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平成20年8月28日判決言渡
平成19年行ケ第10131号審決取消請求事件()
平成20年7月15日口頭弁論終結
判決
原告日本食品化工株式会社
同訴訟代理人弁理士松井茂
被告株式会社林原生物化学研究所
同訴訟代理人弁護士安江邦治
同訴訟代理人弁理士須磨光夫
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2001−35092号事件について平成19年3月6日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯
被告は,発明の名称を「トレハロース含有シラップ」とする特許第3084
609号(平成8年4月10日出願(平成7年4月12日国内優先権主張),
平成12年7月7日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者であ
る(甲46)。
原告は,平成13年3月5日,無効審判請求(無効2001−35092号
事件)をしたところ(甲63),特許庁は,平成16年4月13日,本件特許
の請求項1∼13に係る発明の特許を無効とする旨の審決をした(甲47)。
これに対し,被告は,平成16年5月18日に知的財産高等裁判所に対し上
記審決の取消訴訟を提起するとともに(同裁判所平成17年(行ケ)第103
02号),同年8月5日に本件特許に係る明細書の訂正を求める訂正審判(訂
正2004−39187号)を請求したところ(以下この訂正を「本件訂正」
という。),特許庁は,平成17年7月11日,本件訂正を認める旨の審決を
した(甲48,乙37)。そこで,知的財産高等裁判所は,同年10月13日
に上記審決を取り消す旨の判決をし(甲28),上記無効審判は特許庁に差し
戻された。
特許庁は,審理の結果,平成19年3月6日,「本件審判の請求は,成り立
たない。」との審決をした。
2特許請求の範囲
本件訂正後の明細書(乙37。以下「本件明細書」という。)によると,本
件発明の請求項1ないし13は,下記のとおりである。
【請求項1】
α,α−トレハロースを,室温下におけるα,α−トレハロースの水分当
たりの溶解度量を超えて,その溶解度量に対応する温度において溶解含有し
ているとともに,グルコース,マルトース,マルトトリオース,及びマルト
テトラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し,糖質が,グルコ
ース又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)を,溶液組成で当該
α,α−トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で溶解
含有し,かつ,α−グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・
エクイバレント(DE)50未満のα,α−トレハロース含有シラップであ
るか,ソルビトール,マルチトール,マルトトリイトール,及び蔗糖から選
ばれる1種又は2種以上の糖質を,溶液組成で当該α,α−トレハロース2
3.2重量部に対して46.8重量部以上の割合で溶解含有し,かつ,α−
グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(D
E)50未満のα,α−トレハロース含有シラップ。
【請求項2】
α,α−トレハロースを,ある温度下におけるα,α−トレハロースの水
分当たりの溶解度量を超えて,その温度において溶解含有しているととも
に,グルコース,マルトース,マルトトリオース,及びマルトテトラオース
から選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し,糖質が,グルコース又はマル
トースのいずれか単独の場合を除く。)を,溶液組成で当該α,α−トレハ
ロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で溶解含有し,かつ,
α−グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバレン
ト(DE)50未満のα,α−トレハロース含有シラップであるか,ソルビ
トール,マルチトール,マルトトリイトール,及び蔗糖から選ばれる1種又
は2種以上の糖質を,溶液組成で当該α,α−トレハロース23.2重量部
に対して46.8重量部以上の割合で溶解含有し,かつ,α−グリコシルト
レハロースを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満
のα,α−トレハロース含有シラップ。
【請求項3】
シラップ当たり,α,α−トレハロースを18.5乃至25.0w/w%
溶解含有していることを特徴とする請求項1又は2記載のα,α−トレハロ
ース含有シラップ。
【請求項4】
シラップが,10℃の恒温室にて1週間放置後,肉眼観察により晶出の見
られない甘味料である請求項1,2又は3記載のα,α−トレハロース含有
シラップ。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れかに記載のα,α−トレハロース含有シラップを,
0.5w/w%以上含有せしめることを特徴とする組成物の製造方法。
【請求項6】
組成物が飲食物,化粧品,医薬品であることを特徴とする請求項5記載の
組成物の製造方法。
【請求項7】
飲食物が,乳酸菌飲料,缶入りコーヒー,ハードキャンディー,あん,ジ
ャム,パン,カスタードクリーム,求肥,アイシング,ソフトキャンディ
ー,口中清涼キャンディー,ボンボン,ハム,又は佃煮であることを特徴と
する請求項6記載の組成物の製造方法。
【請求項8】
グルコース,マルトース,マルトトリオース,及びマルトテトラオースか
ら選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し,糖質が,グルコース又はマルト
ースのいずれか単独の場合を除く。)を,溶液組成で当該α,α−トレハロ
ース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で共存せしめるか,ソル
ビトール,マルチトール,マルトトリイトール,及び蔗糖から選ばれる1種
又は2種以上の糖質を,溶液組成で当該α,α−トレハロース23.2重量
部に対して46.8重量部以上の割合で共存せしめることを特徴とする,
α,α−トレハロースを,室温下におけるα,α−トレハロースの水分当た
りの溶解度量を超えて,その溶解度量に対応する温度において溶解含有し,
かつ,α−グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバ
レント(DE)50未満のα,α−トレハロース含有シラップの晶出抑制方
法。
【請求項9】
α,α−トレハロース含有シラップが,シラップ当たり,α,α−トレハ
ロースを18.5乃至25.0w/w%含有していることを特徴とする請求
項8記載のα,α−トレハロース含有シラップの晶出抑制方法。
【請求項10】
グルコース,マルトース,マルトトリオース,及びマルトテトラオースか
ら選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し,糖質が,グルコース又はマルト
ースのいずれか単独の場合を除く。)を有効成分とし,α,α−トレハロー
ス含有シラップに対し,そのシラップが含有するα,α−トレハロース1
8.5重量部に対して35重量部以上の割合で使用されるか,ソルビトー
ル,マルチトール,マルトトリイトール,及び蔗糖から選ばれる1種又は2
種以上の糖質を有効成分とし,α,α−トレハロース含有シラップに対し,
そのシラップが含有するα,α−トレハロース23.2重量部に対して4
6.8重量部以上の割合で使用されるα−グリコシルトレハロースを含有し
ないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α−トレハロ
ース含有シラップのためのα,α−トレハロース晶出抑制剤。
【請求項11】
α−グリコシルトレハロースを含有しないα,α−トレハロース含有シラ
ップに,グルコース,マルトース,マルトトリオース,及びマルトテトラオ
ースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し,糖質が,グルコース又は
マルトースのいずれか単独の場合を除く。)を有効成分とするα,α−トレ
ハロース晶出抑制剤を,α,α−トレハロース含有シラップが含有している
α,α−トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で溶解
含有せしめるか,ソルビトール,マルチトール,マルトトリイトール,及び
蔗糖から選ばれる1種又は2種以上の糖質を有効成分とするα,α−トレハ
ロース晶出抑制剤を,α,α−トレハロース含有シラップが含有している
α,α−トレハロース23.2重量部に対して46.8重量部以上の割合で
溶解含有せしめることにより,α,α−トレハロース含有シラップにα,α
−トレハロースを,室温下におけるα,α−トレハロースの水分当たりの溶
解度量を超えてその溶解度量に対応する温度において溶解含有せしめること
を特徴とするα−グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エ
クイバレント(DE)50未満のα,α−トレハロース含有シラップからの
α,α−トレハロースの晶出抑制方法。
【請求項12】
α,α−トレハロースを,室温下におけるα,α−トレハロースの水分当
たりの溶解度量を越えて,その溶解度量に対応する温度において含有せしめ
るとともに,グルコース,マルトース,マルトトリオース,及びマルトテト
ラオースから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し,糖質が,グルコース
又はマルトースのいずれか単独の場合を除く。)を,溶液組成で当該α,α
−トレハロース18.5重量部に対して35重量部以上の割合で含有せしめ
るか,ソルビトール,マルチトール,マルトトリイトール,及び蔗糖から選
ばれる1種又は2種以上の糖質を,溶液組成で当該α,α−トレハロース2
3.2重量部に対して46.8重量部以上の割合で含有せしめることを特徴
とするα,α−トレハロースの晶出が抑制されたα−グリコシルトレハロー
スを含有しないデキストロース・エクイバレント(DE)50未満のα,α
−トレハロース含有シラップの製造方法。
【請求項13】
シラップ当たりのα,α−トレハロースの含有量が18.5乃至25.0
w/w%である請求項12記載のα,α−トレハロース含有シラップの製造
方法(以下「本件発明1」などといい,本件発明1ないし本件発明13を総
称する場合は「本件各発明」という。なお,以下「α,α−トレハロース」
を単に「トレハロース」という。)。
3審決の内容
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件明細書及び図面の記載
は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていないとはいえないし,本件
各発明は,甲1ないし甲6に記載された発明に基づいて容易に想到し得るもの
ではないとするものである。
第3取消事由に係る原告の主張
1取消事由1(特許法36条4項違反の判断の誤り)について
(1)「本件各発明の効果が本件明細書中で確認されていない」との原告の主
張に対する判断の誤り
審決は,本件明細書の段落【0032】【実験2室温環境下でのトレハ
ロース晶出抑制効果に与える還元性糖質共存の影響】(以下「本件実験2」
という。)は,本件発明のシラップが本件発明の奏するべき効果を奏するこ
とを裏付けると判断したが誤りである。
ア被告は,平成11年8月2日付け手続補正書(甲61)により,請求項
6の「10℃で難晶出性」を「10℃の恒温室にて1週間放置後,肉眼観
察により晶出の見られない」と補正し,同日付けの意見書(甲62)にお
いて,上記補正の根拠は,「本願明細書の段落0032,及び,0035
に記載されたトレハロースの晶出抑制効果の判定方法,並びに,表2及び
表3に示された判定結果」に基づくとされている。そうすると,上記「肉
眼観察により晶出の見られない」はトレハロースの晶出だけを問題として
いるものではない。上記表2の(註)の「表中,+は晶出が起こったこと
を示し,−は晶出が起こらなかったことを示す。」との記載は,晶出対象
がトレハロースに限らないと理解されるべきである。
イ本件実験2は,トレハロースだけに着目した実験ではなく,他の糖質も
晶出しなかったことが確認されていないことを示しているにすぎないか
ら,本件明細書に発明の効果が裏付けられているとはいえない。当業者
は,本件明細書を見ても本件各発明がトレハロースの晶出抑制効果を示す
か否かについてわからず,当業者が発明を容易に実施し得る程度に記載さ
れているとはいえない。
ウ本件実験2には,トレハロースとグルコースとマルトースとを含有し,
デキストロース・エクイバレント(DE)50未満であるシラップについ
ての晶出抑制効果が確認されていない。
(2)「本件各発明の効果を確認する実験方法に誤りがある」との原告の主張
に対する判断の誤り
アトレハロースの晶出の有無の判断について
審決は,「晶出した結晶の判定方法については,被告が提出した実験2
の追試の実験結果(判決注:甲49,50,52,53,57,59)
は,いずれも,シラップとして成り立たない程の晶出はしておらず,これ
らの実験結果における程度の晶出であれば,肉眼観察により,トレハロー
スの結晶の晶出の有無が容易に判定できないとはいえない。」旨判断した
が,誤りである。
(ア)原告が提出した実験報告書(甲36ないし38)において晶出した
試料は,結晶が混在した状態であり,肉眼観察した状態を示す写真にお
いては,トレハロース結晶が混在していることを確認できないが,顕微
鏡写真によれば混在していることを確認できる。すなわち,本件実験2
に記載された「トレハロースの晶出の有無を肉眼観察し,トレハロース
の晶出抑制効果を判定した。」との方法では,トレハロースが晶出した
か否かを確認できない。
(イ)本件実験2における「トレハロースの晶出の有無を肉眼観察し,ト
レハロースの晶出抑制効果を判定した。」との記載は,同実験結果を示
す表2の「表中,+は晶出が起こったことを示し,−は晶出が起こらな
かったことを示す。」との記載や被告の平成11年8月2日付けの意見
書(甲62)の記載を併せ考慮すれば,晶出が全く起こらなかったこと
によってトレハロースの晶出が起こらなかったことを確認した実験であ
ると解するのが妥当である。したがって,本件実験2には,トレハロー
スと他の糖質とが混在して晶出する場合に,トレハロースの結晶を肉眼
観察でどのようにして見分けるのかについて何ら説明がされておらず,
実際に肉眼観察では判別できないのであるから,実験方法自体に実施不
可能な点が存在するというべきである。
(ウ)トレハロースのみを含有する糖液から析出する結晶とトレハロース
とグルコースとを含有する糖液から析出する結晶とでは形状が異なる(
甲91)。しかし,トレハロースの他にグルコースやマルトースがさら
に多く溶解した糖液から析出される結晶の中には肉眼では観察できない
トレハロースの結晶が存在することが予測される(甲37,38)。
イ水分蒸発量の差について
審決は,「市販シラップを取り扱う過程においては,当該シラップの一
部を貯蔵容器から取り出す際などに,当該シラップが外気と接する機会が
あることは十分想定されることであるから,市販シラップの経時的安定性
を調べる試験として,シラップを外気と接する条件で放置する試験を採用
することには一定の合理性が認められる。そして,このような条件下で,
同じ条件での水分蒸発量がシラップの糖組成により異なること,すなわ
ち,トレハロース単独の場合の水分蒸発量が共存糖質が存在する場合より
も多いことは,そのこと自体が,トレハロースを単独で含む市販シラップ
の経時安定性が劣ることの一因であろうと考察することはあり得ても,こ
のことをもって,各試料区分の糖液について水分蒸発量が同一の条件で実
験しなければ,市販シラップの経時的安定性を調べる試験として適当では
ないということにはならない(審決書16頁下から5行∼17頁7
行)。」と判断したが,誤りである。
(ア)シラップ製品においては,微生物汚染を防ぐために糖濃度を65∼
85%程度にするという手段が一般的に採用されており,微生物汚染を
防止した製品においては,糖濃度はほぼ同じになるのであり,水分蒸発
量の差もそれほど生じないのが実際である。すなわち,トレハロースの
みを含む試料において,糖濃度が低いことによって水分蒸発量が多くな
り,それによって晶出が促進されて晶出し,他方,トレハロースの他に
他の糖質を含む試料において,糖濃度が高いことによって水分蒸発量が
少なくなり,それによって晶出が抑制されたとしても,実際の製品にお
いては,微生物汚染を防止するために糖濃度は60∼70%程度に調整
され,水分蒸発量の差はそれほど生じない。したがって,ビーカーに入
れて開放状態で水分蒸発によって晶出を促進するという実験では,特定
の糖質との組合せにおいて,トレハロースの晶出のしにくさを示す根拠
とはならない。
(イ)ビーカーに入れて開放状態で水分蒸発によって晶出を促進するとい
う実験は,恒温室の大きさ,構造,恒温室内の位置等によって蒸発量が
変化し,蒸発量のばらつきが大きくなる。したがって,当業者が本件実
験2を追試をする上でも,何回もの試行錯誤を繰り返すことが要求さ
れ,当業者が本件各発明の効果を確認することができず,本件各発明の
効果を裏付ける記載がされているとはいえない。
(3)「本件各発明のトレハロース含有シラップは,晶出抑制効果がもたらさ
れない組成のシラップを含んでいる」との原告の主張に対する判断の誤り
ア晶出状況の差異について
原告提出の実験(甲38,45)と被告提出の実験(甲57)の実験結
果の不一致について,審決は,実験自体が再現性のない不安定なものに起
因するものではなく,また水分蒸発量の相違によるものでもなく,甲5
8,59を考慮すれば,原告が行なった実験においては糖質の加熱溶解操
作が不十分であったことが原因である旨判断しているが,誤りである。
原告提出の実験(甲38,45)においては,シラップの液状部分が十
分に残っており,被告提出の実験(甲56,59)においてビーカー内が
結晶で一杯になり,シラップの液状部分が見えない位に固結した状態で晶
出しているのと異なっている。したがって,上記原告提出の実験が糖質が
溶解せずに残存していたことに起因するものとは考えられない。
イ加熱溶解操作について
審決は,原告提出の実験において,糖質の十分な加熱溶解操作を行なっ
ているとの原告の主張を採用できない旨判断しているが,誤りである。
原告は,本件実験2について,多数の実験(甲7,8,19ないし2
1,31,38,45)を繰り返しており,糖質を十分に溶解させる点に
おいて十分な注意を払っている。そして,原告の実験結果においては,各
試料ごとに晶出しやすいものと晶出しにくいものとである程度の共通性が
あるから,溶解操作が不十分で微細な結晶核が残存したというような偶発
的な要因によって晶出が生じているのではないことは明らかである。
ウショット瓶の使用について
(ア)審決は,甲45の実験においては糖質の加熱溶解にショット瓶を用
いており,甲58によれば,この手法では微細な結晶核が残存する可能
性がないとはいえないと判断しているが,誤りである。
すなわち,①原告が使用したショット瓶は甲45の写真4に示される
大型のショット瓶であり,開口部は十分に大きなものであること,②糖
質原料をショット瓶に投入するときには,紙をロート状に丸めて口部に
挿入して投入しており,糖質原料もパウダーのような飛散しやすいもの
ではないので,ショット瓶の口部内周に付着することは考えられないこ
と,③甲45の写真4に示されるように,湯煎の際にショット瓶中の水
溶液から発生する蒸気がショット瓶の上壁内周で凝縮し,水滴となって
流下するから,仮に微細な結晶が内壁に付着していたとしても,流下す
る凝縮水によって十分に洗い流されること,④湯煎中にショット瓶を揺
り動かすことによって,内壁の上部にも溶液が接触することによって洗
い流されることに照らすならば,以上の点から審決の判断は失当であ
る。
(イ)被告は,甲71で使用した無水結晶マルトースは湯煎によって溶解
させることが含水結晶マルトースよりも困難であると主張するが失当で
ある。被告作成の無水結晶マルトースのパンフレット(甲89)によれ
ば,無水結晶マルトースは,含水結晶マルトースよりも溶解しやすいと
されている。
エオートクレーブ処理による糖の溶解について
審決は,本件明細書には目に見えない結晶核をも完全に溶解する溶解操
作について開示がなく,その具体的手段が不明であり,当業者はそのよう
な溶解を容易に行なうことができず,本件発明1を容易に実施できないと
の原告の主張に対し,「そのような溶解手法として,オートクレーブ処理
による方法が本願出願日当時当業者に知られていなかったとはいえない
し,また,乙26では特にそのような特殊な操作を行っていないことから
すれば,乙29にも示されているように,濃厚な水溶液であることを意識
して,丹念に溶解操作を行えばそのような完全な溶解が実現可能であった
ものと認められるから,本件明細書をみても,そのような糖質が微細な結
晶核をも残存させることなく完全に溶解した溶液を当業者が容易に作成す
ることができず,本件発明1を容易に実施できないとの請求人(原告)の
主張はあたらない。」と判断しているが,誤りである。
(ア)オートクレーブ処理による方法が,シラップの工業的生産において
通常採用される方法であるとはいえない。また,オートクレーブ処理
は,糖質原料を溶解させるだけでなく,高温高圧下で溶液中の分子配列
等も変化させる可能性があり,本件実験2に記載されたような加熱溶解
操作で得られたシラップとは,異なる性状をもたらす可能性がある。
(イ)原告は,オートクレーブ処理による溶解方法を用いて本件実験2の
追試実験を行なったところ,その実験結果(甲71,77)によれば,
オートクレーブ処理により溶解させても,本件発明の組成の試料にはト
レハロースのみからなる対照試料に比べて,同等以上の晶出を起こすも
のが存在する。
(ウ)被告は,甲71について,晶出が生じた原因として,①実験Ⅰは補
充水と試料溶液とが均一に混じり合っていない状態で実験を行なったこ
と,②実験Ⅱはディスポピペットを用いてビーカーに分注したことを指
摘する。しかし,①については,蒸発した水分を補充した後,混合して
均質な溶液となるように操作をしているし,②については,甲71の実
験では,ディスポピペットで吸引した試料はそのままビーカーに分注し
てあり,吸引・排出する操作を複数回繰り返すという操作を行なってい
ないから,乙26とその方法が異なる。仮にディスポピペットを用いて
注入する程度の撹拌によって晶出が生じるようなシラップであれば,工
業的使用に耐えられないものである。被告の主張は失当である。
(エ)被告は,甲77について,晶出状態がまちまちであると主張する
が,晶出量にばらつきがあるのは,恒温室内での設置箇所の違い等によ
る影響と考えられるし,甲71の結果とも矛盾はない。
2取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
審決は,本件各発明は,甲1ないし甲6に記載された発明に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたものであるとはいえないと判断したが,誤り
である。
(1)本件発明1,2について
ア構成及び予測の容易性
甲1,2には,本件発明1,2におけるトレハロースと,グルコース,
マルトース,マルトトリオース,及びマルトテトラオースから選ばれる1
種又は2種以上の糖質とを特定の比率で含有するトレハロース含有シラッ
プが開示されているが,本件発明1の「室温下におけるトレハロースの水
分当たりの溶解度量を超えて,その溶解度量に対応する温度において溶解
含有している」及び本件発明2の「ある温度下におけるトレハロースの水
分当たりの溶解度量を超えて,その温度において溶解含有している」につ
いては開示がない。
しかし,甲1,2において,その糖液をできるだけ高濃度にし,かつ結
晶が析出しない安定なシラップとすることは甲3ないし5,29,75に
より当業者が容易に想到し得たことである。また,他の糖類を共存させる
ことによって糖類の晶出が抑制されることは,甲3ないし6により本件特
許出願前から周知であったし,甲15ないし18に示されるように,シラ
ップ製品は糖質を過飽和の状態で溶解している場合が多いことから,結晶
が晶出しない範囲でできる限り高濃度に濃縮した結果としてトレハロース
が過飽和になることは,当業者が容易に予測できたことである。
イ「グルコース,マルトース,マルトトリオース,及びマルトテトラオー
スから選ばれる1種又は2種以上の糖質(但し,糖質が,グルコース又は
マルトースのいずれか単独の場合を除く。)」の構成要件について
シラップにおいて,晶出を抑制するためには,共存させる各糖質の溶解
度を考慮して,特定の糖質ばかり多くならないように配合割合のバランス
を取るため,できるだけ複数の糖質の組合せにした方が有利であること
は,当業者にとって自明である。したがって,甲1,2において,トレハ
ロース以外の糖質として,複数の糖質を使用することは,当業者が容易に
想到し得たことである。なお,マルトトリオース,マルトテトラオースに
関しては,本件各発明に係る出願前から結晶が知られておらず,基本的に
晶出しない糖質であることが知られていたのであるから,トレハロース以
外の糖質として全量をマルトトリオース,マルトテトラオースのいずれか
単独にしても,それらが晶出することはないことも,当業者であれば予測
できたことである。
ウ「α−グリコシルトレハロースを含有しないデキストロース・エクイバ
レント(DE)50未満の」の構成要件について
(ア)本件明細書の段落【0014】に示されるように,α−グリコシル
トレハロースは,トレハロースの晶出を抑制するために添加する他の糖
質の好ましい一例として挙げられているものであり,平成11年7月3
0日付け実験報告書(甲73)には,トレハロースに,グルコース,マ
ルトース又はマルトリオースを添加し,さらにα−グリコシルトレハロ
ースを添加したシラップが,晶出抑制されることが示されている。この
ように,本件明細書では,トレハロースは,晶出を抑制するために好ま
しい糖質として説明されているのであり,「α−グリコシルトレハロー
スを含有しない」という思想はどこにも開示されておらず,そのような
構成要件を付加したことによる効果も生じない。
(イ)「デキストロース・エクイバレント(DE)50未満の」という構
成要件に関して,DEは,トレハロース0,グルコース100,マルト
ース50,マルトトリオース33,マルトテトラオース25であるた
め,上記構成糖のDEとその配合割合とを掛けて合わせて,それらを合
計した値で求められる。してみると,グルコースの割合が少ないシラッ
プにおいては,当然DE50未満となるのであり,甲1,2のいずれに
も,トレハロース以外の糖質として,グルコース,マルトース,マルト
トリオース,及びマルトテトラオースから選ばれる2種以上が例示され
ているのであるから,そのような糖組成からなるシラップのDEが50
未満となる場合があることは,当業者にとって自明のことであり,シラ
ップとして特別な構成要件を規定しているわけではない。
エトレハロース18.5重量部に対して,他の糖質を35重量部以上添加
するという配合割合は,トレハロース濃度をできるだけ高めたシラップを
得ようとする場合に,微生物の汚染を防止するために要求されるシラップ
の糖濃度とするために必然的に求められる割合にすぎず,その際にトレハ
ロースが過飽和状態となるようにすることも,当業者であれば容易に想到
し得たことにすぎない。
以上により,本件発明1,2は,甲1ないし6記載の発明に基づいて当
業者が容易に発明できたものである。
(2)本件発明3ないし13について
前記(1)のとおり,本件発明1,2は容易に発明できたものであるから,
これらを前提とする本件発明3ないし13も同様に容易に発明できたもので
ある。
第4被告の反論
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1取消事由1(特許法36条4項違反の判断の誤り)に対し
(1)「本件各発明の効果が本件明細書中で確認されていない」との原告の主
張に対し
ア審決の認定判断に照らせば,本件実験2はトレハロースのみの晶出の有
無を判定した結果を記載したものであるが,それは「他の糖質がいくら晶
出してもかまわないということではなく,他の糖質はほとんど晶出しない
ことを前提に,晶出が問題となっていたトレハロースの晶出のみを調べ
た」結果であるから,他の糖質は晶出しないかほとんど晶出しなかったこ
とは明らかである。よって,他の糖質も晶出しなかったことについて何ら
確認がなされていないとの原告の主張は失当である。
イ原告は,本件実験2には,トレハロースとグルコースとマルトースとを
含有し,デキストロース・エクイバレント(DE)50未満であるシラッ
プについての晶出抑制効果が確認されていないと主張するが,この点は甲
49で確認されている。甲49は本件実験2に記載された範囲内での実験
結果であるから,出願後の効果確認に当たるものではない。
(2)「本件各発明の効果を確認する実験方法に誤りがある」との原告の主張
に対し
アトレハロースの晶出の有無の判断について
原告が指摘する甲38の試料は,ビーカー全体が白濁した状態にあり,
このような状態では晶出している結晶中にトレハロースの結晶が存在する
か否かを肉眼で判別できないのは当然であるし,これらを顕微鏡観察する
と柱状のトレハロース結晶が観察されるとしても,その結晶が試料溶液中
に晶出していた結晶であるか否かは不明である。そして,甲53によれ
ば,試料であるシラップからシラップの清澄さを保ちつつ結晶が晶出して
くる系においては,本件実験2と同様にトレハロースの結晶の晶出の有無
が肉眼観察によって容易に判定できることが確認されている。また,乙3
2(供述書)によれば,トレハロースの結晶とグルコース又はマルトース
の結晶は,見た目が全く異なるので,清澄なシラップから晶出してくる限
り肉眼観察によって判別することは容易になし得るとされる。よって,審
決の判断に誤りはない。
イ水分蒸発量の差について
(ア)仮に,原告が主張するとおり微生物汚染を防止するという目的で,
トレハロースだけを60∼70%程度の濃度でシラップを調製したとす
ると,そのようなシラップは極めて不安定で,容易にトレハロースを晶
出し,シラップとは呼べないものとなる(乙1)。
(イ)原告は,本件実験2について特定の糖質との組合せにおいてトレハ
ロースの晶出のしにくさを示す根拠とはならないと主張するが,糖質に
よっては他の糖質と共存させると溶解度が下がり晶出し易くなるものも
あるから(乙5ないし8),原告の上記主張は失当である。
(ウ)原告は,本件実験2を追試しようとする当業者は何回もの試行錯誤
を繰り返さなければならないと主張する。しかし,被告提出に係る甲4
9,50,53,57の実験においては,いずれもビーカーに各種糖質
を加熱溶解して10℃の恒温室に放置することによって,「シラップか
らシラップの清澄さを保ちつつ結晶が晶出してくる系」が実現されてい
るから,原告の主張は失当である。
(3)「本件各発明のトレハロース含有シラップは,晶出抑制効果がもたらさ
れない組成のシラップを含んでいる」との原告の主張に対し
ア晶出状況の差異について
原告が主張する「シラップの液状部分が十分に残っている」晶出状況が
未溶解の結晶核が残存していない場合にのみ認められるか否かについては
明らかでなく,仮に原告と被告の各提出に係る実験報告書における試料溶
液からの晶出状況に差異が存在するとしても,それは原告提出に係る甲3
8,45の試料において未溶解の結晶核が残存していなかったことを示す
ものとはいえない。
イ加熱溶解操作について
審決の判断は正当であり,原告の主張は失当である。
ウショット瓶について
原告の主張は推測に基づくものであり,実際に糖質がショット瓶の口部
内周に付着することがなかったか否かや付着した糖質が洗い流されたか否
かは明らかでない。また,甲45実験で使用されている糖質原料は純度9
9.5%,水分含量0.11%の無水結晶マルトースであり,被告が実験
で使用した水分含量約5%のマルトース含水結晶と異なり,融点が有意に
高く湯煎によって溶解させることがより困難なものである。原告の主張は
失当である。
エオートクレーブ処理について
原告は,実験結果(甲71,77)によれば,オートクレーブ処理によ
り溶解させても,本件発明の組成の試料にはトレハロースのみからなる対
照試料に比べて,同等以上の晶出を起こすものが存在すると主張する。し
かし,原告の主張は失当である。
(ア)甲71の実験結果は,糖質の晶出量において,原告提出に係る甲3
8,45の実験結果と異なっている。また,甲77についても12個の
試料からの糖質の晶出状態がまちまちであり,甲71における晶出状態
とも異なっている。
(イ)被告提出の実験結果(乙26,28)によれば,甲71において晶
出が起きたのは,①ディスポピペットを用いて繰り返し分注したことに
よりピペット先端部に結晶核が生成され,これが溶液中に混入し晶出を
招いた(乙26),②オートクレーブ処理後の水分補充の際,補充水の
混合が不十分であったため試料溶液内において濃度むらが生じたことに
より晶出した(乙28)という実験操作上の不備によるものである。何
森博士の見解書(乙29)においても,①ピペットは原理上操作に伴っ
て空気や濃厚水溶液がガラス管内を急速に移動することが避けられない
ため,ガラス管内又は先端部等に付着した濃厚水溶液の濃縮又は乾燥が
急速に進行して結晶核が生じたり,濃厚水溶液がガラス管内を急速に移
動するときの物理的又は機械的な刺激によって結晶核が生じる可能性を
拭いきれない,②実験操作上の不手際があった場合,被験試料の濃厚水
溶液において,本来晶出するはずのない結晶糖質が誤って晶出する事態
を招来する可能性が大きいと指摘されている。
2取消事由2(容易想到性の判断の誤り)に対し
(1)本件発明1について
甲1,2には,本件発明1に係るトレハロース含有シラップと同じ糖組成
及びDEの糖液は記載されていない。また,甲3ないし5に開示されている
のは,原告が濃度70∼80%のぶどう糖液や澱粉糖シラップであり,トレ
ハロース含有シラップではなく,DEについても何らの記載もない。さら
に,甲29,75には,シラップ製品においては,微生物汚染を防止するた
めに糖濃度を高くすることが行なわれていることを示すにすぎず,トレハロ
ース含有シラップにおけるトレハロースの濃度をトレハロースの晶出を抑制
しつつ,いかにして高めるかということについては何らの示唆も与えるもの
ではなく,DEについても何らの記載もない。
したがって,甲3ないし5,29,75から,甲1,2に記載されたト
レハロースを含有する糖液のうち,トレハロースと,グルコース,マル
トース,マルトトリオース,およびマルトテトラオースから選ばれる1
種又は2種以上の糖質とが,本件発明1が規定する特定の割合になるも
ことはなのについて,これを濃縮するという技術思想が容易に想到される
,本件発明1に係るトレハロース含有シラップは,糖組成およびい。また
デキストロース・エクイバレント(DE)の点で,甲1,2に記載され
たトレハロース含有糖液とは異なるから,本件発明1に係るトレハロー
ス含有シラップは得られない。
(2)本件発明2ないし13について
1が進歩性を欠くとの原告の主張が失当であることは上記のと本件発明
おりであるから,本件発明1と同様の糖組成を有するトレハロース含有
シラップに係る本件発明2ないし4,本件発明1と同様の糖組成を有す
るトレハロース含有シラップを含有せしめる組成物の製造方法に係る本
件発明5ないし7,糖組成を本件発明1と同様にすることを特徴とする
トレハロース含有シラップの晶出抑制方法に係る本件発明8,9,1
1,本件発明1と同様の糖組成になるように使用される晶出抑制剤に係
る本件発明10,本件発明1と同様の糖組成を有するトレハロース含有
シラップに係る本件発明12,13も,甲1ないし甲6に記載された発
とはいえない。明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
この点においても審決の判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由1,2はいずれも理由がなく,原告の請求
は棄却すべきものと判断する。以下理由を述べる。
1取消事由1(特許法36条4項違反の判断の誤り)について
(1)「本件各発明の効果が本件明細書中で確認されていない」との原告の主
張について
ア本件明細書の記載
本件明細書(乙37)には,次の記載がある。
(ア)【0009】「・・・トレハロースの過飽和溶液は室温下できわめ
て不安定で容易にトレハロース含水結晶の析出を起こし,沈澱を生じて
シラップの特長である均質流動性を失い易く,タンク貯蔵,ポンプ輸送
などに重大な支障をきたすことが判明した。そこで,トレハロース含量
をできるだけ高めた安定なシラップの確立が望まれる。」
(イ)【0010】【発明が解決しようとする課題】「本発明は,トレハ
ロース含量をできるだけ高めるとともに,室温下で難晶出性乃至非晶出
性であって,かつ,微生物汚染を受けにくい安定なトレハロース高含有
シラップとその用途を提供するものであり,更に,トレハロース高含有
シラップからのトレハロースの晶出抑制方法を提供するものである。」
(ウ)【0011】【課題を解決するための手段】「本発明者らは,前記
課題を解決するためにトレハロースの晶出抑制方法に着目し,できるだ
け高濃度にトレハロースを溶解含有させ,室温下で安定なシラップを確
立することを目的に鋭意研究した。その結果,トレハロースを水分当た
り溶解度量を越えて溶解含有させるとともに他の糖質を溶解させたシラ
ップが,望ましくは,トレハロースを溶解度量を越えて溶解含有させる
とともに,他の糖質をトレハロース量以上の量を溶解含有させたシラッ
プが,更に望ましくは,シラップ当たりトレハロースを18.5乃至2
5.0%溶解含有するとともに,他の糖質をトレハロース量以上の量を
溶解含有している水分25乃至35%のトレハロース高含有シラップが
室温下で安定であり,本目的に合致することを見出し本発明を完成し
た。」
(エ)【0012】「本発明でいう,トレハロースを水分当たり溶解度量
を越えて溶解含有しているとともに,他の糖質を溶解含有しているトレ
ハロース高含有シラップとしては,望ましくは,トレハロースがシラッ
プ当たり18.5乃至25.0%の範囲の量で含まれている溶液であっ
て,これに他の糖質をトレハロース量以上共存して溶解含有しており,
室温下で難晶出性乃至非晶出性のシラップであればよく,その製造方法
は問わない。・・」
(オ)【0032】【実験2室温環境下でのトレハロース晶出抑制効果
に与える還元性糖質共存の影響】「トレハロースを水に対して15℃で
の飽和量に相当する量を加熱溶解し,これに他の糖質として還元性糖質
を溶解含有させて,比較的低温に放置し,トレハロースの晶出抑制効果
を調べた。即ち,実験1の結果から,15℃での水30重量部に対する
トレハロースの飽和量は18.5重量部となり,この関係を利用して,
試験溶液組成を,表2に示すように,水30重量部,トレハロース1
8.5重量部及び他の糖質としてグルコース,マルトース,マルトトリ
オース,マルトテトラオースなどを各種重量部になるようにガラス製ビ
ーカーに加熱溶解させ,これをそれぞれ5℃,10℃,15℃の恒温室
に一週間放置し,トレハロースの晶出の有無を肉眼観察し,トレハロー
スの晶出抑制効果を判定した。結果は表2にまとめた。」
(カ)【0033】【表2】の(註)には,「表中,+は晶出が起こった
ことを示し,−は晶出が起こらなかったことを示す。」との記載があ
る。
「【0069】【発明の効果】「上記から明らかなように,本発明(キ)
は,室温で難晶出性乃至非晶出性であって,かつ,微生物汚染を受けに
くい安定なトレハロース高含有シラップを提供するものであり,本シラ
ップは,従来のトレハロース結晶性粉末製品とは違って,溶解させる操
作も不要であり,タンク貯蔵,ポンプ輸送,タンクローリー輸送でき,
その取扱いも容易である。また,従来の澱粉糖と比較して,低DE,低
濃度,高甘味の全く新しいタイプのシラップであって,甘味料,呈味改
良剤,品質改良剤などとして各種飲食物,化粧品,医薬品など各種組成
物の製造に有利に利用できる。」
イ以上の本件明細書の記載によれば,本件各発明のトレハロース含有シラ
ップは,トレハロース含量を高めた場合にトレハロースが析出し易くなる
という課題を解決し,室温下でトレハロースが晶出しない安定なシラップ
が得られるという効果を奏するものと認められる。そして,本件明細書の
表2の(註)にある「晶出」とは,上記の点及びそれが「トレハロースの
晶出の有無を肉眼観察し,トレハロースの晶出抑制効果を判定した。結果
は表2にまとめた。」との記載に続いて記載されていることからすれば,
トレハロースの晶出を示すものと解される。したがって,本件明細書の表
2には,トレハロースの晶出の有無を示す結果が記載されているから,本
件各発明において,トレハロース晶出のない安定なシラップが得られると
いう効果は本件明細書に記載されているといえる。
ウ原告の主張に対して
(ア)原告は,平成11年8月2日付け手続補正書(甲61)による補正
及び同日付け意見書(甲62)の記載から,表2の(註)の「−は晶出
が起こらなかったことを示す」は,晶出対象がトレハロースに限らない
と理解されるべきであると主張する。
しかし,前記イのとおり,表2の(註)の「晶出」はトレハロースの
晶出を意味すると解すべきであり,上記補正も「難晶出性」を「肉眼観
察により晶出の見られない」という条件に特定したものにとどまり,そ
の根拠が本件実験2にあるとしても,上記アで認定したとおり,本件実
験2には「トレハロースの晶出の有無を肉眼観察」すると記載されてお
り,トレハロースの晶出の有無を問題としているのであるから,原告の
主張は理由がない。
(イ)原告は,本件実験2が仮にトレハロースのみの晶出の有無を判定し
た結果を記載したものであるとしても,少なくとも本件明細書において
他の糖質の晶出がないことの確認がされていないから,本件明細書にお
いて本件各発明の効果が裏付けられていないと主張する。
しかし,以下のとおり,原告の主張は失当である。前記アで認定した
とおり,本件各発明に係るシラップは,流動性のあることを特徴とする
ものであるから,トレハロースと共に溶解含有する他の糖質についても
流動性を失う程に晶出するのであれば,本件各発明の効果を奏しないこ
とになる。他の糖質の晶出を排除しない限り,本件実験2が,トレハロ
ース晶出の有無を判定する実験として成り立たないことにはならない。
したがって,本件実験2は,トレハロース晶出の有無を判定し,トレハ
ロースの晶出抑制効果を確認する目的で実施された実験として有効であ
る。被告が本件実験2の追試として提出した実験結果(甲49,50,
52,53,57)において得られた試料は,他の糖質が晶出するとし
てもシラップとして成り立たない程の晶出状態に至っていない。原告の
主張は理由がない。
(ウ)原告は,本件実験2には,トレハロースとグルコースとマルトース
とを含有し,デキストロース・エクイバレント(DE)50未満である
シラップについての晶出抑制効果が確認されていないと主張するが,甲
49で確認されているので,上記主張は失当である。
(2)「本件各発明の効果を確認する実験方法に誤りがある」との原告の主張
について
アトレハロースの晶出の有無の判断について
(ア)原告は,トレハロースの晶出の有無を肉眼で確認できないから,本
件各発明の効果を確認する実験方法には誤りがあると主張する。
しかし,原告の主張は失当である。すなわち,被告提出に係る受託研
究報告書(甲53)において,「対照としてのNo.1の試料において
は,静置試験を開始して6日後から晶出が認められるようになり,7日
後の時点で,微量ではあるものの,トレハロースと判断される,柱状,
粗大な硬質感のある透明結晶を肉眼観察することができた。また,N
o.3,No.4およびNo.7の試料からは,静置試験を開始して5
日後から極微量の晶出が認められるようになり,7日後の時点で,微量
ではあるものの,微小で軟質感のある白色結晶を肉眼観察することがで
きた。」(なお,No.1はトレハロースのみを溶解させた試料,N
o.3及びNo.4はトレハロースとグルコースを溶解させた試料,N
o.7はトレハロースとマルトースを溶解させた試料である。)との記
載があり,本件実験2と同様に肉眼観察によりトレハロース晶出の有無
を確認することができる。
そして,前記(1)アで認定したとおり,本件各発明の特徴は,シラッ
プの流動性を損なう原因となるトレハロースの晶出を抑制する点にあ
り,本件実験2の判定方法は,トレハロース晶出の有無を肉眼観察によ
り確認するものであるから,肉眼観察に支障のない程度でシラップの清
澄さが確保されていることが前提となることは容易に理解できる。ま
た,前記(1)ウで説示したとおり,シラップとして成り立たない程の晶
出量がある場合には,トレハロース晶出の有無を確認するまでもなく,
そもそも本件各発明の対象たるシラップとはいえない。
したがって,トレハロース結晶を肉眼で確認できないことを理由にし
て,「本件各発明の効果を確認する実験方法に誤りがある」という原告
の主張は理由がない。
(イ)原告は,甲36及び甲38の試料は,肉眼ではトレハロース結晶を
判別できないと主張する。
しかし,原告の主張は失当である。すなわち,前記(1)ウで説示した
とおり,本件実験2は,トレハロース晶出の試料において,他の添加糖
質がいくら晶出してもかまわないのではなく,他の糖質はほとんど晶出
しないことを前提にしたものである。しかるに,甲36の資料2の結晶
は,結晶の混合物でシラップとはおよそいえないものであるし,甲38
においてはビーカー全体がすでに白濁した状態にあり,シラップとして
の清澄性を欠いた状態に至っているから,本件実験2と対比するには適
当ではなく,上記認定を左右するものではない。
イ水分蒸発量の差について
(ア)原告は,実際の製品においては微生物汚染を防止するために糖濃度
は60∼70%程度に調整され,水分蒸発量の差はなく,特定の糖質と
の組合せにおいてトレハロースの晶出のしにくさを示す根拠とはならな
いから,本件実験2は工業製品のシラップにおいてトレハロースの晶出
のし易さを確認する実験として不適切であると主張する。
しかし,原告の主張は採用できない。すなわち,前記(1)アで認定し
たとおり,本件実験2は,トレハロース含量を高めたシラップにおい
て,特定の糖質を配合しトレハロース晶出の有無を判定することによ
り,特定の糖質及び特定の配合割合における晶出抑制効果を確認する実
験である。糖質の種類によっては,他の糖質との共存により溶解度が下
がり,晶出し易くなる場合があること(乙5ないし8)からすると,ト
レハロース以外の糖質を配合して高濃度にすることによって晶出抑制で
きるというものではない。そうすると,本件実験2により得られた結果
は,特定の糖質及び配合割合による晶出のしにくさを示すものであると
いえる。
したがって,本件実験2は,「特定の糖質との組合せにおいてα,α
−トレハロースの晶出のしにくさを示す根拠とならない」とはいえな
い。
(イ)原告は,当業者が本件実験2の追試を行う場合,何回もの試行錯誤
を繰り返さなければならないと主張する。
しかし,原告の主張は採用できない。すなわち,被告が提出した実験
結果(甲49,50,53,57)によれば,シラップの清澄さを保ち
つつ晶出する状態が実現されており,原告が主張するように本件実験2
の追試において過度の試行錯誤を必要とするとは認められない。
(3)「本件各発明のトレハロース含有シラップは,晶出抑制効果がもたらさ
れない組成のシラップを含んでいる」との原告の主張について
ア晶出状況の差異について
原告は,晶出状況において原告の実験と被告の実験とは異なるから,原
告実験の晶出は未溶解糖質の残存に起因するものではないと主張する。し
かし,晶出状況に差異があるとしても原告の実験において晶出が生じたと
いう結果に変わりはないから,双方の実験結果の不一致が未溶解糖質にあ
るとした審決の判断に誤りはない。原告の主張は失当である。
イ加熱溶解操作について
原告は,本件実験2について十分な注意を払って糖質を溶解している
し,原告実験結果(甲38,45)においては試料ごとの晶出傾向に共通
性があるから,溶解操作が不十分で微細な結晶核が残存したというような
偶発的な要因によって晶出が生じているのではないと主張する。しかし,
原告の実験において十分に糖質を溶解しているか否かについてそれを肯定
するに足りる証拠はないので,原告の主張は採用できない。
ウショット瓶の使用について
甲45の実験ではショット瓶が使用されているところ,ショット瓶によ
る加熱溶解については,本件実験2とは異なる手法である。また,甲45
によると,ショット瓶により加熱溶解した後に,その試料溶液をビーカー
に分注していることが認められるが,後記エのとおり,分注工程において
糖質結晶が形成され溶液内に残存し,それが晶出の原因となった可能性は
否定できない。
したがって,審決の判断に誤りはない。
エオートクレーブ処理による糖の溶解について
(ア)原告は,被告提出に係る実験報告書(甲59)と同様にオートクレ
ーブ処理を行なっても,原告提出に係る実験報告書(甲71,77)に
よれば晶出が生じると主張するので検討する。
①甲71の実験Ⅰは,甲59の実験1と同様な試験方法により実験を
行なったものであるが,甲59と異なり晶出が生じている。しかし,
甲71の実験Ⅰの試料A−4b(オートクレーブ処理なし)について
は,原告提出に係る甲38実験のA−4試料と組成を同じくし,かつ
実験方法も同じくビーカーで加熱溶解した後静置することにより実験
を行なったにもかかわらず,両者の結果を対比すると,甲38実験で
は図1−6(7日目)及び表4のとおり晶出が容器底面全体に大量に
観察されたのに対し,甲71実験の実験1では図1(7日目)及び表
4のとおり晶出が明瞭に肉眼観察されたにとどまり,晶出状況が異な
っている。
②甲71の実験Ⅱは,甲59の実験2と同様な試験方法により実験を
行なったものとされるが,甲59の実験2ではショット瓶を加熱溶解
した後,試料溶液をビーカーに移し取り,その試料溶液に対してオー
トクレーブ処理をしているのに対し,甲71の実験Ⅱではショット瓶
で加熱溶解した後,試料溶液をショット瓶に収容したままでオートク
レーブ処理を行ない,その後ビーカーに移し取っている点で異なる。
また,原告提出に係る甲45実験は,ショット瓶により加熱溶解した
後,ビーカーに分配している点で上記甲71の実験Ⅱと同様の手順で
実験をしているが,両者の晶出結果を対比すると,甲45の試料A−
4では写真10(7日目)のように大量に晶出し,甲71の試料A−
4bについては,図2(7日目)及び表8のとおり晶出が明瞭に肉眼
観察されたにとどまり,晶出状況が異なっている。
③甲77実験は,ショット瓶で加熱溶解した試料溶液を12個のビー
カーに分配し,オートクレーブ処理を施した後,静置したものである
が,12個の試料はいずれも晶出している。しかし,12個の試料の
組成及び調製条件には差異がないにもかかわらず,晶出開始時点,晶
出程度及び水分蒸発量といった晶出状況が試料ごとに大きく異なり,
晶出結果において相当のばらつきが見られる。
④被告提出に係る乙26の実験1,2において,目視では未溶解の糖
質が認められない透明かつ清澄な試料溶液からも結晶の晶出が起きた
こと,そのような晶出が起きる試料溶液においては肉眼で確認できな
い糖質結晶の粒子の存在が認められたことが実験結果として示されて
いる。また,乙26の実験3において,ディスポピペットを用いて吸
引・排出する操作を複数回繰り返すと,ピペット先端部の外側表面に
肉眼では確認できない大きさの糖質結晶が付着した実験結果が示され
ている。そして,乙29(何森博士の見解書)によれば,ピペットの
操作にともない,ピペットの先端部またはガラス管内に結晶核が形成
される可能性があり,そのため,ピペットにより試験溶液をビーカー
に移し換えた場合,当該結晶核がビーカー内に混入し,試料溶液中に
おいて晶出が観察される原因となり得るという見解が示されている。
なお,甲71実験及び甲77実験で使用されたピペットは,使い捨
てのピペットであるから(甲76),吸引排出操作において繰り返し
使用したとは考え難いが,その場合でも,ショット瓶からピペットで
吸引してビーカーに排出するまでの間に,ピペット先端の外側表面に
糖質結晶が晶出し,その結晶が試料溶液に混入する可能性は否定でき
ない。
⑤被告提出に係る乙28実験においては,オートクレーブ処理に伴っ
て蒸発した水分を補填した後,攪拌混合をした試料溶液においては晶
出が認められなかったが,攪拌混合をしなかった試料溶液においては
晶出が認められたという実験結果が示されている。そして,前記乙2
9によれば,オートクレーブ処理に伴って蒸発した水を補填した場
合,丹念に攪拌しなければ濃度むらが生じること,濃厚水溶液内に濃
度むらが生じた場合,濃厚水溶液の部分は晶出し易い状態にあるこ
と,このような実験操作上の不手際があった場合,本来晶出するはず
のない結晶性糖質が晶出する可能性があるとの見解が示されている。
(イ)以上の実験結果を総合すると,オートクレーブ処理に関する実験結
果の不一致については,末溶解の結晶核の残存による影響を否定するこ
とはできない。したがって,濃厚な水溶液であることを意識して,丹念
に溶解操作を行えばそのような完全な溶解が実現可能であったものと認
められるとする審決の認定に誤りはない。
2取消事由2(容易想到性の判断の誤り)について
(1)刊行物の記載
ア甲1(特開平6−319486号公報)には次の記載がある。
(ア)「【請求項4】トレハロース含有糖液が,固形物当たり20乃至8
0w/w%のトレハロースを含有していることを特徴とする請求項3記
載のエネルギー用糖源。」
(イ)「【0007】本発明のエネルギー用糖源としては,トレハロース
含量ができるだけ高いものが適しており,一般的には,固形物当たり5
0w/w%以上(以下,本明細書に於いては特にことわらない限り,「
w/w%」を「%」で示す。)のシラップ又は粉末,望ましくは,80
%以上のシラップ又は結晶粉末,更に望ましくは,90%以上の結晶性
粉末又は結晶が好適である。その製造方法としては,還元性澱粉部分分
解物に非還元性糖質生成酵素を作用させることにより製造する方法であ
ればよく,(中略)このような酵素反応方法により還元性澱粉部分分解
物から製造された糖液には,通常,固形物当たり約20乃至80%のト
レハロースを含有しており,他にグルコース,マルトース,マルトトリ
オースなどの還元性糖質を含有している。」
(ウ)「【0008】反応液は,常法により,濾過,遠心分離などして不
溶物を除去した後,活性炭で脱色,H型,OH型イオン交換樹脂で脱塩
して精製し,濃縮し,シラップ状製品とする。更に,乾燥して粉末状製
品にすることも随意である。必要ならば,更に,精製,例えば,イオン
交換カラムクロマトグラフィー,活性炭カラムクロマトグラフィー,シ
リカゲルカラムクロマトグラフィーなどのカラムクロマトグラフィーに
よる分画,アルコール及びアセトンなどの有機溶媒による分別,適度な
分離性能を有する膜による分離,更には,酵母での発酵処理,アルカリ
処理などによる残存している還元性糖質を分解除去する方法などの1種
又は2種以上を組み合わせて精製することにより,最高純度のトレハロ
ース製品を得ることも容易である。」
イ甲2(特開平6−253801号公報)には,次の記載がある。
(ア)「【特許請求の範囲】
【請求項1】α,α−トレハロースを含有することを特徴とする冷
凍飲食品。
【請求項2】前記トレハロースを0.2∼30%(W/W)含有す
る請求項1記載の冷凍飲食品。
【請求項3】構成糖の重合度が3∼10である非還元及び/又は還
元オリゴ糖を含有する請求項1又は2記載の冷凍飲食品。
【請求項4】前記オリゴ糖を,前記トレハロースの1∼10倍量(
W/W)含有する請求項1∼3のいずれか1つに記載の冷凍飲食
品。」
(イ)「【0011】【課題を解決するための手段】本発明者等は,上記
目的を達成するため鋭意研究を重ねた結果,α,α−トレハロースを,
冷凍前の飲食品に添加することにより,従来の方法より効果的に冷凍に
よる品質劣化を防止できることを発見し,本発明を完成するに至っ
た。」
(ウ)「【0019】本発明の好ましい態様の一つとして,上記α,α−
トレハロースと併用して,構成糖の重合度が3∼10である非還元及び
/又は還元オリゴ糖を,冷凍又は凍結乾燥前の飲食品に添加することが
できる。上記非還元及び/又は還元オリゴ糖を併用することにより,よ
り効果的に冷凍時における飲食品の品質劣化を防止することができ
る。」
(エ)「【0023】このようなオリゴ糖を含有する市販のオリゴ糖シラ
ップとしては,マルトトリオースを主成分とするものとして「フジオリ
ゴG3」(商品名,日本食品化工株式会社製),「オリゴトース」(商
品名,三菱化成食品工業株式会社製),マルトテトラオースを主成分と
するものとして「フジオリゴG4」(商品名,日本食品化工株式会社
製),「テトラップ」(商品名,林原株式会社製),マルトヘキサオー
スとマルトヘプタオースを主成分とするものとして「フジオリゴG6
7」(商品名,日本食品化工株式会社製),及びパノースを主成分とす
る「パノリッチ」(商品名,日本食品化工株式会社製)がある。以上の
市販オリゴ糖類は,いずれも重合度3∼7のオリゴ糖を主成分とする糖
質であり,本発明において有効に使用することができる。」
(オ)「【0025】非還元及び/又は還元オリゴ糖の添加量は,α,α
−トレハロースの1∼10倍量(W/W)が好ましい。なお,非還元オ
リゴ糖と還元オリゴ糖を併用する場合は,その合計が上記添加量の範囲
となるようにすることが好ましく,その場合,非還元オリゴ糖と還元オ
リゴ糖の混合比は,自由に設定できる。・・」
(2)以上の刊行物の記載によれば,甲1に記載されたトレハロース含有量
の「20∼80w/w%」は,本件発明1の糖組成の「34.6w/w%以
下」(計算式:18.5重量部/(18.5重量部+35重量部)×100
≒34.6。なお,審決書36頁32行目,39行目及び37頁15行目中
の「33.6w/w%」は「34.6w/w%」の誤りであると考える。)
を包含するものである。しかし,前記1(1)アで認定したとおり,本件発明
1は,トレハロース含量をできるだけ高めるとともに,室温下で難晶出性乃
至非晶出性であって,かつ,微生物汚染を受けにくい安定なシラップを得る
ことを目的としているところ,甲1には,トレハロースを高濃度にした場合
に,当該「34.6w/w%以下」の範囲で上記のような安定性に優れるシ
ラップが得られることは記載も示唆もない。
また,甲2には,トレハロース及びトレハロースに対して1∼10倍量
の,構成糖の重合度が3∼10であるオリゴ糖を溶解した水溶液を食品に含
浸させることにより,当該食品の冷凍による品質劣化を防止することが記載
され,使用するオリゴ糖として,マルトトリオースおよびマルトテトラオー
スが例示されているから,甲2の上記糖水溶液には,本件発明1の糖組成と
同様のものが含まれる。しかし,甲2の糖水溶液をα,α−トレハロース1
8.5重量部に対して,マルトトリオース及びマルトテトラオースから選ば
れる1種または2種の糖質35重量部以上からなる糖組成とすること,さら
に,そのような糖組成が本件発明1のように糖類の晶出しにくい安定なシラ
ップを得るうえで適切であることは,記載も示唆もない。
したがって,甲1及び甲2の記載に基づいて,「α,α−トレハロース1
8.5重量部に対して,マルトトリオース,及びマルトテトラオースから選
ばれる1種または2種の糖質35重量部以上からなる糖組成とすることによ
り,糖類の晶出しにくい安定なシラップが得られることは,容易に導かれる
ことであるとは認められない」とした審決の判断に誤りはない。
(3)原告は,甲3ないし5,29,75の記載から,甲1及び甲2記載の発
明において,濃縮して糖液をできるだけ高濃度にし,かつ,結晶が析出しな
い安定なシラップとすることは容易に想到し得ることであると主張する。
しかし,甲3ないし5には,トレハロース含有シラップにおいて結晶が析
出しない安定的なものが得られるとの記載はないし,甲29及び甲75に
は,トレハロース含有シラップにおいて析出を抑制することについての記載
はないから,糖質濃度を高くすることが従来から知られているとしても,こ
れらの記載から甲1及び甲2に記載されたトレハロース含有の糖液におい
て,晶出を抑制するために本件発明1に特定される糖質及び配合割合を容易
に想到し得るとは認められない。原告の主張は理由がない。
したがって,原告の他の主張について判断するまでもなく,甲1及び甲2
の記載に基づいて本件発明1は容易に想到し得たとはいえない。
(4)本件発明2ないし13についても,本件発明1と同様の理由により進歩
性が認められないとする審決の判断に誤りはない。
3結論
以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がない。原告はその他縷々
主張するが,審決を取り消すべきその他の誤りは認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官中平健
裁判官上田洋幸

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