弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

判        決
      主        文
  1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告日本郵政公社は,原告に対し,500万円及びこれに対する平成12
年4月13日から支払済みまで年0.2パーセントの割合による金員を支払
え。
2 被告A農業協同組合は,原告に対し,300万円及びこれに対する平成1
2年5月11日から支払済みまで年0.2パーセントの割合による金員を支
払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行宣言
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 原告は,平成12年4月13日,自己の出捐により,被告日本郵政公社
(以下「被告公社」という。)のB郵便局に次のとおりの定額郵便貯金を
した(この貯金を,以下「本件郵便貯金」と,これによる原告の被告公社
に対する債権を,以下「本件郵便貯金債権」と,これを証する証書を,以
下「本件郵便貯金証書」という。)。
 ア 預入金額     500万円
 イ 名義人      原告
    ウ 据置期間     6か月
 エ 利率       年0.2パーセント(3年以上)
(2) 原告は,被告公社に対し,遅くとも本件訴え提起時までに,本件郵便貯
金の払戻請求をした。
(3) 原告は,平成12年5月11日,自己の出捐により,被告A農業協同組
合(以下「被告農協」という。)のC支所に次のとおりの定期貯金をした
(この貯金を,以下「本件定期貯金」と,これによる原告の被告農協に対
する債権を,以下「本件定期貯金債権」と,これを証する証書を,以下
「本件定期貯金証書」という。)。
 ア 預入金額     300万円
    イ 名義人      原告
 ウ 据置期間     1年
    エ 利率       年0.14パーセント(2年未満)
 年0.2パーセント(2年以上)
 オ 満期日      平成14年5月11日
(4) 平成14年5月11日は到来した。
(5) よって,原告は,次の金員の支払を求める。
ア 被告公社に対し,本件郵便貯金債権に基づく払戻請求として,500
万円及びこれに対する預入日である平成12年4月13日から支払済み
まで約定の年0.2パーセントの割合による利息。
イ 被告農協に対し,本件定期貯金債権に基づく払戻請求として,300
万円及びこれに対する預入日である平成12年5月11日から支払済み
まで約定の年0.2パーセントの割合による利息。
2 請求原因に対する認否(被告両名)
請求原因はいずれも認める。
3 抗弁
(1) 被告公社
   ア 正当な権限者に対する貸付け及び払戻し
(ア) 被告公社は,平成12年5月22日,D郵便局において,本件郵便
貯金を担保にして原告の妻Eに対し50万円の貸付手続を行った。
(イ) 被告公社は,同年6月1日,D郵便局において,本件郵便貯金を担
保にしてEに対し50万円の貸付手続を行った。
(ウ) 被告公社は,同月12日,D郵便局において,本件郵便貯金を担保
にしてEに対し50万円の貸付手続を行った。
(エ)被告公社は,同月16日,G郵便局において,本件郵便貯金を担保
にしてEに対し50万円の貸付手続を行った。
    (オ) Eは,平成13年3月30日,D郵便局において,亡失を理由に,
本件郵便貯金証書の再交付請求と改印届をなした。
被告公社は,再交付された本件郵便貯金証書を,再交付請求書記載
の住所(原告肩書住所地)へ郵送した。
(カ) 被告公社は,同年4月11日,D郵便局において,本件郵便貯金を
担保にしてEに対し100万円の貸付手続を行った。
(キ) Eは,同月19日,H郵便局において,本件郵便貯金の払戻手続を
行い,被告公社はこれに応じて本件郵便貯金から(ア)ないし(エ)及び
(カ)の各貸付金及びこれに対する利息を控除した残額199万794
4円を払い戻した。
(ク) Eは,(ア)ないし(キ)の際,原告の使者であることを示した。
(ケ) 原告は,(ア)ないし(キ)に先立ち,Eに原告の使者としての権限を授
与した。
イ 郵便貯金法(平成14年法律第98号による改正前のもの。以下同
じ)26条による正当の払渡し
仮に,Eが原告に無断でア(ア)ないし(キ)の手続を行ったものであると
しても,以下のとおり,被告公社の職員は,郵便貯金法又は同法に基づ
く省令に規定する手続を経て貸し付けあるいは払い戻したものであり,
Eが原告の使者であると信じたことにつき善意無過失であったから,郵
便貯金法26条により,正当の払渡しをしたものとみなされる。
(ア) ア(ア)ないし(エ)の際,当該郵便局の職員は,郵便貯金貸付金受領証
に押された印影と本件郵便貯金証書の印影とを対照し,相違がないこ
とを確認したほか(郵便貯金規則86条),女性が男性名義の貯金証
書により貸付けの申込みをするときに該当するので(郵便貯金取扱手
続7条1項),健康保険証や運転免許証により,Eが原告の妻である
ことを確認し(郵便貯金取扱規程4条),Eが原告の使者であると信
じた。
(イ) ア(オ)の際,D郵便局の職員は,印章変更と同時に,亡失による貯
金証書の再交付の請求をするときに該当するので(郵便貯金取扱手続
7条1項),健康保険証により,Eが原告の妻であることを確認し
(郵便貯金取扱規程4条),Eが原告の使者であると信じた。
(ウ) ア(カ),(キ)の際,当該郵便局の職員は,郵便貯金貸付受領証又は払
戻受領証に押された印影と改印された印鑑とを対照し,相違がないこ
とを確認したほか,女性が男性名義の貯金証書により貸付けの申込み
をするときに該当するので(郵便貯金取扱手続7条1項),健康保険
証や運転免許証によりEが原告の妻であることを確認し(郵便貯金取
扱規程4条),Eが原告の使者であると信じた。
(エ) ア(ア)ないし(ク)の際,Eは原告の妻であり,原告と同居しており,
また,当該郵便局において何らの疑わしい行動もとっていなかった。
(2) 被告農協
ア 正当な権限者に対する払戻し
(ア) Eは,平成13年6月20日,被告農協に対し,本件定期貯金証書
の喪失届を提出した。
(イ) Eは,同月28日,被告農協に対し,定期貯金証書の再発行を依頼
し,被告農協は,同日本件定期貯金証書を再交付した。
(ウ) Eは,同月28日,被告農協に対し,共通印鑑届を提出し,本件定
期貯金の解約手続を行い,被告農協はEに対して,本件定期貯金を払
い戻した。
(エ) Eは,(ア)ないし(ウ)の際,原告のためにすること又は原告の使者で
あることを示した。
(オ) 原告は,(ア)ないし(ウ)に先立ち,その代理権又は使者としての権限
をEに授与した。
イ 債権の準占有者に対する弁済
仮に,Eが原告に無断で本件定期貯金の払戻手続を行ったものである
としても,以下のとおり,被告農協の職員は,善意かつ無過失で払戻手
続に応じたものであるから,民法478条により,債権の準占有者に対
する弁済として有効となる。
(ア) 被告農協の職員は,ア(ア)の際,Eから原告の健康保険証とEの運
転免許証の提示を受け,Eが原告の代理人又は使者であると信じた。
    (イ) ア(ア)ないし(ウ)の際,Eは原告の妻であり,原告と同居していた。
また,Eは何らの疑わしい行動もとっていなかった。
4 抗弁に対する認否
(1) 被告公社の抗弁に対する認否
ア 抗弁(1)ア(ア)ないし(ク)は知らない。(ケ)は否認する。
イ 同(1)イ(ア)ないし(ウ)は知らない。(エ)のうち,Eが原告の妻であり,
原告と同居していたことは認め,その余は知らない。
(2) 被告農協の抗弁に対する認否
ア 抗弁(2)ア(ア)ないし(エ)は知らない。(オ)は否認する。
イ 同(2)イの冒頭部分は争い,(ア)は知らない。(イ)のうち,Eが原告の妻
であり,原告と同居していたことは認め,その余は知らない。
5 再抗弁
(1) 被告公社の抗弁イに対する再抗弁
被告公社のEに対する貸付け及び払戻しは,短期間に連続して行われて
いる上,いずれも最初に貯金した住所地のB郵便局以外の郵便局で行われ
ているのであるから,被告公社としては,当然原告本人の意思確認を行う
べきであったにもかかわらず,これを怠った。したがって,被告公社が無
過失であるとはいえない。
  (2) 被告農協の抗弁イに対する再抗弁
被告農協は,Eに対する本件定期貯金の払戻しの際,原告本人の意思を
確認すべきであるのにこれを怠ったから,無過失であるとはいえない。
 6 再抗弁に対する認否(被告両名)
再抗弁事実(原告本人の意思を確認しなかったこと)は認めるが,それを
もって被告らに過失があるとの主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 請求原因について
請求原因は,当事者間に争いがない。
2 被告公社の抗弁について
(1) 抗弁アについて
 ア 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり認められる。
    (ア) 原告は,貯金時に発行された本件郵便貯金証書(略)を原告方寝室
の机の中に保管していたが,Eは,平成12年5月ころから,原告に
無断で同証書を持ち出し,これと手持ちの印鑑を用いて,被告公社に
本件郵便貯金を担保とする貸付けを申し込んだ。
      被告公社は,Eに対し,本件郵便貯金を担保として,①平成12年
5月22日,D郵便局において50万円の,②同年6月1日,D郵便
局において50万円の,③同月12日,D郵便局において50万円
の,④同月16日,G郵便局において50万円の,それぞれ貸付手続
を行った。
Eは,これらの貸付金を主にパチンコに費消した。
 (イ) 原告は,平成12年7,8月ころ,(ア)の各貸付けの事実を知り,
本件郵便貯金証書の保管場所を変えた。
      Eは,平成13年3月30日,D郵便局において,亡失を理由に,
原告名義で郵便貯金証書の再交付請求と改印届をなした。
 被告公社は,再発行した本件郵便貯金証書(略)を,再交付請求書
(略)記載の住所(原告肩書住所地)へ郵送した。この証書はEが受
け取った。
(ウ) Eは,同年4月11日,再交付された本件郵便貯金証書(略)を原
告に無断で持ち出し,被告公社に本件郵便貯金を担保とする貸付けを
申し込んだ。
      被告公社は,同日,D郵便局において,本件郵便貯金を担保にして
Eに対し100万円の貸付手続を行った。
Eは,これをパチンコや借金の返済等に充てた。
 (エ) Eは,同月19日,H郵便局において,原告に無断で本件郵便貯金
の払戻手続を行い,被告公社は本件郵便貯金から(ア),(ウ)の各貸付金
及びこれらに対する利息を控除した残額199万7944円を払い戻
した。Eは,これをパチンコや借金の返済等に充てた。
イ 上記認定事実によれば,Eは,原告に無断で本件郵便貯金証書を持ち
出して,ア(ア)の貸付けを受け,(イ)の再交付請求,改印届をなし,(ウ)
の貸付けを受け,(エ)の払戻しを行ったものと認められる。したがっ
て,Eが原告の使者としての権限を有していたということはできず,被
告公社の抗弁アは理由がない。
被告公社は,原告がア(ア)の貸付手続がなされたことを知りながら平成
16年に至るまで被告公社に対し何ら異議を述べておらず,上記貸付け
及び払戻しがなされた後もEと同居していることなどを理由に,原告が
Eに対し,上記貸付け及び払戻しについて,原告の使者としての権限を
与えていたと主張する。しかし,そうであるならば,何もEが亡失を理
由に郵便貯金証書の再交付まで求める必要はないと解されるのであり,
被告公社主張の事実が認められるとしても,Eが貸付けを受けたことに
対する追認とみる余地があることは格別(被告公社はこの主張はしてい
ない。),直ちに原告がEに対し,貸付けを受けあるいは払戻しするこ
とにつき、使者としての権限を与えていたとまでは認め難いから,被告
公社の主張は理由がない。
(2) 抗弁イについて
ア 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,次のとおり認められる。
(ア) Eは,前記(1)ア(ア)の①ないし④のとおり,4回にわたり,本件郵
便貯金を担保とする貸付けを申し込んだが,本件郵便貯金証書(略)
の名義人(原告)が男性名であったため,当該郵便局の職員は,名義
人(原告)との関係を尋ねたところ,Eから妻であるとの回答を受
け,Eが持参した原告の健康保険証又はEの運転免許証で氏名及び住
所を確認し,Eが原告の同居の妻であると認め,貸付けに応じた。各
貸付申込みの際,Eの挙動に不審な点は認められなかった。なお,上
記①の貸付けを申し込んだとき,本件郵便貯金証書の印鑑欄には原告
の印鑑は押されておらず,Eが担当職員からいわれて手持ちの印鑑を
押捺したものである。また,Eは,各貸付けを受ける際,郵便貯金貸
付金受領証に上記手持ちの印鑑を押捺し,担当職員は,これと本件郵
便貯金証書に押された印影とを照合して,同一であることを確認して
いた。
      このとき,当該郵便局の職員は,いずれも原告の意思までは確認し
なかった。
(イ) Eは,前記(1)ア(イ)のとおり,平成13年3月30日,D郵便局に
おいて,亡失を理由に,原告名義で郵便貯金証書の再交付請求と改印
届をなした。その際,Eが提出した郵便貯金通帳等再交付請求書及び
改印届(略)に押捺された「e」の印鑑は,Eの所有する印鑑であっ
た。同郵便局の担当職員Iは,上記再交付請求書の名義人が男性名
(原告)であったため,Eに対し,原告との関係を尋ねたところ,妻
であるとの回答を受け,Eが持参した原告の健康保険証により同居の
妻であることを確認した。このとき,Eの挙動に不審な点は認められ
なかった。
また,このとき,Iは,原告の意思までは確認しなかった。
被告公社は,本件郵便貯金証書(略)を再発行し,これを再交付請
求書に記載されていた原告の住所地に郵送したが,これはEが受け取
った。同証書の印鑑欄には,上記改印届に用いた印鑑が押捺されてい
た。
    (ウ) Eは,前記(1)ア(ウ)のとおり,平成13年4月11日,再交付され
た本件郵便貯金証書(略)を原告に無断で持ち出し,D郵便局に本件
郵便貯金を担保とする貸付けを申し込んだ。その際に用いた印鑑は,
上記改印届及び本件郵便貯金証書(略)の印鑑欄に押捺された印鑑で
あった。同郵便局の担当職員Kは,本件郵便貯金証書(略)と郵便貯
金貸付金受領証(略)に押捺された印影を照合して同一であることを
確認した上,Eが持参した原告の健康保険証により,Eが原告の同居
の妻であることを確認し,貸付手続をした。このとき,Eの挙動に不
審な点は認められなかった。
また,このとき,Kは,原告の意思までは確認しなかった。
(エ) Eは,前記(1)ア(エ)のとおり,平成13年4月19日,H郵便局に
おいて,原告に無断で本件郵便貯金の払戻手続を行い,被告公社は本
件郵便貯金から(1)ア(ア),(ウ)の各貸付金及びこれらに対する利息を
控除した残額199万7944円を払い戻した。その際,同郵便局の
担当職員Jは,Eが持参した本件郵便貯金証書(略)の下部に「e」
の印鑑を押捺してもらい,その印影が同証書の印鑑欄に押捺された印
影と同一であることを確認し,さらに,Eが持参した原告の健康保険
証及びEの運転免許証でEが原告の同居の妻であることを確認した
上,払戻手続に応じた。このとき,Eの挙動に不審な点は認められな
かった。
また,このとき,Jは,原告の意思までは確認しなかった。
イ(ア) 郵便貯金法又は同法に基づく省令に規定する手続を経て郵便貯金を
払い戻したときは,正当の払戻しをしたものとみなされる(郵便貯金
法26条)。 
(イ) 郵便貯金法に基づく郵便貯金規則86条によれば,郵便貯金の払戻
請求を受けた郵便局は,貯金証書の受領証欄又は払戻金受領証に押さ
れた印影と貯金証書又は通帳の印鑑とを対照し,相違がないことを認
めた上,貯金証書又は通帳の持参人に払戻金を交付するものとし,郵
便貯金取扱規程3条によれば,郵便貯金の取扱に関し,利用者が提出
する書類の記名調印については,貯金局長の定めるところによりこれ
を確かめなければならない旨が定められている。また,同規程4条に
よれば,郵便貯金の払戻しその他の請求,預金者に対する貸付けの申
込み又は印章変更その他の届出を受けた場合において,その請求,申
込み又は届出をする者(これらを併せて,以下「請求人等」とい
う。)が正当の権利者であることを確かめるときは,貯金局長の定め
るところによりこれを確かめなければならない旨が定められている
(略)。
    (ウ) 上記規程を受けて貯金局長が定めた郵便貯金取扱手続によれば,郵
便貯金の払戻しその他の請求,預金者に対する貸付けの申込み又は印
章変更その他の届出を受けた場合の確認方法として,下記①ないし⑦
に掲げる事項のいずれにも該当しないと認めたときは,特に請求人等
に質問をし,又は証明資料の提示若しくは委任状の提出は,不要であ
るとし,いずれかに該当すると認めたときは,請求人等の挙動その他
請求,申込み又は届出を受けたときの状況等に応じて適切な質問をす
ることとし,質問によっても正当の権利者であることの確認ができな
いときは,運転免許証,健康保険証等正当の権利者であることを認め
るに足りる書類の提示を求め,また,請求人等が単に「預金者の知
人」,「預金者から頼まれた者」の場合には,委任状の提出も併せて
求めるものとし,請求人等が,預金者の家族,使用人,職場の同僚等
であって,一般に預金者の使者又は代理人たる関係にあると認められ
る者であるときは,預金者からの請求,申込み又は届出として取り扱
って差し支えないとされている(略)。

    ① 取扱者が預金者又はふだん預入れ等をする者を知っている貯金の
通帳若しくは貯金証書により,その預金者又はふだん預入れ等をす
る者以外の者による払戻しの請求,貸付けの申込み又は印章変更の
届出をするとき。
    ② 男性が女性名義の,又は女性が男性名義の通帳若しくは貯金証書
により払戻しの請求,貸付けの申込み又は印章      変更の届出をすると
き。
③ 年少者がその者に不相応な金額の払戻しの請求又は貸付けの申込
みをするとき。
     ④ 請求人又は申込人が印章変更の届出と同時に,又はその直後に高
額の払戻し若しくは全額に近い金額の払戻しの請求又は高額の貸付
けの申込みをするとき。
⑤ 請求人等が払戻金の受領証,貸付金受領証若しくは改印届書の住
所氏名を誤記し,又は過去に払戻しの請求若しくは貸付の申込みを
しているにもかかわらず,払戻金の受領証若しくは貸付金受領証の
記載方法を尋ねる等不自然な点が認められるとき。
⑥ 印章変更及び住所移転の届出と同時に,亡失による通帳若しくは
貯金証書の再交付の請求をするとき,又は郵便貯金全払請求書によ
り証書払の請求をするとき。
     ⑦ その他①から⑥までに準ずる疑わしいと認めるに足りる事由があ
るとき。
(エ)上記郵便貯金取扱規程及び同取扱手続によれば,前記①ないし⑦の
事由があるときでも,運転免許証,健康保険証等正当の権利者である
ことを認めるに足りる書類の提示を求め,これによって,請求人等が
預金者の家族,使用人等であって,一般に預金者の使者又は代理人た
る関係にあると認められる者であるときは,払戻しに応じてもよいこ
とになる。これは,大量の郵便業務の迅速処理や預金者自身の便益確
保という要請と預金者の静的な安全確保という要請との調和を図り,
預金者の家族や使用人等,一般に預金者の使者又は代理人となること
が比較的容易に予想される者による請求手続に関しては,上記の調査
以上に,預金名義人の意思を確認するなどの調査をする義務を免除し
た趣旨であると解されるものであって,合理性を有するものと認めら
れるから,上記取扱規程及び取扱手続によるのが相当でないとすべき
特段の事情がない限り,これによって処理した払戻手続は正当であ
り,かつ過失がないものと認めるのが相当である。
(オ) そして,この理は,郵便局が後に貸付金と貯金とを差し引き計算し
た上で払戻しをする前提で,貯金を担保にして預金者に貸付けをする
場合にも妥当すると解すべきである(郵便貯金取扱規程4条参照)。
この場合には,当該貸付けは,実質的に払戻行為の一態様とみるのが
相当だからである。
ウ これを本件についてみるに,アで認定したところによれば,次のよう
にいうことができる。
(ア) Eが,前記(1)ア(ア)の①ないし④記載のとおり,4回にわたり,本
件郵便貯金を担保とする貸付けを申し込んだ際,前記認定事実によれ
ば,Eの挙動に不審な点はなく,また,被告公社は,原告の意思を確
認しなかったものの,郵便貯金貸付金受領証と本件郵便貯金証書
(略)に押された印影を照合し,同一であることを確認した上,Eが
持参した原告の健康保険証又はEの運転免許証により,Eが原告の同
居の妻であると認めて貸付けに応じたものであって,郵便貯金取扱規
程及び同取扱手続に従った扱いをしたものということができる。
もっとも,前記認定事実によれば,①の貸付けの際,本件郵便貯金
証書の印鑑欄には原告の印鑑は押されておらず,Eが担当職員からい
われて手持ちの印鑑を押捺したものであるから,これと郵便貯金貸付
金受領証の印影が一致していることを確認したとしても,印鑑照合の
意味は乏しいといわざるを得ない。しかし,前記のとおり,郵便貯金
取扱規程及び同取扱手続によれば,請求人等が,預金者の家族等一般
に預金者の使者又は代理人たる関係にあると認められる者であるとき
は,預金者からの請求,申込み又は届出として取り扱って差し支えな
いとされていることに照らすと,原告の健康保険証又はEの運転免許
証により,Eが原告の同居の妻であると認めて貸付けに応じたことに
ついて,確認に欠けるところはなかったというべきである。
(イ) Eが,平成13年3月30日,亡失を理由に,原告名義で郵便貯金
証書の再交付請求と改印届をなし,本件郵便貯金証書(略)の再交付
を受けたことについて,前記認定事実によれば,Eの挙動に不審な点
はなく,また,被告公社は,原告の意思までは確認しなかったもの
の,Eが原告の妻であることをEの申告及び同人の持参した健康保険
証により確認した上,本件郵便貯金証書(略)を再発行し,これを再
交付請求書に記載されていた原告の住所地に郵送したものであって,
郵便貯金取扱規程及び同取扱手続に従った扱いをしたものということ
ができる。
(ウ) Eが,平成13年4月11日,本件郵便貯金証書(略)を用いて,
被告公社から100万円の貸付けを受けたことについて,前記認定事
実によれば,Eの挙動に不審な点はなく,また,被告公社は,原告の
意思までは確認しなかったものの,本件郵便貯金証書(略)と郵便貯
金貸付金受領証(略)に押捺された印影を照合して同一であることを
確認した上,Eが持参した原告の健康保険証により,Eが原告の同居
の妻であることを確認し,貸付手続をしたものであって,郵便貯金取
扱規程及び同取扱手続に従った扱いをしたものということができる。
(エ) Eが,平成13年4月19日,本件郵便貯金の払戻手続を行い,被
告公社から199万7944円の払戻しを受けたことについて,前記
認定事実によれば,Eの挙動に不審な点はなく,また,被告公社は,
本件郵便貯金証書(略)の印鑑欄の印影と,その下部にEが押した印
鑑の印影とが同一であることを確認し,さらに,Eが持参した原告の
健康保険証及びEの運転免許証でEが原告の同居の妻であることを確
認した上,払戻手続に応じたものであって,郵便貯金取扱規程及び同
取扱手続に従った扱いをしたものということができる。
エ 以上によれば,本件の貸付け及び払戻しは,いずれも郵便貯金法26
条により正当な払戻しとみなされるというべきであり,被告公社の抗弁
イは理由がある。
3 被告農協の抗弁について
(1) 抗弁アについて
   ア 証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおり認められる。
    (ア) 原告は,本件定期貯金証書を寝室の机の中に保管していた。しか
し,原告は,Eが2(1)ア(イ)のとおり,本件郵便貯金を担保にして被
告公社から貸付けを受けていることを平成12年7,8月ころ知り,
本件定期貯金証書(略)の保管場所を変えるに至った。
    (イ) Eは,平成13年6月20日,知人のB町議会議員Lとともに被告
農協C支所を訪れ,原告名義で本件定期貯金証書の喪失届(丙1)を
提出した。喪失届の保証人欄には,Lが署名押印した。上記原告の氏
名は,Eが記載したものであり,その横に押捺された「e」の印影
は,Eが所持していた三文判によるものであった。
被告農協の担当職員は,Eが提出した原告の健康保険証(略)及び
Eの運転免許証(略)により,Eが原告と同居する妻であることを確
認し,それらの写しをとった。
(ウ) Eは,同月28日,Lとともに再度被告農協を訪れ,喪失届後本件
定期貯金証書を発見できなかったとして,被告農協に対し,原告名義
の再発行依頼書(略)により定期貯金証書の再発行を依頼し,被告農
協は,同日,Eから原告名義の受取書(略)を徴求の上,本件定期貯
金証書(略)を再交付した。
再発行依頼書及び受取書の原告の氏名は,Eが記載したものであ
り,その横に押捺された「e」の印影は,喪失届に押捺されたのと同
じ印鑑によるものであった。受取書の保証人欄には,Lが署名押印し
た。
また,Eは,上記印鑑を届出印とする共通印鑑届(略)を原告名義
で作成し,被告農協に提出した。
(エ) Eは,同月28日,本件定期貯金の解約手続を行い,被告農協は,
本件定期貯金300万円及び利息の払戻手続をして,Eが同日被告農
協に開設したE名義の普通貯金口座に入金した。
(オ) Eは,上記喪失届の提出,再発行の依頼,本件定期貯金の払戻しに
ついて,いずれも原告に無断で行った。
    (カ) Eは,上記口座に入金された金員のうち50万円をLに貸し,残り
は自己の借金の返済,買物,パチンコ等に費消した。
イ 以上認定の事実によれば,Eは,原告に無断で,被告農協に対し原告
名義で本件定期貯金証書(略)の喪失届を提出し,再発行を依頼し,さ
らに本件定期貯金の解約手続を行ったものと認められる。したがって,
上記行為について,Eが原告の使者としての権限を有していたというこ
とはできず,被告農協の抗弁アは理由がない。
被告農協は,原告が被告公社からの2(1)ア(ア)の貸付手続がなされた
ことを知りながら,平成16年に至るまで被告公社に対し何ら異議を述
べていないこと,これに加え,本件訴えを提起した後である平成16年
12月27日現在においても,Eと同居していることなどを理由に,原
告がEに対し,本件定期貯金の払戻しについても,原告の使者としての
権限を与えていたと主張する。しかし,上記事実が認められるからとい
って,直ちに原告がEに対し,本件定期貯金の払戻しについて,原告の
使者としての権限を与えていたとはいえないから(なお,2(1)イの説
示参照),被告農協の主張は理由がない。
(2) 抗弁イについて
ア Eが被告農協に対し,本件定期貯金証書の喪失届を提出し,再発行を
依頼し,本件定期貯金の解約手続を行った経緯は,(1)アで認定したと
おりである。また,被告農協が払戻手続を行う際,原告に意思確認をし
なかったことは,当事者間に争いがない。
イ (1)アで認定した事実によれば,Eは,原告の代理人又は使者であると
少なくとも黙示的に詐称して被告農協に前記喪失届を提出し,再発行を
依頼し,さらに本件定期貯金の解約手続を行ったものと認めるのが相当
であるところ,ある者が債権者の代理人又は使者と詐称して債務者から
弁済を受けた場合にも民法478条の規定の適用があるというべきであ
り,金融機関が過失なくして上記詐称代理人・使者を債権者の代理人・
使者であると信じ,定期預貯金の解約・払戻しに応じた場合には,その
払戻しは,民法478条により,有効な弁済となると解するのが相当で
ある。
これを本件についてみるに,(1)アで認定した事実によれば,被告農協
は,健康保険証及び運転免許証により,Eが原告と同居している妻であ
ることを確認し,Eが原告から代理人又は使者としての地位を与えられ
ていると信じた上で,本件定期貯金の解約・払戻手続を行ったと認めら
れるところ,同居の妻が夫の代理人又は使者として預貯金の払戻手続を
行うことは一般に広く行われているものと解せられる上,当時,Eの挙
動に不審な点があったことを認めるに足りる証拠はなく,保証人となっ
たLは,当時B町の町会議員であって,被告農協のC支所長とは旧知の
間柄で(略),その挙動に不審な点があったことを認めるに足りる証拠
もない。これらを総合すれば,被告農協において,Eの求めに応じ,本
件定期貯金の解約手続をとったことに過失があるということはできない
と解するのが相当である。
以上によれば,被告農協の解約・払戻手続は,民法478条により有
効な弁済と認められるというべきであるから,被告農協の抗弁イは理由
がある。
4 結論
以上の次第で,原告の本件請求はいずれも理由がないから棄却することと
し,主文のとおり判決する。
松山地方裁判所民事第2部
裁判官   坂   倉   充   信

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛