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裁判例


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主文
1原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。
2被控訴人の訴えを却下する。
3訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人
主文同旨
2被控訴人
(1)本件控訴を棄却する。
(2)控訴費用は,控訴人の負担とする。
第2事案の概要
本件は,被控訴人が,控訴人に対し,平成12年9月15日付けで控訴人が
被控訴人に対し行った解雇の意思表示は無効であるとして,雇用契約上の権利
を有する地位にあることの確認と,上記解雇の日以降毎月62万4205円の
賃金の支払を求めた事案である。
原審において,控訴人は,裁判権免除の享受を主張して被控訴人の訴えの却
下を求めたが,原判決は上記主張を認めず,被控訴人の地位確認請求と判決確
定日の翌日以降の将来請求分を除く賃金請求を認容し,同将来請求分に係る訴
えを却下した。そこで,控訴人が同敗訴部分を不服として本件控訴を提起した。
第3本案の当事者の主張
1被控訴人の請求原因
(1)控訴人は,昭和20(1945)年,州議会の立法により,その一部局
である港湾局(以下「州港湾局」という。)を設立した。
州港湾局は,東京に日本代表部(設置当時は「極東代表部」)を設置して
事務所を設けていたところ,平成7年6月,州港湾局日本代表部の業務に従
事する職員として,被控訴人を給与(基本給)を月額62万4205円とす
る約定で雇い入れた。
(2)州港湾局は,平成12年9月12日,被控訴人を同月15日付けで解雇
する旨通知した(以下「本件解雇」という。)。
(3)しかし,州港湾局においては,貨物取扱量が年々増加して,利益をもた
らしており,経費削減を要請される状況にはなかったのであるから,控訴人
において被控訴人を整理解雇して人員削減を行う必要性はなかった。また,
控訴人が解雇回避義務を尽くした事実はなく,さらに,控訴人は,被控訴人
に対し,被解雇者の選定について客観的で合理的な基準も示さず,整理解雇
の必要性と時期・規模・方法等について事前の説明や折衝もしないまま,突
然,被控訴人を解雇した。
したがって,本件解雇は無効である。
(4)よって,被控訴人は,控訴人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあ
ることの確認を求めるとともに,解雇の意思表示後の給与として平成12年
9月15日以降毎月62万4205円ずつの支払を求める。
2控訴人
控訴人は,請求原因に対する認否を含め本案の主張をしない。
ただし,本案前の主張をするに際し,控訴人に州港湾局部門が存在し極東代
表部を設置して事務所を設けていたこと,被控訴人は同事務所で雇用され控訴
人の正式公務員であったこと,被控訴人との雇用契約は終了していること,被
控訴人との雇用契約は期間の定めがなく,ジョージア州法によれば,控訴人に
おいて制約なく裁量に基づき自由に終了させることができること,仮に日本の
労働基準法が適用されるとしても州港湾局の米国における事情を考慮すべきこ
とを,それぞれ主張している。
第4本案前の当事者の主張
1控訴人に対する裁判管轄権
(控訴人)
(1)民事裁判権の免除
ア控訴人のようなアメリカ合衆国という連邦を構成する州は,国家として
の諸権限を保有する行動の政治作用を有している「国家(State)」
であり,一般の国家と同様の裁判権免除を享有する。
イ制限免除主義を採用するにせよ,国家である以上,外国の裁判権には服
さないということが大原則であるから,紛争の対象となった事案を主権免
除の例外とすることが国際慣習法として確立している場合か,各国裁判所
が国家間の礼譲と条理との調和の観点から主権免除の例外の新たな範疇と
しての国際慣習法の確立を国際社会に働きかける強い意図を有している場
合のみ,主権免除の例外が認められるべきである。
最高裁判所平成18年7月21日判決(民集60巻6号2524頁。以
下「最高裁平成18年7月21日判決」という。)は,問題となる外国国
家の行為について,第一段階で,主権的行為とそれ以外の私法的ないし業
務管理的な行為を振り分け,第二段階で,「我が国による民事裁判権の行
使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情」の解釈
適用により日本国裁判所の裁判権が行使されうるか否かを振り分けている。
この判例は,上記二段階の審査で,日本国の外国国家に対する裁判権の行
使を,現時点で確立していると思われる国際慣習法での外国国家への裁判
権の行使と一致させようとしているものと解される。
ウ制限免除主義は,国家が私人と同様の立場で「商業的活動」を行う場合
にまで当該国家が主権免除の利益を享受することは認められるべきではな
いとの考えに立脚するものの,いかなるものを「商業的活動」に含ませる
かについて確立した国際慣習法は認められない。
一般論として雇用契約を巡る紛争については,一定限度で主権免除の例
外とされることが妥当であるとしても,「商業的活動」とは別個に「雇用
契約」という概念を定立した上で,雇用契約上の地位に関する紛争につい
ては,主権免除を享有しうる類型の紛争とする考えが国際慣習法としてほ
ぼ確立している。例えば,1976年米国主権免除法1605条(5)
(A),1978年英国主権免除法13条(2)(a),1985年オー
ストラリア主権免除法29条(2),国連国際法委員会が国連総会に提出
した1991年主権免除条約草案11条(2)(b),平成16年12月
2日に国際連合第59回総会において採択された「国家及び国家財産の裁
判権免除に関する国際連合条約」(以下「国連裁判権免除条約」とい
う。)11条2(c)などでは,外国国家は,労働者が復職や雇用を法廷
地国家の裁判所が命令することを求める訴訟において主権免除を主張する
ことができることが明確にされている。特に,国連裁判権免除条約は,そ
の前文において,同条約が,現行の国際慣習法の具現化及び敷えんである
ことを締結当事国が確認し,同条約に規制されない部分には主権免除が適
用されることを確認しているところである。
なお,労働法の文脈における「復職」(reinstatement)
の命令は,英国労働法114条(丙9)に示されるとおり,不当解雇がな
されたときに解雇されていないものと同様に取り扱うべき命令をいうもの
である。すなわち,不当解雇(unfairdismissal)の救
済策の一つが「復職命令」(orderofreinstateme
nt)であり,労働者が不当解雇であると考える場合において労働者たる
地位の確認及び雇用終了日以降に支払われるべき賃金を求めてなす不服申
立ては,「復職」(reinstatement)を求める不服申立てに
ほかならない。
エ本件に即してみても,控訴人の主張する裁判権免除を認めることが合理
的であることは,以下に述べるとおりである。
(ア)復職を強制するか否かの実体審理を日本国の裁判所が外国国家であ
る控訴人について行おうとすると,復職を認めないための「正当事由」
の判断が主要な審理対象となる。この場合,正当事由があったか否かに
ついて控訴人が争おうとするとその財政内容を明らかにする必要がある
が,そうすると,日本国の裁判所に国家の財政自主権を侵害される危険
性が生ずることになる。もとより,日本国が裁判権を主張して,控訴人
に裁判所への出頭を求めたとしても,控訴人は,対等たるべき日本国に
財政自主権の内容を審理されるいわれなどないわけであるから,本件に
おいて,控訴人が裁判権に服すべきとすることに正当性は存在しない。
(イ)また,雇用関係についての紛争について個人である被控訴人と外国
国家である控訴人との紛争を解決するには,その救済方法として金銭的
解決を認めれば充分である。それ以外に復職を救済策として認めること
は,法廷地国の日本国が控訴人を同国の社会政策,労働政策に服せしめ
ることを意味し,これは,対等たるべき国家である控訴人を明らかに日
本国の支配下に置くこととなり,救済策としては逸脱したものである。
本件において,被控訴人個人の福祉のために控訴人がその事務所を維持
し,日本国政府の社会政策,労働政策に服属させられることは,やはり
異常であるし,実際上も,控訴人が,日本国政府のかかる社会政策,労
働政策に従うはずもない。
オ制限免除主義は,一見して明白に被控訴人の請求を維持することが不可
能な事件についてまで,国家間の礼節を犠牲にして,裁判権の行使を認め
るものではない。
本件においては,被控訴人は,国民から納税された税金の使途について
追求されるべき経済合理性を犠牲にしてまで,ただ1名の直接雇用の労働
者を有するにすぎない連絡事務所を維持させることを控訴人に強制させる
よう求めている。また,州港湾局は,日本代表部を閉鎖し,業務を外部委
託しているのであって,現在,事業も事務所も日本には存在していないか
ら,被控訴人は労働基準法による保護を受ける権利を失っている。したが
って,本件においては,被控訴人の請求を維持することが不可能である。
(2)適正手続
外国国家に対する裁判権行使についての手続法なくして裁判権を行使するこ
とは,手続及び結果に対して予測可能性が著しく低く,適正手続を欠如させ
ており,日本国憲法31条に違反するというべきである。
仮に,日本国の裁判所が同国民事訴訟法を適用しつつ外国国家に対し裁判
権を行使するとしても,「復職」等,外国国家に対する裁判権行使を認める
国際慣習法の存在しない分野,あるいは,裁判権を行使できるか否かの限界
事例にある分野について上訴の利益が確保されていない状態で同国民事訴訟
法を直接に適用して下級審段階で実体審理に服せしめることを強制すること
は,適正手続の保障に違反し,憲法31条に違反する。
(被控訴人)
(1)民事裁判権の免除
ア主権免除を享有する外国国家といえども,国家の活動が拡大し,私人の
領域とされた経済活動の分野に国家が進出した現代社会においては,主権
免除は国家の主権的行為にのみ限定されるべきであって,かかる立場に基
づく制限免除主義は,既に国際慣習法として成立している。
これまで,制限免除主義を標榜したものとしては,ヨーロッパ国家免除
条約7条,1976年米国主権免除法1605条,1978年英国国家免
除法3条(1),1979年シンガポール国家免除法,1981年パキス
タン国家免除政令,1985年オーストラリア主権免除法,国連主権免除
条約などがある。また,日本でも,最高裁判所平成14年4月12日判決
(民集56巻4号729頁)が制限免除主義の採用を示唆し,また,最高
裁平成18年7月21日判決が制限免除主義を採用する旨明らかにしてい
る。
最高裁平成18年7月21日判決は,「外国国家はその私法的ないし業
務管理的な行為については」「我が国の民事裁判権から免除されない」と,
いわゆる制限免除主義をとることを明確にするにあたり,「我が国による
民事裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段
の事情がない限り」との限定文言を付した。同判例は,主権免除を認めた
東京高裁判決を破棄して事件を差し戻したものであり,この「特段の事
情」の内容については,これ以上の判示をしていない。しかし,この「特
段の事情」は,存在しうるとしても,極めて限定的に解されるべきもので
ある。そもそも,「絶対免除の国際法を適用しないにも拘わらず業務管理
行為について免除の可能性を認めるのは,比較法的には珍しい」ものであ
って,「業務管理行為であるから国際法は禁止していない裁判管轄権の行
使」であるにもかかわらず,それが「当該外国国家の主権を侵害するおそ
れがある」というのは,国際法の観点からは疑問が残るのである。
制限免除主義を適用する際,国家行為をどのように区別するかは問題で
あるが,行為の性質が国家しかなし得ない性質のものか私人が行いうる性
質のものかで区別する「行為性質基準説」が相当である。そして,雇用契
約に関する事項は,私人も行いうるものであるし,本件は控訴人の通商活
動に伴う雇用契約関係の終了を巡る紛争であるから,控訴人による被控訴
人の雇用及び解雇が国家の私法的行為であることは明らかである。
イ控訴人は,雇用契約に関する紛争のうち,「復職」に関するものを裁判
権免除を主張できる場合の例外としない国際慣習法が存在すると主張する
が,かかる国際慣習法は,いかなる意味においても成立していない。
国連裁判権免除条約は,平成16年12月2日に採択されたが,日本は
批准していない。同条約は,国際慣習法そのものではない。
本件訴訟物は,雇用契約上の地位にあることの確認と解雇の日以降の給
与の支払請求である。控訴人は,本件訴訟物が英国法や国連裁判権免除条
約11条2(c)の「復職」(reinstatement)に相当する
と主張するが,(少なくとも主権免除論の文脈において)誤りである。つ
まり,本件のような雇用契約がもともと主権行為でなく業務管理行為であ
ることは明らかであることに加え,日本法において,雇用契約上の地位が
確認された場合においても,それを直接的に履行強制する手段は存在せず,
いかなる意味でも主権を害することはない。このことは,同(c)が「復
職」(reinstatement)と,「解雇」(dismissa
l)とを書き分けていることからも,極めて明確である。すなわち,同
(c)の次の項である同条約11条2(d)は,「訴訟の主題が個人の解
雇又は雇用の終了であって,雇用主である国家の元首,政府の長又は外務
大臣が決定するところにより,そのような訴訟が当該の国の安全保障上の
利益に干渉するものである場合」と,解雇については国の安全保障に関す
る場合のみ主権免除と規定しているのである。
ウ控訴人は,①本件訴訟の実体審理においては外国国家である控訴人がそ
の財政内容を明らかにする必要があり,そうすると,法廷地国家である日
本国の裁判所が控訴人の財政自主権を侵害するおそれが生ずるとか,②復
職を救済策として認めることは外国国家である控訴人を法廷地国家である
日本国の社会政策,労働政策に服せしめることを意味する旨主張するが,
失当である。本件解雇をめぐる紛争に関する審理が控訴人の財政自主権を
侵害するおそれはないし,一定範囲で法廷地国家に従うことがあるからこ
そ制限免除主義が存在しうるのである。
エしたがって,本件において,控訴人は主権免除を享受できない。
(2)適正手続
控訴人は,日本においては,制限免除主義に立脚した裁判権を行使するこ
とを可能ならしめる法整備がされていないとか,裁判権の行使に対する独立
した上訴手続がないなどと主張するが,外国国家が訴訟当事者となった場合
の特別法が存在しないからといって,日本の裁判管轄権が当然に及ばないと
はいえないし,本案前の主張についても上級審で争う機会は与えられている。
したがって,日本の裁判所が,控訴人の同意なくして裁判権を行使しても,
適正手続違反であるなどということはできない。
(3)したがって,控訴人は,本件について,法廷地国である日本の裁判管轄
権に服する。
2本件訴状の送達の効力
(控訴人)
控訴人が主権免除原則に基づき日本の裁判所の裁判管轄権から免除される
か否かについて争われる場合,いかなる手続準拠法に基づくべきかという点
について規律する確立した国際慣習法はなく,法の欠缺である。
手続法欠缺の状態において,ジョージア州法によって運営される一国家で
ある控訴人が,自らの意思に反して,他の国家の司法手続に拘束される理由
はないから,控訴人は,ジョージア州法に則った手続が履践された場合にの
みその手続に服し,ジョージア州法の手続に従っていない場合には,それが,
仮に控訴人以外の国家による裁判手続であったとしても,これを無視せざる
を得ない。
この点,本件訴状の送達は,控訴人における不法行為損害賠償法に定める
要件を満たしていないから,控訴人に対していかなる効力をも有しない。
したがって,被控訴人の訴えは却下されるべきである。
(被控訴人)
国際私法においては,手続は法廷地法によるというのが基本原則であるか
ら,法廷地法である日本の民事訴訟法に従った送達がされれば十分であり,
本件でもそのような送達がされている。
したがって,控訴人に対する送達は,適法かつ有効である。
第5当裁判所の判断
1控訴人の本案前(民事裁判権の免除)の主張について
(1)控訴人はアメリカ合衆国の連邦構成州の一つであり,連邦政府と類似し
た三権分立の制度や州憲法を有し,連邦政府からの脱退権などの権限も有し
ているなど(争いがない。),その独立性や権能において国家と比肩しうる
地位を有していることからすれば,外国国家の裁判権免除の享有主体たりう
るものである。
(2)外国国家に対する民事裁判権免除に関しては,国家の活動範囲の拡大等
に伴い,国家の行為を主権的行為とそれ以外の私法的ないし業務管理的な行
為とに区分し,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為についてまで法廷
地国の民事裁判権を免除するのは相当でないという考え方(いわゆる制限免
除主義)が徐々に広がり,現在では多くの国において,この考え方に基づい
て,外国国家に対する民事裁判権免除の範囲が制限されるようになってきて
いる。このことに加えて,平成16年12月2日に国際連合第59回総会に
おいて採択された国連裁判権免除条約も,制限免除主義を採用しているとい
う事情を考慮すると,今日においては,外国国家は主権的行為について法廷
地国の民事裁判権に服することを免除される旨の国際慣習法の存在について
は,これを引き続き肯認することができるものの(最高裁平成14年4月1
2日判決・民集56巻4号729頁参照),外国国家は私法的ないし業務管
理的な行為についても法廷地国の民事裁判権から免除される旨の国際慣習法
はもはや存在しないものというべきである。
そして,外国国家に対する民事裁判権の免除は,国家がそれぞれ独立した
主権を有し互いに平等であることから,相互に主権を尊重するために認めら
れたものであるところ,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為について
は,我が国が民事裁判権を行使したとしても,通常,当該外国国家の主権を
侵害するおそれはないものと解されるから,外国国家に対する民事裁判権の
免除を認めるべき合理的な理由はないといわなければならず,外国国家の主
権を侵害するおそれのない場合にまで外国国家に対する民事裁判権免除を認
めることは,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為の相手方となった私
人に対して,合理的な理由のないまま,司法的救済を一方的に否定するとい
う不公平な結果を招くこととなるから,外国国家は,その私法的ないし業務
管理的な行為については,我が国による民事裁判権の行使が当該外国国家の
主権を侵害するおそれがあるなど特段の事情がない限り,我が国の民事裁判
権から免除されないと解するのが相当である。なお,外国国家の行為が私法
的ないし業務管理的な行為であるか否かにかかわらず,外国国家は,条約等
により我が国の民事裁判権に服することに同意した場合や,我が国の裁判所
に訴えを提起するなどして,特定の事件について自ら我が国の民事裁判権に
服する意思を表明した場合はわが国の民事裁判権から免除されないことはい
うまでもない(最高裁平成18年7月21日判決参照)。
上記の制限免除主義を採用する場合,外国国家の行為が主権的行為である
か私法的ないし業務管理的な行為であるかを区別し,また,私法的ないし業
務管理的行為であっても,外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど裁判
権免除を認めるべき特段の事情があるか否かを判断するについては,当該外
国国家の行為が国家のみがなし得る性質のものか,私人によってもなし得る
性質のものであるかという当該の行為の性質を基準とし,また,この基準に
従えば一般に私法的ないし業務管理的な行為に属すると判断される場合には,
さらに,当該紛争の主題が,国際慣習ないし国際的な条理に照らし,他国の
裁判所における訴訟判断によって主権的機能を不当に干渉されないという当
該外国国家の利益の保護を優先すべき事情があるか否かを考慮して判断する
ほかないものと考えられる。
そこで,上記の観点から,本件について控訴人に我が国の民事裁判権が及
ぶか否かを検討する。
(3)証拠〔甲ア1ないし13,17,23,26,甲イ14,乙1(枝番が
ある場合は枝番を含む。),原審でのP1,同被控訴人本人。この書証番号
は,原審平成13年(ワ)第1230号事件のものである。以下同じ。〕及
び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
ア控訴人は,昭和20年(1945年),州議会の立法により,その一部
局である港湾局を設立した。その設立の目的は,控訴人所有の施設の運営,
控訴人,アメリカ合衆国又はその他の姉妹州の内外取引を育成・促進する
目的であり,州港湾局は,かねてから,東京に極東代表部(平成12年7
月1日から名称を「日本代表部」とした。)を設置して事務所をもうけて
いた。
イ控訴人は,平成7年6月,被控訴人を,給与(基本給)月額62万42
05円で,州港湾局極東代表部の期間の定めのない現地職員として雇用し
た。なお,その採用手続は,当時の極東代表部の代表者であったP2によ
り,すべて日本において口頭で行われ,控訴人と被控訴人との間で雇用契
約書が作成されたことも,控訴人から被控訴人に任用通知書などの書面が
交付されたこともなかった。以後,極東代表部のスタッフは,代表者とし
てのP2と職員の被控訴人の2名であった。
ウ被控訴人の仕事は,国内外の船舶会社,海運・港湾・流通関係業者,各
種企業等に対して控訴人の港湾施設を宣伝し,その利用の促進を図ること
が主たる業務であり,被控訴人の労務供給地は日本国内に限定されていた。
なお,州港湾局極東代表部は,日本の厚生年金,健康保険,雇用保険及び
労災保険の適用事業所であり,被控訴人もその社会保険料を負担していた。
エ控訴人は,平成11年(1999年)12月17日,被控訴人に書面で
次のことを通告した。
(ア)現下の緊縮財政上の理由から,現在の州港湾局極東代表部を平成1
2年(2000年)6月30日に閉鎖する。
(イ)このことは,通常,被控訴人の正職員としての雇用が同日をもって
終了することを意味するが,それでは被控訴人にかかわる企業年金との
関係で数か月短すぎると考えられるので,希望するのであれば同年9月
15日まで正職員として在籍することを許す。
(ウ)その後は,被控訴人が契約職員として勤務を継続することを申し入
れる。
これに対して,被控訴人は,あくまで正職員としての雇用継続を申し入
れたが,この申出は拒絶された。
オ控訴人は,平成12年6月30日付けで極東代表部を閉鎖し,同年7月
1日,P1との間で,年13万ドルの報酬で通商代表業務委託契約を締結
した。その頃,P2は顧問として働いていたが,その身分は1年間の契約
期間の契約職員となっており,当時,極東代表部で勤務していた者のうち
正職員として身分を有していたのは被控訴人1人のみであった。
カ控訴人は,平成12年9月1日,P1を通じて,被控訴人に対し,正職
員としての身分終了時期を同月末日とする旨記載した同年8月25日付け
書面を交付した。
控訴人は,平成12年9月12日,P1を通じて,被控訴人に対し,被
控訴人を同月15日付けで解雇(本件解雇)し,被控訴人が州港湾局日本
代表部事務所へ立ち入ることを禁止する旨記載した書面を交付した。
キその後,被控訴人は,本件解雇が解雇権の濫用で無効であるとして,雇
用契約上の権利を有する地位にあることの確認と,解雇の日以降毎月62
万4205円ずつの給与相当の金員の支払を求めて本訴を提起した。
(4)上記(3)の認定事実によれば,控訴人と被控訴人間の雇用関係は,被
控訴人が控訴人の付与した特定の資格を有する者の中から,控訴人の定めた
特定の手続を経た上で任命されているなどの事実は認められず,労働条件や
雇用形態はもとより,採用や雇用の終了の点でも私人間における雇用契約と
特段異なる点があるとは認められない。また,州港湾局の目的が,控訴人所
有の施設の運営,控訴人,アメリカ合衆国又はその他の姉妹州の内外取引を
育成・促進する点にあり,控訴人が被控訴人を雇用した目的も日本における
商業活動を拡大する点にあると解されることからすれば,控訴人に雇用され
た被控訴人の職務内容も控訴人の商業活動に関連する業務であって,控訴人
の主権的行為に関連する職務ではないと認められる。そうであれば,控訴人
と被控訴人の間の本件雇用契約関係の性質は,双方が同契約に基づき互いの
債務を履行する面では,私法的・業務管理的行為に区分されるというべきで
ある。
しかしながら,相互に雇用契約を履行する過程が私法的・業務的管理行為
に属する場合でも,特定の人物と雇用契約を締結し,期間を定めた雇用契約
の期間を更新するか否かのみならず,これを解雇した場合にその復職を認め
るか否かについては,国家の外国における産業振興の事業政策,財政政策,
人事政策等の主権的機能とかかわりを持つから,この点に関して民事裁判権
の免除の主張が許されるか否かは,国際慣習ないし国際的な条理に照らして,
他国の裁判所における訴訟判断によって主権的機能を不当に干渉されないと
いう外国国家の利益の保護が優先されるべき問題であるか否かによって判断
しなければならないものと解される。そして,本件もその例外とはいえない。
(5)ア平成16年12月2日に国際連合第59回総会において採択された国
連裁判権免除条約では,次のような規定がある(丙24)。
「【第一部序】
第2条1.
(b)「国家」とは,次のものをいう。
(ⅰ)国家及びその政府の各種の機関
(ⅱ)国家の主権的権限の行使としての行為を行う権限を有し,
その資格で行為を行っている連邦国家の支邦又は国家の地方政

・・以下略・・
(c)「商業取引」とは,次のものをいう。
(ⅰ)物品の販売又は役務の提供のためのあらゆる商業上の契約
又は取引
(ⅱ)貸付又は金融的性質を有する他の取引のためのあらゆる契
約(当該貸付又は取引に関する保証又は賠償の義務を含む。)
(ⅲ)商業的,工業的,貿易的又は専門的性質を有する他のあら
ゆる契約又は取引。但し,雇用契約は含まない。
【第二部一般原則】
第5条国家は,国家自身及びその国家財産に関し,この条約の規定
に従って,他国の裁判所の裁判権からの免除を享受する。
【第三部国家免除を援用できない訴訟】
第10条(商業取引)・・・略
第11条(雇用契約)1.関係国の間で別段の合意のない限り,国
家は外国の領域においてその全部又は一部が遂行され又は遂行され
るべき労働のための当該国家と個人との間の雇用契約に関する訴訟
に管轄権を有する当該外国の裁判所において,裁判権からの免除を
援用することはできない。
2.1は次の場合には適用しない。
(a)被用者が統治権限の行使における特定の任務を行うために採
用された場合
(b)・・・略
(c)訴訟の主題が個人の採用,雇用の更新又は復職についてであ
る場合
(d)訴訟の主題が個人の解雇又は雇用の終了についてであり,か
つ,雇用する国家の国家元首,政府の長又は外務大臣が決定する
ところに従い,当該訴訟が当該国家の安全保障の利害に関係する
ものである場合
(e)・・・略
(f)・・・略
第12条(人身被害及び財産被害)・・・略
・・・以下略・・・・」
イ丙8,9,12ないし16によれば,欧米諸国において,「復職」(r
einstatement)の概念は,例えば,英国労働法114条(丙
9)に示されるとおり,不当解雇がなされたときに解雇されていないもの
と同様に取り扱われるべきものとして元に復帰することを意味し,解雇が
なかったとすれば支払われていたであろう賃金の受給,あるいは回復され
なければならない権利や権限(年功序列,昇進の利益,年金計画等を含
む。)の回復を含むものであることが認められる。しかし,解雇の通告が
され,それが不当解雇(unfairdismissal)であるとさ
れる場合に,救済策として上記のような意味の「復職」(reinsta
tement)が裁判所により命じられるかどうかは国によって異なり,
英国のように「復職」を命じ得るとする国と,不当解雇に対する救済は金
銭賠償に止まるとされている国など様々であることが一般に知られている。
国連裁判権免除条約が起草されるにあたっては,不当解雇に対する救済
に関して,国連加盟各国により様々な違いがあることを前提に議論がされ
たものと考えられるが,丙5や弁論の全趣旨によれば,国連国際法委員会
による国連裁判権免除条約の草案作成の過程では,個人と外国国家との雇
用契約から生ずる訴訟については一般的には裁判権免除の対象とならない
が,被用者の「採用,雇用の更新,復職」が訴訟の主題となる場合は,国
家の主権的機能にかかわる裁量権行使が問題とされる場面であり,未払賃
金や解雇を理由とする損害賠償等個人の権利が問題となる場合とは性質が
異なり,裁判権免除の対象となるとの立場がほぼ一貫して採用されてきた
ことが認められ,これによれば,「復職」については,国家の主権的機能
にかかわるものとして,それが主題となる訴訟において裁判権の免除を認
めるということが国際慣習としてほぼ定着しているか,少なくとも国連加
盟各国の間で共通の認識となっているものと解するのが相当である。
ウ我が国の労働法関係の解釈によれば,不当解雇に対する救済として労働
者には就労請求権がないとされ,裁判所は,雇用契約上の権利を有する地
位にあることの確認及びその地位があることを前提に解雇後の賃金の支払
を命じうるに止まるとする解釈が定着しているが,このような救済も,雇
用主たる外国国家の主権的機能に不当な干渉をされない利益という観点か
らは,英国法の規定するような復職命令と同様に扱われるべきであり,被
控訴人が求める本訴請求は,上記国連裁判権免除条約11条2(c)の
「復職」(reinstatement)の範疇に属するものと解するほ
かない。
この点に関し,被控訴人は,雇用契約上の権利を有する地位にあること
の確認と解雇後の賃金の支払を命ずる救済は,英国の労働法における「復
職」命令とは性質を異にするものであり,国連裁判権免除条約11条2
(c)にいう「復職」には当たらないと主張するが,上記に説示したとこ
ろに照らし採用することができない。
なお,丙5や甲イ15(特に添付2の後ろから8枚目「Annext
otheconvention」)によると,国連裁判権免除条約11
条2(d)の「訴訟の主題が個人の解雇又は雇用の終了についてで,かつ,
雇用する国家の国家元首・・が決定するところに従い,当該訴訟が当該国
家の安全保障の利害に関係するものである場合」が加えられた理由は,訴
訟の主題が解雇又は雇用の終了(未払給与の請求や解雇を理由とする損害
賠償請求等)の場合のうち国の安全や外交使節や領事職の安全が問題とさ
れるケースについても裁判権免除を認めるために条約に取り入れられたも
ので,同条2(c)と矛盾するものではない。
(6)加えて,本件解雇は,州港湾局の日本代表部事務所の閉鎖に伴う解雇で
あるところ,このような解雇について,それが無効であり,被控訴人がなお
控訴人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあるか否かの審理を我が国の
裁判所が行おうとすると,本件解雇についての「正当事由」の有無が主要な
審理対象となり,正当事由があったか否かについては,控訴人の上記事務所
を閉鎖する必要性,ひいては控訴人が採用する外国における産業振興等の事
業政策,その財政状況等を明らかにしなければならないが,この点は,外国
国家の主権的機能にかかわることであり,本件解雇に関する紛争を解決する
について,上記のような実体審理を行い,不当解雇と認定した場合に,その
救済として,被控訴人が控訴人に対し雇用契約上の権利を有する地位にある
ことを確認し,解雇後の賃金の支払を命ずることは,まさに我が国の裁判所
が控訴人に雇用継続を命じて,その主権的機能にかかわる裁量権に介入する
ことにほかならず,外国国家の主権を侵害するおそれがあるといわなければ
ならない。
(7)控訴人が,条約等により我が国の本件のような民事裁判権に服すること
に同意しているとは認められず,また,本件について自ら我が国の民事裁判
権に服する意思を本件雇用契約その他で表明したなどの事情を認めるに足り
る証拠はないところ,上記説示のとおり,「復職」を主題とする訴訟につい
て外国国家は裁判権の免除を享受できるとする国連裁判権免除条約が存在し,
ここに示された原則は国際慣習ないし少なくとも国連加盟各国の共通の認識
を示すものと認めるべきこと,被控訴人が解雇されるに至った経緯からして,
本件解雇の正当性をめぐる審理においては控訴人の外国における事業政策,
財政事情等が争点として審理の対象とならざるを得なくなると考えられるこ
と等に照らすと,被控訴人が控訴人に対し雇用契約上の権利を有する地位に
あるか否かを訴訟の主題としている本訴においては,我が国の裁判所におけ
る訴訟判断によって主権的機能を不当に干渉されないという控訴人の利益の
保護が優先されるべきであると解されるから,控訴人は,本訴において,裁
判権の免除を主張しうると解するのが相当である。
第6結論
以上によれば,控訴人の本案前(民事裁判権免除)の主張は理由があり,被
控訴人の訴えはすべて不適法であるから,これを却下するのが相当である。よ
って,これと異なる原判決中,控訴人敗訴部分を取り消し,被控訴人の訴えを
却下することとし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第19民事部
裁判長裁判官青柳馨
裁判官豊田建夫
裁判官長久保守夫

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