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平成15年(行ケ)第274号 審決取消請求事件
平成17年2月22日判決言渡,平成17年1月25日口頭弁論終結
     判    決
 原      告 チュッフォ ガット ソチエタ レスポンサビリタ リミテ
 訴訟代理人弁護士 上谷清,宇井正一,笹本摂,山口健司
 復代理人弁理士  今枝久美     
 被      告 特許庁長官 小川洋
 指定代理人    村山隆,高橋泰史,大橋信彦,井出英一郎     
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2001ー11852号事件について平成15年2月20日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って
表記を変えた部分がある。
 本件は,原告が,後記実用新案の出願をしたが,拒絶査定を受け,これを不服と
して審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審
決の取消しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本願考案(甲2の1)
 出願人:チュッフォ ガット ソチエタ レスポンサビリタ リミテ(原告)
 考案の名称:「動物用玩具」
 出願番号:平成5年実用新案登録願第2936号
 出願日:平成5年2月5日(パリ条約による優先権主張1992年4月8日,イ
タリア)
 (2) 本件手続
 拒絶査定日:平成13年4月5日
 審判請求日:平成13年7月9日(不服2001-11852号)
 手続補正:平成13年8月8日(甲2の2)
 拒絶査定通知:平成14年9月20日
 手続補正:平成14年12月20日(乙1)
 審決日:平成15年2月20日
 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」
 審決謄本送達日:平成15年3月4日(原告に対し。出訴期間90日付加。)
 2 本願考案の要旨(平成14年12月20日付け手続補正後の実用新案登録請
求の範囲の請求項1に記載のもの。以下「本願考案」という。請求項2ないし4の
記載は省略。)
【請求項1】対象とする動物を魅了する形状を有するペット等の動物用食用噛み
玩具であって,スターチ等の植物起源の天然ポリマー,天然起源の可塑剤,および
親水性かつ生分解性合成ポリマーから成る天然ポリマーから得られるプラスチック
材料を基に形成されていて,上記天然起源の成分が60重量%であることを特徴と
する,動物用食用噛み玩具。
 3 審決の理由の要点
 (1) 審決は,刊行物1として,「Mater-BiThelatestplasticmaterial
introducesthetruevalueofbiodegradability.Today,1991.」(本訴甲3の1
及び2),刊行物2として,「NOVAMONTTHELIVINGCHEMISTRYMater-Bi
TechnicalBulletin August,1991」(本訴甲4の1及び2)を挙げた上で,刊行物
1,2には,以下の記載がされていると認定した。
「スターチ等の植物起源の天然ポリマー,天然起源の可塑剤,および親水性かつ生
分解性合成ポリマーから成る天然ポリマーから得られるプラスチック材
料(Mater-Bi)を基に形成されていて,上記天然起源の成分が60重量%である玩
具」
 (2) その上で,審決は,本願考案と刊行物1,2に記載の考案を対比し,両者の
一致点及び相違点を,以下のとおり認定した。
〈一致点〉
 「スターチ等の植物起源の天然ポリマー,天然起源の可塑剤,および親水性かつ
生分解性合成ポリマーから成る天然ポリマーから得られるプラスチック材料を基に
形成されていて,上記天然起源の成分が60重量%である玩具。」
〈相違点〉
 「玩具が,本件請求項1に係る考案では,対象とする動物を魅了する形状を有す
るペット等の動物用食用噛み玩具であるのに対し,刊行物1,2の考案では,この
ようなペット等の玩具に特定していない点。」
 (3) 審決は,以下のとおり,相違点について検討の上,本願考案は,刊行物1,
2から当業者が極めて容易に想到し得ると判断した。
 「上記相違点について検討すると,刊行物1,2に記載のMater-Biは,環境適合
性の特質を有すると共に,その成分が食品として又は食品との接触を認可された物
質により構成され,舌で嘗めても無害であることから玩具として用いられるものと
認められ,噛むという本能をもつペット等の動物を対象とする玩具においても,こ
のような無害性は必要とされるものであって,しかも,このMater-Biが動物用玩具
に適用し得ないとする理由も見出せない。
 そして,骨のような動物を魅了する形状の動物用噛み玩具又は食用噛み玩具は周
知(拒絶理由に引用した刊行物3(特公昭58ー16858号公報),刊行物4
(特公昭46ー7534号公報),刊行物5(特開昭62ー296848号公
報),特開昭49ー30172号公報,特開昭49ー107857号公報,特開昭
51ー80578号公報,特開昭54ー11777号公報,実開平2ー12015
5号公報等)であり,Mater-Biの成分が食品として又は食品との接触を認可された
物質により構成されていることからすれば,Mater-Biを用いて動物を魅了する形状
を有するペット等の動物を対象とする動物用食用噛み玩具と形成することは当業者
が極めて容易に想到し得るものであり,その効果も,刊行物1,2及び周知技術か
ら予測し得るものであって,格別顕著なものとも認められない。」 
 (4) 審決は,以下のとおり,結論付けた。
 「したがって,本願考案は,上記刊行物1,2に記載された考案および周知技術
に基づいて,当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから,実用
新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。」
第3 原告の主張の要点
審決は,本願考案と刊行物1,2記載の考案の一致点及び相違点の認定を誤り
(取消事由1),本願考案の進歩性を誤って否定したものであるから(取消事由
2),違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(一致点及び相違点認定の誤り)
 本願考案の「動物用食用噛み玩具」は,刊行物1,2記載の「Toys(玩具)」に
包含される関係にはないから,審決が,本願考案と刊行物1,2記載の考案は「玩
具」である点で一致すると認定し,これに基づき相違点を認定したのは誤りであ
る。
 本願考案に係る「動物用食用噛み玩具」は,「玩具」と銘打ってはいるが,動物
が噛み,その体内に入ることを前提とした食品ないし食品代替物である。
 他方,刊行物1の表(「TECHNOLOGIESOFTRANSFORMATIONANDAPPLICATIONS」
(変態と適用の技術)。甲3の1,6枚目),刊行物2の表(「Tab.1.3Mater-Bi;
Technologiesofprocessingandapplications」(表1.3Mater-Bi;工程と適用の
技術」,甲4の1,9枚目)は,本願考案に用いられるプラスチック材料である
Mater-Biの適用例の一つとして,「Toys(玩具)」を挙げている。「ロングマン現
代英英辞典」(甲5)によれば,「Toy(玩具)」とは「anobjectforchildren
toplaywith」(子供が遊ぶもの)であり,一般的に「人間の子供がそれを用いて
遊ぶ物」との意味と解すべきであって,食べたり噛んだりする物や,人間以外の動
物が遊ぶ物は想定されていない。そして,刊行物1,2における「Toys(玩具)」
が上記のような一般的な意味で用いられていることは,Mater-Biの適用例として列
挙されている他の物(容器,医療用具,文具,化粧用箱等)が,いずれも工業製品
であり,食べたり噛んだりするものではないことから明らかである。
以上によれば,本願考案に係る「動物用食用噛み玩具」は,人間や動物の体内に
入ることを前提としているのに対し,刊行物1,2記載の「Toys(玩具)」は,人
間や動物の体内に入ることを前提とせず,「子供がそれを用いて遊ぶ物」にすぎな
いのであって,本願考案に係る「動物用食用噛み玩具」は刊行物1,2記載
の「Toys(玩具)」とは異なるのであるから,本願考案に係る「動物用食用噛み玩
具」と刊行物1,2記載の「Toys(玩具)」とは「玩具」である点で一致するとし
た審決の認定は誤りである。
 2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)
 上記刊行物1,2に記載された考案及び周知技術に基づいて,当業者は極めて容
易に本願考案を想到し得たとの審決の判断は,誤りである。
 刊行物1,2は,本願考案に用いられるプラスチック材料であるMater-Biが,生
分解性を有する新たなプラスチック材料であることを紹介しているにすぎず,本願
考案のような「動物用食用噛み玩具」の材料としてMater-Biを利用することを示唆
する記載はおろか,人間や動物の口の中や体内に入ることを前提とする食べたり噛
んだりする物(食品ないし食品代替物)の材料としてMater-Biを利用することを示
唆する記載すら全くない。Mater-Biを「動物用食用噛み玩具」の材料に利用する動
機付けとなる記載は刊行物1,2には一切存在しない。
 そもそも,Mater-Biの目的は,生分解性という特質を十分に有しながら,従来の
プラスチックに匹敵する素材特性を有し,しかも従来のプラスチック製造の技術と
設備をそのまま用いることのできる新たな熱可塑性プラスチック材料を提供するこ
とにある。熱可塑性プラスチック材料を,人間あるいは動物の口の中や体内に入る
ことを前提とする食べたり噛んだりするもの(食品ないしは食品代替物)の材料と
して利用しようと考える者は,通常存在しない。
 被告は,刊行物1(甲3の1,3枚目),刊行物2(甲4の1,5枚目)に
は,「Mater-Biの成分はすべて,食品として又は食品との接触を認可された物質
(食品グレード)である。」との記載が存在すると指摘する。しかし,Mater-Biの
成分が食品グレードであるのは,プラスチック材料に「生分解性」という特質を持
たせるために,植物起源のでんぷんを主成分とした新たなプラスチック材料を創造
したからにすぎず,食品の材料として利用するためにMater-Biの成分を食品グレー
ドとしたわけではない。上記記載は,単に,Mater-Biが,生分解性プラスチックの
分類に従えば,「微生物生産系」,「化学合成系」,「天然物系」のうち「天然物
系」に該当することを意味するにすぎないと理解するのが自然である。また,刊行
物2には,Mater-Biそれ自体について,「1.9APPROVALFORCONTACTWITHFOOD
PRODUCTS(食品との接触に対する承認)」(甲4の1,10頁)としか記載されて
おらず,このことに照らしても,Mater-Biは,食料品を載せる皿や食料品を包む包
装容器等,食品と接触する工業製品として利用されることが想定されているにすぎ
ず,Mater-Biを食品それ自体の材料に使用することは全く想定されていない。
 前記のとおり,刊行物1,2記載の「Toys(玩具)」も,人間の子供用の玩具を
想定しており,動物用食用噛み玩具は一切想定していない。また,刊行物1,2に
記載された,「Toys(玩具)」も含めた射出成形によるMater-Biの適用例は,全て
比較的硬質で,壊れると鋭利な断片を形成しがちなものであるから,動物が口の中
で噛んで破砕する動物用食用噛み玩具が想定されていないことは明らかである。
 刊行物3(甲8),4(甲9)に記載されているとおり,本願考案の出願当時,
動物用食用噛み玩具は,生皮(ローハイド)製品,ゲル化ゼラチン製品に大別さ
れ,動物性蛋白質を主成分とするものが主流であった。これに対し,Mater-Biは,
そもそもプラスチックの範疇に属する材料であって,生皮やゲル化ゼラチンといっ
た材料とはおよそ異なるものであり,成分に着目したとしても,Mater-Biは植物性
蛋白質であるのに対し,従来の動物用食用噛み玩具は動物性蛋白質を成分とするも
のである。動物用食用噛み玩具に利用可能な様々な材料が存在し,Mater-Biを材料
として選択する動機付けとなるものが一切ない中でMater-Biを動物用食用噛み玩具
の材料に選択して両者を結びつけたのは容易ならざる創作力の発揮であるといえ
る。
 本願考案は,骨のような動物を魅了する形状の動物用噛み玩具又は食用噛み玩具
という周知技術に生分解性プラスチックであるMater-Biを材料として使用するとい
う従来にない新規な組合せを採用することにより,魅惑的な滑らかな外観を有し,
普通の状態で臭わず(抗菌性に優れ),かつ動物に消化でき,かつ粉砕されても動
物に危害を与えるような鋭利断片を形成しないという従来にない良好な「動物用食
用噛み玩具」を提供するものであるから,このような本願考案の顕著な効果を出願
時の当業者が予測できたとは考えられない。
なお,被告は,動物を対象とする食用の玩具で,プラスチック材(樹脂)を構成
成分とするものが周知である証拠として刊行物5(乙2),特開昭51-8057
8号公報(乙3)を提出するが,これらの周知事実は,明示的にも黙示的にも本件
審決の際に考慮されず,また根拠とされていないから,本件審決取消訴訟において
主張することは許されない。仮に,かかる証拠を考慮することが許されるとして
も,乙2,3に係る動物用食用噛み玩具は,蛋白質含有物質を主要な構成成分とす
る食品ないし食品代替物であり,プラスチック材(合成樹脂)は成形を容易にする
ために加えられる補助的成分にすぎないのであるから,本願考案のように工業製品
の材料であるプラスチック材(合成樹脂)のみで動物用食用噛み玩具を形成するこ
とは当業者が極めて容易に想到し得るものではない。
第4 被告の主張の要点
 1 取消事由1(一致点及び相違点認定の誤り)に対して
 原告は,刊行物1,2記載の「Toys(玩具)」に本願発明の「動物用食用噛み玩具」
が包含される関係にはないと主張する。しかしながら,本願考案の明細書(出願時
の明細書(甲2の1)に平成13年8月8日付け手続補正書(甲2の2)及び平成
14年12月20日付け手続補正書(乙1)による変更を加えたもの。以下「本願
明細書」という。)の段落【0001】【産業上の利用分野】,【0002】【従
来の技術】,【0003】【考案が解決しようとする課題】の記載によれば,本願
考案は,動物用,特に,犬,猫等のペットを遊ばせる娯楽用品を主題とするもので
あって,「娯楽用品」として「玩具」という用語を用いていることは明らかであ
る。原告が主張するように,「玩具」は,一般的には「人間の子供がそれを用いて遊
ぶ物」を指すものとしても,「玩具」の前に「動物用」がつけば,「動物がそれを用
いて遊ぶ物」となるのであり,遊ぶ主体が変わることより「玩具」としての本質が
失われるものではないから,「動物用」と「玩具」の間に「食用噛み」が付加され
食用としての機能があるとしても,「玩具」であることに変わりはない。審決は,
「玩具」の本質である「それを用いて遊ぶ物」又は「娯楽用品」をもって,両者の
一致点とし,本願考案は,「動物用食用噛み」という形容詞があることをもって相
違点としているものであるから,原告の主張するような一致点・相違点についての
誤りはない。 
 2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)に対して
 原告は,進歩性を否定した審決の判断は誤りであると主張する。
 しかしながら,前記のとおり,刊行物1,2には,Mater-Biの成分が食品グレード
である旨の記載がある。これについて,原告は,生分解性プラスチックの分類に従
えば,Mater-Biが「天然物系」に該当することを示しているにすぎないと主張する
が,生分解性プラスチックは,汎用プラスチックがカバーしている領域はほぼ代替
できるのであるから(甲10),一般的なプラスチックの代替として用いられるも
のであって,生分解性プラスチックであるゆえにその成分を食品グレードとしなけ
ればならない必然性は存在しない。そうすると,刊行物1,2におい
て,「Mater-Biの成分はすべて,食品として又は食品との接触を認可された物質
(食品グレード)である。」と特記しているのは,食品又は食品と接触する材料と
して使用できることを意味するものと解される。Mater-Biの主成分であるスターチ
は,食品の素材としても用いられることからしても,刊行物1,2記載の
Mater-Biが食べたり噛んだりする物の材料であることは示唆されているというべき
である。さらに,プラスチック材(樹脂)を構成成分とする,動物を対象とする食
用の玩具は周知であること(乙2,3)からすれば,刊行物1,2記載の「Toys
(玩具)」を動物用食用噛み玩具とする動機付けは存在するということができる。
 原告は,刊行物2には「1.9APPROVALFORCONTACTWITHFOODPRODUCTS(食品と
の接触に対する承認)」としか記載されていないのであるから,Mater-Biを食品それ
自体の材料に使用することは全く想定していないと主張するが,刊行物1,2に
は,Mater-Biの全ての成分が「approvedforfoodorforcontactwithfood
products(食品として又は食品との接触を認可された)」と記載されているのであ
るから,その使用を食品と接触する材料のみに限定する理由はなく,動物用食用噛
み玩具に適用できないとする理由もない。
 また,原告が主張する効果も,玩具にとって必要な一般的な要件を述べているに
すぎないから,本願考案の効果が格別顕著なものではないとした審決の判断に誤り
はない。
 以上のとおり,審決の進歩性の判断には誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(一致点及び相違点の認定の誤り)について
 原告は,刊行物1,2にMater-Biの用途として記載されている「Toys(玩具)」
は「人間の子供がそれを用いて遊ぶ物」であるから,動物が噛んだり食べたりする
ことを前提とする「動物用食用噛み玩具」の「玩具」とは意味が異なり,本願考案
と刊行物1,2とは「玩具」である点で一致するとの審決の認定は誤りであると主
張する。
 しかしながら,原告は,自ら,刊行物1,2記載の「Toys」を「玩具」と訳して
いる(甲3の2,4の2)上,「toy」という言葉には,「anobjectforchildren
toplaywith(子供が遊ぶ物)」という意味のみならず,「anobjectthatyou
haveforenjoymentorpleasureratherthanforaseriouspurpose(まじめな
目的というよりむしろ楽しみ又は娯楽のための物)」(「OXFORD現代英英辞典第6
版」)という意味もあり,原告が主張するように「toy」という言葉が「子供が遊ぶ
物」に限定されるとは認めることはできない。また,刊行物1,2が「toys(玩
具)」の意味を「人間の子供が遊ぶ物」に特に限定して使用していると認めること
はできない。したがって,刊行物1,2記載の「toys(玩具)」は,「娯楽用品」
「おもちゃ」との意味にすぎず,遊ぶ主体は限定されないと解するのが相当である
(なお,原告は,Mater-Biの製造・開発業者の現在のホームページにおい
て「Toys」と「petproducts」が別項目とされている旨指摘するが,ホームページ
上の項目が別になっていることから,刊行物1,2の「Toys」にペット製品が含ま
れないと認めることはできない。)。
 他方,本願考案は動物が遊ぶ玩具であるから,「子供が遊ぶ物」との意味で用い
られていないことは明らかであり,「玩具」とは「娯楽用品」「おもちゃ」を意味
すると認めるのが相当である。なお,原告は,本願考案に係る「玩具」が動物が噛
んだり食べたりするものであることを強調するが,この点は「動物用」「食用」
「噛み」の意味内容に係るものであり,「玩具」の意味内容をなすものではない。
 以上によれば,本願考案と刊行物1,2に係る考案が「玩具」である点で一致す
るとした審決の認定判断に誤りはなく,それに基づく相違点の認定にも誤りはな
い。
 2 取消事由2(進歩性の判断の誤り)について
 原告は,本願考案に係る「動物用食用噛み玩具」の形成材料が,刊行物1,2に
記載されているMater-Biと同一成分の物であることは争わないものの,本願考案に
係る動物用食用噛み玩具は,食品ないし食品代替物であるのに対し,刊行物1,2
は,Mater-Biが生分解性を有する新たなプラスチック材料であることを紹介してい
るにすぎず,Mater-Biを食品ないし食品代替物として利用する動機付けとなる記載
は一切存在しないのであるから,本願考案の進歩性を否定した審決の判断は誤りで
あると主張する。
 (1) そこで,まず,本願考案に係る「動物用食用噛み玩具」が食品ないし食品代
替物であるとの原告主張について検討する。
 本願明細書(甲2の1,2の2,乙1)には,以下の記載がある。
「【0001】【産業上の利用分野】本考案は動物用,特に犬等のペット用の娯楽
用品に関する。より具体的には,本考案はペット等の動物が遊び,噛み,食べてよ
い動物用食用噛み玩具もしくは噛み菓子に関する。
【0002】【従来の技術】動物が戯れて持って来ることのできる種類の対象物で
遊ぶのが好きなことは周知の通りである。特に,犬,猫等のペットの場合,彼らは
通常飼い主が意図的又は偶然に彼らの近くへ不要になった家庭用品を置いてやると
それで遊ぶのが好きである。長時間使用した対象物はその動物にとって親しみが湧
き,成長してからもその対象物を離さないことがある。
【0003】【考案が解決しようとする課題】本考案は上述のような娯楽用品を提
供することを課題とし,対象とする動物にとって特に魅力的な設計および構成の動
物玩具を提供するものである。」
 上記記載によれば,本願考案に係る動物用食用噛み玩具は,動物用,特に,犬,
猫等のペットが噛むことのできる物であり,噛むことにより破損した玩具の断片が
動物の体内に入る可能性があることは前提とされているということができるが,あ
くまでその課題は「娯楽用品を提供」し,「動物にとって特に魅力的な設計および
構成の動物玩具を提供」することにあるのであって,食品ないしは食品代替物とし
て提供することにあるとは認められない。
 そもそも,Mater-Biは,スターチ等の植物起源の天然ポリマーを用いて製造され
るものであり,「天然物系」の生分解性プラスチックに分類されるものと認められ
る(甲7)。生分解性プラスチックは,「生分解性」といっても,自然環境中で微
生物の働きにより低分子化合物に変化し,最終的には水と二酸化炭素に分解される
熱可塑性プラスチックの総称であり(甲7),それ自体が食品の材料といえるもの
でない。原告も,Mater-Biの成分の中には食品ではない親水性及び生分解性合成ポ
リマーが含まれているから,Mater-Biそれ自体を食品ないし食品代替物の材料とし
て利用することは想定していないと主張しているが,Mater-Bi自体がかかる化学的
特性を有する以上,Mater-Biから形成された動物用玩具が食品ないし食品代替物と
いえないことは当然である。したがって,本願考案に係る動物用玩具は「食用」と
銘打っているが,ここでいう「食用」とは食品ないしは食品代替物を意味するので
はなく,動物の口の中や体内に入っても無害であることを意味するにとどまるとい
うべきであり,本願考案に係る動物用玩具が食品ないしは食品代替物であることを
前提とする原告の主張は失当である。
 (2) 次に,刊行物1,2記載の考案について検討する。
 原告は,刊行物1,2は,Mater-Biが生分解性を有する新たなプラスチック材料
であることを紹介しているにすぎないのであるから,Mater-Biを「動物用食用噛み
玩具」の材料に利用する動機付けとなる記載は一切存在しないと主張する。
 ア しかしながら,刊行物1,2には,「Mater-Biの成分はすべて,食品として
又は食品との接触を認可された物質(食品グレード)である。」と記載されてい
る。刊行物1,2はMater-Biの適用例として「食品」ないし「食品代替物」を挙げ
ておらず,また前記判示のとおりのMater-Biの化学的特性に照らすと,上記記載か
らMater-Biが食品ないしは食品代替物として利用できるとまでは認められないが,
少なくとも,人間がMater-Biを口に入れ,又はMater-Biが体内に入っても無害であ
ることは開示されているということができ,人体に無害であれば,犬,猫などのペ
ット動物にも無害であろうことは容易に推考できるというべきである。
 これに対し,原告は,刊行物1,2の上記記載は,Mater-Biが生分解性プラスチ
ックの分類に従えば「天然物系」に該当することを示しているにすぎないと主張す
るが,上記記載の文言から離れて原告の主張するように理解すべき理由はなく,ま
た,仮に原告の主張するとおり解したとしても,人間がMater-Biを口に入れ,又は
Mater-Biが体内に入っても無害であることが開示されていることに変わりはないと
いうべきである。
 イ また,刊行物2(甲4の1,8枚目)には,「高い生分解性と良質の物的特
性によって特徴付けられるMater-BiのA群の範囲内では,最も使用されている熱可
塑性樹脂の変形技術を用いた製品の大部分が利用可能である。」と記載され,刊行
物1(甲3の1,6枚目)の「Mater-Bi 変態および適用の技術」の項に
は,Mater-BiのTYPEAI05H,AI35Hが,射出成形により,玩具等に適用できること
が,また,AB05H,AB06Hが,押出吹込成形,射出吹込成形により,玩具等に適用で
きることが記載されている。これらの記載によれば,刊行物1,2には,熱可塑性
樹脂の変形技術を用いてMater-Biから玩具を形成し得ることが開示されているとい
うことができる。
 ウ 上記ア及びイによれば,刊行物1,2には,人間ないし動物の体内に入って
も無害な玩具をMater-Biから形成することの動機付けとなることが開示されている
と認めることができる。
 (3) さらに,本願考案の出願当時の周知技術について検討する。
 原告は,刊行物1,2の「Toys(玩具)」との記載から動物用食用噛み玩具を想
到することはできないと主張する。しかしながら,刊行物3(甲8),4(甲9)
によれば,本願考案の出願当時,骨のような動物を魅了する形状の動物用噛み玩具
は周知であったと認めることができる。また,特公昭62-296848号公報
(審決刊行物5,乙2),特開昭51ー80578号公報(乙3)によれば,動物
用噛み玩具の形成材料の一部として,プラスチック材(合成樹脂)を用いること
は,本願考案の出願当時,周知の技術であったと認めることができる(なお,原告
は,乙2,3ないしはこれによって認められる周知事実は,明示的にも黙示的に
も,本件審決の際に考慮されず,また根拠とされていないから,本件審決取消訴訟
において主張することが許されないと主張するが,被告は,刊行物1,2記載の考
案に基づいて本願考案の進歩性を判断するに当たり,本願考案の出願当時の技術水
準を立証するために乙2,3を提出したにすぎないから,何ら違法な点はな
い。)。したがって,本願考案の出願当時,動物を魅了する形状をし,少なくとも
その形成材料の一部にプラスチック材を含む動物用噛み玩具は周知であったと認め
ることができるのである。
 (4) 以上のとおり,本願考案に係る「動物用食用噛み玩具」は,動物の体内に入
っても無害なプラスチック材料であるMater-Biから形成される動物用玩具を提供す
るものであるところ,刊行物1,2からは,動物の体内に入っても無害な玩具を
Mater-Biから形成することの動機付けを得ることができ,本願考案の出願当時,少
なくともその形成材料の一部にプラスチック材を含む動物用噛み玩具は周知であっ
たのであるから,当業者が,刊行物1,2記載に係る考案及び上記周知技術を適用
して,本願考案に係る「動物用食用噛み玩具」を想到することは極めて容易であっ
たというべきである。
 これに対して,原告は,①刊行物1,2に記載された射出成形によるMater-Biの
適用例は,すべて比較的硬質で,壊れると鋭利な断片を形成しがちなものであるか
ら,「動物用食用噛み玩具」は想定されていない,②本願考案の出願当時に周知だ
った動物用食用噛み玩具は動物性蛋白質を主成分とするものが主流であり,植物性
蛋白質であるMater-Biからなる動物用食用噛み玩具は想到し得ない,③動物用食用
噛み玩具にプラスチック材を使用することが周知技術であったとしても,プラスチ
ック材(合成樹脂)のみで動物用食用噛み玩具を形成することは容易に想到し得な
い,などと主張する。
 しかしながら,刊行物1,2に記載されたMater-Biの適用例がすべて比較的硬質
で,壊れると鋭利な断片を形成しがちであると認めるに足る的確な証拠はなく,か
えって,本願明細書には「上記プラスチック材(判決注:Mater-Biをいう。)は粉
砕されても動物に危害を与えるような鋭利断片を形成しないものがよい。」(段落
【0005】)との記載がある。また,本願考案に係る動物用食用噛み玩具の用途
は,前記判示のとおり,「娯楽用品」「玩具」の提供にあるのだから,食品ないし
食品代替物であることを前提とする原告の上記②の主張は失当であり,動物用食用
噛み玩具にプラスチック材をどの程度使用するかは単なる選択の問題にすぎないと
いうべきである。したがって,原告の上記①ないし③の主張はいずれも失当であ
る。
(5) 原告は,本願考案に係る動物用食用噛み玩具は,魅惑的な滑らかな外観を有
し,普通の状態で臭わず(抗菌性に優れ),かつ動物に消化でき,かつ粉砕されて
も動物に危害を与えるような鋭利断片を形成しないという従来にない良好な「動物
用食用噛み玩具」を提供するものであるから,このような本願考案の顕著な効果を
出願時の当業者が予測できたとは考えられないと主張する。
 しかしながら,本願考案に係る「動物用食用噛み玩具」が,動物に消化できると
認めるに足る的確な証拠はなく,原告の主張するその余の効果は,Mater-Biが本来
的に有している性状に基づいて奏されるもの(外観,臭い,抗菌性),ないしは,
動物が飲み込む可能性があることから,当業者が当然に配慮すべきもの(粉砕によ
る危害防止)であるから,その効果が,当業者が予測し得ない顕著なものというこ
とはできない。
 3 結論
 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
  東京高等裁判所知的財産第4部
         裁判長裁判官   塚  原  朋  一
            裁判官   田  中  昌  利
            裁判官   佐  藤  達  文

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