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平成18年(行ケ)第10098号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成18年10月23日
判決
原告ダイワ精工株式会社
訴訟代理人弁理士鈴江武彦
同河野哲
同中村誠
同幸長保次郎
同根本恵司
同弁護士和泉芳郎
被告株式会社シマノ
訴訟代理人弁護士鎌田邦彦
同弁理士小林茂雄
同小野由己男
同山下託嗣
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2005−80002号事件について平成18年1月24日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告の有する後記特許について被告が無効審判請求をしたところ,
特許庁がこの特許を無効とする審決をしたことから,原告がその取消しを求め
た事案である。
第3当事者の主張
1請求原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成3年12月9日(以下「本件遡及出願日」という。)に出願
した特願平3−324492号の一部を分割して,名称を「魚釣用電動リー
ル」とする発明につき,平成11年7月7日新たに特許出願(以下「本願」
という。)をし,平成14年4月5日設定登録を受けた(特許第32948
20号。請求項の数1。甲14。以下「本件特許」という。)。
これに対し被告は,平成16年12月28日,本件特許について特許無効
審判請求をし,特許庁はこれを無効2005−80002号事件として審理
することとしたが,その審理の中で原告は,平成17年3月28日付けで訂
正請求(甲15。以下「本件訂正」といい,同添付の明細書を「訂正明細
書」という。)をした。
そして特許庁は,平成18年1月24日,「訂正を認める。特許第329
4820号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決
をし,その謄本は平成18年2月3日原告に送達された。
(2)発明の内容
本件訂正により訂正された後の特許請求の範囲記載の発明は,下記のとお
りである(下線は訂正箇所。以下「本件発明」という。)。

【請求項1】リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動す
るスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節するモ
ータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,ス
プール駆動モータの電源をON/OFFする電源スイッチを設けることな
く,前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作
でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出
力調節手段を設けると共に,前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻
上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しな
いように設定されていることを特徴とする魚釣用電動リール。
(3)審決の内容
ア審決の詳細は,別添審決写し記載のとおりである。
その要点は,本件発明は,下記甲2発明,甲4発明及び周知技術に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項によ
り特許を受けることができない,というものであった。

・特開平3−119941号公報(審判甲2・本訴甲2。以下「甲2公
報」,同記載の発明を「甲2発明」という。)
・フランス特許第1525043号明細書(審判甲4・本訴甲4。以下「
甲4明細書」といい,同記載の発明を「甲4発明」という。)
イなお審決は,甲2発明を次のように認定し,本件発明との一致点及び相
違点を下記のように摘示した。

<甲2発明>
「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動する直流モー
タMを備え,該直流モータMの回転速度を調節する変速用スライドスイッ
チ11を前記リール本体に設けた釣用リールにおいて,前記リール本体に
設けた変速用スライドスイッチ11の変位操作でモータMの回転速度を高
・中・低の3速に増減するモータ調節手段を設ける釣用リール。」
<一致点>
「リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動するスプール
駆動モータを備え,該スプール駆動モータの特定の値を調節するモータ調
節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおいて,前記リール本
体に設けたモータ調節体の変位操作でモータの特定の値を増減するモータ
調節手段を設ける魚釣用電動リール。」の点。
<相違点1>
モータ調節体の調節態様に関し,本件発明が,「スプール駆動モータの
出力を調節するモータ出力調節体をリール本体に設けた魚釣用電動リール
において,スプール駆動モータの電源をON/OFFする電源スイッチを
設けることなく,単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出
力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段
を設ける」のに対し,甲2発明は,モータの回転速度を高・中・低の3速
に増減する変速用スライドスイッチ11をスライド操作可能に設けた点。
<相違点2>
本件発明が,「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状
態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設
定されている」のに対し,甲2発明は,その点が不明な点。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決は,以下に述べる理由により,違法として取り消され
るべきである。
ア取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
(ア)審決は,「魚釣用電動リールに関する技術を,両軸受型リール及びス
ピニングリール双方に適用することは,従来より一般的に行われている
こと(例えば,甲第8号証〔判決注:特開昭60−120932号公
報。本訴甲8。以下「甲8公報」という。〕参照)であるから,このよ
うな技術背景がある以上,甲4発明(スピニングリール)を甲2発明の
ような両軸受け型リールに適用してみようとすることは,当業者であれ
ば容易に思い付くことである。また,このような適用を阻害する事情も
見いだし得ない」(審決9頁下4行目∼10頁2行目)として甲4発明
を甲2発明に適用することは想到容易と判断したが,このような判断
は,甲4発明及び技術常識(甲8)の誤認に基づくものであり,また,
阻害要因を看過したものであって,誤りである。
(イ)甲4発明は,本件発明におけるようなスプールが回転するいわゆる両
軸受型リールではなく,スプールが固定されてロータ(「回転ドラム」
に相当)が回転するいわゆるスピニングリールに関するものである。こ
のようなスピニングリールでは,手動ハンドルの内方に釣糸巻取り時に
高速で回転するロータが存在し,手動ハンドル内方の,高速で回転する
ロータ近傍に手指を近づけることは大変危険であるため,ロータが回転
中は当該箇所に手指が接近することがないように,操作部材をロータに
手指が近づく方向には配置しない等,設計上も危険を回避するような配
慮を行うことが必要がある。したがって,甲4発明に記載された電動ス
ピニングリールのモータ出力調節手段の構成を,甲2発明の両軸受型リ
ールにそのまま適用することはできない。
また,甲8公報は,モータによる自動運転はできず,手動ハンドルを
回すことによって,その手動ハンドルの回転を検出して駆動モータの回
転速度を制御できる技術が開示されているにすぎず,手動ハンドルを回
すという態様がスピニングリールでも両軸受型リールでも共通であるこ
とから,「他の形式のリールに実施しても良い」との記載がされている
にすぎない。甲8公報から,一般のモータ出力調節技術すべてのもの
が,他の形式のリールに転用可能とすることは,技術背景,技術常識に
対する誤認である。
イ取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
(ア)審決は,相違点2について,「上記相違点2を検討すると,魚釣用電
動リールの駆動モータではないが,一般的に,安全性を考慮して,モー
タの調節体を停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを
再駆動しないようにしたものは,甲第6号証〔判決注:特公平1−13
314号公報。本訴甲6。以下「甲6公報」という。〕及び甲第7号
証〔判決注:実公昭30−15340号公報。本訴甲7。以下「甲7公
報」という。〕等に記載されているように周知であり,魚釣用リールに
おいても駆動モータを設けるに当たって,安全性は,当業者が当然考慮
する設計的事項にすぎない」(審決10頁6行目∼11行目)と判断し
たが,誤りである。
(イ)甲6公報は,交流駆動モータにおいて,異常過負荷となった場合モー
タ停止を行い,その後電源スイッチの投入と運転スイッチのOFFとに
より再駆動可能とするとの開示がされているだけであり,甲7公報は,
その操作軸に装着された正転用,逆転用,停止用の各カムを操作するこ
とにより,電動機への電源供給のための電源スイッチである電磁接続器
の開閉制御を行う操作開閉器が開示されているにすぎない。本件発明
の「モータ出力調節体」は,甲6,7公報に記載されているような,単
に電源をON/OFFするだけの「電源スイッチ」ではない。本件発明
の「モータ出力調節体」において,調節位置を巻上げ停止状態のモータ
出力ゼロ状態に一度戻すということは,単に「電源スイッチ」をOFF
にするということをいうのではなく,次にモータを再起動させる時に
は,モータ出力をゼロからスタートして所定値まで連続的に増減調節で
きること,すなわち,電動リールを使用した実釣時に,急に高速回転で
始動させることなく,停止状態から,かつ,変速ショックを伴うことな
くスムーズに速度を増加させることができることにより,高速での始動
や巻上げ速度の急激な変化等によって生ずる実釣時の問題点を効率的に
回避させることをも同時に意味し,本件発明は,このような構成を備え
ることにより,魚釣用電動リールに特有の問題点に対する格別顕著な作
用効果が期待できるものである。
ウ取消事由3(動機づけの欠如による進歩性の判断の誤り)
(ア)審決は,実願昭60−203774号(実開昭62−111371
号)のマイクロフィルム(審決が引用する別件無効2004−8024
1号の乙1・本訴甲9。以下「甲9公報」という。),特開平2−25
7820号公報(同乙2・本訴甲10。以下「甲10公報」という。)
及び昭和62年10月シマノ工業株式会社発行「シマノ新製品ニュース
NewTackle'87-No.20」(同乙4・本訴甲11。以下「甲11刊行物」
という。)を引用して,「実釣性及びスイッチ操作を容易にするという
課題は,本件発明と同一技術分野の魚釣用電動リールにおいて,従来よ
り周知のありふれた課題から類推できる」(審決11頁9行目∼11行
目)とした上,甲2公報,甲4明細書及び甲8公報を引用して,「魚釣
用電動リールにおいても当然考慮されるべき課題にすぎないから,これ
ら各甲号証に本件発明の課題が記載されていないからといって,動機付
けが欠如するとまではいえない」(同11頁13行目∼15行目)と判
断し(以下「判断①」という。),さらに,甲6公報及び甲7公報につ
いて,「魚釣用電動リールではないが,上記「(4−4)」の「(相違
点2)」の項において述べたように,安全性を考慮して,モータの調節
体を停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動し
ないようにしたという一般的な技術事項を引用するために挙げた証拠方
法であって,これら各甲号証に本件発明の課題が記載されていないから
といって,動機付けが欠如するということにはならない」(同11頁1
6行目∼21行目)と判断した(以下「判断②」という。)が,いずれ
も誤りである。
(イ)判断①の誤り
上記甲9,10公報及び甲11刊行物は,追い巻き操作が,本件発明
におけるような電動リール技術分野において,モータ駆動と手動ハンド
ル駆動を併用することで広く行われている技術手段であり,そのための
具体的構成も,本件発明の出願時,広く知られている周知慣用の技術手
段であることを立証するために原告が提出したものである。これらの刊
行物には,本件発明におけるような課題,すなわち,「リール本体に装
着した単一のモータ出力調節体を連続的に変位操作すると,その操作量
に応じスプール駆動モータのモータ出力が連続的に増減して,スプール
の巻上げ速度が巻上げ停止状態から最大値まで変化する。そして,その
ようなモータ出力調節体は,電源コードが外れる等,モータを再駆動す
る必要が生じた場合,調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態
に一度戻さないと,モータの再駆動ができないようになっている」との
作用及び効果を奏するような「スプール駆動モータのスイッチ操作を容
易にした」との課題に対する,明示の記載は何らない。また,甲2公報
は,訂正明細書において,正に欠点のある従来例として記載されている
ものであり,本件発明の課題に対する認識は何ら存在しない。甲4明細
書は,いわゆるスピニングリールに関するものであり,本件発明とはリ
ールの型式が違うものであるから,本件発明の課題,すなわち,「リー
ル本体に装着した単一のモータ出力調節体を連続的に変位操作すると,
その操作量に応じスプール駆動モータのモータ出力が連続的に増減し
て,スプールの巻上げ速度が巻上げ停止状態から最大値まで変化する。
そして,そのようなモータ出力調節体は,電源コードが外れる等,モー
タを再駆動する必要が生じた場合,調節位置を巻上げ停止状態のモータ
出力ゼロ状態に一度戻さないと,モータの再駆動ができないようになっ
ている」との作用効果を奏するように「スプール駆動モータのスイッチ
操作を容易にした」との課題に対する認識は何ら存在しない。甲8公報
は,手動ハンドルの回転操作によってのみしか駆動モータを回転駆動す
ることはできず,モータによる自動運転はできず,本件発明の課題に対
しての認識や示唆が全くない。
本件発明の課題は,上記各刊行物に断片的に記載されているような上
位概念としての一般的な操作性を意味しているのではなく,審決の上記
判断①は,本件発明に対する課題の誤認とともに,上記各刊行物の誤認
によるものであり,誤りである。
(ウ)判断②の誤り
甲6公報は,交流駆動モータにおいて,異常過負荷となった場合モー
タ停止を行い,その後電源スイッチの投入と運転スイッチのOFFによ
り再駆動可能とするとの開示がされているだけであり,甲7公報は,そ
の操作軸に装着された正転用,逆転用,停止用の各カムを操作すること
により,電動機への電源供給のための電源スイッチである電磁接続器の
開閉制御を行う操作開閉器が開示されているにすぎず,いずれも,本件
発明におけるような,「スプール駆動モータの電源をON/OFFする
電源スイッチを設けることなく,前記リール本体に設けた単一のモータ
出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大
値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設け」ているモータ出力
調節体に係るものではない。そして,これらの刊行物には,本件発明
の「前記モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ
出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されて
いる」との具体的構成については何ら記載されてなく,それを示唆する
記載もなく,本件発明の課題に対する認識は全く存在しないから,審決
の上記②の判断も誤りである。
エ取消事由4(顕著な作用効果の誤認・看過による進歩性の判断の誤り)
(ア)審決は,本件発明の作用効果について,「甲2発明に甲4発明を適用
することにより,当業者が予期できる範囲内のものである」(審決12
頁10行目∼11行目),「甲2発明に,モーター般の技術である「安
全性を考慮して,モータの調節体を停止状態のモータ出力ゼロ状態に一
度戻さないとモータを再駆動しないようにしたもの」(甲第6号証甲第
7号証)を適用することにより,当業者が予期できる範囲内のものであ
る」(同12頁12行目∼15行目)と判断したが,本件発明の顕著な作
用効果を誤認・看過したものであり,誤りである。
(イ)上記アで述べたとおり,甲4発明を甲2発明にそのまま適用すること
はできないから,その結果として,「甲2発明に甲4発明を適用するこ
とにより,当業者が予期できる範囲内のものである」との判断は誤りと
いわざるを得ない。本件発明は,その構成により,「スプール駆動モー
タの電源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,リール本
体に装着した単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出
力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるので,変速操作
が簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行える」
との顕著な作用効果が期待できるものである。
さらに,甲6公報及び甲7公報は,あくまでも「モータ一般の技術」
にすぎず,安全性を考慮した魚釣用電動リールのセーフティ機能に意義
がある本件発明における,「モータ出力調節体の調節位置を巻上げ停止
状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを駆動しないように
設定しているので,電源コード接続時等にモータ出力調節体の任意の変
速位置に対応する出力で誤ってモータが駆動されるようなことが無くな
り,再駆動時等において,慌ててスイッチ操作を行うことも無くなり,
トラブルを防止できる」との顕著な作用効果については何ら開示がな
く,その示唆もない。本件発明の「モータ出力調節体」は,甲6,7公
報に記載されているような,単に電源をON/OFFするだけの「電源
スイッチ」ではない。本件発明の「モータ出力調節体」において,調節
位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻すということは,
単に「電源スイッチ」をOFFにするということをいうのではなく,次
にモータを再起動させる時には,モータ出力をゼロからスタートして所
定値まで連続的に増減調節できること,すなわち,電動リールを使用し
た実釣時に,急に高速回転で始動させることなく,停止状態から,か
つ,変速ショックを伴うことなくスムーズに速度を増加させることがで
きることにより,高速での始動や巻上げ速度の急激な変化等によって生
ずる実釣時の問題点を効率的に回避させることをも同時に意味してい
る。そして,本件発明は,このような構成を備えることにより,魚釣用
電動リールに特有の問題点に対する格別顕著な作用効果が期待できるも
のである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断は正当であり,審決には原告が主張するような違法はない。
(1)取消事由1に対し
ア甲4発明の電動スピニングリールにおいて操作部材の配置に危険回避等
の配慮が必要であるとしても,甲4発明の操作部材を,配置について特に
配慮を必要としない甲2発明に適用することは,配置に何の配慮も要らな
いのであるから,当業者が容易になし得ることである。
イまた,同じ魚釣用電動リールに関する技術を,両軸受型リールやスピニ
ングリールに適用することは当業者にとって当然のことにすぎない。現
に,甲8公報のほかにも,たとえば,実願昭62−192169号(実開
平1−94064号)のマイクロフィルム(乙2。以下「乙2公報」とい
う。),実願昭59−51339号(実開昭60−162461号)のマ
イクロフィルム(乙3。以下「乙3公報」という。)及び実願平1−13
361号(実開平2−105358号)のマイクロフィルム(乙4。以
下「乙4公報」という。)からも明らかである。
(2)取消事由2に対し
安全性を考慮してモータの調節体を停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度
戻さないとモータを再駆動しないようにしたものは周知慣用技術である。そ
うすると,甲2発明のモータ出力調節体に,モータ一般の上記周知慣用技術
を適用して相違点2の構成を得ることは設計的事項にすぎず,当業者にとっ
て容易になし得ることは明らかである。なお,特開昭64−16216号公
報(審判甲5・本訴乙1)には,魚釣用電動リールにおいて,一度ブレーカ
又はリレーが作動すると,電源スイッチをオフし,再度オン操作しない限り
モータを再起動することができない技術が従来技術として紹介されており,
魚釣用電動リールにおいても上記周知慣用技術が採用されていることが分か
る。
(3)取消事由3に対し
ア原告のいう判断①の誤りにつき
原告の主張する課題が,当業者にとって自明の課題ないしは自明の課題
と実質的に異ならないものにすぎないことは,甲4明細書の「本発明の目
的は,……特に餌或いはルアーの回収操作に関する要請に対し,従来より
も更に好適に対応できるような上記リールを製造することにある」(訳文
1頁8行目∼10行目)との記載,甲8公報の「本発明の目的は,……ハ
ンドル操作で駆動モーターの回転速度を制御して獲物の引きに合わせて釣
糸の繰り出しと巻き上げ操作が出来て釣り本来の面白味が味わえるように
した魚釣用電動リールを提案することにある」(1頁右下欄1行目∼5行
目)との記載,実願昭59−40697号(実開昭60−151369
号)のマイクロフィルム(乙5。以下「乙5公報」という。)の「考案の
目的本考案は……操作性の良い変速スイッチを有する電動リールを提供
するものである」(明細書2頁6行目∼9行目)との記載,実願昭60−
203774号(実開昭62−111371号)のマイクロフィルム(乙
6。以下「乙6公報」という。)の「クラッチの係合トルク調整とドラッ
グ力の強弱調整の両作用を1本の操作レバーにて行なうことが出来るため
釣り操作を大幅に向上することが出来る」(11頁5行目∼8行目)との
記載,特開平2−257820号公報(乙7。以下「乙7公報」という。
号証)の「本発明は手動併用電動リールにおけるこれらの欠陥を改善して
手動捲取り操作中においても円滑容易なドラグ操作ができると共に安定し
たドラグ制動力が得られるようにした魚釣用電動リールを提供することを
目的とするものである」(1頁右下欄下から3行目∼2頁左上欄2行
目)」との記載からも明らかといえる。
イ原告のいう判断②の誤りにつき
原告は,甲6,7公報について,本件発明におけるようなモータ出力調
節体に係るものではなく,その具体的構成について何ら記載されていない
と主張するが,同主張は相違点2についての主張を繰り返すものにすぎ
ず,その主張が失当であることは,上記(2)のとおりである。
(4)取消事由4に対し
本件発明の作用効果は,「(a)リール本体に装着した単一のモータ出力調
節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じスプール駆動モータのモ
ータ出力が連続的に増減して,スプールの巻上げ速度が巻上げ停止状態から
最大値まで変化する。そして,(b)そのようなモータ出力調節体は,電源コ
ードが外れる等,モータを再駆動する必要が生じた場合,調節位置を巻上げ
停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないと,モータの再駆動ができな
いようになっている」(【0007】段落)との作用と,(a)’変速操作が
簡素化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行なえると共
に,「(b)’電源コード接続時等にモータ出力調節体の任意の変速位置に対
応する出力で誤ってモータが駆動されるようなことが無くなり,再駆動時等
において,慌ててスイッチ操作を行うことも無くなり,トラブルを防止でき
る」(【0035】段落)との効果であるところ,(a),(a)’の作用効果
は,甲2発明に甲4発明を適用することにより当業者が当然に予測できるも
のであり,また,(b),(b)’の作用効果は,甲2発明にモータ一般の周知技
術(甲6,7公報等)を適用することにより当業者が当然に予測できるもの
であり,その総和以上の作用効果が得られるものではなく,審決の判断に誤
りはない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,審決の適否につき,原告主張の取消事由ごとに判断する。
2取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1)原告は,甲4発明におけるようなスピニングリールでは,手動ハンドル内
方の,高速で回転するロータ近傍に手指を近づけることは大変危険であるた
め,ロータが回転中は当該箇所に手指が接近することがないように,操作部
材をロータに手指が近づく方向には配置しない等,設計上も危険を回避する
ような配慮を行うことが必要があるから,甲4発明に記載された電動スピニ
ングリールのモータ出力調節手段の構成を,甲2発明の両軸受型リールにそ
のまま適用することはできず,阻害要因が存在すると主張する。
しかし,甲2発明は,本件発明と同様のスプールが回転する両軸受型リー
ルであって,高速で回転するロータはないから,原告が主張するようなスピ
ニングリールの設計上の配慮が必要となるものではない。したがって,甲4
発明を甲2発明に適用するに当たって,原告主張の阻害要因が存在するとい
うことはできず,原告の上記主張は採用することができない。
(2)また,甲8公報から,一般のモータ出力調節技術すべてのものが,他の形
式のリールに転用可能とすることは,技術背景,技術常識に対する誤認であ
ると主張する。
しかし,甲8公報のほかも,乙2公報に,両軸受型リールについてのリー
ル枠本体を把持した手の指で操作パネル上のオートスイッチ及びマニアルス
イッチの操作を容易になし得るようにしたスイッチの配置についての技術を
スピニングリールにも適用可能であることが開示され,乙3公報に,モータ
の回転をリールに伝達するギア構造についての技術をスピニングリール,両
軸受型リールに適用する実施例が記載されているのであるから,スピニング
リールと両軸受型リールにおいて,両者に共通して用いることができる技術
を,双方の形式のリールに適用することは,当業者(その発明の属する技術
の分野における通常の知識を有する者)が従来より行っていたことであると
認められる。そして,審決が甲4明細書から引用した技術事項は,「駆動モ
ータ(「電気モータ16」,以下,括弧内は甲4発明)の電源をON/OF
Fする電源スイッチを設けることなく,駆動モータの回転速度を巻上げ停止
状態(待避端部位置)から最大値(アクティブ端部位置)まで連続的に増減
させる単一のモータ調節体(操作部材21)を設けている」点(審決9頁1
6行目∼20行目)であって,釣糸巻上げ用モータの回転速度の調節をモー
タ調節体により行うという技術は,スピニングリールでも両軸受型リールで
も共通して用いられる技術であることは明らかであるから,審決が甲8公報
の記載を例示して,甲4発明を甲2発明のような両軸受型リールに適用して
みようとすることは当業者であれば容易に思い付くことであると判断したこ
とには誤りはない。
さらに付言するに,甲4明細書には,「本発明は,いわゆる固定スプール
の魚釣用リールに関するものであり,キャスティング時にスプールから釣糸
が引き出されていくときにスプールが静止状態にある魚釣用リールに関す
る。本発明の目的は,キャスティングを行った時の様々な実用上の要請,特
に餌或いはルアーの回収操作に関する要請に対し,従来よりも更に好適に対
応できるような上記リールを製造することにある」(訳文1頁5行目∼10
行目),「このようなリールでは電気的巻上制御により餌或いはルアー回収
を,手動で行うよりも高速で行うことができる。また,回収速度をより迅速
に切り替えることができる。これら全ての要素は獲物を狙う魚を狙うのに効
果的である。釣りの種類やその時々の状況に応じて,釣り人は回転ドラムの
制御方法を一方から他方へ簡単に且つ迅速に行うことが可能である。例え
ば,魚がかかると電気制御による回収を停止し,魚を疲れさせるために手動
制御に切り替えることができる」(同3頁35行目∼4頁5行目)と記載さ
れており,「キャスティングを行った時の様々な実用上の要請,特に餌或い
はルアーの回収操作に関する要請に対し,従来よりも更に好適に対応できる
ようにする」という甲4発明の目的は,甲2発明のような魚釣用電動リール
においても同様に達成すべき目的であることは当業者に明らかであるから,
甲2発明に甲4発明を適用する動機づけが存在するものということができ
る。
(3)以上のとおり,原告の主張する取消事由1は理由がない。
3取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
(1)原告は,相違点2の「モータ出力調節体は……停止状態のモータ出力ゼロ
状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」構成に
ついて,甲6,7公報に記載されているように周知であり,安全性は当業者
が当然考慮する設計的事項にすぎないとした審決の判断(審決10頁7行目
∼11行目)は誤りである,と主張する。
(2)そこで,上記各刊行物についてみると,まず,甲6公報には,「異常過負
荷となつた場合,遅滞なくモータ負荷電流を遮断してモータの加熱,焼損等
の事故のおそれをなくし,その後,停止指定すると再駆動可能に復帰するよ
うにして,永久的遮断や自然復帰による装置における如き保安,安全性等の
諸問題を解消し,更には一般の制御装置においては運転指定となっている状
態で制御用電源を遮断している場合,該電源を投入したことによって直ちに
モータが運転されて例えばこれが特に高速運転指定にあった場合など危険を
伴うが,これを電源投入後は停止指定がないと運転に移行出来ないようにな
したものであり」(1頁右欄13行目∼24行目)との記載がある。
また,甲7公報には,「従つて運転中停電し再び送電が開始されたときに
は操作軸を必ず一度停止位置に戻した後再度運転位置に操作しなければ電動
機は起動せず,停止位置への復帰の途中で電動機が不意に起動するような恐
れがない」(2頁左欄12行目∼16行目)との記載がある。
上記記載によれば,一般に停電復帰時等に電動機が不意に起動するような
事態は危険であるからこれを避ける必要があり,安全性に配慮して,電動機
の制御において,電源が遮断されて電動機が停止した際に,一度停止位置に
戻した後でなければ電動機が起動しないように設定することは,本願出願時
において,当業者に周知の技術であったと認められる。
(3)この点につき,原告は,本件発明の「モータ出力調節体」は,甲6,7公
報に記載されているような,単に電源をON/OFFするだけの「電源スイ
ッチ」ではなく,本件発明の「モータ出力調節体」において,調節位置を巻
上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻すということは,次にモータを
再起動させる時には,モータ出力をゼロからスタートして所定値まで連続的
に増減調節できること,すなわち,電動リールを使用した実釣時に,急に高
速回転で始動させることなく,停止状態から,かつ,変速ショックを伴うこ
となくスムーズに速度を増加させることができることにより,高速での始動
や巻上げ速度の急激な変化等によって生ずる実釣時の問題点を効率的に回避
させることをも同時に意味し,格別顕著な作用効果が期待できるものである
と主張する。
(4)そこで,本件発明の「モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状
態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定
されている」ことの技術的意義について検討する。
訂正明細書(甲15添付)には,次の記載がある。
「【0003】【発明が解決しようとする課題】しかし,上記電動リール
は,スライドスイッチをリール本体の上面に沿って前後方向にスライド
させて,低速・中速・高速に変速する構成のため,巻取り時の変速操作
時に,リール本体から手の指がずれやすくて安定せず,容易に変速操作
が行えない。また,モータの駆動も低速・中速・高速の3段階しか変速
できないため,釣場の状況等に対応した幅広く迅速なモータ出力の制御
が行えず,実釣性に劣る。」
「【0004】さらに,メインスイッチをON操作した後に,回転してい
るモータを,スライドスイッチを前後方向にスライドさせて低速・中速
・高速の3段階にモータ出力を制御する,というように,2つのスイッ
チ形態によってモータの駆動(停止)および変速を行う構成のため,ス
イッチ操作が煩雑になってしまう。」
「【0005】本発明は上記問題に基づいて案出されたもので,釣場の状
況等に応じてスプール駆動モータを巻上げ停止状態から最大値まで連続
的に調整可能にして実釣性の向上を図ると共に,スプール駆動モータの
スイッチ操作を容易にした魚釣用電動リールを提供することを目的とす
る。」
「【0006】【課題を解決するための手段】上記目的を達成するため,
本発明は,リール本体に回転可能に支持されたスプールを巻取り駆動す
るスプール駆動モータを備え,該スプール駆動モータの出力を調節する
モータ出力調節体を前記リール本体に設けた魚釣用電動リールにおい
て,スプール駆動モータの電源をON/OFFする電源スイッチを設け
ることなく,前記リール本体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的
な変位操作でモータ出力を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減
するモータ出力調節手段を設けると共に,前記モータ出力調節体は,そ
の調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモ
ータを再駆動しないように設定されていることを特徴とする。」
「【0007】本発明によれば,リール本体に装着した単一のモータ出力
調節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じスプール駆動モー
タのモータ出力が連続的に増減して,スプールの巻上げ速度が巻上げ停
止状態から最大値まで変化する。そして,そのようなモータ出力調節体
は,電源コードが外れる等,モータを再駆動する必要が生じた場合,調
節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないと,モー
タの再駆動ができないようになっている。」
「【0021】そして,魚の当たりがあった場合に,上記ON/OFFス
イッチ51をON操作すると,レバー39の現在位置のモータ出力でス
プール7が回転して釣糸9が巻き上げられるので,釣り人は表示器55
を確認し乍ら,釣糸9をゆっくり巻き上げたい場合には,例えば表示器
55のレバー表示量の目盛りが“20”となるようにレバー39を操作
し,魚の引きが強くてハリスが強い場合には,バー表示量の目盛りが“
80”となるようにレバー39を操作する等,巻上げの状況に応じてレ
バー39を操作し乍らモータ17の出力を制御すれば,釣糸9は巻上げ
に最適なモータ速度で巻き上げられることとなる。そして,巻上げを止
めたい場合にはバー表示量の目盛りが“0”となるようにレバー39を
戻せばよい。」
「【0022】このように,本実施形態に係る魚釣用電動リールによれ
ば,ハリス強度,対象魚,魚の大小及びヒット数,潮流,波等を考慮し
乍ら,モータ出力をリール本体1に装着した一つのレバー39で制御し
てスプール7の回転数を巻上げ停止状態から最大値まで連続的に増減変
更することができ,而も,釣人はリール本体1の両側部を両手で保持し
た状態のまま,右手をずらすことなく親指と人差し指でレバー39の操
作が可能であるので,従来の魚釣用電動リールに比し釣糸9の巻上げ操
作性が飛躍的に向上する。」
「【0024】また,本実施形態では,ON/OFFスイッチ51をON
操作すると,レバー39の現在位置のモータ出力で釣糸9の巻上げが開
始され,以後はレバー39の操作に応じてモータ17の出力を連続的に
制御できるようにしたが,ON/OFFスイッチ51は省略してもよ
い。すなわち,レバー39は,最も手前位置に回転した際にモータ出力
を巻上げ停止状態にして,ここから前方に回転操作することで,最大値
まで連続的にモータ出力を調節できるようになっていることから,ON
/OFFスイッチ51を省略して,レバー39が電源スイッチ(ON/
OFFスイッチ)を兼ねるように構成することができる。」
「【0025】そして,このように構成する場合,安全性を考慮してレバ
ー39を一度“0”の位置に戻してから,スプール7の巻上げが開始す
るように構成する(セーフティ機能を設ける)。すなわち,例えば,実
釣時に電源コードが外れた場合等において,再びモータを再駆動しよう
として電源コードを再接続しても,レバー39の位置を一度“0”の位
置に戻さないとモータは再駆動されないように構成されている。」
「【0026】この結果,変速位置に対応してモータが再駆動することが
無くなり,慌ててスイッチ操作を行った際に生じやすいスイッチ操作ミ
スを防止することができる。」
「【0035】【発明の効果】本発明によれば,スプール駆動モータの電
源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,リール本体に装
着した単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作で,モータ出力を巻
上げ停止状態から最大値まで連続的に増減できるので,変速操作が簡素
化されて釣場の状況に応じた幅広いモータ出力の制御が行えると共に,
前記モータ出力調節体の位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に
一度戻さないとモータを駆動しないように設定しているので,電源コー
ド接続時等にモータ出力調節体の任意の変速位置に対応する出力で誤っ
てモータが駆動されるようなことが無くなり,再駆動時等において,慌
ててスイッチ操作を行うことも無くなり,トラブルを防止できる。」
上記記載によれば,本件発明において「電源ON/OFFスイッチを省略
する」場合には,「安全性を考慮してレバー39を一度“0”の位置に戻し
てから,スプール7の巻上げが開始するように構成する(セーフティ機能を
設ける)」(段落【0025】)とされており,本件発明の「モータ出力調
節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さな
いとモータを再駆動しないように設定されている」ことの技術的意義は,安
全性を考慮したものであると認められる。
他方,原告が主張する,本件発明の「モータ出力調節体」において,調節
位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻すということは,次に
モータを再起動させる時には,モータ出力をゼロからスタートして所定値ま
で連続的に増減調節できること,すなわち,電動リールを使用した実釣時
に,急に高速回転で始動させることなく,停止状態から,かつ,変速ショッ
クを伴うことなくスムーズに速度を増加させることができることにより,高
速での始動や巻上げ速度の急激な変化等によって生ずる実釣時の問題点を効
率的に回避させることをも同時に意味するとの点について,訂正明細書(甲
15添付)に記載はなく,この点に係る原告の主張は,訂正明細書の記載に
基づかないものであり,失当というほかない。
(5)そうすると,本件発明の「モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停
止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないとモータを再駆動しないように
設定されている」ことの技術的意義は,甲6,7公報に記載されている当業
者に周知の技術と同様,安全性を考慮して,電源コードの接続をした際等
に,使用者の予期しないモータ駆動を防止することを目的とするものにとど
まるというべきである。
したがって,相違点2についての審決の判断に誤りはなく,原告の取消事
由2の主張は理由がない。
4取消事由3(動機づけの欠如による進歩性の判断の誤り)について
(1)原告は,甲2公報,甲4明細書,甲8,9,10公報及び甲11刊行物
は,本件発明におけるような課題,すなわち,「リール本体に装着した単一
のモータ出力調節体を連続的に変位操作すると,その操作量に応じスプール
駆動モータのモータ出力が連続的に増減して,スプールの巻上げ速度が巻上
げ停止状態から最大値まで変化する。そして,そのようなモータ出力調節体
は,電源コードが外れる等,モータを再駆動する必要が生じた場合,調節位
置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないと,モータの再駆
動ができないようになっている」との作用及び効果を奏するような「スプー
ル駆動モータのスイッチ操作を容易にした」との課題に対する認識は何ら存
在していないから,審決の判断は,本件発明に対する課題の誤認とともに,
上記各刊行物の誤認によるものであると主張する。
(2)しかし,本件発明の上記課題と全く同一の課題が記載されていないとして
も,各刊行物に記載された発明に共通する技術的課題が存在すれば,当該課
題を解決するために,各刊行物に記載された発明を組み合わせることは,当
業者が通常試みることである。そして,甲2発明に甲4発明を適用する動機
づけが存在することは,上記2(2)のとおりである。また,甲8公報に
は,「本発明の目的は,……ハンドル操作で駆動モーターの回転速度を制御
して獲物の引きに合わせて釣糸の繰り出しと巻き上げ操作が出来て釣り本来
の面白味が味わえるようにした魚釣用電動リールを提案することにある」(
1頁右下欄1行目∼5行目),「又上記説明では魚釣用リールをスピニン
グリールと両軸受型リールで述べたが,他の形式のリールに実施してもよ
い」(3頁左下欄12行目∼14行目)との記載が,甲9公報には,「……
釣り操作を大幅に向上することが出来る」(同明細書11頁7行目∼8行行
目)との記載が,甲10公報には,「……ドラグ操作を迅速かつ容易に行う
ことができる」(3頁右下欄13行目∼15行目)との記載が,甲11刊行
物には,「……巻き上げるパワーが違います。操作性が違います」(左上「
電動丸」の欄)との記載があり,これらの記載によれば,実釣性及びスイッ
チ操作を容易にするという課題は,本件発明と同一技術分野の魚釣用電動リ
ールにおいて,従来より周知のありふれた課題ないしそこから類推できるも
のにすぎない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3)原告は,甲6,7公報は,本件発明におけるような,「スプール駆動モー
タの電源をON/OFFする電源スイッチを設けることなく,前記リール本
体に設けた単一のモータ出力調節体の連続的な変位操作でモータ出力を巻上
げ停止状態から最大値まで連続的に増減するモータ出力調節手段を設け」て
いるモータ出力調節体に係るものではなく,その具体的構成である,「前記
モータ出力調節体は,その調節位置を巻上げ停止状態のモータ出力ゼロ状態
に一度戻さないとモータを再駆動しないように設定されている」との具体的
構成については何ら記載されてなく,それを示唆する記載もないから,本件
発明の課題に対する認識は存在しないと主張する。
しかし,一般に停電復帰時等に電動機が不意に起動するような事態は危険
であるからこれを避ける必要があり,安全性に配慮して,電動機の制御にお
いて,電源が遮断されて電動機が停止した際に,一度停止位置に戻した後で
なければ電動機が起動しないように設定することは,本願出願時において,
当業者に周知の技術であったことは上記3(3)のとおりである。そして,甲
2発明もモータを駆動するものであるから,安全のために,電源が遮断され
た場合にモータ調節体をモータ停止状態に一度戻さなければ再起動しないよ
う構成することは,当業者が必要に応じて適宜なし得る程度のことにすぎな
いというべきであり,原告の上記主張は採用できない。
5取消事由4(顕著な作用効果の誤認・看過による進歩性の判断の誤り)につ
いて
(1)原告は,甲4発明を甲2発明にそのまま適用することはできないから,そ
の結果として,「甲2発明に甲4発明を適用することにより,当業者が予期
できる範囲内のものである」との判断は誤りであると主張する。
しかし,甲4発明を甲2発明に適用するに当たって,原告主張の阻害要因
が存在するということはできないことは,上記2(1)のとおりであり,原告
の上記主張は,前提において誤りである。
(2)原告は,本件発明の「モータ出力調節体」は,モータを再起動させる時に
は,モータ出力をゼロからスタートして所定値まで連続的に増減調節できる
こと,すなわち,電動リールを使用した実釣時に,急に高速回転で始動させ
ることなく,停止状態から,かつ,変速ショックを伴うことなくスムーズに
速度を増加させることができることにより,高速での始動や巻上げ速度の急
激な変化等によって生ずる実釣時の問題点を効率的に回避させることをも同
時に意味し,格別顕著な作用効果が期待できるものであると主張するが,同
主張が採用できないことは,上記3(4)のとおりである。
(3)電源が遮断して,モータが停止状態となった場合には,一旦停止位置に戻
さなければモータの再起動が行われないようにすれば,再駆動時にモータ出
力調節体の任意の変速位置に対応する出力で誤ってモータが駆動されるよう
なことがなくなることは明らかであり,その結果,再駆動時等においてトラ
ブルを防止できるという効果を奏することは,当業者であれば予測し得る程
度のことにすぎない。
したがって,本件発明の作用効果について,「甲2発明に甲4発明を適用
することにより,当業者が予期できる範囲内のものである」(審決12頁1
0行目∼11行目),「甲2発明に,モーター般の技術である「安全性を考
慮して,モータの調節体を停止状態のモータ出力ゼロ状態に一度戻さないと
モータを再駆動しないようにしたもの」(甲第6号証甲第7号証)を適用す
ることにより,当業者が予期できる範囲内のものである」(同12頁12行
目∼15行目)とした審決の認定判断に誤りはなく,原告の取消事由4の主張
も採用することができない。
6結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官岡本岳
裁判官上田卓哉

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