弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原告の請求を棄却する。
     訴訟費用は原告の負担とする。
         事    実
 原告は「昭和二十六年五月十日執行の島根県那賀郡a村長選挙の当選の効力に関
する原告の異議申立について同村選挙管理委員会が同年六月二十一日附を以てなし
た決定及び該決定に対する原告の訴願について被告が同年十月二十五日附を以てな
した裁決はいづれもこれを取消す。昭和二十六年五月十日執行のa村長選挙におけ
るAの村長当選を無効とする」との判決を求めその請求の原因として、次のとお
り、陳述した。
 一、 昭和二十六年五月十日島根県那賀郡a村長選挙が執行されたが原告はその
選挙人である。
 二、 右選挙に際しa村長職務執行者Aは同年四月二十日職業をa村長職務執行
者と記載した立候補届を提出しa村選挙長はこれを受理して即日その旨の告示をな
し、その選挙の結果、右Aは当選した。
 三、 しかしAの当選には、次のような無効原因がある。Aは現職のまゝ立候補
することのできない公務員の職にありながら、立候補の届出をしたのであるから、
a村選挙長は、右届出は公務員の立候補を制限した公職選挙法第八十九条第一項に
違反する無効の届出としてこれを却下すべきであつたのにかゝゎらずこれを受理
し、即日その旨の告示をしたことは違法である。
 ところで、Aは現職のまゝでは立候補できないことに気付いて同月二十五日夕刻
a村長職務執行者を辞する旨の退職願を提出し、右退職願は翌二十六日朝受理され
たが、本件の如く現職のまゝ立候補することのできない公務員の立候補届出に存す
る違法は原始的に存在するものであるから、選挙長のする立候補届出の告示並びに
立候補者の選挙運動開始前ならばともかく、立候補届出当日より既に六日を経過
し、一般選挙人はAが立候補した旨の告示を閲覧しAもまた右届出当日選挙事務所
を設置し、出納責任者選任届を了し、百枚のポスターに検印を受け、これを同日村
内各所に貼付して親族知己の戸別訪問をなし、他の各候補者も共に選挙運動を継続
している段階においてはAの立候補届出に存する瑕疵はもはや同人の辞職によつて
治癒されるわけのものではない。かかる場合には、Aは同月二十六日改めて立候補
の届出なすべきものであり、a村選挙長としても、同人をしてその手続をなさしむ
べきである。そして前記Aの立候補届出の告示は他の立候補者B、Cの立候補届出
の告示と共に一枚の用紙に併記されしかも受付順に右三名の候補者の氏名職業が連
記されているのであるから右告示中Aの部分を理由を附して抹消し、他の候補者
B、Cの部分の告示はそのまゝ掲示順位を保持し、新たに同月二十六日附を以てA
が立候補した旨の告示を第三順位で掲示すべきであつた。しかるに、a村選挙長
は、Aの立候補届出に存する瑕疵が有効に補正せられ得るものと考え、同月二十六
日、先に提出された立候補届書の職業欄を農業と訂正することを許した上同日前記
立候補届出の告示用紙全部を撤去し、新たに同月二十日附でA候補者の職業を農業
と書き代えた外は前の告示と同一内容の告示を掲示し宛かも同候補者の職業が同月
二十日掲示のときから農業と記載せられていたかの如く装い且つ同候補者の掲示順
位を保全し、その反面、他の侯補者B、Cの掲示順位を侵したのである。次に、A
は本件a村長選挙と選挙区域の相共通する同年四月三十日執行の島根県知事及び同
県議会議員選挙におけるa村開票区の開票管理者として同月二十日より同年五月一
日朝までその職にあつたものである。開票管理者は選挙の執行上極めて重要な事務
を扱う者でその職務の性質上至公至正の立場を必要とするから、在職中その関係区
域内においては当該選挙であると否とを問わず一切の選挙運動を禁止せられている
ものと解すべきである。しかるに、Aは開票管理者として在職中その地位を利用と
てその関係区域内において選挙運動をなし、a村選挙長もこれを知りながら放任し
ていたものである。かくの如く、a村選挙長は公職の候補者となることのできない
Aを公職の候補者として放置したため、また同人が開票管理者の職にあるのにかゝ
わらず選挙運動をするのを禁止しなかつたため結局最後的に有効な当選人となり得
ない者を徒らに選挙の競争場裡において選挙人の耳目をまどわしその思考を混乱さ
せ著しく選挙め自由公正を害したので選挙の結果に異動を及ぼす虞があつたといえ
る。即ちAの当選は同人が有効に公職の候補者となることができない者である点に
おいて無効であるばかりでなく、本件選挙もまた選挙の規定に違反し、そのため選
挙の結果に異動を及ぼす虞があつて無効であるから、Aの当選はこの点からするも
無効である。
 四、 そこで、原告は同年五月二十三日a村選挙管理委員会に対し異議の申立を
したが同年六月二十一日異議棄却の決定があつたので更に被告に訴願したところ、
同年十月二十五日附を以て訴願棄却の裁決があり同年十一月二日裁決書の交付を受
けた。
 五、 しかし、Aの当選は前述の理由により無効であるので請求の趣旨記載の判
決を求めるため本訴に及んだ。
 証拠として原告は甲第一、第二号証、第三号証の一乃至五、第四乃至第十五号証
を提出した。
 被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。
 原告主張の一、二、四の各事実はこれを認める。
 原告主張の三の事実中Aが原告主張の日、出納責任者選任届をしたこと、同人が
原告主張の日時、a村長職務執行者を辞する旨の退職願を提出し、右退職願が原告
主張の日時受理せられ、立候補届の職業欄が農業と訂正せられたこと、原告主張の
日、その主張の如き方法で立候補届出の告示が訂正せられ、訂正せられた告示の内
容が原告主張のとおりであること、Aが原告主張の島根県知事及び同県議会議員選
挙におけるa村開票区の開票管理者であつたことはいづれもこれを認めるが、その
他は争う。Aは法規上差支えないものと考え、昭和二十六年四月二十日a村長職務
執行者という現職のまゝ立候補届を提出したが、同月二十五日に至りa村選挙管理
委員会より注意を受けたゝめ同日直に辞職願を提出し、これに基いて翌二十六日先
に提出した立候補届の職業欄が訂正せられ、告示もまた同日新しい告示に取替えら
れたのである。この際Aが先に提出した立候補届を一旦既下げ、新たに立候補届を
提出したとすれば、この新たな立候補届が有効であることは疑いない。而して両場
合を比較すれば、何等実際上の差異はない。即ち選挙の結果に影響を及ぼすもので
はないから右のような便宜的取扱は法律上差支ないものと認められる。
 証拠として、被告訴訟代理人は証人D、E、F、Aの各証言を援用し、甲第十
二、第十三号証の各成立は不知、その余の甲各号証の成立はこれを認めると述べ
た。
         理    由
 原告主張の一、二、四の各事実は当事者間に争いがない。
 右争いのない事実によれば、Aは立候補届出をなした昭和二十六年四月二十日当
時現職のまゝ立候補することのできないa村長職務執行者の職にあり、しかも職業
をa村長職務執行者と記載した立候補届を提出したのであるから、Aの立候補届出
は公務員の立候補を制限した公職選挙法第八十九条第一項に違反することが届出の
形式上一見明瞭であるというべきである。従つてa村選挙長が右Aの立候補届出を
却下しないでこれを受理し即日その旨の告示をしたのは違法である。ところでAは
同月二十五日夕刻a村長職務執行者を辞する旨の退職願を提出し、右退職願が翌二
十六日朝受理されたことは当事者間に争いがなく、証人D、E、F、Aの各証言を
綜合すれば、a村選挙長はAが立候補届出をした際その届出が公職選挙法に違反す
ることに気付かずこれを受理したのであるが、同月二十五日夕刻右の届出が同法第
八十九条第一項に違反することを知つたので、直ちにその旨をAに通知したとこ
ろ、同人は前記の如く辞職するに至つたことを窺うことができる。よつて、Aの立
候補届出及び受理に存する瑕疵は同人の辞職によつて治癒せられたものといえるか
どうかを判断する。
 <要旨>公職選挙法第八十九条第一項の規定する公務員の立候補制限は公務員に対
し本来日本国民として有する立候補の資格を公務員在職中に限り一時停止す
るに過ぎないものと認めるべきであるから、公務員がその職を辞したときは立候補
の資格を回復するものというべきである。それ故公務員が在職のまゝなした立候補
の届出及び受理に存する違法は辞職によつて補正せられるものと解するを相当とす
る。されば、a村選挙長がAの立候補届出を受理したことに存する瑕疵は同人の辞
職によつて治癒せられ、同人は以後有効に公職の候補者となることができたものと
いうべきである。次に、a村選挙長が同月二十六日Aの立候補届の職業欄を農業と
訂正することを許したことa村選挙長が同日原告主張の如き内容の立候補届出の告
示全部を撤去し新たに同月二十日附で原告主張の如き内容の訂正告示を掲示したこ
とは当事者間に争いがない。ところでAの立候補届出及び受理に存する瑕疵が同人
の退職によつて以後治癒せられたことは既に説明したところであるが、かかる場合
に如何なる方法で違法の告示の訂正をなすべきかについては、これを明示した法規
はないのであるが、a村選挙長のなした告示訂正手続は宛かもA候補者の職業が四
月二十日掲示のときから農業と記載せられていたかの如く装う結果となる点におい
て、少くとも、違法のそしりを免れ得ないものである。
 しかし、前顕各証人の証言に徴すれば四月二十日より同月二十五日まで違法の告
示が掲示せられていたこと、右違法の告示の訂正をするにあたり更に違法の措置を
重ねたことは選挙事務従事者の単なる過失によるもので、何等選挙の自由公正を害
する目的を以て行われたものでないことを認め得るはかりでなく、Aの立候補届出
の告示に存する右の違法が特に本件選挙の結果に異動を及ぼす虞のあるものであつ
たことは本件に現われた全証拠資料によるもこれを認めるに充分でない。次に証人
Aの証言によれば、Aは四月二十日より同月二十五日までのあいだに公職の候補者
としてたまたま道路上で面接した選挙人に対し自己のため投票を依頼し或いは選挙
のビラを貼付するなどの選挙運動をしたことを窺うことができる。そして、Aがこ
のような選挙運動をしたことはa村選挙長が同人の立候補届出を違法に受理したこ
とにょるものであるが、本件に現われた全訴訟資料によるも、Aが右の期間内にこ
の程度の選挙運動をしなかつたならば本件選挙につき異なる結果が生じたであろう
とは到底考えられないのである。更にAが同年四月三十日執行の島根県知事及び同
県議会議員選挙におけるa村開票区の開票管理者であつたことは当事者間に争いが
ない。しかし、開票管理者などの選挙事務関係者は公職選挙法第百三十五条によつ
て唯当該選挙における選挙運動を禁止せられるだけであつて、たまたま当該選挙と
選挙区域を同じくする他の選挙が当該選挙に近接して執行せられた場合に開票管理
者が他の選挙において選挙運動をすることは同法条の関知するところではないと解
すべきであるからAが右の開票管理者であつた事実は本件選挙の効力及びAの当選
の効力に何等の消長を及ぼすものではない。
 (因みに、原告は本訴において主として本件選挙が無効であるとする事実を主張
して、Aの当選を争つているが、本件の如き当選訴訟においてはその請求の原因と
して選挙無効の事由を主張することは許されないものであつて、唯裁判所はたまた
ま訴訟における全資料に基いて当該選挙自体が無効であることを認めたときは公職
選挙法第二百九条に従い例外的に特に当事者の主張をまたず、すゝんで選挙の無効
を宣言する判決をすベきものである。当裁判所が本件において原告の主張する本件
選挙が無効であるとする事実についてわざわざその事実の存しないことを判断した
のは、原告の右主張が請求原因として適法であることを認めたからではなく、本件
はいまだ公職選挙法第二百九条を適用すべき場合にあたらないことを明らかにする
趣旨に出でたのに過ぎないものであることを附言する)
 以上の次第で本件選挙におけるAの当選が無効であるとする原告の本訴請求はそ
の理由がなく、これを棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担について民事訴
訟法第八十九条を適用し、主文のとおり、判決する。
 (裁判長裁判官 平井林 裁判官 久利馨 裁判官 藤間忠顕)

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