弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を取り消す。
     相手方両名の申立にかかる福岡地方裁判所飯塚支部昭和三〇年(ケ)第
五六号不動産任意競売事件の競売手続は金三五万四、〇六〇円五〇銭及びこれに対
する昭和三〇年四月一一日以降年一割八分の割合による金員を超過する部分につい
てこれを許さない。
     抗告費用は相手方らの負担とする。
         理    由
 一 本件抗告の趣旨及び理由は別記の通りである。
 二 (1)抵当権実行のための不動産競売申立書には、抵当権及びこれによつて
担保される申立当時に現存する真実の債権を記載することを要し、真実存在しない
抵当権を存在するがごとく装うて不実の記載をなすことは許されない(民法第一条
第二、三項及び競売法第二四条第二項参照)。登記された被担保債権が初めから全
部または一部発生(存在)せず、あるいはその後全部または一部消滅した場合に
は、登記簿上右債権がこれありとして登記されていても右の不発生(不存在)、消
滅せる債権が現存するものと主張して競売を申し立てることは違法である。しか
し、それだからといつて、裁判所は競売手続開始決定(以下開始決定もしくは単に
決定と称する)をなすにさきだつて、常に必ず抵当権及び抵当債権の存否並びにそ
の範囲を確定せねばならないとすれば、事実上開始決定の前提として債務名義を必
要とするに等しいこととなつて債務名義を要しないで競売権を許容されている抵当
権者の権限を、競売手続の面から著しく困難ならしめるので、競売申立書を受理し
た裁判所は、同申立書とこれに添付の登記簿謄本とを対比し、両者の抵当債権が同
一であるか又は前者に記載の債権額が後者のそれに達しない寡額であるときは、特
殊の事情がないかぎり、申立にかかる抵当債権は一応存在するものと認めて、開始
決定をなすのが通例である(競売法第二四条参照、もとより民事訴訟法第一二五条
第一項ただし書、同条第二項の適用を妨げない)。
 (2) 本件競売申立書添付の登記簿謄本によると、相手方両名を抵当債権者と
し、昭和三〇年二月二一日貸借の貸金四二万円、弁済期同年四月一〇日、弁済期ま
では無利息、期限後の遅延利息年一割八分なる債権を担保するため、競売申立にか
かる本件三筆の不動産に対し抵当権が設定され、同年二月二三日その登記を経了し
ていることが認められるので、競売の原因たる事由として右事実をそのまま申立書
に記載してなした本件競売申立に基いて裁判所が、「抵当債権金四二万円及びこれ
に対する昭和三〇年四月一一日以降配当期日まで年一割八分の割合による損害金」
なる旨記載の上開始決定をなしたのは、その当時においてはやむを得ない所であつ
たといわなければならない。
 ところが抗告人のなした開始決定に対する異議申立事件につき原裁判所の相手方
両名及び抗告人審尋の結果によると、相手方両名は昭和三〇年二月二三日抗告人に
対し金三五万円を貸し付け、同日から弁済期の同年四月一〇日までの四七日間を二
月と計算し、月一割の利率として二月分金七万円を右貸付元金三五万円に組み入れ
る契約をなして計金四二万円を元金と定め、そのため弁済期までは形式上無利息と
し、期限後の損害金を年一割八分と約定したことが明白であるので、本件の真実の
抵当債権は、貸付日たる昭和三〇年二月二三日から弁済期の同年四月一〇日まで四
七日間の貸付金三五万円に対する利息制限法所定最高限の利率年一割八分の割合に
よる利息金四、〇六〇円五〇銭を右金三五万円に加算した金三五万四、〇六〇円五
〇銭及びこれに対する同年四月一一日以降年一割八分の約定損害金であると認める
のが相当である(これと異るかのような抗告人の主張は採用しない)。従つて、こ
れを超過する抵当債権についての競売手続は許さるべきではない。本件においては
前認定の通り、相手方両名は抵当権の被担保債権は元金四二万円及びその約定遅延
損害金であると主張し、その満足を求めるために本件の競売を申し立て、原裁判所
またこれを是認して開始決定に相手方ら主張の右債権を記載し、かつまた、抗告人
が本件抗告理由とほぼ同一の理由を挙げて抵当債権の過大なることを主張して異議
を申し立て、しかも前示のように、審尋の結果に徴し本件抵当債権の真実の額は前
認定の通りであつて、事は極めて明白であるのにもかかわらず原審が容易く異議申
立を却けている経緯にかんがみれば、本件競売手続は、金四二万円及びこれに対す
る昭和三〇年四月一一日以降年一割八分の割合による約定損害金の満足を得るため
に進行していると認めざるを得ないのである。
 <要旨第一>(3)もつともこの点について、開始決定に債権を表示するのは被担
保債権がいかなる債権であるかを明らかにするためであつて、決定によ
つて債権額か終局的に確定されるのではないから、決定に表示の債権額が現存の債
権額と相違することを理由として決定に対し異議申立をなすのは利益がないので、
異議の内容を審理するまでもなくこれを却下すべきであるという見解(及び次の
(4)の初めに記載する見解)がある。
もとより決定に表示の債権額が現実に存する債権額以下であるときは、前説示によ
つて明らかなように右の見解を是認しうるけれども、それが現実に存する債権額を
超過する場合においては、別として本件におけるがごとく、競売の目的たる不動産
が二個以上存する場合は吟味を要する見解であるといわなければならない。開始決
定によつて債権額が終局的に確定されるものではないということは、それが実体的
確定を意味する限り、理由に値する理由とはならない。競売法による競売はなにら
利害関係人の実体上の債権関係を確定する効力を有するものではないからである。
右の見解はその後景に抵当権は不可分性を有するので、被担保債権が些少でも残存
する限り、抵当権者は目的物全部に対し抵当権を実行しうるとの立場を持し従つて
異議申立人が些少ながらも債権の残存することを自陳する以上、異議の申立は許さ
れないとするのであろう。しかし問題解決の理論的焦点は金一万円の債権しか残存
しないのに、金一〇万円存在すると主張して抵当権を実行しうる権限(権利の範
囲)ありゃ否やということである。金一万円の残債権によつて目的物全部に対し抵
当権を実行しうるということから、金一〇万円の満足をうる目的で、金一〇万円の
債権ありと主張して(抵当不動産の一部に対してであれ、全不動産に対してであ
れ)抵当権を実行しうるとの結論はでてこない。要約すれば、抵当権者は原則とし
て債権にして残存する以上目的物全部に対し競売を申し立てうるけれども、その競
売手続は残存債権の満足をうる為の限度においてのみ許されるという制限が常に随
伴するのである。抵当権の実行として債権に対し執行をなす(代位物に対する執行
の)場合に、このことは明瞭に現われる。例えば換地処分がなされた場合に、換地
前の土地(従前の土地)の抵当債権者が換地の減価(減少)によつて支払わるべき
清算金の債権に対し抵当権を実行するにあたつては、当然現存する抵当債権の限度
に限つて執行せらるべく、また甲抵当権を乙債権の抵当に供した場合、甲抵当権の
被担保債権が乙債権を超過するときにかぎつて、甲抵当権の実行は許されるのであ
る以上、甲抵当権の被担保債権額は乙債権額とともにその実行の初めにおいて手続
上確定されなければならない。換言すると前者が後者に達しないと蓉は、債権額の
多少を争つて直ちに異議を申し立てうると解すべきである。
 <要旨第二>さらに本件のように抵当不動産が数筆存する場合には、民事訴訟法第
六七五条の規定の法意にかんがみ、鑑定人の不動産評価書と対比して、
ある不動産の売得金をもつて競売費用及び競売申立人らの債権を弁済しうべをとき
は、他の不動産の競売を命ずることは許されないと解せられるので、債務者(不動
産所有者、以下同じ)は、開始決定に対する異議を申し立てて、申立債権の過大な
ることを争い、他の不動産の競売を阻止し得るものと解すべきであり、さらに一歩
を進めて裁判所の競売命令をまつことなく(評価書の提出があれば裁判所は執行吏
に対し競売を命ずる等の手続にいでるので)、事前に申立債権額の過多性を争いう
るものと解するを相当とする(鑑定人の評価額と対比さるべき申立債権額は格別の
事情のない限り開始決定に表示されているそれを指すのであるから、この点につい
ても決定に表示の債権は競売手続上一つの効力、意味を有するので、債務者は異議
を申し立ててこれを争う利益がある)。また、競売の後他の不動産(甲)の競落を
許さない決定を言い渡し、あるいは事前に甲不動産の競売をなさない旨の決定をな
したところで、右の決定によつては単に甲の競落を許さず、あるいは甲を競売しな
いとする手続上の効果を生ずるだけで、申立債権額の過大性を手続上確定する効力
までが生ずるものではないから、後日あるいは他の不動産(乙)が違法に競売され
る危険が除去されるものとは断言できないし、他面、違法に競売に付する手続が採
られた後にいたつて、執行の方法に関する異議の申立(開始決定に対する異議の申
立)を為しても時機を失する恐れがないとはいえないし、異議の申立によつて当然
競売手続が停止されるものではないから、異議の申立にもかかわらず競売されてし
まつたときは、競落期日における異議を申し立てる必要があり、またその異議によ
つて、善意誠実な最高価競売人を迎うるに(同人は競売価格の一〇分の一の保証金
さえ納めていることが留意されねばならない)競落不許の決定をもつてせねばなら
ないという戒慎すべき事態に立ち到つて、その間無用の競売費用を浪費して、時間
と経済を喪失し、競売関与者を翻弄するの結果を招来したことにもなるのである。
 (4) あるいは、競売申立債権の過多性は、競落代金の配当期日において異議
を陳ぶることによつて争い得る、しかもこれをもつて足るとの見解が存するであろ
う。しかし競売法によると不動産競売手続は、競落代金の支払及び配当期日を必ず
開かなければならないという立前になつていない。競落人は競落を許す決定が確定
した後直ちに代価を裁判所に支払うことを要し(従つて裁判所は代金支払期日を定
めた場合でも、競落許可決定確定後競落人のなす代金支払の提供を拒否することは
できない)、支払われた代金は遅滞なくこれを相当債権者に交付せねばならない
(競売法第三三条参照)ので、裁判所が代金交付期日(配当期日)を開かない限
り、債務者は代金交付の日を予め知ることが困難であるから右見解に従えば、時に
あるいは債権者は、差押抵当債権の過多性を争う機会を失う恐れなきを保し難いの
である。
 (5) 以上陳ぶるところに反する見解を採る者はかりに抵当不動産が唯一筆に
過ぎない場合において、何時、いかなる機会に差押抵当債権の過多性を争うべきも
のとし、また争う十全の措置ありとするであろうか。要するに差押抵当債権が過大
であるということの違法であることは到底否定できない事実であり、そしてこの違
法は競売手続に潜在的に内在していて、ある契機にそれが具体化するに及んで顕現
するものといえるのであつて、この内在せる違法性は、少くとも終局の代金交付ま
での間において、あるいは代金交付において自から具現する危険を孕んでいる以
上、債務者は開始決定に対する異議申立によつてその危険の実現することを未然に
阻止しうるものというべく、しかも非違は一に事実に反して過大なる債権をこれあ
りと主張する差押抵当権者に存するにおいて右の異議を許さずとすべき合理的理由
を発見するを得ないのである(この点については左記(6)参照)。
 (6) 次に開始決定に対する異議を請求異議もしくは抵当債権不存在確認の訴
と対比して、上来説示の見解の正当なる所以を見るであろう。抵当権実行のための
不動産競売手続に民事訴訟法第五四五条第一項の規定(請求に関する異議の訴)が
準用されるとの見解に従えば、差押抵当債権が現実に存在する債権よりも過大であ
る場合は、超過する部分についての競売手続を許さない旨の裁判をなすべきである
のと等しく、差押抵当債権が現実の債権額を超過することを理由として開始決定に
対し異議を申立てた場合は、超過部分について競売手続を許さない旨の裁判をなす
べきである。競売申立人が過大な抵当債権を主張して競売を申し立てた場合に債務
者が抵当債権の一部不存在確認の訴を提起する利益を有することに異論がない以
上、債務者は右と同一の事実を理由として開始決定に対する異議を申し立てうべき
である。けだし、執行の方法に関する異議は、競売手続が適法正当に行われない場
合に、実体上並びに手続上の理由を主張して、これを匡正することを目的とするも
のであるから、異議の申立によつて、不存在債権の満足に向けられた部分の競売手
続の排除を求めうべく、また異議は必ずしも競売手続上積極的にある違法な効果を
惹起した具体的事実の存在を前提としてのみ認められるものではなく、適法正当に
なさるべき手続が正当の理由なく履践されないといういわば消極的事実が存在し
て、そのためある違法な結果を招来する危険が現存する限り、この場合において
も、異議を申し立てうるものと解するを相当とする。このことは競落期日における
執行の方法に関する異議の理由を明定したものとされる民事訴訟法第六七二条、第
六七四条第二項の規定を検討するにおいて容易く肯定される所である。
 三 抗告人が相手方らに対し抗告却由第五項記載のような事情によつて、本件抵
当債権の弁済期ないし競売申立をなすことを猶予するよう申し入れたのにかかわら
ず、相手方らがこれを拒否して競売を申し立てたとしても、抗告人においてこれに
対し不服を申し立てうる限りでないからこの点に関する抗告は採用し難い。
 以上説示の理由により抗告費用の負担について民事訴訟法第九三条第八九条を準
用し主文の通り決定する。
 (裁判長裁判官 桑原国朝 裁判官 二階信一 裁判官 秦亘)

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