弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成25年5月17日判決言渡
平成24年(行ケ)第15号審決取消請求事件
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する
法律(平成17年法律第35号)附則第2条の規定によりなお従前の例による
こととされる同法による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関す
る法律に基づく課徴金納付命令審判事件(公正取引委員会平成○年(判)第○
号ないし第○号)について,平成24年9月25日付けで原告に対してした審
決を取り消す。
第2事案の概要
1事案の要旨
被告は,国及び地方公共団体がプレストレスト・コンクリート工事(以下「P
C工事」という。)として発注する橋梁の新設工事について原告が談合を行っ
ていたとして,原告の更生管財人に対し,私的独占の禁止及び公正取引の確保
に関する法律の一部を改正する法律(平成17年法律第35号)附則第2条の
規定によりなお従前の例によることとされる同法による改正前の私的独占の
禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)54条
2項の規定に基づき,排除措置を命ずる審判審決を行い,これが確定した。被
告は,同審決を前提として,原告に対し,独占禁止法54条の2第1項に基づ
き,5億3730万円の課徴金の納付を命ずる審判審決を行った。
本件は,原告が,被告に対し,上記の課徴金の納付を命じた審決が違法であ
るとして,その取消しを求める事案である。
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2前提事実(当事者間に争いのない事実)
(1)本件訴訟に至る経緯
ア原告は,PC工事の請負等を業とする株式会社である。
被告は,独占禁止法27条1項により,内閣府設置法49条3項に基づ
いて,独占禁止法1条の目的を達成することを任務として設置された独立
行政委員会である。
イ被告は,平成16年10月15日,国及び地方公共団体がPC工事とし
て発注する橋梁の新設工事の入札参加業者が,共同して,受注予定者を決
定していたなどとして,原告外22社(以下「23社」という。)に対し,
3件の独占禁止法に違反する行為について,それぞれ排除措置を採るべき
ことを勧告した(平成○年(勧)第○号ないし第○号)。
23社が上記の勧告をいずれも応諾しなかったことから,被告は,平成
16年11月18日,23社に対して,審判開始決定をした。
ウ東京地方裁判所は,平成20年12月31日午前10時,原告に対して,
更生手続開始の決定をし,更生債権等の届出をすべき期間を平成21年3
月31日までと定めた。原告に係る更生手続において,被告は,課徴金債
権について届出をしなかった。
東京地方裁判所は,平成22年2月28日,原告に係る更生計画認可の
決定をし,同決定は同年7月1日に確定した。
エ被告は,平成22年9月21日,23社の3件の独占禁止法に違反する
行為(後記(2)アないしウ)について,それぞれ排除措置を命ずる審判審
決をし(平成○年(判)第○号ないし第○号),これらの審決は,いずれ
も平成22年10月22日に確定した。
オ被告は,上記の排除措置を命ずる審決を前提として,平成23年6月1
5日,原告の更生管財人に対し,独占禁止法48条の2第1項の規定に基
づき,合計5億3730万円(平成○年(納)第○号につき1億0574
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万円,同第○号につき3億7581万円,同第○号につき5575万円)
の課徴金納付命令を発した。同管財人が,同年7月14日,本件における
課徴金に係る請求権(以下「本件課徴金債権」という。)は,会社更生法
の定めるところにより既に失権しており,課徴金納付命令を発することは
できないことを理由として,同条5項の規定に基づく審判手続の開始をい
ずれも請求したことから,被告は,同法49条第2項の規定により,各審
判手続を開始した(本件審判事件)。
東京地方裁判所は,平成23年10月24日,原告に係る更生手続を終
結する旨の決定をした。そこで,原告は,同年11月2日,本件審判事件
について,原告の更生管財人を受継した。
カ被告は,平成24年9月25日,独占禁止法54条の2第1項に基づき,
合計5億3730万円(平成○年(判)第○号につき1億0574万円,
同第○号につき3億7581万円,同第○号につき5575万円)の課徴
金の納付を命ずる審判審決(以下「本件審決」という。)をした。
原告は,同年10月17日,本件訴えを提起した。
(2)本件の独占禁止法に違反する行為
ア平成○年(判)第○号事件
原告は,他の事業者と共同して,遅くとも平成13年4月1日以降,平
成16年3月31日まで,国土交通省が関東地方整備局において一般競争
入札,公募型指名競争入札,工事希望型指名競争入札又は指名競争入札の
方法によりPC工事として発注する橋梁の新設工事(以下「関東地整発注
の特定PC橋梁工事」という。)について,受注予定者を決定し,受注予
定者が受注できるようにすることにより,公共の利益に反して,関東地整
発注の特定PC橋梁工事の取引分野における競争を実質的に制限してい
た。
イ平成○年(判)第○号事件
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原告は,他の事業者と共同して,遅くとも平成12年4月1日以降,平
成15年12月3日まで,国土交通省(ただし,平成13年1月5日まで
は建設省)が近畿地方整備局(ただし,平成13年1月5日までは近畿地
方建設局)において一般競争入札,公募型指名競争入札,工事希望型指名
競争入札又は指名競争入札の方法によりPC工事として発注する橋梁の
新設工事(以下「近畿地整発注の特定PC橋梁工事」という。)について,
受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにすることにより,公
共の利益に反して,近畿地整発注の特定PC橋梁工事の取引分野における
競争を実質的に制限していた。
ウ平成○年(判)第○号事件
原告は,他の事業者と共同して,遅くとも平成13年4月1日以降,平
成15年12月3日まで,福島県が条件付き一般競争入札,技術評価型意
向確認方式指名競争入札,希望工種反映型指名競争入札又は指名競争入札
の方法によりPC工事として発注する橋梁の新設工事(以下「福島県発注
の特定PC橋梁工事」という。)について,受注予定者を決定し,受注予
定者が受注できるようにすることにより,公共の利益に反して,福島県発
注の特定PC橋梁工事の取引分野における競争を実質的に制限していた。
エ以上は,いずれも,独占禁止法2条6項に規定する不当な取引制限に該
当し,同法3条の規定に違反するものであり,かつ,同法7条の2第1項
に規定する役務の対価に係るものである。
(3)本件課徴金の計算の基礎
ア平成○年(判)第○号事件
(ア)本件違反行為の実行期間
原告が違反行為の実行としての事業活動を行った日は,前記(2)アの
違反行為に基づき原告が最初に関東地整発注の特定PC橋梁工事の入
札に参加した平成13年10月25日である。また,原告は,平成16
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年4月1日以降,当該違反行為を取りやめており,同年3月31日にそ
の実行としての事業活動はなくなっている。
したがって,原告については,独占禁止法第7条の2第1項の規定に
より,実行期間は,平成13年10月25日から平成16年3月31日
までとなる。
(イ)原告の売上額
原告の上記(ア)の実行期間における関東地整発注の特定PC橋梁工
事に係る売上額は,改正法附則第2条のなお従前の例によることとする
規定により,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令の
一部を改正する政令(平成17年政令第318号)による改正前の私的
独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令(以下「独占禁止法
施行令」という。)第6条の規定に基づき算定すべきところ,当該規定
に基づき算定すると,4件の契約により定められた対価の額を合計した
17億6242万5000円である。
イ平成○年(判)第○号事件
(ア)本件違反行為の実行期間
原告が違反行為の実行としての事業活動を行った日は,平成12年1
2月3日以前である。また,原告は,平成15年12月4日以降,当該
違反行為を取りやめており,同月3日にその実行としての事業活動はな
くなっている。
したがって,原告については,前記(2)イの違反行為の実行としての
事業活動を行った日から当該違反行為の実行としての事業活動がなく
なる日までの期間が3年を超えるため,独占禁止法第7条の2第1項の
規定により,実行期間は,平成12年12月4日から平成15年12月
3日までの3年間となる。
(イ)原告の売上額
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原告の上記(ア)の実行期間における近畿地整発注の特定PC橋梁工
事に係る売上額は,独占禁止法施行令第6条の規定に基づき算定すべき
ところ,当該規定に基づき算定すると,7件の契約により定められた対
価の額を合計した62億6356万5000円である。
ウ平成○年(判)第○号事件
(ア)本件違反行為の実行期間
原告が違反行為の実行としての事業活動を行った日は,前記(2)ウの
違反行為に基づき原告が最初に福島県発注の特定PC橋梁工事の入札
に参加した平成13年4月10日である。また,原告は,平成15年1
2月4日以降,当該違反行為を取りやめており,同月3日にその実行と
しての事業活動はなくなっている。
したがって,原告については,独占禁止法第7条の2第1項の規定に
より,実行期間は,平成13年4月10日から平成15年12月3日ま
でとなる。
(イ)原告の売上額
原告の上記(ア)の実行期間における福島県発注の特定PC橋梁工事
に係る売上額は,独占禁止法施行令第6条の規定に基づき算定すべきと
ころ,当該規定に基づき算定すると,3件の契約により定められた対価
の額を合計した9億2932万7962円である。
第3争点及びこれに対する当事者の主張
原告は,本件課徴金債権は会社更生法の定めるところにより失権しており,
本件の課徴金の納付を命じる審決は違法であると主張し,被告はこれを争う。
個別の争点及びこれに対する当事者の主張は,以下のとおりである。
1本件課徴金債権は,更生債権に該当するか。
(1)被告の主張
更生債権は,更生会社に対し更生手続開始前の原因に基づいて生じた財産
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上の請求権であるが(会社更生法2条8項柱書),以下の理由から,本件課
徴金債権は,「更生手続開始前の原因に基づく」ものといえないため,会社
更生法上の更生債権に該当せず,共益債権あるいは開始後債権に該当する。
ア「更生手続開始前の原因に基づく」とは,意思表示等の債権発生の基本
的構成要件該当事実が更生手続開始決定前に存在することを意味し,当該
債権自体が更生手続開始の時点で既に成立していることまでは要しない
が,その債権発生の基本となる法律関係が更生手続開始前に生じ,債権の
成立に必要な事実の大部分が更生手続開始前に具備されていることが必
要と解される(一部具備説)。一部具備説の根拠は,更生手続開始決定前
に更生会社との間に債権発生の基本となる法律関係が生じていて,将来,
更生会社に対して請求権を有するに至る強度の可能性のある者は,債権の
発生前であっても,既に債権として成立している場合と同様の利益状況に
あると考えられることにある。そして,独占禁止法は,被告に対し,カル
テル等の違反行為を被告レベルで確定した場合には,課徴金の納付を命ず
ることを義務付けているのであって,単に独占禁止法の規定に違反すると
評価され得る行為が客観的に存在しただけで,被告に課徴金納付命令を発
する義務が生じるものではないこと,事件の調査に当たって被告に裁量が
存在すること,違反行為に係る審判手続において,違反行為の存在が認定
されず,課徴金納付命令が発令されないことがあること等からすれば,独
占禁止法上の課徴金債権について,その基本となる法律関係が生じ,課徴
金債権の成立に必要な事実の大部分が具備され,課徴金納付命令が行われ
るに至る強度の可能性が認められるのは,早くとも,違反行為が被告レベ
ルで確定した時点である。
したがって,独占禁止法上の課徴金債権についての債権発生の基本的構
成要件該当事実は,違反行為の認定が被告レベルで確定したことであり,
本件においては,被告が違反行為を認める審判審決をしたことである。そ
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の時期は,被告が排除措置を命ずる審判審決をした平成22年9月21日
である。
イ(ア)独占禁止法は,複雑な経済現象を対象とするものであり,多くの場合,
違反行為の存在,市場効果等は慎重な判断を経なければ認定することが
できず,これらが確認されなければ,当該違反行為が課徴金の対象とな
るかどうかも判断することができない。このため,独占禁止法は,課徴
金納付命令又は課徴金の納付を命ずる審決を行う前に被告レベルでの
違反行為の確定を先行させている。被告レベルで違反行為を確定してい
ない段階で,被告に対して,更生手続において本件課徴金債権を届け出
るように求めることは,額未定という届出が許容されるとしても,理不
尽かつ非現実的である。
(イ)被告は,公正かつ中立な機関として,被審人の防御権を十分に保障す
る対審構造の審判手続(独占禁止法52条及び54条の3)において,
課徴金の対象となる違反行為の有無を判断するものとされるところ,違
反行為の存否について審判手続を行っている間に,被告が,違反行為の
存在を前提として,独占禁止法上の課徴金債権を更生債権として届け出
ることは,その公正・中立性に疑義を持たれることとなるから,行うべ
きではない。
ウ独占禁止法上の課徴金は,違反行為の摘発に伴う不利益を増大させてそ
の誘因を少なくして違反行為を抑止することを目的とする行政上の措置
であり(最高裁平成17年9月13日第三小法廷判決・民集59巻7号1
950頁参照),独占禁止法上の課徴金債権が執行されることは,更生会
社も参加する市場の公正の確保という公共の利益の実現に不可欠である。
独占禁止法上の課徴金債権の上記の公益的性質に鑑みれば,免責や権利内
容の変更の対象とされる範囲は,できる限り狭くなるよう解釈すべきであ
る。
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エ原告の主張ウについて
罰金等の請求権(会社更生法204条1項3号)及び租税の逋脱等に係
る租税債権(同項4号)について,債権の届出をしない場合にも更生会社
は免責されず,更生会社の利害関係人に影響を及ぼすことになっているの
であり,独占禁止法上の課徴金債権について届出がなく免責されないとし
ても,不当とはいえない。
オ原告の主張エについて
独占禁止法上の課徴金債権は,課税要件を充足したときに納税義務が生
じ,その後の確定手続によって納税義務の内容が具体化される租税債権と
は異なり,客観的に独占禁止法7条の2第1項所定の行為があったとして
も,被告レベルでそれを確定しなければ,具体的な納付義務はもとより,
抽象的な納付義務も生じないのであるから,独占禁止法上の課徴金債権を
租税債権と同様に考えることはできない。
カ原告の主張オについて
会社更生法上の罰金等の請求権は,更生債権となる場合でも,一般的な
更生債権特有の性質をほとんど具備していないため,更生債権に該当する
かどうかにより生じる取扱いの差が小さいのに対して,独占禁止法上の課
徴金債権は,更生手続開始前の原因に基づくものとして更生債権に該当す
るかどうかにより生じる取扱いの差が非常に大きい。したがって,罰金等
の請求権において用いられている更生債権への該当性についての判断基
準を,独占禁止法上の課徴金債権にそのまま適用することはできない。仮
に,会社更生法上の罰金等の請求権において用いられる更生債権への該当
性についての判断基準を,独占禁止法上の課徴金債権に適用するのであれ
ば,後記2(1)のとおり,独占禁止法上の課徴金債権についても,罰金等
の請求権と同様に免責されることはないと考えるべきである。
キ原告の主張カについて
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金融商品取引法上の課徴金債権は,投資家の損害賠償請求権よりも劣後
的な扱いを受けさせるという政策的要請から,租税等の請求権ではなく過
料の請求権とされた(同法185条の16)。しかし,金融商品取引法上
の課徴金債権に関して,更生手続開始前の原因といえるかどうかの判断基
準につき,確定的な解釈があるわけではない。
(2)原告の主張
以下の理由から,本件課徴金債権は,「更生手続開始前の原因に基づく」
ものであり,更生債権である。
ア被告の主張アについて
(ア)「更生手続開始前の原因に基づく」とは,意思表示等債権発生の基本
的構成要件該当事実が更生手続開始決定前に存在することを意味し,
飽くまでも事実が客観的に存在するか否かが問題とされる。そして,
本件課徴金債権の基本的構成要件該当事実とは,独占禁止法7条の2
第1項所定の違反行為に係る事実であり,本件では,前記第2の2(2)
の事実である。これらの事実のすべてが更生手続開始前に客観的に存
在していたものである以上,本件課徴金債権は「更生手続開始前の原
因に基づく」ものである。このように判断することが,会社更生法2
条8項の条文解釈として明確かつ条文の文理にかなう。
(イ)更生手続開始前の原因に基づくか否かを違反行為が被告レベルで確
定したかどうかにより決定するという考え方は,違反行為が被告レベ
ルで確定した時点という内容そのものが著しく不明確であるし,事実
の客観的な存在のレベルと事実の調査,評価・認定,法令の適用等の
レベルを混同するものである。被告レベルで違反行為を確定するかど
うかは,被告内部の問題にすぎないし,被告の審判手続にどのくらい
時間を要するかという偶然的な要素によって,更生債権か共益債権か
が決まるのは不当である。
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イ被告の主張イについて
本件課徴金債権については,更生手続において届出さえ行われていれば,
更生債権として取り扱われたものであり,額未定としての届出も認められ
ている。被告と原告との間で事実の存否や法令の適用をめぐる争いが存在
していたとしても,被告が債権届出を行うこと自体は可能であった。
ウ被告が,本件課徴金債権の届出という会社更生法上の手続を行わなかっ
たにもかかわらず,被告内部の事情や裁量によって,更生手続開始前に既
に客観的に存在していた事実を根拠として,共益債権として,いつまでも
更生会社に課徴金を請求できるということになれば,事業の維持更生とい
う会社更生手続の目的が達成し得なくなる。また,潜在的な債務の遮断も
行われないことになって,他の更生債権者等の更生会社の利害関係人の予
測可能性や法的安定を著しく害する。
エ租税債権が更生手続開始前の原因に基づくといえるためには,更生手続
開始前に課税要件の全てを充足し,将来,一定金額の具体的租税債権とし
て確定されるべき状態であること,すなわち,会社の納税義務が成立して
いることを要し,また,これをもって足りる。租税債権においては,客観
的に課税要件に係る事実が存在しているか否かと,その後の賦課・徴収の
手続は区別されるのであって,前者の客観的に課税要件に係る事実が存在
していることが「原因」として捉えられている。独占禁止法上の課徴金債
権は,会社更生法上は租税等の請求権として取り扱われるのであるから,
同様の判断基準が用いられるべきである。
オ会社更生法上の罰金等の請求権が更生手続開始前のものであるといえる
ためには,罰金,科料,追徴金若しくは過料を科された,又は刑事訴訟の
対象となった当該犯罪行為若しくは法令違反行為自体が更生手続開始前
に成立していれば足り,罰金等を科する裁判若しくは行政処分が,更生手
続開始前に効力を生じ,あるいは確定している必要はないと解されてい
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る。更生手続開始前の罰金等の請求権(会社更生法142条2号)の「更
生手続開始前の」と会社更生法2条8項の「更生手続開始前の原因に基づ
いて生じた」は同様に解釈すべきであり,独占禁止法上の課徴金債権につ
いても,違反行為自体が更生手続開始前に客観的に成立していれば足りる
と解するべきである。
カ金融商品取引法上の課徴金債権については,会社更生法上,租税等の請
求権として扱われることに不都合があるとして,更生手続上過料とみなす
旨の規定が設けられている(金融商品取引法185条の16)。したがっ
て,金融商品取引法上の課徴金債権については,会社更生法上の罰金等の
請求権に関しての判断基準が適用され,更生手続開始前の罰金等の請求権
といえるためには,法令違反行為自体が更生手続開始前に成立していれば
足り,課徴金を課する行政処分が,更生手続開始前に効力を生じ,あるい
は確定したものである必要はないこととなる。
①金融商品取引法上の課徴金も独占禁止法上の課徴金も法律用語として
同一の名称の債権であって,違反行為の抑止を目的とした行政上の制裁で
あるという性質は何ら異ならないこと,②証券取引法の平成16年改正で
独占禁止法上の制度を参考として金融商品取引法の課徴金制度(第6章の
2)が創設されたこと,③金融商品取引法172条ないし175条におい
て,独占禁止法における課徴金納付命令の羈束性と同様の規定が設けられ
ていること等からすると,独占禁止法上の課徴金債権が更生手続開始前の
請求権といえるかどうかについては,上記のとおり,金融商品取引法上の
課徴金債権と同様の判断基準によるべきである。
キ違反事業者に対する被害者の損害賠償請求権(独占禁止法25条,民法
709条)については,更生手続開始前に存在していた違反行為によるも
のであれば,更生債権として取り扱われることとなる。被告の主張によれ
ば,全く同じ原因に基づく被害者の損害賠償請求権が更生債権として取り
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扱われるにもかかわらず,本件課徴金債権については共益債権として優先
的な取扱いを受けることとなり,債権者間の衡平を著しく害する結果とな
る。
2本件課徴金債権は,更生計画認可の決定により免責されるか。
(1)被告の主張
ア独占禁止法上の課徴金は,昭和52年の独占禁止法改正により,独占禁
止法に違反する行為による経済的利得を徴収し,違反行為者が違反行為に
よる経済的利得を保持し得ないようにすることによって,違反行為の抑止
を図り,違反行為の禁止規定の実効性を確保し,もって競争秩序を維持す
るための行政上の措置を定めた制度として導入された。独占禁止法上の課
徴金は,違反行為を抑止するため,違反行為者に対して経済的な不利益を
課する点において,行政上の制裁としての性質を有する。
独占禁止法上の課徴金と罰金とを比較すると,罰金は,不正行為の反社
会性ないし反道徳性に着目して,道義的・社会的非難として科される刑罰
であり,独占禁止法上の課徴金とはその趣旨,目的,手続等を異にするが,
両者は,違反行為を抑止する機能を有し,違反行為者に対する制裁として
の性質を有する点において共通するといえる。
独占禁止法は,課徴金の納付の督促を受けたものが指定された期限まで
に納付すべき金額を納付しないときは「国税滞納処分の例により,これを
徴収することができる」旨を規定しており(同法64条の2第4項),独
占禁止法上の課徴金債権は,会社更生法上は「国税徴収法又は国税徴収の
例によって徴収することのできる請求権」として,租税等の請求権(会社
更生法2条15項)に該当する。しかし,これは,独占禁止法上の課徴金
の徴収方法について,租税等と同様にする旨を定めたものにすぎない。上
記のとおり,独占禁止法上の課徴金は,罰金と同様に制裁としての性質を
有するのであって,この点,租税等と性質を異にする。
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そして,会社更生法204条1項3号及び4号は,罰金等の請求権及び
制裁としての性質を有する租税等の請求権について更生計画認可の決定
によっても当然に免責されないとの取扱いをしているところ,これは,当
該請求権の制裁としての性質に基づくものであるから,制裁としての性質
を有し,罰金等の請求権と同様の扱いをすることが適当な租税等の請求権
については,明文の規定がないものであっても,免責されないと解するこ
とが同法204条1項3号及び4号の趣旨に合致する。上記のとおり,独
占禁止法上の課徴金は,制裁としての性質を有し,また,違反行為を抑止
するという機能を有する点で罰金と共通していることからすると,独占禁
止法上の課徴金については,会社更生法204条の定める免責との関係で
は,罰金等の請求権と同様に扱うのが相当である。また,金融商品取引法
上の課徴金債権は更生計画認可の決定により免責されないところ,金融商
品取引法上の課徴金と独占禁止法上の課徴金は,違反行為を抑止するため
の行政上の措置であるという点で共通であるから,両者の間で異なる取扱
いをする理由はない。
以上からすると,独占禁止法上の課徴金については,届出がなかった場
合であっても,会社更生法204条1項3号又は4号を類推適用して,更
生計画認可の決定によっても免責されないと解すべきである。
イ原告主張アについて
会社更生法上の失権効の原則が,解釈上,例外を一切許容しないものと
はいえない。独占禁止法上の課徴金は,罰金との間に性質,機能等の共通
性が存在すること,金融商品取引法上の課徴金とは違反行為を抑止するた
めの行政上の措置であるという点で共通であることを考慮して,免責との
関係でこれらを同様に取り扱うことは,むしろ会社更生法204条1項の
趣旨に合致するものである。
また,更生計画認可の決定の失権効は,更生会社の利害関係人の予測可
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能性の確保に資するものであるが,被告は,平成16年10月15日,原
告を含む事業者に排除措置を採ることを勧告し,この事実は公表されてい
たから,平成20年12月31日に更生手続開始の決定があった原告及び
その利害関係人は,将来原告に対して課徴金債権が発生することは容易に
予測することができたのであって,本件課徴金債権が更生計画認可の決定
により免責されないと解したとしても,利害関係人の予測可能性を著しく
害するとはいえない。さらに,失権しないとしても,会社更生法204条
2項により,更生計画で定められた弁済期間満了までの間は,弁済等の債
権消滅行為をすることができないのであるから,本件課徴金債権について
免責されないとしても,事業の維持更生という会社更生手続の目的を害す
るともいえない。課徴金制度の趣旨・目的に照らしても,課徴金債権の届
出がなかったことを奇貨として原告が課徴金を免れることを許すべきで
はない。
(2)原告の主張
ア会社更生法204条1項各号は,同項柱書が規定する厳格かつ強力な失
権効の原則に対する特別な例外が限定的に規定されたものである。更生計
画認可の決定により,会社更生法204条1項各号に掲げられている権利
以外のすべての更生債権等が失権することは,当該条文の規定振りからも
明らかである。会社更生法において明文の規定が設けられていない限り
は,更生計画に定めのない更生債権等は失権するという会社更生法の根本
的な原則に対する例外は認められるべきではなく,会社更生法204条1
項各号を類推適用すること自体が許されない。本件審決の判断内容は,法
令の解釈の域を逸脱するものであり,立法によらずに被告が独自の新たな
規定を創設することに他ならない。このことは,財政法3条の観点からも
許されない。
この点,本件課徴金債権については,被告から額未定としての更生債権
-16-
の届出が行われてさえいれば,更生計画の中で,本件課徴金債権の存否,
額等が独占禁止法所定の手続を通じて具体的に確定した場合の措置を定
めておくことが十分に可能であった。本件は,被告が行うべき本件課徴金
債権の届出を懈怠したという個別事案に過ぎない。
イ本件課徴金債権は,会社更生法上の「租税債権等の請求権」に該当する。
会社更生法上「租税等の請求権」に該当する場合には,所定の届出が行わ
れなかった以上は失権効の対象となるのが制度の原則とされているので
あり,それに対する例外も同項4号のとおり極めて限定的かつ明確に規定
されている。同項4号は,免責されない代わりに,本来届け出れば通常の
優先的更生債権であるのに,届出を怠ると劣後的な取扱いがなされるとい
う,真に特殊な性格付けを与えられており,その例外の質においては際だ
っているのであり,そのような特殊な性格を有する例外規定の類推適用等
というものは許されない。
そして,本件においては,同項4号が規定する要件を明らかに充足しな
いものであり,類推適用の手掛かりも存在しない。
ウ本件課徴金債権は,会社更生法上の「租税等の請求権」に該当するもの
であって,会社更生法204条1項3号が規定する「更生手続開始前の罰
金等の請求権」には明らかに該当しない。
本件審決のように,独占禁止法上の課徴金と罰金との間に制裁としての
性質の共通性が存在する等として,独占禁止法上の課徴金と罰金とを同視
することは,二重処罰の禁止(憲法39条),財産権保障(同法29条),
罪刑法定主義(同法31条)の観点からも許されない。
独占禁止法上の課徴金債権については,金融商品取引法上の課徴金債権
とは異なり,「会社更生法の規定の適用については,過料の請求権とみな
す」(金融商品取引法185条の16)などといった特別の立法措置は講
じられていないのであるから,過料と同視することは許されず,他方で,
-17-
独占禁止法には同法64条の2第4項の規定が存在していることから,会
社更生法上は「租税等の請求権」として取り扱われなければならないので
ある。
3本件課徴金債権が更生計画認可の決定により免責されるかどうかにかかわら
ず,被告は,課徴金の納付を命ずることができるか。
(1)被告の主張
ア課徴金納付命令の対象となる違反行為がされた場合には,独占禁止法7
条の2所定の要件を満たす限り課徴金の納付を命ずることが被告に義務
付けられていることや,課徴金制度は違反行為禁止規定の実効性を確保す
るという同法の目的達成のために課徴金の納付を機動的・効率的に命じら
れる制度となっていることなどを考慮すれば,更生計画認可の決定による
課徴金債権の免責は課徴金の徴収の問題であり,被告は課徴金債権が免責
されるか否かを考慮することなく課徴金の納付を命ずることができると
解する余地もあるように思われる。
そして,そのように解した場合,課徴金の納付を命ずる審決がされても,
同法64条の2第4項の規定は適用されず,その強制徴収ができなくなる
ものの,違反行為を行った事業者に課徴金の納付を命ずることができ(そ
して,課徴金債権が免責されていることは審決の取消事由とはならな
い。),事実上のインパクトという意味でも,また,次のとおり,当該事
業者が繰り返し違反行為を行った場合に繰り返しの違反に対する割増し
算定率を適用することが可能になるという意味でも,違反行為抑止効果は
認められることとなる。
すなわち,現行独占禁止法(平成21年法律第51号による改正後のも
の。以下同じ。)附則7条1項は,現行独占禁止法により課徴金納付命令
を受ける事業者が過去10年以内に独占禁止法54条の2第1項に基づ
き課徴金の納付を命ずる審決を受けたことがあるときには,現行独占禁止
-18-
法7条の2第7項及び9項(繰り返しの違反に対する割増し算定率)を適
用することを定めており,本件課徴金債権に係る課徴金の納付を命ずるこ
とは,原告の今後の違反行為を抑止する観点からも必要である。
イ原告の主張オについて
更生計画認可の決定によって課徴金債権が免責されてしまうことを避
けるためには常に更生債権としての届出をしなければならないとすれば,
被告による審査の進捗状況如何にかかわらず更生債権の届出をしなけれ
ばならないことになり,事案によっては,違反行為や違反行為者の確定が
十分に行われていない状況で更生債権の届出を余儀なくされたり,その結
果,額未定とはいえ,その時点での被告の認識や手の内情報について事業
者らが知り得るようになるなどして,被告による独占禁止法違反事件の審
査に重大な支障が生じるおそれがある。さらに,独占禁止法上の課徴金に
ついて,常に更生債権としての届出を求めて一律に優先的更生債権として
取り扱うこととし,それ以外の取扱いを一切認めないような解釈をするこ
とが,会社更生手続にとって真に有益であるかについても疑問がある。
(2)原告の主張
ア独占禁止法上の課徴金債権について,その納付を命ずる審決が行われる
場合,被告には国税滞納処分の例による強制徴収権限が付与されることと
なるが,更生計画認可の決定によって既に自然債務に変容された本件課徴
金債権については,当該債権の履行を請求し,強制的な権利実現を図るこ
とはできないはずであって,強制徴収権限が付与されることになるような
本件課徴金債権の納付を命ずる審決等は行い得ないはずである。
イ独占禁止法7条の2第1項,48条の2第1項及び54条の2第1項の
規定は,会社更生法204条1項柱書の規定に基づき失権している本件課
徴金債権についても,他の法令を無視して課徴金の納付を命じなければな
らないということまで被告に求めているものではない。被告の裁量権が認
-19-
められていないのは,事案の軽重による納付命令の可否や課徴金の額につ
いてであり,法令の解釈適用に関しては,法律による行政の原理から,そ
もそも,被告の裁量の余地が観念される領域ではなく,これらの規定の存
在とはまったく関係がない。
ウ独占禁止法上の課徴金債権が既に失権しているにもかかわらず,課徴金
の納付を命ずる審決が一旦出されてしまえば,当該審決は行政行為として
の公定力を否定しがたいこと,その後国税滞納処分の例による強制徴収手
続が開始され,納期限の翌日から年14.5パーセントもの延滞金が徴収
されることから,事実上強制的に納付を迫られることとなってしまう。こ
の点,強制徴収手続に対する不服申立て手段を執るとしても,課徴金の納
付を命ずる審決が審決取消訴訟によって取り消されない限り,違法性の承
継はされないことから,執行段階ではその基礎となった当該審決を争うこ
とができない。実際に,本件でも,原告は本件課徴金債権の納付を一旦余
儀なくされている。本件審決の取消しが確定すれば,原告は被告に対する
不当利得返還請求を直ちに行う予定であるが,そもそも,失権効に基づき
不当利得返還請求が当然に認められなければならないようなものについ
てまで,納付を一旦迫られなければならないというのは,著しく不合理で
ある。
エ独占禁止法54条の2第2項,48条の2第3項では,審決には具体的
な納期限を定めなければならないとされているが,既に失権効が及んで強
制的な権利実現を図ることが許されなくなっているはずの本件課徴金債
権について具体的な納期限を定めるなどといったことは許されない。自力
執行力もなく,具体的な納期限も定めない審決を出すことは,独占禁止法
のまったく想定しないところである。
オ原告の今後の違反行為を抑止する観点から,現行独占禁止法附則7条1
項の規定を適用する目的で,課徴金の納付を命ずる外形を作出する必要が
-20-
あるというのであれば,そもそも,本件課徴金債権の額未定での届出とい
った会社更生法所定の手続を履践しておくべきであったのであり,そのよ
うな手続の懈怠によって本件課徴金債権の納付を命ずる審決を行い得な
くなったとしても,会社更生法の定める手続を執らなかったのであるから
やむを得ない。本件は,被告が本来行うべきであった会社更生法上の届出
を行わなかったという単なる個別の事案に過ぎず,被告が届出を行ってさ
えいれば,現行の会社更生法及び独占禁止法の範囲内で解決され,何らの
問題も生じなかったのである。
第4当裁判所の判断
1争点3(本件課徴金債権が更生計画認可の決定により免責されるかどうかに
かかわらず,被告は,課徴金の納付を命ずることができるか。)について
(1)独占禁止法48条の2第1項は,公正取引委員会は,同法7条の2第1
項(同法8条の3において準用する場合を含む。)に規定する事実があると
認める場合には,事業者又は事業者団体の構成事業者に対し,同法7条の2
第1項又は2項に定める課徴金を国庫に納付することを命じなければなら
ないと規定し,同法54条の2第1項は,公正取引委員会は,審判手続を経
た後,同法7条の2第1項(同上)に規定する事実があると認めるときは,
審決をもって,被審人に対し,当該違反行為に係る課徴金を国庫に納付する
ことを命じなければならないと規定するのであって,公正取引委員会は,同
法7条の2第1項所定の違反行為があると認めるときは,課徴金の納付を命
じなければならないものとされている。
一方,会社更生法204条1項は,更生計画認可の決定があったときは,
同項1号ないし4号の権利を除き,更生会社は,すべての更生債権等につき
その責任を免れると規定する。これは,「窮境にある株式会社について」,
「当該株式会社の事業の維持更生を図ることを目的」として,「債権者,株
主その他の利害関係人の利害を適切に調整」する(同法1条)ために,上記
-21-
更生債権等は免責されて自然債務となることを規定するものである。
以上によれば,公正取引委員会は,独占禁止法7条の2第1項所定の違反
行為があると認めるときは,当該課徴金債権が会社更生法204条1項の規
定により免責されるかどうかといったことは考慮することなく,課徴金の納
付を命じなければならず,当該納付命令により具体的に発生した課徴金債権
につき,その徴収をすることができるかどうかという場面で初めて,上記「調
整」のための同法204条1項の規定により免責されるかどうかが問題とな
る(免責されるとすれば,強制徴収をすることができず,自然債務となる。)
と解するのが相当であり,同法204条1項の規定は,公正取引委員会が課
徴金の納付を命ずること自体には何ら影響を及ぼさないものと解される。
(2)上記(1)の解釈について
ア独占禁止法54条の2第2項,48条の2第3項は,課徴金の納付を命
ずる審決には具体的な納期限を定めなければならない旨規定し,同法64
条の2第1項は,公正取引委員会は,課徴金をその納期限までに納付しな
いものがあるときは,督促状により期限を指定してその納付を督促しなけ
ればならないと規定し,同法64条の2第4項は,公正取引委員会は,上
記督促を受けたものがその指定する期限までにその納付すべき金額を納
付しないときは,国税滞納処分の例により,これを徴収することができる
と規定する。
しかして,仮に当該課徴金債権が会社更生法204条1項の規定により
免責されるとすると,同債権については,少なくとも上記のような強制徴
収(国税滞納処分の例による徴収)はすることができないことになる。こ
のように強制徴収をすることができないものについて,その納付を命ずる
審決をすることができるのかということが問題となる。
確かに,納付を命ずる審決をしても,強制徴収をすることができず,他
にも法的な効力がないとすれば,そのような審決はすべきでない(被告の
-22-
主張する「事実上のインパクト」は,まさに事実上のものであって,法的
な意味はない。)。しかし,免責されるとしても,自然債務としての効力
はあるし,次のような決して軽視することのできない法的な効力もあるか
ら,強制徴収をすることができないからといって,納付を命ずる審決をす
べきでないということはできない。
すなわち,現行独占禁止法附則7条1項は,現行独占禁止法により課徴
金納付命令を受ける事業者が過去10年以内に独占禁止法54条の2第
1項に基づき課徴金の納付を命ずる審決を受けたことがあるときには,現
行独占禁止法7条の2第7項及び9項(繰り返しの違反に対する割増し算
定率)を適用すると規定しており,納付を命ずる審決がされていた場合に
は,将来において繰り返しの違反行為があったとき,これに対する課徴金
につき割増し算定率が適用されることになる(納付を命ずる審決がされて
いなかった場合には,割増し算定率は適用されない。)から,強制徴収を
することができないとしても,納付を命ずる審決をすることには決して軽
視することのできない法的な効力ないし意味があるというべきである。こ
こで,強制徴収をすることができないものについては納付を命ずる審決を
すべきでないという見解を採ると,将来において繰り返しの違反行為があ
ったとき,かつて更生計画認可の決定があった者とそうでない者との間で
不公平が生ずることが明らかであるから,この意味においても,上記のよ
うな見解を採ることはできない。
なお,原告は,強制徴収をすることができない課徴金債権については,
その納付を命ずる審決において具体的な納期限を定めることはできない
として,具体的な納期限を定めない審決は独占禁止法の全く想定しないと
ころであると主張するが,強制徴収をすることができないということは,
上記の督促以降の措置を執ることができないということであって,具体的
な納期限を定めることとは矛盾しないというべきである。
-23-
イ原告は,前記第3の3(2)ウにおいて,課徴金の納付を命ずる審決がさ
れると,免責されているにもかかわらず,事実上強制的に納付を迫られる
ことになって不都合である旨主張する。
しかし,原告の主張するような事態は,独占禁止法上の課徴金債権が会
社更生法204条1項の規定により免責されるものであるかどうかにつ
いての解釈が固まっていない(最高裁判例がない。)ことにより生ずる事
実上のものであって,直ちに上記(1)の解釈を左右するものではない。
ウ他に,上記(1)の解釈をすることの妨げとなる事由は見当たらない。
(3)そうとすると,被告は,本件課徴金債権が会社更生法204条1項の規
定により免責されるものであるかどうかにかかわらず,本件課徴金債権につ
き独占禁止法の規定に従ってその納付を命ずる審決をすべきことになり,し
たがってまた,本件課徴金債権が会社更生法204条1項の規定により免責
されるものであるということは,本件審決の違法事由たり得ないというべき
である。
2本件審決について原告が違法事由として主張するところは,本件課徴金債権
が会社更生法204条1項の規定により免責されるものであるから違法であ
るという点のみであるが,この主張が失当であることは上記1に説示したとこ
ろから明らかである。
そして,前記前提事実によれば,本件についての独占禁止法7条の2第1項
の規定による課徴金の額は,平成○年(判)第○号事件分が1億0574万円,
同第○号事件分が3億7581万円,同第○号事件分が5575万円となり,
本件審決は適法であるということができる。
3以上の次第で,原告の本訴請求は,争点1(本件課徴金債権は,更生債権に
該当するか。)及び争点2(本件課徴金債権は,更生計画認可の決定により免
責されるか。)について検討するまでもなく,理由がないというべきである。
なお,本件訴訟に至る経緯及び本件審理の経過に鑑み,争点1及び争点2に
-24-
ついての当裁判所の判断を別紙で示すこととする。
4よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文の
とおり判決する。
東京高等裁判所第3特別部
裁判長裁判官貝阿彌誠
裁判官生島弘康
裁判官土田昭彦
裁判官氏本厚司及び同木山智之は,転補のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官貝阿彌誠
-25-
(別紙)
争点1及び争点2についての判断
1争点1(本件課徴金債権は,更生債権に該当するか。)について
会社更生法2条8項は,更生債権とは,更生会社に対し更生手続開始前の原
因に基づいて生じた財産上の請求権又は同項1号ないし8号に掲げる権利で
あって,更生担保権又は共益債権に該当しないものをいうと規定する。そして,
更生手続開始前の原因に基づく請求権とは,債権発生の基本的構成要件に該当
する事実が更生手続開始前に存在するものであることを意味し,当該債権自体
が更生手続開始の時点で既に成立していることまでは要しないが,その債権発
生の基本となる法律関係が更生手続開始前に生じ,債権の成立に必要な事実の
基本的部分が更生手続開始前に具備されていることが必要であると解される。
被告は,独占禁止法上の課徴金債権についての債権発生の基本的構成要件該
当事実は,独占禁止法に違反する行為の認定が被告レベルで確定したことであ
り,本件においては,被告が違反行為を認める審判審決をしたことであると主
張する。
しかし,被告が主張する独占禁止法上の課徴金納付命令発令手続の特殊性,
被告が一定の手続段階を経る前に債権届出をすることの困難性などを考慮し
ても,違反行為の認定が被告レベルで確定したということは,その内容が著し
く不明確であり,その要件成就の可否がもっぱら被告に委ねられることとな
り,その確定の時点も被告の内部的な調査手続や審判手続の推移によって必ず
しも予見可能性のないまま決定されることとなるのであるから,更生会社を巡
る権利関係,利害関係の調整にとって極めて重要である更生債権と共益債権と
を画する規準としては相当でなく,被告の主張は採用できない。
独占禁止法上の課徴金債権についての債権発生の基本的構成要件に該当する
事実とは,独占禁止法7条の2第1項所定の違反行為に係る事実であると解す
るのが,明確かつ文理にかなうもので,相当である。したがって,課徴金の対
-26-
象となる独占禁止法に違反する行為が更生手続開始前にされた場合には,課徴
金納付命令が更生手続開始後にされたとしても,更生手続開始前の原因に基づ
く請求権に該当するものというべきである。
租税債権については,更生手続開始前に,課税要件のすべてを充足し,将来
一定額の具体的租税債権として確定されるべき状態があれば,更生手続開始前
の原因に基づくものとして更生債権として取り扱い,申告納税方式や賦課課税
方式によって確定すべき租税につき,更生手続開始後に納税申告や賦課決定が
あっても更生債権とすること,罰金については,犯罪行為が更生手続開始前に
成立していれば,罰金を科す裁判が更生手続開始前に効力を生じ,又は確定し
ていなくとも,更生債権として取り扱うことが,会社更生法上の手続において
確立した取扱いとなっており,上記の解釈はこのような取扱いとも整合する。
なお,金融商品取引法上の課徴金についても,金融商品取引法違反行為が更生
手続開始前にされた場合には,課徴金納付命令が更生手続開始後にされたとし
ても,更生債権として扱うべきものと解するのが相当である。
原告の更生管財人が平成○年(納)第○号,第○号及び第○号納付命令をも
って納付を命じられた課徴金に係る独占禁止法に違反する行為は,本判決の
「事実及び理由」欄の第2の2(2)アないしウのとおり,いずれも原告の更生
手続開始前にされたものであるから,本件課徴金債権は,更生手続開始前の原
因に基づく請求権に該当するものである。そして,本件課徴金債権が,更生担
保権に該当しないこと,更生手続開始前の原因に基づく請求権であるものの衡
平の見地や政策的見地から共益債権とされるもの(会社更生法61条4項,6
2条2項,127条4号,128条ないし130条等)に該当しないことは,
明らかである。したがって,本件課徴金債権は更生債権に該当する。
本件審決も,その引用する審決案(18頁19行目から20行目まで)にお
いて,「本件課徴金債権は,会社更生法上の租税等の請求権に該当する」と説
示しているところであり,本件課徴金債権が,更生手続開始前の原因に基づく
-27-
請求権に該当し,共益債権ではなく更生債権であることを当然の前提としてい
るといわざるを得ない。
2争点2(本件課徴金債権は,更生計画認可の決定により免責されるか。)に
ついて
(1)独占禁止法は,課徴金の納付の督促を受けたものが指定された期限まで
に納付すべき金額を納付しないときは,「国税滞納処分の例により,これを
徴収することができる」旨を規定している(同法64条の2第4項)。会社
更生法2条15項は,この法律において「租税等の請求権」とは,国税徴収
法又は国税徴収の例によって徴収することのできる請求権であって,共益債
権に該当しないものをいうと規定している。
これらによれば,上記1のとおり更生債権に該当する本件課徴金債権は,
会社更生法上は「租税等の請求権」に該当することが明らかである。
会社更生法は,更生債権である租税等の請求権につき,更生手続において
次のような取扱いをすることとしている。
①更生手続開始の決定があったときは,当該決定の日から1年間は,更生
会社の財産に対する国税滞納処分をすることができず,更生会社の財産に
対して既にされている国税滞納処分は中止する(同法50条2項)。1年
間の期間は伸長可能であるが,この期間経過後は,禁止・中止の効果は当
然消滅するため,従前の処分を再開することができるほか,更生手続中に
弁済を得ることもできる(同法47条7項)。
②当該債権の額,原因及び担保権の内容を裁判所に届け出なければならな
いが,債権届出期間に従う必要はなく,遅滞なく届け出れば足りる(同法
142条1号)。調査期間における調査の対象とはならず,その確定も,
通常の査定手続等によらない(同法164条1項)。
③優先的更生債権として,更生計画による権利変更の対象となり,減免を
定めるには原則として徴収権者の同意を要するが,一定限度内の減免の場
-28-
合には意見を聞くだけで足りる(同法169条)。変更条項は,議決権行
使の対象とされない(同法136条2項4号)。
④債権届出を怠れば,同法204条1項4号所定のもの(租税の逋脱等に
つき刑に処せられまたは通告処分を受けた場合の逋脱した租税の請求権)
を除いては,一般の更生債権,更生担保権と同様に,更生計画認可決定に
より免責される(同法204条1項)。
(2)原告が,本件課徴金債権は原告に係る更生計画認可決定により免責され
た旨主張するのに対し,被告は,本件課徴金債権については,会社更生法2
04条1項3号を類推適用して,更生計画認可決定によっても例外的に免責
されないと解すべきであると主張する。以下,この点について検討する。
免責の例外として同号に定めるものは,「第142条第2号に規定する更
生手続開始前の罰金等の請求権」であり,同法142条2号は,「更生手続
開始前の罰金等の請求権(更生手続前の罰金,科料,刑事訴訟費用,追徴金
又は過料の請求権であって,共益費用に該当しないものをいう。)」と規定
する。
会社更生法は,更生債権である更生手続開始前の罰金等の請求権(以下「罰
金等の請求権」という。)につき,更生手続において次のような取扱いをす
ることとしている。
①罰金等の請求権の執行は,民事執行法その他強制執行の手続に関する法
令の規定に従ってする(刑事訴訟法490条2項本文,非訟事件手続法1
63条1項本文)。更生手続開始の決定があったときは,強制執行をする
ことはできず,既にされている強制執行の手続は中止し(会社更生法50
条1項),中止した強制執行の手続は更生計画認可の決定があったときは
その効力を失う(同法208条)。弁済も禁止される(同法47条1項)。
②当該債権の額,原因及び担保権の内容を裁判所に届け出なければならな
いが,債権届出期間に従う必要はなく,遅滞なく届け出れば足りる(同法
-29-
142条2号)。調査期間における調査の対象とはならず,その確定も,
通常の査定手続等によらない(同法164条5項)。
③更生計画において減免の定めその他権利に影響を及ぼす定めをするこ
とはできない(同法168条7項)。
④債権届出がなくとも,更生計画認可決定により免責されることはない
(同法204条1項3号)。しかし,更生計画で定められた弁済期間が満
了するまでの間は,原則として,弁済等を受けることはできない(同条2
項)。
被告は,独占禁止法上の課徴金が,制裁としての性質を有し,また,違反
行為を抑止するという機能を有する点で罰金と共通していることからする
と,独占禁止法上の課徴金については,会社更生法204条1項に定める免
責との関係では,罰金等の請求権と同様に扱うのが相当であると主張する。
しかし,上記のとおり,本件課徴金債権が該当する租税等の請求権と罰金
等の請求権とは,権利の強制的な実現の方法において,前者が自力執行が認
められているのに対し,後者は強制執行手続によることとされていて,大き
く異なる。また,会社更生法は,両請求権につき,更生手続において,更生
手続と強制的な債権回収手続(国税滞納処分あるいは強制執行)との調整の
在り方,更生計画の定めによる減免の可否,債権の満足の点での一般の更生
債権との優劣,更生計画認可決定による免責の有無などの諸点につき,それ
ぞれの請求権の性質,国法上の位置付けに応じて,まったく異なる取扱いを
している。すなわち,罰金等の請求権は,更生計画の定めによる減免の対象
から除外され,債権届出がなくとも,更生計画認可決定により免責されるこ
とはない一方で,更生計画認可決定があったときは,債権満足の点では,他
の更生債権等に基づき更生計画の定めにより認められた権利よりも劣位に
置かれる。これに対し,租税等の請求権は,更生計画の定めによる減免の対
象となり,債権の届出を怠れば,(同法204条1項4号所定のものを除き)
-30-
更生計画認可決定により免責される一方で,債権の満足の点では,一般の更
生債権に優先するものとして極めて強力な地位が与えられている。独占禁止
法上の課徴金については,かかる法制度を前提として,同法64条の2第4
項,会社更生法2条15項の規定により,更生手続においては租税等の請求
権に該当するものと定められているのである。ちなみに,金融商品取引法上
の課徴金は,これと異なり,金融商品取引法185条の16の規定により,
会社更生法の規定の適用については,課徴金納付命令に係る課徴金の請求権
及び第185条の14第2項の規定による延滞金の請求権は過料の請求権
とみなすと定められているから,更生手続においては,罰金等の請求権に該
当するものとして扱われることとなる。
以上のように,会社更生法は,更生手続において,租税等の請求権と罰金
等の請求権とを,法的性格が異なるものとして明確に峻別し,類型を異にす
る完結した別個独立の請求権として,その取扱いをまったく異にしている。
したがって,独占禁止法上の課徴金が,制裁としての性質を有し,また,違
反行為を抑制するという機能を有する点で罰金と共通しているからといっ
て,債権届出がされた場合には優先的更生債権として上記のような債権の満
足の点で有利な取扱いをする租税等の請求権に該当するものとして位置付
けられている本件課徴金債権について,債権届出がない場合に,明文の規定
もないまま,債権届出の有無にかかわらず劣後的更生債権として扱われる罰
金等の請求権について定められた免責の例外規定を類推適用して,更生計画
認可決定によっても免責されないとすることは,法律の枠組みを恣意的に揺
るがせるもので,法律解釈の限界を超えるものとして許されないといわざる
を得ない。
したがって,被告の主張は採用できない。
(3)また,被告は,本件課徴金債権については,会社更生法204条1項4
号を類推適用して,更生計画認可決定によっても例外的に免責されないと解
-31-
すべきであると主張する。
しかし,同号所定の請求権は,更生手続開始前の租税等の請求権のうち,
逋脱等につき刑に処せられまたは通告処分を受けた場合の,その逋脱した請
求権で届出のないものであり,逋脱等につき刑に処せられまたは通告処分を
受けた場合という要件があってはじめて,本来債権届出をすれば優先的更生
債権であるのに,届出を怠っても,劣後的更生債権とはされるものの免責さ
れないという,真に特殊な性格付けを与えられており,その例外性の質にお
いて際立っているといわねばならず,制裁という点で性質を同じくするとし
ても,明文の規定もないまま,本件課徴金債権について,上記のような特段
の要件がないにもかかわらず,同号の規定を類推すべきであるとすること
は,法律解釈の限界を超えるものであるといわざるを得ない。
したがって,被告の主張は採用できない。
(4)以上のとおりであり,原告は,平成22年7月1日に確定した更生計画
認可の決定により,本件課徴金債権につきその責任を免れたものというべき
である。

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