弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
     抗告費用は抗告人の負担とする。
         理    由
 本件抗告理由の要旨は、由来抗告人家は農業によりその家計を樹て、水田一町九
反余(原審判添付目録第二乃至第五記載の田地)を耕作していたが、抗告人等の被
相続人亡Aは生前牛馬商を営んでいた関係上、家業の農業には殆んど従事せず、右
Aの配偶者で抗告人の母であるBも亦農繁期に唯わずかの手伝をなす程度にしか過
ぎなかつたので、その長男である抗告人夫婦において全責任を負い過重な労働に服
し家計の全部を賄い、両親の扶養は勿論弟妹の世話をも一手に引き受けていた。と
ころで母Bは勝気で不当に権力を振う異常性格の持主で、夫である亡Aに対しても
服従心に乏しく自分の思うようにならないと常識外の狂的行動を採り、そのためA
の生存中も夫婦間に風波の絶間なく、Aの死亡後は一層その性癖が募り、抗告人の
身廻品を隠匿したり或は炊事道具を他に片付けて使用させず、又は農繁期に先に入
浴を済して風呂水を落してしまい抗告人等の入浴を不能ならしめる等の所為をあえ
てなし、抗告人は母の右の如き狂的措置のため子女の教育にも困惑しているが、い
つの日にか母の覚醒するのを期待し隠忍しつつ前記のように農耕を一手に引き受
け、母B、妹C及び妹亡Dの一子E等の面倒を見ている実状である。
 右のような次第であつて、今仮に本件相続財産である前記田地を抗告人以外の相
続人に取得せしめるとしても、
 (一) 母Bは、既に老令で従来の稼働状態からして自ら今俄かに農耕に従事す
ることは、いうべくして不可能である。
 (二) 弟Fは、佐賀少年刑務所看守として多年勤務し農耕に従事していないの
で、これ亦今俄かに農業に従事することは到底不可能である。
 (三) 妹Cは、女性であつて農耕には全く経験がなく且多年洋裁の業務に携つ
ているものであるから、今その職を捨てて農業に転ずることは全くできない実情で
ある。
 (四) 加之母B、弟F、妹C等が今農耕を始めるとすれば、新に農機具の購入
は勿論農業向きの家屋の新築又は増改築等諸般の準備を必要とするが、現在いずれ
もそれ等の気配は全くなく将来も恐らく営農の考えはないものと思われる。
 そうだとすれば、以上三名の者に田地を与えても究極するところ、他に売却する
か小作に出すか、いずれかに落ち付くことは看易い道理であつて、折角今日まで培
われた抗告人家の財産は他に散逸し、被相続人の意思にも添わないことになる。
 他面抗告人は原審判に従つて母B、弟F、妹Cに田地を引き渡すとすれば、従来
の一町九反余の耕作田は約一町二反歩に減ずることとなるが、
 (一) 一町九反余を耕作していたときでも、家族(母B、妹C、甥Eをも含
む)の教育扶養、農機具及び肥料の購入、馬匹の飼育、諸税金の納付その他の諸雑
費を支出すれば、ようやく収支相償う程度で纒つた貯蓄もできなかつた。
 (二) 然るに今耕作田を一町二反歩に減ずるとすれば、従来の営農設備はその
ため何等の影響も受けないが、収支は減反に比例して減少することになるから、抗
告人の収支は一層苦しくなる。それに百数十万円の債務を負担することになるか
ら、これを完済することは尋常の手段では不可能であり、結局ジリ貧の経路を辿つ
て掲句の果は破滅の運命に逢着するであろうと予想せられる。
 (三) ところが抗告人は、被相続人亡Aの長男であつて本家に居住している関
係上、自然父祖の祭祀もしなくてはならない立場にあるが、右のように破滅を来せ
ばそれさえも営み得ない非境に陥ることになり、かようなことは勿論被相続人の意
思に反するのみならず、抗告人家の不幸はこれより大なるはない。
 以上の不合理を調和し、被相続人の意思を尊重し、抗告人家の没落を防止するに
は、
 (一) 抗告人が従来耕作している本件農地の全部を抗告人の所有とすること。
 (二) 母B、弟F、妹C三名に対する原審判判示の田地に対しては、抗告人か
ら原審判認定額の金銭を相当期間に分割弁済をする。
 (三) 相続財産分割後は、母B、妹C及び甥Eはそれぞれ独立の生計を立てる
から、抗告人は同人等の扶養に要した経費を更に能う限り耐乏生活に切り替え、そ
れによつて浮いた剰余金をもつて抗告人の右債務弁済にあてる。
 かくすることによつて抗告人以外の相続人全部が最も円満に被相続人亡Aの遺産
を相続することができると思料する。
 唯抗告人だけは相当窮乏に陥るとしても、相続財産を散逸せしめず父祖の祭祀も
無事に営み行くことができるものと確信する。
 然るに原審判は思いをここに致さず、前記のように明らかに相続財産たる田地の
散逸を来し被相続人家の没落を招く虞れあるが如き審判をなされたのは、抗告人の
到底服し能わざるところであるから、原審判を取り消し更に抗告人の前記主張に添
う審判を求めるため本件抗告に及んだというにある。 よつて按ずるに、記録につ
いてみれば本件遺産中、田地は全部で二十二筆計一町九反一畝十五歩、畑地は全部
で五筆計五畝二十九歩であつて、原審判においては、抗告人が被相続人の死亡前か
ら農業経営の中心となり実際上農耕に従事し、相続開始後もその家業を継ぎ前記農
地全部を管理経営して来た事情を考慮して、右農地の大部分に当る田地十一筆計一
町一反八畝歩余及び畑地四筆計五畝歩余を抗告人に取得せしめ、もつて被相続人の
遺業を承継せしめることとしたことが明らかであるところ、抗告人は、原審判に従
えば耕作田地の減反に比例して収入の減少を来し他の相続人に対する百数十万円の
償還も容易でなく祖先の祭祀も営むことができなくなり、ひいては一家破滅に陥る
旨主張するので、その減反による収支について考えてみるに、抗告人が原審判によ
り取得すべき分とされた田地一町一反八畝歩余を耕作するとして、反当り玄米八俵
(反当り平均玄米八俵の収穫のあることは抗告人の原審における陳述によつて明ら
かである)で計算すれば年間約玄米九十俵の収穫を挙げ得ることになり、更に裏作
たる麦、空豆、菜種類の収穫を考慮に入れ、これを抗告人の陳述する如く、本件遺
産に属する田地全部を耕作していた昭和二十八年度の供出割当玄米三十六俵に対し
玄米約百俵を供出した実績に徴するときは、前記程度の耕作田地の減反によつて収
支相償わない結果を来すものとも思われず、他の相続人に対する相続分の金銭償還
年額金二十四万六千円(総額百七十四万二千円の七年年賦)を控除しても、なお抗
告人の住所である佐賀地方の平坦部において家族五名を擁する農家の農業経営の採
算がとれないものとは到底認め難いところである。
 又本件記録によれば、抗告人の母Bは既に老令に達し自ら耕作に従事することは
困難であろうことは、抗告人の主張するとおりであるけれども、原審判において右
Bに取得せしめることとした田地は僅かに一筆一反二畝歩に過ぎないのみならず、
同人は被相続人の配偶者として永年農家の主婦の立場でその家業を扶けて来たもの
であり、現在も抗告人方に三女C及び長女亡Dの一子E(佐賀商業高等学校在学)
と共に同居しているが抗告人もいうように本件相続財産分割後は、母Bは妹C及び
甥Eと共に抗告人とは独立してその生計を立てざるを得ない状況であるから、その
際にわかに田地を失い老後の余生を送るのに配給米を求める境遇に置くのは、いさ
さか憫然たるものあり、仮に右Bにおいて自らの手で前記田地を耕作することがで
きないとしても、隣人又は親族その他から適当な補助者を得てこれを耕作すること
は左程困難ではないと認められる。次に抗告人の弟Fは、昭和二十三年以来佐賀少
年刑務所に看守として勤務しているものであるが、かつて農業に従事した経験を有
するので、その勤務の余暇をもつて家族に協力すれば、原審判においてその取得分
として定められた田地三筆計二反九畝歩余及び畑十九歩の農地を耕作すること<要
旨>は必ずしも難事ではない。唯抗告人の妹Cに対しては原審判によれば、その取得
分の田地は八筆計三反十七歩と定められ、独身の女性であつて現に佐賀市内
の洋裁店に勤務する同人にとつては、右分割方法はいささか当を失するが如き感が
ないではないが、飜つて思うに同人は現在月収約七千円の中から母Bの生活費及甥
Eの学資等を支出しており、その相続分としては前記田地の外には金一万二千円を
取得するに過ぎないこととなつているので、格別資産を有しない同人としては、将
来婚姻に際してその特有財産として右田地を保有することは、同人の環境が農家の
男子と結婚する公算の大であることを考慮するときは特にその幸福のために大いに
役立つであろうことが考えられるから、この意味においてむしろ妥当の措置といえ
るのであつて、以上三名に対する現物分割の方法はあながち被相続人の遺産を散逸
せしめその意思に添わない不当の措置であるとはいい難い。
 してみれば、原審判において本件遺産中の一部を抗告人以外の前記三名に分割取
得せしめたことをもつて、実状に添わない不合理な措置であるとしてこれが取消を
求める抗告人の主張は採用に価しない。
 なお抗告人は、本件遺産分割の方法としては、遺産のうち田地全部を抗告人の所
有とし、他の相続人全部に対し抗告人から各その相続分相当額の金銭を相当期間に
分割弁済することが最も妥当であると主張するので考えてみるに、なるほど遺産の
大部分が農業資産である場合の分割方法としては、その零細化を防止するため事案
によつては左様な方法を採るのを妥当とすることもあろうけれども、本件の場合に
おいては前記説示の理由により、必ずしもその分割により農業資産を細分化し各相
続人の生活を脅かす虞れがあるものとは考えられないのみならず、むしろ抗告人主
張の如き分割方法を採らんか、抗告人において本件田地の耕作による収入から他の
相続人に償還すべき相続分相当額は原審判におけるよりも更に著しく増大しこれを
償還することの容易でないことは抗告人の主張事実自体に徴しても明らかであるか
ら却つて抗告人を窮地に追い込む結果を招くことなきを保せないので、抗告人の右
主張も到底採用することができない。
 以上の次第で原決定には抗告人主張のような不合理な点はなく結局本件遺産の分
割方法としては相当であつて本件抗告は理由がないから、家事審判法第七条、非訟
事件手続法第二十五条、民事訴訟法第四百十四条、第三百八十四条、第八十九条を
適用して主文のとおり決定する。
 (裁判長判事 野田三夫 判事 中村平四郎 判事 天野清治)

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