弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人山下潔、同浜田次雄、同松浦正弘の上告理由四について
 一 原審の確定した事実関係の概要等は、次のとおりである。
 1 D自動車株式会社は、その定款上、発行する株式の総数は一〇万株、額面株
式の一株の金額は五〇〇円とされ、株式の譲渡については取締役会の承認を要する
ものとされているところ、昭和六一年八月当時、同社の株式は八万株が発行済みで、
上告人A1を除く上告人ら及び被上告人らは、右当時、いずれもD自動車の株主で
あり、被上告人B1等及び同B2は、同社の代表取締役で、その余の被上告人らは、
同社の取締役であった。なお、上告人A1は、かつて同社の株式一万三〇八二株を
有していたところ、その株式は、昭和五三年、E株式会社が競売によりこれを取得
した。もっとも、その後も、D自動車の株主名簿には、上告人A1が株主として記
載されていた。
 2 上告人A1とD自動車との間には、遅くとも昭和六〇年ころには、同上告人
が同社に対する関係において株主としての地位を有するか否かにつき争いが発生し、
同上告人は、同年、同社を被告として、右の地位を有することの確認等を求めて訴
訟(以下「前訴」という。)を提起した。前訴については、昭和六一年一月三一日
に、同上告人の右地位の確認請求を棄却する第一審判決が言い渡され、同年五月三
〇日には、右判決に対する同上告人の控訴を棄却する判決が言い渡された。同上告
人は、右判決に対して上告した。
 3 D自動車の取締役会は、その後、額面株式二万株を、株式会社Fに対し、当
時の評価額である一株当たり約三九〇〇円に比して特に有利な発行価額である一株
当たり一〇〇〇円をもって発行することを決議した。その後の昭和六一年八月一六
日に開催された株主総会(以下「本件株主総会」という。)において、右新株発行
は、これに反対する株主の議決権数二万〇五七一に対し、これに賛成する株主の議
決権数四万五六三二の多数をもって決議された。ただし、上告人A1に対しては、
本件株主総会の招集の通知は行われず、同上告人は、本件株主総会に出席しなかっ
た。
 4 上告人A2は、右新株発行の差止めを求めて仮処分の申立てをしたが、これ
については、昭和六一年八月一八日、申立てを却下する決定がされた。
 5 D自動車は、昭和六一年八月二〇日、本件株主総会における前記決議に基づ
き、新株を発行した(以下「本件新株発行」という。)。
 6 上告人A1がD自動車に対して提起していた同上告人の株主としての地位の
確認等を求める前訴について、当裁判所は、昭和六三年三月一五日、原判決を破棄
し、同上告人がD自動車の株式一万三〇八二株を有する株主であることを確認する
等の判決(最高裁昭和六一年(オ)第九六五号同六三年三月一五日第三小法廷判決・
裁判集民事一五三号五五三頁)を言い渡した。
 7 なお、本件株主総会の決議については、その取消しの訴えは提起されていな
い。また、上告人A2は、本件新株発行につき、D自動車を被告として、無効の訴
えを提起したが、右については、請求を棄却する判決が確定している。
 二 本件は、D自動車の株主としての地位を有する上告人らが、本件新株発行が
された当時同社の取締役であった被上告人らに対し、本件新株発行は上告人A1に
対する本件株主総会の招集の通知を欠いたままされたなどとして、商法二六六条ノ
三第一項又は民法七〇九条に基づき、本件新株発行によって生じた損害の賠償を求
めるものである。
  原審は、本件新株発行がされた当時、上告人A1がD自動車に対する関係で株
主としての地位を有することの確認を求める前訴につき請求を棄却すべきものとす
る控訴審判決が言い渡されており、被上告人らは、右判決の確定を待っていたので
は業務の迅速性、機動性が妨げられてD自動車に不測の損害を生ずることを憂慮し
て、本件新株発行を行ったのであって、上告人A2が申し立てた本件新株発行の差
止めを求める仮処分申請が却下されていたことなども考慮すると、上告人A1に対
する本件株主総会の招集の通知を欠いたままその決議に基づき本件新株発行がされ
たことについて、被上告人らに悪意又は重大な過失による職務上の義務違反があっ
たとはいえないなどとして、上告人らの請求を棄却した。
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
 上告人A1が前訴の口頭弁論の終結時である本件株主総会開催の直前ころにD自
動車に対する関係で株主としての地位を有していたことは、前訴の判決によって確
定しており、本件においてはその後本件株主総会が開催されたころまでに同上告人
の右地位に変更が生じたことはうかがわれないところ、定款上株式の譲渡について
は取締役会の承認を要する旨の制限の付されている会社において株式の譲渡等がさ
れた場合には、会社に対する関係でその効力の生じない限り、従前の株主が会社に
対する関係ではなお株主としての地位を有し、会社はこの者を株主として取り扱う
義務を負うのであるから(最高裁昭和四七年(オ)第九一号同四八年六月一五日第
二小法廷判決・民集二七巻六号七〇〇頁、最高裁昭和六一年(オ)第九六五号同六
三年三月一五日第三小法廷判決・裁判集民事一五三号五五三頁参照)、D自動車の
取締役である被上告人らは、上告人A1を株主として取り扱い、本件株主総会の招
集の通知を行う職務上の義務を負っていたものというべきである。そして、株主総
会開催に当たり株主に招集の通知を行うことが必要とされるのは、会社の最高の意
思決定機関である株主総会における公正な意思形成を保障するとの目的に出るもの
であるから、同上告人に対する右通知の欠如は、すべての株主に対する関係におい
て取締役である被上告人らの職務上の義務違反を構成するものというべきである(
最高裁昭和四一年(オ)第六六四号同四二年九月二八日第一小法廷判決・民集二一
巻七号一九七〇頁参照)。
 本件株主総会の招集に先立って、前訴において上告人A1の株主としての地位の
確認請求を棄却すべきものとする控訴審判決が言い渡されていたが、右判決は、そ
の確定を待って、初めて実体法上の権利義務関係についての効力を生ずるのであっ
て、確定に至るまでは、会社の負う前記義務に消長を来すことはない。また、仮に
当時本件新株発行を早期に行う必要性が存在したとしても、株主に対する株主総会
の招集の通知が会社の意思決定に関して有する意義が前記のとおりであることに照
らし、取締役における事務処理上の便宜のいかんによって、右通知を行う義務が免
除されることはあり得ない。してみると、これらの事情は、被上告人らに職務上の
義務違反がありこれにつき悪意又は重大な過失もあったとすることを妨げるもので
はないというべきである。なお、上告人A2が申し立てた本件新株発行差止めの仮
処分事件の帰すうが、右判断を左右するものでないことは、いうまでもない。また、
本件においては、本件株主総会における決議の取消しの訴えは提起されておらず、
上告人A2が提起した本件新株発行の無効の訴えについては請求を棄却する判決が
確定しているが、これらの事情によって、被上告人らの前記義務違反の違法性ない
し責任の存在が否定されるものでないことは、当裁判所の判例の趣旨に照らし、明
らかである(最高裁昭和三三年(オ)第一〇九七号同三七年一月一九日第二小法廷
判決・民集一六巻一号七六頁、最高裁昭和三九年(オ)第一〇六二号同四〇年一〇
月八日第二小法廷判決・民集一九巻七号一七四五頁参照)。
  なお、本件において、仮に上告人A1に対して本件株主総会の招集の通知が行
われ、同上告人がその議決権を行使していたならば、本件新株発行に賛成する株主
の議決権数は、商法二八〇条ノ二第二項、三四三条所定の多数に及ばなかったこと
が予想され、決議の結果に影響が生ずる可能性があったものというべきである。
 四 そうすると、上告人A1の前訴における株主としての地位の確認請求につき
請求を棄却すべきものとする控訴審判決が言い渡されていたことなどをもって、本
件新株発行に関し同上告人に対する本件株主総会の招集の通知を欠いたことについ
て、被上告人らに悪意又は重大な過失による職務上の義務違反があったとは認めら
れないとした原審の前記判断は、法令の解釈適用を誤ったものといわざるを得ず、
この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は
理由があり、その余の論旨について検討するまでもなく、原判決は破棄を免れない。
そして、本件については、損害に関する当事者の主張を明確にさせるなど、更に審
理を尽くさせる必要があるから、原審に差し戻すこととする。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信
            裁判官    山   口       繁

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