弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。
     前項の部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人万代彰郎の上告理由について
 一 原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。
 1 上告人は、被上告人との間で、平成元年一〇月三日、原判決別紙物件目録記
載の土地を代金一六三〇万円で買い受ける旨の売買契約を締結し、被上告人に対し、
手付けとして一五〇万円を交付した。
 2 被上告人は、平成二年二月七日ころ、本件土地を有限会社Dに売り渡し、同
月九日、本件土地について同社名義の所有権移転登記手続をしたため、被上告人の
上告人に対する本件契約に基づく所有権移転義務は、被上告人の責めに帰すべき事
由により履行不能となった。
 3 本件契約には、買主の義務不履行を理由として売主が契約を解除したときは、
買主は違約損害金として手付金の返還を請求することができない旨の約定(九条二
項)、売主の義務不履行を理由として買主が契約を解除したときは、売主は手付金
の倍額を支払わなければならない旨の約定(同条三項)及び「上記以外に特別の損
害を被った当事者の一方は、相手方に違約金又は損害賠償の支払を求めることがで
きる。」旨の約定(同条四項)が存し、右各条項は、本件契約に際し社団法人兵庫
県宅地建物取引業協会制定の定型書式を使用して作成された不動産売買契約書にあ
らかじめ記載されていたところ、契約締結時に右各条項の意味内容について当事者
間で特段の話合いが持たれた形跡はない。
 二 上告人は、被上告人に対し、九条三項に基づき、手付けの倍額三〇〇万円の
支払を求めるとともに、九条四項に基づき、本件土地の右履行不能時の時価と右売
買代金との差額二二四〇万円の支払を求めている。
 三 原審は、九条二項ないし四項の趣旨につき、九条二項及び三項は、債務不履
行によって通常生ずべき損害については、現実に生じた損害の額いかんにかかわら
ず、手付けの額をもって損害額とする旨を定めたものであり、九条四項は、特別の
事情によって生じた損害については、民法四一六条二項の規定に従って、その賠償
を請求することができる旨を定めた約定と解すべきであると判断した上で、本件に
おいては、特別の事情によって生じた損害は認められないから、九条四項に基づい
てその賠償を請求することのできる損害は存在しないとして、手付けの倍額三〇〇
万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で上告人の請求を認容した。
 四 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
 原審の確定した九条二項ないし四項の文言を全体としてみれば、右各条項は、相
手方の債務不履行の場合に、特段の事情がない限り、債権者は、現実に生じた損害
の証明を要せずに、手付けの額と同額の損害賠償を求めることができる旨を規定す
るとともに、現実に生じた損害の証明をして、手付けの額を超える損害の賠償を求
めることもできる旨を規定することにより、相手方の債務不履行により損害を被っ
た債権者に対し、現実に生じた損害全額の賠償を得させる趣旨を定めた規定と解す
るのが、社会通念に照らして合理的であり、当事者の通常の意思にも沿うものとい
うべきである。すなわち、特段の事情がない限り、九条四項は、債務不履行により
手付けの額を超える損害を被った債権者は、通常生ずべき損害であると特別の事情
によって生じた損害であるとを問わず、右損害全額の賠償を請求することができる
旨を定めたものと解するのが相当である。
 もっとも、九条四項は、債権者が手付けの額を超えてその賠償を求めることので
きる損害を「特別の損害」という文言で規定しているが、前記事実関係によれば、
九条二項ないし四項は、社団法人兵庫県宅地建物取引業協会の制定した定型書式に
あらかじめ記載されていたものであるところ、右定型書式が兵庫県内の不動産取引
において広く使用されることを予定して作成されたものとみられることにもかんが
みると、右定型書式の制定に際して、右「特別の損害」の文言を民法四一六条二項
にいう特別の事情によって生じた損害をいうものとして記載したとは、通常考え難
い上、右文言を特別の事情によって生じた損害と解することにより、相手方の債務
不履行の場合に、債権者に、通常生ずべき損害については手付けの額を超える損害
の賠償請求を認めず、特別の事情によって生じた損害に限って別途その賠償請求を
認めることの合理性も、一般的に見いだし難いところであり、仮に契約当事者間に
おいて特別の事情によって生じた損害に限って手付けの額の賠償とは別にその賠償
を認める趣旨の約定をするとすれば、「特別の事情によって生じた損害」と明記す
るなど、その趣旨が明確になるよう表現上の工夫をするのがむしろ通常であると考
えられる。
 しかるところ、前記のとおり、九条四項は、債権者が手付けの額を超えてその賠
償を求めることのできる損害を単に「特別の損害」という文言で規定しているにす
ぎない上、前記事実関係によれば、本件契約の当事者間において契約締結時に右各
条項の意味内容について特段の話合いが持たれた形跡はないというのであるから、
右文言を特別の事情によって生じた損害をいうものと解するのは相当ではなく、他
に同条四項の趣旨を右に述べたところと別異に解すべき特段の事情もないというべ
きである。
 そうであるとすれば、本件契約においても、九条四項は、相手方の債務不履行に
より債権者が手付けの額を超える損害を被った場合には、通常生ずべき損害である
と特別の事情によって生じた損害であるとを問わず、債権者は右損害全額の賠償を
請求することができる旨を定めた約定と解するのが相当である。
 五 したがって、以上と異なり、九条四項は債務不履行によって生じた損害のう
ち特別の事情によって生じた損害についてその賠償を請求することができる旨を定
めた約定と解すべきであるとし、通常生ずべき損害はおよそ同項による賠償の対象
とならないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわ
ざるを得ず、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点を
いう論旨は理由があり、原判決は上告人敗訴部分につき破棄を免れない。そして、
手付けの額を超える損害の有無及びその額について更に審理を尽くさせる必要があ
るから、右破棄部分につきこれを原審に差し戻すのが相当である。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信

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