弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審の未決勾留日数中参拾日を本刑に算入する。
         理    由
 本件控訴の趣旨は末尾添付の被告人本人竝びに弁護人植木敬夫のそれぞれ差し出
した各控訴趣意書記載のとおりである。
 弁護人の控訴趣意第二点について。
 しかし原判決の挙示する標目の各証拠を綜合すれば原判示A、B両巡査の被告人
に対する職務質問は適法であり憲法第三十五条警察官等職務執行法第二条に違反す
るところはなく適式の公務の執行たること明らかである。すなわち戸塚警察署勤務
警視庁巡査Aは原審第二回公判期日において証人として「私は昭和二十八年七月二
十日から引続き捜査係刑事をやつており、主に窃盗関係を担当していたが、特にa
方面で窃盗被害が多かつたのでB刑事と密行していたが、同年十一月頃には聞込み
などでは犯人は二十歳から三十歳の男が多くあまり風体のよくない職工か会社員く
ずれで背は五尺二、三寸から四寸程度と推定していた。十一月十八日もB刑事と二
人で午後一時すこし過ぎbc丁目の方へ行つたところ、私達がbc丁目d番地先の
三丁目の方からe町に通じる道路に出ると被告人がどこから来たのか確定できない
が、私達の約二十米位先を矢張り私達の行く方向、つまりe町の方へ歩いて行くの
だが、同人は風呂敷包みを持つて後を振り返り振り返りして行くのでおかしいなと
二人で申した。同人の服装は新しくないレインコートを着て茶色つぽい靴をはいて
直径二十糎長さ三十糎位の風呂敷包みを持つており、その時ほかに人はいなかつ
た。私達二人が路地から出て行くと何かこちらを二、三回振り返つてそわそわした
感じであつた。歩いている速さはその時すこし速足になつたようであつた。そこで
私達二人はどうも変な奴がいるなあと言つて職務質問をしようと申した。その時私
達は空巣の犯人でも見つかるかも知れないと思つて歩いていたのだが、同人は聞込
みによつた空巣犯人に似ていたので職務質問をした。私達は速足で行き「もしも
し」と言つて、「私は警察手帳を出し警察の者ですが、どちらへ行くのですか」と
聞いたように思う。その時B刑事と私はその人を挟むような格好であつた。同人は
雑司ケ谷へ行くとか言つた。それで職業は何ですかと聞くと紙のブローカーだと言
つた。どちらからお出でですかと聞くと高田馬場から来たと言つたように思う。そ
の後持つていた風呂敷包みについて聞くと紙の見本ですと言つたように記憶してい
る。それから失礼ですが包みの中を見せて下さいと言うと何かはつとした感じで顔
色が変つたように思う。それで時計をて急ぎますからと言い私達を残すようにして
さつさと歩き出した。その時ひよつとすると逃げかかつたのではないかと感じ、そ
の包みが盗品ではないかと感じた。そして包みの中を見せて貰つていないしするの
で君、君と言つたがずんずん行つてしまうので一寸待つて下さいと言つた。B刑事
もそう言つたと思う。同人は普通よりも早い足でe町の方にどんどん行つてしまう
ので私達の方で君、君というとその内ぱつと走り出した。最初に職務質問したとこ
ろから歩いたのは大体三米位と思う。こきざみに歩き出して私達の方で、君、君と
いつているうちにぱつと走り出した。走り出してから目白駅の方に左に曲つて全速
力で走つて行つた。それでおかしいなという気持が強くなつて追いかけて行つたの
であるが追いかけてまた職務質問をするつもりだつたのである。B刑事は私よりお
くれて追いかけてきたがそこの道は舗装していない相当きつい登り坂であつた。私
は同人に追いつき、始めは真後から追いかけたが前に出ようと思つた。その間何も
言わなかつた。そして追いついた時、同人はくるつとこちらを向いて私の方にぶつ
かつて来た。そのため私はよろめいたが、その時右足の膝の関節の所を蹴つてきた
のである。それで私は公務執行妨害の現行犯として逮捕しようと思つた。そこへB
巡査が走つて来てその人を抱きとめ石垣の方に連れて行き君おかしいじやないか逃
げる必要はないじやないかと言つたら同人はもう逃げませんと言つた。私達は署ま
で連れて行つて調べるつもりであつたが空巣のことを調べようと思つた。署へ連れ
て行く途中また逃げかけたので追いかけて行き組打ちになつた。そして手足をばた
ばたするので手錠をかけた。署の五十米位手前に来ると同人は高校生らしい二、三
人の学生に向つて諸君この弾圧を見よと言つたので私達ははじめて思想関係の人で
はないか、これはどうも窃盗の大物かと思つたのにとんだものをやつたなあと二人
で話した」と供述しており、またBもまた前同公判廷において証人としてこれと同
趣旨の供述をなしておるのであつて、これらの証拠によれば前記A、B両巡査の被
告人に対してなした職務質問は警察官等職務執行法第二条所定の条件を具備するも
のであつてこれを目して職務質問の適法性の限界を越えたものであると非難するの
はあたらない。論旨は被告人はその所持に係る風呂敷包みの内容を前記両巡査に呈
示することを拒否する態度を示し歩きはじめたのに前記両巡査は約二十三米も追随
して更に執拗にその呈示を要求したのであるが、被告人はこれを拒否し遂に坂道へ
の曲り角で両巡査から離脱すべく行動を開始したのである。すなわちそれまでに所
持品の内容を呈示することは被告人の意思に反するものであることを明らかにして
いたのであるが、曲り角以後の行動により最早や何人にも疑なく、それが被告人の
意思に反することであることが明らかになつたのである。然るに両巡査はあくまで
所持品の内容を見ようとして、どこまでも追いかけるつもりで追跡したのである。
かくの如きはその人の意思に反して所持品の内容の呈示を強要する行為というべく
憲法第三十五条に違反するものであり、なんら公務執行行為ではない。警察官等職
務執行法によつて許容された職務質問といえどもその者の意に反してなし得ないこ
とは同法第二条第三項に明記されておるところであるのみならず、同法には質問す
ることができる旨の規定はあつても所持品の内容の呈示を求め所持品を捜索するこ
とができる旨の規定は全く存しない。従つて両巡査の行為をもつて職務質問行為と
認定した原判決は単に法令の適用に誤があるのみならずその解釈は憲法第三十五条
に違反すると主張するのであるが、警察は警察法第一条に明記されているとおり国
民の生命、身体及び財産の保護に任じ犯罪の捜査、被疑者の逮捕及び公安の維持に
当ることをもつてその責務とするものであり、警察官等職務執行法は警察官及び警
察吏員が警察法に規定する国民の生命、身体及び財産の保護、犯罪の予防、公安の
維持並びに他の法令の執行等の職権職務を忠実に遂行するために、必要な手段を定
めることを目的として制定されたものであるが、警察の活動は厳格に前項の責務の
範囲に限られるべきものであつて、いやしくも日本国憲法の保障する個人の自由及
び権利の干渉にわたる等その権能を濫用することになつてはならないものであるこ
とは勿論であるところ警察官等職務執行法第二条第一項は警察官等は異常な挙動そ
の他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとして
いると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について若しくは犯
罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質
問することができる旨を規定するとともにその第三項には「前二項に規定する者は
刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され又はその意に反して
警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはな
い」旨を規定しているのであつて、警察官等職務執行法第二条第一項所定の職務質
問の適法性の限界の如きも憲法の保障する個人の基本的人権の尊重と公共の福祉の
ための警察活動によるこれが自らなる制約との調和という観点からこ<要旨>れを定
めなければならないのである。ところで本件A、B両巡査が被告人に対し職務質問
をするに至つた経緯は前記A保証人の供述する如くであつて被告人の服装、
年齢、態度、携帯品などから推して当時戸塚署管内に瀕発していた窃盗事件に関係
がありはしないかとの疑を抱いたことは警察吏員としてはまさに当然であり、更に
その所持に係る風呂敷包みの内容について呈示を求められるや俄かに歩きはじめ更
に逃げ出す等の異常の態度を示すに至つたため両巡査において益々犯罪を犯した者
ではないかとの疑念を強くし停止を求めるためにその跡を追いかけたことは極めて
当然の成行であり追跡という行動は単に逃走する相手方の位置に接近する手段とし
て必要な自然な行動であつてかかる手段をもつて強制又は強制的手段とは認められ
ないことは勿論であり、またこれをもつて逮捕行為と目すこともできない。警察吏
員が職務質問をなしたのに拘わらず、相手方がこれに答えようとせず、また停止を
求めてもこれに応じないような場合に直ちに質問を中止するが如きはむしろその職
務職責に忠実ならざるものであり、かくの如き場合にも更に自己の疑念を解くため
強制にわたらない程度においてあるいは注意を与えあるいは飜意せしめて本来の職
責を忠実に遂行するための最大の努力を払うのがその職責に忠実な所以であり、ま
た相手方の逃走を漫然拱手傍観して放置してかえりみないような態度は警察活動の
本義に照らし到底是認することはできないのであつてかかる場合には逃走する相手
方を追跡し停止を求め質問を続行することこそ警羅中の警察吏員としての忠実な職
責の実行と称すべきであり、かく解することが公共の福祉と基本的人権の保障との
調和を図り且つ警察法の精神に叶う合理的見解であるといわねばならない。なお論
旨は警察官等職務執行法第二条第一項は警察官等に停止させて質問することを許し
ておるのみであつて所持品を呈示させるが如きことは許していないと主張するけれ
ども本件訴訟記録全体を精査しても前顕両巡査が被告人に対しその所持品の呈示を
強要したと認められるような証拠はなく、あくまで任意の呈示を求めたに過ぎない
こと明らかであり所論に鑑み本件訴訟記録並びに原審において取り調べた証拠に現
われている一切の事実を精査すれば論旨摘録の諸般の情状を斟酌しても原審の被告
人に対する量刑は相当であり重きに失するものとは認められないから論旨は理由が
ない。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 中村光三 判事 脇田忠 判事 鈴木重光)

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