弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1本件控訴を棄却する。
2差戻前の控訴審,上告審及び差戻後の当審における訴訟費用は,参加に
よって生じた費用を含め,控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人が中労委平成7年(不再)第47号事件につき平成13年12月1
3日付けでした命令のうち,原判決別紙記載主文第1項及び第2項を取り消す。
3訴訟の総費用のうち,補助参加によって生じた費用は被控訴人補助参加人の
負担とし,その余は被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1被控訴人は,被控訴人補助参加人(以下,単に「補助参加人」という。)の
申立てに基づき,控訴人の新幹線鉄道事業本部東京運転所(以下「東京運転
所」という。)の科長であるa(以下「a科長」という。)が,補助参加人の
組合員であるb,c及びdに対して組合脱退勧奨等の不当労働行為を行ったと
して,控訴人に対し,原判決別紙記載主文第1項及び第2項のとおりの救済命
令(以下「本件命令」という。)を発した。
本件は,控訴人が本件命令には事実誤認及び労働組合法の解釈適用を誤った
違法があると主張して,その取消しを求めた事案である。
原審は,平成3年8月19日にb及び同月22日にcに対してa科長が控訴
人の意を体して補助参加人からの脱退を勧奨しており,そのことは補助参加人
の組合運営に介入する不当労働行為であると認められるとし,同日にdに対し
て脱退勧奨行為が行われたとは認められないとしたが,本件命令は,同日のc
に対するものとdに対するものとを区別することなく命じているので,cに対
する不当労働行為が認められる以上,本件命令を取り消す必要はないと判断し
て,控訴人の請求を棄却した。
控訴人がこれを不服として控訴したところ,差戻前の控訴審は,a科長がb
及びcに対して別紙「a科長の発言」記載の発言(以下,これらをまとめて
「本件各発言」といい,このうち,bに対するものを「bに対する本件発言」,
cに対するものを「cに対する本件発言」という。)をしたことは認められる
ものの,それが控訴人の意向を受けてしたものとは認定できず,また,dに対
する脱退勧奨行為は認められないとし,本件命令は全体として失当であるとし
て,原判決を取り消し,本件命令を取り消した。
被控訴人がこれを不服として上告受理の申立てをしたところ,上告審は,労
働組合法2条1号所定の使用者の利益を代表する者(以下「利益代表者」とい
う。)に近接する職制上の地位にある者が使用者の意を体して労働組合に対す
る支配介入を行った場合には,使用者との間で具体的な意思の連絡がなくとも,
当該支配介入をもって使用者の不当労働行為と評価することができるものであ
るとした上,差戻前の控訴審が確定した事実関係によれば,a科長は使用者の
利益代表者に近接する職制上の地位にあったものということができ,東海旅客
鉄道労働組合(以下「東海労組」という。)から脱退した者らが補助参加人を
結成し,両者が対立する状況において,控訴人は労使協調路線を維持しようと
する東海労組に対して好意的であったところ,a科長によるb及びcに対する
働き掛けがされた時期は上記の組合分裂が起きた直後であり,上記働き掛けが
東海労組の組合活動として行われた側面を有することは否定できないとしても,
本件各発言には,bに対する本件発言中の「会社が当たることにとやかく言わ
ないでくれ。」,「会社による誘導をのんでくれ。」,「もしそういうことだ
ったら,あなたは本当に職場にいられなくなるよ。」,cに対する本件発言中
の「科長,助役はみんなそうですので,よい返事を待っています。」など,控
訴人の意向に沿って上司としての立場からされた発言と見ざるを得ないものが
含まれているとし,以上のような事情の下においては,本件各発言は,東海労
組の組合員としての発言であるとか,相手方との個人的な関係からの発言であ
ることが明らかであるなどの特段の事情のない限り,控訴人の意を体してされ
たものと認めるのが相当であり,そのように認められるのであれば,本件各発
言は,控訴人の不当労働行為と評価することができるものであるとして,差戻
前の控訴審判決を破棄し,上記特段の事情の存否について審理を尽くさせるた
め,本件を当審に差し戻した。
2当事者間に争いのない事実等は,差戻前の控訴審判決の「事実及び理由」第
2の3に記載のとおりであるから,これを引用する。
本件の争点は,次の4点である。
(1)a科長は労働組合法2条1号所定の使用者の利益代表者に近接する職制
上の地位にある者に該当するか否か
(2)a科長が本件各発言をした事実の有無
(3)本件各発言について,東海労組の組合員としての発言であるとか,相手
方との個人的な関係からの発言であることが明らかであるなどの特段の事情
があるか否か
(4)控訴人に対しポスト・ノーティスを命ずることの適否
被控訴人及び補助参加人は,上記(1)及び(2)については,本件上告審
判決はいずれもこれを積極に判断しているので,当審の争点とはならないと主
張する。すなわち,本件上告審判決は,上記判断を前提とした上で,a科長の
本件各発言について,東海労組の組合員としての発言であるとか,相手方との
個人的な関係からの発言であることが明らかであるなどの特段の事情があるか
否かを審理させるために,本件を当審に差し戻したのであるから,当審におい
ては,上記の特段の事情の有無に限定した審理が行われるべきであると主張す
る。
3当事者の当審における主張の要旨
(1)争点(1)a科長は労働組合法2条1号所定の使用者の利益代表者に
近接する職制上の地位にある者に該当するか否かについて
(控訴人)
a科長は,本件当時,指導科長であったが,科長は助役の1人にすぎず,
職制上他の助役より上位に位置づけられているものではなく,指導科の業務
として,主に,運転操縦に関する指導,運転保安設備の取扱指導,事故原因
究明と対策策定及びその指導に関する業務を担当していたにすぎず,これら
の業務を超えて人事に関する業務を行う権限はなく,東京運転所長への報告
は,日常の業務指導を通じて把握した情報を自らの意見を付さずに報告する
ことに限られる。
したがって,a科長は,労働組合法2条1号所定の使用者の利益代表者に
近接する職制上の地位にある者には該当しない。
(被控訴人及び補助参加人)
東京運転所の助役は,所長を補佐する現場管理者として,会社上層部の経
営・管理方針を現場において実践する立場にあり,正式の権限を持たないと
はいえ,現場組織の管理における実際上の重要な役割を有する。また,科長
は,助役の1人として自らその業務に携わりつつ,各科に所属する助役の中
の責任者として,他の助役の業務をとりまとめ,必要に応じて他の助役に指
示を与える業務を行っており,個々の従業員の能力,適性及び日常の勤務状
況について所長へ報告するなどして実質的に従業員の転勤,昇進等の所要の
人事手続に関し影響力を有していたものである。
したがって,a科長は,労働組合法2条1号所定の使用者の利益代表者に
近接する職制上の地位にあった。
(2)争点(2)a科長が本件各発言をした事実の有無について
(控訴人)
アa科長は本件各発言をしていない。控訴人は,これを労働委員会の審理
の当初から一貫して主張しており,a科長の陳述書(甲29。以下「a陳
述書」という。)の記載からして,同人が本件各発言をしていないことは
明らかである。同陳述書は,当審に至って作成され提出されたものである
が,a科長が,それまで陳述書を作成しなかったのは,その所属する東海
労組が他の労働組合の事件には関知しないという方針を採っていたからで
ある。また,その内容は,具体的かつ鮮明な記憶に基づくもので当時の資
料も添付し,平成3年秋に控訴人の新幹線鉄道事業本部管理部人事課長で
あったeがa科長から聴取した内容に沿うものであり,信憑性がある。
イbに対する本件発言がなかったこと
本件命令は,bに対する本件発言を認定するに当たり,誤った事実を前
提としている。まず,a科長とbとは,a陳述書に記載されているように
「月に一度程度飲みに行って,お互いにざっくばらんに仕事の話や世間話
などをする間柄」,「飲み代を交互に支払いあうような間柄」,「分裂の
動きが活発になって双方の関係が極度に緊張しても,個人的な時間での飲
食時でもお互いの立場を尊重するようにして,率直な話をしあえる間柄」
であったのであるから,まさに個人的に極めて親しい間柄にあったことは
明白なのである。また,bに対する本件発言があったとされる平成3年8
月19日の飲み会(以下「本件8・19飲み会」という。)は,a科長が
f及びbを誘って飲みに行ったものではなく,fから誘われたものであり,
その支払もfが行っている。
本件上告審判決は,本件各発言が控訴人の意を体して行われたものであ
るとの判断の前提として,「控訴人は労使協調路線を維持しようとする東
海労組に対して好意的であった」との判断を示しているが,この判断の根
拠は不明である。なお,控訴人は,平成2年8月,「争議権(ストライキ
権)論議について」と題する書面(乙1)を作成し,東海労組と控訴人の
非現業の主要な幹部に示したが,これは,控訴人が,使用者としての意見
表明をしたもの,又は先に東海労組との間でした第2次共同宣言の当事者
として他方の当事者である東海労組に対して意見表明をしたものであって,
内容的に特に非難されるものではないし,a科長の発言とは全く関係のな
いものである。
また,f及びbは,本件8・19飲み会の時点では補助参加人の一組合
員にすぎなかったのであるから,同人らに脱退勧奨を行っても影響力はな
く,そのことを熟知しているa科長がbに対する本件発言をすることはあ
り得ない。
他方,bに対する本件発言があったとするbの供述には,陳述書,報告
書及び労働委員会における供述を通じて変遷があり,信用できない。
ウcに対する本件発言がなかったこと
cに対する本件発言のうち,本件上告審判決が問題視したのは,「科長,
助役はみんなそうですので,よい返事を待っています。」との発言のみで
あるが,実際には指導科の助役1名を含め東京運転所の助役の約3分の1
程度が補助参加人に加入しており,a科長が上記のように明らかに客観的
事実に反する発言をすることはあり得ない。
仮に,a科長が,管理者の立場を利用して脱退を慫慂したとすると,現
に吊し上げを受けたように職場での立場が危うくなることは明らかである
から,そのような発言をするはずがない。a科長は,cに対し,その勤務
終了後に自宅に電話しているように,立場上,誤解を受けることがないよ
う組合に関する言動には細心の注意を払っていた。
他方,cが作成したとされる文書(乙7)には,その内容について「確
実なキ憶ではないかもしれ」ないと記載されており,これによってcに対
する本件発言を認定するのは,極めて不安定な事実認定といわざるを得な
い。
(被控訴人及び補助参加人)
ア控訴人は,当審に至ってa陳述書を提出し,同人が陳述書を作成しなか
ったことにつき,その所属する東海労組が「他の労働組合の事件には関知
しない」という方針を採っていたことによるものと主張するが,東海労組
の組合員であっても,その言動等が不当労働行為に該当するとされた事件
に直接関わった一個人として,本件の事実関係を明らかにすることをも妨
げるものとは到底考えられないし,およそ15年以上も前の出来事につい
て,通常正確に記憶しているとは考えられず,むしろ同陳述書のように具
体的かつ鮮明に記憶していることの方が不自然であり,同陳述書は信憑性
に欠ける。
イbに対する本件発言があったこと
この点は,差戻前の控訴審判決において認定されているとおりである。
控訴人は,a科長とbが個人的に極めて親しい間柄にあったと主張する
が,そのような事実はなく,それまで上司と部下又は組合員として立ち話
をしていた程度の間柄である。また,本件8・19飲み会は,a科長が誘
ったものであり,その支払をfがしている点は,a科長の発言に警戒感を
持ち買収されることを避けるために自ら支払をした上,後日に備えて領収
書を取得したものと見るのが合理的である。
bに対する本件発言に先立ち,①控訴人が,東海労組との間で,安定し
た労使関係の下で協力体制を築いていくべきことなどをうたった共同宣言
を締結したこと,②東海労組内でストライキ権をめぐるJR総連の運動方
針を支持する中央執行委員長g(以下「g委員長」という。)を中心とし
たグループ(以下「g派」という。)とこれに反対するグループとの対立
が激しくなり,結局g派の組合員が東海労組を脱退して補助参加人を結成
するに至ったこと,③控訴人は,平成2年8月,スト権論議を深めようと
する東海労組内のg派の動向を暗に批判する内容であった「争議権(スト
ライキ権)論議について」を作成し,非現業の管理者に交付したことなど
の事実からすると,本件上告審判決が指摘するとおり,東海労組から脱退
した者らが補助参加人を結成し,両者が対立する状況において,控訴人が,
労使協調路線を維持しようとする東海労組に対して好意的であったことを
容易に認定することができる。
b及びfは,本件8・19飲み会の時点では補助参加人の役員に選任さ
れていなかったが,東海労組に所属していたころから,それぞれ東京運転
所分会の書記長及び副委員長として組合員に相当の影響力を有しており,
a科長もそのことを熟知していた。
ウcに対する本件発言があったこと
この点も,差戻前の控訴審判決において認定されているとおりである。
当時東京運転所においては,科長の全員及び助役の3分の2程度が東海
労組にとどまっていたのであるから,a科長が「科長,助役はみんなそう
です」との発言をすることは十分に考えられる。
(3)争点(3)本件各発言について,東海労組の組合員としての発言であ
るとか,相手方との個人的な関係からの発言であることが明らかであるなど
の特段の事情があるか否かについて
(控訴人)
ア本件各発言は,a科長が東海労組の組合員獲得活動の一環として行った
ものである。このことは,a科長が作成者の1人になっている平成3年7
月31日付け「東京の運転・車両所を明るい職場にしよう!そしてJR東
海労組を守ろう!」(丙6)及び同年8月6日付け「東京の運転・車両所
を明るい職場にしよう!労使協調路線の現組合を守ろう!」(丙7)の内
容をみれば明らかである。すなわち,当時,東海労組では約1200名の
脱退と補助参加人の結成という事態を受け,補助参加人に加入した者らに
対して,東海労組への復帰を呼びかける運動を行っており,特に,a科長
がcに電話した平成3年8月22日の2日前である同月20日には集会が
開かれ,その中でa科長は東海労組のh副委員長,新幹線地本のi書記長
等から檄を飛ばされていた。そのためにa科長はcに電話したのであって,
管理職としての立場で控訴人の利益を実現するために電話したものではな
い。
なお,控訴人が平成2年8月に作成した「争議権(ストライキ権)論議
について」と題する書面(乙1)については,上記(2)イのとおり,内
容的に特に非難されるものではないし,a科長の発言とは全く関係のない
ものである。
イbに対する本件発言は,a科長が東海労組の組合員としてbとの個人的
な関係からしたものである。すなわち,a科長とbは,上記のとおり,月
に1回程度の割合で,費用を交互に負担し合う形で分担し,定期的に飲み
会を持ち,お互いざっくばらんに仕事の話や世間話などをする関係にあり,
平成3年7月26日の飲み会及び本件8・19飲み会では,後に一方が他
方から不利益に利用されるなどというようなことを心配することなく,会
社の仕事のことや世間話,組合のことなどの会話が忌憚なく交わされたの
であり,本件命令が認定したa科長の発言内容も,一連の発言を全体とし
てみると,東海労組の組合員としてのものであり,部分的に上司としての
立場に変わってされたものとみるべきではない。また,本件8・19飲み
会は,fが勘定全額を支払っているようにfからの誘いによるものである
から,a科長のbに対する本件発言は計画的又は意図的なものではない。
ウcに対する本件発言は,cの勤務時間終了後で自らの昼休み中にcの自
宅に電話をしてされたものであり,客観的に公私の立場を区別し,私的な
時間を利用して自宅にいるcに対してされたものでるから,東海労組の組
合員としての立場からの電話であることは明らかである。内容的にも,当
時,急速に若い世代が増加する状況の中で,cのように国鉄入社でも最も
若い世代に属する社員に是非とも東海労組で力を発揮してもらいたいと考
えて,東海労組に戻って力を貸して欲しい,一緒に頑張ろうという話をし
たもので,会社の経営,人事に関する発言とみることはできない。
(被控訴人及び補助参加人)
ア本件各発言は,その内容,当時の状況及びa科長の地位からして,いず
れも人事上の措置に関連付けて上司としての立場からされた発言と見ざる
を得ない。
なお,控訴人が平成2年8月に作成した「争議権(ストライキ権)論議
について」と題する書面(乙1)は,東海労組内のg派の動向を暗に批判
するものであり,現場の管理者がこれに影響を受けることは当然であり,
本件各発言もこれと無関係ではない。
イbはa科長と個人的に親密な関係にはなく,本件8・19飲み会は,a
科長がf及びbを誘って行ったものであり,そこでのbに対する本件発言
は,その内容からしてもbとの個人的な関係からされたものではない。
ウcに対する本件発言は,cの勤務時間終了後にcの自宅に電話をしてさ
れたものであり,a科長が東海労組の組合員としての地位を有していたこ
とは否定できないが,発言の内容及びa科長の地位からすると,上司とし
ての立場からされたものであり,上司としての威圧感を与えながら,上司
としての立場からされた発言とみざるを得ないものが含まれている以上,
たとえ勤務時間外にcの自宅に電話をして発言していたとしても,職場の
上司としての立場で発言したことは明らかである。
(4)争点(4)控訴人に対しポスト・ノーティスを命ずることの適否につ
いて
(控訴人)
労働委員会が適法にポスト・ノーティスを命じ得るためには,それが憲法
によって保障されている使用者の「沈黙の自由」を侵害せず,かつポスト・
ノーティスを命ずることが労働委員会に与えられた裁量権の範囲内(換言す
れば,ポスト・ノーティスを命じなければならない合理的必要性があるこ
と)になければならないが,本件命令は,これらを裏付けるに足りる具体的
事実を何ら認定することもなく,本件ポスト・ノーティス命令を発したので
あるから,この点において違法といわざるを得ない。
その上,本件においては,ポスト・ノーティス命令の必要性を否定すべき
特段の事情が存在する。すなわち,控訴人自身の何らかの行為が不当労働行
為と認定された場合はポスト・ノーティス命令に何らかの必要性を認める余
地があるかもしれないが,本件命令は控訴人自身の行為を不当労働行為と認
定したものではないから,控訴人に何らかの反省を求める余地もなく,した
がってポスト・ノーティスに何らかの必要性ないしメリットを認める余地は
全くないというべきである。
また,ポスト・ノーティスにより誓約文の掲示が命じられた場合には,こ
れを契機として控訴人と補助参加人間に当該事項についての不作為を目的と
する私法上の契約が成立することとなり,控訴人がこれに違反した場合には,
私法上の債務不履行責任(履行強制と損害賠償)を負わなければならないこ
ととなる。しかしながら,私有財産制がとられ,私的自治が認められている
我が法制の下において,行政機関たる労働委員会が救済命令の発出という公
権力の行使によって,私人間における私法上の契約の締結に介入することが
許されないことは,自明の理に属するところであるから,本件命令は,この
ように私的自治に対する介入に当たる点においても違法である。
(被控訴人及び補助参加人)
本件ポスト・ノーティス命令は,その内容からして「沈黙の自由」を侵害
するものではない。また,本件ポスト・ノーティス命令の内容は,控訴人の
行為が不当労働行為と認定されたことを関係者に周知徹底させ,同種行為の
再発を抑制しようとするものであって,これが労働委員会の有する裁量権の
範囲を逸脱するものでないことは明らかである。控訴人のこの点に関するそ
の余の主張は,いずれも独自の見解である。
第3当裁判所の判断
1本件事実関係
当事者間に争いがない事実等に加えて,証拠(乙2,7,8,10ないし1
5,丙4)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)控訴人は,昭和62年4月1日,日本国有鉄道改革法に基づき,日本国
有鉄道が経営していた旅客鉄道事業のうち,主として東海地方における事業
を引き継いで設立された会社である。控訴人は,東京都に新幹線の運行業務
を統括する新幹線鉄道事業本部を置き,東京運転所はその現業機関として東
京駅と新大阪駅間の新幹線の運転業務等を分掌していた。
東京運転所の平成3年9月1日当時の人員は,現場長である所長1名のほ
か,助役21名,事務員10名,乗務員432名の合計464名であった。
東京運転所の助役は,所長を補佐する現場管理者とされ,総務科,営業科,
運転科及び指導科のいずれかに属し,各科の助役の中の1名が科長に指定さ
れていた。科長は,助役の1人として自らその業務に携わりつつ,各科に所
属する助役の中の責任者として,他の助役の業務をとりまとめ,必要に応じ
て他の助役に指示を与える業務を行っていた。
東京運転所所属の従業員の人事は,所長と新幹線鉄道事業本部運輸営業部
が作成した案に基づき,同事業本部管理部人事課が適宜これに変更を加える
という形で行われており,所長には個々の従業員の能力,適性及び日常の勤
務状況を把握することが求められていた。
東京運転所においては,所長のみが労働組合の組合員資格を有しないもの
とされていた。
(2)控訴人は,その従業員で組織する東海労組との間で,平成2年6月8日,
安定した労使関係の下で協力体制を築いていくべきことなどをうたった「国
鉄改革の完遂に向けて」と題する共同宣言を締結した。
一方,東海労組が当時加盟していたJR総連は,同月開催された定期大会
において,ストライキ権の確立とストライキ指令権のJR総連への委譲につ
いて加盟の各労働組合内における討議を深めるよう問題を提起した。これを
受けて,東海労組においても討議が重ねられたが,東海労組内では,次第に,
ストライキ権をめぐるJR総連の運動方針を支持するg委員長を中心とした
g派とこれに反対するグループとの対立が激しくなり,結局,平成3年8月
11日,g派の組合員約1200名が東海労組を脱退して補助参加人を結成
するに至った。そのような状況の中で,「東京地区の運転・車両所を愛する
有志一同」という名義により東海労組の組合員に対し新しい組合に加入せず
に東海労組にとどまることを呼び掛ける文書が,同年7月31日付け及び同
年8月6日付けで作成され,組合員宅に送付された。当時東海労組の組合員
であり,東京運転所の指導科長であったa科長は,上記有志一同の代表者の
1人となっていた。東海労組の組合員数は,同年9月ころにおいて約1万4
600名であり,補助参加人の組合員数を大きく上回っていた。しかし,東
京運転所においては,g委員長が同運転所の分会出身であったこともあって
g派の組合員が多く,補助参加人に加入した組合員が283名いたのに対し,
東海労組にとどまった組合員は約100名であった。以上のように,東海労
組から脱退した者らが補助参加人を結成し,両者が対立する状況において,
控訴人は,労使協調路線を維持しようとする東海労組に対して好意的であっ
た。
(3)平成3年8月19日ころの東京運転所における東海労組から補助参加人
への加入状況はいまだ流動的であり,態度を明らかにしていない者もいた。
a科長は,同日,東京運転所に勤務していた補助参加人の組合員であるb及
びfを誘い,同日午後6時過ぎころから午後8時ころまでの間,α駅近くの
居酒屋において,ビールを飲みながら話をした。その際,a科長は,bに対
し,東京運転所内の東海労組と補助参加人の組合員数について「東京運転所
はg委員長の出身職場なので,十分組織のことは分かるが,何とかフィフテ
ィー・フィフティーにならないものか。協力してくれないか。」などと述べ,
また,東京運転所に所属する補助参加人の組合員に対する控訴人の働き掛け
について「会社が当たることにとやかく言わないでくれ。」,「会社による
誘導をのんでくれ。」などと述べた。そして,bがこれを拒否したところ,
a科長は,bに対し,「やばいよ。」,「もしそういうことだったら,あな
たは本当に職場にいられなくなるよ。」などと述べた(これらのa科長のb
に対する本件発言の有無については,後記3において,更に認定説示す
る。)。なお,a科長とbは高校の先輩後輩の関係であり,時々一緒に酒を
飲みに行く仲であった。
(4)東京運転所に勤務していた補助参加人の組合員であるcは,平成3年8
月22日,乗務明けで待機室において休んでいたところ,a科長から昼過ぎ
に電話をする旨告げられた。a科長は,同日午後1時ころ,cの自宅に電話
をかけ,そのような電話をかけることが越権行為であることは十分承知の上
であるとしながら,労使協調で控訴人もよくなってきているのでそれをだめ
にするようなことは残念であるなどとして,「これからは若くて優秀な人に
職場で頑張ってほしい。」,「情や雰囲気に流されないでよく考えてほし
い。」,「残ったとしても決して1人ではありません。皆が付いていま
す。」,「25日までに返事が欲しい。」,「科長,助役はみんなそうです
ので,よい返事を待っています。」などと述べた(これらのa科長のcに対
する本件発言の有無については,後記3において,更に認定説示する。)。
2争点(1)a科長は労働組合法2条1号所定の使用者の利益代表者に近接
する職制上の地位にある者に該当するか否かについて
東京運転所において人事上の権限を有する者が所長のみであることについて
は,当事者間に争いがないところ,控訴人は,a科長は,助役の1人として自
らの業務を担当し,これを通じて把握した情報を自らの意見を付さずに所長に
報告していたにすぎないから,使用者の利益代表者に近接する職制上の地位に
ある者に該当しないと主張する。
しかし,控訴人の就業規則48条,別表第1の3は,所長は所業務全般の管
理及び運営を行い,助役は所長の補佐又は代理を行うと定め,指揮命令系統に
おいても,助役は,所長の指揮命令を受け,他の社員に対して指揮命令をする
こととされている(甲8)。他方,前記争いのない事実等のとおり,所長は,
人事に関する案を作成するに当たって,個々の社員の能力,適性,日常の勤務
状況の把握を行うことが求められていたが,東京運転所には所長以外に463
名の社員がいたことからすると,所長が自ら個々の社員の能力等を把握するこ
とは著しく困難であり,所長が人事に関する案を作成するには,助役の補佐を
得て個々の社員に関する情報を収集し,かつ,必要に応じてその助言を得るこ
とが必要不可欠であったと認められるし,科長は,助役の1人として自らの業
務に携わるにとどまらず,自らの科に所属する他の助役の業務を取りまとめ,
必要に応じて,他の助役に指示を与える業務を行っていたことからすると,科
長は,他の助役以上に親しく所長を補佐すべき地位にあったと認めることがで
きる。
以上によると,a科長は,東京運転所の科長として,労働組合法2条1号所
定の控訴人の利益代表者である東京運転所長に近接する職制上の地位にある者
に該当すると認めることができる。
3争点(2)a科長が本件各発言をした事実の有無について
(1)a陳述書の信用性について
控訴人は,当審において平成19年1月31日付けa陳述書(甲29)を
提出し,これに基づいてa科長が本件各発言をした事実はないと主張する。
しかし,同陳述書は,上記のとおり,本件各発言があったとされる平成3
年8月から15年以上も経過し,しかも,その間,本件各発言の有無につい
て判断した初審命令,本件命令,第1審判決,差戻前の控訴審判決及び上告
審判決が出されてから作成されたものであり,これらのことからすると,そ
の信用性には疑問がある。加えて,a科長は,平成3年9月及び平成5年2
月の2度にわたって控訴人の新幹線鉄道事業本部管理部人事課長eの事情聴
取を受けたところ,これに対し,平成3年8月19日及び同月22日に本件
各発言はしていないといい,自己の発言についてデッチ上げみたいな話が多
いというのみで,その際具体的にどのような発言をしたかについては供述を
拒み,陳述書等の書面の作成にも応じておらず(乙16ないし19),また,
愛知県地方労働委員会及び被控訴人からそれぞれ証人として出頭するよう求
められたにもかかわらず,これを拒否していること(乙20及び弁論の全趣
旨)が認められる。そうすると,a陳述書については,e人事課長に対する
上記供述等と対比してその信用性があるということもできないし,上記のよ
うに証人としての供述を拒否してきた経緯からしても,同陳述書が事実に基
づくものか否かには大いに疑問があるといわざるを得ない。
この点について,控訴人は,a科長が当審に至るまで陳述書を作成しなか
ったのは,その所属する東海労組が他の労働組合の事件には関知しないとい
う方針を採っていたからであると主張する。
しかし,本件では,控訴人の従業員であるa科長の発言が控訴人の不当労
働行為と評価すべきであると主張され,その発言の有無が重要な争点となっ
ているのであり,このように従業員の行為について使用者の責任が問われて
いる場合,事実関係を明らかにするため,使用者は当該従業員に事情を聴取
すべきであるし,当該従業員もまたこれに協力すべきである。特に,本件に
おいては,a科長は,現場職制として,上記のとおり,控訴人の利益代表者
である東京運転所長に近接する職制上の地位にあったのであるから,控訴人
としても,平成3年9月補助参加人が愛知県地方労働委員会に本件救済申立
てをした後は速やかにa科長の協力を得て陳述書等を作成するのが合理的な
対応であり,これをするのに格別の困難があったとは認められない。それに
もかかわらず,a科長は,上記のe人事課長からの事情聴取に対し,組合の
話だから人事課長に話す必要はないとして,上記両日に具体的にどのような
発言をしたかについては供述せず,e人事課長もまたそれ以上の聴取をして
いないことが認められるのであり(乙19),このように本来作成されるべ
き書面が作成されないまま放置されていたこと自体が不自然不合理といわざ
るを得ないし,そのことは,むしろa科長が前記認定のとおり本件各発言を
していたことから,控訴人に不利益な発言内容をそのまま記載した書面を作
成することはもとよりできず,他方,事実と異なる内容の書面を作成するこ
ともできないことから,あえて書面を作成しないまま放置し現在に至ったの
ではないかとの疑いを生じさせるものである。加えて,付言するに,a陳述
書によれば,a科長は,平成10年3月に控訴人を退職し,東海労組も脱退
したものと認められるから,それ以降は東海労組の前記方針を顧慮すること
なく陳述書等を作成し,又は証人として尋問に応ずることも可能であったと
いうこともできる。
このようにa陳述書は,a科長の発言があった平成3年8月から15年以
上経過して作成されたことからして信用性に疑問がある上に,その間陳述書
等が作成されなかった事情も不自然不合理であって,その内容の信用性に疑
問を生じさせるものであり,全体として信用できないものといわざるを得な
い。なお,控訴人はa陳述書を提出するとともにa科長の証人尋問を申請し,
当裁判所はこれを採用しなかったが,上記のように同陳述書の内容に信用性
がなく,また,本件各発言については前記各証拠により認定することができ
るのであって,本件各発言から長期間経過した後の現時点においてa科長の
証人尋問を実施したとしても,その供述の正確性,信用性には多大の疑問が
生じ,前記認定を左右するとは認められず,さらに,被控訴人及び補助参加
人が上記証人尋問申請を時機に後れた攻撃防御方法であるとしてその却下を
求め,反対尋問を行うための証人尋問の採用を希望しなかったことからする
と,同人の証人尋問を実施する必要はないといわざるを得ない。
(2)控訴人の前提事実等に関する主張について
アa科長とbが個人的に親しい関係にあったか否か
控訴人はa陳述書に基づき,両者が個人的に親しい関係にあったと主張
するが,同陳述書の信用性に上記のとおり疑問がある以上,その前提を欠
くものといわざるを得ない。その上,仮に同陳述書の内容を前提としても,
次のとおり,控訴人の主張は採用し難い。すなわち,a科長とbとの関係
については,控訴人の主張は,両名の出身高校が同じであり,1か月に1
回程度,費用を交互に負担し合う形で分担し,定期的に飲み会を持ち,お
互いざっくばらんに仕事の話や世間話などをする関係にあったというもの
であるが,両名の入社年次は,a科長が昭和32年(甲29)であるのに
対しbは昭和49年(乙2)であって,17年の差があり,このように年
齢が親子に近いほど離れている場合には,出身高校が同じということでい
わゆる同窓の先輩後輩の間柄にあるとはいえても,それ以上に親密な関係
にあるとは認め難いし,定期的に飲み会を持っているとしても,そこでの
話題が控訴人が主張しa陳述書にも記載されているように仕事や組合の話
のほかは世間話に限られるものであるとすると,飲み会自体が職場での付
き合いの延長上のものとみるのが相当であり,それを超えて両者が個人的
に親密な関係にあるとは認め難い。
イ本件8・19飲み会に誘ったのはa科長かfか
控訴人は,a陳述書及び本件8・19飲み会の勘定をfが支払ったこと
(甲32)を根拠にfが飲み会に誘ったものと主張する。
なるほど,a陳述書にはfから誘われたとの記載があるが,この事実は
bに対する本件発言の有無に関する重要な事実であるにもかかわらず,a
科長は,平成3年9月にe人事課長から事情聴取を受けた際には,このよ
うな説明はしていない(乙19)ことからすると,同陳述書の記載はたや
すく信用することができない。また,控訴人はfが本件8・19飲み会の
勘定を支払った点を指摘するが,上記飲み会においてa科長がbに対する
本件発言をしbがこれを拒否したとすると,補助参加人の組合員であるb
及びfとしては,a科長から飲み会に誘われていたとしても,酒食を提供
されて脱退勧奨をされたとの誤解を避けるために勘定をすべて負担するこ
とも自然な成り行きであると考えられるから,上記主張によって本件8・
19飲み会をfが誘ったものと推認することはできない。
ウ控訴人が東海労組に対して好意的であったか否か
控訴人はこの点についての上告審判決の判断はその根拠が不明であり,
控訴人が平成2年8月に作成した「争議権(ストライキ権)論議につい
て」と題する書面(乙1)は,控訴人が,使用者としての意見表明をした
もの,又は先に東海労組との間でした第2次共同宣言の当事者として他方
の当事者である東海労組に対して意見表明をしたものであって,内容的に
特に非難されるものではないし,a科長の発言とは全く関係のないもので
あると主張する。
しかし,前記争いのない事実等のとおり,控訴人は,2度にわたり東海
労組との間で共同宣言を締結し,労使の共通認識による安定した労使関係
を維持しようとしており,上記書面は,東海労組内でストライキ権の確立
を目指すg派の動きが明確になった時期に作成されたものであることが認
められるところ,その内容は,ストライキ権について上記共同宣言と切り
離して観念的に議論すると組合員に控訴人と東海労組の進む方向が違って
いるのでないかとの疑念を持たせることになり,かえって東海労組の求心
力が弱まるのではないかと憂慮していると述べるものであって,g派の動
向を暗に批判するものと認められ,そのことからすると,控訴人が,g派
が東海労組を脱退して結成した補助参加人よりも,従来の方針を維持して
いる東海労組に好意的であったことが認められる。
エbに対する本件発言の際にb及びfが補助参加人の一組合員であったこ

控訴人は,b及びfは,本件8・19飲み会の時点では補助参加人の一
組合員にすぎなかったのであるから,同人らに脱退勧奨を行っても影響力
はなく,そのことを熟知しているa科長がbに対する本件発言をすること
はあり得ないと主張する。
しかし,b及びfは,bに対する本件発言がされた時点では,補助参加
人の東京運転所分会の役員が選出されていなかったことから,補助参加人
の役員ではなかったが,東海労組に所属していた当時,bは東京運転所分
会の書記長であり,fは同副委員長であったのであり,その後平成3年8
月28日開催された補助参加人の東京運転所分会結成大会において,東海
労組に所属していたときと同様にbは同分会書記長に,fは同副委員長に
選出されたことが認められ(乙11),これらの事実によると,b及びf
が東京運転所分会内で相当の影響力を有し,a科長もそのことを熟知して
いたと認めることができる。
オ控訴人は,cに対する本件発言のうち,「科長,助役はみんなそうです
ので,よい返事を待っています。」との発言は,客観的事実に反し,a科
長がそのような発言をすることはあり得ないと主張する。
しかし,企業内の労働組合が対立している状況下で,一方の労働組合に
属する者が少しでも多くの組合員を獲得しようとする場合,自らに有利な
事情を誇張して伝えることも十分あり得ることであり,現に東京運転所の
科長全員と助役の3分の2は東海労組にとどまったことは当事者間に争い
がないから,この程度の誇張した発言をすることは,平成3年8月当時の
状況からして自然な成り行きであると認められる。
また,控訴人は,仮に,a科長が,管理者の立場を利用して脱退を慫慂
したとすると,現に吊し上げを受けたように職場での立場が危うくなるこ
とは明らかであるから,そのような発言をするはずがなく,そのような誤
解を避けるためにも,cの勤務終了後に自宅に電話していると主張する。
しかし,支配介入行為を行った管理者が労働組合員から強い反発を受け
ることはしばしば起こることであるが,そのことから直ちに管理者が支配
介入行為を差し控えるものと推認することはできないし,cの勤務終了後
に自宅に電話をかけている点も,脱退勧奨という違法行為を密かに行うた
めにしたものとみることもできるから,控訴人の上記主張はいずれもcに
対する本件発言がなかったことにつながるものではない。
カ以上のとおり,控訴人の主張はいずれも採用できず,他に本件各発言が
なかったと窺わせるに足りる事情は見当たらない。
(3)b及びfの供述等の信用性
ア控訴人は,bの供述には陳述書,報告書及び労働委員会における供述を
通じて変遷があり,信用できないと主張する。
そこで検討するに,bが平成3年9月10日に作成して愛知県地方労働
委員会に提出した陳述書(乙2)には,a科長がbに対する本件発言をし
た旨の詳細な記載があり,その内容に特に不自然な点は見当たらないとこ
ろ,これに比べると同人が同年8月29日に作成した報告書(乙8)は,
記載が簡略であり,a科長の発言についての具体的な記載は「あなたはこ
の職場に絶対居られなくなる」というもののみであるし,平成4年8月か
ら12月にかけて行われた愛知県地方労働委員会の審問期日における供述
(乙10ないし15)においては,上記報告書に記載のあるa科長の発言
の一部につき供述がなかったり,反対尋問において初めて供述したものが
ある。しかし,これらの記載や供述は相互に矛盾するものではなく,上記
報告書はその体裁からして補助参加人内部における簡略な報告文書である
こと,労働委員会における供述は,本件から1年以上経過した時期に行わ
れたものであることからすると,これらの記載や供述がそれぞれ正確に一
致しないとしても,上記陳述書等の信用性を左右するものではない。
イ控訴人は,cの作成した文書(乙7)中に「確実なキ憶ではないかもし
れません」との記載があることから,同文書による事実認定は不安定なも
のになると主張する。
しかし,上記文書には,a科長のcに対する本件発言が列挙されている
ところ,上記記載は,a科長が上記列挙以外の発言をした可能性もあるが
cが記憶しているのは上記列挙したもののみであるという趣旨であると認
められる(丙4)から,上記記載は上記文書の信用性を左右するものでは
ない。
(4)以上によると,a科長の本件各発言に関するb及びcの作成した証拠
(乙2及び7)は,それ自体の信用性に疑問はなく,これに反するa陳述書
は信用できないし,他に本件各発言の存在を疑わせる事情も見当たらないか
ら,上記各証拠により,a科長が本件各発言をした事実を認めることができ
る。
4争点(3)本件各発言について,東海労組の組合員としての発言であると
か,相手方との個人的な関係からの発言であることが明らかであるなどの特段
の事情があるか否かについて
(1)本件各発言が東海労組の組合員としての発言か否か
この点は,上告審判決が本件を当審に差し戻すに当たって,当審において
審理すべき上記特段の事情の一つの例示として判示したものであるが,同判
決は,前記第2,1のとおり,a科長によるb及びcに対する働き掛けが
「東海労組の組合活動として行われた側面を有することは否定できないとし
ても」との留保を付した上,本件各発言は上記特段の事情がない限り控訴人
の意を体してされたものと認めるのが相当であるとしているのであるから,
上告審判決のいう「東海労組の組合員としての発言」とは,本件各発言を目
して,a科長が科長としての立場を離れて専ら東海労組の組合員として行っ
たと客観的に認めることができるかとの観点から判断すべきものと解される。
このような観点から検討するに,東海労組と補助参加人が対立していた平
成3年8月当時の状況からすると,東海労組の組合員としては,補助参加人
から一人でも多くのものが脱退して東海労組に復帰することを望み,そのた
め補助参加人の組合員に働き掛けしようとして,a科長が本件各発言に当た
ってそのような主観的意図をも有していたであろうことは推認することがで
きる。しかし,上告審判決が指摘するとおり,本件各発言中,bに対する本
件発言である「会社が当たることにとやかくいわないでくれ。」,「会社に
よる誘導をのんでくれ。」,「もしそういうことだったら,あなたは本当に
職場にいられなくなるよ。」とcに対する本件発言である「科長,助役はみ
んなそうですので,よい返事を待っています。」は,前者についていえば,
会社(控訴人)を主語として,会社による補助参加人の組合員に対する脱退
工作に協力することを求め,これに応じなければ,会社(控訴人)による何
らかの人事上の措置があることを示唆するものであり,後者についていえば,
将来,助役等の職制は会社(控訴人)の方針に応じて東海労組に残留するか
ら,これに同調するように慫慂するものであると認められ,そうすると,こ
れらの発言は,東海労組の利害とは別個の控訴人又はその職制としての利害
に基づく発言と見るほかなく,上司である科長としての立場で行われたもの
と認められる。
控訴人は,この点について,a科長が東海労組の方針に従って発言したこ
と,cに対する本件発言は,私的な時間を利用して東海労組の組合員として
行ったものであり,東海労組に戻って力を貸して欲しいとの意図の下に行っ
たものであると主張する。
しかし,客観的にみて上司としての立場からの発言と認められる発言をし
ている以上,a科長の主観的意図がどうであれ,その発言を専ら東海労組の
組合員として行ったものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる
事情も見当たらない。
(2)bに対する本件発言がa科長とbとの個人的な関係からの発言か否か
控訴人は,a科長がbと個人的に親密な関係にあったとの前提の下に,b
に対する本件発言が個人的な関係からの発言であると主張し,本件8・19
飲み会はfから誘われたものであるとの前提の下に,bに対する本件発言は
計画的又は意図的なものではないと主張する。
しかし,前記3(2)ア及びイで認定説示したとおり,a科長がbと個人
的に親密な関係にあったとも,上記飲み会をfが誘ったものとも認められな
いから,控訴人の上記主張は前提を欠き採用できないし,他にbに対する本
件発言が個人的な関係からのものと認めるに足りる事情も見当たらない。
なお,控訴人は,cに対する本件発言については個人的な関係からの発言
であるとの主張をしていないし,また,同発言が個人的な関係からのものと
認めるに足りる事情も見当たらない。
(3)以上によると,この点についての控訴人の主張はいずれも採用できず,
他に本件各発言について,上告審判決が説示する特段の事情があると認める
に足りる事情も見当たらない。
5争点(4)控訴人に対しポスト・ノーティスを命ずることの適否について
控訴人は,本件について控訴人に対しポスト・ノーティスを命ずることは違
法であると主張する。
しかし,本件ポスト・ノーティス命令の内容は,控訴人の行為が不当労働行
為と認定されたことを関係者に周知徹底させるものにすぎないから,控訴人の
「沈黙の自由」を侵害するものではないし,同種行為の再発を抑制するとの目
的を達成するのに必要な限度のものと認められるから,これが労働委員会の有
する裁量権の範囲を逸脱するものでないことは明らかである。
控訴人は,本件命令は控訴人自身の行為を不当労働行為と認定したものでは
ないから,控訴人に反省を求める余地はなく,ポスト・ノーティスを命ずる必
要性がないと主張するが,本件命令は,控訴人の従業員のうち,控訴人の利益
代表者に近接する職制上の地位にある者が控訴人の意を体して労働組合に対す
る支配介入を行ったことを不当労働行為と認定したものであり,これにより,
控訴人は今後このような地位にある従業員が労働組合に対して支配介入行為を
行わないよう監督することが求められているのであるから,このことを控訴人
及びその従業員に周知徹底するためにポスト・ノーティスを命ずる必要性があ
ると認めることができる。また,控訴人は,本件ポスト・ノーティスによって
控訴人が私法上の義務を負うとの前提の下に,本件命令が私法自治に対する違
法な介入であると主張するが,ポスト・ノーティスを命ずる労働委員会の命令
が使用者に私法上の義務を負わせるものとは解されないから,控訴人の上記主
張は前提を欠き採用することができない。
よって,控訴人のこの点に関する主張はいずれも採用することができない。
6以上によると,控訴人の本訴請求は理由がなく,これを棄却した原判決は相
当であって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
東京高等裁判所第10民事部
裁判長裁判官吉戒修一
裁判官藤山雅行
裁判官萩原秀紀

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