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平成24年11月14日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成23年(行ケ)第10431号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年10月17日
判決
当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり
主文
1特許庁が無効2010-800016号事件につい
て平成23年11月21日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項と同旨
第2事案の概要
本件は,原告が,後記1のとおりの手続において,被告の後記2の本件発明に係
る特許に対する原告の特許無効審判の請求について,特許庁が同請求は成り立たな
いとした別紙審決書(写し)の本件審決(その理由の要旨は後記3のとおり)には,
後記4のとおりの取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁等における手続の経緯
(1)本件特許(甲33)
被告は,平成8年1月24日,発明の名称を「液晶用スペーサーおよび液晶用ス
ペーサーの製造方法」とする特許出願(特願平8-31436号)をし,平成18
年11月10日,設定の登録(特許第3878238号。請求項の数3)を受けた。
以下,この特許を「本件特許」という。
(2)原告は,平成22年1月27日,本件特許の請求項1に係る発明について,
特許無効審判を請求し(甲34),無効2010-800016号事件として係属
したところ,特許庁は,同年9月7日,審判請求不成立の審決(以下「前審決」と
いう。)をした。
(3)原告は,平成22年10月13日,知的財産高等裁判所に対し,前審決の
取消しを求める訴え(平成22年(行ケ)第10324号)を提起した。
知的財産高等裁判所は,平成23年7月7日,前審決を取り消す旨の判決(以下
「前判決」という。)を言い渡し,その後,同判決は確定した。
(4)被告は,平成23年8月24日,訂正請求をした(甲42。以下「本件訂
正」という。)。
特許庁は,無効2010-800016号事件を審理し,平成23年11月21
日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との本件審決をし,そ
の謄本は,同年12月1日,原告に送達された。
2特許請求の範囲の記載
(1)本件訂正前の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである。以
下,同発明を「本件発明」といい,その明細書(甲33)を,「本件明細書」とい
う。
表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と該重
合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上と
からなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶
用スペーサー
(2)本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである(下
線部は訂正箇所を示す。)。以下,本件訂正後の発明を「本件訂正発明」といい,
その明細書(甲42)を,「本件訂正明細書」という。なお,「/」は,原文にお
ける改行箇所を示す。
表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と該重
合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上と
からなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶
用スペーサーであって,かつ,/前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体
の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート
を含み,/前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリ
レートを含み,/前記グラフト共重合体鎖の前記導入は,表面に前記グラフト共重
合体鎖が導入されていない重合体粒子に,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニ
ル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以
上をグラフト重合するものである,/前記液晶用スペーサー
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本件訂正は,特許請求の範囲の減縮ないし
明瞭でない記載の釈明を目的とした訂正に該当するものであるとして,本件訂正を
認めた上で,本件訂正発明は,①後記アの引用例1に記載された発明(以下「引用
発明1」という。)と同一の発明ではない,②引用発明1に基づいて,当業者が容
易に発明をすることができたものということはできない,③後記イの引用例2に記
載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて,あるいは引用発明2に
引用発明1を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたも
のということもできない,というものである。
ア引用例1:特開平5-232480号公報(甲1)
イ引用例2:特開平7-333621号公報(甲2)
(2)なお,本件訂正は,後記アないしオの訂正事項1ないし5のとおりである
(甲42)。
ア訂正事項1:本件発明の「液晶用スペーサー」を「液晶用スペーサーであっ
て,かつ,」と訂正した上で,さらに続けて,同請求項1の「長鎖アルキル基を有
する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について,「前記長鎖アルキル基
を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又
はステアリルメタクリレートを含み,」と訂正する。
イ訂正事項2:訂正事項1に続けて,本件発明の「他の重合性ビニル単量体の
一種または二種以上」について,さらに,「前記他の重合性ビニル単量体の一種ま
たは二種以上は,メチルメタクリレートを含み,」と訂正する。
ウ訂正事項3:訂正事項2に続けて,本件発明の「グラフト共重合体鎖を導
入」について,さらに,「前記グラフト共重合体鎖の前記導入は,表面に前記グラ
フト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に,前記長鎖アルキル基を有する重
合性ビニル単量体の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種また
は二種以上をグラフト重合するものである,」と訂正し,これとともに末尾を「前
記液晶用スペーサー」と訂正する。
エ訂正事項4:本件明細書【0004】の,「表面に長鎖アルキル基を有す
る・・・重合体粒子からなる液晶用スペーサーを提供するものであり」を,「表面に
長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上と該重合性ビニ
ル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とからなる
グラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなることを特徴とする液晶用スペー
サーであって,かつ,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種また
は二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み,前
記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを含み,
前記グラフト共重合体鎖の前記導入は,表面に前記グラフト共重合体鎖が導入され
ていない重合体粒子に,前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種ま
たは二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上をグラフト重合
するものである,前記液晶用スペーサーを提供するものであり」と訂正する。
オ訂正事項5:本件明細書【0026】の[実施例12]を,[実施例12
(参考例)]と訂正する。
4取消事由
(1)本件訂正に係る判断の誤り(取消事由1)
(2)引用発明1に基づく本件訂正発明の新規性に係る判断の誤り(取消事由
2)
(3)引用発明1に基づく本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事
由3)
(4)引用発明2に基づく本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤り(取消事
由4)
第3当事者の主張
1取消事由1(本件訂正に係る判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)訂正事項1及び2について
ア訂正事項1により,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種ま
たは二種以上」が,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種また
は二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含み」に
訂正されているが,「・・・を含み」とする以上,自明なことを言い換えて規定した
だけであって,その内容は訂正の前後において全く変わっていない。
訂正事項2も,同様に,「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」が,
「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,メチルメタクリレートを
含み」に訂正されているが,「・・・を含み」とする以上,自明なことを言い換えて
規定しただけにすぎない。
したがって,訂正事項1及び2によっても,本件訂正前の発明特定事項は何ら限
定されていないから,訂正事項1及び2は,特許請求の範囲の減縮を目的とするも
のということはできない。
イ前判決は,本件発明について,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体
の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づき,液晶スペーサー周りの
配向異常を防止するという作用効果を奏するものと解している。
本件審決は,本件訂正発明について,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニ
ル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタク
リレートを含」むもの及び「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,
メチルメタクリレートを含」むものという特定のグラフト共重合体鎖を採用して重
合体粒子表面に導入した結果,特有の効果を奏することになったものと認定してい
るのであるから,訂正事項1及び2により,発明の技術的評価が変容されたものと
いうべきである。
本件明細書には,特定の共重合体鎖を選択することによって高度に優れた効果を
奏することに関する記載は存在しないから,本件明細書の全記載を総合しても,特
定の共重合体鎖を前提とする発明が記載されていたものということはできない。被
告が主張するとおり,本件訂正により,本件発明が特定の共重合体鎖を選択するこ
とによって顕著な効果を奏する本件訂正発明に限定されたものであるならば,本件
訂正発明は,本件明細書に記載されていた技術思想とは異なる技術的意義を有し,
解決課題及びその解決手段も異なる発明というほかなく,訂正により新たな技術的
事項が追加されたものというべきである。
したがって,訂正事項1及び2は,新規事項を追加するもの,あるいは実質的に
特許請求の範囲を変更するものというべきである。
(2)訂正事項3について
訂正事項3の「前記グラフト共重合体鎖」は,「長鎖アルキル基を有する重合性
ビニル単量体の一種または二種以上と他の重合性ビニル単量体の一種または二種以
上とからなるグラフト共重合体鎖」を,「前記導入」は,グラフト共重合体の「導
入」を,それぞれ言い換えているだけであるから,本件発明の発明特定事項が何ら
限定されたわけではない。
また,本件発明の「重合体粒子」は,その表面にグラフト共重合体鎖を導入する
対象であるから,訂正事項3の「表面に前記グラフト共重合体鎖が導入されていな
い重合体粒子」についても,本件発明の発明特定事項が何ら限定されたわけではな
い。
さらに,訂正事項3の「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種
または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上をグラフト重
合するものである」は,本件発明の「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体
の一種または二種以上と前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上とから
なるグラフト共重合体鎖を導入した」を単に言い換えているだけであるから,本件
発明の発明特定事項が何ら限定されたわけではない。
したがって,訂正事項3は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものということ
はできない。
(3)訂正事項4及び5について
本件審決は,訂正事項4及び5について,訂正事項1ないし3による特許請求の
範囲に係る訂正に伴い,対応する発明の詳細な説明の記載を整合させる訂正である
ので,明瞭でない記載の釈明を目的とするものであるとするが,前記のとおり,訂
正事項1ないし3自体が適法な訂正であるということはできないから,訂正事項4
及び5についても,同様に,適法なものであるということはできない。
(4)小括
本件訂正が許されるべきものではない以上,本件発明の新規性及び進歩性を否定
した前判決の拘束力により,本件発明は無効とされるべきものであるから,本件訂
正の可否についての判断の誤りは,本件審決の結論に影響を及ぼすものであるとい
うべきである。
〔被告の主張〕
(1)訂正事項1及び2について
アラウリルメタクリレート及びステアリルメタクリレートは「長鎖アルキル基
を有する重合性ビニル単量体」の,メチルメタクリレートは「他の重合性ビニル単
量体」の,それぞれ下位概念としての具体的単量体である。
訂正事項1及び2により,本件発明は,これら具体的単量体を必須成分とした発
明に減縮されるものであるから,訂正事項1及び2は,特許請求の範囲の減縮を目
的とした訂正に該当することは明らかである。
イステアリルメタクリレート及びラウリルメタクリレートは,「長鎖アルキル
基を有する重合性ビニル単量体」の例として本件明細書【0011】に,メチルメ
タクリレートは,「共重合可能な他の重合性ビニル単量体」の例として本件明細書
【0007】に,それぞれ記載されているものである。本件明細書の実施例10に
は,メチルメタクリレート及びラウリルメタクリレートを含むグラフト共重合体鎖
を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,実施例11には,メチルメタ
クリレート及びステアリルメタクリレートを含むグラフト共重合体鎖を導入した重
合体粒子からなる液晶用スペーサーが,それぞれ記載されており,それらが直流電
圧印加前後にわたって優れた光抜け防止効果を有することについても,本件明細書
の表1から理解することが可能である。
本件明細書の実施例に示された上記効果は,「異常配向を抑制し,液晶パネル点
灯時の光抜けを防止する」という,本件発明の当初の課題及び目的を高度に達成す
るものであって,本件訂正の前後において発明の課題及び目的に変化はなく,一貫
しているものである。すなわち,本件訂正は,本件発明の作用効果の中から特に高
度に優れた効果を奏する構成を特定するものであって,本件訂正発明の技術思想や
技術的意義が本件発明とは異質なものということはできない。
したがって,訂正事項1及び2は,新規事項を追加するもの,あるいは実質的に
特許請求の範囲を変更するものではない。
(2)訂正事項3について
訂正事項3は,表面にグラフト共重合体鎖が導入されていない重合体粒子に対し
て,訂正後の特定の単量体をグラフト重合するものに訂正することにより特許請求
の範囲を減縮するものであり,さらに,この訂正により,物の発明としての構成が
より明瞭になることは,本件明細書及び本件訂正明細書の各記載に接した当業者に
とって明らかである。
(3)訂正事項4及び5について
本件訂正1ないし3が適法なものであると認められる以上,訂正事項4及び5も,
同様に適法であるというべきである。
(4)小括
以上によると,本件訂正は認められるべきものであって,本件審決の本件訂正に
係る判断に誤りはない。
2取消事由2(引用発明1に基づく本件訂正発明の新規性に係る判断の誤り)
について
〔原告の主張〕
(1)引用発明1について
ア本件審決は,引用例1には,メチルメタクリレート,ステアリルメタクリレ
ート及びラウリルメタクリレートを含む共重合体を採用する記載や示唆はなく,本
件訂正発明が新規性を欠くものということはできないとする。
しかしながら,引用例1には,粒子表面に配向基板に対する付着性を付与するた
めの材料として,メチルメタクリレート,ステアリルメタクリレート及びラウリル
メタクリレートを含む共重合体が記載され,それを重合体粒子の表面にグラフトす
ることも記載されている。引用例1の液晶スペーサーは,長鎖アルキル基を有する
重合性ビニル単量体の重合体鎖を重合体粒子表面にグラフトしたものである以上,
本件訂正発明の作用効果である「液晶スペーサー周りの配向異常を抑制し,液晶パ
ネル点灯時の光抜けを防止する効果」を奏することは自明である。
前判決は,本件発明について,引用発明1とは異なる作用効果あるいは格別に優
れた作用効果を示すものと認めることもできないと判示しているから,本件審決の
上記判断は,前判決の上記判示事項及び技術常識に反する不合理なものである。
イ本件訂正発明は,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種また
は二種以上」について,「ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート
を含むもの」に,「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」について,
「メチルメタクリレートを含むもの」に,それぞれ限定するものである。しかし,
前判決は,引用例1に列挙されているメチルメタクリレート,ステアリルメタクリ
レート,ラウリルメタクリレート等の重合可能な単量体の単独重合体又は前記単量
体の2種以上の共重合体であって熱可塑性を有するものは,いずれもその分子構造
が直鎖状であって,通常は熱可塑性を有する重合体であるといえ,列挙に係る各単
量体を重合して得られる重合体のほとんど全てが付着層として使用できるものであ
ると判示しているのであるから,分子構造が直鎖状であって熱可塑性を有すること
が自明な「メチルメタクリレート,ステアリルメタクリレート及びラウリルメタク
リレートを含む共重合体」という構成が,引用例1に記載されていることは明らか
である。
ウ本件訂正明細書には,本件訂正により限定された「特定の共重合体鎖」に基
づいて生じる格別の作用効果に係る記載はないから,本件訂正発明には,本件発明
と同様に,引用発明1とは異なる格別の作用効果を認めることはできない。
(2)小括
以上によると,本件訂正発明は,引用発明1と同一の発明であって,新規性を有
しないものというべきである。
〔被告の主張〕
(1)引用発明1について
ア本件訂正発明における「グラフト共重合体鎖」は,「長鎖アルキル基を有す
る重合性ビニル単量体の一種または二種以上は,ラウリルメタクリレート又はステ
アリルメタクリレートを含み,前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上
は,メチルメタクリレート」を含むものであって,前判決における「共重合体鎖」
とは相違するものである。そして,本件訂正発明においては,特定のグラフト共重
合体鎖を具備することにより,液晶の異常配向を抑制し,液晶パネルの点灯時の光
抜けを防止するという効果が高度に達成されるものである。
これに対し,グラフト共重合体鎖を導入した場合であっても,本件訂正発明のグ
ラフト共重合体組成を具備しない重合体粒子では,本件訂正発明と同様の効果が高
度に達成されるものではない。
したがって,本件訂正発明が,単独重合体鎖や他の共重合体鎖と比較して格別の
作用効果を奏するものということはできないとする原告の主張は誤りである。
イ引用例1には,付着層として用いられる材料として,「メチルメタクリレー
ト」を含めて約30ないし40種類の単量体が具体的に列挙されているが,これら
から仮に2種類の単量体を選択したとしても,435通り(30C2)ないし780
通り(40C2)もの組合せが存在するものである。引用例1には,列挙された単量
体のうち,特定の単量体を組み合わせる特段の必要性に関する記載はないから,ラ
ウリルメタクリレートとメチルメタクリレートの組合せやステアリルメタクリレー
トとメチルメタクリレートの組合せが記載されているものということはできない。
しかも,引用例1には,メチル基とステアリル基又はラウリル基という不活性で
一般に類似した物性と把握されるアルキル基同士を選択して組み合わせることや,
それにより付着層の剥離防止を改善することに関する記載はない。まして,パネル
点灯時の光抜けを防止し得ることに関する記載はない。
有機化学,とりわけ高分子化合物の技術分野では,新製品の研究,開発に多大の
期間と労力と費用を要するものであること,生成した化合物の実際の物性は,通常,
合成し,分析をして初めて明らかになることからすると,当業者は,引用例1の記
載に基づいて,本件訂正発明における「メチルメタクリレートと,ラウリルメタク
リレート又はステアリルメタクリレートを含むグラフト共重合体鎖」を構成するこ
とを想起することなど,あり得ないものである。
(2)小括
以上によると,本件訂正発明は,引用発明1と同一の発明であるということはで
きない。
3取消事由3(引用発明1に基づく本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤
り)について
〔原告の主張〕
(1)引用発明1について
ア本件審決は,引用例1には,粒子表面に配向基板に対する付着性を付与する
ための材料が記載されているのであって,これらの材料により構成される付着層を
有する粒子が本件訂正発明の効果を奏するものであるとする記載や示唆もなく,こ
れらの材料からなる2種以上の共重合体の中から特にメチルメタクリレートとステ
アリルメタクリレートの双方を含むもの,あるいは,メチルメタクリレートとラウ
リルメタクリレートの双方を含むものを採用することの契機ないし動機付けがある
とはいえないとして,本件訂正発明は,引用発明1に基づいて当業者が容易に発明
できたものということはできないとする。
しかしながら,前判決が判示するとおり,本件発明の液晶スペーサー周りの配向
異常を防止するという作用効果は,引用発明1の作用効果と異なるものではなく,
単独重合,共重合によらず長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の重合体鎖
を重合体粒子表面にグラフトしたことに基づくものであって,「特定の共重合体
鎖」に限定したことに基づくものではない。本件審決の上記判断は,前判決の上記
判示事項及び技術常識に反する不合理なものである。
イ引用例1には,「メチルメタクリレート,ステアリルメタクリレート及びラ
ウリルメタクリレートを含む共重合体」という構成が記載されていることは明らか
であるから,これらの材料からなる2種以上の共重合体の中から特にメチルメタク
リレートとステアリルメタクリレートの双方を含むもの,あるいは,メチルメタク
リレートとラウリルメタクリレートの双方を含むものを採用することの契機ないし
動機付けが必要となるものではない。
(2)引用発明2について
引用例1に記載された材料について,引用発明2を適用すれば,疎水性単量体
(1)であるステアリルメタクリレート又はラウリルメタクリレートと,これと共重
合可能な他の単量体であり,疎水性単量体(1)であるメチルメタクリレートを組み
合わせて使用されることは,引用例1及び2の記載からすれば,当業者にとって容
易であるというべきである。
(3)小括
以上からすると,本件訂正発明は,引用発明1に基づいて,あるいは引用発明1
に引用発明2を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得るものであると
いうべきである。
〔被告の主張〕
(1)引用発明1について
原告は,前判決の判示事項を引用し,本件訂正発明が,引用発明1に基づいて当
業者が容易に想到し得るものであるなどと主張するが,前判決は,本件訂正前の本
件発明を審理対象とした判決であって,同判決の理由付けは,本件訂正発明の容易
想到性に係る判断とは無関係である。
また,原告は,本件審決が技術常識に反するものであるとするが,ここにいう技
術常識の具体的内容すら明らかにしていない。原告の主張は失当である。
(2)引用発明2について
ア引用発明1の課題は,付着層の剥離防止であり,引用発明2の課題は,通電
中における配向異常領域の拡大の防止及び保護フィルム除去時の静電気の発生の防
止であるから,各発明の課題は異なるものである。解決すべき課題が異なる発明を
組み合わせたり,各引用例に記載のない課題や試みを導入して容易想到性を認める
ことは明らかに不当である。
イ引用発明1におけるグラフトとは,元となる粒子(元玉)に単量体をグラフ
ト重合させることを意味するものであるが,引用発明2におけるグラフトとは,重
合した粒子が形成される際,重合反応に伴い,分散安定剤が取り込まれてグラフト
するものであって,引用発明1のように,元玉に単量体をグラフト重合させるもの
ではない。
したがって,「グラフト」の技術的な意味内容とグラフト構造が異なる引用発明
1及び2を組み合わせる必然性は存在しない。
しかも,引用発明1に引用発明2を組み合わせても,本件訂正発明の構成に想到
し得るものではない。
(3)小括
以上からすると,本件訂正発明は,引用発明1に基づいて,あるいは引用発明1
に引用発明2を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得るものであると
いうことはできない。
4取消事由4(引用発明2に基づく本件訂正発明の容易想到性に係る判断の誤
り)について
〔原告の主張〕
(1)引用発明2について
ア本件審決は,引用例2にはメチルメタクリレートに関する記載はないとする
が,引用例2【0009】には,「エチル(メタ)アクリレート,・・・ステアリル
(メタ)アクリレート等の(メタ)アクリル酸の炭素数1ないし18の直鎖又は分
岐のアルキルエステル類が挙げられ」との記載があるところ,メタアクリル酸の炭
素数1のアルキルエステル類はまさしくメチルメタクリレートを意味するものであ
るから,引用例2には,メチルメタクリレートに関する記載が存在するものである。
引用例2【0009】には,疎水性単量体(1)として,ラウリルメタクリレート,
ステアリルメタクリレート,メチルメタクリレートを例示した上で,「これらの疎
水性単量体(1)は,単独又は2種以上混合して用いることができる」と記載されて
いるから,引用例2には,「メチルメタクリレート」と組み合わせる単量体として,
「ラウリルメタクリレート」又は「ステアリルメタクリレート」が,液晶用スペー
サーによる配向異常の防止のための材料として記載されているものということがで
きる。
したがって,本件訂正発明と引用発明2とでは,材料に関して相違点は存在しな
い。
イ訂正事項3は,重合体粒子の製造方法や導入の具体的な形態を何ら特定して
いないから,前判決が本件発明について判示するように,本件訂正発明においても,
重合体粒子の製造方法や導入の具体的な形態を何ら特定しておらず,本件訂正明細
書においても,本件訂正発明のグラフト共重合体鎖の「導入」について,具体的に
定義付け,あるいは特定の方法に限定するものでもないというべきである。そうす
ると,本件訂正発明におけるグラフト共重合体鎖が導入された形態と,引用発明2
における特定の共重合鎖が重合体粒子表面に導入され,グラフトされた形態となる
ことは同様の事象を意味するものということができる。
したがって,引用発明2及び本件訂正発明は,同一の形態を備えているものとい
わざるを得ない。
(2)引用発明1について
配向異常の抑制を課題とする引用発明2において,引用発明1のグラフト重合方
法を適用することにつき,強い動機付けがあることは明らかであるから,引用発明
2のグラフト重合法に代えて引用発明1の重合法を適用すれば,当業者が本件訂正
発明に想到し得るものであるということができる。
(3)小括
以上からすると,本件訂正発明は,引用発明2に基づいて,あるいは引用発明2
に引用発明1を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得るものであると
いうべきである。
〔被告の主張〕
(1)引用発明2について
引用例2における「(メタ)アクリル酸の炭素数1ないし18の直鎖又は分岐の
アルキルエステル類」という包括的な記載から,炭素数1の場合を選択したとして
も,引用例2には,「(メタ)アクリレート」及び「アルキルエステル類」と記載
されているとおり,これらの化合物には,アクリレートとメタクリレートという複
数のアルキルエステル類が包含されているものである。そうすると,引用例2にお
いて,炭素数が1の場合であっても,メチルアクリレートとメチルメタクリレート
の2種類の化合物が存在するものというべきであるから,一義的にメチルメタクリ
レートが記載されているということはできない。
(2)引用発明1について
引用例2には,メチルメタクリレートとステアリルメタクリレート,又は,メチ
ルメタクリレートとラウリルメタクリレートという特定の単量体を組み合わせるこ
とに関する記載も示唆もない。また,引用例2には,分散剤を用いた懸濁重合によ
り粒子を製造することが記載されているのであって,本件訂正発明のように,元玉
にグラフト重合して,本件訂正発明における特定の共重合体組成の液晶用スペーサ
ーを得ることの記載はない。引用発明1も,元玉にグラフト重合してスペーサーを
得るものであるから,引用例2に記載された粒子を作るための単量体の懸濁重合を
行う必要も必然性もない。
したがって,引用例2には,引用発明2に引用発明1を適用することに関する記
載があるものということはできない。
(3)小括
以上からすると,本件訂正発明は,引用発明2に基づいて,あるいは引用発明2
に引用発明1を組み合わせることにより,当業者が容易に想到し得るものであると
いうことはできない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(本件訂正に係る判断の誤り)について
(1)本件明細書の記載について
本件発明の特許請求の範囲は,前記第2の2(1)に記載のとおりであるところ,
本件明細書(甲33)には,おおむね次の記載がある。
ア発明の属する技術分野
本件発明は,液晶パネルにおけるパネルの間隙を維持するために用いられる液晶
用スペーサーに関する発明である(【0001】)。
イ従来の技術
従来,液晶とスペーサーとの界面で液晶分子の配向異常が生じると,スペーサー
周りにドメインと呼ばれる領域が発生し,液晶パネルの動作時に光抜けを生じさせ,
それによりパネルのコントラストを低下させるなど,表示品質が著しく低下した。
ドメインは,液晶とスペーサーとの界面で液晶分子が垂直に配向することによっ
て消失することが周知であり,スペーサー表面での垂直配向を促進させるため,架
橋重合体微粒子の表面に長鎖アルキル基を存在させた液晶スペーサーが存在するが,
従来の方法ではスペーサー表面へのアルキル基導入が不十分で,ドメインは完全に
消失しなかった(【0002】)。
ウ発明が解決しようとする課題
従来技術では,架橋重合体微粒子に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体
及び重合開始剤を含浸させるため,これらの種類や含浸条件により含浸の度合いが
異なり,架橋重合体微粒子の表面に所定濃度の長鎖アルキル基を導入することは困
難であった。さらに,重合性ビニル単量体や重合開始剤を架橋重合体微粒子に含浸
させると,重合性ビニル単量体や重合開始剤が架橋重合体微粒子によって稀釈され
るため,重合効率が低下するという問題も生じる(【0003】)。
エ課題を解決するための手段
(ア)本件発明は,従来の課題を解決するための手段として,表面に長鎖アルキ
ル基を有する重合性ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重
合可能な他の重合性ビニル単量体の1種又は2種以上とからなるグラフト共重合体
鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーを提供するものであり,当該液
晶用スペーサーは,表面にラジカル連鎖移動可能な官能基及び,又はラジカル重合
開始能を有する活性基を導入した重合体粒子表面に長鎖アルキル基を有する重合性
ビニル単量体の1種又は2種以上と重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性
ビニル単量体の1種又は2種以上の混合物をグラフト共重合せしめることにより,
長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を導入することによって製造される。
そして,当該ラジカル連鎖移動可能な官能基として望ましいものは,例えばメルカ
プト基及び,又は重合性ビニル基であり,当該ラジカル重合開始能を有する活性基
として望ましいものは,例えばパーオキサイド基及び,又はアゾ基である(【00
04】)。
(イ)官能基を有する重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量
体としては,例えば,メチルアクリレート,エチルアクリレート,n-プロピルア
クリレート,iso-プロピルアクリレート,n-ブチルアクリレート,iso-
ブチルアクリレート,t-ブチルアクリレート,2-エチルヘキシルアクリレート,
シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアクリレート,メチルメタ
クリレート,エチルメタクリレート,n-プロピルメタクリレート,iso-プロ
ピルメタクリレート,n-ブチルメタクリレート,iso-ブチルメタクリレート,
2-エチルヘキシルメタクリレート,シクロヘキシルメタクリレート,テトラヒド
ロフルフリルメタクリレート,ステアリルメタクリレート,ラウリルメタクリレー
ト等の脂肪族又は環式アクリレート及び/又はメタクリレート,メチルビニルエー
テル,エチルビニルエーテル,n-プロピルビニルエーテル,n-ブチルビニルエ
ーテル,iso-ブチルビニルエーテル等のビニルエーテル類,スチレン,α-メ
チルスチレン等のスチレン類,アクリロニトリル,メタクリロニトリル等のニトリ
ル系単量体,酢酸ビニル,プロピオン酸ビニル等の脂肪酸ビニル,塩化ビニル,塩
化ビニリデン,弗化ビニル,弗化ビニリデン等のハロゲン含有単量体,エチレン,
プロピレン,イソプレン等のオレフィン類,クロロプレン,ブタジエン等のジエン
類,その他ビニルピロリドン,ビニルピリジン,ビニルカルバゾール等の水溶性単
量体などがあるが,これらの例示された単量体に限定されるものではない。本件発
明において,このような単量体は1種又は2種以上混合使用される(【000
7】)。
(ウ)長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体としては,炭素数が6以上の
長鎖アルキル基を有するものが好ましく,炭素数12以上の長鎖アルキル基を有す
るものが特に好ましい。このような長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体と
しては,例えば,2-エチルヘキシルアクリレート,ステアリルアクリレート,ラ
ウリルアクリレート,シクロヘキシルアクリレート,テトラヒドロフルフリルアク
リレート,ベンジルアクリレート,イソボルニルアクリレート,オクチルアクリレ
ート,イソオクチルアクリレート,ノニルフェノキシエチルアクリレート,ノニル
フェノール10EOアクリレート,ラウリルポリオキシエチレンアクリレート,オ
クチルフェノールポリオキシエチレンアクリレート,ステアリルフェノールポリオ
キシエチレンアクリレート,2-エチルヘキシルメタクリレート,ステアリルメタ
クリレート,ラウリルメタクリレート,イソボルニルメタクリレート,オクチルメ
タクリレート,イソオクチルメタクリレート,ドデシルメタクリレート,セチルメ
タクリレート,ベヘニルメタクリレート,イソデシルメタクリレート,トリデシル
メタクリレート,シクロヘキシルメタクリレート,ポリエチレングリコールポリテ
トラエチレングリコールモノメタクリレート,ラウリルポリオキシエチレンメタク
リレート,ポリオキシエチレンアリルグリシジルノニルフェニルエーテル等がある。
また,長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビ
ニル単量体としては,重合体粒子の製造に使用される重合性ビニル単量体と同様な
ものが使用される(【0011】)。
(エ)本件発明の液晶用スペーサーは,表面に長鎖アルキル基を有するグラフト
共重合体鎖が導入されている。当該重合体鎖の長鎖アルキル基濃度は,グラフト共
重合体鎖を導入する際に使用する長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の濃
度によって直接的に容易に調節可能である。また,重合性ビニル単量体や重合開始
剤は,稀釈されることなく,高いグラフト重合効率が得られる。当該長鎖アルキル
基を有するグラフト共重合体鎖と重合体粒子とは共有結合によって結合されている
ので,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を有するグラフト共重合体鎖の
層と重合体粒子とは一体であり,グラフト共重合体鎖の層が重合体粒子から剥離す
ることはない。また,長鎖アルキル基の層の厚みが0.01μm以上であれば,グ
ラフト共重合体鎖の溶融効果又は配向基板上の官能基残基との反応により重合体粒
子と配向基板との固着性も有する。
このような表面に長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を導入した重合体
粒子を液晶パネル用スペーサーとして用いると,重合体粒子表面のグラフト共重合
体鎖の長鎖アルキル基に対して液晶分子が垂直に規則正しく配列するため,液晶ス
ペーサー近傍の液晶分子の配向乱れが抑制される(【0014】)。
オ発明の実施の形態
(ア)実施例10(重合体粒子表面に長鎖アルキル基を含むグラフト共重合体鎖
の導入)
実施例5及び6により製造した表面に重合性ビニル基を有する重合体粒子E,F,
G,Hのそれぞれ10gに対し,メチルエチルケトン200g,メチルメタクリレ
ート50g,N-ラウリルメタクリレート50g,ベンゾイルパーオキサイド0.
5gを一括に仕込み,重合開始剤開裂温度まで昇温し,窒素気流下で2時間グラフ
ト重合反応を行い,長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を重合体粒子表面
に導入したスペーサー試料E-1,F-1,G-1,H-1を得た(【002
4】)。
(イ)実施例11(重合体粒子表面に長鎖アルキル基を含むグラフト共重合体鎖
の導入)
実施例7及び8により製造された表面にアゾ基を有する重合体粒子I,Jのそれ
ぞれ10gに対し,トルエン200g,メチルメタクリレート20g,2-ヒドロ
キシブチルメタクリレート20g,ステアリルメタクリレート60gを一括に仕込
み,重合開始剤開裂温度まで昇温し,窒素気流下で3時間グラフト重合反応を行い,
長鎖アルキル基を有するグラフト共重合体鎖を重合体粒子表面に導入したスペーサ
ー試料I-1,J-1を得た(【0025】)。
カ発明の効果
本件発明では,スペーサー表面に導入した長鎖アルキル基を有するグラフト共重
合体鎖によって液晶分子をスペーサー表面に垂直配向させることができるため,液
晶用スペーサーの周りの液晶の異常配向を抑制し,液晶パネル点灯時の光抜けを防
止することができ,液晶パネルのコントラストが向上して表示品質を向上させるこ
とができる(【0032】)。
(2)訂正事項1及び2について
ア平成23年6月8日法律第63号による改正前の特許法(以下「特許法」と
いう。)134条の2第1項ただし書は,特許無効審判の被請求人による訂正請求
は,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明瞭でない記載の釈明を目的と
するものに限ると規定している。
また,同法134条の2第5項が準用する同法126条3項は,「第1項の明細
書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又
は図面・・・に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定してい
るところ,ここでいう「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,
明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,訂
正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を
導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範
囲内において」するものということができる。
イ本件明細書の前記(1)エ(イ)及び(ウ)の記載によれば,本件発明の「長鎖ア
ルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」の具体例として,ラ
ウリルメタクリレート及びステアリルメタクリレートが,「該重合性ビニル単量体
と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」の具体例として,
メチルメタクリレートが,多種類の化合物とともに羅列して列挙されていたという
ことができる。
また,本件明細書には,実施例1ないし13並びに比較例1及び2が記載されて
いるところ,前記(1)オ(ア)の記載によれば,実施例10として,「長鎖アルキル
基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるラウリルメタクリレ
ートと,「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニル単量体の一種ま
たは二種以上」であるメチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入
した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,前記(1)オ(イ)の記載によれば,実
施例11として,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種
以上」であるステアリルメタクリレートと,「該重合性ビニル単量体と共重合可能
な他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」であるメチルメタクリレート及
び2-ヒドロキシブチルメタクリレートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した
重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,それぞれ開示されていたものということ
ができる。
しかしながら,本件明細書には,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体
の一種または二種以上」がラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート
を必須成分として含むこと及び「該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性
ビニル単量体の一種または二種以上」がメチルメタクリレートを必須成分として含
むことについては,何ら記載も示唆もされていない。これらの物質は,多種類の化
合物とともに任意に選択可能な単量体として羅列して列挙されていたものにすぎず,
他の単量体とは異なる性質を有する単量体として,優先的に用いられるべき物質で
あるかのような記載や示唆も存在しない。
すなわち,本件発明の具体的態様である実施例1ないし13のうち,実施例10
及び11やその他の記載によると,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単
量体の一種または二種以上」としてラウリルメタクリレート又はステアリルメタク
リレートを任意に選択することが可能であること及び「前記他の重合性ビニル単量
体の一種または二種以上」としてメチルメタクリレートを任意に選択することが可
能であることが開示されているものということはできるが,本件明細書において,
ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタクリレー
トは,多種類の他の化合物と同列に例示されていたにすぎないものであるから,本
件明細書の記載をもってしても,上記各構成が必須であることに関する技術的事項
が明らかにされているものということはできない。
また,実施例10及び11によると,ラウリルメタクリレートとメチルメタクリ
レートとからなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子並びにステアリルメタ
クリレートとメチルメタクリレート及び2-ヒドロキシブチルメタクリレートとか
らなるグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーが,そ
れぞれ本件発明の効果を奏することが開示されていたものということができるもの
の,「ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを必須成分として含
む表面に長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」が,
「ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート」と,「メチルメタクリ
レートを必須成分として含む該重合性ビニル単量体と共重合可能な他の重合性ビニ
ル単量体の一種または二種以上」が,「メチルメタクリレート,又はメチルメタク
リレート及び2-ヒドロキシブチルメタクリレート」と,いずれも機能上等価であ
り,それぞれ置換可能であることを裏付ける技術的事項は本件明細書には開示され
ているものではない。
ウ以上のとおり,本件明細書の全ての記載を総合しても,「前記長鎖アルキル
基を有する重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてラウリルメタクリレ
ート又はステアリルメタクリレートが必須であること及び「前記他の重合性ビニル
単量体の一種または二種以上」としてメチルメタクリレートが必須であること並び
にラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタクリレ
ートと,これらの物質にそのほか任意に重合性ビニル単量体を付加した構成とがい
ずれも機能上等価であることに関する技術的事項が導き出せない以上,訂正事項1
及び2により,多種類の他の化合物と同列に例示されていたにすぎないラウリルメ
タクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタクリレートを必須の
ものとして含むように本件発明を訂正することは,本件明細書の実施例10及び1
1を上位概念化した新規な技術的事項を導入するものというべきであり,許される
ものではない。
エこの点について,被告は,①ラウリルメタクリレート又はステアリルメタク
リレート,及びメチルメタクリレートは,いずれも本件発明における発明特定事項
の下位概念としての具体的単量体であり,訂正事項1及び2により,具体的単量体
を必須成分とした発明に減縮されることから,訂正事項1及び2は,特許請求の範
囲の減縮を目的とした訂正に該当する,②ステアリルメタクリレート及びラウリル
メタクリレートは,「長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体」の例として,
メチルメタクリレートは,「共重合可能な他の重合性ビニル単量体」の例として,
本件明細書に記載されており,メチルメタクリレート及びラウリルメタクリレート
を含むグラフト共重合体鎖を導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサー並びに
メチルメタクリレート及びステアリルメタクリレートを含むグラフト共重合体鎖を
導入した重合体粒子からなる液晶用スペーサーについても,本件明細書の実施例と
して記載されているところ,本件訂正は,本件発明の作用効果の中から特に高度に
優れた効果を奏する構成を特定するものであって,本件訂正発明の技術思想や技術
的意義が本件発明とは異質のものということはできないなどと主張する。
しかしながら,本件明細書において,ラウリルメタクリレート又はステアリルメ
タクリレート,及びメチルメタクリレートは,多種類の他の化合物と同列に例示さ
れていたにすぎず,「前記長鎖アルキル基を有する重合性ビニル単量体の一種また
は二種以上」としてラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートが必須
であること及び「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」としてメチ
ルメタクリレートが必須であること並びにラウリルメタクリレート又はステアリル
メタクリレート,及びメチルメタクリレートと,これらの物質にそのほか任意に重
合性ビニル単量体を付加した構成とがいずれも機能上等価であることに関する技術
的事項が本件明細書に開示されていない以上,具体的単量体を必須成分とした発明
に特定することをもって,訂正事項1及び2が訂正要件を充足するものということ
はできない。
また,ラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレート,及びメチルメタ
クリレートを必須のものとして含むように訂正することこそが,新たな技術的事項
を導入するものというべきである以上,本件訂正が本件発明の作用効果の中から特
に高度に優れた効果を奏する構成を特定するものであるか否かは,前記ウの判断を
左右するものではない。
したがって,被告の前記主張はいずれも採用できない。
オ以上によると,訂正事項1及び2は,願書に添付した明細書,特許請求の範
囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではないから,特許法134
条の2第1項ただし書及び同条5項において準用する同法126条3項に違反し,
不適法であるというべきである。
(3)訂正事項3について
訂正事項3は,本件発明の「前記グラフト共重合体鎖の前記導入」について,訂
正事項1により,「前記長鎖アルキル基を有する重合体ビニル単量体の一種または
二種以上」が「長鎖アルキル基を有する重合体ビニル単量体の一種または二種以上
であってラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含む」ものに訂
正され,訂正事項2により,「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以
上」が「他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上であってメチルメタクリレ
ートを含むもの」に訂正されたことを前提として,上記訂正後の各単量体をグラフ
ト重合するものであることを追加するものである。
訂正事項3が前提とする「前記長鎖アルキル基を有する重合体ビニル単量体の一
種または二種以上」がラウリルメタクリレート又はステアリルメタクリレートを含
むものであること及び「前記他の重合性ビニル単量体の一種または二種以上」がメ
チルメタクリレートを含むものであることは,それぞれ訂正事項1及び2に相当す
るものであり,訂正事項3は,訂正事項1及び2の内容を含むものというべきであ
るから,訂正事項1及び2と同様の理由により,願書に添付した明細書,特許請求
の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものではなく,不適法である
というべきである。
(4)訂正事項4及び5について
訂正事項4及び5は,訂正事項1ないし3による特許請求の範囲の訂正に伴い,
対応する発明の詳細な説明の記載を整合させる訂正であるから,訂正事項1ないし
3が不適法なものである以上,訂正事項4及び5も,同様に不適法であるというべ
きである。
2結論
以上の次第であるから,本件訂正を認めた本件審決の判断は誤りであり,これが
審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
よって,原告が主張する取消事由1には理由があり,その余の取消事由について
判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官土肥章大
裁判官井上泰人
裁判官荒井章光
(別紙)
当事者目録
原告積水化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士飯田秀郷
栗字一樹
大友良浩
隈部泰正
和氣満美子
戸谷由布子
本恵太
森山航洋
同弁理士吉見京子
城所宏
石井良夫
後藤さなえ
同訴訟復代理人弁護士杉浦秀
奥津啓太
被告ナトコ株式会社
同訴訟代理人弁護士尾関孝彰
岡崎士朗
鰺坂和浩
同弁理士長谷川芳樹
清水義憲
池田正人
阿部寛
城戸博兒
酒巻順一郎
同訴訟復代理人弁理士黒川朋也

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