弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 本件各控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
○ 事実
一 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人が訴外有限会社ルイードの申請
に基づき昭和六二年九月四日付け第一四三〇号をもつてした原判決添付物件目録と
(但し、六行目の「二〇三六番地三」を「二〇三六番三」と訂正する。以下、同
じ。)記載の土地上に建築予定の建築物についての建築確認処分は、これを取り消
す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控
訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
○ 理由
まず、原告適格について判断する。
行政処分取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する
者に限り提起することができる(行政事件訴訟法九条)が、この法律上の利益を有
する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され
又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによつてこれを回復すべき法律
上の利益をもつ者に限られると解されている。そして、右にいう法律上保護された
利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行
政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であつて、それは、
行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課してい
る結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益ないし事実上の利益とは区
別されるべきものであると解されている。
そこで、控訴人らに原告適格があるのは、控訴人らが法律上保護された利益を侵害
され又は必然的に侵害されるおそれがある場合であり、本件行政処分の根拠法規た
る建築基準法が控訴人らの個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に
制約を課している場合であることになる。ところが、控訴人らが侵害されたと主張
する法律上保護された利益とは、良好かつ健全な住居環境・教育環境の保護を受け
ることのようである(控訴人らは、右を法律上の権利として主張しているが、明確
な根拠に欠け、これが法律上の権利として存在しないことは明らかである。)が、
このような利益は、住民が共通にもつ一般的な利益であつて、前述の公益の保護の
結果として生ずる反射的利益ないし事実上の利益であるに止まるから、右の公益的
保護が建築基準法上保護の対象になつているかどうかを論ずるまでもなく、個人的
利益として建築基準法上保護の対象となつていると解する余地はないというべきで
ある。また、控訴人らは、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律及び
「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例」が建築主事の審査
対象法令に含まれ、右両法令により控訴人が善良の風俗若しくは清浄な風俗環境を
害する行為又は少年の健全な育成に障害を及ぼす行為から保護されるべき利益を有
すると主張する(控訴人らは、右も法律上の権利として主張しているが、前同様こ
れが法律上の権利として存在しないことは明らかである。)が、右両法令が建築主
事の審査対象法令に含まれないことはさておいても、右利益も前同様右両法令によ
る公益の保護の結果として生ずる反射的利益ないし事実上の利益であり、個人的利
益として両法令の保護の対象となつているということはできないものである。以上
のほか控訴人らが何らかの法律上保護された利益を有するとの主張もないので、控
訴人らに原告適格を認めることはできない。
よつて、その余について判断するまでもなく、本件訴えは不適法であるから、却下
すべきものであり、以上と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないか
ら、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴
訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡邊卓哉 大島崇志 土屋文昭)
(原裁判等の表示)
○ 主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
(請求の趣旨)
1 被告が訴外有限会社ルイードの申請に基づき昭和六二年九月四日付第一四三〇
号をもつてなした別紙物件目録記載の土地上に建築予定の建築物についての建築確
認処分は、これを取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
(本案前の答弁)
主文同旨
(本案に対する答弁)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告らは川越市<地名略>付近の住民で、都市計画法八条一項一号の住居地域内に
居住している者であり、被告は川越市建築主事である。
2 行政処分
訴外有限会社ルイード(東京都新宿区<地名略>所在・代表取締役A。以下「ルイ
ード」という。)は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)上に
別紙建物の概要記載の建築物(以下「本件建築物」という。)の建築を計画して、
被告に対しその建築確認を申請し、被告は、昭和六二年九月四日付第一四三〇号を
もつてその確認処分をした(以下「本件処分」という。)。
3 本件処分の違法性
本件処分は、次のとおり違法である。
(一) 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(以下「風営法」とい
う。)は、学校、児童福祉施設等の敷地の周囲二〇〇メートルの区域内での風俗関
連営業(同法二条四項三号)を禁止するほか、善良の風俗若しくは清浄な風俗環境
を害する行為又は少年の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するため必要がある
ときは、都道府県が条例により地域を定めて禁止することができるものとしている
ところ(同法二八条一、二項)、埼玉県においては、これに基づいて制定された風
俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律施行条例(昭和五九年埼玉県条例
第四七号。以下「県条例」という。)により、商業地域及び大宮市、川口市の一部
の地域を除き、同営業を全面的に禁止している。
本件土地は、都市計画法八条一項一号による住居地域内にあり、また、その周囲二
〇〇メートルの区域内には、県立川越南高等学校(川越市<地名略>)、川越市立
大東中学校(同所<地名略>)及び児童福祉法七条の児童福祉施設である同市立大
東保育園(同市<地名略>)がある。
また、同地域内に居住する原告らには、良好かつ健全な住居・教育環境の保護を受
ける法律上の権利がある上、風営法及び県条例によつて「善良の風俗若しくは清浄
な風俗環境を害する行為又は少年の健全な育成に障害を及ぼす行為」(風営法二八
条一、二項)から保護されるべき権利が与えられている。
したがつて、本件土地上では風俗関連営業を営むことはできない。
(二) 本件建築物は、専ら異性を同伴する客を宿泊・休憩させることを目的とす
るいわゆるラブホテルであり、Bは、本件土地上において風俗関連営業を営むこと
を計画している。
Bは、本件建築物はビジネスホテルであると主張するが、二八室ある客室の床面積
は、風呂・トイレ・洗面所・通路を除いてもすべて二七・九平方メートル(約八・
五坪)と二人ないし三人の客が泊まれる広さである上、これがビジネスホテルであ
るとするならば一人用の部屋が少なくとも八〇パーセント以上なければ経営は成り
立たない。よつて、本件建築物がラブホテルであることは明らかである。
(三) 以上のように、本件建築物は風営法及び県条例によつて禁止されている風
俗関連営業の用に供するための施設であるから、その建築計画は、当該建築物の敷
地、構造及び建築設備に関する法律及びこれに基づく条例の規定に適合しない。
4 審査請求
原告らは、昭和六二年一〇月六日、川越市建築審査会に対し本件処分の取消しを求
めて審査請求を行つたが、同審査会は、同六三年一月二九日、原告らの右審査請求
を棄却する旨の裁決をした。
よつて、原告らは、本件処分の取消しを求める。
二 被告の本案前の主張
1 行政事件訴訟法によれば、行政処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求
めるにつき法律上の利益を有する者に限り提起することができる旨規定されている
ところ、ここにいう法律上の利益を有する者とは、法律上保護された利益を有する
者を指すのであつて、本件についていえば、本件処分の根拠法令である建築基準法
が原告らの主張している生活環境上の利益を個別的具体的に保護している場合に限
り、原告らは本件処分の取消しを求めることができるものと解すべきである。
しかしながら、同法中には、日影により建築物の高さを制限する規定以外(五六条
の二)、周辺住民の環境を個別的具体的に保護する規定を見出しえない。そして、
原告らは、本件訴訟において本件建築物による日照阻害を理由とする生活環境の悪
化を主張するものではない。
仮に、住居地域内では許容されない建築物に対し建築確認がなされた場合、当該建
築物の敷地から一定の範囲内に居住する同地域内の住民に、住環境を確保するため
右確認処分の取消しを求める権利があるとしても、本件土地上にホテルを建築する
ことは建築基準法上禁止されていない(同法四八条三項、別表第二(は))。
2 したがつて、原告らには本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益がな
く、原告適格を欠くものというべきであるから、本件訴えは不適法として却下を免
れない。
三 被告の本案前の主張に対する原告らの反論
行政事件訴訟法九条にいう法律上の利益とは、「行政法規が私人等権利主体の個人
的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保
障されている利益」を意味するのであつて、「当該行政処分の根拠法規がその者の
利益を個別的具体的に保護するために行政権の行使を規制している場合の利益」と
解すべきではない。
風営法及び県条例は、住居地域内において風俗関連営業を
営むことを禁止しているが、これには右営業のために使用される建築物の建築を禁
止する趣旨も当然含まれているものと解すべきであり、また、風営法の右禁止規定
は建築基準法第三章第三節の定める用途地域の規制に対し特別法の関係に立つと解
すべきであつて、このような行政法規は、被告の建築確認という行政権の行使に制
約を課しているといえるから、原告らには「法律上の利益」があるものといわなけ
ればならない。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、原告らが川越市<地名略>付近の住民であること及び被告
が川越市建築主事であることは認める。
2 同2、4の各事実は認める。
3 同3の主張は争う。
五 被告の主張
1 風営法及び県条例は、建築主事が建築確認の際に審査すべき法令に含まれず、
同法及び同条例について審査することは権限外の事項である。
建築基準法六条一項によれば、建築主事は、建築計画が当該建築物の敷地、構造及
び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定(以下「審査対象
法令」という。)に適合するかどうかを審査すべきものとされているが、これ以外
の法令適合性は審査すべきものとはされていない。建築主事が審査すべき事項は、
具体的には敷地、建築物の構造、設備の衛生及び安全等技術的基準に関するもので
あるが、風営法及び県条例はこれらの技術的基準について規定したものではない。
2 原告らは、他に本件処分が建築基準関係法令の技術的基準に違反している旨の
何らの主張立証をしていないから、原告らの本件請求は、その主張自体理由がない
というべきである。
六 被告の主張に対する原告らの反論
1 被告は、風営法は建築基準法六条一項の審査対象法令に含まれない旨主張する
が、風営法は建築基準法の用途地域に関する規定を補完するものと解すべきである
から、同法は、建築主事の審査対象法令に含まれるものというべきである。
けだし、風営法二八条一項及び同条二項は風俗関連営業の営業禁止を規定するが、
当該建築物が風俗関連営業に当たるいわゆるラブホテルであるか否かはその営業目
的によつて設計等の段階から決定され建築後に当初計画された営業内容を変更する
ことは事実上不可能であること、当該建築物の建築は認めるがその営業は禁止する
というのは法律上矛盾すること、当該建築物が営業の禁止される風俗関連営業の用
に供する施設であることは建築確認申請時において明確に判断できるものであるこ
とからすれば、右条項には風俗関連営業に供する施設を建築してはならないという
趣旨が含まれているものと解釈すべきであるからである。
なお、建築基準法は、単に「安全・衛生」の面だけではなく、都市計画の面からも
建築を規制しているのであり、風営法による営業規制が、清浄な教育環境や良好な
住居環境を保全するという都市計画類似の目的に基づいていることからすれば、建
築基準法による建築規制と風営法による営業規制との間には質的な違いはない。
2 建築基準法は用途地域における建築を詳細に規制しているが(第三章第三
節)、これらの規定は「当該建築物の敷地、構造、設備の衛生及び安全等の技術的
基準に関するもの」ではなく、都市計画法の規定(同法八条・九条)と相まつて、
「都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もつて国土の均衡ある発展と公共の福
祉の増進に寄与することを目的とする」ものである(同法一条)
したがつて、建築基準法六条は、建築主事に対し、当該建築物の敷地、構造及び設
備に関する法令であれば、「衛生・安全」に関するものに限らず「都市の健全な発
展と秩序ある整備」等に関する法令についてもその適合性についてもその適合性に
ついて審査すべき義務を課したものと解すべきであり、風営法及び県条例はこれに
該当するものというべきである。
3 また、建築基準法六条一項は、単に建築規制に関する規定だけではなく、営業
規制に関する規定であつてもこれに適合するものでなければ建築確認をなしえない
ことを規定していると解すべきであるから、風営法及び県条例も建築主事の審査対
象法令に含まれるというべきである。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 原告適格について
1 行政処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を
有する者に限り提起することができるが(行政事件訴訟法九条)、ここに「法律上
の利益」を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利
益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消しによつてこれを回
復すべき法律上の利益を有する者に限られ、右にいう法律上保護された利益とは、
当該処分の根拠となつた行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを
目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益である
と解するのが相当である。
2 そこで、原告らが、本件処分の根拠法規である建築基準法上保護された利益を
有するか否かについて検討する。
(一) 建築基準法は、個々の建築物の敷地、構造及び建築設備について詳細な規
定を置いているほか、都市計画区域内の建築物については、都市計画の実効性を確
保するため、都市計画法により当該都市計画区域内に定められた用途地域に応じて
建築できる建築物の種類を具体的に限定し(建築基準法第三章第三節)、建築物の
側からの規制を加えている。
そして、用途地域を定めるに当たつては住居環境の保護も考慮に入れられているこ
と(都市計画法一三条一項二号)、特に、第一種及び第二種住居専用地域は低層・
中高層住宅に係る良好な住居の環境を保護するために、また住居地域は主として住
居の環境を保護するためにそれぞれ定められた地域であること(同法九条一ないし
三項)、第一種及び第二種住居専用地域、住居地域及び近隣商業地域内では、住居
又は住宅地の環境を害するおそれがないと特定行政庁が認めた場合には当該建築物
の建築が許可されること(建築基準法四八条一ないし四項)及びこの許可をする場
合には公開の聴問及び建築審査会の同意が必要とされていること(同条九、一〇
項)並びに用途制限に関する規定の違反に対しては罰則を以て臨んでいること(同
法九九条一項七号)からすれば、右用途制限は単に都市計画という公益的観点から
の規制にとどまらず、当該地域の住民に対し、具体的に一定の限度で住環境を保護
しているものと解するのが相当である。したがつて、用途制限に違反した建築物に
対し建築確認がなされた場合には、当該地域内に居住する住民は、これによつて侵
害される利益を具体的に主張することにより当該処分の取消しを求めうる場合があ
りうるものというべきである。
(二) しかし、成立に争いのない甲第三号証及び乙第三号証によれば、本件建築
物の敷地の都市計画法上の用途地域は住居地域であることが認められるところ、同
地域において本件建築物の用途であるホテルを建築することは建築基準法上禁じら
れていない(同法四八条三項、別表第二(は)参照)のであるから、そもそも同法
が原告らに対しその居住する住居地域内に本件建築物を建てられないことによる環
境的利益を保護しているものということはできないのである。
(三) 原告らは、風営法及び県条例が住居地域内において風俗関連営業を営むこ
とを禁止しているのは、右営業のために使用される建築物の建築を禁止する趣旨も
含んでいるものと解すべきであつて、これらの行政法規は被告の建築確認という行
政権の行使に制約を課しているといえるから、原告らには「法律上の利益」がある
と主張する。
しかし、本件処分の根拠法規である建築基準法六条三項によれば、建築主事は当該
建築物の建築計画等を確認するに当たつて、その建築計画が「当該建築物の敷地、
構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合す
る」か否かを審査すべきものとされているところ、風営法及び県条例は右建築基準
法にいわゆる敷地、構造及び設備に関する法令には当たらないことは明らかであ
り、また建築基準法は、建築物の構造等に関する最低基準を定め、国民の生命、健
康及び財産を保護することを目的として建築自体を規制するのに対し、風営法及び
県条例は、善良な風俗と清浄な風俗環境の保持及び少年の健全な育成を目的とし、
風俗営業等の営業行為を規制しているものであつて、その目的及び規制手段を異に
していることに鑑みれば、建築確認に当たつて建築主事が適合性審査の対象とすべ
き法令中に風営法及び県条例が含まれると解することはできず、したがつて、本件
処分の根拠法規である建築基準法が、原告らの個人的利益を保護することを目的と
して被告の建築確認という行政権の行使に制約を課しているか否かを判断するに当
たり、風営法及び県条例の規定を考慮する余地はないものと解するのが相当であ
る。
(四) 以上のとおりであるから、原告らが建築基準法上保護された利益を有する
と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
3 以上のほか、原告らの主張中以上の説示に反する部分は採用し難く、他に原告
らが本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有すると認めるべき事情につ
いては主張立証がない。
二 そうすると、本件訴えは、原告適格を欠く不適法なものというべきであるから
これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法
八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
別紙物件目録、建物の概要(省略)

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