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平成14年11月28日判決言渡平成12年(ワ)第502号 損害賠償請求事件
主文
1 原告らの公職選挙法改正不作為の違憲確認の訴えを却下する。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告Aに対し,90万円及びこれに対する平成12年1月27日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は,原告Bに対し,90万円及びこれに対する平成12年1月27日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 被告は,原告Cに対し,90万円及びこれに対する平成12年1月27日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4) 被告が,昭和27年法律第307号公職選挙法の一部を改正する法律によって
代理による郵便投票制度を廃止した後現在に至るまで,原告A,原告B及び亡Dの
選挙権行使を可能とする内容の公職選挙法改正を行わないことは違憲であることを
確認する。
(5) 訴訟費用は被告の負担とする。
(6) 第1項から第3項までについて仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告らの請求第1項から第3項までをいずれも棄却する。
(2) 原告らの請求第4項を却下する(本案前の答弁)。
(3) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(4) 仮執行免脱宣言
第2 事案の概要
本件は,筋萎縮性側索硬化症(以下,略称して「ALS」という。)の患者である
原告A,原告B及び亡D(以下,前記3名を合わせて「原告ら(承継前)」とい
う。)が,内閣の公職選挙法施行令制定・施行行為及び改正不作為,国会の公職選
挙法改正不作為により,選挙権行使の機会を奪われたとして,原告A,原告B及び
亡Dの訴訟承継人である原告Cが,被告に対し,国家賠償法上の損害賠償請求権又
は憲法上の損失補償請求権(予備的請求)に基づき,それぞれ90万円の慰謝料の
支払を求めるとともに,公職選挙法改正不作為の違憲確認を求める事案である。
1 前提事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告ら(承継前)について
ア 原告A
原告Aは,昭和57年4月にALSと診断され,昭和59年7月16日には,疾病
による四肢体幹機能障害により身体障害程度等級1級の認定を受けている(甲4,
13)。
イ 原告B
原告Bは,平成2年1月にALSと診断され,平成7年3月13日には,ALSに
よる四肢体幹機能障害及び咀嚼機能喪失により身体障害程度等級1級の認定を更新
されている(甲5,14)。
ウ 亡D
亡Dは,平成2年12月にALSと診断され,平成5年2月8日には,進行性筋萎
縮症による両上肢機能全廃及び両下肢機能障害により身体障害程度等級1級の認定
を更新されていたが,平成13年8月21日死亡した(甲6,15,弁論の全趣旨
(亡Dの戸籍謄本))。
原告Cは,亡Dの本件損害賠償請求権又は損失補償請求権を単独相続するととも
に,本件訴訟を承継した。
(2) ALSについて
アALSは,運動神経細胞だけが選択的に冒され,進行的に筋萎縮及び運動麻痺
を起こす原因不明の疾患であり,国の特定疾患に指定されている難病である。現在
のところ有効な治療法は確立されていない。
イALS患者の病状は,その進行の程度により様々であり,軽度の場合には,話
すこともできるし,杖や車椅子により生活することもできる。
しかし,ALS患者は,病状の進行に伴って四肢の運動機能が麻痺・廃絶し,発声
障害,嚥下障害を起こし,最終的には呼吸筋麻痺のため,人工呼吸器を装着して呼
吸管理を行わなければ直ちに死に至る。
ウALSが他の難治性神経疾患と異なるのは,病変が運動神経のみに限定され,
高次知的機能や視覚系を含む感覚系機能が完全に保持され,最後まで健常者と同様
の知能・精神状態を保っているという点である。
病気が進行して,全身麻痺の状態にある重度の患者でも,かすかな手足の指の動
き,まばたき,眼球の動き(眼筋は最後まで冒されない場合が多い。)など,残さ
れたわずかな運動機能を活用して,特殊な入力装置を備えたパソコンや,視線の移
動により文字を選択するための文字盤等を使用しながら,外部とコミュニケーショ
ンをとることが可能である。
エ 日本のALS患者の実数は定かではないが,難病認定患者数だけでも平成8年
末時点で4119名であった。
(3) 現行投票制度(ただし,平成10年,平成11年当時も基本的制度は同じであ
る。)について
ア選挙当日投票所投票主義の原則
公職選挙法(以下,特に示さない限り,現行公職選挙法を指す。)44条1項は,
「選挙人は,選挙の当日,自ら投票所に行き,選挙人名簿又はその抄本(…(中
略)…)の対照を経て,投票をしなければならない。」と規定し,選挙当日投票所
投票主義の原則を採用している。
イ代理投票制度
(ア) 代理投票制度は,「身体の故障又は文盲により,自ら当該選挙の公職の候補
者の氏名(衆議院比例代表選出議員の選挙の投票にあっては衆議院名簿届出政党等
の名称及び略称,参議院比例代表選出議員の選挙の投票にあっては公職の候補者た
る参議院名簿登載者の氏名又は参議院名簿届出政党等の名称及び略称)を記載する
ことができない選挙人は,…(中略)…,投票管理者に申請し,代理投票をさせる
ことができる。」(公職選挙法48条1項)というものであり,選挙人に代わっ
て,代理者が投票用紙に代筆して記載する方法である。
(イ) したがって,身体に故障があり自書できない選挙人であっても,選挙当日に
投票所に行くことができる者であれば,代理投票制度を利用して代理投票を行うこ
とができる。
ウ 一般的な不在者投票制度(以下,特に示さない限り「不在者投票制度」という
ときは,一般的な不在者投票制度を指す。)
(ア) 不在者投票制度は,選挙人で選挙の当日「職務若しくは業務又は総務省令で
定める用務に従事すること。」(公職選挙法49条1項1号),「疾病,負傷,妊
娠,老衰若しくは身体の障害のため若しくは産褥にあるため歩行が困難であること
又は監獄,少年院若しくは婦人補導院に収容されていること。」(同項3号)等の
「事由のいずれかに該当すると見込まれるものの投票については,政令で定めると
ころにより,…(中略)…,不在者投票管理者の管理する投票を記載する場所にお
いて行わせることができる。」(同項本文)というものであり,選挙当日の前にあ
らかじめ投票させる制度である。
(イ) 前記「不在者投票管理者」は,「投票用紙及び投票用封筒の交付を受けた選
挙人が登録されている選挙人名簿の属する市町村の選挙管理委員会の委員長又は当
該選挙人が現に所在し若しくは居住する地の市町村の選挙管理委員会の委員長」
(公職選挙法施行令(以下,特に示さない限り,現行公職選挙法施行令を指す。)
55条1項)のほか,「都道府県の選挙管理委員会が指定する病院に入院している
者,都道府県の選挙管理委員会が指定する老人ホームに入所している者,国立保養
所に入所している者,都道府県の選挙管理委員会が指定する身体障害者更生援護施
設若しくは保護施設に入所している者又は労災リハビリテーション作業所に入所し
ている者」の不在者投票については,「当該病院の院長,老人ホームの長,国立保
養所の所長,身体障害
者更生援護施設若しくは保護施設の長又は労災リハビリテーション作業所の長」
(同条2項,3項)である。
そして,不在者投票管理者の管理する投票を記載する場所(以下「不在者投票所」
という。)においては,代理投票が認められている(公職選挙法施行令56条3
項)。
(ウ) したがって,選挙人が疾病又は身体の障害のため歩行が困難であっても,都
道府県の選挙管理委員会が指定する病院(以下「指定病院」という。)等に入院等
している場合には,指定病院等において,選挙当日の前にあらかじめ投票すること
ができ,その際には代理投票を行うことができる(公職選挙法施行令58条4項,
56条3項)。
エ 郵便による不在者投票制度(以下「郵便投票制度」という。)
(ア) 郵便投票制度は,「選挙人で身体に重度の障害があるもの(身体障害者福祉
法(昭和24年法律第283号)第4条に規定する身体障害者又は戦傷病者特別援
護法(昭和38年法律第168号)第2条第1項に規定する戦傷病者であるもの
で,政令で定めるものをいう。)の投票については,前項の規定によるほか,政令
で定めるところにより,…(中略)…,その現在する場所において投票用紙に投票
の記載をし,これを郵送する方法により行わせることができる。」(公職選挙法4
9条2項)というものであり,選挙人の自宅等その現在する場所において投票用紙
に投票の記載をし,これを郵送する方法である。
(イ) 「身体障害者福祉法(昭和24年法律第283号)第4条に規定する身体障
害者」とは,身体障害者手帳に「両下肢若しくは体幹の障害若しくは移動機能の障
害にあっては1級若しくは2級,心臓,じん臓,呼吸器,ぼうこう若しくは直腸若
しくは小腸の障害(…(中略)…)にあっては1級若しくは3級である者として記
載されている」者(公職選挙法施行令59条の2第1号)等である。
(ウ)公職選挙法施行令は,「法第49条第2項に規定する選挙人は,その登録さ
れている選挙人名簿の属する市町村の選挙管理委員会の委員長に対して,当該選挙
人が署名(…(中略)…)をした文書をもって,法第49条第2項に規定する選挙
人に該当する旨の証明書(以下「郵便投票証明書」という。)の交付を申請するこ
とができる。」(同施行令59条の3第1項)と規定する。
(エ) また,公職選挙法施行令は,「法第49条第2項に規定する選挙人は,…
(中略)…,選挙の期日前4日までに,その登録されている選挙人名簿の属する市
町村の選挙管理委員会の委員長に対して,当該選挙人が署名をした文書により,か
つ,郵便投票証明書を提示して,投票用紙及び投票用封筒の交付を請求することが
できる。」(同施行令59条の4第1項)と規定する。
(オ) さらに,公職選挙法施行令は,「前条第3項の規定により投票用紙及び投票
用封筒の交付を受けた選挙人は,選挙の期日の公示又は告示があった日以後,その
現在する場所において,投票用紙に自ら当該選挙の公職の候補者1人の氏名(…
(中略)…)を記載し,これを投票用封筒に入れて封をし,投票用封筒の表面に投
票の記載の年月日及び場所を記載し,並びに投票用封筒の表面に署名をし,更にこ
れを他の適当な封筒に入れて封をし,その表面に投票が在中する旨を明記して,当
該選挙人が登録されている選挙人名簿の属する市町村の選挙管理委員会の委員長に
対し,当該選挙人が属する投票区の投票所(…(中略)…)を閉じる時刻までに第
60条第2項の規定による投票の送致ができるように,郵便をもって送付しなけれ
ばならない。」(同施
行令59条の5)と規定する。
(カ)以上のとおり,公職選挙法49条2項所定の重度身体障害者は,郵便投票制
度を利用しようとする場合,郵便投票証明書の交付申請,投票用紙及び投票用封筒
の交付請求,投票用封筒の表面への記載の際に署名を要求され,投票用紙に自書す
ることが要求されている。
したがって,公職選挙法49条2項所定の重度身体障害者に該当する者であったと
しても,自書できない者は,郵便投票制度を利用することができない。
(4) 公職選挙法及び公職選挙法施行令改正の経緯について
ア 昭和27年法律第307号公職選挙法の一部を改正する法律(以下「昭和27
年改正法」という。)により改正される前の公職選挙法(以下「旧法」という。)
及びその委任を受けた公職選挙法施行令(以下「旧施行令」という。)の規定
(ア) 旧法49条は,選挙人が「その属する投票区のある郡市の区域外(…(中
略)…)において職務又は業務に従事中であるべきこと」(旧法49条1号),
「疾病,負傷,妊娠,不具若しくは産褥にあるため歩行が著しく困難であるべきこ
と又は監獄若しくは少年院に収容中であるべきこと」(同法3号)等の事由により
「選挙の当日自ら投票所に行き投票をすることができない旨を証明するものの投票
については,…(中略)…,政令で特別の規定を設けることができる。」と規定し
ていた。
(イ) そして,旧施行令は,「疾病,負傷,妊娠若しくは不具のため,又は産褥に
あるために歩行が著しく困難であるべき選挙人」(以下「在宅選挙人」という。)
が,「その現在する場所において投票の記載をしようとする場合においては,同居
の親族によって,第1項の選挙管理委員会の委員長に対し,文書をもって同項の請
求及び前2項の申立をすることができる。」(50条4項)とし,その際には,
「医師,歯科医師若しくは助産婦又は監獄の長,代用監獄の監理者若しくは少年院
の長」(52条1項3号)の証明書を提出する(52条1項柱書)か正当な事由に
よって証明書を提出できない場合にはその旨を疎明する(52条3項)ことを要求
していた。
また,旧施行令は,在宅選挙人が「その現在する場所において投票の記載をしよう
とする場合においては,前2条の規定にかかわらず,投票用紙に自ら当該選挙の候
補者1人の氏名を記載し,これを投票用封筒に入れて封をし,投票用封筒の表面に
その者の氏名並びに投票の記載の年月日及び場所を記載し,更にこれを他の適当な
封筒に入れて封をし,その表面に投票が在中する旨を明記し,その裏面に署名し,
その選挙人が登録されている選挙人名簿の属する市町村の選挙管理委員会の委員長
に対し,選挙の期日の前日までに到達するように郵便をもって送付し,又は同日ま
でに同居の親族によって提出させなければならない」(58条1項)としていた
が,「身体の故障に因って自ら候補者の氏名を記載することができない選挙人は,
他人に投票の記載をさ
せることができる」(同条2項)としていた。
(ウ) したがって,旧法及び旧施行令は,医師等の証明書等の要件を満たす在宅選
挙人について,投票所に行かずにその現在する場所において投票用紙に投票の記載
をして投票することができる制度(以下「在宅投票制度」という。)を規定してお
り,投票用紙及び不在者投票用封筒の交付の請求並びに不在者投票の申立てについ
ては同居の親族が行うことも可能であり,さらに,身体の故障によって自ら候補者
の氏名を記載することができない在宅選挙人については,他人に投票の記載をさせ
ることができるとされていた。
イ 昭和27年改正法による改正後の公職選挙法及び公職選挙法施行令の規定
昭和27年改正法による改正後の公職選挙法は,選挙人が「その属する投票区のあ
る都市の区域外(中略)において職務又は業務に従事中であるべきこと」(49条
1号),「疾病,負傷,妊娠,不具若しくは産褥にあるため歩行が著しく困難であ
るべきこと又は監獄若しくは少年院に収容中であるべきこと。」(同条3号)等の
「事由に因り選挙の当日自ら投票所に行き投票をすることができない旨を証明する
ものの投票については,政令の定めるところにより,…(中略)…,不在者投票管
理者の管理する投票を記載する場所において行わせることができる。」(49条本
文)と規定するとともに,昭和27年改正法を受けた公職選挙法施行令は旧施行令
58条を削除し,在宅投票制度が廃止された。
ウ 昭和49年法律第72号公職選挙法の一部を改正する法律(以下「昭和49年
改正法」という。)及びその委任を受けた公職選挙法施行令の規定
昭和49年改正法は,現行公職選挙法49条2項の規定を新設し,その委任を受け
て現行公職選挙法施行令59条の3等が新設された。
(5) 諸外国の投票制度について
諸外国における代理投票制度や郵便投票制度等の概要については,別紙「諸外国の
投票制度」記載のとおりであり,当事者双方の主張が記載されている部分を除き,
当事者間に争いがない(国名はすべて略称である。以下同じ。)。
2 争点
(1) 原告ら(承継前)が現行投票制度下において投票を行うことが可能であるか否
か。
(原告らの主張)
ア 実質的な選挙権剥奪について
(ア) 公職選挙法施行令59条の3第1項,同条の4第1項,同条の5(以下,合
わせて「本件公職選挙法施行令」という。)の下では,形式的には,すべての選挙
人に対して投票の機会が保障されているが,選挙の意思と能力を有しながら,身体
障害などにより,選挙当日に投票所に行くことが不可能で,かつ投票用紙等に自書
できない者については,投票をすることができず,その選挙権は剥奪されているに
等しい状況にある。
(イ) 身体に障害を有するために,選挙当日に投票所へ行くことができない者は,
都道府県の選挙管理委員会が指定する病院等に入院するなどしていない限り,代理
投票制度を利用することができない。
また,これらの者が郵便投票制度を利用しようとする場合,郵便投票証明書の交付
申請,投票用紙及び投票用封筒の交付請求,投票用封筒の表面への記載の際に署名
を要求され,かつ投票用紙の記載も自書を要求されているため,本件公職選挙法施
行令所定の重度身体障害者に該当する者であっても,自書できない者は,郵便投票
制度を利用することができない。
(ウ) 原告ら(承継前)も,ALSに罹患していたため,投票所へ行くことも,自
書することもできなかったので,平成10年7月12日に行われた参議院議員選挙
等において投票をすることが不可能であった。
イ 原告ら(承継前)の状態について
(ア)原告Aについて
a 原告Aは,昭和57年4月,ALSに罹患している旨の診断を受けた。確定診
断時は,手指及び足の筋力が低下していたが,なお歩行は可能であった。
しかし,徐々に症状は進行して自発呼吸が不可能となり,原告Aは,E病院におい
て,昭和61年2月に人工呼吸器装着手術を受け,同年8月,同病院を退院して現
在に至るまで在宅療養を続けている。
b 原告Aは,在宅療養開始後,人工呼吸器の装着不全のため1回,感染症による
発熱のため1回の合計2回E病院に入院したが,この2回の外出のほかは入院・外
出をしたことがない。
c 過去2回の入院の際の搬送方法は,まず医師が先に原告A宅に往診に来て,原
告Aに麻酔をかけて昏睡させ,その状態で救急車を呼び病院まで搬送して入院させ
るというものであった。
退院時も,あらかじめ麻酔をかけて昏睡させてから,自宅まで搬送し,自宅と病院
の間の搬送中はアンビューバッグを用いて呼吸の確保を行った。
d 原告Aの身体機能は,頭頚部,四肢,体幹などの全身の筋肉の萎縮,関節の拘
縮が著明であり,体はわずかも動かすことはできない。かろうじて眼輪筋と眼球の
運動はあり,頬部の筋肉がわずかに動く程度である。
また,嚥下機能,食事摂取は不可能であり,経管栄養チューブを使用し,排泄はあ
るが,全面介助を要する。コミュニケーションは,文字盤中の文字を視線で指し示
すことにより行っている。
e 原告Aの外出の危険性や困難性については,以下のとおりである。
第1に,原告Aの移動及び外出に対する強度の不安感,恐怖心を取り除くために
は,麻酔によって本人の意識を麻痺させる以外の方法がなく,麻酔を行うこと自体
の危険性がある。
第2に,移動の際には,手動でのアンビューバッグによる呼吸のため,人工呼吸が
不安定となり,携帯用吸引器による痰の除去では痰の吸引が不十分となるおそれが
ある。
第3に,約14年以上の長期臥床のため,全身の関節拘縮があり,座位ができず,
車椅子による移動ができない。したがって,ストレッチャー又はリクライニングし
てフラットにした車椅子を使用するしかないが,そのためには,移動ベッドに2
名,アンビューバッグ要員として1名,吸引器や身の回りの備品のために1名の合
計4名が最低でも必要となる。
(イ) 原告Bについて
a 原告Bは,平成元年6月ころから下肢脱力の症状が現われ,E病院に検査入院
をした結果,平成2年1月にALSと診断された。その後,原告Bは,平成6年1
1月に人工呼吸器を装着するための気管切開手術を,平成9年9月に経管食を採る
ための胃切開手術をそれぞれ受けた。
b 原告Bは,現在,自宅2階の自室で療養生活を送りながら,原則として2週間
に1回の割合で,F診療所のG医師による往診を受けている。
また,原告Bは,3か月に1回の割合で,H医療センターの医師による往診も受け
ている。
日常生活においては,両親のほかに3,4人のヘルパーが24時間態勢で付き添
い,吸引器を使って約15分ごとに唾や痰を取り除き,食事や排泄の手助けをした
り,体を拭くなどの介護に当たっている。
c 原告Bは,口角,眼球,まぶた及び額の一部がそれぞれかすかに動くだけで,
自発呼吸ができないので,人工呼吸器を使って呼吸しており,咀嚼や嚥下もできな
いので,経管食を胃に直接送り込む方法により栄養を摂取している。
d 原告Bを外出させるに場合,ベッドから車椅子に移し,自室から階段のある場
所まで移動させ,電動の階段昇降機を用いて2階から1階に降ろし,さらに車椅子
に移すというプロセスを経て,玄関から外に出ることが可能となる。
その間,体を抱え,あるいは支える者,アンビューバッグにより呼吸させる者など
数人の人手が必要となり,仮に,不手際により呼吸させることができなくなった場
合は,わずかな時間で窒息死に至ってしまう。
e すなわち,原告Bが投票所において投票するためには,自室から出て,目的地
まで行き,投票を済ませ,再び自室に戻るまでの全行程で,生命の危険を冒さなけ
ればならないのであり,事実上投票所における投票は不可能である。
(ウ) 亡Dについて
a 亡Dの平成10年当時の症状は,眼球,まぶた,まゆの上部,右手親指がわず
かに動くが,発語・嚥下はできず,四肢は全く動かすことができなかった。また,
呼吸は極めて不十分で,常時人工呼吸器により呼吸を行う必要があり,痰も自分で
は喀出することができないため,吸引器により,口腔内,気管カニューレ内の痰を
頻回に吸引する必要があった。
b 亡Dの居宅は,いわゆる二世帯住宅のようになっており,亡Dは,2階部分に
住んでいたが,玄関も2階にあるため,外出するためには,外階段を使用して出入
りしていた。
亡Dが外出するためには,人工呼吸器を外し,アンビューバッグで呼吸をするよう
にし,介護者がベッドから抱え,屋内の廊下を通って,玄関に達し,玄関を出てか
らは中腰状態で抱えながら,外階段を下りることになる。
屋内では,2人がかりで亡Dを抱え,さらにもう1人がアンビューバッグで空気を
送っているが,外階段は,直線でなく,上部で直角に曲がった造りになっていて,
昇降機用のレールで狭くなっているので,階段部分では1人だけで抱える必要があ
り,アンビューバッグも使用できない。
したがって,その間,亡Dは無呼吸で過ごすしかない。呼吸ができない状態は,あ
ってはならないことであり,亡Dの外出は,生命に危険を伴う行動であった。
c さらに,亡Dは,体幹,首,四肢が不安定なため椅子や車椅子に座ることがで
きず,ストレッチャーが使用できる寝台車が必要であったが,その費用は20分程
度の移動で8400円(消費税込み)である。
d 以上のように,亡Dが外出することは,通常の人が外出する場合に比べ,はる
かに身体への危険が高かったといえ,また,少なくとも4人の人手(抱えるために
2名,アンビューバッグを操作するために1名,亡Dを寝台車まで移動させている
間に,人工呼吸器を寝台車まで移動させるために1名)が必要であることを考えれ
ば,投票することは,限りなく不可能に近かった。
ウ まとめ
以上によれば,原告ら(承継前)が投票所へ行って投票を行うことは不可能といわ
ざるを得ない。
権利の行使が可能か否かについては,単に抽象的・観念的に判断すべきではなく,
問題となっている権利の性質,権利行使を妨げられていると主張している当該国民
が置かれている状況等に照らし,社会通念に従って決すべきものであることは当然
である。
もとより,生命の危険,費やす経費,時間,労力その他の諸事情を一切無視して,
現時点で講じ得るあらゆる手段を用いたとすれば,原告ら(承継前)が投票所へ行
くことは物理的には可能であるかもしれない。
しかし,それが直ちに社会通念上も投票が可能であることを意味するものではな
く,憲法上保障された選挙権を行使することが可能か否かという観点から論じるな
らば,それは不可能と評価せざるを得ない。
そのことは,仮に,国政選挙において,全国で東京に1か所だけ投票所を設置した
場合,北海道や九州在住の国民でも投票所に行くことは不可能ではないが,これを
もって投票の機会が与えられていると評価することはできないのと同じことであ
る。
(被告の主張)
ア 実質的な選挙権剥奪について
身体の故障等により候補者の氏名等を自書することができない選挙人であっても,
公職の候補者の氏名等を指示することができる限り,投票所又は不在者投票所(以
下,合わせて「投票所等」という。)において,代理投票により投票することが可
能である。
仮に,原告ら(承継前)が,ALSが進行し,四肢の運動機能が麻痺・廃絶し,ま
た,呼吸筋麻痺のため,人工呼吸器を装着して呼吸管理を行っているという状態で
あって,外出は極めて困難であったとしても,原告ら(承継前)が,投票所等に行
くことに事実上の困難はあるとしても,不可能であるとまではいえない。
実際にも,平成12年6月25日施行の第42回衆議院議員総選挙において,いず
れも全身麻痺で,筋力や呼吸機能を喪失し,人工呼吸器を装着して呼吸管理を行っ
ているALS患者が,投票所等までボランティア等に送迎してもらった上,投票事
務従事者が候補者の氏名・衆議院名簿届出政党等の名称及び略称を読み上げ,瞬き
によってこれを指示することにより,代理投票による投票をしたことが報じられて
いる。
イ まとめ
以上によれば,原告ら(承継前)が,代理投票制度を利用することによって投票す
ることは可能であるから,原告ら(承継前)の投票の機会が奪われているとか,原
告ら(承継前)の選挙権を奪うに等しいなどということはできない。
(2) 内閣が本件公職選挙法施行令を制定・施行したことが国家賠償法上の違法行為
に該当し,被告が国家賠償責任を負うか否か。
(原告らの主張)
ア本件公職選挙法施行令の違憲・違法性
(ア) 憲法上の選挙権の保障について
a 憲法15条1項は,「公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有
の権利である。」と規定しているところ,国民が直接公務員を選定するのは選挙の
場合に限られているのであるから,同規定は,国民主権の原理に基づく選挙権の保
障を主眼とする。
b 憲法15条3項は,「公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障
する。」と規定し,成年者による普通選挙を保障している。選挙は,投票によって
行われ,投票以外に選挙権の行使はあり得ず,具体的な選挙において投票の機会が
与えられないならば,抽象的に選挙人の資格(選挙権)があったとしても,意味が
ない。
したがって,選挙権の保障は,投票の機会の保障をも意味する。
c 憲法14条1項は,人権に関する一般原則として法の下の平等を規定し,政治
的関係において合理的な理由なく差別してはならず,平等に取り扱わなければなら
ないとしている。ここにいう平等は,実質的・機能的平等であって,国民一人一人
の置かれた状況に応じて取扱いが異なることがあり得るばかりか,場合によっては
異なる取扱いが要請される。
投票所に行くことが不可能又は著しく困難な者の場合には,その身体的状況を考慮
した投票の方法を定めることが,平等原則から要請される。
d したがって,選挙権を有している原告ら(承継前)は,憲法上,投票の機会が
保障されており,その身体的状況を考慮した投票の方法を定めることが要請されて
いる。
(イ) 公職選挙法49条2項の解釈について
a公職選挙法49条2項は,重度身体障害者の投票について,「その現在する場
所において投票用紙に投票の記載をし,これを郵送する方法により行わせることが
できる。」と規定する。
公職選挙法49条2項にいう「投票の記載」の意義については,憲法15条1項及
び3項が選挙人に対して投票の機会を保障していることから,自書できない重度身
体障害者については,自書できないという身体的特性を考慮して,選挙人に代わっ
て代理者が投票用紙に代筆して記載する代理投票を包含していると解釈される。
また,憲法14条1項が,実質的,機能的平等を保障し,国民一人一人の置かれた
状況に応じて取扱いが異なることを平等と捉えていることからすると,自書できる
重度身体障害者は投票の機会が与えられるが,自書できない重度身体障害者は投票
の機会が与えられないという制度を憲法が容認しているものとは考えられないか
ら,前記「投票の記載」の意義については,代理投票を包含していると解釈され
る。
したがって,憲法の前記各規定によれば,「投票の記載」には郵便による代理投票
を包含すると解釈される。
b 公職選挙法49条2項の立法趣旨は,投票所へ行くことができない重度身体障
害者が投票の機会を奪われ,選挙権を侵害されているという実態を改善し,重度身
体障害者に投票の機会を付与することにある。
その立法趣旨からすると,公職選挙法49条2項の「投票の記載」の意義は,自書
できない重度身体障害者については,代理投票によって投票の機会を付与すること
にあったと解釈されるのであり,自書できる重度身体障害者にのみ投票の機会を付
与するが,自書できない重度身体障害者には投票の機会を付与しないとの意義であ
ると解釈することはできない。
また,昭和27年改正法により廃止される以前の在宅投票制度は,郵便による代理
投票を認めるものであり,公職選挙法49条2項は,これを復活させたものであ
る。。
したがって,前記立法趣旨及び改正の沿革からしても,「投票の記載」には郵便に
よる代理投票を包含すると解釈される。
また,公職選挙法49条2項は「投票の記載」と規定しており,「自書」,「署
名」等の文言を使用していないのであるから,法律の文言上も,「投票の記載」
は,代理投票を包含すると解釈される。
c 公職選挙法68条1項頭書は,「衆議院(比例代表選出)議員又は参議院(比
例代表選出)議員の選挙以外の選挙の投票については,次の各号のいずれかに該当
するものは,無効とする。」と規定し,同項7号は,「公職の候補者の氏名を自書
しないもの」と規定する。
また,公職選挙法68条2項頭書は,「衆議院(比例代表選出)議員の選挙の投票
については,次の各号のいずれかに該当するものは,無効とする。」と規定し,同
項7号は,「衆議院名簿届出政党等の第86条の2第1項の規定による届出に係る
名称又は略称を自書しないもの」と規定し,同条3項頭書は,「参議院(比例代表
選出)議員の選挙の投票については,次の各号のいずれかに該当するものは,無効
とする。」と規定し,同項9号は,「公職の候補者たる参議院名簿登載者の氏名又
は参議院名簿届出政党等の第86条の3第1項の規定による届出に係る名称若しく
は略称を自書しないもの」と規定する。
仮に,郵便投票を代理投票によって行った場合にも,前記各規定が文字どおりに適
用されるとすれば,郵便による代理投票は,「公職の候補者の氏名を自書しないも
の」等に該当して投票は無効となり,原告ら(承継前)は,選挙権を有しているに
もかかわらず,有効な投票を行うことができないことになる。
したがって,公職選挙法68条は,同条を文字どおり適用すると,原告ら(承継
前)から選挙権を奪うに等しいものとなるから,憲法15条1項,同条3項及び1
4条1項に反し,違憲となる。
d しかし,法律の規定は,可能な限り,憲法の精神に即し,これと調和し得るよ
う合理的に解釈されるべきものであって,この見地からすれば,公職選挙法68条
の表現にのみ拘泥して,直ちに違憲と断定することはできない。
憲法15条1項,同条3項及び14条1項が選挙権を保障している趣旨にかんがみ
ると,原告ら(承継前)から選挙権を奪うに等しい解釈をとることはできないので
あり,公職選挙法68条は,原告ら(承継前)が郵便投票を代理投票によって行う
場合には適用がないと解される。
(ウ) 本件公職選挙法施行令の違憲性について
a 憲法73条6号は,内閣の事務として,「この憲法及び法律の規定を実施する
ために,政令を制定すること」を規定し,政令の規定事項は,憲法及び法律の規定
を実施するために必要な細則的又は手続的な事項に限られるものとする。
b 公職選挙法49条2項の「選挙人で身体に重度の障害があるもの(…(中略)
…)の投票については,前項の規定によるほか,政令で定めるところにより,…
(中略)…,その現在する場所において投票用紙に投票の記載をし,これを郵送す
る方法により行わせることができる。」との規定については,前記のとおり,「投
票の記載」が代理投票を包含するものと解釈することが憲法によって求められてい
る以上,代理投票の実施細目を「政令で定めるところ」にゆだねたものと解釈され
る。
c ところが,公職選挙法49条2項を受けた本件公職選挙法施行令は,郵便によ
る投票に自書を要求して代理投票を認めておらず,同施行令は,政令の委任を越え
憲法73条6号に違反するだけでなく,憲法15条1項,同条3項及び14条1項
にも違反する。
(エ) したがって,本件公職選挙法施行令は,憲法15条1項,同条3項,14条
1項,73条6号及び公職選挙法49条2項に違反し,違憲・違法であるから,無
効である(憲法98条1項)。
イ 国家賠償法上の違法性について
(ア) 国家賠償法上の違法性の意義は,後記のとおりであり,本件において,本件
公職選挙法施行令を制定・施行に携わった公務員(以下「本件政令制定公務員」と
いう。)の行為には,国家賠償法上の違法性が存在する。
(イ) 内閣閣僚を含む本件政令制定公務員は,憲法73条6号により,憲法及び公
職選挙法の規定を実施する範囲内において政令制定権限を与えられていると同時
に,憲法99条により憲法尊重擁護義務を負っており,政令の制定・施行に際して
も,これが憲法に違反しないよう十分な注意を尽くすべき義務を負っている。
また,原告ら(承継前)を含む日本国民は,憲法15条1項及び3項によって,成
年者による普通選挙権を保障されている。選挙権は,国民の政治への参加の機会を
保障するという意味において,議会制民主主義の根幹を形成する極めて重要な基本
的権利である。
したがって,本件政令制定公務員は,広範な裁量権を与えられている検察官,裁判
官,国会議員,税務署長とは全く異なり,あくまで憲法及び公職選挙法の規定を実
施する範囲内において,政令を制定・施行する権限を与えられていたにすぎず,か
つ,本件公職選挙法施行令が,憲法上保障されている国民の選挙権を不当に制約す
ることのないよう,十分な注意を尽くすべき義務を負っていた。
(ウ) しかし,公職選挙法49条2項は,郵便投票制度について「選挙人で身体に
重度の障害があるもの…(中略)…の投票については,前項の規定によるほか,政
令の定めるところにより,…(中略)…その現在する場所において投票用紙に投票
の記載をし,これを郵送する方法により行わせることができる」と規定し,「投票
の記載」と規定されているだけにもかかわらず,本件政令制定公務員は,「投票の
記載」は自書を意味して,代理投票を含まないと解釈し,同規定の意義についての
確認作業を行っていない。
また,本件政令制定公務員は,本件公職選挙法施行令を制定・施行すると,投票所
等へ行くことが不可能であり,かつ,自書ができない在宅療養者である原告ら(承
継前)の選挙権行使が不可能となることを十分知りながら,本件公職選挙法施行令
が憲法違反となるか否かについての検討を行っていない。
(エ) 前記のような経緯により制定・施行された本件公職選挙法施行令は,原告ら
(承継前)の投票を不可能にするものであって,原告ら(承継前)は,政治に参加
することができず,憲法により保障された基本的権利である選挙権が侵害され,議
会制民主主義の根幹が侵害された。
以上のとおり,原告ら(承継前)又は原告ら(承継前)と同様の状態にあった者
は,本件公職選挙法施行令の制定・施行によって選挙権を侵害されたものであっ
て,本件公職選挙法施行令の制定・施行に切実な利害関係を有していたにもかかわ
らず,本件公職選挙法施行令の制定・施行への関与の機会は全く与えられていなか
った。
(オ) 本件における前記各事情を総合的に考慮すると,本件政令制定公務員は,憲
法及び公職選挙法の規定を実施する範囲内において,かつ,国民の選挙権を不当に
制約することのないよう十分な注意を尽くした上で,公職選挙法施行令を制定・施
行すべき義務を負っていたにもかかわらず,このような義務に違反して制定・施行
した本件公職選挙法施行令により原告ら(承継前)の選挙権を侵害したのであるか
ら,本件政令制定公務員の行為は,国家賠償法1条1項の「違法」に該当する。
ウ 故意・過失について
本件政令制定公務員は,その職務を行うについて,公職選挙法施行令が憲法及び公
職選挙法に違反することがないように十分な注意を尽くすべきであるにもかかわら
ず,同注意義務に違反して,本件公職選挙法施行令を制定・施行したものであるか
ら,国家賠償法上の故意・過失が認められる。
(被告の主張)
ア本件公職選挙法施行令の違憲・違法性
(ア) 憲法15条1項違反について
憲法15条1項は,「公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権
利である。」と規定するところ,同規定は,公務員の地位が究極において国民の意
思によらしめられているという国民主権の理念を明らかにするにとどまるものであ
って,具体的な選挙権の内容,その行使の方法等を具体的に規定するものでないこ
とは明らかであるから,選挙権行使の方法について定める本件公職選挙法施行令の
各規定が,憲法15条1項に違反するという余地はない。
(イ) 憲法15条3項違反について
a 憲法15条3項が保障する成人による普通選挙の原則が,選挙権行使,すなわ
ち投票の機会の保障を含むものであるか否かの点をさておくとしても,次のとお
り,本件公職選挙法施行令が憲法15条3項に違反しているということはない。
b 憲法47条は,投票の方法その他選挙に関する事項の具体的決定を立法府であ
る国会の広い裁量にゆだねている。そして,国会は,このような広い裁量の下,公
職選挙法において,いわゆる投票所投票主義を採用し(公職選挙法44条),選挙
人には,その個人的事情により,選挙の当日投票所に行くことが困難又は極めて困
難な者が存在することが予想されたことから,投票をより容易にするために,立法
裁量によるいわば救済措置として,投票所投票主義の例外である不在者投票制度及
び郵便投票制度(同法49条)を設けたものである。
選挙の当日投票所に行くことが困難又は極めて困難な者の選挙権行使を容易にする
制度を設けるか否か,設けるとして具体的にどのような制度とするかについては,
憲法47条の問題として,国会にこれに関する広範な裁量が認められているのであ
り,このような救済措置によっても,選挙権行使が容易にならなかったからといっ
て,憲法15条3項違反を論じる余地はない。また,その点をおくとしても,選挙
の当日投票所に行くことが困難又は極めて困難な者の選挙権行使の方法を具体的に
どのような制度にするかについては,国会が裁量権を濫用・逸脱するような容易に
想定し難い特段の事情のない限り,憲法15条3項違反を問われる余地はない。
したがって,仮に,公職選挙法49条2項及びその実施細目を規定する本件公職選
挙法施行令が,原告ら(承継前)の選挙権行使を必ずしも容易にしなかったとして
も,憲法15条3項に違反するものではない。
c また,在宅のALS患者で郵便投票の対象となる選挙人のうち自書できない者
については,このような者が事実上郵便投票制度を利用することができないとして
も,投票所等において代理投票を行うことが困難を伴うにしても不可能であるとま
でいうことはできないから,本件公職選挙法施行令が,これらの者の投票の機会を
奪い,選挙権を侵害しているということはできない。
(ウ) 憲法14条1項違反について
a 憲法14条1項は,裁判規範としては,法的取扱いの不均等の禁止という消極
的意味でのいわゆる形式的平等を保障したにすぎないものであって,社会に存在す
る様々な事実上の優劣,不均等を是正して実質的平等を保障するものではない。そ
のような役割は立法府にゆだねられているものであって,少なくとも,裁判規範と
しての平等原則には,実質的平等が含まれないことは明らかである。
すなわち,憲法14条1項は,「すべて国民は,法の下に平等であって,人種,信
条,性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,
差別されない。」と規定し,国民が,法の与える利益の面においても,法が課する
義務の面においても,平等の取扱いを受けるべき旨を定めるが,同条項が「差別さ
れない」との消極的文言を用いており,また,日本が自由主義を基調とする民主政
治体制を採用している以上,国民のあらゆる生活面での均等化まで求められている
わけではない。
憲法14条1項は,国民に対して,現実の不平等を是正して実質的平等を実現する
ように国家に要求し得ることまでを保障したものではなく,消極的に国家による不
平等取扱いを禁止するという形式的平等を保障するにとどまると解するべきであ
る。
仮に,憲法14条1項がいわゆる実質的平等を保障するものであると解するとすれ
ば,異なる社会的状況に置かれている者については,国がその状況に応じて異なる
取扱いをしなければならないことになる。しかし,人の政治的,経済的及び社会的
諸条件における差異は,程度の差こそあれ,ほとんど無限に存在するのであって,
このような異なる状況に置かれている者について,国がその状況に応じて異なる取
扱いをしなければならないとすることは,仮にそのうち重要なものにこれを限ると
しても,不可能であるばかりか不相当である。
b また,憲法は,選挙人となるために備えていなくてはならない資格である「選
挙人の資格」については,「法律でこれを定める」(44条本文)としながらも,
一方で,「人種,信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差
別してはならない」と規定し(同条ただし書),「公務員の選挙については,成年
者による普通選挙を保障する。」(15条3項)と規定して,一定額の納税者であ
ること等の要件を排斥することを明らかにしているのに対し,選挙権行使の方法で
ある「選挙区,投票の方法その他両議院の選挙に関する事項」については,「法律
でこれを定める」(47条)としているのみである。
このように,「選挙権の付与」と「選挙権の行使」とは,憲法上もその取扱いが区
別されており,両者は,別個に論じられなければならない。
したがって,疾患のために,選挙権行使が事実上著しく困難であったとしても,そ
の疾患がなく,四肢が健全であることを選挙権付与の要件としているに等しいなど
ということにはならない。
c さらに,法律で定める投票の方法は,すべての選挙人において,可能な限り容
易に投票できるものであることが望ましいが,投票の方法については,選挙の公正
を確保し,憲法15条4項で保障された投票の秘密を保護するとともに,選挙の施
行には,おのずと一定の時間的,人的・物的設備による制約を伴うものであるか
ら,そのような制約の中で選挙の施行を可能にすることが要請されるものであるこ
とを看過してはならない。
そして,公職選挙法は,前記各要請に応えつつ,選挙人一般に対して特別の犠牲を
強いることなく,できる限り投票の機会を均等に与えようとする趣旨でもって,投
票所投票主義を原則としつつ,その例外として,不在者投票所における不在者投票
制度を定めるとともに,重度身体障害者の投票について,郵便投票制度を採用した
のであるから,このような立法が合理性を有することは明らかである。
(エ) 憲法73条6号違反について
原告らは,憲法73条6号にいう政令の規定事項は,憲法及び法律の規定を実施す
るために必要な細則的又は手続的な事項に限られるから,郵便投票に自書を要求し
て代理投票を認めていない本件公職選挙法施行令は,法律の委任の範囲を越えてい
ることは明らかであり,憲法73条6号に違反すると主張する。
しかし,そもそも憲法73条6号は,政令が規定することができる事項が,いかな
る場合であっても,法律の規定を実施するために必要な細則的又は手続的な事項に
限定されるとするものではない。
しかも,後記(オ)記載のとおり,本件公職選挙法施行令の各規定は,公職選挙法4
9条2項が委任する範囲内で,同条項が規定する郵便投票制度の実施細目を定めて
いるにすぎないから,その憲法73条6号違反を論じる余地はない。
したがって,本件公職選挙法施行令は,憲法73条6号に違反するものではない。
(オ) 公職選挙法49条2項違反について
a 原告らは,公職選挙法49条2項について,同条項の「投票の記載」が代理投
票を包含すると解釈されるから,郵便投票に自書を要求して代理投票を認めていな
い本件公職選挙法施行令は,公職選挙法49条2項に違反すると主張する。
しかし,以下のとおり,公職選挙法49条2項の「投票の記載」については,自書
主義を前提として規定されたものであって,その手続の細目を定めた政令である本
件公職選挙法施行令においても,代理投票を認める余地がないことは明らかであ
る。
b 公職選挙法49条2項は,昭和49年改正法により創設されたものである。同
改正がなされる際の国会における審議過程をみると,昭和26年の統一地方選挙に
おいて在宅投票制度を悪用した不正事例が多発したことを背景として,昭和27年
改正法により在宅投票制度が廃止されたという経緯にかんがみ,公職選挙法49条
2項の郵便投票制度の導入に当たって,選挙の公正をいかに確保するかについて,
徹底した議論が尽くされた。
すなわち,昭和49年5月8日衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会及び
同年4月8日参議院公職選挙法改正に関する特別委員会において,昭和49年改正
法案の提出者である政府により,公職選挙法49条2項の郵便投票制度を導入する
に当たり,その手続を厳格にすることが明らかにされており,投票用紙の代理請求
を認めないこと,あるいは,自書による投票を前提として同制度を導入することが
明らかにされている。
これらの政府答弁においては,不在者投票制度での代理投票の場合には,不在者投
票管理者と立会人2名の下で1人が代理記載を行い,1人がこれを監視するという
厳重な管理体制を採用している一方,郵便による代理投票を行う場合には,家庭内
等で投票の記載が行われることから,選挙の公正を確保することが困難であること
が言及されている。
c また,公職選挙法における罰則の規定との関係からしても,政令で郵便投票に
おいて代理投票を認めることは予定されていないことが明らかである。
すなわち,不在者投票の場合の罰則の適用について規定する公職選挙法255条
は,公職選挙法16章の各罰則規定が選挙当日の投票所における投票を前提として
各構成要件が規定されていることから,不在者投票における各罰則規定の適用関係
を明確にするために,これを不在者投票において独自に用いられている概念に読み
替える規定である。そして,公職選挙法255条は,罰則規定における構成要件の
明確性の見地から,不在者投票において適用されるべき各罰則規定を網羅的に規定
していることは明らかであって,同条がその適用を規定しない罰則規定に関する行
為については,これに罰則規定を適用しないことをも明らかにする趣旨の規定であ
る。
また,公職選挙法255条は,選挙当日の投票所における投票について罰則の適用
がある行為については,不在者投票において想定できない行為や不在者投票の特殊
性から罰則を適用することができない行為を除き,不在者投票においても罰則の適
用があることを明らかにしていると解すべきである。なぜなら,選挙当日の投票所
においてなされれば罰則の適用があるにもかかわらず,不在者投票においてなされ
たならば罰則の適用がないなどという行為は,罰則の均衡の観点からしても,およ
そ考えられないからである。
そうすると,同条によりその適用が規定されていない罰則規定に関する行為につい
ては,公職選挙法においては,当該行為が不在者投票において想定できないもの,
あるいは不在者投票の特殊性から罰則を適用できないものと考えられている行為で
あるということになる。
そして,公職選挙法255条1項及び3項は,一般の不在者投票及び洋上投票にお
ける代理投票の代理記載人を選挙当日の投票所における代理投票の代理人とみなす
趣旨の規定をしているのに対し,同条2項は,このような規定をあえて置いていな
いばかりか,郵便投票について,同法228条の投票干渉罪及び同法234条の選
挙犯罪の煽動罪の各規定を適用すると定めるのみで,同法237条の2の代理投票
における記載義務違反等の罪の規定の適用を排除している。このような規定からす
れば,公職選挙法255条2項は,郵便投票において,代理投票が利用されること
をそもそも予定していないことは明らかであるといわなければならない。
仮に,公職選挙法が改正されることがないまま,公職選挙法施行令において,郵便
投票に代理投票を利用することを認めることとなれば,代理記載人が本人が指示し
た候補者の氏名等を記載せず,他の候補者の氏名等を記載した場合であっても,こ
れを処罰すべき規定が存在しない結果,その行為は何ら罰せられないこととなる
が,このような結果を選挙の公正の確保を目的とする公職選挙法が容認しないこと
は明らかである。
したがって,前記のような制度を公職選挙法施行令において認めること自体,公職
選挙法49条2項による委任の範囲を超えたものである。
d 以上によれば,公職選挙法49条2項が立法化されるに至った経緯及び公職選
挙法の罰則の規定からしても,同条項が,郵便投票において,自書主義を前提とし
ていること,したがって,公職選挙法施行令において郵便投票制度に代理投票の規
定を設ければ,かえって同条項の委任の範囲を超えることになることは,明らかで
ある。
イ 国家賠償法上の違法性について
(ア) 国家賠償法上の「違法」の意義については,後記のとおりであり,本件にお
いて,内閣が本件公職選挙法施行令を制定・施行したことについて,国家賠償法上
の違法はない。
(イ) 公職選挙法49条2項は,自書主義を前提とした上で郵便投票制度を規定し
ているのであり,本件公職選挙法施行令は,同条項が規定する範囲内で,同条項が
規定する郵便投票制度の実施細目を定めているものにすぎない。
ところで,行政立法の内容が,これを委任した議会立法の委任の範囲を超える場合
には,授権している議会立法に対する違反及びそのような行政立法に対する授権の
欠如という2つの意味において違法であり,このような議会立法の委任の範囲を超
える行政立法を制定・施行した場合には,職務上の法的義務違反を構成する場合が
あり得る。
しかし,本件公職選挙法施行令は,何ら公職選挙法49条2項の委任の範囲を超え
るものではないから,議会立法である同条項の委任の趣旨・目的に沿って,その実
施細目として本件公職選挙法施行令を制定・施行した内閣について,その職務上の
法的義務違反が存在する余地はない。
(ウ) 行政立法を制定・施行する際には,その行政立法の内容を拘束する議会立法
が有する規範的意味内容の法解釈をする必要があり,その際,いわゆる法令の審議
過程における立法者意思のほか,当該授権条項の意味内容,議会立法の関連条項や
法全体の趣旨だけでなく,授権する議会立法以外の関連議会立法,当該行政分野に
特有の法理をも考慮して,その法解釈をする必要があることも少なくない。
しかし,行政立法の制定・施行の段階では,これを授権する議会立法の解釈を行う
内閣において,まずもって探求すべきであるのは,当該行政立法を授権する議会立
法の立法者意思である。
仮に議会立法における立法者意思が,法の本来の解釈と異なるものであったとして
も,当該議会立法の授権を受けて行政立法の制定・施行をする内閣における職務上
の法的義務という観点からすれば,当該議会立法の審議過程において,その立法者
意思が明らかであった場合には,その立法者意思に沿って行政立法を制定・施行す
ることは当然のことである。そして,議会立法における立法者意思に沿って行政立
法をした以上,当該立法者意思が明らかに当該立法の解釈を誤っていることが明白
であるというような特段の事情のない限り,職務上の法的義務に違反しないもので
ある。
これを本件についてみると,昭和49年改正法が立法される際の国会における審議
過程において,郵便投票における投票の記載について,代理投票を認めず,直接自
分で書いて投票する方法を採用する旨明言されており,特段の反論もないまま審議
が終了している。
そうすると,公職選挙法49条2項の立法者意思は,郵便投票に自書を要求するも
のであることが明らかであり,同条項が自書主義を前提としているものとして,本
件公職選挙法施行令を制定・施行した内閣において,国家賠償法1条1項の違法を
問われる余地はない。
(エ) さらに,本件公職選挙法施行令の授権規定である公職選挙法49条2項が違
憲であるとの最高裁判所の司法判断は存在しないところ,すべて法律は,国会によ
って合憲と判断されて制定・施行されるものであり,合憲性の推定を有するものと
みなくてはならない。国会その他の国家機関の制定・施行する法形式に対して合憲
性の推定を与えることは,社会生活の法的安定を保持するために必要なことである
から,法律や命令が合法的な手続で成立した限り,それに基づいてなされた行為は
すべて違法性を欠くとみるべきである。
したがって,本件公職選挙法施行令が憲法に違反するものであったとしても,その
授権規定である公職選挙法49条2項が違憲であるとの最高裁判所の司法判断が存
在しない状況において,同条項の委任の範囲を超えずに制定・施行された本件公職
選挙法施行令の制定・施行行為に「職務上の法的義務」違反があるとはいえないか
ら,これが国家賠償法上の違法性を有する余地はない。
(オ) 以上のとおり,本件公職選挙法施行令は,憲法及び公職選挙法49条2項に
違反しておらず,内閣が本件公職選挙法施行令を制定・施行したことは国家賠償法
上の違法行為に該当するものではない。
(3) 内閣による本件公職選挙法施行令の改正不作為が国家賠償法上の違法行為に該
当し,被告が国家賠償責任を負うか否か。
(原告らの主張)
ア 内閣の本件公職選挙法施行令改正義務について
(ア) 憲法73条6号は,憲法及び法律の規定を実施するため政令を制定・施行す
る権限を内閣に認めているところ,その内閣が制定・施行した本件公職選挙法施行
令は,原告ら(承継前)のように自書できない重度身体障害者が存在するにもかか
わらず,郵便投票制度に自書を要求し,代理投票を認めていない。
(イ) 内閣が本件公職選挙法施行令を改正し,郵便による代理投票制度を創設する
等の積極的措置をとる義務を負っていたことについての詳細は,後記の国会の立法
不作為の違憲・違法性に関する主張と同様であるが,その概要は次のとおりであ
る。
日本は,昭和54年,すべての市民につき不合理な制限なく選挙権を行使する機会
を保障するとともに,各締約国に対して選挙権行使を可能とするために必要な立法
措置その他の措置をとることを要求する「市民的及び政治的権利に関する国際規
約」(以下「B規約」という。)を批准した。
そして,憲法98条2項は,日本が締結した条約及び確立された国際法規を誠実に
遵守することを要求している。
したがって,B規約が日本において発効した時点で,内閣について,本件公職選挙
法施行令を改正して郵便による代理投票を認めるなどして,原告ら(承継前)のよ
うな重度身体障害者の選挙権行使に関する不合理な制限を撤廃すべき作為義務が発
生した。
(ウ) また,B規約の批准と前後して,国際連合(以下「国連」という。)におけ
る障害者の権利宣言・障害者に関する世界行動計画の採択,あるいは国内における
障害者基本法の制定により,障害者をとりまく社会情勢が大幅に変化したことによ
って,内閣は,本件公職選挙法施行令が原告ら(承継前)のような重度身体障害者
の選挙権行使を保障するに十分であるか否かを吟味検討すべき機会が十分に与えら
れた。
しかも,日本ALS協会は,平成8年,在宅のALS患者が参政権を行使できない
現実を社会に訴える活動の一環として衆議院議員J(以下「J議員」という。)に
アプローチし,これを受けたJ議員は,同年5月31日の衆議院決算委員会第3分
科会において,郵便による代理投票制度及び選挙管理機関が自宅を訪問する巡回投
票制度を提案し,今後の検討を政府に求めた。
また,日本ALS協会から申立てを受けた第一東京弁護士会は,平成10年7月6
日,Z自治大臣に対し,現行選挙制度の改善を要望する旨の要望書を提出した。
このように,原告ら(承継前)は,本件公職選挙法施行令により,自らの選挙権行
使が不合理かつ大幅に制約されている現状を,内閣に対して直接的に訴えてきたも
のであるが,内閣は,平成10年7月12日の参議院議員選挙の実施に至っても本
件公職選挙法施行令を改正しなかった。
イ 国家賠償法上の違法性について
後記のとおり,国家賠償法1条1項の違法性の有無は,被侵害利益の種類,性質,
侵害行為の態様及びその原因,行政処分の発動に対する被害者側の関与の有無,程
度並びに損害の程度等の諸般の事情を総合的に判断して決すべきものである。
そして,内閣は,B規約の批准により本件公職選挙法施行令の改正義務を負担し,
かつ障害者施策の飛躍的発展によって改正の契機と時間的余裕を与えられたにもか
かわらず,長期間にわたり前記改正義務を懈怠したものである。
しかも,諸外国の実例から明らかなように,内閣において同様の積極的措置をとる
ことは極めて容易であったのだから,このような内閣の不作為は,B規約違反の責
を免れない。
さらに,侵害されているのが,選挙権という議会制民主主義の根幹を形成する重要
な権利であること,原告ら(承継前)も,自らの所属する日本ALS協会を通し
て,内閣に対し現行選挙制度の改正を働きかけていること等にかんがみると,遅く
とも平成10年7月12日の参議院議員選挙に至るまで本件公職選挙法施行令を改
正しなかったという内閣の不作為は,国家賠償法上の違法評価を免れない。
ウ 故意・過失について
内閣は,その職務を行うについて,公職選挙法施行令が憲法及び公職選挙法に違反
することがないように十分な注意を尽くすべきであるにもかかわらず,同注意義務
に違反して,本件公職選挙法施行令を改正しなかったのであるから,国家賠償法上
の故意・過失が認められる。
(被告の主張)
ア 公職選挙法49条2項は,同条項が規定する郵便投票制度の実施細目の制定に
ついて,これを政令に委任しているにすぎないから,自書主義を前提とする同条項
が改正等されていないにもかかわらず,その実施細目を制定すべき内閣において,
独自にこれに反する政令を制定すべき作為義務が生じるとはいえない。
イ そして,B規約2条2項及び25条は,内閣に対し,公職選挙法49条2項が
定める郵便投票について,これを自書による必要がないものとする内容に改正すべ
きことを義務付けるものではない。
B規約は,B規約において認められる権利の実現について,2条の規定等から,一
般的に,各締約国の立法措置その他の措置によって行われることを想定しているも
のと解され,そのために各締約国が具体的にいかなる措置をとるかについては,各
締約国の合理的な裁量にゆだねているものと解される。また,B規約2条2項は,
各締約国に対し,当該措置がまだとられていない場合に,当該措置を講ずることを
義務付けているものにすぎない。
そして,B規約25条(b)は,普通かつ平等の選挙権に基づき秘密投票によって行
われ,選挙人の意思の自由な表明を保障する真正な定期的選挙において,投票する
権利等について規定している。
ただし,B規約の締約国が25条に規定されている権利を実現するためにとるべき
具体的な選挙制度については,B規約においては何ら規定されていないことから,
各締約国の合理的な裁量にゆだねられており,結局,B規約は,特定の選挙制度を
採用することを義務付けているものではないと解される。
ウ 日本においては,B規約25条(b)に規定されている権利を実現するため,成
年者による普通選挙を保障する憲法の下で,公職選挙法及び公職選挙法施行令によ
って選挙制度が定められている。この選挙制度においては,投票所投票主義(公職
選挙法44条)を採用しつつ,その例外として,身体に障害のある選挙人を対象と
した代理投票(同法48条1項)及び郵便投票(同法49条2項)という特別な措
置をも設けている。
エ 現行投票制度下において原告ら(承継前)が選挙権を行使することは,原告ら
(承継前)の主張する病状を前提としても,事実上困難である場合があっても不可
能であるとまではいえない。
そして,B規約2条2項は,締約国に対し,選挙権行使が可能ではあるが事実上困
難である者について,当該者の選挙権行使を容易にするための措置をとることまで
をも義務付けているとは解されない。
オ したがって,内閣において,B規約などに基づき,本件公職選挙法施行令を改
正して郵便による代理投票を認める等の措置をとるべき義務を有するとは解されな
いから,内閣が本件公職選挙法施行令を改正しなかったことが国家賠償法上の違法
行為に該当するものではない。
(4) 公職選挙法改正後の立法不作為が国家賠償法上の違法行為に該当し,被告が国
家賠償責任を負うか否か。
(原告らの主張)
ア 公職選挙法の改正経緯について
(ア) 旧法及びその委任を受けた旧施行令は,在宅投票制度を定め,なおかつ身体
の故障によって自ら候補者の氏名を記載することができない在宅選挙人について
は,他人に投票の記載をさせることができることも規定していた(旧法49条,旧
施行令58条)。
(イ) ところが,昭和26年の統一地方選挙において在宅投票制度が悪用されたと
の理由により,昭和27年改正法により,在宅投票制度及び在宅による代理投票制
度が廃止された。
(ウ) その後,在宅投票制度の復活を求める国民の声が大きくなり,昭和49年改
正法により公職選挙法が改正され,公職選挙法49条2項の規定により,在宅投票
制度が,その対象者を限定し,かつ自書によるという条件付きで復活し現在に至っ
ている。
イ 憲法上の選挙権の保障の意味について
(ア) 憲法15条1項が,国民主権の原理に基づく選挙権の保障を主眼としている
こと,同条3項が成年者による普通選挙を保障し,かつ投票の機会をも保障してい
ること,憲法14条1項が,人権に関する一般原則として法の下の平等を規定し,
政治的関係において合理的な理由なく差別してはならず,平等に取り扱わなければ
ならないとする趣旨であり,ここにいう平等が,実質的,機能的平等であって,国
民一人一人の置かれた状況に応じて取扱いが異なることがあり得るばかりか,場合
によっては異なる取扱いが要請されるべきことから,投票所に行くことが不可能な
者の場合には,その身体的状況を考慮した投票の方法を定めることが要請される。
(イ) 選挙権は,国民主権,代表民主制を実現する上で極めて重要な憲法上の権利
である。この権利がひとたび侵害されれば,代表民主制の根幹を損なうことにな
り,選挙権はいわば民主政の死命を制する重要な権利であることは論を待たない。
ウ 公職選挙法の違憲性について
(ア) 仮に被告が主張するように,公職選挙法49条2項が代理投票を認めていな
い趣旨だとすれば,公職選挙法は,原告ら(承継前)のように,投票所等に行くこ
とが不可能で,かつ自書できない者から,投票の機会を奪うものであり,選挙権自
体は認めていても,これを行使する機会を与えておらず,憲法に適合するものとは
いえない。これは,まさに原告ら(承継前)の選挙権を奪うに等しいものである。
(イ) 立法裁量論について
a 憲法47条が,選挙に関する事項について,自ら規定せずにこれを法律の定め
にゆだねたのは,元来選挙の方法に関する事項は,その重要性に加え,技術的要素
が多く,細目は時代に応じて変更する必要があるので,その詳細についてまで憲法
において規定するのは適当でないとされたからである。
確かに,そこに立法機関の裁量が働く余地があることは否めないとしても,立法機
関の裁量は憲法上の他の諸規定,諸原則に反しない限度でなされるべきことは当然
である。
憲法が前記事項について法律で定めると規定したことの一事をもって,立法府の裁
量の範囲が一段と広くなるものと解すべき根拠はない。
b また,裁判所は,選挙に関する事項について,立法府がその裁量権を逸脱し,
その立法的措置が著しく不合理であることが明白である場合に限って違憲とし得る
との被告の主張は,裁判所の違憲審査権に関するいわゆる合理性の基準として論じ
られるものである。
この原則は,法律に表明された主権者である国民の意思には,憲法との矛盾が極め
て明白でない限り反対すべきではないとの民主政の理論及び裁判所が事実上立法と
なるような憲法解釈を行って国会の権能を侵害すべきではないとの権力分立理論に
その根拠を置くものである。
確かに,①憲法の採用する議会制民主主義の下においては,国会は,国民の間に存
在する多元的な意見及び諸々の利益を立法過程に公正に反映させ,議員の自由な討
論を通してこれらを調整し,究極的には多数決原理により統一的な国家意思を形成
すべき役割を担うものであること,②国会議員は,多様な国民の意向を汲みつつ,
国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されており,議会制民主主義
が適正かつ効果的に機能することを期するためにも,国会議員の立法過程における
行動で,立法行為の内容にわたる実体的側面に関するものは,これを政治的判断に
任せ,その当否は終局的に国民の自由な言論及び選挙による政治的評価にゆだねる
のが相当であること,③立法行為の規範であるべき憲法についてさえ,その解釈に
つき国民の間には多
様な見解があり得るのであって,国会議員は,これを立法過程に反映させるべき立
場にあること,④憲法51条が,国会議員の発言・表決につきその法的責任を免除
しているのも,国会議員の立法過程における行動は政治的責任の対象とするのにと
どめるのが国民の代表者による政治の実現を期するという目的にかなうとの考慮に
よること,などの理由から,本質的に政治的な国会議員の立法行為が,その性質上
法的規制の対象になじまず,特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点か
ら,あるべき立法行為を想定して具体的立法行為の適否を法的に評価するというこ
とは,原則的には許されるものでないことは,原告らもこれを否定するものではな
い。
一般に,国家がいつ,いかなる立法をすべきか,あるいは立法をしないかの判断
は,原則として国会の裁量の下にあり,その統制は選挙を含めた政治過程において
なされるべきであることは,憲法の統治構造上明らかであり,原告らもまた基本的
にはこの立場に立つものである。
c しかし,国会議員が,その立法行為に対して原則として法的責任を負わないこ
との根拠が,議会制民主主義を適正かつ効果的に機能させること及び国会議員の立
法行為の当否を終局的に国民の自由な言論及び選挙による政治的評価にゆだねるべ
きであるということにあるとするならば,その大前提として,議会制民主主義が正
常に機能し,国民の自由な言論及び選挙による政治的評価が可能であることが必要
であることはいうまでもない。
なぜなら,議会制民主主義,言論の自由,選挙権を不当に侵害する立法行為がなさ
れた場合には,民主政の過程による国会議員の政治的責任を追及することが困難又
は不可能になるからである。選挙権行使を不当に制約する疑いのある立法がなされ
た場合,選挙を通じてこれを復元することそのものが制約され,民主政の過程にこ
れを期待すること自体不可能とならざるを得ない。
このような場合,被告の主張するような司法の自己制限の立場をとることは,かえ
って,憲法の基本原理である民主政の基礎を脅かすことにもなるのであって,憲法
の基本原理を実質的に維持する見地からして不当であるといわなければならない。
したがって,本件のように,選挙権そのものの実質的侵害が問題とされている事案
においては,被告主張の合理性の基準は採用すべきではない。
dそもそも,憲法上の人権の中でも,代表民主政の根幹をなす極めて重要な権利
である選挙権については,すべての国民ができるだけ少ない費用と時間で行使でき
るよう制度が設けられるべきであることはいうまでもない。
もとより,選挙制度の技術的理由から,そこには自ずと一定の限界があることは否
定しないが,およそ選挙権行使ができない,すなわち投票することができない場合
には,選挙権自体を奪うものとして違憲といわざるを得ない。
e 前記のとおり,原告ら(承継前)は,人工呼吸器を用いなければ呼吸すら不可
能であり,かつ自書することもできない。
そのため,仮に原告ら(承継前)が外出する場合は,原告ら(承継前)及び原告ら
(承継前)を乗せたストレッチャーや人工呼吸器を搬送するための特別の手段が必
要となる。当然,人工呼吸器の管理のための要員,そのほか原告ら(承継前)の介
護のための要員も一緒に移動しなければならない。そして,これらの手段と要員を
確保するための費用,その手配のための時間も必要である。
加えて,原告ら(承継前)の移動には常に生命の危険が伴うということも看過すべ
きではない。すなわち,ベッドから車椅子に移す際,車椅子からストレッチャーへ
移す際,ストレッチャーから移動用の自動車に移す際,そのほか移動の節目節目に
おいて人工呼吸器を外し手動のアンビューバッグに切り替える必要があり,それす
らできない場合には,短い時間ではあるが無呼吸状態という危険と苦痛の中に原告
ら(承継前)を置かなければならない。
移動先において人工呼吸器の着脱ができたとしても,その人工呼吸器に故障・作動
不良があれば,予備の人工呼吸器が用意されていない以上(投票所に人工呼吸器な
どは用意されていないのが通常である。),原告ら(承継前)は,まさに生命の危
険にさらされながら投票を行わなければならなくなる。
このように,原告ら(承継前)が投票所において代理投票を行うには多大な時間と
労力,費用がかかるというだけではなく,生命の危険をも覚悟しなければならない
のである。
また,原告ら(承継前)は在宅で治療しているから,病院等で入院患者等を対象と
する不在者投票制度も利用することはできない。そして,自書できない以上,郵便
投票制度も利用できないことは明らかである。
f これに対し,障害のない者は,通常,投票所へ出向いて自書して投票するので
あり,その場合,せいぜい投票所と自宅とを往復すること,投票用紙に記載をして
投票することしか要せず,これらのためにはごくわずかの時間と労力を要するにす
ぎない。
このように,障害のない者は,ごく少ない時間と労力を用いて権利行使ができるの
に対し,原告ら(承継前)のようなALS患者は,当該制度のために多大な費用・
労力と時間,そして生命の危険を冒すことまでが要求されるのである。
このような事態は,憲法が保障する法の下の平等(実質的平等)の原則に反するこ
とは明白である。
g この点について,被告は,憲法15条1項は,国民主権の理念を明らかにした
ものにとどまり,具体的な選挙権の内容・行使方法まで規定したものではないか
ら,公職選挙法が違憲であるという余地がないと主張する。
もとより,憲法15条1項が,ある特定の選挙権の内容・行使方法までを規定した
ものでないことはそのとおりである。しかし,憲法が,前文及び1条において,国
民主権の理念を明らかにしているにもかかわらず,あえて15条1項において「公
務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利である」と明記した趣
旨は,同条項が単に国民主権の理念を明らかにしたにとどまるだけでなく,具体的
な権利として公務員の選定罷免権を国民に付与したものとみるべきである。
また,憲法15条1項は,「国民固有の権利である」と明確に規定しているのであ
って,具体的な権利を定めた憲法29条1項等の規定との対比からしても,憲法1
5条1項が具体的権利について規定した条項であることは否定し難い。
h さらに,被告は,現行の不在者投票制度(公職選挙法49条)は,投票所投票
主義(同法44条)の例外であり,単なる立法裁量に基づく救済措置であるから憲
法15条3項違反の問題は生じないと主張する。
しかし,そもそも投票所において投票するという方式は,科学技術,交通・通信手
段が未発達の時代に,最も簡単かつ低廉な費用により,選挙人の投票の機会を保障
しようという意図の下に考案されたものであり,それ自体歴史上の所産である。
平成13年の第153回国会において,地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に
係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律(以下「特例
法」という。)が制定された。
これによれば,従来の自書による方式から,選挙人が自ら投票所において電磁的記
録式投票機を操作することにより,当該電磁的記録式投票機に記録されている公職
の候補者のうちからその投票しようとするもの1人を選択し,かつ,当該公職の候
補者を選択したことを電磁的記録媒体に記録する方法によって投票を行うこととさ
れている。
また,特例法には,身体の故障又は文盲により自ら電磁的記録式投票機を用いた投
票を行うことができない者には,電磁的記録式投票機を用いた代理投票の制度が設
けられている。
被告は,投票所投票主義及び自書主義が投票の公正を確保するために合理的である
と主張しているが,この特例法では自書主義は放棄され,これに代わるものとして
電磁的記録式投票機による投票方式が採用されている。これは明らかに,自書主義
だけが公正確保にとって必須の建前ではないことを被告自ら認めたことを意味する
ものである。
i 以上によれば,投票所投票主義を原則とし,その例外として不在者投票制度を
規定し,また重度身体障害者を対象とする郵便投票制度を設けたことが合理的とは
いえないことは明白である。
このような歴史上の所産を不変のものとして絶対視したり,変更不能のものとして
固定化したりすることが許されないのは当然である。選挙人の中には,様々な身体
的障害を有する者が存在するのであり,これらの人々が権利を行使し得る制度を設
けることは憲法上の要請である。
したがって,不在者投票制度が立法裁量に基づく救済措置であるとすることは,憲
法の規定する国民主権の理念及び公務員の選定罷免権を否定するものである。
(ウ) 合憲性判定基準について
a LRAの原則について
公職選挙法の合憲性判定については,国民主権の下での,国民の基本的権利として
の選挙権の持つ重要性にかんがみれば,厳格な基準,とりわけLRAの原則を適用
すべきである。
この原則は,憲法上の権利を制限する立法の目的が,正当かつ必要な場合でも,そ
の立法目的を達成するためのより制限的でない他の選び得る手段が存在しないこと
又はその利用が不可能であることを規制側が立証しなければ,違憲の判断を免れな
いとするものである。
b 公職選挙法の立法目的の合理性について
被告は,現行の郵便投票制度において自書を要求するのは投票の秘密,選挙の公正
を維持するためであると主張する。
憲法15条4項前段が,すべて選挙における投票の秘密はこれを侵してはならない
と定め,投票の秘密を保障していることは明らかである。また,投票に際しては,
選挙人本人が自らの自由な意思によって投票すべきものであり,このような意味に
おいて選挙の公正が図られることも必要なのは論ずるまでもない。
確かに,投票所における投票に比べて,在宅投票が,投票の秘密保持及び選挙の公
正確保の点で劣る面のあることは否めない。単なる可能性という点からいえば,投
票所における投票より在宅投票の方が,悪用されたり,投票の秘密を害されたりす
る危険性は大きいともいえる。
したがって,投票の秘密及び選挙の公正を確保しようという立法目的自体には,一
応の合理性が認められる。
c 立法目的達成手段の不当性
(a) 仮に,投票の秘密及び選挙の公正を確保するという立法目的に正当な理由が
あるとしても,国民主権の原理の下で,国民の最も重要な基本的権利に属する公務
員の選挙権については,普通平等選挙の原則から,一部の者の選挙権行使を不可能
又は著しく困難にするような選挙権の制約は,やむを得ない正当な理由のある場合
に限るべきであり,その制約の程度も最小限度にとどめなければならない。
原告ら(承継前)のように,在宅投票制度の廃止により,その選挙権行使が不可能
となる者の存在することは,前記のとおりであるから,弊害除去の目的のため在宅
投票制度を廃止し,かつ郵便投票制度の導入に当たり,自書を要求するという措置
に合理性があると評価されるのは,弊害除去という同じ立法目的を達成できる,よ
り制限的でない他の選び得る手段が存在せず,あるいは,これを利用できない場合
に限られるものと解するべきである。
被告において,このような,より制限的でない他の選び得る手段が存在せず,ある
いは,これを利用できなかったことを主張・立証しない限り,在宅投票制度を廃止
し,かつ郵便投票に自書を要求した昭和49年改正法は,違憲の措置となることを
免れない。
そして,本件については,前記立法目的を達成する手段として,郵便投票制度に自
書を要求することは,全く合理性がなく,これを規定する公職選挙法は違憲といわ
ざるを得ない。
(b) 被告は,昭和27年改正法を制定する際,選挙の公正を確保するため,郵便
投票制度に制限を加え,原告ら(承継前)のような特定の選挙権者の選挙権行使を
犠牲にするという法選択を行ったものである。
そこにいう選挙の公正とは,具体的には,昭和26年の統一地方選挙において在宅
投票制度が悪用されたことへの反省から,その悪用を阻止するということである。
昭和26年の統一地方選挙における在宅投票制度の悪用とは,医師が虚偽の診断書
を発行して在宅投票制度の有資格者であると偽装すること,在宅投票の代理投票者
が本人の意思を無視して投票することであり,その背景としては,買収の蔓延があ
った。
これに対し,現行の公職選挙法及び公職選挙法施行令は,郵便投票制度の有資格者
を,身体障害者手帳等によって公証される一定の重度身体障害者に限定し(公職選
挙法49条2項,公職選挙法施行令59条の2),また,代理投票における記載義
務違反に対する罰則を規定して,代理投票者が本人の意思を無視して投票すること
を防止している(公職選挙法237条の2)。
したがって,現行公職選挙法を改正し,同法237条の2が郵便による代理投票制
度の場合にも適用されることにすれば,医師が虚偽の診断書を発行する余地がな
く,代理投票者が本人の意思を無視して投票することもまずないと考えられるか
ら,郵便による代理投票制度を採用したとしても,昭和26年の統一地方選挙にお
ける在宅投票制度の悪用は,もはや起こり得ない。
また,昭和26年の統一地方選挙は,在宅投票制度の悪用以上に,買収の蔓延状況
があり,在宅投票制度の制度的問題というよりも,民主的選挙制度が未成熟であっ
た戦後の混乱期における一時的現象であった可能性が高い。
さらに,前記改正に加えて,郵便投票の代理投票者の事前届出制度を創設して同人
の署名をあらかじめ提出し,郵便による代理投票制度の際にも代理投票者の署名を
要求すれば,同一人かどうかの確認が可能となり,悪用の可能性はさらに減少す
る。代理投票者の資格を本人の近親者に限定する等の資格制限を採用することも考
えられる。
これまで郵便による代理投票制度は選挙の公正を害するとの議論がなされてきた
が,それは,具体的には,昭和26年の統一地方選挙における在宅投票制度の悪用
を繰り返さないということに尽きるのであり,前記のとおり,郵便による代理投票
制度を採用しても,その悪用は阻止できる(なお,身体障害者手帳と同様の何らか
の公証制度を設けることなどにより不正を防止し,現行公職選挙法上投票すること
ができない多くの人に対しても,郵便による代理投票制度を認めるべきことはいう
までもない。)。
(c) 確かに,投票所における投票に比べて,郵便投票制度が,投票の秘密保持,
選挙の公正確保の点で劣る面のあることは否めないが,だからといって,郵便投票
制度の下でも,投票の秘密保持,選挙の公正の確保が不可能又は困難とまでは認め
られない。
まず,投票の秘密は,元来,選挙人が自由にその本心に基づいて投票できるように
するために認められた基本原則であるが,選挙権行使を可能にすることの重要性を
考えれば,その投票制度の下では,投票の秘密保持が不可能又はこれに近いという
ような場合は別として,郵便投票制度において想定される程度の投票の秘密保持上
の問題を理由として,投票そのものを不可能又は著しく困難にすることは,本末転
倒であって許されるべきではない。
また,公職選挙法は,選挙の公正の確保を理由として,郵便投票制度において,選
挙人本人の自書を要求しているが,郵便による代理投票制度を認めたとしても,選
挙の不正を防止する手段としては,投票に際し,選挙管理委員等の立会人を要求す
ることによりこれを回避することが可能である。
仮に,郵便による代理投票制度を利用するすべての選挙人に選挙管理委員を立ち会
わせることが物理的に困難だとしても,その代替要員として,家族はもとより,医
師,看護師,保健婦,ソーシャルワーカー,ホームヘルパーなど日常的に選挙人と
接している者を立会人にし,選挙人の意思に基づいて投票したことを証明させるこ
とにより,不正投票を防止することが可能である。
投票の秘密についても,立会人に守秘義務を課することなどによりこれを保持する
ことが可能である(この点は現行公職選挙法上認められている投票所における代理
投票制度の場合と全く変わるところはない。)。違反者に対しては罰則を設けるこ
とにより,その実効性は十分確保できる。
(d) さらに,公職選挙法は,投票用紙に選挙人本人が自書することのほか,郵便
投票証明書交付申請書等に選挙人本人の署名を要求しているが,現行制度上,これ
らの書面に選挙人本人が自ら記載したか否かを確認する方法はない。
東京都板橋区選挙管理委員会及び同渋谷区選挙管理委員会に対する調査嘱託に対す
る回答によれば,郵便投票証明書交付申請書,郵便投票の投票用紙及び投票用封筒
の請求書並びに投票用紙,投票用封筒を選挙人に送付する際に,選挙管理委員会に
おいて選挙人が自ら記載するように注意書をして通知しているので,提出された前
記書面に署名があれば,特段の事情がない限り,当該選挙人の記載とみなしている
というのが実情である。
以上の実情にかんがみると,仮に,郵便投票を求める選挙人以外の者が名義を冒用
して投票用紙を請求し,あるいは実際に投票を行おうとしても,これを未然に防止
することはできない。せいぜい,事後的に筆跡を照合して,選挙人本人の署名であ
るか否かを明らかにすることが可能な程度である。
(e) このように,投票行為に自書を要求することは,選挙の公正の確保という点
では極めて実効性が乏しく,原告ら(承継前)のように重度障害を持った選挙人の
選挙権を犠牲にしてまで維持すべき必要性は認められない。
また,郵便による代理投票制度を採用したとしても,当該代理人の自書を要求すれ
ば,選任された代理人が真実署名したか否かを事後的に確認することが可能である
から,少なくとも,選挙の公正確保という理由は,郵便による代理投票制度を否定
すべき根拠にはなり得ない。
したがって,選挙人自らの記載を要求することが選挙の公正確保のために必要であ
るというのは,形式的建前論であって,全くの幻想にすぎない。このような形式的
な建前のために,原告ら(承継前)の選挙権行使の機会を奪う現行公職選挙法が違
憲であることは明白である。
(f) また,以下のとおり,諸外国の中には,自書できない障害者でも選挙権を行
使できるような実効的措置を講じている国が現に存在する。しかも,その具体的施
策をみると,いずれも多額の予算を要するものではなく,その他の立法的・技術的
困難を伴うとも考え難い。
したがって,我が国において,これらの施策に倣って具体的措置を講じることは極
めて容易であった
① スウェーデン(甲46)
自宅における代理人投票の場合,選挙人の手が不自由な場合などに,署名する際や
投票用紙を投票用封筒に入れ封を閉じる際,代理人が手を添えて選挙人の補助をす
ることを認めている。
②デンマーク(甲45,46)
病気・障害等の理由で投票所に行くことができない選挙人に対しては,自宅・病院
施設等での投票が可能な「事前投票制度」が存在する。
この制度では,選挙人が障害などのために投票用紙に記載することができない場合
には,投票に立ち会う「投票用紙受取人」が代筆などの援助をすることができる。
また,家や施設には,投票回収者2名が投票箱を運んで行って投票をすることが認
められている(自宅投票。布告1条)。
さらに,自宅投票の申請者には,自筆の署名が必要であるが,選挙人が自筆で署名
できない場合には別の者が代わりに署名することができる(布告1条4項)。選挙
人が投票用紙に記入できない場合は,その意思を確認して投票回収者が必要な援助
等(代筆等)をすることでき,説明書や外封筒への選挙人の署名についても同様の
援助が認められている。
加えて,投票所において投票したい選挙人のためには,行政がストレッチャーを用
いてでもその意思の実現に助力している。
③イタリア(乙4)
目の見えない者,両腕がない者,身体が麻痺している者等の障害者について,代筆
投票の制度が設けられている。この制度は,選挙人が同伴者を投票所まで同行し,
その同伴者が選挙人に代わって代筆投票を行うというものである。
また,ベッド数が200未満の病院・療養所に入院している選挙人を対象として,
巡回投票の制度が設けられている。これは,巡回車が各病院等を巡回して投票用紙
を回収し,回収後普通の投票所に戻り,回収した票の数を確認した上でその票を投
票箱に入れるというものである。
④英国(甲39,40,乙5)
代理投票人による投票の方法により,障害により自分で投票用紙にマークすること
ができない者も投票権を行使することができる。
ただし,代理投票人の指名に当たっては,選挙人が署名する必要があるため,所定
の様式に署名ができなくなるほど障害が進行する前に手続をとる必要はある。
しかし,無期限の代理投票人の指定も認められているので,選挙人は,あらかじめ
症状が進行する前に無期限の代理投票人を指定することにより,自己の投票の機会
を十分確保することができる。
英国の人民代表権法によると,選挙人は,議会選挙において代理人による投票を行
うことが認められており,かつ,代理人は郵便による代理投票を行うことができ
る。この後者の手続は「郵便代理投票」と呼ばれており,この場合,選挙人の投票
用紙は郵便で代理人に送付される。
⑤オーストラリア(甲44)
オーストラリアでは,投票所に行くことが困難な障害者が投票することを可能とす
るため,郵便投票制度が存在する。
郵便投票を行う際,選挙人本人が障害のため自書できない場合は,選挙人本人によ
って選任された者が,選挙人の指示に従い投票用紙に代筆することができる。代筆
者となる者に制限はなく,郵便投票の際に証人を立ち会わせることによって公正さ
を担保している。
⑥ カナダ
カナダでは,選挙当日,投票所に行くことが困難な障害者が投票することを可能と
するため,代理人による投票制度,郵便投票制度を規定している。
投票所に行くことも,投票用紙に自書することもできない選挙人は,在宅における
代理投票を行うことができる。この場合,指定された選挙係員が,当該選挙人宅を
訪問し,選挙人が選定した立会人の前で代理投票を行う。
(g) いずれにせよ,選挙の公正,投票の秘密という立法目的を達成するために在
宅投票制度全体を廃するのではなく,より制限的でない他の手段が利用できなかっ
たとの事情について,被告の主張・立証はない。
昭和27年改正法,昭和49年改正法及びその後の立法不作為を通じて,原告ら
(承継前)のような身体障害者の投票を不可能にした国会の立法措置は,前記立法
目的達成の手段として,その裁量の限度を超え,これをやむを得ないとする合理的
理由を欠くものであって,国民主権の原理の表現としての公務員の選定罷免権,選
挙権の保障及び平等原則に背き,憲法15条1項,同条3項,14条1項及び44
条ただし書に違反するものである。
エ 国際人権規約に基づく立法義務について
(ア) B規約採択・批准の経緯と被告の遵守義務
昭和23年,世界人権宣言が国連総会で採択され,「すべて人は,人種,皮膚の
色,性,言語,宗教,政治上その他の意見,国民的若しくは社会的出身,財産,門
地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく,こ
の宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる。」(2条1項)と
された。
さらに,昭和41年,世界人権宣言に掲げられた理念を法的拘束力のあるものと
し,人権保障について実効性をもたせるため,国連において,国家の法的義務の内
容を明らかにした「経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約」(A規約)
及びB規約が採択された。日本も昭和54年6月21日に両規約を批准し,同年9
月21日には国内で発効した。
(イ) B規約は条約であり,締約国を法的にも拘束するから,締約国は,同条約が
それぞれ定める人権を保障するための国内的措置をとる義務を負う。
つまり,B規約25条において,すべての市民は不合理な制限なしに選挙において
投票することを保障されていることから,締約国である日本は,選挙権を有する国
民の投票行為が不合理に制限されている限り,B規約2条2項に基づき,国内にお
いて必要な立法措置その他の措置をとり,その制限を撤廃すべき義務を負ってい
る。
しかし,本件公職選挙法施行令では郵便による代理投票が認められておらず,その
結果,原告ら(承継前)のような重度身体障害者の投票行為が不合理に制限されて
いる。
したがって,B規約が日本において発効した時点で,国会は,公職選挙法を改正し
て郵便による代理投票を認めるなどして,原告ら(承継前)の投票行為を可能なら
しめる措置をとるべき作為義務が発生したというべきである。
(ウ) B規約の解釈指針
a ウィーン条約(条約法条約)
国際法上,条約を解釈する際に踏まなければならない原則を定めたのが,条約法に
関するウィーン条約(条約法条約)であり,昭和44年にウィーンで採択され,日
本では昭和56年8月1日に発効した。
ウィーン条約は,B規約の発効後に発効したものであり,原則として遡及効はない
が,条約の解釈に関する長年にわたる国際慣習法をまとめたものとして尊重される
べきである。
そして,ウィーン条約は,27条において,「当事国は,条約の不履行を正当化す
る根拠として自国の国内法を援用することができない。」と規定する。また,ウィ
ーン条約は,31条1項において,「条約は,文脈によりかつその趣旨及び目的に
照らして与えられる用語の通常の意味に従い,誠実に解釈するものとする。」と規
定する。
b 規約人権委員会の一般的意見・見解
B規約は,第4部(28条から45条まで)において,規約人権委員会について規
定する。これは,高潔な人格を有し,かつ,人権の分野において能力を認められた
規約締約国の国民によって構成される委員会で,締約国から提出された報告書を審
査すること,B規約に掲げられている諸権利を侵害されたと主張する個人からの通
報を審理することを主な職務としている。
規約人権委員会は,B規約の個々の条項について解釈するガイドラインである「一
般的意見」を公刊している。また,国連事務局が受理した通報を検討し,事案によ
っては,委員会としての最終見解を公表する。この「一般的意見」及び「見解」
は,いずれもB規約の有権的解釈というべきである。
(エ) B規約の規定とその解釈
a 関連条文
B規約25条は,市民の参政権につき,世界人権宣言をさらに発展させて,次のと
おり規定する。
「すべての市民は,第2条に規定するいかなる差別もなく,かつ,不合理な制限な
しに,次のことを行う権利及び機会を有する。
(a) 直接に,又は自由に選んだ代表者を通じて,政治に参与すること。
(b) 普通かつ平等の選挙権に基づき秘密投票により行われ,選挙人の意思の自由
な表明を保障する真正な定期的選挙において,投票し及び選挙されること
(c) 一般的な平等条件の下で自国の公務に携わること」
また,B規約25条において引用されている同規約2条は,各締約国の義務とし
て,次のとおり規定する。
「1 この規約の各締約国は,その領域内にあり,かつ,その管轄の下にあるすべ
ての個人に対し,人種,皮膚の色,性,言語,宗教,政治的意見その他の意見,国
民的若しくは社会的出身,財産,出生又は他の地位等によるいかなる差別もなしに
この規約において認められる権利を尊重し及び確保することを約束する。
2 この規約の締約国は,立法措置その他の措置がまだとられていない場合には,
この規約において認められる権利を実現するために必要な立法措置その他の措置を
とるため,自国の憲法上の手続及びこの規約の規定に従って必要な行動をとること
を約束する。」
b 「すべての市民」
B規約25条は,「すべての市民」が「不合理な制限」なしに選挙権を行使する
「機会を有する」と規定する。
ここでいう「すべての市民」とは,一般の市民のみならず,老人,学生,労働者,
国外での勤務者,病人,身体に障害を有する者,囚人,裁判前の被抑留者,外国に
居住している者,ホームレス等を含んだ,「すべての」市民のことであり,障害の
ある人も「すべての市民」に含まれることは明らかである。
c 「不合理な制限」
B規約25条の「不合理な制限」に関連し,一般的意見25の4項は,「市民によ
るこれらの権利(25条により保障されている諸権利)は,法律により定められか
つ客観的で合理的な根拠を有する場合を除き,停止又は排除することができな
い。」とする。
また,一般的意見25の10項は,「選挙及び直接投票において投票する権利は,
法律により定められなければならず,投票権の最低年齢の規定等,合理的な制限に
のみ服する。身体障害を理由として投票権を制限し,又は識字能力,教育若しくは
財産を要件として課すことは合理的でない。」とする。
すなわち,B規約25条によって保障された投票権を制限することは,客観的で合
理的な法律上の根拠が要求されるところ,身体障害を理由として投票権を制限する
ことは,一般的意見25の10項に例示されている「合理的でない」制限に該当す
るので,そもそも許されるものではない。
d 「機会を有する」
B規約25条の「機会を有する」に関し,一般的意見25の11項は,「締約国
は,投票権を有するすべての人がこの権利を行使することができるように実効的な
措置を講じなければならない。」とする。
さらに,一般的意見25の12項は,「投票権を有する者が自らの権利を効果的に
行使することを妨げている識字能力の欠如,言語上の障害,貧困,移動の自由に対
する障害等,特定の障害を克服するために,積極的な措置が講じられなければなら
ない。」とし,その例として,「識字能力を欠く投票者が,その選択の基礎となる
十分な情報を得ることができるように,写真及び記号等の特別な方法を採用すべき
である。」とする。
すなわち,B規約25条の「機会を有する」とは,障害のある人が投票を容易に行
うことができず,選挙権の効果的な行使が妨げられている場合において,締約国に
対し,投票行為を妨げている事由を排除する等の積極的な措置を講ずることを義務
付けているものと解される。
e 「立法措置その他の措置」
B規約2条は,締約国に対し,「立法措置その他の措置がまだとられていない場合
には,この規約において認められる権利を実現するために必要な立法措置その他の
措置をとるため,自国の憲法上の手続及びこの規約の規定に従って必要な行動をと
る」ことを義務付けている。
この「立法措置その他の措置」に関連し,一般的意見3の1項は,「委員会は,規
約第2条が,同条で示す枠組の範囲内でその領域内における実施方法の選択につ
き,関係締約国に一般的にゆだねていることに留意する。」としつつ,「委員会の
特に認めるところは,その実施が憲法制定又は法律制定-これ自身はしばしばそれ
のみでは十分でない-にのみ依存するものでない,ということである。」としてい
る。
すなわち,「立法措置その他の措置」とは,B規約25条との関連でいえば,選挙
制度に関する法律を制定すれば締約国の義務がそれで尽くされたことにはならず,
法律のみに依拠したのでは選挙人が選挙権を十分に行使できないと認められる場
合,締約国は,法律を改正して選挙権行使を可能とするための積極的措置を講ずべ
き義務を負うことになる。
これに反して,B規約は締約国に法律改正の義務まで課すものではないとの解釈を
とることは,ウィーン条約31条1項の「条約は,文脈によりかつその趣旨及び目
的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い,誠実に解釈するものとする。」
という原則に違反するというべきである。
f B規約の規定とその解釈に関するまとめ
以上のとおり,B規約は,障害のある人についても健常者と差別することなく選挙
権を保障しており,その制限は法律の規定に基づいた客観的かつ合理的なものでな
ければならないが,障害を理由とする選挙権の制限は,そもそも合理的な差別に当
たらない。
また,障害のある人に対し,単に選挙権が付与されているだけで,その効果的な行
使が妨げられている場合は,B規約にいう投票の機会が保障されているとはいえな
い。このような場合に,B規約は,締約国に対し,障害のある人の選挙権行使を容
易にするよう積極的措置をとることを義務付けており,締約国は,既に特定の選挙
制度を採用している場合でも,法律改正を含めた積極的措置を重ねてとる義務を免
れない。
被告が主張するように,選挙制度の内容は専ら当該国の裁量にゆだねられており,
また,ひとたび選挙制度が定められれば,その内容にかかわらず,締約国は重ねて
措置義務を負わないというのであれば,B規約の各条項が有名無実化することは明
らかである。
そもそも,国内法によって制定された選挙制度の存在を理由として締約国が自らの
積極的措置義務を否定することは,ウィーン条約27条の「当事国は,条約の不履
行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない。」との規定に
抵触する疑いすらある。
(オ) 規約人権委員会の見解
a 手続に関する概説
前記のとおり,規約人権委員会は,規約に規定されている権利を侵害されたと主張
する個人から提出された申立て通報を審理し,これに対する見解を送付することを
主要な任務としている。
通報を受けた規約人権委員会は,審議のため受理することができるかという許容性
の審査をまず行い,通報を許容と決定した場合は,委員会において検討・審議の
上,最終見解を表明し,通報者及び関係締約国に通知する。
このような規約人権委員会の決定や見解は,それ自体が法的拘束力を有するもので
はないが,多くの場合,関係国の法律改正や行政慣行の変更を引き出してきた。
通報に基づく規約人権委員会の決定又は見解の中で,本件との関連性を有すると思
われる事案は,次のとおりである。
b ShirinAumeeruddy-Cziffraetal.対モーリシャス
モーリシャス国民である未婚及び既婚の女性である申立人らは,改正移民法および
改正退去強制法という2つの法律が,モーリシャス人男性の外国人の妻ではなく,
モーリシャス人女性の外国人の夫のみに居住許可の申請を義務付け,外国人の夫の
みを国外退去の可能性にさらしていると申し立てたが,その中で,女性のみが,B
規約25条に基づき保障される政治的権利を行使するか,又は外国人の夫と国外に
住むかの選択をする義務を負わされていると主張した。
この事案について,規約人権委員会は,B規約25条違反の主張を結論的には認め
なかったが,「さまざまな場面で法律により設定されている制限が,市民の政治的
権利を行使することを妨げ得ると考える。つまり,一定の状況では,25条の目的
又は差別を禁止する規約の規定に反して,例えば,もしこの種の機会に対する干渉
が性平等の原則を破ることになれば,彼女らから機会を奪うことはあり得る。」と
の見解を示した。
さらに,規約人権委員会は,この事案がB規約2条1項,3条,26条,17条1
項及び23条1項の規定に違反しているとの見解を示した上,「当事国は国際規約
に基づく義務を遂行するため改正移民法及び改正退去強制法の規定を修正すべきで
あり,また被害者に対し,認められた違反の救済措置を直ちに提供すべきであ
る。」とした。
c 検討
前記事案における規約人権委員会の見解は,法律が市民の政治的権利を定めている
場合でも,状況によっては,B規約25条にいう「機会」を奪うことを認めてい
る。すなわち,「現実の機会」を持ち得るよう国家がとる積極的措置が,単に市民
に対し権利を付与するのみで,政治的権利の行使の「現実の機会」を保障しないと
きには,B規約25条で明白に保障している政治的権利を行使する「機会」を侵害
することになるとの見解を示したものと解される。
また,規約人権委員会は,締約国の国内法がB規約の諸規定に違反していると認め
られる場合は,法律の規定の修正,すなわち法改正をすべきであるとの見解を示し
ている。このように,B規約の諸規定の遵守に関し,規約人権委員会は,専ら締約
国の裁量にゆだねていないことが注目される。
なお,前記事案のほか,規約人権委員会は,RosarioPietraroiaZapala対ウルグ
アイ事件で,政治的権利の制限の可否について,「制限が権利の本質を損ない,権
利の実効性を奪うものであってはならず,正当な目的をもって課せられ,かつ,用
いられる手段が達成しようとする目的に比例することを要する。」と比例の原則の
適用を認めている。
(カ) 被告の主張に対する反論
a 選挙制度に対する締約国の裁量との関係
被告の主張するとおり,B規約は,ある特定の選挙制度を実現することを各締約国
に義務付けているものでないことはいうまでもない。いかなる選挙制度を採用する
かについては,各締約国において当該締約国の実情等を勘案して合理的な裁量にゆ
だねられていることは当然のことである。
しかし,前記のように,B規約2条の「立法措置その他の措置」に関連し,一般的
意見3の1項は「委員会の特に認めるところは,その実施が憲法制定又は法律制定
-これ自身はしばしばそれのみでは十分でない-にのみ依存するものでない,とい
うことである」としている。
すなわち,「立法措置その他の措置」とは,B規約25条との関連でいえば,選挙
制度に関する法律を制定すれば締約国の義務がそれで尽くされたことにはならず,
法律のみに依拠したのでは選挙人が選挙権を十分に行使できないと認められる場
合,締約国は,法律を改正して選挙権行使を可能にするための積極的措置を講ずべ
き義務を負うことになる(なお,ここでいう積極的措置とは,選挙権行使を可能に
する措置であればよく,B規約によっても,具体的にいかなる制度を採用するかは
締約国の裁量にゆだねられていることは前記のとおりである。)。
これに反して,B規約は締約国に法律改正の義務まで課すものではないとの解釈を
とることは,ウィーン条約31条1項の「条約は,文脈によりかつその趣旨及び目
的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い,誠実に解釈するものとする」と
いう原則に違反するというべきである。選挙制度の内容は専ら当該国の裁量にゆだ
ねられており,また,ひとたび選挙制度が定められれば,その内容如何にかかわら
ず,締約国は重ねて措置義務を負わないというのであれば,B規約の各条項が有名
無実化することは明らかである。
そもそも,国内法によって制定された選挙制度の存在を理由として締約国が自らの
積極的措置義務を否定することは,ウィーン条約27条の「当事国は,条約の不履
行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することができない」との規定に抵
触するというべきである。
なお,B規約25条の「機会を有する」に関し,一般的意見25の11項は,「締
約国は,投票権を有するすべての人がこの権利を行使することができるように実効
的な措置を講じなければならない」とする。
また,一般的意見25の12項は,「投票権を有する者が自らの権利を効果的に行
使することを妨げている識字能力の欠如,言語上の障害,貧困,移動の自由に対す
る障害等,特定の障害を克服するために,積極的な措置が講じられなければならな
い」とし,その例として,「識字能力を欠く投票者が,その選択の基礎となる十分
な情報を得ることができるように,写真及び記号等の特別な方法を採用すべきであ
る」とする。
すなわち,B規約25条の「機会を有する」とは,障害のある人が投票を容易に行
うことができず,選挙権の効果的な行使が妨げられている場合において,締約国に
対し,投票行為を妨げている事由を排除する等の積極的な措置を講ずることを義務
付けているものと解される。
b 現行投票制度と積極的措置義務との関係
被告は,B規約25条に規定されている権利を実現するため,日本では,成年者に
よる普通選挙を保障する憲法の下で,公職選挙法及び公職選挙法施行令によって選
挙制度が定められていると主張する。
すなわち,被告は,現行投票制度において,投票所投票主義(公職選挙法44条)
を採用しつつ,その例外として,身体に障害のある選挙人を対象とした代理投票
(48条1項)及び郵便投票(49条2項)という特別な措置を設けていると主張
している。
さらに,被告は,現行投票制度下において原告ら(承継前)が選挙権を行使するこ
とは,原告ら(承継前)の主張する病状を前提としても,事実上困難である場合が
あっても不可能であるとまではいえないから,国会において,B規約に基づき,公
職選挙法を改正して郵便による代理投票を認める等の措置をとるべき義務を有する
とは解されないと主張する。
しかし,B規約25条の「不合理な制限」に関連し,一般的意見25の4項は,
「市民によるこれらの権利(25条により保障されている諸権利)は,法律により
定められかつ客観的で合理的な根拠を有する場合を除き,停止又は排除することが
できない」とする。
また,一般的意見25の10項は,「選挙及び直接投票において投票する権利は,
法律により定められなければならず,投票権の最低年齢の規定等,合理的な制限に
のみ服する。身体障害を理由として投票権を制限し,又は識字能力,教育若しくは
財産を要件として課すことは合理的でない」とする。
すなわち,B規約25条によって保障された投票権を制限することは,客観的で合
理的な法律上の根拠が要求されるところ,身体障害を理由として投票権を制限する
ことは,一般的意見25の10項に例示されている「合理的でない」制限に該当す
るので,そもそも許されるものではない。
被告は,現行投票制度下において,選挙人の投票行為を容易ならしめる各種の措置
が講じられているかのように主張するが,これらの措置をもってしても,原告ら
(承継前)のような重度身体障害者は,生命の危険を冒さない限りは投票行為を行
うことができない。これは,正しく身体障害を理由とする投票権の制限が課されて
いる状態にほかならず,B規約にいう「不合理な制限」が厳然として存在してい
る。
オ 立法課題としての明確性,合理的是正期間の経過について
(ア) 国会の審議経過について
原告ら(承継前)のような状況にある障害者の投票権が侵害され,これに対する方
策として,巡回投票制度又は郵便による代理投票制度を創設しなければならないと
いう立法課題は,別紙「国会審議経過1」記載の国会審議の過程等の事実に照らし
て,少なくとも昭和49年改正法の改正論議の段階で国会は十分に認識していたも
のといわざるを得ず,また,その後も繰り返して論議されていながら現在に至るま
で何らの方策をとっていないことも明白である。
(イ) 障害者施策の発展について
前記の国会での審議経過に加え,障害者施策が国内においても世界的にも飛躍的な
発展を遂げており,国会は,公職選挙法が原告ら(承継前)のような重度身体障害
者の選挙権行使を保障するに十分であるか否かを吟味検討すべき機会が十分に与え
られていた。
a 障害者の権利宣言の採択(昭和50年)
(a) 国連は,昭和50年の総会において,「障害者の権利宣言」を採択した。こ
れは,昭和46年の「知的障害者の権利宣言」を基本にし,これを知的障害者のみ
ならず身体障害者,精神障害者を含むすべての障害のある人に関する権利宣言とし
たものである。
障害者の権利宣言3項は,「障害者は,その人間としての尊厳が尊重される生まれ
ながらの権利を有している。障害者は,その障害の原因,特質及び程度にかかわら
ず,同年齢の市民と同等の基本的権利を有する。」と規定し,さらに同4項は,
「障害者は,他の人々と同等の市民権及び政治的権利を有する。」と規定する。
(b) 国連は,昭和20年に設立された世界最大の国際機関である。
そして,日本は,障害者の権利宣言の共同提案国として,①障害のある人の権利の
重要性について世界的関心を際立たせる役割を果たし,②国連が世界の諸地域にお
いて,障害のある人を教育し,リハビリテーションを行うことに助力し,雇用を提
供するのに必要な技術的援助を提供し得るし,提供すべきであることが明確になる
と主張し,同宣言の採択を推進した。
b 「障害者に関する世界行動計画」の採択(昭和57年)
(a) 国連は,昭和56年を国際障害者年と位置づけ,国際社会が単に同情や慈善
心だけからではなく,社会正義の実現の観点から障害のある人の福祉の向上に尽く
す決意を表明した。
さらに,国連は,その翌年である昭和57年に「障害者に関する世界行動計画」を
採択するとともに,昭和58年から平成4年までを「国連障害者の10年」とし,
「障害者に関する世界行動計画」をガイドラインとして「完全参加と平等」という
目標の下に障害者問題に積極的に取り組むことを加盟国に要請した。
(b) 「障害者に関する世界行動計画」は201項目から構成されており,「機会
均等化」については,障害のある人の完全参加を阻む障壁の除去を前提とした上
で,法制,物理的環境等の幅広い内容に言及している。さらに,加盟各国政府は,
勧告されている施策の実施について究極的責任を負うとともに,世界行動計画の目
標達成のため国家レベルの長期計画の策定を求められた。
日本では,「世界行動計画」を実施するため,「障害者対策に関する長期計画」が
策定され,これに沿って具体的施策が推進され,国,地方公共団体による広報啓発
活動も活発に行われた結果,ノーマライゼーションの理念が国民の間にも広く認識
されるようになった。
(c) 障害者基本法の制定(平成5年)
前記の障害者施策の発展という国際的潮流を受けて,日本も,平成5年,従来の
「心身障害者対策基本法」を全面改正し,完全参加と平等の理念を基礎とした「障
害者基本法」を制定した。
障害者基本法のうち本件に関連がある条項は次のとおりである。
① 1条   この法律は,障害者のための施策に関し,基本的理念を定め,及び
国,地方公共団体等の責務を明らかにするとともに,(中略)障害者の自立と社
会,経済,文化その他あらゆる分野の活動への参加を促進することを目的とする。
② 3条2項 すべて障害者は,社会を構成する一員として社会,経済,文化その
他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられるものとする。
③ 8条   政府は,この法律の目的を達成するため,必要な法制上及び財政上
の措置を講じなければならない。
(ウ) 日本ALS協会の活動について
a 日本ALS協会は,平成8年,在宅のALS患者が参政権を行使できない現実
を社会に訴える活動の一環としてJ議員にアプローチし,これを受けたJ議員が同
年5月31日の衆議院決算委員会第3分科会において,郵便による代理投票制度及
び選挙管理機関が自宅を訪問する巡回投票制度を提案して今後の検討を政府に求め
た。
b 日本ALS協会は,平成8年7月17日,倉田寛之自治大臣(以下「倉田自治
大臣」という。)に対して,ALS患者の投票を可能にするよう陳情書を提出し
た。
c 第一東京弁護士会は,日本ALS協会からの人権侵害救済の申立てを受けて,
平成10年7月6日,Z自治大臣に対し,現行選挙制度の改善を要望する旨の要望
書を提出した。
(エ) 以上の国会での審議その他の経過からすれば,衆参両議院において,郵便投
票制度について「今後さらに拡充の方向で検討する」旨の附帯決議がなされた昭和
49年5月ころには,原告ら(承継前)のような重度身体障害者の選挙権行使を可
能にするため,郵便による代理投票制度又は巡回投票制度(選挙管理委員が選挙人
の現在する場所に赴き,そこにおいて代理投票を認める制度)を導入しなければな
らないことは,立法機関である国会において立法課題として明確に認識されるに至
った。
そして,どんなに遅くともB規約が日本において発効した昭和54年9月ころに
は,原告ら(承継前)のような重度身体障害者の選挙権行使に関する不合理な制限
を撤廃し,前記制度を導入すべき作為義務が発生し,この時点でこのような立法を
するべき作為義務は憲法上の義務に転化し,立法の不作為は違憲・違法性を帯びる
ものとなったということができる。
前記制度が選挙制度にかかわるものであって,政策上・技術上克服すべき問題点が
多分にあったとしても,遅くとも前記附帯決議,B規約の発効から20年以上も経
過した平成10年7月12日に行われた参議院議員選挙の実施前には,前記立法を
すべき合理的期間を経過したといわざるを得ないから,当該立法不作為が国家賠償
法上も違法となったと認められる。
カ 国家賠償法上の違法性について
国家賠償法1条1項の違法性を論ずるに当たっては,結果の違憲・違法のみなら
ず,当該公務執行が公務員に対して要求される行為規範に違反したか否かを含め,
当該公務執行行為自体の違法性を検討すべきである(職務行為基準説)。
行政処分取消訴訟における違法性は,行政処分の法的効果発生の前提である法的要
件充足性の有無を問題とするのに対し,国家賠償請求訴訟における違法性は,損害
填補の責任を誰に負わせるのが公平かという見地から,行政処分の法的要件以外の
諸種の要素も対象として総合判断されるべきものである。すなわち,国家賠償法1
条1項にいう違法は,行政処分の効力発生要件に関する違法性とはその性質を異に
するものであり,究極的には他人に損害を加えることが法の許容するところである
かどうかという見地から判断されなければならない。
したがって,国家賠償法1条1項の違法性の有無は,行政処分の法的要件充足性の
有無(取消訴訟における違法性)のみならず,被侵害利益の種類,性質,侵害行為
の態様及びその原因,行政処分の発動に対する被害者側の関与の有無,程度及び損
害の程度等の諸般の事情を総合的に判断して決すべきである。
キ 立法行為に対する国家賠償請求について
(ア) 民主主義,国民主権を基本原理とする憲法の下では,民主政の過程の根幹に
関わる人権侵害が現に個別の国民又は個人に生じている場合に,その是正を図るこ
とが国会議員の憲法上の義務であることは自明の理であり,同時に,それは裁判所
の憲法上の権限と義務でもあって,その人権侵害が作為による違憲立法によって生
じたか,立法不作為によって生じたかによって変わるものではない。
むしろ,作為による違憲立法の是正については,当該法令のその事案への適用を拒
否することによって簡明に果たされるのに対し,違憲の立法不作為については,国
家賠償法による賠償を認めることが数少ない救済方法の1つになるのであって,そ
の意味では,むしろ,立法不作為にこそ違法と認める余地を広げる必要がある。
このように,立法不作為を理由とする国家賠償は,憲法上の国会と裁判所との役割
分担,憲法保障という裁判所固有の権限と義務に関する事柄であり,国会議員の政
治的責任に解消できない領域において初めて顕在化する問題というべきである。
つまり,これが国家賠償法上違法となるのは,単に立法行為(不作為)の内容が憲
法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行う(行
わない)というような場合に限られず,民主政の過程が損なわれる人権侵害の重大
性とその救済の高度の必要性が認められる場合であって(その場合に,憲法上の立
法義務が生じる。),かつ,国会が立法の必要性を十分認識し,立法が可能であっ
たにもかかわらず,一定の合理的期間を経過してもなおこれを放置したなどの状況
的要件,換言すれば,立法課題としての明確性,合理的是正期間の経過とがある場
合には,立法不作為による国家賠償を認めることができると解すべきである。
したがって,国会議員の立法行為であっても,これが民主政の過程を損なうような
立法行為については,法的責任の対象となり,国家賠償法上の違法行為になり得
る。
(イ) 本件については,昭和27年改正法による在宅投票制度の廃止後の立法不作
為は,投票所等に行くことができず,かつ自書できない原告ら(承継前)の投票の
機会を奪っているものであり,このような国会の行為は,国家賠償法上も違法であ
る。
ク 故意・過失について
国会の立法行為のような合議制機関の行為について国家賠償法1条1項の適用があ
る場合,同条項にいう「公務員の故意,過失」は,必ずしも,国会を構成する個々
の国会議員の故意,過失を問題にする必要はなく,国会議員の統一的意思活動たる
国会自体の故意,過失を論ずれば足りると解すべきである。
国会は,国権の最高機関として立法を行い,そのため,両議院に国政調査権が与え
られ(憲法62条),その組織,機構等において他の立法機関に類をみない程度に
完備していることは公知の事実であるから,立法をするに当たっては,違憲という
重大な結果を生じないよう慎重に審議,検討すべき高度の注意義務を負うところ,
現在に至るまでの公職選挙法改正の審議経過は前記のとおりであるから,このよう
な違憲の法律改正を行ったこと及びその後違憲状態を放置してきたことは,その公
権力行使に当たり前記注意義務に違背する過失があったものと解するのが相当であ
る。
また,少なくとも前記附帯決議から立法義務を立法課題として認識することは容易
であったといえるから,過失の存在は明白である。
以上によれば,原告らは,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,被告が公職
選挙法を改正すべき義務を違法に怠ったことによる精神的損害の賠償を求める権利
があるというべきである。
(被告の主張)
ア 公職選挙法改正の経緯
(ア) 投票所投票主義
国会は,広い立法裁量の下,「日本国憲法の精神に則り,衆議院議員,参議院議員
並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し,その選挙が
選挙人の自由に表明せる意思によって公明且つ適正に行われることを確保し,もっ
て民主政治の健全な発達を期することを目的と」して公職選挙法を定め,投票区は
市町村の区域によること(公職選挙法17条1項),市町村の選挙管理委員会は,
必要があると認めるときは,市町村の区域を分けて数投票区を設けることができる
こと(同条2項),投票所は,市役所,町村役場又は市町村の選挙管理委員会の指
定した場所に設けること(同法39条)を規定し,いわゆる投票所投票主義を採用
した(同法44条)。
(イ) 在宅投票制度廃止の経緯
旧法は在宅投票制度を採用していたが,在宅投票制度は,昭和26年の統一地方選
挙において,同居の親族でない者が投票用紙の請求等を行ったり,本人が自書がで
きるにもかかわらず,他人が投票の記載をしたりするなどして悪用され,不正事例
が多発したことから,これを背景として,昭和27年改正法により廃止された。
(ウ) 不在者投票制度
a 公職選挙法が採用した投票所投票主義による場合,選挙人の中には,その個人
的事情により,選挙の当日投票所に行くことが困難又は極めて困難な者が存在する
ことが予想されたことから,昭和49年改正法は,投票をより容易にするために,
立法裁量によるいわば救済措置として,投票所投票主義に例外を設け,不在者投票
制度及び郵便投票制度(公職選挙法49条)が設けられた。
b 前記改正が行われる際の国会における審議過程をみると,昭和26年の統一地
方選挙において在宅投票制度を悪用した不正事例が多発したことを背景として,昭
和27改正法により,いわゆる在宅投票制度が廃止されたという経緯にかんがみ,
公職選挙法49条2項の郵便投票制度の導入に当たって,選挙の公正をいかに確保
するかについて,徹底した議論が尽くされた。
すなわち,昭和49年5月8日衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会及び
同年4月8日参議院公職選挙法改正に関する特別委員会において,前記法案の提出
者である政府により,公職選挙法49条2項の郵便投票制度を導入するに当たり,
その手続を厳格にすることが明らかにされており,投票用紙の代理請求を認めない
こと,あるいは,自書による投票を前提として上記制度を導入することが明らかに
されているのであって,これらの政府答弁においては,一般の不在者投票の代理投
票の場合には,不在者投票管理者と立会人2名の下で1人が代理記載を行い,1人
がこれを監視するという厳重な管理体制を採用している一方,郵便による代理投票
を行う場合には,家庭内等で投票の記載が行われることから,選挙の公正を確保す
ることが困難である
ことが言及されている。
イ 諸外国の投票制度
(ア) 諸外国は,それぞれ独自の投票制度を有しており,選挙の当日投票所に行く
ことが困難又は極めて困難である者の選挙権行使を容易にする制度についても,一
義的なものは存在しないということができる。
これは,投票制度については,論理的に要請される一定不変の形態が存在するわけ
ではなく,それぞれの国の実情に即して具体的に決定されるべきものであり,立法
府の広い裁量にゆだねらていることを示すものである。
(イ) 他方,諸外国において,選挙人が投票をするためには,おおむね自書を要す
るか,あるいは投票所に行くことを要することとされている。
すなわち,イタリア及びシンガポールにおいては,投票所に行くことを要するとさ
れ,スウェーデンにおいては,自書を要するとされ,英国,フランス,韓国,アメ
リカ合衆国カリフォルニア州サンフランシスコ市,カナダ及びオランダにおいて
は,自書又は投票所に行くことを要するとされており,その結果,投票所に行くこ
とができず,かつ,自書ができない者は投票することができないのが通例であると
いうことができる(なお,ブラジルにおいては,投票所における電子投票制度が採
用されており,選挙人が投票所に行くことを要するが,自書ができない者は通常電
子投票制度を利用することもできないと考えられる。)。
諸外国において,このような制度が採用されているのは,選挙人本人の意思が公正
に国政に反映されるべきであるという選挙の公正の観点から,選挙人が投票所に行
って投票を行い,それができない場合には,選挙人の自書を要するとすることが,
選挙人本人の意思を確認するための手段として極めて有効かつ合理的であるからと
考えられる。
前記のとおり,諸外国は,それぞれ独自の投票制度を有しており,選挙の当日投票
所に行くことが困難又は極めて困難である者の選挙権行使を容易にする制度につい
ても,一義的なものは存在しないものの,選挙の公正を確保する観点から,最低限
の条件を求めている点においては,諸外国に共通しているといい得る。
(ウ) ところで,代理人による投票において,代理人が選挙人本人の指示どおりに
投票するか否かについては,「代理投票人が投票権者の意思に従って投票したかど
うかを担保する手段はない。投票権者にとっては,代理投票人の誠実さに頼るほか
はない。」(英国),「選挙人と同代理人との信頼関係以外,代理人投票の公正性
を担保する手段はない」(フランス)とされており,当該制度を悪用した不正事例
の防止が極めて困難であることが諸外国における共通の認識とされていることが示
されている。
(エ) なお,巡回投票制度とは多義的であって,巡回投票制度と呼ばれる制度が存
在する国(イタリア,韓国,オーストラリア)における同制度の実質は,投票所以
外に投票所を設置し,投票を行わせるといういわゆるサテライト型の不在者投票制
度のことであったり,病院等の施設における不在者投票制度と類似するものであ
る。
本件において問題となるのは,選挙管理者等が選挙人の自宅を巡回するという意味
における巡回投票制度であるが,これが実施されているのは,カナダ及びデンマー
ク(事前投票制度)のみである。
また,選挙人が自宅において投票することが可能な電子投票制度が実施されている
国は現在までのところ存在しない。
ウ 公職選挙法の違憲性について
(ア) 選挙制度に関する立法裁量について
選挙制度に関する立法行為(不作為を含む。)について,憲法47条は,「選挙
区,投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は,法律でこれを定め
る。」と規定し,選挙の具体的実施方法等については,その定立を法律に委任して
いる。
代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の利害や意
見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,政治におけ
る安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の実情に即して具
体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定不変の形態が存
在するわけのものではない。
選挙の実施方法の問題は,技術的に複雑な要素が微妙に関連する選挙について,そ
の円滑な運営を確保する上での要請と,一方において,選挙の自由・公正を害して
はならないという要請等とを比較衡量するなどして,価値選択の上政策決定すべき
問題であり,何が便宜であり,何が適切であるかに関する裁量判断に基づかざるを
得ないから,正しく政策決定を行うことをその本来の使命とする立法府である国会
において決定するのが最も適切である。
そして,立法作業においては,このような立法を基礎づける事実状態を調査した
上,いかなる実施方法が最も現実的に適切・妥当な方法であるかを探求して立法さ
れるのである。
憲法47条は,このような点を考慮して,投票の方法その他選挙に関する事項の具
体的決定については,その性質上,技術的・政策的考慮を要する等の理由から,立
法府である国会の広い裁量にゆだねているのである。
(イ) 合憲性判定基準について
憲法47条は,前記のとおり,投票の方法その他選挙に関する事項の具体的決定に
ついては,立法府である国会の広い裁量にゆだねているのである。
そうすると,選挙方法等に関する立法の合憲性を審査する基準としては,その制限
が明らかに合理性を欠き,立法府がその裁量権の範囲を逸脱したと認められる場合
に限り,これを違憲とするといういわゆる「合理性の基準」によるべきであって,
裁判所は,違憲立法審査権を行使するに当たっては,国会の技術的,政策的考慮に
基づく裁量的判断を尊重し,それが著しく不合理な場合に限り,これに干渉すべき
ものと解される。
(ウ) 公職選挙法49条2項について
a 公職選挙法49条2項は,郵便投票制度を定め,これに自書を要求するが,郵
便投票制度は,あくまでも便宜的,例外的な特別措置を定めたものにすぎず,この
ような便宜的,例外的な特別措置によって投票できない者は,郵便投票制度以外の
方法によって投票することとなり,一般の選挙権を有する者と同様に取り扱われる
にすぎない。
すなわち,公職選挙法49条2項は,選挙権行使の方法を例外的に拡大したもので
あり,選挙権行使を何ら制約するものではないし,選挙権の内容に何らの消長を来
すものでもないのであって,原告ら(承継前)が,同条項によって,何らかの法律
上の制約を受けたとはいえない。
したがって,このような救済措置によって,選挙権行使が容易にならなかったから
といって,憲法違反を論じる余地はないし,その点をおくとしても,選挙の当日投
票所に行くことが困難又は極めて困難な者の選挙権行使の方法を具体的にどのよう
な制度にするかについては,国会が裁量権を濫用・逸脱するような容易に想定し難
い特段の事情のない限り,憲法違反を問われる余地はない。
b ALS患者その他の障害者等について,その選挙権行使を容易にする制度を設
けるかどうか,また,設けるとして具体的にどのような制度とするかは,まさに憲
法47条の問題であって,国会に広い裁量が認められている。
そして,法律で定める投票の方法は,すべての選挙人において,可能な限り容易に
投票できるものであることが望ましいが,ALS患者その他の障害者等の選挙権行
使を容易にする制度を考えるにしても,これを郵便投票の対象等を拡大する方法に
よるか,あるいは巡回投票又は代理投票のいずれによるか等といった投票方法の選
択が存在する。しかも,いずれの方法をとる場合においても,選挙の公正を確保
し,憲法15条4項で保障された投票の秘密を保護する必要性があるとともに,選
挙の性質上,一定の時間的,予算的,人的・物的設備による制約の中で,管理執行
面での対応が可能なものでなければならない。
例えば,巡回投票については,選挙事務が複雑かつ厳正な手続であることに照ら
し,これに従事する者が選挙事務に習熟している必要があり,かつ公正中立な立場
になければならないところ,短い選挙期間内に人員に限りのある選挙管理委員会の
職員がすべての対象者を公平に巡回することが可能であるか,多数の対象者が存在
する地域や交通至難の地域における実施が可能であるか,交通状況等によって一部
の対象者について巡回できなかった場合の取扱いをどうするか等といった立法政
策・立法技術上の問題点が多数存在する。
c 諸外国における投票制度をみても,選挙の当日投票所に行くことが困難又は極
めて困難な者の選挙権行使を容易にする制度においては,多くの国において選挙人
本人の自書が要求されており,自書ができない重篤なALS患者は投票ができない
結果となっているのが通例であり,諸外国の制度との対比においても,公職選挙法
49条2項が,広範な立法裁量を逸脱したものとはいえないことは明らかである。
このように,ALS患者その他の障害者等の選挙権行使について,憲法上,一義的
に一定の制度を設けなければならないことが明らかであるとは到底いえない。
d そうすると,昭和27年改正法により在宅投票制度が廃止されたこと及びその
後にALS患者その他の障害者等の選挙権行使を容易にする制度が設けられなかっ
たことは,いずれも,憲法の一義的文言に違反しているにもかかわらず国会があえ
て当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場合には当たら
ないというべきである。
(エ) B規約について
a B規約2条2項及び25条は,国会に対し,公職選挙法49条2項が定める郵
便投票について,これを自書による必要がないものとする内容に改正すべきことを
義務付けるものではないから,この点に関する原告らの主張は失当である。
b B規約2条の規定等からすると,B規約において認められる権利の実現につい
ては,一般的に,各締約国の立法措置その他の措置によって行われることを想定さ
れており,そのために各締約国が具体的にいかなる措置をとるかについては,各締
約国の合理的な裁量にゆだねられているものと解される。また,B規約2条2項
は,各締約国に対し,当該措置がまだとられていない場合に,当該措置を講ずるこ
とを義務付けているにすぎない。
c B規約25条(b)は,普通かつ平等の選挙権に基づき秘密選挙によって行わ
れ,選挙人の意思の自由な表明を保障する真正な定期的選挙において,投票する権
利等について規定している。ただし,B規約の締約国が25条に規定されている権
利を実現するためにとるべき具体的な選挙制度については,B規約においては何ら
規定されていないことから,各締約国の合理的な裁量にゆだねられており,結局,
B規約は,特定の選挙制度を採用することを義務付けるものではないと解される。
d 日本においては,B規約25条(b)に規定されている権利を実現するため,成
年者による普通選挙を保障する憲法の下で公職選挙法及び公職選挙法施行令によっ
て選挙制度が定められている。この選挙制度においては,投票所投票主義(公職選
挙法44条)を採用しつつ,その例外として,身体に障害のある選挙人を対象とし
た代理投票制度(48条1項)及び郵便投票制度(49条2項)という特別な措置
をも設けられている。
e なお,原告らは,規約人権委員会の「一般的意見」及び「見解」は,いずれも
B規約の有権的解釈というべきであると主張するが,前者は「規約の実施を促進す
るため総ての締約国がこの報告活動を活用できるようにすること,多くの報告が不
十分であった点に,締約国の注意を促すこと,達成された進歩を報告活動のなかで
示唆し,人権の保護並びにその促進についての締約国や国際機関の活動を鼓舞する
こと」が目的とされ,法的拘束力もなく,B規約の有権的解釈ではない。
また,後者は,B規約の選択議定書に基づく個人からの通報に対し,当該通報の内
容たる具体的事例について示されるものであり,通報の対象とされた具体的事案限
りのものであって,当該通報を行った者と関係国のみを対象とし,関係国に対する
法的拘束力もなく,これもB規約の有権的解釈ではない。
f 以上によれば,国会が,B規約に基づき,公職選挙法を改正して郵便による代
理投票制度を認めるなどの措置をとるべき義務を有するとは解されない。
エ 国家賠償法上の違法性について
(ア)国家賠償法1条1項は,「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が,
その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたとき
は,国又は公共団体が,これを賠償する責に任ずる。」と規定し,「違法に他人に
損害を加えた」ことを要件として規定する。
(イ) ところで,私人間においては,本来,他人の権利を侵害すること自体が許さ
れず,したがって,権利の侵害をもたらした行為は,違法性阻却事由がない限り,
違法と評価されるから,民法上の不法行為にあっては,権利侵害行為は原則として
違法,例外的に適法という基準が妥当する。
これに対し,公務員による公権力の行使は,そもそも優越的,高権的な意思作用で
あり,その性質上,もともと国民の権利に対する侵害を当然に内包するものであっ
て,また,それゆえに,法が定める一定の要件と手続の下において,国民の権利を
侵害することを許容されているものである。
そうすると,国家賠償法1条1項の違法性は,単なる権利侵害等の一定の結果が発
生したという観点を離れてこれを論じる必要があり,権利侵害があることのみをも
って,当該公権力の行使を直ちに違法とすることはできない。
このような観点からすると,国家賠償責任を発生させる要件としての違法性は,当
該公権力の行使が,法の定める要件及び手続に従って行われたか否か,換言する
と,公権力の主体が,その具体的な行使に当たって遵守すべき行為規範又は職務義
務に違反したか否かにかかわるものと解される。
(ウ) 以上によれば,具体的な公権力の行使について国家賠償法1条1項にいう違
法性があったか否かは,当該公権力の行使について,公権力の主体がその行使に際
して遵守すべき行為規範又は職務義務に違反したか否かという基準によって判断さ
れ,このような義務に違反した場合に限って,当該公権力の行使に国家賠償法1条
1項にいう違法性があると解すべきであり(いわゆる職務行為基準説),国家賠償
法1条1項の違法性の問題と公権力の行使によって損害が生じた等の結果の違法の
問題とは区別して論じられなければならない
(エ)前記のとおり,国家賠償法1条1項の違法性の意義は,個別の国民に対して
負担する職務上の法的義務に違背することと解すべきであり,その場合,具体的な
公権力の行使の場面において職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と行
為したか否かという基準を用いて判断することとなるが,この判断基準は抽象度の
高いものであり,あらゆる公権力の行使について妥当し得るものである。
したがって,国家賠償法1条1項の違法性は,法令の解釈適用における違法が問題
となる場面においても,職務行為基準説によって判断されるべきである。
オ 立法行為と国家賠償請求について
(ア) 国家賠償法1条1項にいう違法とは,公権力の行使に当たる公務員が,個別
の国民に対して負う職務上の義務に違背することをいうのであるから,国会議員の
立法行為(不作為も含む。)が同条項にいう違法となるかどうかは,国会議員の立
法過程における行動が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背したかどう
かにより決せられるのであって,当該立法の内容の違憲性の問題とは別に判断され
なければならない。
すなわち,仮に,当該立法の内容が憲法の規定に反するとしても,当然に国会議員
の立法行為が違法の評価を受けるものではない。
そして,国会議員の立法行為は,本質的に政治的なものであるから,国会議員は,
立法に関しては,原則として国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどま
り,個別の国民の権利に対応した法的義務を負うものではない。
(イ) したがって,国会議員の立法行為が,国家賠償法1条1項の違法の評価を受
けるのは,立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会が
あえて当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場合に限ら
れる。
さらに,立法不作為について違法の評価を受ける場合は,作為に比べて,より一層
限定されると解すべきである。なぜなら,仮に,裁判所が国会議員の立法不作為に
対して法的責任を問うこととなれば,それは,裁判所が,個々の国会議員に対し,
特定の内容の法律を,特定の時期までに立法すべき義務を課すのと異ならず,憲法
が採用する権力分立の基本理念に反することになるからである。
(ウ) 以上によれば,本件において,昭和27年改正法により在宅投票制度が廃止
されたこと及びその後にALS患者その他の障害者等の選挙権行使を容易にする制
度が設けられなかったことは,いずれも,憲法の一義的文言に違反しているにもか
かわらず国会があえて当該立法を行うというごとき,容易に想定し難いような例外
的な場合には当たらないから,被告が国家賠償責任を負うとはいえない。
(5) 原告ら(承継前)の損害
(原告らの主張)
ア 在宅投票制度を復活させた昭和49年改正法は,昭和49年6月3日公布さ
れ,不在者投票制度及び郵便投票制度を規定する49条等を除いて同日から施行さ
れ,49条等は昭和50年1月20日から施行された。
これに伴い,昭和49年政令第194号公職選挙法施行令の一部を改正する政令
は,昭和49年6月3日公布され,1条の一部及び2条は同日から施行され,その
余の規定は同月10日から施行された。
したがって,在宅のALS患者は,郵便投票制度が施行された昭和50年1月20
日以降,郵便投票制度によって投票できないこととなり,選挙権を侵害された状態
に置かれた。
イ(ア)原告Aは,昭和56年4月にALSを発症し,病状が進行したため,遅く
とも,四肢の完全麻痺により寝たきりの状態となった昭和61年8月ころには,現
行の郵便投票制度の下ではいかなる方法によっても投票できなくなった。
(イ)原告Bは,平成2年1月にALSを発症し,病状が進行したため,遅くと
も,四肢の完全麻痺により寝たきりの状態となった平成7年3月ころには,現行の
郵便投票制度の下ではいかなる方法によっても投票できなくなった。
(ウ) 亡Dは,平成元年にALSを発症し,病状が進行したため,遅くとも,四肢
の完全麻痺により寝たきりの状態となった平成6年10月ころには,現行の郵便投
票制度の下ではいかなる方法によっても投票できなくなった。
ウ(ア) 日本ALS協会は,昭和61年,全会員が力を合わせて,ALSの克服と
患者が人間としての尊厳を全うできる社会の実現を目指し,一日も早いALSの原
因究明と治療法の確立及び患者・家族が安心して療養できる医療・福祉体制を作る
ことを目的として結成された患者・家族の支援団体であり,現在,本部事務局のほ
か全国に24支部があり,会員は約7900名である。
原告Aは,昭和61年ころ,原告Bは,平成2年ころ,亡Dは,平成8年4月に,
それぞれ日本ALS協会に入会した。
(イ) 日本ALS協会は,平成8年,在宅のALS患者が参政権を行使できない現
実を社会に訴える活動を起こし,その活動の一つとして,J議員にアプローチし
た。
J議員は,平成8年5月31日,衆議院決算委員会第3分科会において,郵便投票
制度が自書主義を採用しているために,在宅のALS患者が投票できない現実を指
摘し,選挙管理機関が自宅を訪問する巡回投票制度を提案し,今後の検討を政府に
求めた。
(ウ) また,日本ALS協会は,倉田自治大臣に対し,在宅のALS患者が投票で
きるように法改正をしてほしいと陳情した。
倉田自治大臣は,平成8年7月17日,在宅のALS患者を訪問し,在宅のALS
患者の投票について慎重に検討すると答えた。
(エ) さらに,日本ALS協会は,平成9年10月7日,第一東京弁護士会人権擁
護委員会に対し,在宅のALS患者の投票についての陳情を行った。
同陳情は同委員会第4特別部会に付議され,同委員会副委員長及び同委員会第4部
会長は,平成9年12月,自治省の担当官と面談し,問題点について意見交換し
た。
(オ) 日本ALS協会は,平成10年3月18日,第一東京弁護士会に対し,在宅
のALS患者が投票できないことは基本的人権である参政権の侵害であるとして,
人権救済の申立てを行った。そして,第一東京弁護士会は,平成10年7月6日,
Z自治大臣に対し,在宅のALS患者の参政権が侵害されているとし,制度の改善
を要望する旨の要望書を提出した。
エ 原告ら(承継前)は,日本ALS協会を通じて,現行の郵便投票制度の下では
いかなる方法によっても投票できない現状について訴えかけていたものであるか
ら,遅くとも,第一東京弁護士会がZ自治大臣に対して制度の改善を要望する旨の
要望書を提出した平成10年7月6日には,投票の意思があるにもかかわらず,現
行の郵便投票制度によって投票を妨げられていることを明らかにした。
オ平成10年7月6日以後,原告ら(承継前)が選挙権を有する選挙として,次
の選挙が実施された。
(ア) 原告A及び原告B
平成10年7月12日参議院議員選挙
平成11年4月11日東京都知事選挙
平成11年4月25日板橋区長・区議会議員選挙
(イ)亡D
平成10年7月12日参議院議員選挙
平成11年4月11日東京都知事選挙
平成11年4月25日渋谷区長・区議会議員選挙
カ本件公職選挙法施行令が郵便投票の要件として原告ら(承継前)の自書を要求
していることにより,原告ら(承継前)は,前記各選挙においてそれぞれ選挙権を
有し,かつ投票の意思があったにもかかわらず,郵便投票を行うことができなかっ
た。
選挙権行使は,国民が国政に参加し得る重要な機会であるにもかかわらず,原告ら
(承継前)は,前記のとおり選挙権行使の機会を奪われたものであり,これによる
精神的苦痛はそれぞれ90万円を下回るものではない。
キ よって,原告Aらは,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,それぞれ慰
謝料90万円及びこれに対する平成12年1月27日(訴状送達日の翌日)から支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
原告らの主張は争う。
(6) 原告ら(承継前)の損失補償請求権の有無
(原告らの主張)
ア 原告ら(承継前)の特別の犠牲について
(ア) 仮に,被告の行為が国家賠償法上,違法と判断されない場合又は違法ではあ
るが無過失である(違法無過失)と判断される場合,国家賠償法に基づく損害賠償
請求は認められないこととなる。
これらの場合,原告ら(承継前)は,投票所等へ行くことができず,かつ自書でき
ないため郵便投票を行うこともできないため,公職選挙法49条2項及び本件公職
選挙法施行令によれば,選挙権を行使する手段が全くない特定の選挙人である。
一方,被告は,前記法律及び政令を制定する際,選挙の公正を確保するという理由
で郵便投票制度に制限を加えて,障害者等の特定の選挙権者の選挙権行使を犠牲に
したものであり,その詳細は別紙「国会審議経過2」記載のとおりである。
すなわち,被告は,昭和26年の統一地方選挙において在宅投票制度が悪用された
ことへの反省から,在宅投票制度の復活に当たって,公正の確保に非常に重点を置
き,郵便投票制度の対象者を身体障害者手帳を有し,かつ一定の等級に該当する選
挙人に限定するとともに,自書主義を採用して,代理投票を認めなかった。これに
よって,被告は,郵便投票制度から,寝たきり老人や一時的歩行困難者を排除し,
また,投票所等へ行くことができず,かつ自書できない者を排除したものである。
(イ) また,被告は,公正確保のために,郵便投票制度の利用者を限定したもので
あるが,別紙「国会審議経過3」記載のとおり,復活後の郵便投票制度の実際は,
郵便投票可能な選挙人の大半が郵便投票以外の投票手段をも有しているのである。
ところが,原告ら(承継前)は,郵便投票以外に投票手段がないにもかかわらず,
公正確保のために,郵便投票の利用が認められなくなった。
(ウ) 昭和49年改正法には,両院において,「在宅投票制度については,政府
は,その実施状況の推移を勘案して今後さらに拡充の方向で検討すること」との附
帯決議がなされている。
同附帯決議によれば,被告は,郵便投票制度における自書主義が公正確保のために
不可欠なものであるか,さらに十分に検討しなければならず,また,郵便投票制度
が郵便投票以外の投票手段を有する者にも郵便投票を認める一方で,真に郵便投票
を必要とする者に郵便投票を認めていない現実を改善しなければならないはずであ
る。
ところが,被告は,「実施状況の推移を勘案して,今後さらに拡充の方向で検討し
た」とはいえない。
(エ) したがって,被告は,原告ら(承継前)の選挙権行使を不可能としてまで,
選挙の公正の確保を重視したものであり,原告ら(承継前)は,このような公権力
の行使による特別の犠牲となったものである。
イ 憲法上の損失補償請求権について
(ア) ドイツにおける犠牲補償請求権のような規定があれば,原告ら(承継前)が
同規定に基づいて補償を請求し得ることは明らかであるが,日本においては,明文
の規定が存在しない。
しかし,憲法は,以下のとおり,公権力の適法な行使又は違法無過失の行使による
特別の犠牲となった者に対する補償を認めていると解される。
なお,原告らの主張は,損失補償を行いさえすれば選挙権者から選挙権を剥奪でき
るという主張ではなく,国家賠償法に基づく損害賠償請求が認められない場合に,
原告ら(承継前)を救済する最後の手段として,損失補償が認められるという主張
である。
(イ) 憲法17条は,「何人も,公務員の不法行為により,損害を受けたときは,
法律の定めるところにより,国又は公共団体に,その賠償を求めることができ
る。」と規定し,公務員の不法行為の場合に国家賠償請求ができるとし,これを受
けて国家賠償法1条1項は,「国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が,そ
の職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは,
国又は公共団体が,これを賠償する責に任ずる。」と規定する。
一方,憲法29条3項は,「私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために
用ひることができる。」と規定し,国が私有財産を公共のために用いるときは,補
償を求めることができるとする。
また,憲法40条は,「何人も,抑留又は拘禁された後,無罪の裁判を受けたとき
は,法律の定めるところにより,国にその補償を求めることができる。」と規定
し,刑事手続による生命,身体の自由の侵害に対する損失補償を定めている。
これらの規定を総合すると,憲法は,公権力の違法な行使によって生じた損害につ
いて17条に規定を置き,一方,公権力の適法な行使によって生じた損失について
29条3項に規定を置き,また,刑事手続による生命,身体の自由の侵害の場合
(違法,適法を問わないと解される。)について40条に規定を置き,全体とし
て,公権力の行使によって国民の利益が侵害された場合の損害填補について一つの
体系を形作っている。
また,憲法は,刑事手続の場合について,公権力の適法な行使による生命,身体の
自由の侵害発生の可能性を認めた上で,その損失補償を定めている。
(ウ) したがって,公権力の適法な行使によって生じた損失について憲法29条3
項と40条が規定されているところ,補償対象に欠缺があるとは考えられないこ
と,既に憲法40条が財産権以外の権利に対する損失補償を認めていること,憲法
13条(個人の尊厳),14条1項(法の下の平等)が特別犠牲者の救済を要求し
ていることから,憲法は,公権力の適法な行使によって生じた損失について,刑事
手続による生命,身体の自由の侵害の場合について憲法40条に規定を置き,それ
以外の権利侵害の場合について憲法29条3項に規定を置いたものと解される。
憲法29条3項は,「私有財産」と規定し,「財産権」という用語を使用していな
いことからも,動産,不動産,債権等の財産権に限らず,権利一般を含む趣旨と解
される。
よって,本件において,仮に,被告の行為が違法ではないと判断された場合,憲法
29条3項の適用がある。
(エ) また,適法行為についてさえ憲法29条3項の適用があることからすれば,
違法無過失行為について同条項の類推適用があることは当然というべきであるか
ら,本件において,仮に,被告の行為が違法無過失であると判断された場合,同条
項の類推適用がある。
ウ 損失補償額について 
(ア) 原告ら(承継前)に対する損失補償額は,損害の性質上その額を立証するこ
とが極めて困難であるから,民事訴訟法248条を類推適用して,裁判所が弁論の
全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,相当な損害額を認定するべきであるが,選挙
権という重大な権利が剥奪された状態にあることから,それぞれ90万円を下回る
ことはないと解される。
(イ) よって,原告A,原告B及び原告Cは,被告に対し,憲法29条3項又はそ
の類推適用に基づき,それぞれ90万円及びこれに対する平成12年1月27日
(訴状送達日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める。
(被告の主張)
ア 憲法上の損失補償請求権について
そもそも憲法上保障された権利について,これを立法による具体化を待たずしてそ
のまま裁判所の法的判断の基礎となる具体的権利とみることについては,憲法規範
の一般性・抽象性からみて疑問のあるところであり,これを憲法29条3項につい
てみても,損失補償の要件として一般に問題とされる「特別の犠牲」や「正当な補
償」の内容が抽象的,多義的,相対的であるため,個別事案において一義的に判断
することは非常に困難である。
また,「正当な補償」の具体的内容は,財産権に対する内在的制約と複雑に関係
し,政策的考慮も含めて決定されるものであるから,財産権の制約について,どの
程度の補償が必要か,その具体的確定又は行使方法をどのように定めるかは,性質
上,まさに立法事項というべきである。
したがって,立法による具体化を待つことなく,憲法29条3項から直接具体的権
利としての損失補償請求権を導くのは相当でない。
イ 原告ら(承継前)の特別の犠牲について
(ア) 仮に,一般論として,憲法29条3項に基づく損失補償請求権が認められる
余地があり得るとしても,同条項は,その文言から明らかなとおり,「私有財産」
の制限に対する損失補償請求権である。
(イ) 本件において,原告らは,選挙権行使が困難であり,このため事実上選挙権
を剥奪されているに等しいと主張するところ,選挙権が私有財産でないことはいう
までもない。原告ら自身が本件における「正当な補償」を具体的に主張できないこ
とからも明らかなように,原告らのいう損失は,もともと精神的なものであって,
その私有財産が制限されたことによる経済的損失ではない。
また,憲法29条は,1項において「財産権はこれを侵してはならない。」と規定
して私有財産制度を採用し,国民の個別の財産権が具体的に保障されていることを
前提として,3項において「私有財産は,正当な補償の下に,これを公共のために
用ひることができる。」と規定する。すなわち,憲法29条3項は,原則として国
家の干渉を許さない自由権として,個別の財産権が具体的に保障されていることを
前提とした上,公権力の行使によって発生した財産上の特別な犠牲に対し,全体的
な公平の見地から調整するものである。憲法29条2項が,財産権が公共の福祉に
よって補償なく制約されることがあり得ることを規定しているところからすると,
同条3項の要件としての損失とは,通常の損失では足りず,「特別の犠牲」,すな
わち財産権の剥奪又
は剥奪に等しい制限でなければならない。
(ウ) ところで,憲法は,15条1項において,選挙権を「国民固有の権利」と規
定する一方,47条において,「選挙区,投票の方法その他両議院の議員の選挙に
関する事項は,法律でこれを定める。」と規定して,選挙制度のあり方を国会の裁
量にゆだねている。
すなわち,憲法は,選挙権が代表民主制の下において重要な権利であり十分に尊重
されるべきものであるとしながらも,選挙権が,本質的に,財産権のように原則と
して国家の干渉を許さない自由権とはいえないことから,その行使方法等は,国会
によって設定された選挙制度の範囲内という制約を免れないことを想定しているも
のである。選挙制度は,それ自体から論理的に要請される一定不変の形態が存在す
るわけではなく,代表民主制の下において選挙された代表者を通じ,国民の利害や
意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし,他方,政治にお
ける安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の実情に即して
決定されるものである。
そして,投票の方法は,すべての選挙人ができる限り容易に行えるものであること
が望ましいことはいうまでもないが,選挙の公正を確保し,憲法15条4項で保障
された投票の秘密を保護する必要があるとともに,その施行には,自ずと一定の時
間的,人的・物的設備による制約を伴うものであり,その制約の中で選挙の施行を
可能にすることが要請されるのである。
(エ) そうすると,一部の者が,選挙権行使の場面において,他の者に比して困難
な事態を生じることは,もともと選挙制度に内在し得る事態として憲法が想定して
いるものであり,これをもって特別の犠牲,すなわち,公共のためにする制限が一
般的に当然受忍すべきものとされる制限の範囲を超え,特定の人に対し特別の犠牲
を課したものとはいえない。
したがって,原告らの主張には理由がない。
(7) 公職選挙法改正の立法不作為の違憲確認が認められるか否か。
(原告らの主張)
ア 立法不作為の違憲確認の訴えの適法性
(ア) 法律上の争訟性について
原告らは,抽象的に法令等の違憲又は違法性等に関する判断を求めているのではな
く,違憲である公職選挙法により選挙権行使を妨げられ,人権侵害を受けているこ
とを理由に違憲確認を求めているのであるから,そこに具体的な紛争があることは
明白であり,紛争性の要件は十分満たされている。
もとより,原告ら(承継前)が障害を有しない者であったり,又は郵便投票制度に
より投票ができる者であったりすれば,選挙権行使が妨げられておらず,具体的な
紛争はなく,抽象的,一般的に法律の憲法適合性の判断を求めているといい得るか
もしれない。しかし,原告ら(承継前)は,公職選挙法により,選挙権という憲法
が掲げる国民主権の源ともいい得る重要な権利が侵害されており,それを争ってい
るのであるから,そこに具体的な紛争の存在を認めることができる。
抽象的か具体的かは,当該当事者と当該法令との関係の問題であり,原告ら(承継
前)には,十分具体的な紛争が認められる。
(イ) 追加的併合の可否について
被告が昭和27年改正法によって代理による郵便投票制度を廃止した後現在に至る
まで,原告ら(承継前)の選挙権行使を可能とする内容の公職選挙法改正を行わな
いことの違憲確認(以下「本件違憲確認」という。)の訴えは,行政府の行為を対
象にするものではなく,立法府の行為を対象にするものである以上,本来の行政訴
訟とは異なるといわざるを得ず,行政事件訴訟法19条1項の適用はなく,民事訴
訟である本件国家賠償請求からみて,追加的変更が許されるか否かを判断すれば足
りる。
そして,本件違憲確認の訴えは,国家賠償請求と請求の基礎を同じくするものであ
り,追加的変更は許される。
イ 公職選挙法改正の経緯
(ア) 旧法及びその委任を受けた旧施行令は,在宅投票制度を定め,なおかつ身体
の故障によって自ら候補者の氏名を記載することができない在宅選挙人は,他人に
投票の記載をさせることができることも規定していた(旧法49条,旧施行令58
条)。
(イ) ところが,昭和26年の統一地方選挙において在宅投票制度が悪用されたと
の理由により,昭和27年改正法により,在宅投票制度及び在宅による代理投票制
度が廃止された。
(ウ) その後,在宅投票制度の復活を求める国民の声が大きくなり,昭和49年改
正法により公職選挙法が改正され,同法49条2項の規定により,在宅投票制度
が,その対象者を限定し,かつ自書によるという条件付きで復活し現在に至ってい
る。
ウ 憲法上の選挙権保障の意味
(ア) 憲法15条1項が,国民主権の原理に基づく選挙権の保障を主眼としている
こと,同条3項が成年者による普通選挙を保障し,なおかつ投票の機会をも保障し
ていること,憲法14条1項が人権に関する一般原則として法の下の平等を規定
し,政治的関係において合理的な理由なく差別してはならず,平等に取り扱わなけ
ればならないとする趣旨であり,ここにいう平等が,実質的,機能的平等であっ
て,国民一人一人の置かれた状況に応じて取扱いが異なることがあり得るばかり
か,場合によっては異なる取扱いが要請されるべきものであること,したがって,
投票所に行くことが不可能な者の場合には,その身体的状況を考慮した投票の方法
を定めることが,平等原則から要請されることは,前記のとおりである。
(イ) 選挙権は,国民主権,代表民主制を実現する上で極めて重要な憲法上の権利
である。この権利がひとたび侵害されれば,代表民主制の根幹を損なうことにな
り,選挙権はいわば民主政の死命を制する重要な権利であることは論を待たない。
エ 立法不作為の違憲性
(ア) 仮に,公職選挙法49条2項が代理投票を認めていない趣旨だとすれば,公
職選挙法は,原告ら(承継前)のように,投票所及び不在者投票所に行くことが不
可能で,かつ,自書できない者から,投票の機会を奪うものであり,選挙権自体は
認めていても,これを行使する機会を与えておらず,これはまさに原告ら(承継
前)の選挙権を奪うに等しいものであり,憲法15条1項,同条3項及び14条1
項に違反する状態である。
(イ) そして,国会において,公職選挙法を改正して,郵便による代理投票制度を
認めるか巡回投票制度を認めるかなどして,原告ら(承継前)のような重度身体障
害者の選挙権行使に関する不合理な制限を撤廃すべき作為義務が発生しており,公
職選挙法が原告ら(承継前)のような重度身体障害者の選挙権を不当に制限するも
のであり,かつ,可及的速やかにこれを改正すべき状況にあることを認識し,法改
正により侵害の状態を除去する契機を十分に与えられていたことは前記のとおりで
ある。
しかし,代理による在宅投票制度が廃止されて以後,公職選挙法は違憲状態とな
り,その後,国会は現在まで何らの改正を施すこともなく,違憲状態を放置してい
る。
オ まとめ
よって,原告らは,被告の立法不作為に関する本件違憲確認を求めるものである。
(被告の主張)
ア 法律上の争訟性について
(ア) 裁判所法3条1項の「法律上の争訟」として裁判所の審理の対象となるの
は,法令を適用することによって解決し得べき当事者間の具体的な権利義務又は法
律関係の存否に関する紛争に限られるのであって,このような具体的紛争を離れ,
抽象的に法令等の違憲あるいは違法性等に関する判断を裁判所に求めることは,裁
判所が行使する司法権の性質上,許されない。
すなわち,裁判所法3条1項の「法律上の争訟」として裁判所の審理の対象となる
のは,①法令を適用することによって終局的に解決することができ,②当事者間の
具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争に限られるのであって,当事者
間の具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争といえるためには,当事者
間に具体的な紛争が存在すること及びそれが権利義務又は法律関係の存否に関する
ものであることのいずれをも満たすことが必要であり,前記各要件をすべて満たさ
ない限り,このような訴えは,不適法な訴えとして却下を免れない。
(イ) これを本件違憲確認の訴えについてみると,原告らは,特定の衆議院議員,
参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長の選挙における原告ら(承継
前)の具体的な選挙権行使を問題とするものではなく,公職選挙法の一部を改正す
る法律によって代理による郵便投票制度を廃止し,その後現在に至るまで,原告ら
(承継前)の選挙権行使を可能とする内容の公職選挙法改正を行わないことについ
て,これが違憲であることの確認を求めるというものであるから,具体的な紛争を
離れて,抽象的,一般的に法律の憲法適合性の判断を求めるものにほかならない。
(ウ) したがって,本件違憲確認の訴えは,法律上の争訟の要件のうち,当事者間
に具体的な紛争が存在するとの要件を欠くものであって,法律上の争訟に当たらな
いことが明らかであるから,不適法である。
イ 行政事件訴訟の併合について
また,本件違憲確認の訴えは,私法上の権利の確認を求めるものではないから,民
事訴訟ではなく,行政事件訴訟法上の不作為の違法確認の訴え(同法3条5項),
あるいは実質的当事者訴訟(同法4条)等に該当すると解する余地がないではな
い。
しかし,行政事件訴訟法19条1項前段は,「原告は,取消訴訟の口頭弁論の終結
に至るまで,関連請求に係る訴えをこれに併合して提起できる。」とし,行政事件
訴訟においては,関連請求である限り,本来取消訴訟とは異なる訴訟手続によるべ
き民事訴訟についても,原告による追加的併合ができる旨を規定するが,同条項
は,取消訴訟を基本として,その関連請求の併合を認めるものであるから,これら
の規定によって認められるのは,あくまで取消訴訟を基本とし,これに民事訴訟を
併合することであり,これとは逆に,行政事件訴訟法19条1項により,民事訴訟
を基本として,これに行政事件訴訟を併合することは許されない。
したがって,追加された請求の趣旨が行政事件訴訟としての訴えであるとすれば,
本件国家賠償請求に本件違憲確認の訴えを追加的に併合することは許されず,不適
法である。
ウ まとめ
以上のとおり,原告らの本件違憲確認の訴えは,いずれにしても不適法である。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(原告ら(承継前)が現行投票制度下において投票を行うことが可能で
あるか否か。)について
(1) ALS及び人工呼吸管理について
原告らは,現行投票制度下においては投票を行うことが不可能であり,平成10年
及び平成11年の各選挙当時も同様であったと主張し,被告は,原告ら(承継前)
が現行投票制度下において投票を行うことは極めて困難であるとしても不可能とは
いえず,前記各選挙当時も同様だったと主張してこれを争うので,この点について
判断する。
ア ALSについて
(ア) ALSは,上肢又は下肢から発症し,一般的には発症後2年くらいで,病変
が延髄の呼吸中枢や呼吸筋(肋間筋,横隔膜等)に及び,自発呼吸が不可能となる
が,肺におけるガス交換には影響がないため,ALS患者は人工呼吸器によって呼
吸を継続することが可能である(甲32,証人K)。
人工呼吸器は,昭和30年代には,患者の全身を外から覆って圧力をかける方式の
ものであり,ごく少数しかない貴重品であったので,長期間にわたる人工呼吸を必
要とするALS患者に使用することはできず,呼吸麻痺が生じたALS患者はそれ
以上生存することができなかった(甲32)。
その後,昭和40年ころから人工呼吸器の大きさは冷蔵庫大になったが,昭和60
年ころは,人工呼吸器を装着したALS患者は死亡するまで入院を継続するのが通
常であって,在宅療養を行うことは一般的ではなく,人工呼吸器を装着したALS
患者が在宅療養するようになったのは比較的最近のことである(甲32,35,証
人K,同M)。
(イ) ALS患者は,人工呼吸を開始する際,入院して気管切開の手術を受け,切
開した気管からカフ付きの気管カニューレを挿入して,人工呼吸器を装着する(甲
29,32)。
気管カニューレとは,気管切開部から気管内に挿入される管のことであり,カフと
は,気管カニューレの周囲に装着されたバッグで,気管カニューレを気管に挿入し
た後に膨らませることによって,気管カニューレを固定するとともに,空気漏れ
や,唾液・喀痰等が気管内に下りていくことなどを防ぐものである(甲29,3
2,証人K)。
気管カニューレの位置は,気管分岐部上2センチメートルから6センチメートルが
適正とされ,位置が浅すぎると抜けやすくなり,深すぎると気管を傷付けたり,一
方の肺にだけ空気が入って,他方の肺が無気肺になったりする可能性がある(甲3
1,証人K)。
(ウ) 人工呼吸器を用いて呼吸管理を行う場合,一般には経鼻的・経口的気管内挿
管が行われるが,声帯を通過する気管内挿管チューブを長期間にわたり設置する
と,声帯等の潰瘍や壊死,声帯の機能的麻痺を引き起こすことがあり,また,経鼻
的・経口的気管内挿管の場合,外部から気管内に至る距離が長く,患者自身が喀痰
を喀出したり,外部から喀痰を吸引するのに困難であるため,重症の呼吸不全など
呼吸管理が長期化するような場合には,声帯下で直接気管に至る気管切開が必要と
なり,時には,半永久的に気管切開をしておくこともある(甲29,31)。
ALSは,進行性の疾患であり,有効な治療法も確立されておらず,不可能となっ
た自発呼吸が回復することは期待できないため,気管切開による人工呼吸器の装着
が行われる(前記前提事実,甲32,証人K)。
(エ) ALSが進行すると,四肢の運動機能が麻痺し,発声障害が生じるため,患
者は,発声や筆記により外部とコミュニケーションをとることが不可能となる(前
記前提事実,甲32,証人K)。しかし,ALSは,運動神経のみに病変が限定さ
れており,高次知的機能や視覚系を含む感覚系機能が完全に保持されているので,
病気が進行して全身麻痺の状態にある患者であっても,かすかな手足の動き,まば
たきや眼球等の動きなど残された運動機能を利用して,文字盤やパソコンにより外
部とコミュニケーションをとることが可能である(前記前提事実)。
イ 人工呼吸管理について
気管切開による人工呼吸器装着後は,気管切開部の消毒,気管カニューレと気管切
開部が接触する面に置かれるカニューレガーゼの交換が毎日必要となり,2週間に
1度くらいの気管カニューレ交換が必要となる(甲29,32,証人K,同L)。
気管カニューレを交換する場合は,人工呼吸器を取り外すので,患者は,1分から
2分の間,無呼吸状態となることを余儀なくされる(証人L)。
また,貯留した気道分泌物が気道を閉塞することを防ぐために頻回に吸引すること
が必要である(甲32,33,証人K)。気道の吸引は24時間必要であり,10
分から20分に1度くらいの頻度でなされる(甲32,証人C,同L)。気道の吸引
をする場合は,人工呼吸器を取り外す必要があるので,患者は,約1分間無呼吸状
態となることを余儀なくされる(甲32,証人C,同L)。
気道の吸引は,法律上,医師及び看護師しか行うことができず,ヘルパー等が行う
ことはできないが,在宅療養を行っているような場合には,緊急避難的に患者の家
族が行っている(甲32,証人K)。
ウ 人工呼吸管理中の事故について
(ア) 人工呼吸器装着中の事故の1つとして,患者へのガス供給停止,供給量低下
がある(甲30,証人K)。
患者へのガス供給停止等の原因の1つに,停電又は電源プラグが外れたことによる
人工呼吸器の作動停止があるが,内蔵バッテリーがある人工呼吸器が普及するよう
になって,電気の供給停止による人工呼吸器の停止の可能性は減少している(甲2
5,30,32,証人K)。内蔵バッテリーの持続時間は約40分間であり,外部
バッテリーでも1時間弱である(甲32)。
また,人工呼吸器と気管カニューレの接続部は,気道を吸引する必要があるため,
容易に外れるようになっており,その接続部が外れて患者へのガス供給停止等が生
じる可能性もある(甲25,26,証人K)。
さらに,酸素及び空気のパイプが外れたことなどによる人工呼吸器へのガス供給停
止や呼吸器設定のミスなどによって,患者へのガス供給停止等が生じる可能性もあ
る(甲30,証人K)。
(イ) 患者へのガス供給停止等が発生した場合は,人工呼吸器のアラームが鳴るの
で,その場合は,直ちに人工呼吸器を外して,自動膨張式バッグ(いわゆるアンビ
ューバッグ。以下「アンビューバッグ」という。)による呼吸に切り替えて,トラ
ブルの原因を探す必要がある(甲25,30,33,証人K)。
アンビューバッグは,人力でバッグを圧迫することにより,周囲の空気を取り込
み,マスクや気管カニューレ等を通じて,人工的に呼吸を行うことを可能とする道
具である(甲30)。
人工呼吸器の作動停止のようなトラブルについては,アンビューバッグによる呼吸
で対応できるが,そのためには,アンビューバッグによる呼吸管理に慣れた人が待
機している必要がある(甲25,30)。
(ウ) ALSにより自発呼吸がない患者について,気管カニューレが抜けたり,人
工呼吸器が作動停止するなどして,呼吸が停止すると,低酸素状態,高炭酸ガス血
症状態となり,数分間この状態が継続すると,脳に重い障害が残ったり,死亡する
場合もある(甲32,証人K)。
(2) ALS患者の外出について
ア 現在では,人工呼吸器を装着したALS患者についても,在宅療養が可能とな
っており,病院のベッドの不足や患者の生活の質の観点から,在宅療養が行われる
ことが多い(証人K)。
ALS患者が在宅療養をしている場合でも,その患者が肺炎を起こしたような場合
に入院治療することや,介護者がALS患者の介護に伴い大きな肉体的・精神的負
担を受けている(介護者は気道吸引のために24時間の介護を要求される。)た
め,検査を兼ねて短期的に入院し,介護者が休息をとることもある(甲22,2
6,33,35,証人K)。
イ 入院などのためにALS患者が外出するためには,人工呼吸管理に慣れた人が
付き添い,階段を上り下りするときなどに人工呼吸器を外す必要があれば,その間
呼吸のために用いるアンビューバッグの使用に慣れた人が付き添い,さらに,スト
レッチャー又は車椅子を移動させる人,吸引器やバッテリー等を運ぶ人なども必要
であるので,合計で3人から4人の介助者が必要である(甲25,32から35ま
で,証人K)。
また,外出中も気道の吸引が必要であるので,吸引を行うために,医師,看護師,
あるいは患者の家族が付き添う必要がある(甲32から34まで,証人K)。
在宅療養中のALS患者が,入院以外の目的で外出することはまれであり,入院中
の場合も,外出中の事故の可能性があるので,医師が外出を許可することはほとん
どない(甲32,33,証人K)。
ウ ALS患者は,普段移動することがないため,人工呼吸器と気管カニューレの
接続部が外れたりして,患者に対するガス供給停止等が生じることはほとんどない
が,移動をする場合には,移動の衝撃により人工呼吸器と気管カニューレの接続部
が外れてしまったり,ALS患者は首の力が弱く,支えないと首が前後に倒れてし
まうので,首の倒れによって気管カニューレが抜けることもあり得る(甲25,証
人K)。
また,気管切開患者は,喉のすぐ下が切開されているため,外出して乾いた冷たい
空気が入ってくると肺炎を発症しやすい(甲25,32,証人K)。
(3) 原告ら(承継前)の症状について
ア 原告Aについて
(ア) 原告Aの症状について
原告Aは,昭和57年4月にALSと診断され,そのころから自書が不可能とな
り,昭和61年2月に人工呼吸器を装着し,同年8月から人工呼吸器による在宅療
養を開始した(甲13,23の5)。
現在,原告Aは,全身の運動機能を喪失しており,眼球は左右方向には動くが,上
下方向の移動範囲が狭くなっており,そのほかにはまぶたと額がわずかに動くだけ
である(甲13,27,32,34,証人M)。
原告Aは,意識は清明であり,判断能力にも問題なく,意思伝達は文字盤を指示す
ることにより行っている(甲13,27,32,34,証人M)。
なお,原告Aは,平成10年及び平成11年の時点においても,ほぼ前記のような
症状であった(甲13,27,32,34,証人M)。
(イ) 原告Aの外出について
原告Aは,昭和61年8月ころに在宅療養を開始して以来,平成3年5月及び平成
5年12月の2回,呼吸困難や発熱など在宅療養が不可能な状態になったために入
院したことを除いては外出していない(甲23の6及び7,27,34,35,証
人M)。
原告Aは,体を移動すること及び外出することに対する強い不安感,恐怖心がある
ため,外出する際には,静脈麻酔剤を注射して,意識を麻痺させてから救急車によ
り移動し,その間はアンビューバッグで呼吸を確保した(甲27,34,35,証
人M)。
原告Aは,10年以上の長期臥床により,全身の関節拘縮があり,座位ができない
ため,ストレッチャー又はリクライニングした車椅子での移動が必要であり,スト
レッチャーの移動のために2人,アンビューバッグによる呼吸を確保するために1
人,吸引器や備品等を運搬するために1人の最低4人の介助者が必要である(甲2
7,34,35,証人M)。
イ 原告Bについて
(ア) 原告Bの症状について
原告Bは,平成2年1月にALSと診断され,平成5年1月から自書が不可能とな
り,平成6年11月7日に,人工呼吸器を装着し,平成7年3月17日から人工呼
吸器による在宅療養を開始した(甲14,21,24)。
原告Bは,意識は清明であり,判断能力にも問題なく,意思伝達は,文字盤を目の
瞬きにより指示すること又は額に貼付したセンサーの動きをパソコンに表示するこ
とにより行っている(甲14,24,32,証人N)。
原告Bは,全身の運動機能を喪失しており,口角,眼球,まぶた及び額の一部が動
くだけであり,呼吸については,人工呼吸器が必要である(甲25,32)。
なお,原告Bは,平成10年及び平成11年の時点においても,ほぼ前記のような
症状であった(甲14,21,32,証人N)。
(イ) 原告Bの外出について
原告Bは,人工呼吸器装着以降,気分転換のために,本人の希望によって年に1度
くらいの割合で合計3回外出したことがあったが,平成10年4月以降は,外出が
非常に困難になったことに加え,介助に多大な労力を要するため,外出することは
なくなった(甲24,証人N)。
原告Bが外出する際には,2人がかりでベッドから車椅子に移し,体を車椅子に縛
り付けてから居室の外に出し,いったん車椅子から降ろして,電動の階段昇降機を
用いて2階から1階に移動させ,さらに車椅子に移して,車椅子ごと介護車に乗車
させていた(甲24,証人N)。
なお,原告Bの車椅子は,人工呼吸器やバッテリーを乗せられるようになっている
ので,外出する際にはこれらを車椅子に乗せて移動することができた(証人N)。
また,原告Bが外出する際に介護車を利用するには,1時間当たり1200円が必
要であり,移動を介助するヘルパーを雇うための費用も必要であった(甲38,証
人N)。
原告Bが外出するときには,額につけているセンサーを取り外さなければならない
ので,人工呼吸器の故障などの緊急事態が生じたとしても,原告Bが外部の人間に
対して,緊急事態の発生を知らせる方法は存在しない(甲24,証人N)。
ウ 亡Dについて
(ア) 亡Dの症状について
亡Dは,平成2年12月にALSと診断され,平成3年4月ころから自書が不可能
となり,平成6年9月に人工呼吸器を装着し,同年10月から人工呼吸器による在
宅療養を開始した(甲15,22)。
亡Dは,意識は清明であり,判断能力にも問題なく,意思伝達は文字盤やパソコン
を利用することにより行っていた(甲15,26,32)。
亡Dは,全身の運動機能を喪失しており,眼球,まぶた,まゆの上部,右手親指が
わずかに動くのみであった(甲33,証人C,同L)。
また,亡Dは,平成6年9月に気管切開後,平成10年くらいまでの間は,不十分
ながら自発呼吸があったので,24時間人工呼吸器を装着する必要はなく,人工呼
吸器を装着していないこともあった(甲22,証人L)。しかし,遅くとも平成1
1年9月にJR総合病院に入院した時点においては,亡Dは,人工呼吸器を24時
間装着している必要があった(甲22,証人L)。
なお,気管切開後しばらくの間,24時間人工呼吸器を装着する必要がなかったの
は,気管切開により口腔部分のデッドスペースの余分な換気が不必要となるためで
あった(証人L)。
(イ) 亡Dの外出について
亡Dは,平成6年10月の在宅療養開始以降,年に2回,各2週間くらい検査及び
介護者である家族の休息のために,O病院に短期入院していたが,それ以外に外出
することはなかった(甲22,26,33,証人C)。
亡Dは,体幹,首及び四肢が不安定なため,車椅子に座ることができないので,入
院のために外出するときは,ストレッチャーに乗せて,人工呼吸器及び吸引器とと
もに,寝台車により移動する必要があった(甲26,33,証人C)。なお,入院時
に必要となる寝台車の費用は,片道で8400円であった(甲26,36)。
亡Dが外出する際には,人工呼吸器を外して,1人がアンビューバッグで呼吸を保
ちながら,2人で抱えて亡Dをベッドから寝台車に移動させる必要があった(甲2
6,証人C)。
また,亡Dの自宅は2階にあるので,階段を使って亡Dを降ろす必要があり,その
際,階段が途中で曲がっていて狭く,1人で亡Dを抱えて降ろさざるを得ず,アン
ビューバッグも使用できなかったため,亡Dはその間無呼吸状態を余儀なくされて
いた(甲26,33,37,証人C)。
そして,亡Dを移動させると同時に,1人が人工呼吸器及び吸引器を寝台車に運び
込む必要があったので,最低で4人が付き添っていなければ,亡Dをベッドから寝
台車に移動させることができなかった(甲26,33,証人C)。
(4) 原告ら(承継前)の投票の機会について
ア 原告ら(承継前)の選挙権について
原告A及び原告Bは,平成10年及び平成11年当時,東京都板橋区内に居住して
おり(甲1,2),平成10年7月12日に行われた参議院議員選挙,平成11年
4月11日に行われた東京都知事選挙,同月25日に行われた板橋区長・区議会議
員選挙の選挙権を有していた。
亡Dは,平成10年及び平成11年当時,東京都渋谷区内に居住しており(甲
3),平成10年7月12日に行われた参議院議員選挙,平成11年4月11日に
行われた東京都知事選挙,同月25日に行われた渋谷区長・区議会議員選挙の選挙
権を有していた(以下,前記各選挙を合わせて「本件各選挙」という。)。
イ 原告ら(承継前)による投票について
(ア) 原告ら(承継前)は,本件各選挙当時,人工呼吸器を装着して在宅療養に当
たっていた(前記1(3))。
なお,亡Dは,平成11年3月23日から同年4月7日まで,O病院に短期入院し
ていた(甲22,証人C,同L)。
原告ら(承継前)は,本件各選挙当時において,正常な判断能力を有しており,瞬
きなどにより,外部とコミュニケーションをとることも可能であった(前記1(3))
ので,投票所等において,投票事務従事者が候補者の氏名等の名称を読み上げ,瞬
きによって候補者の氏名等を指示することにより,代理投票を行うことも可能であ
ったと認められる。
なお,亡Dは,平成11年3月25日告示・同年4月11日投票の東京都知事選挙
については,JR総合病院に短期入院中であったので,指定病院であった同病院で
代理投票を行うことも可能であった(甲22,証人C,同L)。
(イ) また,原告ら(承継前)は,本件各選挙当時,四肢又は両下肢障害等により
身体障害程度等級1級の認定を受けており,公職選挙法49条2項に規定された郵
便投票制度を利用することができた(前記前提事実)。
しかし,本件公職選挙法施行令によって,郵便投票証明書の交付申請,投票用紙及
び投票用封筒の交付請求に選挙人の署名が要求されるとともに,候補者の氏名等の
記載に選挙人の自書が要求されているため,本件各選挙当時には,既に自書が不可
能となっていた原告ら(承継前)は,郵便投票制度を利用することは不可能であっ
た(前記1(3))。
(ウ) したがって,本件各選挙(亡Dについては,平成11年4月11日に行われ
た東京都知事選挙を除く。以下同じ。)において,在宅療養中であった原告ら(承
継前)が投票を行おうとした場合,自宅から投票所等に行って,代理投票を行う以
外の手段はなかったものと認められる。
ウ 原告ら(承継前)による投票の可能性について
(ア) 以上を前提に,原告ら(承継前)の症状に照らして,原告ら(承継前)が,
本件各選挙当時において,自宅から投票所等に行って代理投票を行うことが可能で
あったか否かについて検討する。
前記のとおり,原告ら(承継前)は,本件各選挙当時,病状が進行したALS患者
であり,人工呼吸器による呼吸が不可欠であった(亡Dについても,人工呼吸器を
使用していない時間があったとしても,呼吸不全状態にあり,常に人工呼吸器を準
備している必要があり,人工呼吸器を準備していなければ生命の危険があったもの
と認められる(前記1(3))。)。
(イ) 原告ら(承継前)が投票を行うために投票所等に行く場合,移動することに
伴って,気管カニューレと人工呼吸器の接続部が外れたり,気管カニューレが気管
から抜けたりすること,あるいは故障や充電切れなどの原因で人工呼吸器が作動停
止してしまうことなどにより,原告ら(承継前)に対するガス供給停止等が生じる
可能性が十分にあった(前記1(1),(2))。
そのような事態が生じた場合,原告ら(承継前)は発声機能が麻痺していて,呼吸
が停止していることを自ら外部に伝える手段が存在しないため,故障やスイッチ切
れにより異常を知らせるアラームが鳴らなかったりすると,緊急事態の発生を外部
に伝えることもできないまま,長時間の呼吸停止が生じてしまう可能性もあった
(前記1(1),(3),甲32,証人K)。
また,原告ら(承継前)に対するガス供給停止等が生じたとき,速やかにアンビュ
ーバッグ等の操作に慣れた介護者によって適切な呼吸確保措置がとられなければ,
長時間の呼吸停止が生じてしまう可能性も十分にあった(前記1(1),甲24)。
そして,呼吸停止が生じてしまった場合,低酸素状態,高炭酸ガス血症状態が引き
起こされ,数分間この状態が継続すると,脳に重い障害が残ったり,死亡するに至
る可能性が高い(前記1(1))。
確かに,原告ら(承継前)が外出しなくとも,人工呼吸器の作動停止等による呼吸
停止が生じる可能性は存在するが,外出することによって,その危険性は格段に高
まるものと認められる(前記1(2))。
(ウ) さらに,原告ら(承継前)が移動するためには,人工呼吸器を外して手動の
アンビューバッグに切り替える必要が生じ,場合によっては,短時間ではあるが無
呼吸状態を余儀なくされることもある(前記1(3))から,これらの間のトラブルに
よって,原告ら(承継前)が肉体的苦痛を被ったり,場合によっては生命の危険も
生じる可能性がある。また,そのような事態にまで至らなくとも,外出して外気に
触れることによって,肺炎に罹患するなどして,健康状態に悪影響を及ぼす可能性
もある(前記1(2))。
したがって,在宅療養をしている原告ら(承継前)が,投票をするために投票所等
に行くことは,生命に対する危険を伴うものであったと認められる。
(エ) 加えて,原告ら(承継前)は,四肢が麻痺しており,介助者なしに移動する
ことはできず,その移動のためには,人工呼吸器及びバッテリー,人工呼吸器が使
用不可能な場合のアンビューバッグ,吸引器やその他の備品等も介助者が携帯し,
これらをいつでも用いることができるようにする必要があり,少なくとも3人から
4人の介助者なしに移動することは不可能であった(前記1(3))。
なお,介助者の中には,アンビューバッグの使用が必要になった場合に備えて,ア
ンビューバッグの使用に慣れた人が少なくとも1人いることが必要であり,さら
に,気道の吸引のためには,医師,看護師,あるいは患者の家族が同行する必要が
あった(前記1(1),(2))。
また,これらの介助者を手配し,移動するための寝台車等を用意するためには,少
なからぬ労力や経済的負担が必要であったものと認められる(前記1(3))。
さらに,投票所等は,段差や階段等が存在したり,そのスペースも広くない(証人
C,同N)など,原告ら(承継前)のように人工呼吸器を装着して,車椅子やストレ
ッチャーに乗って投票所等に来る者が容易に投票が行えるような状況にもないと認
められる。
(オ) 被告が主張するとおり,平成12年6月25日施行の衆議院議員選挙におい
て,大分県内の8名の人工呼吸器を装着しているALS患者が,家族やボランティ
アの介助により,投票所に行って代理投票を行ったことが報道されており(乙
1),同年12月にデンマークで開かれた国際会議に,医師やボランティアが同伴
して,人工呼吸器を装着したALS患者3名が参加する予定であることも報道され
ている(乙2)。
しかし,このような事例が存在していたとしても,そもそもその具体的病状や外出
時の状況も明らかでないし,これらの者が,一度限りでなく選挙のたびに投票所等
に行って投票を行うことが可能であると認めるに足りる証拠もないから,一般的
に,原告ら(承継前)のようなALS患者が,投票を行うために投票所等に行くこ
とが可能な状態にあるとは認められない。
(カ) また,原告ら(承継前)は全く外出することが不可能なわけではないが,原
告ら(承継前)が外出するのは,病気により在宅療養ができなくなった場合や介護
者である家族がどうしても休息をとる必要がある場合など,原告ら(承継前)の生
命維持に必要な場合であるか,原告Bのように本人の希望により外出することがあ
ったとしても,生命の危険や介護者の負担があるため,年に1度くらいのごくまれ
なものであり(前記1(3)),選挙のたびに投票所等に行く場合とは,その必要性及
び頻度が全く異なっている。
そして,前記のとおり,原告ら(承継前)において,投票所等に行って投票を行お
うとすれば,生命の危険も含めた身体的危険を冒すことになり,その社会的・経済
的負担も多大なものであることが認められ,ALSが進行性の神経疾患であり,現
段階では有効な治療方法が存在しないこと(前記前提事実)から,その状態は,一
時的なものではなく,永続的なものと認められる。
(キ) 投票のために多大な労力,時間,費用を負担しなければならない場合におい
ても,なお投票は困難なだけで不可能とまではいえないと評価することができると
しても,投票を行うことに生命の危険が伴うことが明らかなような場合には,社会
通念上,投票は不可能と評価せざるを得ない。
また,仮に,原告ら(承継前)が,指定病院等に入院するなどしていれば,代理投
票を行うことも可能であるが,在宅療養が可能な患者が投票のためだけに入院をす
るということはあり得ないことであり,投票するために短期的に入院するとして
も,そのための外出自体に生命の危険が伴うものである。
したがって,原告ら(承継前)において,選挙が行われるたびに投票所等に行って
代理投票を行うことは社会通念上不可能と評価せざるを得ず,本件各選挙について
も,原告ら(承継前)は投票の機会を与えられていなかったといわざるを得ない。
(ク) 以上のとおり,原告ら(承継前)が現行投票制度下において投票を行うこと
は社会通念上不可能であり,本件各選挙当時においても,それは同様であったと認
められる。
2 争点(2)(内閣が本件公職選挙法施行令を制定・施行したことが国家賠償法上の
違法行為に該当し,被告が国家賠償責任を負うか否か。)について
原告ら(承継前)は,本件各選挙当時,選挙人としての資格を有していたが,現行
投票制度下で投票を行うことは,社会通念上不可能であったことはさきに判示した
とおりである。
原告らは,本件各選挙当時,投票を行うことが不可能であったことによって原告ら
(承継前)は選挙権を侵害され,精神的損害を被ったが,これは,内閣閣僚を含む
本件公職選挙法施行令の制定・施行に当たった公務員(本件政令制定公務員)が,
本件公職選挙法施行令を制定・施行すれば原告ら(承継前)の選挙権行使が不可能
となることを知りながら,あるいはこれを知るべきであるのに不注意にもこれを知
らずに,憲法及び公職選挙法に違反する本件公職選挙法施行令を制定・施行したた
めであると主張し,被告は,本件公職選挙法施行令は憲法及び公職選挙法に違反し
ないと主張してこれを争うので,この点について判断する。
(1) 原告ら(承継前)の被侵害利益(選挙権侵害)について
ア 憲法は,「公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利であ
る。」(15条1項)と定めており,選挙権を国民の最も重要な基本的権利の一つ
として保障しているものと解される(最高裁昭和29年(あ)第439号同30年2
月9日大法廷判決・刑集9巻2号217頁,最高裁昭和49年(行ツ)第75号同5
1年4月14日大法廷判決・民集30巻3号223頁(以下「昭和51年大法廷判
決」という。)参照。)。
イ そして,憲法は,「すべて国民は,法の下に平等であって,人種,信条,性
別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係において,差別さ
れない。」(14条1項)として法の下の平等の原則を定め,「公務員の選挙につ
いては,成年者による普通選挙を保障する。」(15条3項)とするとともに,両
議院の議員及びその選挙人の資格については法律で定めるものとしつつ,「人種,
信条,性別,社会的身分,門地,教育,財産又は収入によって差別してはならな
い。」(44条ただし書)として,成年者による普通選挙を明確に保障するとも
に,選挙人の資格における不合理な差別を禁止している。
なお,憲法は,地方公共団体における選挙については,「地方公共団体の長,その
議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は,その地方公共団体の住民が,直接こ
れを選挙する。」(93条2項)とのみ定めているが,憲法15条1項,同条3項
及び14条1項によれば,地方公共団体の長等の選挙についても,成年者による普
通選挙が保障され,選挙人の資格における不合理な差別を禁止しているものと解さ
れる。
ウ さらに,憲法は,選挙人の資格における不合理な差別を禁止するだけでなく,
選挙権行使の場面における不合理な差別をも禁止しているものと解される。
すなわち,選挙権は,国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として,議
会制民主主義の根幹をなすものであり,さきに掲げた憲法の選挙に関する規定(1
5条1項,同条3項及び44条ただし書)は,民主政が発展する過程において,選
挙における投票の場面においては,国民は原則として完全に同等視されるべきであ
り,各自の身体的,精神的又は社会的条件に基づく属性の相違はすべて捨象される
べきであるという理念が追求された結果(選挙権の平等の原則の歴史的発展の成
果)を反映したものである(昭和51年大法廷判決参照)から,憲法14条1項に
定める法の下の平等は,選挙権に関しては,国民はすべて政治的価値において平等
であるべきであるという徹底した平等化を志向するものであり(昭和51年大法廷
判決),憲法は,選挙
人の資格に対する不合理な制限の撤廃による選挙権の平等を要求するにとどまら
ず,選挙権行使の場面における不合理な差別の撤廃による選挙権の平等もまた,こ
れを要求するものと解すべきである。
エ また,選挙権の実質は,投票という積極的行為を行うことにあり,形式的に選
挙人としての資格を付与されても,選挙権行使が保障されなければ,憲法が選挙権
を国民固有の権利として保障した意義は失われるのであるから,憲法の選挙権の保
障は,選挙権行使の保障に及び,選挙権行使の場面における不合理な差別をも禁止
しているものと解される。
オ 選挙権の法的性質については,様々な考え方があるが,以上の検討によれば,
投票という行為を通して政治に参加し,自己の意思を表明することができるという
選挙人個人の主観的権利という側面が存在することは否定できず,原告ら(承継
前)は,少なくとも,本件各選挙当時,選挙人として選挙に参加して投票すること
について,私法上も保護されるべき法的利益を有していたものと認められる。
(2) 本件公職選挙法施行令の制定・施行について
ア 昭和49年改正法による改正後の公職選挙法は,いわゆる投票所投票主義を採
用し(公職選挙法44条1項),その例外として,不在者投票制度(同法49条1
項)や郵便投票制度(同法49条2項)等を定めるとともに,身体の故障等のため
に自書が不可能な選挙人のために投票所又は不在者投票所(指定病院等,不在者投
票管理者の管理する投票を記載する場所)における代理投票制度(投票管理者の定
めた当該選挙人を補助すべき者に当該選挙人が指定する候補者の氏名等を投票用紙
に記載させるもの(同法48条))を定めており,可能な限り,成人した全国民に
対して選挙権行使の機会を保障しようとしている。
不在者投票制度及び郵便投票制度を定める公職選挙法49条1項及び2項は,不在
者投票制度及び郵便投票制度の具体的実施方法については,政令にゆだねており,
郵便投票制度において選挙人の自書による投票を要求するか否かについては,公職
選挙法に明文は存在しない。
イ 内閣は,昭和49年改正法による改正後の公職選挙法の委任を受けて,公職選
挙法施行令を制定・施行し,不在者投票制度については,56条3項及び58条4
項で代理投票を認める一方,郵便投票制度については,本件公職選挙法施行令(5
9条の3第1項,同条の4第1項及び同条の5)を定めることによって,郵便投票
証明書の交付申請,投票用紙及び投票用封筒の交付請求の際に選挙人の署名を要求
するとともに,投票に当たっては,投票用紙に選挙人が候補者の氏名等を自書する
ことを要求し,この投票用紙を投票用封筒に入れて選挙管理委員会の委員長に郵送
するに当たっても,投票用封筒の表面に選挙人の署名を要求した。
ウ 原告ら(承継前)は,前記のとおり,本件各選挙当時,その病気のために,外
出には生命の危険を伴うので,投票のために投票所等に行くことは社会通念上不可
能であり,また,自ら自分の氏名を記載(自署)したり,候補者の氏名を記載(自
書)することもできなかった。
したがって,原告ら(承継前)は,公職選挙法及び公職選挙法施行令に定められた
代理投票制度によっては,投票を行うことができず,郵便投票制度については,自
署や自書を求める本件公職選挙法施行令が施行されていたため,これを利用するこ
とができず,結局,投票することが不可能となったものである。
(3) 本件公職選挙法施行令の合憲性等について
ア 憲法の選挙権の保障は,選挙権行使の保障に及び,選挙権行使の場面における
不合理な差別をも禁止していることはさきに判示したとおりである。
原告ら(承継前)が,投票所等で投票することが不可能となり,自書することも不
可能となったのは,ALSという病気の進行による身体の障害のためであって,原
告ら(承継前)には帰責事由がない。
現行投票制度は,原告ら(承継前)について,その身体的条件のために選挙権を行
使することを不可能にさせているというべきであり,原告ら(承継前)は憲法によ
って保障された選挙権行使の機会を奪われているといわざるを得ない。
イ そして,原告らが主張するように,直接的には,本件公職選挙法施行令が自書
による投票を要求しているために,原告ら(承継前)は郵便投票制度を利用するこ
とができず,選挙権行使の機会を奪われる結果になったものである。
したがって,昭和49年改正法による改正後の公職選挙法が,郵便投票制度におい
て選挙人の自書による投票を要求するか否かの判断を政令にゆだねたのであれば,
本件公職選挙法施行令について,原告ら(承継前)から選挙権行使の機会を奪うこ
とになっても郵便投票制度において自書による投票を求めることの必要性などにつ
いて,独立してその合憲性が検討されなければならない。
ウ そこで,公職選挙法と本件公職選挙法施行令との関係について検討する。
(ア) 前記のとおり,本件公職選挙法施行令は,昭和49年改正法によって郵便投
票制度が創設されたことに伴い,制定・施行されたものである。
昭和49年改正法の立法に当たっては,別紙「国会審議経過2」記載のとおり,衆
議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会及び参議院公職選挙法改正に関する特
別委員会において,法案提出者である内閣の政府委員(自治省行政局選挙部長)に
より,昭和26年の統一地方選挙において当時の在宅投票制度(身体の故障によっ
て自ら候補者の氏名を記載することができない在宅選挙人は,他人に投票の記載を
させることができた。)を悪用した不正事例が多発したことを背景として,昭和2
7年改正法により在宅投票制度が廃止されたという経緯を踏まえて,公職選挙法4
9条2項の郵便投票制度においては,投票用紙の代理請求を認めないこと,あるい
は,自書による投票を前提とすることが明らかにされている(乙9)。
これに対して,衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会では,P議員から,
郵便による代理投票を認めなければ,文字が書けない者が投票を行うことができな
いので,旧法において認められていたように郵便による代理投票を認めるべきであ
るという要望があったが,同議員も制度上の困難性から郵便投票制度において自書
を要求することもやむを得ないとしており,そのほかに国会の審議過程では,郵便
投票制度において自書を要求することについては特段の異論はみられなかった(乙
9)。
(イ) さらに,公職選挙法255条1項は,不在者投票制度における代理投票の代
理記載人を選挙当日の投票所における代理投票の代理人とみなす趣旨の規定をして
いるのに対し,同条2項には,代理投票に関する規定はなく,郵便投票制度につい
て,同法237条の2の代理投票における記載義務違反等の罪の規定の適用を排除
している。このような規定からすれば,公職選挙法255条2項は,郵便投票制度
において,代理投票が利用されることをそもそも予定していないといえる。
仮に,公職選挙法施行令において,郵便投票制度でも代理投票を行うことを認めれ
ば,代理記載人が選挙人が指示した候補者の氏名等を記載せず,他の候補者の氏名
等を記載した場合にも,その行為は何ら罰せられず,不在者投票制度の場合との間
に不均衡が生じる。
このように,公職選挙法における罰則の規定から判断すると,公職選挙法は,郵便
投票制度において政令で代理投票を認めることは予定していないと解される。
(ウ) したがって,昭和49年改正法による改正後の公職選挙法は,郵便投票制度
において選挙人の自書による投票を要求するか否かの判断を政令にゆだねたのでは
なく,自書による投票を要求することを前提に郵便投票制度の手続の細目を定める
ことを政令に委任したものと解すべきであり,公職選挙法施行令で郵便投票制度に
ついて代理投票を認めれば,公職選挙法の委任の範囲を超えることになったものと
解される。
エ 以上によれば,本件公職選挙法施行令は独立してその合憲性が判断されるべき
ではなく,原告ら(承継前)が選挙権行使の機会を奪われたことについては,公職
選挙法の合憲性が判断されるべきものである。
(4) 本件公職選挙法施行令を制定・施行した行為の違法性について
ア 内閣は,法律を実施するために,政令を制定する権限を有する(憲法73条6
号)ものであり,法律の委任の範囲を超える政令を制定することは許されない。
そして,法律は,国権の最高機関である国会が合憲と解釈して制定したものであっ
て,裁判所によって違憲と確定的に判断された場合を除いて,合憲性の推定を受け
るものであり,たとえ内閣が法律の内容を違憲と判断したとしても,その執行を拒
否することはできないものと解される。
したがって,当該法律が違憲である旨の裁判所の確定的な判断が存在していない状
況において,内閣がその法律の委任の範囲内で政令を制定・施行した場合,仮に後
に裁判所によって当該法律が違憲であると確定的に判断され,その法律の委任を受
けて制定・施行された政令も違憲であると判断されたとしても,そのような政令を
制定・施行したことについて,内閣総理大臣及びその他の国務大臣に職務上の法的
義務違反が存在し,国家賠償法上の違法性があるとはいえない。
イ そして,本件においても,自書による投票を要求することを前提に郵便投票制
度の手続の細目を定めることを政令に委任した公職選挙法が違憲であるとの裁判所
の確定的な判断は存在していない状況において,同法の委任の範囲内で本件公職選
挙法施行令を制定・施行したことについて,内閣総理大臣及びその他の国務大臣に
職務上の法的義務違反があるとはいえない。
ウ したがって,内閣が本件公職選挙法施行令を制定・施行したことが国家賠償法
上の違法行為に該当することを前提とする原告らの被告に対する請求は,その余の
点について判断するまでもなく理由がない。
 3 争点(3)(内閣による本件公職選挙法施行令の改正不作為が国家賠償法上の違
  法行為に該当し,被告が国家賠償責任を負うか否か。)について
さきに判示したとおり,内閣が公職選挙法の委任の範囲内で本件公職選挙法施行令
を制定・施行したことについては,国家賠償法上の違法性が認められず,現在に至
るまで,公職選挙法は郵便投票制度について自書を要求していて,これが憲法に違
反するとの裁判所の確定的な判断も存在していないのであるから,内閣において,
本件公職選挙法施行令を改正すべき法的義務が発生したとはいえず,この改正不作
為について,国家賠償法上違法と評価されることはないというべきである。
なお,原告らは,日本がB規約を批准したことにより,内閣において本件公職選挙
法施行令を改正すべき法的義務が発生したと主張するが,B規約25条は,選挙権
の保障を定めているものの,原告ら(承継前)のような状態の者についてどのよう
に選挙権行使の機会を保障すべきかについて,明確に規定しているものではなく,
公職選挙法がB規約に違反していることが明らかであるとはいえない。そして,公
職選挙法がB規約に違反するという裁判所の確定的な判断も存在しないのであるか
ら,公職選挙法が自書を要求しているにもかかわらず,内閣において,本件公職選
挙法施行令を改正して郵便投票制度において代理投票を可能とすべき法的義務が発
生していたとは解されない。
したがって,内閣による本件公職選挙法施行令の改正不作為の違法を前提とする原
告らの被告に対する請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がない。
 4 争点(4)(公職選挙法改正後の立法不作為が国家賠償法上の違法行為に該当
し,被告が国家賠償責任を負うか否か。)について
原告らは,昭和49年改正法による改正後の公職選挙法が郵便投票制度について代
理投票を認めていない(自書による投票を要求している)と解されるのであれば,
昭和27年改正法による改正後の公職選挙法は,原告ら(承継前)から選挙権行使
の機会を奪うものであるから,憲法に違反し,しかも,巡回投票制度(選挙管理機
関が選挙人の自宅を訪問して投票を行わせるもの)や郵便による代理投票制度を創
設しなければ原告ら(承継前)のような状態にある障害者は選挙権行使の機会が失
われることは,昭和49年改正法の改正論議の段階で国会は十分に認識していた
し,その後も国会でこの点について繰り返し論議されてきたのであるから,国会
(国会議員)は立法の必要性を十分認識しており,かつ,立法が可能であったの
に,立法に必要な合理的期
間を経過してもなおこれを放置したというべきであり,そのために原告ら(承継
前)は本件各選挙当時,投票を行うことが不可能となったものであるから,被告は
国家賠償責任を負うと主張する。
これに対して,被告は,憲法47条は投票の方法その他選挙に関する事項の具体的
決定については,立法府である国会の広い裁量にゆだねており,国会が選挙の公正
や投票の秘密の保護の必要性,一定の時間的,予算的,人的・物的設備による制約
が存在するという選挙の性質を考慮し,ALS患者その他の障害者等の選挙権行使
を容易にする制度を設けなかったとしても,その裁量権の範囲を逸脱したとはいえ
ないから,憲法に違反したとはいえず,また,少なくとも憲法の一義的文言に違反
しているにもかかわらずあえて当該立法を行う(立法不作為を含む。)というよう
な場合には当たらないので,被告は国家賠償責任を負わないと主張する。
そこで,この争点について判断する。
(1) 原告ら(承継前)の被侵害利益(選挙権侵害)について
憲法の選挙権の保障は,選挙権行使の保障に及び,選挙権行使の場面における不合
理な差別をも禁止しているものと解されること,原告ら(承継前)は,少なくと
も,本件各選挙当時,選挙人として選挙に参加して投票することについて,私法上
も保護されるべき法的利益を有していたものと解されることは,さきに判示したと
おりである。
(2) 公職選挙法改正の経緯について
ア 原告らは,昭和27年改正法による改正後の公職選挙法は違憲であり,国会が
立法に必要な合理的期間が経過してもこれを放置したという立法不作為に国家賠償
法上の違法性が存在すると主張するので,現行投票制度に至る公職選挙法改正に関
する国会審議の経緯について検討する。
イ 旧法が認めていた在宅投票制度においては,原告ら(承継前)のように,投票
所等に行くことが不可能であり,かつ自書も不可能な選挙人が存在したとしても,
医師の証明書等の所定の要件を満たすことによって,在宅での代理投票により投票
を行うことが可能であった。
しかし,昭和26年の統一地方選挙において在宅投票制度を悪用した不正事例が多
発したことを背景として(乙8,9),昭和27年改正法によって在宅投票制度は
廃止され,投票所及び不在者投票管理者が管理する指定病院等以外の場所において
投票を行うことは認められなくなった。
昭和27年改正法の制定過程での国会審議においては,昭和27年改正法案につい
て,在宅投票制度を悪用した不正事例が存在したため,在宅投票制度を廃止し,不
在者投票管理者が管理する病院等における不在者投票を認めることにした旨の立法
理由が説明され,特段の異論なく可決されている(乙8)。
ウ その後,国会において,在宅投票制度に関する特段の審議はなされていなかっ
たが,昭和36年,同41年,同42年に在宅投票制度の復活を求める請願が出さ
れ,昭和44年からは毎年,国会の各委員会において在宅投票制度の復活に関する
審議がなされた(乙9)。
国会の審議においては,議員から,身体障害者やいわゆる寝たきり老人の投票の機
会を拡充するため,在宅投票制度を復活させ,あるいは巡回投票制度を設けること
を求める意見が出され,また,公聴会では公述人が在宅投票制度の復活を求める意
見を述べていた(乙9)。
これらの審議の結果を踏まえて,昭和49年改正法による公職選挙法の改正がなさ
れ,重度身体障害者の選挙権行使の手段を拡充する目的で,同法49条2項が新設
され,同条項所定の要件を満たす者については,郵便投票を行うことが可能となっ
た(甲50,51,乙9)。
エ 昭和49年改正法の制定に当たっては,前記のとおり,法案提出者である内閣
の政府委員により,昭和26年の統一地方選挙において在宅投票制度を悪用した不
正事例が多発したことを背景として,昭和27年改正法により在宅投票制度が廃止
されたという経緯を踏まえて,公職選挙法49条2項の郵便投票制度を創設するこ
とが明らかにされた(乙9)。
これに対し,P議員からは,郵便による代理投票を認めなければ,文字が書けない
者が投票を行うことができないので,旧法において認められていたように郵便によ
る代理投票を認めるべきであるという要望があったが,同議員も制度上の困難性か
ら郵便投票制度において自書を要求することもやむを得ないとしており,そのほか
に郵便投票制度において自書を要求することについては特段の異論はみられなかっ
た(乙9)。
他方,社会党のQ議員らは,郵便投票制度よりも選挙の公正の確保の点ですぐれた
制度として巡回投票制度を創設する公職選挙法改正法案を提出したが,これに対
し,自治大臣及び政府委員は,短い時間に限られた人員で,大都市や僻地も含めて
すべて実施することは困難であるので,巡回投票制度も検討したが,採用しなかっ
た旨答弁している(乙9)。
また,内閣提出の昭和49年改正法案について,対象者をより拡充する修正案も提
出されたが,最終的には,衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会及び参議
院公職選挙法改正に関する特別委員会において内閣提出の昭和49年改正法案が全
会一致で可決され,本会議において昭和49年改正法が成立した(乙9)。
ただし,昭和49年改正法の可決に当たっては,郵便投票制度について,政府に対
して実施状況の推移を勘案して今後さらに拡充の方向で検討することを求める附帯
決議がなされた(甲50,51,乙9)。
オ 昭和49年改正法施行後,ほぼ毎年のように,国会において,投票制度に関す
る審議が行われていた(乙9)。これらの審議においては,議員から,郵便投票制
度において代理投票が認められていないため,自書できない者が投票を行うことが
できない旨の指摘がなされたり,郵便投票制度の手続をより簡略化すること,寝た
きり老人など郵便投票制度を利用できない者にも郵便投票制度を利用できるように
すること,新たに巡回投票制度を設けることなどが提案されている(乙9)。
これに対し,自治大臣や政府委員からは,郵便投票制度の対象範囲を広げることに
よって,投票の機会を拡大したいが,選挙の公正を確保する必要性や,全国的に統
一的な取扱いができるか,公的証明方法をどうするかなどの制度的・技術的問題が
あるので,さらに検討中であること,また,巡回投票制度については,すべての対
象者に対する実施が可能であるのか否か,巡回できなかったときにどうするかなど
の制度上の困難な問題がある旨の答弁がなされていた(乙9)。
カ これらの議論においては,主として,郵便投票制度の拡充や巡回投票制度の新
設により,寝たきり老人のような者の選挙権行使を容易にすることが議論されてお
り,自書ができないために郵便投票制度を利用できない者の存在については,具体
的に議論されていなかった(乙9)。
原告ら(承継前)のようにALS患者で自書ができない者の存在について国会で議
論がなされたのは,平成8年5月31日の衆議院決算委員会第3分科会において,
J議員から,体を全く動かすことができず,自書も不可能なALS患者の存在が紹
介され,選挙管理機関が自宅を訪問する巡回投票制度を提案して今後の検討を政府
に求めたときが初めてであった(乙9)。
J議員の質問に対して,自治大臣及び政府委員は,巡回投票制度については,限ら
れた短い期間に,多数の対象者が存在する地域や交通至難な地域も含めてすべての
対象者に対する巡回投票の実施が可能であるのか否か,事故などで巡回できなかっ
たときにどうするかなどの制度上の困難な問題があるので,さらに検討したいと答
弁している(乙9)。
また,平成13年6月11日の政治倫理の確立及び公職選挙法改正に関する特別委
員会において,R議員は,自書が不可能なALS患者について,巡回投票制度など
により投票の機会を保障することを検討するよう政府に求めた(乙9)。
R議員の質問に対して,総務副大臣は,自書が不可能なALS患者に対する投票の
機会の拡大を検討する必要があり,指定病院等に入院している場合や投票所に行っ
て代理投票を行う場合に加えて,さらに在宅での郵便投票がどのくらい拡大できる
かについても議論したいと答弁している(乙9)。
キ 以上によれば,国会においては,昭和27年改正法による在宅投票制度の廃止
の際には,在宅投票制度により投票の機会を保障されない者が生じることについて
の特段の議論もなされず,また,在宅投票制度の復活を求める意見の高まりに応じ
てなされた昭和49年改正法による公職選挙法改正の前後においても,主たる議論
は,郵便投票制度の対象を寝たきり老人などにも広げたり,巡回投票制度を設ける
などして,投票が困難な者の投票の機会をより拡充しようということにあった。
そして,原告ら(承継前)のように,現行投票制度下ではおよそ投票を行うことが
できない選挙人がいることについては,特に焦点を当てて審議されてこなかった。
(3) 昭和27年改正法による改正後の公職選挙法及びその後の立法不作為の合憲性
について
ア 被告は,憲法47条が投票の方法その他選挙に関する事項の具体的決定につい
ては,立法府である国会の広い裁量にゆだねているから,立法府がその裁量権の範
囲を逸脱したと認められる場合に限り,違憲となると主張する。
確かに,代表民主制の下における選挙制度は,選挙された代表者を通じて,国民の
利害や意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標としつつ,他
方,政治における安定の要請をも考慮しながら,それぞれの国において,その国の
事情に即して具体的に決定されるべきものであり,そこに論理的に要請される一定
不変の形態が存在するわけではない(昭和51年大法廷判決参照)から,憲法は,
投票の方法その他選挙に関する事項の具体的決定について,立法府である国会の合
理的裁量にゆだねているものと解される。
イ また,憲法の選挙権の保障が選挙権行使の保障に及ぶと解するとしても,選挙
権は,投票という形で行使されるものであり,必然的に一定の時間的,予算的,人
的・物的設備による制約が存在すること,投票の秘密(憲法15条4項)や選挙の
公正という他の憲法上の,あるいは選挙制度に当然内在する要請が存在することな
どに照らすと,憲法が選挙権行使も保障しているといっても,その保障は絶対的な
ものではなく,これらの制約や要請によってその行使に一定の制限を受けること
は,憲法の予定するところであると解される。
ウ しかし,選挙権は,国民の政治への参加の機会を保障する基本的権利として,
議会制民主主義の根幹をなすものであるから,当該投票制度の下では,一定の者が
憲法で保障された選挙権行使の機会を奪われるような場合は,投票行為の性質に伴
う必然的な制約や,投票の秘密や選挙の公正の要請からそのような投票制度を採用
し,あるいは維持するやむを得ない事由のない限り,その投票制度は,憲法15条
1項,同条3項,14条1項及び44条ただし書に違反するものといわざるを得な
い。
エ 被告は,不在者投票制度(郵便投票制度も含む。)は,選挙人には,その個人
的事情により,選挙当日に投票所に行くことが困難又は極めて困難な者が存在する
ことが予想されたことから,投票をより容易にするために,立法裁量によるいわば
救済措置として設けられたものであると主張し,選挙当日に投票所に行くことが困
難又は極めて困難な者の選挙権行使を容易にする制度を設けるか否か,設けるとし
て具体的にどのような制度とするかについては,憲法47条の問題として,国会に
これに関する広範な裁量が認められており,このような救済措置によっても,選挙
権行使が容易にならなかったからといって,憲法違反を論じる余地はないと主張す
る。
確かに,投票のために多大な労力,時間,費用を負担しなければならない選挙人が
存在しても,選挙権行使の機会を奪うものとまではいえない(もっとも原告らが主
張するとおり,国政選挙において全国で東京に1か所だけ投票所を設置するという
ような極端な場合は,遠方の選挙人の選挙権行使の機会を奪うものというべきであ
ろう。)から,国会の裁量の範囲内の問題であり,違憲の問題は生じないと解する
ことはできよう。
しかし,投票のために生命を危険にさらさなければならない選挙人が存在する場合
は,これとは全く質的に異なるものであり,その選挙人からは身体的条件によって
選挙権行使の機会を奪うものというほかはなく,そのような選挙人が選挙権を行使
できる投票制度を設けるか否か,そのような選挙人から選挙権行使の機会を奪って
いる投票制度を維持するか否かの判断が国会の裁量に任されており,そのような選
挙人が選挙権を行使できるような投票制度を設けなくても違憲の問題は生じないと
解することはできない。
原告ら(承継前)も生命の危険を冒せば投票は可能であるかもしれないが,生命の
危険を冒さなければ行使できないようでは,選挙権が与えられているとはいえな
い。このことは,仮に原告ら(承継前)が生命の危険を冒して投票所等に行った結
果,生命にかかわる事故が起きたときにこれを本人の責任に帰することの不合理さ
を考えれば,容易に理解できることであり,被告の主張する平成12年6月25日
施行の衆議院議員選挙において,大分県内の8名の人工呼吸器を装着しているAL
S患者が,家族やボランティアの介助により,投票所に行って代理投票を行ったと
いう事実は,むしろ,現行投票制度をこのまま放置すれば,原告ら(承継前)を含
むALS患者に投票によって生命にかかわる事故が起きかねない深刻な問題と理解
すべきものである。
オ したがって,国会が,憲法47条に基づき,公職選挙法において,投票所投票
主義及び自書主義を原則とする選挙制度を定め,これを維持するのであれば,投票
行為の性質に伴う必然的な制約や,投票の秘密や選挙の公正の要請から身体的条件
によって選挙権行使の機会を奪う結果となってもやむを得ないと判断されるのであ
れば格別,そうでない限り,投票所等に行くことも自書することも不可能な選挙人
が存在すれば,それらの選挙人に選挙権行使の機会を保障するための制度を設ける
ことが憲法上要請されているというべきである。
カ そこで,原告ら(承継前)が現行投票制度下で身体的条件によって選挙権行使
の機会を奪われていることについて,投票行為の性質に伴う必然的な制約や,投票
の秘密や選挙の公正の要請からやむを得ないと判断されるか否かについて検討す
る。
(ア) さきに判示したとおり,国会が,昭和49年改正法において,郵便投票制度
の一連の手続に自書を要求した理由又は目的は,昭和26年の統一地方選挙におい
て,在宅投票制度を悪用した不正投票がなされたという経験に基づき,自書を要求
することによって,選挙の公正を確保することにあった。
そして,確かに,投票所等における代理投票の場合には,投票管理者が投票立会人
の意見を聴いて,当該選挙人の投票を補助すべき者2人をその承諾を得て定め,そ
の1人に代理記載をさせ,他の1人を立ち会わせるという厳重な管理体制を採用し
ている(公職選挙法48条2項)一方,郵便投票制度において代理投票を行う場合
には家庭内等で投票用紙の記載が行われることから,選挙の公正の面で劣る可能性
があることは否めない。
したがって,郵便投票制度において,代理人による記載を認めず,自書を要求する
ことによって,少なくとも事後的には,筆跡により不正の有無を確認することがで
きるようにして,選挙人本人の意思に基づかない不正投票を防止しようとすること
には一定の合理性があると認められる。
(イ) しかし,郵便投票制度において,自書を要求すること以外には,選挙人本人
の意思に基づかない不正投票を防止する方法が存在しないことについての立証はな
く(被告は,現行投票制度の合理性を説明する証人の申請もしなかった。),選択
肢として,原告らが主張するような方法があり得ることも否定できない。
被告は,諸外国における投票制度をみても,自書ができない重篤なALS患者は投
票ができない結果となっているのが通例といえると主張するが,選挙権についての
憲法の定めは国によって様々であり,その解釈も様々であるから,わが国の憲法解
釈に当たって,諸外国の実情が直接影響することにはならないし,後記(エ)記載の
とおり,自書ができない重篤なALS患者でも投票ができるような投票制度を採用
している国も存在する。
(ウ) また,原告らが主張する巡回投票制度(選挙管理機関が選挙人の自宅を訪問
して投票を行わせるもの)については,前記政府答弁のように,限られた短い期間
に,多数の対象者が存在する地域や交通至難な地域も含めてすべての対象者に対す
る巡回投票の実施が可能であるのか否か,事故などで巡回できなかったときにどう
するかなどの技術的困難性があることは否定し難い。
しかし,前記の国会審議経過をみても,巡回投票制度の技術的困難性が指摘されて
はいるものの,不可能であるとの説明がされているわけではないし,本件訴訟にお
いてもそのような立証はされていない。
(エ) さらに,諸外国の選挙制度をみると,オーストラリア,デンマーク,カナ
ダ,英国及びスウェーデン(法律上は代筆が不可能であるが,運用により代筆によ
る投票が認められている(甲46)。)においては,原告ら(承継前)のような状
態の者も投票が可能な制度がとられている(別紙「諸外国の選挙制度」)。
(オ) 以上のとおり,原告ら(承継前)が現行投票制度下で身体的条件によって選
挙権行使の機会を奪われていることについて,投票行為の性質に伴う必然的な制約
や,投票の秘密や選挙の公正の要請からやむを得ないものであると認めることはで
きない。
キ したがって,少なくとも本件各選挙当時において,公職選挙法に原告ら(承継
前)が選挙権を行使できるような投票制度が設けられていなかったことについて
は,憲法15条1項,同条3項,14条1項及び44条ただし書に違反する状態で
あったといわざるを得ない。
なお,原告らは,昭和27年改正法や昭和49年改正法の制定が憲法に違反すると
主張しているとも解されるが,前記のとおり,原告ら(承継前)がALSのために
人工呼吸器を必要とするようになったのは,最も早い原告Aでも昭和61年であ
り,原告B及び亡Dは平成6年であるから,昭和27年改正法制定の時点はもちろ
んのこと,昭和49年改正法制定の時点にも選挙権行使が不可能な状態にはなかっ
たし,そのころ本件各選挙当時の原告ら(承継前)と同様の状態にあって,選挙権
行使が不可能なALS患者等の選挙人が存在したのか否かは,証拠上明らかではな
い。
ALS患者に限ってみても,人工呼吸器を利用した在宅療養が行われるようになっ
たのは比較的最近のことであり,前記のとおり,昭和60年ころは,人工呼吸器を
装着したALS患者は死亡するまで入院を継続するのが通常であり,在宅療養を行
うことは一般的ではなかった。
したがって,昭和27年改正法や昭和49年改正法の制定が憲法に違反していたと
は認められないが,さきに判示したとおり,少なくとも本件各選挙当時において,
公職選挙法に原告ら(承継前)が選挙権を行使できるような投票制度が設けられて
いなかったことは,憲法に違反していたと認められる。
(4) 公職選挙法によって本件各選挙当時原告ら(承継前)が選挙権行使の機会を奪
われたことについて,国家賠償法上の違法性の有無について
ア 国家賠償法1条1項は,公務員が不法行為責任を負うことを前提に,その責任
を国や公共団体が代位するものと解されるから,個別具体的な法的利益の侵害行為
の違法性が問題になる。
公職選挙法は郵便投票制度において選挙人の自書による投票を要求していないの
に,本件公職選挙法施行令がこれを要求し,その改正もされなかったというのであ
れば,国家賠償法上の違法性の判断としても,内閣(内閣総理大臣及びその他の国
務大臣)が職務上の法的義務に違反して本件公職選挙法施行令を制定し,維持した
かどうかを判断することになり,本件公職選挙法施行令が違憲か否かの判断と,本
件公職選挙法施行令が国家賠償法上違法か否かの判断は密接に関連することにな
る。
しかし,公職選挙法が原告ら(承継前)が投票を行えるような投票制度を設けてい
ないために原告ら(承継前)に選挙権侵害の被害が生じたということになると,国
家賠償法上の違法性としては,各国会議員の公職選挙法の立法(立法不作為を含
む。以下同じ。)過程における行動が原告ら(承継前)に対して負う職務上の法的
義務に違反したかどうかを判断することになり,法律は,国会への法案の提出権か
らして,内閣(憲法72条),委員会(国会法50条の2)及び一定数の議員(国
会法56条)に認められていて,一人の議員が法案を提出することはできず,提出
された法案は,最終的には多数決で成立することになる(憲法59条)という具体
的な立法過程を考えても,国家賠償法上の違法性の問題と,公職選挙法の内容の違
憲性の問題とは区別さ
れなければならない(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第
一小法廷判決・民集39巻7号1512頁(以下「昭和60年第一小法廷判決」と
いう。)参照。)。
イ そして,昭和60年第一小法廷判決は,国会議員の立法過程における行動(立
法行為)の国家賠償法上の違法性に関して,下記のとおり判示し,昭和27年改正
法によって在宅投票制度が廃止され,その後これを復活しなかった立法行為が国家
賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではないと判断している。
              記
そこで,国会議員が立法に関し個別の国民に対する関係においていかなる法的義務
を負うかをみるに,憲法の採用する議会制民主主義の下においては,国会は,国民
の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を立法過程に公正に反映させ,議員の自
由な討論を通してこれらを調整し,究極的には多数決原理により統一的な国家意思
を形成すべき役割を担うものである。そして,国会議員は,多様な国民の意向をく
みつつ,国民全体の福祉の実現を目指して行動することが要請されているのであっ
て,議会制民主主義が適正かつ効果的に機能することを期するためにも,国会議員
の立法過程における行動で,立法行為の内容にわたる実体的側面に係るものは,こ
れを議員各自の政治的判断に任せ,その当否は終局的に国民の自由な言論及び選挙
による政治的評価に
ゆだねるのを相当とする。さらにいえば,立法行為の規範たるべき憲法についてさ
え,その解釈につき国民の間には多様な見解があり得るのであって,国会議員は,
これを立法過程に反映させるべき立場にあるのである。憲法51条が,「両議院の
議員は,議院で行った演説,討論又は表決について,院外で責任を問はれない。」
と規定し,国会議員の発言・表決につきその法的責任を免除しているのも,国会議
員の立法過程における行動は政治的責任の対象とするにとどめるのが国民の代表者
による政治の実現を期するという目的にかなうものである,との考慮によるのであ
る。このように,国会議員の立法行為は,本質的に政治的なものであって,その性
質上法的規制の対象になじまず,特定個人に対する損害賠償責任の有無という観点
から,あるべき立法
行為を措定して具体的立法行為の適否を法的に評価するということは,原則的には
許されないものといわざるを得ない。ある法律が個人の具体的権利利益を侵害する
ものであるという場合に,裁判所はその者の訴えに基づき当該法律の合憲性を判断
するが,この判断は既に成立している法律の効力に関するものであり,法律の効力
についての違憲審査がなされるからといって,当該法律の立法過程における国会議
員の行動,すなわち立法行為が当然に法的評価に親しむものとすることはできない
のである。
以上のとおりであるから,国会議員は,立法に関しては,原則として,国民全体に
対する関係で政治的責任を負うにとどまり,個別の国民の権利に対応した関係での
法的義務を負うものではないというべきであって,国会議員の立法行為は,立法の
内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を
行うというごとき,容易に想定し難いような例外的な場合でない限り,国家賠償法
1条1項の規定の適用上,違法の評価を受けないものといわなければならない。
ウ アで判示したとおり,内閣が政令を制定する場合とは異なり,立法は各国会議
員の意向が直接法律に反映するわけではないから,国会議員の立法過程における行
動(立法行為)が個別の国民に対する関係で職務上の法的義務に違反したといえる
場合は,極めて限られてくることになることは否定できず,当裁判所も,基本的に
昭和60年第一小法廷判決の前記判断と同一の判断をするものである。
この点については,原告らが指摘するように,このような判断は,議会制民主主義
が適正に機能することが前提であり,選挙権行使が不可能であると,立法行為を行
う国会議員の選出行為に加わることができず,自らの意見を政治に反映させること
が困難となるので,その前提が揺らぐことにならないかという問題もある。
確かに,選挙権は国民の政治への参加を保障する基本的権利として,議会制民主主
義の根幹をなすものであり,原告ら(承継前)のような状態にある国民も選挙権を
行使できてこそ,議会制民主主義が適正に機能するということもできるので,原告
ら(承継前)から選挙権行使の機会を奪う立法行為の違法性の問題は,他の立法行
為の違法性の問題と全く同一に論じることはできない面もあることは否定できな
い。
しかし,選挙権行使が不可能であったとしても,請願権(憲法16条)を行使する
ことや議員に対する陳情は可能である(原告らは,日本ALS協会が,平成8年,
在宅のALS患者が参政権を行使できない現実を社会に訴える活動の一環としてJ
議員にアプローチし,これを受けたJ議員は,同年5月31日の衆議院決算委員会
第3分科会において,郵便による代理投票制度及び選挙管理機関が自宅を訪問する
巡回投票制度を提案し,今後の検討を政府に求めたと主張している。)から,基本
的には前記判断は左右されないものと解する。
エ そこで,まず,身体的条件によって原告ら(承継前)の選挙権行使の機会を奪
う結果をもたらしている現行投票制度が本件各選挙時において,憲法の一義的な文
言に違反していたといえるか否かを判断する。
(ア) 当裁判所は,さきに判示したとおり,原告ら(承継前)は,本件各選挙時に
おいて,現行投票制度下で選挙権を行使することは不可能であったと認定した上
で,やむを得ない事由がないのに選挙権行使の機会を奪われる国民があれば,憲法
はこれを禁じていると解し,原告ら(承継前)から選挙権行使の機会を奪うやむを
得ない事由の立証もないので,少なくとも本件各選挙時において,公職選挙法の定
める現行投票制度は憲法に違反する状態にあった(現在もこの状態は変わらな
い。)と判断したものである。
(イ) そこで検討すると,仮に,憲法が,やむを得ない事由がないのに選挙権行使
の機会を奪うことを禁じていることについて争いがない(少なくとも合理的理由な
く選挙権行使の機会を奪うことを憲法が禁じていることについては,昭和51年大
法廷判決以降,いわゆる定数訴訟において,最高裁判所が,繰り返し,憲法は,選
挙人資格に対する不合理な制限の撤廃による選挙権の平等を要求するにとどまら
ず,選挙権の内容の平等をも要求していると判示していることからも,これを否定
することは困難なものと解される。)としても,前記のとおり,現行投票制度が設
けられた昭和27年改正法及び昭和49年改正法制定の時点において,原告ら(承
継前)と同様に選挙権行使が不可能であった選挙人が存在したか否かは証拠上明ら
かではないし,後記の
とおり,本件各選挙当時,原告ら(承継前)が現行投票制度下で選挙権行使が不可
能であったことも,一見して明らかであったとはいえないから,本件各選挙当時,
現行投票制度が憲法の一義的な文言に違反していたとまでは認めることはできな
い。
オ 次に,原告らは,立法不作為の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにも
かかわらず国会があえて当該立法を行わないような場合に限られず,民主政の過程
が損なわれる人権侵害の重大性とその救済の高度の必要性が認められる場合であっ
て,かつ,国会が立法の必要性を十分認識し,立法が可能であったにもかかわら
ず,一定の合理的期間を経過してもなおこれを放置したなどの状況的要件,換言す
れば,立法課題としての明確性,合理的是正期間の経過がある場合には,立法不作
為による国家賠償を認めるべきであると主張するので,この点について検討する。
(ア) 確かに,昭和60年第一小法廷判決が示した「立法の内容が憲法の一義的な
文言に違反する」場合は,前記判決内容からも明らかなとおり,あくまで例示であ
り,国会の審議過程において,原告ら(承継前)のような状態にあるALS患者等
の存在及びそのような選挙人は現行投票制度下で選挙権行使が不可能であることが
明らかにされ,そのことは憲法に違反するという認識が国会議員の一般的認識にな
っている場合は,そのような認識にもかかわらず合理的理由なく立法措置をとらな
いことは,職務上の法的義務に違反したと評価できる可能性がないとはいえない。
(イ) そこで,公職選挙法改正の経緯を巡る国会審議の過程をみると,前記のとお
り,既に昭和49年改正法の審議においても,郵便による代理投票を認めることが
要望されていたものであり,その後も繰り返し郵便投票制度の見直しの問題や巡回
投票制度の新設の問題が議論されてきたものであるから,本件各選挙当時までに
は,国会議員の中に現行投票制度には選挙権行使の点で問題があるとの認識は一般
化してきていたものと解される。
(ウ) しかし,前記のとおり,国会での審議は,寝たきり老人など現行投票制度下
で投票が困難な選挙人について,郵便投票制度を拡充するなどして投票をより容易
にすることを中心に議論されてきたものであって,現行投票制度下で投票が不可能
な選挙人についての投票制度が議論されてきたわけではなく,したがって,選挙権
行使が不可能な選挙人が存在するような投票制度が憲法に違反するか否かという議
論がなされたわけでもない。
原告ら(承継前)のようにALS患者で自書ができない者の存在について国会で議
論がなされたのは,平成8年5月31日の衆議院決算委員会第3分科会において,
J議員から,体を全く動かすことができず,自書も不可能なALS患者の存在が紹
介されたときが初めてであったことは前記のとおりである。
(エ) そして,原告ら(承継前)のように現行投票制度下で投票が不可能な選挙人
の実態把握は必ずしも容易ではなく,ALS患者にも病状の進行の程度により様々
な状態の患者がおり,人工呼吸器を装着していないような患者については,投票所
等に行くことが社会通念上不可能であるとはいえない場合もあり得る。
原告ら(承継前)についてみても,当裁判所が原告ら(承継前)が投票を行うこと
は不可能という判断に至ったのは,医療機関のカルテや担当医師,介護者等の証拠
調べをした結果に基づくものであり,原告ら(承継前)が本件各選挙当時投票を行
うことが不可能であったことは,一見して明らかなものではなかった(不可能と判
断するには医師の診断等を要した。)ものと認められる。
(オ) したがって,本件各選挙当時においては,長期間に及ぶ国会での審議を通じ
て,現行投票制度には選挙権行使の点で問題があることは国会議員の一般的認識に
なってきていたとしても,実際に原告ら(承継前)のように現行投票制度下では選
挙権行使が不可能な選挙人が存在し,そのことは憲法に違反するということまで,
国会議員の一般的認識であったとは認められない。
(カ) 以上のとおりであるから,国会審議の過程における国会議員の認識の点から
判断しても,国会議員が原告ら(承継前)のような状態の者にも選挙権行使の機会
を与えるような立法行為をしなかったことについて,職務上の法的義務違反があっ
たと認めることはできない。
カ なお,原告らは,原告ら(承継前)のように投票が不可能な障害者が存在する
ことはB規約に違反し,これが国会議員の立法行為の違法につながると主張する。
確かに,B規約は,25条及び2条において,締約国に選挙権の保障及び立法措置
等をとるための必要な行動をとる義務を定めており,締約国である日本も,B規約
上に従うべき義務を負っている。
しかし,B規約25条は,選挙権の保障を定めているものの,原告ら(承継前)の
ような状態の者についてどのように選挙権行使の機会を保障すべきかについて,一
義的に定めているものではないことは明らかである(実際に,B規約締約国であっ
ても,原告ら(承継前)のような状態の者について選挙権行使の機会が保障されて
いない国も存在している(別紙「諸外国の投票制度」)。)し,前記のとおり,そ
もそも,わが国の憲法は,B規約を持ち出すまでもなく,選挙権行使を保障し,選
挙権行使の場面における不合理な差別をも禁止していると解されるので,B規約に
よって,国会議員の立法行為の違法性の判断が左右されることにはならない。
キ 以上のとおりであるから,その余の点(争点(5)を含む。)について判断するま
でもなく,国会議員の立法行為の違法を理由とする原告らの損害賠償請求には理由
がない。
5 争点(6)(原告ら(承継前)の損失補償請求権の有無)について
(1) 原告らは,原告ら(承継前)が選挙権行使の機会を奪われたことをもって,公
権力の行使による特別の犠牲となったと主張して,憲法29条3項又はその類推適
用に基づき,損失補償を請求する。
そこで,公権力の行使によって国民に損害が生じた場合,憲法がどのように規定し
ているかをみると,憲法は,公権力の違法な行使によって生じた損害(財産的損害
であると非財産的損害であるとを問わない。)については17条でその賠償を規定
し,それではまかなえない財産権に対する公権力による適法な侵害については29
条3項で損失補償を定め,身体の自由や生命という非財産的利益に対する刑事手続
による適法な侵害については40条で損失補償を定めている。
公権力の行使によって国民に生じた損害について,いかなる範囲で国が賠償又は補
償すべきかは,国民全体による損害の分担という観点から,公平原則や平等原則に
よって定められるものであって,前記各規定に照らしても,憲法が国民に生じたあ
らゆる損害について国が填補することまで要求しているものとは解されない。
そして,憲法17条を受けた国家賠償法は,公権力を行使する公務員の違法行為に
ついて故意又は過失がある場合にのみ,国が損害賠償責任を負うとしており(国家
賠償法1条1項),このような国家賠償法の規定も憲法に違反するものとは解され
ず,違法ではあるが,過失の認められない行為により国民に生じた損害の賠償がな
されないことも憲法は容認しているものというべきである。
また,憲法29条は,全体として私有財産制度のあり方を規定しており,同条の構
造及び沿革からして,同条3項は,財産権が特別の犠牲となった場合の損失補償を
規定するものと解される。
(2) これを本件についてみると,原告ら(承継前)が本件各選挙において投票を行
うことが社会通念上不可能であったことはさきに判示したとおりである。
しかし,前記のとおり,憲法29条3項は,財産権が特別の犠牲となった場合の損
失補償を規定するものであって,これを選挙権行使の機会を与えられなかったこと
による損害に適用又は類推適用することは,被侵害利益という基本的要素において
本質的に相違するものであり,同条項を適用又は類推適用することはできないとい
わざるを得ない。
また,さきに判示したとおり,憲法の選挙権の保障は,選挙権行使の保障に及ぶも
のであって,仮に正当な補償がなされたとしても,投票行為の性質に伴う必然的な
制約や,投票の秘密や選挙の公正の要請からやむを得ない事由のない限り,選挙権
行使の機会を奪うことは,憲法上容認されていないものというべきであり,そのよ
うな事由がないのに選挙権行使の機会が奪われたことによって生じた損害につい
て,憲法が,29条3項又はその類推適用により補償することを予定しているもの
とはいえない。
選挙権行使の機会が与えられなかったことにより原告ら(承継前)が被った損害に
ついて,国家賠償法に基づく賠償や憲法29条3項による補償を受けられないとし
ても,前記のとおり,憲法は公権力の行使により国民に生じたあらゆる損害を填補
することを要求するものではない以上,やむを得ないものというべきである。
以上のとおり,原告ら(承継前)は,本件各選挙において選挙権を行使することが
不可能であったことについて,憲法29条3項又はその類推適用による損失補償を
求めることできないものといわざるを得ない。
6 争点(7)(公職選挙法改正の立法不作為の違憲確認が認められるか否か。)につ
いて
(1) 本件違憲確認の訴えの適法性
ア 原告らは,公職選挙法の立法不作為により原告ら(承継前)が選挙権行使の機
会を奪われたと主張して,被告が昭和27年改正法によって代理による郵便投票制
度を廃止した後現在に至るまで,原告ら(承継前)の選挙権行使を可能とする内容
の公職選挙法改正を行わないことの違憲確認(本件違憲確認)を求める訴えを追加
的に併合することを申し立てている。
イ 裁判所に与えられている司法権(憲法76条)は,法律上の争訟について裁判
を行う作用(裁判所法3条1項)をいい,この法律上の争訟とは,当事者間の具体
的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争に限られており,このような具体的
紛争を離れて,裁判所に対し抽象的に法令が憲法に適合するか否かの判断を求める
ことは許されないと解される(最高裁昭和27年(マ)第23号同年10月8日大法
廷判決・民集6巻7号783頁)。
これを本件違憲確認の訴えについてみると,原告ら(承継前)との関係においてと
限定したとしても,結局,公職選挙法を改正しないという立法不作為自体の違憲確
認を求めるものにほかならず,具体的な選挙の際に原告ら(承継前)の投票の機会
が保障されたか否かを離れて,一般的に公職選挙法に関する立法不作為の違憲確認
を求めるものというべきである。
したがって,本件違憲確認の訴えは,法律の抽象的な憲法適合性判断を求めるもの
であるから,法律上の争訟に当たるとはいえないと解される。
ウ なお,原告らは,本件違憲確認の訴えは,本来の行政訴訟とは異なる旨主張し
ており,行政事件訴訟として本件違憲確認を求めるものとは解されないが,仮に行
政事件訴訟法上の無名抗告訴訟や実質的当事者訴訟等として,本件違憲確認を求め
るものとしても,本件違憲確認の訴えは立法不作為の違憲確認を求めるものであっ
て,国家賠償法に基づく損害賠償請求とは請求の内容及び法的性質が著しく異なっ
ており,前記損害賠償請求に本件違憲確認の訴えを追加することはできないものと
解される。
(2) まとめ
以上によれば,本件違憲確認の訴えは,法律上の争訟性が認められないものである
から,不適法なものとして却下を免れない。
7 結論
したがって,原告らの本件違憲確認の訴えは不適法であるから,これを却下し,原
告らのその余の請求には理由がないから,いずれも棄却して,主文のとおり判決す
る。
東京地方裁判所民事第30部
裁判長裁判官   福  田  剛  久
裁判官   新  谷  晋  司
裁判官   馬  場  俊  宏

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