0個以下であると明確に記載しており,これ以外に数値範囲についての
記載はない。しかも,引用発明における上記数値範囲は,本願補正発明
と異なる引用例1記載の発明の目的である,細胞形質転換及び細胞サイ
トゾル内でのmRNA翻訳(前記⑵ウ)に適合するよう設定されたもの
である。したがって,上記の数値は単なる例示ではなく,引用発明に接
した当業者において,上記の数値を変更することはない。
仮に,引用発明の上記の数値範囲が単なる一例を示したものにすぎな
いとしても,相違点(2)の構成に係るモル比は,引用例1に記載された,
トランスフェクションして生成されるタンパク質抗原による免疫誘導と
いう課題ではなく,引用例1に記載のない,複合体自体がTLRに結合
することによる免疫活性という本願補正発明の課題を検討して初めて想
到し得るものである。そうすると,引用発明に接した当業者において,
引用発明のモル比につき,相違点(2)のモル比に係る構成とする動機付け
がない。
したがって,引用発明から本願補正発明との相違点(2)の構成に係るモ
ル比を想到することはできない。
(イ)前記ア(ア)のとおり,引用例1記載の緑色蛍光タンパク質をコード
するmRNAの長さは明らかではない。もっとも,甲4には,1000
塩基よりわずかに大きい緑色蛍光タンパク質をコードするmRNAの塩
基長の開示があるから,仮に引用例1記載の緑色蛍光タンパク質をコー
ドするmRNAの塩基長としてこれを用いるとしても,引用発明の複合
体のN/P比を本願補正発明でおいて特定された0.5~50の範囲と
するためには,引用発明におけるRNAとPort-3カチオン性ペプ
チドの複合比は,少なくとも1:62.5以上となり,引用発明の同比
1:1~1:100のうち,1:62.5~1:100というわずかな
範囲でしか実現されず,それ以外の範囲では実現されない。
引用発明における緑色蛍光タンパク質をコードするmRNAの長さが
より長ければ,本願補正発明において特定されたN/P比の範囲を満た
すためのRNA1個に対するペプチドのモル比の範囲はさらに狭くな
る。
そうすると,引用発明において,本願補正発明において特定されるよ
うなN/P比の範囲となるようなモル比を選択するための具体的な教示
があるということはできず,そのような選択は後知恵によってのみ可能
というべきであるから,当業者は相違点(2)のモル比に係る構成を容易に
想到し得ない。
(ウ)a引用発明における抗原特異的な免疫反応の活性化の効果を奏する
ためには,RNAを当該RNAがコードしている抗原タンパク質に翻
訳することを可能にするために,複合体が,細胞内で,翻訳機構(リ
ボソーム)の存在する細胞質に輸送される必要がある。しかしながら,
引用発明におけるRNA複合体のように,RNAに対するペプチドの
モル比が250以上(かつ,本願の特許請求の範囲の請求項1に特定
するN/P比)であるようにすると,そのような重い複合体は細胞質
に到達できず,仮にイン・ビトロ等で人工的に細胞質に到達させたと
しても,複合体中のRNAが複合化しているペプチドに「遮蔽」され
てしまい,細胞質内のリボソームがRNAに翻訳可能なように結合で
きず,抗原が全く発現されないことが当業者において知られている。
そうすると,当業者において,引用発明のRNAに対するペプチド
のモル比を250以上(かつ,本願の特許請求の範囲の請求項1に特
定するN/P比)とすることはない。
なお,本願補正発明に係る免疫活性化複合化一本鎖RNAは,非特
異的な(生得の)免疫反応を可能にするために,細胞の細胞質ではな
く,TLR7/8の存在する細胞のエンドソーム区画内に輸送される
必要があるから,そのような効果を奏するために本願補正発明の構成
が採用されているものである。
b被告は,本願明細書の実施例4及び図8において,ルシフェラーゼ
mRNAのノナアルギニン((Arg)9)に媒介されるトランスフェ
クションにおけるルシフェラーゼの発現が示されており,RNAに対
するペプチドのモル比が250以上(かつ,本願の特許請求の範囲の
請求項1に特定するN/P比)であるような重いRNA複合体であっ
ても,細胞質内のリボソームに到達することが示されている旨主張す
る。
確かに,イン・ビトロの実験においては,本願明細書の実施例4及
び図8に示されるような結果となるものの,イン・ビボの条件では,
これと異なり,その理由は不明であるものの,タンパク質は発現しな
いか,弱い発現が確認されるのみであることは,当業者において周知
である(甲10)。そして,実際に問題とすべきは,複合化RNAの
イン・ビボにおける挙動であるから,本願明細書の上記記載は,RN
Aに対するペプチドのモル比が250以上(かつ,本願の特許請求の
範囲の請求項1に特定するN/P比)であるような重いRNA複合体
であっても,リボソームに到達することを示すものとはいえない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
(エ)a本件審決は,モル比を1:250以上とすることにつき,臨界的
意義は認められない旨判断している。
しかしながら,前記ア(イ)と同様の理由により,モル比の点につい
て臨界的意義を問題とすべきでない。
仮に臨界的意義を問題とすべきとしても,本願明細書の図7には,
(Arg)9:Luc-RNAの質量比1:2(RNA分子1個当た
りペプチド192個のモル比に対応する)~10:1(RNA分子1
個当たりペプチド3833.8個のモル比に対応する)の複合体にお
いて,顕著に優れた生得の免疫活性効果を確認できる反面,質量比1
:5(RNA分子1個当たりペプチド76.7個のモル比に対応する),
1:8及び1:10の複合体の場合にはその効果は顕著に低くなるこ
とが示されている。
さらに,本願明細書の実施例8,図10及び図11において,1個
のRNA分子に対してペプチドを250個以上用いるという技術思想
によって,極めて高い免疫活性効果が得られることが裏付けられてい
るほか,実施例11,図21及び図22において,引用例1で開示さ
れた最大値であるRNA1個当たりペプチド100個というモル比で
は,対照系であるw/oRNAと比較して免疫活性効果を一切示して
いない一方,RNA1個当たりのペプチド数を増加させて,500個
から5000個とした場合には,TNFα又はIL-6サイトカイン
のそれぞれの発現によって示される免疫活性効果が大幅に増加するこ
とが示されている。
以上によると,モル比を1:250以上とすることの臨界的意義は
明らかである上に,当該モル比によって得られる効果は引用発明から
予測される範囲を超えた顕著な効果を奏する。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
b被告は,本願補正発明における複合化一本鎖RNAは,その長さや
配列の限定がなく,5~20000という広範囲のヌクレオチドの長
さのものを含む任意のRNAであるから,前記aの本願明細書の記載
によっても,本願補正発明全体が同様の効果を奏するとはいえない旨
主張する。
しかしながら,TLRに結合するという生得の免疫活性の性質は,
RNAの長さに依存するものではなく,本願補正発明の構成に依存す
るものであるから,被告の上記主張は理由がない。そもそも,審査の
過程で述べられなかった理由を進歩性欠如の理由とすることは許容さ
れるべきではない。
また,被告は,本願明細書の実施例8,図10及び11で用いられ
た免疫活性化複合化一本鎖は,本願補正発明の構成とは異なるもので
あるから,これらを根拠に本願補正発明の効果を主張することはでき
ない旨主張する。
しかしながら,原告の本願明細書の実施例8,図10及び図11に
基づく主張は,ペプチドと複合した一本鎖RNAによって,抗原の発
現を求めずに優れた生得の免疫活性を得るという課題について検討し
たからこそ,ペプチド:モル比が1:250以上という構成に想到し
たことを説明するためのものにすぎないから,被告の上記主張はその
前提を欠くものである。
2被告の主張
(1)取消事由1に対し
ア原告は,引用例1には,多くの形質転換の方法,治療プロトコル及び一
般的な技術論が記載されているが,これらの記載を裏付ける実験データの
記載はなく,したがって,引用例1の記載は,単に理論上の可能性を示唆
するにとどまるのであって,引用例1からは,形質転換できるという効果
を奏する複合体が得られることや,仮に複合体が得られたとしても,引用
例1に記載された性質を示すことは確認できないから,実施可能なものと
して完成した発明が記載されているとはいえない旨主張する。
しかしながら,本件審決は,引用例1の請求項29(甲3の31頁,甲
3の訳文である乙1の27頁)及び実施例1(甲3の27頁15行~28
頁2行,甲3の訳文である乙1の26~27頁)に基づいて,「Port
-3(HIVTat:GRKKRRQRRRPPQ;SEQI
DNO:29)カチオン性ペプチドと緑色蛍光タンパク質をコードする
RNAの非共有結合複合体であって,Portカチオン性ペプチドとRN
Aの複合比は,100:1~1:1の範囲である複合体。」という物質を
「引用発明」として認定したものである
そして,引用例1には,本願優先日前の技術常識に照らして,本件審決
が引用発明として認定した複合体が製造できるように記載されており,引
用発明は,仮定ではなく実態ある物として把握できる。
また,核酸とカチオン性ペプチドの複合体を用いることにより,トラン
スフェクションできることは周知技術であり(乙4,8,9),しかも,
引用例1の実施例で用いられている緑色蛍光タンパク質(GFP)は,ト
ランスフェクションによる遺伝子発現を観察するためによく用いられるレ
ポータータンパク質であるから,たとえ引用例1に実験的証拠がないとし
ても,当業者は,引用例1の複合体が形質転換可能なものであることは,
十分に理解できる。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
イ原告は,引用例1の記載から配列番号29のペプチドを選択することは
困難というほかないから,これに基づいて引用発明を認定することはでき
ない旨主張する。
しかしながら,進歩性の判断は,従来技術における本願発明に最も近似
する発明(主たる引用発明)から出発して,これに主たる引用発明以外の
引用発明及び技術常識等を総合的に考慮して,当業者において,当該発明
における,主たる引用発明と相違する構成に到達することが容易であった
か否かによって判断するのが客観的かつ合理的な手法とされているとこ
ろ,本件審決は,進歩性判断の出発点となる引用発明として,「Port
-3(HIVTat:GRKKRRQRRRPPQ;SEQI
DNO:29)カチオン性ペプチドと緑色蛍光タンパク質をコードする
RNAの非共有結合複合体であって,Portカチオン性ペプチドとRN
Aの複合比は,100:1~1:1の範囲である複合体」という,本願補
正発明に最も近似する発明を認定したものである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(2)取消事由2に対し
原告は,「免疫活性化」は,免疫反応を活性化する生得(抗原非依存性)
の効果を指すために一般的に広く用いられる語であり,本願発明における「免
疫活性化複合化一本鎖RNA」は,複合化一本鎖RNAがそれ自体で身体に
対して非特異的な免疫活性効果を有するものであるのに対し,引用例1には,
細胞をトランスフェクションするためにカチオン性ペプチドを用いること,
及びトランスフェクトされるRNA又はmRNAから細胞質基質において翻
訳されたタンパク質抗原が抗原提示細胞上に提示され,これにより免疫反応
を引き起こすこと,すなわち従来から知られている抗原特異的な免疫応答が
開示されているにとどまるから,本願補正発明に係る免疫活性化複合化一本
鎖RNAと,引用例1に開示されている複合体とでは,免疫を誘導するため
の機構が全く異なり,当業者が引用例1に基づき本願補正発明の相違点(1)に
係る構成を容易に想到し得たものということはできない旨主張する。
しかしながら,本願の特許請求の範囲の請求項1には,「免疫活性化」を
「非特異的免疫応答(抗原非依存性)」の誘導のみに限定する記載は存在し
ない。
また,「免疫活性化」という用語は,「免疫反応を活性化する」ことを意
味し,ここで「免疫反応」とは,「免疫現象に関係のある物質や細胞の生体
内および生体外での反応の総体.免疫応答,抗原と抗体や補体との反応,免
疫応答によって生じた機能細胞と抗原との反応など.」(乙3)を意味する
から,「免疫活性化」という用語は,細胞に形質転換で導入された核酸にコ
ードされた抗原が発現することにより誘発されるもの,つまり,「抗原特異
的免疫応答」の活性化も含むものであるとするのが通常の解釈である。
さらに,本願の特許請求の範囲の請求項10の記載に照らすと,本願補正
発明の複合化一本鎖RNAのRNAは,腫瘍抗原をコードするmRNAなど
を包含し,本願補正発明の「免疫活性化」が,「抗原特異的免疫応答」によ
る「免疫活性化」を包含することは明らかである。
加えて,本願明細書段落【0092】,【0176】及び【0192】の
記載に照らしても,本願補正発明の複合化一本鎖RNAは,「抗原特異的免
疫応答」の活性化にも使用し得ることが明らかである。
なお,原告は,「免疫活性化」という表現は,免疫反応を活性化する,生
得(抗原非依存性)の効果を指すために一般的に広く使用される旨主張する
が,その根拠は何ら示されていない。
したがって,原告の本願発明の免疫活性化複合化一本鎖RNAと引用発明
の複合体とでは,免疫系の根本的な免疫学的作用機序の観点から全く異なる
との主張は理由がなく,この主張を前提とする,引用例1から相違点(1)に係
る構成を容易に想到することはできないとの主張も理由がない。
(3)取消事由3に対し
アN/P比について
(ア)原告は,引用発明の緑色蛍光タンパク質のmRNAの塩基数が70
0塩基程度であることが本願優先日当時の技術常識であるとの本件審決
の認定は誤りであり,引用例1に基づいて導き出せる事項は,せいぜい,
引用発明の緑色蛍光タンパク質のmRNAの長さは,確実に700塩基
より極めて大きいであろうということだけにすぎないから,このように
緑色蛍光タンパク質をコードするmRNAの長さを特定する記載すらな
い引用例1の開示事項から,本願発明の相違点(2)のN/P比に係る構成
が示唆されることはない旨主張する。
しかしながら,本件審決は,引用発明の複合体のN/P比を最適化し,
0.5~50の範囲内とすることは当業者が適宜行うことであるとの判
断をしているから,原告が誤りであると主張する点は本件審決の結論に
は影響しない。
また,核酸を細胞にトランスフェクションする際,核酸をカチオン性
ポリマーとの複合体とすること,及び,そのN/P比については,本願
優先日前にすでに多数の文献(乙5ないし7)に記載されていたほか,
核酸とカチオン性ペプチドとの複合体のN/P比として,0.5~50
の範囲内の数値である,例えば2~3程度の数値が,トランスフェクシ
ョン効率の点で好ましいことが本願優先日前の周知事項であった(乙4,
8,9)。上記のような周知事項を考慮すれば,引用発明の複合体にお
いて,緑色蛍光タンパク質をコードするRNAに代えて,腫瘍細胞や病
原体由来のmRNAを用いる際においても,トランスフェクション効率
を高めるために,N/P比を最適化し,0.5~50の範囲内の数値と
することは,当業者であれば容易になし得ることである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(イ)原告は,引用発明と本願補正発明とでは,解決しようとする課題が
異なり,得られる効果も異質であることを理由として,引用発明に基づ
く本願補正発明の進歩性を判断するに際して,臨界的意義は不要である
と主張するが,前記(2)と同様の理由により,原告の上記主張はその前提
を欠き理由がない。
イモル比について
(ア)原告は,引用例1において,ペプチド:RNA複合体比が100:
1~1:1の範囲にあることを明確に記載しているから,引用発明の複
合体のRNA:ペプチドのモル比を1:250以上とすることは容易で
はない旨主張する。
しかしながら,引用例1(甲3の24頁1~5行,甲3の訳文である
乙1の23頁14~20行)には,「RNAの長さ,配列,及び,それ
らの濃度がカチオン性ペプチドとRNAの比を決定するための関連要因
である。効率的な複合体形成や導入のために比や濃度を最適化すること
は当業者にとって容易である。」という記載に続けて,「好ましい比は,
RNA分子に対してカチオン性ペプチドが1-100」と記載している
ことから,当業者であれば,複合体のRNA:ペプチドのモル比を決定
するにあたり,より優先されるべき事項は効率的な複合体形成や導入の
ための最適化であり,「RNA分子に対してカチオン性ペプチドが1-
100」は単なる一例として記載されており,この範囲に限定されない
と理解する。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(イ)原告は,引用例1は本願発明のN/P比の範囲に入るようなモル比
を選択するための具体的な教示をしていない旨主張する。
しかしながら,特定のカチオン性ペプチドと特定の核酸の複合体にお
いて,N/P比は,複合体を構成するカチオン性ペプチドと核酸との分
子数の比,つまり両者のモル比に比例することになる。したがって,N
/P比を最適化しようと思えば,必然的にモル比も最適化されることに
なる(なお,原告も平成27年5月22日付け原告第2準備書面第2(2)
において,N/P比がペプチド対RNAのモル比に関連することを認め
ている。)。
したがって,引用発明におけるPort-3カチオン性ペプチドと緑
色蛍光タンパク質をコードするRNAの非共有結合複合体において,緑
色蛍光タンパク質をコードするRNAに代えて,腫瘍細胞や病原体由来
の特定のmRNAを用いる際,前記ア(ア)のとおり,トランスフェクシ
ョン効率を高めるためにN/P比を最適化することが当業者であれば容
易になし得ることである以上,それに伴って必然的に行われるペプチド
対RNAのモル比の最適化も容易というべきである。
そして,核酸とカチオン性ペプチドとの複合体のN/P比として,例
えば2~3程度の数値が,トランスフェクション効率の点で好ましいこ
とが本願優先日前の周知事項であったところ,引用発明のPort-3
カチオン性ペプチドは,塩基性アミノ酸を8個含むためカチオン性ペプ
チド1分子当たりの塩基性アミノ酸の側鎖のNの数は8個であることが
特定される。そして,引用発明の複合体において,緑色蛍光タンパク質
に代えて,引用例1に示された腫瘍抗原の代表的なもの,例えば,メラ
ノーマ細胞由来の抗原であるgp100,MART-1や,乳癌細胞由
来の抗原であるMUC-1などのmRNAに相補的なcDNAは,いず
れも1000塩基以上であるから,これらのRNAも1000塩基以上
となる(乙10ないし12)。そこで,引用発明の複合体において,緑
色蛍光タンパク質に代えて,引用例1に示された腫瘍抗原の代表的なも
ののmRNAを用いる際,N/P比を2~3程度に最適化しようとすれ
ば,RNA:ペプチドのモル比は1:250以上に最適化される。
また,当業者であれば,核酸1分子当たりのリン酸基のPの数が大き
くなるほど,つまりはRNAの長さが長くなるほど,RNAに対するペ
プチドのモル比も比例して大きくなることが理解できるところ,前記(ア
)のとおり,当業者ならば,引用発明において複合体のRNA:ペプチド
のモル比を決定するにあたり,より優先されるべき事項は効率的な複合
体形成や導入であると理解するはずであるから,例えば,RNAの長さ
が1000以上と長い場合には,「RNA分子に対してカチオン性ペプ
チドが1-100」との単なる一例の記載に拘泥することなく,RNA
に対するペプチドのモル比を上記のとおり,1:250以上に最適化す
ることに困難性はない。
(ウ)原告は,RNAに対するペプチドのモル比が250以上(かつ,本
願の特許請求の範囲の請求項1に特定するN/P比)である重いRNA
複合体は,コードされた抗原を発現するためのRNAを翻訳するリボソ
ームに到達できないことは技術常識であるから,当業者は,引用発明に
おいて,RNAに対するペプチドのモル比を250以上(かつ,本願の
特許請求の範囲の請求項1に特定するN/P比)とはしない旨主張する。
しかしながら,重い複合体であってもリボソームに到達することは,
従来から知られており(乙4,8,9),複合体が重いからといって,
リボソームに到達できないとはいえないし,そもそも,原告が主張する
ような技術常識は存在せず,現に,原告は,この点を裏付ける根拠を何
ら示していない。
また,本願明細書の実施例4及び図8において,ルシフェラーゼmR
NAのノナアルギニン((Arg)9)に媒介されるトランスフェクショ
ンにおけるルシフェラーゼの発現が示されており,RNAに対するペプ
チドのモル比が250以上(かつ,本願の特許請求の範囲の請求項1に
特定するN/P比)であるような重いRNA複合体であっても,リボソ
ームに到達することは,本願明細書自体に示されている。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(エ)原告は,本願明細書の図7,実施例8,図10,図11,実施例1
1,図21及び図22を根拠として,複合体のRNA:ペプチドのモル
比を1:250以上とすることは,非特異的免疫応答(抗原非依存性)
の誘導という点において,臨界的意義を有する旨主張する。
しかしながら,本願補正発明における一本鎖RNAは,本願の特許請
求の範囲の請求項1において長さや配列が限定されておらず,本願明細
書の段落【0047】,【0048】に記載されているように,5~2
0000という広範囲のヌクレオチドの長さのものを含む任意のRNA
であるから,本願明細書の図7,21,22に,ある特定の複合体のR
NA:ペプチドのモル比を1:250以上とすることで原告が主張する
ような効果があることの記載があるからといって,本願発明全体が上記
と同様な効果を奏することが示されているとはいえない。また,RNA
の長さは,RNAに対するペプチドのモル比に大きく影響を与えるもの
であるから,このようなRNAの長さが特定されない本願補正発明にお
いて,「RNAに対するペプチドのモル比が,1:250以上」との発
明特定事項には,技術的意義は認められない。
なお,本願明細書の実施例8,図10及び11で用いられた免疫活性
化複合化一本鎖RNAは,本願補正発明の構成とは異なるものであるか
ら,これらを根拠に本願補正発明の効果を主張することはできない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
第4当裁判所の判断
1本願補正発明について
(1)本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1の記載は前記第2の2(2)
であるところ,本願明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,概ね以下の記
載がある(下記記載中に引用する図面のうち,図7,8,10,11,21,
22については別紙明細書図面を参照)。
ア【0001】
本発明は,8~15アミノ酸の長さであり,かつ式(Arg)l(Ly
s)m(His)n(Orn)o(Xaa)xによって表わされる1つ以上の
オリゴペプチドと複合体を形成するRNA(分子)を少なくとも1つ含む
複合化RNAに関する。さらに,本発明は,上記本発明の複合化RNAを
利用することによって,細胞または生体をトランスフェクトする方法に関
する。また,本発明の開示内容には,上記本発明の複合化RNAを包含す
る薬学的組成物およびキット,ならびに,細胞,組織または生体をトラン
スフェクトするための上記本発明の複合化RNAの使用,および/または
免疫反応を調節,好ましくは免疫反応を誘引または亢進するための上記本
発明の複合化RNAの使用を含む。
【0002】
遺伝子を導入する方法によって患者の細胞または組織に核酸をトランス
フェトすることは,分子医学の主要な方法であって,多数の疾病の治療お
よび予防において重要な役割を果たす。核酸のトランスフェクト方法が,
組織または生体の免疫刺激を起こすことがある。あるいは,もしくは,さ
らに,核酸のトランスフェクションに続いて,導入された核酸によりコー
ドされる情報のプロセッシング,つまり所望のポリペプチドまたはタンパ
ク質への翻訳が起こることがある。核酸としてのDNAまたはRNAは,
遺伝子治療に代わるアプローチとなる。核酸のトランスフェクションによ
り,トランスフェクトされた核酸のタイプに依存して,調節,例えば遺伝
子発現の抑制または促進が起こることもある。これらの核酸のトランスフ
ェクションは,通常,遺伝子を導入する方法を使って実施される。
【0008】
タンパク質形質導入ドメイン(PTD)は,細胞膜を貫通する能力を有
し,それゆえに(マクロ)分子の細胞内への輸送を実現するので,「細胞
貫通ペプチド」(…;CPP)とも呼ばれることがある。CPPは低分子
ペプチドであって,通常塩基性アミノ酸の含有量が多く,7~30個のア
ミノ酸の長さを有する。CPPを介して細胞内へ輸送される上述のマクロ
分子としては,DNA,siRNA,またはPNA(ペプチド核酸)およ
びペプチドがあげられ,上記CPPは通常共有結合を介してこれらのマク
ロ分子に結合しており,細胞にトランスフェクトされる。細胞貫通ペプチ
ド(CPP)は,薬理学的な関心の高い多様な分子の細胞内輸送を,in
vitroおよびinvivo双方で媒介するために使用され,成果を
おさめている。ただし,細胞への取り込みが生じるメカニズムは依然不明
である。CPP類は多種多様であり…またはカチオン性かつ親水性のアル
ギニンリッチ・ペプチド類などからなる。…CPP類が細胞内へ取り込ま
れる一般的なメカニズムは不明なままであるが,ポリアルギニンの場合の
取り込みメカニズムとしてエンドサイトーシスが提案されている。エンド
サイトーシスとは,マクロ分子が細胞膜を通過せずに細胞に入る細胞プロ
セスであり,…。いかなる理論に縛られるわけではないが,エンドサイト
ーシス中,CPPによって複合化されたマクロ分子は,まず,ヘパラン(H
S)を含めた,負に帯電した細胞表面のグリコサミノグリカン(glyc
osaminoglycan;GAG)に結合する。そして,…エンドサ
イトーシスによって,例えば細胞外で細胞膜を上記CPP結合マクロ分子
を包むように折り畳むことによって,上記CPP結合マクロ分子が細胞内
に入る。この結果,CPP結合マクロ分子が中に組み込れた袋状の小胞が
形成される。後期エンドゾームおよび/またはゴルジ体および/または小
胞体(ER)を介するCPP結合マクロ分子の輸送によって,CPP結合
マクロ分子が細胞質内へ運搬される。この段階で,CPPが誘引した一過
的な孔が脂質二重層に開くことがある。あるいは,CPPによって複合化
されたマクロ分子が細胞内の他の場所へ,例えば特定の目的に要求される
作用様式によっては,エンドゾーム内へ輸送されることもある。一例とし
てTLR-7受容体およびTLR-8受容体はエンドゾーム中に位置して
いる。したがって,免疫活性化RNAを細胞にトランスフェクトするとエ
ンドゾームへ輸送され,例えば(具体的な相互作用およびその相互作用の
パートナーによっては)下記のRNAリガンドによって免疫活性化される。
なお,上記免疫活性化RNAは,例えば,TLR1からTLR13(トー
ル様受容体:TLR1,TLR2,TLR3,TLR4,TLR5,TL
R6,TLR7,TLR8,TLR9,TLR10,TLR11,TLR
12,またはTLR13)のリガンドから選択されたToll(トール)
様受容体(Toll-likereceptor;TLR)のリガンド
である。
【0009】
上記において定義された細胞貫通ペプチド(CPP)は当該技術分野に
おいて周知であり,広く議論されている。ただし,ペプチド,タンパク質,
およびDNAを積荷として輸送するために,これらのCPPを(キャリア
として)使用することは確立されており,上記CPPは通常共有結合で積
荷分子に連結されている。一方,CPPを使った細胞内部へのRNA輸送
は,非常に限られた事例数しか報告されておらず,特に低分子RNA配列,
例えば二本鎖siRNA配列に限定されている。
【0017】
さらに,細胞へのトランスフェクションは,CPPをRNAと組み合わ
せて使用することによって実施してもよい。ただし,RNAの細胞への輸
送については,実施例がほんのわずかな件数しか実施されていない。その
原因は,RNAの劣化が速いことと,複合体の安定性が低いことにあると
考えられる。したがって,CPPを使ったRNAのトランスフェクション
は,比較的安定している二本鎖RNA,例えばsiRNAに限定されるよ
うである。一例をあげると,Toengesetal.(RNA(2
006),12:1431~1438)は,siRNAと複合体を形成
するステアリル化された8-アルギニン(Arg)8を,低分子二本鎖s
iRNAを海馬の神経細胞へinvitro導入するために使用した。
Toengesetal.(2006,前掲)の結果によれば,si
RNAの輸送またはその他のRNA分子の輸送には,キャリアペプチドの
ステアリル成分が必須であるように思われる。
【0019】
以上を要約すれば,マクロ分子を細胞内へ輸送することを目的としたC
PPまたはその他のキャリアペプチドの使用に関する基本的な事項を,ペ
プチドおよびDNA分子の場合について示した。二本鎖siRNAの細胞
貫通特性を開示した具体的な報告はほとんどない。
【0020】
RNA導入は現代の分子医学では重要な道具である。また,DNA分子
は重大な問題を起こす可能性があるので,DNA細胞トランスフェクショ
ンと比較して優れた性質を示す。例えば,DNA分子を適用すると,その
DNAが宿主ゲノムに組み込まれる危険性がある。…逆に,これらの危険
性は,DNAの替わりにRNA,特にmRNAを使用すれば発生しない。
例えば,mRNAは宿主ゲノムに組み込まれない。また,転写の実行には
プロモーターなどのウイルス性配列が一切不要である。RNAの使用によ
って生じる欠点があるとすれば,DNAに比較して不安定であることがそ
の原因となるかもしれない…。
イ【0021】
RNA分子自身は,上述のようにDNAに比べて有利な特性を有するの
で,本発明の目的は,細胞内へのRNA輸送に適しており,かつ効率的な
キャリアを提供することである。したがって,本発明は,効率的な細胞内
へのRNAトランスフェクションを可能にする溶液を提供する。
【0023】
本発明の文脈において,複合化RNAとは,本発明において定義するよ
うに,実験式(Arg)l;(Lys)m;(His)n;(Orn)o;(X
aa)xによって表わされる1つ以上のオリゴペプチドでもって,RNA
とオリゴペプチドとの間で非共有的複合体を形成することによって複合化
された,RNA(分子),好ましくはmRNAであると理解すべきである。
ここで,“非共有的”とは,RNAとオリゴペプチドとが,これらの分子
の非共有的な相互作用によって可逆的に連結しており,上記分子は共有結
合以外の任意のタイプの電子相互作用によって,例えばファンデルワール
ス結合(つまり,上記複合化分子の不特定な引力から発生する弱い静電性
の引きつけあい)によって,互いに連結していることを意味している。R
NAと少なくとも1つのオリゴペプチドとの連結は,複合体の解離平衡状
態にある。細胞内については,理論に縛られるわけではないが,RNAと
オリゴペプチドとが解離した状態の方で平衡であるように思われる。
ウ【0037】
別の好適な実施形態によれば,本発明の複合化RNAのオリゴペプチ
ドは,上述の実験式(Arg)l;(Lys)m;(His)n;(Orn)
o;(Xaa)xによって表わされ,一般式Arg9(R9とも称される),
Arg9His3(R9H3とも称される),His3Arg9His3(H
3R9H3とも称される),TyrSerSerArg9SerSerT
yr(YSSR9SSYとも称される),His3Arg9SerSerT
yr(H3R9SSYとも称される),(ArgLysHis)4((R
KH)4とも称される),Tyr(ArgLysHis)2Arg(Y(R
KH)2Rとも称される)からなる小群より選択される。一層好ましくは,
これらの一般式は以下のように定義される。すなわち,
Arg9:Arg-Arg-Arg-Arg-Arg-Arg-Arg-
Arg-Arg(配列番号2)
Arg9His3:Arg-Arg-Arg-Arg-Arg-Arg-A
rg-Arg-Arg-His-His-His(配列番号39)…
エ【0047】
本発明の複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分子)は,(好まし
くは,本発明に係る複合化RNAとして適用されるRNAのタイプに依存
して)任意の長さを有していてもよい。上記少なくとも1つのRNA(分
子)は,トランスフェクトされるRNAのタイプに応じて,5~2000
0ヌクレオチドの長さ,さらに好ましくは5~10000ヌクレオチドの
長さ,または300~10000ヌクレオチドの長さ,一層好ましくは5
~5000ヌクレオチドの長さ,最も好ましくは20~5000ヌクレオ
チドの長さ,50~5000ヌクレオチドの長さ,100~5000ヌク
レオチドの長さ,または300~10000ヌクレオチドの長さであって
もよいが,これに限定されるものではない(下記の開示を参照)。
【0048】
本発明の複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分子)は,任意のR
NAであってもよく,好ましくは,低分子RNAオリゴヌクレオチド(好
適な長さは5~80,さらに好ましくは20~80ヌクレオチド),コー
ディングRNA,免疫活性化RNA,siRNA,アンチセンスRNA,
またはリボスイッチ,リボザイム,またはアプタマーである。ただしこれ
に限定されるものではない。さらに,本発明の複合化RNAの少なくとも
1つのRNA(分子)は,一本鎖RNAまたは二本鎖RNA(後者は2本
の一本鎖RNA(複数分子)が非共有的に連結しているのであるから,一
種のRNA(単一分子)であるともみなすことができる)であってもよい
し,あるいは,部分的な二本鎖RNA(これは通常,長めの一本鎖RNA
分子と比較的低分子の一本鎖RNA分子とによって形成されるか,あるい
は,長さがほぼ等しく,一方の一本鎖RNA分子がもう一方の一本鎖RN
A分子に対して部分的に相補的であり,それゆえ両者がこの領域において
二本鎖RNA分子を形成する2本の一本鎖RNA分子によって形成され
る)であってもよい。好ましくは,本発明の複合化RNAの少なくとも1
つのRNA(分子)は,一本鎖RNAである。本発明の複合化RNAの少
なくとも1つのRNA(分子)は,さらに,環状RNAまたは直鎖RNA
であってもよく,好ましくは直鎖RNAである。さらに好ましくは,本発
明の複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分子)は,(直鎖)一本鎖
RNAである。本発明の複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分子)
は,リボゾームRNA(rRNA),トランスファーRNA(tRNA),
メッセンジャーRNA(mRNA),またはウイルスRNA(vRNA),
好ましくはmRNAである。本発明では,これらのRNAのどれが細胞に
トランスフェクトされてもよい。本発明において,mRNAは通常いくつ
かの構造的要素からなるRNAであり,例えば,必要に応じて5’-UT
R領域が存在し,この上流にリボゾーム結合部位が配置され,さらにコー
ド領域と,必要に応じて3’-UTR領域とが続き,さらにポリA尾部(お
よび/またはポリC尾部)が続く。mRNAは,モノシストロン性RNA,
ジシストロン性RNA,さらに多シストロン性RNAとして,つまり,1
つ,2つ,またはそれ以上の個数のタンパク質のコード配列を担持するR
NAとして発生してもよい。ジシストロン性mRNAまたは多シストロン
性mRNA中のこのようなコード配列は,例えばここで定義されるように,
少なくとも1つのIRES配列によって離間している。
【0049】
低分子RNAオリゴヌクレオチド
第1の実施形態において,本発明の複合化RNAの少なくとも1つのR
NA(分子)は低分子RNAオリゴヌクレオチドであってもよい。本発明
において,低分子RNAオリゴヌクレオチドは,上記において定義された
任意のRNAを備えていてもよい。上記低分子RNAオリゴヌクレオチド
は,好ましくは一本鎖または二本鎖RNAオリゴヌクレオチドであり,さ
らに好ましくは一本鎖RNAオリゴヌクレオチドである。上記低分子RN
Aオリゴヌクレオチドは,一層好ましくは,直鎖一本鎖RNAオリゴヌク
レオチドである。
【0050】
好ましくは,ここで使用される上記低分子RNAオリゴヌクレオチドは,
一般にRNA分子に対して上記において定義された長さを有し,さらに好
ましくは,5~100,5~50,または5,30ヌクレオチドの長さ,
あるいは,20~100,20~80,一層好ましくは20,60ヌクレ
オチドの長さである。低分子RNAオリゴヌクレオチドは,各種目的のた
めに,例えば,(非特異的)免疫活性化,遺伝子の転写/翻訳の低減/抑
制のために使用されてもよい。
【0051】
コーディングRNA
第2の実施形態において,本発明の複合化RNAの少なくとも1つのR
NA(分子)は,コーディングRNAであってもよい。本発明の複合化R
NAのコーディングRNAは,上記において定義された任意のRNAであ
ってもよい。上記コーディングRNAは,好ましくは一本鎖RNAまたは
二本鎖RNAであり,さらに好ましくは一本鎖RNA,および/または環
状RNAまたは直鎖RNA,さらに好ましくは直鎖RNAである。上記コ
ーディングRNAは,一層好ましくは(直鎖)一本鎖RNAである。上記
コーディングRNAは,最も好ましくは((直鎖)一本鎖)メッセンジャ
ーRNA(mRNA)である。
【0052】
上記コーディングRNAは,さらに,タンパク質またはペプチドをコー
ドしていてもよい。ただし,上記タンパク質またはペプチドは,例えば,
治療上有効なタンパク質またはペプチド,腫瘍抗原,抗体,免疫活性化タ
ンパク質またはペプチドなどから選択されたもの,もしくは特定の(治療
目的の)用途に適した任意の他のタンパク質またはペプチドから選択され
たものであって,タンパク質をコードする上記少なくとも1つのRNA(分
子)が細胞,組織,または生体に輸送され,それに続いてこの細胞,組織,
または生体中でタンパク質が発現するものである(ただしこれに限定され
るものではない)。
オ【0057】
本発明において定義される複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分
子)によってコードされた治療上有効なタンパク質は,さらに,中心的な
役割を果たす細胞内プロセス(例えばアポトーシス,細胞成長など)に対
して,特に生体の免疫系に関連して影響を与え得るシグナル伝達の調節(抑
制または活性化)などを通じて各種細胞内経路を調節する,タンパク質か
ら選択されてもよい。これにより,例えばサイトカイン,リンフォカイン,
モノカイン,インターフェロンなどの免疫調節物質が,本発明において定
義される複合化RNAによって効率よく発現する。…
【0058】
また,本発明において定義される複合化RNAの少なくとも1つのRN
A(分子)によってコードされた治療上有効なタンパク質は,さらに,抗
原特異的T細胞受容体をコードしていてもよい。T細胞受容体,すなわち
TCR(Tcellreceptor)とは,一般に,主要組織適合
性複合体(majorhistocompatibilitycom
plex;MHC)分子に結合した抗原を認識する役目を担う,Tリンパ
球(またはT細胞)の表面上で見られる分子である。T細胞受容体は,T
細胞の95%においてはα鎖およびβ鎖からなるヘテロ二量体であり,一
方,T細胞の5%はγ鎖およびδ鎖からなるTCRを有する。TCRが抗
原およびMHCと結合すると,関連する酵素,共受容体,および固有アク
セサリー分子によって媒介される一連の生化学的現象を介して,該TCR
のTリンパ球が賦活化される。したがって,これらのタンパク質は,特定
の抗原を特異的に標的とすることを可能にし,その標的指向性によって免
疫系の機能性を支援する。したがって,これらの受容体をコードしている,
本発明において定義される複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分子)
を投与することによって,invivoで細胞にトランスフェクトする
手法,または,好ましくは,exvivoで細胞にトランスフェクトす
る(例えば,ある免疫細胞を特異的にトランスフェクトする)手法の採用
を検討する。導入されたT細胞受容体分子はMHC分子上の特定の抗原を
認識し,これにより攻撃すべき抗原に対する免疫系の認識を支援する。
【0059】
本発明において定義される複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分
子)によってコードされた治療上有効なタンパク質は,さらに,アジュバ
ントタンパク質を含んでいてもよい。この文脈において,アジュバントタ
ンパク質は,好ましくは,本発明において定義される生来の免疫反応を誘
発できる任意のタンパク質であると理解すべきである。好ましくは,この
生来の免疫反応には,パターン認識受容体の賦活化が含まれ,パターン認
識受容体としては,例えば,ヒトのトール様受容体TLR1~TLR10
またはマウスのトール様受容体TLR1~TLR13から選択されたトー
ル様受容体を含む,トール様受容体(Toll-likerecept
or;TLR)ファミリーから選択された受容体があげられる。好ましく
は,生来の免疫反応が哺乳類において,さらに好ましくはヒトにおいて誘
発される。好ましくは,上記アジュバントタンパク質は,ヒトアジュバン
トタンパク質または病原性アジュバントタンパク質,特に細菌性アジュバ
ントタンパク質から選択される。さらに,アジュバント効果に関与するヒ
トタンパク質をコードするmRNAが共に使用されてもよい。
【0060】
ヒトアジュバントタンパク質は,本発明において定義される複合化RN
Aの少なくとも1つのRNA(分子)によってコードされていてもよく,
通常,生来の免疫反応,例えば,外因性TLRリガンドがTLRに結合す
る反応を(哺乳類において)誘発できる任意のヒトタンパク質を含む。さ
らに好ましくは,本発明の複合化RNAによってコードされたヒトアジュ
バントタンパク質は,以下に列挙するものからなる群より選択される(た
だしこれに限定されるものではない)。すなわち,IL-2,IL-12,
IL-15,IL-18,IL-21CCL21,GM-CSF,および
TNFαを含む,生来の免疫反応を誘引または亢進するサイトカイン;I
L-1,IL-6,IL-8,IL-12,およびTNFαを含む,マク
ロファージから放出されるサイトカイン;C1q…を含む補体系の成分;
TLRおよびIL-1R1を含む,上記パターン認識受容体のシグナル伝
達ネットワークの成分であるタンパク質…;IL-1RI,TLR1,T
LR2,TLR3,TLR4,TLR5,TLR6,TLR7,TLR8,
TLR9,TLR10,およびTLR11を含む受容体;…である。
【0061】
病原性アジュバントタンパク質は,本発明において定義される複合化R
NAの少なくとも1つのRNA(分子)によってコードされていてもよく,
通常,生来の免疫反応を(哺乳類において)誘発することが可能な任意の
病原性(アジュバント)タンパク質を含む。さらに好ましくは,上記病原
性アジュバントタンパク質は,細菌,原虫,ウイルス,または菌類,動物
などに由来する病原性(アジュバント)タンパク質から選択され,一層好
ましくは,細菌性タンパク質,原虫タンパク質(例えば,トキソプラズマ
原虫のプロフィリン様タンパク質),ウイルス性タンパク質,または真菌
タンパク質,動物タンパク質などからなる群(ただしこれに限定されるも
のではない)より選択される病原性アジュバントタンパク質から選択され
る。
カ【0070】
他の構成としては,本発明の複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分
子)は,抗原をコードしていてもよい。本発明では「抗原」という用語は,
免疫系によって認識され,例えば抗体を形成することによって抗原特異的
な免疫応答を誘発できる物質を指す。抗原はその起源によって分類できる。
この分類によれば,抗原には,外因性抗原と内因性抗原の2つの主なクラ
スがある。外因性抗原は,例えば,吸入,摂取,または注射などによって
(細胞または身体の)外部から細胞または身体に入る抗原である。これら
の抗原は,抗原提示細胞(antigen-presentingc
ell;“APC”,例えば樹状細胞またはマクロファージ)によって内
在化され,処理されて断片を形成する。そしてAPCは,その表面上にお
いてMHCII分子を使用することによって,ヘルパーT細胞(例えば
CD4+
)に断片を提示する。これらの抗原断片がT細胞によって認識さ
れると,T細胞が活性化され,サイトカインが分泌される。サイトカイン
とは,免疫細胞,例えば細胞傷害性T細胞,B細胞,またはマクロファー
ジの増殖を賦活する物質である。一方,内因性抗原とは,例えば正常な細
胞の代謝の結果として細胞内部で生成された抗原である。これらの抗原の
断片がAPCの表面上のMHCI分子に提示される。これらの抗原は,
賦活化された抗原特異的な細胞傷害性CD8+
T細胞によって認識され
る。認識後,上記T細胞は,抗原提示細胞の溶解またはアポトーシスを引
き起こす異なる毒素を分泌しながら反応する。内因性抗原としては,抗原,
例えば,その細胞自身の遺伝子情報によってコードされたタンパク質また
はペプチドだけではなく,細胞内部の外来性核酸によってコードされたタ
ンパク質またはペプチドをも含み,さらに,細胞内で発生するウイルス起
源の抗原をも含む。内因性抗原の分類の1つが,腫瘍抗原の分類である。
これらの抗原は,腫瘍細胞の表面上のMHCI分子によって提示される。
この分類は,さらに,腫瘍特異的抗原(tumor-specifica
ntigen;TSAs)と腫瘍関連抗原(tumor-associa
ted-antigen;TAA)とに分類され得る。TSAは腫瘍細胞
によってのみ提示され,正常で“健康な”細胞によって提示されることは
決してない。TSAは通常,腫瘍特異的な変異の結果生じる。TAAは,
TSAより一般的に見られ,通常,腫瘍細胞と健康な細胞の双方によって
提示される。これらの抗原は認識され,抗原提示細胞は細胞傷害性T細胞
によって破壊され得る。また,腫瘍抗原は,腫瘍の表面上においても,例
えば変異型受容体の形態で発生可能である。この場合,腫瘍抗原は抗体に
よって認識され得る。
【0073】
抗原は,本発明の複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分子)によ
ってコードされていてもよく,典型的には,例えば特定の目的に適した任
意の抗原(例えば本発明において定義される例えば特定の感染性疾病に関
連した(または該感染性疾病を引き起こす)抗原),癌抗原(例えば腫瘍
特異的な表面抗原),癌疾患において発現する抗原,癌疾患において発現
する変異抗原,または,その他の疾病(例えば自己免疫疾患,アレルギー
など)の原因に関わるタンパク質抗原から選択されてもよいが,これに限
定されるものではない。例えば,患者にアレルギーまたは自己免疫性状態
を引き起こす抗原を投与することによって患者を脱感作するために,これ
らの抗原を使用してもよい。
キ【0092】
免疫活性化RNA
第3の実施形態によれば,本発明の複合化RNAの少なくとも1つのR
NA(分子)は,免疫活性化RNAであってもよい。こうすることによっ
て,免疫活性化RNAは,上記において定義された式(I)(判決注式
(Arg)l;(Lys)m;(His)n;(Orn)。;(Xaa)x
のこと【0034】)によって表わされる本発明のオリゴペプチドでRN
Aを複合化する以前に,すでに免疫活性効果を示す。または,さらに好ま
しくは,ここで使用される上記RNAの免疫活性効果は,上記において定
義された式(I)によって表わされる本発明のオリゴペプチドでRNAを
複合化することによって,亢進またはさらに誘引される。本発明の複合化
RNAの免疫活性化RNAは,任意のRNA,例えば上記において定義さ
れたコーディングRNAであってもよい。好ましくは,上記免疫活性化R
NAは,一本鎖RNA,二本鎖RNA,または部分的二本鎖RNAであり,
さらに好ましくは,一本鎖RNA,および/または環状RNAまたは直鎖
RNA,さらに好ましくは直鎖RNAである。さらに好ましくは,上記免
疫活性化RNAは,(直鎖)一本鎖RNAである。一層好ましくは,上記
免疫活性化RNAは,((直鎖)一本鎖)メッセンジャーRNA(mRN
A)である。免疫活性化RNAは,さらに,上記において定義された低分
子RNAオリゴヌクレオチドとしても生じる。
【0093】
ここで使用される免疫活性化RNAは,さらに,天然にみられるか,ま
たは合成によって調整され,かつ免疫応答を誘引する任意のクラスのRN
A分子から選択されてもよい。この文脈において,免疫応答は様々な仕組
みで現れる。適切な免疫応答にとって大きな要素は,異なるT細胞小グル
ープの活性化である。Tリンパ球は通常,ヘルパーT1(Th1)細胞と
ヘルパーT2(Th2)細胞の2つの小グループに分類され,免疫系はこ
の2つの小グループを使って,細胞内(Th1)病原体(例えば抗原)お
よび細胞外(Th2)病原体(例えば抗原)を破壊できる。上記2つのT
h細胞グループは,それぞれが生成するエフェクタータンパク質(サイト
カイン)のパターンにおいて異なる。したがって,Th1細胞は,マクロ
ファージと細胞傷害性T細胞の賦活によって細胞性免疫応答を補助する。
一方,Th2細胞は,B細胞を活性化して血漿細胞に転換すること,およ
び(例えば抗原に対抗する)抗体を形成することによって,体液性免疫応
答を促進する。したがって,免疫応答においてTh1/Th2比は非常に
重要である。本発明の関連においては,免疫応答のTh1/Th2比は,
好ましくは細胞性応答(Th1応答)側に向かってシフトしていて,その
結果,細胞性免疫応答が誘引される。一例としては,免疫系はトール様受
容体(TLR)のリガンドによって賦活される。TLRとは,病原体関連
分子パターン(pathogen-associatedmolecu
larpattern;PAMP)を認識する,高度に保存的なパター
ン認識受容体(patternrecognitionrecept
or;PRR)ポリペプチドのファミリーである。TLRは,さらに,哺
乳類の先天的免疫において重要な役割を果たす。現在少なくとも13のフ
ァミリーメンバーが確認され,それぞれTLR1~TLR13(トール様
受容体:TLR1,TLR2,TLR3,TLR4,TLR5,TLR6,
TLR7,TLR8,TLR9,TLR10,TLR11,TLR12,
およびTLR13)と称されている。さらに,複数の特異的TLRリガン
ドが確認されている。例えば,非メチル化細菌性DNAおよびその合成類
似体(CpGDNA)はTLR9のリガンドであることが見出されてい
る…。さらに,あるTLRに対するリガンドが,ある核酸分子を含んでい
ること,およびあるタイプのRNAが,配列から独立してまたは配列に対
して依存的に免疫活性を有していて,これらの各種免疫活性化RNAが例
えばTLR3,TLR7,TLR8,または細胞内受容体(例えばRIG
-I,MDA-5など)を活性化することも報告されている…。Lipf
ordetal.に記載の免疫活性G,U含有オリゴリボヌクレオチ
ドは,リボゾームRNA,トランスファーRNA,メッセンジャーRNA,
およびウイルスRNAを含むRNA由来のものであると考えられる。
【0094】
本発明によれば,例えば,実験式(Arg)l;(Lys)m;(His)
n;(Orn)o;(Xaa)x(式I)によって表わされるキャリアペプ
チドで複合化された,上記において定義された任意のRNA(分子)は,
(具体的な長さ,一本鎖もしくは二本鎖の状態,修飾,および/またはヌ
クレオチド配列には無関係に)免疫活性を有する,つまり免疫応答を亢進
することが見出された。それゆえ,実験式(Arg)l;(Lys)m;(H
is)n;(Orn)o;(Xaa)x(式I)によって表わされるキャリ
アペプチドで複合化され,上記において定義されたRNAは,特定の治療
に対して適しており,かつ,そうすることが望ましいのであれば,(非特
異的)免疫活性化を亢進するために使用できる。したがって,式(I)に
よって表わされるペプチドで任意のRNAを複合化することで免疫活性化
効果を奏することは,本発明の複合化RNAが内在する特性であると言え
る。
【0095】
本発明の複合化RNAの少なくとも1つの(免疫活性)RNA(分子)
は,それゆえ,TLRのリガンドを表わすおよび/またはTLRのリガン
ドをコードするRNA配列(ただしこれに限定されるものではない)を含
む,免疫活性を有することが知られている任意のRNA配列を含んでいる。
なお,前記TLRのリガンドは,好ましくはTLR1~TLR13からな
るファミリーから選択され,さらに好ましくはTLR7およびTLR8,
つまりRNA(例えばRIG-IまたはMAD-5など)またはその他の
任意の免疫活性化RNA配列の細胞内受容体のリガンドから選択される
…。さらに,免疫活性化RNAとして使用されるRNA分子(のクラス)
は,免疫応答を誘発可能なその他の任意のRNAを含んでいてもよい。こ
のような免疫活性化RNAとしては,リボゾームRNA(rRNA),ト
ランスファーRNA(tRNA),メッセンジャーRNA(mRNA),
およびウイルスRNA(vRNA)などがあげられるが,これに限定され
るものではない。
【0098】
好ましくは,本発明の複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分子)
としてここで使用される免疫活性化RNA分子は,一般的に本発明の複合
化RNAのRNA分子について上記において定義された長さを有し,さら
に好ましくは5~5000,500~5000,さらに好ましくは100
0~5000,あるいは5~1000,5~500,5~250,5~1
00,5~50,さらに好ましくは5~30ヌクレオチドの長さを有する。
ク【0139】
本発明に係わるRNA複合体の成分の質量比またはモル比とは,1つ以
上のオリゴペプチドに対するRNA(一本鎖でも二本鎖でもよい)の質量
比またはモル比の意味であり,通常,いかなる制限を受けるものではなく,
特定の適用に対して適切なものが選ばれる。ただし,上記1つ以上のオリ
ゴペプチドとRNAとの質量比またはモル比は,1:1未満,1:2未満,
1:3未満,1:4未満,1:5未満,1:6未満,1:7未満,1:8
未満,1:9未満,1:10未満,1:11未満,1:12未満,1:1
3未満,1:14未満,1:15未満,1:16未満,1:17未満,1
:18未満,または1:20未満であってもよい。あるいは,上記1つ以
上のオリゴペプチドとRNAとの質量比またはモル比は,1:1,2:1,
3:1,4:1,5:1,6:1,7:1,8:1,9:1,10:1,
11:1,12:1,13:1,14:1,15:1,16:1,17:
1,18:1,19:1,または20:1を超えてもよい。好ましくは,
上記1つ以上のオリゴペプチドとRNAとの質量比またはモル比は,上記
1つ以上のオリゴペプチドの含有量に対して1:5以上でもよい。さらに
好ましくは,上記1つ以上のオリゴペプチドとRNAとの(モル比または)
質量比は1:5~20:1,さらに好ましくは1:3~15:1である。
【0140】
特定の好適な実施形態によれば,本発明に係るRNA複合体の成分の質
量比,特に,上記1つ以上のオリゴペプチドに対する複合化RNAの少な
くとも1つのRNA(分子)の質量比は,好ましくは約1:100~約1
:0.5の範囲であり,さらに好ましくは約1:50~約1:1の値を有
し,一層好ましくは,複合体におけるRNA:ペプチドの比に関して約1
:100,約1:90,約1:80,約1:70,約1:60,約1:5
0,約1:45,約1:40,約1:35,約1:30,約1:25,約
1:20,約1:15,約1:10,約1:5,約1:4,約1:3,約
1:2,または約1:1,さらに約1:0.5に達する値を有する。なお,
上記の具体的に示した値を2つ組み合わせることによって,任意の範囲を
形成してもよい。最も好ましくは,上記1つ以上のオリゴペプチドに対す
る複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分子)の質量比は,約1:5
0~約1:1の範囲であってもよい。
【0141】
同様に,本発明に係るRNA複合体の成分のモル比,特に,上記1つ以
上のオリゴペプチドに対する複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分
子)のモル比は,好ましくは,特定の好適な実施形態によれば,約1:2
0000~約1:500の範囲であり,さらに1:250に達する値でも
よく,さらに好ましくは約1:10000~約1:1000の範囲,一層
好ましくは,複合体におけるRNA:ペプチドの比に関して約1:950
0,約1:9000,約1:8500,約1:8000,約1:7500,
約1:7000,約1:6500,約1:6000,約1:5500,約
1:5000,約1:4500,約1:4000,約1:3500,約1
:3000,約1:2500,約1:2000,約1:1500,約1:
1000,約1:500,約1:450,約1:400,約1:350,
約1:300,または約1:250の値を有する。なお,上記の具体的に
示した値を2つ組み合わせることによって,任意の範囲を形成してもよい。
最も好ましくは,上記1つ以上のオリゴペプチドに対する複合化RNAの
少なくとも1つのRNA(分子)のモル比は,約1:10000~約1:
1000の範囲である。免疫活性化のためには,本発明に係わるRNA複
合体の成分のモル比は,約1:10000~約1:100の範囲であって
もよく,さらに,約1:10000~約1:500に達する範囲であって
もよい。
【0142】
本発明の文脈において,上記モル比および質量比は,通常互いに関連し
ており,各比は,例えばRNAの長さやペプチドの長さなどの要素によっ
て影響を受けることがある。ただし,判定の際には質量比およびモル比を
平均複合体サイズに対して算出してもよく,約1:50~1:1の質量比
が約1:10000~1:1000のモル比にほぼ対応する。モル比およ
び質量比の代表的な例は,実施例において示す。この代表的な値はさらに
計算の際に使用してもかまわない。
【0143】
さらに,本発明に係るRNA複合体の成分の比,特に,上記1つ以上の
オリゴペプチドに対する複合化RNAの少なくとも1つのRNA(分子)
の比は,さらに,全てのRNA複合体の窒素/リン酸塩比(N/P比)に
基づいて算出されてもよい。例えば,1μgのRNAは,RNAが塩基の
統計的分布を示すと仮定すれば,通常約3nmolのリン酸塩残基を含有
している。また,1μgのペプチドは,分子量および塩基性アミノ酸の個
数に依存して,通常約xnmolの窒素残基を含有している。好適な一
例として,(Arg)9(分子量1424g/mol,窒素原子9個)の
場合について算出すると,1μgの(Arg)9が約700pmolの(A
rg)9を含有し,それゆえ,700x9=6300pmolの塩基性ア
ミノ酸,つまり6.3nmolの窒素原子を含有する。質量比RNA/(A
rg)9が約1:1の場合,N/P比の計算結果は約2になる。好適な一
例として,質量比が約2:1であり,2μgのRNAを含むプロタミン(分
子量約4250g/mol,サケのプロタミンを使用した場合,窒素原子
は21個)の場合について算出すると,このRNAについては,リン酸塩
が6nmolであることが計算の結果得られる。1μgのプロタミンは約
235pmolのプロタミン分子を含有し,それゆえ,235x21=4
935pmolの塩基性窒素原子,つまり4.9nmolの窒素原子を含
有する。RNA/プロタミンの質量比が約2:1の場合,N/P比の計算
結果は約0.81になる。RNA/プロタミンの質量比が約8:1の場合,
N/P比の計算結果は約0.2になる。本発明の文脈において,N/P比
は,好ましくは約0.2~50,好ましくは約0.5~50,最も好まし
くは約0.75~25,または1~25の範囲である(複合体中のRNA
:ペプチド比について,一層好ましくは,約10~50の範囲,最も好ま
しくは約25~50の範囲である)。
【0144】
本発明の別の一実施形態は,本発明に係る複合化RNA,ならびに必要
に応じて(薬学的に)適切なキャリアおよび/または別の補助的物質およ
び添加剤を備えた組成物,好ましくは薬学的組成物に関する。…
ケ【0174】
特に好適な実施形態によれば,血液細胞および/または造血細胞,また
はその部分的な集団,つまり,血液(全血)から単離される任意のタイプ
の細胞および/またはこれらの細胞に由来する培養株化細胞に由来する任
意のタイプの細胞に,本発明において定義される複合化RNAが上記トラ
ンスフェクション法を使ってトランスフェクトされてもよい。…本発明に
おいて定義されるmRNAによってコードされたある抗原に対して治療を
受ける患者に接種する場合には,個々人,特に治療を受ける実際の患者の
例えば血液から得られる血液細胞(例えばPBMC)を,手間と時間と費
用のかかる細胞培養手法を使って,プロフェッショナルな抗原提示細胞(A
PC)(特に樹状細胞(DC))を高い比率で含んだ細胞の集団に分化さ
せることが不要なのである。翻って,血液細胞,特に上述した血液細胞の
部分的な集団を採取する例えば実際の患者において,適切な免疫活性化を
実現する薬学的組成物を得るために,1つ以上の抗原をコードするmRN
Aを直接血液細胞にトランスフェクトすれば,免疫活性化を成功させるに
は充分なのである。なお,この免疫活性化は,好ましくは腫瘍からの1つ
以上の抗原,もしくは病原菌または薬剤からの1つ以上の抗原に対して向
けられる。本発明において定義される複合化RNAを血液細胞または血液
細胞に由来する(血液細胞から単離,または各培養株化細胞から単離され
る)細胞にトランスフェクトすることは,抗原に限定されるものではなく,
当然,複合化RNAを得るために使用される,本発明において定義される
任意のRNA,例えば本発明において定義される任意の他の免疫活性化R
NAや任意のコーディングRNAなどに関連する。
【0176】
また,invitroまたはexvivoで使用されてもよいトラ
ンスフェクション法は,例えば本発明において言及される各種疾病の治療
法としてinvivoで使用しても非常に適切である。…特定の疾病の
治療および/または予防は,通常,本発明の複合化RNAのRNAによっ
てコードされた適切なタンパク質の選択に左右される。…
【0177】
…疾病または病状の例としては,例えば以下に列挙する疾病から選択さ
れる癌または腫瘍疾患があげられるが,これに限定されるものではない。

【0178】
この文脈において,疾病または病状のさらに別の例としては,例えば以
下に列挙する疾病から選択されるウイルス性感染症から選択される感染症
などがあげられるが,これに限定されるものではない。…
コ【0192】
一実施形態によれば,本発明は,上記において定義された組織または生
体において免疫反応を調節する,好ましくは誘引または亢進するために(薬
剤を調製するために),さらに好ましくは本発明において言及される疾病
または状態を支援するために,本発明に係わる少なくとも1つの複合化R
NAを使用することをさらに含む。こうすることによって,本発明の複合
化RNAは,免疫系を非特異的に賦活化するために,例えばあるサイトカ
インの生成を誘発するために使用されてもよい。したがって上記複合化R
NAは,例えば病原体または腫瘍に由来する抗原によって誘発される特異
的免疫反応を支援するために使用されてもよい。この文脈において薬剤は,
例えば上記において定義された薬学的組成物であっても,または本発明に
おいて定義され,本発明の複合化RNA,ワクチンなどを含んだ注射用緩
衝液であってもよい。上記免疫反応は,8~15アミノ酸の長さを有し,
かつ実験式(Arg)l;(Lys)m;(His)n;(Orn)o;(X
aa)xによって表わされる1つ以上のオリゴペプチドに起因する少なく
とも1つの複合化RNAによって調節されてもよく,および/または上記
複合化RNAのRNAによってコードされたタンパク質の免疫活性特性に
よって調節されてもよい。
【0193】
したがって,本発明は,必要に応じて,様々な目的を実現するのに非常
に役立つ。複合化RNAは,そのままでまたは本発明の組成物の成分とし
て,それ自体が,本発明の複合体の成分としてのRNAのトランスフェク
ション性を改善する。本発明の複合化RNAのこの根底にある性質は,様
々な応用にとって有益である。細胞にRNAを導入したい時には,本発明
によって,トランスフェクション効率の改善が必ず保証される。この特性
そのものが,多種多様な疾病の治療,上記において定義された例えば単遺
伝子疾患または遺伝子疾患を治療するための本発明の使用を可能にする。
【0194】
さらに,本発明は,免疫障害,例えばアレルギー性疾患または自己免疫
疾患の治療が予想される場合はいつでも使用されてもよい。また,本発明
は,患者の免疫系の非特異的または特異的免疫反応を亢進することによっ
て,該免疫系を賦活化せてもよい。したがって,本発明は,適切な場合は,
疾病を治療するために非特異的免疫反応を誘発してもよい。また,必要に
応じて,(例えば本発明の複合体の成分としてのRNAによって抗原をコ
ードすることによって)特異的免疫反応をそのまま誘発してもよく,また
は本発明の複合化RNAと抗原とを例えば同一組成物として組み合わせる
ことによって誘発してもよい。…
サ【0199】
図面
以下の図は,本発明をさらに説明するためのものであり,図面に示した
範囲に本発明の主題を限定するものではない。
【0206】
図7は,hPBMCにおいてノナアルギニン((Arg)9)またはポ
リ-L-アルギニンで複合化されたRNAのそれぞれの免疫活性効果を,
比較例において比較した結果を示す。有利な効果として,1:5(RNA
:ノナアルギニン)未満の質量比の場合(1:10,1:8,1:5,1
:2,1:1,2:1)に,非常に高い免疫活性効果が観察される。ただ
し,RNA:ノナアルギニン質量比が5:1の場合には,観察されるTN
Fα生成量はあまり多くない。ノナアルギニン((Arg)9)またはm
RNAを単独で使用した活性化実験についても,同じことが言える。また,
ノナアルギニン((Arg)9)と比較すると,mRNAをポリ-L-ア
ルギニンで複合化することによって,TNFα生成の誘引が大幅に減少す
ることが観察された。ポリ-L-アルギニンの濃度が高いと,そのポリ-
L-アルギニンがトランスフェクトされる細胞にとって有害であるようで
ある。ポリ-L-アルギニン:RNAの質量比が1:2以上の場合,細胞
が溶解するので特に有害なようである。
【0207】
図8は,ノナアルギニン((Arg)9)を使ったRNAの複合体を,
HeLa細胞にトランスフェクトすると発現するルシフェラーゼを示す。
図8から読み取れるように,2:1(RNA:ノナアルギニン)未満の質
量比が有利なようである。対照的に,(高分子)ポリ-L-アルギニンで
複合化しても,低いルシフェラーゼ活性しか生じない。したがって,(高
分子)ポリ-L-アルギニンは,mRNAのトランスフェクションには適
していないようである。
【0209】
図10は,hPBMC細胞におけるヘプタアルギニン((Arg)7)
で複合化されたRNAの免疫活性効果を,IL-6生成量を測定すること
によって示している。図から読み取れるように,hPBMC細胞のIL-
6生成量は非常に大きい。つまり,ヘプタアルギニン((Arg)7)で
複合化されたRNAの免疫活性効果は非常に高い。
【0220】
図21は,hPBMCにおけるTNFαの分泌に対する,R9H3で複
合化されたRNAの免疫活性効果を示す。
【0221】
図22は,hPBMCにおけるIL-6の分泌に対する,R9H3で複
合化されたRNAの免疫活性効果を示す。
シ【0240】
(実施例4:HeLa細胞における,配列番号35または配列番号36
によって表わされる安定化されたルシフェラーゼmRNA(Luc-RN
Active)の,ノナアルギニン((Arg)9)によって媒介される
トランスフェクションおよび発現)
トランスフェクションの1日前に,HeLa細胞(150×103
/穴)
を24穴のマイクロタイターのプレートに播種し,トランスフェクション
実施時に70%コンフルエントの状態にした。トランスフェクションをす
るために,実施例3に開示した上記RNA/(ペプチド)溶液(40μl)
50μlを,血清を含まない培地250μlと混合し,上記細胞(最終R
NA濃度:13μg/ml)に添加した。トランスフェクション溶液の添
加に先立って,上記HeLa細胞を,一穴について1mlのオプティメン
(Optimen;Invitrogen)で穏やかかつ慎重に2度洗
浄した。そして,上記トランスフェクション溶液(300μl/穴)を上
記細胞に添加し,細胞を37℃で4時間培養した。その後,10%FCS
を含んだ300μlのRPMI培地(Camprex)を各穴に添加し,
上記細胞を37℃でさらに20時間培養した。上記トランスフェクション
溶液を,トランスフェクションの24時間後に吸引によって排出し,上記
細胞を300μlの溶解緩衝液(25mMのTris-PO4,2mMの
EDTA,10%のグリセロール,1%のTriton-X100,2m
MのDTT)に溶解させた。そして,その上清をルシフェリン緩衝液(2
5mMのグリシルグリシン,15mMのMgSO4,5mMのATP,6
2.5μMのルシフェリン)と混合し,ルミノメーター(LumatL
B9507(BertholdTechnologies,ドイツ,
BadWildbad))を使って蛍光を検出した。これらの実験の結
果を図8および図12~図18に示す。
【0241】
(実施例5:ノナアルギニン((Arg)9)またはポリ-L-アルギ
ニン(比較例)を用いたRNA複合体の,トランスフェクション時の免疫
活性化)
a)トランスフェクション実験
健康なドナーの末梢血から得られたHPBMC細胞を,フィコール勾配
を使って単離し,その後1xPBS(リン酸塩を緩衝液とする生理食塩水)
で洗浄した。そして上記細胞を96穴のマイクロタイタープレート(20
0×103/穴)に播種した。上記hPBMC細胞を,実施例4に記載の
手順で,10μlの上記RNA/ペプチド複合体(RNA最終濃度:6μ
g/ml,同量のRNAを使用)とともに,X-VIVO15培地(B
ioWhittaker)(最終RNA濃度:10μg/ml)において
24時間培養した。hPBMC細胞に対する免疫活性効果を,サイトカイ
ンの生成(インターロイキン6と腫瘍壊死因子α)を検出することによっ
て測定した。したがって,ELISAマイクロタイタープレート(Nun
cMaxisorb)を,特異的なサイトカイン抗体をさらに含んだ結
合緩衝液(0.02%のNaN3,15mMのNa2CO3,15mMの
NaHCO3,pH9.7)とともに一晩(o/n)培養した。そして1
%のBSA(ウシ血清アルブミン)を含んだ1xPBSで細胞を封止した。
上記細胞の上清を添加し,37℃で4時間培養した。その後,上記マイク
ロタイタープレートを1xPBSおよび0.05%のTween-20で
洗浄し,ビオチンで標識した二次抗体(BDPharmingen,ド
イツ,ハイデルブルグ)と共に培養した。ストレプトアビジン結合した西
洋わさびペルオキシダーゼを上記プレートに添加した。そして,そのプレ
ートを,0.05%のTween-20を含んだ1xPBSで再度洗浄し,
ABTS(2,2’-アジノ-ビス(3-エチル-ベンズチアゾリン-6
-スルホン酸)を基質として添加した。サイトカインの量は,Sunri
seELISAリーダー(Tecan,ドイツ,クライルスハイム)を
用いて組み換えサイトカイン(BDPharmingen,ドイツ,ハ
イデルブルグ)と共に標準曲線を使用し,405nm(OD405)にお
ける吸収度を測定することによって決定した。
【0242】
b)結果
i)ノナアルギニン((Arg)9)で複合化したRNAの免疫活性効

i1)HPBMC細胞を,上記において開示したように,ノナアルギ
ニン((Arg)9)で複合化したRNAとともに24時間培養した。こ
こで,RNA:(Arg)9の質量比は1:1であった。次に,上記細胞
上清内におけるIL-6の生成量をELISAを使って測定した。その結
果,HPBMC細胞のIL-6生成量は非常に大きかった。つまり,ノナ
アルギニン((Arg)9)(図5を参照)で複合化したRNAの免疫活
性効果は非常に高かった。
【0243】
i2)HPBMC細胞を,上記において開示したように,ノナアルギ
ニン((Arg)9)で複合化したRNAとともに24時間培養した。こ
こで,RNA:(Arg)9の質量比は1:1であった。次に,上記上清
細胞内におけるTHFαの生成量をELISAを使って測定した。その結
果,HPBMC細胞のTNFα生成量は非常に大きかった。つまり,ノナ
アルギニン((Arg)9)(図6を参照)で複合化したRNAの免疫活
性効果は非常に高かった。
【0244】
ii)ノナアルギニン((Arg)9)またはポリ-L-アルギニンで
複合化したRNAそれぞれの免疫活性効果の比較結果(比較例)
hPBMCを,RNAの複合体およびノナアルギニン((Arg)9)
またはポリ-L-アルギニンなどを用いて,異なるRNA:ノナアルギニ
ンの質量比(1:10,1:8,1:5,1:2,1:1,2:1,5:
1,8:1および10:1)の条件でそれぞれ24時間培養した。その後,
TNFαの生成量をELISAを使って測定した。
【0245】
有利な効果として,5:1(RNA:ノナアルギニン)未満の質量比の
場合(1:10,1:8,1:5,1:2,1:1,2:1)(図7を参
照)に,非常に高い免疫活性効果が観察された。RNA:ノナアルギニン
質量比が5:1の場合には,観察されるTNFα生成量はあまり多くない。
ノナアルギニン((Arg)9)またはmRNAを(図7の左側を参照)
単独で使用した活性化実験についても,同じことが言える。
【0246】
また,ノナアルギニン((Arg)9)(図7の右側を参照)と比較す
ると,ポリ-L-アルギニンによってmRNAを複合化することによって,
TNFαの生成の誘引が大幅に減少する。さらに,観察によると,ポリ-
L-アルギニンの濃度が高いと,ポリ-L-アルギニンがトランスフェク
トされる細胞にとって有害であるようである。RNA:ポリ-L-アルギ
ニンの質量比が1:2以下の場合,細胞が溶解するので特に有害なようで
ある。
【0247】
(実施例6:ノナアルギニン((Arg)9)またはポリ-L-アルギ
ニンを用いたRNA複合体をトランスフェクトする際における,HeLa
細胞におけるそれぞれのルシフェラーゼの発現(比較例))
a)ノナアルギニン((Arg)9)を用いたRNA複合体をHeLa
細胞にトランスフェクトする際における,ルシフェラーゼの発現。異なる
比率のノナアルギニンまたはポリ-L-アルギニンでそれぞれ複合化した
ルシフェラーゼをコードするRNActiveを,HeLa細胞にトラン
スフェクトした。24時間後にルシフェラーゼ活性を測定した。RNA:
ノナアルギニンの質量比は,2:1未満が有利なようである(図8を参照)。
【0248】
b)比較すると,(高分子)ポリ-L-アルギニンで複合化しても,ル
シフェラーゼ活性が高いレベルにまで増加することはないようである。し
たがって,(高分子)ポリ-L-アルギニンは,mRNA(図8参照)の
トランスフェクションには適していないようである。
【0250】
(実施例8:ヘプタアルギニン((Arg)7)を用いたRNA複合体
をトランスフェクトする際における免疫活性化(比較例))
a)トランスフェクション実験
ヘプタアルギニン((Arg)7)について,上述の実施例5の実験と
同様にトランスフェクション実験を実施した。
【0251】
b)ヘプタアルギニン((Arg)7)で複合化したRNAの免疫活性
効果の結果
i)HPBMC細胞を,上記において開示したように,ヘプタアルギニ
ン((Arg)7)で複合化したRNAとともに24時間培養した。ここ
で,RNA:(Arg)7の質量比は1:1であった。次に,細胞上清内
におけるIL-6の生成量を,ELISAを使って測定した。その結果,
HPBMC細胞のIL-6生成量は非常に大きかった。つまり,ヘプタア
ルギニン((Arg)7)で複合化されたRNAの免疫活性効果は非常に
高かった(図10参照)。
【0252】
ii)HPBMC細胞を,上記において開示したように,ヘプタアルギ
ニン((Arg)7)で複合化したRNAとともに24時間培養した。こ
こで,RNA:(Arg)7の質量比は1:1であった。次に,細胞上清
内におけるTHFαの生成量をELISAを使って測定した。その結果,
HPBMC細胞のTNFα生成量は非常に大きかった。つまり,ヘプタア
ルギニン((Arg)7)で複合化したRNAの免疫活性効果は非常に高
かった(図11参照)。
【0256】
(実施例11:hPBMCにおけるR9H3を用いた免疫活性化)
hPBMCにおける免疫活性化に対するR9H3の効果を試験した。し
たがって,上述の実施例3のR9H3とRNAとの複合体を調製した。さ
らに,健康なドナーの末梢血から得られたHPBMC細胞を,フィコール
勾配を使って単離し,その後1×PBS(リン酸塩を緩衝液とする生理食
塩水)で洗浄した。そして上記細胞を96穴のマイクロタイタープレート
(200×103
/穴)に播種した。上記hPBMC細胞を,実施例4に
記載の手順で,10μlの上記RNA/ペプチド複合体(最終RNA濃度
:6μg/ml,同量のRNAを使用)とともに,X-VIVO15培
地(BioWhittaker)において24時間培養した。hPBMC
細胞に対する免疫活性効果を,サイトカインの生成(インターロイキン6
と腫瘍壊死因子α)を検出することによって測定した。したがって,EL
ISAマイクロタイタープレート(NuncMaxisorb)を,特
異的なサイトカイン抗体をさらに含んだ結合緩衝液(0.02%のNaN
3,15mMのNa2CO3,15mMのNaHCO3,pH9.7)と
ともに一晩(o/n)培養した。そして1%BSA(ウシ血清アルブミン)
を含んだ1×PBSで細胞を封止した。上記細胞の上清を添加し,37℃
で4時間培養した。その後,上記マイクロタイタープレートを1×PBS
および0.05%のTween-20で洗浄し,ビオチンで標識した二次
抗体(BDPharmingen,ドイツ,ハイデルブルグ)と共に培
養した。ストレプトアビジン結合した西洋わさびペルオキシダーゼを上記
プレートに添加した。そして,そのプレートを,0.05%のTween
-20を含んだ1×PBSで再度洗浄し,ABTS(2,2’-アジノ-
ビス(3-エチル-ベンズチアゾリン-6-スルホン酸)を基質として添
加した。サイトカインの量は,SunriseELISAリーダー(T
ecan,クライルスハイム,ドイツ)を用いて組み換えサイトカイン(B
DPharmingen,ドイツ,ハイデルブルグ)と共に標準曲線を
使用し,405nm(OD405)における吸収度を測定することによっ
て決定した。結果は図21および図22に示す。図から読み取れるように,
RNA:R9H3の比が1:5000のときに,免疫活性化が非常に高か
った。
(2)前記(1)によれば,本願明細書には,本願補正発明に関し,次の点が開示
されていることが認められる。
ア本願補正発明は,8~15アミノ酸の長さであり,かつ式(Alg)l
(Lys)m(His)n(Orn)o(Xaa)xによって表わされる一つ
以上のオリゴペプチドと複合体を形成するRNA(分子)を少なくとも1
つ含む,免疫反応を誘引又は亢進するための複合化RNAに関する(【請
求項1】,段落【0001】)。
イ細胞又は組織に核酸をトランスフェクト(導入)することは,分子医学
の主要な方法であって,多数の疾病の治療及び予防において重要な役割を
果たしている(段落【0002】)。核酸をトランスフェクトする方法と
して,例えば,細胞貫通ペプチド(CPP)を用いる方法が周知である。
CPPは,通常,塩基性アミノ酸が多い7~30個のアミノ酸からなる低
分子ぺプチドであって,DNA等のマクロ分子と共有結合により複合体を
形成する。CPPがポリアルギニンの場合,CPPによって複合化された
マクロ分子は,負に帯電した細胞表面のグリコサミノグリカンに結合し,
エンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれることが提案されている
(段落【0008】)。
RNAは,DNAと異なり宿主ゲノムに組み込まれる危険性がないため
DNAに比べて有利であるが(段落【0020】),CPPを使った細胞
内部へのRNAの輸送は,RNAの劣化が速いこと,及び複合体の安定性
が低いことから,特に低分子RNA,例えば二本鎖siRNAに限定され,
非常に限られた事例数しか報告されていない(段落【0017】,【00
19】)。
ウそこで,本願補正発明は,細胞内へのRNA輸送に適した,効率的なキ
ャリアを提供し,腫瘍,循環器病や感染症などの特定の疾病の治療用複合
化RNAを提供することを目的(課題)とし(【請求項1】,段落【00
21】),その目的を達成する手段(課題を解決する手段)として,8~
15アミノ酸の長さであり,かつ式(Alg)l(Lys)m(His)n
(Orn)o(Xaa)xによって表わされる1つ以上のオリゴペプチドと,
少なくとも1つの一本鎖RNA(分子)とが,非共有的な相互作用によっ
て連結した免疫活性化複合化一本鎖RNAであって,RNA(分子)のオ
リゴペプチドに対する窒素/リン酸塩比(N/P比)が,0.5~50の
範囲であり,かつ,RNA(分子)対オリゴペプチドのモル比(以下,単
に「モル比」ということがある。)が1:250以上である複合化RNA
を採用したものである(【請求項1】)。
エ本願補正発明に係る複合化RNAは,正電荷を帯びたオリゴペプチドと,
負電荷を帯びたRNAとの間の非共有的な相互作用により可逆的に連結し
たものであり,細胞内においては,RNAとオリゴペプチドとが解離した
状態で平衡であるように思われる(段落【0023】)。
本願補正発明のRNAは,一本鎖RNAであれば,任意のRNAであっ
てよく,長さも任意である。例えば,①低分子RNAオリゴヌクレオチド,
②コーディングRNA,③免疫活性化RNAなどを使用できる(段落【0
048】)。
①低分子RNAは,5~100ヌクレオチドの長さであり,例えば,(非
特異的)免疫活性化のために使用される(段落【0049】,【0050
】)。②コーディングRNAは,タンパク質をコードするmRNAであり,
細胞内でタンパク質に翻訳されるものである。コードされるタンパク質と
して,アジュバントタンパク質(TNFαやIL-6などサイトカイン)
などの生来の免疫反応(例えば,外因性リガンドがTLRに結合する反応)
を誘発するもの,ウイルスや腫瘍に由来する抗原などの抗原特異的免疫応
答を誘発するものがある(段落【0051】,【0052】,【0057
】~【0061】,【0070】,【0073】)。③免疫活性化RNA
は,オリゴペプチドでRNAを複合化する以前に,既に免疫活性化効果を
示すが,複合化することによってその免疫活性効果が亢進又は誘引される。
免疫活性化RNAは,好ましくは,mRNAや低分子RNAオリゴヌクレ
オチドであってもよい。また,TLR7やTLR8などのTLRのリガン
ドであってよい(段落【0092】~【0095】,【0098】)。
オ本願明細書の実施例5の図7,実施例11の図21,図22では,hP
BMC(ヒト末梢血単核球)を,(Arg)9あるいは(Arg)9(Hi
s)3とルシフェラーゼをコードするmRNAとを,様々な割合(図7で
は質量比,図21,22ではモル比)で混合したRNA/ペプチド複合体
と共に24時間培養することにより,hPBMCに対する免疫活性効果を,
サイトカイン(TNFα,IL-6)の産生を検出することによって測定
しており,本願補正発明の範囲に含まれるN/P比とモル比(質量比から
の換算による)を有する複合体は,サイトカインの産生量が多いことが示
されている(段落【0241】~【0246】,【0256】,図7,2
1,22)。
また,実施例6の図8では,(Arg)9とルシフェラーゼをコードす
るmRNAとを,様々な割合(質量比)で混合したRNA/ペプチド複合
体を,HeLa細胞にトランスフェクトしたところ,本願補正発明の範囲
に含まれるN/P比とモル比(質量比からの換算による)を有する複合体
は,mRNAから翻訳されたルシフェラーゼの発現量が多いことが示され
ている(段落【0247】,【0248】,図8)。
カ本願補正発明の複合化RNAを用いることにより,RNAのトランスフ
ェクション効率を改善し,抗原によって誘発される特異的免疫反応,又は
非特異的免疫反応を亢進することによって,免疫系を賦活化することがで
き,それにより腫瘍または癌疾患,(感染性)ウイルス性疾患などの疾病
の治療及び/又は予防を行うことができるという効果を奏する(段落【0
177】,【0178】,【0192】~【0194】)。
2取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1)引用例1の記載事項等について
ア引用例1(甲3。訳文は乙1)には,次のような記載がある。
(ア)請求項
「29.単離されたカチオン性ペプチドとRNAの非共有結合複合体
からなる組成物。」(甲3添付の訳文最終頁,乙1,27頁)
「43.前記RNAがmRNA,アンチセンスRNA,RNAi,増
幅されたRNAやリボザイムから選択される,請求項29または30の
組成物。」(甲3添付の訳文最終頁)
「45.前記RNAが1以上の腫瘍細胞や病原体から単離される,請
求項29または30の組成物。」(甲3添付の訳文最終頁)
(イ)発明の分野
「本発明は細胞を形質転換する方法に関する。より具体的には,本発
明は,細胞内へのRNAのカチオン性ペプチドを介した形質転換の方法,
かかる方法に有用なカチオン性ペプチド,関連するカチオン性ペプチド
核酸複合体,およびかかる複合体で形質転換された細胞に関する。」(乙
1,1頁6~9行目)
(ウ)発明の背景
「核酸で細胞を形質転換する従来の方法には,脂質を介した形質転換,
ポリL-リジン,デンドリマーまたはポリエチレンイミンなどのカチオ
ンに結合するポリマーDNAを用いたトランスフェクション,エレクト
ロポレーション,リン酸カルシウム形質転換,およびウィルスを介した
トランスフェクションが含まれる。
現在では,様々なペプチド,特に,カチオン性ペプチドは細胞内に移
行することができ,またタンパク質の細胞内への転座を仲介することも
できることが知られている。…」(乙1,1頁11~16行目)
「いくつかのグループは,共有結合したDNAとRNAに対するペプ
チドを介したトランスフェクションを報告している。たとえば,アンチ
センスオリゴデオキシヌクレオチドのAntPとTatに対する結合体
が標的遺伝子発現を減少させることが示された…。さらに,Schmi
tzらは,…,ジスルフィド結合によりAntPに共有結合したsiR
NAによる哺乳類細胞のトランスフェクションおよびmRNA発現の低
減を説明している。
さらに,非共有結合で結合した核酸に対するペプチドを介したトラン
スフェクションが報告されている。」(乙1,2頁下から15~6行目)
「RNAトランスフェクションの方法は,DNAトランスフェクショ
ンの方法ほど開発されていない。抗原提示細胞のRNAローディングな
どの技術の重要性が高まるにつれてRNAトランスフェクションの進ん
だ方法を開発することは決定的に重要となる。しかし,ペプチドを介し
たRNAトランスフェクションに成功した報告はほとんどなかった。…
したがって,細胞の生存率を保持しつつ,細胞に効率的にRNAを送
達する進んだ方法を開発する必要性がある。本発明はこの必要性を満た
し,また,関連する利点を提供する。」(乙1,4頁4行目~下から5
行目)」
(エ)発明の概要
「出願人らは,カチオン性ペプチドが,RNAとペプチドとの共有結
合またはPEI-ペプチド複合体を必要とすることなく効率的なRNA
による細胞のトランスフェクションを仲介することができることを発見
した。
したがって,本発明は,細胞をカチオン性ペプチドおよびRNAに接
触させることを含む細胞を形質転換する方法を提供する。該接触はin
vivoまたはinvitroのどちらでも行うことができる。好ま
しい実施形態では,細胞はカチオン性ペプチドとRNAとを含む非共有
結合複合体と接触される。好ましくは,該非共有結合複合体は,細胞に
接触される前に,(a)カチオン性ペプチドをRNAに添加して混合物
を形成するステップ,および(b)該混合物をカチオン性ペプチドとR
NAとの間で非共有結合複合体が形成できるのに十分な時間培養するス
テップによって形成される。
また,本発明は細胞をトランスフェクトするのに役立つカチオン性ペ
プチドの提供も行う。好ましくは,該ペプチドは長さで8~24個のア
ミノ酸である。より好ましくは,該ペプチドは長さで10~22個のア
ミノ酸であり,もっとも好ましくは,該ペプチドは長さで12~20個
のアミノ酸である。本発明の一実施例では,本発明のカチオン性ペプチ
ドは核局在化シグナルを含まない。好ましくは,該カチオン性ペプチド
は本質的にペプチド形質導入ドメインからなる。好ましい実施形態では,
カチオン性ペプチドは前記細胞の細胞質に優先的に局在化される。
本発明のさらなる実施形態では,カチオン性ペプチドは,AntP(R
QIKIWFQNRRMKWKK;SEQIDNO:3),H
IVTat(GRKKRRQRRRPPQ;SEQIDNO
:29)またはHIVTatdimer(CGRKKRRQRR
RPPQGRKKRRQRRRPPQ;SEQIDNO:30),
およびそれらの組み合わせから成るグループから選択される。好ましく
は,カチオン性ペプチドは,MHCクラスIヘルパー・エピトープまた
はMHCクラスⅡヘルパー・エピトープなどのMHCヘルパー・エピト
ープを含む。一実施形態では,ヘルパー・エピトープはカチオン性ペプ
チドに埋め込まれている。カチオン性ペプチドに埋め込まれたヘルパー
・エピトープの好ましい実施形態は,RRKAQYIKANSKFIG
ITELKRH(SEQIDNO:31),KKKHIEKYL
KKIKNSKKK(SEQIDNO:32),KKKVIKG
GRHLIFCHSKKKCDKKK(SEQIDNO:33),
KKKPKYVRQNTLKLATKKK(SEQIDNO:3
4),およびKKKKALENKKKQLGAGGKNKKK(SE
QIDNO:35)である。
カチオン性ペプチドは,任意のRNAの任意のタイプの細胞の中への
トランスフェクションを仲介するのに役立つ。好ましいRNAは,mR
NA,アンチセンスRNA,RNAi,増幅RNAおよびリボザイムで
ある。好ましくは,RNAは翻訳性RNAである。一実施形態では,R
NAは癌細胞などの1つまたは複数の腫瘍(新生物)細胞から単離され
る。別の実施形態では,RNAはHIVまたはHCVなどの1つまたは
複数の病原体から単離される。
さらに,本発明は,非共有結合性のカチオン性ペプチド-RNA複合
体とカチオン性ペプチド-RNA複合体でトランスフェクトされた細胞
とを含む組成物を提供する。
本発明のカチオン性ペプチドとRNAの複合体は,未成熟樹状細胞と
成熟樹状細胞のような免疫系の抗原提示細胞の変換のために特に利用さ
れる。」(乙1,4頁下から3行目~6頁2行目)
(オ)発明の詳細な説明
「用語「抗原」は,当該技術においてよく理解されており,免疫原性
の物質,つまり,免疫原を含む。また,任意の抗原を使用することは本
発明の使用に想定されており,したがって,限定はされないが,自己抗
原(正常なものまたは疾病関連のものを問わず),感染抗原(たとえば,
細菌抗原,ウィルス抗原等),または他のいくつかの外来抗原(たとえ
ば,食物成分,花粉等)を含むことは理解されるべきであり認められる
であろう。用語,「抗原」または代わりに「免疫原」は,複数の免疫原
への免疫応答を同時に調整できるような2以上の免疫原の集合に適用す
る。さらに,該用語は,免疫原または抗原の任意の様々な異なる配合物
を含む。」(乙1,6頁13~20行目)
「抗原提示細胞(APC)との用語は,1以上の抗原を,免疫系の特
異的エフェクタ細胞によって認識される抗原-MHC複合体として提示
し,それによって,提示された抗原に対して効果的な細胞性免疫反応を
誘導することができる細胞集団のことをいう。多くのタイプの細胞がT
細胞認識のためにその細胞表面上に抗原を提示することができるかもし
れないが,樹状細胞(プロフェッショナルAPC)だけが有効な量の抗
原を提示しさらに細胞障害性Tリンパ球(CTL)応答のためにナイー
ブT細胞を活性化させる能力を有している。
APCは,限定はされないが,B細胞,およびマクロファージ,未成
熟樹状細胞,成熟樹状細胞およびランゲルハンス細胞などの樹状細胞を
含む。」(乙1,6頁下から6行目~7頁2行目)
「用語「樹状細胞」(DC)は,様々なリンパ系組織および非リンパ
系組織で見つかった形態学的に類似した多種多様な細胞タイプを指す
(Steinman(1991)Ann.Rev.Immun
ol.9:271-296)。樹状細胞は生体内に最も強力で好まし
いAPCを構成する。樹状細胞は単球から分化することができるが,別
個の表現型を持っている。たとえば,単球が持っている特別の分化マー
カー(CD14抗原)は,樹状細胞内で見つからない。また,成熟し
た樹状細胞は貪食細胞ではないが,単球は貪食性の強い細胞である。成
熟したDCはT細胞の活性化および増殖に必要なシグナルをすべて提供
することができることが示されてきている。」(乙1,8頁10~16
行目)
「本明細書で使用される「対象物に免疫応答を誘導すること」という
用語は,当該技術において理解された用語であり,対象に抗原(または
エピトープ)を導入した後で,抗原(またはエピトープ)に対する検出
または測定可能な応答が,対象に抗原(またはエピトープ)を導入する
前に比べて少なくとも約2倍,または少なくとも約5倍,または少なく
とも約10倍,または少なくとも約100倍,または少なくとも約50
0倍,または少なくとも約1000倍,またはそれ以上増大することを
意味する。抗原(またはエピトープ)に対する免疫応答には,抗原特異
的(またはエピトープ特異的)な抗体の産生,および自身の表面に抗原
(またはエピトープ)に特異的に結合する分子を発現させる免疫細胞の
産生が含まれる。」(乙1,8頁下から4行目~9頁4行目)
「本発明の目的の場合,「非共有結合で複合体化される」とは,共有
結合とは対照的にペプチドと核酸との間で電子が共有されない本発明の
ペプチドと核酸との間の非共有結合性化学結合または凝集を指す。好ま
しくは,非共有結合性複合体は正に帯電したカチオン性ペプチドと負に
帯電したポリヌクレオチドによって形成される。…」(乙1,10頁2
~5行目)
「本発明は,カチオン性ペプチドを介したRNAによる細胞のトラン
スフェクションの新しい方法を提供する。本発明の該ペプチドは任意の
細胞へのRNAの形質転換を仲介することができる。従来技術とは対照
的に,本発明の方法は,RNAとペプチドの共有結合やペプチドのポリ
エチレンイミン(PEI)への共有結合も必要としない。したがって,
核酸は,細胞の内部でその生物学的機能を一旦保持する可能性が高く,
共有結合させる余分なステップの必要性がなくなる。さらに,エレクト
ロポレーション,カチオン性脂質またはデンドリマーなどの従来技術の
形質転換法との比較では,本発明の形質転換法は,細胞の生存率および
形質転換効率をより高める。
このように,本発明は,細胞をカチオン性ペプチドおよびRNAを含
む複合体と接触させることを含む細胞の形質転換法であって,前記ペプ
チドと前記RNAが非共有結合で複合体化している方法を提供する。本
明細書で用いられる「形質転換すること」および「トランスフェクショ
ンすること」という用語は,交互に用いられて,RNAを細胞内に導入
することを指す。」(乙1,11頁下から3行目~12頁10行目)
「本発明のカチオン性ペプチド
本発明に関するカチオン性ペプチドは,好ましくは長さで8~40の
アミノ酸,より好ましくは,長さで9~30のアミノ酸,さらにより好
ましくは,長さで10,11,12,13,14,15,16,17,
18,19,20,21,22,23,または24のアミノ酸,最も好
ましくは,長さで10~20のアミノ酸である。ポリエチレンイミンに
接合したペプチドは,本発明のカチオン性ペプチドから明確に除外され
る。…
本発明のカチオン性ペプチドはそれらの塩基性(カチオン性)アミノ
酸成分によりpH7で最終的に正の電荷を有しているが,帯電していな
いアミノ酸残基および負に帯電したアミノ酸残基を含有することもでき
る。塩基性側鎖を有するアミノ酸はpH7で正に帯電(カチオン性)し
ており,リジン(K),アルギニン(R)およびヒスチジン(H)を含
む。本発明のカチオン性ペプチドに使用される好ましい塩基性アミノ酸
残基はリジンとアルギニンである。
酸性の側鎖を有するアミノ酸はpH7で負に帯電(酸性)しており,
アスパラギン(N),グルタミン(Q),セリン(S),トレオニン(T)
およびチロシン(Y)を包含する。無極性の側鎖を有するアミノ酸は,
アラニン(A),ロイシン(L),プロリン(P),メチオニン(M),
グリシン(G),バリン(V),イソロイシン(I),フェニルアラニ
ン(F),トリプトファン(W)およびシステイン(C)を包含する。」
(乙1,12頁11行目~下から2行目)
「細胞内へ移行する能力を持つ多数のカチオン性ペプチドは,当業者
に公知であり,本発明の方法,カチオン性ペプチド-RNA複合体,お
よび形質転換細胞に役立つ。これらには,限定はされないが,ポリアル
ギニン(例えば,7~15のアルギニン,好ましくは,8,9,10,
11,または12のアルギニン)(Matsuiら,CurrentP
roteinandPeptideScience(2003)
4:151-157参照)・・・,またはそれらの組み合わせ任意のも
のから成るグループから選択される。」(乙1,14頁下から5行目~
15頁下から9行目)
「当業者なら,当業者らに公知の方法で付加的なカチオン性ペプチド
がRNAトランスフェクションを仲介する能力を容易に決定することが
できる。好ましくは,遺伝子導入されたRNAにコードされた1または
複数のポリペプチドのタンパク質産生が測定される。タンパク質を検出
する方法は,当業者らに公知であり,それらの方法には,限定はされな
いが,ウェスタン・ブロット法,細胞外染色,抗生物質耐性などのマー
カーの検出,ルシフェラーゼ,βガラクトシダーゼ等が包含される。代
わりに本発明では,標識を付けたRNA(例えば,蛍光標識されたRN
A,または32Pで標識付けしたRNA)を関心のあるカチオン性ペプ
チドと前もって混合し,次に細胞培養に加え,約30~60分間インキ
ュベートし,培地を取り除き細胞を洗浄し,次いで細胞に残った標識を
標準的な技術で測定する。」(乙1,15頁下から8行目~16頁1行
目)
「好ましい実施形態では,RNAは翻訳可能なRNAであり,そして
本発明のカチオン性ペプチドおよびカチオン性ペプチド-RNA複合体
は,選択的に,細胞質を標的とするか,または細胞質内に局在する。細
胞質で翻訳が生じるので細胞質を標的とするのが好ましい。一実施形態
では,該カチオン性ペプチドは本質的にペプチド形質導入ドメインから
なる。
RNAから翻訳されたタンパク質は,本発明の方法で細胞に送達され,
当該技術分野で公知の方法で検出することができる。タンパク質分析に
は当該技術分野で様々な技法が利用可能であり,それらの技法には,限
定はされないが,放射免疫測定法,ELISA(酵素結合免疫放射測定
法),「サンドイッチ」免疫測定法,免疫蛍光分析法,およびPAGE
-SDSが含まれる。
本発明の目的の場合,ペプチド形質導入ドメインは,他の細胞小器官
(例えば,細胞膜,核,ミトコンドリア,色素体,小胞体,ゴルジ装置
など)とは対照的に,選択的に細胞質内に局在するアミノ酸配列を指す。
好ましくは,本発明のカチオン製ペプチドの少なくとも50%,60%,
70%,80%,または少なくとも90%は,細胞質に局在する。」(乙
1,16頁7~19行目)
「本発明のペプチドは,PerkinElmer/Applie
dBiosystems社,モデル430Aまたは431A(米国,
カリフォルニア州,フォスター市)で製造されたもののような,市販の
自動ペプチド合成器を用いた化学合成などの当業者に公知の様々な方法
によって得ることができる。」(乙1,19頁下から11~9行目)
「RNA
本発明のカチオン性ペプチドは,限定はしないが,一次RNA転写物,
mRNA,rRNA,tRNA,dsRNA,siRNA(RNAi),
リボザイム,アンチセンスRNA,増幅RNA等を含む任意のタイプの
RNAを持つ任意のタイプの細胞の形質転換に使用することができる。
好ましい実施形態では,RNAは翻訳可能なRNAである。翻訳可能な
RNAという用語は,RNAがオープン・リーディング・フレームの両
側に位置する機能的な翻訳開始シグナルおよび翻訳終結シグナルを含む
こと,および,RNAが,細胞内に導入された際に,翻訳開始シグナル
および翻訳終結シグナルを認識する翻訳機構でペプチドまたはポリペプ
チドに翻訳されることを意味する。
RNAは,一つまたは複数の細胞から抽出でき,または従来の分子技
術を用いてinvitroで産生することができる。RNAは,cD
NAへの逆転写,続いてPCR増幅およびinvitroでの転写に
より増幅することができる。かかる方法は当業者には公知である。…
好ましい実施形態では,RNAは病原体,または,癌細胞などの新生
物(腫瘍)細胞からのものである。好ましい実施形態では,抗原は腫瘍
細胞または病原体からのものである。好ましくは,腫瘍細胞は腎癌の癌
細胞,多発性骨髄腫細胞,慢性リンパ性白血病細胞,またはメラノーマ
細胞である。好ましい病原体は,HTVおよびHCVである。好ましい
実施形態では,抗原は,癌細胞または病原体から単離された,または由
来するRNAの形で,抗原提示細胞に送達される。」(乙1,20頁5
行目~下から4行目)
「標的細胞
本発明の方法および組成物は,原核細胞および真核細胞,培地内の細
胞,組織断片内の細胞,またはヒトを含む動物内の細胞を含む任意のタ
イプの細胞を形質転換するのに使用することができる。好ましい実施形
態では,細胞は真核細胞である。
本発明の一実施例では,標的細胞は抗原提示細胞である。抗原提示細
胞には,限定はされないが,肺胞マクロファージ,腹腔マクロファージ
および脾臓マクロファージを含むマクロファージ;単球;ランゲルハン
ス細胞,未成熟樹状細胞および成熟樹状細胞を含む樹状細胞が含まれる。
好ましい実施形態では,標的細胞は樹状細胞である。「樹状細胞(D
C)」という用語は,様々なリンパおよび非リンパ組織に見られる形態
学的に類似した細胞形態の多様な個体群を表す…。樹状細胞は,APC
のうちで最も強力であり,T細胞の活性化および増殖に必要なシグナル
を提供する。樹状細胞は骨髄先祖細胞に由来し,少数が末梢血中を循環
し,未成熟ランゲルハンス細胞または最終分化した成熟細胞のいずれか
として出現する。また,樹状細胞は単球から分化することもできる。抗
原提示細胞(APC)を単離する方法,ならびに樹状細胞前駆体および
成熟樹状細胞を産生する方法は当業者に公知である。」(乙1,21頁
5~20行目)
「未成熟樹状細胞または成熟樹状細胞は,本発明のカチオン性ペプチ
ド-RNA複合体を使用してトランスフェクトされることができる。ト
ランスフェクトされた樹状細胞は,腫瘍および病原体感染などの疾病の
治療に役立つ。」(乙1,23頁2~4行目)
「カチオン性ペプチド-RNA複合体
本発明はさらに,カチオン性ペプチドとRNAの単離された非共有結
合複合体からなる組成物を提供する。正電荷を持つカチオン性ペプチド
と負電荷を持つRNAは,イオン結合を介して非共有結合複合体を形成
する。本発明のカチオン性ペプチド-RNA複合体は,一つのカチオン
性ペプチドと複数のRNA,複数のカチオン性ペプチドと一つのRNA,
一つのカチオン性ペプチドと一つのRNAで形成される複合体を包含す
る。カチオン性ペプチドの長さ,配列,電荷は,RNAの長さ,配列,
及び,それらの濃度と同様に,カチオン性ペプチドとRNAの比を決定
するための関連要因である。効率的な複合体形成や導入のために,カチ
オン性ペプチドとRNAの比や濃度を最適化することは当業者にとって
容易である。好ましい比は,RNA分子に対してカチオン性ペプチドが
1-100である。
本発明のカチオン性ペプチド‐RNA組成物は,カチオン性脂質,中
性脂質,デンドリマー,クロロキン,リソソーム親和性薬剤,または,
かかる混入物がないときのカチオン性ペプチド‐RNAのトランスフェ
クション効率と比べ,カチオン性ペプチド‐RNAのトランスフェクシ
ョン効率が5%以上増加するのに十分な他の薬剤の量を含んではならな
い。
カチオン性ペプチド‐RNA複合体は,カチオン性ペプチドおよびR
NAを,トランスフェクションのための標的細胞を含む環境に添加する
前に形成することができ,または複合体はトランスフェクションのため
の標的細胞を含む環境で形成される。たとえば,組織培養中の標的細胞
であれば,予め形成したカチオン性ペプチド‐RNA複合体を組織培地
に添加してよく,またはRNAおよびカチオン性ペプチドを別個に添加
し培地中で結合させてよい。より高次の生命体中の標的細胞であれば,
予め形成したカチオン性ペプチド‐RNAを生命体に導入することが好
ましい。1つの実施形態で,カチオン性ペプチドおよびRNAをPBS
中で混合し,室温で1~60分間または一晩インキュベートし,ペプチ
ド:RNA複合体を形成させる。インキュベーションの温度は決定的で
はないが,好ましい実施形態では1~50℃の範囲内である。
本発明は,また,カチオン性ペプチド‐RNA複合体からなる医薬組
成物,および薬学的に許容可能な担体を提供する。」(乙1,23頁9
行目~24頁4行目)
「標的細胞の形質転換
カチオン性ペプチドと核酸はinvivoまたはexvivoで
細胞に送達することができる。カチオン性ペプチドと核酸は,RNAま
たはカチオン性ペプチド-RNA複合体の細胞内への取り込みに帰着す
るのに効果的な任意のRNA濃度で使用することができる。かかる有効
な濃度は,一般的に,細胞培養内のRNAで1ナノグラム/ml~1m
g/mlまでの範囲にある。
当業者なら,invitroおよびinvivoでの使用のため
の最適な濃度を決定することができる。
好ましい実施形態では,カチオン性ペプチドとRNAを水溶液中で混
合し,その後,共に細胞培地に加えるか,または動物,好ましくは,ヒ
トに投与する。好ましくは,混合液を細胞培地に加えるか,または投与
する前に,カチオン性ペプチドとRNAを複合体が形成可能になる十分
な時間インキュベートする。あるいは,カチオン性ペプチドとRNAを
どちらの順序でも,組織培養,またはヒトあるいは動物の対象などを含
む環境に別々に加えることができる。
組織培養内の細胞のトランスフェクションの場合,カチオン性ペプチ
ドとRNAを加える前に細胞をPBSなどの生理的緩衝溶液で洗浄する
ことができる。これらの細胞をカチオン性ペプチドとRNA(好ましく
は予め形成した複合体)に任意の時間接触させることができる。好まし
くは,少なくとも1分,好ましくは,5分から2時間,これらの細胞を
カチオン性ペプチドとRNAに接触させることができる。トランスフェ
クション培地を使用する場合は,該トランスフェクション培地を接触期
間の後に除去し,適切な細胞培地と取り替えることができる。
本発明は,上述のロードした抗原提示細胞を含むワクチンをさらに提
供する。」(乙1,24頁9行目~下から4行目)
「抗原提示細胞を単離し,調製し,トランスフェクトし,配合し,患
者に投与するする方法は,当該技術分野で公知である。」(乙1,25
頁6~7行目)
(カ)実施例
「実施例1
ヒーラ細胞へのカチオン性ペプチドを介したGFP-RNAの導入
Port-2(AntP:RQIKIWFQNRRMKWKK;
SEQIDN0:3),Port-3(HIVTat:G
RKKRRQRRRPPQ;SEQIDNO:29),または
Port-4(Port-3dimer:CGRKKRRQRR
RPPQGRKKRRQRRRPPQ;SEQIDNO:30)
カチオン性ペプチドが,ヒーラ細胞に緑色蛍光タンパク質(GFP)
をコードするRNAを導入するために使用される。Portカチオン
性ペプチドとRNAの複合比は,100:1~1:1の範囲である。
Portカチオン性ペプチドとRNAの複合比は,RNA分子数への
ペプチド分子数の割合として,分子間の電荷比によって算出される。
Portペプチドは,所望の割合で適切な濃度にPBS中に希釈され
る。Portペプチド100μlは,RNA100μl(20μg/
ml)と混合され,室温にて30分間培養されることで複合体を形成
する。接着ヒーラ細胞は,4mlPBSで洗浄される。200μlの
Port:RNA複合体が,洗浄された細胞に滴下され,続いて40
0μlの無血清培地(DMEM)が滴下される。Port:RNA複
合体溶液で被覆された細胞は,37℃で1時間培養され,1mlの完
全ヒーラ培地(10%FBS添加のDMEM)が細胞に添加される。
細胞は37℃で一昼夜培養され,トリプシン消化処理により採取され,
フローサイトメトリーで緑色蛍光タンパク質の発現を測定される。」
(乙1,26頁下から13行目~27頁3行目)
イ上記アの引用例1の記載によれば,引用例1には,前記第2の3(2)アの
引用発明が記載されているものと認められる。
ウこれに対し,原告は,①引用例1には実験結果の記載がなく,形質転換
できるという効果を奏する複合体が得られることや,仮に複合体が得られ
たとしても,引用例1に記載された性質を示すことは確認できないのであ
るから,実施可能なものとして完成した発明が記載されているとはいえな
い,②引用例1の記載から配列番号29のペプチドを選択することは当業
者において容易ではないから,引用例1の記載に基づいて引用発明を認定
することはできず,本件審決の認定は誤りである旨主張する。
(ア)しかしながら,まず①についていうと,特許法29条2項,同条1
項3号所定の「刊行物に記載された発明」というためには,特許出願当
時の技術水準を基礎として,当業者が当該刊行物を見たときに,特許請
求の範囲の記載により特定される特許発明等の内容との対比に必要な限
度において,その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開
示されていることが必要であり,かつ,それで足りると解するのが相当
である。
そこで,上記の観点から引用例1に上記の程度の開示がされているか
どうかを検討すると,引用例1には,核酸で細胞を形質転換する従来の
方法には,脂質を介した形質転換,ポリL-リジン,デンドリマーまた
はポリエチレンイミンなどのカチオンに結合するポリマーDNAを用い
たトランスフェクション,エレクトロポレーション,リン酸カルシウム
形質転換,及びウィルスを介したトランスフェクションが含まれ,様々
なペプチド,特に,カチオン性ペプチドは細胞内に移行することができ,
またタンパク質の細胞内への転座を仲介することもできることが知られ
ており,さらに,非共有結合で結合した核酸に対するペプチドを介した
トランスフェクションが報告されていたが,RNAトランスフェクショ
ンの方法は,DNAトランスフェクションの方法ほど開発されていなか
ったこと(前記(1)ア(ウ)),引用例1記載の発明が,細胞の生存率を保
持しつつ,細胞に効率的にRNAを送達する進んだ方法を提供するもの
であること(前記(1)ア(ウ)),出願人らは,カチオン性ペプチドが,R
NAとペプチドとの共有結合又はPEI-ペプチド複合体を必要とする
ことなく効率的なRNAによる細胞のトランスフェクションを仲介する
ことができることを発見したこと(前記(1)ア(エ))が記載されており,
これらをまとめれば,DNAを用いてされていたトランスフェクション
につき,RNAについても,カチオン性ペプチドを用いることにより効
率的になし得ることを発見したことが記載されている。
さらに,引用例1の「標的細胞の形質転換」の項には,カチオン性ペ
プチドと核酸はinvivo又はexvivoで細胞に送達するこ
とができること,カチオン性ペプチドと核酸は,RNA又はカチオン性
ペプチド-RNA複合体の細胞内への取り込みに帰着するのに効果的な
任意のRNA濃度で使用することができること,かかる有効な濃度は,
一般的に,細胞培養内のRNAで1ナノグラム/ml~1mg/mlま
での範囲にあるが,当業者であれば,invitro又はinvi
voでの使用のための最適な濃度を決定できること,好ましい実施形態
としてカチオン性ペプチドとRNAを水溶液中で混合し,その後,共に
細胞培地に加えるか,または動物,好ましくは,ヒトに投与する形態が
あること,組織培養内の細胞のトランスフェクションを行う場合の手法
がそれぞれ記載されており(前記(1)ア(オ)),形質転換を行う場合の手
法が開示されている。
その上で,引用例1には,「実施例1」として,RNAと組み合わせ
るカチオン性ペプチドとして,配列番号3,29及び30のPortカ
チオン性ペプチドが記載され,そのうちの,Port-3カチオン性ペ
プチドが引用発明の認定の基礎とされているものであるところ,実施例
1では,上記Portカチオン性ペプチドと緑色蛍光タンパク質(GF
P)をコードするRNAの複合比を100:1~1:1とした非共有結
合複合体を,ヒーラ細胞へ滴下し,培養したのち,緑色蛍光タンパク質
の発現を測定すること,上記の複合比は,RNA分子数へのペプチド分
子数の割合として,分子間の電荷比によって算出されるものであること
が記載されており(前記(1)ア(カ)),具体的な複合体に用いられるカチ
オン性ペプチドの内容及び複合の際のカチオン性ペプチドとRNAの複
合比やその算出方法も記載されている。
以上の引用例1の記載に照らすと,引用例1には,RNAトランスフ
ェクションの方法は,DNAトランスフェクションの方法ほど開発され
ていなかったところ,RNAについて,DNAと同様にトランスフェク
ションを行うに際し,Port-3カチオン性ペプチドと緑色蛍光タン
パク質をコードするRNAの非共有結合複合体であって,Port-3
カチオン性ペプチドとRNAの複合比が100:1~1:1の範囲であ
る複合体を採用し,引用例1記載の方法により,RNAを細胞内へ導入
し,形質転換することにより,細胞の生存率を保持しつつ,細胞に効率
的にRNAを送達することができるという技術的思想が,当業者にとっ
て,実施し得る程度に,かつ,特許発明と対比するに必要な程度に開示
されていることが認められる。したがって,原告の上記①の主張は理由
がない。
(イ)また,②についても,引用例1に他の本願補正発明の構成を有しな
いペプチドが開示されていたとしても,前記(ア)のとおり,引用例1に
は実施例1として,Port-3カチオン性ペプチドと緑色蛍光タンパ
ク質をコードするRNAの非共有結合複合体であって,Port-3カ
チオン性ペプチドとRNAの複合比が100:1~1:1の範囲である
複合体,すなわち引用発明が技術思想として開示されている以上,これ
を引用発明として認定することに誤りはない。原告は,引用例1の記載
からPort-3カチオン性ペプチドを選択することが当業者において
容易でない旨主張し,容易想到性を問題とするかのようであるが,引用
例1に本願補正発明の構成と一致しない他のペプチドが開示されている
としても,上記複合体が引用例1に前記(ア)のとおりの技術思想として
記載されている以上,上記開示が上記複合体を引用発明として認定する
ことの妨げとなるものではないし,引用発明の認定の場面において,選
択が容易かどうかを問題とすべきものでもない。
したがって,原告の上記②の主張も理由がない。
(2)以上によれば,引用例1から引用発明した本件審決に誤りはなく,原告主
張の取消事由1は理由がない。
3取消事由2(相違点(1)の容易想到性の判断の誤り)について
原告は,本願発明における「免疫活性化複合化一本鎖RNA」は,免疫反応
を活性化する生得(抗原非依存性)の効果を有するものであり,かつ,それ自
体が免疫活性効果を有するという性質を有するものであるのに対し,引用例1
には,トランスフェクトされるmRNAから細胞質基質において翻訳されたタ
ンパク質抗原が抗原提示細胞上に提示され,これにより免疫反応を引き起こす
こと,すなわち従来から知られている抗原特異的な免疫応答が開示されている
にとどまるから,本願補正発明に係る免疫活性化複合化一本鎖RNAと,引用
例1に開示されている複合体とでは,免疫を誘導するための機構が全く異なり,
当業者が引用例1に基づき相違点(1)に係る構成を容易に想到し得たものとい
うことはできない旨主張する。
(1)本願補正発明の「免疫活性化」の意義について
ア本願の特許請求の範囲(請求項1)には,「免疫活性化」に関し,本願
発明の「複合化一本鎖RNA」が,「1つ以上のオリゴペプチドと複合化
された少なくとも1つのRNA(分子)を包含する免疫活性化複合化一本
鎖RNA」であること,及び,上記「複合化一本鎖RNA」が「腫瘍また
は癌疾患,循環器病,感染症,(感染性)ウイルス性疾患,自己免疫疾患,
(単)遺伝子疾患,および/またはアレルギーから選択される疾病の処置
および/または予防における治療用」であることが規定されているが,「免
疫活性化」の意義につき,非特異的な免疫反応を誘発することにより免疫
活性化をすることを指すのか,抗原によって誘発される特異的な免疫反応
を誘発することにより免疫活性化をすることを指すのかを特定する記載は
なく,また,具体的にどのような機序により「免疫活性化」がされ,上記
の疾病の処置及び/又は予防における治療に用いられるかについて特定す
る記載もない。ましてや,「免疫活性化複合化一本鎖RNA」それ自体が,
非特異的な免疫反応を誘発することを明示した記載はない。
イ次に,本願明細書(甲1)には,「免疫活性化」の語を定義した記載は
ない。
そして,確かに,前記1(1)オ及び(2)エのとおり,本願明細書の段落【0
059】ないし【0061】には,本願補正発明におけるRNAとして,
生来の免疫反応を誘発できるアジュバントタンパク質をコードするRNA
を用いると,mRNAの翻訳を介して生来の免疫反応を活性化することも
できることが記載されているほか,段落【0092】ないし【0095】
には,TLRのリガンドを表すRNA配列を含む免疫活性化RNAが,非
特異的な免疫活性化(免疫応答)を亢進するために使用できることが記載
されていることなどから,本願明細書には,本願補正発明の「複合化一本
鎖RNA」を用いて,非特異的な免疫反応を誘発することにより免疫活性
化をする複合化一本鎖RNAが記載されていることが認められる。
しかしながら,他方で,前記1(1)カ及び(2)エのとおり,本願明細書段
落【0070】には,「本発明の複合化RNAの少なくとも1つのRNA
(分子)は,抗原をコードしていてもよい。本発明では「抗原」という用
語は,免疫系によって認識され,例えば抗体を形成することによって抗原
特異的な免疫応答を誘発できる物質を指す。…内因性抗原としては,…細
胞内で発生するウイルス起源の抗原をも含む。内因性抗原の分類の1つが,
腫瘍抗原の分類である。」の記載があり,段落【0174】には「適切な
免疫活性化を実現する薬学的組成物を得るために,1つ以上の抗原をコー
ドするmRNAを直接血液細胞にトランスフェクトすれば,免疫活性化を
成功させるには充分なのである。」の記載があり,段落【0176】には
「また,invitroまたはexvivoで使用されてもよいトラ
ンスフェクション法は,例えば本発明において言及される各種疾病の治療
法としてinvivoで使用しても非常に適切である。…特定の疾病の
治療および/または予防は,通常,本発明の複合化RNAのRNAによっ
てコードされた適切なタンパク質の選択に左右される。」との記載がある。
また,本願明細書段落【0247】及び【0248】の実施例6及び図8
では,本願補正発明に係る複合体をHeLa細胞に作用させると,ルシフ
ェラーゼmRNAが翻訳されてルシフェラーゼ(タンパク質)が産生され
ることが記載されており,これは,抗原をコードするmRNAを用いれば,
mRNAの翻訳を介した抗原特異的な免疫が活性化されることを示すもの
といえる。
そして,前記1(2)カのとおり,本願明細書には,本願補正発明の複合化
一本鎖RNAを用いることにより,RNAのトランスフェクション効率を
改善し,抗原により誘発される特異的免疫反応,又は非特異的免疫反応を
亢進することによって,免疫系を賦活化することができ,それにより腫瘍
または癌疾患,(感染性)ウイルス性疾患などの疾病の治療及び/又は予
防を行うことができるという効果を奏する(段落【0177】,【017
8】,【0192】~【0194】)ことが記載されている。
以上によると,本願明細書には,抗原をコードするRNAを用いると,
複合化されたmRNAが細胞内にトランスフェクトされた後,mRNAが
タンパク質に翻訳されて抗原が産生され,特異的な免疫反応を誘発するこ
とにより免疫活性化をするという作用をする複合化一本鎖RNAも記載さ
れているものと認められる。
さらに,本願明細書の段落【0023】に,「本発明の文脈において,
複合化RNAとは,本発明において定義するように,実験式(Arg)l
;(Lys)m;(His)n;(Orn)o;(Xaa)xによって表わさ
れる1つ以上のオリゴペプチドでもって,RNAとオリゴペプチドとの間
で非共有的複合体を形成することによって複合化された,RNA(分子),
好ましくはmRNAであると理解すべきである。…RNAと少なくとも1
つのオリゴペプチドとの連結は,複合体の解離平衡状態にある。細胞内に
ついては,理論に縛られるわけではないが,RNAとオリゴペプチドとが
解離した状態の方で平衡であるように思われる。」との記載があること,
前記実施例6及び図8において,本願補正発明に係る複合体をHeLa細
胞に作用させると,ルシフェラーゼmRNAが翻訳されてルシフェラーゼ
(タンパク質)が産生されることが記載されており,これは,抗原をコー
ドするmRNAを用いれば,mRNAの翻訳を介した抗原特異的な免疫が
活性化されることが示されていることに照らすと,本願明細書には,オリ
ゴペプチドと解離した状態のmRNAが,抗原特異的な免疫活性化の効果
をもたらす「免疫活性化複合化一本鎖RNA」も記載されていることが認
められる。
ウ「免疫」の一般的な語義についてみても,「岩波生物学辞典第4版」(平
成8年3月21日発行)(乙3)の「免疫反応」の項には「免疫現象に関
係のある物質や細胞の生体内および生体外での反応の総体.免疫応答,抗
原と抗体や補体との反応,免疫応答によって生じた機能細胞と抗原との反
応など.」の記載があり,「免疫反応」につき抗原によって誘発されるも
のも含むことが認められることに照らすと,「免疫」の一般的な意味とし
ては,非特異的なものに限られるものとは解されない。
これに対し,原告は,「免疫活性化」とは,免疫反応を活性化する生得
(抗原非依存性)の効果を指すために一般的に広く用いられるものである
として,「免疫」につき,非特異的な免疫を指すことが一般的である旨主
張するが,これを裏付ける証拠の提出はなく,原告の上記主張は採用する
ことができない。
エ以上によると,本件補正発明における「免疫活性化」は,その機序を問
わず単に「免疫」を「活性化」することを特定するにとどまるのであって,
非特異的な免疫(生得の免疫)と抗原特異的な免疫の両方の免疫の活性化
を包含するものであり,非特異的な免疫(生得の免疫)に限定されること
を意味するものと解することはできないし,本件補正発明の「免疫活性化
複合化一本鎖RNA」それ自体が,非特異的な免疫活性化をもたらすもの
のみに限定されるものと解することもできない。
オこれに対し,原告は,本願補正発明が,「免疫活性化複合化一本鎖RN
A」自体が,非特異的な免疫反応をもたらすもののみを特定することの根
拠として,本願明細書の段落【0060】,実施例5(段落【0241】
~【0246】)及び図7の記載を挙げる。
確かに,本願明細書の実施例5及び図7ではルシフェラーゼmRNAと
ノナアルギニンとの複合体によりhPBMC(ヒト末梢血単核球)からの
TNFαの産生が誘導されており,これは非特異的な免疫反応が生じてい
ることを裏付けるものである。
しかしながら,本願明細書には,抗原をコードするRNAを用いると,
複合化されたmRNAが細胞内にトランスフェクトされた後,mRNAが
タンパク質に翻訳されて抗原が産生され,特異的な免疫反応を誘発するこ
とにより免疫活性化をするという複合化一本鎖RNAも記載されているこ
と,オリゴペプチドと解離した状態のmRNAが免疫活性化の効果をもた
らす「免疫活性化複合化一本鎖RNA」も記載されていることは前記イの
とおりであるから,本願明細書の段落【0060】,実施例5及び図7の
記載は,本願補正発明が,非特異的な免疫(生得の免疫)活性化の効果を
もたらす物を包含することを示す一例の記載にすぎないというほかなく,
これらの記載が上記エの認定を覆すものではない。
なお,本願明細書の段落【0094】には,本願補正発明の「免疫活性
化複合化一本鎖RNA」それ自体が非特異的免疫活性を有することが記載
されているように理解し得る記載もあるが,上記に説示したところに照ら
せば,この記載も本願補正発明の一例を示すにすぎないものと認められる。
以上によると,原告の上記主張は理由がない。
(2)引用例1記載の「免疫」の意義について
前記2(1)のとおり,引用例1には,「本明細書で使用される「対象物に免
疫応答を誘導すること」という用語は,…抗原(またはエピトープ)に対す
る検出または測定可能な応答が…少なくとも約2倍,…またはそれ以上増大
することを意味する。抗原(またはエピトープ)に対する免疫応答には,抗
原特異的(またはエピトープ特異的)な抗体の産生,および自身の表面に抗
原(またはエピトープ)に特異的に結合する分子を発現させる免疫細胞の産
生が含まれる。」(前記2(1)ア(オ)。乙1,8頁下から4行~9頁4行),
「好ましい実施形態では,RNAは翻訳可能なRNAである。」(前記2(1)
ア(オ)。乙1,20頁9行目),「好ましい実施形態では,RNAは病原体,
または,癌細胞など新生物(腫瘍)細胞からのものである。好ましい実施形
態では,抗原は腫瘍細胞または病原体からのものである。…好ましい実施形
態では,抗原は,癌細胞または病原体から単離された,または由来するRN
Aの形で,抗原提示細胞に送達される。」(前記2(1)ア(オ)。乙1,20頁
24~29行目),「未成熟樹状細胞または成熟樹状細胞は,本発明のカチ
オン性ペプチド-RNA複合体を使用してトランスフェクトされることがで
きる。トランスフェクトされた樹状細胞は,腫瘍および病原体感染などの疾
病の治療に役立つ。」(前記2(1)ア(オ)。乙1,23頁2~4行目)との記
載がある。
上記の各記載に照らすと,引用例1に記載された「免疫」は,細胞に,抗
原をコードするmRNAを用いた複合体をトランスフェクトすることによ
り,mRNAの翻訳を介して抗原が産生され,その抗原により誘導される抗
原特異的免疫を意図していること,特に,腫瘍細胞又は病原体の抗原をコー
ドするmRNAを用いた複合体を,腫瘍又は病原体感染等の疾病の治療に役
立てるものであることが理解できる。
(3)相違点(1)の容易想到性の判断について
前記(1)及び(2)によると,本願補正発明と引用例1に記載された「免疫」
とは,いずれも,抗原特異的免疫を含む点で一致している。
そして,前記(2)の引用例1の記載に接した当業者であれば,腫瘍や病原体
感染等の疾病の治療に用いるために,引用発明に係る複合体において,緑色
蛍光タンパク質をコードするmRNAに代えて,腫瘍細胞や病原体の抗原を
コードするmRNAを用いることにより,mRNAの抗原への翻訳を介して
免疫反応を誘導(免疫を活性化)し,引用発明において,相違点1に係る本
願補正発明の構成とすることは,容易に想到することができたものと認めら
れる。
したがって,本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張の取消事由2は理
由がない。
4取消事由3(相違点(2)の容易想到性の判断の誤り)について
(1)本願優先日当時の技術水準について
ア本願優先日前に頒布された文献には以下の記載がある。
(ア)Basicpeptidesystemforefficientdeliveryofforeigngenes,
BiochimicaetBiophysicaActa,vol.1640,p.129-136(平成15年)(乙
4)
「本研究で我々は,様々な細胞株を効率的にトランスフェクトするD
NA複合体を形成するアルギニンペプチドについて報告した。ペプチド
のトランスフェクション能力が,293T,HeLa,Jurkat,
及びCOS-7細胞における緑色蛍光タンパク質とβガラクトシダーゼ
の遺伝子発現により観察された。」(要約の3~5行)
「3.1ペプチド/DNA複合体の構造
ペプチド/DNA複合体の構造を評価するため,正のペプチド/負の
DNAの電荷比に応じた複合体間の静電相互作用を測定するのにゲル電
気泳動遅延が使用された。」(131頁右欄21~25行)
「β-ガラクトシダーゼの最高のトランスフェクションと発現は,ペ
プチド/DNA電荷比3:1で得られ,293TとHeLa細胞株での
ペプチド濃度1μMに対応する(図3)。」(132頁右欄9~12行)
「図3ペプチド/DNA複合体のトランスフェクションにおける電
荷比の影響。細胞(293TまたはHeLa)は,試作されたペプチド
/DNA複合体(ペプチド/DNAの電荷比が最大16:1まで変化)
の存在下で2時間培養され,その後,それらは完全培地で置換された。
48時間後,細胞抽出物を作成し,β-ガラクトシダーゼ活性が材料,
方法の項に記述されるとおり決定された。実験はそれぞれのサンプルで
少なくとも3回実施された。示された結果は,それぞれの測定において,
平均値と標準偏差である。」(133頁図3の説明文)
(イ)特表2006-519026号公報(乙5)
「【請求項14】
標的物質を細胞内へ導入するための組成物であって,A)標的物質,
B)アクチン作用物質,を含む,組成物。
【請求項15】
前記標的物質は,DNA,RNA,ポリペプチド,糖およびこれらの
複合体からなる群より選択される物質を含む,請求項14に記載の組成
物。」
「【0285】
…予想したように,高いトランスフェクション効率を実現するため
の重要な因子は,ポリマー内の窒素原子(N)の数とプラスミドDNA
内のリン酸残基(P)の数との間の電荷バランス(N/P比率),なら
びにDNA濃度である。一般的に,N/P比率および濃度における増大
は,トランスフェクション効率の増大を生じる。並行して,本発明者ら
は,hMSCの溶液トランスフェクション実験における高いDNAおよ
び高いN/P比率の場合に,細胞生存率の有意な低下を観察した。…S
PTAの場合,10のN/P比率が最適であることが見出され,細胞毒
性を最小化しながら十分なトランスフェクションレベルを提供する。…」
(ウ)国際公開第2006/085664号(乙6)
「本発明にいう核酸は,限定するものでないが,それが動物細胞デリ
バリーされたときに細胞に対して何らかの作用を及ぼしうる核酸または
核酸関連物質を指す。化学構造により分類すると,所謂,オリゴまたは
ポリマーの範疇に入る,DNA,RNA及び核酸アナログ…が本発明に
いう核酸に包含される。」(9頁4~10行目)
「本発明の組成物では,核酸とポリカチオン荷電性ポリマーとの混合
比は,ポリマー中のカチオンと核酸分子内のリン酸基との比率(N/P
比)で表すことができる。N/P比とは,次式によって定義される量で
あり,以後断りの無い限り,N/P比とはこの量のことを指す。
N/P比=〔溶液中のポリマー中のカチオンの総数〕/〔溶液中の核
酸中のりん酸基の総数〕
本発明において,N/P比は,ポリイオンコンプレックスを形成でき
る限り限定されず,ポリマーに含まれる非荷電性セグメントまたは荷電
性セグメントの性質によって異なる。本発明における適当なN/P比は,
当業者であれば,適宜選択することができる。」(14頁19行目~1
5頁4行目)
「実施例1:DET,PEG-DETを用いた培養細胞(株化細胞)
への遺伝子導入
この実施例では,DET及びPEG-DETの細胞への遺伝子導入能
を株化細胞に対するルシフェラーゼ遺伝子導入により評価する。・・・
<結果>
図1(判決注N/P比を1~100まで変化させてルシフェラーゼ
遺伝子発現を観察するものである。)に示すように,いずれの細胞にお
いても,DET/pDNAcomplexでは,特に,N/P比10
以上で高いルシフェラーゼ遺伝子発現が確認された。
PET-DET/pDNAcomplexでは,N/P比20以上
で高い遺伝子発現が観察された。…また,DET,PEG-DETとも
N/P比が80を越える条件では発現が低下した。」(18頁下から1
1行目~20頁9行目)
「請求の範囲
1.ポリカチオン荷電性ポリマーを核酸のキャリヤーとして含んでな
る標的細胞または組織への核酸デリバリー用組成物であって,ポリカチ
オン荷電性ポリマーが,ポリ(アミノ酸),多糖,…をベースとする主
鎖を有し,かつ,側鎖として…を含む荷電性ポリマー…,核酸デリバリ
ー用組成物。」(28頁1~14行目)
(エ)特表2006-517793号公報(乙7)
「【請求項1】
標的遺伝子の発現を減少させるための方法であって,一本鎖オリゴリ
ボヌクレオチドおよびPEIに細胞を曝すことを含み,該一本鎖オリゴ
リボヌクレオチドが該標的遺伝子によりコードされるmRNAと相補的
な50未満のリボヌクレオチド領域を含み,該標的遺伝子がRNA干渉
により下方制御されるものである,方法。」
「【0027】
標的遺伝子の下方制御のために必要なssRNAの量は,経験的に決
定され得,そして当業者の技術の範囲内である。カチオンポリマーの量
は使用されるssRNAの量に依存する。PEIについて,例えば,P
EIの全窒素原子の数とssRNAのリン酸基の数との比(N/P比)
は,ssRNAの所定の量を効果的に送達するためのPEIの量を決定
するための好適なパラメータである。好ましい態様において,該N/P
比は2~10,さらに好ましくは3~8である。とりわけ好ましい比は
5である。好ましい比は,取り込み後のエンドソームから複合体の取り
込みおよび放出を可能にするために,オリゴヌクレオチドを効果的に複
合体化させるのに必要な直鎖状PEIの量(すなわち窒素原子の量)で
ある。」
(オ)BindingofCationicα-HelicalPeptidestoPlasmidDNAandTheir
GeneTransferAbilitiesintoCells,THEJOURNALOFBIOLOGICAL
CHEMISTRY,vol.272,p.15307-15312(平成9年)(乙8)
「正の(ペプチド)/負の(DNA)の電荷比は,それぞれ0,0.
10,0.25,0.50,1.0,2.0,4.0と8.0だった(図
2A)。」(15308頁右欄末行~15309頁2行目)
「トランスフェクション効率における46とプラスミドDNAの量の
影響は図7に示される。最高のトランスフェクション効率は,2.5μ
gのプラスミドDNAの量と2.6nmolの46が混合された場合に
生じた。さらに,どれだけの量のDNAでも,ペプチド:DNA混合比
は2.0で最適化される。ペプチド:DNA電荷比が2.0以下である
場合,効率は下がった。」(15311頁右欄11~17行目)
「ペプチドとプラスミドDNAの最適な混合
細胞は,16-mmディッシュ毎に0.66-5.3nmolの46
と1.3-10μgのプラスミドDNAからなるペプチド-DNA複合
体の存在下で培養された。培養した後,効率が後述の実験手順で解析さ
れた。上部のボックスの数値は,電荷比(ペプチド:DNA)を示す。」
(15311頁図7の説明文)
(カ)StearylatedArginine-RichPeptides:ANewClassofTransfection
Systems,BioconjugateChem.,vol.12,p.1005-1011(平成13年)(乙
9)
「最高のルシフェラーゼ活性は,2:1のカチオン:アニオン電荷比
で処理された細胞から得られた(図4A)。」(1008頁左欄23~
25行目)
「(A)ステアリル化R8を用いたプラスミドDNA(PGV-C2,
2.5μg)でトランスフェクトされたCOS-7細胞からのルシフェ
ラーゼ活性におけるカチオン:アニオン電荷比の影響。それぞれの棒は
3つの結果の平均値を示す。今回の標準偏差はとても小さいので,誤差
は図に表れていない。」(1008頁図4(A)の説明文)
イ以上によると,DNAやRNA等の核酸を細胞に導入(トランスフェク
ト)するに当たり,リン酸(P)により負に帯電した核酸と塩基性アミノ
酸(N)などにより正に帯電したカチオン性分子とを組み合わせて複合体
とすること,その際の核酸とカチオン性分子との混合比は窒素原子の数と
リン酸基の数との比(N/P比)で表されるところ,N/P比がトランス
フェクション効率に影響すること,そのため,核酸とカチオン性分子の組
合せに応じて,N/P比を変化させて,トランスフェクション効率が高く
なるN/P比を最適化すること,その際には,例えば前記ア(イ)ないし(カ
)で示されるような0.1~100といった幅広い数値が検討されること
は,本願優先日当時の周知技術であったものと認められる。
(2)相違点(2)の容易想到性の判断について
アN/P比について
(ア)引用例1には,「本発明のカチオン性ペプチド-RNA複合体は,
一つのカチオン性ペプチドと複数のRNA,複数のカチオン性ペプチド
と一つのRNA,一つのカチオン性ペプチドと一つのRNAで形成され
る複合体を包含する。カチオン性ペプチドの長さ,配列,電荷は,RN
Aの長さ,配列,及び,それらの濃度と同様に,カチオン性ペプチドと
RNAの比を決定するための関連要因である。効率的な複合体形成や導
入のために,カチオン性ペプチドとRNAの比や濃度を最適化すること
は当業者にとって容易である。」の記載があり(乙1,23頁12~1
8行目),実施例1においても,「Portカチオン性ペプチドとRN
Aの複合比は,RNA分子数へのペプチド分子数の割合として,分子間
の電荷比によって算出される。」の記載がある(乙1,26頁下から6
~5行目)。そうすると,引用発明においても,複合体の効率的な細胞
内への導入のために,カチオン性ペプチドとRNAの混合比について検
討する必要があるものといえる。
そして,前記(1)の周知技術を踏まえると,引用発明において,最適な
トランスフェクション効率を達成するために,複合性のカチオン性ペプ
チドの正電荷とRNAの負電荷のバランスに着目して,複合体の「1つ
のRNA(分子)の,1つ以上のオリゴペプチドに対する窒素/リン酸
塩比(N/P比)」に着目し,これを変化させて最適化し,その値を,
0.1~100の範囲内の値である0.5~50とすることは当業者に
おいて適宜行うことができたものと認められる。
(イ)aこれに対し,原告は,引用例1には,緑色蛍光タンパク質をコー
ドするmRNAの長さについて一切記載がない上に,緑色蛍光タンパ
ク質をコードするmRNAの長さは,コード領域のヌクレオチドの数
に依存するだけでなく,mRNAの5’非翻訳領域及び3’非翻訳領
域の長さにも依存することに照らすと,引用発明の緑色蛍光タンパク
質のmRNAの塩基数が700塩基程度であることが本願優先日当時
の技術常識であるとの本件審決の認定は誤りであり,引用例1に基づ
いて導き出せる事項は,せいぜい,引用発明の緑色蛍光タンパク質を
コードするmRNAの長さは,確実に700塩基より極めて大きいで
あろうということだけにすぎないから,このような引用例1の開示事
項から,本願発明の相違点(2)に係る構成が示唆されることはない旨主
張する。
確かに,本件審決は,引用発明の緑色蛍光タンパク質のmRNAの
塩基数が700塩基程度であることが技術常識であることを前提に,
引用発明におけるN/P比が1.14である旨の認定をしているが,
他方で,相違点(2)の容易想到性の判断に当たり,上記のN/P比の値
を根拠とすることなく,N/P比を最適化し0.5~50の範囲内と
することは適宜行うことであると判断しているものであるから,上記
技術常識が誤りであるかどうかは,本件審決の判断の誤りの有無に影
響を及ぼすものではない。
そして,引用発明に基づき相違点(2)のN/P比の構成を容易に想到
し得ることは,前記(ア)のとおりである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
b原告は,トランスフェクションのしやすさは,N/P比だけでは決
定されず,当然,複合体の大きさなど,様々な要素が影響し,ある複
合体について,トランスフェクションの効率上好ましいとされるN/
P比を,トランスフェクションの対象が異なるものに適用することは
できないところ,前記(1)アの各文献に記載されたヌクレオチドは,引
用発明のものよりも短かったり(乙7),トランスフェクトするヌク
レオチドがRNAでなくDNAであったり(乙4,8,9)するもの
で,引用発明の複合体の構成要素とは異なるから,これらの文献を根
拠に引用発明から相違点(2)のN/P比の構成を容易に想到し得ると
はいえない旨主張する。
しかしながら,前記(1)ア(イ)ないし(エ)のとおり,DNAの場合の
みならずRNAとカチオン性ペプチドの複合体をトランスフェクショ
ンする場合にもN/P比を考慮する必要があるところ,その際,前記
(1)ア(イ)及び(ウ)のように,DNAとRNAが同様に挙げられている
ように,DNAとRNAは同じ核酸に属する負電荷を持つ物質なので
あるから,RNAとカチオン性ペプチドとの混合比を検討するに当た
り,DNAを対象としてカチオン性ペプチドとの混合比の指標として
認識されているN/P比を参考にして,引用発明のようなRNAとカ
チオン性ペプチドの混合比を適宜設定することは,当業者において十
分になし得ることといえる。
また,乙7に記載されたヌクレオチドの長さが引用発明におけるも
のよりも短いものであるとしても,前記(1)ア(エ)のとおり,乙7も,
核酸とカチオン性分子の組合せに応じてN/P比を変化させ,トラン
スフェクション効率が高くなるN/P比を最適化することを開示する
ものであって,その手法に本質的な違いがあるわけではないから,前
記周知技術を認定する根拠とすることに問題はない。
よって,原告の上記主張は理由がない。
c原告は,本件審決が,本願補正発明のN/P比について臨界的意義
が認められないとしたことにつき,引用発明では,免疫反応に関して,
抗原をコードする核酸で形質転換された細胞において,コードされた
抗原を発現させることが記載されているのみであるのに対し,本願補
正発明は,あらゆる抗原の発現及び提示を含まない,生得の免疫反応
を引き起こすことを課題として,これを解決するものであり,その効
果も開示されており,このように,本願補正発明と引用発明とでは,
解決しようとする課題が異なり,得られる効果も異質であるから,引
用発明に基づく本願補正発明の進歩性を判断するに際して,N/P比
の値に関する臨界的意義を問題とする必要はない旨主張する。
しかしながら,原告の本願補正発明と引用発明との解決課題や効果
が異なるとの主張に理由がないことは前記3のとおりであるから,原
告の上記主張はその前提を欠き理由がない。
イモル比について
(ア)ある特定の核酸とカチオン性ペプチドの複合体において,N/P比
が定まればモル比も当然に定まるし,N/P比が変化すればモル比も変
化するなど,N/P比とモル比とは互いに連動するものであって,両者
を独立して制御することはできない。
引用例1には,「好ましい実施形態では,RNAは病原体,または,
癌細胞などの新生物(腫瘍)細胞からのものである。好ましい実施形態
では,抗原は腫瘍細胞または病原体からのものである。好ましくは,腫
瘍細胞は腎癌の癌細胞,多発性骨髄腫細胞,慢性リンパ性白血病細胞,
またはメラノーマ細胞である。好ましい病原体は,HTVおよびHCV
である。」の記載があるところ(前記2(1)ア(オ)),例えば,メラノー
マ細胞由来の抗原であるgp100,MART-1や,乳癌細胞由来の
抗原であるMUC-1などの代表的な腫瘍抗原のmRNAに相補的なc
DNAは,いずれも1000塩基以上であり(乙10の図6,乙11の
図1,及び乙12の図3),これらのRNAも1000塩基以上となる
こと,引用発明で用いられる緑色蛍光タンパク質のmRNAの長さも1
000塩基以上となるものが知られていること(甲4)に照らすと,m
RNAにつき,その長さが1000塩基以上のものが想定可能であるこ
とは本願優先日当時の技術常識であるということができる。そして,ヌ
クレオチド1塩基につきリン酸基(P)は一つであるから,長さが10
00塩基以上のmRNAにおけるPの数も1000以上となる。
また,Port-3カチオン性ペプチドは,1分子当たり8個の塩基
性アミノ酸を含むことが明らかである。
そうすると,引用発明において長さが1000塩基以上のmRNAを
採用し,N/P比として前記アの0.5~50の値を用いて最適化をす
れば,mRNA1分子当たりのPort-3カチオン性ペプチドは62.
5分子以上~6250分子以上(0.5×1000÷8=62.5~5
0×1000÷8=6250)となり,本願補正発明におけるモル比の
構成を包含することになる。
以上のとおり,N/P比が変化すればモル比も変化するなど,N/P
比とモル比とは互いに連動するものであること,引用発明において,N
/P比として前記アの0.5~50の値を用いれば,技術常識として知
られたmRNAの長さを前提とした場合,当然にそのモル比が相違点(2)
のモル比の構成を包含することになることに照らすと,引用発明におい
ても,当業者はそのモル比を適宜選択することができたものと認められ
る。
(イ)aこれに対し,原告は,引用例1には,ペプチド:RNA複合体比
が100:1~1:1の範囲にある,つまり,RNA分子1個当たり,
最大でもペプチドは100個以下であると明確に記載しており,これ
以外に数値範囲についての記載はなく,しかも,引用発明における上
記数値範囲は,本願補正発明と異なる引用例1記載の発明の目的であ
る,細胞形質転換及び細胞サイトゾル内でのmRNA翻訳に適合され
たものであるから,単なる例示ではなく,引用発明において上記の数
値範囲とする動機付けがない旨主張する。
しかしながら,前記2(1)ア(オ)のとおり,引用例1には,「本発明
のカチオン性ペプチド-RNA複合体は,一つのカチオン性ペプチド
と複数のRNA,複数のカチオン性ペプチドと一つのRNA,一つの
カチオン性ペプチドと一つのRNAで形成される複合体を包含する。
カチオン性ペプチドの長さ,配列,電荷は,RNAの長さ,配列,及
び,それらの濃度と同様に,カチオン性ペプチドとRNAの比を決定
するための関連要因である。効率的な複合体形成や導入のために,カ
チオン性ペプチドとRNAの比や濃度を最適化することは当業者にと
って容易である。」の記載がある。
しかも,前記(1)のとおり,N/P比がトランスフェクション効率に
影響し,核酸とカチオン性分子の組合せに応じて,N/P比を変化さ
せて,トランスフェクション効率が高くなるN/P比を最適化するこ
と,その際には,0.1~100といった幅広い数値が検討されるこ
とは周知のことであったところ,前記(ア)のとおり,N/P比が変化
すればモル比も変化するなど,N/P比とモル比とは互いに連動する
ものである。
そうすると,当業者は引用例1におけるPort-3カチオン性ペ
プチドとRNAの複合比100:1~1:1の数値範囲についても,
これに限定されるものではないものと理解するものといえ,引用例1
における上記数値範囲の記載は,引用発明においてこれ以外の数値を
採用することの妨げとなるものということはできない。
また,原告は,仮に,引用発明の上記の数値範囲が単なる一例を示
したものにすぎないとしても,引用例1に記載された,トランスフェ
クションして生成されるタンパク質抗原による免疫誘導という課題で
はなく,引用例1に記載のない複合体自体がTLRに結合することに
よる免疫活性という本願補正発明の課題を検討して初めて,相違点(2)
の構成に係るモル比を想到し得るものである旨主張するが,その前提
(本願補正発明と引用発明の課題や効果が全く異なるとの前提)に疑
問があるのみならず(前記ア(イ)),当業者において引用発明のモル
比を適宜設定できたといえることは前記(ア)のとおりである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
b原告は,仮に引用例1記載の緑色蛍光タンパク質をコードするmR
NAの塩基長として甲4記載の1000塩基よりわずかに大きい緑色
蛍光タンパク質をコードするmRNAの塩基長を用いたとしても,引
用発明の複合体のN/P比を本願補正発明でおいて特定された0.5
~50の範囲とするためには,引用発明におけるRNAとPort-
3カチオン性ペプチドの複合比(モル比)は,少なくとも1:62.
5以上とならねばならず,結局,引用発明の同比1:1~1:100
のうち,1:62.5~1:100というわずかな範囲で実現される
のみであって,それ以外の範囲では実現されず,引用発明における緑
色蛍光タンパク質をコードするmRNAの長さがより長ければ,本願
補正発明において特定されたN/P比の範囲を満たすためのRNA1
個に対するペプチドのモル比の範囲は更に狭くなるから,引用発明に
おいて,本願補正発明において特定されるようなN/P比の範囲とな
るようなモル比を選択するための具体的な教示があるということはで
きない旨主張する。
しかしながら,原告の上記主張は,引用発明におけるPortカチ
オン性ペプチドとRNAの複合比(モル比)につき100:1~1:
1に限定されることを前提とするものであると解されるが,その前提
が採用できないことは前記aのとおりである。
したがって,原告の上記主張はその前提を欠き理由がない。
c原告は,引用発明におけるRNA複合体につき,RNAに対するペ
プチドのモル比が250以上(かつ,本願の特許請求の範囲の請求項
1に特定するN/P比)であるようにすると,そのような重い複合体
は細胞質に到達できず,仮にイン・ビトロ等で人工的に細胞質に到達
させたとしても,複合体中のRNAが複合化しているペプチドに「遮
蔽」されてしまい,細胞質内のリボソームがRNAに翻訳可能なよう
に結合できず,抗原が全く発現されないことが当業者において知られ
ているから,当業者において,引用発明のRNAに対するペプチドの
モル比を250以上(かつ,本願の特許請求の範囲の請求項1に特定
するN/P比)とすることはない旨主張する。
しかしながら,本願の優先日当時,モル比が250以上となるよう
な一つのRNA分子に対して多くのペプチドが複合したRNA複合体
につき,細胞質内のリボソームに到達できないとか,複合体中のRN
Aが複合化しているペプチドに遮蔽されてしまい,細胞質内のリボソ
ームがRNAに翻訳可能なように結合できないとの技術的知見が存在
したことを示す証拠の提出はない。
かえって,本願明細書の実施例4(段落【0240】)及び図8に
は,ルシフェラーゼmRNAを用いて,(Arg)9:luc-RN
Aの質量比が10:1~1:1(モル比が1:384以上)の重いR
NA複合体とした場合も,HeLa細胞においてmRNAの翻訳が行
われルシフェラーゼが産生されたことが示されている。
なお,原告は,上記の本願明細書の実施例4及び図8の実験結果は
イン・ビトロのものであり,イン・ビボでは発現量が低く,同様の結
果は得られないことは当業者において周知であるとし,その根拠とし
て甲10(試験報告書)を提出するが,甲10には試験の具体的条件
等の記載もなく,これを上記の原告の主張の裏付けとすることはでき
ない。そして,他に原告の上記主張を裏付ける証拠もない。
以上によると,原告の上記主張は理由がない。
d原告は,本件審決が,モル比を1:250以上とすることにつき,
臨界的意義が認められない旨判断していることに対し,前記ア(イ)c
のN/P比の場合と同様の理由により,モル比の点について臨界的意
義を問題とすべきでない旨主張するが,前記ア(イ)cと同様の理由に
より原告の主張は理由がない。
また,原告は,本願明細書の図7,実施例8,図10及び図11,
実施例11,図21及び図22によれば,本願補正発明は,モル比を
1:250以上とすることにより引用発明から予測される範囲を超え
た顕著な効果を奏する旨主張する。
しかながら,原告の上記主張は,本願補正発明が,免疫活性化複合
化一本鎖RNAそれ自体が非特異性の免疫反応のみを誘発するもので
あると認定されることを前提に,その効果について主張するものであ
るが,本願補正発明が,免疫活性化複合化一本鎖RNAそれ自体が非
特異性の免疫反応を誘発する物のみに限定されるものではないこと
は,前記3のとおりである以上,原告の上記主張はその前提を欠き理
由がない。
なお,本願明細書の実施例8,図10及び図11で用いられた免疫
活性化複合化一本鎖RNA(ヘプタアルギニン((Arg)7))は,
オリゴペプチドの長さが7であり,本願補正発明の構成(ペプチドの
長さが8~15)とは異なる複合体を用いたものであるから,上記実
施例等を本願補正発明の効果を裏付けるものということはできない。
ウ以上によると,引用発明においてN/P比及びモル比につき相違点(2)
の範囲内とすることは,当業者が適宜行うことであり,そのような数値限
定をすることの臨界的意義は認められないとした本件審決の判断に誤りは
なく,原告主張の取消事由3は理由がない。
5結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審
決にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官鶴岡稔彦
裁判官大西勝滋
裁判官神谷厚毅
(別紙)明細書図面
【図7】
【図8】
【図10】
【図11】
【図21】
【図22】

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