弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人林徳太郎の上告趣意について。
 所論は、第一次第一審における被告人は家畜商として馬二頭の売却方を依頼せら
れその売却代金中三万円を着服横領したものであるという業務上横領の訴因と、第
二次第一審において別件として公訴を提起された被告人は右の馬二頭を窃取したも
のであるという窃盗の訴因とは、事実の同一性があるから、本件窃盗の公訴は既に
公訴の提起があつた事件につき更に同一裁判所に公訴が提起されたときにあたり、
刑訴三三八条三号に違反し、引いて憲法三九条後段の一事不再理の原則に違反する
というにある。
 よつてこの点を考えてみるに、第一次第一審における当初の訴因である「被告人
は家畜商を営んでいるものであるが、昭和二五年七月二五日頃北海道空知郡d町市
街地家畜商Aより同人所有の馬四頭の売却方を依頼せられ、同月二九日うち二頭を
新潟県西蒲原郡e町Bに代金六万円で売却し、これを業務上保管中、同月三〇日同
郡a町C旅館において、Aに右代金を引渡す際ほしいままに、馬二頭を一二万円で
売つたが日曜日で銀行もなく、買主より三万円だけ内金として受取つた旨嘘のこと
を申し向け、その場において残金三万円を着服して横領したものである」という業
務上横領の訴因と、その後第一次第一審の新潟地方裁判所相川支部が事実の同一性
があるとして訴因訴更を許可し変更された訴因について有罪を言渡し、第一次第二
審の東京高等裁判所が右は同一性がないとしてこれを破棄し新潟地方裁判所に移送
したため、検察官から同裁判所に別件として公訴を提起せられた窃盗の訴因即ち「
被告人は昭和二五年七月三〇日新潟県西蒲原郡b村大字cD方から同人が一時北海
道空知郡d町市街地Aより預つていたAの父E所有の牝馬鹿毛及び青色各一頭(価
格合計一二万円相当)を窃取したものである」とは、前者が馬の売却代金の着服横
領であるのに対し、後者は馬そのものの窃盗である点並びに犯行の場所や行為の態
様において多少の差異はあるけれども、いずれも同一被害者に対する一定の物とそ
の換価代金を中心とする不法領得行為であつて、一方が有罪となれば他方がその不
可罰行為として不処罰となる関係にあり、その間基本的事実関係の同一を肯認する
ことができるから、両者は公訴事実の同一性を有するものと解すべく、従つて第一
次第二審の判決がその同一性を欠くものと判断したのは誤りであるといわなければ
ならない。かように第一次の控訴審が第一審判決の法令解釈に誤りがあるとしてこ
れを破棄、差し戻し、第二次の第一審及び控訴審がその判決に従つた場合において、
上告審たる最高裁判所は右第一次の控訴審の法律判断に拘束されるものでないこと
は、すでに当裁判所の判例とするところである(昭和二九年(あ)第四四九号、同
三二年一〇月九日大法廷判決、集一一巻一〇号二五二〇頁)。しかして第二次第一
審における窃盗の公訴提起は第一次第二審の差戻判決の判断に従つて行われたもの
であるとの経緯にかんがみれば、右判断にして誤りであること前示のごとくである
以上、右公訴の提起は実質において訴因変更の趣旨と解することができるのであつ
て、従つて二重起訴ではないといわなければならない(そして第二次第一審が窃盗
の訴因につき有罪を認定し業務上横領の訴因はその不可罰的事後行為と認めて無罪
を言渡したのに対してなされた本件控訴の申立の効果は、右有罪部分と不可分の関
係にある業務上横領にも及ぶものというべきであるから、すでに確定裁判を経たも
のとして免訴の裁判をなすべき場合にも当らない)。従つて原判決が窃盗の公訴を
棄却すべしとの論旨を排斥して第一審判決を支持したのは結局正当であつて、訴訟
法違反並びにこれを前提とする憲法違反の論旨は採るをえないものである。
 また記録を調べても本件につき刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて同四一四条、三九六条により主文のとおり判決する。
 本判決は、裁判官奥野健一の補足意見、裁判官藤田八郎の反対意見あるほか裁判
官一致の意見によるものである。
 裁判官奥野健一の補足意見は、次のとおりである。
 第二次第一審において業務上横領の訴因と窃盗の訴因とが併合審理された結果、
主文において、前者につき無罪、後者につき有罪の言渡があり、右有罪部分に対し
て被告人から控訴の申立があつたけれども、右無罪部分に対しては当事者から控訴
の申立がなかつたため確定をみるにいたつた以上、たとえ上訴審において右二個の
訴因が公訴事実の同一性を有するものと判断せられる場合であつても、右無罪部分
の確定によつて右窃盗と業務上横領とは、訴訟法的に二つの事件に分割され、上訴
審においては窃盗の事実のみについて実体的審判を行うべきものと解する。従つて
原判決が、窃盗の公訴を棄却すべしとの論旨を排斥して第一審判決を支持したのは
結局正当であつて、訴訟法違反並びにこれを前提とする憲法違反の論旨は採るをえ
ない。多数意見が窃盗の公訴提起は実質において訴因変更の趣旨であるとする点は、
訴訟手続の恣意的解釈でとうてい賛同しえないところであるけれども、私見は、以
上の趣旨において多数意見とその結論を同じくするものである。
 裁判官藤田八郎の反対意見は、次のとおりである。
 本件において業務上横領の訴因と窃盗の訴因とが公訴事実として同一性を有する
ものであつて、同一性を欠くものと判断した第一次第二審判決の判断はあやまりで
あるとする点について多数意見に賛同する。
 しかし、右二つの訴因が同一事実に帰するものとする以上、第二次第一審におけ
る窃盗の公訴提起は二重起訴と解すべきは当然であつて、右公訴は刑訴三三八条に
より棄却せられるべきであつたにかかわらずこれにつき有罪の言渡をした第一審判
決ならびに右有罪判決を支持した原判決は違法であり、破棄を免れないものである。
そして、本件においては、既に、第二次第一審において右と同一事実に帰着する業
務上横領につき無罪の判決が言い渡され、これに対しては控訴の申立はなかつたの
であるから(被告人の控訴の申立は同判決中有罪部分に対してなされたものである
ことは記録上あきらかである)右無罪判決は確定したものと解すべきであつて、従
つて当審においては本件窃盗の公訴に対しては、刑訴三三七条に従い免訴の言渡を
なすべきものと思料する。
 検祭官 安平政吉出席
  昭和三四年一二月一一日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一

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