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平成14年11月21日判決言渡平成10年(ワ)第23906号 損害賠償請求事

主文
1 被告E,被告G及び被告Hは,原告Aに対し,連帯して,1億4983万7699
円及び内金1億4875万3133円に対する平成8年10月24日から,内金1
08万4566円に対する平成14年7月20日から各支払済みまで年5分の割合
による金員を支払え。
2 被告E,被告G及び被告Hは,原告Bに対し,連帯して,100万円及びこれに対
する平成8年10月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告E,被告G及び被告Hは,原告Cに対し,連帯して,100万円及びこれに対
する平成8年10月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告E,被告G及び被告Hは,原告Dに対し,連帯して,100万円及びこれに対
する平成8年10月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告らの被告E,被告G及び被告Hに対するその余の請求並びに被告Fに対する請
求をいずれも棄却する。
6訴訟費用は,原告らに生じた費用の10分の1と被告Fに生じた費用を原告らの
負担とし,原告らに生じたその余の費用と被告E,被告G及び被告Hに生じた費用を被
告E,被告G及び被告Hの負担とする。
7 この判決は,第1項から第4項までに限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して,1億8632万8475円及び内金1億8
339万7888円に対する平成7年8月1日から,内金293万0587円に対
する平成14年7月20日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して,400万円及びこれに対する平成8年10
月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告らは,原告Cに対し,連帯して,400万円及びこれに対する平成8年10
月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告らは,原告Dに対し,連帯して,400万円及びこれに対する平成8年10
月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
原告らは,被告Eの開設するI病院における原告Aに対する心臓カテーテル検査によ
り,原告Aが感染性心内膜炎に感染し,感染性心内膜炎が診断・治療されなかったこ
とによって形成された脳動脈瘤が破裂し,後遺症が残った等と主張して,①原告
Aは,原告Aの診察に当たった被告F医師,被告G医師及び被告H医師に対しては,不法
行為(共同不法行為)に基づき,被告Aに対しては,不法行為(使用者責任)又は診
療契約上の債務不履行に基づき,損害賠償金の支払を求め,②原告Aの家族である原
告B,原告C及び原告Dは,不法行為(被告Aについては使用者責任)に基づき,被告
らに対し,固有の慰謝料の支払を求めるものである。
1 前提事実(証拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告ら
原告Aは,昭和50年3月16日生まれの男性であり,原告B及び原告Cは,原告Aの
父母であり,原告Dは,原告Aの兄である。
イ 被告ら
被告Aは,被告I病院を開設しており,被告F医師及び被告G医師(以下,合わせて
「被告F医師ら」という。)は,被告I病院内科の医師であり,被告H医師は,被告
I病院整形外科の医師であった。
(2) 原告Aの診療経過
ア 被告I病院等における診療経過
原告Aは,平成7年4月25日,被告I病院内科を受診し,被告Aとの間で,大動脈弁
閉鎖不全症等の検査・治療等に関する診療契約を締結し,同年8月1日,被告F医師
らによる心臓カテーテル検査(以下「本件心臓カテーテル検査」という。)を受け
た。
被告I病院における原告Aの診療経過は,別紙診療経過一覧表のとおりである(当事
者の主張の相違する部分を除き,当事者間に争いがない。)。
また,原告Aは,被告I病院入通院期間中に,J整形外科,K医院及びL歯科医院に通院
しており,それらの病院における診療経過も,別紙診療経過一覧表のとおりである
(当事者の主張の相違する部分を除き,当事者間に争いがない。)。
イ M病院等における診療経過
原告Aは,平成8年10月24日,左中大脳動脈瘤(以下「本件脳動脈瘤」とい
う。)破裂によるくも膜下出血により,M病院脳神経外科に入院した。
M病院における原告Aの診療経過は,別紙診療経過一覧表のとおりである(当事者の
主張の相違する部分を除き,当事者間に争いがない。)。
原告Aは,平成9年3月10日,Nリハビリ病院に転院した。なお,Nリハビリ病院に
おける原告Aの診療経過は,別紙診療経過一覧表のとおりである(当事者の主張の相
違する部分を除き,当事者間に争いがない。)。
(3) 医学専門用語
本件における医学専門用語の意味は,別紙専門用語一覧表記載のとおりである。
2 争点
(1) 本件脳動脈瘤の発生原因
(原告らの主張)
ア 感染性心内膜炎の発症について
現在,原告Aの中大脳動脈末梢部には破裂した本件脳動脈瘤とは別に,2つの動脈瘤
とそのほかにも微細な連続した瘤が形成されており,心臓の大動脈弁や僧帽弁にも
弁瘤が形成されている。
大動脈弁や僧帽弁の弁瘤は,被告I病院における心エコー検査で確認されたことはな
く,本件脳動脈瘤破裂後のM病院における平成8年11月1日実施の心エコー検査で
初めて確認されたものであって,感染性心内膜炎による弁瘤であることが明らかで
ある。
そして,M病院において,感染性心内膜炎との確定診断がなされ,抗生剤ビクシリン
の投与がなされている。
したがって,本件脳動脈瘤の破裂に先立って,原告Aが感染性心内膜炎を発症してい
たことは明らかである。
イ 本件脳動脈瘤と感染性心内膜炎との因果関係について
本件脳動脈瘤に感染性心内膜炎が先行していること,本件脳動脈瘤の形成部位・特
徴,原告Aの年齢などによれば,本件脳動脈瘤は,細菌性脳動脈瘤である可能性が高
い。
また,感染性心内膜炎の脳合併症の臨床的特徴として,大動脈弁感染に比べて,僧
帽弁感染例に有意な脳合併症例が多いとされており(甲B4),原告Aの僧帽弁に細
菌性弁瘤が形成されていることも,本件脳動脈瘤が細菌性脳動脈瘤であることを裏
付けている。
本件脳動脈瘤が,細菌性脳動脈瘤であるならば,その発生原因を先行する感染性心
内膜炎に求めることが,医学的に極めて合理的である。
したがって,原告Aについては,先行する感染性心内膜炎が原因となって,好発部の
中大脳動脈末梢部に細菌性脳動脈瘤が形成され,これが破裂したという経過であっ
たことが明らかである。
ウ まとめ
以上によれば,本件脳動脈瘤は,感染性心内膜炎に起因する細菌性脳動脈瘤であ
り,本件心臓カテーテル検査により原告Aに感染性心内膜炎を発症させ,あるいは感
染性心内膜炎の発見・治療を怠るなどしたという過失と,本件脳動脈瘤の破裂との
間には因果関係がある。
(被告らの主張)
ア 感染性心内膜炎の発症について
(ア) 原告Aについて,大動脈弁や僧帽弁に弁瘤が確認されたのは,平成8年11月
1日であり,弁瘤の確認が感染性心内膜炎との確定診断の基礎となっている。
平成8年10月24日以降の原告Aの症状等を,DUKE基準(感染性心内膜炎の診
断基準。甲B17)に当てはめれば,少なくとも1つの大基準(心エコー図上の心
内膜病変の証拠)と3つ以上の小基準(素因,発熱,免疫現象,細菌学的証拠)を
満たしており,確定的に感染性心内膜炎と診断される。
したがって,平成8年11月1日に診断された感染性心内膜炎は,同年10月24
日にM病院へ転院し手術を受けた後に感染した急性感染性心内膜炎であると判断され
る。
(イ) なお,平成8年11月2日に検出された細菌(表皮ブドウ球菌(スタヒロコ
ッカス・エピデリミディス))については,急性感染性心内膜炎を発症させるもの
ではないという見解もあるが,DUKE基準では,1回の検出では起炎菌と考えな
いとされており,また,検出された菌が当初の起炎菌であるとはいえないことは,
菌交代という現象の存在からも明らかである。
したがって,平成8年11月2日の検出菌のみをもって,同月1日に診断された感
染性心内膜炎について,急性のものではないと断定することはできない。
そして,本件における急性感染性心内膜炎の起炎菌は,結局のところ不明である。
イ 本件脳動脈瘤について
本件脳動脈瘤については,M病院脳神経外科の医師が,先天的なものとして矛盾しな
いとの評価をしている(乙A10・99頁)。
原告Aのくも膜下出血の手術・治療を担当し,かつ手術の画像を撮影し実見したの
は,M病院脳神経外科の医師である。通常,くも膜下出血の手術をする場合,術野を
10倍から16倍に拡大して病巣を立体視しながら,術者が器具を駆使して,視
覚・触覚を中心とした五感に頼り手術を進める。
この五感の結果が手術所見となるのであり,実際に手術・治療を担当した医師が
「先天性」を肯定するのであるから,本件脳動脈瘤は,先天性脳動脈瘤の可能性が
高いものである。
ウ まとめ
以上によれば,本件脳動脈瘤は,先天性脳動脈瘤の可能性が高く,感染性心内膜炎
については,本件脳動脈瘤が破裂し,平成8年10月24日にM病院に転院した後に
感染したものであるから,被告らの治療行為と本件脳動脈瘤の破裂との間には因果
関係がない。
(2) 本件心臓カテーテル検査と感染性心内膜炎の因果関係
(原告らの主張)
ア 感染性心内膜炎の発症時期について
(ア) 原告Aについては,平成8年5月末までに,次のとおり,DUKE基準のうち
の小基準のうち,4つを満たしており,あと1つの小基準を満たせば,感染性心内
膜炎の確定診断がなされる状態である。
すなわち,4つの小基準を満たしているということは,平成8年5月末日までに,
感染性心内膜炎を発症していたことを強く疑うべき状態であったことを示してい
る。
a 小基準1(素因:素因となる心疾患)
原告Aは,中等度以上の大動脈弁閉鎖不全があり,感染性心内膜炎の素因となる心疾
患を有していた。
b 小基準2(発熱:体温38度以上)
原告Aは,平成8年1月から同年5月にかけて,抗生剤を投与されていたにもかかわ
らず,次のとおり,38度に近いか,38度を超える発熱があり,それ以外にも微
熱が継続していた。
平成8年1月15日ころ 38度以上
同年1月30日   38.4度
同年2月 5日   37.8度
同年5月15日   37.8度
同年5月17日   38.3度
同年5月18日   38.1度
同年5月20日   37.9度
同年5月21日   37.9度
同年5月22日   38.0度
同年5月23日   38.7度
同年5月28日   38.4度
同年5月30日   37.9度
文献では,「不明熱なら必ず感染性心内膜炎を疑うこと」とされており,「不明熱
のためすでに抗生剤の投与がなされ,・・・炎症症状が隠蔽されて重篤な合併症に
より初めてこの疾患に気づくこともある」と記載されている(甲B40)。
そして,既に抗生剤の投与がなされていたにもかかわらず,原告Aは,38度を越え
る高熱が出ていた。
c 小基準4(免疫現象:糸球体腎炎,オスラー結節,ロース斑,リウマチ因子陽
性)
原告Aは,平成8年1月16日にはリウマチ反応が陽性になり,同年2月7日にはR
AHA40倍(正常値40未満),同年5月16日にはRAPA(RAHAと同
義。以下同じ)80倍となり,原告Aは,慢性関節リウマチ患者ではないにもかかわ
らず,明らかな免疫異常が生じていた。
d 小基準5(細菌学的証拠:大基準を満足しない血液培養の陽性所見)
平成8年5月30日の血液培養検査の結果,グラム陽性球菌(レンサ球菌属(スト
レプトコッカス・スピーシーズ))が検出され,被告I病院において,敗血症と診断
されている。
本来であれば,抗生剤の投与を中止等して血液採取をすべきであるが(甲B18,
B40),被告I病院では,そのような適切な処置をとらないまま血液を採取し培養
していたので,平成8年5月30日の血液培養検査で検出されたグラム陽性球菌
は,検出後に死滅したと思われ,それ以降の血液培養検査でも陽性を確認すること
ができなかった。
仮に,抗生剤の投与を中止して血液培養検査を実施していれば,陽性を確認するこ
とができた可能性が高い。
(イ) また,前記小基準以外でも,感染性心内膜炎の非特異的な症状として倦怠
感,易疲労性,寝汗,食思不振,体重減少,関節炎,筋肉痛などの全身症状がある
とされているが(甲B19),原告Aには,平成7年9月以降の倦怠感,易疲労性
や,8キログラムの体重減少,関節炎,筋肉痛(乙A1・10頁,丙A2・49
頁)の諸症状が発現しており,感染性心内膜炎の発症の経過と合致している。
(ウ) 本件の経過が亜急性のものであることや,平成8年5月末に血液培養検査に
より検出された細菌が,レンサ球菌属(ストレプトコッカス・スピーシーズ)であ
ることによれば,感染性心内膜炎の起炎菌は,これに属する緑色レンサ球菌(スト
レプトコッカス・ヴィリダンス)であると推定するのが合理的である。
亜急性感染性心内膜炎の場合,通常の抗生剤の投与により,起炎菌となった細菌の
多くが死滅することによって,炎症反応が一時的に正常化することはあり得るが,
弁瘤の組織内に細菌が潜んだ状態になっていれば,抗生剤の中止や免疫力の低下に
より,再び細菌が活動を活発化することがある。
本件においても,抗生剤の投与を中止した後に,椎間板炎が再燃した事実から明ら
かなように,炎症反応が正常化していても,感染性心内膜炎が完治していなけれ
ば,起炎菌の活発化によって,感染性心内膜炎が再燃することは,大いにあり得る
ことである。
(エ) 以上によれば,原告Aは,平成8年6月以前において,亜急性感染性心内膜炎
を発症していたことが明らかである。
イ 本件心臓カテーテル検査との因果関係について
(ア) 前記のとおり,平成8年6月以前において,原告Aは,亜急性感染性心内膜炎
を発症していた。
その発症の時期は,最初にリウマチ反応が陽性に転じて免疫異常が見られた平成8
年1月16日から,さらに約6週間くらい遡った時点であるとすれば,その発症時
期は平成7年12月初旬ころであると考えられる。
ただし,その約6週間という期間は,1つの目安に過ぎず,確定的な期間ではなく
6週間以上ということもある。
また,異常な免疫反応の発端は,平成7年10月ころであり,それを引き起こした
感染性心内膜炎に感染したのは,さらにそれ以前である。
(イ) 発症に先立つ最初の感染の機会(起炎菌の体内への侵入)は,発症の時期か
らさらにそれ以前に遡ることになるが,文献(甲B35)では「亜急性心内膜炎
は,6週から3か月の経過で・・・先天性異常に合併する。」とされている。
本件において,3か月の経過で起炎菌が心臓の弁膜に定着して感染し,弁瘤の形成
とともに感染性心内膜炎が発症したのだとすれば,発症した平成7年12月初旬か
らさらに3か月遡った同年9月ころに感染の機会を求めることになる。
しかし,リウマチ反応が陽性に転じるまでの約6週間という期間や,先天性異常に
6週間から3か月の経過で合併するというその期間は,おおよその目安にすぎない
ので,厳格にそれにとらわれる必然性はない。
(ウ) 心臓カテーテル検査は無菌室で行われるものではないし(甲A17),患者
の皮膚常在菌等が完全に滅菌され,感染の可能性が皆無であると考えるほど信頼で
きる医療機関は存在しない(甲B12)。
そして,原告Aは,平成7年8月ころから,倦怠感に悩まされ始め,同月以降アルバ
イトの欠勤が目立つようになり,さらに,同年11月中旬ころから,体調が悪化
し,欠勤が急増しており,全身症状としての倦怠感,易疲労性が顕著に現れてい
た。
倦怠感,易疲労性が現れた最初の時期が平成7年8月ころであったことを考慮すれ
ば,本件心臓カテーテル検査に際して起炎菌が体内に侵入したと考えることには相
当な合理性がある。
また,前記のとおり,感染から発症の時期,発症からリウマチ反応が陽性に転じる
時期までの期間については,おおよその目安であり,確定的なものではないため,
感染の時期が平成7年9月ころからさらに1か月程度遡ったとしても,特段不合理
であるとはいえない。
患者の免疫力,病原菌の毒性などによって,亜急性感染性心内膜炎の全身症状が現
れるまでの期間は様々になるのであり,リウマチ反応が陽性に転じるまでの期間が
長いことを根拠として,本件心臓カテーテル検査を感染の原因から除外することは
できない。
したがって,平成7年8月に起炎菌に感染し,平成8年1月にリウマチ反応が陽性
となるという時間的経過も特段不合理なものではない。
(エ) 平成8年10月11日に実施された生検に際し,切除された椎間板からプロ
ピオニ・バクテリウムが検出されているが,この細菌は皮膚常在菌であり,特に脂
質の多いところに分布するとされている。
通常,椎間板からこのような細菌が検出されることは考えられないところ,本件心
臓カテーテル検査においては,カテーテルが脂質の多い大腿部から体内に挿入され
たことを考え合わせると,プロピオニ・バクテリウムは本件心臓カテーテル検査に
際し,血中に侵入して椎間板で増殖したと考えるのが自然である。
そうすると,本件心臓カテーテル検査に際しては,プロピオニ・バクテリウム以外
の細菌も原告Aの体内に侵入した可能性が高いというべきである。
(オ) 以上によれば,原告Aの感染性心内膜炎への感染の原因は,本件心臓カテーテ
ル検査以外には考えがたい。
ウ まとめ
以上によれば,本件脳動脈瘤の発生原因となった感染性心内膜炎は,本件心臓カテ
ーテル検査により引き起こされたものであるから,本件脳動脈瘤の破裂と本件心臓
カテーテル検査との間には因果関係がある。
(被告らの主張)
ア 亜急性感染性心内膜炎について
(ア) 文献によれば,亜急性感染性心内膜炎の発症経過は,次のとおりである(甲
B40)。
a 微生物(細菌)が接着・発育しやすい弁表面の傷害部分が存在することが感染
性心内膜炎の成立に必要である。
この傷害部分は,先行する弁の傷害(機械的摩滅によるもの等)でも,血流ジェッ
トによって血流が当たる弁表面が傷害され,あるいは弁の内部の基質が露呈した傷
害でもよい。
b 通常は,傷ついた弁膜表面や露呈した弁結合組織は,血小板とフィブリンによ
って覆われ,繊維性肥厚を残して治癒する。
c しかし,全身性ループス等の理由により,凝固能が亢進すると血栓付着が著し
くなり,非細菌性血栓性心内膜炎の状態となる。
d この状態下に,一過性菌血症が起きると,フィブリン血小板血栓に細菌が接着
し,非細菌性血栓塊の中に取り込まれ,菌集落(疣贅あるいはコロニー)を作る。
e このフィブリン血栓塊自体が,マクロファージなどの浸潤による宿主の防御機
能に対する防壁をなし,一種の「孵卵器」となり,その中で菌が培養されることと
なる。
f 2週後から発熱,全身倦怠感,食欲不振,体重減少などの臨床症状を呈し始
め,最終的には弁膜が破壊される。
これは,菌が産生するプロテアーゼや他の酵素,宿主側の要因(炎症等)が直接に
弁を破壊するからである。
g 緑色レンサ球菌による感染性心内膜炎では,治療しなければ通常6か月以内に
死に至る。
(イ) また,文献によれば,亜急性感染性心内膜炎に限定せず,感染性心内膜炎の
成立過程や症状等は次のとおりである(甲B19)。
a 心内膜の内皮細胞が傷害され,膠原繊維が露出すると,その部分で血液鬱滞が
生じ,血小板とフィブリンからなる血栓が生じる。これが非細菌性血栓性心内膜炎
と呼ばれる状態である。
b ここで「血中に細菌が検出される状態」(バクテレミア)が起きると,この血
栓に細菌が付着し,疣腫等ができ,感染性心内膜炎が成立する。
c 心内膜内皮細胞の傷害の主因は,高速血流ジェットの存在であり,血流ジェッ
トの向かう方向の心内膜に傷害が生じやすい。
d 動物実験では,菌量の多いバクテレミアを作成しても,心内膜に傷害がない場
合には,感染性心内膜炎は発生しない。
e 細菌のいる生体部分(口腔内,咽頭,消化管,泌尿生殖器,皮膚)が傷害を受
けた際,一過性のバクテレミアが起きる。
f 例えば,抜歯の際には口腔内常在菌が血中に入ってバクテレミアが起きる。歯
を磨いたり,ガムを噛むだけでもバクテレミアは起きる。
g バクテレミアが継続すると,体液性及び細胞性の免疫系が刺激されるので,免
疫複合体の生成が証明される。
h 感染性心内膜炎の症状は,契機となったバクテレミアから2週間以内に発現す
る。
i 非特異的な症状として,倦怠感,易疲労性,寝汗,食思不振,体重減少,関節
炎,筋肉痛,発熱などがある。
j 経過の長い例では,脾腫,太鼓バチ指,出血斑(結膜,口内粘膜,皮膚,爪
下)がみられる。
k 心エコー検査による疣腫の描出は,全例で可能ではない。
(ウ) 発症期間
前記各文献によれば,亜急性感染性心内膜炎も非亜急性感染性心内膜炎も,その発
症の機序は同じであり,その症状が急激に進行するものを急性感染性心内膜炎と呼
び,緩徐に進行するものを亜急性感染性心内膜炎と呼び,その進行速度の差異は,
起炎菌によるのである。
そして,いずれも症状は,契機となったバクテレミアが起こってから2週間内に発
症するとされている。
イ 本件心臓カテーテル検査との因果関係について
(ア) 本件心臓カテーテル検査について
a 前記のとおり,血管内皮等が損傷して膠原繊維が露出すると,その部分で血液
鬱滞が生じ,血小板とフィブリンからなる血栓が生ずる(非細菌性血栓性心内膜
炎)。
このときバクテレミアが起きると,この血栓に細菌が付着し,疣腫等ができ,感染
性心内膜炎が成立する。
このように,非細菌性血栓性心内膜炎を起こす部位となり得る血管内皮等の損傷を
引き起こす可能性が高い心臓カテーテル検査には危険性がある。
しかし,心臓カテーテル検査によって傷害された内皮細胞は,自分で再生能力を持
っており,口腔内にできる粘膜の荒れは2日から3日で良くなり,血管内でも数日
間で修復する。
b 本件心臓カテーテル検査は,完全な消毒下で行われ,術後に感染を起こした症
状は認められず,平成7年8月2日,同月4日,同年10月18日の血液生化学検
査でも炎症反応は陰性であった。
そして,本件において,被告I病院では,本件心臓カテーテル検査後の3日間抗生剤
を投与している。これは,内皮細胞が損傷しても修復するまでの間,バクテレミア
が生じないための措置である。
この措置によって,本件心臓カテーテル検査後に細菌感染を示唆する所見はなく,
平成7年10月18日の外来で採血されたCRP値は0.1で,炎症反応は陰性で
あった。
(イ) 起炎菌侵入の原因について
感染性心内膜炎の原因として,抜歯・歯石除去(スケーリング)・歯垢除去・歯磨
き等が原因になることやガムを噛んでも危険性があると指摘されている(甲B1
9,B40)。
したがって,原告A自身に様々な菌が存在し,体内にも侵入しているのであって,無
菌室で心臓カテーテル検査を実施しなかったから菌侵入の危険性があったとはいえ
ない。
なお,原告Aは,L歯科医院で歯石除去を行っており,これは細菌侵入の危険性のあ
る処置である。
(ウ) 敗血症について
原告らは,原告Aが敗血症であったと主張する。確かに,診療録にはそのような記載
が存在するが,この「敗血症」との記載は,原告Aが実際に敗血症に罹患したことを
意味しない。
この「敗血症」診断は,臨床実務上の慣行として行われていた健康保険上の病名で
あり,原告Aが敗血症に罹患していたわけではない。
(エ) 体重減少について
原告らは,原告Aが8キログラムの体重減少があり,その原因は亜急性感染性心内膜
炎であると主張する。
確かに,体重減少はあったが,その原因は,亜急性感染性心内膜炎によるものでは
なく,原告Aの意識的減量行為などの影響があると推測される。
まず,原告Aの体重の推移は,次のとおりである。
平成7年 4月25日 72.0キログラム(乙A1・4頁)
平成7年 7月28日 70.4キログラム(乙A2・11頁)
平成8年 5月 9日 64.6キログラム(丙A2・155頁)
平成8年10月 7日 63.5キログラム(丙A3・51頁)
平成8年10月24日 62.0キログラム(甲A14・315頁)
平成7年7月28日から平成8年5月9日までの間(約9か月半)に正確には5.
8キログラム減少しており,8キログラム減少ではない。
そして,原告Aについて,高血圧を指摘されていたこと,高血圧対策として減量が有
効であること,筋肉トレーニングをしていること(乙A1・5頁),大動脈閉鎖不
全症と診断されてから塩分制限の指示を受けていたこと(乙A1・6頁),平成7
年4月から同年7月下旬までの約3か月間で約2キログラム減少していること,平
成8年5月ころの入院中,食思不振の事実が看護記録上窺えず,むしろ,「食事は
規則的にしている」,「偏食はない」に印を付していること(丙A2・156
頁),平成8年10月ころの入院中,食思不振の事実が看護記録上では窺えず,む
しろ「食事は規則的にしている」,「食事に好き嫌いはない」,「特に嫌いなもの
はない」と答えていること(丙A3・48頁),食事量として「やや少な目」と記
述していること(丙A
3・48頁)などは,意識的減量行為を行っていたことを示す事実である。
意識的減量行為が根底になければ,体重が5.8キログラムも減少することはな
い。なぜなら,38度前後の発熱が続いた平成8年5月から同年10月までの病的
体調期間でも,体重は約1キログラムしか減少していない。
他の要因もあると考えられるが,5.8キログラムの体重減少の根底には,意識的
減量行為の効果があり,亜急性感染性心内膜炎の臨床症状とはいえない。
(オ) 易疲労感について
平成7年12月26日に施行されたトレッドミル運動負荷試験で,原告Aは,極めて
よい成績をおさめている。
また,アルバイトについても,原告Aは,勤務日には長時間労働を継続している(甲
A1。以下,枝番のある書証については,特に枝番を示さない限り,すべての枝番
を含む。)。
これらの事実を総合すれば,原告Aに易疲労感や倦怠感等は認められなかった。
(カ) まとめ
以上のとおり,本件心臓カテーテル検査を施行してから数か月間の炎症反応が正常
で,高度の運動負荷が可能であった者の心臓弁膜に,本件心臓カテーテル検査によ
る異常が生じていたとは考えられない。
そして,本件において,抗生剤の投与時期,炎症反応の有無・推移,弁瘤形成の機
序等を勘案すれば,弁瘤の組織内に起炎菌となった細菌が潜んだ状態が存在した可
能性はない。
ウ まとめ 
したがって,本件心臓カテーテル検査と感染性心内膜炎との間に因果関係は存在し
ない。
(3) 不必要な心臓カテーテル検査を行った過失の有無
(原告らの主張)
ア 心臓カテーテル検査について
心臓カテーテル検査は,それ自体が侵襲的な手段であり,また,その実施には,院
内感染やその他の新たな医療過誤発生の危険を伴うことから,当該患者が真に心臓
カテーテル検査の適応性ある患者であるか否かを慎重に検討しなければならない。
心臓カテーテル検査は,その予後に予定されている外科的治療に対する詳細な情報
(大動脈弁輪径,心拍出量,逆流量,大動脈弁圧勾差の有無)を入手したり,冠動
脈疾患の有無の確認するために行われるものであるが,これらは,待機的人工弁置
換術の施術を前提とするものである。
イ 本件心臓カテーテル検査について
原告Aについては,事前に行った心エコー検査から,待機的人工弁置換術の施術を行
うべき徴候はなく,心臓カテーテル検査を行う必要性はなかった。
ウ まとめ
被告F医師らには,不必要な本件心臓カテーテル検査を行ったという過失があり,本
件心臓カテーテル検査を受けなければ,原告Aは,感染性心内膜炎に感染し,ひいて
は本件脳動脈瘤が破裂することもなかった。
(被告らの主張)
ア 本件心臓カテーテル検査について
原告Aについては,心エコー検査で,中等度以上の大動脈弁閉鎖不全症が認められ,
大動脈弁の変形や逸脱が疑われた。
そして,この時点で手術の必要性がなくても,将来の施術に対して精査しておく必
要があり,正確な心機能評価と血液逆流量の判定,合併心疾患や心臓奇形の有無を
見極め,人工弁置換術の適応を判定する必要があった。
また,大動脈弁閉鎖不全症等の心臓弁膜症の手術を行うにあたっては,合併心病変
を評価しておくとともに,冠状動脈の解剖学的情報と冠状動脈病変の有無が非常に
大切となるので,心臓カテーテル検査に当たっては,冠状動脈造影を併せて行うの
が一般的である。
イ まとめ
したがって,原告Aに対しては,本件心臓カテーテル検査を行う必要性があり,被告
F医師らに過失はない。
(4) 本件心臓カテーテル検査についての説明義務違反の過失の有無
(原告らの主張)
ア 心臓カテーテル検査について
心臓カテーテル検査の一般的な危険性として,カテーテルの挿入それ自体により,
①血管内を損傷したり,②皮膚から細菌感染したり,③実施時間の長時間化により
感染の危険が増大するなどの危険性がある。
したがって,心臓カテーテル検査を実施する場合,検査の危険性を上回る検査の必
要性がない限り,心臓カテーテル検査は行うべきでない。
イ 本件心臓カテーテル検査について
被告F医師らは,原告Aやその家族に対し,心臓カテーテルの危険性,その危険性に
勝る検査の必要性や有用性の有無,実施方法,実施時間等について説明するべき義
務を負っていた。
しかし,被告F医師らは,原告Aや原告Cに対し,心臓カテーテル検査の実施時間が4
0分程度であること以外には説明をせず,前記説明義務を怠った。
特に,被告F医師らが,本件心臓カテーテル検査に際し,感染性心内膜炎に感染しや
すいことの危険性について説明をしていれば,原告Aやその家族は,本件心臓カテー
テル検査を拒絶することもできたにもかかわらず,被告F医師らからの説明がなかっ
たために,その機会を奪われた。
また,被告F医師らが,本件心臓カテーテル検査に際し,感染性心内膜炎に感染しや
すいことの危険性について説明をしていれば,その後において,原告Aやその家族
は,原告Aの全身症状としての倦怠感,易疲労性が生じた時期以降に,被告I病院や
他の病院に対して感染性心内膜炎を疑った諸検査の実施を強く求めることができ
た。しかし,被告F医師らがその説明義務を怠ったために,原告Aやその家族は,そ
の機会を奪われた。
ウ まとめ
被告F医師らには,本件心臓カテーテル検査の説明義務を怠ったという過失があり,
説明義務が尽くされれば,原告Aは,不必要な本件心臓カテーテル検査を拒み,その
後も感染性心内膜炎を疑った諸検査の実施を求めることができた蓋然性が高く,感
染性心内膜炎に感染し,ひいては本件脳動脈瘤が破裂することもなかった。
(被告らの主張)
被告F医師らは,原告Aに対し,本件心臓カテーテル検査についての十分な説明を行
っており,被告F医師らに説明義務違反の過失はない。
(5) 本件心臓カテーテル検査の際の殺菌消毒義務違反の過失の有無
(原告らの主張)
ア 心臓カテーテル検査について
心臓カテーテル検査の一般的な危険性として,カテーテルの挿入それ自体により,
①血管内を損傷したり,②皮膚から細菌感染したり,③実施時間の長時間化により
感染の危険が増大するなどの危険性がある。
したがって,心臓カテーテル検査を実施する際には,細菌感染に注意し,特に,皮
膚に付着している細菌やカテーテル検査室内の落下細菌を完全に殺菌した上で,カ
テーテルを挿入しなければならない。なぜなら,カテーテルの挿入時に皮膚常在菌
等が血液に混入し,細菌感染する危険があるからである。
イ 本件心臓カテーテル検査について
被告F医師らには,原告Aの右大腿部付近の皮膚常在菌や検査室内の落下細菌の消毒
を完全に行わなかったという過失があり,同過失により,本件心臓カテーテル検査
時に,動脈に挿入されたカテーテルとともに細菌が血中に入り込んだ結果,原告
Aは,感染性心内膜炎に感染し,ひいては本件脳動脈瘤が破裂するに至った。
(被告らの主張)
本件心臓カテーテル検査は,完全な消毒下で行われ,術後に感染を起こした症状は
認められず,平成7年8月2日,同月4日,同年10月18日の血液生化学検査で
も炎症反応は陰性であった。
なお,体内に細菌が侵入することは日常的に可能性があり,本件心臓カテーテル検
査のみが危険であったわけではない。
したがって,被告F医師らには,本件心臓カテーテル検査の際に,殺菌消毒を完全に
行わなかったために,原告Aに感染性心内膜炎を発症させたという過失はない。
(6) 感染性心内膜炎の検査・診断・治療義務違反の過失の有無
(原告らの主張)
ア 感染性心内膜炎の検査・診断について
(ア) 感染性心内膜炎について
大動脈の血液の逆流が発生すると大動脈弁が損傷されやすく,損傷された大動脈弁
に細菌が感染すると感染性心内膜炎に罹患する。
原告Aは,心エコー検査によって中等度の大動脈閉鎖不全症で,左心室壁の肥大と血
液の逆流が生じている(大動脈弁逆流症)と診断されている。
そのため,本件心臓カテーテル実施当時,被告F医師らはカテーテルの挿入に伴い細
菌感染があると,原告Aが感染性心内膜炎に罹患する危険が高くなることを十分に予
測することができた。
(イ) 感染性心内膜炎の診断について
感染性心内膜炎の確定診断は,離れた2か所から採取した血液(動脈血・静脈血を
問わない。)の培養検査の結果,細菌感染が確認され,また,心エコー検査の結
果,心内膜に疣贅が存在することを確認することによってなされる(感染性心内膜
炎診断の大基準)。
感染性心内膜炎に罹患した場合,全身性感染となり,継続的な体調不良(気だる
さ),原因不明熱,CRPの陽性化,白血球の増加,LDHの亢進,赤沈(血沈)
の亢進,血中フィブリノーゲンやγグロブリン蛋白の増加,アレルギー性蕁麻疹の
発疹,リウマチ反応の陽性などの徴候が見られる(感染性心内膜炎診断の小基
準)。
このような徴候が見られた場合,感染性心内膜炎に罹患していることを当然に疑わ
なければならず,前記大基準に照らし,血液培養検査と心エコー検査を直ちに実施
しなければならない。
イ 被告G医師の過失について
(ア) 血液培養検査及び心エコー検査を怠った過失について
a 血液培養検査は,細菌感染の有無,敗血症の早期確認とその起炎菌を同定する
という重要な意味がある。
また,心エコー検査は,大動脈弁閉鎖不全症による動脈血の逆流によって損傷を受
けやすくなり,細菌が付着増殖する危険のある大動脈弁に疣贅が形成されていない
かを確認するとともに,その後の変化も確認する目的で行われる検査である。
そして,心エコー検査は,疣贅の形成から消滅の確認まで継続的に行わなければな
らず,通常2週間に1回,最低1か月に1回は継続して実施することが要請され
る。
b 被告G医師は,平成8年2月7日,原告Aが被告I病院内科を受診した時,J整形
外科やK医院での原告Aの臨床症状(リウマチ反応陽性と言われたこと,38度を超
える発熱,右鎖骨付近の激痛など)を認識し,また,CRP値が異常を示した最初
の時期でもあるから,細菌感染を疑い,血液培養検査や継続的な心エコー検査を行
うべきであった。
さらに,被告G医師は,平成8年5月9日に原告Aが緊急入院した直後から,細菌感
染を疑っていた。
そして,平成8年5月30日に実施された血液培養検査では,レンサ球菌属(スト
レプトコッカス・スピーシーズ)が検出され,被告G医師は,敗血症と診断した。
c 仮に,平成8年2月7日から同年5月9日にかけて,血液培養検査が行われて
いたならば,早期に敗血症と診断し,起炎菌も同定できた可能性が極めて高かっ
た。
また,継続的に心エコー検査を行っていれば,原告Aの大動脈弁の左冠尖や僧帽弁に
細菌性の疣贅が発見された可能性が高く,感染性心内膜炎と容易に確定診断するこ
とができたはずである。
被告G医師は,平成8年2月7日に心エコー検査を行っているが,これは,感染性心
内膜炎を疑いつつ行ったものではない。感染性心内膜炎を疑いつつ心エコー検査を
行ったのであれば,同時に血液培養検査を行うはずであるし,それ以降も,継続し
て心エコー検査を実施するはずであるが,被告G医師は,これらの検査を行っていな
いからである。
なお,平成8年2月7日の心エコー検査では,大動脈弁の左冠尖に疣贅は確認され
ていないようであるが,感染性心内膜炎を疑って注意深く心エコー検査を行うかど
うかで,疣贅の発見率は変わってくる。また,M病院で疣贅の見つかった弁は,大動
脈弁の左冠尖であるが,ここは,特に注意をしないと疣贅を見つけにくい位置にあ
る。そのため,被告G医師が,疣贅の存在を見落とした可能性が高い。
d さらに,平成8年5月30日の時点では,DUKE基準の小基準4つを満たし
ている。
したがって,被告G医師は,大動脈弁閉鎖不全症の患者には,感染性心内膜炎を発症
する一般的な危険性があることを認識していたのであるから,遅くとも,平成8年
5月30日の血液培養検査の結果が判明した以降において,亜急性感染性心内膜炎
を強く疑い,確定診断のための適当な検査や起炎菌の同定のための検査を行うべき
であった。
すなわち,被告G医師は,抗生剤の投与を中止するなどした上で,血液培養検査を行
い,また,心エコー検査,特に弁瘤の検出感度が極めて高くなる経食道心エコー法
による心エコー検査を行うべきであった。
e しかし,被告G医師は,平成8年5月30日に敗血症の確定診断に至った以降
も,同年7月に退院するまでの間,感染性心内膜炎を疑うことすらしなかった。
そして,原告Aが,平成8年7月31日に通院を開始し,椎間板炎が再燃した以降に
おいても,被告G医師は,起炎菌を同定することもなく,漫然と抗生剤を投与し始
め,同年10月3日に38.1度の高熱が出た際も,血液培養検査や心エコー検査
を行わず,同月24日に本件脳動脈瘤が破裂するまで放置していた。
また,被告G医師は,平成7年8月1日,6か月に1度の割合で心エコー検査を行う
ことを決定したにもかかわらず,平成8年8月に行うべき心エコー検査すら行って
いない。
f 以上によれば,被告G医師には,原告Aの亜急性感染性心内膜炎の確定診断を行
うための血液培養検査や心エコー検査を怠ったという過失があり,被告G医師が,原
告Aの亜急性感染性心内膜炎を確定診断して,適切な治療を行っていれば,本件脳動
脈瘤が破裂することはなかった。
(イ) 感染性心内膜炎の治療を怠った過失について
a 感染性心内膜炎に対しては,早期診断と早期治療に尽きる。
前記のとおり,被告G医師において,平成8年2月7日から同年5月18日ころにか
けて,原告Aの前記徴候について亜急性感染性心内膜炎であるとの確定診断をしてい
たならば,これらに対して,早期に有効な治療を行うことができた。
有効な治療とは,感染性心内膜炎や化膿性椎間板炎の起炎菌(ストレプトコッカ
ス・スピーシーズとプロピオニ・バクテリウム)に対して薬剤感受性の認められる
抗生剤の早期投与である。
起炎菌の同定及び抗生剤が起炎菌に対して薬剤感受性があるかどうかの検査を行
い,薬剤感受性のある抗生剤を適切に使用することは,抗生剤の投与の大原則であ
る。
また,感染性心内膜炎による疣贅に対しては,M病院では疣贅が消滅するまで抗生剤
ビクシリンを継続投与することを指示されているように,継続的に薬剤感受性のあ
る抗生剤を投与するしか対処の方法はない。
そして,本件においては,起炎菌に対する薬剤感受性のある抗生剤の投与により,
原告Aの感染性心内膜炎を早期に完治することができた可能性が高い。
b しかし,被告G医師は,起炎菌の同定をしなかったため,平成8年2月7日から
同年5月9日にかけて抗生剤を全く投与していないし,また,同日ころから感染性
心内膜炎や化膿性椎間板炎の各起炎菌に対して薬剤感受性の確認ができていない抗
生剤パンスポリン等を長期にわたり投与し始めた。
被告G医師が行った前記の処置は,起炎菌に対する有効な治療とはいえない。
実際に,前述のとおり,平成8年6月下旬ころには血沈(赤沈)やCRP値も沈静
化したため,被告I病院は同年7月27日に原告Aを退院させたが,同年8月後半こ
ろから,再び,血沈やCRP値は上昇を開始し,同年10月5日に化膿性椎間板炎
再発のため緊急入院となり,同年10月中まで継続して亢進している。
白血球数も平成8年8月15日ころから上昇を開始し,同年10月8日には1万0
800,同月11日には1万5500に達している。
そして,平成8年10月24日,原告Aの本件脳動脈瘤が破裂して転院したM病院に
おいては,疣贅が消滅するまで抗生剤ビクシリンを継続投与することが指示され,
抗生剤の投与が継続されている。
被告I病院において投与されていた抗生剤(パンスポリン,セファメジン,セフメタ
ゾン)によっては,感染性心内膜炎等の治療としては,疣贅や化膿した椎間板に生
存している起炎菌を死滅させるには至っていない。
c 以上によれば,被告G医師には,前記のとおり,原告Aの亜急性感染性心内膜炎
を確定診断するための検査を怠っただけでなく,亜急性感染性心内膜炎に対する適
切な治療を怠ったという過失があり,被告G医師が,原告Aの亜急性感染性心内膜炎
に対する適切な治療を行っていれば,本件脳動脈瘤が破裂することはなかった。
ウ 被告H医師の過失について
(ア) 血液培養検査及び生検を怠った過失について
a 原告Aは,平成8年5月9日,被告I病院に緊急入院し,抗生剤投与が開始され
ているが,抗生剤投与前に検査をしなければ起炎菌が同定しにくくなるので,被告
H医師は,その前に血液培養検査を行うべきであった。
平成8年5月9日に,原告Aは,CRP2.8,白血球1万3300に上昇したた
め,一般細菌検査(咽頭粘膜)が行われているが,被告H医師は,この時点で血液培
養検査を行うべきであった。
b 被告H医師は,平成8年5月9日,細菌感染が原因である可能性があると考えた
が,起炎菌を同定しないまま,原告Aに抗生剤パンスポリンの投与を開始した。
平成8年5月18日,被告H医師は,炎症を起こしている椎間板を削り(生検),こ
れを検体とする細菌検査を実施する必要があると考えた。
そして,平成8年5月18日ころまでには,被告H医師には,原告Aの背部痛,椎間
板炎等の原因を明らかにするため,椎間板を削り(生検),これを検体とする細菌
検査を行うべきであった。
被告H医師が,生検を行うことによって,原告Aの背部痛,椎間板炎の原因が細菌感
染であることが判明し,起炎菌を早期に同定することができた。
c 被告H医師は,平成8年5月30日に至り,ようやく血液培養検査を実施し,そ
の結果,レンサ球菌属(ストレプトコッカス・スピーシーズ)が検出され,敗血症
の確定診断がなされた。
被告H医師は,敗血症と診断された後も,起炎菌の同定をしないままに抗生剤を投与
し続け,亜急性感染性心内膜炎と確定診断するための臨床症状が隠蔽されることに
なってしまった。
また,原告Aが,平成8年7月31日に通院を開始し,椎間板炎が再燃した以降も,
起炎菌を同定することなく,漫然と抗生剤を投与し始めた。
本来であれば,被告H医師は,緊急性がない限り,既に投与していた抗生剤の投与を
中止するなどした上で,血液採取して血液培養検査を行うべきであったにもかかわ
らず,これを怠った。
また,被告H医師は,平成8年10月11日に至って,ようやく生検を行ったが,そ
の時期はあまりにも遅かった。
d 被告H医師が,血液培養検査や生検により,起炎菌を特定していれば,被告G医
師に対し,亜急性感染性心内膜炎による合併症であると確定診断するための重要な
情報を提供することが可能であった。
その場合,被告G医師は,亜急性感染性心内膜炎と確定診断して,適切な治療を行う
ことが可能であった。
e 以上によれば,被告H医師には,血液培養検査や生検を怠り,起炎菌を特定する
ことなく抗生剤を投与し続け,亜急性感染性心内膜炎の確定診断を行うための重要
な機会を奪ったという過失があり,被告H医師が,血液培養検査や生検を行った上
で,被告G医師による適切な診断・治療が行われていれば,本件脳動脈瘤が破裂する
ことはなかった。
(イ) 化膿性椎間板炎に対する治療について
a 被告H医師は,整形外科医として,血液培養検査や生検を行って起炎菌を同定
し,起炎菌に対して薬剤感受性のある抗生剤を投与して,化膿性椎間板炎の治療を
行うべきであった。
しかし,被告H医師は,化膿性椎間板炎に対して薬剤感受性の確認ができていない抗
生剤パンスポリンを投与し,亜急性感染性心内膜炎の確定診断を困難にした上,化
膿性椎間板炎及び亜急性感染性心内膜炎の起炎菌を死滅させることができなかっ
た。
b したがって,被告H医師には,化膿性椎間板炎に対する適切な治療を怠ったとい
う過失があり,被告H医師が,適切な治療を行っていれば,本件脳動脈瘤が破裂する
ことはなかった。
エ まとめ
以上によれば,被告G医師及び被告H医師(以下,合わせて「被告G医師ら」とい
う。)の前記各過失が複合したことにより,原告Aの亜急性感染性心内膜炎が治療さ
れず,本件脳動脈瘤の破裂に至ったものである。
(被告らの主張)
ア 原告Aの感染性心内膜炎の発症時期は不明であり,平成8年11月に感染性心内
膜炎に罹患していると診断することができるだけである。
M病院に転院し手術を受けた後,発熱等の所見が持続したこと,また,その間の炎症
所見が持続的に悪化し続けたこと,平成8年11月の血液培養検査で黄色ブドウ球
菌(スタヒロコッカス・アウレウス)が検出されていることなどによれば,M病院へ
転院し手術を受けた後に,感染性心内膜炎が発症した可能性が考えられる。
イ 被告I病院では,平成8年1月中旬,原告Aに左鎖骨部の疼痛や発熱等の症状が
あったとの報告を受け,同年2月7日に諸検査を施行している。
しかし,炎症反応は軽微で,心エコー検査では感染性心内膜炎の所見は認められな
かった。
平成8年2月7日の検査では,感染性心内膜炎で異常を示すといわれるRA(リウ
マチ反応)は陰性で,同年5月16日の免疫複合体検査も陰性であった。
ウ 原告Aは,腰椎椎間板炎のため,平成8年5月9日から被告I病院整形外科に入
院したが,加療により軽快・退院した。
原告Aは,平成8年10月7日,被告I病院整形外科に再入院したが,同様に,一般
的な抗生剤投与で症状や炎症所見は軽快している。
いずれも,感染性心内膜炎で起こる不明熱,炎症所見の持続,弁破壊によるうっ血
性心不全の兆候などは認められていない。
エ 以上によれば,原告Aについては,平成8年10月24日に転院するまで,感染
性心内膜炎の診断基準を満たす状況にはなかった。
仮に,原告Aが亜急性感染性心内膜炎を発症していたとしても,感染性心内膜炎と通
常の感染症の区別は難しく,血液培養検査についても,菌が隠れている場合は検出
できず,感染後相当期間経過後に発症することがあり,また,本件における亜急性
感染性心内膜炎の発症経緯は,発症期間を見ても,明らかに特異なものである。
したがって,被告G医師において,原告Aの症状が亜急性感染性心内膜炎によるもの
であることを診断するのは極めて困難であり,医療水準に照らして,過失があると
はいえない。
(被告Hの主張)
ア 被告H医師は,整形外科医であり,感染性心内膜炎に対する認識・予見可能性は
ないから,感染性心内膜炎を疑って,血液培養検査や生検を行うべき義務はない。
イ また,生検は,特に椎間板部位に対する生検は,対象患者に対して相当程度の
身体侵襲が必至となり,患者に対する身体的苦痛を伴うとともに,偶発症又は合併
症の危険性も伴う処置である。
したがって,整形外科医が椎間板炎を疑ったとしても,闇雲に早期の段階から生検
を実施することはない。身体症状を観察して,これに対する薬剤投与等の対症療法
を施行しながら,症状の増悪等の経過に相応して,具体的な検査の選択,必要性の
判断を重ねていくのが臨床医療の常識である。
平成8年5月18日ころの原告Aの状態は,腰痛は存在するものの,その程度は重度
ではなく,坐薬により自制内であり,同月22日以降には軽減傾向が認められてい
る。
したがって,平成8年5月18日までに,被告H医師において,一定の身体侵襲を伴
う生検を行うべき義務はない。被告H医師は,原告Aの症状に応じて,レントゲン検
査,ツベルクリン検査,TOMO検査,MRI検査等を施行しており,整形外科医
として尽くすべき義務は果たしている。
(7) 本件脳動脈瘤の発見・治療義務違反の過失の有無
(原告らの主張)
ア 被告G医師らが,前記のとおり,血液培養検査,心エコー検査及び生検を行って
いれば,原告Aの背部痛,椎間板炎は感染性心内膜炎による合併症であると確定的に
診断することができた。
そして,被告G医師は,感染性心内膜炎の起炎菌が脳動脈瘤を形成し,これが破裂し
て悲惨な結果となる危険を当然に予測できたから,原告Aの脳動脈に細菌性脳動脈瘤
が形成されていないかどうかに注意を払い,MRI検査を実施すべき義務を負って
いた。
イ 仮に,MRI検査を実施していれば,本件脳動脈瘤(細菌性かどうかは問わな
い。)は,MRI検査によって容易に発見することができたはずであり,脳動脈瘤
破裂の危険を事前に予期し,これに対処できた可能性が高い。
すなわち,MRI検査によって脳動脈瘤が発見された場合,感染性心内膜炎の対処
方法としての抗生剤の継続的投与によって,脳動脈瘤に変化が生じているかどうか
について,MRI検査の継続的な実施によって確認することになる。
そして,脳動脈瘤が,抗生剤の継続的投与によって消滅するようであれば,これ
は,細菌性脳動脈瘤であることが明確となり,この場合には,経過観察することで
足りる。
しかし,抗生剤の継続的投与によっても何らの変化もなく,かつ,脳動脈瘤の大き
さ次第では,外科手術に踏み切ることによって,脳動脈瘤破裂の危険に対処するこ
とができた。
ウ さらに,本件脳動脈瘤が細菌性脳動脈瘤ではなかったとしても,被告G医師が,
MRI検査を行っていれば,原告Aに脳動脈瘤が存在することを発見できたはずであ
り,適切な処置を取ることが可能であった。
エ したがって,被告G医師には,MRI検査を行って,脳動脈瘤に対する適切な治
療を行わなかったという過失があり,同過失により,本件脳動脈瘤が破裂するに至
った。
(被告らの主張)
感染性心内膜炎罹患時に,細菌性脳動脈瘤を疑って,MRI検査をルーチンで施行
することは,当時はもちろん現在の医療水準においても標準的ではない。
本件のように,感染性心内膜炎の診断基準を満たしていない状況で,原告Aに対して
MRI検査を行う義務がないのは当然のことである。
(8) 被告らの法的責任の有無
(原告らの主張)
被告F医師ら及び被告H医師の前記各過失が複合した結果,原告Aは感染性心内膜炎に
感染し,適切な治療を受けなかったため,本件脳動脈瘤が破裂するに至ったもので
あるから,被告F医師ら及び被告H医師は,原告らに対して共同不法行為責任を負
う。
被告Aは,被告F医師ら及び被告H医師の使用者として,原告らに対して使用者責任を
負い,また,被告F医師ら及び被告H医師の前記各過失行為の内容は,診療契約上の
債務不履行にも該当するから,原告Aに対して診療契約上の債務不履行責任を負う。
(被告らの主張)
原告らの主張は争う。
(9) 原告らの損害
(原告らの主張)
ア 原告Aの損害 合計1億8632万8475円
(ア) 積極損害              合計1234万2956円
              (うち請求拡張分293万0587円)
a 治療費                合計99万5031円
              (うち請求拡張分28万5000円)
(a) J整形外科(甲C14)           4437円
(b) K医院(甲C15)             978円
(c) 被告I病院(甲C16)          14万3552円
(d) M病院                14万1400円
(e) Nリハビリ病院 13万3000円
(f) Oメディカル(甲C17,C18)   13万1670円
(g) P薬局(甲C18)  3万2944円
(h) Q整骨院(甲C19)10万2000円
(i) Q整骨院(請求拡張分。甲C52)2万4000円
(j) L歯科医院               2万0000円
(k) R整体研究院(請求拡張分。甲C53)
                      26万1000円
b 入院・入所雑費 100万1000円
             (うち請求拡張分11万7000円)
原告Aは,被告I病院(107日間),M病院(162日間),Nリハビリ病院(24
0日間),S福祉センター(171日間)に合計680日間入院・入所し,その入
院・入所雑費は,1日当たり1300円で,合計88万4000円である。
また,原告Aは,S福祉センターに90日間入所しており,その入所雑費は,1日当
たり1300円で,合計11万7000円である(請求拡張分)。
c 付添介護費 168万0000円
1日当たり6000円で,280日間の付添介護費は,168万円である。
d 装具・治療器具費用等           70万4081円
             (うち請求拡張分54万1610円)
原告Aは,装具等費用として,16万2471円(甲C21からC28まで)及び5
4万1610円(請求拡張分。甲C55,C56,C58からC61まで,C6
8)の合計70万4081円を支払った。
e 家屋改造費等               91万1166円
             (うち請求拡張分90万3166円)
原告Aは,家屋改造費等として,8000円(甲C29)及び90万3166円(請
求拡張分。甲C62からC66まで)の合計91万1166円を支払った。
f 健康診断費用(甲C30)          1万7830円
g リハビリテーション(以下「リハビリ」という。)費用          
                  28万5820円
               (うち請求拡張分18万5820円)
原告Aは,リハビリ費用として,10万円(甲C31)及び18万5820円(請求
拡張分。甲C67)の合計28万5820円を支払った。
h 交通費等                 68万9390円
               (うち請求拡張分13万7730円)
原告Aは,交通費等として,55万1660円(甲C34からC40まで)及び13
万7730円(請求拡張分。甲C71,C72)の合計68万9390円を支払っ
た。
i その他費用 342万1561円
(a) T友の会会費(甲C32)       4万9000円
(b) 無駄になった大学学費(甲C41)   209万6000円
(c) 校友会費(甲C42)           1万5000円
(d) 診断書料(甲C22)           3万1500円
(e) 医師・友人謝礼121万0000円
               (うち請求拡張分19万0000円)
原告Aは,医師や見舞いに来た友人への謝礼として86万円(甲C20,C33)及
び19万円(請求拡張分。甲C54,C69)の合計121万0000円を支払っ
た。
(f) PHSサービス加入費(請求拡張分。甲C70)
                       2万0061円
j 調査料等           263万7077円
(a) 意見書作成費用等64万0670円
               (うち請求拡張分39万0200円)
原告Aは,意見書作成費用等として,25万0470円(甲C45)及び39万02
00円(請求拡張分。甲C73,C77,C78)の合計64万0670円を支払
った。
(b) 証拠保全費用             199万6407円
原告Aは,送達費用4488円,撮影費用等109万1919円及び弁護士費用90
万円の合計199万6407円を支払った(甲C46からC50まで)。
(イ) 消極損害合計1億2140万5519円
a 休業損害               91万7350円
原告Aは,本件心臓カテーテル検査に起因する感染性心内膜炎等により,平成8年1
月16日から平成9年6月17日(症状固定日の前日)までの519日間アルバイ
トを欠勤せざるを得なかった。
原告Aの平成7年度のアルバイト収入は,64万5150円であったから,休業損害
は,64万5150円×519÷365=91万7350円である。
b 逸失利益            1億2048万8169円
原告Aは,本件脳動脈瘤の破裂により,右手・右足機能障害,言語障害,記憶障害等
の後遺症が残り,平成9年6月18日,後遺障害等級2級に該当すると診断されて
いる。
原告Aは,平成9年6月18日の症状固定当時22歳であり,67歳までの45年間
100パーセント労働能力を喪失した。
22歳新大卒の全年齢平均賃金は677万8900円であるから,原告Aの逸失利益
は,677万8900円×17.7740(45年のライプニッツ係数)=1億2
048万8169円である。
(ウ) 慰謝料               合計3490万0000円
a 後遺症慰謝料2590万0000円
前記のとおり,原告Aは,後遺障害等級2級の後遺症が残ったから,その精神的苦痛
に対する慰謝料としては,2590万円が相当である。
b 入通院慰謝料900万0000円
原告Aは,平成8年1月から平成10年9月までの37か月にわたり,入通院して治
療・リハビリを行ったから,その精神的苦痛に対する慰謝料としては,900万円
が相当である。
(エ) 弁護士費用               1768万0000円
本件訴訟提起・追行に必要な弁護士費用としては,1768万円が相当である。
(オ) まとめ
したがって,原告Aは,被告らに対し,不法行為(被告Aについては使用者責任)又
は診療契約上の債務不履行(被告Aについて)に基づき,連帯して,1億8632万
8475円及び内金1億8339万7888円に対しては本件心臓カテーテル検査
の日である平成7年8月1日から,内金293万0587円に対しては請求拡張申
立書送達日の翌日である平成14年7月20日から各支払済みまで民法所定の年5
分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 原告B,原告C及び原告(以下,合わせて「原告Bら」という。)の損害
(ア) 慰謝料
原告Bらは,原告Aの近親者であり,原告Aを介護していかなければならない立場にあ
る。
原告Aの後遺症は,原告Bらにとって,死亡以上に重大な精神的苦痛になっている。
原告Aは,原告Bらに顔を会わせる度に,「死にたい」,「殺してくれ」と愁訴して
おり,原告Cは,ノイローゼ状態になり,精神科に通院し,投薬治療を受けている。
原告Bらの精神的苦痛に対する慰謝料としては,それぞれ400万円が相当である。
(イ) まとめ
したがって,原告Bらは,被告らに対し,不法行為(被告Aについては使用者責任)
に基づき,連帯して,それぞれ400万円及びこれに対する原告Aの本件脳動脈瘤が
破裂した日である平成8年10月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による遅延損害金の支払を求める。
(被告らの主張)
原告らの主張は争う。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(本件脳動脈瘤の発生原因)について
(1) 脳動脈瘤について
ア 発生原因による分類
脳動脈瘤を発生原因で分類すると,細菌性脳動脈瘤以外に,先天性脳動脈瘤,外傷
性脳動脈瘤,腫瘍・動静脈奇形・もやもや病に随伴する動脈瘤などに分類される
(甲B30,U鑑定人の鑑定(以下「U鑑定」という。))。
先天性脳動脈瘤は,血管分岐部の中膜欠損部に血圧や血流の付加が加わって,血管
壁の一部が限局性に拡張して生じることが多い(甲B30)。
細菌性脳動脈瘤については,感染性栓子が動脈内膜で炎症性破壊することにより生
じるとする説と,感染性栓子が脈管の血管を介して動脈の外膜に塞栓を起こして外
膜と中膜を破壊して生じるとする説がある(甲A6,A20の5,B4)。
イ 形態による分類
脳動脈瘤を形態的に分類すると,嚢状動脈瘤及び紡錘状動脈瘤に分類される(甲B
30)。
ウ 頻度
通常見られる嚢状動脈瘤の大半は,先天性脳動脈瘤であり,先天性以外の原因によ
る脳動脈瘤は,紡錘状の形態をとることが多い(甲B30,乙B1)。ただし,細
菌性脳動脈瘤でも,嚢状の形態をとることがある(乙B1)。
脳動脈瘤のうち,細菌性脳動脈瘤の頻度は極めて少なく,抗生剤の普及した現在で
は,頭蓋内全動脈瘤の数パーセントと報告されている(乙B1,証人V,U鑑定)。
エ 発生部位
一般に,脳動脈瘤は,脳底部血管分岐部に好発し,前交通動脈に約30パーセン
ト,内頸動脈・後交通動脈分岐部に約25パーセント,中大脳動脈分岐部に約13
パーセントが生じるとされる(甲B30,乙B1)。
全脳動脈瘤中,中大脳動脈末梢部に動脈瘤が発生する頻度は,1パーセントから2
パーセントと極めて少ない(乙B1,U鑑定)。
ただし,細菌性脳動脈瘤については,60パーセント程度が中大脳動脈に発生して
おり(甲A6,乙B1,U鑑定),中大脳動脈末梢部に多発性に発生することが多い
(乙B1)。
オ 発症年齢
脳動脈瘤の好発年齢は,40歳代から50歳代であり,全脳動脈瘤の50パーセン
トを占めていて,20歳代以下は約6パーセントである(甲B30,乙B1,U鑑
定)。
他方,細菌性脳動脈瘤の好発年齢は,10歳から30歳である(U鑑定)。
(2) 本件脳動脈瘤の画像所見について
本件脳動脈瘤は,中大脳動脈末梢部に発生した動脈瘤であり,血管写上,動脈瘤の
造影が極めて遅く,静脈相でも造影剤の停滞が見られ,通常の嚢状動脈瘤の所見と
してはまれである(U鑑定)。
また,本件では,中大脳動脈末梢部に2個の動脈瘤又は血管写で写らない微細な連
続性を持った非常に不整な動脈瘤の所見があり,この点も通常の嚢状動脈瘤の所見
としてはまれである(U鑑定)。
さらに,細菌性脳動脈瘤に特徴的である近傍血管の狭窄・拡張・閉塞が明確ではな
いが,動脈瘤発生血管の造影が不良であり,血管内腔の異常が考えられる(U鑑
定)。
(3) 本件脳動脈瘤の発生原因について
ア 破裂した本件脳動脈瘤に対する前頭側頭開頭クリッピング手術等(以下「本件
クリッピング手術等」という。)を行ったM病院では,本件脳動脈瘤と心臓との関係
は不明であり,大動脈弁閉鎖不全症があるために細菌性脳動脈瘤が生じた可能性は
あるが,はっきりとは分からず(甲A14・10頁,13頁,324頁,434
頁),細菌性脳動脈瘤も否定できないが確証なく,中大脳動脈の末梢で分岐部にあ
り,先天的なものとして矛盾しない(甲A14・99頁)とされ,本件脳動脈瘤が
先天的脳動脈瘤である可能性が高いと考えられていた。ただし,M病院の画像診断レ
ポートには,平成8年10月24日発症の左中大脳動脈末梢部の細菌性脳動脈瘤の
破裂であると記載されている(甲A14・135頁)。
イ 被告A及び被告F医師らが提出したW大学医学部脳神経外科教授X作成の鑑定意見
書(以下「原意見書」という。)においては,原告Aの年齢,脳血管撮影画像,手術
所見から先天性脳動脈瘤が最も考えられ,脳動脈瘤の好発部位と頻度からは,本件
脳動脈瘤は,細菌性脳動脈瘤を否定するものではないが,単発であることと,その
頻度から先天性脳動脈瘤と考えてよいとされている(乙B1)。
さらに,原意見書によれば,細菌性脳動脈瘤の治療として,動脈瘤頸部クリッピン
グをする場合,細菌性脳動脈瘤は基礎に血管炎があるため動脈壁が脆弱であり,ク
リッピングが可能な嚢状動脈瘤は少なく,動脈瘤の末梢の組織学的検索を行うと,
動脈瘤壁への細胞浸潤と壁の繊維化,内膜の欠損,内弾性板の破壊,壁内微膿瘍形
成が見られるが,本件脳動脈瘤については,クリッピングが完全に行われているこ
と,動脈瘤の末梢の組織学的検索が行われていないことから,細菌性脳動脈瘤と診
断することは極めて困難であり,先天性脳動脈瘤と考える方が妥当であるとされて
いる(乙B1)。
ウ しかし,前記のとおり,本件脳動脈瘤について,発生部位から先天性脳動脈瘤
ではなく,細菌性脳動脈瘤が強く推認されること,原告Aは細菌性脳動脈瘤の好発年
齢に該当していたこと,通常の嚢状動脈瘤としてはまれな画像所見(単発とはいえ
ない)があり,さらに,血管内腔の異常が考えられることなどによれば,本件脳動
脈瘤は,先天性脳動脈瘤ではなく,細菌性脳動脈瘤である可能性が高いものと認め
られる(甲A6,証人V,U鑑定)。
エ そして,後に争点(2)で認定するとおり,本件脳動脈瘤の破裂に先行して,原告
Aが感染性心内膜炎を発症していたと推認されること,感染性心内膜炎は細菌性脳動
脈瘤の原因となり,細菌性脳動脈瘤の大部分で感染性心内膜炎が先行することが報
告されていること(甲A6,U鑑定),本件脳動脈瘤は,感染性心内膜炎を原因とす
る細菌性脳動脈瘤の好発部位に発生していること(U鑑定),以上の事実によれば,
本件脳動脈瘤については,先行する感染性心内膜炎を原因とする細菌性脳動脈瘤で
あると推認される(甲A6,証人V,U鑑定)。
M病院での所見及び原意見書では,本件脳動脈瘤が先天性脳動脈瘤である可能性が高
いと考えられているが,いずれについても,本件脳動脈瘤が細菌性脳動脈瘤である
可能性を否定するものではなく,また,クリッピング手術が可能であったことは,
本件脳動脈瘤が細菌性脳動脈瘤であることを必ずしも否定するものではない(甲A
6)から,前記認定は左右されない。
(4) まとめ
したがって,本件脳動脈瘤は,先行する感染性心内膜炎を原因とする細菌性脳動脈
瘤であると認められる。
2 争点(2)(本件心臓カテーテル検査と感染性心内膜炎の因果関係)について
(1) 感染性心内膜炎について
ア 急性感染性心内膜炎と亜急性感染性心内膜炎
感染性心内膜炎は,その経過から,急性感染性心内膜炎と亜急性感染性心内膜炎に
分類されるが,最近では,急性・亜急性の分類は重視されない傾向にある(甲A2
0の5,B19,B33,B40)。
ただし,未治療の亜急性感染性心内膜炎は,発症から死亡までの中央値が約6か月
であるのに対し,急性感染性心内膜炎では1か月未満と短いこと,起炎菌も,急性
感染性心内膜炎では黄色ブドウ球菌(スタヒロコッカス・アウレウス)が大部分で
あるのに対し,亜急性感染性心内膜炎では緑色レンサ球菌(ストレプトコッカス・
ヴィリダンス),腸球菌(エンテロコッカス),コアグラーゼ陰性ブドウ球菌など
の弱毒菌が多いなどの相違点がある(甲B40)。
イ 感染性心内膜炎の発生機序
(ア) 本来滑らかな心内膜が,異常血流(短絡血流,逆流,狭窄血流)などにより
損傷を受けて粗雑化すると,血小板やフィブリンなどが沈着・凝集し,非細菌性血
栓性心内膜炎の状態となる(甲B3,B5,B19,B33,B40)。
自己弁の感染性心内膜炎症例の約3分の2は,基礎心疾患のある例であり,大動脈
弁閉鎖不全症,僧帽弁閉鎖不全症,心室中隔欠損症,動脈管開存症などが,基礎心
疾患となる(甲B5,B19,B40)。
また,心臓カテーテル検査や心臓手術による機械的損傷,人工弁,心内パッチなど
異物の存在も,感染性心内膜炎発症の誘因となる(甲B33)。
(イ) 非細菌性血栓性心内膜炎の状態下に,歯周病が合併している齲歯の抜歯操作
などにより,口腔常在菌による一過性菌血症が生じると,フィブリン血小板血栓に
細菌が付着し,細菌が増殖して疣贅が生じる(甲B19,B40)。
一過性菌血症は,歯磨きの40パーセント,抜歯の30パーセントから75パーセ
ントで見られるとされ,歯科治療が感染性心内膜炎発症の一大誘因であり,大動脈
弁逆流症の患者が歯科治療を受ける際には,感染性心内膜炎の予防目的で抗生剤投
与がされることもある(甲B19,B20,B40,Y鑑定人の鑑定(以下「Y鑑
定」という。))。ただし,感染性心内膜炎のうち,起炎菌に感染した誘因が明ら
かでない症例も少なくない(甲A6,B4,乙B2,証人V)。
感染性心内膜炎の起炎菌は,レンサ球菌(50パーセントから75パーセント),
ブドウ球菌(25パーセント),腸球菌(10パーセント)が大半を占めている
(甲B19)。緑色レンサ球菌(ストレプトコッカス・ヴィリダンス)は,口腔咽
頭に常在する弱毒菌である(甲B19,B38,B40)。
(ウ) 一過性菌血症が生じた約2週間後から発熱,全身倦怠感,食欲不振,体重減
少などの臨床症状を呈し始め,菌が産生するプロテアーゼや他の酵素,宿主側の要
因(炎症等)が直接に弁を破壊する(甲A20の5,B40)。
また,血液中に細菌が検出される状態が継続すると,体液性及び細胞性の免疫系が
刺激されるので,免疫複合体が生成される(甲B19)。
(エ) そして,緑色レンサ球菌性心内膜炎では,治療しなければ通常6か月以内に
死に至り(甲B40),感染性心内膜炎は,治療しないと死亡するに至る点におい
て,通常の感染症と異なる(甲A20の5,証人V)。
ウ 感染性心内膜炎の診断
(ア) 感染性心内膜炎の診断方法
a 感染性心内膜炎は,不明熱の代表的原因疾患であり,不明熱のときは,必ず感
染性心内膜炎を疑い,臨床症状の許す限り,抗生剤を中止し,起炎菌の同定を行う
べきである(甲A20の5,B40)。
感染性心内膜炎の発症初期の症状は非特異的なものが多く,感染症状,血管塞栓症
状,心症状の3大症状がすべて揃うときは,病態がかなり進行していることが多い
(甲B40)。
また,不明熱のため既に抗生剤の投与がなされていたり,膠原病の診断のもとにス
テロイドホルモンが投与されていると,炎症症状が隠蔽されて,重篤な合併症によ
り初めて感染性心内膜炎に気付くことがある(甲B40)。
b 感染性心内膜炎においては,80パーセントから85パーセントの症例に発熱
が認められる(甲B40)。
これは,悪寒を伴う急激に発症する高熱(38度以上)といったものと,慢性的に
微熱が持続するというような緩徐に進行するものがある(甲B40)。急激に発症
するのものはいわゆる菌血症の病態であり,発汗や頭痛,嘔吐,関節痛,意識レベ
ルの異常などの症状を呈することが多く,緩徐に進行するものでは,全身倦怠,食
欲減退といった慢性所見の経過が見られる(甲B40)。
身体所見では,脾腫,塞栓症による小出血及び紫斑や神経学的異常を認めることも
あるが,心雑音は80パーセントから85パーセントの症例に見られ,最も重要な
所見である(甲B40)。
c 感染性心内膜炎を疑う際に必要な検査となるのが,血液培養検査であり,治療
方針決定のための正確な起炎菌の同定が必要である(甲B40)。
血液培養検査の陽性の所見のみでは確定診断とはならないが,1時間以上の持続は
一過性菌血症とは考えがたく,また24時間以上の間に複数の培養検体から同一検
体の陽性が証明されれば,感染性心内膜炎の診断となり得る(甲B40)。
感染性心内膜炎でも,既に抗生剤を投与されていたためなど,何らかの原因で血液
培養検査の結果が陽性にならない場合がある(甲A20の5,B40)。
したがって,血液培養検査は,抗生剤の投与前に行うことが望ましいが,既に抗生
剤を投与している場合,臨床的に可能であれば,抗生剤を中止したり,抗生剤を吸
着する培養法を行うこと等が望ましい(甲A20の5,B18,B38,B4
0)。
d 血液生化学検査では,炎症所見として,赤沈亢進やCRP陽性,白血球増多,
高グロブリン血症が見られ,リウマチ因子が約半数の患者で陽性になる(甲B1
8,B40)。
e 心エコー検査は,心内膜側の状態や隣接する大動脈壁の状態を形態学的に評価
できるのみでなく,カラードプラ法などの併用により,弁破壊に伴い出現する逆流
症の検出に優れた検査方法である(甲B40)。
心エコー検査は,血液培養検査が陰性であっても,臨床的に感染性心内膜炎が強く
疑われる症例に対しては施行すべき検査であり,経胸壁心エコー法のみでなく,経
食道心エコー法やパルスドプラ法を併用することにより,検査の精度が高まる(甲
B40)。
感染性心内膜炎が疑わしくとも経胸壁心エコー法で形態異常が検出できなかった例
(経胸壁心エコー法では60パーセントから80パーセント程度の検出率であ
る。)では,経食道心エコー法が必須の検査となるが,経食道心エコー法でもすべ
ての形態異常が見つかるわけではなく,約90パーセントの検出率である(甲B1
8,B40)。
また,最初の検査では疣贅を認めなかったが,病勢の進行とともに,再検査時に見
つかることもあり,感染性心内膜炎の発症初期には,いまだ形態異常を認めないと
きもあるので,疑わしい例では検査を繰り返すことが必要である(甲B40)。
(イ) 感染性心内膜炎の診断基準として広く用いられているDUKE基準は次のと
おりである(甲A20の5,B17,B40,証人V)。
a 確実
(a) 病理学的基準
① 原因微生物の検出
疣贅の培養中又は疣贅内に認める。又は,梗塞を起こした疣贅又は心筋膿瘍の培養
中に認める。
② 病変部位における検索
組織学的に活動性を呈する疣贅や心筋膿瘍を認める。
(b) 臨床学的基準
大項目2個,大項目1個+小項目3個,小項目5個
b 可能性大
確実ではないが,否定でもない所見を有する。
c 否定
① 臨床像を感染性心内膜炎以外で確実に説明できる診断がある。
② 感染症治療薬で4日以内に症状が軽快する。
③ 感染症治療薬の使用があっても4日以内の症例で,外科手術時,剖検時に病理
学的に感染性心内膜炎の証拠がない。
(ウ) DUKE基準の大項目,小項目は次のとおりである(甲B17,B40)
a 大項目
(a) 血液培養検査の陽性
① 2度の異なる血液培養検査で,次のような感染性心内膜炎に典型的な微生物が
検出される場合
ⅰ 緑色レンサ球菌(ストレプトコッカス・ヴィリダンス),ストレプトコッカ
ス・ボービス,HACEK群
ⅱ 市中感染の黄色ブドウ球菌(スタヒロコッカス・アウレウス)又は腸球菌(エ
ンテロコッカス。一次感染巣がない場合)
② 次の定義のように,感染性心内膜炎を来す微生物が血液培養検査で持続的に検
出される場合
ⅰ 12時間以上離れた2度以上の血液培養が陽性であるとき
ⅱ 血液培養検査3回すべて,又は4回以上の異なる血液培養検査の過半数が陽性
であるとき(最初と最後の検査は1時間以上離れている必要がある。)
(b) 心内膜病変の証拠
① 次のように定義される心エコー図上の陽性所見
ⅰ 弁や支持組織に付着し,細かく震動する心内の疣贅(逆流ジェットの経路にあ
るか,手術で植え込まれた物体に接し解剖学的に他の説明がつかないもの)。
ⅱ 膿瘍
ⅲ 新たに発生した代用弁の部分離解
② 新たな逆流の発生(既存の心雑音の増悪や変化だけでは不十分)
b 小項目
(a) 素因:素因となる心疾患又は経静脈的麻薬使用
(b) 発熱:体温38度以上
(c) 血管現象:主要動脈の塞栓,感染性肺塞栓,感染性動脈瘤,脳内出血,結膜
出血,手掌・指腹・足底の塞栓による点状出血
(d) 免疫現象:糸球体腎炎,オスラー結節,ロース斑,リウマチ因子陽性
(e) 細菌学的根拠:前記の大基準を満足しない血液培養検査の陽性所見(コアグ
ラーゼ陰性ブドウ球菌や通常感染性心内膜炎を来さない微生物の1回だけの培養陽
性は除く。),又は感染性心内膜炎に合致する微生物の血清学的陽性所見
(f) 心エコー図所見:感染性心内膜炎に矛盾しないが,大基準を満足しない場合
エ 感染性心内膜炎の合併症
(ア) 感染性心内膜炎は,弁破壊からくる弁逆流や心機能低下,弁感染からの菌血
症,免疫反応などにより,全身臓器に様々な合併症を引き起こす可能性がある(甲
B40)。
全症例の3分の1に見られるとされる塞栓症は,脳・心臓等主要臓器への塞栓で
は,治療選択・予後を左右する因子となることもある(甲B3,B40)。
心臓合併症としては,弁逆流や弁穿孔等による心不全,弁輪膿瘍,心筋梗塞などが
あり,心臓外合併症としては,末梢塞栓症,腎機能障害,脾腫瘍,細菌性動脈瘤な
どがある(甲B3,B40)。
感染性心内膜炎の発症から,診断・治療開始までの期間が長いほど,心臓外合併症
の頻度は増すが,中枢神経系での血管障害(とりわけ細菌性動脈瘤)には注意しな
ければならない(甲B3,B40)。
(イ) 細菌性脳動脈瘤は,感染性心内膜炎に対する治療が不十分であると,2日か
ら3日で発生する危険性がある(甲B4)。
細菌性脳動脈瘤の発生率は1パーセントから5パーセントとされるが,死亡率は高
く,破裂性で80パーセント,非破裂性でも30パーセントと報告されている(甲
A20の5,B4,B20,B40)。
感染性心内膜炎診断から細菌性脳動脈瘤破裂までの期間は35日以内(平均18
日)と短期間であり,細菌性栓子の塞栓から動脈瘤形成までは,短くて1日から2
日,長くても2週間と報告されている(甲A6,証人V,U鑑定)。
オ 感染性心内膜炎の治療
(ア) 感染性心内膜炎は,早期診断と適切な抗生剤の投与により,高い治癒率を期
待でき,心不全などの合併症の発生を防ぐことができる(甲B3,B19,B4
0)。
レンサ球菌による場合の治癒率は90パーセント以上,ブドウ球菌の場合は60パ
ーセントから75パーセントである(甲B19)。ブドウ球菌による場合は,経過
が急激かつ重篤で,合併症の発生頻度も高い(甲B19)。
(イ) 感染性心内膜炎に対しては,抗生剤治療が行われ,同定又は想定された起炎
菌に対して,ペニシリンG等を大量に長期投与する(甲B3,B17,B19)。
さらに,抗生剤治療抵抗性の症例などについては,弁置換術を中心とする外科手術
の適応がある(甲B3,B17,B19)。
(ウ) 感染性心内膜炎については,起炎菌の同定・薬剤感受性検査が他の感染症以
上に重要であり,急性感染性心内膜炎ではなく,臨床症状が安定していれば,培養
結果を待ってもよいことが多い(甲A20の5)。
一般に抗生剤の使用については,感染を起こしている臓器を絞り,起炎菌を正しく
想定・同定し,なるべく起炎菌にのみ有効なものを選んで,その効果を正確に追う
ことが重要であるとされている(甲A20の5,B36)。そして,感染性心内膜
炎による微熱に対して少量の抗生剤を使用したり,解熱傾向が見られるとすぐに治
療を終えるようなことは,抗生剤の使用方法としては誤っているとされている(甲
A20の5,B36)。
(エ) 細菌性脳動脈瘤に対しては,原則的に脳外科手術の適応は少なく,強力な抗
生剤治療によって,その消長を観察する必要があり,非破裂例では,十分な抗生剤
治療により消退することが多い(甲B4,B20)。
(2) 原告Aの診療経過について
ア本件心臓カテーテル検査の経過
(ア) 原告Aは,大学の健康診断で高血圧を指摘されて受診した近医において,心雑
音を指摘されたため,平成7年4月25日に被告I病院を受診した(前記前提事実,
乙A1・5頁)。
原告Aは,平成7年5月16日に心エコー検査を受け,被告F医師らによって,大動
脈弁閉鎖不全症と診断された(前記前提事実,乙A1・39頁)。
(イ) そして,原告Aは,心臓カテーテル検査を受ける目的で,平成7年7月28日
に被告I病院に入院し(以下「第1回入院」という。),同年8月1日,被告F医師
らによって,本件心臓カテーテル検査を受けた(前記前提事実,乙A2・15頁,
A8)。
本件心臓カテーテル検査は,穿刺部位の剃毛・消毒を行い,滅菌ガーゼで覆った
後,右大腿動脈・静脈に針を穿刺して行われた(乙A17,被告F本人)。なお,被
告I病院で定期的に行われている落下細菌検査では,平成6年から平成8年までの検
査において,本件心臓カテーテル検査が行われたカテーテル検査室内に環境菌(黄
色ブドウ球菌以外のグラム陽性球菌等)が検出されている(甲A17)。
被告F医師らは,本件心臓カテーテル検査後,通常のとおり,感染症予防のため,平
成7年8月1日から同月3日まで,抗生剤(セファメジン)1グラムを1日2回点
滴した(前記前提事実,乙A2・9頁,A18,被告G本人)。
(ウ) 平成7年8月2日,同月4日の血液生化学検査では,炎症所見(白血球数増
加,CRP値増大,血沈亢進など)はなく,バイタルサインにも著変がなかったた
め,原告Aは,同月5日に被告I病院を退院した(前記前提事実,乙A1・17頁か
ら23頁まで,A18)。
そして,被告F医師らは,原告Aの大動脈弁閉鎖不全症については,6か月ごとの心
エコー検査により経過観察する方針とした(前記前提事実,乙A1・15頁)。
原告Aについては,本件カテーテル検査を受けて退院した後は,被告G医師が外来の
担当医となり,その後,被告F医師は,原告Aの診察を担当しなかった(前記前提事
実,乙A8,A9,被告G本人)。
イ 第1回入院後の通院治療の経過
(ア) 原告Aは,平成7年8月23日,同年10月18日に被告I病院に通院した
が,従前から見られていた心雑音(拡張期逆流性雑音)はあったが,そのほかに特
記すべき訴えはなく,同日の血液生化学検査でも炎症所見はなく,正常であった
(前記前提事実,甲A20の4,乙A1・7頁,A18,B2,証人V)。
(イ) 本件心臓カテーテル検査後,平成8年1月までの間,原告Aには,平成7年8
月以前にはほとんど見られなかったアルバイトの欠勤が1か月に数回見られていた
(甲A1の1から10まで)。ただし,アルバイトについては,欠勤もあったが,
出勤日には長時間の勤務をすることもあった(甲A1の1から10まで)。
(ウ) 原告Aは,平成7年12月26日,心機能を測定するためのトレッドミル運動
負荷試験を受け,心拍数166拍/分,血圧209/65mmHgまでの運動に耐
えて,発熱や呼吸困難などの異常所見なく終了した(前記前提事実,乙A1・42
頁,A18,被告G本人,Y鑑定)。
なお,大動脈弁閉鎖不全症では,症状の進行により,心臓が拡大するが,心臓がま
だ拡大していない場合の方が,運動による強い負荷により心不全の症状を生じやす
い(Y鑑定)。
ウ J整形外科受診後の経過
(ア) 平成8年1月16日,原告Aは,鎖骨付近の痛みを訴えて,J整形外科を受診
し,炎症所見(白血球上昇,血沈亢進)が認められるとともに,リウマチ反応がプ
ラスマイナスと判定された(前記前提事実,甲A9)。リウマチ反応がプラスマイ
ナスとは,リウマチ因子陽性と判定するほどには数値が高くない状態を示している
(証人V)。
さらに,原告Aは,平成8年1月30日,蕁麻疹と38度4分の発熱の症状を訴え
て,K医院を受診し,抗生剤の投与を受けた(前記前提事実,甲A8,A11,乙A
1・8頁)。
(イ) 原告Aは,本件心臓カテーテル検査から約6か月目の予約検査のために,平成
8年2月7日,被告I病院を受診した(前記前提事実,甲A8,乙A1・7頁,8
頁)。
原告Aに同行した原告Cは,平成8年1月17日に鎖骨付近の痛みで外科(J整形外
科)を受診したところ,血液生化学検査でリウマチがあると言われ,投薬を受けた
こと,同月30日夜に38.5度の発熱があったため,内科医で抗生剤等の投薬を
受けたが,同年2月5日夜には37.8度の発熱があり,痰や鼻が出て,鎖骨の痛
みも残っていること,内科医から血液生化学検査をもう一度受けた方がよいと言わ
れていることなどを記載したメモ及びJ整形外科での血液生化学検査の報告書を被告
G医師に渡した(甲A8,乙A1・8頁,31頁,A18)。
(ウ) 原告Aは,被告G医師による心エコー検査(経胸壁心エコー法)を受けたが,
大動脈弁及び僧帽弁の状態に変化はなく,大動脈弁閉鎖不全症による逆流も悪化し
ていなかった(前記前提事実,甲A4,乙A1・8頁,30頁,A18,Y鑑定)。
また,血液生化学検査では,白血球数が正常範囲内(ただし,本件心臓カテーテル
検査前の数値より高め)であり,CRP値(炎症反応)は軽度上昇しており,RA
検査(リウマチ反応)はマイナスであり,RAHA検査(リウマチ反応)は40倍
(正常40倍未満)であった(前記前提事実,乙A1・33頁から35頁まで,A
18,被告G本人)。
(エ) 被告G医師は,前記のようなJ整形外科等での原告Aの症状から,感染による炎
症があったと考えたが,血液生化学検査の結果,白血球数が正常範囲内,CRP値
が軽度上昇であり,解熱していたため,薬剤を投与せず,経過観察とした(前記前
提事実,乙A1・8頁,A18)。なお,被告G医師は,この時点において,原告
Aが感染性心内膜炎を発症している可能性については疑っていなかった(被告G本
人)。
また,血液生化学検査の結果,リウマチ反応が陰性であり,手足の変形などの症状
もなかったため,被告G医師は,慢性関節リウマチは否定的であると考えた(前記前
提事実,乙A1・9頁,31頁,A18,被告G本人)。なお,被告G医師は,感染
性心内膜炎を発症した場合,リウマチ反応が陽性となることがあることについての
明確な知識は有していなかった(被告G本人)。
(オ) 原告Aは,平成8年2月28日,同年3月13日,同月27日に,被告G医師
の診察を受け,蕁麻疹の症状を訴えるとともに,CRP値(炎症反応)の上昇が見
られた(前記前提事実,乙A1・9頁,乙A18,被告G本人)。
また,原告Aは,平成8年3月9日に,背部痛を訴えて,被告I病院整形外科を受診
し,同月29日からは,被告H医師が原告Aの背部痛や下腿部痛の治療に当たった
(前記前提事実,丙A1・3頁,4頁,A4,被告H本人)。
エ 被告I病院整形外科入院後の経過
(ア) 平成8年5月の診療経過
a 原告Aは,平成8年5月9日,腰痛により被告I病院に緊急入院し(以下「第2
回入院」という。),被告H医師の診察を受けた(前記前提事実,丙A2・46頁,
A4)。
被告H医師は,原告Aに発熱があったため,一般的な上気道感染の疑いで,一般細菌
検査(咽頭培養検査)を行い,抗生剤(パンスポリン)の投与を開始した(前記前
提事実,丙A2・31頁,39頁,A4,被告H本人)。
なお,原告Aは,入院時の体重が64.6キログラムであり,本件カテーテル検査の
ために入院した平成7年7月28日の時点より約6キログラムの体重減少があった
(前記前提事実,乙A1・11頁,丙A2・155頁)。
原告Aの体重減少の原因について,被告らは,原告Aの意識的減量行為があったと主
張する。しかし,原告Aは,第2回入院時には,平成8年4月ころから体重が8キロ
グラム減少し,体力・持久力も低下したとのみ述べており,意識的減量行為につい
て何ら述べていないこと(乙A1・10頁,丙A2・49頁,154頁),また,
平成8年3月以降は,アルバイトの欠勤日が増加し,勤務日数が少なくなるなど,
原告Aの体調不良を窺わせる事情が存在すること(甲A1,A8)などに照らすと,
原告Aの体重減少は,意識的減量行為によるものではなく,体調不良によるものであ
った可能性が高いものと考えられる。
b また,被告H医師は,第2回入院時の診察において,原告Aに同行していた原告
Cから,心臓カテーテル検査後の細菌感染を心配して,被告G医師と連携して治療に
当たるよう依頼され,被告G医師に対し,原告Aが急性腰痛症で緊急入院したことを
伝え,心臓との関連を尋ねる依頼書を出した(甲A2,A8,乙A1・14頁,丙
A2・144頁,被告H本人)。
被告H医師の依頼書に対し,被告G医師は,平成8年5月15日付けで,原告Aが,大
動脈弁閉鎖不全症で経過観察中の患者であり,蕁麻疹も見られていること,心臓と
は直接の関連性はないと思われるが,膠原病を調べるために採血の指示を出し,同
月22日に診察する予定である旨の返事をした(前記前提事実,乙A1・14頁,
丙A2・144頁,被告H本人)。
c その後も原告Aの腰痛・微熱は継続し,炎症反応が認められたため,被告H医師
は,平成8年5月13日,血液生化学検査の結果やレントゲン検査から,化膿性又
は結核による胸腰椎の脊椎椎間板炎を疑い,ツベルクリン反応検査を指示した(前
記前提事実,丙A4)。
d 原告Aは,平成8年5月15日,被告G医師の診察を受け,腰痛やふくらはぎ・
大腿部筋肉痛があり,足や手の指の腫れ,8キログラムの体重減少,体力・持久力
の低下の症状があると訴えた(前記前提事実,乙A1・10頁,A18,被告G本
人)。
被告G医師は,原告Aの症状から膠原病を疑い,平成8年5月16日に,抗体検査を
行ったが,異常は認められず,膠原病は否定的と考えた(前記前提事実,乙A1
8)。なお,同時に行われたRAPA検査(リウマチ反応)の結果は80倍であ
り,異常値を示していた(前記前提事実,甲B29,丙A2・134頁,証人V)。
e 抗生剤の投与により,いったんは原告Aの熱は下がったが,平成8年5月17日
から,38度代の発熱が見られたため,被告H医師は,抗生剤をパンスポリンからセ
フメタゾンに変更した(前記前提事実,丙A2・39頁,被告H本人)。
f 被告H医師は,MRI検査の結果から,平成8年5月18日の時点では,化膿性
椎間板炎,結核性椎間板炎,副甲状腺機能亢進症,副甲状腺機能低下症,ショイエ
ルマン病等を疑っていたが,生検をしてみないと確定診断はできないと判断してい
た(前記前提事実,丙A2・55頁,A4)。
g 被告H医師は,平成8年5月22日,原告B及び原告Cから,心臓カテーテル検査
と原告Aの症状との関係や細菌感染の可能性等を尋ねられ,細菌による椎間板炎,結
核,ショイエルマン病を疑っており,細菌によるものが最も心配なため,抗生剤の
点滴を行っている旨説明した(前記前提事実,甲A8,丙A2・57頁,58頁,
A4)。
h 他方,被告G医師は,平成8年5月22日に原告Aを診察し,腰痛は軽快した
が,骨変形の原因は特定できず,整形外科において経過観察されていることを伝え
られた(前記前提事実,乙A1・10頁,11頁,A18)。
その間,原告Aは,抗生剤(セフメタゾン)を投与されていたにもかかわらず,平成
8年5月末まで,38度に近いか,それを超える発熱が継続していた(前記前提事
実,丙A4)。
i 被告H医師は,平成8年5月30日に,原告Aに対し,痛みの原因は胸椎・腰椎
での変形であると考えられ,原因を調べている途中であるが,発熱などを考えると
細菌によるものと考えられると説明した(前記前提事実,丙A2・61頁,A
4)。
そして,被告H医師は,平成8年5月30日,血液培養検査を行い,その結果,レン
サ球菌属(ストレプトコッカス・スピーシーズ)が検出されたが,菌株が死滅した
ため,薬剤感受性検査は実施されなかった(前記前提事実,丙A2・127頁,1
29頁)。
そのため,被告H医師は,平成8年6月1日,再検査を指示するとともに,抗生剤を
セフメタゾンからセファメジンに変更した(前記前提事実,丙A2・62頁)。な
お,血液培養検査の再検査の結果は陰性であった(前記前提事実,丙A2・126
頁,128頁)。
(イ) 平成8年6月の診療経過
a 被告H医師は,平成8年6月3日,原告Aを診察し,腰痛は軽減したが,37度
代の発熱及び炎症反応が見られており,また,免疫不全検査の結果,免疫不全も否
定されたため,被告I病院内科の山田陽介医師(以下「X医師」という。)に対し,
副甲状腺ホルモン値が低いので,内科的な診察をしてほしい旨の依頼書を出した
(前記前提事実,乙A1・21頁,丙A2・63頁,64頁,145頁,A4)。
被告H医師の依頼書に対し,X医師は,平成8年6月6日付けで,副甲状腺ホルモン
値が低いため,原発性副甲状腺機能低下症,突発性副甲状腺機能低下症が疑われる
とし,マグネシウム値について尋ねるとともに,今後の原告Aの治療方針について
は,被告G医師に連絡する旨の返事をした(乙A1・21頁,丙A2・66頁,14
5頁,A4)。
b 被告G医師は,平成8年6月5日,原告Aを診察し,被告H医師が脊椎変形の原因
は細菌ではないかと考えていると伝えられた(前記前提事実,乙A1・11頁)。
c 原告Aは,平成8年6月になっても,37度代の微熱が継続し,炎症反応も見ら
れていたが,同月半ばから,発熱及び炎症反応は改善し,同月末ころには腰痛も改
善した(前記前提事実,丙A4)。
d 被告G医師は,平成8年6月26日,原告Aに対して,副甲状腺ホルモン等の検
査を行ったが,その結果,身体症状がなく,カルシウム,リン,マグネシウムの血
中濃度にも異常がないため,副甲状腺疾患は否定的であると判断した(前記前提事
実,乙A1・11頁,12頁,A18)。
そして,被告G医師は,被告H医師に対し,副甲状腺ホルモン値が低下しているが,
身体症状がなく,カルシウム,リン,マグネシウムの血中濃度にも異常がないた
め,臨床的には問題ないと考えていること,内科で経過観察することを伝えた(丙
A2・75頁,A4)。
(ウ) 平成8年7月の診療経過
a 平成8年6月終わりころから,原告Aの腰痛は軽減し,抗生剤の効果により,血
液生化学検査の結果も正常化して,発熱も低下した(前記前提事実,丙A2・74
頁から78頁まで,A4)。
被告G医師は,平成8年7月3日,原告Aを診察し,同年6月26日の検査結果か
ら,副甲状腺には異常がないと判断し,その旨を被告H医師に再度伝えた(前記前提
事実,乙A1・12頁,A18,丙A2・78頁)
b そして,被告H医師は,平成8年7月4日に,原告Aに対し,同月1日のMRI
検査の結果によれば,椎体の破壊は進行しているが,血液生化学検査の結果は正常
化していること,2週間後に再度MRI検査を行い,進行がなければこのまま経過
観察すること,進行があれば手術の可能性もあること,抗生剤の投与は継続するこ
となどを説明した(前記前提事実,丙A2・78頁,79頁,A4)。
その後も血液生化学検査の結果が良好であったため,被告H医師は,平成8年7月1
2日で抗生剤(セファメジン)を中止した(丙A2・35頁,A4)。
c 抗生剤中止後も血液生化学検査の結果が良好であり,平成8年7月22日のM
RI検査の結果で,同月1日のMRI検査の結果と比べて,腰椎の破壊が進んでい
ないため,被告H医師は,同月27日に原告Aを退院させる予定とした(前記前提事
実,丙A2・82頁,A4)。
d そして,原告Aは,平成8年7月27日に被告I病院を退院した(前記前提事
実)。
(エ) 第2回入院中の診療経過について
a 被告H医師は,原告Aの第2回入院中,本来健康である青年に,胸椎・腰椎と多
椎間にわたる脊椎椎間板炎が発生することが極めてまれであり,原告Aの腰痛等の原
因が確定できなかったため,免疫不全検査,骨シンチグラム検査,腫瘍マーカー検
査,ガリウムシンチグラム検査などを行い,さらに,内科に対して,副甲状腺機能
検査等を依頼したが,原告Aの腰痛の原因を確定診断することはできず,また,内科
的疾患である感染性心内膜炎を疑ったことはなかった(前記前提事実,丙A2・1
45頁,A4,弁論の全趣旨)。
そして,被告H医師は,第2回入院中,抗生剤投与によって炎症反応が軽快したた
め,抗生剤に反応していると判断して生検は行わなかった(丙A4,弁論の全趣
旨)。
b また,被告G医師は,原告Aを定期的に診察し,原告Aが腰痛等を訴えて,被告
I病院整形外科に入院していること,体重減少,体力・持久力の低下,関節の腫れな
どが見られていること,整形外科においては,骨変形の原因は特定できず,細菌感
染も考えられていることなど,原告Aについて整形外科で得られた情報を入手すると
ともに,被告H医師から心臓との関連も含めて内科的疾患の可能性の診察依頼をさ
れ,膠原病や副甲状腺機能低下症等の疾患の可能性を検査したが,原告Aが感染性心
内膜炎を発症している可能性について疑ったことはなかった(前記前提事実,乙A
1・10頁から12頁まで,14頁,A18,被告G本人)。
オ 第2回入院後の通院治療の経過
(ア) 原告Aは,平成8年7月27日に被告I病院整形外科を退院した後,同月31
日,同年8月28日,同年9月25日に被告G医師の診察を受け,従前から見られた
心雑音が存在したが,特に変化は見られなかった(前記前提事実,乙A1・12
頁,A18)。
また,被告G医師は,整形外科では,腰痛の原因が確定できず,整形外科で経過観察
されていることを伝えられた(前記前提事実,乙A1・12頁,A18)。
(イ) 原告Aは,平成8年8月15日,同月28日,同年9月12日,同月18日に
被告I病院整形外科を受診し,腰痛に加えて,同年8月15日には夜間の発熱を訴え
るとともに,軽度の炎症反応上昇が見られ,同年9月18日からは,抗生剤(パン
スポリン)の投与が開始された(前記前提事実,丙A1・6頁から9頁まで)。
そして,原告Aは,平成8年10月3日に,被告H医師の診察を受け,38.1度の
発熱が見られ,炎症反応がさらに上昇し,抗生剤がパンスポリンからセフゾンに変
更された(前記前提事実,丙A1・7頁から9頁まで)。
(ウ) なお,原告Aは,平成8年9月中に,L歯科医院を受診し,5回にわたり歯石
除去・齲歯治療等を受けたが,抜歯等の観血的治療は受けなかった(前記前提事
実,甲A28,乙A19)。
カ 被告I病院整形外科再入院後の経過
(ア) 原告Aは,平成8年10月7日,発熱と腰痛の悪化により,被告I病院整形外
科に再入院し(以下「第3回入院」という。),被告H医師の診察を受けた(前記前
提事実,丙A3・17頁,A4)。
被告H医師は,化膿性椎間板炎の再燃を疑い,抗生剤(セファメジン)の投与を始め
た(前記前提事実,丙A1・14頁,A3・17頁,A4)。
(イ) 被告H医師は,平成8年10月8日,一般細菌検査(咽頭粘液)及び血液生化
学検査を行い,白血球数増加,CRP値上昇,赤沈亢進などの炎症反応が見られた
(前記前提事実,丙A3・18頁)。
これに対し,被告H医師は,抗生剤を継続投与するとともに,生検を行うことも考え
ていた(前記前提事実,丙A3・18頁,A4)。
(ウ) 被告H医師は,平成8年10月11日,生検を行って椎間板を切り取ったとこ
ろ,椎間板からプロピオニ・バクテリウムが検出された(前記前提事実,丙A3・
44頁)。なお,プロピオニ・バクテリウムは,非常にまれに感染性心内膜炎の起
炎菌になることがあるが,皮膚常在菌であるため,血液培養検査等で検出されたと
しても,検体採取時の汚染によるものである可能性が高い(甲B6,B23,B3
8,丙B5,B6)。
(エ) 被告G医師は,平成8年10月16日,原告Aを診察し,同月7日に腰椎椎間
板炎のために整形外科に入院したこと,発熱が見られたが,症状は軽快しているこ
と,生検の結果待ちであることなどを伝えられた(前記前提事実,乙A1・13
頁)。
(オ) 被告H医師が,平成8年10月18日に,血液生化学検査を行ったところ,炎
症反応は正常化しており,抗生剤を継続することとした(前記前提事実,丙A3・
22頁,A4)。
そして,被告H医師は,平成8年10月21日には,抗生剤の投与により,発熱が低
下し,炎症反応も正常化したので,抗生剤を中止し,同月22日には,退院も検討
していた(前記前提事実,丙A3・22頁,23頁,A4)。
(カ) しかし,原告Aは,平成8年10月24日,くも膜下出血により転倒し,M病
院に転送された(前記前提事実,丙A3・24頁)。
キ M病院入院後の経過
(ア) 原告Aは,M病院に転送された後,破裂した本件脳動脈瘤に対する本件クリッ
ピング手術等を受けた(前記前提事実,甲A14・434頁)。
原告Aは,平成8年10月25日から,白血球数の増大,CRP値上昇などが顕著に
見られ,高度の炎症反応を示すとともに,同月30日には38.5度の発熱,同年
11月2日には39度以上の発熱が見られた(前記前提事実)。
(イ) 原告Aは,平成8年11月1日,心エコー検査を受け,大動脈弁の疣贅及び僧
帽弁瘤が発見され,感染性心内膜炎と診断されて,抗生剤(ビクシリン)の投与が
開始された(前記前提事実,甲A14・20頁,143頁)。
(ウ) その後,平成9年1月17日の心エコー検査においては,大動脈の逸脱が著
明になり,弁尖の肥厚も目立ち,穿孔を思わせる逆流が増加し,僧帽弁瘤が認めら
れた(前記前提事実,甲A14・145頁,Y鑑定)。
(3) 本件脳動脈瘤の原因となった感染性心内膜炎の発症時期について
ア 被告らは,平成8年10月24日に,M病院において本件クリッピング手術等を
受けた後,原告Aが感染性心内膜炎に感染・発症したと主張する。
(ア) 確かに,原告Aは,M病院入院後,通常の抗生剤ではコントロールできず,平
成8年10月25日から高度の炎症反応が見られ,同月30日以降38度以上の高
熱が生じ,同年11月1日には,大動脈弁の疣贅及び僧帽弁瘤が発見されるなど,
明らかに感染性心内膜炎のDUKE基準を満たす状態となり,強力な抗生剤の投与
が開始されている(前記前提事実,乙A9,A16,A18)。
(イ) しかし,本件において,平成8年10月24日に行われた本件クリッピング
手術等の際に起炎菌に感染したとすると,起炎菌感染の直後から高度の炎症反応や
高熱が生じ,さらには約1週間で疣贅が確認されるに至ったことになる。
そして,感染性心内膜炎の発症機序を見ると,心臓の弁表面の傷害部分に血小板と
フィブリンからなる血栓が生じ,この状態下で起炎菌に感染し,血中に細菌が検出
される状態になると,フィブリン血小板血栓に細菌が取り込まれて疣贅ができ(甲
B19,B40),更に菌が増殖すると,約2週間で発熱,全身倦怠感,食欲不
振,体重減少などの感染性心内膜炎の臨床症状を呈し始め,最終的には弁膜が破壊
されるという経過を辿るものである(甲A20の5,B40)。
すると,前記のような感染性心内膜炎の起炎菌感染からごく短期間に,疣贅が形成
され,高熱などの臨床症状が生じた可能性は低いものと認められる。
(ウ) もっとも,仮に原告Aの感染性心内膜炎の起炎菌が,黄色ブドウ球菌(スタヒ
ロコッカス・アウレウス)であるとすると,黄色ブドウ球菌は急性感染性心内膜炎
を発症させるので,本件クリッピング手術等の後に原告Aが急性感染性心内膜炎を発
症した可能性を否定することはできない(甲B40,Y鑑定)。
しかし,原告Aについては,平成8年5月30日にレンサ球菌属(ストレプトコッカ
ス・スピーシーズ),同年10月11日にプロピオニ・バクテリウム,同年11月
2日に表皮ブドウ球菌(スタヒロコッカス・エピデリミディス),同年12月28
日に黄色ブドウ球菌(スタヒロコッカス・アウレウス)がそれぞれ検出されている
が,いずれについても,1回のみの血液培養検査で陽性となったものであり,前記
のDUKE基準や検体採取時の汚染の可能性に照らしても,これらの細菌の1回の
検出のみから原告Aの感染性心内膜炎の起炎菌を確定することはできない(甲B1
7,B40,丙B5,B6,Y鑑定)。
したがって,原告Aが,本件クリッピング手術等の際に黄色ブドウ球菌に感染したこ
とにより,急性感染性心内膜炎を発症したとは認められない。
(エ) さらに,原告Aの診療経過を見ると,原告Aは,平成8年8月15日ころ,夜
になると37.5度位の発熱が見られ,同年9月12日以降は軽度の炎症反応上昇
もあり,同月18日から抗生剤(パンスポリン)の投与が開始されたにもかかわら
ず,同年10月3日には38.1度の発熱が見られるとともに,炎症反応がさらに
上昇し,抗生剤がパンスポリンからセフゾンに変更された(前記前提事実,丙A
1・7頁から9頁まで)。
また,平成8年10月7日の第3回入院時点で,化膿性椎間板炎の疑いにより,抗
生剤(セファメジン)の投与が開始されたが,その後も炎症反応が上昇し,同月1
1日には,椎間板の生検が行われた(前記前提事実,丙A3・17頁,18頁,A
4)。
そして,平成8年10月半ば以降は,炎症反応が正常化し,発熱も低下したため,
退院が検討されていたところ,原告Aは,本件脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血によ
り倒れた(前記前提事実,丙A3・22頁,23頁)。
以上によれば,原告Aは,平成8年8月半ばから発熱が見られ,同年9月18日から
抗生剤の投与を受けたにもかかわらず,その後も発熱や炎症反応が上昇し,第3回
入院をしている。その後,さらに抗生剤の投与が継続されて,発熱や炎症所見が正
常化したが,平成8年10月24日には,本件脳動脈瘤が破裂するに至っている。
(オ) そして,一過性菌血症が生じてから感染性心内膜炎の臨床症状が生じるまで
に約2週間を要するが,実際に感染性心内膜炎と診断されるまでには1か月以上経
過することが多いこと(甲A20の5,B33,B40),感染性心内膜炎診断か
ら細菌性脳動脈瘤破裂までの期間は35日以内(平均18日)と報告されているこ
と(U鑑定)などによれば,平成8年9月半ばから同年10月初めにかけての抗生剤
の投与中に見られた発熱や炎症反応は,感染性心内膜炎の臨床症状であると考えら
れ(Y鑑定),原告Aは,遅くとも平成8年10月7日の第3回入院の直前には,感
染性心内膜炎を発症していたものと推認される。
(カ) このように,原告Aの症状の推移や感染性心内膜炎診断から細菌性脳動脈瘤破
裂までの期間等から判断して,原告Aは,被告らが主張するように本件クリッピング
手術等の後に起炎菌に感染し,感染性心内膜炎を発症したのではなく,遅くとも平
成8年10月7日の第3回入院の直前には感染性心内膜炎を発症していたと認めら
れる。
イ この原告Aの感染性心内膜炎の発症時期について,原告らは,平成8年6月以前
において,既に原告Aは亜急性感染性心内膜炎を発症していたと主張する。
(ア) 確かに,原告Aには,平成8年1月に,38度を超える発熱が生じ,その後,
同年5月半ばから同月末にかけて,38度近いか,38度を超える不明熱が生じて
いただけでなく,鎖骨部痛や背部痛,蕁麻疹なども見られ,平成7年7月28日か
ら平成8年5月9日にかけて約6キログラムの体重減少が生じ,同年1月17日に
は,リウマチ反応がプラスマイナスとなり,同年5月16日には,リウマチ反応が
異常値を示すなど,感染性心内膜炎の臨床症状に合致する症状が見られている(前
記前提事実,甲A4,A6,A20の5,A24の2,B40,証人V)。
(イ) そして,前記のDUKE基準に照らすと,平成8年1月から同年5月までの
間に,原告Aには,大動脈弁閉鎖不全症という基礎心疾患があり,38度以上の不明
熱が見られ,平成8年5月16日にはリウマチ反応陽性となり,小基準の3つを満
たしている(甲B17,B40)。なお,平成8年5月30日のレンサ球菌属(ス
トレプトコッカス・スピーシーズ)の陽性所見については,菌株が死滅しており,
再検査では陰性となる(前記前提事実,丙A2・126頁から129頁まで)な
ど,必ずしも小基準に合致するとはいえないが,少なくとも感染性心内膜炎を疑わ
せる徴候と認められる(甲A4)。
(ウ) しかし,平成8年1月から同年5月までの間において,原告Aについて,血液
培養検査の持続的な陽性や心内膜病変などの大基準やその他の小基準は満たされて
おらず,DUKE基準の確定診断の基準を満たすとはいえない。
したがって,DUKE基準に照らすと,平成8年6月以前において,原告Aが感染性
心内膜炎を発症していたと断定することはできない。
(エ) また,Y鑑定においても,平成8年1月から同年5月までに見られた不明熱,
鎖骨部痛,背腰部痛,体重減少,蕁麻疹等の病因は不明であるが,炎症反応が通常
量の抗生剤で治まっていることから,上気道感染などに免疫反応が合併したものと
推察され,抗生剤等の副作用又は薬剤アレルギー反応もあったと考えられるので,
これらの臨床症状を感染性心内膜炎による症状又は合併症と診断することは無理で
あるとされている(Y鑑定)。
(オ) もっとも,平成8年6月以前において,原告Aが感染性心内膜炎を発症してい
た可能性が存しないかといえば,その可能性を否定することはできない。
すなわち,本件においては,感染性心内膜炎の診断において必要不可欠な検査であ
る血液培養検査や経食道心エコー法も含めた心エコー検査等が行われていない(前
記前提事実,甲B40)ため,Y鑑定の判断には資料的な限界が存在するし,DUK
E基準の感染性心内膜炎を否定する基準(甲A20の5,B17,B40)に照ら
しても,原告Aの臨床像を感染性心内膜炎以外で確実に説明できる診断はなく,抗生
剤の投与にもかかわらず,炎症反応や発熱を繰り返しているのであるから,平成8
年1月から同年5月にかけての原告Aの臨床症状について,感染性心内膜炎による症
状又は合併症である可能性は否定できない。
(カ) そして,前記のとおり,平成8年1月から同年5月にかけての原告Aの臨床症
状は,DUKE基準の小基準を少なくとも3つ満たしており,原告Aに見られた38
度以上の不明熱は,感染性心内膜炎を疑うべき重要な徴候である(前記前提事実,
甲A20の5,B40,丙A4,Y鑑定)のであるから,そのころ被告G医師が,原
告Aの症状について感染性心内膜炎を疑い,血液培養検査や心エコー検査等を行え
ば,感染性心内膜炎の発症が確認された可能性も存在するものと認められる。
なお,原告Aは,発熱や炎症反応が正常化したため,平成8年7月27日に被告I病
院整形外科を退院している(前記前提事実,丙A4)が,これについては,その
後,再び発熱や炎症反応が生じたために第3回入院をしていることに照らしても,
抗生剤の投与等の治療により,一時的に感染性心内膜炎が軽快していたものと考え
ることも可能である(前記前提事実,甲A4,A6,証人V)。
ウ 以上のとおりであるから,原告Aは,本件クリッピング手術等を受けた平成8年
10月24日以後ではなく,遅くとも発熱と腰痛の悪化により被告I病院整形外科に
再入院(第3回入院)した同月7日の直前には感染性心内膜炎を発症していたもの
と認められる。そして,その発症の時期については,原告ら主張のとおり,同年6
月以前である可能性も否定できないが,DUKE基準の確定診断の基準やY鑑定に照
らして確定的にそのころ発症したと断定することはできない。
(4) 本件心臓カテーテル検査と感染性心内膜炎の発症との因果関係について
そこで,さきに判示した原告Aの感染性心内膜炎の発症時期についての判断を前提
に,本件本件心臓カテーテル検査と感染性心内膜炎の発症との因果関係について検
討する。
ア 心臓カテーテル検査について
心臓カテーテル検査は,血管や心臓内にカテーテルを挿入するものであり,弁膜や
血管内皮に物理的傷害(顕微鏡的な微細な傷害も含む。)を加える可能性が存在す
る(甲A4,証人V,被告F・G各本人)。
心臓カテーテル検査によって動脈内に感染を起こすと,その拡大は極めて速やか
で,敗血症に進展する可能性が高いので,注意が必要であり,心臓カテーテル検査
に当たっては,穿刺部分を消毒し,患者を消毒布で覆うなどの感染防止措置を行う
必要がある(甲B9,B11)
一般に,心臓カテーテル検査後は,予防的に抗生剤の投与を行うことが多いが,も
し発熱があっても無菌的なことが多い(甲B9)。発熱の要因としては,カテーテ
ル挿入の操作を通じて,何らかの異種蛋白,消毒薬,凝血塊,金属片などが入り,
発熱物質になるものと考えられる(甲B9)。
心臓カテーテル検査にディスポーザブルカテーテルが用いられるようになってか
ら,感染の危険は非常に少なくなり,感染の危険因子のない例では,予防的な抗生
剤を投与しない施設もある(乙B2,Y鑑定)。
イ 心臓カテーテル検査と感染性心内膜炎について
心臓カテーテル検査によって感染性心内膜炎が引き起こされる可能性は非常に少な
く,もし起こったとしても,心臓カテーテル検査実施後数週間以内に発症する(Y鑑
定)。0.1パーセント以下の頻度でカテーテル刺入部の感染や菌血症が生じるこ
とはあるが,心臓カテーテル検査の直後数日以内に起こるものが大部分で,遅くと
も数週間以内に発症する(Y鑑定)。
他方,ペースメーカーなどを体内に長期間留置している場合には,手術直後ではな
く,術後1年以上経過してから,感染が発現することが多く,ペースメーカー感染
は,手術直後に生じるのではなく,いわゆる日和見感染であり,患者の抵抗力減
少,菌増殖などの条件の下で生じると考えられている(甲A20の4,6)。
また,心臓カテーテル検査は,必然的に血管内皮や弁膜の顕微鏡的な物理的傷害を
伴うので,心臓カテーテル検査によって生じた物理的傷害が契機となって,非細菌
性血栓性心内膜炎が生じる可能性もある(甲A4,A6,証人V,被告G本人)。
ウ 原告Aの感染性心内膜炎の原因について
(ア) 原告らは,原告Aの感染性心内膜炎発症の原因は,本件心臓カテーテル検査で
あると主張し,医療法人医真会理事長森功医師は,平成8年1月16日のリウマチ
反応軽度陽性や,それ以降の蕁麻疹,発熱,体重減少,倦怠感,食欲不振,背部痛
等から,その時点での感染性心内膜炎発症を疑うべきであり,リウマチ反応が陽性
になった時期やその他の感染の機会の有無などに照らすと,本件心臓カテーテル検
査が感染性心内膜炎の原因と判断される旨の意見書を作成し,証言する(甲A4,
A6,A20の4,A24の2,証人V)。
(イ) そして,本件心臓カテーテル検査から平成8年9月のL歯科医院での歯科治療
までの間に,原告Aが抜歯等の歯科治療等を受けた事実や手術等の観血的治療等を受
けた事実も窺われず(前記前提事実,弁論の全趣旨),本件心臓カテーテル検査の
際に,カテーテル自体や刺入部位の殺菌・消毒不十分などにより,原告Aが感染性心
内膜炎の起炎菌に感染した可能性を完全に否定することはできない(甲A17,Y鑑
定)。
また,心臓カテーテル検査は,必然的に血管内皮や心内膜の顕微鏡的な物理的傷害
を伴うので,心臓カテーテル検査によって生じた物理的傷害が契機となって,非細
菌性血栓性心内膜炎が生じる可能性もある(甲A4,A6,証人V,被告G本人)か
ら,本件心臓カテーテル検査によって生じた心内膜等の物理的傷害を契機として,
歯ぎしりや歯磨き等の日常生活において生じた一過性菌血症により,原告Aが感染性
心内膜炎を発症した可能性も否定することはできない(甲A4,B19,B40,
証人V,Y鑑定)。
(ウ) しかし,原告Aは,平成7年8月1日に本件心臓カテーテル検査を受けた後,
アルバイトの欠勤が見られるものの,同年12月26日までの検査において,炎症
反応や発熱等の全身感染を示す客観的な所見は得られておらず,トレッドミル運動
負荷試験においても良好な結果を残していて,異常所見は認められていない(前記
前提事実,甲A1の1から10まで,A8,A23,乙A18,被告G本人,Y鑑
定)。
また,平成8年2月7日の心エコー検査においても,原告Aの大動脈弁や僧帽弁につ
いて,少なくとも,感染性心内膜炎を疑わせるような疣贅等の異常は確認されてい
ない(前記前提事実,甲A4,乙A1・8頁,30頁,A18,Y鑑定)。
そして,本件心臓カテーテル検査の際,細菌に汚染されたカテーテルにより,動脈
内での感染が生じたとすれば,数週間以内に感染性心内膜炎が発症し,客観的な発
熱や炎症所見等が見られると考えられ(甲B9,Y鑑定),約半年が経過した平成8
年1月以降になって,発熱や炎症所見等が生じた可能性は低いといわざるを得な
い。
(エ) さらに,本件心臓カテーテル検査の後に投与された抗生剤についても,1時
間くらいしか効果の継続しない抗生剤(セファメジン)を3日間少量投与されたの
みであり,抗生剤を投与されたために,感染性心内膜炎発症による炎症反応が長期
にわたり陰性を保ったと即断することはできない(前記前提事実,乙A18,証人
V,被告G本人)。
そして,ペースメーカーなどを体内に長期留置している場合に1年以上の経過で感
染が生じることがあるとしても,短時間の心臓カテーテル検査による感染につい
て,必ずしも同列に論じることはできない(被告F本人,Y鑑定)。
(オ) 加えて,感染性心内膜炎の原因となる一過性菌血症は,歯磨き等によっても
生じることがあり,一過性菌血症が生じた原因が明らかでない症例も少なくないか
ら(甲A6,B4,B19,B20,B40,乙B2,証人V,Y鑑定),本件心臓
カテーテル検査以外の原因によって,細菌感染による一過性菌血症を生じた可能性
も否定できない。
また,原告Aは,感染性心内膜炎の原因となる心内膜等の損傷を生じさせる基礎心疾
患(大動脈弁閉鎖不全症)を有しており,これが原因となって,原告Aの心内膜等に
物理的傷害が生じ,感染性心内膜炎が生じた可能性も否定できない(前記前提事
実,甲B5,B19,B40,証人V)。
(カ) したがって,本件心臓カテーテル検査によって,原告Aが感染性心内膜炎の起
炎菌に感染した,あるいは,同検査による心内膜等の物理的傷害が契機となって,
感染性心内膜炎を発症したと認めることはできない。
(5) まとめ
以上によれば,原告Aについて,遅くとも平成8年10月7日の第3回入院の直前に
は発症したと認められる感染性心内膜炎と本件心臓カテーテル検査との間に因果関
係があるとは認められない。
したがって,被告F医師らについて,不必要な心臓カテーテル検査を行った過失(争
点(3)),本件心臓カテーテル検査についての説明義務違反の過失(争点(4))及び
本件心臓カテーテル検査の際の殺菌消毒義務違反の過失(争点(5))があったとして
も,これらの過失と,原告Aが感染性心内膜炎を発症し,ひいては本件脳動脈瘤が破
裂したことにより被った損害との間に因果関係を認めることはできない。
そして,被告F医師は,原告Aが,第1回入院中に本件心臓カテーテル検査を受けて
退院した後,原告Aの診察を担当していない(前記前提事実,乙A8,A9,被告
G本人)ので,本件脳動脈瘤の破裂について法的責任を負うものとは認められず,原
告らの被告F医師に対する請求は,その余の点について判断するまでもなく理由がな
い。
3 争点(6)(感染性心内膜炎の検査・診断・治療義務違反の過失の有無)について
(1) 被告G医師の過失の有無について
ア 原告Aの基礎心疾患について
被告G医師は,心エコー検査や本件心臓カテーテル検査の結果,原告Aを大動脈弁閉
鎖不全症と診断しており,さらに,大動脈弁閉鎖不全症の患者が,一般人よりも,
感染性心内膜炎も含めた感染症に感染しやすいことを認識していた(前記前提事
実,被告G本人)。
感染性心内膜炎は,発症した場合に重篤な合併症を生じさせ,適切な治療がなされ
ない場合,死亡する可能性の極めて高い疾患であり,早期発見・治療に務めなけれ
ばならない疾患である(甲B3,B19,B40,証人V)。
そして,感染性心内膜炎の診断は難しく,一過性菌血症が生じてから診断までに1
か月以上要することが多く(甲A20の5,B33),不明熱等の感染性心内膜炎
の臨床症状に合致する症状が見られたときは,まず感染性心内膜炎を疑って適切な
検査を行うことが重要とされる(甲B40,証人V)。
したがって,第1回入院後,原告Aを外来で経過観察する担当医師となった被告G医
師においては,原告Aに対し,感染性心内膜炎の感染の危険性や日常生活上の注意を
行うだけでなく,外来診察の際,原告Aの全身状態や不明熱・点状出血の有無などに
ついて,注意深く観察・問診等を行い,疑わしい症状が生じている場合は,血液生
化学検査のみならず,心エコー検査や血液培養検査などを行って,感染性心内膜炎
の発症の有無を確認すべき義務を負っていたというべきである(甲A6,B40,
証人V)。
イ 第1回入院後の被告G医師の義務について
原告Aについては,平成7年12月26日までに,感染性心内膜炎を疑わせるような
発熱等の所見はなく,トレッドミル運動負荷試験でも良好な結果を残しており,こ
の時点までに,感染性心内膜炎を疑うべき徴候があったとは認められない(前記前
提事実,乙A18,被告G本人,Y鑑定)。
その後,被告G医師は,平成8年2月7日に,原告Aを診察し,原告Cから,原告Aに
38度近いか,それ以上の発熱が生じたり,リウマチ反応がプラスマイナスとなっ
たことを具体的に記したメモや検査報告書を示され,原告Aに感染が生じていた可能
性を認識した(前記前提事実,甲A8,乙A1・8頁,31頁,A18)。
しかし,この時点においては,原告Aの発熱も治まっており,炎症反応も軽度上昇で
あって,リウマチ反応も明らかな異常を示すものではなく(前記前提事実,乙A1
8,証人V,被告G本人),心エコー検査でも大動脈弁や僧帽弁に異常は認められて
いない(前記前提事実,甲A4,乙A1・8頁,30頁,A18,Y鑑定)など,感
染性心内膜炎の明確な臨床症状は見られておらず,被告G医師において,感染性心内
膜炎を疑って,血液培養検査や継続的な心エコー検査を行うべき義務があったとは
認められない。
ウ 第2回入院後の被告G医師の義務について
(ア) その後,原告Aは,背部痛や腰痛を訴えて,被告I病院整形外科を受診し,第
2回入院後は,被告H医師の診察を受け,整形外科的な観点からの原因究明がなされ
た(前記前提事実,丙A4)。
第2回入院の際,被告H医師は,被告I病院整形外科と内科が連携して,原告Aの治療
に当たるよう原告Cから依頼され,被告G医師に対して,原告Aが入院した事実及び心
臓との関連について尋ねる依頼書を出した(甲A2,A8,乙A1・14頁,丙A
2・144頁,被告H本人)。
(イ) 被告G医師は,被告H医師からの依頼書の情報に加えて,平成8年5月15日
に原告Aを診察し,原告Aに原因不明の発熱が生じていること,筋肉痛や関節の腫
れ,体重減少や体力・持久力の低下が生じていることを告げられた(前記前提事
実,乙A1・10頁,A18,被告G本人)。
被告G医師は,原告Aの症状から,膠原病を疑って,抗体検査を行った結果,膠原病
の可能性は否定されたが,リウマチ反応は異常値を示していた(前記前提事実,甲
B29,乙A18,丙A2・134頁,証人V)。
また,被告G医師は,平成8年5月22日に,原告Aを診察して,抗生剤の投与にも
かかわらず,原告Aに発熱が続いていること,整形外科では骨変形の原因が特定され
ていないことを知った(前記前提事実,乙A1・10頁,11頁,A18)。
そして,平成8年5月30日には,被告H医師が指示した血液培養検査においてレン
サ球菌属(ストレプトコッカス・スピーシーズ)が発見され(前記前提事実,丙A
2・127頁,129頁),同年6月5日の診察では,被告G医師は,被告H医師が
細菌感染による脊椎変形を疑っていることを知らされた(前記前提事実,乙A1・
11頁)。
(ウ) 以上によれば,原告Aは,抗生剤の投与にもかかわらず,平成8年5月半ばか
ら同月末にかけて不明熱が継続し,リウマチ反応の異常値,体重減少,体力・持久
力の低下,関節の腫れなどの感染性心内膜炎の臨床症状として矛盾しない症状が見
られており,さらには,一度は血液培養検査が陽性となり,整形外科においては,
諸検査にもかかわらず,骨変形の原因が特定されず,細菌感染も疑われていて,被
告G医師は,これらの事実を認識していたものと認められる。
そして,被告G医師は,原告Aの症状が膠原病によるものではないかと疑って,抗体
検査を行ったが,これらの疾患の可能性は否定され,平成8年6月5日の診察の時
点においては,内科的に原告Aの症状の原因を特定することはできなかったものであ
る。
(エ) 原告Aは,被告I病院において,整形外科と内科が連携して治療に当たること
を希望し,実際にも両科を受診しており,整形外科においては,諸検査にもかかわ
らず,前記のような各症状の原因が確定されておらず,かえって,大動脈弁閉鎖不
全症という基礎疾患を有する原告Aについて,抗生剤の投与後も継続している不明
熱,リウマチ反応の異常値,体重減少等の感染性心内膜炎の発症を疑わせる臨床症
状が見られ,細菌感染の疑いもあったのであるから,平成8年6月5日の時点にお
いては,原告Aが感染性心内膜炎を発症しており,それによって,前記のような各臨
床症状が見られている可能性も十分に疑われる状況であった。
そして,被告G医師において,感染性心内膜炎の発症を疑えば,点状出血等の感染性
心内膜炎の臨床症状を注意深く観察したり(甲A6,B40),心エコー検査や血
液培養検査等の感染性心内膜炎の診断を行うための検査(これらの検査は,身体に
対する大きな侵襲を伴う検査でも,特殊な検査でもなく,原告Aに対して行うことに
支障はなかったものと認められる。)を行ったりする(甲A20の5,B40)こ
とは,ごく容易であったと認められる。
(オ) したがって,被告G医師においては,遅くとも平成8年6月5日の診察のころ
には,少なくとも原告Aが感染性心内膜炎を発症している可能性を疑い,心エコー検
査や血液培養検査等を行い,感染性心内膜炎の発症の有無を検査すべき義務があっ
たと認められる。
エ 第3回入院後の被告G医師の義務について
(ア) 被告H医師は,第2回入院中に原告Aの発熱や背部痛等の原因を確定診断する
ことはできなかったが,症状が軽快したため,原告Aを退院させ(前記前提事実,丙
A4),その後の被告G医師の診察の際も,原告Aの症状に発熱等の変化は見られな
かった(前記前提事実,乙A1・12頁,A18)。
(イ) しかし,原告Aは,平成8年10月7日には,発熱と腰痛が再度悪化したた
め,第3回入院をして,被告H医師による抗生剤の投与等の治療が開始された(前記
前提事実,丙A3・17頁,A4)。
そして,被告G医師は,平成8年10月16日の診察で,原告Aが,発熱や腰痛によ
り再度整形外科に入院したが,抗生剤の投与により発熱等は治まっていること等を
伝えられた(前記前提事実,乙A1・13頁)。
(ウ) 以上によれば,被告G医師においては,前記のとおり,遅くとも平成8年6月
5日の診察のころに感染性心内膜炎の発症を疑うべきであっただけでなく,同年1
0月16日の診察の時点では,抗生剤の投与により発熱等は治まっていたものの,
整形外科から退院した後に,いったんは治まっていた不明熱や炎症反応が再び発生
し,原告Aが第3回入院したことを認識したのであるから,同年6月5日の診察のこ
ろよりも一層強く感染性心内膜炎を疑い,直ちに心エコー検査や血液培養検査等を
行うべき義務があったと認められる。
オ 被告G医師の義務違反(過失)と本件脳動脈瘤の破裂との因果関係について
(ア) さきに判示したとおり,被告G医師には,遅くとも平成8年6月5日の診察の
ころには,原告Aが感染性心内膜炎を発症している可能性を疑い,心エコー検査や血
液培養検査等を行うべき義務があった。
そして,本件脳動脈瘤の原因となった感染性心内膜炎の発症時期については,平成
8年6月以前である可能性も否定できず,遅くとも同年10月7日の直前には発症
していたものと認められる(前記2(3))から,被告G医師において,平成8年6月
5日の診察のころに感染性心内膜炎を疑って経胸壁心エコー法も含めた心エコー検
査や適切な血液培養検査を行っていれば,その時点で感染性心内膜炎の診断ができ
た可能性があるし,仮にその時点では感染性心内膜炎という診断には至らなかった
としても,その後も感染性心内膜炎発症の危険を考慮して継続的に心エコー検査や
適切な血液培養検査を行っていれば,遅くとも同年10月7日の直前には発症して
いた感染性心内膜炎について,発症後速やかにその診断をすることができたものと
認められる。
そして,原告Aの感染性心内膜炎について,発症後速やかにその診断をすることがで
きていたら,速やかに大量の抗生剤による治療を行ったり,抗生剤治療に効果がな
ければ,弁置換手術を行う(甲B3,B17,B19)などによって,原告Aの感染
性心内膜炎を治癒又は軽快させ,本件脳動脈瘤の形成を防止することができた蓋然
性が高いものと認められる(甲B19)。
仮に,被告G医師が感染性心内膜炎と診断した時点において,既に原告Aに本件脳動
脈瘤が形成されていたとしても,本件脳動脈瘤が破裂する以前に,適切かつ十分な
抗生剤治療が行われれば,少なくとも本件脳動脈瘤が破裂することは防止すること
ができた蓋然性が高いものと認められる(甲B4,B20)。
しかし,被告G医師は,さきに認定したとおり,平成8年6月5日の診察の時点にお
いても,その後においても,原告Aの感染性心内膜炎発症の可能性を疑わず,心エコ
ー検査や血液培養検査等の感染性心内膜炎の診断を行うための検査を行わなかった
ため,本件脳動脈瘤の破裂に至るまで感染性心内膜炎の診断・治療がなされなかっ
たもので,被告G医師の検査・診断・治療義務違反(過失)と本件脳動脈瘤の形成・
破裂との間には因果関係が認められる。
(イ) なお,さきに判示したとおり,被告G医師は,第3回入院後の平成8年10月
16日の診察の時点では,同年6月5日の診察のころよりも一層強く感染性心内膜
炎を疑い,直ちに心エコー検査や血液培養検査等を行うべき義務があったのであ
り,この時点においても,直ちに心エコー検査や血液培養検査等が行われていれ
ば,本件脳動脈瘤の破裂までの期間は短いものの,原告Aが感染性心内膜炎を発症し
ているとの診断ができ,速やかに大量の抗生剤による治療を行い,本件脳動脈瘤の
形成,少なくともその破裂は防止することができた蓋然性が高いものと認められる
(甲B4,B20)。
(2) 被告H医師の過失の有無について
ア 被告H医師の原告Aに対する診療の経過について
(ア) 被告H医師は,平成8年3月29日以降は,被告I病院整形外科において,主
治医として原告Aの治療を担当しており,第2回入院後は,被告G医師と同様,前記
のとおり,抗生剤の投与後も継続する不明熱,リウマチ反応の異常値,体重減少な
どの感染性心内膜炎を疑うべき徴候について認識していた(前記前提事実)。
(イ) 被告H医師は,第2回入院期間中,化膿性椎間板炎,結核性椎間板炎,副甲状
腺機能亢進症,ショイエルマン病等の整形外科的疾患を疑い,これらの検査を行っ
たが,原告Aの症状を整形外科的に確定することはできなかった(前記前提事実,乙
A1・12頁,丙A4)。
また,被告H医師は,原告Cの依頼に応じて,被告G医師に対し,心臓との関連を含め
た診察の依頼書を出し(丙A2・144頁),その後も,X医師に対し,副甲状腺ホ
ルモン値が低かったため,内科的疾患の有無の診察の依頼書を出した(丙A2・1
45頁)が,内科では,膠原病や副甲状腺疾患の可能性は否定的であるとの判断で
あった(丙A2・144頁,A2・75頁,78頁,A4)。
(ウ) そして,被告H医師は,細菌感染による化膿性椎間板炎等を疑っていたもの
の,腰痛の原因を確定できず,起炎菌を同定しないままに抗生剤を投与するととも
に,経過観察する治療のみを行い,臨床症状が軽快したことから,原告Aを退院させ
たものである(前記前提事実,乙A1・12頁,丙A4)。
(エ) 被告H医師は,原告Aの退院後,外来で経過観察しており(前記前提事実,丙
A1・6頁から9頁まで),原告Aに対しては,第3回入院以前の平成8年9月18
日から抗生剤の投与による治療が再開されていたが,発熱及び腰痛が悪化したた
め,第3回入院に至った(前記前提事実,丙A1・8頁,A3・17頁,A4)。
第3回入院後も炎症反応が継続したため,被告H医師は,同年10月11日,原告
Aの症状の原因を調べるために生検を実施したが,これによっても,起炎菌を特定す
ることはできなかった(前記前提事実,丙A3・44頁,A4)。
その後,抗生剤の継続により,炎症反応や発熱が改善したため,被告H医師は,抗生
剤を中止し,退院も検討していたところ,本件脳動脈瘤が破裂するに至ったもので
ある(前記前提事実,丙A3・22頁,23頁,A4)。
イ 被告H医師の義務違反(過失)について
(ア) 被告H医師が疑っていた化膿性椎間板炎は,化膿性脊椎炎の一種であり,発熱
や炎症反応(白血球数増大,CRP値上昇,血沈亢進)などを伴う腰背部痛が見ら
れる整形外科的疾患である(丙B2,B3,B8)。
化膿性脊椎炎の起炎菌としては,黄色ブドウ球菌(スタヒロコッカス・アウレウ
ス)が最も多く,大腸菌,表皮ブドウ球菌(スタヒロコッカス・エピデリミディ
ス)がこれに次ぐが,起炎菌が証明できる例は約3分の1程度である(丙B2,B
14)。化膿性椎間板炎の感染経路のほとんどが,血行性感染であり,他の部位の
化膿性炎症に続いて発病することがあり,外傷にも密接に関係しているとされてい
る(丙B2,B14)。
化膿性脊椎炎に対しては,保存的療法が原則であり,安静と強力な化学療法で完治
することが多いとされている(丙B2,B3,B14)。抗生剤の投与に当たって
は,起炎菌を同定し,薬剤感受性を調べた上で投与するのが理想的であるが,時間
的余裕がなく,起炎菌を同定できない場合などには,広域スペクトルを有する抗生
剤を投与する(丙B2,B3,B8)。化膿性脊椎炎に対しては,生検が診断の確
定及び起炎菌の同定・感受性検査に有効であるとの報告もあるが,腫瘍や脊椎カリ
エスとの鑑別が困難な場合以外には,生検が行われないこともある(丙B2からB
4まで)。
(イ) 第2回入院時の原告Aの症状は,発熱や炎症反応を伴う腰痛の症状であり,化
膿性脊椎炎(化膿性椎間板炎)の臨床症状に合致するものであり(前記前提事実,
丙A4),被告H医師において,細菌感染による化膿性椎間板炎等の可能性を疑い,
整形外科的疾患の検査・診断を進めたことについて,整形外科医としての注意義務
に反するとはいえない。
また,生検については,身体に対する侵襲を伴うものであり,起炎菌の同定に有効
でない場合もある(丙A4,B2,B4,B11)から,被告H医師において,第2
回入院期間中,起炎菌を同定するなどのために,生検を行うべきであったとは認め
られない。
なお,平成8年10月11日に行われた椎間板の生検では,検体採取時の汚染によ
る可能性が高い皮膚常在菌プロピオニ・バクテリウムしか検出されておらず(前記
前提事実,丙A3・41頁から45頁まで,B5,B6),レントゲン・MRI・
CT検査の画像やガリウムシンチグラムの結果によれば,感染を否定できないが,
平成8年10月まで椎間間隙が保たれており,椎間板の変化が前後にも拡大せず,
骨硬化所見もないので,原告Aに見られた腰痛等が細菌感染によるものであったとま
では認められない(Y鑑定)。
(ウ) 被告H医師は,整形外科的疾患の検査・診断の結果,化膿性椎間板炎等の確定
診断をすることはできず,被告I病院内科に診察依頼したものの,膠原病や副甲状腺
疾患は否定的である旨の回答があり,結局,第2回入院期間中に,原告Aの症状の原
因を確定することはできなかった。
また,被告H医師は,平成8年5月9日の第2回入院時に,起炎菌の同定や薬剤感受
性検査を行うことなく,抗生剤の投与を直ちに開始し,同月30日及び同年6月1
日に血液培養検査及び再検査を行ったが,その後も細菌感染による化膿性椎間板炎
等を疑っていたにもかかわらず,抗生剤を中止した上での血液培養検査などにより
起炎菌を特定する努力はしていない(前記前提事実,乙A1・11頁,丙A2・3
1頁,39頁,126頁から129頁まで,A4)。
さらに,第3回入院前後においても,原告Aに発熱や炎症反応等が再び見られるよう
になったことについて,被告H医師は,化膿性椎間板炎の再燃とのみ考えて,抗生剤
投与を再開・継続したものである(前記前提事実,丙A1・14頁,A3・17
頁,A4)。
(エ) 被告H医師は,整形外科の医師であり,感染性心内膜炎についての知識を有し
ておらず,臨床で扱ったこともなかったため,大動脈弁閉鎖不全症の患者である原
告Aについて,感染性心内膜炎を発症する危険性があること及び発症している可能性
があることをおよそ考えることがなかった(丙A4,被告H本人)。
しかし,感染性心内膜炎は,重篤な合併症を招く疾患であり(甲B3,B40),
医師国家試験においても出題されるような疾患である(証人V)から,整形外科医で
あるからといって,直ちに,感染性心内膜炎について何ら知識を持っていないこと
が当然であり,これを疑わなかったとしても医師としての注意義務に反しないとい
うことはできない。
本件においては,さきに認定したとおり,被告H医師は,平成8年5月9日には,原
告Cから,心臓との関連も含めて,被告I病院内科と連携して診断に当たるよう依頼
され,その後も,原告Aは,被告H医師と被告G医師の両者の診察を受けていたもので
ある。
したがって,被告H医師においては,感染性心内膜炎について知識がなかったとして
も,原告Aの症状を整形外科的疾患として確定することができなかった以上,漫然と
起炎菌を同定せずに抗生剤を投与するのみでなく,原告Aの心疾患に関連する感染症
の可能性も考え,被告I病院内科と連携してこれを検討し,抗生剤を中止するなどの
方法をとった上で,原告Aの症状の原因を究明するために血液培養検査を継続的に行
うべき義務を負っていたものというべきである。
それにもかかわらず,被告H医師は,漫然と整形外科的疾患の可能性のみを疑って,
抗生剤を投与し続け,被告I病院内科と連携して,起炎菌を同定するための血液培養
検査を繰り返し行うこともしなかった。
なお,さきに認定したとおり,化膿性脊椎炎に対しては,時間的余裕がなく,起炎
菌を同定できない場合などには,広域スペクトルを有する抗生剤を投与することが
あるが,本件においては,被告H医師は,第2回入院期間中から第3回入院に至るま
での長期間にわたって原告Aを診察していたものであり,その期間中,原告Aの症状
が軽快したこともあったのである(前記前提事実)から,原告Aの症状が,起炎菌を
同定する作業を行えないほど緊急を要するものであったとも認めがたく,被告H医師
においては,起炎菌を同定して抗生剤を投与するという認識が乏しかった(被告H本
人)にすぎないものと認められる。
(オ) そして,被告H医師において,第2回入院期間中,被告I病院内科と連携し
て,適切な血液培養検査等を行えば,起炎菌が同定されるなどして,被告G医師,あ
るいは被告H医師から内科的疾患の有無の診察の依頼を受けたX医師など被告I病院内
科の医師において,感染性心内膜炎を疑い,確定診断するための検査等をさらに行
っていくことが可能であったと推認される。そうすれば,遅くとも第2回入院期間
中から原告Aが感染性心内膜炎を発症したと認められる平成8年10月7日の第3回
入院の直前までには,被告I病院内科において,原告Aが感染性心内膜炎を発症して
いる疑いがあるとして,確定診断のための検査が行われ,感染性心内膜炎の診断・
治療がなされた蓋然性が高いものと認められる。
また,被告H医師は,原告Aの症状が再び悪化し,腰痛のみでなく,発熱が見られた
平成8年10月7日の第3回入院時においても,漫然と整形外科的疾患の可能性の
みを疑って,内科における診断を求めなかったが,この時点において,被告I病院内
科と連携して,抗生剤を投与することなく,原告Aの症状の原因を究明するための血
液培養検査等を実施していれば,感染性心内膜炎発症の診断がなされたものと認め
られる。
(カ) そして,平成8年10月7日の第3回入院時ころに,原告Aが感染性心内膜炎
を発症していると診断することができていれば,本件脳動脈瘤の形成を防止するこ
とができた蓋然性が高く,仮に既に本件脳動脈瘤が形成されていたとしても,その
破裂を防止することができた蓋然性が高いこと,同月16日の時点であっても,感
染性心内膜炎発症の診断がなされれば,少なくとも本件脳動脈瘤の破裂は防止する
ことができた蓋然性が高いことはさきに判示したとおりである。
(キ) 以上によれば,被告H医師には,原告Aの症状を整形外科的疾患として確定診
断できない以上,被告I病院内科と連携してこれを検討し,原告Aの症状の原因を究
明するために,抗生剤を投与しないで適切な血液培養検査等を行うべき義務があっ
たのに,これを行わなかったという過失があるというべきである。
4 争点(8)(被告らの法的責任の有無)について
これまでに判示したとおり,被告G医師らには,原告Aの感染性心内膜炎の検査・診
断・治療を怠ったという過失があり,そのため平成8年10月24日まで一切感染
性心内膜炎の治療(感染性心内膜炎の治療は,本件脳動脈瘤の形成を防ぎ,あるい
は本件脳動脈瘤の破裂を防ぐものであったことは,さきに判示したとおりであ
る。)が行われず,本件脳動脈瘤が破裂するに至ったのであるから,争点(7)(本件
脳動脈瘤の発見・治療義務違反の過失の有無)について判断するまでもなく,被告
G医師らは,本件脳動脈瘤の破裂によって原告Aが被った損害について,共同不法行
為責任を負い,連帯してこれを賠償すべき義務がある。
また,原告Aの本件脳動脈瘤が破裂したことにより,原告Aには,身体的には,後遺
障害等級2級の障害が残存して,その改善の見込みがなく(甲C2,C80),精
神的には,中等度の脳血管性痴呆症の発症による知的能力・事理弁識能力が低下
し,その回復の見込みもなく(甲C74,C75,C79,C80),原告Cが心的
外傷後ストレス障害と診断されるなど,原告Aと同居してその看護に当たらなければ
ならない原告Bらは,深刻な精神的苦痛を被ったと認められる(甲C12,C13,
C75,C76,C79)から,被告G医師らは,原告Bらに対しても,その慰謝料
を支払うべき共同不法行為責任を負う。
そして,被告Aは,被告G医師らの使用者として,原告らに対し,使用者責任に基づ
く損害賠償責任を負う。
5 争点(9)(原告らの損害)について
(1) 原告Aの損害 
原告Aは,被告G医師らの過失により,感染性心内膜炎又は本件脳動脈瘤に対する診
断・治療が行われなかった結果,平成8年10月24日に本件脳動脈瘤が破裂し,
くも膜下出血が生じたことによる損害を被ったものである。
原告Aは,本件心臓カテーテル検査と感染性心内膜炎の発症との間に因果関係がある
ことを前提に,本件脳動脈瘤破裂以前の損害についても請求しているが,さきに判
示したとおり,この因果関係は認められず,また,遅くとも平成8年10月7日の
直前には発症したと認められる感染性心内膜炎の発症原因は特定できず,これによ
って形成されたと認められる本件脳動脈瘤の形成時期も特定できないのであるか
ら,原告Aの本件脳動脈瘤破裂以前の損害についての請求は理由がない。
ア 積極損害                
(ア) 治療費                   39万9957円
              (うち請求拡張分28万5000円)
原告Aは,本件脳動脈瘤が破裂したことにより,人工頭骨の材料費(Oメディカル)
1万2957円(甲C17),マッサージ費用等(Q整骨院・R整体研究院)38万
7000円(うち請求拡張分28万5000円。甲C8からC10まで,C19,
C52,C53)の合計39万9957円を支出したことが認められる。
J整形外科,K医院,被告I病院,L歯科医院における治療費については,本件脳動脈
瘤が破裂したことによって生じたものではないから,これを損害として認めること
はできない。
また,M病院,Nリハビリ病院,Oメディカル(人工頭骨の材料費を除く)及びP薬局
に対する支払については,領収書等の客観的な証拠が存在しないので,これを損害
として認めることはできない(仮に支払があったとしても,Oメディカル及びP薬局
に対する支払は,後記認定の入院雑費に含まれる可能性がある。)。
(イ) 入院・入所雑費86万1900円
  (うち請求拡張分11万7000円)
本件脳動脈瘤が破裂したことにより必要となった入院雑費としては,くも膜下出血
の治療及び後遺症のリハビリに必要であったM病院及びNリハビリ病院入院期間合計
402日(平成8年10月24日から平成9年11月29日まで。甲C4,C5,
C7)並びにS福祉センター入所期間261日(平成10年4月13日から同年12
月31日までの263日(甲C8)のうち原告らが請求するのは261日について
である。)について,1日当たり1300円として,86万1900円(うち請求
拡張分11万7000円)が相当である。
(ウ) 付添介護費82万8000円
原告Aは,本件脳動脈瘤が破裂した後の意識障害回復過程において,精神的ダメージ
が強く,家族の介護が必要であったと認められ(甲C4),原告Aには,くも膜下出
血による右片麻痺や言語障害等の重度の後遺症が残った(甲C2)ものであるか
ら,原告Aが平成8年10月24日にM病院に入院し,平成9年3月10日にNリハビ
リ病院に転院するまでの間は,原告Bらの付添介護が必要であったと認められる。そ
れ以降の治療・リハビリ期間については,原告Aについて,原告Bらの付添介護が必
要不可欠であったとまでは認められない。
したがって,付添介護費としては,原告Bらの通院交通費等も考慮した上で1日あた
り6000円として,138日間の合計82万8000円が相当である。
(エ) 装具・治療器具費用等            20万5741円
   (うち請求拡張分9万7350円)
原告Aは,本件脳動脈瘤が破裂したことにより,装具・治療器具費用等として,車椅
子代(甲C6,C21),短下肢装具用靴代(甲C6,C23,C55,C56の
1),短下肢装具代(甲C6,C24),T字伸縮杖代(甲C26)の合計20万
5741円(うち請求拡張分9万7350円)を支出したことが認められる。
なお,高圧電位治療器の借用・購入が後遺症治療に必須のものであったことを示す
客観的証拠はなく,パジャマ費用等は入院雑費で評価されており,その余の装具・
治療器具費用等については,本件脳動脈瘤の破裂により必須となったことを示す証
拠あるいは領収書等の客観的証拠が存在しないから,これを損害として認めること
はできない。
(オ) 家屋改造費用                58万5216円
  (うち請求拡張分58万5216円)
原告Aは,本件脳動脈瘤が破裂したことにより,手摺り代(甲C62,C63),手
摺り付浴槽代(甲C65)の合計58万5216円(すべて請求拡張分)を支出し
たことが認められる。
その余の家屋改造費用については,本件脳動脈瘤の破裂により必須となったことを
示す証拠あるいは領収書等の客観的な証拠が存在しないから,これを損害として認
めることはできない。
(カ) 健康診断費用1万7830円
原告Aは,S福祉センターに入所して,生活上の基礎訓練や職業前訓練をするに当た
って健康診断費用1万7830円を支出したことが認められる(甲C8,C3
0)。
(キ) リハビリ費用
テレビカード代やテレホンカード代については,リハビリに必要である旨の具体的
な医師の指示があったことを示す客観的な証拠は存在せず,リハビリに通常必要と
されるものとも考えがたいから,これを本件脳動脈瘤の破裂と相当因果関係のある
損害と認めることはできない。
(ク) 交通費等
原告Aが入院中の原告Bらの交通費については,付添介護費に包括して評価し,原告
Aの交通費については,領収書等の客観的な証拠が存在しないから,これを損害とし
て認めることはできない。
(ケ) その他費用9450円
原告Aの症状を明らかにするための診断書料の合計9450円(甲C43,C44)
は,本件脳動脈瘤の破裂と相当因果関係のある損害と認められる。
T友の会会費,医師・友人謝礼,PHSサービス加入費は,原告Aの治療・介護に通
常必要とされるものとは認められず,大学学費及び交友会費については,大学を卒
業できなかったとしても,在学期間中の学費が無駄になるわけではないから,いず
れも本件脳動脈瘤の破裂と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
(コ) 調査料等 109万1919円
証拠保全の記録謄写費用等の合計109万1919円(甲C47からC50まで)
については,本件訴訟提起・追行に必要とした費用と認められるが,証拠保全の送
達費用は訴訟費用であるから,損害とはならず,証拠保全の弁護士費用は,本件訴
訟の弁護士費用と包括して評価する。
また,意見書作成費用等は,本件訴訟の提起・追行に当然に必要とされる費用と認
めることができないので,これを損害として認めることはできない。
(サ) まとめ
以上によれば,原告Aの積極損害は,合計400万0013円(うち請求拡張分10
8万4566円)であると認められる。
イ 消極損害
(ア) 休業損害 41万8905円
原告Aの平成8年10月24日(本件脳動脈瘤破裂日)から平成9年6月17日(症
状固定日の前日)までの休業損害は,64万5150円(甲C51)÷365日×
237日=41万8905円である。
なお,症状固定日以降,大学卒業予定日までの休業損害は請求されていないので,
これを考慮しない。
(イ) 逸失利益1億1041万8781円
原告Aは,本件脳動脈瘤の破裂に起因するくも膜下出血によって,右上下肢機能の障
害,歩行障害,日常生活動作の障害,言語障害が残存し,平成9年6月18日に症
状固定して,後遺障害等級2級に該当すると診断され,今後の回復の可能性は極め
て低い状態にある(甲C2,C80)。
また,原告Aは,中等度の脳血管性痴呆を発症しており,知的能力,事理弁識能力,
社会生活適応能力等が乏しく,回復の可能性は極めて低い状態にある(甲C74,
C80)。
したがって,原告Aは,労働可能期間の全期間にわたり100パーセント労働能力を
喪失したと認められる。
そして,原告Aは,本件脳動脈瘤の破裂がなければ,平成10年3月には大学を卒業
したものと認められ(甲C41),平成10年賃金センサス大卒全年齢平均賃金6
89万2300円を大学卒業予定時の23歳から67歳までの44年間得られたも
のと認められる。原告Aは,平成8年10月24日の本件脳動脈瘤破裂当時21歳で
あったから,原告Aの逸失利益は,689万2300円×(17.8800(21歳
から67歳までの46年間のライプニッツ係数)-1.8594(21歳から23
歳までの2年間のライプニッツ係数))=1億1041万8781円である。
(ウ) まとめ
以上によれば,原告Aの消極損害は,合計1億1083万7686円であると認めら
れる。
ウ 慰謝料2500万0000円
長期間の治療・リハビリにもかかわらず,前記のような重度の障害が残存したこと
(甲C2,C5,C8,C74,C80),症状固定後も継続的なリハビリやマッ
サージが必要と見込まれること(甲C9),原告Aが本件脳動脈瘤破裂当時21歳の
青年であったことなどに照らすと,原告Aの精神的苦痛に対する慰謝料としては,2
500万円が相当である。
エ 弁護士費用1000万0000円
本件訴訟提起・追行に必要とされる弁護士費用としては,1000万円が相当であ
る。
(2) 原告Bらの損害
さきに判示したとおり,原告Bらは,原告Aの本件脳動脈瘤が破裂し,重度の障害が
残存したことにより,深刻な精神的苦痛を被ったことが認められるので,その慰謝
料としては,各100万円が相当である。
(3) まとめ 
以上によれば,被告A,被告G医師らは,原告らに対し,不法行為(被告Aについては
使用者責任)に基づき,原告Aに対しては,1億4983万7699円及び内金1億
4875万3133円に対する本件脳動脈瘤が破裂した日である平成8年10月2
4日から,内金108万4566円に対する請求拡張申立書送達日の翌日である平
成14年7月20日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払義務を負い,原告Bらに対しては,各100万円及びこれに対する本件脳動脈
瘤が破裂した日である平成8年10月24日から各支払済みまで民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の支払義務を負う。
6 結論
したがって,原告らの請求は,被告G医師ら及び被告Aに対し,主文第1項から第4
項までに掲記の金額の支払を求める限度で理由があり,被告F医師に対する請求には
理由がなく,被告G医師ら及び被告Aの仮執行免脱宣言の申立てについては,相当で
ないからこれを却下し,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第30部
裁判長裁判官  福田剛久
裁判官新谷晋司
裁判官馬場俊宏

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勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛