弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     (一) 原判決を次のとおり変更する。
     (二) 控訴人は被控訴人に対し金一六〇、〇〇〇円及びこれに対する
昭和二八年八月七日以降右支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
     (三) 控訴人は被控訴人に対し原判決添附物件目録記載の物件を引き
渡せ。
     (四) 被控訴人のその余の請求は棄却する。
     (五) 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
     (六) 被控訴人が(二)について金三〇、〇〇〇円、(三)について
金一〇、〇〇〇円の担保を供するときはそれぞれ仮に執行することができる。
     (七)控訴人が(二)の仮執行について金八〇、〇〇〇円、(三)の仮
執行について金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、それぞれこれを免れるこ
とができる。
         事    実
 控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第
一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は控訴棄却の判
決を求めた。
 被控訴代理人の陳述した本訴請求の原因事実は原判決摘示のとおりである。
 控訴代理人は「控訴人は昭和一七年五月頃婦人会六曜会の世話により被控訴人と
知り会い、その後数回交際を重ね、その間被控訴人はその母とともに控訴人宅に度
々来て控訴人及びその母と面接した。その際控訴人の母は控訴人家は食パンの製造
業であつて、その営業は弟Aの営業で控訴人はこれを手伝つていること、および営
業の性質上毎日夕方より夜十二時頃まで仕事をなし、朝早くから午前九時頃までの
間に製品の配達をするものであることはよく承知していてもらいたいと話しておい
た。同年九月末当事者双方が婚姻を承諾し、控訴人は同年一〇月二日結納として金
四〇、〇〇〇円を贈つた。挙式は控訴人の方でも何かと準備の都合もあることだか
ら一ケ月程後にして貰いたいと申し出たが、被控訴人方は善は急げで早々に取り運
ぶようとの希望で同月八日に挙式した次第である。被控訴人は結婚当夜より身体の
調子が悪いとて自ら持参した粉薬を飲み、苦しそうなので、控訴人はその夜は情交
を見合わせた。翌日からもやはり同様で薬ばかり飲み不快そうな毎日が続いた。控
訴人は十一日に初めて被控訴人と情交しその後二回程関係したが、被控訴人は常に
不快らしい態度なので控訴人の気分を害し満足な情交は一度もなかつたのである。
被控訴人は入家当初より身体の具合が悪いとて午前九時頃まで寝ていることは度々
であり、その起居する二階一室だけの掃除で正午までかかり、できるというミシン
裁縫等も満足にできず、食事は全部控訴人の母Bとその娘が担当し、被控訴人は一
〇月一八日夜分から工場の手伝(物運び)をしたが控訴人及び弟Aは毎夜一二時ま
で仕事をしているのに、被控訴人は常に一〇時には就寝している。但し配電の都合
で一度だけ夜分の一時になつたことがある。被控訴人は非常に口達者で、控訴人の
母が少しでも注意すると、男女同権とか人権云々を口にして三倍位言い返すという
有様である。被控訴人は一〇月一二日里帰りをして一六日帰宅し一八日より工場の
手伝をしていたが、帰宅後間もなく二回にわたり工場で嘔吐(姙娠のための)を催
し、工場裏の溝に走つて行き吐いていた。同年一一月一一日被控訴人はジンマシン
のため医師の診断を受けたいというので、控訴人は五〇〇円を持たせてやつたとこ
ろ、被控訴人は階下に誰もいないのに表入口を開けたまま外出し、帰りも非常にお
くれたため、控訴人の母が表を開けたまま外出しては用心の悪いことや用事以外他
に廻るのであればそれを初にいうて外出するようにと注意したところ、被控訴人は
突然狂人のようになり、自分の室の箪笥等の抽斗を全部引き出し中の物を全部屋内
にぶちあけ「こんなゴテゴテいう家には馬鹿々々しくておられん今日限り帰つて来
ませせん」というて飛び出したのである。控訴人の母が頭髪をもつて引き廻したと
か「パンパンや云々」といつたとかその他控訴人等を悪しざまにいう被控訴人の主
張は大部分虚構の事実である。被控訴人は一一月一一日実家に戻つたまま控訴人方
に帰来せず、その後一一月一四日頃被控訴人は控訴人の出先へ来て二人で散歩しな
がらの話に、被控訴人は婚家には帰らぬ結婚を解消してほしいと申し出で、控訴人
も困つていた矢先だつたので、解消に同意したところ、被控訴人は損害金を何程出
すか、被控訴人の父は裁判でもして家も何も取るというておるがどうするかという
ので、控訴人は損害なんか少しも出す気はないと断つた。被控訴人は一一月一八日
に内容証明郵便で自分の至らなかつたことを認めて嫁入道具の返還を求めて来た
が、控訴人は右損害賠償云々の言があつたので、全部円満解決の上返そうと思い右
返還要求に応じなかつたところ、一一月三〇日の内容証明郵便で初めて「姙娠二ケ
月である。胎児の処置について返事せよ、場合によつては、被控訴人は民事訴訟の
外脅迫、結婚詐欺、衣類等の横領罪で控訴人に対し、刑事上の告訴をする考えであ
る」旨を申して来た。控訴人は、これによつて被控訴人が妊娠していたため、これ
を隠して結婚を急ぎ、婚姻当夜から身体の調子が悪いと薬を用い、工場で嘔吐した
わけが判つた次第である。以上の次第であつて控訴人と被控訴人との短日月の結婚
生活の破綻の原因は、かえつて被控訴人の日常の言動行為が妻としてふさわしくな
かつたことにあり、その責任は被控訴人の負うべきものである。控訴人の弟Aの製
パン数量は毎日約二〇貫金五〇〇〇円内外の売上げで控訴人はその営業の手伝をし
ている。居住家屋は控訴人の所有名義であるが他に財産はない。」と述べ、これに
対し被控訴代理人は「被控訴人の昭和二七年一〇月の月経初日の予定日は同月一一
日であつて事実その日から月経を見たのであるが、月経日を避けるために控訴人が
一一日頃の挙式を望んだのを、数日早めて八日に挙式することを決めたのである。
控訴人と被控訴人は初夜はもちろん同棲中ほとんど毎夜夫婦の交りを続け、月経の
あつた右一一日でさえ、控訴人は被控訴人の拒みを斥けたのである。被控訴人は別
段身体の調子は悪いことはなく控訴人方に嫁して以来家事の外製パンのため日中よ
り深更まで粉をこねたり目方を計る仕事を、なれぬ身に疲れを堪えて従事した。控
訴人家の炊事は控訴人の母、姉、妹が司るところであつて、被控訴人が主として振
舞うと手厳しく叱られるので、母達の指示に従つて手伝う外ない状態であつて被控
訴人が怠けたり、寝過したりしたことは全然ない。被控訴人が妊娠を隠して控訴人
と結婚し、度々嘔気を催したとか、控訴人と被控訴人が昭和二七年一一月初頃出先
で会つたときに、被控訴人から結婚解消を申し出て損害賠償を求めたというのは全
く虚構も甚だしい。その他被控訴人の従来の主張に反する控訴人の主張事実は否認
する。」と述べた。
 証拠として被控訴代理人は甲第一、二号証を提出し、当審での証人C、D、E、
F、Gの各証言及び被控訴本人の供述を援用し、乙第一号証、第二号証の一、二、
第三号証の各成立を認め、控訴代理人は乙第一号証、第二号証の一、二、第三号
証、検乙第一号証を提出し、当審での証人H、B、Aの各証言、控訴本人の供述を
援用し、甲第一、二号証の成立を認めた。
         理    由
 まず損害賠償の請求について判断する。
 被控訴人が昭和二七年五月頃京都市内a寺院所属婦人会六曜会の世話で控訴人を
知り、交際を続けて婚約し、金四万円の結納を受けて、同年一〇月八日平安神宮で
結婚の式を挙げて事実上の婚姻をし、自来控訴人方に同棲したが、同年一一月一一
日被控訴人は実家に戻り、その後控訴人方に復帰しないことは当事者間に争いがな
い。そして成立に争いのない甲第二号証に証人C、D、E、Fの各証言、被控訴本
人の供述、控訴本人の供述の一部を総合すれば、次の事実を認めることができる。
 被控訴人(昭和五年三月生れ)は京都高等手芸女学校を卒業後昭和二一年一〇月
からずつと結婚まで京都中央電話局の交換手として勤務し、控訴人(大正一〇年一
一月二〇日生れ)と数ケ月の真面目な交際の後、結婚生活に入り、自来夫婦仲は格
別悪いことはなかつた。しかし控訴人方には昭和一六年夫Iに先立たれた控訴人の
母B、一旦他家に嫁して戻つて来た姉J、婚期の来た妹H、控訴人方の製パン営業
の名義人である弟Aが同居し、因習的気風、封建的色彩が極めて強く、母の意見が
良きにつけ悪しきにつけ支配的であつて、そこへ初めて他人である被控訴人が長男
の嫁として迎えられたわけである。被控訴人には、さほどの欠点も落度もないの
に、義母Bは被控訴人を気に入らず、結婚後何日も経たない中から被控訴人のする
ことなすことに一々文句をつけ、「お前は息子の嫁になる資格はない。女中位のも
んや、きれいな二階の座敷に寝かせるのはもつたいない。廊下で沢山だ。世の中に
出て働いていた女は嫌だ。」等と侮辱し、被控訴人と母との板ばさみになつた控訴
人の「母は狂人だからさからわずに聞き流していたらよい。心臟強く要領よくやつ
て行くように」との慰めの言葉に、被控訴人は控訴人の愛を信じて、苦しみを堪え
て毎日を過して来た。その控訴人も母、姉、弟等が一団となつて、被控訴人を虐め
ても、被控訴人をかばうでなし、仕事が急がしいとてその場から逃げ出す有様につ
いに被控訴人は控訴人に対し、夫婦で別居したいと申し出たところ、これを聞いた
Bからやにわに「大事な息子をお前なんかにやれるか。お前は家の女中じや、出て
行くならお前一人で行け、この世の中には女は掃く程居る。」とののしられ、はげ
しい悲しみと憤りをおぼえたが、他家に嫁した身、実父母や姉妹、親族のことを思
うと、今更実家へ戻ることもならず、じつと堪え忍んだ。昭和二七年一一月一一日
被控訴人は体に「ジンマシン」が出たので、控訴人に「薬局へ行つて注射をして貰
つて来る」と断つて出掛け、帰つたところ、義姉Jは「この忙しいのに何処へ行つ
て来たのか、どこかでブラブラ遊んでいたのだろう。」と難詰し、義母Bは血相を
変えてその場に来て「こいつは一寸もいうことを聞かない。憎い憎い奴だ殺してや
りたい」と叫びつつ被控訴人の頭髪を掴んで引張り廻し、ようやくこれを振り切つ
て二階の居間に逃げ込もうとするのを、Jは被控訴人の身体をつかんでこれを妨
げ、控訴人はJの手を引き放して呉れたが、そのまま集金のため外出した。その後
JとBは被控訴人に対し「お前は以前パンパンをしていたやろ。」「お前は派違い
の人間や。」「お前なんかにこの耕造の家がやれようかい。」といわれのない悪口
雑言の限りを尽し、堪りかねた被控訴人は「一寸勝手をさせていただきます。」と
挨拶して同日午后四時頃実家に帰り、今までの辛い事を実母Eに告げ、「一旦嫁に
行つたら辛くとも辛棒せよ。一人では帰りにくいだろうから控訴人が迎えに来るの
を待つように。」との母の言葉に、控訴人の来訪を数日間期待したが、央ないので
同月一四日株取引の相談に京都市内bの大和証券株式会社に出向いている控訴人に
面接してその気持を確めたところ、「お前と母等との間は見ていられないし、家に
帰つて貰つてもまたゴタゴタが起るに定つている。今だつたらお前も年が若いか
ら、今の中に別れた方が良いのではないか」との返事に被控訴人は暗然として実家
に帰つた。同夜実母Eに伴われて控訴人方に赴き、店の土間でEは「娘がつまらぬ
ことをしましてどうも済みませんでした。」と謝罪して復帰の許諾を求めたが、控
訴人の母Bは、前記のような悪口雑言を繰り返すばかりで、被控訴人母娘を座敷に
入れもせず、控訴人に会わせようともせず、被控訴人の懇願に耳を籍さずに奥の間
に引きこもり、ようやく出て来た控訴人も「母が別れよというし、自分としてもこ
のまま二人で暮して行くつもりはない。」と言明した。被控訴人母娘はもうこれま
でと詮方なく諦めて帰る外はなかつた。
 以上の認定に反する控訴人挙示の証拠は信用しない。右事実によれば、控訴人は
被控訴人との間に成立した婚姻予約を、同棲一ケ月の昭和二七年一一月一四日、控
訴人の母つに同調して、破棄したものといわなければならない。
 控訴人は、控訴人には右婚姻予約を破棄するについて正当の理由があると抗争す
るが、これに副うような、証人B、H、Aの各証言、控訴本人の供述は前掲各証拠
に比照し信用できないし、その他控訴人の全立証によつてもこれを認めるに足らな
い。殊に被控訴人は他男と関係して姙娠中であるのを秘して控訴人と結婚したとの
控訴人主張事実は、前記被控訴人挙示の証拠に成立に争いのない甲第一号証及び乙
第二号証の一、二並びに証人Gの証言を総合すれば、全然無根のことであり、被控
訴人は控訴人と結婚して懐胎し、胎児の処置について昭和二七年一一月三〇日控訴
人の意見を求めたが何らの返答を得られず、同年一二月四日医師Gより姙娠中絶の
手術を受けたものであることが明らかである。控訴人が真にそうでないと信じてい
るとすればそれは全く明白な誤解と断じなければならない。
 そうだとすれば控訴人は本件婚姻予約を破棄するについて正当の理由を有せず、
右予約不履行により被控訴人が精神上の苦痛を受けたことは明白であるから、被控
訴人に対し、これを慰藉するに足る相当の金員を支払うべき義務があるものであ
る。よつてその数額について判断するに、前認定の諸事情に本件弁論に顕われた諸
般の事情を参酌し右慰藉料の額は金一六〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。従つ
て被控訴人の本件損害賠償の請求は、右認定の金員及びこれに対する本件訴状送達
の翌日であることが記録上明確な昭和二八年八月七日以降右支払済まで年五分の割
合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべく、その余は失当と
して棄却すべきである。
 次に物件引渡請求について判断するに、原判決添付の物件目録記載の物件が被控
訴人の所有であり、控訴人に嫁するに際つて被控訴人が控訴人方に持参したもの
で、現在控訴人が占有するものであるとの被控訴人主張事実は控訴人において明ら
かに争わずかつ弁論の全趣旨によつても争うものと認むべきものもないから、これ
を自白したものとみなす。右事実によれば右物件の引渡を求める被控訴人の請求は
正当として認容すべきである。
 以上の次第で原判決は変更の要があるので、民事訴訟法第三八六条によりその一
部を取消し、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条、第九二条、仮執行の
宣言及びその免脱の宣言について、同法第一九六条を適用すべきものとする。なお
仮執行の宣言について一言する。本件金員の請求と物件引渡の請求はひとしく財産
権上の請求ではあつても、その原因と目的及び体様を異にし、従つてその仮執行に
よつて控訴人の蒙ることあるべき損害発生の蓋然性及び損害の程度を異にするか
ら、仮執行の担保の要否及び、金額を異にするものと<要旨第一>いうべきである。
それ故、両者に仮執行の宣言を附すべき場合でも、担保の有典及び金額は各請求に
ついて別個に判断して定めるのが相当であつて、両者を一括してこれを
定めるのは、まず、いずれか一方の執行をするについても、定められた担保の全額
を供託しなければならなくなることからみても、妥当ではないと考える。また仮執
行の宣言は本案判決を変更する判決の言渡に因りその変更の限度において効力を失
うことは、民事訴訟法第一九八条の規定によつて明白であるが、これによつて失効
するのは仮執行の宣言自体であつて、仮執行のために定められた担保額も当然に変
更を受け按分的に失効するものではない。そして仮執行の宣言は申立が第二<要旨第
二>なくとも、職権で附し得るものであり、原判決を変更することによつて仮執行の
宣言部分をも変更する必要があるものと認められるときは、仮執行宣言
に関する原判決の変更は、控訴審判の範囲を不服申立の限度に制限した民事訴訟法
第三八五条の規定にかかわらず、これをなすことができるものと解すべきである。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 平峯隆)

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