弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は、本判決書末尾添附弁護人坪野米男作成の控訴趣意書記載のと
おりである。
 よつて案るずに、公職選挙法第百三十八条第一項にいわゆる戸別訪問となるに
は、選挙に関し投票を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつてすることを要
するから、直接被訪問者の投票を依頼する意思をもつてした場合はもちろん、名を
推薦依頼等に借りて被訪問者の投票を依頼する目的を有する場合及び真実推薦依頼
等をなす意思を有すると同時に被訪問者の投票依頼の目的をも併せ有するときは、
同様に同条項違反となるが<要旨>たとえ、選挙に関し戸別訪問をしても、その目的
が被訪問者の投票を得若しくは得しめ又は得しめないためでないとき、すな
わち被訪問者の投票に関係がないときは、右条項にいわゆる戸別訪問に該当しない
と解するべきである。そして候補者の推薦を依頼する行為は、もとより投票の依頼
と別個の行為であるから、訪問の目的が被訪間者に対し、特定候補者のための推薦
通常葉書に加筆又は加名を依頼するに過ぎないときは、結局の目的においてその候
補者に投票を得しめるためであつても、それは他の選挙人に対する関係であつて、
被訪問者から投票を得しめるためであるとは言えないから、本条にいわゆる戸別訪
問には該当しないのである。(大審院昭和七年一〇月二〇日判決参照)
 原判決が認定した事実は、被告人は昭和二十九年四月十六日施行された京都府知
事選挙に際し、候補者Aに投票を得しめる目的をもつて、同年四月四日頃、選挙人
なる京都市a区b町c番地B方、同市同区d町e番地C方各居宅をそれぞれ訪れ、
以て戸別訪問したものである、というのであつて、原判決は、その証拠として、原
審公判廷における被告人の供述並びに原審証人B、同Cの各供述、押収にかかるA
候補者の推薦通常葉書三通の存在を掲げ、その末尾に判決理由の説明として、被告
人が、前記B、C両名方を訪れたのは、A候補の推薦葉書に宛名を書いてもらう目
的であつたことを肯定しながら、「この行為に直接明らかに投票を依頼したものと
は謂えないが、かかる周旋行為はいうまでもなく同候補者を当選させるにつき間接
に必要かつ有利な行為であつて、かかる依頼を受けたものは該候補者を投票するで
あろうことは人情の自然であり、殊にC証人の証言によると、被告人が同人方を訪
れた際被告人はCに対しA候補の人物政策がよいからぜひ協力してほしい意味のこ
とを言い従つて同人は暗に投票の意味をもあると思うた旨当時の実感を卒直に供述
しているところからして、仮に右両名において固よりA候補に投票する底意があつ
たとしても、なお被告人はこの人情の機微を捉えて同候補者に投票を得しめる目的
をもつて旁同人宅を訪問したと認めることは社会通念上決して失当な見解ではない
と考え、戸別訪問罪として処断したわけである」と説示している。右判決の判示事
実では、被告人がB方及びC方を訪問した目的について、「候補者Aに投票を得し
める目的」と記載し、具体的に判示していないけれども、その説示と対照すれば、
被訪問者に対してA候補の推薦葉書に宛名を書いてもらうことを依頼する目的のほ
かに、同候補者に投票を依頼する目的をもかねて訪問したものと認定し、戸別訪問
罪に該当すると判断したものと思われる。
 記録を調査すると右認定に添う証拠としては、原審第二回公判期日における証人
Cの供述中、検察官の「被告人が証人宅へその様な事を申入れて来たのは、明示の
意思こそ明かでないが証人に対しA候補への投票を依頼する意味があつたのではな
いか」という問に対し、同証人が「投票して下さいと言う事は言われませんでした
が、そう言う意味もあると思います」と答えた記載があるだけであつて、被告人や
証人Bの供述は、右の認定と相反するものである。しかも、C証人の供述でも、右
の摘記部分の後には、「私の投票意思は決定していたのだから、そしてそういう意
思が被告人に於て推定されていた様なれば、自分に対し投票依頼の気持もなかつた
のではないかと思います。主たる目標はハガキに在つたと考えます」という供述記
載があるところからみて、前記の被告人の訪問目的に関するC証人の供述ははなは
だあいまいであつて、これだけを証拠として被告人の訪問目的を投票依頼にあると
認定するのは妥当でない。ほかに被告人が名を推薦依頼等に借りて実は被訪問者の
投票を依頼する目的であつたこと、又はかような目的を併せ有したことの証拠もな
い。むしろ、原審公判廷における被告人並びに証人B、同Cの各供述、押収にかか
るA候補の推薦通常葉書三通及び被告人の司法警察員並びに検察官に対する各供述
調書の記載を綜合すれば、被告人は、原判示の京都府知事選挙候補者Aの選挙運動
者であつたところ、同候補者の選挙運動者であるDから同候補者の推薦通常葉書四
十枚を渡され、四月四日原判示のB方において同人に三枚、同C方において同人に
八枚を各交付して「貴方の知人で有力者を葉書の宛名欄に書き推薦者Dのゴム印の
横に貴方の名を書いて七日までに持つて来てくれ」と依頼し、その他の葉書は、そ
の頃、同僚工員四名に対し同様の趣旨を依頼して合計十二枚を交付し、民生委員関
係者及びE関係者に対しては、被告人が直接記入して発送したこと、被告人は、F
党左派党員で、当時a民生委員であり、Bは、F党の支持者で、G大学在学当時か
らf地区の児童補導をしていた関係から被告人と懇意であつて、従来選挙運動の経
験があり、Cは、革新政党の同調者で、被告人と同様民主的生活改善を意図するH
協議会の役員であつて、かねて被告人と懇意であり、いずれもA候補の支援者であ
つて、初めから同候補者に投票する意思であり、被告人においては、その事情を認
識していたから、同人等に対しては特に同候補者への投票を依頼する意思を有しな
かつたものであることを認め得られる。然らば、被告人は、選挙に関し戸別訪問を
したことは違いないが、その目的が推薦通常葉書に宛名を記入して署名を附加して
もらうことを依頼するだけであつて、被訪問者たるBやCから投票を得しめる目的
であつたものということができないから、被告人の行為は、前記の法条にいわゆる
戸別訪問に該当しないものと解しなければならない。原判決が同候補者に投票を得
しめる目的をもつてB、C方居宅を戸別訪問したものと認定し、これに公職選挙法
第百三十八条第一項、第二百三十九条第三号を適用処断したのは、事実を誤認した
ものであつて、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由あ
り、原判決は破棄を免れない。
 よつて、刑事訴訟法第三百九十七条、第三百八十二条に従い原判決を破棄し、同
法第四百条但し書によつて更に判決をする。
 本件公訴事実は、被告人は、昭和二十九年四月十六日施行の京都府知事選挙に際
し候補者Aに投票を得しめる目的をもつて、同年四月四日頃、選挙人である京都市
a区b町c番地、B、同区d町e番地、C方居宅をそれぞれ訪問したものである、
というのであるが、犯罪の証明がないから、刑事訴訟法第四百四条、第三百三十六
条により無罪の言渡をする。
 (裁判長判事 松本圭三 判事 山崎薫 判事 西尾貢一)

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