弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告のための付加期間を90日と定める。
       事   実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1)特許庁が平成7年審判第11923号事件について平成8年2月13日にし
た審決を取り消す。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文1、2の項と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、名称を「一酸化炭素とエテンの新規重合体」(後に「一酸化炭素とオレ
フィンの新規重合体」と補正とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1
985年8月29日にオランダ国においてされた出願に基づく優先権を主張して、
昭和61年8月27日に特許出願(昭和61年特許願第199197号)をしたと
ころ、平成7年2月20日付で拒絶査定を受けたので、同年6月9日に審判を請求
し、平成7年審判第11923号事件として審理された結果、平成8年2月13
日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年5月13日、そ
の謄本の送達を受けた。なお、出訴期間として90日が附加された。
2 本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項の記載)
 一酸化炭素とエテンと一般式CHR1=CHR2(ここで基R1およびR2の一
方は水素でありそして他方は炭化水素基である)で表わされる炭素原子数が20よ
り少ない1またはそれ以上のオレフィン型不飽和炭化水素(A)の重合体であっ
て、
a)重合体が線状構造を有し、
b)それらが単位―CO(C2H4)―および単位―CO―(A)―から成り、
c)前記単位―CO―(A)―が重合体中のランダムな点に分布し、
d)重合体が150ないし245℃の融点を有し、
そして
e)それらが100℃でm―クレゾール中で測定して0.2ないし5.0dl/g
の極限粘度数(LVN)を有する、
ことを特徴とする新規重合体
3 審決の理由の要点
(1)本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
(2)これに対して、原査定の拒絶の理由に引用された昭和59年特許出願公開第
197427号公報(昭和59年11月9日発行、以下「引用例」という。)には
次の記載がなされている。
ア 第Vb族から選ばれた元素と結合している炭化水素基からなる配位子を含む第
Ⅷ千族金属触媒の存在下で一酸化炭素とアルケン状不飽和炭化水素との混合物を重
合することによってポリケトンを製造する方法において、パラジウム、コバルトま
たはニッケルの化合物、ハロゲン化水素酸でもまたカルボン酸でもないことを条件
として、2よりも小さいpKaを有する酸のアニオン、および一般式R1R2―M
―R―M―R3R4を有する二座配位子を反応させることによって得られる錯体化
合物を触媒として使用することを特徴とする上記製造方法、上記の式においてMは
燐、砒素またはアンチモンを表わし、Rは架橋中に少なくとも2個の炭素原子を有
する二価の有機架橋基を表わし、そしてこれらの炭素原子のいずれも立体障害を引
き起こす置換基を持たず、そしてR1、R2、R3およびR4は同じかまたは異な
る炭化水素基である。(特許請求の範囲第1項)
イ アルケン状不飽和炭化水素は一般に2―30個好ましくは2―12個の炭素原
子を有するアルケンまたはシクロアルケンである。好適なアルケンの例はプロピレ
ン、ブチレン―1、ブチレン―2、イソブチレン、ペンテン異性体、ヘキセン、オ
クテンおよびドデセン、シクロオクテンおよびシクロドデセンであり、エチレンが
最も好ましい。その他のアルケン状不飽和炭化水素の例はスチレン、α―メチルス
チレン、アクリル酸、メタクリル酸、これらの酸のアルキルエステルおよび2個の
不飽和基が共役していないジアルケンである。(3頁右上欄18行ないし左下欄8
行)
ウ 得られた重合体は一般に次の式によって特徴づけられる純粋の共重合体であ
る。
(●)
この式においてmは比較的小さな数、例えば1ないし6であり、Aは飽和炭化水素
基に添加される「単量体」単位であり、そしてnは2、3またはより好ましくは1
0よりも大きい数、例えば3000、6000または更に大きい数である。
(5頁左上欄16行ないし右上欄5行)
エ 1種の「単量体」Aの代りに、2種の異なる「単量体」、例えばエチレンとス
チレン、エチレンとアクリル酸、エチレンと酢酸ビニル、エチレンとブチレン―
1、プロピレンとメタクリル酸メチル、ブチレン―1とアクリル酸、等が存在する
こともできる。
(5頁右上欄6行ないし11行)
オ 実施例(1)
 磁気的に攪拌された250mlのオートクレーブにメタノール50ml、酢酸パ
ラジウム0.1ミリモル、1,3―ジ(ジフェニルホスフィン)プロパン0.15
ミリモルおよびp―トルエンスルホン酸2ミリモルを装入した。オートクレーブに
一酸化炭素をフラッシュし、20バールの圧力のエチレンおよび30バールの圧力
の一酸化炭素を満たし、密閉し、そして一定の時間一定温度に加熱した。反応が終
了した後重合体の収量を測定し、毎時パラジウム1g当りの重合体のグラム数を算
出した。存在する末端基と平均分子量を測定するために核磁気共鳴分析も実施し
た。(5頁左下欄5行ないし17行)
(3)対比・当審の判断
 引用例には、特許請求の範囲に記載された方法によって製造されたポリケトンの
発明(以下「引用例記載の発明」という。)が記載されているといえる。そして、
引用例には、ポリケトン重合体が式
(●)
によって特徴づけられ、Aはエチレンとブチレン―1の組合せであってもよいこと
が明記されている。
 したがって、本願発明と引用例記載の発明は、一酸化炭素とエテンと一般式CH
R1=CHR2(ここで基R1およびR2の一方は水素でありそして他方は炭化水
素基である)で表わされる炭素原子数が20より少ない1またはそれ以上のオレフ
ィン型不飽和炭化水素(A)の重合体であって、重合体が線状構造を有する点で一
致している。ただ、両発明は、次の点で一応の相違が見られる。
① 本願発明では、単位―CO(C2H4)―および単位―CO―(A)―から成
ることを規定しているのに対して、引用例記載の発明では、単位―CO(C2H
4)―および単位―CO―(A)―から成ることを明らかにしていない点、
② 本願発明では、単位―CO―(A)―が重合体中のランダムな点に分布してい
ることを規定しているのに対して、引用例記載の発明では、単位―CO―(A)―
が重合体中のランダムな点に分布していることを明らかにしていない点、
③ 本願発明では、重合体が150ないし245℃の融点を有し、100℃でm―
クレゾール中で測定して0.2ないし5.0dl/gの極限粘度数(LVN)を有
することを規定しているのに対して、引用例記載の発明では、重合体が150ない
し245℃の融点を有し、100℃でm―クレゾール中で測定して0.2ないし
5.0dl/gの極限粘度数(LVN)を有することを明らかにしていない点、
(4)そこで、これらの相違点について検討する。
ア 相違点①について
 引用例には、前記ポリケトン重合体の式において、mが1である場合が明記され
ている。また、引用例には、酢酸パラジウム、1,3―ジ(ジフェニルホスフィ
ン)プロパンおよびp―トルエンスルホン酸から成る触媒を用いてポリケトン重合
体を製造する具体例が記載されており、この触媒は、本願明細書においても、高分
子量線状交互重合体を製造し得る触媒の例として説明されているものである。して
みれば、引用例には、一酸化炭素の単位とアルケン状不飽和炭化水素の単位が交互
に配列した重合体が記載されているといえる。
 引用例にはまた、最も好ましいアルケン状不飽和炭化水素がエチレンであるこ
と、および、1種の「単量体」Aの代りにエチレンとブチレン―1の組合せでもよ
いことが記載されている。
 これらを総合すると、引用例には、単位―CO(C2H4)―および単位―CO
(C4H8)―から成る重合体が実質的に記載されているとして差支えない。
 したがって、本願発明で単位―CO(C2H4)―および単位―CO―(A)―
から成ることを規定したことによって、本願発明と引用例記載の発明が実質的に異
なる発明を構成するものとは認めることができない。
イ 相違点②について
 引用例には1種の「単量体」Aの代りに2種の異なる単量体が存在することもで
きる、と記載されており、ポリケトン製造の具体例では、触媒の装入されたオート
クレーブに一酸化炭素とエチレンを満たし、密閉して一定の時間一定温度に加熱し
たことが記載されている。
 引用例のこれらの記載に基づいて、エチレンの代りにエチレンとブチレン―1を
用いる場合には、触媒の装入されたオートクレーブに一酸化炭素とエチレンとブチ
レン―1を満たし、密閉して一定の時間一定温度に加熱する方法が想定できる。
 そして、この方法は、本願明細書の実施例に記載された方法と区別ができないも
のである。
 してみれば、引用例に記載された単位―CO(C2H4)―および単位―CO
(C4H8)―から成る重合体は、単位―CO(C4H8)―が重合体中のランダ
ムな点に分布しているといえる。
 したがって、本願発明で単位―CO―(A)―が重合体中のランダムな点に分布
していることを規定したことによって、本願発明と引用例記載の発明が実質的に異
なる発明を構成するものとは認めることができない。
ウ 相違点③について
 前記のとおり、引用例には、単位―CO(C2H4)―および単位―CO(C4
H8)―から成る重合体が実質的に記載されている。
 したがって、重合体の融点および極限粘度がそれぞれ、150ないし245℃お
よび0.2ないし5.0dl/g(100℃、m―クレゾール中)であることを明
らかにしたとしても、それは、引用例に記載された重合体の物性値を測定した結果
を示したにすぎないものである。
 そのため、本願発明で重合体が150ないし245℃の融点を有し、100℃で
m―クレゾール中で測定して2.0ないし5.0dl/gの極限粘度数(LVN)
を有することを規定したことによって、本願発明が引用例記載の発明と異なる新た
な発明を構成したものとは認めることができない。
(5)結び
 以上の検討結果のとおり、本願発明は、引用例記載の発明と実質的に同一である
と認められるので、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができな
い。
4 審決の取消事由
 審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)、(5)は争う。
 審決は、引用例記載の発明の技術内容の認定を誤った結果、相違点①ないし③の
判断を誤り、更に、本願発明の顕著な効果を看過したものであって、違法であるか
ら、取り消されるべきである。
(1)取消事由1(相違点①の判断誤り)
ア 引用例には「―[―CO―Am―]n Ⅲ
 この式においてmは比較的小さい数、例えば、1ないし6であり、」(5頁左上
欄末行ないし右上欄2行)と記載されており、mが1の場合というのは、「比較的
小さい数」という曖味で不特定な範囲の中の単なる一具体例であって、mが1の場
合が好ましい旨の記載は見当たらない。
 また、引用例には、飽和炭化水素に転化される単量体(A)の異なる2種の組合
せの例がいくつかあげられており、その中にエチレンおよびブチレン―1の組合せ
も記載されてはいる。しかし、上記記載部分は、上記mの値に関する記載とは何ら
の関連性も持つものではない。したがって、仮に、mの範囲である「比較的小さい
数」を1ないし6に限定し、更に単量体(A)をエチレンおよびブチレン―1の組
合せに特定したとしても、エチレンおよびブチレン―1の連なりを示す数mが1な
いし6のいずれの数をとるのかについては何ら具体的な教示はないから、引用例
は、6×6=36通りの構造の異なる共重合体が得られる可能性を漠然と示してい
るにすぎない。しかも、引用例は、mの範囲を1ないし6に限定しているものでは
なく、また、引用例が、アルケン状不飽和炭化水素は一般に2―30個好ましくは
2―12個の炭素原子を有するアルケンまたはシクロアルケンであるとした上でそ
の例を多数あげている(3頁右上欄下から3行ないし左下欄8行)のであるから、
考え得る可能な2種類の単量体(A)の組合せも実質的に無制限の莫大な数とな
る。このように、引用例には、共重合体の単位―[―CO―Am―]の構造に関し
ては極めて漠然とした一般的な事項しか記載されていない。そして、引用例の実施
例では、実際に単量体(A)として使用されているのはエチレンのみであり、2種
類の単量体(A)の組合せは皆無である。
イ 審決は、引用例記載の発明の重合体が、本願発明のような一酸化炭素とアルケ
ン状不飽和炭化水素の単位が交互に配列した重合体であることの理由の一つとし
て、引用例記載の発明と本願発明で同一の触媒が記載されていることをあげる。し
かし、触媒の存在下に重合体を製造する反応においては、実際に実験を行ってみる
までは、どういう構造を有する重合体が得られるのか分からない。そして、引用例
には、交互構造を有する重合体が得られたことが実際に確認されていないし、その
構造の存在が客観的に認められるような記載も皆無である。
ウ 引用例には、単量体(A)としてエチレンとブチレン―1の組合せを有するポ
リケトンは記載されておらず、したがって、これらの異なるオレフィンがいかなる
モル比で使用されたか、いかなる重合条件で行われたかは全く不明である。すなわ
ち、引用例には、一酸化炭素とエチレンとエチレン以外のオレフィンを共重合させ
る可能性については記載されているが、共重合反応の結果としていかなる共重合体
を製造することができるかということについては、共重合体を同定するデータはお
ろか共重合体の具体的記載もない。
 特に、有機高分子化合物を特定するに当たっては、その化合物の構造を表わす要
件によって特定することが原則であり、繰り返し単位の配列(ホモ、ブロック、グ
ラフト、頭尾結合等)はその要件の一つである。そして、本願発明の分子鎖におけ
る2種の繰り返し単位のランダム結合なる特性は、ブロック共重合体またはグラフ
ト共重合体が形成される結合の別形とみることができるから、ランダム結合なる特
徴は有機高分子化合物を特定する基準に該当する。しかるに、引用例には、そのよ
うな特定がされていない。
エ したがって、引用例には単位―CO―(C2H4)―および単位―CO―(C
4H8)―からなる重合体は実質的には記載されていないのである。
 そして、ほとんど無数の構造を内包する上位概念として引用例に一般的に記載さ
れている発明の中から、本願発明は特定の構造を有する重合体を選択したものであ
る。
(2)取消事由2(相違点②の判断誤り)
 触媒の存在下に重合体を製造する反応においては、実際に実験を行ってみるまで
は、どういう構造を有する重合体が得られるのか分からない。そして、共重合体の
製造反応において、例えば、エチレンの反応速度はプロピレンの反応速度よりも速
いために、二つの反応成分の含有量は得られる共重合体の長い鎖に沿って順次変化
していく(甲第9号証参照)というように、反応速度の速い成分が優先的に反応す
るために反応の最初に生成する共重合体の部分にはその成分の含有量が多く、反応
が終わりになるに従って、反応速度の遅い成分の含有量が多くなるという認識が、
本出願当時の当業者の技術常識であった。
 そして、本願明細書の実施例によれば、本願発明と関係があるオレフィン共重合
において、ブチレンはエチレンよりも遥かに遅く反応することが明らかである。そ
れ故、当業者は、このような反応においては、エチレンとブチレンの含有量におい
て幅広く異なる異種の共重合体の混合物に類した生成物を得ることを期待する。
 したがって、仮に引用例の方法でエチレンとブチレン―1の2種類を共に用いる
方法が想定できたとしても、単位―CO―(C4H8)―が重合体中にランダムな
点に分布するという特徴が引用例に記載されていると判断することは当業者の技術
常識に反することになる。よって、この点に関しては、引用例には記載がないとみ
るべきである。
(3)取消事由3(相違点③の判断誤り)
ア 重合体の融点は、商m/n(ここで、mは重合体の単位―CO―(A)―の平
均数であり、nは重合体中の単位―CO―(C2H4)―の平均数である。)の値
に最も依存する。したがって、同じ単位―CO―(C2H4)―および単位―CO
―(C4H8)―から成る重合体であっても、それら各単量体の重合体中の平均数
の割合が異なれば、得られる重合体の融点の値はそれに応じて著しく変化する。
 更に、重合体の分子量と極限粘度が相関関係にあることは技術常識である。した
がって、同じ単位―CO―(C2H4)―および単位―CO―(C4H8)―から
成る重合体であっても、その分子量が変われば、それが示す極限粘度の値も変化す
る。
 ところが、引用例には、上記商m/nに関しては一切の記載ないし示唆すら見当
たらない。したがって、引用例の重合体の融点の範囲は事実上何ら制限のないもの
である。また、重合体の分子量についても特定の制限に関する記載はなく、実際に
第1表にも150から30000に至る極めて広範囲な値が記載されている。
 これに対して、本願発明は、特定の範囲の融点および極限粘度によって規定され
るものであり、換言すれば、特定のm/n比を有する構造および特定の分子量を有
する重合体を選択しているものである。
 したがって、本願発明の融点および極限粘度の規定により本願発明が引用例記載
の発明とは異なる新たな発明を構成したものとは認められないとする審決の判断は
誤りである。
イ また、一酸化炭素とブチレン―1の共重合体は、収量、分子量が小さく、常温
において粘性液体である。このことは、一酸化炭素が多種類のオレフィンと共重合
することができるとしても、選択されるオレフィンによっては本願発明の目的であ
るエンジニアリング熱可塑性プラスチックが得られないことを示すものであるか
ら、たとえ引用例に一酸化炭素がエチレンおよびブチレン―1のような1種類また
は2種類のオレフィンと共重合できると記載されているにしても、そのような記載
事項が直ちに本願発明の特許請求の範囲に規定する特定範囲の融点および極限粘度
を有する重合体を示唆するとはいえないのである。
(4)取消事由4(本願発明の作用効果の看過)
 本願発明は、特定の構造を有する重合体を選択したことにより、従来技術の課題
を解決し、ゲル化や黄変に示されるような熱安定性の低下を招くことなく、低い温
度での加工を可能ならしめるという効果を達成することができたのである。これに
対して、引用例には本願発明の効果は一切記載も示唆もされていない。
 したがって、本願発明は引用例に記載されていない顕著な作用効果を奏するもの
であり、審決はこれを看過した誤りがある。
第3 請求の原因に対する認否および被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の理由に誤りはない。
2 被告の主張
(1)取消事由1について
ア 引用例記載の発明は、特定の触媒を使用することに特徴を有するものであり、
引用例には該方法によって製造される重合体は、一般式Ⅲ(―[―CO―Am―]
n)で特徴づけられる純粋な共重合体であり、一般式中のmは1ないし6であるこ
とが明示されている。
 そして、引用例において、一般式中のmは製造条件のいずれによって決まるもの
であるのか明記されていないが、引用例でポリケトン製造のための触媒の典型例と
して具体的に記載された触媒(酢酸パラジウム、1,3―ジ(ジフェニルホスフィ
ン)プロパンおよびp―トルエンスルホン酸からなる触媒)は、本願明細書におい
て一般式におけるm=1の高分子量線状交互重合体を製造し得る触媒の例として説
明されているものであるから、引用例に記載された本願発明と同一の触媒と製造プ
ロセスにより、エチレンとブチレン―1の組合せを用いて得られた重合体は、mが
1の共重合体、すなわち、交互重合体であるとしても問題はない。
イ 引用例では、エチレンのほかに、エチレンとブチレン―1の組合せが単量体成
分として使用できることが明記されているのであるから、特許請求の範囲に記載さ
れた「アルケン状不飽和炭化水素」の概念に属するすべての化合物が同様に適用し
得るものとはいえないとしても、少なくとも、具体的に明記されたエチレンとブチ
レン―1の組合せは、単量体成分として使用でき、同様の反応が起き、同様の生成
物が生じると解するのが妥当である。すなわち、単量体が重合して高分子化合物が
生じる重合反応にあっては、極めて少数の例外を除いては、特定の触媒によって2
種の単量体がそれぞれ単独で重合して、それぞれの単独重合体が生成する場合に、
その触媒によってそれらの単量体の混合物を重合すれば共重合体が生成すること
は、当業者の技術常識としてよく知られていることであるからである。
ウ 原告は、引用例の実施例に記載がないことをもって、交互構造を有する重合体
が得られたことが実際に確認されていないと主張する。しかし、実施例は、当該発
明の構成が実際上どのように具体化されるかを示すものであり、特許出願人が最良
の結果をもたらすと思うものが記載されているのであるから、引用例にエチレンと
ブチレン―1を組み合わせた実施例がないというだけで、引用例に明記されたエチ
レンとブチレン―1を組み合わせた発明が完成していないということにはならな
い。
 また、原告は、引用例記載の発明が、少なくとも本願発明と化学的かつ具体的に
対比できる程度に十分に記載されていなければならないとの趣旨の主張をする。し
かし、引用例には、触媒および製造プロセスから、引用例記載の発明が本願発明と
実質的に同じものであることが示されているから、原告の主張は失当である。
(2)取消事由2について
ア 引用例には、本願発明と同じ条件、すなわち、同じ触媒を用いて一酸化炭素と
エチレンとブチレン―1とを共重合することによりポリケトンを製造することが実
質的に記載されている。本願発明で単位―CO―(A)―が重合体鎖中にランダム
に分布していることが明らかにされたとしても、それは引用例に記載されたエチレ
ンとブチレン―1とを組み合わせて製造したポリケトンの構造を確認したにすぎな
いものである。
イ 原告は、ブチレンはエチレンよりも遥かに遅く反応するから、当業者は、エチ
レンとブチレンの含有量において幅広く異なる異種の共重合体の混合物に類した生
成物を得ることを期待すると主張する。
 しかし、重合速度の異なる単量体を重合反応に使用して、単量体の含有量におい
て幅広く異なる異種の共重合体の混合物とみなすことのできる生成物が得られるの
は、仕込んだ単量体のほとんどが重合した場合である。未反応の単量体が多量に残
った状態で重合反応を停止すれば、重合体に組み込まれた単量体の比率は重合反応
速度の比率にほぼ比例し、生成物はほぼ均一の単量体組成をもつはずである。
 本願発明の実施例8(オレフィン型不飽和炭化水素としてブチレン―1を使用し
た実施例はこの例だけである。)では、20mlの液体ブチレン―1を使用し、重
合を4時間で停止しており、使用したブチレン―1の1.2%が重合した段階で反
応を停止している。一方、引用例の実施例では、短い場合は0.16時間、長くて
も5時間で反応を停止している。この程度の重合時間で反応を停止すれば、本願発
明と同様、少量のブチレン―1しか重合しておらず、重合反応速度の比率にほぼ比
例して各単量体が重合して共重合体に組み込まれ、ほぼ均一な共重合体が生成する
段階で重合を停止したといえる。
 したがって、ブチレン―1が重合体鎖にわたりランダムに分布していることは、
引用例記載の発明が具備していたことにほかならない。
(3)取消事由3について
ア 原告は、本願発明は特定の融点および極限粘度によって規定されており、換言
すれば、特定のm/n比を有する構造および特定の分子量を有する重合体を選択し
ているものであると主張する。
 しかし、引用例には、本願発明と同じ条件、すなわち、同じ触媒を用いて一酸化
炭素とエチレンとブチレン―1とを共重合することによりポリケトンを製造するこ
とが実質的に記載されており、製造条件に実質的な差異がない以上、引用例記載の
発明も、極限粘度が本願発明と異なるはずはない。
 引用例記載の触媒の代表例といえる触媒とはかなりはずれた触媒を使用した特殊
な例を除くと、引用例の第1表には分子量860~30000の重合体(最大分子
量と最小分子量の比は約35倍)が記載されている。一方、本願発明で規定する極
限粘度は0.2ないし5.0dl/gであるから最大極限粘度と最小極限粘度との
比は25倍である。本願発明では、極限粘度で25倍もの幅を規定しているのであ
るから、これは、引用例に記載された分子量の幅(約35倍)とは実質的に変わら
ない。
 したがって、本願発明で融点および極限粘度を特定の範囲に規定したことによっ
て、引用例に実質的に記載されていない特定の重合体が選択されたということには
ならない。
イ また、原告は、一酸化炭素とブチレン―1の共重合体は、収量、分子量が小さ
く、常温において粘性液体であるから、一酸化炭素とエチレンとブチレンの共重合
体が、本願発明のようなエンジニアリング熱可塑性プラスチックに適した特定の範
囲の融点および極限粘度を有することを示唆するとはいえないと主張する。
 しかし、エチレンに少量のブチレン―1等のオレフィンを混入して共重合して得
られる線状低密度ポリエチレン(LLDPE)は、高密度ポリエチレンと同じ重合
機構、同じ触媒系を用いながら、密度だけでなく、融点も低いという性質を有して
いることは、本出願前よく知られていた。
 したがって、引用例のエチレンとブチレン―1の組合せをみれば、同じ条件でエ
チレンを用いて作った重合体よりも融点が低いことを予測するのに困難はない。
(4)取消事由4について
 本願発明が引用例記載の発明と実質的に同じものであることは、前記のとおりで
ある。そして、重合体が同じであれば同じ性質を有することは当然であるから、本
願明細書に記載された融点が低い等の性質は、引用例に記載された上記重合体も有
しているとみるべきである。
 したがって、審決には本願発明の顕著な作用効果の看過はない。
       理   由
第1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
第2 本願発明の概要
 甲第2号証(本願明細書)、第4号証(平成6年12月22日付手続補正書)、
第7号証(平成7年6月9日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本
願発明の概要は、以下のとおりと認められる。
1 本願発明は一酸化炭素とエテンおよび1またはそれ以上の他のオレフィン型不
飽和炭化水素の新規重合体に関する。
(本願明細書4頁8行ないし10行)
 一酸化炭素とエテンの重合体の特殊な部類(クラス)は単量体単位が交互に存在
し、したがって、式―CO―(C2H4)―の単位から成る高分子量線状重合体に
より形成される。そのような重合体は触媒としてパラジウム、コバルトまたはニッ
ケルのa.o.燐―、砒素―アンチモン―またはシアン―含有化合物で製造し得
る。
 一酸化炭素とエテンの高分子量線状交互重合体は優れた機械的性質、特に非常に
高い強度、剛性および衝撃抵抗を有する。それらが安価な出発物質から容易に製造
し得るということにもかかわらず、これらの重合体は未だ実際的用途を見出してい
ない。
これは主としてこれら重合体の約257℃という高い融点に関連した安定性の問題
のためである。これら重合体の加工、例えば射出成形は溶融状態で行われるべきで
あり、すると材料はその融点より少なくとも25℃上の温度、すなわち280℃以
上の温度にある。そのような高温ではこれら重合体は変色および分解し始めること
が見出された。更に、加工された重合体は高度のゲル化を示す。
 重合体をより低い温度で加工し得るようにそれらの融点を下げれば多分上記問題
は避けられるであろうという考えに鼓舞されて、化学反応により融点を下げる試み
が過去にされた。そのような化学反応の例は重合体中に存在するカルボニル基の一
部をフラン(中略)基に転化するものである。上記方法はいくつかの場合重合体の
融点のかなりの低下を達成でき、したがって、相応して必要な加工温度を下げ得る
が、重合体の熱安定性は(中略)低下する。
 上記のことから、略述した問題に対する解決法が未だ見出されていないことおよ
び熱安定性を同時に大きく低下させない重合体の融点の低下法に対する性急なニー
ズが未だあることが理解されるであろう。
 出願人は、ここに、重合されるべき単量体混合物に比較的少量の1またはそれ以
上の他の炭素原子数が20より少ないオレフィン型不飽和炭化水素(A)を含ませ
ることにより、上記エテンと一酸化炭素の重合体の融点を重合体の熱安定性の重大
な損失なしに150ないし245℃の値に低下させ得ることを見出した。
(同4頁19行ないし7頁2行、平成6年12月22日付手続補正書2頁5行)
2 本願発明が関する重合体は、本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項の構成)
のように定義し得る。
(本願明細書8頁7行ないし末行、平成6年12月22日付手続補正書2頁7行な
いし10行、平成7年6月9日付手続補正書2頁4行ないし10行)
3 本願発明による重合体は優れた機械的性質、特に非常に高い強度、剛性および
衝撃抵抗を有する。それらは通常の技法によりフィルム、シート、板、繊維、成形
物等に加圧し得る。それらの優れた性質の故に本願発明による重合体は自動車工
業、飲食物の包装材料製造、建設および建築材料、繊維、フィラメント、ヤーン、
ケーブルの製造および家庭用領域の種々の用途といった多くの用途に適する。それ
らの特性を改変または強化するために、本願発明による重合体を多くの他の種類の
材料と組み合わせて使用し得る。(本願明細書17頁6行ないし16行)
第3 審決の取消事由について
1 取消事由1について判断する。
(1)引用例に以下の記載があることは当事者間に争いがない。
ア 第Vb族から選ばれた元素と結合している炭化水素基から成る配位子を含む第
Ⅷ族金属触媒の存在下で一酸化炭素とアルケン状不飽和炭化水素との混合物を重合
することによってポリケトンを製造する方法において、パラジウム、コバルトまた
はニッケルの化合物、ハロゲン化水素酸でもまたカルボン酸でもないことを条件と
して、2よりも小さいpKaを有する酸のアニオン、および一般式R1R2―M―
R―M―R3R4を有する二座配位子を反応させることによって得られる錯体化合
物を触媒として使用することを特徴とする上記製造方法、上記の式においてMは
燐、砒素またはアンチモンを表わし、Rは架橋中に少なくとも2個の炭素原子を有
する二価の有機架橋基を表わし、そしてこれらの炭素原子のいずれも立体障害を引
き起こす置換基を持たず、そしてR1、R2、R3およびR4は同じかまたは異な
る炭化水素基である。(特許請求の範囲第1項)
イ アルケン状不飽和炭化水素は一般に2―30個好ましくは2―12個の炭素原
子を有するアルケンまたはシクロアルケンである。好適なアルケンの例はプロピレ
ン、ブチレン―1、ブチレン―2、イソブチレン、ペンテン異性体、ヘキセン、オ
クテンおよびドデセン、シクロオクテンおよびシクロドデセンであり、エチレンが
最も好ましい。その他のアルケン状不飽和炭化水素の例はスチレン、α―メチルス
チレン、アクリル酸、メタクリル酸、これらの酸のアルキルエステルおよび2個の
不飽和基が共役していないジアルケンである。(3頁右上欄18行ないし左下欄8
行)
ウ 得られた重合体は一般に次の式によって特徴づけられる純粋の共重合体であ
る。
(●)
この式においてmは比較的小さな数、例えば1ないし6であり、Aは飽和炭化水素
基に添加される「単量体」単位であり、そしてnは2、3またはより好ましくは1
0よりも大きい数、例えば3000、6000または更に大きい数である。(5頁
左上欄16行ないし右上欄5行)
エ 1種の「単量体」Aの代りに、2種の異なる「単量体」、例えばエチレンとス
チレン、エチレンとアクリル酸、エチレンと酢酸ビニル、エチレンとブチレン―
1、プロピレンとメタクリル酸メチル、ブチレン―1とアクリル酸、等が存在する
こともできる。
(5頁右上欄6行ないし11行)
オ 実施例1
 磁気的に●拌された250mlのオートクレーブにメタノール50ml、酢酸パ
ラジウム0.1ミリモル、1,3―ジ(ジフェニルホスフィン)プロパン0.15
ミリモルおよびp―トルエンスルホン酸2ミリモルを装入した。オートクレーブに
一酸化炭素をフラッシュし、20バールの圧力のエチレンおよび30バールの圧力
の一酸化炭素を満たし、密閉し、そして一定の時間一定温度に加熱した。反応が終
了した後重合体の収量を測定し、毎時パラジウム1g当りの重合体のグラム数を算
出した。存在する末端基と平均分子量を測定するために核磁気共鳴分析も実施し
た。(5頁左下欄5行ないし17行)
 以上の事実によれば、引用例記載の発明は一般に(―〔CO―Am〕n―)の式
によって特徴づけられる純粋の共重合体であり、上記式においてmは比較的小さな
数、例えば1ないし6であり、Aは飽和炭化水素基に転化される単量体単位であ
り、そしてnは2、3またはより好ましくは10よりも大きい数であり、1種類の
単量体Aの代わりに、2種類の異なる単量体、例えばエチレンとブチレン―1を使
用できるものと認められる。
(2)本願発明の交互重合体の製造条件を検討するに、前掲甲第2号証によれば、
本願明細書には、「一酸化炭素とエテンの混合物から式―CO―(C2H4)―の
単位から成る高分子量線状交互重合体を製造し得る触媒を使用するなら、単量体
(A)と重合し得る化合物を単量体混合物中に付加的に含めれば、式―CO―(C
2H4)―の単位および重合体骨格にわたりランダムに分布する式―CO―(A)
―の単位を含む重合体が生成する。CO重合体の構造と三元重合体のそれは、三元
重合体の場合―CO―(A)―単位が重合体鎖中のランダムな点に存在するという
ことが異なるだけである。この構造的変化の驚くべき結果は、熱安定性の重大な損
失無しに融点が低下するということである。研究は融点低下の程度が(中略)商m
/nの値に依存することを示した。ここでmは重合体中の一般式―CO―(A)―
の単位の平均数を表わし、nは式―CO―(C2H4)―の単位の平均数を表わ
す。(中略)nが一定なら、mが増大または減少するとより大きなまたはより小さ
な融点低下が観察される」(7頁2行ないし8頁3行)、「本発明による重合体
は、一酸化炭素とエテンの混合物から式―CO―(C2H4)―の単位から成る線
状交互重合体を製造しうる触媒の助けで製造しうる。」(13頁7行ないし10
行)、「本発明による重合体の製造には、以下に記載する部類の触媒の使用への強
い好ましさがある。上記のものよりも非常に高い活性を有するこれら触媒は、2よ
り小さいpKaの酸のアニオンとのパラジウム、コバルトまたはニッケル化合物
(中略)および一般式R1R2―M―R―M―R3R4の二座配位子(ここでMは
燐、砒素またはアンチモンを表わし、R1、R2、R3およびR4は炭化水素基を
表わしそしてRは架橋中に少なくとも2つの炭素原子を含む2価の有機橋かけ基を
表わす)との反応により得られる。簡潔のため、これら触媒は本特許出願の残部に
おいて“BDL”(二座配位子)触媒と呼ぶ。本発明による重合体の製造には、第
Ⅷ族金属化合物としてパラジウム化合物から得られたBDL(二座配位子)触媒を
使用するのが好ましい。この目的に非常に適当なのは(中略)酢酸パラジウムであ
る。pKaが2より小さい(中略)適当な酸の例は(中略)カルボン酸である。パ
ラートルエンスルホン酸およびトリフルオロ酢酸が好ましい。(中略)適当な二座
配位子の例は(中略)1,3―ビス(ジフェニルホスフィン)プロパンである。」
(14頁1行ないし15頁末行)旨とともに、実施例として、メタノール、酢酸パ
ラジウム、1,3―ビス(ジフェニルホスフィン)プロパン、トリフルオロ酢酸か
ら成る触媒溶液を使用して、機械●拌式オートクレープに一酸化炭素とエチレンな
いし一酸化炭素とエチレンとブチレン―1を導入して一定時間一定温度に加熱する
方法で製造した線状交互構造を有する一酸化炭素/エチレン共重合体(例1(比較
用))と本願発明のポリケトン(例8)が記載されている(17頁17行ないし1
8頁16行および22頁18行ないし23頁7行)ことが認められ、上記事実によ
れば、本願発明の交互重合体は、一酸化炭素とエチレンの混合物から式―CO―
(C2H4)―の単位からなる交互重合体を製造し得る製造条件(触媒も含む。)
で製造されること、そして、その触媒として典型的には、酢酸パラジウム、1,3
―ジ(ジフェニルホスフィン)プロパンおよびp―トルエンスルホン酸またはトリ
フルオロ酢酸からなる触媒が使用されていることが認められる。
(3)前記(1)、(2)の認定事実、とりわけ、本願発明の製造条件と、引用例
の製造条件とが、触媒も含めて区別が付かないものであることからすれば、引用例
の製造方法によって製造された一酸化炭素とアルケン状不飽和炭化水素の重合体
は、前記Ⅲ式のmが1の場合、一酸化炭素の単位とアルケン状不飽和炭化水素の単
位が交互に配列した重合体であると認められるから、引用例には、一酸化炭素の単
位とアルケン状不飽和炭化水素の単位が交互に配列した重合体が記載されていると
認められる。
 そして、弁論の全趣旨によれば、単量体が重合して高分子化合物が生じる重合反
応にあっては、極めて少数の例外を除いては、特定の触媒によって2種の単量体が
それぞれ単独で重合して、それぞれの単独重合体が生成する場合に、その触媒によ
ってそれらの単量体の混合物を重合すれば共重合体が生成することは技術常識であ
ると認められるところ、引用例には、エチレンのほかに好適なアルケンの例として
ブチレン―1もあげられ、単位Aの代わりにエチレンとブチレン―1の組合せでも
よいことも明記されているのであるから、引用例には単位―CO―(C2H4)―
および単位―CO―(C4H8)―からなる重合体が実質的に記載されているとい
うべきである。
(4)もっとも、原告は、引用例には、―[―CO―Am―]nのmの値が「比較
的小さい数、例えば、1ないし6」とされ、かつ、エチレンおよびブチレン―1の
連なりを示す数mが1ないし6のいずれの数をとるのかについては何ら具体的な教
示はないから、mの範囲を1ないし6に限定し、更に単量体(A)をエチレンおよ
びブチレン―1の組合せに特定したとしても、6×6=36通りの構造の異なる共
重合体が得られる可能性を漠然と示しているにすぎないと主張する。しかし、引用
例には、酢酸パラジウム、1,3―ジ(ジフェニルホスフィン)プロパンおよびp
―トルエンスルホン酸から成る触媒を使用することを含めて具体的な製造条件が記
載されているから、単量体(A)としてエチレンおよびブチレン―1を選択して上
記製造条件によりポリケトンを製造することも実質的に記載されているというべき
であり、その場合には、上記製造条件が本願発明のそれと区別ができないものであ
ることからして、得られた重合体のmの値は1であると解されるというべきであ
る。
 また、原告は、触媒の存在下に重合体を製造する反応においては、実際に実験を
行ってみるまでは、どういう構造を有する重合体が得られるのか分からないとし
て、引用例には、交互構造を有する重合体が得られたことが実際に確認されていな
いし、交互構造の存在が客観的に認められるような記載も皆無であると主張する。
しかし、引用例には、触媒も含めて、本願発明の製造条件と区別ができない製造条
件によって、エチレンとブチレン―1とを組み合わせてポリケトンを製造すること
が実質的に記載され、その結果得られた重合体のmの値は1であるから、交互構造
を有する重合体であることも実質的に記載されているというべきことは、前示のと
おりである。
 更に、原告は、引用例には、エチレンとブチレン―1がいかなるモル比で使用さ
れたか、いかなる重合条件で行われたかは全く不明であり、2種の繰り返し単位の
ランダム結合という特性等重合体を特定するデータも記載されていない旨主張す
る。しかし、引用例には交互構造を有する重合体が実質的に記載されていることは
前示のとおりであって、使用されたエチレンとブチレン―1のモル比や、2種の繰
り返し単位のランダム結合等のデータが記載されていないことは、前記認定の妨げ
となるものではない。
2 取消事由2について
(1)引用例には、一酸化炭素とエチレンとブチレン―1とを共重合することによ
りポリケトンを製造することが実質的に記載されており、その製造条件が触媒も含
めて本願発明のそれと区別の付かないものであることは前記1の認定のとおりであ
る。そうすると、引用例記載の発明も、同様に製造された本願発明と同じく、単位
―CO―(A)―が重合体鎖中にランダムに分布しているものと推認されるもので
ある。したがって、相違点②に関する審決の判断に誤りはない。
(2)もっとも、原告は、ブチレンはエチレンよりもはるかに遅く反応し、当業者
は、エチレンとブチレンの含有量において幅広く異なる異種の共重合体の混合物に
類した生成物を得ることを期待するから、単位―CO―(C4H8)―が重合体中
にランダムな点に分布するという特徴が引用例に記載されていると判断することは
当業者の技術常識に反すると主張する。しかし、引用例記載の発明が本願発明と同
じく、単位―CO―(A)―が重合体鎖中にランダムに分布しているものと推認さ
れることは前記(1)の認定のとおりであるところ、当業者の認識によって前記認
定が左右されるものではないから、原告の主張は失当である。
 また、成立に争いのない甲第9号証によれば、「COPOLYMERIZATI
ON」(INTERSCIENCE PUBLISHERS 1964年発行)に
は、「エチレンおよびプロピレンをチーグラ型触媒系の下で反応させると、通常、
エチレンはプロピレンよりも速く反応し、何等かの対抗手段を採らない限り、得ら
れる共重合体の組成は均質とはならない。
この製造物は極めて広範囲にわたるエチレンおよびプロピレン含有量を有する、異
なる共重合体の混合物と見なすこともできる。」(115頁下から11行ないし下
から5行)との記載があることが認められる。しかし、上記記載はポリケトンにつ
いて触れたものではなく、引用例記載の発明および本願発明は、チーグラ型触媒の
範疇に属さない特定の触媒である酢酸パラジウム、1、3―ジ(ジフェニルホスフ
ィン)プロパンおよびp―トルエンスルホン酸からなる触媒を用いるものであるか
ら、上記記載は前記(1)における認定を左右するに足りるものではない。
3 取消事由3について
(1)原告は、本願発明は、特定の範囲の融点および極限粘度によって規定される
ものであり、換言すれば、特定のm/n比を有する構造および特定の分子量を有す
る重合体を選択しているものであると主張する。
 しかし、引用例に、触媒も含めて、本願発明と区別の付かない製造条件によって
一酸化炭素とエチレンとブチレン―1とを共重合することによりポリケトンを製造
することが実質的に記載されていることは前記1の認定のとおりである。してみる
と、製造条件に実質的な差異がない以上、引用例記載の発明と本願発明は、同じ性
質を有すると解すべきである。そして、本願発明について特定の範囲の融点および
極限粘度を規定したことによって当業者が予測できない顕著な作用効果を奏すると
認めるに足りる証拠はないから、本願発明が引用例記載の発明と異なるものという
ことはできない。
(2)また、原告は、一酸化炭素とブチレン―1の共重合体は、収量、分子量が小
さく、常温において粘性液体であるから、一酸化炭素とエチレンとブチレンの共重
合体が、本願発明のようなエンジニアリング熱可塑性プラスチックに適した特定の
範囲の融点および極限粘度を有することを示唆するとはいえないと主張する。
 しかし、製造条件に実質的な差異がない以上、引用例記載の発明と本願発明は、
同じ性質を有すると解すべきであることは前記(1)において認定するとおりであ
って、上記主張は、前記認定を左右するものではない。
4 取消事由4について
 原告は、本願発明は、特定の構造を有する重合体を選択したことにより、従来技
術の課題を解決し、ゲル化や黄変に示されるような熱安定性の低下を招くことな
く、低い温度での加工を可能ならしめるという効果を達成することができたという
顕著な作用効果を奏するものであり、審決はこれを看過した誤りがあると主張す
る。
 しかし、引用例記載の発明が引用例に具体的に開示され、これと本願発明の構成
が同一であることは前記1ないし3において説示したとおりである。そして、発明
の構成が同一である以上、本願発明が原告主張の作用効果を奏するとしても、その
ことによって本願発明が新規性を有することになるものではない。したがって、原
告の主張は、失当である。
5 以上のとおり、本願発明が、引用例記載の発明と同一であるとした審決の認定
判断に誤りはなく、審決には原告主張の違法はない。
第4 結論
 よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用
の負担および上告のための付加期間の付与について行政事件訴訟法7条、民事訴訟
法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 清永利亮  山田知司  宍戸充)

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