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平成27年9月16日宣告裁判所書記官
平成24年(わ)第887号,第888号,第985号,第986号,平成25年
(わ)第118号,第119号,第207号,第210号,第440号,第441
号,第571号,第572号,第829号,第830号被告人Aに対する逮捕監
禁,殺人,死体遺棄,監禁,詐欺,生命身体加害略取幇助,被告人B及び被告人C
に対する逮捕監禁,殺人,死体遺棄,監禁,詐欺,生命身体加害略取各被告事件
判決
主文
被告人A,被告人B及び被告人Cを,それぞれ懲役21年に処する。
未決勾留日数中,被告人B及び被告人Cに対しては各640日を,被告
人Aに対しては260日を,それぞれその刑に算入する。
理由
【罪となるべき事実】
被告人A,被告人B及び被告人Cは,兵庫県尼崎市a通b丁目c番d号所在のe
マンションf号室(以下「eマンション」という。)において,D,E,F,Gの
ほか,H,I,J,K,L及びMらとも共同生活をしていたことがあるが,Dらと
共に以下の行為をした。
第1被告人3名は,D,E,F,G及びHと共謀の上,被告人Aの戸籍上の配偶
者であるIを被保険者とする生命保険等の保険金を入手するため,同人を事故
死に見せかけて殺害しようと考え,遅くとも平成17年3月上旬頃には,eマ
ンションにおいて,かねてからDの意のままに従わざるを得ない状況に置かれ
ていたI(当時51歳)に対し,交通事故を装って死ぬように命じ,これを承
諾する旨の返事をしたものの,恐怖のため実際に車に当たることができなかっ
た同人に対する制裁として,同年5月下旬頃までの間に,同所において,同人
に対し,「今更,何言ってんねん」,「大概にせえよ」などと怒鳴りつけ,3
日間にわたって飲食を与えず,同人の両腕を机に打ち付けるなどの暴行を加え,
長時間の正座を強制するなどして,死ぬことを拒むことができない状況にした
上で,沖縄県の指定名勝gの崖から飛び降りて死ぬよう命じ,同年6月中旬頃,
同人を同県へ同行させ,同月30日頃,同県国頭郡h村i番地のj所在のロッ
ジ「N」において,それぞれ同人と死別の挨拶を交わし,翌7月1日午前9時
過ぎ頃,同所において,同人に対し,gの崖から飛び降りて死ぬよう改めて申
し向けつつ,同人の身に着けていたネックレスを遺品としてDが受け取る形見
分けの儀式をした上で,同日午前10時20分頃,同村kl番地所在のgの崖
(高さ約27.5メートル)の上において,Iを足場が不安定な同崖の縁に立
たせ,その付近に被告人B,同C,E,F,G及びHがIに背を向けて立つな
どし,「はよせな」などと言って,早く同所から飛び降りて死ぬよう同人に命
じるなどし,同所から飛び降りる以外に選択することができない状態にして,
同人をして,前記崖の縁から飛び降りさせ,よって,その頃,前記崖の下にお
いて,同人を頭部損傷により死亡させて殺害した。
第2被告人3名は,D,E,F,G及びHと共謀の上,被告人Aの戸籍上の配偶
者であるIを被保険者とするO保険株式会社の普通傷害保険契約に基づく死亡
保険金名目で現金を騙し取ろうと考え,平成17年7月上旬頃,同社と代理店
委託契約を締結しているPらを介し,大阪市m区no丁目p番q号大阪Oビル
所在の同社r部s課において,担当者のQに対し,真実は被告人らがIを殺害
したものであるのに,その事実を秘し,あたかも同人が沖縄県の指定名勝gの
崖から誤って転落し,事故死したように装って,うその事故報告を行うととも
に,保険金支払事務を進めるよう依頼し,さらに,同年11月1日頃,前記P
を介し,前記r部s課において,同社に対し,前同様のうその内容を記載した
保険金請求書を提出するなどして被告人Aに対する保険金の支払を請求し,同
社のr部長Rに,Iが急激かつ偶然な外来の事故によって転落死したものであ
り,同社に保険金の支払義務があるものと誤信させて,被告人Aの相続分に従
った保険金の支払を決意させ,よって,同年11月4日及び平成18年12月
29日の2回にわたり,兵庫県尼崎市t町u丁目v番w号S銀行T支店に開設
された被告人A名義の普通預金口座に現金合計3000万円を振込送金させ,
もって人を欺いて財物を交付させるとともに,同年12月下旬頃,前記大阪O
ビル所在の同社r部x課において,担当者のUに対し,真実はIの実弟である
Mがその相続分に従った保険金の請求及び受領を被告人Aに委ねた事実はない
のに,これあるように装い,保険金の請求及び受領に関し,同被告人を相続人
の代表とすることにMが同意した旨の虚偽の書面を提出し,同社に対し,Mの
相続分に従った保険金についても被告人Aに対して支払うよう請求し,前記R
をしてその旨誤信させて,同請求に係る支払を決意させ,よって,同年12月
29日,前記普通預金口座に現金1000万円を振込送金させ,もって人を欺
いて財物を交付させた。
第3被告人3名は,D,E,F,G及びHと共謀の上,被告人Aの戸籍上の配偶
者であるIを被保険者とするV保険会社の普通傷害保険契約に基づく死亡保険
金名目で現金を騙し取ろうと考え,平成17年7月8日頃,東京都墨田区yz
丁目a1番b1号c1タワー所在の同社d1部e1課に電話をかけるなどし,
同社社員のWや担当者のXに対し,真実は被告人らがIを殺害したものである
のに,その事実を秘し,あたかも同人が前記gの崖から誤って転落し,事故死
したように装って,うその事故報告を行うとともに,保険金支払事務を進める
よう依頼し,さらに,同月下旬から同年8月上旬頃,前記d1部e1課におい
て,同社と業務委託契約を締結している調査会社のYの調査員A1らを介し,
V保険会社に対し,前同様のうその内容を記載した保険金請求書を提出するな
どして保険金の支払を請求し,同社のd1部e1課長B1らに,Iが急激かつ
偶然な外来の事故によって転落死したものであり,同社に保険金の支払義務が
あるものと誤信させて支払を決意させ,よって,同年11月7日及び平成18
年11月6日の2回にわたり,兵庫県尼崎市t町f1丁目g1番h1号C1銀
行D1支店に開設された被告人A名義の普通預金口座に現金合計1000万円
を振込送金させ,もって人を欺いて財物を交付させた。
第4被告人B及び同Cは,D,F,G,E,Jと共謀の上,かねてDらの暴行等
による虐待に耐えかねて行方をくらましていた,F及びJの実母であるE1を
ら致してeマンションに連れ帰ることを考え,連れ帰った後に暴行を加えるな
どの加害の目的をもって,平成19年12月1日から同月3日までの間,同人
が住み込みで働いていた,和歌山県西牟婁郡i1町j1k1番地所在のF1ホ
テルにおいて,前記虐待等によりDやEらを畏怖していたE1(当時58歳)
に対し,「何考えてんねん」などと怒鳴りつけ,同番地のl1所在のF1ホテ
ル社員寮m1階n1号室において,D,F,G,E,J,K,被告人B及び同
CでE1を取り囲み,同人に対し,「なんで逃げ出したんや」「無責任やな」
「よう逃げ出せれたな」「せなあかん用事があるやろう」「あんた問題の張本
人ちゃうの」「腹が立つわ」「のんきやな」「子供のことほったらかして」と
罵るなどし,さらに,これに畏怖して「一旦尼崎に戻ります」などと発言した
同人に対し,前記F1ホテルにおいて,「一旦って何やのあんた,1週間や2
週間で済む用事ちゃうで」と申し向けるなどして,同人の身体,自由等にどの
ような危害を加えるかもしれない態度を示して脅迫し,同月3日頃,自動車に
同人を乗せてeマンションまで連れ帰り,もって身体に対する加害の目的をも
って略取した。
第5被告人Aは,D,F,G,E,J,被告人B,同Cらが前記第4の犯行に及
ぶに際し,これに先立つ平成19年11月下旬頃,その情を知りながら,eマ
ンションにおいて,前記F1ホテルの場所を調べて被告人Cに教示し,同年1
2月1日から同月3日頃までの間,eマンションにおいて,Fの長女(当時1
1か月)の面倒を見るなどして留守番をし,もって前記犯行を容易にさせてこ
れを幇助した。
第6
1被告人3名は,D,E,F,K及びGと共謀の上,eマンションから逃げ出
してDらに連れ戻されていたJに対する制裁のため,平成20年7月頃から
(ただし,Kについては,9月中旬頃から)同年12月上旬頃までの間,J
(昭和57年11月24日生)を全裸又は半袖シャツ姿にし,eマンションの
ベランダに設置された物置内に監視カメラを取り付けた上で閉じ込めるなどし
て,逃亡防止用の防犯ブザーが設置された前記ベランダ内に同人を閉じ込め,
Dや被告人らの監視の下に一時的に外出させたほかは,Jの動静を前記監視カ
メラの映像及び直接の目視によって監視するなどし,夏は高温多湿,冬は低温
となる前記物置及び前記ベランダから同人が脱出することを不可能にし,もっ
て同人を不法に監禁するとともに,その間,同人に対し,前記物置内を含む前
記ベランダ等において,顔面,頭部,身体等を多数回殴ったり蹴ったりするな
どの暴行を加え,栄養及び量の偏った食事を不規則に摂取させ,睡眠を短時間
に制限し,前記物置内のバケツに排泄させたり,身体を洗う機会を多くても週
に1回程度に制限するなどして不衛生な環境下に置き,直立不動や正座など特
定の姿勢でいることをしばしば長時間強制するなどし,これらの継続的な虐待
行為によって,同人の身体に,多数の外傷を生じさせたほか,下痢等の症状を
生じさせ,痩せ細らせるなどして,遅くとも同年11月下旬頃までには,同人
を,気温の低下や食事制限等の悪条件が更に加われば,低体温症,低栄養,感
染症等によって死に至る危険性がある程度にまで衰弱させ,さらに,D,E,
F,K及びGと共謀の上,殺意をもって,その頃から同年12月上旬頃までの
間,同所において,上記の程度まで衰弱したJに対し,前同様の監禁,暴行,
飲食制限,睡眠制限等の虐待を継続し,よって,その頃,前記物置内において,
同人をこれら一連の虐待行為によって惹起された低栄養・低体温に基づく諸臓
器の機能不全により死亡させ,殺害した。
2被告人Aは,D及びFと共謀の上,LがFの長女(Dの孫)の世話中に暴言
を吐いた上,Dから叱責され謹慎を命じられたのに無断で外出していたなどと
して,制裁のため,平成20年11月5日頃から同月8日深夜ないし9日未明
頃までの間,L(当時67歳)を上記監視カメラ付きの物置内に閉じ込め,同
物置の扉を施錠したり,同人の動静を前記監視カメラの映像及び直接の目視に
よって監視したりするなどし,同人が前記物置から脱出することを不可能にし,
さらに,同日頃,事情を知った被告人B,同C,G,E及びKがこれに加わり,
ここに被告人3名は,D,F,G,E及びKと共謀の上,同日頃から同月10
日頃までの間,前同様の方法によって,Lが前記物置から脱出することを不可
能にし,もって同人を不法に監禁した。
第7被告人3名は,D,E,K,Fと共謀の上,遅くとも平成23年7月25日
未明ころ,eマンションにおいて,M(当時53歳)に対し,その顔面を手で
殴り,下半身を足で蹴るなどして,同所のベランダに設置された高温多湿の物
置内に同人を閉じ込め,同月27日の日中までの間,その四肢等を手錠,丸太,
ロープ等で緊縛し,その手錠を重量約24キログラムのステンレス製重しにつ
なぎ,周囲に金たわしを多数配置するなどして身動きできないようにした上,
同物置出入口につっかい棒をし,同人の動静を監視して,同人が同物置から脱
出することを不可能にし,もって同人を不法に逮捕監禁した。
第8被告人3名は,D,E,K,Fと共謀の上,前記第7の逮捕監禁を行ってい
る間,Mに対し,前記のとおり緊縛するなどして身動きできないようにする方
法により正座のまま両腕を前記丸太等に固定させ,ガムテープ若しくはタオル
で口をふさぎ,飲み水や食事を与えない方法により生存に必要な水分及び栄養
を摂らせず,かわるがわる,顔面,腕部,大腿部,下腿部,胸部等を多数回足
で蹴り,顔面,頭部等を手拳やサンダルで多数回殴打し,喉をサンダルで多数
回突くなどの暴行を加え,平成23年7月26日夜までには同人を衰弱させる
傷害を負わせた上,D,E,K,Fにおいては,遅くともそのころまでに,M
の衰弱状態や,同様の監禁及び虐待行為を継続すればMを死に至らせるかもし
れないことを認識しながら,その後も前同様の監禁及び虐待行為を継続して同
人をいっそう衰弱させ,よって,同月27日の日中,前記物置内において,こ
れら一連の行為によって惹起された高カリウム血症に基づく心停止又は肺塞栓
症に基づく循環不全により同人を死亡させて殺害したが,被告人らにおいては
傷害の犯意を有するにとどまっていた。
第9被告人3名は
1D,K,E及びFと共謀の上,平成23年7月下旬頃,eマンションの室内
から,Mの死体を搬出して,同マンション前に駐車中の普通乗用自動車に積載
した上,同死体を兵庫県尼崎市o1通p1丁目q1番r1号所在の倉庫に運び
込み,同所において,同死体をドラム缶に入れた上,セメントを流し込み,そ
のまま同年11月4日頃まで,同死体を同所に放置し
2D,K,E,F及びGと共謀の上,同年11月4日頃,前記倉庫から,前記
のとおりドラム缶にコンクリート詰めにしたMの死体を搬出して,同所前に駐
車中の普通乗用自動車に積載した上,同死体を同市s1t1番u1号所在の民
家に運び込み,さらに,同月5日頃,同民家から同死体を搬出して,同所前に
駐車中の普通乗用自動車に積載した上,同死体を岡山県備前市v1町w1x1
番地y1南側岸壁から海中に投棄し
もって死体を遺棄した。
【証拠の標目】

【争点に対する判断】
第1I事件
1争点及び当事者の主張
Iを被害者とする殺人被告事件の争点は,①Iの意思抑圧の程度(殺人の実
行行為性),②殺意の有無,③殺人の共謀の有無(正犯性)であり,保険会社
2社を被害者とする詐欺被告事件の争点は,④被告人B及び同Cにつき共謀の
有無(正犯性)である(上記殺人被告事件と詐欺被告事件を併せて「I事件」
という。)。なお,被告人Aにつき詐欺罪の共同正犯が成立することは争いが
ない。
Iの意思抑圧の程度(殺人の実行行為性)(争点①)について,検察官は,
Dらは,暴行,飲食制限及び正座の強制等によって,Iの意思を抑圧し,崖か
ら飛び降りざるを得ない状況に陥らせたといえるから,Dらの行為は殺人の実
行行為に当たると主張する。これに対し,弁護人らは,Iは崖から飛び降りざ
るを得ない状況に陥ってはおらず,自分の自由な意思で自殺したものであるか
ら,Dらの行為は殺人の実行行為に当たらず,自殺関与の実行行為ないし幇助
行為にとどまると主張する。
殺意の有無(争点②)について,検察官は,被告人らはIに対する虐待の状
況を認識していたことなどから,Iがgの崖から飛び降りざるを得ない状況に
陥ったことを認識し認容していたといえ,被告人らには殺意が認められると主
張する。これに対し,弁護人らは,被告人らは暴行等の虐待の全部又は一部を
知らず,Iがgの崖から飛び降りざるを得ない状況に陥っていたとは認識して
いなかったから,被告人らには殺意が認められないと主張する。
殺人の共謀の有無(正犯性)(争点③)について,検察官は,被告人らは殺
人の実行行為を分担するなど積極的な関与をしており,Iの保険金でG1家で
の生活を維持するという利益もあったことなどからすれば,被告人らには殺人
の共同正犯が成立すると主張する。これに対し,弁護人らは,被告人らは積極
的に関与しておらず,Iの保険金は被告人ら個人のために使われたものではな
いことなどから,被告人らは幇助犯の責任を負うにとどまると主張する。
詐欺の共謀の有無(正犯性)(争点④)についても,争点③と同様の理由に
より,検察官は被告人らに詐欺の共同正犯が成立すると主張し,B弁護人及び
C弁護人は,両被告人には幇助犯が成立するにとどまると主張する。
2当裁判所の判断
⑴前提事実
以下の各事実は,当事者間に概ね争いがなく,関係各証拠によって容易に
認められる。
アD及びG1家
Dは,弱みを持つ複数の家族に因縁をつけ,一家離散に追い込み,それ
らの家族の中から気に入った者をG1家に取り込むなどの方法により,血
のつながりのない者らによる共同体を形成していった。そのようにして形
成されたG1家では,Dが絶対的な上位者であり,D以外の者は,外出の
可否,就寝時間等生活全般にわたってDに細かく管理され,Dの意向に沿
って行動していた。D以外の者は,Dの意向に沿わない行動をとった場合,
DやDの指示を受けた者から暴行されるなどの虐待を受けることを知って
おり,Dに逆らえない状況にあった。
イIが亡くなるまでの経緯
Iは,昭和57年頃からDらと同居しており,平成12年頃にeマン
ションを購入してからは同所に居住していた。Iは,昭和59年頃から
平成17年2月頃まで尼崎市所在の会社に勤務しており,G1家の中で
唯一定職についていたので,eマンションのローン名義人となった。I
は,平成13年12月11日にAと婚姻したが,恋愛感情等の夫婦の実
態はなかった。
Iは,平成14年8月31日頃にV保険会社との間で,同年11月1
5日頃にO保険株式会社との間で,自己を被保険者とし,いずれも急激
かつ偶然な外来の事故によって生じた損害に保険金を支払う,保険金を
受け取るべき者の故意,被保険者の自殺の場合などを免責事由とする内
容の普通傷害保険に加入した。死亡保険金額は,O保険株式会社との契
約では4000万円,V保険会社との契約ではその他の偶然な事故(交
通事故を除く。)の場合に1000万円であり,いずれも死亡保険金受
取人は約款等により法定相続人とされていた。なお,いずれの契約も以
後,1年毎に更新されていた。
G1家の家計の管理はAが担当していた。Aが仕事を辞めた平成16
年春以降のG1家の家計は,総額約5000万円の借金の返済や生活費
等の支出のために毎月約150万円の赤字となっていた。
平成16年から平成17年にかけてeマンションで同居していた主な
G1家のメンバーは,D,C(Dの内縁の夫),A(Dの義理の妹),
B(Dの養子,長男),G(Dの戸籍上の実子,次男),F,E,H,
L及びIであった。
Iは,平成16年中に,Dから家計が苦しいので保険金を受け取るた
めに事故死を装って死ぬように頼まれて,これを了承した。死ぬ方法は,
会社からの帰り道に路地から自転車で飛び出して走っている車に飛び込
むというものだった。
Iは,遅くとも平成17年2月中旬ころ(以下,平成17年の記載を
省略)から自転車で車に飛び込むことを試み始めたが,死ぬことができ
なかった。
2月19日頃,Iはeマンションからいなくなった。
3月4日未明,Iは,H1マンションにいるところを見つかり,eマ
ンションに連れ戻された。それから数日間,G1家のメンバーが集まっ
たeマンションのリビングにおいて,Dが死ねないIを責め,G1家の
他のメンバーがこれに同調する(DがIを責めているときに,G1家の
他のメンバーがこれを止めようとしたり,Iをかばったりすることがな
い)ということが続いた。
Iは,4月の末頃から,Eと一緒に出かけ,自転車で車に飛び込むこ
とを試みたが,死ぬことができなかった。
5月上旬頃,G1家のメンバーが集まったeマンションのリビングに
おいて,DがIに死ねない理由を尋ね,Iが「やっぱり怖くて,ようで
けへん」と答え,それに対してDが「今更,何言ってんねん」と怒鳴る
ということがあった。その後,5月16日までの間に,DがEに対し
「腕の骨一本折ったれ」というようなことを言い,Eはその言葉を受け
て,Iの両腕を机の辺の部分に打ち付ける暴行を加えた。また,5月中
に,Iが机の上に手を置き,その甲をEが上から拳で打ち付けるという
こともあった。これらの暴行により,Iの両腕があざになり,右手の甲
にもあざができた。
5月13日から15日にかけて,Dは,Iに対して3日間飲食物を与
えないという食事制限を行った。
Iは,5月下旬頃,Dから,1週間から10日くらいの期間にわたり,
eマンションのリビング横の部屋で一日中正座をすることを強制された。
5月下旬頃,家族会議が開かれ,DがIに対し,死ぬ方法を変更して
高いところから飛び降りることを提案し,Iもこれを了承した。飛び降
りる場所は,沖縄県の指定名勝gの崖に決まった。
沖縄に行くことが決まると,Iの正座強制が終わった。
D,A,B,C,G,F,E,H及びIは,6月19日に沖縄に向か
い,Aが予約したgの近くのロッジに宿泊した。
6月28日,上記G1家のメンバー9名は,Iが飛び降りる場所の下
見としてgに行った。
6月30日の夜,Dの発案で,G1家のメンバーが一人ずつIに対し
て別れの挨拶をした。
7月1日の朝,Dは,自分はgには行かないと言い出し,Eに対し,
「E,頼んだよ」などと言い,Iに対して,「チャンスは1回しかない
からな」というようなことを言った。また,Dは,Iに対し,Iがいつ
も身に付けていたネックレスを形見に欲しいと言い,これを譲り受けた。
その後,Dを除くG1家のメンバー8名がgに向かった。
上記8名は,gの崖(高さ約27.5メートル)に着くと,Aがカメ
ラを構え,その他のメンバーが崖の近くに集まり,写真撮影を行った。
同日午前10時20分頃,Iは,崖から飛び降り,頭部損傷によって死
亡した。
ウIが亡くなった後の状況
その後,Dを除くG1家のメンバー7名は,警察から事情聴取を受け,
「崖で記念撮影中に,後方に立っていたIが誤って転落した」旨説明し
た。それから,D及びAを除くG1家のメンバー6名は,Iの転落に事
件性はない旨記載された申述書に署名,指印して警察に提出した。また,
Aは,被害者が誤って崖から転落した旨の供述調書に署名,指印をした。
Dは7月3日頃O保険株式会社(関係の保険代理店)に対し,Aは7
月8日頃V保険会社に対し,それぞれIが崖から誤って転落して死亡し
た旨を伝えて,保険金支払の手続を進めるよう依頼した。
各保険会社は,調査の結果,Dらの申告どおりの事故であり,免責事
由に該当しないと判断して,法定相続人である妻のAの相続分(3分の
2)につき,支払を決定した。これに基づき,11月4日,O保険株式
会社から2666万6667円が,同月7日にV保険会社から666万
6667円が,それぞれA名義の預金口座に振り込まれた。
各保険会社の調査の過程で,Iの母であるI1も法定相続人であり,
かつ,その所在が不明であることが発覚し,その後,I1を失踪者とす
る審判が平成18年10月に確定した。
O保険株式会社は,I1の失踪宣告確定後のIの法定相続人はAと弟
であるMの2人であると判断し,Aらに対し,保険金の請求,受領につ
いてAを代表者とする旨のMの同意があれば,保留分(3分の1)につ
いても支払うことができる旨伝えた。これを受けて,Aらは,EがMの
署名を勝手に記載するなどして作成した同意書をO保険株式会社に送付
し,決裁を受けて,同年12月29日,A名義の預金口座に1333万
3333円が振り込まれた。
V保険会社は,I1の失踪宣告確定後のIの法定相続人はAのみであ
ると判断し,支払手続を再開し,必要書類を確認した上で決裁を行い,
同年11月6日,A名義の預金口座に保留分(3分の1)の333万3
333円が振り込まれた。
Aは,受け取った保険金をG1家の借金の返済や生活費の支払などに
充てた。
⑵認定できる事実
アDがIに対して死ねるかと尋ね,Iがこれを了承した場面について
上記場面に関するBの公判供述の要旨は,以下のとおりである。
平成16年の夏頃(Iが亡くなる1年くらい前)に,Dの部屋で,A
とGがいる前で,「家はお金が苦しいんや」と言われ,「うちが死ね言
うたら死ねるか」と聞かれたので,本心では死ぬのが嫌だったが,嫌と
言ったらDに怒られると思い,「はい」と答えた。なお,それまでにも
Dから同じことを何回か聞かれたことがあったが,そのたびに死ねると
答えていた。
その後,Dは,その場にIを呼び,「家,お金苦しいんや」「お金残
して逝ってくれるか」と言い,Iは「はい」と答えた。Dは「回せるだ
け回すから」と言っていた。
遅くとも平成16年12月下旬頃までに,Dは,A,G,B,Iがい
る場で,Iに対し,「回してきたけど,もう限界や」「逝ってくれる
か」と言い,Iは「はい」と答えた。
Bの上記供述は,その内容が具体的である上,自己に不利益なものと
いえ,あえて虚偽の供述をする動機が見当たらないことなどから,信用
性が高い。したがって,その供述どおりのやりとりが行われたものと認
められる。
なお,この点につき,Aは,公判で,DがIに対して,逝ってくれる
かと言ったのは,自分が自殺して保険金で借金を返すということを提案
し,Dから止められ,Lに対し,逝ってくれるよう頼み,Lがこれを了
承したものの,死ぬことができなかった後のことであり,その場に同席
していたのは,D,A,Iの3人である旨供述し,平成16年夏頃にD
がIに対して逝ってくれるかと言ったことの有無については言及してい
ない。
しかし,Aは,公判で,当時の出来事に関して尋ねられても,記憶が
ない旨の供述をすることが多く,そのため供述した事柄についても,そ
の記憶の正確性には疑問がある。また,DがIに逝ってくれるように頼
んだ際,自分以外に誰が同席していたのかということは,多人数が暮ら
す中では,一般に記憶として残りにくい事柄と考えられる。そして,A
の供述は,そもそも平成16年夏頃にDがIに対して逝ってくれるよう
に頼んだ事実を明確に否定するものではない。そうすると,Aの上記供
述は,一部信用できないものがある上,B供述と必ずしも完全に矛盾す
るものでもないから,B供述の信用性には影響しない。
イ被告人らが5月12日にIが飛び込みを試みていた場所へ行ったことに
ついて
Fは,5月12日に被告人らを含むG1家のメンバーで,Iが飛び込
みを試みていた場所(z1)に行ったことがある旨証言している。その
証言内容の要旨は,以下のとおりである。
D,C,A,B,G,F及びHは,5月12日に外出し,うどん屋で
食事をした後,Cの運転する車でz1に行った。現場に着くと,車を止
めてある所にEとIが来た。Eは,Iを離れた所に待たせた上で,車に
近付き,ドアを開けて,3列シートの真ん中に座っているDに対し,車
は結構通っており,「今や」とか「行け」とか言っているが,Iは車に
飛び込むことができない旨報告した。Dは,Eに対し,「あかんな」と
か「E,あんた遊ばれてんねん」とか言った上で,「もうええで」と言
い,話が終わった。その後,全員でeマンションに帰った。G1家では,
車内で音楽を掛けるということが余りなく,また,Dが話をしている以
上,他のメンバーが話をするということもなかったので,上記のような
DとEのやりとりは,車内のメンバー全員に聞こえる状況だった。
F証言の内容は,当時見聞きした出来事やD及びEの発言内容等に関
して,詳細かつ具体的である上,Iがなかなか死ねないでいた当時の状
況とも整合し,自然である。また,Aの日記の記載(5月12日の欄に,
うどん屋に行ったことや,Iが死ねないでいることを非難する言葉
(「のみのキンタマ」「根性なし」)が記載されていること)や,うど
ん屋での食事風景を撮影した写真にEとIが写っていないこととも整合
する。なお,上記写真が撮影されたのが5月12日午後8時過ぎであり
(甲493),Aの日記等によれば,Dは,うどん屋で食事をした後,
あかすりやマッサージを受けており,その後にz1に行ったとすると相
当遅い時間になっていたと考えられるが,Iが遅い時間まで死ぬことを
試みていたことを否定する証拠もないことから,F証言の信用性には影
響しない。
これに対し,AやBは,z1に見に行った記憶はない旨供述するが,
そもそもAは,当時の記憶が極めて曖昧なものとなっている上,両者と
も,z1に見に行ったことを明確な根拠に基づいて否定しているわけで
はないことなどからすれば,両者の供述は,F証言の信用性を減ずるも
のではないというべきである。
したがって,上記F証言は信用でき,その証言から,5月12日に,
被告人3名らが,z1に行き,そこでIがEの監視のもと死ぬことを試
みるも死ねないでいたということを,認識したものと認められる。
ウ飛び降り直前の場面について
上記場面に関するF証言の要旨は以下のとおりである。
7月1日,Dを除く8人でgの崖に向かい,崖の上で,Aが写真を撮
ろうとみんなに声を掛け,記念撮影という感じで崖の近くに集まった。
Iが飛び降りるまで時間が掛かっていて,Aが,「もう1枚撮るわな」
というのを何回か言っていた。すると,Eが「はよせな,はよせな」と
いうようなことを言い,その次に,Eが「落ちた」というように叫んだ
ので,後ろを振り返るとIが飛び降りていた。
F証言の内容は,Fにとっても不利益な事実といえる(Iが飛び降り
を躊躇しているときにG1家のメンバーが飛び降りを急かし,その結果
Iが飛び降りたという事実は,Iの飛び降りがIの自由意思に基づくも
のではないことを推認させる,少なくともこれと整合する一つの事情と
いい得る。)。
また,F証言の内容は,当時の状況からして自然な内容といえる(E
は,それまでDの指示でIの監視役を務めてきており,当日の朝も,D
から,頼んだよというようなかたちで,Iの飛び降りがうまくいくよう
に命を受けていたとのことであるが,これは,EがIを飛び込ませよう
と積極的に働きかけていることと整合する。)。
なお,Iが飛び降りる直前の状況を撮影した写真は,最終的には1枚
しか残っておらず,何枚か写真を撮っていた旨のF証言は,現存してい
る写真の枚数と矛盾するようにもみえる。しかし,この点について,F
は,「Iが飛び降りた後,警察署に行って,待っている際,Eが,Iが
後ろを振り向き,EがIの顔を見ている写真について,「これ消しとか
なあかんで」というようなことを言って,Aが写真を削除していた」旨
証言しており,この証言内容を踏まえれば,F証言は上記現存している
写真の枚数と必ずしも矛盾するものではない。
そして,F証言の内容は,B供述(Iの飛び降りまで時間がかかった
というもの)とも整合する。
これに対し,Aは,公判で,「1回シャッターを押した後,顔を背け
ていたので,Iが飛び降りるのを見ていない。Cと思われる者の「I」
という呼び声か叫び声でIが飛び降りたと思った」旨供述しており,F
証言は当該Aの供述と整合しない。
しかし,Aが供述するように,AがIの飛び降りに気付く前に,そこ
にいた誰かが「I」と叫んだのであれば,当然,Aよりも叫んだ者に近
いところにいたと考えられるBも,この叫び声でIが飛び降りたことに
気付いたはずである。ところが,Bは,記念撮影を装っている際,Aが
座り込んだことから,Iが飛び降りたと気付いた旨供述している(Bは,
このときのAの行動について虚偽を述べる理由がなく,その供述内容も
具体的であるから,Bの上記供述は信用できる。)。Bの上記供述によ
れば,Aは,Iが飛び降りるのを見た(その直後に座り込み,これをB
が見た)ということになるから,「顔を背けていたので,Iが飛び降り
るのを見ておらず,叫び声でIの飛び降りに気付いた」旨のAの供述は
B供述と相反するといえる。
このように,Aの供述は,信用できるB供述と相反し,信用できない
から,F証言の信用性には影響しない。
したがって,上記F証言は信用でき,その証言から,7月1日,gの
崖の上で,Iが飛び降りるまで時間が掛かっていると,Eが「はよせな,
はよせな」というようなことを言い,その後,Iが飛び降りたという事
実が認められる。
⑶Iの意思抑圧の程度(殺人の実行行為性)(争点①)
アIは,2月中旬に,車に飛び込むことを何度か試みた後,同月19日頃
にeマンションからいなくなっている。そして,3月4日未明にG1家の
メンバー(C等)に探し出されるまで,G1家の住むeマンションに戻ら
なかった。Iがeマンションからいなくなるまでの経緯や,その後の家族
会議で「怖かった」旨述べていることからすれば,Iは,死ぬのが怖くな
ってeマンションから逃げ出していたというべきである(なお,このIの
行動につき,弁護人は,死ぬことを決意していたIが,なかなか死ねない
ことからDに合わす顔がないと考え,H1マンションにいただけである旨
主張する。しかし,Iは,連れ戻された後に「怖かった」旨明言している
上,仮にIが真に死ぬことを決意していて,車に飛び込むという方法が難
しかっただけなのであれば,Dから逃げ隠れするよりも先に,Iのほうか
ら,他の方法ではだめなのかDに確認したりすると思われるところ,その
ような行動をIはとっていない。したがって,弁護人の主張は採用できず,
先に認定のとおり,Iは,死ぬことが怖くなってeマンションから逃げ出
したものというべきである。)。
このように,Iが一旦死ぬことを了承した後に死ぬのが怖くなってeマ
ンションから逃げ出していることに加え,前記のとおり,その約2週間後,
IはG1家のメンバーに見つかり,eマンションに連れ戻されると,Dか
ら死ねないことを責められ,他のメンバーからもDに同調する態度をとら
れたこと,その後,IがEの監視のもと死ぬことを試みるも死ぬことがで
きないでいると,両腕を机の辺の部分に打ち付けるなどの暴行を加えられ
る,正座を強制される,食事を制限されるなどの虐待を受けたこと,これ
らの虐待を受けつつ,Dから,高い所から飛び降りる方法で死ぬことを提
案され,これを了承したことが認められる。このような一連の経過からす
れば,Iは,Dらからの虐待によって,死ぬことを選択せざるを得ない精
神状態に追い込まれ,やむなく高いところから飛び降りる方法で死ぬこと
を選択したと考えるのが自然かつ合理的である。
そして,沖縄に着いた後,Iに対してG1家のメンバーが一人ずつ別れ
の挨拶をしたり,DがIに対して「チャンスは1回しかないからな」と最
後の念押しをしつつ,形見分けの儀式をしたりすることで,Iは,退路を
断たれた状態となり,飛び降りる直前の崖の上でも,G1家のメンバーに
囲まれ,いまさら逃げることはできない状態にされた上,なかなか飛び込
めないでいると,Eから「はよせな,はよせな」と急かされているのであ
って,Iは,G1家のメンバーからの働きかけによって,意思を抑圧され,
飛び込むこと以外の行為を選択することができない状況に置かれ続けたと
いうことができる。
イこの点につき,弁護人らは,①IがDから死ぬように頼まれたとき,す
ぐに了承していること,②Iは,3月上旬の家族会議でDから責められて
いるとき,「死ぬのが嫌だ」とは言っておらず,死ぬことを受け入れてい
たといえること,③Iは,eマンションからいなくなっていた間も死ぬこ
とを試みていたこと,④Iは,家族のために命をかける,家族のために死
ぬという考えを持っていたこと,⑤Iが,崖から飛び降りる前日に,Aや
Fなどに感謝の言葉や残される者の今後の生活を気遣う言葉を掛けている
こと,⑥Iに加えられた虐待は,崖から飛び降りるしかないと決意させる
ほどに強度のものではないことから,Iは意思を抑圧され無理やり飛び降
りをさせられたわけではなく,自分の意思で死を決意したといえると主張
する。
しかし,①G1家では,Dが,常々メンバーに対し家族のために死ねる
かと尋ね,尋ねられたメンバーは,家族のために死ねる旨の返答をすると
いうことが繰り返されていたものの,実際には家族のために死んだメンバ
ーはいなかった。このことからすれば,Iは,Dから家族のために死ぬよ
う頼まれた際,死をそこまで現実的なものと捉えずに了承した可能性が高
い。その後の経緯を併せてみれば,Iは,そのような,一応の決意のもと
死ぬことを試みたものの,死に直面して,死に対する恐怖が芽生え,死ぬ
ことができない,死ぬのは嫌だと考えたとみることができる。
次に,②確かに,Iは,Dに対し「死ぬのが嫌だ」とは言っていないが,
Dの威圧感や,Iの人に逆らうことができない性格などから,Iは死ぬこ
とが嫌だと考えていても,Dに対して「死ぬのが嫌だ」と言うことは難し
かったものと考えられる。前記のとおり,Iが,真に死ぬことを受け入れ
ており,単にそれが怖かったということであれば,怖がらずに死ねる方法
をDに尋ねると思われるところ,そのようなことを尋ねることなく,Dの
もとから逃げ出していることからすれば,Iは,死ぬのが嫌で,死ぬこと
を受け入れてはいなかったというべきである。
また,③Iがeマンションからいなくなっていた間に死ぬことを試みて
いた場面を見た者は誰もおらず,Iが言っていただけであり,当時の状況
等を考慮すれば,eマンションから逃げ出したIが,Dらから虐待される
のを避けるためにとっさについたうそである可能性もあるから,結局,I
が上記の間死ぬことを試みていたか否かは不明といわざるを得ず,弁護人
の主張は採用できない。
さらに,④Iが家族のために死ぬという考えを持っていたからといって,
その死が自殺であるということには必ずしもならない。先に認定したとこ
ろによれば,Dは,Iに対し,家族のために自殺することを求め,それが
できないと分かるや,暴行等の虐待を加え,家族のために死ぬことを強要
し,虐待を加えられたIは,「家族のために死ぬ」というDが求める行為
を選択せざるを得ない精神状態に陥り,そのような精神状態のもと,家族
のために崖から飛び降りるという行為を選択したといえるのであるから,
Iは「家族のために死ぬ」という考えを持たされていたに過ぎず,Iが死
を強制されたことを否定する事情にはならないというべきである。
このようなIの心情を前提として,⑤の発言の意図を検討すると,Iに
は,家族のために死ぬ以上は,その家族から愛されて死にたいという気持
ちがあったと考えられるし,Iの優しい性格,人に文句を言わない性格な
どから,死の間際に,家族のことを思いやったり,感謝の言葉を述べたり
したと考えることができる。したがって,虐待等の働きかけにより死を選
択せざるを得ない精神状態に陥ったことにより死を選択したIがAらに⑤
のような感謝の言葉等を掛けることは十分にあり得ることであり,これら
の感謝の言葉等をIが自己の自由意思により死ぬことを決意したことの現
れだとみることはできないから,弁護人の主張には理由がない。
そして,⑥についても,広い範囲にあざができるほどの強い力で両腕を
机の辺の部分に打ち付け,足の甲に褥瘡ができた後も正座を強制し続け,
3日間にわたり他のG1家のメンバーが食事をする中でIにだけ飲食物を
与えないというのは,相当強度の虐待といえる。そして,Iは,それまで
自分を家族の一員として大切に扱ってくれていたDから死ぬよう言われ,
死ねないでいると,Dから言葉で責められるばかりでなく,上記のような
虐待を加えられ続け,かつ,それまで同じく家族として過ごしてきた周囲
の誰も自分を助けてくれないばかりか,口もきいてくれない(F証言,B
供述)という状況に追いやられたというのであるから,その絶望感は想像
に難くない。このようなIと上記虐待の主体との関係性等も考慮すれば,
Iに加えられた虐待は,Iを高いところから飛び降りることを選択せざる
を得ない精神状態に陥らせるに十分であったと評価すべきであるから,弁
護人の主張は採用できない。
ウ以上より,Dらは,暴行,正座強制等の働きかけにより,Iの意思を抑
圧し,崖から飛び降りざるを得ない状況に陥らせ,Iはこのような精神状
態のもと崖から飛び降りたといえるから,Dらの行為は殺人の実行行為で
あると認められる。
殺意の有無(争点②)
ア被告人らに殺意が認められるためには,被告人らが,①Iが,Dらの暴
行,正座強制等の働きかけによって意思を抑圧され,崖から飛び降りる以
外の行為を選択することができない精神状態に陥っていたことを認識して
おり,かつ,②それを受け入れていたことが認められることが必要である。

なIが,Dらからの虐待等の働きかけを受けたために死を決意したことを
分かっていれば,①の認識があったといえる。
イAの認識について
Aは,Iを死なせる計画が発案された当初の段階から,その計画を知
っていたと認められる。また,日記その他の証拠から,Aは,Iがeマ
ンションから逃げ出し,連れ戻された直後に開かれた家族会議にも参加
していることが認められ,その家族会議におけるDやIの発言内容から,
Iが死ぬのが怖くなってeマンションから逃げ出したことを認識できた
といえる。また,Iが,その後(4月頃)Eの監視のもと,死ぬことを
何度か試みたが,死ねないでいたことについても,Aの当時の日記の記
載(「のみのキンタマ」,「根性なし」など)及びA自身の供述から,
Aは認識していたといえる。このように,Iが,死ぬのが怖くなってe
マンションから逃げ出していることや,その後,Eの監視のもと死ぬこ
とを試みさせられるも,死ねないでいたことは,Iが死にたくないと考
えていることを窺わせる事実であるから,これらの事実を認識していた
Aは,I
きである。
Iに対する虐待の内容及びそれに関するAの認識につき検討する。
前認定のとおり,Iは,1週間から10日くらいの期間にわたり終日
正座を強制させられていたところ,その正座はeマンションのリビング
横の部屋で行われていたのであるから,一緒に生活していたAは認識で
きたはずであるし,AはIの正座によってできた傷を見ているのである
から(A自身が認めている),少なくとも,その傷を見た時点で,相当
厳しい正座を(相当長い期間正座を)させられていたことを認識できた
ものと認められる。
暴行については,Iの両腕のあざの大きさ,場所,Iの当時の服装
(上半身は半袖のシャツ)からすれば,一見して気付くようなものとい
え,AがIとeマンションで一緒に生活し,食事を一緒にとるなどして
いたことからすれば,上記あざには気付いていたものと認められる。そ
して,当時,IがDの意思に反した行動をとったことでDに責められて
いたこと,EがIの監視役を務めていたこと,そのあざが認められる時
期から間もなくしてIが正座をさせられており,Aもこれを認識してい
たことからすれば,Aは,上記あざについて,DないしEが,Dの意思
に反した行動をとったIに対し,暴行を加えたために生じたものである
ことを認識していたものと認められる。
食事制限については,A自身が日記に「絶飲食」と記載している上,
その期間(平成17年5月13日から15日まで)の食事の風景を撮影
した写真にIが写っていない(甲423)ことや,A自身がIに対して
食事制限がされていたと思う旨供述していることなどから,Iに対して
3日間飲食物を与えないという食事制限が行われ,Aがそれを認識して
いたと認められる。
そして,信用できるF証言及びB供述によれば,Iは,上記虐待を加
えられた後,正座をさせられている間の最後のほうに,崖から飛び降り
る方法で死ぬことを了承しているところ,Aは,この家族会議の場面に
同席していたことを自認しているから,Aは,Iが,上記虐待を加えら
れた後に,崖から飛び降りる方法で死ぬことを了承したことを認識して
いたといえる。
以上のとおり,Aは,Iに対して,暴行,正座,食事制限といった虐
待が加えられたことを認識しており,かつ,その虐待を加えられた後に,
Iが,崖から飛び降りる方法で死ぬことを了承したことを認識していた
といえることから,Aは,本当は死にたくなかったIがDらからの虐待
いえる。
このように,AI
うなIが,Dらからの虐待等の働きかけを受けたために死を決意したこ
とを分かっていたといえるから,①Dらの働きかけによってIが崖から
飛び降りる以外の行為を選択することができないような精神状態に陥っ
ていたことを認識していたといえる。
そのうえで,Aは,DらによるIに対する虐待を止めたり,Iが死ぬ
ことを止めたりしないばかりか,死ねないIに対して冷たい態度をとっ
たり,沖縄においてIが死ぬ現場まで同行し,Iが死から逃れられない
状況を作出したりしているのであるから,それ(上記①)を受け入れて
いた(上記②)と認められる。
したがって,Aには殺意が認められる。
ウBの認識について
B自身,平成16年にIが死ぬことを了承した
(「はい」と答えた)ところを見た上で,平成17年2月にIがeマン
ションから逃げた際,Iは死ぬのが怖くなって逃げたと思った旨供述し
ている。さらに,Bは,Iがeマンションに連れ戻された後,Eの監視
のもと,死ぬことを試みるも,死ねないでいたことを知っていた旨供述
している。そうすると,これらの事実を認識していたBは,Iが本当は
Iに対する虐待の内容に関するBの認識につき検討する。
正座については,前認定のとおり,eマンションのリビング横の部屋
で1週間から10日くらいの期間にわたり続いていたこと,B自身,公
判で,当時Iが何日も正座をさせられているのを見た旨供述しているこ
となどからすれば,Bは,Iが相当厳しい正座を(相当長い期間正座
を)させられていたことを認識できたものと認められる。
暴行については,Aに関する検討と同様,Iの両腕のあざの大きさ等
からすれば一見して気付くようなものといえ,BがIとeマンションで
一緒に生活し,食事を一緒にとるなどしていた(残されている写真から,
Iの直ぐ前や隣で食事をとっていたことが認められる)ことからすれば,
Bは,上記あざには気付いており,かつ,上記あざは,DないしEが,
Dの意思に反した行動をとったIに対し,暴行を加えたために生じたも
のであることを認識していたものと認められる。
食事制限については,前記のとおり,3日間にわたって行われたこと
が認められるところ,その期間中のBを含むメンバーらの食事風景を撮
影した写真にIが写っていないことや,Bは通常Iの前や隣で食事をと
っていたのであり,Iがいなければすぐに気付くはずであることなどか
ら,BはIに対する食事制限を認識していたものと認められる。
そして,Bは,Iが,上記虐待を加えられた後,正座をさせられてい
る間の最後のほうに,崖から飛び降りる方法で死ぬことを了承した場面
に同席していたことを自認しているから,Bは,Iが,上記虐待を加え
られた後に,崖から飛び降りる方法で死ぬことを了承したことを認識し
ていたといえる。
以上のとおり,Bは,Iに対して,暴行,正座,食事制限といった虐
待が加えられたことを認識しており,かつ,その虐待を加えられた後に,
Iが,崖から飛び降りる方法で死ぬことを了承したことを認識していた
といえることから,Bは,本当は死にたくなかったIがDらからの虐待
いえる。
このように,BI
うなIが,Dらからの虐待等の働きかけを受けたために死を決意したこ
とを分かっていたといえるから,①Dらの働きかけによってIが崖から
飛び降りる以外の行為を選択することができないような精神状態に陥っ
ていたことを認識していたといえる。
そのうえで,Bは,A同様,DらによるIに対する虐待を止めたり,
Iが死ぬことを止めたりしないばかりか,死ねないIに対して冷たい態
度をとったり,沖縄においてIが死ぬ現場まで同行し,Iが死から逃れ
られない状況を作出したりしているのであるから,それ(上記①)を受
け入れていた(上記②)と認められる。
したがって,Bには殺意が認められる。
エCの認識について
まず,Iが2月19日頃にeマンションから逃げ出したことの認識に
ついては,CがIを見つけ出したことを自認する供述をしていることな
どから認められる。そして,Iが逃げ出した理由の認識については,I
がeマンションに連れ戻された後の家族会議において,Dが死ねないI
を責め,Iが「怖かった」と述べた場面に同席し,「わしが行こか」な
どと発言したこと(このことはF証言及びB供述から認められる)が認
められ,このような事実から,Cが,遅くともこの時点では,Iが死ぬ
ことになっているものの,Iが死ねないでいることを理解していたとい
える。
また,前記のとおり,Cは,5月12日,z1において,IがEの監
視のもと車に飛び込む方法で死ぬことを試みたが,死ねなかったという
ことを認識したものと認められるから,Iがそれ以前からその日まで死
ぬことを試みるも死ねないでいたということも,認識していたといえる。
そうすると,Cは,I
いたというべきである。
Iに対する虐待の内容に関するCの認識につき検討する。
正座については,前認定のとおり,eマンションのリビング横の部屋
で1週間から10日くらいの期間にわたり続いていたこと,Iが正座を
させられている場所近くにCが座っていたこともあったこと(甲42
5)などからすれば,Cも,Iが相当厳しい正座を(相当長い期間正座
を)させられていたことを認識できたものと認められる。
暴行については,A,Bにおける検討と同様,Iの両腕のあざの大き
さ等からすれば一見して気付くようなものといえ,CがIとeマンショ
ンで一緒に生活し,食事を一緒にとるなどしていたことからすれば,上
記あざには気付いており,かつ,上記あざは,DないしEが,Dの意思
に反した行動をとったIに対し,暴行を加えたために生じたものである
ことを認識していたものと認められる。
そして,A供述(「DがCに対し「お父さん一緒に逝ったってえや」
というと,Cが運転ミスを装ってa2とかの崖から車ごと一緒に落ちる
という話になったが,その後,Cは「わし,運転うまいからなあ」とい
うように冗談っぽく言っていた」というもの)によれば,Cは,Iが,
上記虐待を加えられた後,正座をさせられている間の最後のほうに,崖
から飛び降りる方法で死ぬことを了承した場面に同席していたことが認
められる。そうすると,Cは,Iが,上記虐待を加えられた後に,崖か
ら飛び降りる方法で死ぬことを了承したことを認識していたといえる。
以上のとおり,Cは,Iに対して,暴行,正座といった虐待が加えら
れたことを認識しており,かつ,その虐待を加えられた後に,Iが,崖
から飛び降りる方法で死ぬことを了承したことを認識していたといえる
ことから,本当は死にたくなかったIがDらからの虐待等の働きかけを
このように,CI
うなIが,Dらからの虐待等の働きかけを受けたために死を決意したこ
とを分かっていたといえるから,①Dらの働きかけによってIが崖から
飛び降りる以外の行為を選択することができないような精神状態に陥っ
ていたことを認識していたといえる。
そのうえで,Cは,DらによるIに対する虐待を止めたり,Iが死ぬ
ことを止めたりせず,そのまま沖縄に同行して,Iが死ぬことに関与し
ているのであるから,それ(上記①)を受け入れていた(上記②)と認
められる。
したがって,Cには殺意が認められる。
殺人の共謀の有無(正犯性)(争点③)
被告人らは,Iの殺人に関し,Dと意思を通じた上,DがIに対して虐待
を加えている間,Dに同調する,虐待を放置する,Iを無視するといった行
動をとり,Iが死ぬことになる沖縄においても,別れの挨拶をする,Iの飛
び込みの現場に同行し,Iを取り囲んだりするなどして,Iを精神的に追い
つめて,その意思を抑圧する,ないし,その抑圧を維持するという,殺人の
実行行為ないしこれと密接に関連する行為を行ったものであり,Iの殺人に
強く関与しているといえる。
次に,被告人らには,当時,多額の借金を負っていたG1家が,Iの死亡
保険金により借金を返済し,持家を失うことなく当時の生活を維持できると
いう,DをはじめとするG1家のメンバー全員に共通する利益があったとい
える。とりわけ,G1家の家計を預かる立場だったAにとって,借金の返済
等のために金をやりくりすることが大きな精神的負担となっていたのであり,
その悩みの種である借金を返済できるというのは,大きな利益であったとい
うべきである。また,B及びCも,Iが死んでくれれば,自分らが保険金の
ために死なないですむという点で,Iの死亡により自己の不利益を免れる立
場にあったといえる。その上,被告人らには,Dの意向に沿った行動をとる
ことで,Dに虐待されることなく,衣食住が満たされた生活を送ることがで
きるという利益もあったといえる。
以上のように,被告人らがIの殺人に関して重要な役割を果たすとともに,
大きな利益を得たことなどを考慮すれば,被告人らは,Iに対する殺人を,
自己の犯罪としてDと一緒に行ったと評価できるから,被告人らとDとの間
には共謀が認められる。
詐欺の共謀の有無(正犯性)(争点④)
まず,B及びCは,保険金詐取目的でIを死なせることを認識していたか
ら,Iが死んだ後,DないしG1家のメンバーが,保険会社に対し,保険金
をだまし取るための手続を行うことは認識ないし予見していたといえる。
両名は,そのような認識のもと,観光を装ってIが崖から飛び降りる場面
に同行して,Iの死亡が記念撮影中の事故死であることを装うために,記念
撮影をしているかのような写真を撮影するのに協力したり,Iが死んだ直後
に,警察に対して,Iが事故で死んだ旨の虚偽の説明をしたりしている。保
険会社は,保険金の請求があれば,警察等から情報を収集して,Iの死亡が
事故死なのか否かを調査するのであるから,事故死を偽装する写真を作成し
たり,警察に対して虚偽の説明をしたりするという両名の行為は,上記調査
を行うであろう保険会社を欺くために重要であったといえる。
また,前認定のとおり,両名には,Iの死亡保険金により借金を返済し,
持家を失うことなく当時の生活を維持できるという利益や,Dの意向に沿っ
た行動をとることで,Dに虐待されることなく,衣食住が満たされた生活を
送ることができるという利益があったといえる。
以上のように,両名が保険金の詐取に関して重要な役割を果たすとともに,
これによって利益を得たことなどを考慮すれば,両名は,各保険会社に対す
る詐欺を自己の犯罪としてDと一緒に行ったと評価できるから,両名とDと
の間には共謀が認められる。
なお,この点について争いのないAについても,その果たした役割の重要
性や得た利益の大きさ等からすれば,各保険会社に対する詐欺に関するDと
の共謀が認められる。
まとめ
以上のとおり,I事件については,被告人3名に殺人罪及び詐欺罪の共同
正犯が成立する。
第2E1事件
1争点及び当事者の主張
E1を被害者とする生命身体加害略取(Aについては生命身体加害略取幇
助)被告事件(以下「E1事件」という。)の争点は,被告人ら3名につき①
略取行為の有無,②加害目的の有無,B及びCにつき③共謀の有無,Aにつき
④eマンションで留守番をしてFの長女の面倒を見た行為の幇助行為該当性及
び幇助の故意の有無である。
略取行為の有無(争点①)について,検察官は,E1は,平成15年に,高
松でのDらによる虐待に耐えかねて逃亡していたところ,その虐待をした張本
人たちが和歌山に現れたのであるから,E1が怖がらないはずはなく,この事
情に,社員寮でDがE1を一方的に責めていることなどを加味すれば,DがE
1を脅して,eマンションに戻らざるを得ないような状況を作り出したものと
いえ,略取行為に当たると主張する。これに対し,弁護人らはいずれも,Dら
の言動は脅迫に当たらず,また,それによってE1は畏怖していないとして事
実の評価を争うとともに,尼崎への連れ戻しはE1の意思に反するものではな
いと主張する。さらに,A弁護人はAについて,C弁護人はCについて,それ
ぞれDの略取行為の認識,認容がなかった旨を主張する。
加害目的の有無(争点②)について,検察官は,加害目的とは加害結果の発
生についての未必的な認識,認容で足りるとの見解を前提として,平成15年
にE1が虐待を受けて逃げ出した経緯や,Dは支配欲が強く,それまでもG1
家から逃げた者を連れ戻してより低い地位に置いていたことからすれば,Dが
連れ戻したE1に暴力を振るうことは目に見えており,実際に連れ戻し直後か
ら暴力を含む虐待を始めていることからしても,Dには加害目的があり,被告
人らは,平成15年の虐待経緯やDの支配欲を認識し,Dの加害目的も認識し
ながら,これを受け入れていたと主張する。これに対して,弁護人らはいずれ
も,加害目的とは被害者に対する加害を動機とする場合に限定されるべきであ
り,加害結果の発生についての未必的な認識,認容では足りないとの見解を述
べた上で,逃げたE1に対するDの怒りや執着心はそれほど強くなかったこ
と,過去に連れ戻された者が虐待を受けた理由は逃げたこと自体ではなくその
後のDとの関係悪化にあること,連れ戻し直後の2人の関係は悪くはなく,連
れ戻し直後からの継続的な,あるいは激しい暴行はなかったことなどから,D
には加害の動機も加害結果発生の認識,認容もなかったと主張する。さらに,
A弁護人はAについて,C弁護人はCについて,それぞれDの加害目的の認
識,認容がなかった旨も主張する。
共謀の有無(争点③)について,検察官は,B及びCは,Dらと意思連絡の
上和歌山に同行しており,実行行為も行っているから,事前共謀又は現場共謀
が成立すると主張する。これに対し,B弁護人は,BはもともとE1が帰って
こないことを望んでいたこと,本件犯行に積極的に関与していないこと,利
益,報酬がないことなどから,Dに生命身体加害目的略取が成立してもBはせ
いぜい幇助にとどまると主張し,C弁護人は,CにはDとの意思の連絡がな
く,自分たちの犯罪を一緒にやる意思もなく,重要な役割を果たしてもいない
として,共謀は成立しないと主張する。
そして,Aの幇助の故意の有無(争点④の一部)について,検察官は,Aは
DらがE1を加害目的で略取することを認識,予見しつつ幇助行為を行ってい
ることから幇助の故意がある旨主張する。これに対し,A弁護人は,Aにはそ
のような認識,予見がなかったことから幇助の故意がない旨主張する。
2当裁判所の判断
⑴前提事実
以下の各事実は,当事者間に概ね争いがなく,関係各証拠によって容易に
認められる。
ア平成15年の出来事(以下,平成15年の記載を省略)
G1家に同居していたEは,J1の先妻の連れ子であったが,Eの面
倒を誰がみるかなどについて,DがK1家の親族を集めて話合いをさせ
た。K1家からM1家に嫁いで高松市で暮らしていたE1も,その話合
いに加わった。E1は,M1家で引き取ると言って,2月4日頃,Eを
連れて高松市に帰った。
Dは,高松市のEと電話で連絡を取り,無理難題を言って,E1やそ
の夫のL1を困らせるように指示した。Eは,このDの意を受けて,M
1家で暴れるなどした。E1は,Eの言動に耐えかねて,DにEを引き
取るよう懇願した。
2月7日,Dは,K1家の親族であるN1(E1の母。),J1,H
(いずれもE1の兄弟)らを連れて,高松市のM1家に行った。Dは,
「Eを犬猫みたいに扱った」などと言ってE1を責め,その始末につい
て,K1家の親族同士で話合いをさせるなどした。B及びCは,Dから
M1家に来るよう言われ,2月12日,Gとともに高松市に行った。
2月中に,Dの強い勧めにより,L1とE1は離婚することが決まっ
た。また,Eの扱いに関する始末については,DにEの面倒をみてもら
う代わりに金を支払わねばならないこととなり,L1らは3月上旬まで
に約2000万円をDに渡した。
3月6日に,D,E,B,G,Cは高松市から尼崎市へ帰った。その
際,上記のとおりL1との離婚が決まっていたE1と,J,F,K1家
の親族らも尼崎市へ移動した。しかし,N1は,当時,Dに仕向けられ
たK1家の者らによって虐待されていたところ,同日,eマンションで
急死した。Dの発案により,N1の遺体はEらの手により高松市で地中
に埋められた。その後,K1家の親族らは,Dにeマンションに呼び出
されるなどして,N1の死の隠蔽工作について定期的に話し合った。
6月初旬,Dは,再度高松市のM1家へ乗り込んだ。このとき,E
1,F,Jのほか,E,B,G,C,AもDに同行した。Dは,M1家
に居座って,L1にさらに金を要求するなどした。その後,G1家のメ
ンバーは,一時的に尼崎市に戻っている期間もあったが,概ね10月上
旬まで高松市に滞在した。
E1は,8月23日頃に着の身着のままで高松市から逃げ,9月末頃
からはF1ホテルで住み込みの従業員として働くようになった。9月中
旬には,L1も虐待に耐えかねて逃げ出し,J及びFは,秋頃からは,
Dらと尼崎に行ってeマンションで暮らすようになった。
平成15年当時にE1がDらから受けた主な虐待の状況は,以下のと
おりであった。
E1は,親族との話合いの中で,D自身からのみならず,Dから暗に
仕向けられた親族らによって何度も殴られた。また,Eからも,体を突
く,頭をはたくなどの暴行を加えられた。E1の顔には,暴行を受けた
ことによるあざや腫れが,しばしば見られた。E1に対する暴力の頻度
や程度はだんだんひどくなって,夏頃には毎日のように強く殴られてい
た。
DがM1家にいる間は,そこにいる全員の食事の差配を,Dがしてい
た。E1は,Dから水や食事を満足に与えられない一方で,時に大量の
食べ物を,無理やり一気に食べさせられることもあった。E1は,元々
細身の体であったが,この飲食制限によって逃げる直前には痩せ細って
いた。
また,E1は,他人の食事を目で追わないようにという理由で,顔に
ガムテープを巻かれたり,話をするときや聞くときに手を動かす癖が出
ないようにという理由で,両手にガムテープを巻かれたりした。
E1は,Dから,室内や外出先で裸にされて,写真を撮られることが
あった。特に理由もなく裸で正座をさせられることが何度もあった。公
園で裸にされて踊りや歌を強要された上,体にたばこの火を近づけられ
たことがあった。また,E1は,Dから命じられて,K1家の親族や,
J,Fらの前で,L1と性交や性交類似行為をさせられたこともあっ
た。
E1は,Dに毎日のように朝から夜までK1家の親族との話合いをさ
せられて睡眠時間が足りず,親族との話合い中に居眠りをしてしまい,
親族に怒られることが多かった。
イ平成19年以降の出来事(以下,平成19年の記載を省略)
1月,GとFが入籍し,同月に長女が産まれた。2月には,KとJが
入籍した。
11月28日頃,Dらは,E1の住所がF1ホテルに移っていること
を知った。Dは,GとFの結婚や出産の報告をするためE1に会いに行
くと言い出し,12月1日,C,B,G,F,E,K及びJとともに,
Cの運転する車で和歌山に向け出発した。なお,Aは,パソコンでF1
ホテルの場所を調べてCに伝えたが,自らは和歌山には行かず,Lらと
共に留守番をしてFの長女の面倒をみていた。
同日夜に,F1ホテルに着き,JとFがホテルのフロントに行って,
E1を呼び出した。現れたE1に対してDが声をかけ,話し合う場所の
用意を求めた。話合いは社員寮のE1の部屋ですることになり,E1を
含めた9人全員が寮の部屋に入った。寮の部屋は,全員が座るには手狭
で,隣同士の者の身体が触れあうような状態であった。E1は正座し,
DはE1の前に,手を伸ばせば届くくらいの距離に座った。Dは,最初
に,GとKからE1に結婚の報告をさせた。その後,Dは,E1に対し
て,「なんで逃げ出したんや」などと言い,逃げた後和歌山で仕事にた
どり着くまでの経緯などについて,E1から聞き出していった。Dは,
E1の返事一つ一つに対して怒り,「無責任やな」「よう逃げ出せれた
な」「せなあかん用事があるやろう」「あんた問題の張本人ちゃうの」
「腹が立つわ」「のんきやな」「子供のことほったらかして」などと怒
鳴り上げていた。Dは,一通り文句を言い終えると,E1に宿泊する部
屋を用意させて,この日の話合いを終わらせた。この日は,E1が一緒
に尼崎に帰るという話は出ていない。
12月2日,E1,F,J及びKの4人は,Dに指示されて,この先
どうするかについて話合いをさせられた。Dが,指示の際に「4人で生
活してもええしな」と発言していたため,E1は4人で暮らすことにつ
いて他の3人の意見を聞いたが,JやKはこれを拒否し,Fはそもそも
話合いにほとんど参加しなかった。さらに,Jは,E1に対して,初日
にDが言っていたことをかみ砕いて説教した。Dが戻ると,F,J,K
はそれぞれDと一緒に生活する旨を伝えた。E1は,「Jに言って聞か
せてもらって,自分がどんだけのんきにしてたかっていうことがよく分
かりました」「すいませんでした」と言った後,「用事もあるから,一
旦尼崎に戻ります」などと言った。それを聞いたDが「一旦って何やの
あんた,1週間や2週間で済む用事ちゃうで」と言って怒ると,E1
は,和歌山から引き上げると言った上で,尼崎で住む場所についてはE
1の実家(b2)やアパートなど複数の場所を提案した。しかし,Dに
全て拒否されたため,最終的にはeマンションで生活することになっ
た。Dは,E1に,ホテルの仕事を辞める旨の挨拶に行くよう言った。
12月3日,E1は,Dの提言により住民票の異動手続や銀行預金の
解約を行った。寮の荷物については,Dが選別して運送業者に運ばせ
た。その際,荷物の搬出の手伝いは,B,G,E,Kが行った。なお,
後に尼崎で荷物の搬入をしたのは,G,B,Cである。そして,E1や
Dらは,Cの運転する車で和歌山を出発し,同月4日未明にeマンショ
ンに到着した。
⑵認定できる事実
尼崎に戻ったE1に対する暴力の開始時期はいつごろか
アFの証言によれば,12月中には,主にDから言われてJが殴るとい
う形で,E1に対する暴力が始まっていたものと認めることができる。
上記認定にかかるFの証言は,以下の理由から十分に信用することがで
きる。
すなわち,まず,同月21日に撮影された動画には,E1の左目の周り
が黒っぽくあざになっている様子が記録されており(甲456,459),
上記証言に整合する時期に,暴力を受けていたとみられる痕跡が客観的に
存在する。
また,G1家の中では,外食時にメニューを選ぶときは,Dの意向を聞
いてそれに沿うものを注文するのが暗黙の了解であったのに,同月8日に
定食屋に行った際には,E1がそうしないで自分の食べたいチゲ鍋定食を
注文したため,Dが怒って,定食に調味料を大量にかけてE1に食べさせ
たことがあった(A供述,B供述,F証言,甲453)。その後,E1は,
同月14日のEからAに対するメールの文中では,Jとともに「ボケ2
人」と呼ばれ,同月17日には,Dに怒られて,G1家の他のメンバーは
鉄板焼き屋に食事に行っているのに車の中に残らされている(A供述,甲
452,453)。このように,同月中からE1がDに怒られ,G1家の
中で低い地位にあったことも,暴力の開始時期に関する上記F証言に整合
するものである。
イなお,この点に関し,Fは,E1に対する暴行は年末ぎりぎりまであ
った旨証言している。しかし,平成20年1月1日撮影の写真に写るE
1の顔にはあざがみられない。このF証言における「年末」という表現
は,「ぎりぎり」という言葉を付加しても,その意味に一定の幅があり
うる上,暴行が加えられた箇所も必ずしも顔には限られないから,上記
写真からF証言の信用性は否定されない。
ウなお,Eは,平成19年12月4日にパチンコ屋でE1の頭を殴る暴
行を加えているけれども(甲454),それがDの指示に基づくもので
あると認めるに足りる証拠はない。
⑶略取行為の有無(脅して支配下に置いたといえるか)(争点①)
ア和歌山に出発する時点で,DにはE1を連れ戻す意図があったか
Dがその性格上,G1家から逃げた者を許さないこと,本件以前にも,
G1家から逃げた者は居場所が分かれば連れ戻されていたことに関しては,
Fの証言とA及びBの各供述とが整合している上,本件の経緯において,
後にDは実際にE1を連れ戻していることからすれば,和歌山に向けて出
発する時点で,DにはE1を連れ戻す意図があったものと認められる。
確かに,このとき,DFの結婚な
どを報告するため会いに行くというものではあったが,Dがそれらの目的
には関係のないBやCなども同行させた上,和歌山の社員寮では,結婚報
告は最初にしただけで,その後はもっぱらDがE1を責めているのである
から,それらの発言の存在によっても,Dの連れ戻し意図が否定されるこ
とにはならない。
イDらの言動は脅迫に当たるか
前提事実のとおり,E1は,平成15年2月に,Eに対する扱いを責
めるDらから高松のM1家に乗り込まれて居座られ,それ以降,暴行,
食事制限,正座強制,睡眠制限のほか,性的なものも含めた虐待を受け,
同年8月に逃亡した。
そのような経緯のあるE1に対して,Dは,上記の居座りや虐待に関
わった者を含むメンバーで寮の一室に入り,1対8の状況で「無責任や
な」「よう逃げ出せれたな」「せなあかん用事があるやろう」「あんた
問題の張本人ちゃうの」「腹が立つわ」「のんきやな」「子供のことほ
ったらかして」などと,E1のとった行動や態度を取り上げて責めたの
であり,このようなDの言動は,その態度をもってE1の身体,自由等
に対する害悪を加える旨を黙示に告知した脅迫行為であると評価できる。
B弁護人は,Dが用事を持ち出してE1を理詰めで説き伏せたのであ
り脅迫に当たらない旨主張するが,このときの話合いにおいて,Dはそ
もそも「用事」の内容を具体的に述べてすらいないのであるから,その
発言をもって理詰めで説得したなどとは評価できない。
ウDにE1が畏怖する可能性の認識はあったか
Dは,平成15年の虐待を主導した者であり,その虐待の状況や結果と
してE1が逃亡したことを認識していたから,そのような経緯を前提とす
れば当然に,寮の一室で1対8の状況でその行動や態度について責めると
いう言動によって,E1が身体,自由等に対する害悪を加えられると思う
であろうことについて,Dには認識があったというべきである。
エE1は脅迫により畏怖してeマンションに戻ったのか
上記のとおり,平成15年に虐待された経緯のあるE1に対して,D
らは上記の脅迫行為を行ったのであるから,E1がeマンションに戻っ
たのはこの脅迫行為により畏怖したためであると認めることができる。
A弁護人は,JとFの訪問を受けてフロントに呼び出されたE1が,
「会う」と言った時点で,E1にはDとも会って話す覚悟ができていた
はずであるから,E1は畏怖していなかったと主張する。
確かに,平成15年の時点で,すでにFはDに取り込まれていたこと,
JとFが何の予兆もなく訪ねてきたことからすれば,E1は,呼出しを
受けた時点で,JやFと一緒にDも来ていること,あるいは少なくとも
JやFがDとつながっていることは予想できたものと考えられる。
しかし,そのような予想がありながら会ったからといって,直ちにE
1の恐怖心が低かったとはいえない。予兆なく訪問された時点で,E1
がDに会わないままで済ますことは無理である。E1には和歌山での4
年間で築いた関係があるから逃げることは現実的ではなく,また,Dの
性格からすれば,会わないことによってホテルに迷惑がかかることも予
想できる。したがって,E1としては,Dも来ていると予想していても,
JとFに会うしかなく,その上で成り行きに任せるしかない。すなわち,
JとFに会ったのは他に現実的な選択肢がなかったからであって,恐怖
心が低いことを意味しない。
A弁護人,B弁護人は,E1が12月1日の話合いの際にDに対して
「(子供のことを)忘れたことないです」「だってCさんがFは子供や
と思うなって言ったじゃないですか」などとはっきりした口調で反論し
ていることを指摘して,E1が恐怖に支配されてはいなかった旨主張す
る。また,さらにいえば,E1は,12月2日にも,Jらに対し,4人
で暮らすことについてどうかと尋ねたり,Dに対し,尼崎に戻るとして
もb2に暮らす,アパートを借りるなどの提案をしたりしており,eマ
ンションで同居することに対する抵抗を試みていないわけではない。
しかし,実際のところ,12月1日には,E1は直ぐにDに言い返せ
なくなっているし,12月2日にした提案などは全てDに拒否されてい
るのであるから,上記の事実があるからといって,E1の虐待に対する
恐怖心の存在を軽くみるべきとはいえない。
A弁護人は,N1の死の隠蔽工作をやらずに逃げたという罪悪感や子
供に対する愛情,後悔から,E1は自分の意思で尼崎に戻った旨主張す
る。また,B弁護人も,用事すなわち隠蔽工作をしなければいけないと
いう気持ちが大きな動機となって,E1は尼崎行きを決意した旨主張す
る。しかし,隠蔽工作は,E1にとっては4年間放置していた事柄であ
り,そもそも対処の必要性が高いとは解されないから,これが虐待に対
する恐怖心を上回るほどの動機であったとはみることができない。また,
E1は,FやJとも4年間連絡を取っていなかった上,この時点ではF
もJもDに取り込まれており,FはE1を無視し,JもE1に対し険悪
な態度を示しているという状況であったから,子供らに対する愛情や後
悔が,虐待に対する恐怖心を上回るほどの動機であったとみることもで
きない。
また,A弁護人やB弁護人は,各日の話合い終了後には和気あいあい
とした雰囲気が生じていることを指摘する。しかし,そのような雰囲気
が生じたのは,各日の話合いの経過が,大勢で押しかけて居座り,そこ
で家族会議をさせるという,Dの一連の手口に沿ったものになったこと
に対するDの安心感と,E1のあきらめによるものとみるべきである。
その結果として,E1が尼崎に戻ることについて納得しているかのよう
な状況が見られるとしても,それは上記のあきらめを前提とする表面的
なものに過ぎないというべきである。
Dに加害目的があったか(争点②)
ア加害目的の意義
生命身体加害略取罪の「加害目的」は,加害結果の発生についての未必
的な認識,認容で足りるものと解するべきである。
イ和歌山に向けて出発する時点で,DにE1への加害目的があったか
平成15年当時の虐待理由について
まず,Dは,Eを犬猫のように扱ったなどと因縁をつけてK1,M1
家に介入し,これを支配して金銭を奪う目的を有しており,その手段と
してE1らを虐待する場面があったと考えられる。
また,Dは,E1の気取った態度,ないし,中流志向といった態度が
気に入らなかったし,E1に性的虐待を行って見世物にしたり,笑いも
のにしたりするなど,E1に対する虐待自体を楽しんでいるような様子
も窺われる。
しかし,Dは,次第にE1の性格や行動一つ一つを怒るようになり,
そのような状況はE1が逃げるまで延々と続いた。当時の状況に照らせ
ば,それらの怒りにはそれぞれ当然に虐待が伴ったものと解されるとこ
ろ,上記のような理由のみでは,そのように約半年にわたって一つ一つ
延々と続いた虐待を十分には説明できない。
Fの証言によれば,Dは,周囲の者に対して自分を慕ってついてきて
ほしいという気持ちを持つ一方で,それより何倍も強く,人のすること
が気に障って腹が立つという気持ちを持っていた。そして,GやF,C
などG1家の者たちでも,Dから怒られて暴行を加えられることがあっ
たし,JらG1家以外の者は,概して,一旦怒られると,理不尽なこと
でいつまでも怒られ続けるという。
I事件の項で述べたように,このようなDに対しては,被告人ら周囲
の者は,怒られて暴行を加えられたり,虐待の対象となったりすること
を避けるため,Dの意向を酌んでこれに同調し,Dが怒るようなことは
しないように配慮していた。
Dは,同居するE1に対して同様の対応,すなわち,いわば「Dのル
ール」を守ってDの意思に沿う生活をすることを,押し付けようとして
いたと考えられる。しかし,E1は元々楽観的な人間であり,空気が読
めずに,自分の意見や気持ちなど思ったことをそのまま口に出してしま
ってDを怒らせていた(F証言)。
このように,E1の性格や行動一つ一つに対して延々と行われた暴行
を含む虐待は,単にその場の怒りをぶつけるだけのもののほか,Dから
すれば「ルール違反」に対する制裁の意味をも持つものもあったと解す
るべきである。しかし,E1は,そのような虐待を受けて気をつけてみ
ても,なお口を滑らせるなどしてDを怒らせることを繰り返しており,
結局は,虐待に耐えかねて逃亡した。
Dの加害目的の有無
そうすると,Dは,同居する者がDの意向に反する行動をとったり,
「Dのルール」を守らなかったりするときは,暴行を加えて従わせると
いうことをしていたと認められるところ,E1は,平成15年にDらと
同居する中,Dの意向を酌めなかったり,「Dのルール」を守れなかっ
たりして,暴行を含む虐待をされ続けた末に逃げ出して,4年間自由な
生活をしていた者である。
したがって,Dには,そのようなE1をeマンションに連れて帰れば,
Dの意向を酌めず,「Dのルール」を守れないE1に対して,Dが,あ
るいはDの命を受けた者が,暴行を加える可能性が高いことの認識があ
ったと認めることができる。
弁護人の主張
A弁護人は,DがFに対してE1を恨んでいない旨発言していたこと
を指摘して,DはE1をそれほど怒っていなかったと主張する。
しかし,上記発言は,E1の所在もつかめないような状況下でなされ
たものに過ぎないから,余り大きな意味をもたない。実際には,Dは,
E1に会った際,その返事の一つ一つについて怒って,怒鳴り上げてい
ることとも一貫しない。上記発言があるからといって,E1への虐待可
能性が高い旨の認識があったことは否定されない。
被告人らはDの略取行為,加害目的を認識していたか(争点①,②)
ア略取行為について
連れ戻す意図について
aA,Bはいずれも,DがE1に会いに行くと言うのを聞いた時点で,
E1を連れ戻す目的であると思った旨の供述をしており,それぞれ,
Dの連れ戻し意図については認識があったものと認めることができる。
AもBも,連れ戻す目的であると考えた理由について,それぞれ,
Dが,逃げ出して自由にしている者を許さず,居場所が分かれば自分
の下に置いておきたいという性格であることや,それ以前にG1家か
ら逃げ出した者の名前を複数挙げた上で,それらの者らがいずれも見
つかって連れ戻されたことを見聞きした経験など,具体的な根拠を挙
げていることから,それぞれの供述は,いずれも合理的で十分に信用
できるものである。
bCは,上記両名と同様にG1家の中で長年生活しており,上記のよ
うなDの性格を十分知っていたと考えられる上,自身も平成12年こ
ろにG1家から逃亡し,発見されて連れ戻されているし,平成17年
3月ころにはIについて,平成18年12月ころにはJについて,そ
れぞれ逃亡後の連れ戻しに関与したことがある。そのような過去の経
験からすれば,平成19年12月にDがE1に会いに行くと言うのを
聞いた時点で,DにE1を連れ戻す意図があることを認識したものと
認めることができる。
連れ戻しの手段として脅迫することについて
aAの認識
A自身,E1がDから受けた虐待に関し,大量のケーキを無理やり
食べさせられた場面,J1とともに裸にされて押し入れに入れられた
場面,みんなの前でL1と性交類似行為をさせられた場面については
記憶がある旨供述している。また,E1が室内や屋外で裸にさせられ
て撮られた写真については,「Eの携帯※ラ絶対見ないで」という
タイトルでCD-Rに保存されていたところ,そのようなタイトルを
つけて保存したのは自分であり,当時,裸にされていたE1らがDか
ら裸族と呼ばれていたことから「ラ」とつけた旨供述しており,裸に
されて写真を撮られる虐待については認識があったものと認めること
ができる。さらに,平成15年5月21日に撮影された右頰にあざの
あるE1の写った写真については自分が撮影したと認めており,同年
6月4日に撮影された顔にあざのあるE1の写った写真については同
じ時間帯に同じ公園でAの姿も撮影されていることから,E1が当時
暴行を受けていたことについても認識があったと認めることができる。
さらに,Aは,少なくとも同年7月中はM1家に滞在して同じ建物内
で生活しており,虐待に関しても,上記で認定したこと以上に認識が
あったものと推認することができる。
以上のように,Aは,平成15年当時のE1に対する虐待について
一定程度認識しており,そのような経緯のあるE1が自分の意思では
尼崎に戻らない可能性が高いことについても認識していたというべき
であるから,上記のとおり,DがE1に会いに行くと言うのを聞いて,
Dの連れ戻し意図を認識した時点で,DがE1の連れ戻し手段として
脅迫を用いるかもしれないことについても認識していたものと認める
ことができる。
確かに,Aは,連れ戻しの方法については「Dは口が達者やから理
詰めで話して相手を納得させて戻ってくるんやろうな」と思っていた
旨供述しており,A弁護人は,ゆえにAには略取行為の認識がなかっ
た旨主張する。しかし,他方で,Aは,かつて自身がDと一時離れて
暮らすも,再び同居するようになった理由に関しては,口が達者なD
にこうやろう,ああやろうと話で押されたら,怖い思いもあり,納得
しなければ仕方なかった旨を供述している。このことを踏まえると,
Aが供述するDの「理詰め」とは,実際には,言葉でまくし立てて恐
怖を与え,有無を言わせない恫喝に近いものであると解される。すな
わち,言葉で従わせるという点では「理詰め」という一面もあるが,
それは他面から見れば脅迫である。したがって,Aが「理詰め」と供
述したからといって,その認識において脅迫が除外されているものと
は評価できない。
bBの認識
Bは,平成15年にE1がDから受けた虐待に関し,暴行,食事制
限,睡眠制限のほか,裸にする,性交させるなどの性的虐待について
も認識はあった旨供述している。そうすると,Bも,そのような経緯
のあるE1が自分の意思では尼崎に戻らない可能性が高いことを認識
していたというべきであるから,上記のとおり,DがE1に会いに行
くと言うのを聞いて,Dの連れ戻し意図を認識した時点で,DがE1
の連れ戻し手段として脅迫を用いるかもしれないことについても認識
していたものと認めることができる。
その上,実際にもBは,DがF1ホテルの社員寮で,E1を責めて
罵り,E1を畏怖させる場面に同席し,それを認識していたと認めら
れる。この点,B自身も,E1は平成15年にも虐待されていること
から,Dを見ただけで怖いと思うというのもあって尼崎へ帰ったと思
う旨供述している。
cCの認識
C自身,E1がDから受けた虐待に関し,裸にされてEに二,三回
水をかけられた場面や,人前でL1と性交させられた場面については
記憶がある旨供述している。また,平成15年5月21日に撮影され
た右頰にあざのあるE1の写った写真にはC自身も写り込んでおり,
E1が当時暴行を受けていたことについても認識があったと認めるこ
とができる。さらに,同年6月27日にE1らがM1家において裸で
正座させられている場面が写っている写真には,そのようなE1らが
ちょうど目に入る位置にCが座って食事をしている様子も写っており,
E1が当時裸にされ,正座を強制されていたことについても認識があ
ったと認めることができる。そして,Cは,Bと同じ期間M1家に滞
在して同じ建物内で生活しているのであるから,上記で認定したこと
以上の虐待に関しても,Bと同程度に認識があったものと推認するこ
とができる。
以上のように,Cも,平成15年当時のE1に対する虐待について
一定程度認識しており,そのような経緯のあるE1が自分の意思では
尼崎に戻らない可能性が高いことについても認識していたというべき
であるから,上記のとおり,DがE1に会いに行くと言うのを聞いて,
Dの連れ戻し意図を認識した時点で,DがE1の連れ戻し手段として
脅迫を用いるかもしれないことについても認識していたものと認める
ことができる。
その上,実際にもCは,DがF1ホテルの社員寮で,E1を責めて
罵り,E1を畏怖させる場面に同席し,それを認識していたと認めら
れる。
イ加害目的について
そもそも,G1家から逃げ出したが連れ戻された人に対してはDが虐
待を加えている事実,及び,E1が平成15年にはDから虐待を受けて
逃げ出した事実の認識があれば,連れ戻されたE1がDから虐待を受け
る可能性が高いことの認識はあるものと認めることができる。なぜなら,
そのように過去に虐待を受けていた経験がある人がG1家に戻された場
合,虐待を受ける状態を変えるような特段の事情がない限りは,当然に
再び虐待を受けるであろうことは極めて容易に想定できるからである。
信用できるF証言,A供述,B供述によれば,平成19年以前にもM,
J,J1など,G1家から逃げ出したが連れ戻された者が複数おり,そ
れらの者は連れ戻し後にDから虐待されていたという事実を認めること
ができる。A,Bのそれぞれについて,DがE1に会いに行くと言うの
を聞いてDの連れ戻し意図を認識した時点で上記事実の認識があったこ
とは,上記のそれぞれの供述から明白である。そして,Cについても,
それまでにAやBらとともにG1家で長期間暮らしていたことに加え,
自身が平成12年ころにG1家から逃亡し,発見されて連れ戻され,虐
待を受けた旨供述していることも考え合わせれば,やはり同様の時点で
上記事実を認識していたものと認めることができる。
そして,前記のとおり,被告人らはそれぞれ,E1が平成15年にD
から虐待を受けて逃げ出した事実を認識していたことが認められる(被
告人らも,それぞれその旨を供述する)。
したがって,被告人らそれぞれについて,Dの加害目的,すなわち,
連れ戻されたE1がDから虐待を受ける可能性が高いことの認識があっ
たものと認めることができる。
(B・Cにつき)共謀の有無(争点③)
ア被告人らにはDの意向に沿って犯行に関与する利益があったか
被告人らは,Dの意向に沿った行動をとれば,Dの怒りを買うことなく,
それぞれのG1家における立場(基本的には虐待を加えられない,いわば
G1家の中の上位者たる立場)を維持しつつ,衣食住が満たされた生活を
送ることができるという利益を有していたといえる。なお,被告人らは,
Dに対する恐れや不満を口にはしているが,仮にそのような恐れや不満な
どがあったのだとしても,被告人らはいずれも,それらの不都合を含めた
G1家での生活を自ら選択していたものとみるべきである。そもそも被告
人らはいずれもG1家内の序列においては上位にあり,虐待を受ける危険
性が高かったとはいえないし,G1家から逃亡した者も多数いたのである
から,被告人らに他の選択の可能性がなかったともいえない。
イB及びCにつき共謀が認められるか
B及びCはいずれも,上記のとおり,Dの意向に沿っていれば,自らが
虐待の対象になることはないし,衣食住が確保されるという利益状況のも
とで,Dの略取行為,加害目的を認識,認容しながら,いずれもDの指示
により和歌山へ同行し,寮の一室ですし詰めになってE1を責める場に同
席する,和歌山からの連れ帰りにも同行する,和歌山から送られた荷物の
H1マンションへの搬入を手伝うなど,略取行為の重要部分に関与してい
る。さらに,Bは和歌山からの荷物の搬出にも関与しており,Cは和歌山
への行き帰りの車の運転もしている。以上によれば,B,Cのいずれにつ
いても共謀の成立が認められる。
なお,Bについては,確かに,E1が尼崎に帰ってくるのを望んではいな
かった旨も供述しているが,それでも,Dの意向を認識しながら,それに反
論することもなく,一員として同行しているのであるから,納得の上で本件
の犯行に関与したものと見るほかなく,上記の供述があるからといってBに
共謀が成立しないとはいえない。
(Aにつき)留守番行為の幇助該当性(争点④)
パソコンでF1ホテルの場所を調べてCに伝えた行為が幇助行為に当たる
ことはもとより,Lらと共に留守番をしてFの長女の面倒をみていた行為に
ついても,E1の娘であるFを和歌山に同行させることは本件の犯行におい
て重要な要素であったと解されるところ,そのようなFにおいて留守番をす
るAに子供を代わりに見てもらえるのは助かるという気持ちがあったという
のであるから,Dらの正犯行為に対する精神的幇助に当たるものというべき
である。
そして,上記のとおり,AにはDの略取行為,加害目的の認識があり,そ
の上で上記の各幇助行為をしているのであるから,Aに幇助の故意があるこ
とは明白である。
まとめ
以上のとおり,E1事件については,B及びCに生命身体加害略取罪の共
同正犯が,Aに生命身体加害略取罪の幇助犯が,それぞれ成立する。なお,
生命身体加害略取罪は,状態犯と解するのが相当であるから,E1をeマン
ションに連れ帰った時点で既遂に達し,その後の事実経過は同罪を構成しな
い。
第3J・L事件
1争点及び当事者の主張
Jを被害者とする監禁,殺人被告事件(以下「J事件」という。)の争点は,
①監禁の共謀の有無,②殺人の実行行為性,③殺意の有無,④殺人の共謀の有
無であり,Lを被害者とする監禁被告事件(以下「L事件」という。)の争点
は,監禁の共謀の有無である。
J事件の争点に関する当事者の主張は,次のとおりである。
監禁の共謀の有無(争点①)及び殺人の共謀の有無(争点④)について,検
察官は,被告人らは,監禁中のJをモニターで監視するなどの関与をしている
こと,被告人らには,Dの意向に従ってG1家での立場を維持するなどの,関
与の利益があったことから,Dらとの間に監禁及び殺人の共謀が認められると
主張する。これに対し,弁護人らは,Jを監視したことはなく,関与の程度は
弱いこと,被告人らにJの監禁及び殺人に関与する利益がないことなどから,
Dらとの間に,監禁及び殺人の共謀は認められないと主張する。
殺人の実行行為性(争点②)について,検察官は,約5か月間に及ぶ物置内
での監禁や虐待行為は,極めて過酷なものであって,このような継続的な虐待
を受けたJは低栄養により衰弱していた上,平成20年11月中旬以降の外気
温の低下等によって,さらに環境が劣悪になる中でも,監禁や虐待を継続して
いたことからすれば,同年11月中旬以降のDの行為は,死の危険性の高い行
為といえ,殺人の実行行為に当たると主張する。これに対し,弁護人らは,J
が11月中旬ないし下旬に顕著に衰弱していたとはいえないとして,同年11
月中旬以降の監禁及び虐待行為は,死の危険性の高い行為とまではいえず,殺
人の実行行為には当たらないと主張する。
殺意(争点③)について,検察官は,被告人らは,約5か月間にわたって,
直接ないしモニターを通じて,Jに対する監禁及び虐待の状況や,Jの衰弱が
顕著であることを認識しており,監禁及び虐待の継続による死の危険性を認識
していたといえるから,殺意が認められると主張する。これに対し,Aの弁護
人及びCの弁護人は,各被告人は,Jに対する虐待の具体的な内容は知らず,
Jの衰弱の程度も知らなかったことから,Jが死ぬ危険性を認識していなかっ
たとして,Bの弁護人は,Jが死ぬ数日前に,同人が死ぬ危険性を認識したが,
これを認容したことはないとして,それぞれ被告人らに殺意は認められないと
主張する。
そして,L事件における監禁の共謀の有無について,検察官は,被告人らが,
Dの監視の意思を受けて,自らも監視の意思でモニターを見るなどしていたこ
とから,被告人らには,Dらとの間に監禁の共謀が認められると主張する。こ
れに対し,弁護人らは,被告人らは,監視の意思でモニターを見てはいないな
どとして,監禁の共謀は認められないと主張する。
2当裁判所の判断
⑴前提事実
以下の各事実は,当事者間に概ね争いがなく,関係各証拠により容易に認
められる。
アJは,前記のとおり,DらによってM1家が一家離散に追い込まれた
後,平成15年秋頃から,Dらとともにeマンションで暮らすようになっ
た。Jは,Dらと共同生活を送る中で虐待を受けるなどしたため,平成1
6年春頃にeマンションから逃げ出したが,平成18年12月,Dらによ
ってeマンションに連れ戻された。
イJは,平成19年2月,Kと結婚した。その後,JとKは,Dから虐待
を受けるようになり,平成20年(以下,平成20年の記載を省略)6月
の初め頃,eマンションから逃げ出したが,7月6日頃,Dらによってe
マンションに連れ戻され,数日間はeマンションのベランダにいたが,そ
の後は,ベランダに設置された物置の中に入れられた。
ウJは,7月6日頃に連れ戻されてから,死亡する12月上旬頃までの間,
Dないしその他のG1家のメンバーによる監視のもとeマンションの部屋
又は外に連れ出される以外は,物置ないしベランダから出ることは許され
なかった。
エ7月中旬から下旬にかけて,物置の中にカメラが設置され,リビングに
設置されたモニターで物置の中の状況を見ることができるようになったが,
画質が悪いなどの理由で,それから1週間くらいの間に,カメラとモニタ
ーが別のものに取り替えられた。
オ9月中旬頃,KはDから許され,物置の外に出された。
カ11月初旬頃,Lは,G及びFの長女に対して暴言を吐いたことをDか
ら怒られ,G1家が借りていたアパートに行かされた。11月5日,B,
G,K及びEは,和歌山県までパチンコを打ちに出かけた。同日,Lは,
アパートに行かされている間にDに無断で通院していたことなどが発覚し,
Dによって,eマンションのベランダに設置された物置に入れられた。
キ11月8日,D,C及びFは,和歌山県に行き,Bらと合流した。Aは,
Dらが和歌山県から戻るまで,eマンションで留守番をしていた。
クD,B,Cらは,8日夜から9日未明頃にeマンションに戻り,その直
後,Dは,和歌山から戻ったG1家のメンバーに対し,Lを物置に入れた
ことと,その理由を説明した。
ケ11月10日頃,物置の中でLが死亡しているのが見つかった。
コ12月上旬頃,Jが物置の中で死亡しているのが見つかった。
⑵認定できる事実
Jが死亡する直前に加えられた暴行について
アBは,「Jが死亡する五,六日前に,EとDが,それぞれ正座している
Jを蹴り倒し,その側頭部を二,三回踏んだ。それから二,三日すると,
Jは寝たきりの状態になった」旨供述する。
また,Fは,「Jが死亡する前日に,EとDが仰向けに寝ているJの頭
部を10回くらいまとめて踏んだ。それが二,三セットあった」旨証言し
ている。
イBが供述する暴行の態様やD及びEの位置と,Fが証言する暴行の態様
等との間には食い違いがあり,同じ暴行のことを証言,供述しているとは
考えにくい。
F証言は,Jが暴行を加えられてから死亡するまでの間に見聞きした事
実を時間的な経過に従って述べており,その内容は具体的である。また,
B供述の内容は,B自身にとっては不利益な事実である(激しい暴行を受
けた数日後からJは寝たきりの状態になり,そのような状態のJを見て,
死んでしまうと思ったとの供述は,その後もJを物置内に監禁し続けた行
為について,殺意を認定する方向に働き得る事実を認める供述といえる)。
そして,あえてうそをついてまで,自己に不利益になり得る事実を供述す
るとは思われない。
以上からすれば,上記のB供述及びF証言は,いずれも信用することが
でき,それぞれが供述,証言する内容の暴行が行われたものと認められる。
⑶J事件における監禁の共謀の有無(争点①)
ア意思の連絡の有無
Jが物置に監禁されて数日後からJが死亡するまでの間,物置内にカメ
ラが,リビングにモニターがそれぞれ設置され,同モニターに物置内のJ
の姿が映っていたこと,被告人らはリビングで生活することが多く,モニ
ターの映像を見ることがあったことから,DがJを物置内に監禁している
ことは分かったはずであり,被告人3名とも,その事実は認識していたと
供述している。
そして,被告人3名は,後記のとおり,DによるJの監禁事実を認識し
た上で当該監禁に関与し,Dも被告人らによる関与を認識していたと考え
られるから,Dと被告人3名との間で,Jの監禁に関する意思の連絡があ
ったものと認められる。
イ被告人らの犯行への寄与,役割に関する事実
被告人らがモニターを見たことの意味
aDがカメラやモニターを設置した意図
Dが物置内にカメラを設置し,このカメラで撮影した映像を見るた
めのモニターをリビングに設置した意図につき検討する。
まず,Dが,モニターに映るJがDの言いつけを守っていないとこ
ろを見つけるや,これを責めてJを虐待するということを繰り返して
いたことから,①物置内のJがDの言いつけ(正座等の姿勢の維持,
寝ないこと等)を守っているかどうか,その動静を確認するという点
にあったことが認められる。
また,F証言その他関係各証拠によれば,DがJに対して「逃げら
れるもんなら逃げてみい」といった発言をしていることや,勝手口に
防犯ブザーを設置したり,逃走後に生活基盤を築く上で重要な役割を
果たす運転免許証を返納させたりしていることが認められる。これら
の事実からすれば,DはJがいまだに逃走しようとする意思を持ち続
けているかどうかを気にしていたと考えられ,そのようなDの心理や,
カメラやモニターを設置した時期(まだJが衰弱していない時期に設
置されていること)等の事情からすると,Dには,②物置内のJに対
し,常に見張られているとの心理を植え付け,逃走しようとする意思
を奪うとともに,Jが実際に逃走を図ろうとしていないかを常に確認
することで,その逃走を防止するという意図もあったと認められる。
さらに,Dは,Jに対して虐待を加え,その様子をG1家のメンバ
ーとともに楽しもうとしていたことが窺われ,そのようなDには,③
物置内のJに対する虐待の様子をG1家のメンバーに見せ,これを家
族で話題にしようという意図があったとも認められる。
b被告人らがモニターを見ていた際の意図
被告人らが供述するように,被告人らにとってDは逆らうことので
きない絶対的な存在であり,常にその意向を酌んで,その意向に沿っ
た行動をとろうとしていたはずである(Dの意向に沿った行動をとる
ことがG1家のルールであったことは,B供述等から明らかであ
る。)。
そして,Dがモニターをリビングに設置した意図は,上記認定のと
おり,①JがDの指示,言いつけを守っているか監視する,②Jの逃
走を防止する,③Jに対する虐待を家族で楽しむという点にあるので
あるから,被告人らは,その意向を理解し,その意向に沿うかたちで
モニターを見ていたはずである。
現に,被告人らは,次のとおり,DのJに対する虐待を楽しむ素振
りを見せたり,Dに同調したりしている。Bは,Jがコントのような
ことをさせられる場面に立ち会い,Dらと一緒になって笑い,Cは,
Dと一緒にモニターに映るJの姿を見ながら,Dから「Jちゃんやっ
たら,いつでもさしてくれるで」というようなことを言われた際,
「わしにも選ぶ権利あるわ」と返答した(Dには,「女好きな父さん
でもこんなん言うてるわ」といった感じで大いに受けていた。)。A
については,モニターの前でDと会話をしていて,Dが「この子一体
何考えて1日中過ごしてんねやろうな」「信じられへんな」「Aちゃ
んもよう気に掛けたったのにな」と振り,Aは,これを否定しないと
いう態度をとっていた。
「モニターを見る」以外の関与
Aは,Jの物置への監禁が始まって数日後,Eからモニターの所在を
尋ねられて,家の中にあったモニターを持ってきてEに渡した。また,
Aは,10月30日からの3日間,11月8日,9日及び21日,Dを
はじめとするG1家のメンバーが外出ないし遠出をした際,留守番役を
務めた。この際,Dから「時々でええから見といてな」と言われ,実際
に,モニターの電源を自分でつけるなどした。このAの留守番行為は,
監禁そのもの,もしくはこれと極めて密接なものである。なお,弁護人
は,Dの「時々でええから見といてな」という発言は挨拶のようなもの
で指示ではない旨主張するが,Aは実際にモニターの電源をつけている
のであるから,単なる挨拶とは捉えていなかったことも明白である。
Bは,DがJやKを物置に監禁する前に,GやEとともに物置から荷
物を出した(物置にJらを監禁するための準備行為を行った。)。また,
BはJを水浴びさせるために公園や墓地に連れていくのに同行し,公園
においてJが水浴びをしている際には,周囲に人がこないか見張りをし
た。
Cは,物置内のカメラを取り替える際,カメラとモニターの配線をつ
なぐなどして,その設置を手伝った。また,そのカメラが動いてしまわ
ないように,カメラをねじで固定したり,勝手口のドアに防犯ブザーを
設置したりもした。
なお,B及びCは,A等と比べて,Jの監禁に関して個別的に果たし
た役割は多くはないが,それはたまたまDからの指示がなかっただけで
あり,Dとともにeマンションの中で生活し,Dから何らかの指示があ
れば即座に指示通りに行動するという,いわば待機要員としての役割が
あったと評価することができる。
ウ自分たちの犯罪を一緒に行う意思に関する事実
まず,被告人3名に共通する事情を検討する。
Jに対する監禁及び虐待は,G1家という共同体から逃げ出した者に
対する制裁という意味を持ち,Dは,これを共同体の存続に関わる問題
であり,共同体のメンバー全員で行うことを意図していたと認められる。
被告人らは,そのような,DがJに対する監禁及び虐待を行う動機,J
に対する監禁等の性質を理解した上で関わり,これを受け入れていたと
いえる,すなわち,Dと共通の動機に基づいてJに対する監禁等に関与
していたといえる。
また,E1事件で述べたとおり,被告人3名とも,Dの意向に沿った
行動をとれば,それぞれのG1家における立場を維持しつつ,衣食住が
満たされた生活を送ることができるという利益を有していたといえる。
次に,被告人3名の個別的な事情を検討する。
Aは,DをはじめとするG1家のメンバーが外出し,自分が留守番を
任されたとき,自らの手で物置の中を見るためのモニターの電源をつけ
ていた。これは,Aが,Jの監禁に積極的に関与していたことの一つの
現れといえる。なお,Aが,帰宅したDに何の報告もしていないとして
も,それはたまたま何も報告することがなかっただけといえるから,A
の積極性を否定するものではない。
Bは,Jを水浴びさせるために公園に連れて行った際,特に指示を受
けていなかったにもかかわらず,自らの意思で,周囲を見張るという行
動をとっている。また,Bは,子供会(B,G,F,K,Eを構成員と
する集まり)のまとめ役として,子供会のメンバーに対して意見を言え
る立場にあったにもかかわらず,JがDの言いつけを守っていないこと
をDに告げ口していたFに対して,そのようなことを止めるように言う
こともなく,これを放置していた。これらのBの行為等から,Jを監禁
することに対するBの積極性を認めることができる。
Cは,前記のとおり,Dと一緒にモニターに映るJの姿を見ながら,
Dから「Jちゃんやったら,いつでもさしてくれるで」というようなこ
とを言われた際,「わしにも選ぶ権利あるわ」と返答しており,Jに対
する虐待を面白がって同調していたといえる。これは,Jに対する虐待
及びその前提となる監禁に,Cが積極的に関与していたことの現れとい
える。
なお,C弁護人は,Cが①声をあげながらJに虐待を加えているDに
対して,近所に聞こえる旨諭したことがあること,②Gに対してモニタ
ーを消せと言ったことがあること,③Dに対して,Jに食事を与えてい
るのか確認したことがあることを指摘し,これらはCがJに対する監禁
及び虐待に関する不満の現れである旨主張する。しかし,①については,
その発言内容(虐待を止めろというようなことは言っていないこと)か
らすれば,近所に聞こえて警察に通報等されることを気にした発言に過
ぎないと考えられ,Jのことを心配して出た発言,ないし,Jに対する
虐待を不満に思って出た発言ということはできない。また,②について
も,そのような発言をしたのが,Jが排泄をしている場面だったことか
らすれば,皆でモニターを見ているときに,たまたま汚い場面が映った
ので消すように言っただけであって,皆で日常的にモニターを見るとい
うことに対する不満を述べたものとは評価できない。さらに,③につい
ても,その「食べさせてるか」という発言の後に,「食事を与えろ」と
いうような発言があれば,Jのことを心配して出た発言と捉える余地も
あるが,証拠上そのような発言があったとは認められない以上,Cのこ
の発言の意図,趣旨は不明確といわざるを得ない(単に関心があったの
で聞いただけだったり,食べさせてないよなという方向での確認だった
りする可能性がある。)。
エ総合評価(「自分たちの犯罪を一緒に行った」といえるか)
以上検討したとおり,被告人らは,それぞれ,Jを監視する意図でリビ
ングに設置されたモニターを見るなど,Jの監禁について重要な役割を果
たしていたといえる上,Jの監禁に関与することで利益を得るとともに,
Jの監禁に積極的に関与していたと評価できる部分もあることを考慮すれ
ば,被告人らとDとの間に,Jの監禁についての共謀が認められるという
べきである。
殺人の実行行為性(争点②)
検察官は,遅くとも11月中旬には,Jの衰弱が顕著であったのに,それ
以降もそれまでと同様の虐待を継続した行為が,人の死の危険性の高い行為
であり,殺人の実行行為に当たる旨主張する。
アJの死因
そこで,まず,そもそもJの死因が何だったのかを検討する。
Jに加えられた虐待の内容について
Fの証言,その他写真等の関係各証拠によれば,Jに対する監禁及び
虐待の状況は以下のとおりと認められる。
aJは,物置に入れられている間,全裸(おむつを着けているときも
含む)のときを除いて,半袖シャツに七分丈のズボンという服装だっ
た。最低気温が10度を下回ることが多かった11月下旬及び12月
上旬になっても,服装はそのままであり,物置の中に寝具や暖房器具
が置かれることもなかった。
b食事は1日1回与えられるのが基本だが,二,三日出ないこともあ
った。基本的にラーメンとごはんで,これにおかず1品や果物が付く
こともあった。水は,当初1日2リットル与えられていたが,監禁期
間の後半には時々しか与えられていなかった可能性が高い。
c日常的に(9月中旬以降はほぼ毎日),DやEから殴る蹴るの暴行
を受け,身体中に傷ができており,傷が治りきることはなかった。
dDが起きている間は寝ることは許されず,居眠りをするとDから暴
行を受けた。夜の睡眠時間も短かった。
eトイレを使わせてもらえず,物置内に置かれたバケツに排泄させら
れた。トイレットペーパーも使えない状況だった。お風呂も使わせて
もらえず,1週間から10日に1回程度,公園等で水浴びをするだけ
だったが,10月以降は,その水浴びもなくなった。
gDから,正座,直立,足踏みといった姿勢を強制され,正座等の言
いつけを守らないと暴行を受けた。
Jの死因について
O1医師は,公判で,Jの死因について,低栄養,低体温などの複合
による諸臓器の機能不全(いわゆる衰弱死)の可能性が最も高い旨証言
している。また,Jが死亡する前日に,DやEから頭を足で踏まれるな
どの激しい暴行を受けているものの,Jの遺体の頭蓋骨に骨折がなかっ
たことや,その暴行の後,Jに意識障害がみられなかったことなどから,
脳挫傷や硬膜下血腫によりJが死亡した可能性は極めて低いと証言して
いる。
O1医師は,救急医療等を専門として相当期間臨床に従事しており,
その医師としての経験等に照らして,専門家証人としての適格性に欠け
るところはない。また,O1医師が証言の前提とした事実と,前記のと
おり証拠から認められる事実との間に齟齬はなく,証言の前提条件に誤
りはない上,その証言内容自体にも不合理,不自然な点は認められない。
したがって,O1医師の証言は信用することができる。
このようなO1医師の証言の内容や,Jに対して加えられた虐待の内
容などからすれば,Jの死因が衰弱死であること,具体的には,Jが,
飲食を制限されたことなどを原因として低栄養状態に陥り,熱産生を十
分にできなくなったことと,気温が低い時期に,暖房設備等のない物置
の中に薄着でおかれたということとが相まって,低体温症に陥り,死亡
したことが認められる。
なお,Jの死因につき,弁護人らは,Fが証言する死亡前日頃の強い
暴行と,12月上旬の気温低下によって,Jが死亡した可能性があるな
どとして,Jの死因が衰弱死であることを争っている。しかし,この点
につき,O1医師は,仮に死亡前日頃の暴行による体力の消耗がJの死
に影響していたとしても,前記のような態様で監禁していることによる
影響のほうが大きい旨証言している。このようなO1医師の証言や,J
に対する監禁及び虐待の期間や態様を考慮すれば,死亡前日頃の暴行が
Jの死に影響していたとしても,その影響の程度は大きいものではなく,
死の根本的な原因は,やはりそれまでの監禁及び虐待による衰弱にある
と考えるのが合理的であるから,弁護人の主張は採用できない。
イJの衰弱が顕著になった時期及びそれ以降虐待を継続する行為の危険性
F,O1医師の各証言その他写真等の関係各証拠によれば,①11月2
4日のモニターに写っているJが顕著に痩せていること(O1医師も,こ
の写真をみて,中程度以上の低栄養状態だったと証言していること),②

な環境で,食事や睡眠を制限されていたこと,③11月24日のモニター
に写っているJは仰向けに寝ており,普段であれば横になることを許さな
いDが横になることを許すほどに衰弱していたといえることが認められる。
以上からすれば,遅くとも11月24日の時点で,Jの衰弱は顕著であ
り,気温の低下や食事制限等の悪条件がさらに加われば,いつ死ぬような
ことになってもおかしくない状態であったといえる。
そのようなJを,その後も低温かつ不衛生な環境の物置内に監禁し,食
事制限などの虐待を加える行為は,低体温症,低栄養,感染症等によって
死亡させる危険性が高い行為といえる。
殺意の有無(争点③)
アDに殺意が認められるか
Dは,Jに対して虐待を加えていた張本人であり,常にJの状態を観察
していたと考えられるから,Jの痩せ具合や,それまで加えた虐待の内容
から,11月中旬の時点でJが相当程度衰弱していたことは分かっていた
はずである。11月中旬以降,DがJに対して横になることを許したりし
ていることは,DがJの衰弱状況を認識していたことを示す事情といえる。
また,上記のように衰弱していたJに対して,さらに飲食制限等の虐待
を加えれば,死ぬ危険性が高いということは常識的に分かるといえる。
そうすると,Dは,11月中旬以降,死ぬ危険性が高いことを認識しな
がら,Jを物置に監禁し,飲食制限等の虐待を加え続けたといえるから,
Dには殺意が認められる。
なお,F証言等によれば,Dが,11月頃,Jの爪や舌を確認して「健
康そのものの色や」などと言っていたことや,Jに対してバナナを与えた
り,卵かけご飯を与えたりしていたことが認められる。しかし,これらの
行為は,Jの健康状態を確かめたり,Jの体力を回復させたりする方法と
しては不十分である。仮に,DがJに死なれては困ると考えていたのであ
れば,このような行為にとどまらず,物置内への監禁や虐待を止めたはず
であるが,監禁や虐待を止めてはいない(むしろ,暴行の強度が増してい
る)のであるから,やはり,DはJが死んでも構わないと考えていたとい
うべきである。
イ被告人らがJの衰弱状況や監禁及び虐待を継続する危険性を認識してい
たか
被告人らは,11月24日のモニターの映像から,当時のJの痩せ具合
は分かったはずである(B供述によれば,証拠となっている写真より,実
際のモニターの映像のほうが鮮明であったことが認められる。)。また,
同モニターの映像等から,普段であれば横になることを許さないDがJに
対して横になることを許していること,そして,それぐらいJが衰弱して
いることを認識していたと認められる。なお,その頃のモニターの映像を
被告人らが見ていたことは,Bについては同人の供述から,Aについては,
11月21日の映像(Jが横になっている状況が写っているモニターの近
くでAが子供をあやしていること)や11月24日の写真(Aが食べる予
定であったと認められるパンがモニターの近くに置かれていること)から,
Cについては,食事の際の着席位置(モニターの隣)や,Bと一緒に食事
をとるなど同じような行動をとっていること(したがって,Bと同程度は
見ているであろうと推認されること)から,それぞれ認められる。
また,被告人3名は,DがJに対して加えていた虐待の詳細までは知ら
なくとも,過去の経験やモニターによる観察を通じて,Jに対して加えら
れていた虐待の大まかな内容(4か月余りにわたり,不衛生かつ低温にな
りうる物置に監禁し,食事を1日1回程度に制限し,衣類や睡眠を制限し
ていたこと)は認識していたといえる。
そうすると,被告人3名は,遅くとも11月24日の時点で,JがDに
よる虐待によって顕著に衰弱していたことを認識していたといえる。
そして,そのように顕著に衰弱したJを,その後も低温かつ不衛生な環
境の物置内に監禁し,食事制限などの虐待を加えれば,Jが低体温症,低
栄養,感染症等によって死亡する危険性が高いことは,常識的に認識しう
るはずであるし,その直前に同じ物置内に監禁されていたLが死亡した経
験からも推測できたはずであることなどから,被告人3名は,DがJを物
置内に監禁し虐待を加え続ける行為が,人を死亡させる危険性の高い行為
であることも認識していたといえる。
なお,Lが死亡した経験からJを物置内に監禁する行為の危険性を推測
できたはずであるという点については,被告人らは,Lが,高血圧等が原
因で死亡したと考えていたから,そのような事情のないJの死の危険には
思い至らなかったという可能性が想定されるが,少なくとも高血圧等に匹
敵するような死の危険を高める因子を有する者(健康体ではない者)であ
れば死んでしまう危険性があるということは分かるはずであるから,上記
の認定は動かない。
ウDの殺意の認識
被告人3名は,物置内に監禁していたLが死亡した後もJに対する監禁
及び虐待を改めようとしないDの行動から,Dが人の命を軽視し,人を殺
すことに躊躇を覚えないこと,すなわち,Jの衰弱が顕著になり,死の危
険が生じて以降も,DがJに対する監禁及び虐待を継続する意図を有して
いたことを認識していたといえる。
エDによる殺人の認容(受け入れていたのか)
被告人らは,遅くとも11月24日の時点で,Jの衰弱が顕著であり,
それ以上Jを物置内に監禁し虐待を加え続ける行為が,Jを死亡させる危
険性の高い行為であることを認識した後も,Jに対する監禁及び虐待を止
めようともしなかったし,Jに対する監禁及び虐待を加える集団であるG
1家から抜け出そうともしなかった。そればかりか,Jに対する監禁につ
いて,リビングに設置されたモニターを見るなどの行為によって関与を継
続していた。このような被告人らの態度,行動からすれば,被告人らはJ
の死の危険を受け入れていた(Jが死んでも仕方がないと思っていた)と
いわざるを得ない。
この点につき,弁護人らは,被告人らにはJに対する監禁及び虐待を止
める行動に出ることは極めて困難であった旨主張するが,被告人らが監禁
及び虐待を止める行動に出たとしても,Jに対して行われていたような過
酷な虐待が被告人らに加えられることは想定されなかったのであるから,
そのような止める行動に出ることが極めて困難であったとはいえない。そ
うであれば,被告人らは,仮に,Jの死を受け入れないというのであれば,
Jに対する監禁及び虐待を止める行動に出る,それが無理であれば,最低
限,犯罪を行っているDを中心とするG1家から抜け出すべきであったと
いえる(何としても抜け出そうとすれば,抜け出せたはずである。)。そ
れにもかかわらず,Jに対する監禁及び虐待を止める行動に出たり,G1
家から抜け出したりせずに,監禁行為の一翼を担い続けた以上は,やはり,
被告人らは,Jの死の危険を受け入れていたと評価されてもやむを得ない
というべきである。
オしたがって,被告人らには,Jに対する殺意が認められる。
殺人の共謀の有無(争点④)
これまで検討したように,衰弱しているJに対して,飲食制限等の虐待を
伴う監禁を継続することが,Jに対する殺人の実行行為の核心部分である。
そして,先に認定したとおり,被告人らは,そのような殺人の実行行為の核
心部分である虐待を伴う監禁に,上記のような殺意を持ちつつ,モニターで
の監視といった行為によって相応の役割を果たしていたのであるから,Jに
対する殺人についても相応の役割を果たしているといえる。また,監禁の共
謀の有無の部分でも検討したとおり,被告人らには,Dが発案し,主導する
犯行に関与する利益が認められ,Dが主導したJの殺人についても関与する
利益が認められる。
以上からすれば,被告人らは,Jに対する殺人についても,「自己の犯罪
として」一緒に行ったといえ,Dとの間に共謀が認められる。
L事件における監禁の共謀の有無(L事件の争点)
まず,Aについては,同人の供述等によれば,Lが物置に入れられる場面
に同席し,その場でLが物置に入れられる理由も聞いた上,それ以降,Lが
亡くなるまでの間,物置内のLをモニターで見ながら食事をとるなどしてい
たことが認められる。
次に,Bについては,同人の供述等によれば,和歌山へのパチンコ遠征か
ら戻った11月9日未明に,Lが物置に入れられていることや,その理由を
知り,それ以降,Lが亡くなるまでの間,物置内のLをモニターで見ながら
食事をとるなどしていたことが認められる。
そして,Cについても,K証言及びB供述等によれば,遅くとも11月9
日未明には,Lが物置に入れられていることや,その理由を知り,それ以降,
Lが亡くなるまでの間,物置内のLをモニターで見ながら食事をとるなどし
ていたと認められる。
このように,被告人らが,Lの監禁の事実及び理由を知った後,少なくと
も1日程度は,これに異議を唱えたり,Lを助け出そうとしたりすることな
く,物置内のLをモニターで見ながら食事をとるなどしていたことからすれ
ば,被告人ら3名がLを監禁することに納得し,これを受け入れていたこと
は明らかである。なぜなら,仮に,Lの監禁に納得せず,これを受け入れて
いなければ,異議を唱える,助け出そうとする,G1家から抜け出すといっ
た,Lの監禁を止めさせようとする行動や,監禁を行う集団から離脱しよう
とする行動をとるはずだからである。
そして,Lが監禁された物置は,被告人ら3名を含むG1家のメンバーが,
自分たちの犯罪として,Jを監禁していた場所であり,そこに入れられてい
るJを監禁の対象として監視していた場所であるから,被告人らが,そのよ
うな物置の中にLを監禁することに納得し,受け入れている以上は,Lにつ
いても,監禁の対象として監視すること,すなわち,自分たちの犯罪として
監禁する意思があったといわざるを得ない。
被告人らが,上記のような自分たちの犯罪としてLを監禁する意思を持ち
ながら,モニターで監視するなど,監禁についての相応の役割を果たしてい
たこと,被告人らは,Lを監禁することについて,Jの監禁の際と同様の利
益を有していたことなどに照らせば,被告人ら3名について,Lの監禁に関
するDとの間での共謀が認められる。
なお,B及びCが,Lの監禁の事実やその理由を(確実に)知ったのは1
1月9日未明であるから,両名については,11月9日未明頃からLが死亡
した同月10日頃までの間に限り監禁罪が成立するにとどまる。
まとめ
以上のとおり,被告人3名には,L事件については監禁罪の共同正犯が,
J事件については監禁罪,殺人罪の共同正犯が成立する。
第4M事件
1争点及び当事者の主張
Mを被害者とする逮捕監禁被告事件の争点は,①被告人らとDとの監禁の共
謀の有無であり,Mを被害者とする殺人被告事件の争点は,②被告人らの殺意
の有無と,③Dとの殺人の共謀の有無である。なお,Mの死体に対する死体遺
棄被告事件に関し,被告人らに死体遺棄罪が成立することは争いがないが,A
弁護人及びB弁護人は,それぞれ④死体遺棄罪についての関与の範囲を争う
(上記逮捕監禁被告事件,殺人被告事件,死体遺棄被告事件を併せて「M事
件」という。)。
監禁の共謀の有無(争点①)について,まず,Dと被告人らとの間に,Mの
監禁について意思の疎通があったことは争いがない。検察官は,被告人らがそ
れぞれ監禁に関与したとみられる具体的な行動をしている上,Mの逃亡を阻止
する役割を認識しながらeマンションにいたことなども関与といえること,被
告人らには,Dの意向に従っていれば,衣食住が満たされ,G1家内での立場
が維持されるという利益があったことなどから,被告人らとDとの間には監禁
の共謀が成立していると主張する。これに対し,弁護人らは,被告人らの各関
与は重要なものではないし,被告人らには自分たちの犯罪を一緒に行う意思も
なかったとして,いずれも監禁の共謀の成立を争い,そのうちB弁護人及びC
弁護人は,監禁の幇助にとどまる旨を主張する。
殺意の有無(争点②)について,検察官は,被告人らはMの監禁状態(物置
の気温等の環境,緊縛,暴行,飲食制限等)が過酷で死に至る危険のあるもの
であると認識しており,また,過去の経験,Dの性格や動機の理解から,Dの
命ずる監禁は人を死に至らせるほど過酷なものになると予測していたにもかか
わらず,虐待を含む監禁を継続したことから,死の結果の認識,認容があった
と主張する。弁護人らは,被告人らはいずれもMの監禁状態の過酷さについて
具体的に認識しておらず,また,過去の虐待例も,本件の場合とは理由や状況
が異なっていること,被告人らはいずれはDから許されるだろうとか,Dに許
しを請おうなどと思っていたことなどから監禁が過酷になるとの予測もなく,
Mの死の危険の認識がなかった旨主張する。
殺人の共謀の有無(争点③)について,検察官は,G1家では,虐待して死
亡させ,その死体処理をするという一連の過程が過去に繰り返されており,そ
れらはDの主導によってメンバーが連携して行っていたから,被告人らには殺
人についても意思の連絡があったと主張するほかは,争点①に関するものと同
様の理由により,被告人らには殺人の共謀が成立する旨主張する。弁護人らは,
被告人らがDと,殺人についても意思の疎通があったことを争うほかは,争点
①に関するものと同様の理由により,被告人らには殺人の共謀は成立しない旨
主張する。
2当裁判所の判断
⑴前提事実
以下の各事実は,当事者間に概ね争いがなく,関係各証拠によって容易に
認められる。
ア家族会議の状況
平成23年7月下旬ころ,Fは,当時Dがeマンションで預かっていた
P1家の長女から,Mが何か月か前から胸を触ってくるとの相談を受けた。
同月25日未明ころ,Fは,Dにこの相談内容を報告した。Dは,Fに
命じ,それぞれ寝ていたE,K,B,Mを起こさせて,リビングに集めた。
DがMを追及すると,Mは上記のわいせつ行為を認めた。
その直後,Bは,床に正座していたMの右足の付け根からおしりの辺り
を強く蹴った。また,Eも,Mを二,三発殴った。
Dは,Mに対して怒り,「絶対許さん」「ただで済むと思うな」「もう
死ぬしかないな」「助かると思うな」などと告げた。
Dは,Eに対して,Mをベランダに設置されたラティス製の物置に入れ
るよう指示し,Kもこれに同行した。他方,BはDから就寝を許された。
EとKは,Dの指示に従って,Mを緊縛した上で物置に閉じ込めるなど
して逮捕し,監禁した(なお,逮捕監禁やそれに伴う虐待の具体的内容に
ついては後に述べる。)。
イ監禁及びその理由に関するAの認識
Aは,上記の家族会議の直後(同月25日未明)又は同日の朝に,eマ
ンションの廊下で,BからMが上記わいせつ行為をしたことを聞いた。そ
して,同日の朝には,Mが普段寝ている場所で寝ていないことや,物置の
戸が閉まっていて様子が違うと感じたことから,Mが物置に監禁されてい
ると認識した。
ウ監禁に関するCの認識
Cは,同日の朝起きてベランダに出たときに,Mが物置の中で座ってい
るのをラティスの隙間から目にし,Mが閉じ込められていることを認識し
た。
エ天神祭とCの留守番
同日夜,G1家のメンバーは大阪市で行われた天神祭に出かけたが,こ
の間,Cはeマンションで留守番をしていた。
オ監禁及び虐待の具体的内容
夏場,閉め切った物置への監禁
Mが監禁されている間,物置の戸は閉められていた。さらに,G1家
のメンバーが天神祭に行く直前に,Cは,Dから「戸を開かんよう考え
てくれ」と指示され,50センチメートルくらいの角材を用意して戸の
つっかい棒とした。このつっかい棒は,それ以降も使用され続けた。
そして,Mが監禁されていた同月25日から同月27日までの3日間
の気象は,最高気温がいずれも約31度前後,最大湿度がいずれも約7
4%前後であった。
なお,物置に使用されていたラティスにはブラインド状の隙間があっ
たが,たくさんの荷物等が置かれていたことなどから,室内の風通しは
悪かった。
緊縛について
EとKは,Dの指示に従って,Mを後ろ手にしてその両手首に手錠を
かける,足首,腿やすねをPPロープで縛って正座させる,手錠をロー
プで重しに固定するなどの緊縛を行った。しかし,しばらくしてDやE,
Kが物置内の様子を見ると,Mが動いて縛りをゆるめていたため,Dら
はMに後述する暴行を加えた上で,ロープをきつく縛り直した。また,
手や腕の固定の仕方も,手錠と重しから,丸太等に縛り付けるなどの方
法に変えた。このような確認して暴行を加え縛り直すという流れは,M
が死亡するまでの間に五,六回繰り返されており,そのたびに縛る箇所
が増え,巻き付ける回数が多くなるなどして,ロープによる緊縛はどん
どんきつくなっていった。事後にKがした再現によれば,最終段階での
緊縛の強さは,ロープがMの手足の肉に食い込むほどのものであった。
プランター台,金たわしの使用
上記の縛り直しの際には,プランター台が使用されることがあった。
その使用方法は,Mの右手とプランター台をロープで結びつける,Mの
背中に横倒しにしたプランター台を当てるといったものである。
また,金たわしが使用されることもあった。その使用方法は,正座し
たMの回りの床に並べて,動くと刺さるようにする,後述する丸太の使
用と併せて,手でロープをゆるめさせないように,両手に軍手をはめさ
せた上で,金たわしをその中に,手のひらに刺さるような向きで入れ,
その上からガムテープで巻くといったものである。
丸太の使用
同月25日の昼か夕方に,Kは,Cが運転する自動車で資材置場に行
き,長さ2メートル,直径5センチメートル程度の丸太一本を盗んだ。
このとき,EとAも,自動車に同乗していた。
この丸太は,長さ1メートル60センチ程度に切断された上で,G1
家のメンバーが天神祭に行く直前ころからMが死亡するまで,Mの緊縛
に使用された。その緊縛方法は,丸太を地面と平行にして正座させたM
の背中に置き,水平に挙げさせたMの両腕をロープで丸太に縛り付ける
といったものである。
口ふさぎ
丸太の使用開始と同じころから,Mは,口がきけないように,切った
布を口に入れられ,その上からガムテープを巻かれた。
飲食途絶
本件の監禁期間において,Mには,食べ物も飲み物も与えられていな
い。ただし,25日未明には,重しの代わりに水の入ったバケツを使っ
ていたため,同日朝までMはその水を飲んでいた。
暴力
監禁の当初や上記の縛り直しの際には,D,E,KがMに対して暴行
を加えた。具体的には,Dはサンダルで殴ったり目を突いたりし,また
太ももなどを蹴ったり踏みつけたりした。EはMの頭を拳で殴りつけ,
Kも手の甲で二,三発殴った。
排泄制限(おむつの使用)
監禁当初は,KらはベランダでMに排泄をさせていたが,G1家のメ
ンバーが天神祭に向かう直前から,Mにはおむつがはかせられた。なお,
この際,Aは,Dの指示により,おむつをDに手渡した。
カMの衰弱,死亡と死因
監禁期間の最後の方(同月26日の夜)にも,Mに対する暴行と縛り直
し等が行われているが,その際のMの様子は,声が弱々しく,眉間にしわ
を寄せてきつそうな表情であり,緊縛をいったんほどかれておむつを自分
ではき替える際にも,中腰の姿勢で壁に当たったり,ふらふらしたりして
いた。Dは,そのようなMに対して,「弱ったふりすんな」などと怒鳴っ
て,殴る蹴るの暴行を加えた。その後,EとKは,Mを再びきつく縛り直
した。なお,このときは,Fも縛り直しを手伝った。
同月27日の日中,Mが緊縛されたまま物置の中で死亡しているのが発
見された。Mの死因は,高カリウム血症に基づく心停止又は肺塞栓症に基
づく循環不全である。
⑵認定できる事実
監禁理由についてのCの認識について
アC自身は,Mの監禁を認識するより前に,FからMのわいせつ行為のこ
とを聞き,Mを子供部屋に連れて行って問いただしたことがあると述べて
いるところ,その供述内容は,Cには話していないとするFの証言と食い
違っている。
イしかし,問いただした際,Mが弁解しないので,やってんなあと思って
頭を軽く叩いたというCの供述は,内容が具体的であること,Mのわいせ
つ行為を知っていたことは,Cに不利な事実といえ,これを承認するもの
であること,この点につきうそを述べる必要もないことなどから,上記C
供述は信用できるというべきである。よって,Cは,上記供述のとおりの
経緯によってMのわいせつ行為を認識していたから,その後,Mの監禁の
事実を認識した時点で,その理由も認識したものと認められる。
⑶監禁の共謀の有無(争点①)
ア前提事実に記載のとおり,いずれの被告人においても,MがDらに監禁
されていた事実や監禁の理由について認識があったのであるから,被告人
らとDらとの間に,Mの監禁に関する意思の疎通があったことは容易に認
められる。
イ被告人らについて,G1家の一員としてeマンションにいたこと自体に
よって,Mの監禁に関与したと評価できるか。
G1家において絶対的な存在であるDと,被告人らとの間で,上記のと
おりMの監禁について意思の疎通があったのであるから,仮に,Mが物置
を出て逃亡しようとし,被告人らがeマンションにいてこれを認識したと
すれば,被告人らはいずれも,G1家の一員として,Dと通じた上記の意
思に従ってMの逃亡を阻止したものと考えられ,また,監禁されているM
にも,その旨の認識はあったものと考えられる。以上によれば,被告人ら
がeマンションにいること自体が,Mの行動に対する物理的あるいは心理
的な障害であったといえるから,これは監禁への関与行為であるというこ
とができる。
確かに,Mは,緊縛された上で物置内に閉じ込められており,上記で想
定したような,Mが物置を出る事態が現実に生じる可能性は低かったもの
と考えられる。しかし,Cが留守番をする際にDから「頼みます」などと
言われていたことも示すように,被告人らはいずれも,eマンションにい
ること自体によって,潜在的には逃亡防止のための見張りの役割を期待さ
れていたものというべきである。そして,被害者の行動を見張るという方
法は,監禁の手段としては,緊縛や閉じ込めと並んで典型的な態様である
といえる上,Mが緊縛を解いて物置の外に脱出する可能性が皆無ではなか
ったのであるから,緊縛や閉じ込めが併用されているからといって,監禁
の手段としての見張りの意義が失われるとはいえない。
ウそして,E1事件で述べたとおり,被告人らは,Dの意向に従っていれ
ば,G1家における上位者としての立場を維持しつつ,衣食住を満たすこ
とができたのであり,このことは被告人らにとっても利益であったという
ことができる。
エ被告人らについて,監禁の共謀が認められるか
Aについて
以上みたとおり,Aは,Dの意向に従っていればG1家において衣食
住を満たすことができるといった利益状況のもとで,Mの監禁について
Dと意思を通じた上で,G1家の一員としてeマンションにいる,おむ
つを渡す,丸太の窃取に同行するといった監禁への関与とみられる行為
を行ったのであるから,AとDらとの間には,Mの監禁に対する共謀を
認めることができる。
Bについて
BがMの下半身を蹴ったのは,DがMを物置に入れるよう言うより前
のことであるが,この行為については,家族会議の直前にDからMのわ
いせつ行為について気付かなかったのかと尋ねられていることなど,M
の指導役としてのBの責任が問われていた状況において,Bが,Mを責
めた上で物置に監禁するというDの意向を酌んで,Dや他のメンバーに
先んじて怒りを示すことで,Dへの同調をアピールするものであったと
みるべきで,その後の監禁への移行に寄与するものであったと認められ
る。
Bもまた,Dの意向に従っていればG1家において衣食住を満たすこ
とができるといった利益状況のもとで,Mの監禁についてDと意思を通
じた上で,Mが物置に入るのは当然であるとの考えを持って,上記のと
おり下半身を蹴る行為を積極的に行ったほか,G1家の一員としてeマ
ンションにいるといった監禁への関与とみられる行為を行ったのである
から,BとDらとの間には,Mの監禁に対する共謀を認めることができ
る。
Cについて
Cもまた,Dの意向に従っていればG1家において衣食住を満たすこ
とができるといった利益状況のもとで,Mの監禁についてDと意思を通
じた上で,Dの指示を受けて,戸が開かないようにする手段としてつっ
かい棒を考案して設置する,天神祭の際に留守番をするなど,まさに監
禁行為の一部を行ったほか,丸太の窃取に同行する,G1家の一員とし
てeマンションにいるといった監禁への関与とみられる行為を行ったの
であるから,CとDらとの間には,Mの監禁に対する共謀を認めること
ができる。
殺意の有無(争点②)
アDらの殺意の有無
前提事実に記載のとおりの監禁及び虐待の具体的内容を前提とすれば,
Dらの監禁及び虐待行為の態様は,2日ないし3日も続けば死の危険が
高くなるようなものであったと認めることができる。
その理由としては,特に,暑い中で飲み水が(同月25日朝以降は)
全く与えられなかったことの危険性が重視される。一般人の感覚として
は,熱中症の危険が想定されるが,Q1医師の特定した死因においても,
脱水傾向は,高カリウム血症の要因のうち血液が酸性に傾くことの要因
とされており,また,肺塞栓症の要因のうち血液の濃度が濃くなること
の要因ともされている。
そして,実際の経過においても,遅くともMが死ぬ前日である同月2
6日の夜に,ロープを縛り直した時点で,Mは監禁及び虐待行為によっ
て衰弱した状態に陥っていた。
そうすると,このときに縛り直しや暴行に関与したD,E,K,Fに
ついては,Mの衰弱状態や,同様の監禁及び虐待行為を継続すればMを
死に至らせるかもしれないことを,それぞれ認識したものというべきで
あるから,同人らには遅くともこの時点で殺意を認めることができる。
なお,Dは,Mを監禁する直前に「もう死ぬしかないな」などと発言
し,E,K,Fもその発言を聞いていたと認められることからすれば,
同人らについて,より早い時期に,より確定的な殺意が存在した可能性
も否定はできないが,監禁当初の緊縛状況等が,M自らほどいて休むこ
とが可能な程度の緩やかなものであったことなども考慮すると,その存
在の確信にまでは至らない。
イAの殺意
Mの監禁及び虐待の具体的状況について,Aが認識していたと認めら
れる事情は以下のとおりである。
Aは,物置の戸が閉まっていることや,戸につっかい棒が使用されて
いることについては,見て認識している。また,季節が夏場であること
は,当然に認識していた。
Aは,夜にカチャカチャという金属音を聞いて,手錠が使用されてい
ることを想像している。また,Aは,丸太を目にして,それがMに使用
されるであろうことも想像している。以上の事実から,Aは,Mが緊縛
されている可能性を認識していたものと認めることができる。また,過
去の経験から,Mが正座をさせられているであろうと推測することがで
きた。
Aは,Mに飲食が提供される場面を見てはいないが,Dはいつも,虐
待や反省をさせる人に対しては食事を1日1回に制限しているので,今
回もそうだろうと考えた旨供述している。
Aは,Dが怒ったら当然に暴力はあるだろうというのが頭にあった旨
供述しており,Mが暴行を受けている可能性の認識はあった。
Aは,Dの指示によりおむつをDに手渡しており,Mがトイレを使わ
せてもらえないことの認識はあった。
上記のように,Aは,Mが,夏場の物置の中に監禁され,食事,トイ
レの使用等を制限されていることや,丸太や手錠を使って緊縛され,正
座を強制されたり,暴行を加えられたりしている可能性があることなど
を認識していたといえる。
しかし,Aに,緊縛の具体的な態様やその強度,PPロープ,プラン
ター台,金たわしの使用,口ふさぎの認識があったとは認めるに足りな
い。
そして,監禁及び虐待の具体的内容に関するAの認識が上記のものに
とどまること,特に,緊縛の具体的態様やその強度などの認識を認める
に足りないこと,1日1食はあると思っていた旨の供述を排斥できず,
絶飲食の認識を認めるに足りないことを踏まえれば,Mの監禁状況に対
する認識の面からみて,監禁が数日続けば死の危険が高くなるほど過酷
な態様のものである旨の認識までAにあったとはいえない。
Dの怒りの大きさに対するAの認識について
確かに,A自身,BからMのわいせつ行為を聞いて,「なんちゅうこ
とするんやと感じた」旨を述べており,また,当時DがP1家の家族関
係に介入していたことも知っていたというのであるから,上記で認定し
た程度の監禁状況の認識を前提としても,DがMに対してとても怒って
いることは容易に想像できたはずであり,実際,A自身も過去の件より
は怒っていると思った旨供述している。
しかしながら,Aは,家族会議でDがMを怒る発言を直接聞いてはい
ない。また,上記で認定した程度以上に,Mに対する監禁及び虐待の具
体的状況を認識していたとは認めるに足りない。以上のことも考え合わ
せると,「Mについては許されるのが当然と考えていた」とか,「監禁
中のG1家の雰囲気は殺気立っている様子ではなかったように思う」と
いう,Aの当時の認識に対する供述も,直ちに不自然として排斥するこ
とはできない。なお,Aの捜査段階の弁解録取書(乙109)における
「私としては,M君は,死ぬまで出られへんと思っていました」との供
述については,監禁の終期はMの死であると考えたと述べるものにとど
まり,監禁自体によって,あるいは監禁中の行為によってDがMを殺害
しようとしていると考えた旨を述べるものではないものとみる余地があ
るから,この捜査段階の供述によって直ちにAにDの殺意の認識があっ
たとまでは認定できない。
結論
以上のとおり,具体的な監禁状況に関する認識の面からみても,Dの
怒りの大きさに対する認識の面からみても,Aにおいて,Mに対する監
禁が数日のうちに死ぬ危険の高い行為である旨の認識や認容があったと
認めるには足りず,Aの殺意は認定できない。
ウBの殺意
Mの監禁状況について,Bが認識していたと認められる事情は以下の
とおりである。
Bは,物置の戸が閉められ,つっかい棒が使用されているのを見てい
る。また,夏なので物置の中は蒸し暑いだろうと思っていた。
Bは,過去にMがラティスに入れられたとき,片手と重しを手錠や紐
でつながれているのを見たことがあるので,今回も縛られている可能性
があると認識していた。また,正座の強制もあると考えていた。
飲食制限に関しては,Bは,公判で「食事は二,三日出ないかもしれ
ないが,水はあるんじゃないか,1日目はなかったとしても,2日目ぐ
らいからは出るんじゃないかと思っていた」旨供述している。この供述
は,これまでのDの虐待の多くが,生かしていたぶるような態様であっ
たこと,過去に,DからMよりも嫌われていたJでさえ,監禁中に水が
与えられていたこととの整合性から,一定程度信用できるものである。
これに対して,Bの捜査段階の供述調書には,「過去,Mがラティスに
些細な理由で監禁された際の経験では,2~3日は水や食事を与えてい
なかったと記憶しており,今回は重大なことをしでかしこれまでになく
怒っていたから,過去よりも長く水や食事を与えないこともあるだろう
と思っていた」旨の記載がある(乙24)。しかし,その記載は,過去,
Mが生還した際の監禁の経験を踏まえ,Dの怒りがより大きいという観
点のみから単純に「より長い期間の絶飲食があり得る」と述べたものと
理解する余地があり,そもそも「夏場に水を与えない」ことの危険性
(すなわち死の危険性)を想定した供述ではない可能性がある。以上か
らすれば,この捜査段階の供述から直ちにBに絶飲食の認識があったと
は認定できず,この供述の存在によって上記公判供述の信用性が失われ
るとまではいえない。
Bは,Mが物置に入れられている際に,壁にぶつかる音を聞いたこと
から,Mが暴行を加えられていることを認識していた。
上記のように,Bは,Mが,夏場で蒸し暑い物置の中に監禁され,食
事を制限されていることや,手錠等を使って緊縛され,正座を強制され
たり,暴行を受けたりしている可能性があることなどを認識していたと
いえる。
しかし,Bに,緊縛の具体的な態様やその強度,丸太,プランター台,
金たわしの使用,口ふさぎの認識があったとは認めるに足りない。
そして,監禁及び虐待の具体的内容に関するBの認識が上記のものに
とどまること,特に,緊縛の具体的態様や強度などの認識を認めるに足
りないこと,「水は出るんじゃないかと思っていた」旨の供述を排斥で
きず,水分途絶の認識を認めるに足りないことを踏まえれば,Mの監禁
状況に対する認識の面からみて,数日続けば死の危険が高くなるほど過
酷な態様のものである旨の認識までBにあったとはいえない。
Dの怒りの大きさに対するBの認識について
Bは,家族会議の場において,DがMを怒る発言を直接聞いている。
Dの口調について,B自身は,通常怒っているときと余り違いを感じな
かった旨を供述しているが,同じ場面に同席したKやFが,「普通の怒
りと違って冷静で怖い」とか「爆発しきっておらず不気味」などと供述
していることと整合せず,採用できない。また,B自身も,この発言の
瞬間には,Dの殺意を感じた旨を述べている。
しかし,Dは,このとき発言した「絶対許さん」という言葉や,「生
きていられると思うな」「殺したる」などの生死に関わる言葉を,それ
までも口癖のように用いていた。また,Bは,公判では,3日ぐらい経
った後にDに許しを請うつもりであり,いつもより時間はかかるかもし
れないが,許してもらえるだろうと考えたと供述している。Bは,Mが
物置に入れられたことは本件を含めて五,六回あり,その期間は最低3
日,長くて1週間から10日であったが,本件までは全部Bが間に入っ
て解放してもらったとも供述しているところ,この過去の経験に関する
供述を虚偽として排斥することはできない。そうすると,Bが,そのよ
うな過去の経験を踏まえて,今回もいずれは許してもらえるだろうと考
えていたとしても,不合理とまではいえない。
この点に関し,他方では,Bの検察官調書(乙21)に,「これまで
とは原因が違っていたので,何回もDを説得しても許してもらえないの
ではないかと思っていました」「何回言っても許してもらえず,許して
もらえないうちにMが死んでしまう可能性はかなり高いと思っていまし
た」「私がどれだけ努力しても,許してもらえないだろうと思っていま
した」などの記載がある。しかし,それらの記載の前後には,「私は,
どうやって許してもらおうかとかなり頭を悩ませました」「最低でも3
日は日を開けなければいけない,3~4日すれば行こうかなと思ってい
ました」「それでも私のできることはやらなければいけないだろうと思
っていました」などの記載も見られる。そうすると,DがMを許す可能
性の高さに関するニュアンスに差はあるが,検察官調書においても,三,
四日後からMを許すようにDを説得するつもりであった旨を述べている
ものとみることができるから,検察官調書に上記のような記載があるか
らといって,上記公判供述が信用できないとまではいえない。
結論
以上のとおり,具体的な監禁状況に関する認識の面からみても,Dの
怒りの大きさに対する認識の面からみても,Bにおいて,Mに対する監
禁が数日のうちに死ぬ危険の高い行為である旨の認識や認容があったと
認めるには足りず,Bの殺意は認定できない。
エCの殺意
Mの監禁状況について,Cが認識していたと認められる事情は以下の
とおりである。
Cは,Mが物置に閉じ込められているのは目にしており,つっかい棒
は自ら用意して設置した。また,季節が夏場であることは当然に認識し
ていたものと解される。
緊縛については,丸太の窃取に同行し,その際,Eが「丸太やったら
締めれれる,角材やったらゆるむ」と発言するのを聞いて,丸太にMを
縛り付けることは予想したが,予想した態様は,立てた丸太にMの両手
を上下に分けて縛るというものである旨供述している。また,正座はた
ぶんしていると思っていた。
飲食制限に関しては,Cは,Mに食事や水が与えられていたかどうか
は全く分からないが,夏だから喉が渇くのではないかということで,水
は飲ませるかなと思っていた旨供述している。この供述の内容に加え,
Cは,過去に監禁されたJの場合に食事制限があったことを知っている
ことから,Mの場合にも,食事について制限されている可能性があるこ
とは認識していたといえる。
DやEによる暴行については,Cは,見ていない旨供述するが,過去
にJやLらが監禁された際に暴行が加えられたことを,見て知っている
のであるから,同様にDに怒られて監禁されたMの場合も,暴行を加え
られる可能性があることは認識していたものというべきである。
上記のように,Cは,Mが,夏場の物置の中に監禁され,食事を制限
されていることや,丸太を使って緊縛され,正座を強制されたり,暴行
を受けたりしている可能性があることなどを認識していたといえる。
しかし,Cに,実際に行われた緊縛の態様やその強度,口ふさぎの認
識があったとは認めるに足りない。
そして,監禁及び虐待の具体的内容に関するCの認識が上記のもの
にとどまること,特に,実際の緊縛態様や強度などの十分な認識を認
めるに足りないこと,「水くらいはあるやろう」との供述を排斥でき
ず,水分途絶の認識を認めるに足りないことを踏まえれば,Mの監禁
状況に対する認識の面からみて,数日続けば死の危険が高くなるほど
過酷な態様のものである旨の認識までCにあったとはいえない。
Dの怒りの大きさに対するCの認識について
Cは,FからMのわいせつ行為を聞いて,Mをリビングから子供部屋
に連れ出して問いただしたり,Mの頭を平手で叩いたりしており,この
ようなC自身の言動からは,事の重大性に関する一定の認識があったこ
とが窺える。
しかし,Cは,家族会議でDがMを怒る発言を直接聞いてはいない。
Cに,DがP1家からの金の巻き上げを計画していたことについての十
分な認識があったとも認定できない。以上のほか,G1家においては過
去,今回のわいせつ行為を上回るような性的な虐待が繰り返されていた
ことも考慮すれば,「Mの行為はたいしたことではなく,Gが免許合宿
から戻ったらBと一緒にDに取りなしてもらえばすぐ出てくると思って
いた」旨のCの供述を,不合理であるとして直ちに排斥することはでき
ない。
結論
以上のとおり,具体的な監禁状況に関する認識の面からみても,Dの
怒りの大きさに対する認識の面からみても,Cにおいて,Mに対する監
禁が数日のうちに死ぬ危険の高い行為である旨の認識や認容があったと
認めるには足りず,Cの殺意は認定できない。
オ検察官の主張について
検察官は,被告人らが,JやLが監禁された末に亡くなった経験を意識
したはずである旨主張するが,Jに関しては,少なくとも監禁当初は飲食
物を与えるなど,生かして虐待する態様であったし,短期間で死亡したL
に関しても,Mと異なり,元々通院を要する病気を抱えていた上,Bは寒
さによる衰弱が死因であると思った旨,Cは高血圧が死因と聞かされた旨
をそれぞれ述べている。さらに,Kは監禁から生還していること,M自身
もJの死後に複数回物置に入れられてはいるが後に許されていることも考
慮すれば,被告人らにおいて,本件で監禁されること自体が直ちに死の危
険性の高い行為であると認識していたとまでは断定できない。
Mの死に対する被告人らの罪責
ア上記の被告人らの殺意の有無の検討においてみたとおり,被告人らはい
ずれも,DがMを怒っていることやその理由については認識しており,ま
た,夏場の物置の中に監禁され,食事を制限されていることや暴行を受け
ている可能性があることなど,具体的な監禁及び虐待状況についても一定
程度は認識していた。さらに,G1家においてはそれまでにもDの怒りを
買った者が虐待を受けており,その中にはJのように顕著に衰弱させられ
た者もいたし,そこまででなくとも平成15年のE1や平成20年のKの
ように痩せ細り,顔面等にあざを残すなどした者もいたのであるから,被
告人らにはいずれも,Dらが監禁中のMに対して暴行,正座強制,飲食制
限などの虐待を加えることや,これらの虐待行為によって,Mに外傷を負
わせたり,Mを衰弱させたりするなど,傷害を負わせることの可能性につ
いての認識とその認容があったといえる。
イそして,過去の経緯からG1家においてこのような監禁に虐待を伴うこ
とは当然といえるから,上記のとおり,被告人らがMの監禁について共同
正犯として関与したことは,Mの監禁に伴う虐待に対しても重要な役割を
果たしていることになる。さらに,このようなG1家における監禁と虐待
の密接な関係については,被告人らも過去の経験から当然に認識していた
と解されることも考慮すれば,被告人らには,Dらが加えた監禁中のMに
対する暴行その他の虐待行為についても共謀が認められる。
ウ以上によれば,被告人らには,Mに対する暴行その他の虐待行為と,そ
れによってMに傷害を負わせることに対する故意や,Dらとの共謀が認め
られるから,Mが一連の行為によって惹起された高カリウム血症に基づく
心停止又は肺塞栓症に基づく循環不全によって死亡したことについては,
傷害致死罪の共同正犯の罪責を負う。
死体遺棄罪に関するA,Bの関与開始時期
アA弁護人及びB弁護人は,Mの死体遺棄のうち,平成23年7月にeマ
ンションから搬出して倉庫に運び込み,ドラム缶に詰めて放置した行為
(罪となるべき事実第9の1)に関して,A,Bはそれぞれ共同正犯の罪
責を負わない旨主張するので検討する。
イAについて
この点に関するAの供述内容は以下のとおりである。
Dから「要らんシーツないか」と言われて用意した。このときDから
Mが死んだとは聞かされていないが,JやLの時も同様に要らないシー
ツを求められたことから,Dのこの発言によってMが死んだと分かった。
JやLの死体は,いずれもDらによってeマンションから搬出され,
遺棄されており(甲412),当時eマンションで生活していたAにも
当然その認識はあったものと解されるから,それらの時と同じようにD
から要らないシーツを求められ,Mの死を認識したというのであれば,
その時点でAは当然に,Dの死体遺棄の意図をも認識したものというべ
きである。そして,Aは,死体を包むシーツを用意したことによって,
Dと死体遺棄の意思を通じるとともに死体遺棄に重要な関与をしたとい
うことができる。そして,Mは自らも関与した監禁に伴う虐待行為によ
り亡くなったのであるから,その死体を遺棄することについては,自己
の犯罪の発覚を防ぐという点で,Aにも利害がある。したがって,上記
の行為についても,Aには死体遺棄罪の共同正犯が成立する。
A弁護人は,この時点でAはMの死体がどうされるのかは知らなかっ
た旨主張するが,仮に,Aに死体遺棄の場所や方法等に関する具体的認
識がなかったとしても,死体遺棄の故意や共謀などに欠けるところはな
い。
ウBについて
この点に関するBの供述内容は以下のとおりである
Mの死を知ったDはすぐにEに死体を出せと指示した。その指示を聞
いてBは,死体を出して倉庫に持っていくのだと認識した。B自身は死
体の搬出について指示を受けていないが,子供部屋にいた子供らに死体
を見せないようにしようと考え,子供部屋のカーテンを閉めに行った。
その後,ドラム缶に詰めることについての話合いには加わったが,コン
クリート詰めの作業には加わっていない。
Bは,Dの死体遺棄の意図を認識している。DはBに直接指示をして
いないが,それまでにBがLの死体を運ぶのを手伝ったりJの死体を埋
めたりしていたこと,Bがドラム缶詰めの話合いには参加していること
からすれば,DにおいてBを特に共犯から除外する意思があったとも解
されないから,BとDとの間には死体遺棄の意思の疎通が認められる。
そして,死体を子供らの目に触れさせないことは,DらG1家のメンバ
ーにとって,死体遺棄の遂行に必要な要素であったといえるから,カー
テンを閉めに行った行為は重要な関与といえる。そして,Mは自らも関
与した監禁に伴う虐待行為により亡くなったのであるから,その死体を
遺棄することについては,自己の犯罪の発覚を防ぐという点で,Bにも
利害がある。したがって,上記の行為についても,Bには死体遺棄罪の
共同正犯が成立する。
【確定裁判】
被告人Aについて
1事実
平成25年3月25日神戸地方裁判所尼崎支部宣告
窃盗罪により懲役2年
平成25年4月9日上記裁判確定
2証拠
統合捜査報告書(乙107)
【法令の適用】
1被告人B及び被告人Cについて(各共通)
罰条
判示第1の行為刑法60条,199条
判示第2及び第3の行為いずれも刑法60条,246条1項
判示第4の行為刑法60条,225条
判示第6の1の行為のうち
監禁の点刑法60条,220条
殺人の点刑法60条,199条
判示第6の2の行為刑法60条,220条
判示第7の行為刑法60条,220条
判示第8の行為刑法60条,205条
判示第9の行為包括して刑法60条,190条
科刑上一罪の処理刑法54条1項前段,10条(判示第6の1の
監禁及び殺人の各罪は,1個の行為が2個の罪
名に触れる場合であり,判示第6の1の監禁及
び判示第6の2の監禁の各罪も,1個の行為が
2個の罪名に触れる場合であるから,結局以上
を一罪として最も重い判示第6の1の殺人罪の
刑で処断する。)
刑種の選択判示第1及び第6の各罪につき有期懲役刑を
それぞれ選択
併合罪の処理刑法45条前段,47条本文,10条(刑及
び犯情の最も重い判示第1の罪の刑に法定の
加重)
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
2被告人Aについて
罰条
判示第1の行為刑法60条,199条
判示第2及び第3の行為いずれも刑法60条,246条1項
判示第5の行為刑法62条1項,225条
判示第6の1の行為のうち
監禁の点刑法60条,220条
殺人の点刑法60条,199条
判示第6の2の行為刑法60条,220条
判示第7の行為刑法60条,220条
判示第8の行為刑法60条,205条
判示第9の行為包括して刑法60条,190条
科刑上一罪の処理刑法54条1項前段,10条(判示第6の1の
監禁及び殺人の各罪は,1個の行為が2個の罪
名に触れる場合であり,判示第6の1の監禁及
び判示第6の2の監禁の各罪も,1個の行為が
2個の罪名に触れる場合であるから,結局以上
を一罪として最も重い判示第6の1の殺人罪の
刑で処断する。)
刑種の選択判示第1及び第6の各罪につき有期懲役刑を
それぞれ選択
法律上の減軽判示第5の罪につき刑法63条,68条3号
(従犯)
併合罪の処理刑法45条後段,50条(判示各罪につき更
に処断),45条前段,47条本文,10条
(刑及び犯情の最も重い判示第1の罪の刑に法
定の加重))
未決勾留日数の算入刑法21条
訴訟費用の不負担刑事訴訟法181条1項ただし書
【量刑の理由】
1本件の一連の犯行のうち,特に重いのは,保険金目的で被害者1名を殺害した
判示第1の殺人(I事件)と,被害者1名を監禁し,虐待を加えて殺害した判示
第6の1の監禁・殺人(J事件)であり,次に重いのは,被害者1名を逮捕監禁
し,虐待を加えて死亡させた判示第7・第8の逮捕監禁・傷害致死(M事件)で
ある。そこで,まず,これら2件の殺人及び1件の傷害致死並びに付随する逮
捕・監禁について順次被告人の行為責任を検討する。
2I事件において,Dは,被害者に対して自殺するように迫り,被害者が自殺で
きないと分かるや,暴行,正座強制,飲食制限などの虐待を執拗に加えて死ぬこ
とを迫るとともに,家族全員で冷淡な態度をとるなどの方法で心理的に追い込ん
で,死を強制的に承諾させ,その後も,死別の挨拶などにより被害者の逃げ道を
断った上で,崖から飛び降りさせている。被害者を死に追い込む手はずは極めて
執拗かつ周到なものであり,犯行態様は相当悪質である。また,その計画の緻密
さなどからすれば,Dの殺意が強固なものであったことも明らかである。そして,
被害者自身には死ななければならない理由は全くなかったことなどを考慮すると,
死亡保険金を詐取するために被害者を殺すというDらの犯行動機や犯行に至る経
緯に酌量すべき点は皆無である。以上からすれば,I事件におけるDらの行為は
非常に悪質である。
他方で,被告人3名の具体的な関与をみると,死ねないことでDから責められ
ている被害者のことを無視し,被害者が崖から飛び降りる直前に被害者を取り囲
むなどして,被害者の意思を抑圧することに関与してはいるものの,被害者の意
思の抑圧に関して決定的な役割を果たした暴行等の虐待行為への関与は大きくな
い。そうすると,本件犯行の計画を発案し,これを主導したDと比較すれば,被
告人3名の関与の程度は小さく,従属的なものにとどまるというべきである。ま
た,被告人3名とも,DによってG1家に取り込まれ(Cについても,一旦G1
家から抜け出した後,Dに連れ戻され),その後,G1家で生活する中で,絶対
的な存在であるDの意向に逆らうことが不可能ではなかったものの相当困難であ
ったことは否定できないから,そのような状況下においてDの意向に従って本件
に関与したという経緯には,一定の酌量の余地がある。
これらの点を考慮すると,I事件における被告人3名の行為責任は,保険金の
取得を目的とする殺人事件の類型の中で比較すれば,かなり軽いほうの部類に属
するといえる。
3J事件において,Dらは,長期間にわたり,被害者を物置に監禁し,飲食の制
限や暴行といった虐待を加えて衰弱させたあげく,更に虐待を加えて被害者を殺
害しており,その犯行態様は,非常に残虐である上,人を死に追いやる危険性が
高いものである。被害者の苦痛も計り知れず,本件犯行全体の経緯は極めて悪質
である。そして,虐待に耐えかねてG1家から逃げ出した被害者に対し,逃げた
ことに対する制裁として更に虐待を加えるという動機は身勝手なものというほか
ない。
他方で,被告人3名の具体的な関与をみると,物置内の被害者の動静をモニタ
ーで監視するなど,本件犯行に相応の関与はしているものの,被害者を衰弱させ,
死亡させた根本的な原因である飲食制限等の虐待にはほとんど関与しておらず,
犯行への関与は従属的なものにとどまる。このことに加え,I事件と同様,共同
体の中の絶対的な存在であるDの意向に逆らうことが相当困難な状況下において
犯行に関与したという経緯には,一定の酌量の余地がある。
これらの点を考慮すると,J事件における被告人3名の行為責任は,被害者1
名の殺人事件に従属的に関与した者に対する量刑傾向を一つの参考にし,その中
で比較すれば,相当軽いほうの部類に属するものと考える。
4M事件においては,Dらは,夏場の物置に監禁し,丸太や手錠を使って緊縛し
た上,飲食を制限するなどの虐待を加えて被害者を衰弱させた後,さらに虐待を
加えて死亡させており,被害者が監禁されてから3日足らずで死に至っているこ
とも考慮すると,その監禁及び虐待が非常に過酷なものであったことは明らかで
ある。被害者が同居の少女にわいせつな行為をしたという経緯があったとしても,
その制裁として本件犯行を行うことは釣り合いが全くとれておらず,Dらの動機
に酌むべき点はない。
しかし,被告人3名は,被害者の死亡に直結する行為にはほとんど関与してお
らず,その関与は従属的なものにとどまることや,I事件やJ事件と同様,Dの
意向に逆らうことが相当困難な状況下において本件に関与したという経緯には,
一定の酌量の余地があることを考慮すれば,被告人3名の行為責任は,傷害致死
のみの事案の量刑傾向を参考としてみた中で比較すれば,軽いほうの部類に属す
るというべきである。
5以上のような点を踏まえて,まず,殺人2件に関する行為責任の範囲について
検討する。殺人を2件以上犯した場合の量刑分布をみると,無理心中事案や心神
耗弱が認められた事案などを除けば,概ね懲役20年以上に分布している。しか
し,本件では,被告人らの犯行への関与が従属的なものにとどまる上,犯行に関
与するに至った経緯に一定の酌量の余地がある。これに加え,共犯者との刑の均
衡などを考慮すれば,本件の殺人2件のうち1件が保険金目的の殺人であること
を踏まえても,両事件の行為責任の範囲は,懲役20年以上でなければ見合わな
いとはいえず,これを下回るといえる。これに,上記逮捕監禁・傷害致死事件の
行為責任や,被害額5000万円の詐欺(なお,この行為責任の大部分は保険金
目的殺人の行為責任に取り込まれている),虐待を苦にG1家から逃げていた被
害者を,虐待を加える認識のもと無理やりG1家に連れ戻した生命身体加害略取
ないし同幇助,短期間の監禁,死体遺棄といった他に成立する各犯罪(いずれも
従属的な関与にとどまるもの)の行為責任を加味すれば,全ての事件を併せた被
告人3名の行為責任の範囲は,懲役20年を少し上回ると考える。
6その上で,被告人らがそれぞれ被告人らなりの反省の態度を示していることな
どの更生に関する事情を考慮しても,主文の刑は免れないと考えた。
(求刑被告人3名につき懲役30年)
平成27年9月28日
神戸地方裁判所第2刑事部
裁判長裁判官増田耕兒
裁判官森幸督
裁判官内山裕史

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◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

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